わが友ホロゴン・わが夢タンバール

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400.01 ホロゴン外傳97「2012年10月10日 ゾンネタールは心斎橋でひっそりタップ」1 暗く汚い



さあ、また、ゾンネタール50mmf1.1に戻りましょう。

このレンズ、横綱レンズなのじゃないかな、
そんな思いが過ぎります。
往年の名標準レンズたちと互角に勝負どころか、
その上を行く感じさえしてきました。

心斎橋のロボグラフィ。
とても地味、
とてもトリビアル、
そんなものばかり撮り集めている私って、
かなり地味な性格ですね。

でも、描写はレンズの責任ですが、
なにを撮るかは、私の責任。
そんな分担態勢なのですから、
暗く汚い、とお感じになるのであれば、私の責任なのです。

もし華麗な世界に躍り出たら、
ゾンネタール、堂々と華麗なる画像を生み出すに違いありません。
心斎橋で撮った写真から93枚選んでごらん頂きますが、
私のそんな想像にご同意いただけるのではないか?
そう信じています。




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№398.09のゴシック論を敷衍しますと、
橋下の維新は、今まさに中世のローマ教皇と同じ綱渡りを演じています。

石原と合流して、石原を党首にいただく新党に吸収されたはずなのに、
依然として、橋下を唯一無二のリーダーとする団体性を捨てていません。

橋下は、石原に党首の地位を譲ったのですから、
党首としての自らに与えた絶対無二の決裁権を
石原に譲らなければならないはずなのに、しっかり握って話さない。

石原新党としての維新の政策をしっかりと構築しなければならないのに、
橋下維新としての政策を石原の政策にすりあわせるために悪戦苦闘しています。

脱原発にせよ、議員定数半減にせよ、とても分かりやすい政策でした。
でも、石原が受け入れるはずがない。
だから、あちこちにぼかしを施して、
原始政策とは似ても似つかぬ、意味不明の政策を捻りだして、
いかにも原始維新は清新な政策を捨てていないと思わせようとしています。

こうした行動のすべてが、橋下の二枚舌説を多層的に裏付けているのですが、
「既成政党には愛想が尽きた」大衆層は、
そうした橋下維新のあまりにも早すぎる変質になど目をくれようともしない。
「橋下さんなら、なんかやってくれる」期待だけが一人芝居をしている感じ。

でも、橋下さん、まったくの無原則です。
ただ野望にかられて、自分を勝ち馬に乗せてくれるのなら、
どんな無理な主張でも言い張るし、
都合が悪くなれば、さっと身を翻して、以前の主張のことなど無視してしまう。
そんな人ですから、すべてが行き当たりばったり。

内外の暴風雨に翻弄され、
毎年、予測不能の天災地変が経済の土台を揺さぶる現代においては、
原則をしっかり見据えて、怒濤のはるか彼方に灯台を見つけて、
木の葉のように揺れる小舟日本丸の舵をしっかりと灯台島に向け続ける、
そんな仕事を完遂しなければならないのです。

橋下にはそのための才能も準備も器量もありません。
どんな方にもそれがわかってよい頃なのですけどねえ.........
by Hologon158 | 2012-11-30 22:23 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

399.01 ホロゴン画帖126「十冬帖 ホロゴンの理想はタペストグラフィ」



多くの方にとって、超広角は空間の美学の世界。
私にとっては、充満の世界。

    ホロゴンを手に入れるとき、夢みたのは、
    タペストリーのように、ものが充満する面でした。
    名づけて、

        タペストグラフィ

大阪大正区は庶民の生活がまだ生きている下町。
そんな下町の人たちの特徴はものを大切にすること。
使い捨ては視野にありません。

    保存、それだけ。
    合い言葉は「もったいない!」

こんな場所はタペストグラフィの宝庫。

この大正区撮影と同じ頃撮った心斎橋の写真を、
ある大写真家にご覧いただいたことがあります。

    私のロボグラフィにかなり嫌悪を感じられたようで、
    ただ一言、
        「構図が決まりすぎて、窮屈だ」

私はこの批判を勲章にして、
なおさら窮屈に撮ることに専心してきました。
もちろんノーファインダーですから、構図をとりようがない。
60㎝前後に超接近して撮れば、誰でもこんな写真が撮れます。
ものが充満しているから、構図があるように見えるだけ。

