わが友ホロゴン・わが夢タンバール

2017年 03月 28日 ( 1 )

681.01 ホロゴン外傅193「2017年3月6日奈良でまたフローライトが駆け巡り」7-完-私の頭を半分


今日はゆっくり骨休めしました。
アブニールコンサートが4月8日に迫っています。
その演目であるリコーダー二重奏に一番時間を使いました。

以前にも書きましたように、
独奏では上がります。
今回は、二重奏なのですが、出演名簿には私一人。
初心者だけが正式演奏者となるからで、
プロ音楽家のHMさんはサポートというわけです。
だから、私にとっては、独奏同然。
前回も上がりました。

ただし、上がる内容が変わりました。
以前は、途中でずっこけたりしました。
今は全部ちゃんと演奏します。
でも、内実では、精神的にパニックに近い状態。

ただし、合奏、伴奏も入れて、20回ほども出演して、
だんだん場慣れし始めているのか、少しずつ事態は改善されています。
今回はもう解消されてもよい頃あい、そう私は考えたい。
そこで、完全場慣れ化をサポートするために、
文字通り何百回も吹いて、
まあ、大げさに言えば、山口組が乱入してぶっぱなした拳銃弾が
私の頭を半分吹き飛ばしているのに、
それでもまだしっかりと演奏を続ける、
その程度に持っていこうとがんばっています。

この点で、RJPの伴奏CDにいくら感謝してもしたりません。
サンマルティーニやルイエの二重奏は、
片方のリコーダーだけの演奏があるので、
チェンバロの伴奏までしてもらって、
プロのリコーダー奏者の第二リコーダーと一緒に練習できます。
自然と、吹き方も音の支え方も身につけることができます。
だんだんと自信を強めつつあります。

でも、ありていに言えば、
どんなに沢山練習しても、上がるのを防いだり、
あるいは上がってとちるのを防いだりしてくれるだろう、
そう保証してくれるものではありません。
私たちの心の中でなにが起こるか、
まったく誰にも予測できないのですから。

ただ、この3曲をかなり滑らかに吹けるようになってきていることは確か。
私の場合、なぜか、揚琴と異なり、暗譜する気持ちは全然ありません。
理由は分かりません。
一つ思い当たるのは、
リコーダーの演奏では、気分によって吹き方を変えたい、
なんて気持ちにならないこと。
そっくりそのまま弾きたい。

本当は、その逆なのです。
ルネサンス、バロックの音楽とロマン派以降の音楽との違いです。
当時のルネサンス、バロック音楽の特質は、
どうやら即興性にあるようです。
楽譜どおりなんて、話が逆。
むしろ音楽はその場で心のおもむくがままに生まれたもので、
楽譜はその基本形を採譜されただけ、という曲がかなり多いようです。

でも、一般市民が集まって、即興で歌い、踊り、楽器を演奏できた、
なんて、現代では、一部の音楽家たちしかできない芸当では?
なんだか心も音楽的才能も、現代人は退化しているようです。





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by hologon158 | 2017-03-28 14:35 | ホロゴン外傳 | Comments(0)