わが友ホロゴン・わが夢タンバール

カテゴリ:ホロゴンメッセージ( 7 )

76 ホロゴンメッセージ8「しばらくコメント欄閉じさせてくださいね」

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ふっと気づきました。
いったい、なにをしているんだ!
この時代です、人生、いつ終わるかわからない。
自分のしたいことだけをすることに決めたんじゃないか?
それなのに、そんな貴重な時間を使って、
ブログにコメントきたかな? もないだろ?!
平均として一日か二日にお一人、コメントをいただきます。
たしかに、そんなコメントを読むのが喜びだし、返事を書くのは楽しい。
でも、コメントを受け入れる設定にしていますと、どうしてもコメントを期待してしまう。
期待しているのに来ない。
だから、ほとんど毎日、軽い欲求不満と失望を覚えてしまいます。
ときには猛烈に自分では大好きをアップします。
そんなとき、どうしても考えてしまうのです、
さて、どんなコメントが来るかな?
それなのに、誰も応答してくれない。
そうすると、どうしても考えてしまうのです、
あんまりよくないってことなのかな?
「不惑」の年をはるかに通り過ぎて、まだこんな惑いをするなんて!
ブログを始めた初心に戻るべきだ、そう気づきました
写真素人として、どこにも発表する機会のない人間が、
ブログに自分の写真を掲載することで、愛する写真たちに晴れ舞台を踏ませてあげたい!
それで十分じゃないか!
というわけで、素人写真の貯蔵庫、それに徹することにしました。
そこで、コメントは原則として受けないことにしました。

こんな決断をするにあたり、一体、ぼくのブログにどの程度の人が来ているんだろう?
もうきっとほんの十数人に減ってしまっているだろうな、そう考えて、
エキサイトブログのレポートを久しぶりにチェックしてみました。
驚いたことに、チェックするのをやめた2か月前とまったく同数、
毎週毎週変わらず、1日の平均実数が80人前後のまんま。
たいていの方が1日か2日おきにおいでになると仮定しますと、
80人プラスαの方がコンスタントにお出でになっていると推測されます。
この数はブログとしては圧倒的に少数であることはもちろん否定できませんが、
私の写真と文章の質のことを考えますと、
よくもまあ凝りもせずに、お出でになる方がいるものだと、正直驚かざるをえません。
でも、これだけお出でになっても、コメントをするおつもりはぜんぜんないのですから、
コメントなしの設定にしても、見たい方はおいでになるでしょう。
でも、これを限りに、当分はまたレポートは見ませんので、
なんだつまらない、それなら、来るのはやーめたと、お見限りになっても、
私には分かりませんので、ご心配なく。
そう考えると、なんだかお別れのような気分になってしまいます。
私も、こだわるつもりはありませんので、
kiricoさんにならって、気が向いたら、ときどきコメント欄を開くことにしましょう。
それに、これまでコメントをしていただた方のブログは全部お気に入りに入っていますので、
私の方は、気が向いたら、コメントをさせていただきますので、
お付き合いが完全になくなるというわけではありません。
どうか、今後もよろしくお願いします。

[後書き]
じんさん、kiricoさん、ごめんなさい。
コメント頂いて、お返事も書いていたのですが、
このメッセージをアップした後に、コメント禁止の設定にしたら、
これまでのすべてのコメントが隠れてしまいました。
お二人のブログにももちろん今後もおうかがいします。
ほかにもコメント頂いたのに気づかなかった方がおられるかも知れません。
みなさん、以上の事情なので、どうかお許しください。
by Hologon158 | 2009-05-26 22:05 | ホロゴンメッセージ | Comments(0)

