わが友ホロゴン・わが夢タンバール

カテゴリ:ホロゴンNOVA ( 15 )

560.17 ホロゴンNOVA1「2014年12月1日はホロゴン革命の日となった」17-完-幸せな人生


私はかなり幸せな人生を送ってきました。

    その理由の一つはどうやら、
    そうなるように育てられたらしいということ。

日本の場合、たいていの家庭では、人に合わせて生きるように育てられます。
今ではかなり変わってきました。

    日曜日に孫たちが来ましたが、
    下のプリンセスは5ヶ月半の赤ちゃんですが、
    昔では考えられなかった色合い、デザインのコーディネートファッション。
    それが似合っています。

    上のプリンスの3歳は、あっと驚くレザー風のブーツ姿で、
    颯爽と出現しました。
    自分でもかっこいいと分かっているので、
    デパートでは目つき、歩き方が違います。
    時折、ちらりと足下を見つめて、ご満悦。

私のこどもの頃はそんなファッションなどまるでなかった時代。

    夏は半ズボン、冬は長ズボン、ただそれだけ。
    ただし、全校生徒丸刈りの中で、
    小学生の私と弟は、髪を伸ばしていました。
    1年生から6年生までそれで通しました。

今から考えると、不思議です。

    丸刈り規則があったのですから。
    両親は学校からの申し入れを軽く一蹴したのでしょう。
    私には先生からも同級生からも、
    要するに、誰からもなにも指示、要望はなしだったのですから、不思議です。

    私は、だから、長髪を不思議には思わなかったので、
    中学、高校もそれで通しました。

ただ、人とは違う姿だということは知っていました。

    でも、なにも気になりませんでした。
    親から、「勉強がんばれ」と言われたこともなければ、
    「みんなとおなじようにしなきゃ」と言われたこともなし。
    自分で好きなように勉強し、好きなように遊び、
    
好きなように想像を楽しむ少年時代を送ることができました。
    おかげさまで、成人し、職業生活に入っても、すべて自分で律し、
    上司、先輩におもねったり取り入ったりすることなど一切なし。
    生涯、一匹狼(というより、一匹羊)で好きなように生きてきました。

こんな人間は人の上に立つことも下に立つこともしません。
でも、どうやら写真にもそんな撮り手の性格が反映してしまうようです。

    本来写真家の写真には、メッセージがこめられています。
    プレゼンそのものが「ねえねえ、私を見て下さい、きれいでしょ?」風の、
    切実な呼びかけになっていないと、誰も見向きをしないでしょう。

    私の写真には、そんな呼びかけ、メッセージが欠けているようです。
    現在進行中のホロゴン革命から生まれつつあるホロゴンロボグラフィには、
    さらにそれが欠けているようです。

結局、写真って、人生の一こま。

    自分の人生の中に織り込むようにして撮るのが写真。
    
会議で、「なにか意見は?」と尋ねられても、
じっと机を見つめて黙りこくっていて、
人の意見を一渡り聞いてから、優勢な方につくのに、
いざ自己紹介となると、生き生き雄弁に自分を押し出す、
そんな人にたくさん出会ってきました。

    そんな人の写真って、どんなのでしょうねえ?
    知りたくもありませんけど。





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by Hologon158 | 2014-12-13 15:37 | ホロゴンNOVA | Comments(0)

560.16 ホロゴンNOVA1「2014年12月1日はホロゴン革命の日となった」16 かなり難題



12月5日は親友のDAさんと奈良市北西郊外の佐保路を歩いてきました。

近鉄京都線平城駅を始点にして歩き始めました。

    かなり寒いのですが、モンベルの最薄のダウンジャケットを着て、
    手にホロゴンを持てば、いくらでも歩けます。
    左足裏の種子骨の一部が砕けて、いわば骨折状態ですが、
    特製のプロテクターのお陰で平気で歩けます。
    でも、足を酷使し続けるのでは、自然治癒など望めないかも?

今日は一つ新しいことがありました。

    DAさんの依頼はCマウントレンズを使ってみたい。
    フジX-Pro1のCマウントアダプタを手に入れたのです。

まずは、Cマウントレンズの醍醐味を味わってもらおうと考えて、

    ダルメイヤーのスピードアナスチグマート25mmF1.5
    トリプルアナスチグマート25mmF2.9
    フーゴー・メイヤーのキノプラズマート20mmF1.5
    この3本を持参しました。

彼のメインレンズはライカの定番2本です。

    エルマリート28mmF2.8+ライカM6
    ズマロン35mmF3.5眼鏡付き+ライカM3
    
考えようによっては、最強の2セット。
そんな銀塩フィルム使いの最後の猛者が、なんと思ったか、
突然デジカメをサブにしようと言うんですから、かなり難題。

    しばらく使ってみて、その感想、
    「どうもぼけぼけのレンズというのは、使いにくいですねえ」

    彼のメイン2本は明晰な描写の中に至高の音楽を秘めた逸品です。
    この2本に慣れた人には、
    キノプラズマートのようなボケレンズは縁遠いようです。

「レンズ千夜一夜」のCマウントレンズの作例をあれこれ探索して、
結局彼が選んだレンズは、

    ケルンのスイター25mmF1.4。

私のスイターはいわゆるRXで、バックを削らないと、ノーマルに撮影できません。
ARなら、なにも細工しなくても、撮れると聴いていますので、
こちらの方をネットで手に入れることになりました。

