わが友ホロゴン・わが夢タンバール

710.03 ホロゴン外傅215「2017年9月19日奈良町でズマール全開」3 これは写真なの?


奈良県立美術館開催のパンフレットを見つけました。
「ニッポンの写実 そっくりの魔力」展
パンフレットの表裏には、
超々リアリズムと言いたい位に、
精密な絵が表裏に幾枚かプリントされています。
半世紀を超える日本でのリアリズム美術の集大成かも?

パンフレットだけでも、猛烈にリアルな種々の絵が並んでいます。
とくに、表看板となっているスプーンで救った卵黄。
これまでにここまで精緻に描かれた卵の黄身はないでしょう。
実物の感触さえも感じられるほど。
実は、私はこの絵を見ても、なんにも印象を抱けないのですが、
ちょっと考えてみました。
どうしてこんな絵を描くようになったのでしょう?
そして、どうしてこんな絵が描けるようになったのでしょう?

まず、どうして可能になったか?
これはかなり容易に回答できそうです。
20世紀後半の写真、映画の映像表現そのものが、
人間の視覚を超えるほどになったために、
画家が考える細密描写の可能性が拡大したこと。
そして、そうした精密な質感、細密感を出せる画材や道具が開発されたこと。

そこで、本当の問題は、
どうしてこんな絵を描くようになったか?
可能になったから、描くというものでもないでしょう。
描きたいと思うから、描く。
じゃ、なぜ描きたいと思うのか?
競走心、記録への願望、名誉欲がバネになっているのではないでしょうか?
誰よりも精密な絵を描きたい。
これまで誰も描いたことのない超リアルな絵を描きたい。
誰も可能と思わなかった表現を実現したい。

そして、さらに重要なファクターとしては、
従来の画材、手法での表現の可能性が次第に尽き始めていること、
鑑賞者が、現代の顕著な傾向として、
意外性、超絶性を求める傾向が高まっていること、
これらの諸点が考えられます。
20世紀後半以降、世界の人口は飛躍的に増大の傾向になり、
それに伴って、美術家の人口が飛躍的に増大したために、
人と同じことをしていたのでは、
とても生き残れないこともあるでしょう。
スポーツの記録と一緒ですね。
人間は不可能と思えることはできません。
可能と思うから、できる。
誰かが記録を出せば、自分でも出来るはずと考える。
そして、そのための道具、トレーニング法が開発される、
そんな社会一体となった後押ししてくれる時代。 

ちょっと考えただけでも、超リアリズムの傾向は、
現代における記録重視の傾向に沿った現象であることが分かります。
結果がすべて。

でも、アートでこのような傾向が蔓延するのはどうでしょうか?
あなたはアートになにを求めますか?
驚き?
でも、どんな種類の驚きですか?
他の人は知りません。
私の求める驚きは、その果てに、
「ああ、人間って素晴らしいなあ!
生きていてよかったなあ!
この世界は生きるに値する!
よし、ぼくもぼくなりに心を豊かにするようがんばって、
人生を謳歌しよう!」

そこで、問い。
超リアリズムアートはそんな私の心にかなうか?
ぜんぜん!
まったく心が動きません。
目は驚いても、心は驚かない。
こんな素晴らしいものに出会えるなんて、
生きててよかった!
なんて、ちらっとも思わない。
驚きだけが空回り。

妻に、ちょっとこの展覧会のことを話しました。
言下にこう言いました、
「自分の時代の人に迎合しようとして作品を作ってるんじゃない?
超リアリズムは、科学技術の記録方法と同じ線に乗っているから、
全然人を驚かせない。
現代の人たちが、こんな表現もあったのか、と、
あっと驚くような新しい表現、深い表現を追求して、
現代に受け入れられなくてもよいから、そう表現したい、
そう考えるのが本当の芸術家じゃないの」

私もそう思います。
作品だけを見て、誰が描いたか、どんな手法を使ったか、
分からなくても、はっと心を打たれるのが本当の芸術です。
「ふーん、これが絵なの?
てっきり写真と思ったよ。
スゴイねえ。
どうしてこんな風に描けるんだろうねえ?」
これはアートを前にしての純粋な美的感動ではありませんね。
せいぜい図鑑です。



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# by hologon158 | 2017-11-23 01:01 | ホロゴン外傳 | Comments(1)

710.02 ホロゴン外傅215「2017年9月19日奈良町でズマール全開」2 ハンナ・チャン


韓国の弦楽器の演奏家は、
チョン・キョンファさん以来、
世界的な名手がかなり輩出していますが、
その中でもとくに有望株だと私には思えていたのが、
チェリストのハンナ・チャン。

1994年、ロストロポーヴィチ国際チェロコンクールに11歳で優勝して以来、
順調に成長して、世界の若手ナンバーワンとさえ評される存在でした。
確かに音楽の品位、音の確かさ、演奏技術の高さに加えて、
飾らない人柄が魅力的で、聞きあきない音楽の魅力にますます魅せられて、
いずれは偉大なチェリストの系譜に連なる存在となりそう、
そう考えてきました。

ところが、一転、指揮者としてのキャリアを切り開こうとしています。
カタール・フィルハーモニー管弦楽団の音楽監督に就任して以来、
今ではどうやらチェリストとしての活動は休止。

「ニュースフォーカス」記載の彼女の言葉を引用させていただきましょう。
(http://japanese.korea.net/NewsFocus/Culture/view?articleId=110825)

「今後は指揮者に重点を置く。
指揮者が演奏できる曲は多い。
心残りはない。
私が指揮者の道を行きたいから歩むのだ。
私は一人娘として生まれ、母は作曲家、
父は音楽家ではなかったが音楽がとても好きだった。
11歳のときにロストロポーヴィッチ国際コンクールで優勝した後、
毎日演奏をしていたある日、指揮者になりたいと思うようになり、
それ以来一度も気持ちが変わることはなかった。
指揮者の人生は宇宙に出て新しい惑星を発見するようなものだ。
指揮できる曲はとても多い。
常に新しい曲が私を待っていてくれるのはとても幸せなことだ。」

ピアノ、ヴァイオリン、フルートに比較しますと、
チェロのレパートリーはかなり限定されます。
あらゆるジャンルの音楽を自分で創造的に楽しみたい、
そんな気持ちが彼女を指揮者への道に導いたのでしょう。

ブリュッヘン、アシュケナージ、バレンボイム、ドミンゴ等、
大演奏家が指揮者への道に深く足を踏み入れる例はかなりあります。
どんな演奏家でも音楽が指揮できるというものでもないでしょう。
コンダクターにはコンダクターの才能を必要とするはず。

YouTubeにハンナ・チャンの指揮が掲載されています。
プロムスでのデビューコンサート。
Han-Na Chang - Denis Matsuev - Qatar Philharmonic Orchestra
(https://www.youtube.com/watch?v=vvBiBvxAgKg)
いかがでしょうか?
私には、水際だった指揮ぶり、とても明快な演奏、
そう思えるのですが。




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# by hologon158 | 2017-11-21 22:21 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

710.01 ホロゴン外傅215「2017年9月19日奈良町でズマール全開」1 頭を使う



前回の続き。
織田信長は子供の頃から散々苦労して、
自分の道を切り開いていった人だからでしょうか、
細部をおろそかにしない部下を求めました。
こんな話があります。

ある日、小姓たちを次々と入れ替わりに謁見したのです。
小姓たち、殿の御前にすり寄って、「ハハーっ」と平伏。
殿は、言葉を発しないまま、しばし、沈黙。
途方に暮れる小姓に声がかかります、
「下がってよい!」
面々、漏れ聴こえてくる一部始終に途方にくれるばかり。
ある小姓、「下がってよい!」の一声に、
後ずさりしながら、小さなゴミに目に留めると、
さっとゴミを取って、退出しました。
殿の一声!
「よし!」

どんな細部も見逃さない、そんな部下を、
信長は見つけようとしていたわけです。

エピソードついでに、もう一つ思い出しました。
家康のお話。
どの戦いだったか、忘れました。
家康、小高い丘の上に馬を立てて、
眼下に広がる戦場を見渡していました。
でも、朝方だったのでしょう、うろ覚えですが、
もやが立ちこめてなにも見えません。
すると、馬の轡とりの足軽が下から声を出しました、
「殿、あそこで戦いが始まりました」
「どうして分かる?」
「先ほどまで鉄砲の火花が見えていましたが、
今は見えず、音も聞こえません。
先鋒がぶつかり合って居ると見受けられます」

信長だったら、「差し出口を!」と腹をたてたことでしょう。
2世紀半もの長年月にわたった江戸時代を開いた武将は、
懐が深かったのでしょう。

ただ細部を見逃さないだけでは、足りませんね。
その細部から、隠された全体をつかみ取らなければ。
それが「頭を使う」という言葉の意味ですね。
実のところ、直観にすべてを託す私としては、
まるで得意とするところではないのですが。




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# by hologon158 | 2017-11-17 22:29 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

709.07 ホロゴンデイ200「2017年9月18日ホロゴン飛鳥を巡り」7-完-阿呆化ツール



昨日のことです。
iPhoneを開くと、勝手にAmazonがオープンして
アレクサという商品が画面に勝手に登場。
ちょっと暇だったので、製品説明を読んでみました。
iPhoneなのでしょうけど、音声で操作できて、
内蔵スピーカーでその音声、音楽を聴ける。
便利な世の中ですね。

でも、このような便利ツールを私は阿呆化ツールと呼んでいます。
面倒なことはツールに任せて、自分は大切な仕事をすればよい、
いかにもそれらしいコンセプトです。
ところが、人間は、生きるための細々とした基本作業を
絶えず行うことによって、頭脳と体を調整し、
リセットしているのです。

おバカ大名を思い出してください。
生まれてからずっと、
着替えもおトイレも全部家臣、女中が手伝ってくれます。
あなたもそんなおバカ大名状態に向かいたいですか?
早い話、あなたが、多くの男性の羨望の的、つまり、
しっかり者の奥さんにかしづかれてきた旦那様だとしましょう。
あなた、掃除、洗濯、食事の用意、買い物、寝室のセット、
トイレのお掃除、これらの細々とした日常家事をどれだけできますか?
「ぼかあねえ、靴磨きだけは女房に任せないんだよ」
なんてうそぶいているあなた、
奥様が入院でもしたら、家事をどれだけこなせますか?
そんなことで威張るんじゃありませんよ。
羨望の的どころか、憐憫の的であることに、ご本人気づいていない。

生涯サラリーマンの男性がぼけやすいのは、
仕事しかできない人間になってしまう危険があるからです。
もしかすると、会社の組織にどっぷり浸かりすぎて、
阿呆化ツールの餌食にされてしまっているかも?
会社にすべてを捧げた理想的サラリーマンであればあるほど、
退職したら、成人後培ってきた技能、知識の大半は、
実生活になんの役にも立たないくずデータと化してしまう。
ほかになんにもないなんてことになりかねない!

「問題ない。
全部女房にやらせますから」

問題は、その女房がいなくなったときのことなのですよ。
退職したとたんに、なんにも仕事のできない亭主が一日中家に居て、
のさばるなんて許せない、という奥様方が、
夫の退職後まもなくさっさと離婚というケースも増えています。
そうでなくても、奥様が病気になったり、
最悪、急逝したりしたら、あなたはたちまち立ち往で、
途方に暮れる羽目に陥る危険はありませんか?

そんなことにならないように、
まず自分の日常を自分自身の手作業で済ませましょう。

もっとも妻は別の解決策を知っていました。
「心配ないの、そんな人たち。
さっそく若い奥さんをもらうから」

でも、あなた、喜ぶのは速過ぎます。
第一、あなたの奥さんが都合よくあの世に行ってくれるとは限らない。
かなり不便な身体になっても、毒舌は健在ということになるかも?
第二、あなたのところに、若い奥さん、来る気になれますかねえ?
よーく、自分の人間的魅力の程度を再検討して見ましょうね。
無理と分かれば、奥様をもっと大事にしましょう。



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# by hologon158 | 2017-11-14 21:37 | ホロゴンデイ | Comments(4)

709.06 ホロゴンデイ200「2017年9月18日ホロゴン飛鳥を巡り」6 格好よさ



先日、歯科医でのこと。
治療が終わって会計のとき、
親友の奥さんが作ったレザーの小銭入れを出して、
会計の女性を喜ばせました。
4つの色違いの小ケースが連結されているのです。
  ①500円玉と100円玉、
  ②50円玉と10円玉、
  ③5円玉と1円玉、
  ④雑ケース

「わあ、格好いいですねえ」
「いえいえ、別にかっこつけてるわけじゃないんですよ。
たまたまもらって、使い勝手がよいので、
気に入って使っているだけ」と言いつつ、満更でもない。

「そんなことありません。
なんか全部格好いいですよ」
私、苦笑して、
「私はカッコ良くありませんよ。
身なり、外観、持ち物に気を使ったことがありませんよ。
いつもありあわせ、手当たり次第」
そうすると、その女性、なんと言ったか?
(この記事長々書いたのは、これを書きたかったから!)

