わが友ホロゴン・わが夢タンバール

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226.08 ホロゴンデイ67「2011年3月7日東京4日目の朝は雪だった」8 飛鳥新道を歩く




今、帰りました。
今日は二人の親友、RAさんとDAさんと飛鳥を歩いてきました。

連休中だけに、飛鳥駅から岡寺近くまでの道にはかなりの人出。
大和路のすべての場所がそうですが、
年々、変貌を遂げつつあります。
よい方向に?

とんでもない。

大和路の古道を居住地が占拠し、
古道はどんどん新道に変わりつつあります。
人出も増えるばかり。
20年前はどこに行ってもひっそりと孤高の境地を楽しめたのに、
今では、私もただの行楽客の風情。

とくにレンタサイクルを含むサイクリング客が、
そこのけそこのけと往来します。
大和路は古人と同じ道を歩いて、
いわば、古人の境地を追体験することが醍醐味なのに。

もっとも、私たちだって、古人たちとはかなり精神的に異質、
写真を楽しむ境地にどっぷり浸りきりました。

くわしい話は次回に回して、まず、報告だけ。
本日は、友人たちと一緒に歩くことを考慮して、
ホロゴンは回避し、ローランドI型をメインとし、
ライカM9をサブにしました。

二人の友人から頼まれて、2本のレンズを貸与。
RAさんにバルター50mmf2.3、
DAさんにバルター35mmf2.3。

私自身は、次の2本を使いました。
バルター75mmf2.3。
アストロ・ベルリンのパンタッカー50mmF2.3
メインはかなり撮りにくい6×4.5判だけに、結局2本だけ。
サブがメインを遙かにしのぐ活躍ぶりでした。

ローランドI型のプラズマート70mmF2.7は32枚。
サブはなんとほとんどかっきり800枚。
前回の室生寺とほぼ同量(銀塩フィルムで23本分換算)。

つまり、かなり快調だったようですね。
いつものことですが。


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by Hologon158 | 2011-04-30 22:22 | ホロゴンデイ | Comments(0)

226.07 ホロゴンデイ67「2011年3月7日東京4日目の朝は雪だった」7 ぶちかましたいのに!



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美術関係書に、写真は今や不可欠。
オリジナルアートを掲載するためにも、
また、アーチストの生活を記録するためにも。

そんな写真を見て、思うのですが、
プロがデジタルカメラを駆使するとき、
もう完璧な画像が出現しますね。
癖も歪みもなく、ナチュラルで客観性満点。
アートに勝手に色づけしたら、お終い。
再現性こそ、プロの使命ですね。

そこで、じゃ、素人写真の使命はなにか、
これを考えてみたいですね。

はっきり1つ言えることは、
恣意性、自分勝手、我流こそ、使命。

アンナチュラルで、非現実的、
破天荒で、誰も見たくない、
そんな写真でありたいですね。
勝手気ままに、傍若無人に写真を撮りたい。
誰がなんと言おうと、「てやんでえ!」と叫びたい。
写真とは、夢なのですから。
レンズを通して、夢を見ることなのですから。

せめて、自分の殻をぶち破りたいと、
ホロゴンを手に入れました。
これぞ、正真正銘の破天荒レンズ。
で、この破天荒レンズでどうしたかと、言いますと、
なんと水平垂直を保ち、四角四面の写真を撮っている。

あいにくと、私は、独創的な人間ではない。
四角四面に、慎ましく生きてきた人間です。
そんな人間って、表舞台の顔を振り捨てて、
舞台裏では、遠山の金さんよろしく、
自由奔放に生き、自由奔放に写真を撮りたい。
そうは問屋がおろしませんね。

裏の世界でも、結局は、表で付けている仮面を脱げない。
要するに、道具を変えても、写真は変わりません。
結局、人間そのものが変わらないとね。
ところが、私という人間、変わらないことが唯一の特質。
これじゃ、無理ですね。
by Hologon158 | 2011-04-30 00:40 | ホロゴンデイ | Comments(0)

226.06 ホロゴンデイ67「2011年3月7日東京4日目の朝は雪だった」6 遍歴の人に?



