わが友ホロゴン・わが夢タンバール

2009年 08月 15日 ( 4 )

100.23 ホロゴンデイ30「2009年5月30日毘沙門天のお膝元信貴山に遊び」23 武者震いが

小さな料理店でお昼をいただきました。
掘りごたつ風の二人席に、私一人。
他に客はなし。
なんだかバックグランドミュージックが果てしないイントロを繰り返し始めたので、
愛しのiPodを取り出し、スカルラッティのチェンバロ・ソナタをかけ、
外部音を完全シャットアウト。
次ぎに取り出しましたるは、愛しのポメラ。
右手側には、愛しのホロゴンウルトラワイド。
私の愛しの三種の神器が揃い踏み!
暗い和風レストランに人影はないし、店員も厨房に姿を隠してしまい、部屋に私一人。
あまりの暑さに、ランチに中ジョッキを足したことも手伝って、
ハイヌーンに天空遙かなる高みを悠々とはばたく鳳の気分です。
午前中2時間歩いたので、かなり汗が出たようです。
おかげで、爽快な気分です。
食後、そんな気分でこの文章を書いているのです。
西域ウィグルの地をバス旅行したときのことを思い出しました。
たしか高昌故城だったでしょうか、いにしえの都の広大なる遺跡。
気温はおそるべし40度を超していました。
空気がぴーんと高温に張りつめ、肌がピリピリするほどでした。
バスから降りた一行は、大急ぎで木陰に飛び込み、一歩も動かず、
扇子だけ動かして、ガイドさんの説明を受けています。
私一人、集合時間までの30分、炎天下を歩き回り、写真を撮りました。
暑さを感じないのではありません。
暑さに負けるつもりがない。
今いるのは四条河原町です。
西域とは比べものにならないほど、穏やかな暑さなのです。
これしきで負けてなるものか!
これから路地から路地づたいに南下して、京都駅まで撮影。
どんなロボグラフィに出会えるか、武者震いがしてきました。
さ、出発!

c0168172_2221996.jpg
c0168172_2222898.jpg
c0168172_2223521.jpg

by Hologon158 | 2009-08-15 22:04 | Comments(0)

100.22 ホロゴンデイ30「2009年5月30日毘沙門天のお膝元信貴山に遊び」22 新しい人間として

京都駅の北、東本願寺の西あたりの路地を撮影しながら、
撮影1時間、五条のマクドナルドに入りました。
幾度も歩いた道ですが、やはりなにかが待ってくれています。
京の町屋でさえ変わり、季節時間も変わり、私も当然変わっています。
数知れぬ因子の組み合わせが情景を作り出すのですから、
新しい顔がどっさり見つかるのは当然です。
もちろん人間の本質なんて、そう簡単には変わらないものなのでしょう。
ある人がこう言うのを聞いたことがあります。
「人間40にもなれば、もう変わりようがない。
だから、ハサミと一緒で、その人の能力、性格に合わせて使うより仕方がない」
つまり、バカとハサミと一緒にしてしまったわけで、随分傲慢な言葉と見えました。
でも、この人すでに60近い人でしたが、
思うに、この人、自分のことを考えていたんでしょうね。
私はこの言葉に絶対に同意できません。
死ぬまで同意するつもりはありません。
人間って、絶海の離れ小島で一人生きているのではありません。
流転する世界の流れの中で、自分も流転しながら生きている。
激流にもまれもまれ、新しいもの、新しい人、新しい世界観、新しい思考法と出会います。
もって生まれたものは、いわば手持ちの駒。
それに、どんな駒を加えるかは、自分次第。
たとえば、レンズ。
レンズは、ただのガラス玉ではありません。
私たちは、レンズを通して世界をもう一度見直すのです。
何本も何本もレンズをお使いの方は、多様な見方を手に入れるかも知れません。
でも、腰の据わったものにはなりにくい。
あなたが器用でなければ、沢山レンズを使うのはよしましょう。
一本のレンズで世界を見続けることを試すと楽しいですよ。
レンズなしで、世界がそのレンズ風に見えはじめるのですから。
私は、ホロゴン15mmF8一本にすべてを託しました。
以来13年、近頃ようやくホロゴン視覚が見に付き始めた感じがしています。
どんな視覚か、ですって?
誰も気にとめない廃れものたちが、路傍で輝いて見える、そんな視覚。
世界の見方が変われば、人間は、まったく新しい色のサングラスを手に入れたようなものです。
世界をもう一度新鮮な気持ちで見渡し、人、もの、場所と私との関係を作り直せるのです。
新しい友人との出会いだって、同じ効果があります。
私の場合、妻がどんどんと新しい姿、顔を見せてくれるという特権があります。
妻が私をどんどんと変えてくれる。
私の本質は変わらないかも知れないけれど、新しいものの見方を身につけるということは、
私が新しい人間として行動すること。
ですから、私は、どんなに見慣れた場所であっても、
ロボグラフィを心行くまで楽しめるのです。
ありがたいことです。

c0168172_2163555.jpg
c0168172_2164245.jpg
c0168172_2165011.jpg

by Hologon158 | 2009-08-15 21:10 | ホロゴンデイ | Comments(0)

100.21 ホロゴンデイ30「2009年5月30日毘沙門天のお膝元信貴山に遊び」21 第一条件は才能!

