わが友ホロゴン・わが夢タンバール

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254.10 ホロゴン外傳21「2011年7月16日①キノ19/1.5が鶴橋に分け入った」10 写真おいしいね



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今回のシリーズ、自転車とバイクとコーンばかりですね。

きっと退屈でしょうね。
私はちっとも退屈しません。
自分で撮って自分で退屈してどうするのですか?

写真家にとって、このマンネリズムは致命的でしょう。
でも、ただの素人にとっては、マンネリでもなんでもありません。

   首尾一貫性です。

人間がずっと不動の核をもっているから、同じものを撮る。
私はそう考えることにしています。

これも私の得意とする我田引水的思考の一種ですが、
こんな風に考えることができるので、
長年コンスタントに、壁にぶつかることなく、写真を楽しんでこれたわけです。

向上、前進、飛躍を志していたら、きっとどこかで苦しくなり、
挫折し、写真をやめようかとまで思い詰めることになったことでしょう。
私にとって、これは写真の立場のはき違えです。

写真は、人生の再生産、再出発のためのエンジン、燃料となるべきであって、
人生を写真のエンジン、燃料にするのは本末転倒です。

誰も、ご飯の効用、力、おいしさを反省したり、再考したりなどしません。
誰も、空気の必要性について再検討などいたしません。

ご飯も空気の私たちの生きる糧であり、
私にとっては、写真もまたそうなのです。
by Hologon158 | 2011-07-31 21:22 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

254.09 ホロゴン外傳21「2011年7月16日①キノ19/1.5が鶴橋に分け入った」9 いつ災難が.....?


さきほど、えらい目にあいました。

室内装飾用の植木鉢から庭に移植しようとして、庭に出たのです。

災難前後1分であることを、彼は知るよしもなかった!

移植ごては水まきホースの横にあります。
なんにも知らずに、近寄って、手を伸ばしたのです。
そのとき、裸の左足のつっかけの指に、
    チクリ!
見ると、アシナガバチ!
払おうと伸ばした左手の親指の内側も、
    チクリ!
同時にワッと飛び立った蜂が、
右足踝付近を、
    チクリ!
右手肘付近を、
    チクリ!

飛んで逃げました。
大急ぎで親指の傷付近から毒を吸い出そうとしましたが、
ちゃんと吸い出せているかどうか、あやしいものです。

浴室に行って、患部を絞るようにしながら、水シャワーで流しました。
ステロイド系軟膏を塗ってから、
氷袋を2つ作って、両脚の傷部分に1つあてがい、
左手でもったも1つで親指を冷やしながら、肘にあてがって、
30分ばかり冷やしました。
とくに左手親指が、すでに大きく腫れて、ずきんずきんと痛みます。

しかし、私はこうしたことへの耐性はかなり強いようです。
ショック症状はまるでありません。
後で出なければよいのですが.....

変なところに家を造ったものです。
ホースの巻き込みリールのハンドル!
10匹ほどの蜂がいて、直径8センチばかりの大きな巣。
蜂用の殺虫剤などないので、アリ用の噴霧式殺虫剤で追い払い、
巣はたたき落とし、撤去させていただきました。
ただちにアマゾンに蜂退治用のボンベを注文しました。
この夏、長い戦いにならなければよいのですが。

それにしても、不思議なのは、今朝、そのすぐ側を通ったのです。
どうやら、私が巣越しに手を伸ばして移植ごてを取ろうとしたのが、
巣への攻撃と勘違いされてしまったようですね。
いわゆる「密接距離」を踏み越えてしまったわけです。
でも、妻がやられなくてよかった!

揚琴を弾いてみました。
なんとか弾けますが、
左手手首のスナップでスティックをふるわせる奏法は無理。
これで三日目が一番大きく腫れるとすれば、揚琴練習にかなりダメージ。

でも、幸いに、キーボード操作にはまるで影響なし。
アシナガバチたち、
私がパソコンを使ってブログをやっているのを知っているみたいですね。
ありがとう、蜂君。
なんて、言ってるばあいではない!

