わが友ホロゴン・わが夢タンバール

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104.24 ホロゴン写真展2「古色拾い」24 ヘントの祭壇画の奇跡

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ヤン・ファン・アイクの最高傑作は、ベルギーのヘントの祭壇画です。
シント・バーフ大聖堂に設置されています。
横幅が4.6メートル、高さが3.5メートルと、超巨大。
いわゆる多翼式で、カバーを開くと、その内側にも絵が描かれていて、
全部を開くと、壮大なる祭壇画となるように仕組まれています。
ヤンの兄フーベルトがまず手がけ、その没後6年をかけて、完成させたものです。
この祭壇画ほどに「奇跡的」という言葉があてはまる絵はないでしょう。
まあ、是非、行ってみてください。
「デルフトの光景」と同様、昨日完成したかのように、輝いているのです。
そして、その精密で実在感溢れる絵のコクたるや、比類がありません。
もっとも生彩溢れるのは、中央の3つの像の左の、天使たちの合唱シーン。
一人一人の表情が見事です、ほんとうに歌っています。
その表情から、どの賛美歌を歌っているのか、同定できたというのですが、
本当でしょうか?
そして、イブの頭部。
これほどまでに繊細にしてリアルな画像は、他にないのでは?
そう思わせるほどに、彼女も又生彩に満ちています。
この両側のアダムとイブの裸像をよく、当時の教会が容認したなと思いましたが、
長い間、着衣の画像と入れ替えられていたそうです。
かわいそうに、その間、二人はどこに居たのでしょうね?
右手のオルガンが傑作。
なんと、鍵盤が壁からほんと数センチ出ているだけ。
弾きにくそうですね。
あんまり正確に描かれていたので、復元できたというのですから、これも驚き。
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閉じると、三次元式に立体的な画像が出現します。
まるで扉の向こうに彫刻が置かれているような具合。
もうなにもかもが破格で、一枚一枚が驚きの画像。
この表扉の受胎告知のマリア様は美しいのですが、
その下には、寄進者夫妻の像も描かれているのです。
おそらく、あるがままのリアルなご夫婦の再現。
1432年、私たちはこの祭壇画を寄進しました、
二人はそう高らかに宣言しています。
でも、数世紀経っても、なお讃仰の対象として、見続けられると、
二人は予測できたでしょうか?
 
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by Hologon158 | 2009-08-31 22:13 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

