わが友ホロゴン・わが夢タンバール

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459.08 ホロゴン外傳118「2013年7月6日トポゴン25mmF4が京都左京区あたりを散策したら」8 日常の枷



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インターネットでおもしろい記事を見つけました。

    中国人ツアーの一行全員が、航空機内で、食事のあと、
    ナイフ、フォークの食器類をごっそりバッグにしまいこんだそうです。
    フライトアテンダントが返却を求めても、
    「全部持って帰ってもよいと言われた」などと言い返し、
    結局、ツアーコンダクタが「そんなみっともないことはよしなさい」と、
    説得して返させるまで、ガンとして返却を拒んだそうです。

私も昔、同じ体験をしました。

    どこに行く飛行機か忘れましたが、一人旅のときに、
    隣席のマレーシアの中国系の女性とおしゃべりを楽しんだことがありました。
    当時はかなり見事なナイフ、フォークを使えたものでしたが、
    その女性、食事をすませると、食器類全部をナフキンに包んで、
    バッグの中に納めて、にっこり。

でも、中国人ばかりではありません。

    日本人ツアー一行がモンゴルから帰国する際、
    モンゴルの税関でバッグを開いたところ、
    参加者全員のバッグから見事なグラスが出てきたそうです。
    ホテルの部屋の備え付けを持ち出したのです。

妻がモンゴルに旅行した際、コンダクタがこの話をして、

    「そんなことは絶対にしないでください」

    妻は、どうしてそんなことを、といぶかしく思ったのですが、
    ホテルについてみて得心しました。
    立派な棚に納められた備え付けのコップは、
    ベネチアングラス風の見事なカットグラスだったのです。

旅に出ると、心が緩みがちになってしまいます。

    要するに、お祭り気分ですが、
    人の物は我がものという気持ちになってしまうと言っても、
    我がものは君のものとは決してならないのですから、
    心のゆるみ方が勝手すぎると言われても仕方がありません。

でも、よい方向に緩むのであれば許せます。

    私も、カメラを手にしたとたんに、フェスティバルになります。
    日常の枷がとれるのでしょう。
    そうなるからこそ、日常見過ごしてしまうような片隅に、
    取るに足りない小さなものたちを見つけて、
    感興を覚えることができるのです。

とくに日本の場合、第二次世界大戦後、企業戦士が生まれました。

    仕事となると、ヨーロッパ中世の騎士のように、
    金属の円筒に開けられた細いスリットを通してしか外界が見えない、
    そんな勤務兜をかぶって走り回る人たち。
    定年になるまでの半生を営業戦士として戦い続けるなら、
    ものの見方も価値観も偏り、
    視野はどんどんと狭められてしまうでしょう。

    前にも書きましたが、典型的な逸脱行動に出会ったことがあります。
    JR大阪駅プラットホームの新快速乗車位置先頭に立っていました。
    しばらくして隣の快速乗車位置に居たサラリーマン二人が近づき、
    「新快速の乗車位置はどこですか?」
    私、「ここです」
    二人、「ありがとうございました。」
    そして、私の前に二人して立ちはだかりました。
    唖然として、言葉もありませんでした。
    彼らの論理はこうでしょう、
    「自分たちは新快速に乗るつもりで快速乗車位置に居た。
    単に間違っただけなので、自分たちが最初に来たのだから、
    先頭に立って当然」
    あなたはこの論理を認めますか?
    認めるのであれば、社会人としても一度勉強し直すべきですね。
    
自分の間違いを、人の犠牲の下に、人の気持ちなど配慮せずに修正する、
こんな自分勝手な論理で、我が社と我が身のために行動し続けると、
兜は次第に体の一部になってしまいます。
退職をしても、この枠組みを脱ぎ去ることができない。

    でも、周囲は一人の退職者としか見てくれない。
    このギャップが引退後の生活を灰色に染めてしまう。
    これじゃ、自分から野壷にずぶずぶ入り込むようなものです。

あらゆる枷を取っ払ってしまう、
これが退職した企業戦士のみならず、
あらゆる人に大切だと言うことができそうです。
by Hologon158 | 2013-08-31 21:11 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

459.07 ホロゴン外傳118「2013年7月6日トポゴン25mmF4が京都左京区あたりを散策したら」7 色つや!



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今回の1枚目は、ガラスペンの匠、菅清風さん。

    この肌の張り!
    色つや!
    90歳を超えているなんて、思えますか?

