わが友ホロゴン・わが夢タンバール

656.03 ホロゴン外傅173「2016年8月12日バルター50㎜F2.3は奈良町ロケ」3 苦節十年



2016年7月23日、私にとって記念すべき日になりました。
揚琴を習って10年、ついに!
左手の手首が突然なめらかに回るようになったのです。
こう書いても、楽器をやっていない方にはなんの意味もないでしょう。

ピアノでもそうだと思うのですが、
両手が一つの旋律を演奏することがあります。
そんなとき、どちらも手も同じように動いて、
完全に同質の音を奏でない限り、旋律を正しく歌いあげることはできません。
打楽器は本質的にぶつ切れの音ですが、
その残響音を滑らかにつなげて、一つの旋律線を描き出すのです。
グールドが演奏するバッハの「ゴールドベルク変奏曲」の冒頭のアリアが好例です。
なんという美しい旋律が静寂の中に浮かび上がることでしょう!
グールドの手の動きのなんと美しく優雅なこと!

ちょっと脱線。
グールドがコンサートをやめた理由の一つがここにあるのかもしれません。
完全に自己に没入して、
静寂の中に一つの旋律線を描き出しています。
一つの音をピンと響かせ、それから、絶妙の間合いをとって、
バレリーナのように美しく宙を舞う手が次の音を出そうと、
キーに落ちようとするその瞬間、
ゴホン。
土俵で行司の「待ったなし」のかけ声の次の瞬間、
バッと立ち上がろうとした力士の前に行司がすっと足を出して、
力士の足をひっかけるようなものです。
猛牛のような力士の勢いを止めることはできなくても、
力士の注意力は一瞬この意外な出来事に逸れるでしょう。
もうそれだけで致命的ではありませんか?
グールドにもそれが起こったでしょう。
それも、ときには演奏に幾度も。

私がYouTubeで見た大ピアニストの演奏では、
女性がまったくなんの遠慮もなく、
規則正しく「ゴホン.....ゴホン」と咳を十数回反復しました。
大ピアニスト、かわいそう!
内心煮えくり返るような思いをし続けたことは間違いがありません。
マックのCRTを眺めている私も煮えくり返りました。
今でもときどき思います、
この女性、いったい、どんな人間なんだろう?

話をもとに戻しましょう。
揚琴でも、同様なことができなければなりません。
咳のことではありませんよ。
ぶつ切りの音なのに、一つの旋律線を描き出すこと。

でも、いかなるスポーツもやらなかったせいでしょう、
私の左手は堅く固まったまま。
10年間、私の左手はぎこちなく上下し、
右手と異質なサウンドを出し続けてきました。
一応なんとか曲を弾くことはできます。
でも、いつも親方と徒弟の二人して刃物を叩き出そうとする、
鋳掛け職人さんのような感じ、
カン..コン..カン...コン..カン
規則正しいリズムにならない。
音の強さもリズムも不規則なので、
美しい旋律なんかにはならない。

ところが、23日、
突然、ほんとうに突然、
左手が滑らかに動くようになったのです!
揚琴演奏の双方の柱の一つがトレモロです。
両手を、あるいは片手を使った同じ音を細かく均質に刻み続けます。
ギターやマンドリンと同様です。
「アルハンブラの思い出」を思い出してください。
無理して弾きますと、疲れます。
ところが、左手が回るようになると、事態は一変!
疲れない!
これまでは左手に脳が「細かく上下しろ!」と指令を送り続けていました。
そしたら、左手が「お願い、やめて! 疲れたあ!」と返していたのです。
ところが、そんなやりとりが突然不要になってしまいました。
勝手に両手が細かく上下動を継続してくれるのです。

付虹先生の弟子にはそんな風に弾ける人が幾人もいます。
まだ揚琴習いはじめて間がない方もお二人、
すでに手は滑らかに動いているのですから、
大阪弁で言いますと、「やってられん!」という気持ちになります。
でも、なんだか「やっていこう!」という気持ちになれました。
到達点ではありません。
ただの出発点。
10年もかけて、初心者の次のステップに上がることができたのです。

前にも書きましたが、
私はテレビも見ないし、スポーツも観戦しません。
でも、福原愛ちゃんが大好きなので、
YouTubeで卓球のビデオをあれこれのぞいてみました。
日本女子卓球チームって、面白いですね。
3人の選手が揃いも揃って幼児の頃から親に特訓されて、
幼くして頭角を現した天才ばかり。

どうやらその訓練の土台は、果てしないラリーの応酬を
毎日毎日何時間も続けることにあったようですね。
どんな球にも瞬時に正しく反応するように、
体を完全に自動化するプロセス。
試合では、相手選手はあらゆる秘術を尽くして、
まさに魔球を飛ばしてきます。
自動的に反応するのではなく、瞬時にその魔球を正しくさばいて、
逆に相手がとれないような魔球を打ち返さなければならない。
そんな頭脳の瞬時の指令を自動的に体が反応するように、
幼児からの果てしない訓練が生きてくるのでしょう。
どんな天才も才能だけでは大成しない!
当たり前のことですが。

優れた演奏家の演奏はこれに似た現象なのかも知れません。
私のような素人の演奏はただ単に間違わずに、
できるだけ美しく弾きこなすこと以上には出ませんが、
それでも、やっぱり頭と体が連動しなければならない。
その第一歩をようやく踏み出せるようになった。
そんな気持ちがしています。

ホロゴンでなんとか写真を撮れるようになりたい、
そう願って、苦節20年。
まだ、道半ばの思い。

でも、ホロゴンで20年。
揚琴でトレモロができるようになるのに、10年。
二胡ときたら、始めて2年経つとうというのに、
まだ開放弦の弾き方で右往左往している。
私は一体どういう人間なのでしょうね?
大阪の人なら一言で言うでしょうね、

   「とろいの、あんた」





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by hologon158 | 2016-09-06 11:10 | ホロゴン外傳 | Comments(0)