104.23 ホロゴン写真展2「古色拾い」23 司馬遼太郎の師匠

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前回、ちょっといきりすぎじゃないと、疑問に思った料理人の方、
実は、無理がないのかもしれません。
司馬遼太郎が、千葉周作について、こんなお話を書いているのです。
千葉周作が崖ぞいの桟道を通っていたときです。
前方から、2人の侍がやってきました。
なにしろ崖っぷち、しかも桟道は一人がやっと、すれ違うが無理。
2人組が居丈高に要求しました、「四つんばいになれ、上を通るから」
周作、だまって四つんばいになり、二人を通しました。
あとで、その一人がもう一人に言ったそうです、
「今の侍をまたぐとき、ぞっとしたよ。あの人はできる」
すると、相手が答えました、
「へえ、そうかい? おれはなんにも感じなかったよ」
目が節穴の人間には、剣客も形無し、という次第。
ちなみに、このお話、司馬先生の創作であることは明らか。
二人は、千葉周作であることを知らなかったのですから、
二人の会話が、周作を知る人に伝わった可能性はほとんどゼロ、
伝わっても、それが周作であったと確認できた可能性はさらに小さい。
司馬遼太郎は、こんな風にしてエピソードを創作して、
歴史上の人物の性格を浮き彫りにしたわけです。
料理人の方、どんな節穴人間にも、自分が名人と分かってもらうため、
涙ぐましい努力をしておられるのかも知れません。
同種の話が、司馬の大先生である司馬遷の「史記」にあります。
もちろん、これは韓信の股くぐりの翻案であると推測されますが、
私が思い出したのは別のお話。
燕の王子に頼まれて、始皇帝を暗殺しようとしたのが、
史上もっとも有名な刺客である、荊軻です。
その荊軻が短剣で暗殺しようとして失敗したことを伝え聞いた、
ある撃剣(短剣術)の名人が嘆きました。
彼は、酒場で荊軻を馬鹿にして挑発したことがあったのです。
でも、荊軻は挑発に乗らずに、黙って酒場をあとにしました。
それで、つまらぬ奴だと馬鹿にしていたのですが、
名人、つまらぬ奴は自分の方だったと、今更に気づいたのです。
そして、あのとき親好を結んで、荊軻に撃剣を教えていたら、
失敗はしなかったのに、そう嘆いたのでした。
燕の王子は、始皇帝暗殺に出発する荊軻に、一人では心許ないと思って、
名高い殺し屋の青年の同行を命じました。
何人でも平気で殺すと悪名の高かったこの殺し屋、
始皇帝の壮麗なる宮殿に昇殿すると、その雰囲気に呑まれ、
暗殺という任務に気後れしてしまい、ぶるぶるがたがた。
いざ、暗殺という修羅場になっても、ぶるぶるがたがた、まったく役立たず。
荊軻は、それに反して、冷静そのもの、堂々たる自然体だったそうです。
もう、これだけで、荊軻がどんな人物かが分かります。
始皇帝が咸陽に営んだ王宮は未曾有の壮大なものでした。
もちろん荊軻はそんな巨大な王宮に伺候した経験など皆無。
そのうえ、始皇帝を暗殺しようとするのですから、死は必至。
これじゃ、どんな剛胆な豪傑でも、ぶるぶるがたがたするなと言っても、無理。
それなのに、びくともしない、これはもう信じがたい覚悟の人物なのです。
酒場で譲ったのは、つまらぬことに意地を張るような小人物でなかったから。
でも、凄いことですね。
紀元前3世紀の人物が酒場でどんな振る舞いをしたかが歴史に残っている!
2200年前の人々も私たちと変わらぬ生活をしていたのです。
司馬遷は、プルタルコスと並んで、
まさにこうしたエピソードで歴史にリアリティを与える名人だったのです。
つまり、司馬遼太郎は、司馬遷の直弟子というわけです。
by Hologon158 | 2009-08-31 16:27 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

