昨夜友人と電話で話しました。
その話題の一つが中国人の気迫についてでした。
私が揚琴伴奏を教えていただいている陳少林先生もこう言います、
「日本に来て10年、
女性の気はどんどんと高まっているのに、
男性の気はどんどんと弱くなっている」
私もそう思います。
気合いの入った感じと思っても、ただのわがままなだけ。
自営業者の二代目にそんな人が多いですね。
わがままいっぱいに育ったけど、人間の本質ができていないので、
無軌道に我を張っているだけ。
そんなものを「気合い」とは言いません。
気合いは、なにかをはじめ、継続し、貫徹する、
一本筋が通った意志の発現を言います。
自分のやるべきことを正しく見つけ、
実行に移し、辛抱強く実現に向けて行動し、
最後まで気を緩めない、そんな生き方。
中国では、なにかを募集すると、全国からどっと応募者が集まります。
常に、恐るべき狭き門。
上位0.1パーセントに入れるのはよほどの才能の持ち主だけ。
募集する側にとっては、選り取り見どりというわけです。
こうして手に入れた地位に安穏と居座ることができません。
日々、人をしのぐ努力を重ねて、上の地位を目指す、
そんな人だけが選抜されてゆきます。
それだけに、男性も女性も断固自分の立場を守る意志で生きています。
メールとゲームと漫画だけで大学時代を安穏と過ごす日本人が
太刀打ちできるわけがありません。
漫画ファンの方には失礼。
漫画の価値を認めないわけではありません。
私も少数ですが、若い頃、いくつか読みました。
でも、絵が伝える情報は見る側にとってかなり解読が容易で、
しかもその情報量は限定されています。
文字が伝える情報は解読困難だけれど、
ある場合には、その情報量は無限です。
哲学、宗教、史書、詩、小説、
それぞれに独特の語彙と概念を習得し、
苦労して読み解いていかなければなりません。
でも、時として、あなたの人生を決め、
人生を変え、生き方を改善してくれるかもしれません。
それだけの決意と気合いと持続力で、
真摯につきあっていかなければなりません。
でも、それだけでは足りません。
人生を重ねる間に、事態に真っ向から立ち向かい、
さまざまなクライシスを乗り切ってこそ、
生きる上の心構え、腹ができていきます。
一生、その道程は続きます。
途中でオールを漕ぐのをやめたら、
もうこれ位でいいだろうと思ったら、
その時点で人生は下り坂に突入し、
気合いは果てしなく減退してゆくでしょう。
飽食と情報過多と物資過多の日本では、
いわゆるハングリー精神を保つことは至難。
海外に向かって経済力を伸張していこうとしている、
中国政府と中国経済人たちの鋭鋒は、
すでに日本に向けられています。
日本の10倍の人口で、才能のある人間も10倍居る中国で、
しのぎを削る俊才たちに対等に対抗するためには、
彼らの勝る気合いと人間性が必要なのに、
それらを高める努力を誰がしているでしょうか?
日本の前途に暗く立ちこめる暗雲が見えるのは、
私の思い過ごしでしょうか?





タイの雑誌を撮ってみました。
美人たちが表紙を絢爛と飾っています。
中央には、シリキット王妃。
もちろん日本の美人とはまるで違います。
目が大きく鋭く、口も大きい。
迫力があります。
シリキット王妃は、前に出した等身大写真がそうでしたが、
真っ赤な口紅をしっかりと塗っておいでになります。
なぜこんなにくっきり大きく塗っておられるのでしょう?
まるでスイカにかぶりついた後みたい、なんて、
タイ人は誰も考えないのでしょう。
どうやら、赤は高貴の色のようですね。
でも、こんなに激しく塗らなくてもよいような?
どんなに高貴なお方であっても、
このお口で接近してこられたら、
思わず、たじたじっと退いてしまうような?
要するに、こんな風に感じるのは、
私がタイ人とは美の基準が違っているからでしょう。
少なくとも王様は、私のようには感じておられないのです。
タイの町には、金色、真紅、真っ黄色が氾濫しています。
この華麗な原色の世界では、
真っ赤な口紅は相対的にそんなに派手すぎるわけじゃない、
ということなのでしょう。
私のバンコクシリーズも同様に華麗な多色系。
いつもの薄汚れた暗色系とはかなり違います。
ホロゴンも、トイレンズ仕様という感じですね。
今朝は皆既日蝕だったようですね。
(ニュースをまるで見ていない)
お気に入りブログを回ると、
幾人もの方がすでに記事を出しているではありませんか?
pretty-bacchusさんが金環食の写真を出しておいでになりました。
Nikon AF-S DX NIKKOR 55-300mmで撮られたそうですが、
こんな素晴らしい写真を東京に居ながら撮れるのですから、
凄い時代になりました。
それでは、私はどうしたか?
寝ていました。
午前8時すぎ起床。
空も仰がず。
そんな人間なのです。
オリンピックになっても、ほとんど見ません。
もちろんお祭りというお祭り、まるで関心がない。
人が沢山集まってなにかをしているところに行く、
これがまず嫌い。
人がみんなやることをやる、
これも嫌い。
自分のやりたいことだけやって、
のほほんと時代遅れになっている、
そんな人間なのです。
それで平気。
そんな人間でないと、ロボグラフィは撮れませんね。
端から見ると、バカみたいですからね。
以前、新石切駅近くの交差点で信号待ちをしているとき、
目の前の車道におもしろい紋様を見つけました。
車もないので、思わず、いきなり飛びこみ自殺型撮影法。
反対側で待っていた人たちがびっくりしたようでした。
でも、平気。
こんな人間でないと、ロボグラフィは撮れません。
第1、撮っても、なんにもならない。
ほんの一握りの例外(この人たちもちょっと変)以外は喜ばないから、
外部に発表する価値もない。
それでも撮る。
こんな人間でないと、ロボグラフィは撮れません。
なんだか完全な「偏屈人間」みたいですね。
というより、完全に偏屈。
それで平気。
こういうのを、末期症状というのでしょうか?



