わが友ホロゴン・わが夢タンバール

カテゴリ:古玉画帖( 6 )

583.00 古玉画帖「Petzval58㎜F2.3が西ノ京で作る画帖は冬枯れが主題」



Petzval58㎜F2.3のオーナー、中将姫光学さん、
私の画帖をご覧になって、どうおっしゃるでしょうね?
知りたいですねえ。

でも、彼は今海外。
せっせとお宝の写真を撮り貯めておいでになるでしょう。

私の方は、ちょっとニュアンスが違って、
「撮り貯まっていくだけ」

若干、家の前のどぶのようです。
我が家の前のどぶだけ、なぜか汚泥だらけ.....
ブログにこうして拾い上げることで、
いわば利子を取る訳です。

アマチュアの風景写真家の皆さん、
ようやく梅が咲き、春にどっと躍り込もうという近頃、
冬眠から冷めたところでしょうか?

全季節、全天候型の私は季節感とは別のレベルで動いています。
無風流、そういうことなのでしょうか?
いえいえ、私には私なりの風流があって、
ただそれが皆さんとは合致しないだけ。

今回の画帖はそんな地味な私の出番。
冬枯れはなかなかどうしてフォトジェニックではありませんか?




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by hologon158 | 2015-03-16 22:48 | 古玉画帖 | Comments(2)

580.00 古玉画帖4「ローデンシュトック55mmF2.2で梅田歩けば、そこは天国 」



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      星とたんぽぽ
                金子みすず

         青いお空のそこふかく、
         海の小石のそのように、
         夜がくるまでしずんでる、
         昼のお星はめにみえぬ。
            見えぬけれどもあるんだよ、
            見えぬものでもあるんだよ。

         ちってすがれたたんぽぽの、
         かわらのすきにだァまって、
         春のくるまでかくれてる、
         つよいその根はめにみえぬ。
            見えぬけれどもあるんだよ、
            見えぬものでもあるんだよ。


「昼のお星はめにみえぬ」

   もしかすると、大切なものはみんなそうかも知れませんね。
   そして、写真も。

「写真の表面には見えぬ。
見えぬけれどもあるんだよ」

   そんな何かを写したい、
   それが誰もが抱く願いですね。

でも、写っていないものを感じさせること、
こんなに難しいものはありません。

   だって、その逆がほとんどだからです。
   写っているのに、感じさせない、
   そんな写真ばかり。

俳句で、よく選者が選評で、情景、作者の気持ちを推測します。
この推測は本当に当たっているのでしょうか?

   作者は、こう言うでしょう、
   「さすがに選者は優れた俳人です。
   私の気持ち、私が目の前にしていた情景をぴたりを当てて下さった」

でも、ほとんどの場合、これはなれ合いかすり寄りではないか、
私はそう疑います。

   作者は、自分が感じていなかった、もっと深い境地を指摘されて、
   選者の顔を潰す訳にもいかず、そんな誤解、深読みを肯定することで、
   自分の薄っぺらい作品が深みを帯びる幸運を喜んでいるだけ、
   そんなことがほとんどではないでしょうか?

本当に自信があったら、きっと胸を張ってこう言うでしょう、

   「先生、お言葉を返すようですが、そうではありません。
   勝手にフィクションを作ってみただけなんですよ。
   それをそんな風におっしゃって頂ければ、私としても感無量。
   今度もがんばってみますね」
by hologon158 | 2015-03-03 11:03 | 古玉画帖 | Comments(2)

578.00 古玉画帖3 「かなり老いたとはいえ、エルマジジイはいぶし銀の艶を見せ」



エルマジ(Hermagis)、
なんて語感が良いのでしょう?

   モーリス・ジャンドロンというチェリストが居ました。
   私もバッハの無伴奏全曲を持っています。
       「ジャンドロン」
       これも気持ちの良い語感ですね。

私は若い頃幾度も転勤をしました。

   どこに行っても、よそ者。
   若いのに、引っ張っていかなければならない立場。
   まず溶け込みたい。
   そのためには、顔と名前を覚え、朝から快活に挨拶。
   ところが、「おはようございます」って、
   緊張すると、「おはよ」の口の動きが緊張すると、
   かなり発声しにくいのです。
   今から考えると、「はようございます!」
   これならずっと発音しやすかったのになあ。
   ああ、センシティブだったのだ、若い頃の私は!

当時考えたのは、いっそアメリカに転勤したかった!

   「グッモーニン」「ハイ!」で済ませたのに!
   フランス語だったら、「Bonjour」?
   とにかくどこの国の言葉でも、一口で言えるのが挨拶語。

日本語はたいてい幾口も重ねる必要があります。

   というのも、日本の挨拶語の成り立ちは、
   階級社会での目下から目上へのご挨拶から由来しているからです。
   かしこまった気持ちがないと、発語できないようにできています。

   今時「さようなら」なんて言う人あまりいないかも知れませんね。
   「左様なら、おいとまつかまつりまする」なんて、
   ご主人様相手の言葉。

日本語そのものが高低語なので、発声しにくい。

   韓流ドラマでいつもうらやましく思うのは、
   韓国語って、なんて威勢のいい語感と発声なのでしょう?
   