70 ホロゴンメッセージ7「God's Artって、一体なんなのだ?」

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God's Art
この言葉をお聞きになったことがありますか?
ない?
そうでしょうね。
私だって、聞いたことがありません。
なぜって、私が作った言葉なのですから。
「神様の芸術」
略して言えば、「神美」!
一体なんなのだ?
神様の芸術、それはこの全宇宙にほかなりません。
(と、こんなときだけ、キリスト教徒に変身して、)
6日間かけて天地創造をなされた後、
「神は、お造りになったすべてのものをご覧になった。
見よ。それは非常によかった」
宇宙そのものは疑いもなく美しいのです。
でも、細部を彫琢しないで、全体を美しく仕上げる、
これもまた無意味。
神は、「すべてのもの」を非常によかったとされたのです。
神は人間ではないのです。
天地創造の最初の瞬間がよかったのではないのです。
時空の全てを見渡すことができる神が見て、
この全宇宙の時空のすべてが非常によかったのです。
宇宙のいたるところ、すべての時間にわたり、
宇宙の片隅という片隅、ほんの小さな地球のひとかけらにも美が宿っている!
それに気づかないのは、人間の卑小さゆえであり、
人間が現世の労苦にひしがれているなのではないでしょうか?
ひとたびそのことに気づけば、至る所で美を発見できます。
ロボーグラフィの形而上学的根拠はここにある、
私はそう感じるのです。
by Hologon158 | 2009-05-07 11:42 | ホロゴンメッセージ | Comments(0)

23ホロゴンメッセージ6「この世には数知れず写真はあれど…」


私にとって、撮りたいものは限られているのです。
写真家なら、それなりに写真世界があるでしょう。
その写真世界のなかで、さまざまな課題をこなして行き、
その課題を通じて、自己表現をすることになるのでしょう。
アマチュアカメラマンなら、それぞれに目標があることでしょう。
その目標を実現するために、刻苦勉励、奮励努力し、
それぞれに独自の作風、独自の個性を写真に盛り込もうと努力するでしょう。
私は、そんなレベルとはまったく無関係なので、気楽なものです。
ただ、撮ればよいのですから。
たしかに私はホロゴンウルトラワイドを使って、フィルム1500本以上撮りました。
でも、それはホロゴンによる撮影が巧くなりたいためではありません。
ホロゴンによる撮影法は、使い始めてすぐに確立してしまいました。
超接近水平垂直撮影法。
この撮影法、巧くなるもならないもないのです。
実に単純明快、誰でも出来ることなのですから。
以来、ひたすらこの撮影法だけで撮り続けています。
また、独自のホロゴン世界を構築するためでもありません。
独自の写真世界を構築するなんて、写真家のすることで、
私のすることではないのですから。
では、なにをしているのか、私は?
至極簡単なこと。
散歩して、出会った楽しい人たち、楽しいものたちを記録しているのです。
なんのために?
記憶のために。
じゃ、なぜホロゴンを使うのか?
ホロゴンで撮った写真が一番、自分の記憶にぴったり合っているから。
嘘だあ! こんな風に見えるはずがないじゃないか!
そうおっしゃる方もおありでしょう。
私も、最初の数年はそうでした。
私の視覚と写真との間におおきな懸隔、溝がありました。
でも、幾万枚目でしょうか?
私は、突然、ホロゴンが自分の視覚を強化してくれていることが分かったのです。
強化というより、魔術化なのかも知れません。
自分が見えるものより、自分が見たいものなのかも知れません。
本日の写真をご覧ください。
弘前の裏通りの美容室。
お店のご主人には申し訳ないのですが、ほんとうにうらぶれたたたずまい。
こんな雰囲気が大好きなのです。
時間と生活と心の旅が積み重なって、
お店がようやくこんな情感を醸し出すようになった!
うん、いい!
ホロゴン、もらいましょ!
それがこの写真。
私の心の揺らぎがこの光景に混じり込んでいる、
そんな気持ちにさせてくれるのがホロゴンなのです。

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by Hologon158 | 2008-09-09 18:59 | ホロゴンメッセージ | Comments(0)

14 上海の裏町は夕映えも人情映画風に(ホロゴンメッセージ)


