わが友ホロゴン・わが夢タンバール

654.03 ホロゴン外傅172「2016年7月27日マクロスイター26㎜で吉野を駆け抜けた」3 神に近い



あなたは神の近くにいますか?

8月17日水曜日、外出。
妻に要急の郵便を郵便局から発送してほしいと頼まれたのです。
ついでに、ルーチーンの薬を診療所でもらい、
ついでに、目の軽い炎症用の目薬が残り少なくなったので、
眼科にも寄ることにしました。

まず、診療所。
書棚に本が並んでいます。
名言集がありました。
とてもよい言葉がありました、

「人生に耳を澄ませなさい。
人生が底知れない神秘であることに目を向けなさい。
心躍る楽しいときばかりでなく、
退屈でつらいときにも同じように、
手で触れ、味わい、匂いをかぎ、五感のすべてを用いて、
人生の神聖なる核心に至る道を探しなさい。
結局のところ、人生のあらゆる瞬間が肝心要めのものであり、
人生そのものが恵みなのです」
(フレデリック・ビュヒナー)

そして、

(万物の中で、静寂こそがもっとも神に近い」
(マイスター・エックハルト)

この2つの言葉、ぜんぜん別の場所に見つけたのですが、
かなり通じるところがありそうです。
キーワードはどうやら、
「耳を澄ます」

私が出会った先輩に「男の中の男」とうたわれる人物がいました。
この人、なにかを話そうとすると、じっと目を閉じて耳を傾けるのです。
そんな人と語り合ったことがありますか?
初めてのとき、うろたえましたね。
自分が発言することについて実はなんにもわかっていない、
そんなことが分かってしまうのです。
優れた人でした。

でも、ちょうど50歳で直腸ガンで逝ってしまいました。
彼を慕う人たちが追悼文集を出版しましたが、
彼のそのような真摯に耳を傾ける姿が多くの人たちを魅了したようです。
その態度の裏に見えるこの方の心映えは、
「この瞬間は大切です。
私は心のすべてを傾けてあなたの言葉に相対しています」
強健そのものの人でした。
でも、密かに育っていった癌に勝てなかった。

彼が残した教訓は、
いつ逝っても心残りのないように、
人生の各瞬間を全身全霊を挙げて生きること。
私はこのことを忘れないようにして生きてきました。
その一番大きな原動力となったのは、
いつも書きますアルフレッド・ノース・ホワイトヘッドの言葉、
「あなたが行うことすべてを生き甲斐としなさい」でした。
彼はたくさんのサンプルを列挙しています。
その中には、眠ることも食べることも入っています。

バートランド・ラッセルは彼の弟子だったのですが、
彼の家に紹介したい人を連れていきました。
庭の芝生のところで仕事をしていると聞いて、裏に回りました。
芝生に小さな机を置いて、ホワイトヘッドは数学論文を書いていました。
二人は目の前に佇んで、気がついてくれるのを待ちました。
10分待っても、ホワイトヘッドはさらさらと書き続けたまま、顔を上げず。
畏敬の念にうたれた二人は、足音を潜めつつそっと立ち去ったそうです。
実は足音を潜める必要などなかったのですが。
どうやらホワイトヘッドは自分の言葉を実行していたようです。

私もそうしたいですね。
でも、難しい。
それができないのが凡人。
でも、それならば、凡人には凡人らしさはそのままに、
なんとか起きている間は本当にやりたいことをやり続けたいものですね。

眠るときはどうするの?
揚げ足取りがうまい方なら、そうつっこんでくるところですね。
ご心配なく。
私は、枕に頭を置いた瞬間に99パーセント眠りに落ちます。
一晩に必ず1ないし3回は目を覚まして、トイレに参ります。
愛する娘(猫ですが)の静も必ず目を覚まして、
トイレの扉の陰で待機し、
私が出てくると、扉を肩でぐいと押して、ドンと閉めてしまい、
鋭く、でも長く延ばした声で、
「ニャーーー(おやつちょうだい!)」
キッチンの隅のお皿に乾燥のカリカリを10個ほど落としてあげます。
そして、布団に戻り、またしても瞬時に深い睡眠に落ちます。

「午前2時に目を覚ましたら、もう眠れなくなったんだよ」
なんてせりふをよく聞きます。
私はこれをほとんど経験したことがありません。
あんまり悩みが多いので、
耐えきれずに深い睡眠に逃げ込む癖がついているのだ、
そう解釈することもできそうです。
まあそういうわけで、毎日忙しいですねえ。

牽強付会になりますが、
私が写真を撮るときは、もしかすると、神に一番近いときかも?
カメラを持って路地裏を、ストリートを彷徨うとき、
もうなにも考えない。
ただひたすら、目となって、ロボグラフィたちと相対します。
そんな気持ちにならないと見付からない、
そんなレアな体験を楽しむことができます。
私の写真をご覧になっても、みなさん、肩をすくめるだけでしょう、
このがらくたがどうしたの?
そう、あなたにはどうもしませんね。
私の、私による私のためだけの姿、表情、それがロボグラフィ。
私はその瞬間ロボグラフィたちと一体となっているだけ。



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# by hologon158 | 2016-08-26 16:34 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

654.02 ホロゴン外傅172「2016年7月27日マクロスイター26㎜で吉野を駆け抜けた」2 化粧を落としたら?



先日、奈良教育大前の交差点に停車したバスから眺めていると、
歩道をさっと駆け抜けて、大学に吸い込まれていった自転車の女性、
とても美しい横顔でした。

でも、フッと感じたのです。
化粧を落としたら、どうなんだろうか?
かなり印象が違うんじゃないだろうか?

昔の化粧は美しさを引き立てる役割でした。
今は化ける道具なんじゃないか?
そのせいか、日本の映画スターたち、みんななんだかそっくりさんで、
私には区別が付きません。
そんな疑いを感じてしまいます。

ハネムーンのホテルの朝、
はじめて化粧を落とした新婦の顔にお目にかかって、
「わっ、失礼しました!
ルームを間違えました!」
なんて口走って部屋を飛び出してしまう男性がいるのでは?
そんなことを真剣に疑ってしまいます。

私の見方が意地悪すぎるのでしょうか?
私には女性の気持ちなど想像もつきませんが、
男性として思うに、化粧なしの普段着の女性が、
化粧をしてイブニングに着替えて美しく見えるのは当たり前。
逆に、普段着に着替えて、化粧を落としたときに、
美しい人が本当に美しい、そう思うのですが........

化粧の理想は、名前とは裏腹に、
化けるものではなくて、
美しさを補完するものであってほしい。

私の孫プリンセス2人は2歳と1歳、
まだ赤ん坊卒業したばかりの女性たちですが、
限りなく美しいですね。
肌そのものが滑らかに輝いているせいもありますが、
その表情がひときわ輝くときがあるからです。

どんなとき輝くでしょうか?
新しいものを吸収したとき、
心の底からうれしくなったとき、
なにか自分から人生最初の冒険をしてみたとき、
そんなときです。

よく考えてみますと、
女性が本当に心の内から輝きを見せるのは、
どんな年齢になっても、そんなときなのではないでしょうか?
本当の若さを決めるのは、外観の若さではなくて、
心の若さなのではないでしょうか?

だからと言って、無理矢理新しいものに挑戦しようと努力しても、
かなり背伸びしていて、無駄な感じがします。
心の奥底から湧いて来る関心、興味、志を素直に延ばしつつ生きる、
そんな人が美しいのではないでしょうか?

漫画「じゃりン子チエ」で、
絵の先生から「のびのびと書きなさい」と言われて、
無理矢理「ノビノビ、ノビノビ」と絵を描こうとして、
かえって萎縮している優等生を後目に、
本当に絵を描くのを楽しんでいる、劣等生の女の子の方が
遙かに生き生きとした絵を描けるのに似ています。
もっとも私のこんな考え方に同調する人って、
今ではほとんど居ないだろう、私はそう感じています。

一つ質問。
デジタルカメラ愛用者のあなたに尋ねましょう。
① 画像設定を、解像度を最低に落としたり、
シャープネスやコントラストをデフォールトから低い設定に移していますか?
② 銀塩時代のフィルム写真よりも
デジタル写真の方が色や精密感が格段に向上したと感じていますか?

①にはno、②にはyes、
こう回答する人が95パーセントでしょう。
①にはyes、②にはno、
こう回答する人は1パーセント、
残りの4パーセントはケースバイケースという回答に収まりそうです。

そこで、私は95パーセントの方にこう申し上げたいのです。
あなたの選択、生き方をどうこう言うつもりはありませんが、
そんなあなたが私のブログに来るとしたら、
私にはそのお気持ちはとても理解できませんね。
私の写真は、デジタル移行後もひたすら銀塩画質が夢。
残念ながら、どのカメラも、すべてのパラメーターを最低にしているのに、
なお、デジタル画質で、ときどきイライラさせられますが、
少なくとも、ツルツルピカピカではありません。

題材がフォトジェニックと言えるレベルを遙かに下回る、
まさにアンチフォトジェニックのレベル。
しかも、意味不明のロボグラフィがバンバンと出現します。
これらは、私にとってはイマジネーション・ゲーム。
眺めていると、さまざまなイメージが万華鏡のように浮かんできます。
肉眼でなにかを感じるから撮りますが、
私の古代レンズたちがさらにこのイメージを、幽玄な魔術で、
不可解な遊びに満ちた幻影に作り替えてくれます。

私は撮影後、いつも撮影画像をチェックするわけではありません。
とくにノーファインダーで撮るときは、
ピント合わせを必要としないので、
撮影時に腰だめで撮る関係で、
液晶は確認せず、かつマイナス1.5程度に落としているので、
撮影後も液晶画面ではよく見えないので、
撮影結果もノーチェック。
帰宅後もマックに数百枚取り込んだ後は、
時間がないので、満足に開いてみないのが普通です。
数週間後、もしくは数ヶ月後にブログの順番が来たときにようやく見ることが多い。
「やあやあ、初めまして!
わあ、こんなロボグラフィが撮れてたのか!」
と、新鮮な喜びを味わいつつ、ブログ記事を作っています。
つまり、私のレンズたちが撮ってくれた画像の最初の鑑賞者が私というわけです。

すべてが場所とレンズと時間の相乗効果が生み出してくれたプレゼント。
いつも書いていますが、「自分の写真」だと思わない。
というより、思えない。
プレゼントって、いつなにをもらっても、
うれしいものじゃありませんか?
しかも、「役人の子はにぎにぎをよく覚え」ではなく、
すべて無償のプレゼントなのですから、
喜びは純粋そのものなのですから。
だから、写真の趣味が永続し、
どんな写真も私に人生の喜びを与えてくれるのです。

私の写真をつらつら眺めて、
「どこがプレゼントなの?」
そう感じるとしたら、あなたはこのブログとは無縁です。
時間の無駄はよしましょうね。




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# by hologon158 | 2016-08-24 23:19 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

654.01 ホロゴン外傅172「2016年7月27日マクロスイター26㎜で吉野を駆け抜けた」1 片手間ロボグラフィ



7月27日夏期休暇で帰省した孫プリンセス2号の一家と、
涼を求めて、吉野にドライブしてきました。
娘はプリウスを使っていたのですが、
孫プリンセス2号が生まれて、ルノーのカングーに換えました。
これが大成功で、とても快適なドライブを楽しめました。

ケルンの映画用レンズ、マクロスイター26㎜F1.1を
オリンパスEP-L1に付けました。
孫プリンセス2号中心のショートトリップなので、
246枚しか撮れませんでした。
なにしろロボグラフィの宝庫だったのですから。

かなりの枚数が車窓スナップ。
130枚ばかりアップしてみましょう。
今度は本格的な撮影に挑戦したいものです。




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# by hologon158 | 2016-08-23 15:37 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

653.04 ホロゴンデイ165「2016年7月15日ホロゴンも祇園祭りをかすめた」4-完-感じる心を



ちょっと遡りますが、8月12日金曜日のことでした。
先週眼科医に受診して、
左目の眼球の表面のちょっとした炎症という診断を受け、
点眼薬を処方していただきました。

