わが友ホロゴン・わが夢タンバール

カテゴリ:タンバールアワー( 52 )

566.02 ホロゴン外傳141「2014年11月28日 京都四条でニューレンズが躍った」2 一番お好きな曲



昨年暮れのClub Sei-G写真展の打ち上げで、
私の前にお座りになった女性は本職のピアニストでした。
吉田正さんの至宝の中心メンバーのお一人。

    こう尋ねました、
        「一番お好きな曲はなんですか?」

    無茶な質問ですね。
    私のような素人のただの鑑賞者でも、
    こんな質問をされたら、腹を立てるかもしれませんね。

        「そんなバカな質問をするもんじゃありませんよ。
        名曲たちはただいに比べあうようなものじゃありません。
        好きな曲は何十曲もあります!」

さすがに彼女はもっと優雅に応対されました。

    「そう言われても、すぐには言えませんが、
    強いて言えば、今練習している曲です」
    これは至言ですね。
    この気持ちがなければ、聴衆を感動させることなどできませんね。

人生のすべてにわたって、この精神が基本ですね。
私が生涯やってきたこともこれでした。

    私もパスは無理かも知れないような国家試験のため、
    受験勉強を3年間しましたが、塾に通うわけでもない独習。
    ひたすら受験科目の参考書を反復学習するだけ。
    訳の分からない内容をなんとかこなしていく勉強に疲れると、
    気晴らしのために、大好きな本を読みました。

    つまり、試験勉強を本気で好きになるのは無理なので、
    本気で好きになれる本に身代わりしてもらったのです。

半時間勉強すると、その倍ほども本の世界に逃げ込み、
そのときは、受験のことは完全に忘れました。

    常時読んだのは、今となれば懐かしいのですが、
    カール・ヤスパースの「哲学」3巻と、
    アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドの「Process and Reality」

なんでこんな難しい本を読んだのだ?
    
    もちろんん、ついには合格しないかもしれない試験のことを
    忘れるためだったようです。

    読了した本を記録していましたが、コンスタントに15冊から30冊。
    これもやっぱり前途の暗雲を忘れるため。
    でも、おかげで、かなりすてきな本を読むことができました。
    私にとっては、そんな本から学んだ知恵は私の宝物。

そして、冒頭の話題に戻れば、
美しい音楽は私にとっては最高の美酒ネクタール、エネルギー源。

    7、8年前から先生について楽器演奏を習うようになりました。
    今は同時に、二胡、揚琴、ハーモニカを学習しているのですから、
    あきれたものです。

    妻からははっきり予言されています、
        「どれもものにならないよ。
        一つに絞らなきゃ!」
    もちろんこの言葉は正しい。
    でも、そのつもりはありません。

    なぜか?
    私は、これらの楽器をものにして、
    人に聴かせられるほどの技量に至るなんて、信じていません。
    楽器を習われた方ならおわかりでしょう。
    楽器の練習というものは「果てしない課題との対決」なのです。

昨年暮れ、付虹先生から揚琴の曲を頂きました。

    「吐魯番的葡萄熟了」

    ウィグル特有のリズムに満ちた楽しい曲です。
    でも、私はリズム、テンポが実に不得意。
    だから、一歩一歩学んでいくほかはありません。
    その努力をすることが、私を長生きさせてくれる、
    そう信じているのです。

人生は果てしない問題解決の道ですね。
問題がなにもなくなったら、そのときがボケの始まり。




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by hologon158 | 2015-01-06 17:14 | タンバールアワー | Comments(0)