「もともとカッコいい方は、
身なりに気を使う必要がありませんからねえ?」

生涯、このようなことを言われたことがない。
自分でも思ったこともない。
でも、これはやっぱり特筆に値する!
ということで、わざわざブログ記事にしてみました。

というわけで、この日はとても気分がよい日でした。
こうなると、ますます妻にかしづかなくては!
(この辺りの論理はちょっと混濁気味ですが....)

それにしても、なにをやっても、かっこいい人、
なにをやっても、かっこよくない人、
なにをやっても、目立つ人、
なにをやっても、目立たない人、
人さまざまですね。

私はどうも、先ほどの言葉とは裏腹に、
なにをやってもかっこいいとは言えない感じ。
そして、間違いなく、なにをやっても目立たない。
これは私のような人間には願ってもないあり方です。
まず、精神的にダメージを受ける危険がありませんね。
どこに言っても、誰と向かい合っても、
まったく気兼ねなく自分でいることができます。

神様の前に立っても、そうでありたい、
そんな風に思うのですが、
一生無神論者で通して来た人間です。
思わず、「ほんとに神様ですか?
私は神様だと言う人に限って、偽物なのですが...」
なんて口走ってしまうかも知れませんね。




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# by hologon158 | 2017-11-12 17:34 | ホロゴンデイ | Comments(0)

709.05 ホロゴンデイ200「2017年9月18日ホロゴン飛鳥を巡り」5 妻の王国2


前回のように人生を考える人は少ないかも知れません。
これは私の現状肯定主義のせいかも知れない、
そう気づきました。

私の下の姉は刻苦勉励型で、
一浪して、医者になりました。
私は春風駘蕩型なので、やっぱり一浪して、
国家試験も大卒後一浪して、どちらもかろうじて通りました。

姉と同じ予備校に通ったのですが、
先生との懇談で、私の成績表を眺めながら、
やれやれ、嘆かわしいという表情で、
「君が姉さんと代われば、
なんにも問題なかったんだけどなあ.....」
私を反発させ発奮させようとする努力もまるで分からずに、
「そうですか? 
別に代わらなくてもいいんですけど.....」
人生、ずっとこの調子でしたね。
怖ろしいものですね、
三つ子の魂百まで。
とうとう、生涯、発奮して限界を突破、なんてこともなく、
こうしてのうのうと暮らしてきたようです。
あなたも、じたばたせずに、今の自分に満足しましょう。
どうせ変われっこないのですから。




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# by hologon158 | 2017-11-10 11:32 | ホロゴンデイ | Comments(0)

709.05 ホロゴンデイ200「2017年9月18日ホロゴン飛鳥を巡り」5 妻の王国2


前回のように人生を考える人は少ないかも知れません。
これは私の現状肯定主義のせいかも知れない、
そう気づきました。

私の下の姉は刻苦勉励型で、
一浪して、医者になりました。
私は春風駘蕩型なので、やっぱり一浪して、
国家試験も大卒後一浪して、どちらもかろうじて通りました。

姉と同じ予備校に通ったのですが、
先生との懇談で、私の成績表を眺めながら、
やれやれ、嘆かわしいという表情で、
「君が姉さんと代われば、
なんにも問題なかったんだけどなあ.....」
私を反発させ発奮させようとする努力もまるで分からずに、
「そうですか? 
別に代わらなくてもいいんですけど.....」
人生、ずっとこの調子でしたね。
怖ろしいものですね、
三つ子の魂百まで。
とうとう、生涯、発奮して限界を突破、なんてこともなく、
こうしてのうのうと暮らしてきたようです。
あなたも、じたばたせずに、今の自分に満足しましょう。
どうせ変われっこないのですから。




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# by hologon158 | 2017-11-09 22:37 | ホロゴンデイ | Comments(0)

709.04 ホロゴンデイ200「2017年9月18日ホロゴン飛鳥を巡り」4 妻の王国


3年前退職した後、私は静かに王国を奪取してきました。
妻が握ってきた我が家の王国。

人はこういうかも知れません、
それは違うよ、
あんたの一家の主人として君臨する王国を、
奥さんに静かに奪い取られる過程だよ。
でも、これは大間違いですね。
遙か昔に乗っ取られてしまっていましたので。

妻は最初の妊娠の際、食事の世話、洗濯、掃除等、
通常妻が握る特権を静かに私に委譲し、
その出来映えを静かに賞賛することで、
多忙な私の心に、主婦の特権を侵す喜びを植え付けたわけです。
こうなると、退職すると、私はますます笠に乗って、
妻の特権を奪い続けてきたわけです。

ある男性、長期退院してきた妻を家に迎えて、
こう言ったそうです、
「今日の晩ご飯はなにを作ってくれる?」

かわいそうに!
この旦那さん、家事の喜びなどぜんぜん味わったことがない。
妻の入院中はずっと外食かレトルトで通し、
ベッドはシーツも代えず、
掃除、洗濯も最小限だったでしょう。
奥様、家を見渡すと、
入院したときのままの状態がまことに丁寧に保存されたまま、
ただし、しろくホコリが詰まった状態で。

私はこの男性とはかなり違うわけです。

退職すると、家庭が職場になったようなものですが、
私は一種の悟りを得ています。
人間、なにをするかが問題ではない。
どうするかが問題。
ホワイトヘッドが書いています、
人生のあらゆる瞬間を生き甲斐にしなさい。

私はホワイトヘッドを信じます。
私の場合、写真を撮るときも、楽器を演奏するときも、
食器を洗うときも、トイレを掃除するときも、
すべてイクイバレント等価です。
時間が惜しい、という感覚がなくなってしまいました。
どの瞬間も楽しまない限り、生きている甲斐がないじゃありませんか?

退職したら、2本のブログの記事をどんどんアップしよう、
そう考えていました。
写真が溜まりに溜まっているからです。

ところが、ブログであれ、楽器練習であれ、文章作成であれ、
トイレの掃除であれ、お米研ぎであれ、食事の準備であれ、
子供たち(猫ですが)の食事の準備等の世話であれ、
おっと、違いました、
子供たちの世話は最優先ですから、
これを除く他のなんであれ、等価値なので、
なにかを一つだけ、たっぷりやろうという気分は一切なくなりました。
そのうえ、ブログは、どうせ見に来る人がいないと思うと、
自己満足の世界なので、日々やるべき家事よりぐっと優先順位が落ち、
近頃、怠けることも増えています。




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# by hologon158 | 2017-11-08 12:01 | ホロゴンデイ | Comments(0)

709.03 ホロゴンデイ200「2017年9月18日ホロゴン飛鳥を巡り」3 肩痛



9月末頃でしたか、決意しました。
毎日歩こう!
元気の秘訣は丈夫な脚にある!

でも、ただ歩くのはつまらない。
これまでもずっと歩いてきました。
それができたのは、カメラを手にしていたから。
そこで、今回の決断も、撮影漫歩の形に落ち着きました。

でも、数日前、突然、朝方、右肩に痛みを覚えたのです。
ショルダーバッグを右肩に吊して歩いていたのですが、
カメラ、ポメラを中心とする必携品を詰めて、
毎日毎日、歩き回ったことがツケになったようです。
こんな風に肩を痛めるというのも歳を取った証拠ですね。

若い頃は、コンタックスボディ2個とレンズ数本。
900グラムのオリンピアゾナー180㎜F2.8、
ほぼ同じ重さのディスタゴン15㎜に含めて、ですから、
かなりの重さでした。
でも、全然苦にならなかった!
ああ、歳をとるって、いやですねえ。

早速2つの対応策を講じました。
① 痛い肩を、田中式スパイラルテープで補強しました。
これで肩痛はほとんど消えました。
② 両肩で支えるバックパックを注文。

お試しセットです。
amazonで取り寄せました。
それも最軽量のものにしました。
まずまずの出来です。
底板もないので、さまざまな形の物を入れると、
ナップサック風に不格好に垂れ下がります。
そこで、幸い底部は長方形です。
同じ大きさの段ボール紙を三つ折りにして底を作りました。
底ができたので、腰で支えることができるます。

これからの長期作戦がもう一つの対策。
③ 辛抱強く両肩、とくに右肩を、
半年、1年のタイムスパンで鍛える!

私の強力な武器は、一度決意すると、継続できること。
たとえば、揚琴のスティック裁きがままならぬので、
半身浴の間、水面直下あたりで、手首を上下させ、
手首の上下の回転域を拡大し、かつ、
手首の回転が滑らかになるように、半年以上、鍛え続けました。
1ヶ月ほど前からトレモロ奏法がかなり自在になりました。

3ヶ月で肩痛を治します!




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# by hologon158 | 2017-11-05 22:01 | ホロゴンデイ | Comments(0)

709.02 ホロゴンデイ200「2017年9月18日ホロゴン飛鳥を巡り」2 今度は揚琴



リコーダーが済んだので、久しぶりに揚琴に向かいました。
そして、正直、びっくり仰天しました。
以前は、どの曲もなにかしら弾きにくいところがあって、
かなりもたついていたのですが、それが全部解消!
まず手首の回転が劇的に向上し、
音がかなり澄んで響くようになりました。

「水泳は冬覚え、スキーは夏覚える」
という言葉がありますね。
揚琴に向かっていなくても、
リコーダーを真剣に練習する毎日が、
なにか揚琴演奏に役立っていたのでしょうか?

でも、揚琴に資するトレーニングは続けていました。
いつも書きますが、私はなにかを始めると、やめません。
妻を愛しはじめてもう何年になるか?
写真をはじめてすでに40年を超してしまいました。
仕事もかなり続けましたが、飽きたことがありませんでした。
どれもこれも途中でたゆんだことがありません。

揚琴に話を戻しましょう。
アブニールコンサート前の10日ほど、揚琴に触れなかったのですが、
1年近く続けてきた揚琴用エクササイズは毎晩欠かしませんでした。
半身浴中に浴槽の水面直下で手首を高速で上下させる運動。
揚琴のスティック裁きのための鍛錬です。
だんだん分かってきたのですが、
揚琴では、スティックを細かく連続して上下させるトレモロが基本奏法の一つ。
上半身を完全に脱力し、手首も脱力して、
ただ手首を上下させなければなりません。
でも、ぐにゃぐにゃ、では、音をコントロールできません。
スティックを持つ手、回転する手首は、
スティックを保持するに必要な程度に力を残しつつ、
回転運動そのものはひたすら力を抜いて行わなければなりません。
一口で、そう言っても、簡単ではありません。
どうしても力を込めてしまいます。
昔「分かっちゃいるけどやめられない」なんて歌がありましたね、
あれです。

揚琴を習いはじめてすでに12年を超しました。
1年間別の先生に習い、付虹先生に弟子入りしたとき、
こう言われました、
「よけいな力が一杯かかっています。
一度この癖が付くと、なかなか直りません。
まあ、ゆっくり直していきましょう」
悪い癖を直すのに、10年以上かかったことになります。
まだ、完全とは言えません。
でも、少し曙光が見えてきた、そんな気持ちになって、
心が温かくなっています。




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# by hologon158 | 2017-11-03 22:06 | ホロゴンデイ | Comments(0)

709.01 ホロゴンデイ200「2017年9月18日ホロゴン飛鳥を巡り」1 心の故郷



あなたの故郷、ふるさとはどこですか?