先週、点眼薬が4分1程度に減っていることに気づきました。
ほとんど治りましたが、まだ朝方ちょっと目やにが出ます。
念のため、もう一瓶頂こうと眼科を訪れたら、お休み。
掲示板に「お盆休み」と掲示。
なんだって?
お盆?
年中休みで、テレビ新聞も見ないので、
お盆のことも忘れてる!
ネットで調べたのですが、ちゃんと本日は「平日営業」と明記。
つまり、お盆休みはホームページには反映されていない。
最初に作ったまま、なのでしょう。

眼科でもお休みとるのか?
当たり前ですね。
でも、アベイラブルな人間ですから、
ただちに決意、
「よし、今ある点眼薬が終わるまでに、治す!」

近くの喫茶店でワッフルのモーニングをいただき、
ブログの原稿を1つ書き上げてから出発。
私の大好きな古い市場を撮影しました。
中華料理店のご主人が声をかけてくれました、
「いいの撮れましたか?」
ご主人、風景写真家なのです。
今でもタチハラの四×五を担いで奈良の朝の絶景を求めて、
山野を渉猟しておられるのです。
前にも2回お話をしました。
とても爽やかなお人柄で、話が合います。
今回は話し込んでしまいました。
昼食もおいしい焼き肉定食をいただきながら、
お客がいない間は夢中になって話し続けました。
おっしゃる言葉がいちいちごもっともです。

「なにか感じない限り、写真は撮れません。
無理して作った写真を見ても、なにも感じません。
どう撮ればよいのですかと尋ねられますが、
教えることなんかできません。
自分の心から湧きあがる何かがないと、写真なんか撮れません。
風景写真を撮りますが、
現場に行ってみないと、なにが撮れるかわかりません。
そんなものがこの世にあったのか、
と思うようなすごい光景が私を待ってくれています。
でも、自分が感じる心を持たないと、
その場にいても、なにも感じず、なにも撮れないでしょう。
一説によると、感じる心は300年前の先祖から伝わるものなのだそうです。
つまり、いくら勉強しても、無理ですよ」
私、
「私たちの先祖は実は20代も遡ると、100万人を超します。
300年というと、1世代25年で計算すると、12代前です。
それでも、沢山います。
(今計算すると、6144人)
そんな先祖たちそれぞれからよいものをいっぱい引き継いだのでしょう」
これは本当だと思います。
もちろん300年前という限定には根拠はないでしょう。
でも、感受性とかセンスは生まれつきのものであるとすれば、
遺伝的が要因が一番大きいと考えるのがよさそうです。
美しいものを感じる、そんな心が、
写真でも絵でも音楽でも、基礎的な条件ですね。

私にもちょっと遺伝されているみたいなのですが、
ちょっと方向が歪んでいて、人が美しいと思わないものでも、
なぜか美しいと感じる、そんな才能みたいですね。
きっとご先祖様も、誰にもアピールしないなにかを作っては、
一人悦に入っていたのでしょう。
でも、分かります。
そのご先祖様も、そんなこと、気にしていなかったでしょう。
でも、小便器をひっくり返して「これがアートだあ!」
なんてことはしていなかった、これは間違いないですね。
なぜって、私は自分の写真を、作品だとは絶対に言わないし、
まして、「これもアートだあ!」なんて絶対に言わないのですから。





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# by hologon158 | 2016-08-23 02:14 | ホロゴンデイ | Comments(0)

653.04 ホロゴンデイ165「2016年7月15日ホロゴンも祇園祭りをかすめた」4 「Outlander」



数日前、iPodでの英語朗読が一作終わりました。
Diana Gabaldonという女流小説家の「Outlander」

20世紀の女医クレアが18世紀のスコットランドにタイムワープしてしまい、
恋をして結婚までし、あげくの果ては2人も人を殺す羽目に陥り、
激しく苦悩します。
あれこれと苦闘することで、
未来を大きく変えているのではないか?
信頼を置ける僧侶にこのことを打ち明けます。
すると、彼はこう言うのです。
あなたは20世紀においても、医師として、
命を助けたり、失わせたりしているではないか?
人間は誰しも、生きることで未来を変えているのですよ。

この回答はちょっと筋違いです。
クレアは自分もその中に生きている20世紀を
自分で変えているかも知れないのですから。

でも、人間は誰しも、生きることで未来を変えている、
このことは絶対的真実ですね。
確かに自分は微々たる存在かもしれません。
でも、この世界を支配する原理はチェーンリアクションなのです。
この宇宙はカオスであり、
カオスの一番典型的な例は、
「アマゾンのどこかで蝶々が一羽ぱたりと死んで地面に落ちたこと、
この出来事がウォール街の大暴落を引き起こした原因だった」
すべての行動がチェーンリアクションの中で起こり、
かつ、チェーンリアクションを変えるのです。
因果関係の連鎖から逃れるすべはありません。

私たちは、アマゾンの片隅の蝶々よりもかなり影響力のある存在です。
でも、それだけ私たちの行動、選択の一つ一つが引き起こす
チェーンリアクションが大きいとは言えません。
チェーンリアクションの本質は、
出来事の大きさは原因の大きさに応じて決まるものではないということ。
つまり、確かなことは、自分の行動がなんであれ、
なんらかの予測不能のチェーンリアクションを引き起こすこと、これだけ。
自分のある行動、ある選択(無行動、無選択も?)は、
はるか過去の誰かのある行動の影響を受けて起こったリアクションかも知れない。
でも、自分のこの行動、選択もまた、
未来に果てしない波動効果を引き起こすのです。

もしかすると、その果ての果ての源は、
神の「光あれ!」の一言だったかも知れません。
神はこの宇宙を創造するために、
この一言を発するだけで足りたのかも知れません。

ちょっと蛇足になりますが、
このように考えると、バイブルって、
実際に起こった宇宙の歴史を猛烈にはしょっていますね。
神はすべてに生き物の支配者として人間を創造します。
「神は自分のかたちに人を創造された。
すなわち、神のかたちに人を創造された。
すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。」
これが天地創造の6日目なのです。
つまり、神は1日目から5日目までのプロセスを何十憶年もかけられたのに、
ホモサピエンスの創造にはわずか数十万年しかかけておられないのです。
それまでの間、生物たちを統べる存在はいなかったわけです。

しかも、せっかくお作りになった人類ですが、
かなり出来が悪いようです。
統べるはずの地球上の生物たちの大半をすでに滅ぼしてしまい、
残りも動植物を問わず早晩姿を消すでしょう。
頂点の捕食動物である人間だけが存在して、
下位のヒエラルキーの生物たちが全部消えようとしているのです。
あとは養殖と人工栽培だけで何十億の人類を養わなければならないかも?

神様は地上の生き物を統べる存在として人を創造したのに、
人類なしに何億年も栄枯盛衰しながらも存続してきた生き物たちを、
その人類が絶滅寸前に追い込んでしまう姿をごらんになって、
どうお感じになっているでしょうね?

生態系の頂点に立つ肉食動物たちは、狼にせよ鯨にせよラッコにせよ、
自分の生態系の生物たちを絶滅させないように、
意識的に自制することが報告されています。
ブッシュマンも同様です。
いわゆる未開の民とされる人たちはみんなそうでしょう。
なにが「未開」なのですか?
都会人たちの方がはるかに野蛮ではありませんか?
そして、その上におろか。

どうやら未開の民こそ神の付託を受けた民だったのでしょう。
ライバルを倒しつつ、目の前の獲物を残らずかっさらうことを
習い性とする蛮族たちは、神様とは無縁な鬼子のです。
だから、蛮族が地上を支配するようになって以来、
神は地上に姿を現すことがなくなった。
そんな感じがしますね。

もしかすると、「Outlander」のクレアのように、
どこかで現代の蛮族の一人がヴァイキング社会にワープして、
世界略奪の旅へと駆り立てて、現代世界を生み出し、
神の戦略を無に帰してしまったのかも知れませんね。




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# by hologon158 | 2016-08-22 18:27 | ホロゴンデイ | Comments(0)

653.03 ホロゴンデイ165「2016年7月15日ホロゴンも祇園祭りをかすめた」3 イチロー讃



前回の続きです。
近頃一番優れた人間性を表した人はイチローですね。

私はテレビも新聞も観ないので、
ネットのニュースで知るだけなのですが、
どうやら42歳になっても、またレギュラーのポジションを失っても、
どんな状況にも即時に対応できるように、
全盛時代とまったく変わらないトレーニング、準備を
年がら年中継続してきたのだそうですね。

大リーグ史上もっとも高齢からキャリアを始め、
もっとも短時間に、もっとも高年齢で3000本安打の記録を作ったのも、
42歳というメジャー最高年齢でなお、
若いプレーヤーに優るとも劣らない運動能力を維持しているから。

そして、大リーグ史上稀に見る気品のあるプレーヤーとして、
アメリカ人たちから敬愛されているとのことです。
記録とか数字なんか問題じゃないのです。
人間として測りしれないほど大きな存在が今活躍を続けている、
アメリカ人たちは今さらながらそれを知り、
ベーブ・ルースやルー・ゲーリックのような伝説的なプレーヤーたちと並ぶ
不世出のプレーヤーを目の当たりにしているのだと悟りつつあるようです。
そして、思うに、その根底にはイチローの日常の生き方があるのです。

こんな風に考えてきますと、
今幸せか、幸せでないか、
自分の生涯が成功なのかどうか、
そんなことを思い煩う必要はないのです。

    ひたすら生き続けること、
    ひらすら誠実に今やるべきことをやり続けること、
    これが本当の人生なのでしょうね。

私たちの誰もが大いに見習うべきお手本がここにある!
だから、私も一歩から。
今日もブログを続けましょう。




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# by hologon158 | 2016-08-21 15:30 | ホロゴンデイ | Comments(0)

653.02 ホロゴンデイ165「2016年7月15日ホロゴンも祇園祭りをかすめた」2 幸せとは?



たくさんの人々に出会い、
たくさんの人々の人生を知る。
それが人生ですね。
あなたもそうでしょう。
どんな人の人生も沢山の成功ともっと沢山の失敗にあふれている、
沢山の喜びと沢山の涙の体験の連続、
そう言っても言い過ぎではないでしょう。

肝心なことは、どんなシーケンスでこれらが起こるか?
古の王クロイソスは繁栄と勝利を続けたのですが、
その栄華のまっただ中にある頃のことです。
旅の途中に立ち寄ったギリシアの賢人ソローンに豪語します、
「どうじゃ、この世に私よりも幸せな人間がいるかね?」
ソローンは答えます、
「その回答は王が世を去られるその瞬間までお待ちください。
人は死ぬその瞬間まで自分の幸不幸を知ることはできないのです」
後年、クロイソスの治める国はペルシアに滅ぼされます。
王は処刑の寸前に叫びます、
「ソローン、あなたは正しかった」
その言葉がきっかけになって、王は許されて、
ペルシア王の側近として人生を続けることができたのですが、
クロイソスが臨終にあたり、自分の人生の幸不幸をどう判断したか、
それは分かりません。
実際に、幸不幸をはっきりと見極めることができる人はあまりいないかも?

そこで思うのですが、
賢人ソローンの言葉は半ば正しく、半ばは間違っているのでは?
人生の最後に自分の人生の幸不幸を判定しても、
あんまり意味がないんじゃないでしょうか?
人生のその場その場で幸せを感じ、不幸を感じる、
それで良いじゃないですか?