56.21タンバールアワー5「2008年12月28日心斎橋」21-完- 深山に小鳥がさえずるように

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中国の奥深さは、たとえば、音楽でもその一旦が分かります。
日本の竹笛や尺八とおそらくルーツを同じくする笛が、
中国には幾種類もあります。
でも、中国の笛は、種類の多さで勝っているだけではなく、
音楽の質の高さと、笛の音色の美しさ、深さ、あたたかさにおいても、
日本の笛よりも数段上なのです。
私には、金管フルートよりも表現力があり、
音色の美しさと多彩さ、奥深さ、人間的なあたたかさでは、
フルートは足下にも寄れないとさえ感じています。
高音など、千住真理子のストラディヴァリウスの高音とそっくり、
深山に小鳥がさえずるように、可憐な歌声が静寂を貫きます。
一昨年北京に旅をしたとき、数カ所のCDショップをのぞきました。
なんと、二胡と並んで、笛は一番人気なのですが、それも当然。
一番手近に中国の笛の妙技を味わっていただくとすれば、
女子十二楽坊をご覧になったらよろしいでしょう。
二人の笛奏者がグループの両端に位置して、
台に置いた各種の笛を取り替え取り替え演奏する姿を見るだけで、
その凄さが分かります。
二胡だってそうです。
たった2本の弦の間に弓を挟んで、前後に動かして演奏します。
そんなに極端な制約があるのに、
4本で弦を駆使してヴァイオリンが演奏する「チャルダッシュ」を、
女子十二楽坊の日本公演で、二胡のリーダーがアンコールに演奏しました。
満座が固唾を呑んで見守る中、最後まで見事なテクニックで弾ききったのには、
驚愕、驚嘆、讃歎!
これまでの経験で、あれ以上に颯爽たる演奏者を私は観たことがありません。
揚琴の付虹先生にそのことをお話すると、先生、こともなげに、
「女子十二楽坊の5人の二胡奏者、みんなそれくらいできますよ。
実力はみんな一緒」
by Hologon158 | 2009-03-22 21:18 | タンバールアワー | Comments(0)

56.20タンバールアワー5「2008年12月28日心斎橋」20 あと50年経ったら?


WBCで韓国ががんばっているようですね。
えっ、テレビも新聞も見ないのに、どうして分かるのか?
インターネットのさまざまな記事情報で十分世界の動きはつかめます。
とくに、エキサイト、ご親切にブログ記事を投稿する度に、
記事見出しを見せてくれるのですから。
この十数年で、中国と韓国の国際的地位はきわめて高くなった感じがします。
この2カ国と日本が組めば、国際政治における地位は飛躍的に向上するのでは?
でも、どうも日本人、いまだにこの2カ国に対して、
ちょっと上から見下ろす姿勢を失っていないようですね。
残念なことです。
というのも、この2カ国を侮るのは大きな間違いだからです。
中国は、偉大な歴史的遺産と、膨大なる人的資源において、
日本が遙かに及ばない実力と可能性を秘めているのですし、
韓国は、その国民一人一人の努力と集中力と気力において、
日本人がとても太刀打ちできない力を秘めているのですから。
日本人は、ともすると、両国人の問題点を取り上げがち。
でも、私が個人的に知っている両国の人々は、誠実で信義に厚く、有能です。
両国の歴史をひもとけば、それは当たり前。
低劣な人もいるかわりに、高潔、高邁な人もいる、それは当然なのですが、
その人間的な魅力、迫力、深さ、才能という点で、両国は日本よりもかなり勝っている、
私はそう信じています。
低劣な側面で全体を見誤る、それが日本人の悪い癖ですね。
おかげで、国際政治はほとんど常に日本人の評価を低める方向で進んでいる始末。
歯がゆいですね。
あと50年経ったら、日本の国際的地位はどうなっているのか?
ちょっとというより、大いに心配ですね。

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[後書き]
クリムトにならって、話題性を狙ったというわけではありません。
どの女性も、きれいじゃありませんか?
by Hologon158 | 2009-03-22 18:22 | タンバールアワー | Comments(0)

56.19タンバールアワー5「2008年12月28日心斎橋」19 クリムトは「医学」で、ほんとに医学を描いたの?


