わが友ホロゴン・わが夢タンバール

100.21 ホロゴンデイ30「2009年5月30日毘沙門天のお膝元信貴山に遊び」21 第一条件は才能!

朝、京都に向かう特急の中、ポメラでこの記事で書いています。
午後三時、ちょっとした所用があるので、
それまでの半日、京都駅の北に広がる路地群を撮影することにしたのです。
残念ながら、同行者はゼロ。
おしゃべりできない代わりに連れてきたのがポメラというわけです。
日曜写真家は週1回がせいぜいですが、
たとえば、森山大道のような写真家は、
ターゲットと決めた場所を、用がない限り、毎日周り続けるようです。
そのエネルギーと気力には頭が下がります。
こうでなければ、写真家ではない。
それにしても、19世紀に発明されたカメラを使って、
独創的な写真世界を構築する才能が、発明後すみやかに世界に現れたことに驚きます。
まるで人間に写真家遺伝子が含まれていたみたいですね。
遺伝するかしないかは別として、画家や音楽家と同様に、
写真の才能が生得的なものであることは疑いがありません。
つまり、写真家の第一条件は、写真の才能。
簡単に言いますと、才能がなければ、写真家の可能性はない!
技術、経験、努力、修練をどんなに積んでも、無理。
写真家というのは、最初から写真家であって、
刻苦勉励の末写真家になりました、なんてことは起こらないのです。
私は、そんな例を知りません。
もちろん才能があっても、それが現れないことがあります。
努力と経験がないと、写真家として世に認められないことだって、あります。
50すぎて、突如開花することだってあります。
おっ、それって、ぼくのことだ!
あなたがそうお考えであれば、こうお答えするほかはありませんね、
「なるほど、ご自分でおっしゃるのですから、そうなのでしょうね。さよなら」
私は、増上慢、自己欺瞞が大嫌いです。
私の場合、幸いなことに誤解の余地はぜんぜんありません。
なにしろ若い頃からまったく休みなく30年間写真を趣味にしてきたのです。
日曜写真ですが、どんなに仕事が超多忙でも、休みなく写真を撮り、
努力も重ねてきました。
才能があれば、とっくの昔に開花して当然。
その間、写真の才能はまったく開花しませんでしたが、見る目だけはできました。
だから、自分の写真を見て、どこにもスペシャルなファクターなどない、
ただ撮っているだけだ、とはっきりわかるだけの素養はできたわけです。
増上慢におちいれないというのは、つまりませんね。
でも、出会ったものをそのときの気持ちのまま素直に写真に記録できるようになりました。
このことだけは、自分で自分をほめてあげたいのです。
素人写真には、これで十分なのです。
本日も、そんな写真をどっさり撮るつもり。
特急の窓の外は、強烈なる太陽の帝国です。
夏休みなのです。
男の子は戸外で遊ばなきゃ!

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by Hologon158 | 2009-08-15 20:15 | ホロゴンデイ | Comments(0)