わが友ホロゴン・わが夢タンバール

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44.20 ホロゴン写真展1「福井の街は雨装束がよく似合う」20-完- ブログにおいでのあなた、よいお年を!


8月7日、本ブログ開設以来、
終始あたたかい目で見守っていただきまして、
ありがとうございました。
おかげさまで、毎日かかさず記事をアップし続け、
507件目で本年の締めくくりとさせていただきます。
振り返って見て、つくづく考えるのです。
素敵な生き甲斐をまた見つけたぞ!
このブログなるものが創造されるまで、
誰一人として知らなかった世界です。
写真家でなくても、自由に写真を発表できるのです。
それも、自分で好きなだけ文章を付けることができ、
自分の下手な写真を見に来る人が居て、
しかも、コメントをくれることがある!
荒れ野に呼ばわる声に、
遙か彼方からですが、こたえてくれる人がいるのです。
ブログ開設後まもなく、心に決めました、
ブログに写真のすべてを注ぎ込むぞ!
(すべてと言っても、貧弱な資源なので、これは言葉の綾)
ところが、ブログはそれだけではありません。
匿名であるところが、いわば、ミソであり、
ブログの隠れたる原動力なのです。
「王様の耳はロバの耳」の床屋は、
しゃべりたいけど、誰にもしゃべれない秘密を知ってしまい、
ついに荒野の穴に首をつっこんで、全部をはき出してしまいます。
ブログこそ、この荒野の穴なのです。
私もまた、自分の心に浮かんだこと、
おいそれと人にしゃべれないようなことを一杯抱えて、
ただ忘却を待つのみという日々をこれまで送ってきたのですが、
ブログを知ってしまうと、もういけません。
全部ブログに書いてしまって、後はすっきり!
こうして、毎日3、4件ずつ、好き放題を書いては、
適当に写真を写真展仕立てに編集して、投稿してきたわけです。
すると、驚くべきことが起こりました。
ブログが縁となって、
素敵な写真家、素敵な写真ブログがどんどん見つりかました。
それだけではありません、その人たちがコメントをくれるようになったのです。
まさにニューコミュニケーションであり、
ブログは21世紀の文化となろうとしているのかも知れません。
おかげで、ブログから足を洗うことができなくなってしまいました。
もうすぐ始まる2009年は気分一新!
1月1日元旦からブログ全開でまいります。
これまで本当にありがとうございました。
これからもよろしくお付き合いください。
最後になりましたが、あなたのご多幸をお祈りいたします。

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by Hologon158 | 2008-12-31 23:59 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

44.19 ホロゴン写真展1「福井の街は雨装束がよく似合う」19 つらなってかさなってほつれてむすんで


高階秀爾さんの「日本の現代アートをみる」が採り上げた美術には、
私がついていけないようなものが沢山ありました。
でも、素敵な芸術家も見つかりました。
「あるく 私の生活基本形」という形のコンセプチュアルアート。
秋山さやかさんは、たとえば、青山を歩くと、
地図のその道筋に糸、紐、リボンなどを付けてゆくのです。
すると、その道筋が色彩感豊かに浮かび上がるという手法。
秋山さんがこれに付けた言葉、素敵です!

目にしたもの
触れたもの
感じたこと
出逢った存在
つらなってかさなって
ほつれてむすんで
あらたな時となりゆく

まるで私自身がロボーグラフィでやっていることを、
そのまま文章化してくださったような、美しい言葉。
違いは、秋山さんは、地図のうえで、
その道筋そのものを浮かび上がらせるのですが、
私は、その道筋で出逢ったものたちの写真を撮って、
写真たちが連なることで、時間が生成してゆく。
こんな風に明確にコンセプト化されると、
私のホロゴンデイ・シリーズだって、
あながちただの駄写真の羅列ではなくて、
あらたな時を1つ1つ刻んでゆく、創造的な営為、
そんな風に持ち上げることもできないわけではなさそう。
待った、待ったあ!
すぐ調子に乗っちゃうんだから!
いけませんね。
できるわけがないじゃないか!
芸術家が明確な芸術的意図に導かれて道を歩くと、
うまく行けば、コンセプチュアルアート!
でも、なんの意図もなしに、ただ歩いて写真を撮ったって、
なんにもならない!
モンキー君に絵筆を持たせて、抽象画みたいなものができたら、
それは芸術か、という議論に似ています。
モンキー君、私同様、芸術を創造する意図があるわけないのですから、
答えは、「絶対に芸術じゃない」
どんな写真家も、どんな観光客も、みんなこの調子で歩くのです。
でも、誰も芸術なんかまちがっても紡ぎ出せない。
美的なセンスと、美的な創造力とが働かないと、
なんにも起こらない。
ホロゴン持ったら、なんでも起こると思ったら、
大間違いだよ、お前さん!
でも、主観的な意図と客観的な結果はともかくとして、
秋山さんの言葉、いいですね。
今度歩くとき、そんな芸術的意図を持って撮ってみようかな?
こんな風にすぐ考える人を、一口で言えば?
もうお分かりですね。
おっちょこちょい