    私のRXスイターは、圧倒的にコントラストがよく、
    とてもあたたかい色が際だっています。
    これがあれば、なにも要らないと言いたくなるような逸品です。

実はこのあたりの風合いはケルン、ソン・ベルチオ、
アンジェニュー、キノプティック、この4社に共通しているのですが、
後3社のレンズはどんどん高騰して、今ではとても手には入りません。

    おそらく中国の写真、カメラ愛好家は
    世界の同好の人口を合わせたよりも多いでしょう。
    そんな膨大な愛好家たちの中で、
    現代の完全無欠なデジタルレンズに飽き足りなくなった人たちも
    同様に猛烈に多いようです。
    日本の相場でクラシックレンズを買いあさったバイヤーたち、
    中国に戻れば、3倍で売れるというのですから、
    クラシックレンズの相場も鰻登りになるのも当然かも知れません。

そんな中で名レンズなんだけど、
膨大な品数が出回っているスイターは、写真愛好家にとっては狙い目。

    佐保路では、古墳群を抜けて、路地から路地に路地周りの末、
    大和西大寺にたどり着き、
    一番最初にぶつかた中華料理店でおいしいランチをいただき、
    喫茶店でCマウントレンズ物色の一時を過ごした後、
    また寒い中、佐保路に戻り、懐かしい里の雰囲気を撮りつつ、
    ぐるりと一巡して西大寺に舞い戻り、
    最後は、いきつけの韓国料理店でキムチ・チャーハン、
    
サムギョプサル、モツのチゲなど数種の皿を楽しみました。
これまでは当然のことながら、政治情勢についても談が及ぶのですが、
私が日本の政治を完全に見限ったので、それ以外の話題を楽しみました。

    a1photoさんからは「仙人」になったと評さえましたが、
    むしろ「隠者」になりつつあるようです。
    それにしては血の気の多い隠者のようで......




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by hologon158 | 2014-12-13 11:25 | ホロゴンNOVA | Comments(0)

560.14 ホロゴンNOVA1「2014年12月1日はホロゴン革命の日となった」14 すごい!


12月3日は、劉継虹先生の7回目のレッスンでした。

レッスンはいつもながら、興奮、感激、落胆、自己発見で一杯。

宿題は、二胡の開放の外弦ソ。

   先生がおいでになる前15分ほど、
   レッスン室でしっかり予習できたせいもありますが、
   私が弾くなり、手をたたいて喜んでいただき、
   大急ぎでご自分のレッスンノートを繰って、

       「今回が何回目でしたかねえ?」
       「7回目です」

   先生、にこっりして、
   「普通どんな人でも、その程度の音になるためには、
   少なくとも1年はかかります。
   すごい!」
   と、手放しで喜んでいただきました。

妻に後でそう報告しますと、いぶかしそうに、

   「先生は厳しい人だから、
   誰に対してもそんなことはしないんだけどねえ.......?」

でも、喜びはここまで。

先生はどんな練習法をとっているか、見抜くことができます。

   「ただ同じことを果てしなく繰り返すのでは上達はありません」
   ちゃんと見抜いておられます。

   「1度弾くたびに、自分の今の弾き方にどんな問題があるか、
   身体の各部分がちゃんと動いているか、
   しっかり自分の頭で考える必要があります」

私は万事が万事、「読書百遍意自ずから通ず」式でやってきた人間です。

   頭で考えるよりも、身体で覚える、それが本物だ、そう頭で考える人間。
   要するに、余分に頭を使いたくないという怠け者なのでしょう。

   でも、楽器はそうはいかないようです。
   「身体の連動がまるでなっていません。
   ばらばら」
   全身がなめらかにかつ連携してシンクロナイズされていなければならない、
   それが楽器演奏なのだそうです。

妻から聴いた話ですが、
二胡を一番修得しにくいのは、ヴァイオリニスト、ピアニストのような
クラシック音楽の専門家なのだそうです。

   自信満々なので、まるで異世界の楽器であることに気づいていない。
   弓の使い方も左手の弦の押さえ方、動かし方、すべてが完全に違うのに、
   なんとか易々と弾けるので、
   ヴァイオリンの弾き方で楽々と弾けると思っているけど、
   どこかで壁にぶつかって、砕けてしまう人がかなり居るのだそうです。