104.22 ホロゴン写真展2「古色拾い」22 日本刀より鋭い名人に会うお話

土曜日、平野で面白い人物たちに出会いました。
路地を歩いていますと、老人が自転車で来て、
「近くに刀剣美術館があります、これは見た方がいい」
わざわざつれていってくれたのです。
普通の民家のガラリ戸を開けると、そこは左手に陳列棚のある部屋。
備前長船などの名刀が数振、見事な姿を見せています。
右に全面ガラスの引き戸で仕切られた板の間。
刀匠が今まさに刀を研いでいるのです。
その切っ先に目を近づけて見つめるまなざしは、一瞬キラリと光り、
まさに切っ先のように鋭いものがありました。
しばらくすると、ふっと表情をやわらげて、親切に応対してくれました。
完成間近の刀には刃あたりに土を付けて焼いて水に入れることで、
刃の方が鋭くしあがり、収縮の度合いが違うので、刀が峰の方に反り返る。
日本刀の波打つような文様はこれによってできる。
砥石も、料理庖丁の砥石の表面は平坦だけど、日本刀の砥石は湾曲している。
日本刀自身が湾曲した断面を持っているので、
その湾曲にあわせて研がなければならないからです。
この湾曲が、切断面をなめらかに広げて、さらに内部に刃を通りやすくするので、
名刀で切られると、痛みを感じないことがある、等々
日本刀の神秘をさらに高めるようないくつかの知識を教えていただきました。
そんな話をしながら、裸のままの日本刀を無造作に手に置いたり、膝に載せたり、
そのたびに、こちらは内心、ひやひや。
でも、ご本人の両手指はちゃんと揃っています。
見なくても、安全に扱うことができるまでに、熟練しているのでしょう。
前に書きました、「荘子」の料理人、包丁の話が気になって、尋ねてみました。
中国古代の料理人は十年間包丁を研ぐ必要がなかったと読みましたが、どうですか?
刀匠、「それは無理です。日本の料理人は毎日自分でしっかりと包丁を磨きます」
そう言って、室内に座って雑誌を読んでいた30代の男性を指さし、
「この人、カナダでも一番と言われた料理人なんだけど、
ちゃんと毎日包丁を自分で磨きます、ね、そうでしょ?」
尋ねられた料理人、がっしりとして目の鋭い男性でしたが、
くっと頭を上げて私たちを一にらみして、
もうほんとにかすかにかすかにうなづいただけ。
いやあ、見事な一にらみでした。
私たち凡百のやからは、気圧されて、心がははーと平伏してしまいました。
この御仁、ついに一言も声を発せず。
きっと、優れた料理人なのでしょう。
でも、そのとき、ちょっと感じたのです。
だけど、ちょっといきりすぎじゃない?
これじゃ、まるで劇画のカリスマ調理師って感じ。
調理場じゃないんだから、もっと肩の力抜いたら、どうなのかな?
むしろ刀匠の方が凄みがあります。
刀の研ぎ具合を確かめるときの鋭い眼差しが、
私たちとおしゃべりするときは、ふっと一変して、柔和になりました。
もうこれだけで、勝ちなんじゃないかな?

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by Hologon158 | 2009-08-31 14:13 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

104.21 ホロゴン写真展2「古色拾い」21 奇跡の画家ファン・アイク

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もう一人の偉大なる画家を忘れていました。
ヤン・ファン・アイク
フランドルで15世紀前半に活躍した画家です。
オランダに行ったとき、ハーグから、ベルギーのブリュージュに参りました。
私の大好きな町なのです。
その近く、ヘントの町にも行きたかったからですが、
このフランス名「ガン」には、美術史上のもう一つの奇跡があるのです。
それが、ファン・アイクの描いた「ヘントの祭壇画」
この絵についてもいつか描きたいのですが、今回はこれ、
アルノルフィーニ夫妻像(1434年)を取り上げたいのです。
ジョバンニ・アルノルフィーニ夫妻の結婚の情景とされているのですが、
けっして「できちゃった結婚」ではなさそうです。
こんな風に、スカートの前を高く持ち上げるデザインの衣装。
実に初初しく、か弱く、美しい新妻。
夫もまだ若く、とてもきまじめな表情です。
まるで、古代エジプトのアトン神信仰の革命を行ったイクナートン王の雰囲気。
でも、深く妻を愛しているのがよく分かります。
とにかく細部の細部まで絶対におろそかにしなかった人です。
右手の窓といい、フェルメールはきっとこの人から大きな影響を受けたんだろう、
そんな風に想像させられてしまいます。
夫妻の描写のすべてはもとよりとして、
夫妻の間の犬、その向こうの奥に置かれた椅子の下のスリッパ、
夫の左下の木製のスリッパ、窓際の果物、シャンデリア、鏡、ベッド、
すべての細部がまるで写真のように精密で、しかも実在感があります。
右面は妻の愛らしさを引き立てるように、赤で包み込み、
左面は夫の誠実さを表現するために、ダークにまとめ、
しかもその夫の両側に赤を置いて、両面をちゃんとつなげてしまう離れ業。
夫妻の真ん中に、魚眼風の鏡があって、
夫妻が親族から祝福を受けている室内の情景が全部写っています。
こうして、狭い室内に広さと深さを見事に与えてしまう、これも離れ業。
どこからどこまでも完璧!
ロンドンのナショナル・ギャラリーの名品。
小品ではありますが、まるで玉手箱のような目の喜びに満ちていて、
人類の至宝の一つと言いたいですね。