私はもともと生まれたのは別の場所。
育ったのは奈良県大和高田でした。
ずっと、この町が故郷と思っていました。
でも、今では、大和高田は故郷ではありません。
大和高田と私を結ぶ絆がもう何一つ残っていない。

今では、私の「ふるさと」は、私が育った場所ではありません。
私の心がとどまる場所。
30年間奈良市に住んで、この町が私の故郷になるだろう、
そう考えてきました。
かなりそんな気持ちになってきたところへ、
超高齢化が進み、私の住宅地も奈良旧市街も、
次第に過疎化の波に洗われていこうとしています。
そして、目抜き通りには外国人観光客があふれています。
山辺道、葛城古道、飛鳥の里も宅地開発の波をかぶりつつあります。
このような場所を心の故郷にするのはかなり難しい。

私にとって、今では、故郷は妻の横、これしかありません。
そして、ホロゴンで撮る度に思うこと、
それは私にとって、レンズの故郷はたった一つ、
ホロゴン。

久しぶりに曼珠沙華の里稲淵を歩きました。
ホロゴンによる秋の写真をどんどんアップしましょう。
と言っても、ほとんど季節無関係のロボグラフィですが。




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# by hologon158 | 2017-11-02 12:34 | ホロゴンデイ | Comments(0)

708.05 ホロゴン外傅214「2017年9月3日プラナー50㎜F2が奈良で輝く」5-完-アブニールコンサート


10月28日土曜日、
アブニールコンサートが無事終わりました。
一難去ってまた一難。
12月には、付虹先生の揚琴教室の発表会。
私も独奏1曲、合奏3曲を演奏することになっています。

合奏はなんとかなります。
10年前から伴奏、合奏は問題がない。
決して上がることがありません。
ところが、独奏となると、必ず上がります。
なんとか終わりまでたどり着くのですが、
マラソンで言えば、到着したけど、規定時間に満たない選外というところ。
でも、リコーダーで事態が改善方向に向かう兆しを感じました。

昨年来の合計3回のアブニールコンサートは、
リコーダー二重奏ですが、一応、私だけが参加者。
声楽家の浜崎さんは主催者なのですから、サポート。
昨年の第一回は一応全曲演奏できましたが、
音が震えました。
今年春の第二回は震えませんでしたし、演奏も少し上達しました。

今回の第三回は震えもせず、かなりしっかりとした二重奏ができました。
なにしろ200人を超える聴衆が真剣に見つめて、じっと耳を傾けているのです。
途中で顔が紅潮するのを感じましたが、演奏には響きませんでした。
かなり事態は好転しつつあります。

本コンサートで私が楽しみにしている演奏が一つあります。
若い女性ギタリストの演奏。

私同様、最初から3回連続で出演しています。
第1回は、もうかなり初心者風でした(私と一緒)。
第2回は、まあまあなんとか上達してきたけど、
やっぱりまだ演奏とは言いがたいなあ(これも、私と一緒)。
でも、今回はびっくりしました。
まだもたつくところは残っています。
でも、スペインギターの名曲の爽やかで秘めやかなピアニッシモが、
本物らしく暗黒にきらめくような印象。
努力が着実に実を結びつつあることがはっきりと分かる演奏でした。
次回には、本物の演奏が響きわたるかも知れない、
そんな予感さえしました(この辺り、私とは違う)。

次に、まだ中学3年生のソプラノ独唱。

妹さんが伴奏で、
ヘンデルの「Lascia ch'io pianga(私を泣かせて下さい)」
ディズニーの「星に願いを」
すでにスターの雰囲気を備えた美少女が本格的に絶唱してくれました。
まだ時折地声に近くなる箇所があったり、
最高音でちょっと無理を感じさせられるところがありますが、
とにかく本格的に華麗な雰囲気が素晴らしい。
将来性十分という感じでした。

インディアンフルート二重奏hummingbird

北米先住民の木の縦笛。
ケーナとリコーダーを足して二で割ったような音色です。
お二人の女性がいくつかの打楽器を交えながら、
素朴で郷愁をそそる演奏を聞かせてくれました。
時折、気道に水滴が付いて、音が出なくなるあたり、
リコーダーとそっくり。
そんなことがあっても、手慣れた感じがトラブルを解消し、
すんなりと二重奏に戻れるあたり、
もうかなりの演奏経験を積んでおられる印象でした。

無伴奏女性コーラス ベルリーナ

まあ、言っちゃなんですが、一見普通のおばさんコーラス。
でも、振り付け、パートの分担、音楽を面白くする演出、工夫、
そして、なによりもアンサンブルの良さ。
みんなで演出を考えるのでしょうけど、
かなり創意工夫のある人たち。
しかも、かなりの歌唱力の方が二人ほどおられて、
合奏の芯がしっかりしている感じ。
実に楽しい演奏グループです。

圧巻は、ゲスト。
前回は、私の揚琴師匠付虹先生のお子さんのココチャンが、
揚琴、二胡、ピアノと多彩かつ本格的な演奏で私たちを圧倒しましたが、
今回は、高三の岩下流斗君。
歌とトロンボーンを各2曲ずつ演奏して、
文字通り、私を含む聴衆をノックアウトしました。

浜崎さんが指導者。
岩下君の優れたところを紹介してくれました。
実は視覚障害なのですが、どんな曲でも一回聞いただけで、
調性を含めて、音楽の作りを正確に理解し、
かつ暗譜してしまうんだそうです。
西神戸吹奏楽団に所属しているのですが、
トロンボーンの出番を正確に覚えていて、決して外さない。

独唱はイタリア古典曲カロ・ミオ・ベンと中国の歌曲「長江之歌」
ぜんぜん別の正確の曲ですが、
見事に歌い分けました。
声に伸びがあって、とても自然な発声法で、将来性十分。

トロンボーンがまた圧倒的。
トランペットの名曲、「トランペット吹きの休日」を、
圧倒的な妙技で演奏したかと思うと、
次の「ビーチ・バカンス」は、
様々に演奏活動を繰り広げておられる若手ピアニスト相原麻美さんと共演。
お二人がそれぞれトランペット、ピアノのパートをYoutubeで採譜して、
見事なコラボレーションを展開してくれました。

演奏が終わった後、客席の前列に座っていた年輩のご夫婦が振り返り、
「リコーダー、とても良かったですよ。」
浜崎さんとともに、本コンサートを主催する女性ピアニストも、
「前よりもぐっと良くなって、楽しめましたよ」
リコーダー演奏についてこのような賞賛の言葉を得たことは初めて。
かなり勇気づけられました。




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# by hologon158 | 2017-10-31 22:20 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

708.04 ホロゴン外傅214「2017年9月3日プラナー50㎜F2が奈良で輝く」4 孫の未来



私が本ブログで一番気合いを入れて書いているのは、
孫たちの成長ぶりの記録。
祖父馬鹿記録なので、誰も読む心配がない。
だから、安心してありのまま書けます。

金曜日、大阪加美に出かけて、
5歳の孫プリンスのピアノレッスンに付き添いました。
保育園でさんざん遊んだあとでの、午後5時からのレッスン。
ほぼ1年ですが、かなりそれらしくピアノを叩いています。
楽譜を観ながら、先生と一緒にドレミで歌います。
低音のへ音記号も読めます。
以前はあくびも出て、半時間のレッスンが長過ぎる感じでした。
今では半時間、あくびもせず、真剣な表情でレッスンを受け、
頑張っています。

帰りがてら、尋ねました、
「どう、ピアノ好き?」
即座に、一言、
「いや、好きじゃない」
好きじゃなくても、しっかりやるべきことはやる。
精神的になかなか成長しています。

レッスンの行きがてらのおしゃべりが楽しい。
彼は11月が誕生月、保育園からお祝いをもらうのですが、
その一つは顔写真入りのお誕生カード。
「今日、写真撮った。
考えておいたポーズをとったよ」
と、やってみせてくれます。
完全におどけポーズ。

そこで、クラス全員のお誕生日順を教えてくれました。
全員のお誕生日を覚えていることは以前に書きました。
でも、29人全員のお誕生日の到来順をすらすらと暗誦。
「おれ、★組と★組と★組のみんなのお誕生日も覚えてる」
私、驚いて尋ねました、
「下のクラスの子供たちのお誕生日の順をなんで?」
すると、即座に出てきた答えが振るっています、
「覚えておかなくちゃいけないことは覚えるの」
なんで「覚えておかなくちゃいけない」までは質問せず。
5歳の子供の口から出て来るセリフとは思えないので、
ただ仰天。

パパにこれを言うと、パパ曰く、
「阪神タイガースの一軍選手の誕生日、守備位置、
入団年、右か左か、背番号、全部覚えてますよ」
まだ漢字は読めないはずなのに、
タイガースの公式のチーム目録を読んで覚えるのです。

パパの話では、目を通したら、覚えるのだそうです。
ただし、好きなことだけ。
とすると、将来、自分の職業を好きになって、
その志望をかなえるために、この才能を使って欲しい。
そうは思うのですが、
さて、どんな職業についてほしい?

そう考えると、甚大強力な記憶力を利用できる職業で、
とりあえず思いつけるものはすべて、なってほしくない。
裁判官はただの官僚に成り下がりつつあるし、
弁護士は今や下手をすると食べて行けないし、
検事は早くからただの官僚、出世のためには証拠もねつ造。
医者はあまりに分科しすぎて、仁術とは言いがたい感じ。
学者は、本人がやりたいと思わない限り、可能性零だし。
結局、祖父が孫の将来をいくら考えても、
はるか未来のお話では、本人に任せるより仕方ありませんね。



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# by hologon158 | 2017-10-29 22:53 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

708.03 ホロゴン外傅214「2017年9月3日プラナー50㎜F2が奈良で輝く」3 ウルフ将軍


リデル・ハート「世界史の名将たち」(原書房刊)
また読んでいます。

サー・バジル・ヘンリー・リデル=ハート(1895-1970)
20世紀屈指の戦史家、戦略論の大家ですが、
彼がまだ32歳の頃、つまり第二次世界大戦前に書いたものです。
自ら戦場を疾駆して戦った名将たちの戦略、行動が主題。
この名将たちのしんがりを務めたのが、
ジェームズ・ウルフ(1727-1759)
イギリスの若き少将として、カナダでフランス軍を奇襲作戦で破り、
北アメリカ大陸でのイギリスの優位を確立し、
そのおかげで、アメリカ合衆国の建国への流れを創ったという、
若くして歴史に大きな影響を及ぼす壮挙を果たした人物。

そのウルフがまだ25歳のときにこんな文章を書いているのです。

  「毎年のこと、冬が過ぎ去ってゆき、同様にわれわれも年齢を重ね、
  一生も過ぎてゆく。
  人間としては一生を何処で送るか、いかなる地位につくか、
  あるいは偉大な人物に鳴るか、相当な人物になるか、
  ということは問題ではなく、
  自己の生き方に気を付ける心がけを持つことが最も大切である。
  本日、私は25歳に達したが、
  これまでの25年間は何と言うこともなく過ごしてきた。
  しかし、人間は油断し、かつ不用意なときに突然、
  一瞬でも自己の生き方に注意を払うことがあるが、
  これは有益なことである。
  このような考えをめぐらす回数が多くなればなるほど、
  死に対する恐怖も少なくなってゆく。
  万物寂として声なき深夜こそは、
  人々は自らが真に何者であるか、
  また、真にいかなる者であるべきか、
  すなわち、どれほど期待されているのに対して、   
  いかに実行できたことが少ないかを反省することができる
  ひとときであることは、自らの理性によって考えれば、
  おのずと明らかである。
  この瞑想のための短いひとときこそは、
  われわれの全生涯のうちで最も充実した時間である。」

リデル・ハートはこのような思いを凝らすことで、
後年の大業を見事に完遂する精神性を培った、とするのですが、
ウルフの言葉は、私たち誰もが人生に深く思いをいたすときに、
感じること、あるいは感じるべきことのように思われます。

ウルフは自分が成し遂げた仕事の大きさは自覚していたけど、
その仕事が後年どのような歴史への道を開いたかということは、
事業後すぐに没したまま、知るよしもなかったことでした。
でも、この文章には、自分が夭折することを予期していたような、
切実な想いがこめられているような感じがしませんか?

