わが友ホロゴン・わが夢タンバール

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59.14 ホロゴンドラマ5「和歌山の旅① 新宮」14 ワイエスって、どうやって描いたの?


長岡市に「Nagaoka Contemporary Art Museum」ってあるのでしょうか?
検索してみても、それとただちに同定する手がかりがないようです。
この美術館に、ワイエスの「Thin ice」なる傑作があるようです。
わくらばの散り敷いた浅い池、その水面をうっすらと氷が覆っている。
そんな光景をそれらしく描けといわれても、
たいていの画家は、「そんなの無理だよ」と断るのではないでしょうか?
ワイエスはそれを見事やってのけているのです。
薄氷の質感、
その下の水、
水底に折り重なって散り敷いている病葉の立体感、
それらを完全に再現していて、
しかも美しい!
写真でだって、これだけ美しく写し取ることは難しいのではないでしょうか?
第一、どうやって描いたのでしょうか?
なにしろ、ほぼ120cm四方という、ちょっと大きな絵なのです。
寒いのに、現地で写生していったのでしょうか?
どうすれば、こんなに細密画を描けるのでしょうか?
テンペラですが、テンペラって、気軽に写生できるものなのでしょうか?
簡単に塗り重ねができるのでしょうか?
もしアトリエで描いたとすれば、写真で描いたのでしょうか?
それとも記憶と想像で?
もう疑問だらけ。
誰かご存知の方おられたら、教えてください!
お願い!
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by Hologon158 | 2009-03-31 22:57 | ホロゴンドラマ | Comments(2)

59.13 ホロゴンドラマ5「和歌山の旅① 新宮」13 つまらないもの同士でも組み合わせたら?


あちこち港町に行きますが、
海岸擁壁に彩色画が塗られていることがよくあります。
たいてい、新宮と同様に、かなり稚拙な絵です。
でも、一応全体としてちゃんと様式は整えてあります。
だから、誰か大人が委嘱を受けて描いているのだろうと推測できます。
いつも撮ります。
たいていは、こうして自分の影を入れて。
絵だけ撮ってもつまらない。
自分の影だけ撮っても、これは一層つまらない。
というわけで、つまらないもの同士でも組み合わせたら?
やっぱりつまらないかな?

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by Hologon158 | 2009-03-31 22:15 | ホロゴンドラマ | Comments(2)

59.12 ホロゴンドラマ5「和歌山の旅① 新宮」12 そのまま、人生、という感じ


夕食後もまだセザンヌを眺めています。
どうしてこんなに隅々までのっぴきならないほどに緊密に、
だけどもゆったりと描くことができたのでしょうね。
緊密なんだけど、ちっとも窮屈ではない。
構図のよい絵はどっさりあります。
でも、なんだかいかにも絵じみて、
心にぐっと食い込んでくるあたたかさ、リアリティがないことが多い。
セザンヌにもそんな絵はどっさりあります。
私は、セザンヌの塗り残しの絵って、あんまり好きじゃありません。
いかにも絵ですよ、これは、と、無理矢理気づかされている感じがするからです。
そのあたり、水墨画の塗り残しとは趣きが違うようです。
完全に塗り込める油絵という常識が邪魔をしているのでしょうか?
問題はどうやら構図ではなくて、生命感にありそうです。
セザンヌの2枚、生きているのです。
トランプの絵、どちらかが今にも札を1枚卓上に投げ出しそうな気配。
生命感は空気感にもつながります。
卓上の玉葱、切れば、涙が出てしまいそう。
写真にも、この同じもの、生命感と空気感が欲しいですね。
どうすれば、それが得られるのか、私には分かりません。
これぞ写真でございと言わんばかりに写真的な雰囲気の写真は少なくありません。
でも、カルティエ=ブレッソンや木村伊兵衛の作品にはこれがない。
そのまま、人生、という感じ。
いつかそんな感じの写真、撮ってみたいな。

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by Hologon158 | 2009-03-31 21:02 | ホロゴンドラマ | Comments(0)

59.11 ホロゴンドラマ5「和歌山の旅① 新宮」11 お口直しに眺めは絵は?