安直に撮った写真たちですが、
撮るとき、気合いが入っています。
だから、万人が気に入らなくても、平気です。
私にとっては、勲章なのですから。




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by Hologon158 | 2012-11-29 22:05 | ホロゴン画帖 | Comments(0)

398.09 ホロゴンデイ97「2007年1月27日 大阪大正区でホロゴンが吠え」9-完-ゴシック



私はヨーロッパ中世のキリスト教寺院建築についてはまるで無知です。

    質朴簡素なロマネスクから次第に移行して、
    複雑豊麗なゴシックが勝利を収めたこと程度。

この移行は、たんなる建築様式の変遷ではなく、
中世人の宗教観、精神生活そのものの変化の顕れなのでしょう。

    私たちのやることは結局、私たちの精神によって支配されているようです。
    なにごともその人らしい行動をとってしまうのです。

ロマネスク(11世紀から12世紀頃まで)とゴシック(12世紀後半以降)、
対象的に見えますが、
ヨーロッパ中世精神の延長線をまっすぐ延ばしたところに形を作っています。

私はこの当時のヨーロッパ史をほとんど勉強したことがないので、
勝手に憶測してみますと、
ヨーロッパ中世史を大きく変えたのは、
11世紀末から13世紀末まで、約200年も続いた字軍ではないでしょうか?

聖地エルサレムを回教徒の手から奪回するという目標を設定することで、
多数の国家、領土のキリスト教は、
ローマ教皇を頂点とする一体的な宗教的ヒエラルキーに組み入れられてしまいました。

キリスト教の神学者たちは地上を神の国にし、
ローマ教皇に、宗教生活のみならず、世俗のすべてを支配する権限を確保するために、
キリスト教会が世俗の王よりも偉大であることを文盲の貴族、一般大衆に周知徹底するために、
王城よりも壮麗にそそり立つカテドラルを、
王家、貴族、一般大衆のエネルギーで構築させたのではないでしょうか?

十字軍は多くの貴族たちを没落させたようです。
その結果、王権もまた伸張し、近代国家への移行を準備する時代に移行できたようです。
ローマ教皇も各国の王も共通の利害があったようです。

ヒエラルキーは一般民衆、貴族、王、ローマ教皇、神と、
まっすぐ上昇するプロセス。
神の国はすでに現世にあり、
その権威の象徴がゴシックのカテドラルだったのではないでしょうか?

トマス・アクィナスの神学大全の描き出す壮大なる神の国を視角化したものが
ゴシック教会だったのではないでしょうか?

そうすると、質朴簡素なロマネスクはいわば、
ローマ教皇の世俗支配権確立前の素朴なキリスト教会を象徴するものなのかもしれません。

    矛盾がないから、シンプル。

キリスト教会という本来神の国を希求する世俗外の権威を現世に及ぼそうとするため、
さまざまな矛盾を抱えてしまったキリスト教が、
矛盾を苦し紛れに止揚しようとしてあがきにあがいている、
その苦闘をそのまま視角化したものがゴシック。
そんな構図がありそうな感じがします。

たとえば、写真ですが、
頭を使い、さまざまなテクニックを弄し、工夫に工夫を重ねて撮りますと、
とてもつまらないものができます。
まして、自分ではいいと思わないんだけど、
先生やコンテストの選者ならきっといいというだろうな、
などと考えて撮ると、たちまち「くさい」写真になってしまいます。