でも、私たち誰もが同じ状況にあります。
自分がなにを今なにをしているか、
それが今の自分にどんな意味があるかは知ることができますが、
自分のしたことが、さらにこれからどのような可能性を開き、
どのような可能性を閉ざしたか、ということは暗黒のまま。

でも、一つ言えることは、
知ることのできないことに思い煩うことなく、
今、すべきことを思う存分し遂げる、
そんな人生を積みかさねていきたいものです。

えっ、あんた、もう退職の身じゃないの?
そう尋ねる方もおいででしょう。
でも、その方は考え違いしています。
私たちだって社会の一員です。
社会からは退職していません。

因果関係の波はどんな社会の片隅からでも始まります。
一番身近で言えば、社会を成立させる最小単位の家族に、
あなたはさまざまな影響を及ぼすことができます。
そして、どんな微弱であっても、その動きは、社会へ、
大げさに言えば、宇宙全体へ、因果関係の波を及ぼすのです。
それを忘れないでおきましょう。

どんな年齢になっても、どんな境遇になっても、
私たちは社会の一員、地球の一員、宇宙の一員、
それも一人一人重要な一員なのです。





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# by hologon158 | 2017-10-26 21:21 | Comments(0)

708.02 ホロゴン外傅214「2017年9月3日プラナー50㎜F2が奈良で輝く」2 ピッカピッカや



プラナー50㎜F2、
往年の殿様一眼レフ、コンタレックスの標準レンズです。
神様だって写ってしまうんじゃないか?
手に入れた当時、夢中になって使いました。

コンタレックス・スーパーがボディ。
まるでターミネターのようにメタリックに輝くボディ。
最初、フィルムバック仕様でした。
ハッセル同様に、複数のバックを持っていれば、
異種のフィルムを使い分けられる。
堂々たる偉観でした。
便利だ、と、一見思うでしょう?
ところが、フィルム交換の為には、
フィルムバックを一々はずさなければならない。
私の記憶では17かそこらの厳格に決まった順番で操作をしないと、
着脱ができない。

ジェット戦闘機が戦闘中にでも垂直落下し始めたら、
地面に衝突する前に機体を回復するためには、
50ほどの手順を決まった順序でやり遂げなければならぬ、
そう読んだことがあります。
手作業で運転していた昔のことですから、
戦闘中で、機体をどこかやられ、自分も負傷し、
なお敵の戦闘機に追撃されている状況で、
この手順を淀みなく完遂してしまう。
まあ、一種の超人なのでしょう。
今はコンピューターで自動化されているのでしょうか?

コンタレックス、それほどではありませんが、かなり厄介です。
でも、この操作、ハッセルよりもカッコいいのです。
この手順をパンパンパーンと流れるようにやってのければ、
まあ、一人前のコンタレックス使い。

ところが、数ヶ月ぶりに使うことがありました。
忘れもしません、鶴橋の市場の中でした。
5歳位の男の子が寄ってきて、私の前に座り込んで、
「おっちゃん、ピッカピッカやねえ」
このあたりは、私も得意満面でしたね。
ところが、フィルムバック交換を初めて、
幾段階目で、はたっと手が止まりました。
「次、どうするんだったかな?」
思い出さない。
このあたりは、実にかっこ悪い。
「おっちゃん、難しいんやねえ」
眠ってても、できると思っていたのに、
確かに眠っていてもできたのでしょうけど、
人が見ていると意識した途端、できない!
私は一人前のコンタレックス使いではなかったわけです。

これに懲りて、その後、通常の開閉式に変更し、
使い勝手は抜群に改良されたのですが、
その後、フレクトゴン35mmF2.4に出会って、
そのソフトな実在感に魅せられて、
以降は、剛毅精密路線から柔和茫漠路線に乗り換えてしまい、
いつしかレンズの大半とボディとは売り払ってしまいました。

でも、この50mmと、35mmはまだ持っています。
なにしろこの2本、神レンズなんですから。
「ここまで撮ることができるよ」という、
一種の指標として使っています。





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# by hologon158 | 2017-10-24 11:34 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

708.01 ホロゴン外傅214「2017年9月3日プラナー50㎜F2が奈良で輝く」1 横綱相撲


朧の名玉タンバールのシリーズの後には、
完璧な標準レンズのシリーズで平衡をとることにしましょう。

  ツァイス往年のフラグシップモデル、
  コンタレックスの標準装備、
  プラナー50㎜F2
  横綱相撲をとるレンズです。

なんで横綱相撲なんだ、ですって?
5回シリーズで奈良のあちこちを撮り歩いた写真から、
まずは、30枚少しざらっと並べて、ごらん頂くことにしましょう。
そしたら、納得していただけるでしょう。            



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# by hologon158 | 2017-10-22 23:08 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

707.10 ホロゴン外傅213「2017年9月9日タンバール90㎜F2.2生駒幻泳の1日」10-完-レッスン



昨日は大阪加美に参りました。
一番上の孫プリンスのピアノレッスンに付き合うため。
保育園から先生のお宅まで徒歩10分。
いつもこれが楽しみ。
孫とのおしゃべりを楽しめるからです。

歩きながら、先日の運動会では、
縄跳び走で目も覚めるような超高速を見せたのを褒めると、
自分でも分かっているという自信ありげな表情で、
「逆回しでも29回続けられるよ」
ぺぺ(私のこと)、
「じゃ、縄跳びでは保育園で一番?」
「いや、2回飛びを××ちゃんは××回もできるよ。
おれにはできない」
できることとできないことをちゃんと分かっている。
だから、天狗になりませんね。

それにしても、保育園という環境はうまく行くと、
子供達の切磋琢磨の場としては最高です。
2歳から6歳まで5年間もの長きにわたて。
同じクラスで30人近い子供達が付き合うのですから。
男の子、女の子入り交じって人間関係を体験します。
でも、最上級クラスになると、2つに別れるようです。
孫プリンスの親友はみんな男の子。
「前に結婚するって言ってた★ちゃんは?」
「★ちゃんはすぐ怒るから、いやだ」
すでに愛は冷めているようです。
「ふーん、★ちゃんはお母さんもすごい迫力だからねえ」
でも、「☆ちゃんの方がきついよ。
人のことなのに、いつもすごい言い方で怒るんだ」
女の子たちの口やかましさはすでに本格的になり、
男の子たちがそれに辟易するあたりまで、
大人の社会の縮図がすでに展開しているようです。
2人とも、孫プリンスが幼いときから好きだった子ですから、
長年の振る舞いを見るにつけ、
いつしか愛は冷めてしまったという感じ。

母親が懇談会で聞いてきました、
妹の3歳の孫プリンセスは、3歳児クラスのリーダー格だそうです。
当たり前かも知れません。
2歳半年上のお兄ちゃんといつもやりあっているのですから、
かなりの状況に対応できるようになっているからです。
関東にもう一人孫プリンセスがいます。
まだ2歳。
でも、この子は母親譲りのおませさん。
ママとしっかり抱き合ってお昼寝していると、
その腕の中からママを見つめて、にっこりしながら、
「ありがと」
もうママはメロメロになってしまいます。

このママの方も、私たち両親が別々ですが、
それぞれに海外旅行に出かけるとき、
最初に財布を取り出したときに、
メモが差し込まれていることに気づきました、
「パパ、気をつけていってきてください」
相手の気持ちを読んだり、推測できることはよいことです。
それができない人は、育ちも手伝って、
部下をいじめたり、頭ごなしにののしったり、と、
やたり威張りちらすものです。
こんな人、どんな人生を送っているのでしょうか?




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# by hologon158 | 2017-10-21 23:01 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

707.09 ホロゴン外傅213「2017年9月9日タンバール90㎜F2.2生駒幻泳の1日」9 未曾有の危機


人間の歴史は、非合理、迷妄、迷信、混濁、混乱の世界から、
合理、明晰、理解、開明、秩序の世界へと前進してきた、
そう要約できれば、世界は進歩し続けて来た、めでたしめでたし、
と、手放しで喜び合えるところです。
でも、実態はまるで、新幹線に乗っていたはずなのに、
気が付けば、雑草生い茂る線路敷きにかろうじて打ち付けられた、
錆び付いた単線線路をゴットンゴットン、喘ぎ喘ぎ走る、
トロッコ電車に乗っていた、そんな状況ですね。

あらゆることが袋小路に入り込み、
世界は開明されるどころか、暗黒世界へと転落していくようです。
科学は、世界の進歩、開化、発展に寄与するどころか、
世界を制御不能の暗黒の袋小路に追い込む道具となるばかり。

村長程度の頭しかない政治家たちは、
世界規模で流動し変動する政治経済に直面して、
村社会同様に、自分のさじ加減一つで動かせると、
「押してダメなら、引いてみな」式政策を展開して、
世界を動かしていると、愚かしくも胸を張る始末。

さらには、人間も宇宙もコントロール不能の未知の泥沼状態なのだ、
ということがますます明らかとなりつつあります。
地球は周期的に彗星の奔流の中に曝されていて、
しかも、どうやら21世紀は最も危険な周期に当たっているらしい。
その奔流は既に地球上の生物を二度絶滅寸前に追い込んでいます。
母なる地球、なんて生易しい存在ではありません。
人類の何千倍もの長期間繁栄と進化を続けた恐竜さえも滅ぼした、
太陽系と地球は、実のところ、人類なんて、
地球表面を這いずりまわる寄生生物以上の何物でもありません。

さらに、プレートの上に不安定にのっかった日本は、
火山噴火と地震の二重大災害の危険に曝されている。
世界地震学会が想定している現時点における最大の危険は、
なんと阿蘇山なのだそうです。
阿蘇山の下には計り知れないマグマが集積されつつあり、
やがてこれが地上に噴出したとき、日本列島全体がマグマに覆われて、
死の世界と化する危険性があるのだそうです。

さらに、富士山が東に向かって噴火すれば、
東京は、世界でも珍しい粘度の高い火山灰に覆われて、
交通機関はすべて壊滅してしまい、
東京は政治経済の中枢としての機能を瞬時に失ってしまい、
日本経済は容易に再起できない壊滅状態に陥り、
何千万という関東の住民は生活が困難となるどころか、
生存そのものの危機にさらされることになります。

長い間そうであったように大地にへばりつく程度の状態であれば、
大災害が人類に与える影響はかなり軽減されることでしょう。
でも、世界各地の都市に人口が集中し、
その都市のあり方も、天空、地下の上下両方向に発展した現代では、
大災害は都市の機能を壊滅させかねず、
流通機構を失った都市住民は、もちろん自活などできないので、
速やかに生存の危機にさらされてしまいうのです。

地球文明が発展し、人口が爆発的に増加すればするほど、
災害は、人類の破滅につながるダモクレスの剣となってしまいました。
要するに、踏んだり蹴ったりの世紀、それが21世紀らしい。

アメリカ合衆国政府もNASAも、日本政府もそろって、
上記のような危機の可能性を完全に無視しています。
このようなクライシスが発生する確率が計算不能。
予測不能のクライシスに対して、対策を講じたり、
予算を投入したりすることはできないからです。

怖い時代が来てしまいました。




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# by hologon158 | 2017-10-21 21:52 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

707.08 ホロゴン外傅213「2017年9月9日タンバール90㎜F2.2生駒幻泳の1日」8 静、受診


10月13日金曜日、
ちょっとあわてました。
昨夜、妻が愛する娘静(猫ですが)の顎の下に、
ちょっと大きめのかさぶたを見つけたのです。
「なんでもないって!」と抗議する静を移動ケースに入れて、
今朝一番で行きつけの獣医さんまでタクシーを飛ばしました。
もう7、8年ご無沙汰していた医院です。
静も弟のピッピも病気、怪我一切なしで来たからです。

静はまだこの世で一番かわいい美少女の一人。
他にも二人(こちらは人間)美少女が居ますが、
三人の優劣を決することは未だにできません。
でも、静、美少女なのですが、
時間の経つのは恐ろしいもので、すでに14歳!
それじゃ、人間に換算したら?
なんて口走る輩は許しませんので、そのつもりで。

獣医さん、ちょっと調べて、
「どうやら表面にできた傷の直り際という感じですね。
数日以内にはかさぶたがとれますから、
ご心配なく。」
ほっ!