ああ、馬鹿なことをしました。
つい、ちょっと政治のことが頭に浮かんだら、もう書いてしまっていました。
そしたら、気分が悪くなりました。
つまらぬことを書いてしまった。
このブログにお出での方の半数は、私の意見に反感をお持ちになり、
もう二度とこのブログには来るものか!
残りの半数は、あきれて笑ってしまうことでしょう、
言ってもせんないことをくだくだと!
Hologon158って奴は、かなりいらいらしてるな。
でも、「綸言汗のごとし」です。
私は別に王様じゃありませんが、このブログの主なのです!
一度ブログに載せた記事は削除しないことにしています。
それがそのときの私だったのですから。
その代わり、美しいものを眺めて、口をすすぐことにしました。
ふと思い立って、書棚の下から、昔の講談社版「世界の美術館」シリーズ、
「ルーブル美術館Ⅱ」を久しぶりに引っ張り出しました。
素敵な絵がどっさりあります。
どれにしようかな?
ダ・ヴィンチ?
ノー
ティチアーノ?
ノー
ラファエロ?
ノー
フェルメール?
ノー
ワトー?
おお、この調べではない!
なんて第九「合唱」みたいなセリフをつぶやきながら、
開いた頁に、うん、今はこれだ!
誰だったでしょうか?
なんとセザンヌ!
「玉葱のある静物」「カルタ遊びをする人々」の見開き2頁。
その赤みがかった褐色のグラデーションがなんとも心を和ませてくれます。
輪郭を覆う暗い縁取りも、観るものの心をぐっと安定させてくれます。
2枚を見比べていて、気づきました。
この二枚に共通のものが描かれているのですが、なんだと思います。
もちろんテーブルと壁ですが、これはいわばバックグラウンド。
肝心なのは、ワインのボトル。
このボトルが、どちらの絵でも、ぐいっと突っ立って、核を形作っている!
その秘訣はなにか?
どちらも、ボトルが左向こうにほんの少しかしいでいるのです。
「おれに付いてきな」って言わんばかりに、求心力を発揮しているのです。
ははーん、セザンヌ先生、こんな三角形を演出して、統一感を作りだしたんだな。
こんなささやかな発見にすっかり気分がよくなりました。
というわけで、セザンヌの色調にはほど遠いのですが、
褐色の自写像4枚を一挙掲載することにしました。

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by Hologon158 | 2009-03-31 18:18 | ホロゴンドラマ | Comments(2)

59.10 ホロゴンドラマ5「和歌山の旅① 新宮」10 古い歌を想い出しました


近頃の政治、切った張ったのどったんばったん。
首相は、政治力どころか識字力が問題になると思えば、
野党党首は田舎政治家風のどす黒い利権構造が暴露される。
なんてことはない、もう眼をおおわんばかりの田舎芝居!
21世紀のグローバルな政治経済を高邁なる視野でリードする、
それが日本の政治家に求められている責務なのに!
野党党首はもともと田中角栄流の利権政治家であることは、
誰もが知っていること。
それが秘書が逮捕されると、逃げの一手を打ったのはまずかったですね。
第一に、そんなことはちょっとした記載間違いであり、
そんな金が懐に転がり込んだことは何にも問題がないという顔をしたこと。
今、日本国民の大半は、明日からの世界の成り行きでは、
生活もままならぬ苦境に陥るのではと心配しているこの時節に、
政治家の甲斐性や、金もらうのがなぜ悪い?
そう言わんばかりの開き直りはまずいですね。
その金、どこに、誰のために使った?
誰もがそれを知りたいのに!
そのうえ、自分の可愛い直参の部下が逮捕されているのです。
その方らのしでかした不始末、自分で始末をつけおろう!
なんて、トカゲのしっぽ切りは、大将の器を自分で否定したようなものです。
誰が、こんな人に国を任せようと考えるでしょうか?
というわけで、今、国民は、大変な苦境に立たされたわけです。
アホでもよいのか?
悪でもよいのか?
どちらにしても、超小型政治屋たち、
私たち国民のために政治をしてくれるはずがない。
困ったことになりました。
古い歌を想い出しました、
ケセラセラ なるようになる…
おっと、こんなこと言ってる場合か!
枯れススキの小唄ですね、こりゃ。

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by Hologon158 | 2009-03-31 17:03 | ホロゴンドラマ | Comments(0)

