わが友ホロゴン・わが夢タンバール

611.08 ホロゴンデイ133「2015年8月21日ホロゴンは日本橋の裏通りを駆け抜けた」8 裁判員制度



前回のついでに、書いておきましょう。
裁判員制度のこと。
この制度は議員立法によって成立しました。
法曹界の裁判官、検察官、弁護士の誰も賛成しないままに、
国会に押し切られた制度。
刑事訴訟を迅速化し、かつ一般人の視点を活用したいという観点から、
刑事裁判の改善策として導入されました。
でも、それは改善なのでしょうか?
疑問です。

刑事裁判において大切なことは2つ。
真犯人を逃さず処罰すること、そして、
無実の人間を処罰することを防ぐこと。
一言に要約すれば、「いかにすれば誤審を防ぐか?」

この点に関して言えば、迅速化と一般人の視点の導入は
いずれもこの究極の目標に役立たないどころか、有害なのです。
なぜか?
一番恐ろしい誤審は無実の人が処刑されること。

有名な法の格言があります。
昔読んだので、うろ覚えですが、
「1000人の有罪の人間を逃すことがあっても、
1人の無実の人を罪に陥れてはならない」
これがすべての法律家の精神の神髄なのです。

でも、現実には、えん罪はなくなりません。
実は誤審は猛烈に多いのです。
昔は自白尊重の時代だったので、拷問、奇計、罠、利益誘導、
さまざまな再逮捕の手段による長期拘束による社会隔離など、
あの手この手の手段によって、
被疑者を拘禁ノイローゼ、絶望に追い込み、
捜査機関の思うがままの調書の作成に協力する結果を生み出しました。
今でも、形を変えてこれらは残っています。

被疑者は、たとえ無実でも、誰も助けてくれる者がないままに、
このような経験のない者には絶対に想像もつかないような
絶望、自暴自棄に追い込まれて、
唯々諾々と、覚えのない供述調書に署名するのです。

検察官による証拠偽造も近頃次々と発覚していますが、
これもまた氷山の一角であることは明らかです。
良い検察官はえん罪を作ってはならないと自覚しています。
でも、功を急ぎ、成績、出世を重んずる検事が暴走する危険は常にあります。
権力ほど腐敗しやすいものはないのです。

一方、えん罪の被害者は窮地に立たされます。
裁判になっても、自白を覆して、徹底的に戦いたいけど、
敏腕の刑事弁護士に依頼するお金がない、
弁護士も時には信じてくれない。
仮に刑事弁護士が裁判で争うことにしてくれても、
お金はかかるし、自白を覆すためには、
捜査機関の協力なしに多くの調査と費用と時日がかかります。
このような事情から、やむなく目をつむったまま、
泣く泣く受刑してしまう人はかなり多いようです。

重大な事件は裁判員制度に付せられるのですが、
裁判員を長期間拘束することはできないので、
いきおい短期決戦型となります。

ここで一番の問題は裁判員です。
言うまでもなく、裁判員は法律家としての修練を受けておらず、
無罪の推定など説明を受けても、絵に描いた餅に過ぎません。
ともすると激情が走る刑事裁判の場においては、
戦慄の被害状況に心は激しく反応してしまいます。
国家機関である検察庁が目の前の被告人を犯人と決めつけるのですから、
この被告人、有罪の可能性が高い、新聞でもそう報道していた、
などと考えてしまいます。
おどろおどろしい殺害現場の写真など見せられると、
もう「こいつはひどい奴だ」という感情がまず先走ります。
そして、「被害者はかわいそうだ」「ちゃんと罪を償わなくちゃ」

過去のえん罪事件でも、証拠は圧倒的に有罪だったのです。
そう作り上げられるのですから、当然だし、それを否定する資料などない。
このような制度の下では、
えん罪事件の可能性、危険性はさらに高まっている、
そう言わざるをえないのです。

裁判員制度が発足して、顕著に変わったことが一つあります。
それ以前から次第に厳罰化の傾向があったのですが、
それがさらに顕著になりつつあります。
日本での死刑判決確定数は、
2004年67、2005年77だったのに、2007年には100の大台に乗り、
この数年は130前後と、わずか10年前の倍近くに増加しています。
世界的に、死刑は人間性に反する過酷な刑罰であるとして、
減少、廃止の傾向にあるのに、明らかに逆行しています。
近年の被害者重視の姿勢と裁判員制度の効果がここに顕われている、
私にはそう思えるのですが。

こうして刑事裁判は迅速化しました。
でも、近い将来、えん罪事件の再審率は間違いなく高まるでしょう。
因果応報はある意味で当然の要請です。
でも、刑事裁判の難しさは、その要請とえん罪を防ぐという要請と、
2つの要請を二つながら満たすことにあります。
裁判員制度の採用によって、天秤が因果応報の方に大きく傾いている、
そう考えるのは私だけではないでしょう。

刑事裁判における証拠判断、有罪の心証の形成は、
これほど難しい仕事は他にあまりないのではと思えるほどに難題。
だから、昔からソロモンのような最高の英知が裁判に苦しんできたのです。
それを無作為抽出した素人に委ねる?
なんでこんな愚かしい制度が日本に登場したのか?
理解に苦しむところです。




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by hologon158 | 2015-09-02 17:01 | ホロゴンデイ | Comments(0)