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[後書き]
ファン・アイクの名品の後に、ホロゴンのお気に入りを置かせていただきました。
けっして対抗できるなんて考えてのことではありません。
でも、ホロゴン15mmF8というレンズの卓越性をちゃんと教えてくれる写真なのです。
私は、この高い窓が歪まないように、両手をできるだけ高く持ち上げて、
その両手の先にホロゴンを構えて、めくら撮りしたのです。
私は、15mm超広角の縦写真が大の苦手。
ちょっと左右に傾くと、画像はどっと倒れてしまうのですから。
でも、このときは、なぜかうまく行きました。
だから、私にとっては、これは「奇跡」の写真なのです。
それが、この写真がここに居る理由なのです。
by Hologon158 | 2009-08-31 11:54 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

104.20 ホロゴン写真展2「古色拾い」20 変革か崩壊か、それが問題だ!

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廃屋って、何でしょうね?
人工物が自然の土に還る、その途中の姿なのかも知れませんね。
自然は人工物といえども、自由にさせてあげたい、解放したい、
そう考えて、絶え間ない救出の手をさしのべてきます
でも、それを管理する人間によって、妨害されていたのです。
ところが、その管理者が居なくなってしまった。
もう、これ以上の幸せはないとばかりに、さまざまな手をさしのべてきます。
蔦って、自然の差し出す手なのかも知れません。
廃屋って、だから、自然と人工物のちょうど中間の姿、
ちょっと自然より、というところでしょうか?
奈良北部の歌姫街道ぞいに見つけた廃屋は、ちょうど現在の自民党状態でした。
ほぼ倒壊寸前。
でも、ご覧下さい、
自民党よりもはるかに美しい。
自身の愚かしさ、怠慢、傲慢がこの状態を招いたのではないのですから。
さて、選挙が終わり、にわかに三倍近くにふくれあがった民主党が、
国民の世直し、再出発の希望を担って、政権を発足させることになりました。
予算も全部見直し、戦略局が政策を指導するということで、
自民政権が長年行ってきた、官僚への丸投げの政策から、
官僚を丸投げだしでの政策へと転換するというのです。
政界財界の裏の大立て者たち、
今や、何年ぶりかの大勝負だ、仁義なき草刈りチャンスだと色めき立っていることでしょう。
深い実情を知らぬまま、長い伝統と効率のよいシステムをがらりと捨てて、
各部面で表面だけを見て、大なたを揮って、切り捨ててしまうことも起こりそうです。
小泉の郵政改革がそうであったように、
笑うものがあれば、泣くものが大勢、だけど、国民には何もよいことがない、
政治家だけが、してやったりと、ニンマリ、
そんな変革にならなければよいのですが。
by Hologon158 | 2009-08-31 09:46 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

104.19 ホロゴン写真展2「古色拾い」19 男は、駄目だ!

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ジャック=ルイ・ダヴィッド、
新古典主義の旗手として活躍し、フランス革命にも参加し、
ナポレオンの知遇も得て、「ナポレオンの戴冠式」という超大作を残した画家です。
縦約6メートル、横約9メートル、
ルーブルで一番大きな絵じゃないかとさえ思える、猛烈なスペクタクル作品です。
でも、フランス革命直後の頃に描かれた「サビニーの女たちの介入」
これも大変に巨大な絵です。
ダヴィッドという人は、映画のセシル・B・デミルのように、
巨大なものが好きだったのでしょうか?
お話しはよく覚えていません。
30代で読んだリヴィウスのローマ史のうろ覚えの記憶では、
まだローマが建国したばかりの頃、男ばかりで国を作ったので、女が居ない。
これでは国が保てないと、隣国のサビニー族を襲撃して、撃破し、
女性たちを捕虜として連れ帰って、それぞれに結婚したのです。
その後、サビニー族が力を盛り返し、女性たちを救いだし、
ローマ人に復讐しようと押し寄せて、戦いが始まろうとしたとき、
女性たちが子どもたちを連れて割って入り、
夫や父兄たちにそれぞれ呼びかけて、戦いを止めさせた、
そんなお話しだったと思います。
今回の絵はその絵の中心となる女性をクローズアップしたものです。
サビニーの父、ローマの夫を両手をたおやかに伸ばして制止する、
気魄に満ちた姿です。
この眼差しに見据えられたら、どんな男もたじたじっとなったはず。
女性の母、妻、子の三位一体の立場が、女性を強くしている、
そんなメッセージをダヴィッドはこの絵に込めたのではないでしょうか?
こんな絵を観るにつけ、
そして、近頃の男性政治家、官僚たちの惨憺たる姿を見るにつけ、
女性パワーこそ、これからの世界を救う原動力なのではないか?
そんな気持ちがますます強くなってきます。
男は、駄目だ!