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by Hologon158 | 2008-12-31 16:06 | ホロゴン写真展 | Comments(8)

44.18 ホロゴン写真展1「福井の街は雨装束がよく似合う」18 しめしめ! やれやれ!


写真についても総括しておきましょう。
本ブログにおいでの方のブログ以外は見る暇がありませんので、
はっきりと言うことはできませんが、
写真ブログに掲載されている写真の数としては、
どちらかというと、多い方かも知れませんね。
でも、たいていのブログのように、
文章を少なくして、写真だけにすれば、もっと掲載できます。
ウェブ上にストックするだけなら、それで十分。
でも、写真たちにしっかりとした見せ場を作ってあげたいのです。
蜷川実香さんに写真集「永遠の花」というものがあります。
サイパン、グァム、メキシコ等の墓前に捧げられた造花を撮りだめたものだそうです。
高階秀爾さんの「日本の現代アートをみる」で知りました。
こんな風にコンセプトをもって作品を撮ろうとすれば、
当然ながら、写真の数は限定されてしまいます。
墓地を探して行ってみたけれど、
撮りたい花はなし、ということもあるでしょう。
私のようにコンセプトがない人間にとって、
写真というのは、見る行為そのものです。
誰も、見るものを制限することはできません。
目に入ってきてしまうのですから。
写真をする人のほとんど全員が、
風景とか路上スナップとか、なんらかのコンセプトを持っています。
私の、歩いたところは何であれ撮る、という撮り方、
そんなのを、誰もコンセプトとは言いません。
行く場所は自ずと自分の好みの場所ではあります。
たとえば、お祭りとかイベントのように人の集まる場所は行きません。
楽しい路地があるところがお好みと言えば、お好み。
でも、好みの場所に一定の基準があるかと思えば、
まったくそんなものはありません。
そうすると、そんなバラバラの写真を集めても、
写真ブログにはならない。
そこで、ちょっとズルをしました。
いかにもコンセプトがあるように見せかけることにしたのです。
ホロゴンデイ・シリーズがその典型です。
50枚から100枚程度から組み写真風のセットを組む。
そんな風にして並べると、いかにも写真展風になります。
でも、ほんとは1日撮りまくったものから組むのですから、
でたらめもいいところですよね。
(今のシリーズも「写真展」と銘打っていますが、実は1日撮り)
こんな風にいわば水増しして投稿するのですから、
3000枚と言っても、まだ50組以下なのです。
私のハードディスクには最近数年分しか入っていないのですが、
その数年分のほんの一部。
だから、ストックだけでも、10年近くは続けられそうです。
そう考えると、にんまりしてしまいますね。
しめしめ!
あなたが、この瞬間感じた気持ちを4文字で当ててみましょう。
やれやれ!

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by Hologon158 | 2008-12-31 12:33 | ホロゴン写真展 | Comments(2)