バンコクでは、他の諸都市と同様、
路上レストランで火のよく通ったものは頂きますが、
屋台店で頂くのは控えています。
一人旅なので、アジアの都市でお腹を壊したら、目も当てられません。
お陰様で、食中毒を含めて、お腹を壊したことはありません。
カトマンズで風邪熱が出たことがありました。
冬の寒い日に、暖房もないホテルだったからです。
毛布を数枚もらって、上下にびっしり敷き詰めて、
あたたかくして寝たら、翌朝治っていました。
身体のつくりは華奢ですが、根が健康なようです。
お陰様でついに大病もせず、これまで元気よく過ごしてきました。
不眠、便秘とは無縁。
幸運なのです。
世界中どこにでも屋台はあるようですが、
誤解を恐れずに書きますと、
屋台の数は国家経済の豊かさに反比例するようです。
日本でも、昔は各種の屋台が各種あちらこちらに出たものです。
昔、尼崎を通過中の電車の窓からの見慣れた光景。
線路際の道路に、うどんの屋台車が十数台並んでいました。
こうなると、一種の企業ですね。
組の資金源の1つと聞いたこともあります。
小学生の頃、大和高田市に住んでいましたが、
おでん、わらび餅、納豆、ポン菓子など、
さまざまな種類の行商屋台が通ったものです。
不思議なのは納豆。
納豆は本来は関西では昔食べなかったのです。
それなのに、大和高田にはあった。
もしかすると、日本紡績の町だったので、
関東からも転勤者がかなり居たのでしょうか?
母は、食あたりを怖れて、一切買い食いを許してくれませんでした。
唯一の例外はポン菓子。
声が聞こえると、母から1合お米を貰って走ったものでした。
私は、買い食いできなくても、好奇心一杯で、
声が聞こえると、どんなものでも走ったものでした。
何でも見ておくものですね。
後年、役に立ったものがあります。
わらび餅。
小さな金網に円くちぎったわらび餅を載せて、
容器に入ったきな粉をまぶし、素早く振りますと、
うっすらきな粉のついたわらび餅はとてもおいしそうでした。
約20年前から、我が家に猫の子どもたちができて、
毎日CTスキャン(キャッツトイレ掃除)をするのが私の役目。
我が家は「ウッディキコ」という木の細かいチップがトイレ。
水分はただちに吸収されて固まりとなり、
固形物もチップの山の中に埋もれ、匂いを封殺してくれます。
しかも、木なので、燃えるゴミに出すことができます。
この固まったチップや固形物を取り出すとき、
粗い目の網を使うのです。
このとき、少年時代にたたき込んだわらび餅ノウハウが生きました。
素早く網を振って、乾いたチップを払い落とし、
固形物だけを残して、捨てるのです。
20年もやっていますと、かなり熟練しました。
ホロゴンウルトラワイドが来るより、4年前からなのですから、
ホロゴンで写真を撮るよりも、
CTスキャンの方がずっと巧いのです。
どんなに手際がよいか、一度、ごらん頂きたいものですね。
ほんとはホロゴンブログをするよりも
CTスキャンブログの方がふさわしいのかも知れませんね....




スキャン未了のフィルムを数えてみました。
24本あります。
幸い今日は執務休業日。
どんどんスキャンしましょう。
土曜日、DAさんと2人でスキャンについて対話しました。
DAさん、
「今使っているフィルムスキャナー、壊れたら、
もうフィルムスキャナーは手に入らないでしょうね」
私、
「そのときはフラットスキャナーで我慢しましょう。
なんとかなりますよ」
2人ともニコンを使っています。
フレックスタイトのドラムスキャナーを手に入れるチャンスがありましたが、
あまりにも大げさすぎる上、本質的にポジ用らしく、
1枚ずつカットされたネガを読み取る方式。
私のように1回何百枚も撮る人間には本質的に向いていません。
あらゆるファクターを考慮しても、
ニコンCoolScan9000EDは最高です。
できれば、死ぬまで保って欲しいものです。
スキャンをしながら、いつもかたく決意します、
「最高のものだけをスキャンしよう!」
でも、この決意の裏には、悪しき作品主義の残滓がちらほら見えます。
ロボグラフィの楽しさ、良さはこうした選択をしないところにあります。
ロボグラフィに貴賎上下の区別なし!
ロボグラフィ民主主義なのです。
つまり、日本国憲法の精神にしっかり則っているわけです。
ちなみに、日本国憲法はもうほとんど忘れ去られようとしていますね。
自民党も民主党も「戦争放棄」の気高い精神などきれいさっぱり捨てて、
軍事活動に制約なしと言わんばかり。
民主主義もきれいさっぱり捨てて、選挙区の不平等解消など知らんぷり。
現代の政治は、ずばり、
衆愚政治。
愚かな政治家が愚かな大衆をマスコミ、マニフェストで煽動し操作。
この状態で、衆議院を解散したりしたら、
民主党という素人集団に国政を委ねた結果どうなったか、
などという反省はそっちのけで、
どこかの市長率いるど素人集団に浮動票が流れ、
民主党に輪を掛けた素人集団が国会に乱入して、
離合集散茶番劇を繰り広げ、
衆愚政治はさらに混迷を極めることになりそうです。
その点、ロボグラフィ民主主義は、
正直言って、駄作ばかりですから、衆愚ならぬ、衆駄政治ですが、
私が一人静かに愛でるだけ、
誰にも迷惑をかけませんね。
これもまた、ひとつの理想郷。
おっと、スキャン終了。
12枚スキャンして、ぼけぼけ(空シャッター)1枚以外全部保存。
これじゃ、時間がかかります。






ライカM9を修理のため送り出した後、
ライカM3を取り出してみました。
近ごろ愛用のパンタッカー50mmF2.3を装着。
何と言うことでしょうか?
その美しさに絶句。
アルティザン&アーティストの見事なレザーケースに包まれた、
ほとんど疵ひとつない、構造美溢れるボディは、
これ以上ない位に引き締まって、輝いています。
引っかかりがあって、どこか弱々しいライカM9のシャッターと違い、
ライカM3のシャッターは静かで深沈なる作動に強靱さを秘めています。
ファインダーをのぞくと、その視界のあまりの明晰さに、
改めて驚嘆させられます。
さっそく、ライカM9に付けていた、マグニファイヤーをセット。
親友のAKさんからお借りしているものなので、
スコッチテープを二重に巻いて、頑丈に固定。
ファインダーをのぞいて、ニンマリ。
50㎜の枠がライカM3のファインダー全体に拡大して、
ピント合わせはさらに確実性を増しています。
巻き上げも堅実そのものです。
2回巻き上げが人気のようです。
小さく2度しゃくり上げるようにして巻き上げる。
でも、私は好きではありません。
速写性には劣るかも知れませんが、
ライカMボディの魅力は、1にシャッター、2に巻き上げ。
なんとも言えない心地よさをじっくり楽しみつつ、
そして、今撮った写真を反芻しつつ巻き上げる、
ここにこそ、ライカの魅力があるのですから。
ライカM9は、故障次第ではドイツ本国に送る可能性もあるそうです。
当分、銀塩ライカに戻って、じっくりと撮ることにしましょう。
まだ200本ばかり銀塩フィルムのストックが残っています。
3分の2は感度400で、ホロゴン用。
残りは感度100で、トポゴン25mm f4のような銀塩専用レンズ用。
パンタッカー50mmF2.3やエンラージングアナスティグマート50mF3.5、
こんな愛用レンズたちが銀塩フィルムでどんな風に描写してくれるか?
楽しみになってきました。
ライカM3と同じくらい、輝かしく毅然たるたたずまいのカメラ、
プロミネントⅡ大窓も、ノクトン50mmF1.5を付けて、
私に目配せしています、
「待ってました!
私もがんばりますよ!」
2本のホロゴンももちろん色めき立っています、
「ぼくたちがいるじゃないか!
もっと使って!
また新しい顔を見せてあげるよ。
きっと、びっくりするよ!」
なにしろ日本一立ち直りの速い男と言われている私です。
災難がチャンスとなって、素敵な可能性がわっと開けました。

