わが友ホロゴン・わが夢タンバール

102.07ホロゴンデイ31「2005年11月12日大阪御堂筋の週末は暇で暇で」7 偉大は死語?

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「偉大」という言葉は、もう死語になってしまいました。
今、偉大だと言える人物、誰かいますか?
絵の世界を見ても、もうそんなことを期待するのはとても無理。
別に人間がどうのこうのというのではなく、
偉大であるという概念、価値にふさわしい行動が現代世界では完全に不可能となってしまった、
そんな感じがします。
画家の人間としての偉大さは、私に言えることではありません。
絵から浮かび上がってくる雰囲気に偉大さを感じられるかどうか、それだけが分かります。
そのような基準で考えますと、
偉大な絵を描いた画家の筆頭は、ダ・ビンチをのぞけば、
レンブラント、この人ではないでしょうか?
この二人を比較することなどできないから、こんなややこしい書き方をさせていただきました。
レンブラントの実作をご覧になったことがおありでしょうか?
私はまだ学生の頃、生まれて初めてレンブラントにぶつかったときのことを、
記憶力がない人間なのに、まざまざと覚えています。
暗黒とも言えるほどに暗く沈んだブラウンの中に、
老婦人の顔が純白のカラーに縁取られて、しっとりと浮かび上がっていました。
その顔からは、その女性の人生そのものが沁みだしてくる、そんな深い印象。
でも、私を驚愕させたのは、そのバックグラウンドの深さでした。
レンブラントと私との間に横たわる時の隔たりをそのままに表現しているかのように、
闇の空間に重い重い実質が備わっていて、
そのバックグラウンドの厚みがこの女性の存在感をしっかりと支えているのでした。
どうすれば、こんなに深いブラウンが描き出せたのか、私にはわかりませんが、
今、ぼくは画家その人の心をそのまま感じてるんだ、そう実感させるだけの迫力がありました。
今回の絵はその絵ではありません。
エルミタージュ美術館にある絵です。
実作を見たことはないのですが、でも、上記のような印象は変わりません。
この顔、この手、この姿勢、すべてから、この女性の人生がにじみ出てきます。
若い頃はきっと美しい人だったのでしょう。
70を超えたあたりでしょうか、今でも、その美しさの余蘊が漂っています。
恋をし、結婚をし、豊かな人生を歩んできたのです。
でも、うれしいこと、楽しいことよりも、悲しいことの方が心に残っています。
そして、おそらく愛する夫をついに失ってしまったのです。
これから新しい人生を紡ぎ出す気力も失せてしまいそう、
追憶の日々を送ることになりそうだけど、思い出すことすべてが悲しみにつながるのです。
それでもなお、まだ私は生きる、そんな気概も失われていないと思わせるなにかが...
ここには一個の偉大な女性とその人生が描き出されている、
そして、これを描いた画家はこの女性に深く深く共感している、
だから、この絵は偉大なのだ、私はそう考えるのです。
いかがでしょうか?
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by Hologon158 | 2009-08-22 10:36 | ホロゴンデイ | Comments(0)