いいなと思ったら、なにも考えないで、即座に撮る、
そうすると、とても気持ちのよい写真になるものです。

信仰だって、そうではないでしょうか?
原始宗教は自分たちの精神生活を素直に満足させる形で生まれてきます。
でも、他の文化、民族、挙げ句の果ては別の思想、信仰との整合を図ろうとするために、
あれこれとパッチワークする羽目に陥ってしまいます。

三位一体論はそんな妥協の産物なのです。
ゴシック建築があんなに複雑怪奇な構造を示すのは、
もちろん重い石造建築を空中にそそり立てるための力学的な工夫もありますが、
根本的には、教会建築はキリスト教信仰を具現化するものなのですから、

現世を捨てて、あの世のパラダイスに心の安寧を託すのが原始キリスト教。
こんなにイエス・キリストの聖なる教えを、
現世支配のための権力、権威、富の蓄積をどう説明するのか、
という不可能な課題への一つの回答がゴシックだったのではないでしょうか?

そんな課題に満足できる回答などあたえられるはずがありません。
イエス様は、金持ちが天国に入るのは、ラクダを針の穴を通すよりの難しいと、
最初から厳しく宣告なさっているのですから。
だから、ゴシック様式は最初から致命的な矛盾を抱えていたのです。

建築学的には、本質的に重くて、崩壊しやすい石造建築を使って、
天空に飛翔する神の国を象徴させようとしたことで、
最初から無理がありました。
だから、

    ときには重苦しく、
    ときには悪魔的に見え、
    ときには滑稽に見えるのです。




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by Hologon158 | 2012-11-28 18:34 | ホロゴンデイ | Comments(0)

398.08 ホロゴンデイ97「2007年1月27日 大阪大正区でホロゴンが吠え」8 天に向かって



橋下って人は、よく言えば、不可解、
本心を言えば、ほんとうに愚かとしか言いようがありませんね。

朝日新聞ネットニュースの記事です。

    「脱原発グループ、実行はできません」 維新・橋下氏
    (http://www.asahi.com/politics/update/1127/OSK201211270084.html)

    脱原発グループは新しくできます、今日できました。
    明日から活動できるでしょう。
    しかし、彼らはいくら言っても、実行はできません。
    どれだけ高い目標を掲げようが、
    どれだけのスローガンを掲げようが、
    それは絶対できない。
    なぜなら実行した経験がないから。

    嘉田(由紀子・滋賀県)知事も知事としての経験はあるかも分からないけど、
    国会議員や、政治グループを束ねた経験はありません。
    
前段がまず不可解。

    維新だって、つい先日まで脱原発をスローガンとしていたではありませんか?
    橋下さん、あなただって、実行した経験がないではありませんか?
    それじゃ、絶対にできないことを知りながら、公約としていたのですか?

後段は不可解を通り越して、あまりにも馬鹿げています。

    嘉田知事だけじゃないではありませんか?
    あなただって、知事と市長をしただけ。
    国会議員や、政治グループを束ねた経験は今始めたばかりじゃありませんか?
    それとも、自分が脱原発を掲げたら、実行できるし、
    ただの市長だけど、今後、国会議員や政治グループを立派に束ねていける、
    そうお考えなのですね。

こう言うのをなんと言うか、ご存知でしょうか?

    「天に向かって唾を吐く」

自分の言ったこと、やっていることをすぐ完全に忘れる、
この人の癖、どこか見覚えがありませんか?

    そうです。
    あの宇宙人、鳩山さんとそっくりではありませんか?
    前からそう書いてきましたけど、ますます似てきました。

でも、これだけ短期間にこれだけ沢山の食言を重ねる!
この人は鳩山さんをはるかに飛び越えています。
鳩山さんは、その軽佻浮薄、無責任極まりない放言で、
日本国に対する諸外国の敬意、尊重をどれだけ打ち壊したか?
計り知れないものがあります。

でも、橋下が国政を担当するようになったら、
彼の食言癖はさらにどんな痛烈な打撃を日本に与えることでしょうか?
怖ろしくなってきました。

ついでに、つけ加えますと、
あなた、疑問に思いませんか?

