わが友ホロゴン・わが夢タンバール

カテゴリ:ホロゴン撮影法( 5 )

24ホロゴン撮影法4「ノーシンキングは、ノータリンとは違うのだ」


一枚撮影する前に、ファインダーも見ずに、猛烈に考え込む友人がいました。
古典ギリシアの時代、冬の北方戦線、アテーナイ軍の陣営でのこと。
一人の人物が陣営の中をすたすたと通りかかり、
突然はたと立ち止まると、そのまま沈思黙考に入ってしまいました。
厳冬のさなか、そのまま佇立した状態で朝を迎えました。
日の出とともに、その人物は深い思索の海の底から浮かび上がり、
祈りを捧げたうえ、すたすたと立ち去ったのです。
それを目撃した兵士たちは、深い畏敬の念を抱いたと言います。
この人物は、すでに推量されたとおり、ソクラテス。
私の友人、ちょっとソクラテス風に深い思索の底に沈んでしまうのです。
私には、シャッターを押すまで、彼が一体どんなことを考えているのか、
皆目見当がつきませんでした。
私は、思索型の人間ではありません。
瞬発的に反応するタイプ。
だから思うのですが、いかに思索型の人間であっても、
写真を撮るときに、考えるのはいかがなものでしょうか?
写真に思索のプロセスが写るわけにはまいりません。
写真というのは、切り取られた一瞬なのです。
まな板の上でぴちぴち跳ねる魚を活け造りにする板前が、
包丁を1回下ろすごとに考え込んでいたのでは、
死に造りになることは必至。
でも、彼の写真は見事でした。
だから、活け造りを邪魔するような思索ではなかったのでしょう。
でも、明らかに邪魔になる思索もあります。
ある背景を前にして、それにふさわしい人物が通りかかるのを待つ人がいます。
明らかに頭の中に絵を描いています。
待っている間に、その絵は徐々に死んでしまう、私にはそう思えるのです。
写真は、絵ではないのです。
ターゲットは、一瞬に過ぎ去るイメージ。
コンポジションをやたらいじくることなんてできないのです。
感じるだけで十分ではないでしょうか?
カトマンズの朝まだき、大寺院へ向かう街道を歩いている私の目の下に、
突然、脇道から姿を現した少年に気づきました。
一瞬、ホロゴンを少年の眼前50センチばかりに回して、
シャッターを切りました。
どう写るか、どう撮りたいなんて考えもせず…

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by Hologon158 | 2008-09-09 21:48 | ホロゴン撮影法 | Comments(0)

18 5つのノーを言える男になりたいと決意したのが10年前のことだった(再録)


私にはホロゴンで縦横どこまで撮れるのか、皆目見当がつかないのです。
12年使い込んだ今でも、まったく同じ、
そんなの、誰だって見当つきませんよ、まったく。
では、どうすればいいのか?
この難問にはほとほと弱りました。
結局、私が思いついた解決策、それは、
5つのノーを言える男になっちゃおう!
5つのノーとは何か?
1 ノーファインダー(ファインダーをのぞかない)
2 ノーシンキング(頭使わない)
3 ノーウェイティング(待ち伏せなし)
4 ノーメイキング(やらせ、工夫はしない)
5 ノートリミング(後でお化粧はしない)
要するに、完全開き直り戦術ですね。
これでおわかりのこと思います、私がど素人となってしまった理由が。
ホロゴンでどんな風に撮れるか予測できないのであれば、予測なんかやめちゃおう!
芸術作品を撮りたいなんて思っていないのだから、カメラマンやめちゃおう!
写真のことは、ホロゴンにすべてを委ねちゃおう!
そう考えたわけです。
以上の5つのノーについては、これからぼちぼちと説明することにして、
とりあえず、この5つのノーを実践して撮った写真を見ていただきましょう。
ハノイに36通りという名前の、路地だらけの職人街があります。
2週間、その路地という路地を回り歩いたのですが、
夜7時頃でした、路沿いの夜店のオモチャ屋。
肌が美しく、大変にかわいい少女がお店番。
バッグの組み立てに余念のない少女の投げ出した長い足先をほとんどまたぐような位置で、
ホロゴンを少女から50センチあたりに突き出して一枚撮りました。
店の赤色電球で撮るのですから、シャッター速度は8分の1でした。
露出計がないので、夜は、明るさなど気にせず、手持ち速度の限界で撮ります。
それで撮れたらもうけものという賭ですが、
少女の姿だけがシンクロしたように明るくなっています。
私はフラッシュを絶対に使いません。
たとえば、サブ用のコンパクトカメラでも、
ポップアップフラッシュをスコッチのプラスチックテープで封印します。
そうすると、本体ボディと同じ質感に隠されてしまうのです。
こうするのは、自然な光が一番と信じるからです。
では、どうしてこんな風に少女が光っているのか?
それは単に露出の加減だけなのです。
私は、常にホロゴンを露出をオーバー気味に設定します。
これで、こんな映像ができあがるのです。
この少女の可愛さを見てください。
ここでの賭は成功だったのではないでしょうか?