あれこれとレンズを試してみたって、なんになるの?

この最後の自問には、しっかり答えておく必要がありそうです。

たとえば、ドン・ファンなんて、数知れぬ女性を遍歴して、
理想の女性を探します。
モーツァルトのオペラ「ドン・ジョバンニ」では、
従者レポレロの記録によれば、
イタリア640、ドイツ230、フランス100、トルコ90、
そして、スペインではなんと1003人、
合計2063人というのですから、大変。

15歳から30歳(どうやら若死のようですから)まで15年間としますと、
1年間に137人、1月間に約11.5人、つまり3日に1人以上、
これはまあ、忙しい人生でしたね。
でも、ついに永遠の恋人を見つけることはできなかった。
なんだか探し方に問題があった感じもします。
なにしろレポレロの報告によれば、
夏はほっそり、冬はふくふくの女性、というのですから、
女性の心を求める真摯な求道からかなり外れていますね。

でも、こんな風に書きますと、レンズコレクターの皆さん、
そうか、まだまだ集めたりないなと奮い立っておられるでしょう。

私は、コレクターではありませんが、
3年後の引退を控えて、レンズ試写を1つの楽しみにと、
思いついたのが約3か月前。

幸い、クラシックカメラ衰退の気運に乗って、
レンズも、昔では思いもよらぬほど廉価になりました。
一部のレンズは、昔は見向きをされなかったのに、
飛ぶ鳥を落とす勢いで、とても手の出せない雲上人ならぬ、
雲上レンズに成り上がっておいでですが、
さいわい私は、オーソドックスな名レンズで結構。

あれこれ試しはじめて思うことは、
これが意外に楽しいのです。

以前は、自分の写真世界の構築したいと念願して、
その基礎となる、道具としてのレンズを求めたりしたものです。
十数年前から、ただの写真好きのど素人に徹するようになると、
道具としてのレンズなど、いらなくなってしまいました。

ホロゴンを15年間愛用してきたのは、道具としてより、
むしろ伴侶、写真人生を楽しむ同伴者として。

ありていに言わせていただきましょう。
ホロゴン15mmF8に勝るレンズは、この世にはありません。
ホロゴン15mmF8を100としたら、
他のすべてのレンズは、マクロスイター50mmF1.8も、
ズミクロン50mmf2も、その他の超名レンズたちも、
私にとっては、10程度でしょうか?

でも、その10%レンズたちが、駄目は駄目なりに、個性的。
しっかり使ってあげると、楽しい歌を歌ってくれます。

まともに評価しようというのではありません。
まともに比較しようというのでもありません。
永遠のレンズを探そうというのでもありません。

ホロゴン15mmF8で写真を撮るのとはまた2味ほど違った、
心躍る体験を与えてくれるのです。

「小人閑居して不善を為す」という言葉がありますが、
「小生閑居して比レン(比較レンズ)を為す」ことにしたわけです。

明日は、春の飛鳥を楽しんできます。
さて、どんなレンズと遊ぼうかな?


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by Hologon158 | 2011-04-29 18:35 | ホロゴンデイ | Comments(0)

226.05 ホロゴンデイ67「2011年3月7日東京4日目の朝は雪だった」5 目測の天才!



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今日は、よい勉強しました。
ウクライナからオークションで手に入れたレンズが到着したのです。
ほんの数千円のロシア製レンズ。

「Mir 1V 2,8/37 Lens WIDE ANGEL M39 GRAND PRIX BRUSELLES」

それ以上の説明はありませんから、
私はてっきりライカにそのまま使えると早合点したのです。
よしよし、ライカに使えると、LMリングにねじ込み、
ライカM9に装着しました。
試写してみて、あれっ?
画面はボケボケの空漠シーン。
はて、M42マウントだったかな、と、M42にねじ込もうとしても、
すかすかで、39であることはもちろん明らか。
でも、よくよく見ると、「L39」ではなく「M39」だった!
そのとき、はっと思い出しました。
ライカ用L39のチューブを持っていたのです。