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by Hologon158 | 2009-08-31 00:29 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

104.18 ホロゴン写真展2「古色拾い」18 美女はなんでも許される?

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どんな国にも、とてもよく似た話が残されるものです。
ユディトは、ユダヤの小都市ベトリアに住む美しい寡婦でした。
ネブカドネザル王の将軍ホロフェルネスが侵入して、町を包囲します。
男たちは、とても勝ち目がないので、降伏することにします。
でも、ユディトがこれを制止して、自ら敵将の陣営に乗り込みます。
彼女は、エルサレムへの道を案内すると偽って、敵将に取り入り、
宴で泥酔するのを待って、敵将の剣を使って、首を切り落とし、
これを抱えてベトリアに戻ります。
包囲軍はこれに動揺して、敗れ去るのです。
同種のお話が、日本書紀等にご丁寧にも2つもあります。
少年の日本武尊は、女装して、九州の支配者熊襲の王に取り入って、
やっぱり、宴たけなわになって、王を暗殺してしまいます。
天皇は、熊襲と戦っても勝てないことをちゃんと認めて、暗殺を命じるのです。
さらには、出雲の王者、出雲建も友人とだまして殺害してしまいます。
どちらもれっきとした暗殺。
ユディトも日本武尊も弱者の奥の手を使ったわけですが、
面白いのは、
天皇自身が、戦争では九州を攻略できないことを暗に認めていること、
つまり、弱者であったことを認めていること、
そして、大和朝廷の代表戦士である日本武尊が、こんな風にたばかって暗殺したことを、
いわば大和朝廷の正史は、堂々と手柄話として記録しているわけです。

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さて、今回の絵は、ジョルジョーネ。
15世紀終わり頃に生まれて、わずか30台で世を去った、伝説の画家。
ユディトは大変に好まれた画題なのですが、
ジョルジョーネのユディトは、たおやかで、匂うように美しいですね。
こんな美女なら、異国の将軍が惚れてしまったのも無理はない。
道理で、首を斬られても、なお将軍は穏やかな表情ですね。
ひょっとしたら、日本武尊も女装したらこんなに美しかったのかも知れません。
熊襲の王は、沢山の乙女の中から、日本武尊を選び出したのですから。
by Hologon158 | 2009-08-30 19:42 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