   プライドが方向転換を許さないのかもしれません。
   いったん身体がヴァイオリンに順化してしまうと、
   別の動きはできなくなってしまうのかもしれません。

私はそんな弦楽器演奏とは無縁なので、
ひたすら先生の教えを守って、
一歩一歩、千鳥足で進んで行くことにしましょう。

どの先生も一様におっしゃることですが、
手の施しようのない生徒がいるのだそうです。

   せっかく貴重なノウハウを教えようとしても、
   目が死んでいて、耳が閉じていて、心は遠く飛んでしまって、
   上の空。
   もっと悪いのは、以前に習ったことに固執して、耳を貸そうとしない。

二胡でもそうですが、せっかく二胡を習い始めたのだから、
中国音楽、二胡音楽をコンサート、CD、DVD、YouTubeなどでひたすら、
よい演奏、よい演奏家を捜し求め、
よい演奏と悪い演奏の区別ができるようにならなければならないのは当然です。

   でも、そんなことをする人は極めて少数です。
   だから、よい演奏、よい演奏家が分からない。
   自分の先生がどの程度かも分からない。

私は300枚以上CD、DVDを買い集め、聴き、
コンサートにも行き、YouTubeは日常終始検索しています。

   大好きなんだし、偉大な演奏家の偉大な演奏を聴きたいからです。
   そして、平凡な演奏家の演奏とまるっきり違うことも分かります。
   
劉継虹先生はそんな偉大な演奏家のおひとりなのです。

   そんな偉大な演奏家に個人レッスンしていただく、
   これを至福の境地と言わずしてなんと言えばよいのでしょう?

ただし、至福の境地は、
妻によって一部ぶちこわされるのが落ちなのですが。
私のレッスン時間の終わり前10分、
妻がレッスン室に入ってきて、横でじっと観察。

   あとで、
   「あなた、先生がせっかく教えようとなさっているのに、
   楽器見たり、触ったりして、真剣味がまったくないわよ」
   前回も同じことがあって、後で、
   「あなた、ずっと肩に力が入りっぱなしだったわよ。
   あれじゃ、見込みないわよ」

ああ、私も、自分がそう思っているほど、よい生徒ではないみたいですね。
妻曰く、

   「ほめられているようじゃ、完全な初心者という証拠。
   先生がプロを教えるときなんて、手が飛ぶし、目つきも厳しくなって、
   ずけずけ容赦ないんだから」

   こわいですねえ。
   ずっと初心者のままでいようっと。




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by hologon158 | 2014-12-11 11:40 | ホロゴンNOVA | Comments(0)

560.13 ホロゴンNOVA1「2014年12月1日はホロゴン革命の日となった」13 ピッピに似て



今でもアマチュア写真家の皆さんの常用カメラは、
どうやら一眼レフのようです。

    私も以前は一眼レフも使っていましたが、
    この20年はまったく触ったことも保有したこともありません。

現代の一眼レフはどうやら猛烈に便利にできているようですね。
機能をしっかりと我がものにしたら、
カメラを自由自在にコントロールしながら、
自分の望むがままの画像をゲットできそうです。

    写真表現の基本条件はコントロールなのですから。
    写真家にとっては願ってもない進歩なのでしょう。

でも、私には、余計なお世話。

    私がそのようなコントロールを放棄してから20年近くなるわけです。

どうやら人間には2種類あるようです。

    Aタイプ
        自分ですべてをコントロールできてこそ、我がものと言えるタイプ。

    Bタイプ
        なんにもコントロールできず、コントロールせず、
        我がものと胸を張っていえない結果を得ても、平気なタイプ。

私も昔はAタイプでした。

    でも、今はBタイプ。
    とくにホロゴンウルトラワイドを使うようになってのことですが、
    いくらコントロールしようとがんばっても、
    肝心要のファクターが手をすり抜けてしまうことがある。
    コントロールを放棄したときに、
    なにかが思いがけず手の内に残ってくれることがある。

我が家の末っ子の男の子(猫ですが)ピッピがそうですね。

    必死で追いかけても、つかまらない。
    疲れて、追いかけるのをやめると、そっとすり寄ってくる。

フォトジェニック情景なるものがあるわけではありません。

    常に、私との関係において、私にとってフォトジェニックかどうか、
    ただそれだけ。
    だから、人によって、「フォトジェニック」の意味は違います。
    
そこで、写真の大切なファクターって、このピッピにかなり似ています。

    探しても見つからない。
    探すのをやめて、来るものを拒まないとき、向こうからやってくる。

カルティエ=ブレッソンもかなり近いのですが、
向こうからやってきたシャッターチャンスをゲットしたとき、
どう対応し、どう反応するか、というあたりが私と大違い。


    写真家たちは意図した結果をゲットした喜び。
    私は最初からコントロールを放棄しているのですから
    それだけに、心から歓迎できる結果をプレゼントしてもらったと
    おもいがけず天が与えたもうたプレゼントをゲットした喜び。




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by hologon158 | 2014-12-10 22:34 | ホロゴンNOVA | Comments(0)

560.12 ホロゴンNOVA1「2014年12月1日はホロゴン革命の日となった」12 たーくさんの写真



前回の続き。
20数年前、写真雑誌も購読をやめ、
その後、書店でもほとんどのぞいたことがありません。

    全部つまらないからです。

なぜ、つまらないか?

