わが友ホロゴン・わが夢タンバール

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78.06 ホロゴンデイ23「09年1月11日葛城古道歩けばロボーに当たる」6 漢字が決め手ですね!

私はそんなに沢山邪馬台国論争を勉強したわけではないのですが、
というより、この十数年、読んだこともないのですが、
古事記と日本書紀は岩波古典文学大系で読みました。
そうすると、誰もが気づくことなのだと思うのですが、
この二冊の記述は、大和説はたいへんに不利なのです。
大和王朝が邪馬台国であったとすれば、
卑弥呼は大和王朝の女王であったことを否定するのは難しい。
ところが、この二冊、どちらも卑弥呼を大和王朝の女王とはしていないのです。
日本書紀はなんと神功皇后の記述に魏志倭人伝の記事をこっそりと挿入しています。
でも、神功皇后が卑弥呼であったなどとはおくびにも出さない!
卑弥呼の名前も出さない!
別人なので、出せない!
(このあたり、かわいらしいほどに、正直)
この二冊いずれも8世紀に成立したとされています。
日本書紀の史家は魏志倭人伝を読んでいたことは上記で明らか。
とすると、古事記の史家も当然読んでいたと推定できます。
そこで、問題は、大和朝廷には漢字の記録はあったのか?
卑弥呼は、中国との国交を正式に樹立し、
親魏倭王の称号を受け、魏の正使までも来朝してもらった、
画期的な業績をあげた女王なのです。
漢字伝来はおそらく紀元1,2世紀に遡るというのが現在の通説のようです。
(これはあったりまえのこと、「漢委奴国王印」の金印をもらった王朝が、
これなんて書いてあるのと、激しく好奇心をもやさなかったはずはない!
それどころか、好奇心に満ち勤勉な日本人なのですから、
憧れの中国の言語をたちまち習得したのは疑えないところです)
漢字こそ、外交上はもとより、政権の基盤を固める上で、王朝が握る大きな武器だったのですから、
漢字が日本に通用するということは、つまり、王朝が漢字を駆使したということなのです。
とすると、邪馬台国が大和朝廷だったとすれば、その当時から漢字を読める者が居て、
歴史的記録にこれらの通交の詳細を記録していたはずなのです。
大和王朝は神武以来の天皇を全部記録していたのですが、そうなれば、
稗田阿礼のような伝承だけだったとは考えられません。
仮に大和朝廷に漢字による記録がなく、阿礼のような伝承者だけだったとすれば、
それは一体どういうことなのですか?
漢字を取り入れた王朝は大和王朝ではなかったことになりませんか?
日本書紀の神功皇后の記事は、大和朝廷には卑弥呼時代の漢字記録がなかったことを証明しています。
存在して、神功皇后が卑弥呼であったのなら、堂々と本文にそう記載したことでしょう。
隠す理由など存在せず、むしろ書く方が大和朝廷の正統性の証拠となるのですから。
でも、漢字記録があったかという問題はひとまずおいても、
もう一つの重大な質問はこうです、
なぜ、卑弥呼は大和王朝の記録にないのか?
いわば有史以前の神武天皇ははっきり覚えているのに、
中国に政権を認知してもらった偉大な先祖を忘れるなんて、どういうこと?
答えは実に簡単、たった一つしかありません。
卑弥呼は大和王朝となんの関係もなかった!
大和王朝は魏と通交したことがなかった!
古事記、日本書紀は、卑弥呼とは実は誰それのことだったと明言しなかったことで、
暗に、卑弥呼は大和王朝の女王ではなかったことを認めているのです。
これしか解釈のしようがない!
私は歴史家でもない、ただの素人ですが、
このことについて大和説の歴史家がどう言っているか、知りたいですね。

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by Hologon158 | 2009-05-31 21:41 | ホロゴンデイ | Comments(0)

78.05 ホロゴンデイ23「09年1月11日葛城古道歩けばロボーに当たる」5 箸墓が卑弥呼の墓?

