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234.24 ホロゴンデイ「2006年5月28日 7年前の5月28日京都嵯峨野は晴れだった」24 古今未曾有の色彩家



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東京でパウル・クレーの画展が開催されるようですね。
羨ましい。
その一枚、魅力的ですね。


パスカル・ボナフー「ゴッホ」(知の再発見双書03)を読んでいます。
ゴッホの苦闘、苦労は並外れています。

「古今未曾有の色彩家」になりたい、
それがゴッホの目標でした。

ここでも、マルコ・ポーロと似た誤解がおもしろいですね。
ゴッホは、大好きな浮世絵の色がアルルにあると考えたのです。
まるきりの見当違いと言いたいところですが、
アルルには浮世絵のある種の色はあったようです。
たとえば、深い濃紺の空。

彼は自分の傑作のすべてをアルルで描きました。
実写を基本とするゴッホにとって、どんな風景を前にできるかがすべてだったのでしょうか?
アルルに来て、ゴッホは偉大なアーティストとなりました。
でも、その制作の苦闘が結局は彼の精神に異常をもたらしたかもしれません。
ほとんど独学で、彼は「色彩家」になろうと苦闘を重ねたのですから、
並大抵の苦労ではなかったでしょうね。
でも、彼はそれに成功しました。
「ひまわり」がそれを証明しています。

彼はブリュッセルでの展覧会に数枚出品し、
どうやら世に認められるに至ったようです。

評論家のアルベール・オーリエの評論がいいですね。

「フィンセント・ファン・ゴッホの作品を特徴づけているのは、
その過剰さである。
力の過剰、神経の過剰、表現における暴力である。
事物の性格の断定的表現、無謀なほどの形態の単純化、
太陽を直視する昂然たる態度。
(中略)
この頑固で一徹な生来の画家は、
巨人のような荒くれた手と、ヒステリックな女のような繊細な神経をもった、
頑健できわめて血統の正しい真の芸術家だ。
今日のあわれむべき美術界に収まるすべもないが、
いつか正当な評価を得て復権し、流行の寵児となる日が来るであろう」

驚くべき慧眼と正確な予言。

当時も今もアーティストがあふれています。
その中で、今は認められていないが、未来のゴッホになる真の芸術家を見分ける、
そんな芸当、あなた、できますか?

そう考えますと、このオーリエという人、すごいですね。

でも、思うに、ゴッホ自身はそれを知っていました。
アムステルダムのゴッホ美術館を訪れたことがあります。
数知れぬ絵が溢れていました。
大変な想像力、そして、その絵にためらいがぜんぜんない。

ただ、正直言いますと、過剰は疲れさせられますね。
たとえば、黒いカラスと畑の絵など、何枚も何枚も並んでいるのですから。

だから、彼の傑作で彼の真価を評価すべきでしょう。
アーティストに平均点など関係ないのですから。



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これは、Hologon158の作品?
これじゃ、パウル・クレーの亜流にさえなれませんね。
by Hologon158 | 2011-06-03 17:45 | ホロゴンデイ | Comments(0)