さて、新ブログを立ち上げて3週間突っ走ってきました。
65件の記事をアップし、およそ240枚ばかり写真を掲載しました。
44Mbなので、前ブログ「ホロゴン讃歌」の写真容量30 Mbは
随分前に、軽く突破したことになります。
おかげさまで、天井知らずとなり、
ぐーんと大空に駆け上っていく快感。
ホロゴン写真たちが大喜びで、ひしめき合いながら、
「次はぼくだね!」「いや、わたし!」と口々に声をかけてきます。
私も、にっこり笑い返しながら、
「待ってなさいね、そのうち、ちゃんと出番が来るからね」
とにかくなにものにも制約されず、
好きなように写真を選択して、
好きなように文章を付けて、
好きなときに記事をアップできる、
いいですねえ!
幸せですね!
仕事のある日、週末外出日は、午前零時、午後6時、午後9時前後に3回、
仕事のない日は、ランダムに3,4回、記事をアップする、
これを前ブログ「ホロゴン讃歌」以来、約4ヶ月、かかさず続けて、
今では習慣となってしまいました。
両ブログ合わせて、4ヶ月弱の間に、
合計489件の記事、1500枚弱の写真をアップしたことになります。
記事量としては、やや多いブログかも知れませんね。
でも、疲れるどころか、ますますブログが生き甲斐になりつつあります。
アクセス数は、実に安定して、毎日60人から70人ちょっと。
エキサイトは1日のアクセスを一人1回カウントに限定しているので、
どうやら、この数字の7、8割がいわゆる常連さんではないかと踏んでいます。
親しい友人たちの大半は、理由はわかりませんが、
依然として、頑強に見ることを拒んでいますので、
来ていただくのは、まったく利害関係のない未知の方がほとんど。
それが嬉しいですね。
でも、困るのは、幾度か書きましたが、
どんな方がどんな想いでご覧になっているのか、
皆目見当がつかないこと。
まるで深い淵のちょっと高い岸辺に立って、石を落とすのですが、
石はすっと沼の水中に落ち込み、深みに向かって姿を消すのに、
音が何一つ帰ってこない、そんな感じ。
とはいえ、これも書きましたが、
人気目当てにブログしているわけではありませんので、
今後も出したい写真を出し続けるだけ。
ちょっと暗い写真ばかり2シリーズ続きました。
露出計のないカメラですが、
私がホロゴンに与える露出値は一定して、暗めなので、
暗目の写真が続くことは、どうも防ぎようのない事態。
でも、同じ暗さでも、趣向を変えることはできます。
次のシリーズは、がらり雰囲気を変えて、
都会をターゲットとさせていただきましょう。

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まず、光と影の写真で気分転換と参りましょう。
中国随一の商業都市、上海。
でも、裏町に入ると、のどかな人情世界が路地裏に展開します。
夏まっさかりです。
おじいちゃんが夕涼みがてら、孫の手を引いて、
裏町を散歩しています。
その後ろ、2メートルばかりに接近して、
逆光で一枚頂きました。
2人がちょうご建物の影にさしかかり、
かろうじて全身の影が写りました。
腰だめ、ノーファインダーで撮るのですから、
こんな構図を意識して、スナップしたわけではないことは、
幾度も書いているとおりです。
by Hologon158 | 2008-08-27 18:30 | ホロゴンメッセージ | Comments(2)

11 すべての存在はイクイバレントなのだ、そうホロゴンが教えてくれる


すべての存在は等価である。
ホロゴンを使っていると、ときどきそんな風に感じます。
大写真家の森山大道は、この「等価」というフレーズを、
すべてのものが、写真もポスターも含めて、
被写体となりうる存在であるという意味で使いました。
私の場合、少しというか、大幅にというか、
まるっきり意味が違うように思われます。
「勝山廃村」シリーズの千秋楽を飾った、石段の写真は、
正直に申し上げて、ホロゴンでこれまで撮った写真の中で、
私が一番気に入っているものなのです。
自画自賛と笑わないでください、
というより、笑ってください。
でも、そこに本物の岩がある、そんな感じがするのです。
今回は、その「石段」とイクイバレントな存在として、
この一枚を選んでみました。
撮り方はまったく同じです。
ホロゴンをおっかぶせるようにして撮りました。
20から30センチの距離です。
理論上はピントなど来るはずがないのに、ちゃんと来ています。
どこか石段と似ているとお感じになりませんか?
そして、ご覧ください。
私(ホロゴン)に向かって、大きく手を広げて、
笑っているではありませんか!
一生でただ一度注目され、写真のモデルとなったのですから。
本ブログに移って最初の2つのシリーズは、
実のところ、私の本来の写真ではなかったかも知れません。
私が撮りたいのは、路傍に見捨てられたものたちなのです。
でも、この宇宙にこのものが居る、
だから、この宇宙はこうして存在するのです。
いかなるものも不可欠の存在なのです。
小さなものたちに、本来の重要性を取り戻してあげる、
それがホロゴンの仕事なのかも知れません。
その意味で、
すべての存在は等価である。

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by Hologon158 | 2008-08-23 00:10 | ホロゴンメッセージ | Comments(4)