近頃、奈良の箸墓が卑弥呼の墓ではないかと話題を呼んでいるようです。
その根拠は、①箸墓の建造時期が放射性炭素年代測定法によって3世紀半ばの結果が出たので、
卑弥呼の没年にほぼ一致すること、
②『魏志倭人伝』には、卑弥呼の墓が「径百余歩」と記されているので、
箸墓の後円墳部分とほぼ大きさが一致すること、
③箸墓に葬られているとされるヤマトトトヒモモソヒメは崇神天皇に仕える巫女なので、
『魏志倭人伝』が伝える卑弥呼のシャーマン的な姿と重なること、
この程度なのです。
こんなことを根拠に、学者が騒ぎ始める、
これが日本の古代学者の悪い癖ですね。
同じ時期だということで、ただちに箸墓が卑弥呼の墓だなんて!
バカらしい!
③がどこが重なるというのですか?
かたや邪馬台国の押しも押されもしない女王、かたやただの召使いの巫女じゃないですか!
②に至っては、もうお笑いぐさ!
卑弥呼の墓は円墳なのです。
前方後円墳などという中国に珍しい形であれば、魏志倭人伝はちゃんと書いたはず。
都合のよいところだけ持ってきて、わいわいがやがや騒ぐと、
マスコミがこれを鵜呑みにして取り上げる。
新型インフルエンザとまったく同じ精神構造ではありませんか?
箸墓から、卑弥呼が葬られていることを明確に証拠づける資料が発見されたり、
箸墓に埋葬されている人物はまさに卑弥呼であると照明する金石文のような、
信用のおける文献は発見されたりという事態ではないのです。
そうすると、考古学的、歴史的研究は地道な間接資料を積み重ねていって、
論理的判断をあきらかにしたうえで、
自己の主張が間違いのないものと断定できるか、単なる推測なのかを明確に表明するのが、
古代学の誠実、堅実な研究というべきです。
よく見かける学者たちのセリフは「私はこう信じたい」。
信じるのはあんたの勝手です。
でも、その程度のお粗末な憶説を研究論文に見せかけて発表するのはやめていただきたい!
恥ずかしいと思わないのか、あんたら?
(おっと、つい、興奮してしまいました。
政治といい、マスコミといい、学問といい、
こんな脆弱な精神が日本の各種の分野を支配しているのです、
いたたまれない思いにかられて、当然ではありませんか?)

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by Hologon158 | 2009-05-31 17:06 | ホロゴンデイ | Comments(0)

78.04 ホロゴンデイ23「09年1月11日葛城古道歩けばロボーに当たる」4 当分太鼓を叩いてはならぬ

75.22で、韓流ドラマ「ファン・ジニ」のことを書きました。
まだ夢中になってみています。
韓流ドラマでは、人間としての生き方を教えられることが多いのですが、
楽器演奏の極意まで教えられるとは思いませんでした。
都の女楽のリーダー(行首と言います)がナンバーワンの妓生に太鼓を教えます。
妓生が元気よくバチをさばいて懸命に叩きます。
すると、リーダーがこう言うのです、
「そのように手を使いのではない。
音を出す前に、太鼓を破るつもりなのかい?
手首だけを使うな。
腕に頼りすぎてもいけない。
バチを打とうと思うな。
バチも自分の身体の一部、そのように思いなさい。
深く息を吸い込み、
全身に力を分散させて、
呼吸に合わせて、
身体の動くままに打つ。
太鼓とともに動けば、澄んだ音が出る」
そう教え諭してから、付虹先生が最初のレッスンに言われたことを言ったのです、
「まず身体を作らなくては、
これから当分太鼓を叩いてはならぬ」
太鼓もピアノも揚琴も基本的な弾き方は一緒のようですね。
こんな風に丁寧に身体の使い方を教えてもらいますと、
ドラマを観ているのか、付虹先生に教えてもらっているのか分からなくなってしまいます。
翌日、さっそく試してみました。
なんだか今までと違うような!
これだ、いつも先生が言っていたことは!
ほんとでしょうかね?
でも、これだけは言えそうです、
これまさにカメラの使い方ではありませんか?