私の友人がおもしろいことを言いました、
局地的かつ短時間でめまぐるしく変わる近頃の天候の下では、
気象庁の天気予報はこうでいいんじゃないか?
「本日の天気は所により晴れ、所により雨、所により晴れたり曇ったり」
私としてはもう少し完璧を期したいですね。
「ただし、各地ともめまぐるしくお天気が変わる可能性があり、
突発的な予想外の天候異変の危険も常に想定するのが安全です。
みなさん、どんなお天気にも対応できるよう、ご準備とご覚悟をお願いします。
というわけで、本日も昨日と同じ予報をさせていただきました。
みなさん、よい一日を!」

人生もまったく同じですね。
まったく予想外の喜び、予想外の悲しみが突然やってくる、
それが人生ですね。
これを醍醐味と考えて、人生を最後まで楽しみたいものです。





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# by hologon158 | 2016-08-20 11:25 | ホロゴンデイ | Comments(0)

653.01 ホロゴンデイ165「2016年7月15日ホロゴンも祇園祭りをかすめた」1 未来の希望



近頃、ちょっと生活が変わりました。
新しい刺激を受けて、
生活が写真から音楽にややシフトした感じなのです。

まず、揚琴。
7月31日の台湾揚琴楽団のコンサート。
自分がコンサートに曲がりなりにも出演し、
台湾揚琴楽団の人たちの真摯な姿勢を目の当たりにして、
猛烈に刺激を受けました。

もちろんみなさん音楽家の卵の音大の学生さんであったり、
同楽団の台湾でのコンサートでの独奏者も混じっています。
今回「天山詩画」という難曲を独奏した男性奏者と来たら、
かなり大がかりな楽団の独奏者として出演したり、
リサイタルを開いたりしているYouTubeビデオがいくつも見つかります。
曲ごとに演奏が終わると、客席が悲鳴に近い歓声でわき返るほどで、
すでに人気の音楽家になっているようです。

でも、我が師匠の付虹先生の演奏に接すると、
いわば高嶺の花のような感じで、音楽に浸ることはできても、
自分の揚琴学習の刺激として働くことはありません。
ところが、台湾揚琴楽団の場合は、
メンバーがみなさんとても親しみのもてる若者ばかりなので、
どこか私の立場に近い感じがしてしまうのです。
とても見事なテクニックを眼前で繰り広げてくれたのですが、
なんだかさまざまな技法上のヒントを得ることができそうな感じ。

一番感銘を受けたのは、調律する真摯な姿でした。
どうやら2台の小型高音揚琴だけ持参したようです。
残りの楽器は付虹先生の生徒さんの揚琴を借用しました。
私たち付虹先生の楽団がリハーサルを済ませると、
7人のメンバー全員が同時に一斉に借用する揚琴の調弦を始めたのです。
壮観でした。

150本を超える弦を1ないし5本組み合わせて、
50音ほどの音を作り出すのです。
つまり、高音に行けば行くほど、構成する弦の数が多くなるのです。
その全部の弦が完全に同じ音程になっていないと、
当然ながら音は濁ります。
おそらくかなり上の音からはじめて、
一音ずつ携帯のチューナーで確かめます。
音が濁っているようだったら、構成する弦を一つ一つ調律します。
澄んだ音が正しい音程にぴたりと収まったら、
1オクターブずつ下がって、音をチェックします。
たとえば、高音のGから始めるとしたら、
最高音のG、中心となるG、その1オクターブ下のG、
さらにオクターブ下の最低のGがぴたりと合うようにします。
その手順をオクターブを構成する7音全部について反復します。
かなり大変な作業です。
でも、これなしに美しい演奏は無い、
ということをしっかり学びました。

これまでかなりいい加減でした。
我が家で弾く限り、まあ少しくらいはいいじゃないか、
といういい加減な姿勢だったことをしっかり反省させられました。
翌日、全部の弦の調律をしました。
そして、毎日、練習の前に音を確認する習慣を付けました。
すると、なにが起こったか?
我が家の揚琴がかなり澄んで美しい音を出すようになったのです。

その上に、スティックの使い方もかなり改善された感じがします。
近頃、二胡を滑らかに弾くために、手首の脱力を練習してきました。
その練習が揚琴のスティック奏法にもよい効果をもたらしたようです。

そのお蔭で、ブログがちょっとおろそかになっているかも?
まあ、いいでしょう。
ブログは過去もしくは現在の記録に過ぎませんが、
揚琴、二胡、リコーダーは未来の希望、
私の心と体を大きく羽ばたかせてくれそうです。





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# by hologon158 | 2016-08-18 21:19 | ホロゴンデイ | Comments(0)

652.03 ホロゴン外傳171「2016年7月15日キノプラズマートが祇園祭りをかすめた」3-完-マイナーへ

私はツァイスレンズで写真を始めました。
スーパーイコンタのテッサー。
ヤシカコンタックスのプラナー、ゾナー、ディスタゴン、
ハッセルブラッドのプラナー、、ゾナー、ディスタゴン、

その後、ライカに手を伸ばし、ズミクロン等の名レンズを楽しみました。
でも、結局、波瀾万丈の紆余曲折を経て、
たどり着いた楽園は、
ホロゴン、パンタッカー、キノプラズマート、
マクロスイター、スピードパンクロ、等々、
かなりマイナーなレンズたちの世界。

人間にしても、さまざまな俊秀とつき合ってきましたが、
そのような人たちは今では私の世界から消え、
個性と心の豊かな人たちだけが残りました。
レンズでも、同様のことが起こっているわけです。

頭のいい人たちがどう行動するか、
優秀な性能のレンズたちがどんな写真を作るか、
容易に分かってしまいます。

でも、個性豊かな人たちがどう考え、どう行動するか、
個性的なレンズたちがどんな写真を作るか、
これは容易に予測できません。
それぞれに予想を超え、意表を突くパフォーマンスに
あれよあれよと言うばかり。
すべてを理解することはできないけど、
とにかく滅法面白い。
私の世界を広げてくれます。
人生を面白くしてくれます。

今回のシリーズのキノプラズマート25㎜F1.5も、
そんなお化けレンズの一つ。
晴天下では開放でも、かなりキリリと撮れるのですが、
アーケードの下では、ご覧のように、ボケボケ画像。
どう撮れるか?
どんなレンズなのか?
いまでもまだ分かりません。
だから、まだまだ付き合って行きたいですね。

上記のように、一応分かったように書きましたが、
本当のところ、分かりませんね、
どうして私がそんなお付き合いを楽しむようになったのか?




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# by hologon158 | 2016-08-17 22:43 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

653.01 ホロゴンデイ165「2016年7月15日ホロゴンも祇園祭りをかすめた」1 未来の希望


近頃、ちょっと生活が変わりました。
新しい刺激を受けて、
生活が写真から音楽にややシフトした感じなのです。

まず、揚琴。
7月31日の台湾揚琴楽団のコンサート。
自分がコンサートに曲がりなりにも出演し、
台湾揚琴楽団の人たちの真摯な姿勢を目の当たりにして、
猛烈に刺激を受けました。

もちろんみなさん音楽家の卵の音大の学生さんであったり、
同楽団の台湾でのコンサートでの独奏者も混じっています。
今回「天山詩画」という難曲を独奏した男性奏者と来たら、
かなり大がかりな楽団の独奏者として出演したり、
リサイタルを開いたりしているYouTubeビデオがいくつも見つかります。
曲ごとに演奏が終わると、客席が悲鳴に近い歓声でわき返るほどで、
すでに人気の音楽家になっているようです。

我が師匠の付虹先生の演奏に接すると、
いわば高嶺の花のような感じで、音楽に浸ることはできても、
自分の揚琴学習の刺激として働くことはありません。

ところが、台湾揚琴楽団の場合は、
メンバーがみなさんとても親しみのもてる若者ばかりなので、
どこか私の立場に近い感じがしてしまうのです。
とても見事なテクニックを眼前で繰り広げてくれたのですが、
なんだかさまざまな技法上のヒントを得ることができそうな感じ。

一番感銘を受けたのは、調律する真摯な姿でした。
どうやら2台の小型高音揚琴だけ持参したようです。
残りの楽器は付虹先生の生徒さんの揚琴を借用されました。
私たち付虹先生の楽団がリハーサルを済ませると、
7人のメンバー全員が同時に一斉に借用する揚琴の調弦を始めたのです。
壮観でした。

150本を超える弦を1ないし5本組み合わせて、
50音ほどの音を作り出すのです。
つまり、高音に行けば行くほど、構成する弦の数が多くなるのです。
その全部の弦が完全に同じ音程になっていないと、
当然ながら音は濁ります。
おそらくかなり上の音からはじめて、
一音ずつ携帯のチューナーで確かめます。
音が濁っているようだったら、構成する弦を一つ一つ調律します。
澄んだ音が正しい音程にぴたりと収まったら、
1オクターブずつ下がって、音をチェックします。
たとえば、高音のGから始めるとしたら、
最高音のG、中心となるG、その1オクターブ下のG、
さらにオクターブ下の最低のGがぴたりと合うようにします。
その手順をオクターブを構成する7音全部について反復します。
かなり大変な作業です。
でも、これなしに美しい演奏は無い、
ということをしっかり学びました。

これまでかなりいい加減でした。
我が家で弾く限り、まあ少しくらいはいいじゃないか、
といういい加減な姿勢だったことをしっかり反省させられました。
翌日、全部の弦の調律をしました。
そして、毎日、練習の前に音を確認する習慣を付けました。
すると、なにが起こったか?
我が家の揚琴がかなり澄んで美しい音を出すようになったのです。

その上に、スティックの使い方もかなり改善された感じがします。
近頃、二胡を滑らかに弾くために、手首の脱力を練習してきました。
その練習が揚琴のスティック奏法にもよい効果をもたらしたようです。

そのお蔭で、ブログがちょっとおろそかになっているかも?
まあ、いいでしょう。
ブログは過去もしくは現在の記録に過ぎませんが、
揚琴、二胡、リコーダーは未来の希望、
私の心と体を大きく羽ばたかせてくれそうです。





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# by hologon158 | 2016-08-17 11:41 | ホロゴンデイ | Comments(0)

652.02 ホロゴン外傳171「2016年7月15日キノプラズマートが祇園祭りをかすめた」2 リユニオン


8月6日午前10時、
友人4人と大阪梅田紀伊国屋書店入り口の大テレビの下で集合。

すぐ側に私が行きつけのレストランがありましたが、
これが廃業して、喫茶店に変わっていました。
そのモーニングサービスがすごい。
5種のオードブルにたっぷりの野菜サラダを付けて、
ドリンク付きで500円。
昼食代わりになるほど。
久しぶりに会うメンバーもあって、
座談は盛り上がりました。

午前11時40分出発。
その足で阪急宝塚線岡町駅に移動しました。
駅北の原田神社からはじめて、
岡町商店街をしばし撮影。
私の子供とほとんど変わらないたたずまいの店も沢山あります。
盛況で、閉店状態のお店はほとんどないのですから、
大変に珍しい現役商店街。

Hologon15mmF8Uがただちに活躍。
でも、商店街のアーケードの下では、
ホロゴンの開放値F8は苦しいですね。
超近接撮影では、例外なく被写体ぶれが起こり、
やむなく動かない被写体に集中しました。

午後12時半、商店街を抜けて数百メートルに「餃子の王将」を見つけて、
昼食をいただきました。
昼食後、私一人出発、阪急線に乗車して、蛍池下車。
タクシー乗り場で10分ほどタクシーを待ちました。
近くの大阪空港には、
かなりの長距離が見込める乗客が大勢待っているのですから、
待ち客がいるかいないか半々の可能性の蛍池駅に来るタクシーは
ほとんどないわけです。
ようやくタクシーが出現し、
近くの丘陵地帯にあるマンション前で待っていた畏友のRAさんと再会。
その足で阪急宝塚線岡町駅まで一走り。
岡町商店街の東側に足を延ばして撮影していた仲間4人を呼び戻し、
仲間6人、駅近くの喫茶店で旧交を温めました。

まさにリユニオン。
なんの利害関係もない趣味の仲間との座談はまさに清談、
気持ちよいものですね。
気がついてみると、1時間ほども経っていました。

折角カメラを持参したのです。
この古い商店街のたたずまいを写真に収めたいものです。
原田神社の北辺から東辺にあたる商店街と
それにつながるストリート、公園などをそれぞれ撮影。
例の通り、ホロゴンを腰だめノーファインダーで撮り続けました。
ソニーα7の液晶は90度開いて、腰あたりに構えていても、
液晶を見ることができます。
でも、私の場合、うつむいて液晶を見ても、
画像がしっかり見えるわけでなし、
ホロゴンはパンフォーカスなので、
ピントを確認するまでもなく、
もし必要とあれば、水平をチェックする程度ですが、
長年15mmを常用してきたので、
おおむね自動的に水平垂直は自動的にとれますので、
わざわざ液晶を見る必要もありません。
おかげで、撮影は楽々。
どんな風に撮れたかは後のお楽しみ。