朝日新聞はなぜこの記事を掲載したのでしょうか?

    朝日新聞は、原発事故に関する極めて消極的な報道姿勢に照らして、
    原発推進派であることは明らかです。
    すると、橋下発言を脱原発派の未熟さを証明するため、
    そう考えるのが自然ではないでしょうか?

でも、橋下発言は、原発問題についてもやはり天に唾する行為です。
原発事故解決もまた実行した経験がないのです。
地震、津浪等の多発国家で、これだけ多数の原発を
どうやって安全に稼動させ続けるのか、
これもまた実行した経験がないのです。
これまでやっていたことは、
危険を無視して設置稼動しただけなのですから。

そのうえ、橋下発言は、発言者自身の無責任さを浮き彫りにする、
両刃の剣。
そんな愚かしい発言を使って、脱原発派の足下を崩そうとする、
なんて愚かしいことでしょう。
国民の多くはすでにマスコミを信用しなくなっています。

公平中立の立場でなど報道していない。
世界各国のマスコミは旗幟を鮮明にして報道します。
バイアスを自分から明らかにしています。
ですから、読む方は、そのバイアスを評価に常に組み込むことができます。

日本のマスコミは、赤旗を除き、公平中立を標ぼうしてきました。
実は嘘でした。
第二次世界大戦における翼賛的報道がまさにその好例ですが、
これまでも密かに報道操作により国民をリードしようときましたが、
近年はその姿勢はまさに露骨となりつつありいます。
それだけに、日本のマスコミほど卑怯で危険な報道機関はないのです。

かつて報道人に対して冠せられる最大の讃辞は、
「反骨的精神」でした。
今、そんなジャーナリスト、いるのでしょうか?
今、寸評しますと、むしろ、

    「隠蔽」
    「あいまい」
    「弱腰」
    「権力に弱い」
    「弱者に強い」

この記事もその例証ですが、
さらにマスコミ自身の愚かしさも証明しています。

    あらゆる分野で、人材が払底しはじめている、
    そんな感じがして、ますます怖ろしくなります。




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by Hologon158 | 2012-11-28 18:03 | ホロゴンデイ | Comments(0)

398.07 ホロゴンデイ97「2007年1月27日 大阪大正区でホロゴンが吠え」7 「これだ」



昨夜、ミスターDと話し合ったのは、
生きることについて。

彼は小さな村に住んでいるのだそうです。
彼の村には世界遺産に指定されているロマネスク寺院があります。

昨日奈良町の古書店の前を通りすぎようとして、
実に目ざといですね、
ヨーロッパ中世のゴシック美術の分厚い本を見つけました。
私にはなんのことか分からなかったのですが、
中将姫光学さんがこのあたりに造詣が深いようで、
「それじゃないよ、こちらですよ」と、
積み上げられた全集本の山から、
一時代前のロマネスク美術の一巻を取り出しました。

ミスターDは自分がなにを探しているのか分かっています。
さっとページを繰って、最初のページを開きました。
指だけが残った壁絵(板絵でしょうか?)を指して、
「これだ」
次のページのキリスト像を指して、
「これだ」
そして、さっと中間部分を開いて、塔のある寺院を見つけ、
「これだ」
彼の村にある世界遺産はロマネスク有数の至宝なのです。

それだけに、夏場は観光客でごった返すのだそうです。
そして、冬場はスキー客で盛況。
彼のビジネスはその2つの時期だけに集中しています。

じゃあ、閑散期にはなにをするか?
旅行をし、人生の洗濯をするのだそうです。

    昨日のことは忘れ、未来のことは考えない。
    まさに、今を生きる、これに徹しているのだそうです。
    定まらないことでくよくよ思いわずらわず、
    ただやりたいことだけをする。
    