これまでブラインドタッチングには、10本全部を使っていると思っていました。
でも、左手親指を使えなくても、なんの支障もないのです。
というわけで、ブログは続けます。

わあ、2、3日は休めると、あなた一瞬思いませんでしたか?
残念でした。


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by Hologon158 | 2011-07-31 17:56 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

254.08 ホロゴン外傳21「2011年7月16日①キノ19/1.5が鶴橋に分け入った」8 ちょっと遊ぶ


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昨夜もうすぐ零時になろうという頃、電話がなりました。
SPレコード茶論の主催者のOYさんです。

彼からは、来てくれてありがとう、
こちらからは、よい音楽をありがとう、
お互いにエールを交換しあった後、ちょっと熱っぽく語り合いました。
その中で、面白い話を聞かせてもらいました。
ラベルの「ボレロ」の中で、
コールアングレ(イングリッシュ・ホルン)が活躍します。

とくにフランスの奏者が弾くコールアングレは、独特の暗い色彩を帯びて、
深くたゆたうように大きくうねる音色で楽しいですね。

ところが、ある一節で急にずっこけて、
主題をひきずるようにもたもた弾いたのです。
撮り直しができるレコードにはっきりと残されているのです。
分かり切って、残したことは疑いのないところです。
どうしてなのか、聞きたかったのに、途中で帰ってしまったので、
質問できなかった宿題。

OYさんの説明では、わざとあんな風にずらして遊んでいるんだそうです。
当時一流のオーケストラの首席奏者ですから、間違うはずがありません。
そうだったのか?

いつの年かのニューイヤーコンサートでも、
フルートの首席奏者が曲の最後の最後をフルートの一音で締めたとき、
右手の小指をすっと上げました。
その洒脱な仕草に、会場がどっと湧きました。

こんな遊びに、音楽は楽しむもの、そういう気持ちがどちらにも込められているのでしょうね。

写真について、このことを考えてみますと、
とりわけ私の写真となると、全部、遊びです。
こうなると、私の場合、逆に、どこかにシリアスなものを入れたいところ、
なんていうのは、写真作品を考える人間の言うことです。
私は徹頭徹尾全部遊び、冗談で写真を撮っています。
自分のしたいようにすればよい、ただそれだけですね。

昨日も、蒸し暑い1日でした。

SPレコード茶論までの2時間ちょっと、
あとの50分、合計3時間、宇治の路地を経巡りましたが、
誰でも遊びのときは、つらいことなどなにもありませんね、
私も昨日、撮影中は、水も呑まず、ただひたすら撮り続けました。
それほど、出迎えてくれるものが一杯待っていて、
沿道サービスにこれ努めてくれたのです。
期待にこたえてあげなくちゃ!

たいていの方は、暑い夏は撮影を控え気味にしているようです。
私は、夏でも撮り続けます。
ブロガーには、私のような方が多いようです。
みんな、それほど、写真が好きなのですね。

ソニーNEX-5AとオリンパスE-PL1とを同時に使い分けましたが、
使い勝手、保ち具合、大きさ重さ等、肝心な点でソニーに軍配があがります。
マイナス点は、ほとんどのCマウントレンズがけられて、使えないこと。
両方のカメラに存在価値があるのですから、おめでたいことです。
by Hologon158 | 2011-07-31 16:23 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

254.07 ホロゴン外傳21「2011年7月16日①キノ19/1.5が鶴橋に分け入った」7 1930年代万歳



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SPレコード茶論クラシック編後半には録音のよいものが並びました。

まず、ヨハン・シュトラウス「皇帝圓舞曲」
カラヤン指揮ウィーンフィル、1946年録音です。

カラヤンはまだナチ戦犯容疑が解けていなかったのですが、
コロンビアレコードの名プロデューサー、ウォルター・レッゲが、
カラヤンに惚れ込んで、容疑が解けるのを予定して、
ただちに商品化できるように、先行投資をしたのだそうです。
堂々たる演奏でした。