本日の主賓RAさんは82歳におなりになって、
体調も万全とは言いがたいので、
午後4時半頃、喫茶店を見つけて、ゆったりと座談を楽しみました。
午後5時、予約をしていた料理店の開店時間になりましたので、
本日のメインイベントである晩餐会としました。
今日はあたり日で、夕食ランチと称するコースは、
たっぷりのオードブル、卵汁、山芋のすり下ろしと
おかゆ、串焼き5本、生ビール中ジョッキと盛りだくさん。
座談も実り豊かで、大いに楽しみました。
食後、最初に入った喫茶店に戻り、さらに半時間以上盛り上がりました。

午後8時過ぎ、友人4人とは阪急岡町駅で別れ、
私はタクシーで畏友のRAさんをご自宅までお送りしました。
こんな風に書いてきますと、なんだか、
私が畏友のRAさんだけを大切にしているように感じる方が多いでしょう。
実はそのとおりです。
私にとっては、みなさん、しっかりと心で結ばれた大切な友人なのですが、
RAさんは、一番最初に出会って以来、そのお人柄と生き方をもって、
私を測りしれないほど強力に導いてくださった方です。
私にとって、妻の次に、私を変えてくれた恩人。
どんなに大切にしてもしきれない方なのですから、仕方がありません。
お体が不調のために半年以上ご無沙汰していたのですから、
いくら大切にしてもし足りないという感じ。
無事マンションまでお送りでき、
かなり充実した一日となりました。





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# by hologon158 | 2016-08-16 11:29 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

652.01 ホロゴンデイ171「2016年7月15日キノプラズマートが祇園祭りをかすめた」1 サブ仕様



祇園祭の準備中の京都四条に参りました。
私は祭りが嫌いです。
はっきり嫌いです。
人と一緒になってワッショイワッショイするなんてゴメンです。

でも、写真の友人たちは好きなのです。
友人が行きたいと言ったら、私は行きます。
どこででも、写真が撮れないわけではないし、
友人と夜反省会するのが滅法好きと来ているからです。

装備のメインはホロゴン。
サブを用意しました。
リコーGXRに付けたキノプラズマート25㎜F1.5a。
ライカMマウントに改造したキノプラズマートです。
実質37.5㎜で撮りました。

ソニーα7に付けたホロゴン15㎜F8Uで523枚撮ったのに対して、
キノプラズマートは119枚ですから、完全なサブ仕様。
F8のホロゴン15㎜F8Uでは撮れない光線条件でのサブ。
でも、私の大好きなレンズです。
大いに楽しみました。





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# by hologon158 | 2016-08-15 23:05 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

651.06 ホロゴンデイ164「2016年6月25日ホロゴンが大和高田を懐郷歩き」6-完-孫プリンス


8月6日土曜日、
私の在宅トリップの3日目でした。
大阪加美の孫プリンスのピアノレッスンにつき合いました。

保育園から先生のマンションまでの15分、
自宅までの20分はプリンスと語り合うよい機会です。
4歳の幼児と話すという感じはありません。
かなり大きな子と対等に話すという感じでつき合っています。
プリンスの目下の悩みは、
来年の妹の3歳の誕生日のプレゼント。
まだ6月に2歳になったばかりなのですから、
かなり遠大な悩みです。

ピアノの先生から、
レッスンのときは靴下をはかせてくださいと言われたママ、
プリンスの衣類用大きな引き出し2段のを隅々まで探したそうです。
パンツ、ズボンはそれぞれに数十枚あるのに、
靴下は1枚も見つからず。
自宅でも保育園でもはだしの生活なのです。

先生には、次回にはちゃんと用意しますと断って、授業開始。
まず始まりのご挨拶が傑作。
ピアノの音とともに、まず気を付けから始まります。
ぴりっと姿勢を正すプリンス。
「そんなに固くならないで。
ゆーーったりとやわらかくして」
プリンス、ちょっとしんなり。
先生、
「こんにちわ。
よろしくお願いします」
その途端、プリンス、きりっと姿勢を正して、
気合いを入れた大音一声、
「こんにちわーーー!
よろしくお願いしまーす!」
先生、笑い転げること。

大きな目をさらに大きく開いて、
顔中きらきらと輝かせて、レッスンを受ける姿を見て、
つくづく思いました、
ああ、一生、あんな風に輝いていたいもんだなあ........

さて、翌6日は大阪へのショートトリップです。
久しぶりに写真仲間の大半が再会します。
仲間の長老である私の畏友RAさんを仲間5人が訪ねます。
RAさん、82歳になられてがくんと体調を落とされてしまい、
近頃は外出は通院だけ。
あちこちと不調なのですが、病名はつかず。
どうも体が衰えてこられたご様子です。
生涯熱誠そのもので勤めてこられて、
常人よりもご自分の体を酷使されすぎた感じがします。
私のようにごく当たり前に勤められたら、
もっとお元気だっただろうに、と思うのですが、
それじゃRAさんの人間的魅力の多くは現れないままに終わったでしょう。

写真家の林孝弘さん、親友のDAさん、AKさん、INさんが久しぶりに集合します。
AKさんとINさんはまだ現役です。
AKさんは東京単身赴任のまま。
でもRAさんのために朝一番で駆けつけてくれます。
RAさんという稀有の傑物に久しぶりに会えることを楽しみにしているのです。
私はこの日のためにベストのツールを選びました。
ソニーα7
Hologon15mmF8U
(ホロゴンウルトラワイドから抜き出して、Mマウント改造)
午前10時、大阪梅田の紀伊国屋書店前で集合。
(カップルのデートスペースです。
おっさん族は我々位でしょう。
美しい女性をたくさん見ることができる、すてきなスポットです)
集合してから、午前中の撮影場所を決め、
昼食後、阪急宝塚線の蛍池駅に移動し、
タクシーでRAさんをマンションまで迎えに行き、
そのまま岡町駅に直行します。
岡町には昔のままの商店街が残されています。
この商店街の喫茶店でまず歓談してから、
ひとしきり撮影して、夕食会へ。
こんな予定です。

この記事は奈良から大阪に直行する大和路線快速の中で書きました。
わくわくしています。




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# by hologon158 | 2016-08-14 11:51 | ホロゴンデイ | Comments(0)

651.05 ホロゴンデイ164「2016年6月25日ホロゴンが大和高田を懐郷歩き」5 デュエット



ビゼーのオペラ「真珠採り」全曲をご覧になったことがありますか?
私はありません。
アリアや二重唱が独立に演奏されるのを聞いただけ。

テナーのアリアに素晴らしいのがあります。
「耳に残るは君の歌声」
私は大学生の頃からベニャミーノ・ジーリの絶唱を愛してきました。
彼以降のテナーで、
ジーリのようにソット・ヴォーチェで歌い通せた人はいません。

テナーとバリトンの二重唱が滅法好きです。
「聖なる神殿の奥深く」
古今の名歌手たちの演奏がYouTubeで楽しめます。
その多くは2人の大歌手がしのぎを削り、
ギリギリガシガシとつばぜり合いを楽しめます。
それはそれで見応え、聴き応えがあります。

でも、なんだかちょっと違うんじゃないかな、
という違和感があります。
二人は女性主人公を遠くに発見して、
その美しさに恍惚となるシーンなのです。
たしかに二人は恋敵になるのですが、
今はそれぞれにヒロインへの思いを募らせる点で、
二人の心はぴたりと一致しているのです。

私は、全曲を聴いたことがないので、推測なのですが、
この二人、偶然同じ思いを抱いているのですが、
それに気づいてない。
心の中の思いが偶然に一致しているだけなのです。
じゃ、それらしく歌わなきゃ。
お互いに競い合うように歌うのはおかしい。

満点に近いのは、
ロベルト・アラーニャ(テノール)と
ブリン・ターフェル(バリトン)のコンビ。
二人は決して競い合いません。
決して声を張り上げず、無理をせず、
実に穏やかに協奏します。
アラーニャはどんなときでも無理に声を張り上げたりしない人です。
ブリン・ターフェルは、誰にも負けない声量の持ち主ですが、
どんな場面でも、きわめてナチュラルな発声が特徴の人です。
だから、彼の歌声以上に音楽的な豊かさを持つ低音歌手はいないんじゃないか、
とさえ思えるほど美しいサウンドが響きわたります。

Roberto Alagna & Bryn Terfel "Au fond du temple saint"
(https://www.youtube.com/watch?v=4tLrPVkfCIQ&list=
PL2JBgK24OUAS-ZEBEX1KjFEvIdDAzwrW4)

何度聴いたか分かりません。
オペラファンの中には、
名歌手たちがしのぎを削るのを期待する向きもあるようです。
でも、オペラの重唱は本質的にアンサンブルなのです。
自分だけ目立とうという姿勢は、私には不快です。





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# by hologon158 | 2016-08-12 23:18 | ホロゴンデイ | Comments(0)

651.04 ホロゴンデイ164「2016年6月25日ホロゴンが大和高田を懐郷歩き」4 ライバル


さまざまな分野でライバル関係が成立します。
こいつだけには負けたくない、と互いに感じ、互いにしのぎを削る関係。
その関係があるが故に、たがいに刺激を与え合って、
好敵手がいない場合よりもはるかに高い境地に駆けあがることができます。

そのような関係への適性、条件がありまです。
①ある種の才能を人一倍豊かにもっていること。
②その才能を誰にも負けない境地まで伸ばしたいという志をもつこと。
③運良く、自分と同レベルの才能に巡り会うこと。

娘が通ったピアノ教室の先輩にそんな二人が居ました。
その息苦しいまでのしのぎ合い、つばぜり合いは息苦しいほどでした。
ライバルがどうなったか知りませんが、
教室の先生の娘さんは現在かなり名声の高い音楽家になっています。
ライバル関係がプラスに働いたことも役だったかもしれません。
そうではないかも知れませんが。
先生がそんな風にわざと仕組んだ可能性もあります。
「あの子に負けてるわよ」、双方にさりげなくそう耳打ちするだけで、
容易に関係を作り出すことができるからです。

そのような策略はライバル関係を好まない人間には効きませんね。
私がまさにそうでした。
幾度先生方から、そんな風にけしかけられたことか?
就職してからも、きわめて優れた先輩が、
必ず私に情報をもたらす私の友人に、
「彼が、いろんなことに興味を持つのをやめて、仕事一筋に専念したら、
かなり上まで行けるんだけどなあ」と慨嘆したことがありました。
それを聞いても、まったく動じませんでしたね。
生涯一度も自分がそうしなかったことを後悔したこともありませんね。

もし学業と仕事にすべてを賭けたら、
確かにそこそこの名声を得ることができたかも知れません。
しかし、名声って厄介なものです。
ひけらかす人間の値打ちを下げる働きをしますし、
ひけらかさない人間にはなんの値打ちもない。
私が人生で築いたような夫婦関係も友人関係も生活も性格も、
全部無縁の朴念仁になっていたかも知れません。
唯我独尊になったら、「人が自分から学ぶべきであって、
自分が人に学ぶなんて、本末転倒もいいところだ、
冗談はよしてくれたまえ」、なんて高らかにのたまう人間になっていたでしょう。

でも、真実のところ、何歳になっても、どんな人からでも、
どんなきっかけからでも、なにかを学ぶことができれば、
こんなに幸せなことはないではありませんか?

