わが友ホロゴン・わが夢タンバール

637.02 ホロゴンデイ160「2016年3月5日ホロゴンと葛城古道の相性は抜群」2 持ちつ持たれつ


生物学者たちはどうやら人間以外の生物について、
その精神生活の存在を否定するようです。
完全な本能的生理があるだけ。

アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドは考えました、
もちろん生物学的な意味ではありませんが、
すべての現実的存在は物質極と精神極を備えている。

科学的問題ではないのかもしれませんが、
未だに解決できていない問題があります、
「心はどこにあるのか?」
昔から、脳だ、心臓だ、腹だ、等々、諸説あります。
どうも体全体にあるのではないか、そんな感じがします。
そして、心や意識の存在を検証することもできません。
行動学的に処理することも難しい。
完全に寝たきりで、目も動かさず、反応もしない人が居て、
だから、心はなくなったか?
そんなことを言える人は居ません。

同じように、ミクロからマクロまで無限の存在が宇宙を満たしていますが、
そのどれが心を持ち、どれが持たない、など言える人も居ません。
人間の体の中にも、ミクロの世界が深く深く幾層にも重なっています。
まさにユニバース。
このミクロ宇宙に生きる存在たちについても同じことが言えます。

もっといえば、私たちの宇宙だって、
意識のある巨大な有機体の腸の中にあるかも知れないのです。
宇宙は、研究が進めば進むほど、超々々々々々々巨大になっていきます。
私たち人間は実は超々々々々々々ミクロの存在なのです。
私たち人間の下にもまだまだミクロの世界が深く深く広がっているのですが、
それにしても、太陽系も含めて、存在のヒエラルキーの中で、
私たち人間は、遙か遙か低層に位置する、極々こんまい存在なのです。
シロアリや兵隊アリたちとほとんど同列。
それなのに、自分のミクロの環境を、自分を含めて、
完全に破壊できる能力を身につけてしまいました。

そこが恐竜との巨大な違いです。
恐竜たちは、環境の激変によって地球上の支配者の地位を失うまで、
環境、生態を自ら破壊することなく、
1億6千万年ほども繁栄し、進化し続けていたのです。
生物学者たちはそんなことにちっとも感銘を受けないようですが、
私は違います。
恐竜たちを深く尊敬します。

こんな風に考えると、そんな宇宙の住民、後継者として、
人間は宇宙を健全に保全する責任を負っているのではないでしょうか?
生態学が明らかにしたもっとも重要な真理は、
宇宙の存在は持ちつ持たれつ、ということでした。
そうしないと、いつか自分に消滅の運命がまわってくる危険がある。
とくに日本の政治家、企業、官僚たちにそう強く警告したいですね。
でも、私のこんな警告を理解できる頭があるとは思えませんね。
なにしろ歯舞を読むこともできない大臣しか見つからない社会なのですから。





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by hologon158 | 2016-03-29 23:26 | ホロゴンデイ | Comments(2)
Commented by korekazu at 2016-03-29 23:34
レンズがどうであれ、私にはhologonさんの作品にしか見えません。
飯のタネにしてるかどうかが、プロとアマの違いであって写真家は写真家、自覚的に写真を撮り自分を写真家と認める者はすべからく写真家であると私は考えます。
Commented by hologon158 at 2016-03-30 11:11
korekazuさんのおっしゃる通りなのですが、
私は自分を写真家とは認めないだけのことです。
それに、もう一つの問題は、
じゃ、他はあなたを写真家と認めるか?
写真を他者への表現行為と捉えるのであれば、
この問いを避けて通る訳にはいきませんね。
こうなると、さらに難しくなります。
私は面倒なので、自分の写真は他者への表現じゃない、
表現だとしても、自分のためだけの記憶だ、
そう考えることにしています。