59.09 ホロゴンドラマ5「和歌山の旅① 新宮」9 異貌のレンズたちに捧げる讃歌


No.7の「頭を空っぽにして撮る」をもう一度考えてみました。
これはちょっと大げさ。
頭を空っぽにしたら、歩くことだってできやしない。
正確には、こうですね、
撮影のとき、写真のことは考えない。
今、これを撮ったら、どう写るだろうか?
これも考えない。
ここでは、こんな写真を撮りたいな。
これも考えない。
ようするに、今、写真を作っているとは考えない。
このあたりがディジタルカメラマンとの決定的な違いかも知れません。
ディジタルカメラだと、その場で、写真のイメージがチェックできます。
つまり、写真イメージから逃れることはできない。
液晶画面をオフにしても、ここではどんな風に撮れるか、
おおまかにイメージできるものです。
たいていの銀塩カメラも同様です。
手慣れた道具となったレンズの写りは予測できるものです。
というよりも、それが予測できないと、写真家とは言えない!
ところが、私の知る限りでは、2本だけ、例外があります。
それがホロゴンとタンバール。
タンバールはまだ新参者ですが、
ホロゴンときたら、近頃は月間40本平均で撮り続けているのですから、
すでに13年で1500本は軽く超えています。
でも、どう撮れるか、絶対に分からない。
いつも思いがけないほど変容しているのですから。
こんな事情があるので、レンズと写真のことを考えないことって、
大変に簡単なのです。
これって、ひょっとすると、ソクラテスの「無知の知」に近いかも?
だから、私は写真に関しては決定的に謙虚になれるのです。
私の写真は、すべてレンズからのプレゼントなのですから、
どうだ、おれが撮ったのだ、参ったか、とは言えない義理。
いわば、観客第一号。
こうした異貌のレンズたちに捧げる讃歌にしてオマージュ!
それがこのブログなのです。

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by Hologon158 | 2009-03-31 16:22 | ホロゴンドラマ | Comments(0)

59.08 ホロゴンドラマ5「和歌山の旅① 新宮」8 震えるような唇はたった2回の彫りで


新宮は、熊野の奥地から切り出された木材の集積地のようです。
冬とはいえ、さすがに南国、陽光に力があります。
順光を主に撮る私です、いきおい自分の影を前にすることに。
カルティエ=ブレッソンとはまた別の理由で、写真が大嫌いな私ですが、
自分の影は抵抗感なく撮ることができます。
少なくとも、私の影だけは生きていたことが確認できるわけです。
こんな木材を見るたびに想い出すのは、
写真家ジョン・ミリが撮ったフランスの彫刻家ルイ・ジューの木版画。
二羽の小鳥を胸に抱きかかえた修道僧が見下ろしている先には、
小さな少年が居て、修道僧をじっと見上げている、そんな構図。
彫り込んだ痕が白く残る、黒一色の版画。
つまり、暗い背景から二人が浮かび上がるのです。
その少年の震えるような唇はたった2回の彫り。
鼻とまぶたとほおを彫りだしたそのノミ痕に囲まれた深い闇が、
涙をたたえる眼に見えるのですから、不思議。
ジョン・ミリは、ルイの版画を大きく伸ばして見せたそうです。
すると、生涯無神論者だったルイは、
自分の彫りが、造型による詩となっていることを知って、こう述べたそうです、
「神が、わたしが自分の人生から造ったものを見るようにと
おっしゃっているんだね」
ノミによる彫りがそのまま詩となる、
これが芸術というものなのでしょうね。

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by Hologon158 | 2009-03-31 14:23 | ホロゴンドラマ | Comments(0)

59.07 ホロゴンドラマ5「和歌山の旅① 新宮」7 人生、ずっとこれで通してきたみたい

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昨日、andoodesignさんから鋭いご指摘を受けました。
「3才の姪っ子にコンデジを渡すと、次々と被写体を探し、
レンズを向けては器用にシャッターを押します。
当然、構図なんて考えてません。
上も下も無し、ただ目についたモノをドンと撮ります。
撮れた写真をスライドショー、これが見応えあります。
そんな無垢な気持で撮りたいですが、欲を持った大人には無理みたいです...。
でも、Hologon158さん、そういう意味では原点回帰しているような気がします。
どちらも、計算より感性を大事にしている。
いや、それすらも考えないのかも...」
3年ほど前、友人たちと大阪で撮影中、写真ギャラリーに入りました。
10歳ほどの少女が個展をしていたのです。
その写真を見て、友人たちが口々に、
「Hologon158さんの写真とそっくりだ。
つまり、Hologon158さんって、なんにも考えないで撮っているんだ」
この少女もandoodesignさんの姪御さんも低い視点にカメラを置いて、
どんと真ん中、四の五の理屈を付けないで、そのものずばりを撮っている。
これすなわち、私の撮り方。
前から言っているじゃありませんか。
ノーシンキング!
超接近水平垂直撮影法!
私は、カメラを手にすると、もう頭は空っぽにします。
漏斗のように大きく心を開いて、
目に飛び込んでくるものをそのまま呑み込みます。
後は、ホロゴンがやってくれる、その信頼感があるからこそ。
本日の写真もそんな風にして撮りました。
「流れるように」とは行かないのですが(大変に身体の硬い不器用人)、
無造作に、そして淀みなく撮り続けます。
道理でフィルムを消費するわけだ!
この写真だって、実景は、まったく何でもないがらくた。
でも、心のどこかでなにかを感じている、
そのかすかなこだまを感じたら、撮る!
いわば、判じ物写真ですね。
つまり、原点回帰どころか、原点に止まったまま!
思えば、人生、ずっとこれで通してきた感じがします。
by Hologon158 | 2009-03-31 12:02 | ホロゴンドラマ | Comments(0)