44.17 ホロゴン写真展1「福井の街は雨装束がよく似合う」17 せめて、写真だけは見てくださいね


よろしければ、
私のブログの総括を続けさせていただきます。
(よろしくなければ、さようなら!
こう言えるのが、ブログの主の特権なのですね。
たまらない!)
私のブログを読んだ方から、
文章についてまさにいろいろなご意見を頂きました。
一番多いのが、「長すぎる! これじゃ誰もよまない!」
その都度、答えさせていただきました、
「読まなくてもいいよ。誰も頼んでなんかいないんだから」
次に、「どうしてあんなに沢山書けるの?」
それは、誰も私に書けと命じないからです。
私が書きたいときに、書きたいことを、書きたいように、なんの制約なしに書けるのです。
これなら誰だって、書けます。
文章が長くなるのは、私がダジャレ人間だから。
私の発想は芋づる式です。
1つなにか思いつくと、あとはダジャレと尻取りの発想が頼り。
ずるずると思いつくままに書いてしまい、
推敲で、美しい文章と整然たる論旨に整理するなんて、
しんどいことはいたしません。
それをやることは、制約、束縛につながります。
資料もなしに、バンバン書きまくりますので、
間違い、思い違い、勘違い、誤解、記憶違いが山ほどあるでしょう。
でも、チェックしません、
チェックも制約、束縛につながります。
書き出すとき、頭の中はほぼ完全に白紙。
どんなことを書こうとか、どんな主張をしようということの青写真もありません。
どんな結論になろうと、今、ここで考えたら、こうだった、
それが思考というものです。
つまり、書くというより、今この場で考えている、
それが私の文章なのです。
私は直観人間なので、深い思索を論理的に展開するなんてことはできません。
そんな人は、私のやるようなことは絶対にしません。
私の文章は、私の思考なので、実は大変にプライベートなのです。
それがブログでできるのは、匿名だから。
では、なぜ、誰か他人を相手に話しているように書くのか?
私は、誰かに手紙を書くとき、一番筆が走るのです。
内省型ではなくて、おしゃべり型人間なのでしょうね。
だから、私は、ブログの訪問者、つまり、あなたに向かって、
話すように書くことで、原動力を得ているのです。
前にも書きましたが、写真家のAHさんに尋ねました、
「文章読んでますか?」
「うん、読んでるよ、最初と最後だけ」
さすが頭のよい人だ、私は感心しました。
それだけ読んだら、私がなにを言いたいか、わかってしまうからなのです。
あなたも、いくつか文章をお読みになったのであれば、
もう私の行き着くところは文頭で十分想像がつくことでしょう。
私は全部書かないと、論旨がどこに行き着くか、分かりません。
だから、最後まで書くことにいたします。
あなたは、AHさんの読み方でいいのですよ。
それとも、私書く人、あなた読まない人の分業でも結構です。
せめて、写真だけは見てくださいね。

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by Hologon158 | 2008-12-31 00:25 | ホロゴン写真展 | Comments(2)

44.16 ホロゴン写真展1「福井の街は雨装束がよく似合う」16 ブログ人生、万歳!


2008年もあと一日になろうとしています。
今年を振り返ってみました。
写真に焦点を絞ってみますと、2つ大きなことがありました。
1つは、ブログを始めたこと。
もう1つは、ホロゴン以外のレンズに関心を拡げたこと。
どちらも、私の写真人生を大きく拡げた感じがします。
もちろん一番大きなことは、ブログ。
これまで写真を楽しんできましたが、
さて、その写真でなにをするか、焦点が定まらなかったのです。
数年前から、自分自身を写真素人と明確に認識するようになり、
人生を複雑にするようなさまざまなことから解放されました。
ホロゴンのおかげです。
誰も撮らないような写真を誰もしないような撮り方で撮る、
その結果、誰も注目しない写真ばかりを撮るようになって、
覚悟ができました。
誰も注目しなくてもよい!
自分だけが知っていれば、それで十分じゃないか!
でも、それが袋小路になるのではというおそれを常に抱いてきました。
逼塞してはならない。
独りよがりになってはならない。
幸い私には写真の友人が幾人も居て、
その交流が、私の写真観を軌道修正してくれるのです。
でも、それだけでは足りません。
そんな写真でも、写真たちそのものをなんとか活かしたい、
自分で客観視できるような、写真たちの活躍できる場が欲しい。
そんなところへ、友人の1人がブログを始めたことを知りました。
彼はシャイな男で、仲間たちに内緒にしていたのです。
でも、悪いことはできませんね。
ひょんなことからブログの存在を知って、のぞいてみました。
そして、その瞬間知ったのです、
私のやりたいことは、これだった!
3月31日、楽天ブログ「ホロゴン讃歌」を立ち上げ、
8月19日まで426件の記事を掲載しました。
写真にして約1200枚。
事情があって、8月7日、エキサイトに移り、
本ブログを始めて、約4ヶ月半、
この記事で503件、写真は約2000枚を数えることができます。
3月31日から今日まで、毎日かかさず記事をアップしてきました。
記事数929ですから、1日平均3.4、
写真も軽く3000枚を超えました。
まさにブログ人生!
思いつき放題の文章を勝手気ままに投稿し、
誰も注目しないような、でも、私が愛してやまない写真たちを、
これまた無制限、無批判にアップできるのです。
宣伝せず、タグも付けず、コメントも本ブログにおいでになった方だけにとどめ、
ひっそりと続けてきました。
幸い、写真のストックだけはまだまだどっさりあり、
盛んに撮影しているので、毎月数百枚ストックが増え続けています。
ブログが私にどんな恵みをもたらしたかは次回に書きます。
とりあえず、書いておきたいことはこうです。
ブログを始めたことで、
私の人生の扉が大きく開かれようとしています。
その予感を現実化すること、それが来年の私の目標なのです。