カラヤンという人は聴かせ処になると、魔法のように絢爛に盛り上げますね。
犬猿の仲だったジュセッペ・ディ・ステファノをわざわざ起用して録音した、
プッチーニの歌劇「トスカ」でも、ここぞとなると、
もう圧倒的に盛り上がる、気迫満点の演奏でした。
なにしろ冒頭出だしに「ウーッ」と気合いの声まで入っているのですから。

でも、カラヤンの3年後の1949年にカール・ベームが指揮した、
ヨーゼフ・シュトラウスのワルツ「天体の音楽」
これには仰天しました。

私の大好きな曲です。
カラヤンのウィンナ・ワルツの夕べにもプログラム2番目。
私はこの演奏、この曲をこよなく愛してきたのですが、
カール・ベームと1949年のウィーンフィルには降参。

SPレコードのせいもあると思いますが、
その名人芸的な演奏の素晴らしさには圧倒的な迫力がありました。
0.001秒あたりでの繊細微妙な味付けが独特の香りを生み出して、
世界に冠たるウィーンフィル・サウンドを生み出していることを、
これほどに納得できる演奏に出会ったことがありません。

ローカルに徹することで、世界的となった稀有のオーケストラ。
来て良かった、そう実感できる瞬間でした。

最後が、ラベルの「ボレロ」

なんと作曲家自身がコンセール・ラムルー管弦楽団を指揮して、
1929年にフランス・ポリドールで録音したものです。

昔、ある音楽評論家がレコードコンサートでボレロをやったそうです。
スタートして、静かにボレロが始まるのを確認して、部屋を出ました。
トイレにでも行ったのでしょうけど、ボレロに限って、
そんなことはするものではありませんね。
最初はかすかにかすかに始めるのに、最後は阿鼻叫喚で終わるのですから、
ボリューム設定がとても難しいのですから。

帰ってみると、
主催者の誰かが気をきかせてボリュームを上げていたのです。
今さら、ボリュームをおとすわけにまいりません。
終わりの頃には、その超絶サウンドに耐えかねて、
参会者ほとんど全員が室外に退避したそうです。

その点、ラベル指揮のレコードは絶妙のボリュームコントロール。
最初からかなりボリュームが大きいので、
独奏楽器のサウンドの妙味を1つ1つ味わえます。
後半になって段々と楽器が増えてゆくにつれて、
段々とボリュームを下げ、最後の全合奏パートでは、
SPレコードのダイナミックレンジの一杯に鳴りきっていました。
さすがに4面目はちょっとひずみましたが、とても聞きやすい録音でした。

面白いことをききました。
SPレコードの標準は78回転です。
これまでラベル指揮のこのレコード、眠い演奏として悪評だったそうです。

OYさん、ある記事で、ある時期までポリドールなどでは80回転だったと読んだのです。
そこで、今回は80回転に上げてくれました。
眠いどころではなく、退屈させない充実して楽しい演奏でした。
久しぶりにSPレコードと音楽を楽しみました。
by Hologon158 | 2011-07-31 12:52 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

254.06 ホロゴン外傳21「2011年7月16日①キノ19/1.5が鶴橋に分け入った」6 ほとんど1世紀後に



昨日の宇治行きの目的は、

    SPレコード茶論 第六回

宇治橋西詰めの宇治カフェあむざを借り切って、
堂々、満員御礼の催しでした。

友人のSPレコード収集家のOYさんが友人二人と主催しています。
赤ワインを頂きながら、音楽を楽しめるのですから、
悦楽の境地。

幾度も書いていることですが、
SP、モノーラルLP、ステレオLP、CDと時代を経るにつれ、
生の音楽を再生する媒体としては、劣化の一途を辿っています。
情報量が増大するにつれて、
人間的なあたたかみがどんどんと減退しているのです。

すべての芸術に共通することですが、
1930年代あたりがピークでした。
その時代にSPレコードが偉大な音楽家たちの記録を残したのです。
つまり、最高。

カメラ、レンズとまったく同じ事情なのです。
デジタルカメラが最高と確信しておいでの方には、
私のこうした考え方は無縁です。
お忘れ下さい。

でも、カルティエ=ブレッソン、木村伊兵衛、ラルティーグらが
戦前撮った写真の、あたたかい人間味溢れる写真を愛する方なら、
SPレコードをお聞きになってください。

科学の進歩というものが、どんなに人間性を削り取ってきたか、
よくお分かりになるはずです。

OYさんは、クラシック担当。
淀川長治ばりの蘊蓄を傾けての名調子で、
各レコードの重要な情報を生き生きと語ってくれます。
おかげで、音楽がさらに生きてくる、そんな感じさえします。