    外観だけではないのです。
    心の中もこんな風に艶々しておいでになるのでしょう。

近くの喫茶店からお電話して、道筋を尋ねてから10分、
撮影しながら工房を目指したのですが、
菅清風さん、どうやらずっと工房の前に立って、
私たちの到着を待っておられたようです。
そして、私たちが工房を後にするときにも、
こんな風にして送っていただきました。

この日は、妻のために少し細めのペンを購入したのですが、
翌日、私自身のためにどうしても欲しくなって、
太めのガラスペンをついに購入した経緯はすでに書きました。

ガラスペンの道を志し、
見事なガラスペンをついに作りだし、
90歳を超えてもなお矍鑠としてその道を歩み続ける、
なんという人生でしょう。

私はホロゴンウルトラワイドを使い始めて、まだ18年。
90歳を超えるまでにはまだまだ時間があります。
その道のりの長さを考えると、気が遠くなってしまいます。

    途中で飽きてしまう、これはないでしょう。
    途中で銀塩フィルムがなくなってしまう、これは心配です。
    途中でぼけてしまう、そんなことがあってたまるか!
    途中でくたばってしまう、ああ、この危険性が一番大きいですね。
    
でも、すべてのことに共通しているように、
千里の道も一歩からですね。

    一歩一歩、脚を踏みしめながら、
    ホロゴンを撮り続けることにしましょう。
by Hologon158 | 2013-08-30 21:47 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

459.06 ホロゴン外傳118「2013年7月6日トポゴン25mmF4が京都左京区あたりを散策したら」6 「縄文の神秘」



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梅原猛さんの「縄文の神秘」(学研M文庫)
面白いですね。

遮光器土偶のような女性土偶の多くの腹部に縦の亀裂があること、
一部を欠かされたうえで、埋蔵されていたことなどに注目して、
これらの土偶の意味、役割を解明するあたり、とても説得力があります。

    胎児は祖先の生まれ変わり。
    れなのに、胎児のまま、妊婦が亡くなるような事態となると、
    胎児は母胎に閉じこめられたままになってしまいます。
    胎児をあの世に送り届けるためには、母胎から胎児を取り出して、
    別々に埋葬することで、母子ともどもあの世に送ることができる。
    土偶の腹部の縦の線は胎児を取り出した痕跡であり、
    このような目的があるからこそ、土偶は埋められたのだ。

日本の考古学者、歴史学者がともすると、根拠を説明しないまま、
「私は..........と考えたい」と宣言して学説とすることに比較すると、
周到な思索力を駆使した論証に哲学者らしさを感じさせられます。

でも、1つだけ気になりました。

    縄文時代は約1万年ほどにわたるのだそうです。
    遮光器土偶だけをとっても、東日本のかなり広範囲の地域に分布しています。
    遮光器土偶のような女性土偶がすべてこの単一の目的のために作られ、
    埋蔵されたのでしょうか?

縄文人が長大な縄文時代と広大な地域全体にわたって、
統一的かつ持続的な文化、伝統を維持したとはとても考えられません。
たとえ最初はどこかでその目的から創造されたのかもしれませんが、
広範囲かつ長い年代に伝播していく過程で、
女性土偶が別の目的にも使われたということはないのでしょうか?

腹部の縦の亀裂のない土偶も沢山見つかっています。
土偶の中には、神像とか装飾人形として作られたものだってあるのでは?

こんな風に考えますと、
縄文時代の土偶については、地域と年代別にもっと系統だって整理して、
その中で問題を論じるべきだったのではないでしょうか?

梅原さんの論旨は、たしかに実に水際立った論証なのですが、
結局ご自分の論証に使える土偶だけを集めて、1つの立論をしただけで、
論証のために使えない無数の土偶は無視したまま、
と言われても仕方がない感じがします。

それにしても、1万年も同種の文化が継続するということがあるのでしょうか?

    日本史は一応判明しているだけで見ても、
    有史時代としてはたったの2000年弱でしかありません。
    それなのに、政治も文化も民族性も激しく変転してきました。
    今でも変転しています。
    100年も経てば、もう異種の文化、異種の民族性と言っても良いほど。

それなのに、1万年も同質の文化、民族性が持続するなんて、
とうてい考えられません。

    考古学的な資料も乏しく、未知の世界であるために、
    一応、十把一絡げにしているだけで、
    実際には、有為転変の歴史が隠されていると考える方が現実的です。

すでに発見された考古学資料だけでは、その歴史を明らかにするのは無理でしょう。
でも、発見された土偶等の人工物を時代的、地域的に整理して、
それらの資料からかいま見られる変化の相を明らかにする、
そんな大学者が現れないものでしょうか?
by Hologon158 | 2013-08-29 16:56 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

459.05 ホロゴン外傳118「2013年7月6日トポゴン25mmF4が京都左京区あたりを散策したら」5 ただの水分子



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かなり以前のことですが、少年鑑別所の職員に会ったことがあります。
少年事件の解決のための心身の鑑別を行う機関ですが、

    鑑別所に収容された少年たちがなにを一番不満、不便に思うか?

なんだと思いますか?

    携帯電話を取り上げられること、なんだそうです。

    携帯がないと、外界との接触が断たれて、
    離れ小島に一人隔離されたような気分になってしまう。

なんとまあ、時代は変わったものです。

    携帯から流れてくる情報のうち、人生に本質的に重要なもの、
    人生を改善し、向上させ、豊かにしてくれるものなど、
    ほとんど含まれていません。
    逆に、人生を改善し、向上させ、豊かにするためには邪魔になるようなもの、
    いたづらに時間と心とを占領して、なにも人生に残してくれないものばかり。

鑑別所でなくても、なにもない状況に置かれることは人生に時たまあるものです。

    そんな状況に置かれたとき、なにをするか?
    これで人間の値打ちは計ることができると言ってもよいでしょう。

ネールは独立運動の間に10年あまりも獄中生活を余儀なくされましたが、
そのとき、なにをしたか?

