わが友ホロゴン・わが夢タンバール

2017年 08月 15日 ( 2 )

700.04 ホロゴン外傅207「奈良町、2016年3月26日清水路地をスピードパンクロで」4 人生、記憶



初めてなにをやっても、さらりと見事にやってのける、
そんな人がいますね。
なにをやっても、いつもダサイ、
そんな人もいますね。
呉の呂蒙のように、
「士別れて三日なれば、即ち更に刮目して相待すべし」
というような目覚ましい変化、成長を遂げる人もいます。

私は、これらのどれにも当てはまらないことを知っています。
私は遥かに長いタイムスパンで生きています。
写真と来たら、40年を超えても、まだものにならない。
なんでも、身体の一部になるまで、
心で意識しないでできるようになるまで、
ひたすら積み重ねて行く、それが私のやり方です。
なぜ?
それ以外のやり方ができないからです。

だから、逆に、腹が据わっています。
一枚、二枚の傑作で勝負しようとも思わないですね。
ただただ撮り続けて、そこから自分の納得できる、
なにかが感じられる印象がじわりと浮かび上がる、
そんな「うねり」を感じさせる写真群にたどり着きたい、
そんな気持ちで、写真を撮っています。

写真家として大成したい、というわけではありません。
私の写真の土俵は、ひたすら私という一個の人間だけ。
人が、私の写真になにかを感じるかどうか?
これは、どうでもよいことです。
他人事。
私の写真を本気で受け止めるのは、私一人。
写真作品としてではありません。
人生、記憶の記録として。

40年前、30年前、20年前、10年前、5年前、1年前、
そんな過去の写真になにかを感じられるか?
その場の空気、心、情感が全部甦るか?

でも、写真を撮る現場で、
「ここをどう撮れば、ぼくの人生の記憶になるか?」
なんて、考えません。
ただ、その場を無心で楽しむだけ。
それ以外は、雑念でしかない。
撮ることを意識しながら、その場を楽しむことなんか、
できっこありませんね。
それができるときもあれば、できないときもある。
まだまだ、ですね。




c0168172_23161065.jpg
c0168172_23160403.jpg
c0168172_23155828.jpg
c0168172_23155264.jpg
c0168172_23153699.jpg
c0168172_23152978.jpg
c0168172_23152272.jpg
c0168172_23151642.jpg
c0168172_23150509.jpg
c0168172_23155828.jpg
c0168172_23145977.jpg
c0168172_23145286.jpg
c0168172_23144202.jpg
c0168172_23143622.jpg
c0168172_23142798.jpg
c0168172_23103488.jpg
c0168172_23102846.jpg
c0168172_23102261.jpg
c0168172_23101128.jpg
c0168172_23100531.jpg
c0168172_23100010.jpg
c0168172_23095475.jpg
c0168172_23094983.jpg
c0168172_23094321.jpg
c0168172_23093000.jpg
c0168172_23092462.jpg
c0168172_23091795.jpg
c0168172_23090678.jpg
c0168172_23080976.jpg
c0168172_23075852.jpg
c0168172_23075163.jpg
c0168172_23074354.jpg
c0168172_23073309.jpg






by hologon158 | 2017-08-15 23:19 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

700.03 ホロゴン外傅207「奈良町、2016年3月26日清水路地をスピードパンクロで」3 ジーターの言葉



ヤンキースの大スターだったジーターの言葉を読みました。
ちょっと抜粋してみましょう。
「現役時代に一つだけ後悔があるという。」
「「実は現役最後のシーズンに日記をつけていたんだ。
毎日、そこに何かしら書き込んでいたんだよ」
「現役時代を通じて日記をつけておけば良かったということだ。
忘れてしまうことも多いから」
「僕は近々父親になる。だから将来、子供と一緒に見返しながら、
僕が幼い頃に父がやっていたように、自慢できるかもしれない」

日記を付けることは難しいことです。
いわば、オイルの補充なしに、道中ずっと車を走らせる、
そんな地道だけど、休めない、日々の努力を必要とするからです。
誰も読まない。
自分も読み返したりしないだろう。
そう考えると、段々と残り少なかったオイルも尽きてしまいます。

幾度も書いてきたことですが、
ブログは日記のそんな障壁をぶち破ってくれました。
誰も読まないだろう、でも、もしかすると、誰かが読むかも知れない、
この緊張感があるから、ブログは続けられます。
別ブログ「わが友ホロゴン」を始めたのが2008年8月、
本ブログを始めたのが2011年5月、
両ブログですでに記事は1万前後(スマホで記事数が分かります)、
飽きるどころではありませんね、ますます、楽しい。

日記は続かないけど、ブログは続く。
ジーターさん、もっと若い頃、この秘密が分かったら、
読者が読める、子供達も読める、自分もいつか読める、
すばらしい人生記録を残すことができたでしょうに、ねえ。
ツィッターもフェイスブックも、私は全然関心がないので、
あまり詳しいことは知りませんが、
目的、役割、記事の参照方法が違い、日記代わりにはならないようです。
なんだか静かな池に小石を放り込むような波及効果があるようです。
一つの記事は友人に伝わり、その友人を通じて、その友人の友人に伝わり、
という風に、自分の見知らぬ人にまで伝わる仕掛けになっているようです。
多くのブロガーは、単純に来客をじっと待つブログに飽きたらず、
フェイスブック等のお友達拡大ツールに移行したようです。

私はそんな風に私の日記や写真を他人に伝えたいなんて、
まったくの意想外。
友達は真実の友達だけで十分と考えるし、
自分のことも未知の人にメッタヤタラに伝えたいとは思わない。
ブログだけしかしていない人は今ではかなり少ないのかも知れません。
でも、そんな人は私のような人間かもしれない、
そう考えても良いのか知れません。

そこで思うのですが、
私はジーターさんにはブログをお勧めしたいですね。
ジーターさんのような歴史的存在にとって、自分から宣伝する必要はない。
ジーターさんのことを知りたいと真剣に思う人だけが見に来ればよい。
シーターさん、今からでも遅くありませんよ。
ブログを始めましょう。





c0168172_16541023.jpg
c0168172_16543170.jpg
c0168172_16544096.jpg
c0168172_16544764.jpg
c0168172_16545344.jpg
c0168172_16550072.jpg
c0168172_16550750.jpg
c0168172_16552259.jpg
c0168172_16552818.jpg
c0168172_16553497.jpg
c0168172_16554188.jpg
c0168172_17125302.jpg
c0168172_17130000.jpg
c0168172_17130542.jpg
c0168172_17131322.jpg
c0168172_17132003.jpg
c0168172_17132785.jpg
c0168172_17133341.jpg
c0168172_17133931.jpg
c0168172_17134603.jpg
c0168172_17135288.jpg
c0168172_17135709.jpg
c0168172_17140870.jpg
c0168172_17141524.jpg
c0168172_17142291.jpg
c0168172_17142842.jpg
c0168172_17143374.jpg
c0168172_17144068.jpg
c0168172_17144734.jpg
c0168172_17145474.jpg
c0168172_17150077.jpg
c0168172_17150749.jpg







by hologon158 | 2017-08-15 17:17 | Comments(0)