わが友ホロゴン・わが夢タンバール

616.17 ホロゴンデイ149「2015年8月29日雨の名張でホロゴンMが嬉々とウィンク」17 ナスカ地上絵



歴史上、人類はさまざまな不思議なことをやってきました。
大ピラミッドの建設もその一つ。
でも、現代の建築技術、機械工学、コンピューターでも
きわめて困難かも知れない精密な構造物の建設。
現代では失われた技術が存在したとか、
異星人が手伝ったのだとか、
いろいろと説が飛び交っています。
それがなんであれ、
大ピラミッドは地上遙かにそびえ立つモニュメントだったのです。

人類は世界各地でこのような巨大な地上建造物を建設してきたようです。
その目的がなんであれ、すべての建設の意味はかなり理解可能。
それを建設した民族あるいは王朝の誇りとなる記念建造物だったり、
神殿であったり、王宮であったり。

そんなモニュメンタルな建造物の共通の特徴を
まったく備えない建造物が一つあります。
ナスカの地上絵。
最大のもので長径350mを超える絵もあるのです。

でも、製作をした人たち自身が正確に地上絵を描けたかどうか、
確認する方法があったのでしょうか?
製作中に、直線なら、中央に柱を幾本も立てて、
視力の優れた人が見通せば、一応確認できたかも知れません。
でも、これでは、絵が正確に描かれたかどうかの確認には役立ちません。

凧に人間を結びつけて、という説がありますが、
小柄な子供を使ったとして、
そんな重い凧がどれ位高く中空に上がるでしょうか?
凧の上の人間は半径175mの円全体を正確に見渡さなければならないのです。
体重を支えるだけの太い綱を使うのですから、
そんな重い凧を本当にとばすことができたか、怪しいものです。
どんなに強い風があっても、
逆に地上に叩きつけられるのが目に見えています。
でも、たとえば、地上30mの高さに上ったとしても、
高さ30mの正三角形の底辺はわずか約35m。
350mの地上絵はその10倍も大きいのです。
まあまあそれらしいものが見えました程度の確認しかできないでしょうし、
それでも一応は確認できたとすることにしても、
そんな一人だけの確認で満足できたでしょうか?

営々と汗を流して作った人たちは自分の仕事の成果を
絶対に自分の目で確認できないままに、
一本締めで解散したのでしょうか?
そして、その後は、自分たちにはなんの役にも立たないのです。

神様に捧げた?
そうなら、自分たちでも結果を視認でき、
その美しさを愛でることができるような形で作る方法はいくらでもあり、
それでこそ達成感もあり、永年の誇りにもなります。
また、他のすべての民族がそうしてきました。
作った人たちにも確認できないものを残しても、
後世の人にはなんの役にも立たない。
こんな風に考えますと、なんとも不可解ですね。

ウィキペディアを見ても、
地上絵を作った理由をあれこれと学者たちが推測していますが、
そのすべての説が、次の質問には納得の行く説明などできないような、
こじつけばかり。
「もしそんな目的であれば、その目的の実現のために、
作業者たちの目には見えない地上絵を書くという方法を選びますか?」
やらされる方の身になってみろ、と言いたいですね。
人々は、長年にわたって、そんな作業を強いられて、
じっと我慢して、地上絵を描き続けたでしょうか?

さりとて、宇宙人の空港だったとか、
航路のマークだったなどというのもナンセンス。
宇宙から飛来する宇宙人ならもっとスマートな、
自前の地上観測法、航法があったでしょう。

このようなことを考えると、
次の一組の解答しかないのではないでしょうか?
①ナスカ人の誰もが地上絵をしっかり確認する方法、道具を開発していた。
②ナスカ人が地上絵を書き続けたのには、
現代人には絶対に当てることのできない、ナスカ人特有の理由があった。
ここ絶対的に違います。

ここで思い出すのは、司馬遼太郎先生の「項羽と劉邦」
この小説の中で司馬先生、いつもの手法を使われます。
二人の思考や行動の理由について、
司馬先生ならではの合理的、理知的な解明を展開されるのです。

でも、読みながらそのたびに次の疑問が浮かんできました。
それって、司馬先生が項羽や劉邦だったら、どう考えたか、
という域をまったく出ないんじゃない?
つまり、司馬先生、自分の頭なら、
項羽や劉邦の頭を去来した思いはすべて推測できるという自信を
感じてしまうのです。

でも、2000年以上前の中国で死闘を繰り広げた古代中国人と
現代日本人は絶対的に違います。
それなのに、全部お見通しと言わんばかりの解明を小説に織り込む、
これはあまりにも自信過剰の危なっかしい手法ではないか?

私は大学生の頃からずっと春秋左氏傅や史記を読んできた人間です。
幾度も感じました、
「それは現代人の好む合理的思考を当てはめようとしてるだけ、
筋違いじゃないの?
彼らはそんな風に考え動く人間じゃ絶対になかったのに.....」
ナスカの地上絵についても、同様のことを言いたいですね。
現代の科学、思考技術、学識をもってすれば、なんでも分かる、
そう思う方がおかしいんじゃないのでしょうか?




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by hologon158 | 2015-10-12 18:00 | ホロゴンデイ | Comments(0)