なんだか自分自身がもう一人いるような感じで、
すっかり意気投合してしまいました。
私も過去のことはすべて忘れます。

ときに、体にいっぱい紐をつけて、
その端の磁石でどんどん鉄製品を拾って、
全部引っ張って歩いている、そんな人が居ます。
過去のしがらみや思い出でどんどん重くなるばかり。
でも、大切な過去なのだから捨てられない。
この人にとっては、地位や肩書き、経歴がとても大切。

    この手の方は避けることにしています。
    見たら、分かります。
        重々しい。
        とても威厳があります。
        でも、中身がなにもない。
        一緒に語ることなど、なにもない。

私は軽快なものです。
重しとなるような過去はすべて捨てます。

自分がどこの大学を出たかなど、卒業したとたんに忘れました。
今はセカンドライフですが、
その前に自分がどんな職業に就いていたか、ほとんど思い出しもしません。
今ここで生きるために役に立つことだけしか心にはありません。
昨年から、年賀状もやめました。

精一杯今を生きるためには、過去の積み重ねはもちろん大切です。
でも、黒子になってもらいます。
私が意識しないでも、ちゃんとそこにあるのですから。

私が意識するのは、
今この瞬間にそこにあるものだけ。

    「1足す2は3」「2足す3は5」.....
    あるいは、
    「1、2、3、4、5......」
    こんな風に頭の中で計算しながら、別のなにかを考えようとしてみてください。
    それができたら、あなたはいわば「複数脳」の持ち主なのでしょう。
    私はできません。
    
人生も同じ。

    喫茶店などで文章を書くとき、iPoneで音楽をかけますが、
    これはじゃまな音消しのため。
    文章に没頭しますと、音楽も消えます。
    消えないようなら、集中していないのです。

    同じように、過去のさまざまな思い出の多くは集中の障害になります。
    今更どうしようもないのです。

あなたは、過去を反省して、現在のあなたを改善して、
二度と同じ過ちを繰り返さないことができますか?

    私はできません。
    精一杯生きてきたので、次になにが待っているか分からないけど、
    そのときも自分のありったけを注ぎ込んで、ぶち抜く、ただそれだけ。

ミスターDは私と双子のような人物。
今精神が張り切っていることがビンビンと伝わってきます。
旅の興奮もあるでしょう。
でも、それが彼の生き方なのです。




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by Hologon158 | 2012-11-27 19:00 | ホロゴンデイ | Comments(0)

398.06 ホロゴンデイ97「2007年1月27日 大阪大正区でホロゴンが吠え」6 友遠方より来たる



昨日はとても嬉しい日でした。

 中将姫光学さんと再会できたのです。

お電話では、午後3時頃になるとのことでした。
昼食後、思い立ちました。
彼の到着を別に家で待つ必要はない。
天気がよいのだから、奈良町でも撮影しておこう。

カメラはやはりライカ。
レンズはダルメイヤー、
エンラージングアナスティグマート50mF3.5
(サブにゾンネタール50mmf1.1なのですから、豪勢です)

家を出て10歩ほど歩いたところで、彼から電話。
2時8分着の急行で京都を出発した、とのこと。
家でゆっくりしていたら、外出の支度に大わらわになったでしょう。
幸いすでに家を出ていたので、慌てずにすみました。

ほんの半時間ほども撮影したでしょうか?
近鉄奈良駅に戻りました。
改札口に現れた中将姫光学さんは、事前にお知らせを受けたとおり、
カタロニア人の友人と同行してこられたのです。

 ミスターDと呼ぶことにしましょう。

明朗、快活、明快な人物でさっそく意気投合してしまいました。
彼の希望もあって、奈良町に向かい、道々話しました。

私はなにしろ英語が苦手、海外旅行のために英会話を習いましたが、
一人旅をなんとか完遂できる程度の語学力しかありません。
しかも、もう10年近く、英語でしゃべったことがない。
錆びつこうにも、錆び付く元がないので、錆び付かないという原状。
旅行用ボキャブラリーも忘れてしまい、
仮に覚えていても、貧弱なので、どうせ役に立たない。
苦労しました。