ウィーンの画家クリムト、好きですね。
非常に装飾的な絵ですが、見事なリアリティがあります。
でも、そのことを書きたかったのではなく、
彼が1900年ウィーン大学の講堂に描いた天井画のことです。
「医学」
430cm×400 cmという大きさ。
その右側のメインに群像がひしめきあって、空に上っていくようです。
でも、その中にちゃんと髑髏も混じっているのです。
基底部に堂々たる装飾の衣装に身を固めた女性、
おそらく医学の女神または医学の営みの擬人化像なのでしょう。
左中空にが、幼児が中にいるようなプラットフォームの上に、
等身大の全裸の女性が立っています。
とても美しいのですが、立ちのぼる群像に手をさしのべて、
頭はそむけて、哀悼の意を表すように、うなだれているのです。
これじゃ、まるで医学がついに役立たなかった患者さんたちの昇天を描いた、
そうとられても仕方がないのではないでしょうか?
結局、この絵は大変なスキャンダルとなり、
注文主の政府は政治的に窮地に陥る危険まで出る始末。
画家は、巨額の手付け金を返却して、絵を他に売ってしまったようです。
そこで、疑問。
下絵を注文主に提出して、了解をとっていたのでしょうか?
とっていたとすれば、手付け金を返すまでもなく、
講堂への展示を要求すべきだったはず。
了解をとっていなかったとすれば、うかつか又は怠慢。
クリムトは、この絵がほんとに医学の尊厳を表現するものと考えていたのでしょうか?
そう考えていたとすれば、うかつですが、
2年前、絵画展のポスターのあからさまな表現が、
検閲官のクレームで手直しを余儀なくされたというのですから、
事前了解をとっていなかったのではないでしょうか?
2年前の状況を考えれば、事前了解をとらなかったとすれば、怠慢。
むしろ、クリムトは、もしこの絵にクレームがつけば、話題作りになると考えて、
あえてスキャンダラスな絵作りをすることで、
自分の画家としての独自性、革新性を宣伝したかったのではないでしょうか?
この絵が転売され、最後はナチスに接収された後戦火に失われ、
写真でしか見ることができないことを考えますと、
なにがなんでも、ウィーン大学の講堂に据え付けておいてほしかったですね。

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by Hologon158 | 2009-03-22 17:29 | タンバールアワー | Comments(2)

56.18タンバールアワー5「2008年12月28日心斎橋」18 我が子にどんな本を読ませますか?


あなたが親でしたら、よーく考えましょうね。
ときには致命的になりますよ。
私の場合がそうだった!
私の父は大の本好き、子供も本好きにしたかったのでしょう。
盛んに本を買い与えてくれました。
それも歴史に関するものばかり。
勢い、英雄たちのお話。
高校に入って、私の愛読書は三国志演義と水滸伝となりました。
大学に入って、これに司馬遷の「史記」、ギボンの「ローマ帝国衰亡史」、トゥーキューディデースの「戦史」が加わりました。
この5冊は、今まで、もう繰り返し繰り返し数回から10回近くまで読んだのです。
まさに「冬のソナタ」や「美しき日々」のチェ・ジウに耽溺して、
それぞれ5回以上は観ている昨今と、やり方は一緒。
いくつになっても変わらない。
それで、どんな人間になったか?
人に頭を下げたり、人に仕えたりするようなことができない人間になってしまった!
まがりなりにも組織に属することになると、
上昇志向の人間でしたら、これは致命的でしたね。
でも、これらの本を考えてみてください。
そんなちいせえことはちらっとも考えない人間たちが歴史を作っている!
というわけで、三つ子の魂百まで、ですね。
ついに組織の中で出世することもなく、
組織にあったもなお、生涯、自由業で生きてしまい、
ひょんなことから独立して、さらに自由に人生を満喫しています。
足りないのは金ばかりですが、幸い、金のかかる遊びは一切無縁。
そんな私が愉しんでいるのは、ただでできる、このブログ。
このあたりで満足しているとは、
あまり英雄的とはとても言い難いのですが…
お子さんを私のような人間にしたかったら、
そうですね、まず三国志演義を読ませてあげましょうね。
地位と金には無縁だけど、
一生、自分の生地のまま生きる人間にすることができますよ。

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by Hologon158 | 2009-03-22 14:20 | タンバールアワー | Comments(0)

56.17タンバールアワー5「2008年12月28日心斎橋」17 なぜタンバールなの?