なぜ私の小物入れに入っているか、
なんのために使う物なのか、
これは謎。
でも、写真関係のものは捨てないことにしています。

これをミールの底部にねじ込んで、LMリングにねじ込み、
ライカM9に装着しました。
もちろん目測ピントですが、かなり来ていますが、まだ今一。

M42レンズ用Lアダプターを持っていますで、高さを比較。
1.5㎜ばかり不足しているのです。
私は工作の不名人ですから、道具などありません。
やむなく、その長さほど残してチューブをねじ込み、
隙間に凧糸をグルグル巻きに詰めてみました。

その状態でライカM9に装着して、試写すると、

ビンゴ!

ドンピシャのピントで、画像は開放から見事に引き締まっています。
M42のフレクトゴン35mmF2.4にもF2.8にもなんだか劣らない。

チューブと凧糸が隠れるよう、スコッチテープでテーピング。
37㎜広角にしては、すらりと背の高い新レンズ、誕生!

あれこれ試写して、分かりました。

私は、近接60㎝から無限遠まで、目測の天才!

ヘリコイドでピントを合わせるより、ずっと迅速。
この出来事でいくつか教訓を得たようです。

1 オークションの説明はよく読むこと。
2 カメラ部品はできるだけとっておくこと。
3 なにか試してみると、できることがあること。

でも、本当に貴重な教訓は書きたくないですね。
つまり、
4 あんまり滅多やたらに買い込まないこと。
そして、
5 あれこれとレンズを試してみたって、なんになるの?
by Hologon158 | 2011-04-29 16:00 | ホロゴンデイ | Comments(0)

226.04 ホロゴンデイ67「2011年3月7日東京4日目の朝は雪だった」4 バン!シャーン!



昨日、室生寺でもかなり沢山のカメラマンを見かけました。
全員例外なく、デジタルカメラでした。
私もライカM9を使っているのですから、今やデジタル派。

写真は、退職後にとりかかりやすいという最上の趣味ですね。
今までサラリーマンとして夢中になって仕事に熱中してきた人たちが、
今度は写真に熱中しておられるのです。
時間があり、熱意があり、そして装備も写真には最適。
押せば、なにかがびしっと撮れます。
夢の時代。

とくにスナップには最高ですね。
私のようなクラシックカメラを使う人間は、
たとえライカM9であっても、被写界深度を使わない限り、
かなりの熟練を要します。

作業手順がやや複雑だからです。

1 いいシーン発見!
2 カメラの絞りを決定
3 ヘリコイドを合焦したい被写体に合わせてまず動かす。
4 (3を省略してでもよいけど)ファインダーを覗き、構図を決める。
5 ヘリコイドを動かして、ピントを合わせる。
6 シャッターを押す。

2はあらかじめお気に入りの絞りにセットしておく手もあります。
でも、他の手順は省略できません。
クラカメの場合、作業のプロセスで、選択決断が必要であり、
かつ、カメラを構えてもすぐに撮れないために、
心理的に躊躇し、気後れし、
かつシーンの動きに遅れないように、焦ります。 

デジカメの場合はもっと簡単。

1 いいシーン発見!
2 ファインダーを覗き、構図を決める。
3 シャッターを押す。

デジカメの場合、自分の好きなスタンスが決まれば、
2はほとんど自動、ただ1と3だけで完了。
クラカメの場合のような心理的障壁がほとんどありません。

クラカメを使うからと言って、写真の才能まで保証はされません。
とすると、写真の才能のある人がデジカメを使うと、
鬼に金棒!