でも、と、これからがようやく本論なのですが、
私は大好きな揚琴を学んで10年ほどにもなるのに、
上達しないことにかけては怖ろしいほど。

付虹先生の生徒としては最古参の一人なのですが、
私より先輩の方は私よりはるかに巧いし、
最近では、1年ちょっと前に入門された若い女性なんか、
あっと言う間に私を追い越してしまいました。

すでに報告しましたが、台湾揚琴楽団を迎えてのコンサートに、
付虹揚琴楽団も前座を勤めましたが、
私は最初もやさしい2曲で楽屋に引っ込み、
ちょっと難しい曲は先生と粒よりのメンバー4人とが立派に演奏しました。
それを陰で聴いて、「ああ、悔しい! もっとがんばればよかった!」、
とくやしく思ったか?
思いませんね。
「ああ、あんな難しい演奏させられなくてよかった」

端から見たら、たった一言でしょう、
「情けない!」
でも、無理をしないで、待つ、これが私の生き方。
なんと言われても、平気ですね。
仕事はもとより、写真でもリコーダーでも、とにかくなんでも、
自然体に楽しみたい、というスタンスを変えたことがありません。
写真と来たら、今から考えると、最初からロボグラフィでしたから、
競争も名声もあったものじゃありません。
私が長く写真を楽しみ、ブログを楽しみ続けて来られたのも、
そのおかげでしょう。

名声、評判、地位、こんなものは寄ってたかって邪魔をするだけ。
いつかは疲れきり、気力を失い、評判も名声も失って、
失意、落胆、喪失感だけが残る、そんなことになりかねません。
なにもなければ、なにも失うことがない。
これが永遠の心理であり、最善の生き方。




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# by hologon158 | 2016-08-11 16:24 | ホロゴンデイ | Comments(0)

651.03 ホロゴンデイ164「2016年6月25日ホロゴンが大和高田を懐郷歩き」3 かなり忙しい

退職者の第2の人生って、かなり忙しいですね。
毎日朝食を済ませると、かなりの仕事が待っています。

①朝食の後かたづけ
即時に洗うべきフライパンや鍋、ガラス器のようなものは即時洗い、
食器乾燥棚にきちんと並べて、自然乾燥させます。
食器洗い器で洗えるものは水道でよごれを落として、
水を張った洗い桶に沈めておきます。
昼食の食器も同様にします。
夫婦二人の一日分の食器など軽く入ってしまう特大の食器洗い機で、
夕食後に一気に洗います。

②昨日働いた食器洗い機内の食器を食器棚にしまいます。

③システムキッチンの食器乾燥棚の鍋やポット類もしまいます。

④寝室の布団を畳みます。
(いまどき、まだ、布団?
そう、和室に布団で寝ています。
ベッドが性に合わないのです。
寝られないわけじゃありません。
どこでも不眠にならないのが私の特技。
でも、ふわふわクッションに乗っかって中空に浮かんで寝たいとは思わない。
しっかり床を感じたいだけ)

④食堂の床を箒で掃きます。
併設されている納戸に子供たち(猫ですが)の砂トイレがあります。
子供たち、そのトイレの簀の子で砂を落としたりしません。
砂のトイレからぴょんと食堂の床に飛び出ます。
当然、足についた砂は床に散乱することになるからです。
子供たちを責めるわけには行きません。
あなただって、そんなトイレにずぶずぶ入ってしなさいと言われたら、
同じことをしますよね。

これ以外にも細々とした雑用がかなりあります。
実は、在職中も家に居る限りは同じことをしていました。
家事分担は平等、これが私の在職中から、我が家の憲法。
でも、少しは負担に感じていました。
貴重な時間を食われる、そんな気分が少しあったからです。

ところが、退職すると、気分はがらりと変わりました。
第2の人生って、写真や音楽に関してなにかをすることだけではない、
家事をすることも、まったく同列に、自分の人生を豊かにする時間なんだ、
そういう感じかたに自然と移行してしまったのです。
以前はせかせかとやっていた家事を丁寧に心を込めて楽しむ、
そんなスタンス。

学生の頃、「生きていくすべての行為を生き甲斐としなさい」という
哲人ホワイトヘッドの言葉に大きな感銘を受けたことを覚えています。
そのつもりで生きてきたのですが、やはり軽重を付けていたわけです。
それがなくなったのです。

私よりも多忙の妻もちゃんと家事を分担していますが、
彼女の場合、指示確認命令をするという家事の比重が増加しています。
「〜〜をもうしてくれた?」
と言ったさりげない質問で、深く静かに家事移行作戦を展開しています。
でも、この質問に常に返ってくる私の回答は、
「ああ、しておいたよ」
水際立った任務遂行ぶりですね。

でも、それじゃ、負けっぱなしじゃないか、
どんどんと奴隷状態に向かって後退していくばかりじゃないか?
そう心配される旦那さんたちもおいででしょう。
でも、時間はたっぷりあるのです。
家庭平和、家内安全が人生の平安への一番確実な道ではありませんか?
家庭が人生の職場なのですから、
折角やるんだったら、生き甲斐にしなきゃ。

おかげで、ブログの比重もかなり軽くなってしまいました。
人気ブロガーは人気を保つために、
かなり神経と時間を使われるのじゃないでしょうか?
おそらくほとんど常連客の来ない私のブログの場合は、
もっぱら自分のために記事を作るので、
空いた時間に気が向いたらする、というスタンス。
気楽です。

というわけで、以前は毎日投稿を原則としていましたが、
どうやら、今では家事の方がブログよりも比重が重くなっているらしい?
でも、愛するレンズたちの撮ってくれた写真とつきあうのも、
勝手気ままに文章を書き散らして、ばんばんブログに掲載しちゃうのも、
なんの責任もないのですから、ひたすら楽しいものです。
おかげで、毎日朝8時半から夜午前2時半まで、
すべての仕事を分け隔てなしに楽しんでいます。




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# by hologon158 | 2016-08-10 11:30 | ホロゴンデイ | Comments(0)

651.02 ホロゴンデイ164「2016年6月25日ホロゴンが大和高田を懐郷歩き」2 友達集合




久しぶりに写真の仲間6人が集まりました。
8月6日午前10時、大阪梅田紀伊国屋書店入り口の大テレビの下で、
まず5人が集合しました。

すぐ側に私が行きつけのレストランがありましたが、
これが廃業して、喫茶店に変わっていました。
そのモーニングサービスがすごい。
5種のオードブルにたっぷりの野菜サラダを付けて、
ドリンク付きで500円なのに、昼食代わりになるほど。
久しぶりに会うメンバーもあって、座談は盛り上がりました。

午前11時40分出発。
その足で阪急宝塚線岡町駅に移動しました。
駅北の原田神社からはじめて、
岡町商店街をしばし撮影。
私の子供とほとんど変わらないたたずまいの店も沢山あります。
盛況で、閉店状態のお店はほとんどないのですから、
大変に珍しい現役商店街。

Hologon15mmF8Uがただちに活躍。
でも、商店街のアーケードの下では、
ホロゴンの開放値F8は苦しいですね。
超近接撮影では、例外なく被写体ぶれが起こり、
やむなく動かない被写体に集中しました。

午後12時半、商店街を抜けて数百メートルに「餃子の王将」を見つけて、
昼食をいただきました。
昼食後、私一人阪急線に乗車して、蛍池下車。
タクシー乗り場で10分ほどタクシーを待ちました。
近くの大阪空港には、長距離の乗客が大勢待っているのですから、
待ち客がそれほど見込めない蛍池駅に来るタクシーはほとんどないわけです。
ようやくタクシーが出現し、
近くの丘陵地帯にあるマンション前で待っていた畏友のRAさんと再会。
その足で阪急宝塚線岡町駅まで一走り。
岡町商店街の東側に足を延ばして撮影していた仲間4人を呼び戻し、
仲間6人、駅近くの喫茶店で旧交を温めました。

なんの利害関係もない趣味の仲間との座談はまさに清談、
気持ちよいものですね。
気がついてみると、1時間ほども経っていました。

折角カメラを持参したのです。
この古い商店街のたたずまいを写真に収めたいものです。
原田神社の北辺から東辺にあたる商店街と、
それにつながるストリート、公園などをそれぞれ撮影。
例の通り、ホロゴンを腰だめノーファインダーで撮り続けました。
ソニーα7の液晶は90度開いて、腰あたりに構えていても、
液晶を見ることができます。
でも、私の場合、うつむいて液晶を見ても、
画像がしっかり見えるわけでなし、
ホロゴンはパンフォーカスなので、
ピントを確認するまでもなく、
もし必要とあれば、水平をチェックする程度ですが、
長年15mmを常用してきたので、
おおむね自動的に水平垂直は自動的にとれますので、
わざわざ液晶を見る必要もありません。
おかげで、撮影は楽々。
どんな風に撮れたかは後のお楽しみ。

本日の主賓RAさんは82歳におなりになって、
体調も万全とは言いがたいので、
午後4時半頃、喫茶店を見つけて、ゆったりと座談を楽しみました。
午後5時、予約をしていた料理店の開店時間になりましたので、
本日のメインイベントである晩餐会としました。
今日はあたり日で、夕食ランチと称するコースは、
たっぷりのオードブル、卵汁、山芋のすり下ろしとおかゆ、
串焼き5本、生ビール中ジョッキと盛りだくさん。
座談も実り豊かで、大いに楽しみました。
食後、最初に入った喫茶店に戻り、さらに半時間以上盛り上がりました。

午後8時過ぎ、友人4人とは阪急岡町駅で別れ、
私はタクシーで畏友のRAさんをご自宅までお送りしました。
こんな風に書いてきますと、
私が畏友のRAさんだけを大切にしているように感じる方が多いでしょう。
私にとっては、みなさん、しっかりと心で結ばれた大切な友人なのですが、
RAさんは、一番最初に出会って以来、そのお人柄と生き方をもって、
私を測りしれないほど強力に導いてくださった方です。
私にとって、妻の次に、私を変えてくれた恩人。
どんなに大切にしてもしきれない方なのですから、仕方がありません。

お体が不調のために半年以上ご無沙汰していたのですから、
いくら大切にしてもしたりないという感じ。
かなりお元気だと確認できたことが本日の最大の収穫でした。
無事マンションまでお送りでき、
かなり充実した一日となりました。





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# by hologon158 | 2016-08-09 22:56 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

651.01 ホロゴンデイ164「2016年6月25日ホロゴンが大和高田を懐郷歩き」1 ドーナツ化現象



大和高田にはなんど通ったでしょうか?
友人たちはだれもこの地味な町に興味を示さないので、
この町は私の専用狩り場となっています。

なぜこの町に通うのか?
すでに幾度も書きました。
私が2、3歳の頃から小学校6年1学期まで過ごした、
いわば私の故郷の町なのです。

私の家はすでに消えてしまいました。
でも、町の中心地区のたたずまいはかなり昔の記憶を留めています。
だけど、ああ、だけど、店の3分の2ほどは廃業し、
民家の半分近くはどうやら空き家のようです。
地方都市の運命は実に平等にすべての町を襲っているようです。

ただし、高田は都会近くに共通するドーナツ化現象で、
周辺にまだ新興住宅地が開発されています。
場合によっては、旧市街にもなんらかの開発の手が及ぶかも知れません。
でも、現代企業と公共団体による開発はつねに非人間化の方向にあります。
私の故郷はいつか消えてしまうでしょう。
それまで、私の元気の続く限り、撮り続けることにしましょう。

とはいえ、地方都市の面影を撮るのではなく、ただのロボグラフィですが。
今回はホロゴン15㎜F8Uをソニーα7に付けて持参しました。
320枚中181枚を選択しました。
6回シリーズでお楽しみいただきましょう。





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# by hologon158 | 2016-08-09 11:27 | ホロゴンデイ | Comments(0)

650.09 ホロゴン外傅170「2016年6月17日R-セレナー50㎜と天理の相性は抜群」9-完-ケルト曲線

数日前バスに乗っていました。
東大寺前を通ります。
近頃はどんな日でも中国、韓国その他の諸国の観光客で
沿道がにぎわっています。
その中にとても美しい女性がその中に一人。
美しい女性はどうしてパッとめに入ってくるんだろう?
ふとそんな疑問が浮かびました。

誰かがこんなことを言っていました。

    問いを立てることが難しい。
    問いを正しくたてることができたら、
    答えはすぐ見つかるものだ。

今回がまさしくそれでした。
私の頭に瞬間的に浮かび上がった答えはこうでした、

    美しい女性の肢体はケルト曲線を描いている。
    美しい女性はケルト曲線に沿って動く。

ケルト曲線の特徴はなんでしょうか?
なめらかな曲線がどこまでも止まらず続く。
これが命の曲線、成長の曲線です。
ケルト文様の最高の曲線が「ケルズの書」の随所を彩って、
この書を永遠のアートとしています。

美しい女性の身体の曲線、まなざし、動き、
すべてがケルト曲線を描くから、
優美優艶な風情を醸し出すのです。

そこで思いつきました。
この世にありとあらゆる美しいものはすべてケルト曲線を描いている!