59.06 ホロゴンドラマ5「和歌山の旅① 新宮」6 中身を真似するのは絶対に無理なので

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韓国の芸術に夢中になって、
和歌山の旅のことをお話するのを忘れていました。
今年の1月17日から2泊3日、南紀を撮影したのです。
最初の2日は写真家のAHさんとご一緒しました。
AHさんとは、二日間新宮と勝浦を一緒に撮影し、
彼は仕事で二日目夕方引き揚げ
私はもう一泊して、太地まで脚を伸ばしました。
脚が長い(いやな言葉)うえに、電光石火撮影しちゃうAHさんが先行し、
脚が長くない(いやな言葉)うえ、あれもこれも一杯撮る私が、
数十メートル遅れて追随するというスタイルはいつも通り。
撮影スタイルと対象も異なりますが、
私の場合、AHさんと同行するというだけで、
なぜか大いなる刺激を受け、いつもより調子がいいのが常。
AHさんは、前にも書きましたが、隠れたる大写真家です。
お仕事はディジタルカメラも使いますが、
ホビーでは、エルマリート28mmF2.8付きライカM6一本槍。
しかも、縦位置がほとんど。
この写真がもうどうしようもなく魅力的なのです。
人柄でしょうか、とにかくなにかがフレーバーとなっていて、
真似のしようのない深みがあります。
私は、ホロゴンでは元来横位置専科だったのです。
でも、AHさんの写真に魅せられるあまり、
中身を真似するのは絶対に無理なので、
せめて外観だけでもと、近ごろ、縦位置が増えています。
今回のシリーズでも、ホロゴンの縦写真が再三登場するはず。
もう寝る時間なので、今回は横写真で間に合わせておきましょう。
by Hologon158 | 2009-03-31 01:51 | ホロゴンドラマ | Comments(0)

59.05 ホロゴンドラマ5「和歌山の旅① 新宮」5 ほんとうに超絶的に美しい!


どうも日本の男性はずっと昔から大仏様のように足が短く、
韓国の女性はずっと昔からチェ・ジウのように脚が長かったのでは?
そんな気がしてきました。
というのは、奈良のさまざまな仏像を考えますと、
どこから伝来したのか不明の百済観音をのぞくと、すべて短足。
その点ひとつをとっても、百済観音が国産でないことは確か。
先日、安田靫彦の画集を見ていて、
信長の桶狭間に臨む姿を描いた、「出陣の舞」にぶつかりました。
がっかり、この信長も、猛烈に短足なのです。
でも、画家を含めて、誰もこの絵が不自然に短足だなとは思わなかった。
なぜって、みんな短足だったから。
現代では、175cmと大変な長身のチェ・ジウをはじめとして、
韓流ドラマの女性スターには、ときおり信じがたいほどにスタイルの美しい人がいますし、
韓流ドラマの男性スターたち、そろいもそろって180cmを軽々と超しています。
明治維新の頃、日本と朝鮮を旅行したイギリスの旅行家イザベラ・バードが断言します、
日本の男性は小さくて醜く、背広を着るとがに股で見られたものじゃない、
韓国の男性は長身で美しい。
長身で脚の長い西洋人男性を見慣れていたはずのバードがそう言うのです。
本日、吉良文男著「いまこそ知りたい朝鮮半島の美術」(小学館刊)を手に入れました。
ここに世界の至宝「石窟庵ソックラム」が紹介されていました。
石窟の壁面に刻まれた浮き彫りの彫像群を見て、仰天しました。
ほんとうに超絶的に美しい!
ギリシア彫刻も真っ青です。
ここに至高の彫刻家が居た!
石窟庵はほんとに世界の至宝なのです。
「梵天」、「帝釈天」は日本でも伝統的に女性的な容姿ですが、
石窟庵に刻まれた2像はまさに8等身を超える超美人。
そのすらりとした容姿と脚の美しさは比類がありません。
男性的な彫像群もすべて見事なまでに均整がとれて、美しい!
それでいて、誇張は感じられません。
彫刻家は、これ位の脚の長さは当たり前と感じていたかのよう。
当分鏡は見ないようにしなくちゃ!

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by Hologon158 | 2009-03-31 00:16 | ホロゴンドラマ | Comments(0)