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昨夜(というより今日)、寝る前にふと佐伯祐三を開いてしまいました。
こんなことはすべきではないですね。
絵に見入ってしまって、半時間寝そびれてしまいました。
前にも書きましたが、
佐伯の絵の面白さは純黒と純白との絶妙な対比なのではないでしょうか?
純白は、暗黒の中でこそ輝きます。
佐伯はこの黒の中の白に魅せられていたみたいですね。
でも、これだけでは、どこか絵が沈んでしまいます。
そこで、ほんの少しだけ赤をポイントに置く。
もちろん佐伯の絵はそんな単純な仕掛けで成り立っているわけではないので、
一枚一枚にそれぞれ独自に独創的な閃きが観られます。
でも、私が佐伯に心を奪われるのは、どこまで行っても、
黒の中の白、白の中の黒の美しさなのです。
その理由は単純、
私自身、そんな雰囲気で写真を撮りたいと念願しているからなのです。
私の脳内露出計はどうやら佐伯仕様なのです。
もちろん、佐伯のような純白は、この世にはなかなか見つからない。
だから、私のホロゴン写真は黒みがち、しずみがち。
これがどなたにもアピールしない原因の一つかも知れません。
そこで、ふっと閃いたのです。
私がサブにタンバールを導入した理由。
ひょっとすると、ホロゴンの黒とタンバールの白、
この2つを組み合わせたいのではないんだろうか?
使えば使うほど感じること、それは、
タンバールの他を圧する存在理由って、
限りなく清純な白!
今日はお休みの3日目、
昨日に続いて、今日も自宅でゆっくり過ごす積もり。
完全にリラックスしています。
こんなとき、私の場合、閃き(というより、我田引水)が働きやすいようです。
そんな風にホロゴンとタンバールでセットを組めるか?
それがこれからの課題となりそうです。
自分でもタンバールを手に入れた理由が完全に納得できず、
いつも考えあぐねていたのです。
ホロゴンになんでタンバール?
水と油、というよりホロゴンの油にタンバールの水じゃないの?
今朝、私自身としては、完全に納得しました。
ホロゴン専科の私がタンバールを手に入れる理由、
ちゃんとあったのだ!
by Hologon158 | 2009-03-22 11:38 | タンバールアワー | Comments(0)

56.16タンバールアワー5「2008年12月28日心斎橋」16 同時性ということ

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揚琴の課題は、今、和音。
左右両方のスティックで、上下2つの弦を同時に叩きます。
そのとき、ちょっとでもずれたら、音が濁るのです。
ピアノももちろんそうだと思うのですが、
揚琴の場合、スティックはピンポイントで弦にぶつかります。
つまり、同時性がきわめてシビアなのです。
付虹先生の師匠である李小剛先生のDVDをお借りして観たことがあります。
「和音はこうして出すのですよ」
そう言いながら、左右のスティックをやさしく弦に落としました。
そのときの音を今でも忘れることができません。
ピアニッシモ。
その音がたった一つの音だったのです。
どうすれば、あんなに完璧な同時性を実現できるのでしょうね?
ここで気づきました、
グレン・グールドの音があんなにもクリアーに粒立ちがよいのは、
彼のタッチの同時性が他のピアニストよりも1次元上なのだ!
(当たり前のことを今さらのように発見する、頭が鈍いのですね)
こんなことを考えていますと、さらに写真家のことも考えてしまいます。
カルティエ=ブレッソンのスナップがなぜあんなにも見事なのか?
結局、彼の心と体は、グレン・グールド並に見事に連動していて、
その同時性の程度がなみの写真家たちの次元を遙かに超えているのではないでしょうか?
by Hologon158 | 2009-03-22 00:08 | タンバールアワー | Comments(2)

56.15タンバールアワー5「2008年12月28日心斎橋」15 大事なことは作法にかなった行い

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道元の「正法眼蔵」に、今の私にとってもふさわしい言葉を見つけました。
念のため、申し添えますが、決して私がこの超難解な書物を読み解いて、
記憶していたのではありませんよ。
そうじゃなくて、ちょっと開いたのです。
そうすると、目に飛び込んできた、ただそれだけ、お間違いなく。
こんな言葉です、
「しるべし、諸仏の仏道にある、覚(悟り)を待たざるなり。
仏向上の道ドウに行履アンリを通達せること、ただ行仏なり。
自性仏等、夢也未見在なるところなり」
「行仏威儀」の中にある言葉です。
意味は、
「そもそも仏というものは、さとりだけを期待するものではないんだよ、
ただ一筋に、仏にむかっての道を一歩一歩と踏みしめてゆくのだ。
だから、大事なことは作法にかなった行いなのだ。
自分が仏になろうなどとは夢にもみないものなのだよ」
この道元という人、こんな風にたまにちょっと眼を通しただけでも、
ただ者じゃないことがわかりますね。
ある人が言っていたことを思い出しました。
「写真家って、なろうとしてなれるものじゃないよ。
写真家って、もともと写真家なんだよ」
なんだか仏様も写真家も似たところがありそうですね。
by Hologon158 | 2009-03-21 23:07 | タンバールアワー | Comments(0)

56.14タンバールアワー5「2008年12月28日心斎橋」14 人生のことを真面目に考えたら?