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by Hologon158 | 2009-05-31 15:30 | ホロゴンデイ | Comments(0)

78.03 ホロゴンデイ23「09年1月11日葛城古道歩けばロボーに当たる」3 脱出はありえない!

top-to-toeさんのブログは、文(日本文と英文)と写真とが緊密に織りなされていて、
暗いと思えば明るい、明るいと思えば暗い、と、揺れ動く心理状況が独特で、
top-to-toeさんの心の中をのぞき込んでいるように思わせます。
(http://toptotoe.exblog.jp/)
その2009-05-30 01:22 の記事は「under the sky」
魚眼の青空の大地の写真に付けられた文章は、
「set your mind free!
心を 解き放て!」
写真にどんぴしゃりの文、きっとご本人の気持ちそのものなのでしょう。
問題は、どんな風に心を解き放てばよいのでしょうか?
こうコメントさせていただきました。
「私は、脱出すれば、なにか日常と違うことをすれば、
心を解き放てるとは思わないのです。
どんなに脱出しても、自分からは逃れられないのですから。
それに、自分の環境から抜け出るなんてありえない。
自分と環境とは切っても切れない縁なのだから」
私とは、「今、この地球上の日本の奈良の自宅でブログを書いている私」、
時空間の宙にただ浮かんでいる孤立したなにものかではないのです。
どんなに飛んだり跳ねたりしても、この私から逃れることはできません。
脱出はありえない!
では、どうすればよいのか?
私に考えられることは、一つしかありません。
ますます自分自身の人生に没頭すること!
自分を突き進めること!
過ぎ去ったことも、現在のことも、どうなるか分からない未来も、
ひっくるめて余分なことは考えない!

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by Hologon158 | 2009-05-31 11:55 | ホロゴンデイ | Comments(0)

78.02 ホロゴンデイ23「09年1月11日葛城古道歩けばロボーに当たる」2 ホトトギスもいろいろ多忙で

今朝、日経のコラムで面白い趣向を見ました。

鳴かぬなら○○○○○○○ホトトギス

信長、秀吉、家康のホトトギスについて詠んだとする句で、
性格の違いを明確にしようとした試みがありますね。
私たちも、この空欄を埋めてみては? そういう趣向です。
いくらでも考えられますね。
鳴かぬならあっちへ行こうホトトギス
鳴かぬならこっちが鳴こうホトトギス
鳴かぬなら笑わしてみせよホトトギス
鳴かぬならゲームでもしようホトトギス
鳴かぬなら仕事でもしようかホトトギス
鳴かぬなら焼き鳥にしちゃうぞホトトギス
鳴かぬなら僕も泣いちゃうホトトギス
鳴かぬなら妻に言うぞとホトトギス...

最後の句が一番おそろしいですね。
私はどうかなって考えてみました。
こうでしょうね、

鳴かぬなら別のことしようホトトギス

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by Hologon158 | 2009-05-31 10:40 | ホロゴンデイ | Comments(0)

78.01 ホロゴンデイ23「09年1月11日葛城古道歩けばロボーに当たる」1 めでたく行かなきゃ!

例年なら、第二土曜日は、恒例の近江八幡詣でなのですが、
今年は、私の写真の友人たちの都合がつかず、
一人寂しく葛城古道の冬を撮る羽目に、と言いたいところですが、
実は、一人にぎやかに、というのが真相。
駅を降りると、たちまちこんな廃屋にぶつかるのですから、
寂しがってなんかおれません。
それに、私、もともと一人で居てもいつも楽しく、寂しさとは無縁の人間。
「いい!」「よし!」「凄い!」「今日はさい先いいぞ!」「幸せ!」
こんなもので幸せになれる、よい男!
正月なんだから、めでたく行かなきゃ!