    私の見たい写真がないからです。
    生まれた初めてそれを見たという、
    新鮮な驚きと感動がそのまま写真になっている、そんな写真。
    カルティエ=ブレッソンや木村伊兵衛にはそれがありました。

当時の写友の一人は全国組織の奈良県支部のトップ近くに出世して、
おそらく先生と呼ばれる立場になっているようですし、
一人は写真家として活躍を始めていますし、
もう一人はニコンサロンに合格して、
見事なコンセプト、見事な作品群で個展を開くまでに上達しました。

    私はと言えば、私を知る人もなく、無名のまま、
    ただの素人として、こうしてブログを楽しむ日々。
    「末は博士か大臣か」の上昇志向の人には理解できないことでしょう。

8月1日をもって退職しました。

    世間的に言えば、一応社会的地位のある立場にあったのですが、
    退職して感じたことは、これで完全に自由になった!
    それ以来、仕事を懐かしむどころか、思い出したこともありません。
    自分がさらに完全に無名のまま生きられることを日々感謝するばかり。
    
こんな人間には、写真は人生ではあっても、
外部に発信するメッセージとはなり得ませんね。

    人も敏感にそれを感じ取っているようです。
    私の写真についてなにかコメントする方に出会ったことがほとんどないからです。

    先日も、ある写真家から、

        「あなたのブログ、のぞいてみたけど、
         たーくさんの写真、びっくりしました」
         これだけ。

実は、私のブログにつてはこの言葉しか聞いたことがありません。

    誰もが、撮影に出かけてどれだけ撮ろうとも、
    ブログに掲載するのは多くて数枚。
    写真とは選別して人に見せるもの、これが常識だからです。
    それを「レンズ千夜一夜」など、ちょっと出かけて1時間程度撮っても、
    数十枚一挙掲載、なのですから、理解を超えているのでしょう。

私が発表しているとばかり思っているから起こる誤解。

    まさに心の体操として撮っているだけなのですから、
    人の理解が及ぶレベルの行為ではないかも知れません。
    ブログだってただの倉庫なんだ、そう理解した人はなおさら、
    コメントする筋合いなどないことになります。

私の友人たちはそれが分かっているから、
私の写真については一切話題に上りません。

    これも居心地のよい境地。
    もう感性も芸術的感覚も磨いたりはいたしません。
    ただ写真を撮って、楽しむだけ。

    誰も、今日は美しく呼吸できたなどと喜んだりしませんね。
    それと同じ。

こんな私がパリの夜にひっぱり出されても、

    きっと自分の気持ちにそぐわない音楽や会話であれば、
    歴然とおもしろくない顔をして座り込んだままということになりそうです。

    日本にはいろいろとつまらないこと、恐ろしいこと、
    許されないことが次々と起こる現実を見据えつつも、
    日本に生まれたことをひたすら幸運だったと思ってしまいます。
    そんな風に感性を試される機会がほとんどないから。




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by hologon158 | 2014-12-10 18:18 | ホロゴンNOVA | Comments(0)

560.11 ホロゴンNOVA1「2014年12月1日はホロゴン革命の日となった」11 パリの夜



吉田正さんがパリの夜の豊かな交歓風景に舌を巻いて、
そんな生活の中で感性を磨く人たちと、
日本人のように、感性を磨くことができるような機会の少ない人間との間には、
大変な差があると嘆いておられました。

本当にそのとおりなのでしょう。

    私もヨーロッパに行くたびに、現地の人たちが深夜まで
    和気藹々、喜々として語り合ったり呑んだりしていることに驚かされました。
    本当に人生を満開で謳歌しているという雰囲気でした。
    
かつてのフェスタはかなり減少して、
日米のようなビジネスタイムに変わりつつあると聞かされました。

    でも、ヨーロッパ人たちは職場のかなり近くに居住しているので、
    日本人のように長時間の通勤ラッシュに、
    生活とエネルギーをとられることがないせいもあるでしょう。
    まるで人生のコンセプトが違うことに驚嘆させられてきました。
    夜にこそ人生がある、そんな感じでした。
    それなのに、仕事もちゃんとこなすのですから、
    仕事一筋の日本人とは、人間の幅、感性のダイナミックレンジが
    自ずと激しく異なるのでしょう。

日本では、政府を筆頭に、官庁、企業のほとんどは、
勤労者、労働人口は全生活を勤務に捧げるべき働き蟻の存在とみなしています。

    勤労者にも自分の人生があるなど、誰も考えません。

    私生活だって?
    ほどほどにしたまえ。
    君には職責というものがあるんだ、
    仕事に差し支えないようにくれぐれも気を付けるように、というわけです。