でも、流暢な中将姫光学さんのサポートを受けて、
なんとか意気投合できました。

そして、知れば知るほど、なんだかカタロニア版ホロゴンのような人物。
次々と飛び出してくる彼の言葉は、私がいつも言っていること、
ブログに書いていることとそっくりなのです。

午後5時ちょっと前、我が家のお好みの中華料理店に案内しました。
日本食にはかなりの好き嫌いがあるとのことでしたが、
キュウリ以外は全部「おいしい、おいしい!」
楽しい一時を過ごすことができました。

中将姫光学さんが午後6時15分、最終新幹線に間に合わせるべく出発。

まずは、ミスターDがネットで見つけたホテルを、
日本語を一応しゃべる私が電話で予約し、一安心。
あとはミスターDと2時間近く歓談し、
タクシーでホテルに送り届けて、ロビーカウンターに彼を預けてから、
帰宅しました。

彼が住んでいるのは、カタロニアのTaüllという小さな村。
ロマネスクの寺院が2つもあって、世界遺産。
そこでホテルとレストランを経営しているのです。
夏の観光と冬のスキー、この2シーズンだけ。
後はまるで客が来ないので、旅行を楽しむのだそうで、
うらやましい限り。
いつか行きたい!

 また、一つ夢ができました。




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by hologon158 | 2012-11-26 21:35 | ホロゴンデイ | Comments(0)

398.05 ホロゴンデイ97「2007年1月27日 大阪大正区でホロゴンが吠え」5 復活の日



昨日は、紅葉のシーズンということで、京都に参りました。

    京都の写真家林孝弘さん、
    大阪からRAさんとINさん、
    奈良からDAさんと私、
    合計5人。

この5人の侍でどこに行ったか?
大阪、奈良からの京都行き電車が超満員だったこと、
京都駅構内の混み具合から判定して、
永観堂のような紅葉の名所は芋の子を洗う雑踏になるはず、
そう踏んで、まず京都御所に直行しました。

私の装備は、カメラはライカM9
レンズは2本。

    シネクセノン5f2
    ゾンネタール50mmf1.1

シネクセノン50mmf2は、
ご本人には内緒ですが、
キネタール50mmF1.8と間違って連れてきたのです。

    最近連れ出さないので、不満に思っていたらしく、 
    防湿庫の最前列にキネタールの顔をして並んでいたのです。
    まんまとそれにひっかかってしまったという次第。
    でも、久しぶりの出番にがんばってくれました。

曇りがちの京都にはかなりふさわしいレンズだったようです。
このレンズの鮮烈なるシャープネスは有名なようですが、
開放でこれが絶大な威力を発揮してくれました。

    F2ですから、背景はしっかりぼけてくれて、
    中心の合焦部がキリリと浮き立ってくれました。
    同傾向のキネタール50mmF1.8の艶麗な魅力に浸りきって、
    それよりも乾いた感じのシネクセノンは要らないかな?
    そう感じていたのですが、どうしてどうして、
    個性際立つ名レンズでした。

京都御所の紅葉はすでに末期にさしかかっていたようで、
情報通の風景写真家のみなさんはまるで姿なし。
私たちはまばらな観光客に混じって、観光客ごっこをしました。

その後、さらなる紅葉狩りに向かったか?
全メンバー、風景よりはストリートフォト。
そのまま北進して、路地路地を撮影。

嬉しかったのは、畏友のRAさん。
1年近く、もう一緒には歩けない状態が続いたのに、
今日は、少し遅れ気味でしたが、
しっかりとした足取りで撮影をお楽しみになり、
見事、復活の日となりました。