さて、バンコク編後半の第二部です。
いきなり、「首!」
というのも、なんですが、
いきなり、「足!」よりはいいでしょう。
この首、路上レストランのデコレーション。
なぜこれがデコレーションになるか?
まるで見当がつきませんね。
所変われば品変わる。
このよい例を思い出しました。
妻は、以前、九州出身の女性から聴いた言葉を覚えています。
「わたしは、男性が買い物をしている姿を見るのが
耐えられません」
たった一例で言うのもどうかと思いますが、
どうやら、九州人は亭主関白がお好きなようです。
私の両親も、妻の両親も亭主関白でした。
私も、そんな環境に育って、
自分が家事をするなど思っても見ませんでした。
妻は、亭主関白の家に育ったのだから、
順調に素直に育ったら、亭主関白容認派になっていたはず。
ところが、彼女はまるで違いました。
家庭では完全に平等分担主義。
まだ就職一年目の頃、
上司からこう忠告されました、
「妻との関係は七三でなけりゃいけませんよ」
私、喜んで、
「そのとおりですね。
ただし、私の場合、妻が七ですが.....」
このことがあって以来でしょうか?
この上司とはあまりうまく行かなかったと記憶しています。
お陰様で、私は家事のすべてを自由自在にできる人間に。
でも、こういう人間、こういう家庭は間違っている、
そうお考えの向きも多いでしょう。
よく言われてきました、
私は男性の敵である、と。
すべて、所変われば品変わる、ですね。
写真も同じ。
私は特殊な写真趣味をもっているようです。
ということは、私が好きな写真が好きな人間は少ない。
当然ですね。
そして、私もあなたも、誰であれ、
自分の理解できない写真を好きになる理由はない。
これも当然ですね。
ということで、この写真を先頭にもってくるのは、
意味があるわけです。
こんな写真が嫌いな人は、このブログとは縁がない、
そう気づいていただくと、時間の節約になりますから。
今回がバンコク編前半の終了です。
えっ、まだ続くの?
そんなに、大まじめにうんざり顔を作らないでくださいね。
残りはたった47枚ですから。
私も好い加減飽きてきました。
寅さんシリーズは別として、
シリーズをあんまり長く続けるものではありませんね。
前半の掉尾を飾るのは、祠4景。
もう至るところにあります。
それほどまでに、願い事が多い国民性なのでしょうか?
そして、満艦飾。
つまり、タイの神様、かなり律儀に、
庶民の皆さんの願い事をかなえてあげるらしいですね。








今回の写真、4枚並べて、なにか見えてきますか?
見えてきませんね。
あたりまえですね。
コンセプトもなしに、ただ撮っているだけなので、
見る側にしてみれば、なんのことはない、
無縁の写真がただ行列していくだけでしょう。
なにも感じないのは、あなたの責任ではありません。
もちろん私の責任でもありません。
感じて欲しいと思って、撮っていない。
感じて欲しいと思って、ブログに掲載していないのですから。
私の旅の思い出をストックしているだけ。
なにか感じて欲しい写真ブログではありません。
無理に見に来ることのない写真ストックブログなのですから。
このことは繰り返し繰り返し特記しておきます。
昨日、ライカM9が動かなくなり、
今朝、マックを開くと、デジタル写真の倉庫にしている、
2テラのハードディスクを認識できない。
一瞬、「負の連鎖」が始まったか?
でも、こういうのをマイナス思考と言いますね。
ただちに、カードディスクGinta(長男(猫ですが)の名前です)の
コネクターを抜き出して、丁寧に差し込みました。
すると、ちゃんと読み込んでくれました。
マイナスの出来事もときにはあれこれと続いて起こります。
だからと言って、
ああ、近ごろ、運が悪い方向に進んでいる!
なんて考えるのはよしましょう。
そう考えるべき合理的根拠もないのに、
悪い方向になにかを信じる、これはよくない思考方法ですね。
驚くべきビデオを昨夜見ました。
まだ韓国テレビの「1泊2日」です。
番組のリーダー、韓国相撲のもと横綱、
「天下壮士」の称号をもつカン・ホドンが、
海兵隊の猛者6人と休みなく連続対戦しします。
自分よりも20歳は若い現役ばりばりの戦士。
対するカン・ホドンは引退してから20年、
20年運動らしい運動もしてこなかったのだそうです。
それなのに、最後の最強のメンバーが、
一度、カン・ホドンを一瞬つり上げただけ。
巌のような体格の豪の者たちを
ほとんど苦もなくねじ伏せてしまいます。
対戦相手の兵士は、
「巨大な猪に突然襲われたような感じ」
まったく不思議です。
やらせでしょうか?
そんなはずはありませんね。
韓国海兵隊兵士がわざと負けるはずがありません。
ベトナム戦争以来轟く戦闘部隊の勇名にキズを付けてしまう。
考えられる可能性は、
カン・ホドンが、現役時代、超絶的に強い横綱だったので、
あらゆる格闘技をたたき込まれた海兵隊兵士と言えども、
韓国相撲シルムの技にかけては、まるで太刀打ちできないほど長けている。
いわば「自分の土俵」で戦ったから、ということでしょうか?
さまざまの技に通じ、
相手の力量、精神状態、しかけも全部分かり、
どんな攻撃にも対応できるだけの経験を積んでいる。
しかも、「1泊2日」を観ていてわかります。
どんな状況もしっかり把握して、
実に適確かつ独創的な言葉でリードしていきます。
番組の司会者、進行役としても大活躍。
疲れを知らない体力、精神力と知恵がなければできません。
だから、力で立ち向かってきても、
技と知恵と精神力でしっかり対抗できたということなのでしょう。
本当のプロって、こんなものなのでしょうね。



本日は大阪鶴橋、瓢箪山から平岡ルートを歩いてきました。
久しぶりに相棒のDAさんと一緒です。
彼は伝家の宝刀のエルマリート28mmF2.8付きライカM6。
私はたった1台、ライカM9。
レンズは2本。
パンタッカー50mmF2.3
タンバール90mmF2.2
近鉄鶴橋駅から御幸通りまで往復した後、
近鉄電車で瓢箪山駅まで移動し、
近鉄線の南側路地を平岡駅まで歩きました。
昼食は、なんと公園でみすぼらしく、
DAさんの提案で、酒店で缶麦酒を購入し、
屋台店でカルビと海苔巻きを調達したのです。
こんな食べ方が一番おいしいですね。
ということで、「みすぼらしく」は誤植。
ほんとうは、素晴らしく、でした。
本日の収穫は、
パンタッカー50mmF2.3が416枚、
タンバールが172枚、
合計588枚、銀塩フィルム換算16.3本。
1000枚を目標にしていたのに、たったの588枚?
実は、平岡駅の1キロほど手前で、
ライカM9のシャッターが突如故障!
液晶画面に表示
「注意 シャッター異常」
嗚呼、無情!
やはり2台態勢にすべきでした。