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by Hologon158 | 2008-12-30 22:28 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

44.15 ホロゴン写真展1「福井の街は雨装束がよく似合う」15 正月前から、ついてるぞ!


子供なんですよ!
カメラ好き、レンズ好きの人間って。
どうして分かったか?
たった今の私の行動を見て。
私の作業机は、自分で設計したビューロー・タイプ。
でも、普通のビューローとは似ても似つかぬジャイアント。
ビューローは、フラップ式の蓋を下ろすと、机面になります。
その幅が160センチあります。
右横のプリンター台も同じ形、幅が50センチのビューロー、
その蓋を下ろしますと、机面はビューローとぴったり接合状態に。
作業スペースは210センチ、奥行き60センチに拡がります。
目の前のビューローの収納部分は、
左側に幅60センチの書棚が設置してあり、
右側90センチはマックの28インチシネマディスプレイ、
外付けハードディスク2つ、DVDなどが納まっています。
ビューロー天板にはニコンのフィルムスキャナー。
プリンター台は、上下2段に2種類の昇華型熱転写プリンター。
プリンター天板にはエプソンのインクジェットプリンター。
ビューローの机面の底部は棚になっていて、
そのフラップ式の蓋を下ろしますと、
中は2000枚以上のフィルムシートが入る棚がびっしり詰まっています。
つまり、私は、写真を楽しむための完全な作業台となるよう、
自己流に理想の書斎机を木工師さんに作ってもらったのです。
ビューロー全体がタモでできていて、
机面は2.5センチ厚、剛性は十分です。
話が随分逸れてしまいました、
その机の上に、用もないのに、
タンバール90mmF2.2付きライカM4-Pがおいてあったのです。
ブログを書きながら、ふっとタンバールに目をやりました、
レンズに付けたフィルター中央の銀盤がキラリ!
すると、ぞくぞくっと歓びのおののきが身体を駆け抜け、
思わず口走ってしまったのです、
「正月前から、ついてるぞ! 
来年はいいことがある!」
これって、クラシックレンズ・フリークの方なら幾度もある体験では?
でも、やっぱり幼稚ですよねえ、
古ぼけたレンズを見つめて、恍惚となるなんて!
もうちょっとましなもので、恍惚となりたまえ!
年取っても、子供なんですよ、
子供!
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by Hologon158 | 2008-12-30 18:16 | ホロゴン写真展 | Comments(2)

44.14 ホロゴン写真展1「福井の街は雨装束がよく似合う」14 人生を勇気づける光が消えてゆく?