ついでに血液検査もしていただきました。
待つこと10分、
「数値は全部正常です。
猫の場合(猫? いったい誰のことを言っているのだ?)、
この年齢では(どの年齢だ、うら若い少女に失礼な!)、
腎臓の数値が悪化することが多いのですが、
正常域です。」

一時はぞっとした私ですが、
静は純粋に少女のままなのだ、と再確認できた一日でした。

静、診察室から出た瞬間、
移動ケースの中敷き(妻の毛糸上着)にフードを見つけて、
その中に顔を潜り込ませました。
血液検査のために、一人、検査室に連れていかれて、
注射針でグサッとやられて、
かなりショックだったようです。

帰宅後、おいしいおやつを上げました。
ついでに、弟のピッピも少しもらって、ご機嫌。
この二人は私たちの大事な子宝なのです。

今朝、静を抱き上げて、顎の下を調べてみました。
たとえようもなく柔らかな和毛が美しく波うち、
かさぶたは影も形もありませんでした。
成長期の少女のように、快復が速いのです。
見上げる顔はちょっと迷惑そう。
彼女も忙しいのです。




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# by hologon158 | 2017-10-19 10:37 | ホロゴン外傳 | Comments(2)

707.07 ホロゴン外傅213「2017年9月9日タンバール90㎜F2.2生駒幻泳の1日」7 ホメーロス



ホメーロスの「オデュッセイア」を読んでいます。
すでに10回以上は読んだ愛読書が10冊ほどありますが、その一つ。
岩波文庫の松平千秋訳は最高ですね。
完全に日本語の名文になりきっていることに、読む度に驚嘆させられます。
彼のクセノポンの「アナバシス(一万人退却)」も至上の名訳ですが、
オデュッセイアも一歩もひけをとりません。

よほどの才能と見受けますが、
原作者のホメーロスときたら、こちらはもう、けた外れの天才!
文学界における世界三大文章家を言えと言われたら、
私は躊躇なく次の三人を上げます。

   ホメーロス
   シェークスピア
   紫式部

いずれもその時代にあって、その後の文学をすべてあわせ考えても、
これ以上の奇跡的な文学を生み出した人はいない、
私はそう確信しています。

ホメーロスがなぜ奇跡的なのか?
文章を通じての性格描写、情況、出来事、精神状態の
完璧な文章表現、場面展開、筋立て、フィードバックを含めた、
読者の心をつかんで離さない表現技法、なにもかもが完璧、
そう言いたい位。
それなのに、ホメーロスは紀元前8世紀頃、
つまり、3000年近い昔の人なのです。

何度も書いていることですが、
その時代に文字と文学を生み出していた古代文明はほんのわずか。
それどころか近代になるまで、
世界中の諸国の識字率はきわめて低かったと言われています。
ホメーロスは、伝説によれば、盲目であったとか、
数人、少なくとも複数人の吟唱をまとめあわせた、合作であるとか、
とにかく諸説フンプンというところ。

でも、たとえば、ギリシアの神々にかんする記述にせよ、
トロイア戦争の経緯にせよ、
実に確固たる共通の土台が、
客観的に存在し伝承された史実の根幹があるように思えます。
人間の様々な美徳、体験を重ねて得られる体験、学習、
人と人との交わりから生まれる種々の感情、人間関係、
そうした人間にまとわりついた諸条件は現代と変わらない、
そう言いたい位に成熟し、深化していることが明らかです。

ホメーロスの作とされるもう一つの古代叙事詩の最高傑作、
「イーリアス」にも、
限りなく気高く、限りなく純粋な愛がいくつも登場します。
とりわけ、古代が生んだもっとも高貴な人間であるヘクトールと、
その妃アンドロマケのしばしの憩いのひとときの下りなど、
古今を通じてこれ以上に麗しいカップルはなかったのでは、
と思えるほどに、深い情感と、
来るべき不幸を予感しながら、その運命を甘受しようとする、
気高い諦観と人間性の香りに満ちています。

私は、この2冊の叙事詩は、後世さまざまに編集されたとしても、
その原作、その最高のオリジナリティは、
たった一人の人間の手によって作り出された、
そう確信しています。
こんなに凄い天才作家がギリシアに同時に二人も生まれて、
それが一人のホメーロスとして混同されるようになった、
なんて、およそありえない、私にはそう感じられるからです。

もし一人の天才作家の作品ではなく、
これが多くの物語作者たちの創作が時代を経てまとめられた、
とすると、共通の歴史、知識、文化の中で、
深い人間観察と高い文学性を備えた物語作者たちが沢山居た、
という、さらに驚くべき可能性を示唆することになりそうです。

さて、その一冊「オデュッセイア」ですが、
他のすべての叙事詩との違いは、
主人公やその妻ペネロペー、王子テレマコス等の重要人物は、
その内心の心の動き、内心と行動との落差まで細やかに描き出されます。

そして、物語の後半、オデュッセウスが、
圧倒的な敵が待つイタカに帰国してからの物語は驚異。
まさにドキュメンタリータッチの迫真のリアリズム。
現代のどんな冒険小説と比較しても、
サスペンスにおいては対等、
畳みかけるように起こる様々な出来事の豊かな雰囲気表現、
登場人物たちの人間性の豊かさ、品格の高さ、
そして、終始、まさに永遠のリアリティと言いたくなるほどに、
まるで自分が立ち会っているかのようなディテールの表現、
その隅々から香り立つ、極めて高い文学性、
これらに関しては、現代のいかなる作家にも優るとも劣らない。
つまり、作家は現代の作家たちに比肩し、あるいは凌駕するほどの、
洞察力と文才の持ち主!
3000年前の人間も現代人と変わりはなかったのかもしれない!

ホモサピエンスに進化してから現代までの何万年か、
生物的には何一つ進化した部分はない、と言われています。
文明の進展にともなう人間関係の複雑化、
生活の多様性等のなかから生まれる、
以前にはなかったような関係、感情、生き方などはあるでしょう。
でも、「オデュッセイア」「イリアッド」「春秋左氏傳」
「論語」「史記」等の古典を読みますと、
本質的な人間存在の人間関係、感性、感情、徳性、等々の人間的条件は、
ギリシアや中国ではすでに明確に豊かに深化していることは明らかで、
そうだとすると、他の諸文明でも、かなり古くから成熟していたけど、
それを記録する文字がなかったために、伝承されていないだけ、
という可能性を想定することも十分に合理性があると感じます。

というより、現代の日本、アメリカの政治家たちの低劣な人間性、
我執に満ちた独善的行動をみていると、
なんだかむしろ現代文明の発展にともなって、
人間性そのものは劣化の道をたどり始めているのではないか?
そんな疑いをますます強めつつあります。
人間は、実は深く静かなプロセスの中で、人間社会の頂点を極めてしまい、
人知れず台頭しつつあるメカニズムに取って代わられようとしている、
そんな可能性を真剣に考える時期にきてしまったと感じます。
そう感じるのは、私だけでしょうか?




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# by hologon158 | 2017-10-17 23:03 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

707.06 ホロゴン外傅213「2017年9月9日タンバール90㎜F2.2生駒幻泳の1日」6 低め安定


今回は私の5歳になる孫プリンスの話。

目下、パパとママは住居の購入を目指しています。
経済的な観点もありますが、
保育園のお友達と同じ学校に子供たちを行かせたいという企画。

先日、私の妻が候補地の検分を手伝いました。
小さな空き部屋が一階にありました。
妻が「ここに勉強部屋作ったら?」
プリンス、顔を輝かせて、
「うん、おれ、勉強する!」
妻、「なに勉強するの?」
彼、「野球の勉強」

4歳の頃から恐竜にはまり、ビデオをどっさり、
図鑑も8冊も買い込んで、
平かなのルビで、カタカナを自分で覚え、
百を超える恐竜の名前と分類(肉食か植物食か等々)、体長、
生息した時期(ジュラ期等)を正確に覚えていたのですが、
今は、阪神タイガースにはまってしまい、
選手名鑑をすり減るほど眺めて、
選手の名前、ポジション、打撃フォーム等を全部記憶しています。
もちろん大人用ですが、5歳でもなんとかクリアーしちゃうようです。
記憶力のおかげでしょう。
私の誕生日と年齢まではっきり覚えています。
保育園のクラスメート28名の姓名と生年月日等も全部暗記。

とにかく好きなことは海綿のように吸収してしまいます。
私は、子供の頃から一貫して、記憶力が弱いので、
理解力を鍛えました。
だから、なにかを思い出すためには、
想い起こすための努力がいちいち必要です。
ところが、孫プリンスはその必要がありません。
あなたが自分の名前を忘れないのと同じ、
瞬時にデータが浮かんできます。
私には絶対にできない芸当。

妻は孫プリンスに言いました、
「勉強部屋で勉強するのはそんなことじゃなくて、
たとえば、宇宙のこととか....」
この人もちょっとずれています。
なにしろ就寝前の読書が、以前は「淀どの」の研究本とか、
なぜか日清戦争関係書だったり、あるときは論語だったりしていたのが、
今では、多元宇宙論とか量子論とか。
自分の現在の関心を5歳の孫につたえようと、
子供用の宇宙関係本を盛んに買い与えている始末。
まだ、5歳ですよ。
実際に、すでに孫プリンスは宇宙にも慣れ親しみつつあります。

私は、苦手の教科については手も足も出ませんでした。
だから、その教科をとりわけ克服しようと努力した?
いいえ、一向に。
だから、塾には一切通わず、
自分の好みの教科だけで受験戦争を乗り切ったようなものです。
プリンスも自分で自分の道を切り開いて行くと期待したいものです。

近い将来、孫プリンスに勉強部屋が与えられるでしょう。
4歳の頃、恐竜にのめり込んだときなど、
8冊の図鑑をとっかえひっかえ取り出しては、
恐竜のことを頭に収めていました。
先日は、私に阪神タイガースの選手たちの打撃フォームを、
次々と実演してくれました。
まだ5歳で、野球の手ほどきもまだ受けていないのに、
フォームの違いを認識し、かつ真似することができる。
パパに「どう? 正確につかんでる?」と尋ねると、
「かなり正確ですよ。
ちゃんと特徴をつかんでますよ」
とすると、かなりの認識能力です。

5、6歳の男の子が父親の車を動かした、
という記事を以前も見たことがあります。
幼児の能力は見くびらないのがよさそうです。
むしろ私は疑っています。
日本の学校教育は、子供たち一人一人の才能を伸ばそう、
なんてことは絶対に目指していません、
「標準化」「平準化」「均質化」が基本であり、
特殊な才能を伸ばす機会は与えられません。
先生たちがそんな才能と無縁だからです。
天才とは苦しむものであり、
さまざまな特殊な才能は人を不幸にし、
社会の役には立たない、そうされているのです。

憲法無視の政党がどこまでも政権を維持できるのは、
日本の学校教育のお陰、そう言っても過言はないでしょう。
合い言葉は「安定」、ただこれ一つ。




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# by hologon158 | 2017-10-16 23:10 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

707.05 ホロゴン外傅213「2017年9月9日タンバール90㎜F2.2生駒幻泳の1日」5 美と人生と



10月11日水曜日、
午後12時45分、近鉄奈良駅近くの歯科で治療、
午後5時から新大阪駅近くのココプラザでリコーダーの練習。

まず、歯科治療ですが、バスが20分早く着いたので、
東向き通りをしばらく撮影。
ソニーα7には、
ライカの古い28mmFレンズ、
ズマロン28mmF5.6を付けました。

もちろん、すべてのレンズの原則、
開放オンリーです。
と、言っても、F5.6なのですから、十分絞り込んだも同然。
ズマロン35mmF3.5に似た、とても美しい仕上げの金属鏡胴と、
立体感と深みのあるイメージ。
方形のフードがとても良く似合います。
と言うか、ほとんどフードだけでその存在を誇示できる、
珍しいケースかも知れません。

洋品店の窓の窪みにおかれた観葉植物を撮っていると、
年輩の女性が背後から声をかけました、
「きれいな葉ですね」
ちょっと立ち話。
「私はこれが好きで、通りかかる度に撮っているのですが、
いつもどこかキリッとした品が際だっていて、
好きですね。」
「花を撮るのがお好きなのですか?」

このあたりで、会話の車輪が脱線します。
「いえ、道ばたのものなら、なんでも撮ります」
この回答は理解を超えていたようです。
写真は美しいものを撮る、
その美しいものとは、誰もが美しいと思うものに限られる、
これが一般のコンセンサスのようです。
美の基準の問題です。
上記の考え方は、いわば美の民主主義。
多数決で決めよう!

でも、私の感じるところでは、
美ほど民主主義が似合わないものはありません。
全世界の人がこれは美しいと断言しても、
私が美しいと思わなければ、
それは美しくはない。
逆に、私が美しいと感じたら、
全世界の人がこれは美しくないと断言しても、
美しい。
さらに、言えば、あなたがこれは美しいと思うものを、
全世界の人が異口同音に「その通りだ!」と叫んでも、
あなたは自分の感覚は平凡だなんて思う必要もないのです。
常に自分の感覚によって決まる、
これが美の本質ですね。
極度にプライベート。

でも、ぐらっとよろめく体験をしたことがあります。
10年ほど前、友人たちと写真展を開催したことがあります。
その一つを見に来てくれた知人が、
見終わったあとで、こうぼそりと言ったのです、
「実はあんたの写真、好きじゃないんだ」
私は愕然としたことを覚えています。
好悪は人それぞれなのですから、
私は、自分の写真を「美しいでしょ!?」なんて、
人に押しつけるつもりはありません。
でも、なにも私に向かってはっきり言わなくても、ねえ?
至上の美のみを美と認める人です。
自分には醜いものを平気で撮る人間には辟易したのでしょうか?