さりとて、私としては、べつに羨ましいとは思いません。
私にとっては、カメラに習熟して、写真を撮る作業を楽しむ、
これが写真の醍醐味なのですから。

そのうえ、私はスナップを撮りません。
人が私の近くにニアミスしたときだけ、
「据え膳食わぬは」式に、たなぼたをいただくだけ。

ですから、目も覚めるような傑作、秀作には無縁ですが、
どうせ人に見せる写真じゃなし。
昨日も、人がいないような場所で、人が見向きもしないものばかり、
800ショット、いつも「しめしめ」とご満悦で撮ったわけです。

子供の頃、アメリカの喜劇で、交響曲の練習風景を観ました。

シンバルと大太鼓の二人の老人、
楽譜を最初から一枚ずつめくりつつ、真剣に見つめて、
ずっと拍子をとり続けて、何十分が沈黙が続きます。
突然、二人で同時に「バン!」「シャーン!」
出番はこの最後のたった1回だった。
でも、二人は顔を見合わせて、にっこり。
余人には分からぬ喜びがあるのです。

私もかなり、この二人に近いようですね。
苦労して撮っているわりに、写真はありふれたものばかり。
でも、結果ではなく、撮る楽しみが極上。


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by Hologon158 | 2011-04-29 15:05 | ホロゴンデイ | Comments(0)

226.03 ホロゴンデイ67「2011年3月7日東京4日目の朝は雪だった」3 起立!礼!



ayuさんがブログで、水準器を使って撮ってみたと書いておられます。
(http://ayuwill.exblog.jp/)

そんなこと気にしないで、と、あたたかいコメントが集まっています。
その後に、いや、気にしましょう、と書くのは、
コメントされた皆さんに水を差すようなので、控えました。

ayuさんがこの記事をお読みになるか分かりませんが、
私としては、こう言いたいですね、
でも、気にした方がいいのではないでしょうか?

斜めにする意図があって、斜めに撮るのは、ご自分の作画。
でも、そのときは、その作品となって成功することが条件。
そうでなければ、見る人は感じます、ああ、失敗したな。
作風として、斜めを気にしないのであれば、よいのですが、
斜めの作風を持たない人が、斜めに撮れて成功したとしても、
自慢できるようなことではありませんね。
まして、それを持ち味にするのは危険です。
ほとんど、独りよがりにとどまっているからです。

それよりも、正立イメージを撮るつもりで、
正立イメージを撮ると、写真に力を与えるのでは?
その好例がayuさんの「立石1」にあります。
1、2、5枚目はすべて、垂直線が出ているから、迫力があります。
水準器がちゃんと役に立ったのです。

拝見するところ、ayuさんは水平垂直を大切にされてきました。
私と、この点とても似ているのが嬉しいですね。
でも、いつもいつもさらりと水平垂直を成功しているとは限らない。
私と、これも一緒。

たとえば、アップルの画像処理ソフトApertureには、
ソフト的に水平垂直に戻すメニューがありますが、
一度試用してみて、吐き気がしました。
完璧すぎる水平垂直は、写真を殺してしまうようです。
完璧すぎる美女って、完全ロボットに見えるようなものです。

心理的な水平垂直、これが目標なのでしょうか?

イメージが外観に気にならない、
だから、写真の内容に心が集中できる、そんな水平垂直。

ときどき水準器を使ってみることはよいことです。
私も使います。

理想は、カメラのことをまったく気にしていないのに、
縦横思ったとおりの角度で自然に撮れる技能を身につけること。
私は、30数年やっていますが、まだ身につかない。

だけど、すぐれた写真家の作品をご覧下さい。
水平垂直がとれているか、ぜんぜん気がつかないで、
いきなり作品に心を奪われます。
だからこそ、写真家なのでしょうね。

永遠の課題。
おたがい、がんばりましょう。


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by Hologon158 | 2011-04-29 10:49 | ホロゴンデイ | Comments(0)

226.02 ホロゴンデイ67「2011年3月7日東京4日目の朝は雪だった」2 気楽で好い加減



畏友のRAさんから、電話でこう言われました、

「ライカM9にして正解ですよ。
ただちに撮った写真が見られるので、写真が巧くなりますよ」

これは、私の信念とはちょっと違うご意見。
ただちに撮った写真が見られないので、上達する、
私はずっとそう信じてきました。

ライカM9で撮るとき、
私のカメラの設定では、撮った写真は出現しません。
直後に見ることも、できるかぎり、いたしません。
別に巧くなりたいからではなく、無意味だからです。
たとえ、見たとしても、
だから、もう一度、こんな風にと撮り直しはしません。
第1、あんまり楽しいので、見直している暇がない。