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by Hologon158 | 2009-05-31 00:04 | ホロゴンデイ | Comments(0)

77 ホロゴン画帖8「十市帖 骨董市で漁るは路傍写真とは無粋だね」

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信貴山にお出でになったことがありますか?
信貴山縁起で有名な朝護孫子寺があります。
今日は、この山上の伽藍を訪ねました。
曇り時々雨の予報でしたが、晴れときどき雨。
同行は、プロター140mmF18という猛烈に使いにくい名レンズを駆使するRAさん、
エルマリート28mmF2.8が不動のメインというDAさん、
そして、ビオゴン21mm4.5の使い手の癖にディジタルにも食指を動かすAKさん。
人出の少ない伽藍をわいわいがやがやと撮りまわりました。
珍しくカメラマンにお一人出会いました。
しっかりとしたディジタルの一眼レフを使っておられるのですが、
ふっと見ると、その三脚はまるで鶴の足のように細っこい。
あれじゃ、頭でっかち、きっと三脚ブレを起こすはず。
とはいえ、そんなことは自分でいつかお気づきになるだろうと思って、お節介は焼かず。
もっとも、そんなことを言っても、いやな顔をされるのが関の山。
なにしろ写真界ほど、お山の大将がそろっている分野はないのですから。
なんですって? お前もそうだろうが、ですって?
いえいえ、どういたしまして、私は日陰の谷間のはぐれ狼なのです。
(狼と言いたがるところに、かつてのお山の大将の名残があるようです)
私はもちろんホロゴンウルトラワイドが主体(サブはミノルタTC-1)。
私の叔父がこの伽藍の塔頭の一つの住職の娘と縁を結んだおかげで、
小学生の頃、2回ばかりケーブルカーで上り下りした記憶があります。
今ではケーブルカーはなくなり、
その跡地を上るバスで旧駅舎の終点に到着したのが午前11時。
撮影を終えたのは午後4時。
絶好の撮影条件で、13本撮ることができました。
またいつか見ていただくことにいたしましょう。
今回は、京都シリーズを総括する画帖です。
あいかわらず、地味な写真たちです。
じっくりと選び、選び終わって驚きました。
こんな風に画帖に作ろうとしますと、タンバール写真は全滅。
それが私の現状。
このことを確認できたのが、この画帖の唯一の収穫。
タンバールは依然として、夢のまた夢なのです。
by Hologon158 | 2009-05-30 22:23 | ホロゴン画帖 | Comments(0)

75.30 ホロゴンデイ22「09年2月21日弘法市から北大路まで」30-完-気魄の源はどこに?

松陰は、大変に柔和な肌触りの人物だったようです。
その松陰の言葉にちょっと面白いというか、意外なものがあります、

一言するときは、必ず温然和気婦人好女のごとし。
是れが気魄の源なり。

普通、気魄の源は勇壮な振る舞いにあると思われています。
私たちは、なにか元気の良いことをしようとするとき、
顔色も真剣そのものに切り替え、かなり言葉を激しく出して、
心を段々と高めてゆくものです。
でも、ほんとの大丈夫たる人物は、どうもそうではなさそうです。
穏和で、静かで、容易なことでは腹を立てない。
思い出しました。
フレッド・ジンネマンの代表作の一つ、「真昼の決闘」
ゲーリー・クーパー演じる保安官は、
かつて逮捕した無法者が復讐のために町にやってくることを知ります。
妻はおびえ、町の人々も普段はたいそう勇敢なことを言っておきながら、
尻込みして、誰一人協力しようとしません。
まさに四面楚歌。
その中で、保安官はじっと耐えつつ、黙々と町を歩きに歩くのです。
この保安官を演じたクーパー、実に似合っていました。
寡黙で、沈着、でも、やるときはやる!
実は、我が家の長男シロ(猫ですが)もそんな男の中の男でした。
けっして声を上げて、威嚇したり、言い争ったりしないのです。
じっと息を潜めていますが、突然、電光石火、攻撃に移ります。
じっと我慢するけど、ついに戦うときは徹底的にやるのです。
おかげで、戦いに次ぐ戦い、毎月のように深い傷を負うのですが、
すべて顔面を中心とする、身体の前面。
どんな痛みにもじっと耐え、わずか5歳で世を去ってしまいました。
英雄的な風貌の持ち主でしたが、大変にやさしい兄貴でした。
松陰もまた、黒船に決然として乗り込みます。
開国を求めてやってきた異国人が、あえて徳川幕府の法度を破るとは、
とても考えられない状況、それなのに、海外渡航を求めて乗り込む。
あわよくばと、万一の僥倖をたのみつつも、
駄目であっても、自分を犠牲にして国を目覚めさせようという志でしょうか?
結局、彼も私の長男同様に、若くして儚くなってしまいました。
彼らに共通する、「気魄」
もう聞かなくなって、久しいですね、
聞かなくなった理由はあきらかです、
日本人から気魄がなくなったから。