そんな24時間勤務体制のサラリーマン生活を嫌って、
定職につこうとしない青年が増えているのは、
人間としては正常じゃないか、私はそう考えています。

私は、若い頃から、というより、物心ついてからずっと、
なぜか勉強に仕事に全人生を賭けるなんて考えは間違ってももてない人間。

    ほどほどに勉強し、国家試験も好きな読書をまずして、
    合間に試験勉強をするというスタンスでしたが、
    生まれつき運の良い人間なので、志望どおりの仕事につくことができました。

ところが、これが案に相違して、毎夜自宅に仕事を持ち帰り、
深夜遅くまで仕事しないと捌けないという職種だった。

    でも心配はありませんね。
    私がとった対策は、仕事を、
    克服すべき難関、頭を使って解くべきパズルと考えることでした。
    おかげで、仕事もその他の生活もすべて楽しみに変えてしまうことができました。

私はあまりつきあいのよい人間ではありません。

    と言うより、まるでつきあいの悪い人間で通してきました。
    付き合いたいのは妻と数少ない親友だけ。
    新人のときから超然として、上司にゴマをすることもなく、
    ただのおつきあいで時間を費やすことは一切しなかったのですから、
    変わり者だったのでしょう。

空き時間は休みなく読書し、音楽を楽しみ、映画を楽しむ。
ヨーロッパ人と比較すると、
人間理解という点でははるかに迂遠な道だったのでしょう。

    私が常に我田引水的に、つまり自己本位にものごとを解釈できる人間なので、
    実は私のそんな生活が私という人間には合っていた、
    逆に言えば、だからこそ、そんな生活を選んだと言えそうです。

ちょっと考えてみますと、
アーチストたちは万人に向かって、あるいは、
自分のコンセプトを受け取ってくれる人たちに向かってアピールしなければなりません。

    自分のアートに向かって自分の感性、人間性を磨き、
    自分のアートが人々に向かってメッセージを発信し、
    人々の心をつかむように、自己を変革し進化させなければなりません。

私は、だから、アーチストではないのです。

    生まれてこの方、特定の個人をのぞき、
    不特定多数の人に向かってなにかを発信したいと考えたことが全くありません。
    写真をとってみても、自分の心を満足させることだけが私の目的でした。

コンテストは写真を始めた最初の2年に居住県の2つのメインコンテストに
各2回応募して、最初に入選が1回、その後3回連続して準特選。

    有名な写真家の選者に、
    久々に出現した大型新人と評していただいたと立会人に教えられ、
    とても気をよくしたのですが、これで打ち止めにしました。

コンテストは私を駄目にすると知ったからです。

    コンテストの当選の秘訣は、
    選者の好みに合った写真を選択することと言われていることを知ったことと、
    コンテストの受賞作品を見て、私の評価基準に照らすと、
    ろくなものはないと分かったからです。
    自分が理解できなくても、私のセンスをはるかに上回る優れた作品があるものだ、
    など、当時知らなかったからかも知れませんが、これがかえって幸運でした。

    写真クラブのメンバーの中にもコンテストの常連さんがかなり居ましたが、
    そんな皆さん、人がどう驚くか、喜ぶか、
    そのことばかり考えていることを知ったからです。

    みなさん、受賞歴をひけらかし、
    あたかもそれが勲章のように誇らしげなのですが、
    その人ならではのあたたかい肌触りの写真なんて、ほとんど見つからない。
    コンテスト応募を続けていたら、
    自分もそんな人間になってしまうかもしれない。

かくして、その後クラブ展に出す以外、
写真を公表することなく、ひっそりと写真歴を30年以上続けてきましたが、
そんな選択を後悔したことは一度もありません。

    ヨーロッパの人々の豊かな感受性を育む環境とは大違い。
    人間性を確かに狭い境域に押し込んで生きてきたのでしょう。
    でも、どんな人間も、選択をしなければならず、
    人生の道は、実は、その人なりに狭いものです。

    これを選んだら、あれはできない。
    この道を進んだら、別の道へは進めない。
    そんなものですね。




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by hologon158 | 2014-12-10 10:28 | ホロゴンNOVA | Comments(0)

560.10 ホロゴンNOVA1「2014年12月1日はホロゴン革命の日となった」10 パリ写真月間



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11月30日日曜日は吉田正写真教室でした。
ご母堂のご逝去、パリ写真月間参加の写真展開催と、
大変な出来事が続き、疲労困憊状態の先生でしたが、
意気は天を突かんばかりでした。
それも当然、写真展は破格の大成功を収められたからです。

私は、吉田正さんは、京都の写真家の林孝弘さんとともに、
日本を代表する最高の写真家だと信じています。
写真教室での写真に関する講義はいわば先生のノウハウですから、
いっさいブログには書きませんが、
以下に述べる先生のパリ写真展での体験談は、
偉大な写真家の生の体験を語るとても貴重なお話で、
写真を愛する日本人のどなたにも熟読玩味していただきたい言葉だと信じているので、
実は先生の許可を得ていないのですが、
遠慮なく記憶する限りにおいてここに記録しておくことにしました。