104.17 ホロゴン写真展2「古色拾い」17 こんにちわ、クールベさん

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前に書きました、
ある写真コーディネーターのところに、自分のとんでもない愚作を持ち込んだ、
あるアマチュア写真家、こう然と豪語したお話、
「あなたは今、日本有数の写真家を目の前にしているのです」
これは笑い話ですが、でも、芸術家たるもの、それ位の意気、自負は欲しいものです。
そして、ついでに、才能も!
そんな才能と自負心とを兼ね備えた筆頭の芸術家の一人が、
ギュスターブ・クールベだったのかも知れません。
このクールベ、1855年開催のパリ万国博覧会に応募したのですが、見事落選。
そこで、その近くで世界最初の個展を開いたのです。
その1年前に描いたのが、この「こんにちわ、クールベさん」
右側に、クールベが意気軒昂と立って、
村人の挨拶を受けています。
写生に出かけてきたのでしょうか?
若いクールベの方が、年配の二人から敬意を表され、それを胸を張って受けています。
どう見ても、クールベの方が格上。
それにそのクールベの仕草って、ちょっと相手をなめてかかっている感じさえあります。
どんな風に考えても、クールベが威張り、村人がそろって、へりくだっている。
この意気が必要なのでしょうね。
だからこそ、歴史に名をとどめたのでしょう。
注文で絵を描いていた時代に、自分を堂々と押し出す、
このあたりの破天荒さがこの絵にしっかりと現れている感じですね。

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by Hologon158 | 2009-08-30 16:20 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

104.16 ホロゴン写真展2「古色拾い」16 真珠の首飾りの少女のボケ

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№13で、フェルメールは写真家の草分けだったと書きました。
そのことをもう少し重ねて証明してみましょう。
「真珠の首飾りの少女」
あまりにも有名ですね。
私は昔からフェルメールが大好きでした。
十数年以上前のことですが、この絵が日本に来たのです。
とても大きなポスターが大阪でも随所に見られました。
ある朝、帰宅途中のことでした、地下鉄御堂筋線の通路を歩いていて、
ポスターのことを思い出し、「あれ、一枚欲しいな」
そう思って目を上げた途端に、
前方で係員がポスターを剥がそうとしているのを見つけました。
すっ飛んでいって、「それ、処分するなら、頂けませんか」
2枚頂いて、ほくほく顔で帰宅しました。
私にとって、この絵はフェルメール3大傑作でなくても、3大お気に入り。
後の2つはもちろん「デルフトの光景」と「牛乳を注ぐ女中」です。
それなのに、私はその展覧会には参りませんでした。
私は、別に貴族ではないのですが、群衆の列に交じって絵を観る、
「立ち止まらないでください、後ろの人が迷惑します」
「おっ、これフェルメールだ! ぼくはこれが好きなんだよ」なんて声聞きながら、
他ならぬフェルメールを観るなんて、耐えられなかったからです。
私はフェルメールと対話したいのです、
沿道で旗を振って見送りたいとは思わない。
1997年、オランダに一人撮影旅行に出かけて、ハーグにすっ飛んで行きました。
マウリッツハイス美術館で、この絵と「デルフトの光景」にお目にかかったことは、
すでに詳しく書きました。
この絵は、「デルフトの光景」とはちょうど対角線ちかくの対面壁にありました。
小さな絵です。
隣には、オランダ画派の精密な室内画がありました。
でも、まさに月とすっぽん!
そちらの方がずっと精密なのに、実在感がない!
この絵の方は、ほとんど印象派なのです。
太い筆で、乱暴ではないのですが、リズムをもってぐいぐいと描かれています。
少女はふんわりと描かれて、どこにもカリッとした線はありません。
でも、ちょっと離れると、もう少女がそこにすっと振り向いているのです。
真珠が秀逸でした。
暗くぐいっと円形に描かれたところに、ひょいっと一筆白が落とされている。
もうその白と形だけで、真珠の玉が出現し、窓からの光を反射している。
この真珠も目も唇も、実はフォーカスしていないのです。
ちなみに、この絵でも、光の点が使われています。
近々と寄って、かなり長い間、調べてみたのですが、
どうやら前ピンに設定したときの、ボケの状態に少女の顔が置かれているのです。
ふんわりと、肌の質感を失って浮かぶ、でも、もう少しでピントが合う寸前。
それなので、離れると、ピントが来ているように見える。
この微妙な焦点のずれが、この少女の絵を永遠に人類の至宝としてしまったのです。
このアウトフォーカスの誰も真似できない活用がフェルメールを、
オランダ画派の数多くの画家たちを越えた、はるかなる高みに導いた、
私はそう感じるのです。
(ちなみに、これも私の勝手な説です。
これに似た言葉を私は読んだことがありませんので)
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by Hologon158 | 2009-08-30 14:42 | ホロゴン写真展 | Comments(0)

104.15 ホロゴン写真展2「古色拾い」15 人を大事にしない文化は?

