わが友ホロゴン・わが夢タンバール

100.22 ホロゴンデイ30「2009年5月30日毘沙門天のお膝元信貴山に遊び」22 新しい人間として

京都駅の北、東本願寺の西あたりの路地を撮影しながら、
撮影1時間、五条のマクドナルドに入りました。
幾度も歩いた道ですが、やはりなにかが待ってくれています。
京の町屋でさえ変わり、季節時間も変わり、私も当然変わっています。
数知れぬ因子の組み合わせが情景を作り出すのですから、
新しい顔がどっさり見つかるのは当然です。
もちろん人間の本質なんて、そう簡単には変わらないものなのでしょう。
ある人がこう言うのを聞いたことがあります。
「人間40にもなれば、もう変わりようがない。
だから、ハサミと一緒で、その人の能力、性格に合わせて使うより仕方がない」
つまり、バカとハサミと一緒にしてしまったわけで、随分傲慢な言葉と見えました。
でも、この人すでに60近い人でしたが、
思うに、この人、自分のことを考えていたんでしょうね。
私はこの言葉に絶対に同意できません。
死ぬまで同意するつもりはありません。
人間って、絶海の離れ小島で一人生きているのではありません。
流転する世界の流れの中で、自分も流転しながら生きている。
激流にもまれもまれ、新しいもの、新しい人、新しい世界観、新しい思考法と出会います。
もって生まれたものは、いわば手持ちの駒。
それに、どんな駒を加えるかは、自分次第。
たとえば、レンズ。
レンズは、ただのガラス玉ではありません。
私たちは、レンズを通して世界をもう一度見直すのです。
何本も何本もレンズをお使いの方は、多様な見方を手に入れるかも知れません。
でも、腰の据わったものにはなりにくい。
あなたが器用でなければ、沢山レンズを使うのはよしましょう。
一本のレンズで世界を見続けることを試すと楽しいですよ。
レンズなしで、世界がそのレンズ風に見えはじめるのですから。
私は、ホロゴン15mmF8一本にすべてを託しました。
以来13年、近頃ようやくホロゴン視覚が見に付き始めた感じがしています。
どんな視覚か、ですって?
誰も気にとめない廃れものたちが、路傍で輝いて見える、そんな視覚。
世界の見方が変われば、人間は、まったく新しい色のサングラスを手に入れたようなものです。
世界をもう一度新鮮な気持ちで見渡し、人、もの、場所と私との関係を作り直せるのです。
新しい友人との出会いだって、同じ効果があります。
私の場合、妻がどんどんと新しい姿、顔を見せてくれるという特権があります。
妻が私をどんどんと変えてくれる。
私の本質は変わらないかも知れないけれど、新しいものの見方を身につけるということは、
私が新しい人間として行動すること。
ですから、私は、どんなに見慣れた場所であっても、
ロボグラフィを心行くまで楽しめるのです。
ありがたいことです。

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by Hologon158 | 2009-08-15 21:10 | ホロゴンデイ | Comments(0)