長女の家に、孫の面倒を看るために行った際、
いつも見せてもらう番組があります。
韓国KBSテレビの看板番組。
1泊2日
視聴率は40パーセントを超えるそうです。
まったくテレビを観ない人間ですが、
そして、この番組はとてもたわいのない番組なのですが、
とても面白い。
なぜか?
行動が日本人とまるで違うのです。
全身全霊全力投球、
他人の目など気にしない、
様子ぶらない、
期待された人間像など無視。
スターらしさなどそっちのけ。
たとえば、我がいとしのチェ・ジウが出演した、
1N2D テント泊 3-1日本語字幕.
(http://www.youtube.com/watch?v=wPNZ0Uz6JOE&feature=related)
本来は男性常連6人だけの番組ですが、
これに女性スターたち6人が加わっての特別番組。
お暇でしたら、ご覧になってください。
3-1から3-4まであります。
(「1N2D テント泊 3-」で検索できます)
全員が気合い十分。
この気合い、エネルギー感の高さが実に圧倒的。
かなり日本人の方は、この気合いに息が詰まるのでは?
とくに番組の看板的存在のカン・ホドン。
韓国相撲の横綱出身のコメディアンだそうですが、
類例がないほどに、気力横溢、爆発的エネルギーの持ち主。
この人を見るだけでも、この番組、価値があります。
私は、ホドンを初めとして、彼らの真剣さに心から惚れ込みます。
私自身、自分の大好きなことになると、
彼らと同じように行動するからです。
韓流ドラマに熱中するのも、
人間たちの温度がとても高いから。



なんでも身体で覚えるということを前回書きましたが、
揚琴も体で覚えます。
私の反復ははんぱじゃないので、
気がついたら、楽譜を暗譜しているのと同様の状態になります。
そこまで繰り返す手間はかなりのものですが、
必ずそうなるとわかっているので、楽。
砂漠で、足が自然にオアシスに向く旅人は気楽です。
なにも考えずに歩けばよいのだから、不安になることがない。
私もそうです。
なんでも反復すれば、なんとかなる、
そうわかっているから、気楽に反復できます。
月曜日、付虹先生のレッスンの機会にお会いした方が、
私のレッスンを別室で聞いて、
「あれ、全部暗記してるんですね。
そうでないと弾けない。
私なんか、2小節無理して暗記しても、
次の日には忘れている」
私も同じです。
暗譜しようとすると、記憶できません。
頭で覚えようとしても、反復し続けないと忘れるのですから、当然です。
でも、靴のひもを結んだり、トイレの水を流したりは無意識にできる。
体が覚えているからです。
結局、たいていのことでは、
反復して身体に覚えさせる方式はかなり有効なのです。
問題は、反復すること。
楽器を始めても、大抵の方はあまり練習しないようです。
すると、当然ですが、次回までに課題をマスターできません。
こうなると、上達することなど、まるで期待できません。
上達しないと、たいてい、早晩やめてしまいます。
やめるとき、どなたも「努力が足りなかった」など考えません。
「先生がよくなかった」
「つまらない楽器だった」等々。
でも、本当の原因を自覚しない限り、
次になにかをしても、やっぱり続かないでしょう。
たいていの場合、継続することが第一の条件。
でも、継続するためにはモチベーションが必要です。
モチベーションを維持するためには、上達が必要。
上達するためには、継続することが必要。
つまり、継続、モチベーション、上達は三幅対。





都市滞在型の旅行をしますと、
最初は地図をいちいち参照し、コンパスで方位を確認して、
あちこちと移動するのですが、
こんな風に毎日歩き回っていますと、
数日で突然地図とコンパスがいらなくなります。
足が覚えるようです。
頭脳優先型の人なら、
しっかりポイントや経路を頭にたたき込んでゆくのでしょう。
私は万事徹底的な反復学習型。
頭は最小限しか使わないで、体に覚え込ませる方式。
やや難しい国家試験を受けたことがありますが、
これも試験パス用のノウハウなど勉強せず、
細かいところにこだわらず、
必要な参考書を片端から何度も何度も読んでゆきました。
のべつまくなしに読んでいるので退屈します。
だから、自分の大好きな本を読んで、
「いや、こうしてはいられない、がんばらなくちゃ」という気になったら、
試験勉強に戻るというサイクル。
おかげで、たくさん本を読むことができました。
一日12時間机に向かってこのサイクルを反復していたのですから、
かなり辛抱強い人間なのでしょう。
バンコクでも、ふと気づくと、自分がどこにいるか、わかっていました。
こうなると、しめたものです。
お気に入りの路地から路地を見回りながら、
行きつけのバー、レストランで休憩したり食事したり。
だからと言って、よい写真を撮るチャンスが増えるわけではありません。
ロボグラフィはあくまでも出会いです。
コンセプトに沿ったターゲットを探す写真家とは違います。
場所をよく知ったから、すてきなロボグラフィに出会うチャンスが増える、
というような相関関係はありません。
むしろ未知の場所で不意に出会い頭に衝突する方が多いかもしれません。
私の写真は、こんな事情があるので、
完全な偶然の賜物。

海舟語録(講談社学術文庫)、面白いですね。
明治維新の影の立役者勝海舟が自由な座談を楽しんでいます。
大久保彦左衛門の逸話がとてもいいですね。
家光公がおそらく江戸城の上から眺めたのです。
すると、武士たちがなんと日傘を差して通行しています。
なんと軟弱になったものだと慨嘆していると、
12、3人ほどの侍たちが主従が分からないようして、
通り過ぎたそうです。
望遠鏡で調べてみたら、彦左衛門だったので、
将軍は大層喜ばれたということです。
すでに徳川の世が固まっているのに、
なお有事のことを忘れない、
生涯家康公のために奮闘した、根っからの戦士。
戦に明け暮れた時代を忘れることができなかたったのでしょう。
ウィキペディアによれば、
自分の出世を顧みず、
常に多くの浪人たちを養ってその就職活動に奔走していたとのこと。
このとき連れていたのもそんな食客たちなのかもしれません。
平素から油断のない振る舞いを自ら実行して、食客たちに、
武士としての振るまい、心構えを教えていたのしょうか?
彦左衛門の書いた「三河物語」は岩波書店の日本思想体系に見つかります。
いつか読みたいと書棚に並べています。
そろそろ読みどきかも知れません。
それにしても、戦国時代を経験してきたはずの武士たちが、
日焼けを気にしたとはねえ。
あっという間に軟弱化してしまったのでしょうか?
そう、おそらく、あっという間に。
心身を鍛えるためには、幾年もかかるのに、
心身をぐーたら化するためには3日もあれば十分。
今、韓流ドラマ「花より男子ダンゴ」を観ています。
これが4度目。
韓国随一の財閥、神話グループが、
英才教育のために作った私立学校が舞台。
神話グループをはじめとする韓国トップの名家の息子たち4人は、
Flower4、つまりF4として、学校に君臨しています。
その四人組の姿を見ていて、
あれっ、最近別のF4を観たことを思い出しました。
No.321.10の祭列の先頭を飾った美女4人組。
容貌、容姿、立ち居振る舞い、眼差し、すっべてがドラマのF4とそっくり。
まるでその他大勢さんと違います。
昔、大分県の有名な猿山高崎山で見たボス猿を思い出しました。
大きさ、毛並みが子分たちとはまるで違うのです。
この3組の共通点はなにか?
リーダーであることの自覚、矜持、誇りではないでしょうか?
誰かに押さえつけられるということがないので、
個性を全開できます。
ジェーン・グドールさんをはじめとする動物学者たちが、
アフリカのチンパンジー、ゴリラを研究した本が何冊か出ています。
写真を見ることができ、テレビのドキュメンタリーにもなりました。
アフリカの棲息地のチンパンジー、ゴリラは、
動物園でお目にかかるチンパンジー、ゴリラとまるで違っていました。
ふさふさの毛は電流を発するかのようにパリパリと生き生きしていて、
がっしりして巨大な体躯で、振る舞いも堂々としています。
各界のF4たちって、まさにそれです。
全身が叫んでいます、
「我々は自由なんだ!」
動物園の同族たちは、完全な拘禁性ノイローゼの患者たちなのです。
人間もまた、刑務所、収容所に収容されると、心身が萎縮してしまいます。
顔色がグレーに傾き、無表情になり、
なにごとにも関心を示さず、動作も鈍ります。
感情が激することがなく、笑いません。
心身能力の大半を失ったような状態。
あなたがそうだとしましょう。
そんな希望のない状態にうちひしがれてきたあなた、
なぜか突然釈放され、刑務所から外に一歩踏み出します。
そこに待っていたのは、長年恋いこがれて尽くしに尽くしてきたのに、
ついに振りむいてくれなかった魂の恋人。
あなたにひしとしがみついて、
「許して! こんなことになるまで気が付かなかった。
ほんとはあなたを愛していた!
これからももう離れないわ!」
あなたはどんな状態になるでしょう?
一瞬の間に、不幸のどん底から幸福の絶頂にまっしぐら駆け上り、
恍惚となり、エネルギーが全身にみなぎり、
ゴム鞠のように飛び跳ねるでしょう!
「カッコーの巣の上で」という名画、ご覧になったでしょうか?
映画史上トップクラスのラストシーン。
なにも言いません。
もしまだなら、是非、ご覧になってください。
ご覧になったら、お分かりになります、
自由ってどんなことか?