朝、京都に向かう特急の中、ポメラでこの記事で書いています。
午後三時、ちょっとした所用があるので、
それまでの半日、京都駅の北に広がる路地群を撮影することにしたのです。
残念ながら、同行者はゼロ。
おしゃべりできない代わりに連れてきたのがポメラというわけです。
日曜写真家は週1回がせいぜいですが、
たとえば、森山大道のような写真家は、
ターゲットと決めた場所を、用がない限り、毎日周り続けるようです。
そのエネルギーと気力には頭が下がります。
こうでなければ、写真家ではない。
それにしても、19世紀に発明されたカメラを使って、
独創的な写真世界を構築する才能が、発明後すみやかに世界に現れたことに驚きます。
まるで人間に写真家遺伝子が含まれていたみたいですね。
遺伝するかしないかは別として、画家や音楽家と同様に、
写真の才能が生得的なものであることは疑いがありません。
つまり、写真家の第一条件は、写真の才能。
簡単に言いますと、才能がなければ、写真家の可能性はない!
技術、経験、努力、修練をどんなに積んでも、無理。
写真家というのは、最初から写真家であって、
刻苦勉励の末写真家になりました、なんてことは起こらないのです。
私は、そんな例を知りません。
もちろん才能があっても、それが現れないことがあります。
努力と経験がないと、写真家として世に認められないことだって、あります。
50すぎて、突如開花することだってあります。
おっ、それって、ぼくのことだ!
あなたがそうお考えであれば、こうお答えするほかはありませんね、
「なるほど、ご自分でおっしゃるのですから、そうなのでしょうね。さよなら」
私は、増上慢、自己欺瞞が大嫌いです。
私の場合、幸いなことに誤解の余地はぜんぜんありません。
なにしろ若い頃からまったく休みなく30年間写真を趣味にしてきたのです。
日曜写真ですが、どんなに仕事が超多忙でも、休みなく写真を撮り、
努力も重ねてきました。
才能があれば、とっくの昔に開花して当然。
その間、写真の才能はまったく開花しませんでしたが、見る目だけはできました。
だから、自分の写真を見て、どこにもスペシャルなファクターなどない、
ただ撮っているだけだ、とはっきりわかるだけの素養はできたわけです。
増上慢におちいれないというのは、つまりませんね。
でも、出会ったものをそのときの気持ちのまま素直に写真に記録できるようになりました。
このことだけは、自分で自分をほめてあげたいのです。
素人写真には、これで十分なのです。
本日も、そんな写真をどっさり撮るつもり。
特急の窓の外は、強烈なる太陽の帝国です。
夏休みなのです。
男の子は戸外で遊ばなきゃ!

c0168172_2013977.jpg
c0168172_20131917.jpg
c0168172_20133061.jpg
c0168172_20134048.jpg
c0168172_201353100.jpg

by Hologon158 | 2009-08-15 20:15 | ホロゴンデイ | Comments(0)

100.20 ホロゴンデイ30「2009年5月30日毘沙門天のお膝元信貴山に遊び」20 歩く醍醐味

先頃は「一万年の旅路」にこだわったと思うと、
今度は「歩き」にしつこくこだわっていますね。
それというのも、歩きが大好きだからです。
車に乗らず、バイクにも乗らず、このところ自転車もやめて、ひたすら歩く!
これが現在の私のライフスタイル。
数年前までは、夏休みに約2週間の海外の旅を楽しみました。
毎日朝から日没まで歩きに歩いて、写真を撮りました。
それでも、ダウンしたこと、骨休みの日をとったことは一度もなし。
ひたすら歩き続ける、休憩日などとらず、休憩も最小限、これが私のスタイル。
狭い世界、そんなに急いでどこへ行く?
次の路地へ行くのです。
必ず、思いもかけないなにかが待っていてくれるのですから。
撮影の日以外、私は絶対にカメラを持ちません。
でも、目だけはホロゴンしています。
たえず油断なく見回して、ロボグラフィはないか? 探しているのです。
今日も、炎天下歩いていると、とても精悍な面構えの車に出会いました。
黒づくめで、フロントガラスに真夏の太陽がギラギラと輝いていました。
ああ、ホロゴンで、真っ正面から車だけ縦位置で撮ったら、
怖いほどに輝くモンスターが画面一杯に咆哮するのに!
私の職場の近く、空き家の車庫の壁が車がこすったのでしょうか?
玄妙な形状の半円形のイメージが白壁のなかで踊っています。
これもホロゴンで撮ったら、パウル・クレー調のアートまがいになるのに!
いつもそう思いながら通り過ぎています。
ホロゴンを持ってきて撮ってやろうとは夢にも考えない。
カメラを持たないときは、歩き専科に徹することにしているからです。
私はただの日曜写真家なのですから、平日はカメラをもたない。
それに、カメラを持たないとき、私は猛烈なスピードで歩くのが好きなのです。
それが一番楽しく、一番健康によい歩き方なので。
というわけで、「目だけホロゴン」式散歩もなかなか乙なものなのです。

c0168172_22551191.jpg
c0168172_22552027.jpg
c0168172_22552837.jpg

[後書き]
№6の壁の顔、もっと撮ったのにと不思議に思っていたのです。
翌週の京都三室戸寺のフィルム1本目の前半に隠れていたのです。
遅まきながら、十数枚、現シリーズの候補に加えることができました。
というわけで、「壁の顔」リバイバル!
3枚目、こんなのが私の好みなのです。
路傍の主人公に、
狼王ロボがかぶりつこうとしている、
ロボグラフィ!
by Hologon158 | 2009-08-15 00:10 | ホロゴンデイ | Comments(0)