メインはカザルス・トリオが演奏するシューベルト。

    ピアノ三重奏曲第一番変ロ長調

最晩年の傑作だそうです。

カザルス・トリオは、1905年から33年まで活躍しました。
    ピアノ;アルフレッド・コルトー
    ヴァイオリン;ジャック・ティボー
    チェロ・パブロ・カザルス

1926年7月の録音。
一番驚いたのは、カザルスのピチカートでした。
SPならではの凝縮され音圧と密度の高いサウンドで、
キリリと鳴り渡り、まるで真剣勝負の気迫が伝わってきました。

帰宅後に、You Tubeで聞きました。
ちゃんとあるのです。

    Schubert Trio B flat Op 99 Cortot Thibaud Casals Rec 1926
        (http://www.youtube.com/watch?v=_m7tm1L4ieY)

4楽章全部があります。
CD復刻版で、雑音もなく、美しい、見事なサウンドです。
でも、SPレコードから聞こえてきた気迫と音圧は消えていました。
それでも、トリオの演奏の素晴らしさは分かります。

伝説的な巨人たちの神話的な協演、それをほとんど1世紀後に、
こうして地球のほとんど反対側の日本の片隅で、
50名近い人が集まって、じっと耳を傾けたのです。

不思議な、でも美しい体験でした。



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by Hologon158 | 2011-07-31 11:39 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

254.05 ホロゴン外傳21「2011年7月16日①キノ19/1.5が鶴橋に分け入った」5 Cマウント満喫!


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昨日は宇治詣でで、1日、家を空けました。

ちょっと用があったのです。
でも、その前後に撮影をすることにしました。

ソニーNex-5Aには、
   1 キノプティックのアポクロマート25mmf2(午前100枚、午後155枚)
   2 キノプラズマート25mmf1.5(209枚)

オリンパスには、
   1 キノプティックのアポクロマート18mmf2(161枚)
   2 ダルメーヤーのスーパーワイドアナスティグマート15mmf1.5(41枚)
   3 キノプラズマート25mmf1.5とダルメーヤーで、後半合計55枚

合計721枚(銀塩フィルム換算 20本!)

それにしても、耳慣れない、言い慣れない、
変な名前のレンズばかりです。
聞き流してください。
みんな16mm映画用Cマウントレンズ。
いつか見ていただきましょう。
今回のシリーズも、同じキノプラズマートですが、
レンズは違い、19mmf1.5。

キノプラズマート25mmf1.5よりもかなりフレアは押さえられているそうですが、
本シリーズのキノプラズマート19mmf1.5を見ていると、
どうして、どうして、フレア全開というところです。
by Hologon158 | 2011-07-31 00:21 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

254.04 ホロゴン外傳21「2011年7月16日①キノ19/1.5が鶴橋に分け入った」4 あの少女は誰?



ちなみに、「真珠の首飾りの少女」、一体誰なのでしょうね?

他の絵もそうですが、モデルが同定されているものもあるようですが、
私には、彼らがフェルメールの用意した密室に
ずっと座ってモデルを努めたとは思えません。

彼は史上最高に遅筆だったようです。
たとえデッサンにしても、完璧主義者のフェルメールの筆は、
何人にも耐えがたいほどに遅かったはずです。
その間ずっと座っておられる人っていますか?