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   [撮影メモ]
     こんなとき、通りの向こうからこの少女を見つけて、
     「よし、撮ってやろう」と決意するとします。
     そんな状態で接近し、
     少女の足をほとんどまたぐような位置につき、
     それからカメラを構えてシャッターを押す、なんてこと、
     あなたはできますか?
     私にはできません。
     通りかかって、ふと下を見て、少女を発見したのです。
     だから、その場でカメラをひょいと突き出して、撮って、
     そのまま立ち去ったのです。
     私にとっては、移動してすれ違う、向こうから接近してきてすれ違う、
     こんな状態がシャッターチャンスなのです。
     あんまり自然なんで、相手も気づきません。
     「よし、あの子を撮るぞ」なんて心に決断して、そろそろと接近、
     なんてことはけっしていたしません。
     それはアマチュアカメラマンのおやりになること。
     私は素人なのです。
     偶然手近に見つかったものを、なにも考えずに、ひょいと撮るだけ。
     だから、ノーシンキング、ノーメイキングなのです。
by Hologon158 | 2008-09-02 14:52 | ホロゴン撮影法 | Comments(0)

15 ホロゴンはノーファインダー、これは必然なのだ!(再録)(ホロゴン撮影法)


皆さんは、15ミリ超広角でノーファインダーなんて、そんなバカな、そうお感じでしょうね。
私だって、ホロゴンを手に入れるまで、ノーファインダーで撮ったことは一度もありません。
だいいち、盗み撮りみたいで、卑怯じゃありませんか!
実際、たいていの超広角写真家がお撮りになる写真はアイレベルの写真です。
一番素敵なのはジャン・ルー・シーフでしょうか?
ライカのスーパーアンギュロン21ミリを巧みにあやつって、まさにアイレベルで、
息を呑むような美しい女性写真を見せてくれます。
超広角で斬新かつ革新的な映像を撮った写真家は沢山いますが、
彼ほどに美しい写真を撮った人はすくないのではないでしょうか?
でも、ホロゴンをアイレベルで撮ると、どうなるでしょう?
人は、頭でっかち尻すぼみ!
地面と焦点面との距離が、頭と焦点面との距離の倍以上に遠のいてしまうのですから、当然。
それが面白いという方はそれでいいのです。
私は、何度も何度も念押しをしていますが、写真家ではありません。
記憶の情景を思い出す「よすが」となるように、
自分の記憶するイメージにできるだけ近い映像が欲しいのです。
じゃ、なんで15ミリなんかで撮るのだ? 
それは、21ミリでも、私の記憶像よりは狭いから。
人間の一瞬の視野は30度だ、いや、注意点はピンポイントだなどとよく言われます。
でも、人間は、電光石火の早業で、全視野の情報を統合し、
不足分は記憶が補って、全視野のイメージを目と脳の中に作り上げるようです。
その脳内のイメージを復元できるのはホロゴンだけなのでは?
私はそう考えるのです。
ホロゴンは、比類のないほどに歪曲収差が補正されたレンズなのです。
したがって、ウェストレベルで撮りますと、完全に歪曲のない映像が得られます。
しかも、趙接近でないと、人物がはるか遠方にぶっとんでしまいます。
こうなると、ウェストレベルで接近戦を挑む、それしかないじゃありませんか?
その一例をご覧ください。
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[撮影メモ]
ネパールのヒンズー教の聖地パシュパティナートの早朝。
河の沿岸にガート(焼き場)が並んでいます。
右手に見えるのは、その活動中の煙。
河にかかる橋をガートのお手伝いさん、
昔で言う穏坊の少年がやってきました。
褐色の肌も美しく、彫刻のような容姿。
まさに「絵になる少年」!
私、少年をにこやかに見ながら、その真っ正面を進み、
左側をすれ違う直前、50センチ手前で、
腰のホロゴンウルトラワイドのシャッターを落としました。
少年は私の顔を見ています。
当然ながら、写真を撮ったことも気づきました。
私は、ただちに、にっこり笑い、「ダンニャバード(ありがとう)」
すると、少年、にっこり笑い返してくれました。
近頃分かってきたのですが、
私がこんな接近戦を平気で敢行できるのは、
どうやら私がいかなる反応に出会っても、
ちゃんと対応できる自信があるからのようです。
長年、職業柄、どんな修羅場になろうと、
どんな論戦になろうと、
他人に手綱を与えたことがないという経験の強みかも知れません。
でも、一番の武器は、なんと言っても、
善意、親愛の気持ちではないでしょうか?
「お前をダシにして、傑作写真を撮ってやるぞ」
なんて、内心考えながら写真を撮っていたら、
相手にもそれが分かってしまいのではないでしょうか?
誰だって、ダシにされるのはいやですよね。
by Hologon158 | 2008-08-27 21:34 | ホロゴン撮影法 | Comments(4)