概略こんなお話でした。

    「日本で写真展をすると、せいぜい10パーセントの人が感じてくれるだけです。
    (この言葉は十数年前先生の富士フォトサロンでの写真展で、
    初めてお会いした当時もおっしゃっていたことでした)

    ところが、パリでは逆で、90パーセントの人が美しい、
    すばらしいと手放しで絶賛してくれました。
    80数冊持参したポートフォリオも完売になりました。

    ヨーロッパの人は自分の感じたことをストレートに口に出してくれます。
    自分の心で感じ、自分の物差しにはまると、黙ってはいません。
    あるアーチストは、ずっとギャラリーを廻ってきて、
    ここで見た写真が一番よかったと賞賛してくれました。
    幾度も幾度も来てくれる方もたくさん。
    ベルギーの写真学生がツアーを組んで来てくれました。

    私が、私の写真は空気、気配を撮り、陰を撮っていると言いますと、
    みんなびっくりしていました。
    彼らの常識は目に見えるものを撮るのが写真だったからです。」

ここで突然、私に声がかかりました、

    「ホロゴンさん(教室ではこの名前でお願いしているのですが、
    実は、先生は私を名字でお呼びになります)ならご存じでしょうけど、
    パリで一番名声の高い日本の写真家は誰がしってますか?」

吉田正さん、時折私に難題をふっかけられます。

    フランスの写真事情なんて知ってるわけがないじゃありませんか?
    でも、どんなときでも自分の頭で解決したい私です、
    とっさに頭の中を探って、ぱっと思いつきました、

    「森山大道さんとアラーキーじゃありませんか?」
    「そうですね、その二人ですね」
    冷や汗が出ました。

「一般の方だけではなく、写真家、デザイナー、画家のような、
アーチストたちもたくさん詰めかけてくれました。

    彼らが一様に言ってくれたことは、黒のトーンが美しく、
    コンポジション、構図、フレーミングがすばらしい。
    森山大道、アラーキーだけが日本を代表する写真家で、
    そんな写真が日本の写真なんだという常識があったけど、
    違っていた、
    そう言ってくれました。

    多くの日本の写真家はヨーロッパに写真をアピールするとき、
    ヨーロッパにはない情景、ジャパネスクを売り物にしてきたけれど、
    そうではない、パリを見事に撮った写真を見ることができたと喜んでもらえました。

少しの期待と大きな不安を抱えてパリに行きましたが、
意外にも手放しで受け入れてくれました。

    ギャラリーをずっと廻ってみましたが、
    今ではほとんどが加工された写真の世界。
    私のようにストレートに表現する写真はほとんどありませんでした。
    私のようなストレートな写真に居心地のよさを感じることで、
    パリの人たちに喜んでもらえたのかもしれません。
    私としては、今度の体験で、これからは「日本とパリでやっていこうか」、
    という気持ちになっています。

韓国の59歳のとても優れた写真家がおいでになりました。

    韓国や中国のツアーの人たちとは付き合いたくありませんが、
    個人で動いている人にはすてきな人が多いですね。
        (これも私の印象と一致します)
    その写真家は日本語がしゃべれるのですが、こう言ってくれました、

        「今度やるときは、パリ一番のギャラリーでやってほしい。
        今度来たら、一緒に行きましょう」

とても優れた、大変に活躍している画家である木村章子さんや、
日本で20指には間違いなく入る大画家の正木亨さんもおいでになり、
とても喜んでいただきました。

    たくさんの人たちと知り合い、お誘いも受けました。
    パリの人たちは夜の生活を心から楽しみ、
    ピアノ演奏や歌や踊りに興じます。
    私たちのなにごとも起こらない平穏な生活とは
    ぜんぜん段違いの振幅で生活を楽しんでいます。
    これにはとても太刀打ちできませんね」

そして、最後にすごい言葉をおっしゃいました。

    「パリではオリジナリティがないと誰も見向きしてくれません。
    オリジナリティは自分の中で作り上げていく必要があります。
    こうなると、日常が大切です。
    非日常的なものに頼って、
    オリジナリティのあるものを創造しようとしても、無理が出ます。
    普通の生活の中で感じ取ったなにかを写真にするから、
    人に感銘を与えるのです」

でも、日常のものを撮って、オリジナリティのあるものを作り上げるって、
とても常人にできることではありませんね。

    パリの人たちが吉田正さんの写真を理解し、これに感銘を受けるためには、
    言葉が通じなくても、なんの障害もなかったのです。
    壁面に並ぶ作品群と、その場に居る写真家自身の姿、面構え、言葉とが、
    見事に融和していることを見て取ったからでであり、
    ギャラリーには、吉田正さんという一個の写真家の
    波乱と苦悩と気概に富んだ人間性がそのままそっくり立ち現れていたからなのです。

いやはや大変な先生についたものです。

    幸せです。
    この日の教室は最高に刺激的でした。
by hologon158 | 2014-12-09 22:52 | ホロゴンNOVA | Comments(0)