タイのシリキット王妃は1932年生まれ。
若くして来日されたときは、その美しさで日本国民を魅了しました。
すでに80歳になろうというのですから、時間の経つのも速いものです。
2002年に私がバンコクに滞在したときには、すでに70歳なのですから、
今回の写真はかなり昔の姿。
でも、堂々たる威厳ですね。
何の脈絡もなく思うのですが、
正田美智子さんの皇太子妃結婚式だ、
東京オリンピックだ、
タイの王と王妃の来日だ、
などという華やかな行事がさまざまに展開した時代、
日本経済が勃興し、国民の生活がさまざまに好転した時代は、
世紀が変わって、がらりと暗転してしまい、
暗いこと、悲惨なこと、よこしまなこと、
希望のないことばかりが起こる時代に、そして、
世界全体に行き渡らない富を諸国が奪い合う時代になってしまいました。
なぜそんな時代に、未曾有の自然災害がこんなに多発するのでしょうか?
人間の自然破壊がこうした天災の引き金となっているのでしょうか?
それとも、神の怒り?



実は、このバンコク滞在の旅、大失敗をしてしまいました。
赤道近くの国なのだから、光に溢れているだろう、
ASA感度は100でよいだろうと踏んで、
たしかプロビア100だったと思います、
感度100のフィルムだけ100本ばかり持参したと記憶しています。
私は器用な男で、約2週間の夏の旅では、
持参したフィルムを全部使いきって帰るのが通例でした。
このときももちろん、最終日に最後の1本を使いきって帰国したはず。
ところが、B4の大型ライトボックスに並べて、
ピークの大型ルーペ(周辺まで無収差のすぐれもの)で眺めて、
しまったあ!
ほとんど手ぶれ、被写体ぶれで使いものにならない!
EV値が15のピーカンで、ホロゴン15mmF8なら500分の1です。
ところが、ホロゴンは2段ほどプラスに撮らないと、
私の望みの色にならない。
つまり、125分の1がピーカン。
EV値が12なら、15分の1秒で切らなければならない。
明敏なあなたなら、もうおわかりでしょう。
路地やテント地が上に張り巡らされたマーケットに入ると、
EV値はあっと言う間に8、9に。
EV値が9なら、2分の1秒で切らなければならない。
私は、EV値が10以下になると、明るさなど無視して、
ホロゴンウルトラワイドの手持ち限界8分の1秒か15分の1秒で撮ります。
ところが、近接で15分の1秒以下で撮ると、
手の方がぶれなくても、被写体は動いていますから、
完全にぶれぶれになってしまいます。
群像を撮るのに、いつも主人公だけをながし撮りするなんて、変です。
だから、失敗。
ほとんどの写真、捨ててしまいました。
フィルム100本で3600枚なのですから、今残っている220枚は、
この大量虐殺事件のわずかなわずかな生き残りというわけです。
だから、全部いとおしい。
「写真は引き算」
写真家林忠彦の言葉だったように記憶しています。
でも、誰もがそう考えてきました。
写真を撮るときには、画面を整理して、見る人に誤解のないように、
明快で主張のはっきり読める作品を作る。
写真を発表するときは、最高のものを選抜する。
こんなことは初歩中の初歩の心構えでした。
私も十数年前、ポジからネガに移行する前は、そう考えてきました。
だから、何千本撮ったのに、ほんの一握りしか残っていません。
思い返してみると、私は写真を始めてから終始一貫して、
ロボグラフィを撮ってきました。
でも、ロボグラフィは写真作品にはなりません。
その論理的帰結として、ロボグラフィはほとんど廃棄処分。
撮りたいから撮るけど、
自ら写真作品にはならないことを認めてきたわけです。
今から考えると、考えの足りないことをしたものです。
ロボグラフィに心を奪われ、写真を公表する機会もなくなり、
ブログに専心するようになると、
写真はすべて大切、なにもかもブログに掲載したい、
そんな風に変わりました。
写真の撮り方も、引き算から足し算に変わりました。
ホロゴンで撮るときは、目の前全部を撮ります。
他のレンズも画面整理は完全に捨てました。
中心だけ見て、撮りたいと思ったら、周辺などお構いなし。
こうして撮れた写真は、写真的価値などそっちのけ。
全部、我がものとして引き受けてしまいます。
そして、ブログにバンバン掲載します。
今も、バンコクの旅行写真を無差別絨毯爆撃風に掲載しています。
どんなすぐれたブロガーも、
写真は厳選してお出しになっています。
私のようにほとんど全部出すという方針の方に巡り会ったことがありません。
もしそんな方のブログを見つけたら、
きっと早々に退散するでしょう。
毎日いくつもいくつも大量に写真と文章を繰り出してくるなんて、
とてもつきあいきれるものじゃない。
見ただけで、うんざりしてしまうでしょう。
私が自分のブログにうんざりしないのは、
私は自分の写真たちが無差別に大好きという事情もありますが、
過去の記事をさかのぼって見たりしないから。
マックのCRT画面上は今の記事しか見えない。
だから、うんざりしない。
この一事を考えただけでも、
このブログにアクセスする方がほとんどないのも当たり前。
ご心配ありませんよ。
この方針は将来もずっと継続することにしていますから。
こんなブログの作り方にご不満の方は、
けっして無理しておいでになることのないように、お願いします。
そのことで心身に不調を来されたりしても、
当方は一切賠償に応じませんので、
ご自分が浮かばれませんので、よろしく。