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by Hologon158 | 2012-11-25 11:25 | ホロゴンデイ | Comments(0)

398.03 ホロゴンデイ97「2007年1月27日 大阪大正区でホロゴンが吠え」3 現れない



木曜日の続きがまだ残っていました。
午後4時22分発大和路快速に乗車。

    撮影枚数は596枚。
    銀塩フィルム換算 16.5本。

近頃は、判を押したように600枚前後に収まります。
本日のエルマリート・キャンペーン(エルマリート作戦)は成功でした。
たいていF5.6かF8に絞って被写界深度で撮っています。
疲れません。
もっとも、結果は見てのお楽しみ。

ホロゴンなら慣れましたが、28mmや25mmだと、
水平垂直を自動化するまでには至っていません。
どうやらカメラを水準器として使っているらしく、
カメラさばきに慣れないと、水平が出ないようです。
そのうえ、視角も体に入っていないので、
広すぎたり、狭すぎたり。

木村伊兵衛が晩年入院したとき、見舞い客に説明したそうです。

    「50mmならここからここまで。
     90mmならあそこからあそこまで。」

見舞い客が携行したライカで確かめると、そのとおりだったそうです。
意地の悪い人だったら、
木村伊兵衛はすでに自分のカメラでチェック済みだったと疑うでしょう。

でも、私は露ほども疑いませんね。
そんな疑いが浮かぶのは、自分ではできないからです。
日曜写真家のアマチュアなら、画角が体に入るなんてことは困難。

木村伊兵衛は生涯プロとして、余暇の写真家として、
日々写真を撮ってきたのです。
彼の作品を見ると、画角が入っている人でないと撮れないような、
退っ引きならない切り取り。
寿司職人が握りの米粒が常に同一であるように、
写真家は自分のレンズに習熟するのです。

つまり、カメラ、レンズをとっかえひっかえする人、
たとえば、Hologon158なんかは絶対に写真家になれないのです。

16年前、ホロゴンウルトラワイドを手に入れたとき、考えたことがあります、
    
    「よし、ホロゴン写真家になるぞ!」

でも、こんなバカなアイデアはありませんね。
カメラ、レンズは所詮道具です。
道具で写真家になれるなら、こんな簡単なことはない。

    心に訴えかけたいなにかがあるから、
    美を心に宿している人だから、
    そして、なにかを創造したいという強烈で持続的な意志があるから、
    そして、これら全部の上に、写真の才能があるから、
    写真家になれるのです。

つまり、レンズに習熟して画角を体にしみこませるのは、
写真創造の所産であって、逆に、
体にしみこませたから、写真作品が創造できるというわけではありませんね。

というわけで、本日の写真はおそらく広すぎたり狭すぎたり、
帯に短し、たすきに長しでしょう。
じゃ、ファインダーで構図を取ればいいじゃないか、
ライカM9は28mmまでサポートしているのに、とおっしゃる方がおいででしょう。
すみませんねえ。
私の場合、それは無理。
マグニファイアーを常用しているので、
ライカM9のファインダー一杯がようやく35mm程度なのですから。

    作品を作るのではないので、広すぎたり狭すぎたりしても平気なのです。
    それにしても、楽しい一日でした。




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by Hologon158 | 2012-11-24 23:32 | ホロゴンデイ | Comments(0)

398.03 ホロゴンデイ97「2007年1月27日 大阪大正区でホロゴンが吠え」3 現れない



まだ、一昨日の続き。

午後2時15分喫茶店に入りました。

    撮影枚数のカウントは449枚。

カフェ・オーレ470円で一息つきます。

やおらiPoneのマップで現在位置を確認と.....
    現れない。
サファリをいったん出して......
    現れない。
じゃ、私のブログをチェック......
    現れない。

中津は無線LANの圏外?
私のiPone、このところ不調です。
電源を切ることができません。

    正規の電源停止操作をしますと、いったん消えて、
    再びアップルマークが出現し、電源オン。
    何度やっても同じ。
    電源は切れない設定というのがあるのでしょうか?