直線さえも、最短を結ぶケルト曲線なのでしょう。
音楽も絵画も書も、美しいと思わせてくれるものは
ケルト曲線に似たカーブを描くものです。

私は今iPodで、「ゴールドベルク変奏曲」を聴きながら書いています。
もちろんグールドが弾いています。
粒立ちのよいピアノサウンドでケルト曲線を描き出しています。

ケルト曲線はケルトに特有の線ではなかったのです。
おそらく宇宙そのものの本質的ファクターなのでしょう。
こんな風に考えてくると、
写真だって例外ではないと思われます。
この写真好きだなあ、
そう直観させてくれる写真はどこかにケルト曲線が生きている、
そう考えてよいのではないでしょうか?
写真を構成する分子が生きた曲線で結ばれているからこそ、
写真が生きて動いて響いてくれるから、
見る人の心と共鳴しあうのではないでしょうか?

現代のアーチストたちはこれに気づいているからこそ、
わざと中断、爆発、停止、ショックを生み出す仕掛けを
さまざまに工夫することで、
不安、恐怖、迷妄、混濁等の演出しようとしている、
そんな感じがします。


でも、このような仕掛けは破滅、死につながります。
アートとして残ることはありません。
少しでも人目を惹けば成功、
それ以上の永続は求めない、
そんなスタンスが現代芸術にはあるように思います。
今私たちに届いてくる現代アートは何一つ100年後には残らないでしょう。
芸術がコマーシャリズムに利用される時代になってしまったのです。
つまらない。



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# by hologon158 | 2016-08-07 23:54 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

650.08 ホロゴン外傅170「2016年6月17日R-セレナー50㎜と天理の相性は抜群」8 プリンセス2号



私の末娘、プリンセス2号のママは、
おしゃべりを大変に早くから始めた赤ちゃんでした。
1歳半ほどだったでしょうか?
かわいいなあと見つめていると、突然、
「じよじよ見ないでよ!」
誰もこんなせりふを言わないので、未だにどこで覚えたか不明。

2歳になる前でした、
ポーンと空中に放りあげて、
受け止めるゲームをしました。
1回目、無事受け止めると、厳しい声、
「やめてよ!
落ちたら、どうするのよ!」

成人しても、なにをするにしても、テキパキ。
子供の頃から大好きだった車を今では自在に運転しています。
関東から帰郷するのもいつも車。
その往還、ほとんど娘が楽々と運転しています。

フランク・ハーバートの「砂の惑星」の主人公
ポール・アトレイデは早熟の天才で、
新しい惑星に植民して、
砂漠用の特製スーツを生まれて初めて着用するとき、
誰にも教えられないのに、自分一人でてきぱきと着用し、
すべての装備の使い方を心得ていることを示します。

そこまでは行きませんが、
1歳直前でした、腕をくるりと後ろに差し上げて、
見えもしないのに、後ろから着せかけるシャツの袖に、
袖にするっと通してしまったり、
1歳半にもならないのに、
ママを見て学んだらしく、正しい握り方でお箸を操って、
お茶碗からご飯をかき込んだりしていました。
プリンセス2号はそんなママの子なので、
もうじき、しっかりおしゃべりを始めるでしょう。

どうもこのあたりの血筋は妻から来ているようです。
生涯合唱など習ったこともなかったのに、
妻は、昨年暮れから春にかけて、ベートーベンの第九を歌って、
「あんた、ほんとに初めて歌ったの?」
と言われる程度にベテランと一緒に声を揃え、
今は、音楽祭中のザルツブルグに行って、
現地の管弦楽団、独唱者、合唱団に混じって、
モーツァルトのレクイエムのソプラノ声部を歌うのですから、
とんでもない大冒険(ほんとは大暴挙と言いたい)ですが、
練習を聞いていると、もはや完全な立派なクラシックソプラノの声。
いったいどうなっているんだ?
そう言いたいところです。

プリンセス2号もかなり似ています。
昨日もプリンセス2号無声映画風のシーンを送ってくれました。
キッチンフェンスの向こうにプリンセス2号。
団扇を持って来てフェンスの隙間に差しいれて遊んでる内に、
フロアに落としてしまいました。
その次の瞬間の「あ、しまった、落としてしまった」という表情、
チャップリン並に雄弁で、しかも、
チャップリンには真似のできない可愛らしさ。
顔を使っての感情表現を盛んに学んで実践しているのでしょう。





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# by hologon158 | 2016-08-06 23:13 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

650.07 ホロゴン外傅170「2016年6月17日R-セレナー50㎜と天理の相性は抜群」7 旅に出ます




私は今日からしばらく旅に出ます。
そのいきさつをちょっと書いておきましょう。
実は妻がまず旅だったのです。
ザルツブルグの大聖堂でモーツァルトのレクイエムを歌いに!
去年の冬まで、クラシックの合唱など一度も学んだこともないのに!

こんな風に突然これまでの人生で完全に無縁だったなにかに目覚めて、
変身してしまうのが得意な人です。
翻訳でも、突然目覚めて翻訳学校に通い始め、
1年経ったら、その学校の講師になって、
6冊か7冊翻訳書を出版しました。
明晰かつ誠実な言葉の運びが見事な日本語です。
でも、人の文章を日本語に直すのは飽きたと、
すっぱり止めてしまいました。

合唱も、最初はかぼそい声を張り上げていたと思ったら、
完全なソプラノの発声がいきなりほとばしり出て、
楽々朗々と歌っているのですから、
始末に負えません。

怖いのは、この次になにをするか?
でも、完全に予測不可能なことを思い煩うのはばかげていますね。
それよりも、私がその奔流に押し流されないこと、
これが肝心ですね。

私もトリップするぞ!
じゃ、なにをするんだ?
人生で一番やりたいことを!
それはなんだ?
いつもどおりのこと。
と、来るんじゃ、かなり冴えないですね。
でも、いつもやってることこそ、
本当にやりたいことなんだから、いいじゃないか?
ほっといてくれ!
と、かなり、やけっぱちの雰囲気ですね。

私は妻と違って変身の才能がゼロ。
毎日毎日こつこつと積み上げていって、
どこまで行けるか、という人間です。
一度始めたら、なかなか止めませんね。
ブログも2つ合わせると、9000ほどの記事をほとんど毎日投稿して、
掲載写真量もおそらく4、5万枚になっています。
まだまだ止めませんね。
来る人がほとんどない、ただのお辺土ブログなのに、やめない。
なぜか?
来る人がほとんどないから、好きなことができます。
それに、投稿に次ぐ投稿を積み重ねて、
どこかに行きたいから。
どこへ?
さあ、どこへでしょうね?

まあ、答えを求めず、ゆっくりと楽しみましょう。
10年やってきた揚琴も、去年から始めた二胡とリコーダーも、
まあまあ音が順調に変わっていくようです。
休まず、急がず、これが一番ですね。

さて、8日間の旅でどこまで行けるでしょうか?
楽しみ。




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# by hologon158 | 2016-08-04 23:55 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

650.06 ホロゴン外傅170「2016年6月17日R-セレナー50㎜と天理の相性は抜群」6 yoshiさんの写真展②



前回の続き。

ここまでなら、私のかなり似たスタンスです。
かなり分かりやすい。

でも、私はyoshiさんを少し知っています。
彼はそんなシンプルな境地で満足する人ではありません。
写真に対する思い入れという点で、
彼に匹敵する人はそんなに沢山はいないでしょう。
そんなyoshiさんがこれまでの数々の写真展をすべて
ぶっとばすような新企画を練りに練られたのですから。

私のブログ文をお読みになったら、
実に単純な論理で思考が進められていることを、
簡単に見抜かれることでしょう。
1足す1は2という風に、
とてもシンプルに考える人間なのです。
そんな人間にyoshiさんのような底の深い人間を見抜けるとは思いませんが、
かろうじて浮かんできたのは次のようなことです。

彼は、今回の展示でもって、
巨大な疑似餌、ルアーを仕掛けたんじゃないでしょうか?
来展者に向かってこう誘いかけたのです。

さあ、私の写真をごらんになってください、
そうして、あなたの心とじかに向き合ってみてください!
何か感じませんか?
どうですか?
どんな風に感じますか?
私は自分のコンセプトをあなたに押しつけたりはしませんよ。
ご自分の心を自由に遊ばせてあげませんか?
そうしたら、それが何であるかは分かりませんが、
何かが見えてくるのではありませんか?
私の心など見えなくてもよいのです。
あなた自身の心が見えてきませんか?

このような自分自身の心との対話を誘い出すことを
意図されたのではないでしょうか?

ところが、私も含めてブログ訪問者は、
yoshiさんの展示を直に体験できないのですから、当然ながら、
yoshiさんの写真展に真っ正面から対峙することができませんね。
yoshiさんは「砂丘館 oh-baracta写真三人展 WEB カタログ」を掲載されました。
(http://yoshipass.exblog.jp/25831573/)
これらの写真たちと順次向き合うという行為は、
いわば一般的な写真展の壁面を順序通りに鑑賞する行為にかなり近いでしょう。
これは今回の写真展の展示が持つ意味、コンセプトとは
まったく異なるプレゼンテーションということになりそうです。

でも、カタログを拝見するだけでも、大した写真体験になりますね。
yoshiさんらしい写真群が並びました。
切れ味鋭くスケールの大きなストリートフォト 
ぐいぐい迫って来るロボグラフィ 
yoshiさん独特の曼珠沙華 
おそらく彼のライフワークである海浜風景 

これらの異質な写真たちの距離はかなりダイナミックです。
拝見しながら、マーラー、ブルックナーの交響曲たちを思い出しました。
1人の写真家としてはかなり強烈なダイナミックレンジ。
写真展では、ランダムで自由なプレゼンテーションも手伝って、
来展者の心を揺さぶり続けたのではないでしょうか?
そして、ただ写真を楽しむつもりでおいでになったのに、
なにか自分の心のどこかに隠された思いやフィーリングを掘り起こしてもらった、
そんな気持ちでお帰りになったのではないでしょうか?

そして、この仕掛けはyoshiさんにも効いたのでは?
彼ご自身も写真展会場で2週間自分の写真たちと向かい合って、
心の奥底に隠された、これまでに気づかなかったご自分を
見いだされたのではないでしょうか?
次の写真展がさらに楽しみになってきました。

私はと言えば、そんな魂の冒険とはすっかりおさらば。
退職後、毎月どこかにショートトリップをしよう、
海外旅行にも行こうと勇んでいたのですが、
最初にトライした中国雲南省のハードな旅でこりごり。
自分の写真は家から一歩出たら撮れる性質のもので、
しかもまるで飽きないことに気づいて、
まったく旅に出ない人間になってしまいました。
それだけにyoshiさんの写真展もなかなか拝見できないでしょう。
でも、ブログを通じて傍観するのも楽しいものです。
次の写真展の新たな冒険への期待が膨らみます。





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# by hologon158 | 2016-08-04 21:22 | ホロゴン外傳 | Comments(2)

650.05 ホロゴン外傅170「2016年6月17日R-セレナー50㎜と天理の相性は抜群」5 yoshiさんの写真展①



写真集や写真展について考えたこと、感じたことを
一文にまとめるのは難しいですね。

批判は比較的簡単です。
思いつくまま書けばいい。
でも、写真集や写真展が私の心になにかを感じさせ、
私の心を沸き立たせてくれるとき、
それがどんなことなのか、
なぜなのかを理解するということは、
自分の心をただしく把握し理解し、
写真集や写真展が私の心に何をあたえてくれたか、
私をどう変えてくれたかを解き明かすことなのですから。
写真集や写真展をじかに体験できた場合でもそうなのですから、
今回のyoshiさんの写真展の場合はなおさらです。

私はかなり写真に関する限り、かなり限定された好みの人間です。
私の心を沸き立たせる写真家しか関心がない。
この点は、写真史にその名を残す過去の大写真家であっても、
プロ、アマを現代の写真家であっても、
ブログに写真を掲載されている写真家であっても、
まったく同列です。
なんの予告もなく、なんの先触れもなく、なんの予感もなく、
いきなりその人の写真に出会って、
私の頭をぐらぐらと揺さぶり、
私の心にぐっと飛び込んできて、
私の胸を熱くしてくれる、
そんな写真をプレゼントしてくれる写真家とだけつきあいたい。
yoshiさんはそんな数少ない写真家の一人です。