托鉢の僧侶たちの写真3枚。
1枚目は、かなり面白い光景なのです。
休息している僧侶が、なにやら菓子をビニール袋からつまみ出し、
素知らぬ顔で、野良犬に上げているのです。
施しを受ける身で、畜生道に落ちた犬に施しをする、
これはあまり良いことではないのでしょうか?
そして、私は、この僧侶からほとんど1メートル以内に、
こちらも素知らぬ顔で立って、
ホロゴンだけを向けて、そっと1枚だけいただきました。
もちろんわんこちゃんも素知らぬ顔でお菓子を頂きます。
みんな揃って、素知らぬ顔。




バンコクには辻々に祠があります。
沢山のお供えで埋まっている祠もあれば、
まるで閑散として淋しい祠もあります。
その理由が実に現金です。
日本では、なにか祈願したいときは、
お金を先払いしなければなりませんね。
なぜでしょうか?
地獄の沙汰も金次第と言いますが、
神様の沙汰も金次第なのでしょうか?
本当はそうではないでしょう。
神様はお金など求めていませんね。
神様には必要のないものなのだから。
求めているのは神官さんたち。
後払いだと、大願成就しても、お礼など持参しないかもしれない、
そう疑っているのかもしれません。
面白いことに、タイでは、祈願は後払いなのです。
大願成就の暁に、お礼としてお供え物を持参するのです。
ですから、お供えで埋められている祠は効験あらたかなのです。
おそらく、お祈りをしてかなえられたのに、
お礼を持参しないと、バチがあたるという言い伝えがあるのです。
それに、どうやらお礼は祈願者の選択に任せられているようです。
だから、真心をこめさえすれば、ささやかなもので結構。
だから、タイでは、神様の沙汰は金次第ではないのですから、
祈りはとても純粋のようですね。
いくつも祠を通りかかりましたが、
祈願者のほとんどは女性でした。
ターゲットはたいてい男性ということになりそうです。
でも、男性の方、安心してはいけません。
「あの人と別れない」という切実な祈りだってあるでしょうから。
今日は、外出時、スーパーシックス25mmF1.9を持ち出しました。
オリンパスE-PL1を落とした怪我の功名で、
なぜかはずれなかったフードがはずれました。
ソニーNex-5Aに付けると、最短が1.5m近くに遠のきますが、
ほとんどけられずに、フルフレームで撮れます。
スーパーシックスを37.5mmで撮れるのは魅力的です。
でも、あれこれ忙しくて、収穫はたった30枚。
ユニバーサルシティで撮った写真をそっくり掲載することにしました。
最初と最後の2枚は、
レンズを最短に合わせて、ノーファインダーで撮っています。
このレンズセットもミニホロゴンとして使えそうです。












今日は3週間ぶりの揚琴レッスン。
猛烈にうれしいことがありました。
揚琴の師匠、付虹先生に永住許可が下りた!
もし私のブログ記事を以前から読んでいる方がおられたら、
気が付かれたかもしれません、
数ヶ月前から、付虹先生の名前が消え、
揚琴の記事もかなり減少したことを。
付虹先生が半年前永住許可の申請をされた際、
プロ活動は許可に差し支えるかも知れないというアドバイスを受けたのです。
揚琴を教えることも含めて、
なんらかのプロ活動をすることが障害になるかどうかは、
審査側の自由裁量です。
でも、用心するに越したことはありません。
ブログ内で「付虹先生」を検索して見つかった70ばかりの記事を
全部削除してしまいました。
本文中に名前があるだけで、
グーグル検索をすると、ヒットしてしまうからです。
私のブログでおそらく一番登場頻度の高かった名前。
私にとっては大切な記録です。
それを消去してしまうのは、あまりにも惜しい!
でも、永住許可審査期間の半年をクリアできたら、
後は自由に書けるのです。
私の人生にとって、
付虹先生が永住許可を取ることは最大の重要事項の一つです!
一生教えていただくつもりなのですから。
そう考えて、惜しみなく削除しました。
先生も活動を控えてこられました。
ふつう、当局からいろいろと資料の補充等のコンタクトがあるそうです。
それがなにもないままに、半年が過ぎ、
いきなり許可が下りました。
要するに、完璧な申請と優良な生活で文句なしだったわけです。
今から考えてみますと、すでにさまざまのプロ活動を行ってこられて、
インターネットを検索したら、
コンサートやディナーショーなどの記事がいくつもヒットするのですが、
こんな活動はどうやら許可の障害にならなかったようです。
よかった!
先生も元気いっぱい、
「これからホームページも作ります!」
これまで何度もコンサート等で演奏に接し、
おそらく何百回も先生のCDを聴いてきて、
しなやかで優雅で繊細な表情に溢れた先生の演奏は誰にも負けません。
これからはどんどんと演奏活動をしていただきたいものです。
レッスンは「歓楽的新彊」
急緩急、ウィグル特有のリズミックで爽快な音楽です、本来は。
私が弾くと、鉄火場のやっつけ仕事風。
それでも、一応全部暗譜して、最後まで弾けたことを評価して、
「よくできました」と言っていただきました。
でも、付虹先生が演奏されると、まるで音楽が違います。
テンポ、アクセント、強弱、ニュアンス、等々、まるで違います。
日暮れて道遠し、ですね。
それでも、一応卒業。
「次の新年会にはこれを演奏してください」
次回の課題は、
「3級を3曲練習しましたので、次は4級にしましょう」
楽器を学ぶというのは、ヘラクレスの12の偉業のような難行苦行ですね。
でも、私はトインビーの「挑戦と応戦」理論の信奉者です。
挑戦が大きければ大きいほど、応戦の成果は大きい。
がんばりましょう。
本日の採点は「ヤッター!」の判子を頂きました。
久しぶり、うれしい!
この判子ほしさにがんばっているのですから。