みんな、年齢差はあるにしても、比較的若い美女ばかりです。
奥さん、さすがに心配して、時々のぞきます。
怒鳴られても、怒鳴られるほどに、のぞきます。
おそらくドアはフェルメールの背後にあったはずです。

奥さん、仕事がまるきりはかどっていないのに気づきます。
どうやらフェルメールの実態は婿養子同然だったようですから、
奥さん、黙っているわけがありません。

「あーたー! 
この1時間、なにしてらっしゃったのお!」

私の推測では、フェルメールの絵にはもちろんモデルがあったのでしょう。
それほどにすべての絵に個性的な女性が描かれているので、
これは疑えません。

でも、フェルメールは、史上最高の画家の一人として、
最高の眼と形態記憶力をもっていたはずです。

ドビュッシーでしたか、
ワーグナーの楽劇「トリスタンとイゾルデ」を完全に暗譜していたそうです。

フェルメールほどの人に同様のことができないはずがありません。
彼は、いつか真珠の首飾りの少女を見たのです。
あどけなさの陰に宿る一抹のかげりの気配、
これが忘れられない印象を彼に残したのです。

あなただって、ただすれ違っただけなのに忘れられない、
男性、あるいは女性がありませんか?

私にだって、幾人かあります。
今朝見た少女だって、私は忘れることができません。
娘の静ですが......



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by Hologon158 | 2011-07-30 20:57 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

254.03 ホロゴン外傳21「2011年7月16日①キノ19/1.5が鶴橋に分け入った」3 フェルメールの発見


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№1のように考えますと、
フェルメールは、カメラ・オブスキュラのガラス板の画像を
直接コピーしたとはますます考えにくいようです。

むしろ、カメラ・オブスキュラによって、
新しい視覚、ものの見方を発見したと考えるのが妥当のようです。

とくに、ものがぼけていくあたりの玄妙な視覚のくずれを発見したとき、
フェルメールは驚喜したに違いありません。

ルネサンスの当時から、
人と背景の区別をどうつけるか、画家は悩みに悩んできました。
というより、今でも悩んでいるのかもしれません。

たとえば、婦人の顔の輪郭をどう描くか?
線で区切ると、不自然になりかねません。
そんな方法を巧みに逆手に取ったのが藤田嗣治さん。
日本画の面相筆を油絵に使って、繊細優美な黒の輪郭を作り出し、
パリの女性の白い肌を強調することに成功しました。

ルネサンス以来の画家たちは、暗い背景に、完全にピントのあった顔を
描くことで区別を付ける方法を多用したようです。
でも、リアリティに欠けるので、どこか不自然です。

ダ・ヴィンチは、肌に曰く言いがたい艶を浮かせる方法を採りました。
そのおかげで、ダ・ヴィンチの女性たちは、神々しいばかりに輝いています。
ダ・ヴィンチの時代、ダ・ヴィンチの女性にはふさわしい光輝でした。

でも、生活感のある情景を描くフェルメールにはそぐわない。
そんなフェルメールに強力な武器を与えたのがカメラ・オブスキュラでした。

カメラ・オブスキュラでのぞいたとき、
ピントのあっていないものがとても香り豊かに浮かび上がることを知ったとき、
女性もまた、ちょっとアウトフォーカスしたときがもっとも美しい、
そう気づいたのではないでしょうか?

もともとオランダ画派はしっかりとピントのきている絵を描く人たちでした。
フェルメールは異質、異端なのです。

「真珠の首飾りの少女」は、真作をまじかにごらんになったらわかります。
どこにもきっとピントは来ていません。
それなのに、というより、そのせいで、
少女はしっとりと匂うように浮かび上がります。

目をしっかりと描いたら、少女はもっと厳しい表情に変わってしまうでしょう。
目をアウトフォーカスさせることで、
なぜか、涙を少し浮かべて憂いを帯びた表情になってしまいました。
謎が生まれ、見る人は永遠に、少女を忘れることができなくなり、
彼女の心情を推測して議論することになったわけです。
by Hologon158 | 2011-07-30 20:26 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

254.02 ホロゴン外傳21「2011年7月16日①キノ19/1.5が鶴橋に分け入った」2 ほんのうっすら



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フェルメールはちょっとお休みにして、
キノプラズマート19mmf1.5のことを書きます。

とてもとても可愛いレンズです。
キノプラズマート50mmf1.5の形をそっくりスケールダウンした感じ。

Cマウントレンズなのですが、
オリンパスE-PL1につけても、20センチ付近までしか合焦しない。
改造名人宮崎さんに苦労して底部を削るなどして改造していただきました。
おかげで、無限まで使えるようになりました。

ある人には、ただのボケレンズでしょう。
でも、今回の作例をご覧頂ければ、ちょっとご意見が変わるのでは?