今、この出来事を思い出して、
はたと気づきました。
そうなんだ!
この世の中には、人が美と感じられないものを喜んで撮って、
ブログに掲載している人もたくさん居るでしょうけど、
こんな写真好きじゃない、いや、きらいだ、
そう感じる人がたくさん居るんだろうなあ。
そこで、フェイスブックにせよ、ブログにせよ、
大なり小なり、多くの読者が共感できるように、
自己主張をかなりセーブしている方が多いでしょう。

会議で自分の主張を通そうと決意している提案者は、
出席者たちに巧みに話を持ちかけて行って、
この際、賛成に回る方が流れに沿った動きだ、
そう感じさせるように持っていきます。
誰も、いきなり、
「私の提案に賛成するか反対するかは、あなたの自由ですよ」
なんて持ちかける人はいませんね。

私のロボグラフィブログ2つはどうやら、
この誰もやらないような提案をし続けてきたようです。
そうか、あのときの知人のように、
「このブログ、好きじゃない」
そう、たいていの方に思わせるように、
ひたすら自分本位にブログを続けてきたのですから、
あのときの知人のように、
「このブログの記事も写真も好きじゃない」
そう感じて、2度とアクセスしない人が居るかも知れない、
というより、大半がそうかも知れませんね。

でも、怪我の功名のようなもので、お陰様で、
一人静かにブログ人生を楽しんでこれました。
私にとっては、
これからますますブログが存在価値を増すことになりそうです。
というのは、高齢になればなるほど、
心も体も、劣化を防止するためには、心身どちらにせよ、
エクササイズ、トレーニングとなるような方法を沢山見つけ、
それらを絶え間なく実行しなければならない、
ブログは心の劣化の防ぐ、とてもよいメソッドだ、
そう悟っているからです。

その最高の実例がイチローですね。
誰も真似のできないような苛酷なエクササイズを、
一日も欠かさず続けてきたようです。
歴史に名をとどめるため?
私はそうではないと確信しています。
もしそうだとしたら、もうこのあたりのまさに絶頂期で、
名声に包まれて引退するのが最上の策ではありませんか?
年々、彼の出番は減り続けているのですから。
偉大なスタープレーヤーとしての記録を数え切れないほど
樹立してきたイチローにとっては、
代打の安打記録なんて、蛇足としか言いようのないデータ。

そうではなく、野球選手としての日々を重ね続けること、
これこそ、彼の最高の喜びなのではないでしょうか?
イチローの最大の願いはなにか分かりますか?
私には分かります。
「現役の大リーグプレーヤーとして死を迎えること」

私もそうです。
日々無為に過ごし、静かに朽ちていく?
とんでもない!




# by hologon158 | 2017-10-15 11:57 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

707.04 ホロゴン外傅213「2017年9月9日タンバール90㎜F2.2生駒幻泳の1日」4 過剰エネルギーで 


月曜日、親友のDAさんと佐保路を歩きました。
彼から尋ねられました。
「平素はどんなところを回っているですか?」

彼も奈良郊外に住んでいて、
今では定年退職後も仕事を継続しつつ、
週半分はフリーの身です。
佐保路と奈良市内を主な猟場として、撮影を楽しんでいます。
私とちょうど正反対で、「一発必中型」
好みの光景にぶつかると、
奥行きと高さのある見事な情景をしとめます。
いつも書いていることですが、
気配の写真家入江泰吉先生の衣鉢を継ぐような、
大和路の情感の写真家。
だから、一日に撮るのはせいぜい十数枚程度。

私は数で稼ぎますが、情感のこもった写真作品など、
間違っても撮りません。
だから、撮れるのは一山のロボグラフィ。
私だけが心を通わせる、プライベートメモ。

しかも、その撮り方はぐっと迫って、いきなり撮る。
主題と背景という構造はなくて、そのものずばりだけ。
同じルートを何十回とパトロールし、
同じものに出会って、
「おっ、元気にやっているね!」と、一枚撮ります。

撮るもの、撮り方が一緒なので、
マンネリに陥る危機を常にはらんでいます。
すでにマンネリなのでしょう。
でも、本人の心の中では、まるっきりそんな気分はありません。
この世の中、人がやることで、
マンネリ的なんだけど、マンネリにならないものがあります。
いくらでも見つかります。

野球のバッター。
ピッチャーが同じ位置から同じボールを投げ、
同じ位置に構えるキャッチャーのミットに収まる。
バッターはそのボールを途中でバットで邪魔をする。
ただ、それだけ。
でも、野球選手たちはおそなく何十万回とバットを振り続けて、
この邪魔の技を磨きあげます。

弓道もそうですね。
同じ距離にある同じ大きさの的。
同じ大きさの弓に同じ大きさの矢をつがえて、
弓を引き絞り、矢を的めがけて放つ。
この行為を何年も、何十年も反復します。

夫婦の交わりもそうですね。
何年も何十年も一緒に暮らし、
あきることもなく、この世の魅力的な女性たちにも心を動かさず、
夫婦もそうですね。
何年も何十年も一緒に暮らし、
あきることもなく、この世の魅力的な女性たちにも心を動かさず、
多くの場合、死ぬまで一緒に暮らします。
私なんか、まだ日々、妻に驚かされています。

つまり、同じことをしても、決して飽きないことがあるのです。
私にとっては、ロボグラフィがその一つ。
50年間、まだ飽きたことがありません。
というより、ますます面白くなっていく。
十年近く前にモノクロームフィルムを廃棄しました。
最初の12年間に撮り溜めた3600本。
廃棄する前に、フィルムをランダムに10ほど選んで、
光にかざして、チェックしてみました。
モノクロームを楽しんだ人ならおわかりでしょう。
白黒フィルムを光にかざすと、
ある角度でリアルが映像が浮かび上がります。
驚きました。
今と同じ、ロボグラフィが大半を占めている。

私の選んだ職業は最初からいきなり過重で責任の重い仕事でしたから、
写真ははじめからライバルとの競争ではなくて、
週末の撮影はまさに仮想空間に現実の責任の忘却、
生きる行為からの逃避、カタルシスだったのでしょう。

でも、いつも同じアイテム、空間を同じように撮るという行為は、
漫然と続ける限り、エキサイティングなときめきを誘うことがなくなり、
いつかは心をすり減らしてしまいます。

じゃ、どうやって、ロボグラフィを飽きずに続けてきたのか?
もちろん、私の特技によって。
私は記憶力に極めて乏しい。
このような人間は、撮影の際、
いわば記憶をゼロにリセットするのが比較的簡単なのです。
幾度も繰り返し撮ったロボグラフィを前にしても、
改めて、ぎょっとすることができます。
「わっ、こんなもの、見たことがない!」

そうできる一つの梃子が、
メタモルフォーゼに対する私のスペシャルな傾斜です。
ある現実のものを見て、自然に、
そこにはない空想的なイメージに置き代わってしまうのです。

たとえば、ゴミ箱は、たいていの方にとってはゴミ箱。
でも、私は、ときに、別のものを見つけます。
今日も大阪加美の下町の街角で、
なにかにギョッとしたらしく、
目を大きく開いて立ちすくむオバQを見つけました。
ジュース缶の収納ボックスでした。
そして、面白いことに、写真に写っているのは、
私の第一感どおりのオバQです。
でも、そう感じるのは私だけかもしれません。
こんなものを人に見せても、誤解を招くばかり。
だから、私は人に「見て見て」と言ったりはしません。

でも、ときどき、自分が写真の最上の楽しみ方を見つけた、
そう自画自賛したくなります。
だから、今もそうしているのですが、
まさにこれぞ「永久機関」の一種かも知れません。
他人の認知、賞賛を必要としない。
自分自身が努力をしなくても、
写真撮影のエネルギーが湧いてくる。
そのエネルギーがブログにもなだれ込んでくる。
きっとどなたにも付き合いきれない過剰の世界なのでしょう。
それでよいのです。
私はこの過剰エネルギーで人生を楽しんでいるのですから。





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10月5日木曜日、
奈良町に参りました。
今日は図書館通いの日です。
突然、近頃、ホロゴンとご無沙汰に気づきました。
ならば、いっそのこと、ホロゴン15mmF8Mを使ってやろう!
午後12時45分のバスに飛び乗って、高畑町で下車。
気の向くまま足の向くままホロゴン行脚。
さすがに使い勝手が良い!
いつもパンフォーカス、フォーカシングが不要なので、
他のレンズの1.5倍のスピードで撮れます。
私には、やっぱりホロゴン!
というわけで、今日はホロゴン15mmF8Mと深いおつきあい。

奈良町を歩いていて、一つ感じること。
中国、韓国からの旅行者が俄然目立ちますが、
若い日本人女性も増えている。
男性はかなり少ない。
若い男女の比率は5対1ほどでしょうか?
若い男たち、暇なときはなにをしているんでしょうね?

近頃は、超広角レンズを軽く使いこなす人が増えました。
ありふれた標準レンズの範疇に収まってしまったようです。
どなたもが気軽に使っているようです。
でも、一ついつも感じることがあります。
どなたも超広角レンズの活用法が限定されています。
広く大きな光景を撮る!

もちろん私もそんな使い方をします。
でも、超広角レンズの一番面白いポイントは、
超接近して、深く撮る、ここにあるのでは?

私がこう考えるのも、私の性格故なのでしょう。
友達づきあいと一緒。
広く満遍なく、ただのおつきあい、なんてつきあい方は、
まっぴらゴメン。
心を割って話せる、そんな交わりでないとねえ。

というわけで、今日はホロゴン15mmF8Mと深いおつきあい、
というわけです。

奈良町を歩いていて、一つ感じること。
若い日本人女性も増えている。
若い男性との比率は5対1ほどでしょうか?
若い男たち、暇なときはなにをしているんでしょうね?
私のように、ブログをせっせと作っているのかな?



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# by hologon158 | 2017-10-14 22:24 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

707.02 ホロゴン外傅213「2017年9月9日タンバール90㎜F2.2生駒幻泳の1日」2 いつも同じ



10月4日水曜日、
昼食の後、午後12時45分、歯医者さん。
午後5時、新大阪駅近くのココプラザでリコーダー練習。
2つの用件の間が抜けています。
みなさんはどう使うのでしょうか?
私の場合、空き時間は3つの用途にあてます。
① 歩く!
② 歩きながら、撮る!
③ 途中休憩時間がとれたら、ポメラで文章を書きまくる。
Yoshiさんには負けますが、
呼吸するように撮り、呼吸するように考えを巡らし、
呼吸するように書きたい、これが私の理想。

私のブログは、同じものが同じ撮り方で頻出することで有名です。
(この最後の句はただの装飾ですから、キッとならないでね)
人が来ないし、来ても、あまりにいつまでも写真がつながっているので、
いつも途中で挫折する人がほとんどでしょうし、
私の過去の写真を覚えている人なんか居ないでしょうから。

でも、問題は私自身です。
撮影者本人はいったいこの問題をどう考えているんだ!
と、厳しく追及されると、
ここは、やっぱり、正直に白状させていただきましょう。

私はその瞬間、まるっきり思い出さないのです、
その被写体を何度も撮ったことなど。
今向き合って、今撮りたい、ただそれだけ。
前に何度撮ったことも関係がない。

あなたを愛している誰かを見つめるとき、
「ああ、前にも見たから、まあ、いいや」
なんて、考えませんね。
飽きずに眺め尽くそうとしますね。
それと同じ。

しかも、私は写真家じゃないので、視覚効果を考えて、
慎重に光を読み、構図を決めて、なんてことはいたしません。
いきなり特定の場所にカメラを持っていって、
ノーファインダーの場合は、そのままシャッターを落とす、
ピントを合わせる必要がある場合は、
常時拡大表示してある液晶画面でピントを合わせ、
その瞬間にシャッターを落とす、
この2つのやり方で撮ります。
撮りたいものだけを画面いっぱいに撮り、
構図、布置など考えないのが私の流儀だからです。

ほんのときたま、記事を検索する必要があって、
以前の記事を見返すことがあります。
その機会に写真を見返します。
「下手だなあ」とか「もう少し構図を考えなきゃ」なんて、
けっして考えません。
「ああ、こいつにここで会ったなあ」と感慨に耽るだけ。
これも、恋人にあったときと一緒ですね。
ただ、見つめるだけ。