560.09 ホロゴンNOVA1「2014年12月1日はホロゴン革命の日となった」9 オリジナルプリント


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伊藤五美さんの作陶展でおもしろい紳士に出会いました。
収集家です。

近頃は陶器はお休みにして、
古書をあれこれオークションで物色しているとのこと。
話が入江泰吉さんのことに及んだとき、驚きの発言、

    「私も入江さんのオリジナルプリント集をもっています。
    本来17枚セットのボックスには、
    たった7枚(だったと記憶)しか入っていませんでした。
    カラーの美しいプリントです」

すごいですね。
写真好きの私は写真家のオリジナルプリントなんて、
師匠田島謹之助さんのものしかないのに!
さらに話が飛躍します。

    「山岳写真家の白旗史郎のオリジナルプリント、モノクローム、
    これも落札しました。
    今のような黒が真っ黒のプリントではありません。
    もっと淡い色。
    でも、手に持ってじっと見ていると、
    その場にいるかのように感じることができます。

    大阪で白旗さんが個展を開かれると知って、
    このプリント集を持って行きました。
    先生もおいでになって、サイン会がありました。
    みなさん白旗さんの写真集にマジックでサインしてもらっていました。

    私がプリントを見せると、一つ一つ手にして、
    懐かしい、とおっしゃって、硯と筆を用意させて、
    ご自分で硯で黒と白の墨を擦り、
    ボックスには黒で署名と言葉を書いていただき、
    プリントには1枚1枚白で署名していただきました」

白旗さん、よほどうれしかったのでしょうね。

    おそらくご自分でも忘れるほど昔にオリジナルプリント集の特別出版をして、
    何十年も経ってから、これに出会う。
    まるで若い頃の自分とじかに出会ったかのような気持ちになられたことでしょう。
    そして、そんな若い頃の自分を思い出させてくれた方への
    感謝の気持ちも計り知れないものがあったことでしょう。
    収集家の冥利に尽きるエピソード。

私が一番関心があるのはこうです、

    白旗さん、若い頃のご自分の作品に出会って、
    どんな気持ちになったのだろうか?
    とても喜ばれたことは明らかなのですが、
    どんな点が喜びの原因になったのだろうか?
    これを知りたいですね。

私は、20歳すぎの頃の自分のラブレター(往復書簡形式)に
近頃、出会ったことがあります。

    これを持っていることから明らかなように、妻との往復書簡。
    当然ですが、もう書きに書きましたね。
    今でも妻への気持ちは変わっていませんが、当時は熱狂的だったのです。
    問題はその文章。
    とても読めたものではありませんね。
    
今、こうしてブログに書いている文章も読めたものではない。
ただ頭の中に浮かんだ思念の自動速記だからです。

    でも、若い頃も同じことをしていたことを知るのは恐ろしいですね。
    本当は推敲に推敲を重ねて、最後に清書して出すのがラブレター。
    それなのに、ばんばんと書き殴っている!

ああ、人間って、成長しないものだなあ、
これが実感ですね。

    白旗さんが私と同じように感じたとしたら、
    とても喜べなかったでしょうね。
    その後の幾十年の努力はなんだったか!?
    反省すべきなのは、私ということになりそうですね。
by hologon158 | 2014-12-09 18:34 | ホロゴンNOVA | Comments(0)

560.08 ホロゴンNOVA1「2014年12月1日はホロゴン革命の日となった」8 吉田正さん



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11月30日日曜日は吉田正写真教室。
月に一回のお楽しみです。

10月に吉田正さんがパリフォト期間中に、
パリの画廊で開催した写真展のお話を聞ける楽しみが
今日のメインイベント。

    ところが、これがなかなかの難業。
    朝8時15分に出て、10時5分前にぎりぎり到着します。
    阪神今津駅で阪急電車に乗り換えるのですが、
    これがかなりの距離なのに、3分で駆け抜けんければなりません。
    足が骨折している身としてはつらいですね。
    でも、かなり走って、飛び乗って、
    開始時間にぎりぎり間に合ったと思ったら、
    部屋では別の教室の準備中。

なんとまあ、ずっと以前に時間変更のメールが入っていた!

    クラスの時間が変更になることがあるなんて、
    思ってもみなかったのは、
    私の方がこれまで変更などないイベントにしか参加してこなかった、
    いわば幸運人間だったのが災いしたようです。
    普段メールなど見ないので、まったく気づかなかっただけ。

私はしょうことなしにパソコンを使って30年になりますが、
ついに身に付きませんでしたね。

    完全なアナログ人間。

午後の予定は別にあったのですが、
吉田正さんのお話を聞き逃す手はありません。
そのうえ、毎回5枚セットの組写真の試みをするのが私の楽しみ。
たった一つ、写真家のまねごとをするチャンス。

