わが友ホロゴン・わが夢タンバール

465.03 ホロゴン外傳120「2013年9月22日 京都レイノカイでまずヘリアー15㎜が代役をつとめ」3 幸運だった



c0168172_16133889.jpg
c0168172_16133147.jpg
c0168172_16132470.jpg
c0168172_16131868.jpg
c0168172_16131118.jpg
c0168172_16134315.jpg
c0168172_1613046.jpg
c0168172_16124258.jpg
c0168172_16132586.jpg





人生にとって、写真はなにか?

よく考えます。

かなり多くの方には、

    写真は趣味でしょう。
    月にせいぜい1回か2回、楽しむ。

写真家にとっては、

    ときには翼、
    ときには明日への扉、
    ときには重荷、
    ときには呪い、
    さまざまでしょう。

私にとって、写真を始めた最初の頃すでに、
趣味以上のものとなってしまいました。

    エネルギー源
    避難所
    心の洗濯機
    オアシス
    天国

仕事が超多忙で、責任も重い職業を選んだので、
のめりこみすぎますと、足下をすくわれます。

    幾人も自殺をしています。
    私の友人も3人、若くして旅立ってしまいました。
    彼らに1つ共通していることがありました。
    みな魂と精神と身体に平安とゆとりを与える趣味を持たない、
    超真面目人間。

私にとって、最大の平安をもたらしてくれたのは、
もちろん別の存在ですが、
加えて、人生の早い時期に写真と音楽に出会ったのは幸運でした。

かなりの人が、高齢になるにつれて、趣味から離れていきます。
もっとよいものに出会うからなのでしょう。

高齢になって写真を愛し続ける人たちは、
どのような年齢になっても、より良く生きるために、
写真がどんなに大切かが分かっている人たち。

    私の訪問するブロガーのみなさんはたいていそんな人たち。
    写真を拝見すると、どんな気持で撮っておられるか、
    なんだか分かるような気さえします。

このような人はみんなそうだろうと思うのですが、
私は四六時中写真のことをかんがえています。

    以前にも大変な写真好きの方が居て、
    この方も寝ても覚めても写真のことを考えていました。
    でも、その方向がちょっとおかしい。
    撮りたい写真とその写真を作る方法を絶えず思案しているのです。
    写真は出会いではなく、作り出すもの。
    それが彼の信念でした。
    だから、彼の写真を見ると、
    どこかにやらせがあることが分かってしまいます。

    荒涼としたはるか北縁の地に舞い降りる巨鳥。
    スケールの大きな写真でした。
    でも、これは用意した大きな肉片を餌場に置いて、
    あらかじめピントを肉の位置に合わせて待って撮ったもの。
    大自然の厳しい営みと見えて、実はただの餌付けの写真。

    万事が万事、その類の写真ばかり。
    もちろんそんな苦労の報酬があります。
    大きな賞を勝ち取り、ついでにかなりの賞金が稼げます。

たいていのアマチュア写真家はこれを容認します。
私は容認しません。

    こんなアマチュア写真家が写真を愛しているとは考えません。
    彼らが愛しているのは、写真よりも、名誉、名声、そしてお金。

私は厳しすぎるのでしょう。

    でも、私は写真との関係をひたすら愛情だけに止めたい。
    そうすれば、名誉、名声、お金は得られないけれど、
    それよりももっと大きなものをプレゼントしてもらえます。

        写真とともに生きる人生、
        心を割って語り合える友人たち、
        明日に生きるエネルギー、
        そして、自分の生きる世界に共存するものたちとの幸せな出会い。
by Hologon158 | 2013-09-29 16:17 | ホロゴン外傳 | Comments(0)