おかげで、朝まで充電しておかないと、
夜間に勝手になにか通信しているらしく、
朝一番で残量表示が2本。
これじゃ、いざというとき、電源切れになりかねません。

帰途について、途中で梅田のヨドバシカメラに寄りました。
ソフトバンクの相談コーナーで症状を話しますと、
電源については、

    「どうやら、本体交換となりそうです。
    バックアップをとってから、アップル店においでください」

ええっ、面倒なあ!
バックアップの仕方なんか知りませんよ。

iPhoneが途中で使えなくなった理由も傑作。

    私が使ってもいないソフトが十数個も、
    かってに立ち上がって、邪魔をしていたのです。

    起動ボタンをダブルクリックすると、起動中のソフトが表示されます。
    このアイコンを1つ1つ長押しして、「マイナスマーク」を出して、
    消してしまわないと、バックグラウンドであれこれと作業を継続して、
    メモリーを占領するそうです。

大阪弁で言いますと、

    「そんなん知らんがな....., 殺生なあ.......」

引退したら、さっそく電話機能しかない老人用携帯に変えます。




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by Hologon158 | 2012-11-24 00:59 | ホロゴンデイ | Comments(0)

398.02 ホロゴンデイ97「2007年1月27日 大阪大正区でホロゴンが吠え」2 モーツァルトの心



昨日の続き。
喫茶店を午前11時50分出発し、
行きつけのトルコ料理店に午後12時40分入りました。

    収穫は170枚。

エルマリート・キャンペーンと銘打って、
午前中に328枚撮りましたが、どうも腑に落ちません。

    とてもクリアーなのです。
    液晶画面だけですが、実に立派な画像です。
    さすがに天下の銘玉と言いたくなるほど。
    どうやら使えば使うほどに、能力を発揮するタイプのようです。

レストランのランチは、キョフテランチを選択しました。

    スープのあと、
    肉を固めた、堅めのハンバーグのようなキョフテが6切れ、
    そして、たっぷりサラダのお皿。
    最後は、トルコチャイ。

静かにと言いたいところですが、
トルコ音楽と、
一つ置いた向こうの三人のオフィスレディたちの爆発的おしゃべりは、
かなりの騒音。
それにも関わらず、
iPodから流れるモーツァルトの弦楽四重奏曲16番の助けで。

ベートーベンなら別かも知れませんが、モーツァルトなら、
私がランチのバックミュージックに使っても、笑っているでしょう。
作品の多くは宮廷や貴族たちの晩餐のバックミュージックに使われたのですから。

考えれば考えるほど、モーツァルトはかわいそうな人です。
大天才であり、自分がどんな時代の音楽と比べても、
さらに優れたパラダイスサウンドを奏でることを知り尽くしていたのに、
それに見合う地位も評価も名声もお金も得ることができず、
失意のままに疲労困憊して世を去るのですから。

でも、モーツァルトの心の中は分かりません。

    案外平気だったかもしれません。
         「天才って、いつの時代でもそうなんだから。
         仕方がないな」
    そう笑っていたかもしれません。

肝心の奥さんのコンスタンツェは、ご主人のことをどう思っていたのでしょうね?
多産の割りに、お金はぜんぜん稼げなかったなんて、
天才ってなんの役にも立たないわ、と思っていたのでしょうか?
モーツァルトの伝記を読んだことがないので、
まるで見当違いかもしれませんが、
いくらなんでも、お墓ぐらい用意してもよさそうなのに、
共同墓地に葬られたところを見ると、
もしかすると、夫のことを、案外、有害ゴミ程度に思っていたのかもしれませんね。

モーツァルトの音楽は、この時代に早すぎたようです。




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by Hologon158 | 2012-11-23 21:34 | ホロゴンデイ | Comments(0)