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先日、友人二人と東寺の弘法市を撮っているとき、
昔所属していた写真クラブのメンバーだった女性写真家に出会いました。
しばらく歓談したのですが、その女性がこう言ったのです、
「わたしはもうポートフォリオを作る時期にきているので、
今、困っているのよ、なかなかよいものが作れなくて」
私の友人たちには、この意味深長な言葉の意味が分からなかったようです。
私にはピンと来ました。
一人前の写真家として、自分の作品世界を一望できるサンプル集を作っておくのです。
彼女には、そんな時期が来ている、ということは?
私たちには、来ていない!
そう、私たちはもちろん写真家じゃないので、当然来るはずがない!
そこで、一体、ポートフォリオとはなんなのでしょうか?
独自な個性の写真家としての存在理由を明らかにする、
その人固有の作風に基づく作品群、
そんなところでしょうか?
もちろん、私にも私の友人にもそんなものはありません。
この女性、独特の個性をもった独立独歩の人物です。
こつこつと写真を撮ってきて、ニコンサロンでも個展を開き、
今まさに開花しようとしているところ。
人を感動させる素敵な写真世界を創り出されることを、
切に願わざるを得ません。
えっ、なんておっしゃいました?
「あんたはどうなんだ、自分だって写真家になりたいだろうに!」
そうお感じになっているとしたら、それは大きな誤解。
真面目に自問自答してみますと、
そんな気持ちは、前にはあったけど、もう何年の前からまったくなくなりました。
人生のことを真面目に考えたら、答えはあきらか!
成功率のきわめて低い写真家への道をきっぱり忘れたら、
素敵な世界が写真にも揚琴にもその他の多くの楽しみに開けたのです。
私の正直な気持ち、
人生はなにになるかで決まるのではなく、
どう生きるかで決まる!
私は、写真家になって、人生を失いたくない。
by Hologon158 | 2009-03-21 21:52 | タンバールアワー | Comments(0)

56.13タンバールアワー5「2008年12月28日心斎橋」13 突如シャガールに目覚めて!


前回書きましたように、版画は素晴らしいものでした。
でも、一番感銘を受けたのは、版画ではなかったのです。
部屋の片隅の卓上に置かれた2冊の本。
2冊ともシャガールの本でした。
まず、「オデュッセイア」、
巨大な箱です。
段ボールの箱を開いてみると、巨大な本が出現しました。
オデュッセイアのドイツ語一巻本です。
シャガールのドローイングの挿絵が幾枚か含まれているようです。
でも、絵はそれだけ。
どうやら、シャガール自身がデザインしたようです。
とても美しい装丁ととても美しいロゴ。
おそらく手作り豪華本として、超高価なのでしょう。
でも、幸せな色のないシャガール本なんて、ちょっと魅力なし。
その点、2冊目は強烈に素敵!
「Litgraphs」、1000作以上のシャガールのリトグラフ全部を収録したカタログ。
帰宅してインターネットで調べてみると、
シャガールの6冊本カタログの作品全部を収録した廉価本。
それがなんとも見事な印刷なのです。
さっそくアマゾンで検索して、外国版のプリントを一冊注文しました。
ついでに、ジャン・ジャンセンの画集も一冊。
これは楽しみになりました。
実は、私は色彩感覚が非常に乏しい人間なのです。
ホロゴンなら、あまりカラフルな画像ではないので、そんな私でもなんとか使えます。
でも、タンバールとなると、もうこれは色彩感覚の勝負。
シャガールの色調と絵柄って、ちょっとタンバール風。
ひょっとして、なにか参考になるかも?

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by Hologon158 | 2009-03-21 19:22 | タンバールアワー | Comments(0)