わが友ホロゴン・わが夢タンバール

691.03 ホロゴンデイ196「2017年5月15日久しぶりにホロゴンが奈良町へ」2 竹下夢二

竹下夢二の画集をのぞきました。
美しいですね。
色合いがほどほどで、しっとりとした気分になります。

竹下のなよやかな美女はとても有名ですが、
傾け方やプロポーションがかなりモジリアーニに似ていますね。
調べてみると、同い年なのですね。
没年がモジリアーニの方が早い。
でも、夢路の最初の画集は1909年。
画集所収の絵の一番古いのは1914年の数枚ですが、
すでに後年彼の名を高らしめた細面とその傾きがはっきり認められます。
1914年は、モジリアーニが本格的に画業に専念し始めた頃で、
当時もそれ以前もほとんど無名だったのですから、
夢二がモジリアーニの絵を知るはずがなく、
まして、モジリアーニも夢二の絵を見る機会はなかったでしょう。
どうやら二人の美女の似よりは、お互いの関係上は偶然のようです。

でも、話は簡単には終わりませんね。
スペインの大画家エル・グレコをどうしても思い出してしまいます。
二人が彼の絵を見なかったとはとても思えません。
そして、二人の美女の顔かたちと傾き、なおやかな姿態は、
エル・グレコそっくりです。
グレコにとって、そのような美女の姿は標準ではありません。
なおやかな姿態は画題から自然に生まれ出た、と言えそうです。

エル・グレコは73歳まで生きました。
夢二は49歳、モジリアーニは35歳で亡くなっているので、
早世であったと言えそうです。
勝手に夢想させていただくだけなのですが、
二人が描いた女性たちはともに、寿命一杯に頑健に生き、
人生を謳歌したとは思えない雰囲気があり、
美人薄命を絵に描いたような人ばかり。

よく言われることですが、
画家が描く絵はそれが何であれ、自画像である。
モジリアーニも夢二も、画家自身が薄幸の人生を自覚しながら生きながら、
絵を描き続けることで、さらに生命力を絵に移して行って、
最後に力尽きたのではないか、そんな感じがします。
私は実は、夢二はもとより、モジリアーニも、どんな人生を送ったか、
知りません。
もともと、モジリアーニの絵が別に好きではなかったからです。
まして夢二の絵ときたら、時折見かけても、ただの風俗画で、
まるっきり好みじゃない、と考えていたから、
大げさに言えば、彼の絵など歯牙にもかけなかったというのが真相。

改めて、夢二の絵を通観して思うのですが、
なよやかな美女たちは、白昼夢を見るような眼差しで、
それなりに魅力的なのですが、
バックグラウンドと一体となって一枚の絵となっている、
という絵はほとんどなく、ただの書き割りという感じ。
モジリアーニはいつも渾身の力で描いています。
だから、マンネリには陥っていない。
描線ものっぴきならない緊張感が感じられません。
一枚の絵として持つ完成度があまり感じられないのです。
こう言ったら、言い過ぎだとクレームを付ける方もおいででしょうけど、
モジリアーニと異なり、風俗画家にすぎなかった、
それが私の正直な印象。

こんな風に竹下に冷たい感じになるのは、
どんなことにも、気合いを入れてやりたい、
洒脱とは無縁で、ともすると、肩肘張ってしまう、
私の性格から来るのでしょう。





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by hologon158 | 2017-06-02 23:58 | ホロゴンデイ | Comments(0)