高階秀爾さんの「日本の現代アートをみる」(講談社)、
ちょっと面白いですね。
絵画の偉大な伝統にしっかりと根付いた鑑識眼をお持ちの高階さんが、
日本の現代アートを、面白い面白いと楽しんでおられるのが、
絶えず行間から伝わってきます。
おかしなことに(と、私は思うのですが)、
その現代アートのほとんど全部がファンタジーなのです。
これは一体どういうことなのでしょう?
現代絵画はファンタジー一色に染まってしまったのでしょうか?
それとも、高階さんがファンタジーばかりを集められたのでしょうか?
さらに、もっとおかしなこと!
この本の中にある現代アートの作り出すファンタジー、
その大半が、怖かったり、奇妙だったり、
居心地が悪かったり、しつこかったり!
二三の例外をのぞいて、青少年に夢と希望を与えてくれる、
ファンタジーはないように見えるのです。
今、そんな幻想を作り出す人はあまりいないようですね。
なぜか?
現代は、希望と夢とが無惨に打ち砕かれるのを観てきました。
そのおかげで、現代アートから希望と夢はほとんど消えてしまったのでしょうか?
本一冊でそんな風に考えるのは大げさなのでしょう。
でも、世の中のあらゆる場面で、
理想とか希望といった、人生を勇気づける光が消えてゆくようです。
2009年は、さらに大きな経済不況が全世界を席巻するおそれだってあります。
そのうえ、新型インフルエンザが襲来?
畳みかけるように、私のブログでも、暗い暗い写真が続きます。
おっと、これは無関係ですね。
とにかく来年がよい年となるよう、お祈りいたします。
私は、午前中お風呂の掃除、午後は窓ふき。
自分の部屋の掃除はいつできるのでしょうか?
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[撮影メモ]
この3枚、実は以前にアップしました勝山の廃村なのです。
まちがって福井のフォルダーに紛れ込んでいました。
大好きなので、今回に登場してもらうことにしました。
by Hologon158 | 2008-12-30 13:55 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

44.13 ホロゴン写真展1「福井の街は雨装束がよく似合う」13 ついにニコンを使わないままに終わりそう


ファンタジー、お好きですか?
いや、嫌いだ、私はリアリティだけで十分!
そんな方も多いようです。
私は逆です、
ファンタジーを心の栄養にして生きてきたようなものです。
子供の頃から、さまざまな機会に、たとえば、
歩いているとき、
学校で、授業に退屈したとき、
ふっと空を見上げたとき、
なにか刺激となるような本を読んだとき、
布団に入ったとき、等々…
そんな空想癖は普通大人になると消えるもののようです。
でも、私の場合、ファンタジー志向は幾つになっても消えないまま。
今でも、絶えず夢見ています。
それが、私の一種の逃避場、
これあるが故に、うつ病にもならず、病気にもならず。
だから、写真も最初から、リアリティではなく、
ファンタジーを求めてのことでした。
そのせいでしょうか?
私はついにニコンを使わないままに終わりそうです。
ホロゴンを手に入れたとき、考えました、
ついに究極のファンタジー・メーカー、
メタモルフォーゼ装置を手に入れた!
この思いは13年経った今もまったく変わりません。
私は、万事くるくる変わる人間ですが、
私の人生の根幹に関わる問題については、かなり頑固です。
写真もまた、私の人生の一つの核なのです。
でも、皮肉なもので、
自分の人生の核に写真が近づけば近づくほど、
私の写真はたいていの人の好みや理解から外れていくようです。
これはどの方についても似たり寄ったりかも知れません。
私が、自分の写真を大事に思えば思うほど、
人からは取るに足りぬ、なんだか訳の分からぬものに見えてしまう。
当然と言えば、当然なのでしょう。
でも、ときどき思うのです、
ホロゴンが私にくれる写真たち、私には常に驚異なのですが、
どうやら誰の目にもそうは見えないらしい。
これから、タンバールが別種の驚異をくれることでしょう。
でも、いやな予感が…
タンバール写真も、やっぱりなんの注目もひかないだろうな。
こういうときは、地元の奈良弁がぴったり来ます、
ま、しゃあないな

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by Hologon158 | 2008-12-30 09:24 | ホロゴン写真展 | Comments(2)

44.12 ホロゴン写真展1「福井の街は雨装束がよく似合う」12 皆さんどうぞ新型カメラに乗り換えましょう!