そして、フランス語、もう完全に飴をなめなめしながら、
あるいは、氷をくわえて溶かしながら発声する言葉ですね。

   なんとも人を包み込むようなやさしさにあふれた言葉でしょう。
   「アンドレ」「ジャン」「フランシーヌ」「ジュリエット」
   日本人にはぜーんぶ発声は難しいけど、
   ぜーんぶ心がやさしくなる語感。
   そして、私の「エルマジ」、これも美しい語感ですね。

私の二人の娘もそんなやさしい語感の名前を選びました。

   ほとんど母音だけでできている名前。
   しかも、当時、まだ名前用漢字として認められていなかった字。
   我が子にはできるだけ独自の名前をあげたかったから。
   そして、肝心なことは、将来恋人が呼びやすいように。

   でも、性格はかなり厳しいですね、とくに父親には。
   このあたりは、遺伝ではなく、母親の影響かもしれません。

なんだかどんどんと話が逸れてしまいましたが、
そんな柔和な語感のエルマジの写りはどうだったか?

   まさにパリそのものではありませんか?
   あたたかく、シックで、ゴージャス、
   そして、どこか神秘的。

   往年のシャンソン歌手コラ・ボケールの、
   猫がのどを鳴らすような、独特のビブラートを思い出しました。





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by hologon158 | 2015-02-23 12:12 | 古玉画帖 | Comments(0)

576.00 古玉画帖2「ダルメイヤー25㎜F1.9と一緒に、梅田曾根崎の巷で夢を見た」 



時々ふっと思うことがあります。

    「私はアーチストです」
    そう堂々と宣言する方が居ます。
    でも、だから、アーチストなのでしょうか?
    どうもそうとも言えないようです。

たとえば、良寛さん。

    今は評価が高まるばかりで、
    書道史上屈指の書家と認められるまでになっています。 
    でも、生存中はどうだったのでしょう。
    字のうまいお坊さん、その程度だったのでは?
    ご本人は、自分が偉大な書家であるなんて、
    けっして思わなかったはず。
    でも、それだからこそ、黙々と書を書き続け、
    優れた仕事を積み上げることができたのではないでしょうか?
    シューベルトもゴッホもモジリアニもそうでした。

現代は、すべてがビジネスと化しつつあります。

    つまり、アーチストは金儲けの道具となってしまいかねない。
    
畏友のRAさんが面白いことを言っていました。

    包丁を砥石で研ぐとき、かなり力を込めて研いでいたのだそうです。
    ところが、けっして切れ味がよくならない。
    近頃、羽のように軽く、脱力した状態で研ぐように、
    研ぎ方を変えました。
    けっして力を込めないで、そっと羽のように柔らかく擦りつづける。
    すると、包丁はまるでカミソリのように鋭敏な切れ味になるそうです。

        無理をしない。
        力を抜く。
        これが肝心。

でも、マスコミに乗ってしまったアーチストたちには、
それが段々と無理になっていきます。 
 
    大衆の見守る中でなにかアートを仕上げなければならない。
    お金をもうけたい。
    夢の豪邸を造りたい。
    そんな精神構造でアートなど生まれるのでしょうか?

生まれるのでしょう。

    でも、そんなアートって、
    本当に時代を超えて生き残れるでしょうか?

どんなものであれ、アートとは無関係の人生を送る私が、
その代わりに選んだのがレンズ遊び。

    十画帖に仕立てて遊んでいますが、
    いかなる意味でもアートとは無関係。
    でも、なんだか、ほくほくとご機嫌になれます。




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by hologon158 | 2015-02-20 11:33 | 古玉画帖 | Comments(0)

575.09 レンズ黄金伝説2「2015年2月5日 ダルメイヤー25㎜F1.9で梅田をぐるりと」9 阪急百貨店界隈




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by hologon158 | 2015-02-19 12:15 | 古玉画帖 | Comments(0)

574.00 古玉画帖1「十榛帖 ペッツヴァールが僕に微笑んだ日」



ペッツヴァールレンズに出会って、私は少し変わった、
そんな感じがしています。

    明るくなった。

もっとも私という人間はもともと明るく、
どうしようもなく楽天的なので、これは変わりようがないので、
私の撮る写真が変わった、明るくなったということでしょうか?

でも、それだけでも驚異的。

    私は暗部を主題とするような写真が好きで、
    光は暗部を引き立てる役割を担っていたのに、
    ペッツヴァールレンズで撮るときは、
    逆に、明部を主題として、暗部がサブに回る、
    そんな感じの写真がとても似合う感じがしています。

榛原で撮った685枚を代表する写真という形で選ぶなら、
もっと違っていたかも知れません。

    今回の十画帖は、ホロゴン画帖とはちょっと趣を異にして、
    古代レンズの美質を引き出してくれるような写真を選びました。

だから、画帖をジャンルを創設しました。

    題して、「古玉画帖」




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by hologon158 | 2015-02-13 13:32 | 古玉画帖 | Comments(4)