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[後書き]
京都シリーズ、30回91枚で終わりました。
ホロゴンとタンバールの協演。
でも、むしろ競演に終わった感じもないではありませんね。
まだタンバールが我が家に来てから半年も経っていないのです。
タンバールらしささえ、どんなものか、分かっていない状態。
すでに7,80本撮りましたが、不器用な私です、
タンバールの素性を探る旅はまだ数歩進んだ程度。
私のブログにお出でのみなさんは実によくわかっておられます。
おかげで、タンバール写真は出せども出せども、反応はついに得られずじまい。
ぜひおいでのみなさんにお願いしたいのです、
長い目で見てあげてくださいね。
いつか、ホロゴンとかみ合うようになる、私はそう信じたいのです。
by Hologon158 | 2009-05-30 00:10 | ホロゴンデイ | Comments(0)

75.29 ホロゴンデイ22「09年2月21日弘法市から北大路まで」29 死を求めもせず、死を辞しもせず

「自然ときめた。
死を求めもせず、死を辞しもせず、
獄に在つては、獄でできることをする、
獄を出ては、出てできることをする」

吉田松陰の安政6年4月22日の獄中書簡の一節。
その年のうちに獄死する運命であることを、当時松陰は知りませんでした。
前に司馬遼太郎の「世に棲む日々」で彼の生涯を読みました。
今、関厚夫の「ひとすじの蛍火 吉田松陰 人とことば」(文春新書)を読んでいます。
産経新聞の現役の記者だそうですが、かなり分厚い本です。
松陰の言葉を取り上げながら、生涯をたどるというおもしろい試み。
そんなことができる人って、かなり少ないですね。
人の印象に残るような言葉を吐く、これはよほどの偉人でないと無理です。
もちろん松陰は学者ですから、文を書いた人です。
でも、いくら書いても、垂れ流しにすぎないというのが通常です。
(一番近い例が、ブログ「わが友ホロゴン」ですね)
それを、松陰の言葉を頼りに、500頁もの分厚い本ができるのです。
えらいことですね。
その巻頭の言葉がこれ。
この言葉を読んで、直観しました。
この言葉は、誰の人生にもあてはまる!
結局、一口で言えば、どんな状況に置かれても、
常に、その状況での最善を尽くし、
その状況から得られるものをすべて味わい、
それを自分のものとして引き受け、
そして、できることなら、歓びを尽くす、
それが人生だ!
松陰の偉いところは、処刑される危険の中にありながら、
獄中の生活にそれをしようとしたところ。
この言葉、口で言うのは簡単ですが、実践するのは極めて難しい。
それができたのが松陰、
だから、歴史に名を残した、そう言えそうですね。

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by Hologon158 | 2009-05-29 20:34 | ホロゴンデイ | Comments(0)

75.28 ホロゴンデイ22「09年2月21日弘法市から北大路まで」28 熊谷さん、面くらったでしょうね

熊谷守一さんの自伝的エッセイ集「へたも絵のうち」を読む内に、
熊谷さんの絵の下手さ加減って、いったいなんなのだろうと考えてしまいました。
実際おそろしく下手に見えます。
「瓜」と題して、お盆の上に楕円を4つ描いただけ。
たいていの絵は、太線でふちどられた色の形をてんでにばらたまいだけ。
でも、ピカソ同様、熊谷さんの学校在学中の絵は見事に古典的。
ここでも、画家がなにかを見つめたとき、見えるままに描いたのです。
瓜が色つき楕円に等価であるとどうして言えるのでしょうか?
でも、見えるのです、画家には。
おそらく、これは私が路地裏でロボーグラフィを撮るときの体験からの推理。
画家には、絵の通りちゃんと見えているのです。
ごまかしが効かない。
ですから、もし熊谷さんに「これ、瓜ですか? ほんとに?」と尋ねると、
熊谷さん、面くらったでしょうね。

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by Hologon158 | 2009-05-29 00:05 | ホロゴンデイ | Comments(0)