ドイツ人の大工さんから面白いことを聞きました。
日本で、カンナでどれだけ薄く削れるかを競争する催しがあるのだそうです。
ミクロンの単位まで計測できる装置を使って測定して判定。
彼は、その話をしてから、にやりとしつつ、
「でも、このことと大工仕事とはぜんぜん関係がありません」
その表情に、大工としての誇りが感じられました。
この話を聞いて、今、写真業界で起こっていることを思い出しました。
ディジタルカメラの解像度を果てしなく上げてゆく競争。
凄いカメラが各社から次々と発売されているようです。
その裏で、それ以前のカメラはどんどんと陳腐化し、
スクラップ化してゆくのです。
では、果たして、超高解像度のカメラが写真に必要なのでしょうか?
その進化の行く末にはなにが待っているのでしょうか?
もちろん、現実とまったく異ならない画像!
でも、それなら、現実を見るので十分じゃないですか?
現代画にも、そんな潮流があるようです。
幾枚か観ましたが、これもディジタル画像同様に、
もうしわけありませんが、まったく面白くない!
さりとて、私がそんな進化に不満を持っているわけではないのです。
メーカーさん、どうぞ、どうぞ、開発競争をおやりなさい。
皆さんも、どうぞ、どうぞ、新型カメラに乗り換えてください。
クラシックカメラ店にはもうしわけありませんが、
それだけクラシックカメラの相場が低減することになりそうです。
私は、低解像度の写真で我慢いたしましょう。
リアリティある画像を造りたいわけではまったくないですから。
私の造りたい画像は、私の心を揺さぶり、
私に歓びを与えてくれる、そんなイメージ。
解像度なんか要りません。
主題が浮かび上がってくれれば、周りがぼけていても構わない。
それがホロゴン。
雰囲気がよければ、全部ぼけていても構わない。
それがタンバール。
雪舟の鼠を思い出しました。
柱に縛られた少年雪舟が涙で描いた鼠に和尚さんが驚いたというお話。
涙で床のほこりを湿らせて、
清朝初期の水墨画の天才八大山人の鼠風に、
こんもりと鼠風にまとめたのではないでしょうか?
本当の意味のリアリティは、細密画によって得られるのではなく、
筆の勢いとコントラストによって創造されます。
ホロゴンやいにしえのライカレンズが得意とするところがそれ!
私はそんな気持ちで、
非ディジタル化への道を心安らかに辿ることができるのです。

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by Hologon158 | 2008-12-29 21:45 | ホロゴン写真展 | Comments(6)

44.11 ホロゴン写真展1「福井の街は雨装束がよく似合う」11 わっ、キャッ、おおっ!


私にとってのカリスマレンズの基準を改訂いたします。
44.02でこう規定いたしました、
A その写りが絶対的に凄いこと!
B その凄さが、他に2つとないほどに独自であること!
C 本数が少ないために、なかなか見つからないこと!
D 高価なこと!
C、Dは削除いたします。
本数が猛烈にたっぷりあるのに、なおカリスマとしかいいようのないレンズ、
たとえば、ズミクロン50mmF2a、ローライのプラナー80mmF2.8、
スーパーアンギュロン21mmF3.4なんてレンズを忘れることができないからです。
その代わりを思いつきました。
C いくら使っても、レンズを撮る度に驚かされること!
この新基準にかなうレンズがどれだけあるか?
これ、実は撮る人の能力次第ではないでしょうか?
たとえば、写真の才能と技術とがいずれも抜群の、いわば天性の写真家なら、
Cは初手からクリアーということになりかねません。
俺のことだな、そう静かにつぶやている、あなた、
あなたにとって、カリスマレンズの基準はまったく別になるかも知れませんね。
私の基準は、写真素人向けであることをご承知おき下さい。
ホロゴンはまさに私の基準に該当するレンズです。
13年目に入っていますが、まだスキャンする度に、
わっ、キャッ、おおっ!
タンバールをカメラ店からお借りして、購入を決断したことは書きました。
素敵な写りでした。
でも、だから、決断したのではありません。
私の場合、どんなレンズでも、何十本と撮ってからでないと、
良いレンズかどうか、分からないのです。
もちろん最初は、いきなり判定していました。
でも、その判定を覆されるような撮影結果がたいていのレンズに発生しますと、
数本撮った位で、このレンズがどうのこうのを言うのは、
考え物だと分かり、いわばエポケー(判断停止)して使うようになってきたのです。
おそらく私が下手なせいでしょうね。
ところで、ここで気がつきました、
実は、私の奥様もこの新基準に全部該当する!
まさか、妻はカリスマレンズ?

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by Hologon158 | 2008-12-29 15:41 | ホロゴン写真展 | Comments(2)