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# by hologon158 | 2017-10-12 11:14 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

707.01 ホロゴン外傅213「2017年9月9日タンバール90㎜F2.2生駒幻泳の1日」1 タンバール 


9月9日、友人3人と、友人の車に同乗して、
生駒市の南部を撮影しました。

車の使用は、普段しない撮影スタイルです。
「湯水とともに赤子を流す」という言葉がありますが、
「乗り物のスピードと撮影チャンスは反比例する」
これはある無名の写真好きの至言です。
私のことですが。

ある風景写真家は、助手席に座って、
バックミラーを曲げて、過ぎ去る光景をチェックしたそうです。
かなり危険な行為ですが、こうすることで、
高速で走る車中からでも、撮影ポイントを見逃さない、
そんな工夫をしていたのでしょう。

でも、こんなエピソードから、かなりの風景写真家は、
自分と風景とを分けて考えるのでは、と感じます。
入江泰吉さんは違ったようです。
その場の空気、情感、気配の中に自分を感じるまで、
じっとその場を感じ、その場に溶け込もうとされたようです。

ロボグラファーは、歩きながらですが、
その場、そのものになにかを感じた瞬間にシャッターを落とします。
感じない限り、シャッターを落としません。
心がどこかで結ばれていない限り、友人とは言いませんね。
それと同じ、私がその場のなにかに心が通じる感触があって、
はじめてロボグラフィが成立するからです。
つまり、とても内密のプライベートな交情の記録。
だから、外部に発表しても、理解して頂けないでしょう。

タンバールは、私にとっては大切なレンズ。
ロボグラフィにとても相性がよいレンズだからです。
誰かがあなたの愛する人を見ても、なにも感じないかもしれない。
それと同じ。
タンバールは私が感じたままの気持ちをその場に染み渡らせる、
そして、その気持ちは、他の人には無縁、理解困難、
そんな感じがあるのですから。




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# by hologon158 | 2017-10-10 23:33 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

706.05 ホロゴン外傅212「2017年9月6日ゾンネタール50㎜F1.1S奈良町幻想」5-完-ワクワク



9月30日は私の孫二人は運動会でした。
「ワクワクカーニバル」と銘打って、
保育園の子供たちがさまざまに演技します。

下から2番目のクラスの3歳の孫プリンセス、
初めての運動会でしたが、リラックスして楽しんでいました。
5人ずつ走る駈けっこでは、断トツの1位でした。
駈けっこするのなら、まっすぐ走るだけ!
3歳の子供たちの多くはなかなかまっすぐ走れません。
絶対にお兄ちゃんに負けないと決意している妹です。
今、なにをするのか、しっかり理解します。
だから、頭をしっかり立てて、
文字通りまっしぐらにゴールに向かって走りました。

5歳の孫プリンスは最年長のクラス。
5つも出し物があります。
その一つが縄跳びをしながら走るリレー。
運動能力が一目で分かってしまう競技です。
1回ごとにロープが足にからまって、
その場で止まってしまう子から、
韋駄天走りをしながら、その走りに合わせて、
ロープが完璧に回転している子まで。
ただし、そんな子は毎年、3、4人ですね。

孫プリンスはこの縄跳び走りが大好き。
1週間前にマンションの小広場でやってくれました。
ロープが孫プリンスの4、5cm前で地面にぶつかり、
孫はそのロープを後ろに引きながら回ります。
これじゃ、走れませんね。
ロープが長すぎるのです。
ロープが本人の足下直前に最下点に来るように、
ロープを調整しました。
あっと言う間に、孫は縄跳び名人に変身しました。
縄跳びしながら走れます。
その動きが足がしっかり延びて美しい。
これなら、縄跳び走も完走できそう。

本番は予想を遙かに超えていました。
全員が順番に縄跳びしながら、グラウンドを一周するのです。
大抵の子はうまく走れません。
きちんと縄跳びしながら走れる子もスピードはゆっくり。
孫プリンスの番になりました。
それまでの子供たちはどんどん順番に数メートル置きに出発。
でも、孫プリンス、先行の友達がかなり進むまで、
その場を動きません。
いきなり出発しました。
コマ落としをしたかのように、猛スピードで、
流れるように駆け抜けました。
その秘訣は直ちに分かりました。
たいていの子は肘全体を動かして縄を回します。
孫プリンスは、腕を下に伸ばし、手首をくるくる回していました。
私の周囲の人も一斉に驚きの声を上げました、
「あれ、なに?」
「早い! 早すぎる!」
「凄い!」
孫プリンス、自分が高速で走れるのを知っていたので、
スピードに乗って走れるまで、先行者が邪魔にならないように、
間隔を置いたのです。
もちろん、あっと言う間にスピードに乗り、
第2コーナーを回った後、直線で先行者は抜きました。
そのあたりの計算までして走れるのですから、
運動の勘はかなりのものです。

そこで思ったのですが、
子供の頃、教えてくれる大人が居たら、
私も運動嫌いにならなかったかもしれない。
父は家でも仕事尽くめでした。
母は4人の子供抱えて、
家事にやすみなく忙殺されていました。
学校では、どんな運動も基本動作を教えたりせずに、
いきなり本番でした。
体育の先生たち、基礎を教える気持ちなどなかったようです。
だから、運動嫌いの生徒は完全に置いてきぼりでした。

成人してからだんだんと分かってきたことですが、
私は別に運動音痴ではなかった。
ただ単に方法を習得する機会がなかっただけ。
でも、それが分かっても、運動嫌いが直るわけではありません。
まず、運動に必要な筋肉が鍛えられていない。
そして、長年、運動なしで生きてきたので、
別に運動したいとも思わない。

それでも、高年齢になるにつれて、
体を動かすことが大変におもしろいことがわかってきました。
そして、長生きしたければ、体を鍛えないといけないことも。
と言っても、別になにかスポーツするわけではありません。
よく書いていますが、
20年ほど前、膝がカクカク言い始めました。
私が毎朝必ずストレッチをするようになったのは、それから。

13年ほど前から揚琴を習い始めました。
楽器はすべて実は運動ですね。
全身を使うのですから。
楽器は順次、二胡、リコーダー、ハーモニカと増えていきました。
そして、すでに50年続けてきた写真。
これも私のようにストリート中心の人間は、
心も体も敏捷でなければ始まりません。
とくにこの10年ほどは路傍の草草を見つけて、
さっとしゃがんで撮るロボグラフィはとくに体力勝負です。
なんのことはない、気がついたら、
運動能力、とくに敏捷性を日々鍛えてきたようです。

10年前書斎の虫らしく、肩にほとんど筋肉がなかった私が、
今では、シュワルツネッガーのように、とまでは行きませんが、
とにかく首の周辺にも筋肉がついてきました。
一日中歩いても、ほとんど疲れませんし、
翌日には、疲れがぜんぜん残りません。

自分の身体がかなりどえらい変貌を遂げていることに、
私が気がついたのはつい最近です。
今では、身の回りでなにかが転げ落ちそうになっても、
次の瞬間には自動的に受け止めています。
要するに、ごく自然に動けるようになったようです。
心身ともにまさに現在の境遇、自由人にふさわしい人間に
生まれ変わりつつある、そんな気がしています。

これからが、私にとっては、本当の人生!
昔の人生を懐かしんでも、仕方がありませんね。
昔を今になすよしもがな、です。
残された可能性にすべてを賭ける、これしかない。
昔の職業、地位を鼻の先にぶら下げている人がいます。
「余を誰と心得るか?
先の副将軍水戸光圀なるぞ!
下郎下がれ!」
ご心配なく、我々みんな心得ていますよ。
私もあなたもただのおっさんであって、
それ以上でそれ以下でもない!

でも、こんな方と私はちょっと違いがありますね。
私はこれからの未来で自分の新しい人生を築く。
彼は過去の自分に恋々としがみついている。
新しい自分が欲しければ、過去の自分はあっさり捨てなきゃ!
彼は過去の全部が重石になってのしかかっていることに、
気づいでないのでしょうか?
自分の過去にばかり視線が行くので、
そんな方の目は沈みがちのようです。
きらきら輝いていないじゃありませんか?
今をワクワク楽しまなきゃ!!




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# by hologon158 | 2017-10-09 23:58 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

706.04 ホロゴン外傅212「2017年9月6日ゾンネタール50㎜F1.1S奈良町幻想」4 毎日訓練!


今回は、どなたにとっても人生で一番大切な基礎訓練のことを書きます。
何度も書いていますが、また、一纏めに書いてみましょう。

3週前から、突然思い立って、実行しています。
毎日必ず一回は、絶対に、歩く!
もちろん健康のため。

私の場合、決意したら、続けることができます。
かなりの方は、続けられないので、始めません。
でも、そんな方も本当は続けられるのです。
できないと思いこんでいるだけ。
そんな方もよくかんがえて見ると、
生涯にわたって続けてきたことが沢山あるはず。
たとえば、毎朝起きると、着替える。
歯を磨いて、顔を洗う。
朝食をいただく。
親のしつけかもしれませんが、
やっぱり、そうするのが必要、そうしたいから。
だから、結局、なにか新しいことを始めるときには、
それが自分には絶対に必要だ、有益だ、と思うことが肝心ですね。

私は、歩くことが絶対に必要、そう確信しています。
映画「七人の侍」に忘れられないセリフがあります。
略奪を繰り返す夜盗に業を煮やした百姓たちが、
自ら武器を取って戦おうと決意し、連戦錬磨の武士を雇います。
志村喬演じる老戦士は、百姓たちに走る訓練を施し、
こう叫ぶのです、
  「いくさとは走ることぞ!
   走れなくなるときは、死ぬときぞ!」

これは彼が体験して学び、実践して来た生存の極意ですね。
こんな貧困の村に雇われている身になったのは、
これまで幾度も敗北側にばかりついてきたせいなのです。
敗戦のなか必死で走り続けて落ち延びてきたのです。
勝利者側の兵士たちは打ち取った首の数で恩賞をもらうのですから、
必死に追いかけて来たはずです。
走れなくなった戦友、部下たちの多くは命を落としたのでしょう。

私たち人間すべてそうですね。
20年近く前、突然、膝がカクカクと音を立てたのです。
ちゃんと毎日歩いているのに、
ガタが来始めたのだろうか?
愕然としました。
そこで、何度も書いていますが、直ちにヨガマットを買い求め、
自分で思いついた腕立て伏せや腹筋体操や自転車漕ぎなど、
十種ほどのストレッチを10分程度、起床後欠かさず続けてきました。
肺炎のときだって、熱がない限り、続けました。

どんなことも、理想は呼吸です。
まったく意識していないけど、
やめると、それが命に不可欠と分かります。
そこまで必要性の高いことって、あまり多くないでしょう。
でも、つつがなく頑健であり続けることは、
しっかり呼吸し続けること!
これが長い一生の最大の希望条件。
妻を愛し、子供(猫を含む)、孫たちを愛すること、
写真を愛すること、
これらもそんな条件に私は数えます。

ストレッチの効用は、
単に体の柔軟性を高めることに限定されません。
体を鍛えることもできます。
両手を左右に振って、脇腹を思いっきり叩くこと、
この60回がストレッチの山場です。
最初は脇腹が痛かったのですが、今は「もっと強く!」

シャドウボクシングも取り入れました。
最初は頼りないものでした。
それがどんどんと中心にびしりと決まるようになり、
腕のスピード、確実性も高まりました。
最後に左右連打で締めますが、
その交替のスピードも格段に高速化しました。

効果の一つとして、
階段はすべて2段跳びあがりしますし、
路上走ることも楽々できるようになりました。

でも、考えました。
これだけじゃ、足りない。
水素吸引をずっと毎日欠かさず続けています。
これも健康を異常に高めてくれるようです。
第一の効能は、体内の悪性活性酸素2個と結合して水となり、
体外に排出してくれること。
第二の効能は、血行をよくしてくれること。
顔の血色が格段によくなりました。

でも、だからと言って、運動をしないで、
ぐーたらと食っちゃ寝るだけではだめでしょう。
ここでこそ、活発な運動、歩行が生きてくるはず。
そこで、夜30分から40分の半身浴も毎日絶対に欠かさずやってきました。
その間、マッサージ、エクササイズもやり続けます。
でも、まだまだ運動が足りない!
やっぱりもっと歩かなきゃ!
週2、3回の外出、撮影だけでは足りない。
とにかく毎日歩こう!
そう言う訳で、「毎日散歩」を始めたわけです。
毎回、1時間半から2、3時間、歩きまわります。
(もちろん合間に喫茶店で休憩を取ります)
お陰で、毎日、ぴんぴんと元気で、瞬時に就眠し、ぐっすり眠れます。

さあ、あなたもやってみましょう!
あなたが80歳でも、やってみましょう。
人間、90歳台でも筋肉を鍛えることができます。
心はもっと高齢でも鍛えられるはず!





