わが友ホロゴン・わが夢タンバール

630.01 ホロゴン外傅157「2015年1月9日ペッツヴァールが近江八幡をさらりと」1 モノクローム




さて、今年初の撮影の2番手はペッツヴァールSVE100㎜F2.9
366枚中180枚ばかりセレクトしました。
ここでも、とにかく前口上は抜きにして、
ごらん頂きましょう。





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友人からメールで、写真仲間に尋ねてきました。
モノクロームはどう撮ったらよいのか?
カラーとどう使い分けしたらよいのか?
ひとまず考えたことを回答したのですが、
もう一度考えてみます。

私は写真歴の最初の12年間モノクローム専科でした。
当時は、写真は制作者がネガを原稿と扱って、
これにさまざまな手を加えて作品に仕上げるもの、
これが常識でした。
カラーは画像を撮影者自身がコントロールできないうえ、
ネガカラーの品質が悪いので、
使いものにはならないと考えられていました。

私も学生時代から白黒写真だけを撮ってきましたから、
宮崎に転勤して、アマチュア写真家を志したとき、
フィルム現像と引き伸ばしのセットを揃えました。
私は当時一流志向でしたから、
最初からかなりよいものを揃えました。
引き伸ばし機の機種は忘れましたが、富士。
ローデンシュトックの定評のある引き伸ばしレンズ、
ロダゴン50mmF2.8と80mmF2.8。
カメラも同じツァイスの名機、
コンタックスRTSⅡとスーパーイコンタ6×9。

ただちに写真クラブ「写壇はにわ」に入会。
当時、宮崎ではコンタックスを使う人は少なかったようです。
はにわでは私がはじめて。
みなさん、ニコン、キヤノン、ミノルタ、ペンタックス、
さらにオリンパスと、国産カメラ各社のユーザー。
最初から六切りプリントを出品したのですが、
他のレンズを寄せ付けないほどに生彩あふれる黒の締まりと、
それに劣らず、目を奪う白の輝きで、最初から好評でした。

私は当時から終始一貫して、ナチュラル志向でした。
カルティエ=ブレッソンの影響を受けて写真の道に入り、
今に至るまでずっと私の写真の神様は、
カルティエ=ブレッソンなのですから。
最初からノートリミング。
現像はあっさりと上げて、
引き伸ばしの際、F8に絞って、8から12秒程度露光して、
黒が締まるまで現像液を揺らし続ける、というシンプル手順。
実は焼き込みも覆い焼きもなし。
それで白から黒までしっかりグラデーションの整った写真ができました。

ツァイスレンズは一見シャープではないのに、
コントラストがよくて、立体感があり、三次元に仕上がるのに、
ニコンの写真が平板な二次元画像でした。
しかも、大伸ばしすればするほど、不思議なほどに、
ディテールが豊かになり、像がさらに締まります。

ポートレートをプラナー85mmF1.4のF5.6と、
ペンタックス6×7のF8で比較したことがありますが、
プラナーはそこに人物がそのまま居るのに、
ペンタックス6×7はディテールがやや崩れて、平板でした。
原版のフォーマットの大きさの差など、あっさりクリアー。
仲間の幾人かは約1年の間にコンタックスに転向してしまったほど。

12年間で3000本の35mmネガ、600本のブローニーネガを仕上げました。
月平均たった25分ですから、大した量ではありません。
その後、仕事の負担がますます増大して、
現像、引き伸ばしをする時間がとれなくなり、
泣く泣くカラーリバーサルに転向しました。
私がモノクロームとカラーの違いを実感したのは、このときでした。
★次回に続く★
by hologon158 | 2016-01-28 22:23 | ホロゴン外傳 | Comments(0)