わが友ホロゴン・わが夢タンバール

649.01 ホロゴン外傅169「2016年6月15日ゾンネタールSoftで天満橋試写」3 吉田正写真教室


7月21日木曜日、二ヶ月ぶりの吉田正さんの写真教室です。
参加メンバーは11人。
いつ参加しても驚かされることは、
この教室のメンバー全員が、私には絶対に撮れない、
それぞれ独自の写真作品をお撮りになっていること、
しかも、私には想像の及ばない場所と方法でお撮りになって、
しかも、それぞれに独自の作品世界をお作りになっていること。

このようなことが写真教室で可能なんだろうか?
まともにこう質問してみると、
いや、そんなことは普通には可能ではない、
そう答えざるを得ません。
まったく不思議な写真教室です。

ただ一つ考えられる理由があります。
講師の吉田正さんのお人柄が
生徒お一人お一人の写真への姿勢を知らぬ間に変えてしまい、
人に教えられる写真ではなく、
自分の心の中から生まれてくる写真を撮る方向に後押ししてもらっている!

私自身ははっきりと、
吉田正さんのそのような「人格的感化」を感じます。
私もかなりスペシャルな写真観を持っていますが、
吉田正さんともう一人の写真家林孝弘さんから、
この10年に受けた人格的影響がいつしか私の骨肉となって、
写真の方向性や実体を変えてきた可能性を否定することは無理だと感じています。
私はもともと独創的でもなんでもないただの写真好きでしかなかったのに、
いつしか、なにかしら一本の柱に沿って撮るようになっているのですから。

人間の特異性は、人間だけが後天的な文化的影響を受けて、
自分の人生、世界観、芸術観を育て、
その影響なしには考えられない独自の成果を上げることにあります。
巨人の肩に乗って、巨人よりも遠くを見通すことができる、
これが人間の特異性なのでしょう。

写真の場合、吉田さんや林さんよりも遠くを見通すことができるわけではなく、
自分なりの特異性を帯びた独自新規の視点を育てることができる、
それが優れた写真家に学ぶ理由だと言えそうです。
優れた写真家の真似をしても、
成長したり進化したりすることはできません。
自分なりの視点、撮り方、写真というものがあり、
それを見つけない限り、自分なりの個性を帯びた写真など撮れない、
そう気づかない限り、どんなに写真的技巧に上達しても、
自分の写真とはならない、ということなのでしょう。

ただし、私は、写真教室の生徒としては落第。
どこまでもレンズの写真なのですから。





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by hologon158 | 2016-07-21 23:59 | ホロゴン外傳 | Comments(0)