6 この上海の路地の椅子の写真に、私のすべてが写っている


2001年8月、上海の豫園側の路地。
豫園は中国の誇る名庭園の一つです。
上海の町のど真ん中、高い塀に囲まれています。
その塀の外、東側は路地でした。
反対側の家々は貧しく、お粗末。
大富豪の造営した豪奢な庭園の外は、
この当時、観光スペースか、それともスラム。
その路地のほぼ中間に、この2つの椅子がありました。
寄り添うようにぴたりとくっつけられた椅子。
そのクッションは破れ、
背もたれの赤い布が目を奪います。
仲良しの老人がいつも並んで座る場所。
日本でもまったく同じ形状、同じ雰囲気の2つの椅子がありました。
ホロゴン讃歌に掲載しましたが、
もうウェブ上からは消えてしまいました。
両国のツインチェアーたちも消えていなければよいのですが。
この写真に、私のすべてが写っています。
私の写真技法は実にプリミティブ。
というより、技法なんて、ない!
「赤いもの、面白いものを見つけたら、
それをど真ん中において、
まっすぐ撮れ!」
ただ、それだけ。
ブログの写真をずっと繰っていただければ、すぐに検証できます。
私の写真に個性がすこしでも感じられるとすれば、
それは写真そのものではなく、被写体の特異性にあります。
私が「いいな! 撮りたい!」と思ったものばかりなのですから、
結局、私の写真は私なのです。
私のブログの写真が面白いなとお感じの方、
もし写真家志望でしたら、悪いことはいいません。
写真家になることはあきらめてください。
とてつもない才能と経験と運と支援と努力、時には涙と苦悩まで必要なのですから。
でも、写真を愉しむことなら、誰でもできます。
人まねをしないで、
背伸びをしないで、
自分の撮りたいものだけを、どんぴしゃりど真ん中に入れて、
シャッターを切ってください。
そして、その結果がどうであれ、ひたすら愛してください。
実は、それが私の写真術なのです。
どう?
この椅子たち、かわいいでしょ!

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by Hologon158 | 2008-08-15 00:48 | ホロゴンメッセージ | Comments(2)

1 友を選ぶのなら、つきあえばつきあうほど味の出るのがよろしいようで

1997年6月、私は、稀代の名機と知り合いました。
ホロゴンウルトラワイドHologonUltraWide
西ドイツのツァイスが1968年に製作した超広角15ミリ専用機です。
「知り合った」とは?
大阪のクラシックカメラ店「カメラのマツバラ光機」のショーウィンドウに
このカメラを見つけたとき、レンズと私の目とが合ってしまったのです。
そのとき、このレンズ、ホロゴン15ミリF8がたしかにキラリと光った!
私はそう信じています。
焦点は固定(被写界深度60センチから無限大まで)、
絞りF8固定(露出計なし)、
明るさはシャッター速度で調節(500分の1秒まで)、
と、シンプルそのもののカメラです。
レンズが埋め込まれた本体、レンズの真上に大きな四角のファインダー、
ただそれだけのブラック・フェイス・ボディ!
かっこいいの、なんの!
ただちにカメラ、レンズをいくつか売り払い、長期ローンを組んで、入手。
ところが、使ってみて、最初のフィルムを見て、でんぐりがえりました。
ほとんどの写真、両側に、ソーセージのような指が写っていたのです。
指が写らないようにするために、極めて特殊な持ち方をしないといけない。
機構は簡単なのですが、使い方は極めて難しい。
ちょっとカメラが斜めになると、画像が歪んでしまう。
ちょっと離れると、どーんとシネマスコープ画面になってしまう。
画角は15ミリ、目の前の120度が写るのです。
つまり、全部写るのです。
この稀代に難しいレンズをどう使いこなすか?
これが私に与えられた課題でした。
それから丸12年、
私がわが友ホロゴンのためにとった解決策、そしてその結果、
それをこれから皆さんにお伝えすることにしましょう。

[撮影メモ]
飛鳥の斜面に大きく手を広げた荻。
秋です。
爽やかな風にそよいでいます。
ひとむらの荻の根元ふきんにホロゴンウルトラワイドを差し入れて、
レンズを上に向けて撮りました。
荻とホロゴンとの距離40センチばかり。

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by hologon158 | 2008-08-07 18:34 | ホロゴンメッセージ | Comments(2)