喫茶店の休憩時や、帰りの電車内では見直してみます。
たしかにこんな風に即日開票となるのは、嬉しいですね。
興奮します。
でも、けっして、すぐ見直せるから、巧くなるとは思いません。
そんな器用な方も沢山おいででしょう。

私は、シャッターを押して撮れたものは、全部私のもの。
巧いも下手も無い、そう考えています。

たとえば、ライカM9。
今日持参したマクロスイター50mmF1.8など、
ファインダーに50㎜のフレームが出ません。
どこからどこまで撮れるか、見当もつきません。
まさにホロゴンと同じ、あてずっぽう状態。
もちろん、トリミングもしません。
でも、気になりません。

思うに、私ほど好い加減な写真の撮り方をしている人は
あまり居ないのではないでしょうか?

それなのに、人の写真の切り取り方はやたら気になり、
平気で口に出します。

自分に甘く、人に辛い、このダブルスタンダード、
とても気楽で好い加減、
だから、いつまでも写真を楽しめるのしょうね。


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by Hologon158 | 2011-04-29 00:18 | ホロゴンデイ | Comments(0)

226.01 ホロゴンデイ67「2011年3月7日東京4日目の朝は雪だった」1 雪が白なら、車は黒で



奈良小房町シリーズがすんなりと終わりましたので、
ついでに、今年3月の神田シリーズの最終日分を掲載しておきます。

朝から濡れた雪がビチャビチャと降る、冷たい日でした。
もちろんホロゴンは全天候型のレンズなので、
朝、オリンパスギャラリーへの途上、30分ばかり撮りました。

でも、最初は、雪とは正反対の黒から始めましょう。


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さて、今日は、古刹室生寺界隈を歩いてきました。

今回から、ホロゴンも復活です。

ライカM9でのレンズ試写があんまり面白いので、
Hologon158、とうとうホロゴンから撤退、なんてことでは、
様になりません。
そこで、ホロゴンは必携という原則を復活しました。
これにライカM9を組み合わせ、交互に撮ることで、
両者の足並みを揃える方式。

本日は、メインはホロゴンライカワイド。
そして、ライカM9用として、
ライカMマウント化されたマクロスイター50mmF1.8、
そして、バルター35mmf2.3、この2本をセットしました。

時折雨もちらつく、寒い1日でした。
とはいえ、私は、ホロゴン同様に全天候型なので、
撮影はいつもどおり。
というより、撮影量はちょっと増えました。

ホロゴン15mmF8Mが5本180枚、
バルターが228枚、
マクロスイター50mmF1.8が474枚、
合計882枚(フィルム本数に換算すると、なんと24本半)。

私のモノクローム時代並に増量しています。
ハードディスクの肥やしが増えただけのようなものですが、
もっとシンプルに考えたいものです。

今日、私は、882回、心をときめかしたのです。
by Hologon158 | 2011-04-28 21:02 | ホロゴンデイ | Comments(0)

225.00 ホロゴン画帖68「十鈴帖 奈良小房町には夏風鈴が爽やかに」



風鈴祭の日の小房町シリーズは簡単に終わりました。

その画帖を作っていて、考えました。
僕は写真でなにをやっているんだろう?

ありふれた路地裏の光景ばかり、
それも稚拙な撮影法で果てもなく撮り続けて、
見る人もほとんどいないブログに出すのが精一杯。
あとはフィルムは棚をいたずらに埋め、
スキャンした写真はハードディスクの埋め草となって果ててゆく。

そこで、はっと気づいたのです。

そうか?

