わが友ホロゴン・わが夢タンバール

28.22ホロゴンデイ9「2005年12月17日の陶器町常滑」22 陶器に人類の未来を見てみたい


法隆寺の宮大工の聞き書きの中で、
小川三夫氏がこう語っているのを見つけました、
「道具というのは不思議なもんで、丁寧に丁寧に使っていると、
道具がそれに応えてくれるようになる。
道具は自分の手の分身やから、
毎日使っているうちに、
道具から魂みたいなものが伝わってくるようになるんだな。」
名人がすぐれた道具を毎日使っていて初めて言える言葉、
そう考えるべきで、私たち日曜写真家には無縁の境地です。
でも、だからと言って、無視できる言葉ではなさそうです。
カメラとレンズという道具は心を表現するものなのですから、
大工道具とはまた違ったアプローチがあるはず。
情景は心に伝わり、
その心の印象がレンズを通して、
フィルムに定着される、
これがカメラのメカニズム。
こう考えると、小川氏にならって、こう言うべきでしょう。
カメラとレンズを心から愛し、心から信頼して付き合うと、
それに応えてくれる、と。
陶器だって、そうかも知れません。
手作りの陶器には、ろくろを回す陶工の手と心の形が印象されます。
陶器の肌と形が人肌のあたたかみを覚えているのです。
そのような道具は、使う人がこれを愛して使いさえすれば、
その心にさえも感応し、応えてくれるかも知れません。
常滑には、陶器の町ならではの大甕が所々に置かれています。
どうやって作ったのでしょうか?
その存在感にはただならぬものを感じます。
ちょっと強引ですが、想像してみましょう。
いつか、現代の機械文明が破綻してしまったとき、
陶器に、中心的な生活具としての出番が回ってくるのではないでしょうか?
私たちは今、知らずして、機械語で思考し、ものを機能として把握しています。
心は冷え、周りの存在をつねに機械ととらえ、突き放しています。
陶器語で思考するようになれば、ひょっとすると、
ものを存在として、人間の友として把握できるようになるかも知れません。
そうなったら、
もっともっとあたたかい心の文化が花開くのではないでしょうか?

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by Hologon158 | 2008-09-23 00:17 | ホロゴンデイ | Comments(2)
Commented by saltyfish at 2008-09-23 08:14 x
長く使えるもの・・・ 何も持っていないなー
Commented by Hologon158 at 2008-09-23 10:25
re)Saltyfishさん
お持ちじゃありませんか!
あなたご自身、
奥様、
お子さんたち