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# by hologon158 | 2017-10-06 13:42 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

706.03 ホロゴン外傅212「2017年9月6日ゾンネタール50㎜F1.1S奈良町幻想」3 島々清しゃ


映画「島々清しゃ」を観ました。
内容紹介はネットでご覧ください。
名作「百円の恋」で、希代の名演を繰り広げた安藤サクラさんが、
都会からたまたま島にやってきたヴァイオリニスト。
音感が良すぎるために、周囲の音に耐えられず、
遮音ヘッドフォンを常時つけている少女と出会い、
なにが起こったか?

調べていませんが、
この二人を含むほんの数人だけがいわば本職のプロで、
他はかなり現地の沖縄の人々なのではないでしょうか?
そう思うほど、せりふ回しが稚拙。

ヴァイオリニストがいわば修行途中の子供たちを放り出して、
挨拶もなしに唐突に島を去るあたり、
どうも説明不足で、クライマックスの盛り上がりが今一つですが、
もともと深いせっぱ詰った理由から島に来た訳でもなさそうですから、
深い理由もなしに島を去るのも当然かも?
でも、そう感じさせるほど、主人公の人物設定が浅過ぎる感じ。

むしろ沖縄の小さな島の人々と風土が文句なしに清々しい。
その清浄の気に触れるだけで、
この映画の価値は十分ある、そんな感じがしました。
島の人たち、子供から老人に至るまで、
どこかが、なにかが違います。

私が少年時代を過ごした大和高田市の記憶がよみがえります。
そんな少年時代に私の周りに居た人たちよりも、
さらに心が澄んだ人たち、そんな感じがします。
風土と歴史が可能にしている、心の豊かさ、温かさ、なのかも。

そして、もう一つ印象的だったことは、
島の人たちが音楽に生きていること、
音楽が人生の隅々まで浸透していること。
生き甲斐なんてレベルではなく、
生きることそのものであること。

ヒロインのヴァイオリニストは島での体験を経てもなお、
とてもその域に達したとは思えません。
彼女が、知り合った人々に別れを告げずに、
ひっそりと島を立ち去ろうとしたのは、
彼女の敗北宣言だったのかもしれません。

翻って考えてみますと、
私にとって、写真も音楽もその域に達しているとは思えません。
沖縄の人たちは、生まれたときから、
土着の音楽に囲まれ、土着の音楽を呼吸できる、
このことが生きているのでしょうか?
沖縄の歴史を十分理解しているとは思いませんが、
私の知る限りでも、沖縄の人たちの歩んで来た苦難の歴史は、
沖縄の人たちは、音楽に生きることができたからこそ、
その苦難を耐え抜くことができたのかも知れませんね。

そのように考えると、大和の民ほどに、
音楽との距離が大きい民族は地球上少ないのかも知れません。
どの民族ももっと生き生きと音楽を生きています。
音楽は生きることに欠かせないファクターのようです。
誰でも歌い、誰でも踊り、誰でもなにかの楽器を演奏できます。
男も女もできます。
そうしなければ生きて行けないほどの切実さがどの民族にもあった、
ということかも知れません。

もっとも、日本でも平安朝まではそうだったのかも知れません。
詩歌管弦は平安貴族の基本的素養だったからです。
光源氏も踊りました。
平安朝の武士も詩歌をよくしました。
陸奥の勇将、阿部貞任に歌を良くした事績が、
2つも残されていることは有名ですね。
そして、民衆も歌と踊りに生きていたようです。

でも、鎌倉期以降、あまり風流な武人はいなかったようです。
辞世の句は残されていますが、
これはあらかじめ用意していたものです。
どんな状況で死を迎えるか予見不能です。
辞世の句を残せないような恥ずかしい事態は避けたいので、
余裕があればその場で作るけど、
無理なら、用意した句を詠いあげて死を飾る、
それが武士のわきまえだったわけです。

俳諧が武士階級に流行したことは事実ですが、
本物の域に達した人はわずか。
句会は、戦いに明け暮れ、明日をも知れぬ戦国の世に、
せめてひとときでも平安静穏のときを過ごしたい、
そう願った武将たちの安息の場だったようですが、
俳諧を生涯愛した武人はかなり少ないようです。
商人階級の音楽との距離もかなり武士たちに近かかったようです。
日本人の道徳観が音楽との距離を遠くして来たのかも知れません。

私と写真との距離も、
この戦国武将たちに似ている感じがします。
命を賭けるところまでは到底届いていません。
会社を出て、運転手に、
「うん、なんだな、今日は疲れたな、
よし、青坂に行こうか?
サナエにそう伝えてくれたまえ。
家には、会議が長引いているので、
今晩は帰れないかも知れない、
そう連絡しておいてくれたまえ」
そんな社長さんと似たスタンスかも知れませんね。

でも、そんな関係が50年間も続いてきたのですから、
私としては、写真を愛する点にかけては、
この社長さんより遙かにまさっている、
そう言わせてほしいですね。

こんな風にあれこれと考えて行きますと、
映画「島々清しゃ」の主人公は、
沖縄の風土、沖縄の音楽、沖縄に生きる人々なのだ、
そう考えた方が自然かな、そんな感じがしてきました。
日本にも、音楽を空気のように呼吸して生きる人たちがいる、
そう知ることができるのは嬉しいことですね。





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# by hologon158 | 2017-10-05 23:19 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

706.02 ホロゴン外傅212「2017年9月6日ゾンネタール50㎜F1.1S奈良町幻想」2 いわば反骨



すでによくお気づきのように、
私は、ちょっとまともでないようなものに、
強烈な志向を働かせる人間です。
これは子供の頃に付いてしまった性格、
もしくは、持って生まれた性格かも知れません。

小学生の頃は、相馬大作、赤穂浪士、山中鹿之助、
と言った、いわば反骨の士に強く牽かれました。
なにも意識して探したのではありません。
本が好きで、いろいろ読みあさりましたが、
知らない間に好みの人物が偏っていったようです。

学校でも、ボスにはならず、でも、ボスになびかず、
そんな立場にいつも立っていましたが、
誰からも圧力を受けず、いじめにも合わず、
もちろん、いじめもせず、
一生、暴力沙汰とも無縁で、目撃もせず、
平穏無事に自分のやりたいように生活してきました。

絶対に誰にも頭を下げないで済む、
そんな職業であった父の影響があったのでしょう。
結局、私も同じ道を歩み、世間で言う出世も求めず、
生涯、自分のやりたいように生きることができました。
こんなことを言えるのも、もしかすると、
日本中でも稀かも知れません。
私の職業の人間でも一生世渡りに苦労している人が
一杯いましたから。

おかげで、と言えそうですが、
私の生来の性格はたわむこともなく成長したようで、
今になっても、独立独歩の人間を好み、
人の上に立ちたがる人は無視して生きてきました。
私のロボグラフィの多くは、人に気がつかれずに、
片隅で、自分の存在を確固として保つ離れ者ばかり。
かなり欠点がありますが、その欠点がいとしい、
そんな風に感じさせる存在ばかり。
自画像のつもりでもないのですが。

優等生、社会の規範、押しも押されもしない指導者、
そんな輩は見飽きました。
そんな人間が一皮剥けば、常軌を逸したわがままで、
独りよがりな人間、家庭では横暴ということが多いようで、
どこかの首相や大臣、政治家たちに好例がぞろぞろ。

でも、自分の写真で一つ気にかかっていることがあります。
あまりにも写真たちがしっかり垂直水平すぎる。
これは、不正、悪を極度に憎む私の性格に、
しっかり根ざしていると言いたいところですが、
答えは簡単。
実は完全な自己訓練の結果に自縄自縛になっているだけ。

ホロゴンウルトラワイドという法外な超広角レンズと、
法外にホールディングしにくいカメラを使い続けて、
20年。
ノーファインダー、ブラインドで撮影するためには、
垂直水平を確保しないと、15㎜の画角がずっこけてしまう。
そのため、腰ダメでホールドして、水平垂直を出す訓練を、
ずっと続けてきたわけです。
そのために、デジタルカメラを使うようになっても、
自動的に水平垂直にホールドしてしまうからです。
とっさの縦位置スナップは例外として、
四角四面直立正座の写真ばかりなのですから、
やれやれ。




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# by hologon158 | 2017-10-05 11:30 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

706.01 ホロゴン外傅212「2017年9月6日ゾンネタール50㎜F1.1S奈良町幻想」1 素人芸


10月2日月曜日、
陳少林先生の揚琴伴奏レッスン。
前回の付虹先生のレッスンで、
12、3年ほども習ってきた末にようやく、
揚琴らしいスティック奏法を一部会得できたようです。

先生にこう尋ねたのです。
「トレモロをすると、手が疲れるのですが...?」
先生、
「それは手で叩いているからです。
手首を回すだけで、手首以外の体全部を脱力したら、
どんなに長い間演奏しても、ぜんぜん疲れません」

ああ、これまでなぜそれに気づかなかったんだろう?
実は、揚琴に向かわずに、中空でスティック奏法風に手を動かすと、
これまでも、ちゃんと手首を回していたのです。
揚琴の弦を叩くと、抵抗があるので、
手首を回す奏法を忘れて、弦を叩こうとしてしまっていた!

本日は、そんな会得をして最初の陳少林先生のレッスン。
最初に、二胡の名曲「良宵」
次に、中島みゆきさんの「糸」と、
北島三郎の「北国の春」
最後に、私の数少ない持ち曲の「陽関三畳」
弾き終わって、陳少林先生、
「完璧! これまでで一番良かった!」
歓喜の一瞬です。

その次の瞬間に、感激に浸る弟子が普通は言わない言葉、
「先生の二胡もすばらしい音でした」
頭の高い生徒ですね。
これまでの練習用二胡に換えて、
演奏用二胡を昨日初めて持って来られたのだそうです。
さすがに艶やかで心に沁みるサウンドでした。

私が付虹先生に揚琴を習っている目的は、
陳少林先生の二胡の揚琴伴奏をするため。
ちょっとずつ目標に近づいている感じがあって、
うれしいですね。

たいていのことが実はそうなのですが、
理想は、子供の頃から習い始めること。
楽器はその典型です。
ある音楽家ははっきりと言い切っています、
「楽器は子供の頃から始めないと、ものにはなりません。
大人になって初めても、プロには絶対なれません」
まさにその通りだと思います。

数年前、ある有名な二胡奏者のコンサート会場で、
休憩時間に聞こえて来た言葉を思い出します、
30代の男性でした、
数人の仲間の女性たちに向かって、
回りにも聞こえよがしに、こう豪語していました、
「ぼくは、いつか無伴奏で、二胡を即興で弾いて表現する、
そんな音楽を作りたいと思っているんですよ」

正直、笑ってしまいました、
「それって、無茶じゃない?
聞いた人が美しい、うん、分かる、と言えるような音楽に
なるわけがないんじゃない?」

私が陳少林先生の伴奏をしたいと思っていると言っても、
それは素人芸としての域でのこと。
しゃしゃり出ることなく、
聞こえるか聞こえないか、位が伴奏のベスト、
二胡の演奏をひっそりと脇で支えたい、それだけ。
そう考えているからです。

大オーケストラには、とんでもない名演奏家がいるのだそうです。
なぜソロ活動をしないのか?
ソロのコンサートでは上がってしまうからです。

私はその点だけははっきり似ています。
1人で揚琴を演奏すると、必ず上がりまくり、ミスだらけ。
ところが、陳少林先生の伴奏に回ると、ほとんどミスがなく、
第一、不思議なことに、全然上がりません。
陳少林先生の助手で日本人女性の二胡奏者の伴奏をしても、
本格的な二胡演奏家だから、上がりません。

素人の二胡奏者の伴奏に回ると、上がる。
妻の二胡の伴奏をすると、もう無茶苦茶。
これは素人だから、ではありません。
では、なぜ?
理由は明らか。
妻には内緒ですよ。
怖いから。






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