そのyoshiさんが今回の写真展で、大冒険を敢行されました。
その概要は下記の記事にあります。
「砂丘館 oh-baracta写真三人展 WEB カタログ」
でも、どうもよく分かりません。
曼珠沙華16点
その他38点
(ざっと勘定しただけなので、不正確です)
会場の全体写真が2枚ありますが、よくわかりません。
どうも、上の写真のほぼ中央の壁面と、
下の写真の右側のシャッフル壁2面がyoshiさんのコーナーみたい。
モノクローム写真たちを壁面に文字通りバラバラに展示されています。
単に点在させたのではありません。
向きまでバラバラ。
おそらく来展の皆さんは、顔をさまざまに傾けて一枚一枚と対面し、
さらには少し離れて、壁面全体と対面して、
個々の印象を全体の印象にまとめようとされ、
ときには、なにかを感じ、
ときには、どちらかをあきらめ、
ときには、気に入った写真だけを拾う、等々、
写真展と向き合ったその場で、どうyoshiさんの写真展と対話するか
という態度決定に迫られたのではないでしょうか?
おもしろい!
写真展そのものがではなく、
とりあえず、yoshiさんのその選択がおもしろい。

最初に感じたことはこうでした。
ははーん、yoshiさん、展示作品が互いに響きあって、
yoshiさんの意図したこと、もしくは意図しなかったなにかを
語り始めるのを拒んだのだな。

彼はいつも、自分は写真家じゃない、
ただ好きで撮っているだけなのだと宣言しています。
まさに私と同じ立場なのですが、
作品性の皆無のロボグラフィをテンデバラバラに撮っている
私の場合は、アクセスする方たちに素直に受け取ってもらえて、
おかげさまで、写真好きの人も写真家も私のブログには来ないのですが、
yoshiさんは違います。
私が彼を知ったのは、このブログ開始後まもなくですが、
偶然誰かのブログで、
新潟にはYoshipassさんという有名な写真家が居て、
すばらしい写真を撮ると読んだことからでした。
訪問してみて、びっくりしてしまいました。
yoshiさんの写真は、斬新で、切り込みが鋭く、
ときにはスタイリッシュ、ときには詩的。
多くのファンがいるのは当然です。

ところが、彼は自分が好きで写真を撮っているというスタンスを
堅持しておられます。
でも、写真展が彼の生き甲斐なのです。
かなりの回数、ブログで知り合った友人たちとの写真展を重ねてこられました。
でも、彼は常に縁の下の力持ち風の役割に徹してこられました。
だから、私が直接拝見した2回だけではなく、一貫して、
どうやら仲間の写真にバランスをとることに腐心しておられたようです。
でも、本当は写真展でもっともっと自由に遊んでみたい、
そんな気持ちが彼の心の底にいつも漂っていたのでしょう。
今回それぞれに独特の個性で独創的な写真をお撮りのパートナーを得て、
思いっきり遊んでみた、そんな開放感を感じます。

そうすると、彼の本意はこうだったのじゃないでしょうか?

私の写真、別に分からなくてもいいんですよ。
思いっきり自分の写真たちを遊ばせてみましたよ。
彼らがなにを言いたいのか、
私がなにを表現したいのか、
そんなことに心を煩わせる必要はぜんぜんありませんよ。
ただ、どんな風にでもいいですから、
楽しんでくださいね。
私自身、この壁面でなにかを表現したいなんて考えていませんよ。
ただ思いっきり楽しんでいるのですから。

でも、それで終わったら、yoshiさんじゃありませんね。
さらにその向こうにもう一つの仕掛けがあったんじゃないでしょうか?
次回に書きます。




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# by hologon158 | 2016-08-03 16:50 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

650.04 ホロゴン外傅170「2016年6月17日R-セレナー50㎜と天理の相性は抜群」4 台湾からの風



昨日7月31日日曜日
兵庫県立美術館ミュージアムホールで、
日台揚琴交流演奏会「台湾からの風」が開催されました。
私の揚琴師匠付虹先生の揚琴楽団13人と、
台湾揚琴楽団7人のコンサート。

付虹先生の弟子たちはいわば素人。
台湾揚琴楽団は2002年設立の専門家集団。
団長の奥様がリーダーで、女性5人、男性2人。
付虹揚琴楽団がいわば前座として4曲演奏し、
その後、台湾揚琴楽団が10曲ばかり演奏しました。

台湾揚琴楽団は高音用の揚琴2台だけ持参され、
標準的な揚琴は全部付虹先生のグループが用意しました。
午前中のリハーサルの前に台湾揚琴楽団の人たちが調律。
高音から低音まで実に丁寧周到に延々と調律作業が続きました。
ああ、こうしなければ、澄み切った揚琴サウンドは実現しない!
若いけど、まさにプロです。
全員まだ音楽院在学中か、大学院生なのだそうです。

ただし、私の使用した揚琴は付虹先生の業務用なので、調律せず。
おかげで、周到な調律の成果を確かめることはできませんでした。
でも、いつもレッスンには付虹先生が調律された揚琴を使うので、
どんな風に変わるかはすでによく分かっています。

リハーサルも順調。
でも、このホール、映画用なのだそうで、周辺の壁は吸音材。
全楽器に足もとスピーカーが配置され、音あわせも済ませました。
「返し」と呼ばれる小さなスピーカーを演奏者の前に配置しないと、
メインスピーカーから楽団の音がどう出ているのか分かりません。
かなり小さな演奏音の中に自分の揚琴だけがしっかり聞こえます。
ちょっと間違っても、自分には全部聞こえるけど、
両脇のメインスピーカーからは演奏者全員の音が聞こえるので、
ミスったサウンドもクローズアップされたりはしないと思いたいけど、
後で台湾揚琴楽団のリハーサルを客席で聞いていて、
はっきり分かりました。
ちゃんと演奏者からその楽器の音が発せられているように
聴衆には聞こえるので、
実は、ミスったら、ちゃんとばれてしまいます。

私たちの後には、台湾揚琴楽団も演奏曲全部をリハーサルしたので、
おかげで、気がつくと、ホール開場15分前。
昼食時間はほとんどなし。
控え室で慌ただしくおにぎりをほおばって済ませました。
午後1時半開場、午後2時開演のスケジュールで、
午後1時45分頃控え室から手洗いに出た際、ドアの隙間から、
座席の5分の1程度が埋まっているのが見えました。

午後2時、会場担当者がやってきて、
「ほぼ満席です」
収容人員250名のホールなので、かなりの入りです。
メンバーににわかに走る緊張。
たいていのメンバーは初体験です。

私は陳少林先生の楽団の揚琴伴奏で幾度も体験しています。
独奏するのなら、もう緊張しきってガチガチになってしまうでしょうが、
伴奏だと、ぜんぜん上がりません。
今回も、ホールに入場して、演奏が始まっても、平常心のまま、
2曲の演奏は無事終了しました。

ただし、やっぱり自分のサウンドばかり聞こえる不思議体験。
それでも、しっかり音は合っていたようです。
あとで客席で聴いた付虹先生の生徒さんから、
「とてもよかったですよ」

私も含めてメンバーの半数は最初の2曲が済むと、退場。
付虹先生がお子さんのココちゃんを含む、優秀メンバーで、
見事な合奏をされるのを舞台裏で聴きました。
これで第1部終了。

台湾揚琴楽団の第2部の前に楽団員が再び壮絶調律。
その合間を縫って、私は客席に移動しました。
全曲圧倒的な演奏でした。
男性の一人が名曲「天山詩畫」を独奏しましたが、
一流の演奏家と変わらない立派な演奏。
他の曲もさまざまな演奏者の組み合わせで、見事。
とりわけビバルディの「四季」の春第1楽章は圧巻でした。
イ・ムジチのようなさまざまな楽器による多彩な表現を、
揚琴一本で多彩なテクニックを駆使して再現していました。
音楽としてもしっかりした骨格があって、圧倒的な印象。

全曲が終わって、アンコールは「ふるさと」
私も舞台に戻って、台湾揚琴楽団の人たちに混じって、
揚琴を弾きました。

主観的な印象ですが、コンサートは大成功だったようです。
尼崎に移動して、おいしい焼き肉料理店で打ち上げ。
私は女性メンバーのお一人の車に乗せて頂きました。
助手席は付虹先生の二胡の生徒さん。
後部座席は私と随一の成長株の若い揚琴生徒さんHさん、
そして台湾揚琴楽団の若い女性奏者鄭予文さん、
愛称「楽楽(ララちゃん)」と並びました。
Hさんが少し中国語がしゃべれて、私も英語が少し。
これでなんとか気楽なおしゃべりを楽しむことができました。

台湾に滞在したときも感じましたが、
台湾の中国系女性は中国の女性とかなり雰囲気が違います。
しっかりしている点は変わりがありませんが、
どこか日本人に近い親しみのある物腰と態度と話し振り。
とても好感が持てます。

YouTubeに「台灣揚琴樂團」のビデオがかなり沢山あります。
これがすべて猛烈に素晴らしい!
今回来日したグループのリーダー、杜宛霖さんの演奏を一つ紹介します。
08.《瑤山夜畫》揚琴協奏/杜宛霖 指揮/吳瑞呈 演出/台灣揚琴樂團
(https://www.youtube.com/watch?v=_tQE_aes7fg)
中国の器楽コンクールに優勝する奏者たちにまるっきり劣らない、
颯爽として絢爛たる演奏ぶりに驚倒させられます。
そして、余計なことですが、
リーダーの杜宛霖さんを初めとして、とても美しい!




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# by hologon158 | 2016-08-01 17:29 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

650.03 ホロゴン外傅170「2016年6月17日R-セレナー50㎜と天理の相性は抜群」3 プリンセス2号



昨年6月我が家に帰郷した出産を済ませた二女が夏休みをとって、
一家3人で帰郷していました。

我が家のプリンセス2号は満1歳。
白い肌でかなり美しい女の子です。
ちょうど1つ違いのお姉ちゃんのプリンセス1号、
その兄のプリンスとも感動の再会を果たしました。
昨日お昼に、イタリアレストランで2度目の食事会。
そのあたりまでは、まずまず穏和なお嬢さんだったのですが、
プリンセス2号、慣れたのでしょう、
昨夜からにわかに本来の姿を見せ始めました。

果てしない冗談好きのおしゃべりさんだった!
パパと二人でリビングルームにして、なにやら泣きわめく声。
行ってみると、泣いていたのではなく、ふざけていたのです。
まだ言葉として特定できるのは、当然ながら、少ない。
カレンダーの子猫を指さしながら、
「わんわん、わんわん」
動物はなんでもわんわんです。
不思議なことに、どんな媒体で見ても、
どんなにデフォルメされていても、
動物は動物と見分けて「わんわん」

傑作は、赤ん坊用のイスに座ったプリンセス、
突然、両手を合わせてすりあわせながら、
「ゴニュニュニュニュニュー」
とても記録できないスペシャルな発声で、
「ごちそうさま」をやってのけました。
食事前にもきちんと同じ動作をして、
「ターターター」
「いただきます」です。

とにかくとてもその小さな体から出るとは思えない大きな声で、
多彩な発声を使っておしゃべりを続けます。
お話できるのが楽しくてたまらないのです。

滞在最後の晩になった27日、
吉野町をドライブし、我が家近くのレストランで夕食を楽しみました。
ウェイトレスのお姉さんが気に入って、満面ニコニコになって、
ずっと見上げたまま。

食事が終わって、「じゃ、ごちそう様しましょう!」
すると、私たち祖父母の前に座ったプリンセス2号、
にこやかに手を合わせてから、深々と頭を下げ、
体を直角に折ったまま、しばらく静止。
また、にこにこと頭を上げて、これを繰り返すこと2回。
1歳の赤ちゃんがどんな気持ちでやっているのか?
知りたいですね。




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# by hologon158 | 2016-07-30 12:02 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

650.02 ホロゴン外傅170「2016年6月17日R-セレナー50㎜と天理の相性は抜群」2 魔術的



R-セレナー50㎜F1.5
神秘性抜群の名レンズですね。

我が国の古代レンズたちは私にはほとんど未知の世界です。
でも、使った10数本で見る限り、共通の特徴があるようです。
①どうしてどうして、みんな良く写ります。
でも、
②なんだかまじめ一方のビジネスマンという感じで、
極楽の方向にも、地獄の方向にもほとんどちらっとも傾かない。

でも、このレンズだけは違います。
ただの商店街を撮っているだけなのに、
どこか異界がよぎる気配。

日本帝国陸軍の兵士たちの記憶の名残でしょうか?
もしかすると、このレンズは、兵士たちのレントゲン写真を撮りながら、
南海の諸島に出征して行った兵士たちの運命を予感していたのかも知れません。




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# by hologon158 | 2016-07-30 00:02 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

650.01 ホロゴン外傅170「2016年6月17日R-セレナー50㎜と天理の相性は抜群」1 一点交錯


R-セレナー50㎜F1.5
すでに別ブログの下記記事に紹介ずみのレンズです。

1604 霊感(R-セレナー50㎜は信仰の地の霊気に感応したのだろうか?)
(http://shasindbad.exblog.jp/i196/)

天理での顛末も、次の記事に記録ずみです。

643.01 ホロゴン外傅165「2016年4月22日キノプラズマート25㎜は三重へ」1

もともと私にとっては謎+未知のレンズです。
撮影してみて、さらに謎は深まった感じがします。
どこか霊気が漂う、言葉で表現しがたい雰囲気を醸し出すレンズ。
どうやら私にとっては永遠に謎のレンズに留まりそうです。

あなたが男性であるとして、
こんな体験をなさったことはありませんか?