2枚目の「※※交換所 窓口はこちら」という札をご覧下さい。
しっかりとフォーカスしています。

1枚目と3枚目でお分かりのように、微妙に紗がかかっています。

目下、このような中間距離で撮っています。
f1.5でも、ボケが崩れるようなことはありません。

もっと壮観に崩れることをお望みの方も多いはず。
私の場合、ほんのうっすらで十分です。

近い将来、ホロゴンとコンビを組むことになります。
この程度の収差であれば、無収差のホロゴンとかみ合う、
そんな風に予想しています。

それにしても、このレンズ、おそらく戦前のレンズです。
70、80年も経っているオールドレンズと見えますか?

この写りの方は、大阪のマツモトカメラのおかげ。
ご主人の松本さんのオーバーホールは完璧でした。
レンズも鏡胴もピッカピカ!
by Hologon158 | 2011-07-30 00:04 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

254.01 ホロゴン外傳21「2011年7月16日①キノ19/1.5が鶴橋に分け入った」1 カメラ・オブスキュラ



「わが友ホロゴン」から「愛キノプラズマート」に移りましょう。

    キノプラズマート19mmf1.5

オリンパスE-PL1で使うと、38㎜の広角になります。
不思議なことに、オリンパスE-PL1で撮ってもけられません。
フレアはキノプラズマート25mmf1.5に比較すると、かなり少ない。
とても使いやすい、柔和なレンズなのです。



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前回までのフェルメール論、実は一つ検討課題が残っています。

フェルメールが使ったカメラ・オブスキュラのレンズ性能って、
どれほどのものだったのでしょうか?

最初はピンホールだったようです。
その後、レンズを使って、より明るく、より鮮明になったとのこと。
15世紀頃から画家達が利用し始めたということですから、
17世紀後半のフェルメールの時代には、かなり改良されていたかも知れません。

それでも、19世紀以降の高性能レンズとはかなり違って、
かなりもうろうとしたイメージが浮かび上がったかも知れませんね。

昔の巨大な一眼レフを触ったことがあります。
4×5判フィルムを使うものだったと記憶しています。
上部の構造を手に持って上に引き上げると、
めらめらとアイレベルファインダーらしきものが立ち上がりました。
上からのぞくと、遮光されているのに、とても暗い画像が浮かび上がりました。
標準レンズは135mmほど、開放f値は6.3ほどだったと記憶しています。

周辺減光があり、目が慣れてくると、
中央に画像が得も言われぬ優美さで浮かんでいました。
あの体験も忘れることができません。

そこで想像するのです、
フェルメールも同じような体験をしたのではないでしょうか?

私のように、普段一眼レフを使いなれている人間とことなり、
光学的な体験をしたことがないはずのフェルメールにとって、
暗箱のなかに浮かび上がった、反転した投影像は、
夢幻のようであり、また天啓でもあったはずです。

    そうか?
    カメラ・オブスキュラを通して観ると、
    すべてのものがこんな風に柔和に変貌するんだ!

目が慣れると、また投影像の見方を学ぶにつれて、
投影像はさらにしっかりととらえられるようになったことでしょう。

カメラ・オブスキュラに焦点調節機構があったのでしょうか?
おそらく超広角レンズなどなかったのですから、
合焦部分とアウトフォーカス部分とがどうしてもできたはずです。

カメラ・オブスキュラによって、人類ははじめて、ボケを知ったはずです。

もちろん目をちょっと横から押さえたりすると、視覚像だってぼけます。
でも、合焦部分と対比するような形でボケを見ることは、
このときからなのではないでしょうか?

このあたりが一番肝心なところなので、項を改めて書きます。

                                    (続く)
by Hologon158 | 2011-07-29 22:17 | ホロゴン外傳 | Comments(0)