10 男が後ろ姿を自分で見ることができなくて、ほんとに良かったよ


どうして男の背って、寂しそうなんでしょうね?
どこか屈託がありげで、
どこか悲しそうで、
どこか疲れた感じ。
心が内側に向かっていて、
自分が今どこにいるか、ふと忘れてしまうとき、
こんな背をしてしまうのでしょうか?
松江大橋の朝です。
大きな空、
美しい彩雲、
抜けるような青、
そして、水。
すがすがしい朝なのです、
胸に澄んだおいしい空気がふんだんに流れ込み、
視線はぐんと蒼空に向かって駆け上ってもよいはず。
それなのに、
男はうつむき加減で、
視線はともすると足下に落ちていきます。
すでに退職され、
どこか空しい想いをぬぐい去ることができないのでしょうか?
それとも、経営している会社の明日を憂えて、
資金繰りの胸算用に忙しいのでしょうか?
どうも、男性って、いくつになっても、
なにかと悩み、苦労、不安から脱出できない、
それがまともに背中に現れてしまう、ということでしょうか?
私も、後ろから見たら、そうなのかな?
そうなんだろうな…

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[撮影メモ]
私は、この方の背後1.2メートルほどです。
次第に接近しながら、
ホロゴンのシャッターを2度切りました。
これが1枚目。
2枚目は約60センチ後方。
早朝です、車もないので、橋のうえは静かでした。
朝の静寂にシャッターの乾いた音がはっきりと響き渡りました。
でも、この方はまったく振り返りもせず。
もちろん2枚目の方が私のお気に入りです。
これは、将来、松江シリーズのときにご覧頂きましょう。
いずれせよ、絶対にカメラを傾けない、
それが私の撮影法です。
写真ではなく、写っている光景に関心を抱いていただく、
それが肝心なのですから。
by Hologon158 | 2008-08-22 21:20 | ホロゴン撮影法 | Comments(2)

2  ホロゴンのひそやかなシャッター音は、真摯な祈りの邪魔にはならなかった


ネパール
仏教都市ボーダナートの大ストゥーパを仰ぎながら祈る老女。
ストゥーパの広場に路地から出ようとして、
ちらりと左に見えたのがこのおばあさん。
すかさずおばあさんの腰約40センチのところに、
手にしたホロゴンをつきだして、
ノーファインダーでシャッターを切りました。
おばあさんはチベットの女性。
つまり、かわいそうに、ダライ・ラマとともに、
チベットからかつて出国を余儀なくされた亡命者なのです。
一日も早い故郷への帰還を願っているのでしょうか?
それとも、故郷に残してきた肉親の幸福を祈っているのでしょうか?


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   [撮影メモ]
     老女と壁面との距離は1メートルほどだったでしょうか?
     ホロゴン15ミリF8以外の超広角レンズであれば、
     壁と老女とは同じようにシャープに描出されたかもしれません。
     この写真を見ると、どのような画角のレンズでも、
     正しい位置で水平垂直に撮ると、
     映像的にはあまり変わりがないことが分かります。
     ただし、私の写真は正しい位置で撮られなかったようです。
     左上隅のビラが歪んでいます。
     この歪みがなければ、
     この写真が超広角で撮られたことを分かる方は少なかいかも知れませんね。
by hologon158 | 2008-08-07 21:28 | ホロゴン撮影法 | Comments(0)