  人生のある日、ある場所で見かけた行きずりの女性、
  だけど、その印象があまりに強烈で、
  何年経っても忘れられない。

私にも幾人か。
私はそんな1人の女性と結婚しましたので、幸運なのでしょう。

でも、それぞれの人生の道が一点の時空において交錯し、
その後、2度と交わることがないままに終わった女性たち、
今、なにをしているでしょうね。
ほんの少しずつ記憶の中から消えて行きつつあります。
記憶を新たにするよすががまったくないからです。

R-セレナーもそんな人生でたった一度出会い、
強烈な印象をプレゼントしてくれた存在になりそうです。
ただし、女性たちとは異なり、
記憶を新たにするよすががこうして残されたのですから、
天理での撮影もまた一つの幸運として私の心に残るでしょう。





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# by hologon158 | 2016-07-28 12:22 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

649.01 ホロゴン外傅169「2016年6月15日ゾンネタールSoftで天満橋試写」5-完-加工


別ブログ「レンズ千夜一夜」No.1615で、
一考に値する興味深いコメントを頂きました。
「写真と言うのは、加工(現像)をすることが 前提なのでは?」

私の方はこうお答えしました。
「私は素人で、原則として人に見せませんので、
JPEGで撮って、投稿時、レベル補正で濃度をそろえるだけ。」

それに対して、重ねてご質問を受けました、
「レベル補正で濃度をそろえるだけで、撮った時のご自身が
感じた印象通りの写真に仕上がってしまうのですか?」

たしかに、レベル補正だけで写真をブログに投稿する方は
少ないかも知れません。
かなり気合いを入れた写真をお作りのみなさんは、
まずRAWで撮り、
それぞれお気に入りの現像ソフトで丁寧に現像した上、
フォトショップのようなプロ用画像処理ソフトに用意されている
数知れないパラメータから選んだ修正処理を行って、
完璧な画像再現を果たした上でネット投稿、
その他の手段での作品発表に到達されるのでしょう。
コメントをくださった方も、
ブログでまさに完璧に美しい写真を投稿なさっています。

それに引き替え、私のブログはどうでしょう?

色再現?
いっさい再現性なし。

構図?
100パーセント、ノートリミング。
そのうえ、ホロゴンは完全ノーファインダー、
他のレンズは液晶ファインダーを常に拡大してピントを合わせるだけ。
本質的に作画はいっさいなし。
その理由は、私の写真はすべて写真作品ではなく、
ただの私のメモだから、そのものずばりが写っていたら、
周辺になにが飛び込もうと、まったく気にならないからです。

「レンズ千夜一夜」の写真をご覧頂いたらお分かりのように、
私に特有の色などありません。
すべてレンズ特有の色が付いたまま、私は濃度を整えるだけ。
レンズ自体がたいてい古いノンコーティングレンズなので、
どんより混濁した色で上がることが多いうえ、
元来白黒写真で写真を学んだ人間なので、
色の布置などまったく学んだこともなく、
色を美しく再現したという気持ちもまるでない人間です。
無理なことは望まないのが無難。
これじゃ、美しい写真ブログなんて夢のまた夢。

第一、写真ブログじゃありません。
ただの日記ブログ。
しばしおつきあいの方も文章の長さとプライベート性に辟易されて、
おそらくほとんど重ねてのアクセスはないと踏んでいます。
正確に言えば、
どっさり文章を書くので、当然ながら、
グーグルなどの検索ギアにひっかかる確率は少なからずあるだろうけど、
文章の長さ、訳の分からない写真の多さにこりごり、
二度とおいでにならないというところでしょう。
その主たる理由の一つがこの色再現にあることは間違いがないでしょう。

さらに、ブログはもはや時代遅れになりつつあるのか知れません。
もっと発展性の大きい媒体に移行してしまう方がほとんどで、
ブログにいつまでもとどまっている人はかなり少ない感じもします。
ただし、私の大好きなブログは依然として皆さんお元気。
もしかすると、他の媒体も併用されているのかも知れません。
私は今更乗り換えたり発展したりするつもりはありません。
おかげでブログを日記兼写真倉庫として1人楽しむことができます。





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# by hologon158 | 2016-07-25 23:42 | ホロゴン外傳 | Comments(2)

649.01 ホロゴン外傅169「2016年6月15日ゾンネタールSoftで天満橋試写」4 4歳の頭


7月22日金曜日、
4歳の孫プリンスのピアノレッスンに付き合いました。
この機会にはいつもダブルで楽しめます。

まず、授業を受ける態度。
先生がバン、バン、バーンとピアノで挨拶の拍子をとります。
プリンス、ピアノが響いた途端、直立不動の姿勢。
次のバンで、深々と敬礼し、
最後のバーンで、ものものしく「おねがいします!」
先生、毎回、クスクスクス。

でも、スペクタクルは別にあります。
保育園からピアノの先生のマンションまでの往路と、
終わってから、プリンスのマンションまでの帰路、
プリンスのおしゃべりを楽しむことができるのです。
これが毎回楽しい。

前回と同じく、クラスの27人の友達の誕生日の話題から。
全員の誕生日を言えるかどうかは分かりませんが、
親しい友達の誕生日は全部言えます。
誕生月なら、全員言えます。
たとえば、「7月は?」と質問しますと、
名前をすらすらと列挙して、よどみがありません。
逆に「ぺぺの誕生日は?」と、質問。
私「8月1日だよ」
彼「いくつになるの?」
私「あんまり言いたくないんだよ」
彼「ふーん? ママは...歳、パパは...歳だよ」
そして、彼、「8月1日は...君の誕生!だよ」
そのあと、さりげなくフェイント、
「ぺぺは今...歳だけど、ネネはいくつかな?」
なんだ、正確に知ってるじゃないか?
祖父の年齢を知っている4歳の孫って、いますかね?

こんな風に記憶力もかなりあるうえ、
4歳でもしっかりと頭と目を使っています。
彼はいろいろと疑問を持つようです。
「ナイトミュージアム」が大好きです。
4歳児向けの映画とは思えませんが、8回以上観たそうです。
4歳で?
どうもよく分かりませんが、
映画を見ながら、つぶやく言葉が振るっています。

ニューヨークの科学博物館の夜警になった男が主人公です。
この主人公に夜警の座を譲った3人組が悪党なのですが、
その一人がビル・コッブス演じる黒人警備員。
画面にその手がクローズアップされました。
プリンス「手はペペ(私)に似てるな」
カメラがパンして、顔が大写し。
プリンス「でも、顔は似ていない」
次に、前任の夜警3人が画面に登場。
プリンス「3人の内一人だけ顔が違う。
なぜなんだろう?」

その証拠が同じ映画にもう一つ。
サバンナ・モンキーだったか、それとも別だったか、
とにかくちょっと意地悪のいたずら猿が登場します。
この猿が夜警の鍵束をすりとってしまって、
アコーディオン・フェンスにつかまって、
主人公をその頭上からバカにした挙げ句、
突然おしっこをジャージャーとひっかけるシーン。
猿の肩越しに主人公を見下ろす構図で、
もちろん猿が主人公におしっこをかける設定です。
私が「わあ、汚いねえ」と言いますと、
プリンス、即座に、
「違うよ。あれは水道のホースで水をかけてるだけだから、
汚くないよ」
プリンスはそれと気付かないで、
上記の設定を作り出すカラクリを見抜いている。

前にも書きましたが、恐竜が大好き。
名前、どの時代のものか、肉食か草食か、長さを数知れず記憶しています。
私が「ペペはブラキオサウルスが好きだなあ」と言いますと、
プリンス、どうもよく理解できないという表情で、
「でも、25mしかないよ。
スーパーサウルスは33mあるし、
アルゼンチノサウルスは35mもあるんだよ」
この時代、好きとなると、とことんまで好きになるのです。
こんな徹底的なやり方で、
これからも大切なことを頭の中に蓄えて欲しいものです。





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# by hologon158 | 2016-07-24 22:37 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

649.01 ホロゴン外傅169「2016年6月15日ゾンネタールSoftで天満橋試写」3 吉田正写真教室


7月21日木曜日、二ヶ月ぶりの吉田正さんの写真教室です。
参加メンバーは11人。
いつ参加しても驚かされることは、
この教室のメンバー全員が、私には絶対に撮れない、
それぞれ独自の写真作品をお撮りになっていること、
しかも、私には想像の及ばない場所と方法でお撮りになって、
しかも、それぞれに独自の作品世界をお作りになっていること。

このようなことが写真教室で可能なんだろうか?
まともにこう質問してみると、
いや、そんなことは普通には可能ではない、
そう答えざるを得ません。
まったく不思議な写真教室です。

ただ一つ考えられる理由があります。
講師の吉田正さんのお人柄が
生徒お一人お一人の写真への姿勢を知らぬ間に変えてしまい、
人に教えられる写真ではなく、
自分の心の中から生まれてくる写真を撮る方向に後押ししてもらっている!

私自身ははっきりと、
吉田正さんのそのような「人格的感化」を感じます。
私もかなりスペシャルな写真観を持っていますが、
吉田正さんともう一人の写真家林孝弘さんから、
この10年に受けた人格的影響がいつしか私の骨肉となって、
写真の方向性や実体を変えてきた可能性を否定することは無理だと感じています。
私はもともと独創的でもなんでもないただの写真好きでしかなかったのに、
いつしか、なにかしら一本の柱に沿って撮るようになっているのですから。

人間の特異性は、人間だけが後天的な文化的影響を受けて、
自分の人生、世界観、芸術観を育て、
その影響なしには考えられない独自の成果を上げることにあります。
巨人の肩に乗って、巨人よりも遠くを見通すことができる、
これが人間の特異性なのでしょう。

写真の場合、吉田さんや林さんよりも遠くを見通すことができるわけではなく、
自分なりの特異性を帯びた独自新規の視点を育てることができる、
それが優れた写真家に学ぶ理由だと言えそうです。
優れた写真家の真似をしても、
成長したり進化したりすることはできません。
自分なりの視点、撮り方、写真というものがあり、
それを見つけない限り、自分なりの個性を帯びた写真など撮れない、
そう気づかない限り、どんなに写真的技巧に上達しても、
自分の写真とはならない、ということなのでしょう。

ただし、私は、写真教室の生徒としては落第。
どこまでもレンズの写真なのですから。





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# by hologon158 | 2016-07-21 23:59 | ホロゴン外傳 | Comments(0)