人を大事にしない文化は滅びます。
第二次世界大戦における日本の敗北は、最初から決まっていました。
戦前に大事に大事に育てた熟練兵を最初の1年に使い切ってしまったからです。
その理由は、兵士は消耗品であり、命を投げ出して任務を遂行すべきであると考え、
兵士よりも武器、軍艦、飛行機を大事にしたからです。
軍艦、飛行機は各種ごとに極秘の仕様で手作りされたからです。
ですから、陸軍は、敗北した兵士におめおめ生還することを許さず、
海軍は、沈没した軍艦、海上に落下した飛行士を救援するシステムを持ちませんでした。
こんな風に、兵士を使い捨てにした、もうひとつの理由は、
最初に、アメリカ軍を叩くだけ叩いて、早期講話に持ち込むことを目標にしたせいもあります。
でも、それ自体、いかなる公算もなかったのです。
アメリカの国力もガッツも計算に入れず、アメリカが抵抗する可能性を忘れ、
自分の都合のよい予測、計画だけがうまく行くと信じる、
日本人がずっと犯してきた誤算です。
ところが、アメリカ人はぜんぜん違いました。
熟練兵は代えがきかないと考えて、兵士をどこまでも救出しようとしました。
魚雷艇を撃沈されたケネディが救出された話は有名です。
飛行士たちもただちに現場に急行した救援隊に海上から救い出されました。
軍艦、飛行機は使い捨てなのです。
なぜなら、完全オートーメーションで同一規格の軍艦、飛行機を続々生産したのです。
そして、アメリカ人は、どんな場合でも、けっして断念しないで、
二枚腰、三枚腰で目標を遂行する民族なのです。
そのことは、直前の第一次世界大戦で十分に認識できたところなのに、
それを学ばない、これも日本人の悪い癖です。
相手のことなど考えずに、気分、精神だけで、やり抜けばできると考えてしまう。
それが駄目なら、「玉砕だ!」
麻生政権が今回まさに演じたのがこれでした。
アメリカ軍は、敗北した将軍を、能力に応じて、ちゃんと復活採用して、活躍させました。
マッカーサーもその一人。
共和制の時代のローマがまさにそうでした。
この2つの国の共通性は、人材の評価方式が極めて公正、公平だったことにあります。
日本はまさにその正反対でした。
閥とコネと学歴だけが最後まで評価基準でした。
だから、政府も軍も、未曾有の非常事態にぶつかると、首脳部は無能部と化したのです。
現代の政党、官僚が演じているのも、第二次世界大戦時の日本軍の二番煎じの猿芝居。
第二次世界大戦における、そうした敗因から浮かび出る反省はほとんどなされませんでした。
ほんとは正しいことをやったし、勝てるはずだったのに、不運にも負けてしまった。
だから、臭いものに蓋をしておこう。
右翼と保守政治家たちは戦後終始、そう考えて、一切反省などしませんでした。
そうして、日本の政治官僚システムの弊害、悪弊、弱点はすべて戦後も引き継がれてしまいました。
国民もまた、歴史の教訓に目をやらず耳もかさず、
マスメディア社会で、マスコミの煽動に乗って、右往左往する、
ただの群衆、モブになってしまい、気分だけで政党を選ぶ有り様。
今、日本人は、その総決算をさせられているのです。
まさに、年貢の納め時!
すでにこの十年間で、日本は、世界中の敬意、評価をほとんど失ってしまいました。
烏合の衆の民主党がその総仕上げをしようとしています。
なにもできないのが、もどかしい!

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by Hologon158 | 2009-08-30 11:26 | ホロゴン写真展 | Comments(0)