    それが慣れないことをするうえ、プリントが面倒なので、
    いつも後手後手にまわります。
    昨夜午後10時から始めて悪戦苦闘。

久しぶりに最新のホロゴン写真で組んだのですが、
私のデフォールトの露出設定マイナス1.5は
デジタルにはどうやら無理のようです。

    マックの液晶画面に出てくる画像は、私にはぴったりの色調、
    つまり、とても暗い空気の中から、主題だけがぼっと浮かび出ます。
    ところが、このままプリントすると、完全暗黒なのです。
    要するに、画面のキャリブレーションができていないだけなのでしょう。

こんな場合、私が使うのはレベル補正だけ。

    でも、どれだけ明るくすれば、私の望みのプリントができるのか、
    これが分からない。

5枚、貸し衣装の振り袖姿の美しい女性たちを撮った写真を選びました。

    アマチュア写真家なら、誰もが撮り、誰もが作品にしたがるテーマです。
    私もストリートフォトの写真家ごっこをしているかと言えば、
    実はそうではない。
    ただ路上で出会って、私の心を躍らせたものは無差別に撮る、
    これがロボグラフィ。

そのうえ、私は美しい女性が大好き。

    と言っても、私が直接コミュニケートする美女たちは家族だけ。
    今一番心を奪われている美女は、妻を除けば、
    我が家の娘(猫ですが)とまだ5ヶ月の孫プリンス。
    この二人、たとえようもなく美しい!

でも、私のレンズたち、路上に出ると、
もう無差別に美女たちに胸躍らせて、「撮りましょ! 撮りましょ!」

    ところが、そんな美女たちがなかなか美しくプリントできないのです。
    ちょっと疲れました。
    でも、なんとか5枚そろえました。

常識はずれの暗さです。

    吉田正さんはなんとおっしゃるでしょうね?
    そのあたりもぜひお聞きしたいし、
    クラスのみなさんの感想も聞きたい。
by hologon158 | 2014-12-09 01:42 | ホロゴンNOVA | Comments(0)

560.07 ホロゴンNOVA1「2014年12月1日はホロゴン革命の日となった」7 神秘です



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トミー・ライリーという大ハーモニカ演奏家が居ました。
    現在、クロマチックハーモニカの最高額の製品はSilver Concert。
    12穴3オクターブの銀色輝くハーモニカです。
    このハーモニカはトミー・ライリーが考案した愛機を
    ホーナー社が製品化したものです。
    定価で80万ですから、
    楽器としてはさほど眼の玉が飛び出るほど高価というわけではありません。
    でも、1万円ちょっとしかしない機種をプロがメインとして使うのが、
    ハーモニカの特殊性です。
    みんな音が違うので、高いから自分の音楽に適しているとは言えません。

トミー・ライリーはクラシックもポピュラーも見事に弾きまくったようで、
YouTubeにどっさり見つかります。

    まるで笛のようにさえずります。
    私としては、どこか音が人工的すぎて、
    情感を醸し出してくれるとは言いがたい感じ。
    今のところ、ホーナーの260、270、280のトリオのサウンドが、
    ペーソスを感じさせてくれて、良さそう。

ちょっと本題からずれすぎましたが、昨夜、おもしろいビデオをみました。

    このライリーが、Silver Concertの前身の愛機でクラシックを端正に演奏した後、
    聴衆に向かっておしゃべりします。
    あるライブで演奏が終わった後、高齢の男性が近づいてきたこう言ったそうです、

        「ありがとう、大変良かったよ。
        でも、ハーモニカ本来の演奏を聴きたかったよ」

    ライリーは笑ってこう続けます、

    「なにがハーモニカ本来の演奏か、分かりませんが、
    おそらくこんなものでしょうか?」

    そう言ってから、復音ハーモニカ独特の数音まとめて吹く奏法で、
    フォスターの「スザンナ」の一節を弾いてのけました。
    聴衆の笑ったのなんの。

クロマチックハーモニカの世界でも、
さまざまなジャンルの音楽をさまざまな弾き方で演奏するので、
どれが最高、どれが上と言うことはできないようです。

    私は、どんなジャンルであれ、好みは一環しています。
    その音楽本来の味わいを素直に出して、アドリブはほどほどにしたものが一番。

    YouTubeで見ることができるものでは、
    山下怜さんと南里沙さんの演奏が一番素直で楽しい。
    大御所の徳永延生さんとなると、超変奏による名人芸すぎて、
    私の心のはるか上を滑っていってしまいます。

ハーモニカの大演奏家は海外に沢山居ます。
中でも、ジャズハーモニカの神様トゥーツ・シールマンスはもう伝説。

    良いの悪いのの域をはるかに超えています。
    でも、その情感一杯のスウィートサウンドは強烈に魅力的です。
    辻晋哉先生に言わせると、
        「あれはトゥーツだけが出せる音です」

どんなジャンルでも、そんな神様がいるものですね。

    写真で言えば、それがカルティエ=ブレッソン。
    なぜ、そんな人たちがこの世に現れるのか、神秘です。
    ああ、世界は神秘に満ちているのです。
by hologon158 | 2014-12-08 22:37 | ホロゴンNOVA | Comments(0)