ぼくは、ただ写真を撮ることで夢を見ているんだ。

夢って、自分以外の誰も、見ることができず、
自分だって、見る片端から忘れて行く。
でも、夢の中では、至福の境地を味わうことがある。
悪夢もあり、迷夢もあり、徒労夢もあります。

この「徒労夢」、ドイツ語でなんと言うか知ってますか?

traume、ですね、もちろん。

そう、私の写真夢はこのtraumeなのです。

でも、私に得も言われぬ香りを残してくれます。
人には嗅ぎ取ることのできない、かぐわしさ、
これぞ、私が自分の写真に感じ取っている醍醐味なのでしょう。


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by Hologon158 | 2011-04-28 00:18 | ホロゴン画帖 | Comments(0)

224.17 ホロゴンデイ67「2005年7月9日奈良小房町は風鈴祭だった」17-完-見込み違い



今朝、日経朝刊で、9.11事件当時のニューヨーク市復興を指揮した、
ジュリアーニ市長のアドバイスが掲載されていました。

経験者でないと言えない貴重なアドバイス。

被害を直接受けなかった人間は、
被害者と一緒になって悲嘆と無気力に沈んではならない、
ただちにふつうの生活を開始するのが、復興の第一歩である。

復興のための作業の指揮系統は一本にし、
情報を共通にし、かつ公開する。
9.11の場合、市長が総指揮をとり、
記者会見には、知事をはじめとする関係者を並べ、
どんな質問にも即答できるようにしたということです。

いくつかの記事はそろって、菅首相の指揮ぶりに疑問を呈しています。
報告をもってゆくと、たいてい、罵声を浴びせられ、
「そんなことを俺のところに持ってくるな」と怒鳴られ、
報告をすることに意味が感じられない。

各種委員会が乱立し、指揮系統がバラバラで、
委員たち自身、どんな機能を果たせるか、皆目不明。
すべてが思いつきで動いているようです。

官僚機構を最初に敵に回してしまった民主党政権が、
未体験、未曾有の災害でさらに行動不能に陥っている様子が明らかです。

菅首相が福島県知事に会いに行ったときのことも取りざたされています。

突っ立ったままの知事に近づいた首相、
腰に両手をあてがったまま、お辞儀をしたようです。

ふつうは、だれもそんな姿勢でお辞儀をしませんね。
いわば陣中見舞いに行くのです。
そんなときなら、なおさら、そんな姿勢でお辞儀はしませんね。

日本社会というのは、上下関係でできあがっています。
そのことを考えると、首相の姿勢が理解できそうです。

彼は、こう予定していたのです。
わざわざ一国の総理がお見舞いにいってやるのだ。
知事が平身低頭、恐縮して、自分からすり寄ってくる、
それを総理が上から、まあまあ、よくがんばってるねと、
鷹揚に受け止めてあげよう。
総理の威厳をしっかりと示そう。

ところが、案に相違して、知事は、昂然と突っ立ったまま、
自分から近づく羽目に陥ってしまった。
勘が狂うじゃないか!

知事は知事で、一向に進捗しない復興への道に業を煮やし、
首相はきっと謝罪してくれるだろうと、動かず待ち受けています。

勢い、首相の方から挨拶をさせられる羽目になって、
お辞儀をせざるを得ない、でも、大きく構えたい、
その相反する感情のせめぎ合いがこんな姿勢を取らせてしまった。

誠実な心があれば、こんなぶざまな挨拶などする筈がない。
福島県知事と県民のみなさんのご苦労を真摯にねぎらい、
復興への道が遅々として進まないことを陳謝する気持ちがあれば、
首相であればこそ、自分から駆け寄って、手を握り、
肩を抱き、顔を寄せて、心からの言葉をほとばしらせるのが、
本来の人間の姿ではありませんか?

首相になった直後の各国首脳会談で、当惑顔で、
歓談する首脳たちの脇をうろちょろしていた姿を思いだします。

この人は、なんだか器が小さすぎる。
人の上に立つ人ではない感じがします。


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by Hologon158 | 2011-04-27 20:00 | ホロゴンデイ | Comments(0)