ときどき思うのですが、
揚琴という楽器、女性にあっている!
次の2つのビデオを今見つけました。
おなじ曲と思えないほど、違います。
お暇でしたら、お聴きになって下さい。
1 男性版
揚琴協奏曲(春夜喜雨)-林聖哲
(http://www.youtube.com/watch?v=p2jR6g3Bi1A&feature=related)
2 女性版
春夜喜雨 Rain in Spring (Yangqin Concerto)
- Wong Hui Wen and Raffles Alumni CO
(http://www.youtube.com/watch?v=mBwmNLQ9H8w&feature=related)
黄慧文という女性奏者が弾きますと、
本当に雨の音に聞こえます。
なんとも動きが優雅です。
その優雅な動きから優雅な音楽が紡ぎ出されてきます。
二胡だって、よく似た事情にあります。
いや、ピアノだってそうです。
美しい女性が美しい動きで演奏すると、本当に美しい。
あたりまえのことを書いている感じですが、切実なのです。
男性奏者もしっかりと弾いていますが、動きがぎこちない。
まるでカチンコチンの響き。
これでも、一人前の音楽家ですから、これはこれで味わいの違いかも?
だけど、もしかすると、このサウンドの違いは、
そんな動きの問題ではなくて、心の問題かも知れません。
楽器に直接心が表れているのかも知れません。
それにしても、問題は私ですね。
でも、なにをやらせても、ぎこちない私です。
原因が身体の動きから来るにせよ、心から来るにせよ、
これだけは練習で克服できる障害ではないのではないか?
ちょっと本気で心配しています。
まさかいつも軍隊行進曲ばかり弾くわけにはいきませんしねえ.....
今日はほとんど揚琴一筋の1日でした。
明日が、3週間ぶりの揚琴レッスン日。
「歓楽的新彊」というスピード曲を練習しています。
中国の検定3級の曲だそうです。
もちろん3級に相当する実力に上達したわけではありません。
マリリン・モンローと同じドレスを着たから、
マリリン・モンローのような悩殺的美女になれるというわけではない。
これと同じですね。
3級のテストに出題される曲だというだけのことで、
3級に合格するわけではありません。
まず、スピード。
原曲のスピードはかなり速いようです。
私のはとてもゆっくり。
速く弾こうとすると、音がもつれてしまいます。
プロの演奏家について揚琴を練習してきて、
いつも考えることなのですが、
2つのことが大切だなと痛感します。
1 積み重ね
2 継続
専門家に教えてもらわないで、1をすることはできません。
ある曲αを弾こうとすると、A、B、Cの技術が必要。
次に、別のある曲βを弾こうとすると、これに加えて、Dの技術が必要。
難しいある曲γを弾こうとすると、EからMまでの技術も必要。
独学ではこれが分かりません。
A、C、F、Hの技術しかないのに、γを弾くことはできないのに、
弾こうとする。
仮に弾けても、専門家が見ると、穴だらけの演奏。
でも、自分では気づかないことが起こります。
専門家に教えてもらっても、
自分で努力をしない限り、なにも起こりません。
1の積み重ねを専門家の指導の下に行っても、
教えられたらすぐできるなんてことは起こりません。
教えられたうえ、練習を重ねるうちに、
突然できるようになります。
頭で解決しない。
身体で覚える。
どうもこれが演奏技術の習得には必要と思えます。
とくにこの「歓楽的新彊」のようなスピード曲の場合、
粒立ちよく、きちんとすべてのパッセージをなめらかに弾くなんて、
何百回の反復なしにはとても不可能という感じがします。
この3週間で400回程度反復しました。
まだ、ダメみたい。
マルタ・アルゲリッチの天才はないみたいですね。





私が韓流ドラマに完全に参ってしまって、
以来5年、韓流ドラマだけを毎夜2時間見ている理由は、
前回書きました私の人生経験に根ざしています。
韓流ドラマは、日本のドラマが追求するようなリアリティを求めません。
彼らが追求しているのは、
人間はいかに生きるべきか?
韓流ドラマには極悪非道の人間、
「俺たちに明日はない」式人間は一切登場しません。
すべての人間が、大げさに言いますと、
正しさを求めて生きています。
ドラマは、いかに生きるべきかを描くための舞台。
リアリティなど無関係です。
人間たちが1つの舞台にごっちゃまぜに放り込まれ、
その中で苦闘します。
全員が真剣に思い悩み、苦渋の選択をします。
正しいことをするにはどうしたらよいのか?
愛するということはどういう行動なのか?
この2つの問いに対する答えを求めて悪戦苦闘します。
韓国人誰もがつねにそうではないことは明らかです。
日本、中国におとらず、悪人も、極悪非道の人間も一杯いるでしょう。
でも、そんなドラマを真剣に作ろうとし、
そんなドラマに人気が集まる、というのはどういうことでしょうか?
人間の本来なすべき行動を、日本の法律では、
「信義誠実の原則」という言葉で表現しています。
高度な人間社会を作る人間は信義誠実の原則を守るのであり、
信義誠実の原則を踏み外した行動は許されないという考え方。
韓流ドラマでは、人間たちは終始、この信義誠実の原則を追求しています。
だから、人間たちが美しい。
眼差しが清らかで、振る舞いが清々しい。
平均16時間から20時間のドラマの中で、
主人公たちが手をにぎり合ったりすると、
もうそれだけで、大変にドラマチックにドラマは進展します。
キスをするシーンなんて、平均2、3回。
クライマックスシーンだけ。
ベッドイン?
そんなものはほとんどありません。
それは幸せな結婚によってドラマが終わった後の世界。
悪役もよい人間役も、ひたすら仁義礼知信的行動に終始します。
だから、見ていて気持が晴れ晴れとするのです。
心が大きく広がります。
俳優たち生身の人間たちも、まったく同じ行動。
渾身の努力と能力の限りを尽くして、
役柄になりきり、絶妙の演技を見せてくれます。
4、5歳の幼児が不治の病に冒された少女に成りきって、
はらはらと涙を流し、大人たちと対等にがっぷり四つに組んで、
見事なドラマを演じきります。
「自転車泥棒」でデ・シーカ監督は、主人公の少年に、
「うまく泣かなかったら、お仕置きをするよ」、と脅して、
おかげで、少年は泣いたというエピソードを読みました。
韓流ドラマの主人公のドラマメイキングを見たら、
少女は、ひたすら自分の精神集中により、
主人公に成りきって、はらはらと涙を流すのです。
そのシーンを撮り終わった後、
涙を拭う少女の涙を主役の男性が拭ってあげます。
でも、少女は悲しさから立ち直れていない表情。
幼児にしてもう唖然とする位の没入と理解力。
ドラマの制作者たちも誠実かつ真剣に制作しているのです。
脚本作家たちがまた絶妙の脚本を書きます。
月並みな言葉などまるでありません。
その状況では、真実苦闘する人間ならこう言うだろう、
そんな深い言葉に満ちています。
私は、韓流ドラマによって、
いかに生きるべきか、
美しく生きるということはどういうことか、
そんな人間のあり方を学んでいるのです。
これは言い訳でもなんでもありません。
私は、起きている限り、毎秒毎秒、意味のある行動をしたい。
思い切り人生を生きた、そう言いたい。
そう考えて生き、そう実行してきました。
毎日ドラマチックに凄いことをすることばかりが人生ではありません。
日々意味のある生活を積み重ねることこそ、本来の人生。
だれもがそのために選択をすべきなのです。
私は、写真を、レンズを、ブログを、揚琴を、
そして、音楽と本とアートのある生活を選んだのですが、
その1日の終わりを韓流ドラマで締めくくって、
毎夜毎夜、心晴れ晴れと眠りにつく、
ただそれだけのお話。






