わが友ホロゴン・わが夢タンバール

611.09 ホロゴンデイ133「2015年8月21日ホロゴンは日本橋の裏通りを駆け抜けた」9 脱力



どんなことでも、そうなのではと思うことが一つ。
肩の力が本当に抜けないと、ちゃんと演奏ができない!
たとえば、野球でもそうなのではないでしょうか?
おもいきり肩に力を入れてバットを強く振っても、
真芯に当たらない限り、ボールはまともに飛んでくれない。
でも、体も両腕も完全にフリーにして、
いわば真円を描くようにして、バットを振って、
ボールが真芯に当たると、
ホームランになる、そんなものではないのでしょうか?

揚琴の師匠付虹先生の演奏を見ていますと、
もう軟体動物のように体が柔らかく、
腕から先が蝶々のように舞っています。
今、中国の書家の列伝を読んでいますが、
どうやら中国書道の筆を振るう手も、
中空で完全に自由を獲得することが、
とくに行書、草書の奥義だったようです。

私の最近の楽しみはたわいもないこと。
「名筆字典」の中国書家たちの書体の上に
トレーシングペーパーを置いて、萬年筆でトレースするのです。
偉大な書家たちの行書、草書をなぞりますと、
私のような字の下手な人間でもどうにか書けるものです。

そして、わかることは、
書家たちは一つの字を一気に書いていること。
字のすべての画がいわば一筆書きされていること。
そのために、上半身をできるだけ柔らかくする必要がありそうです。

萬年筆を楽しむようになって、まずカリグラフィーを試してみました。
YouTubeで名人たち、あるいは非名人たちの作法を見ることができます。
本当の名人にぶつかっていないからでしょうか?
たちどころにイヤになりました。
一連のアルファベットを書く手がなんども止まり、
ときにはすでに書き終わった字に書き足しています。
一連の字をとぎれないエネルギー線によって一気に書き下ろす、
という書道の精神はここにはないようなのです。
気合いというものがぜんぜん感じられないのです。
これにちょっと似ている日本の書道家のビデオも見ません。
筆を中空に立てて豪快に筆を走らせる中国の書道家に比べると、
なんだか気合いがかなり不足している感じがするからです。

ついでに書きますと、現代の写真家たちの写真もほとんど見ません。
着想だけで撮っている感じで、
真剣勝負の気がまるで感じられないからです。
フォトショップで自由自在にレタッチできるので、
撮影はただのクロッキーになっている感じ。
その上、写真家たちは一枚写真を作品とすることはなくなりました。
時代とともに写真作品のコンセプトが変わってきたせいですが、
根底には、一枚写真を撮るだけの気力と眼力が不足しているからだ、
そう、私は感じています。

あらゆる分野で、人間が小さくなってしまいました。
さまざまな点で便利さが増せば増すほど、人間の気合いも減退していく、
そんな感じ。
さびしいですね。




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by hologon158 | 2015-09-03 23:02 | ホロゴンデイ | Comments(0)