わが友ホロゴン・わが夢タンバール

102.26ホロゴンデイ31「2005年11月12日大阪御堂筋の週末は暇で暇で」26 「ガツン体験」がなかったら?

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絵が分からない、そんな風に言われる方がときどき居られます。
その度に、思うのですが、絵なんて、分かるわけがないじゃない?
分からなくてもいいじゃない?
ガツンと来るか来ないか? ただそれだけ。
もしあなたがこれまで見た絵がガツンと来なかったとすれば、
ガツンと来る絵に出会っていないだけではありませんか?
分からなくてもいい、でも、絵を見るのが好きでなきゃ、始まりません。
分かるかどうかから出発するのではなくて、
好きから出発すればいいんじゃないでしょうか?
私は、反省してみますと、何ごともすべて「好き」から出発して、
理性的判断でなにかを選んだことなんか、ないみたいですね。
美術館でも、写真展でもそうですが、とりあえず順番に見ていきますが、
それは、ガツンと来るものを見過ごさないため。
ガツンと来なければ、ずっとずっとやり過ごしてゆきます。
写真展だと、やり過ごしたまま、気がついたら、出口だった、
そんなことがよくあります。
でも、一枚でも素敵な写真にぶつかったら、それで大喜びなのです。
美術館は、たった一枚の絵だけでもガツンと来れば、それでいいのです。
プラド美術館は世界有数の美術館です。
ゴヤ、エル・グレコ、ヒエロニムス・ボッシュ、美術史を飾る名作がどっさり。
でも、私にガツンと来たのは「ラス・メニーナス」一枚でした。
私は、この絵との出会いの体験を一生心にもって生きていくつもりです。
それで十分。
大原美術館では、
ギュスターブ・モローの「雅歌」という小さな小さな水彩画一枚で思い出を作りました。
三度訪れていますが、行く度に、挨拶をします。
すると、彼女もそっとうなづいてくれるのです。
それでまた、ガツンと来る!
よい絵って、つまり、私にガツンと来る絵って、何度見ても、ガツンなのです。
この「ガツン体験」がなかったら、
何百枚の絵を記憶していても、意味がないではありませんか?

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by Hologon158 | 2009-08-26 00:02 | ホロゴンデイ | Comments(0)