大和高田のような少年時代を過ごした故郷に戻りますと、
どうしても少年時代を思い出してしまいます。
なにをしていたのでしょうか?
もちろん勉学に励んでいました。
と言いたいところですが、実は、今と一緒。
勉強はほどほど、というより、疾風怒濤で終えてしまい、
ほんとにやりたいこと、遊びと趣味に集中していました。
今の子供たちなら、野球やサッカーでしょうけど、
当時は、お金がない時代。
私など、お小遣いをもらったのは中学校に入ってからなのですから。
道具なしでできる昔ながらの遊びばかり。
戦争ごっこ(陣取りゲーム)とか缶蹴りといったものばかり。
そして、私は無類の本好きでした。
父親が猛烈な本好きだったせいです。
でも、そんなに好きなだけ買ってくれたわけではありません。
だから、何度も何度も繰り返し読み返す癖がつきました。
それが全部英雄伝ばかり。
日本歴史通史の子供版とか、
太閤記、源平盛衰記、太平記、
プルターク英雄伝とかナポレオン。
父親はいったいなにを考えていたのでしょうか?
父親はいつもかなり遠大に行動する人間でしたから、
ちゃんとなにかを目論んでいたのでしょう。
その目論見がなんであったにせよ、
私は無類の歴史好きになりました。
高校時代は、「三国志演義」「水滸伝」「西遊記」や、
日本、西洋、中国の歴史物を読みあさり、
大学に入ると「史記」「春秋左氏傳」「三国志」「十八史略」
ヘロドトス、トゥーキューディデース、プルタルコス、
果てはリヴィウス、ポリビオス、プロコピウス、クセノフォン、
と原典を読みあさり、
そして、「論語」にはまりました。
ご承知のように、孔子の基本思想は一語にまとめれば、
「仁義礼知信」
後年、儒教となり、さらには民衆を従える道具ともなって、
人間を心の奥底でしばりつける枷になってしまった感がありますが、
孔子という人は生き生きとした感性と志によって心を躍らせ、
最後まで謙虚さを失わず、学ぶことを忘れなかった人です。
この孔子という人の人間性は、私の心の中に強く印象づけられました。
仕事の上でも、生きる上でも、孔子は私を指導してくれた、
そう信じています。
私の写真をご覧になったら、
「どこが孔子?
しっちゃかめっちゃかの無軌道路線じゃないか?」
そう疑問に思われることでしょう。
そうではありませんね。
若い頃の勉強がなければ、
もっとしっちゃかめっちゃかになっていたでしょう。
そうお考えくださいね。



今回掲載する2枚、そして次回の1枚、
この3枚に登場する女性たちの写真、好きですね。
女性たちが好きだと言っているのではありませんよ。
写真が好きなのです。
写真の皆さん、かなり姉御風で、強烈なるパーソナリティ。
ちょっと引いてしまいます。
以前、鶴橋の韓国人経営の料理店で出会った2人の女性、
韓国から来たばかりらしく、韓国語で対話する女性たちも、
弾けるように美しいのですが、
抜き身の利剣といった、デンジャラスな雰囲気。
というより、人間としての気ががっとこちらに迫ってきました。
昨日の中華料理店でも、隣のテーブルに来た二人の女性、
年配の母親とまだ20台の女性でしたが、
その若い女性の前にまずドンと置かれたのは中ジョッキ。
このジョッキを持ち上げ、グイと大きく傾けておいでになりました。
こちらは小ジョッキでチビリチビリ。
この落差、結局、人間的迫力の差みたいですね。
大阪地検特捜部でも、一人気を吐いた正義の声は、
女性検事でした。
(あの人、きっとほされているだろうな。
あれじゃ、男どものみじめさが余計に目立ってしまいましたから)
21世紀は女性の世紀になりそうです。
というより、ならなければなりません。
男性はほとんど無能と化しつつあるか、
自分の利益優先で、原則をわすれた自己中野郎ばかり。
もう男性に任せておくことはできません。
バンコクの女性たちも、迫力満点。
その迫力を服装が増幅していますね。
服装の色遣いも、ブルー、レッド、と、全部原色に近い。
そして、一番のお好みはブラック。
全部ぐいぐいとこちらに迫ってきます。
うむ、私も服装でまず迫力を出したいものです。
でも、ブルーもレッドもまるで似合いません。
じゃ、黒で決めてみようかな?
おっと、顔も黒いんじゃ、
ダークバックでは、透明人間。
ますます存在の影が薄くなるばかり。
やめましょ。
昨日の続き。
午後3時カラオケティーラウンジ「ウィーン」を出発。
片塩町を市街地のどんづまり、高田市駅まで南下しました。
午後3時半、これで切り上げて、橿原神宮前駅経由で帰ろうか?
ちらっと頭をかすめたことはかすめました。
身体はかなり疲れています。
この二三日の風邪がかなり重くなっているのに加えて、
寒さに合わせて装備してきたのに、
しばらく前から赫奕たる太陽が私をじりじりと炙っています。
午前中の13度から18度に戻ったようで、ちょっと体にこたえます。
でも、ほんの半秒程度で、
「馬鹿言っちゃいけない。
下車した大和高田駅まで別経路で戻ろう!
まだ、写真を撮りたい!」
ということで、さらに40分歩いて、結局1時間10分撮影して、
午後4時10分、大和高田駅に戻りました。
駅構内のミスタードーナッツで、
チョコレートドーナツとアイスコーヒー382円で休憩。
さて、本日の収穫は、
最後の1ラウンドで、パンタッカー40mmF2.3を131枚撮って、
メインレンズの収穫を合計300枚に。
キノプラズマートは206枚。
スーパーシックス25mmF1.9は157枚。
合計663枚、銀塩フィルム換算約18.4本。
午後4時35分発榛原行き準急で帰途につきました。
かくして、今週もまた、出勤日3日は平均100枚、今日は約600枚、
合計900枚をストックにくわえることになりました。
この4回の撮影分、これまでの多くと同様に、
めぼしいものだけざっとチェックした後、
ハードディスクの中で永遠の眠りにつくことになります。
やれやれ、一体なにをしているんでしょうねえ?






ちょうど1時間歩いて、午後2時半きっかりに、
南端の町片塩町のティーラウンジ「ウィーン」に入りました。
カラオケバーがお昼は喫茶店をしているようです。
老夫婦が経営しているので、
夜の常連客もおそらくじいさんばあさんでしょう。
もしかすると、夜な夜な怪しく着飾って集い、
あやしげな演歌合戦を繰り広げるのかも知れません。
スーパーシックスの収穫は108枚。
銀塩フィルム換算でちょうど3本。
これはかなりスローペースです。
このレンズ、開放から信じがたいほど、
毅然として光彩陸離たる描写。
まさにスーパー!
マダムがカラオケのリクエストカードをもってきて、
「よかったら、どうぞ」
私、
「どうも、でも、ぼくは歌えないんですよ」
生涯、カラオケを歌ったことがない人間。
聞いた話ですが、ある町では、
まさにサタデイナイトフィーバー!
華麗なるイブニングドレスに身を包んで集まり、
次々と絶唱を繰り広げるそうです。
これはこれで健全な楽しみです。
大いにおやりになってください。
私はしたくないだけ。
カラオケで、自分の声を粉飾してもらって歌いあげ、
我知らず恍惚となるのは、真っ平御免。
人が恍惚と歌いあげ、仲間が
「すごい! 金をとれる。
※さんにはかなわん」
などとおべんちゃらを言うのを聞く、
こちらは死んでもいや。
それなのに、レンズで粉飾してもらって、よろこんでいる。
おかしなものです。
おっと、一人だけ居たお客さん、
かなりのお歳の女性がやおら舞台に立ちました。
わあ、カラオケがはじまった。
その前から、私はiPodで音楽を流しています。
そんなこともあろうかと、警戒したからです。
私が選んでおいた音楽は、iPodの中でもっとも壮大な音楽。
ワーグナーの楽劇「神々の黄昏」から、
ジークフリートの葬送行進曲。
ゲオルク・ショルティ指揮のウィーン・フィルの名演、名録音。
ジャンジャーン、轟々と音楽が流れ、
ついにカラオケの音は聞こえず。
一曲終わった。
それ、退散!
午後3時。




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