    獄中で「インドの発見」を含む3冊の本を書いたのです。

かなり昔、この本を読みました。
驚くべき本でした。
いかなる資料もないのに、すべて記憶の中から情報を掘り起こして、
インド文明がどう進展してきたかを総括したのです。

あなた、そんなことができますか?
一体、どうすれば、そんなことができるのでしょうか?
私には分かりません。
私に分かることは、

    ネールが学んだことをしっかりと理解し記憶できたこと。
    このような人のことを、人生を無駄に生きていない、というのでしょう。

携帯中毒にかかった若者にとって、
知るべきこと、見るに値することはいつも新しいことだけ、
過去を記憶し蓄積することなど無意味なのではないでしょうか?

でも、人生のあらゆる場面で、私たちがいつも直面することは、

    今、この問題をどう解決すべきか?
    今、どう決断すべきか?
    今、どう生きるべきか?
    今、未来をどう切り開いていくべきか?

そんなとき、見据えるべき過去現在未来のタイムスパンはさまざまでしょう。
いずれにせよ、正しく目を開いて、正しい決断をしなければなりません。

    それをしないで、行き当たりばったりに流されていくなら、
    人間ではありません、
    ただの水分子。

情報過多の社会に生まれた途端に放り込まれた若者たちが、
ただの水分子の運命に甘んじることなく、
時空を自ら切り開いて、自分の人生を創造するためには、
携帯を棄てる、棄てないにかかわらず、携帯に頼らず、
無用な刺激、無用な楽しみ、無用な情報を切り捨てて、
まっしぐらに自分の道を切り開いていくほかはないのではないでしょうか?

そんなことができる若者がどこにいるでしょうか?
それとも、現代の若者には、過多と思える情報を処理して、
正しく自分の道を切り開いていく異種の能力があるのでしょうか?

100年後、500年後の日本を見たいものです。
というか、見たくないものです。
by Hologon158 | 2013-08-29 15:03 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

459.04 ホロゴン外傳118「2013年7月6日トポゴン25mmF4が京都左京区あたりを散策したら」4 万葉の人々



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妻は歴史に深く心を奪われていて、
いくつかのテーマについては、関係図書を買いあさって、
あれこれと研究しています。
その妻がおもしろいことを言いました。

    万葉時代、中央の王侯貴族ばかりでなく、
    各地の一般庶民たちも歌を読んだ。
    後世、そんな時代はない。
    万葉時代の日本人はとても優れた美意識、詩的感情を持っていたのじゃないか?

確かにそのとおりですね。

    しかも、その歌の内容がとても繊細、それなのにストレート。
    ものに、ひとに、人生に、気候に、季節に著しく敏感に反応していますね。

私は次第に隠退生活に向かって人生を整理しつつあります。

    あれこれと自分が生きるために無関係なものを削り落としているプロセス。
    こうして削り落としていく、いわば人生の贅肉がたっぷりあって、
    本質的には必要のないものが一杯あるように感じます。

心を散らす無駄で邪魔な情報がなかった万葉の人々は、
本質と本音だけで生きていたのではないでしょうか?

    だから、心がきれいだったと言いたいのではありません。
    いつの世にも、悪人が居て、欲張りが居て、
    人生に降りかかる災厄は、人々を十分苦しめるだけいっぱいあったはず。
    でも、悪人のことは放っておきましょう。

一般市民の中で善良な人たち(私もその一人、そう信じています)の
レベルで考えたい。

    そう考えると、この時代の善良な一般市民たちにとって、
    折に触れて、なにか心を躍らせ、清め、高めるものに出会ったとき、
    真っ正面からこれを受け止める余裕が
    今よりはるかに多かったのではないでしょうか?

もちろん万葉時代には万葉時代の苦しみ、悲しみがあったことでしょう。

    でも、歌うことができる限り、
    そして、歌うことができたということから見ても、
    生きるに値する人生だった、
    私はそう確信しています。

現代の私たち、それぞれの生涯の終わりにあって、
はたして同じように確信できるでしょうか?
by Hologon158 | 2013-08-29 13:41 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

459.03 ホロゴン外傳118「2013年7月6日トポゴン25mmF4が京都左京区あたりを散策したら」3 第二の人生



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月曜日、大阪からの帰りの大和路快速の中で書きました。

前回のように考えますと、次に考えたくなるのは、

    このように学習によって認識を拡大するのは、
    何歳までなのでしょうか?

知識を拡大することではありません。
これは死ぬまで継続します。

    そうではなくて、世界の構造、あり方、ものの見方を、
    これまでに身につけた限界を超えて拡大すること、
    これは幾歳まで可能なのでしょうか?

おそらく反対する方はいないと思うのですが、

    これも死ぬまで可能なのではないでしょうか?

    妻の母は85歳で世を去りましたが、
    亡くなる直前までかくしゃくとしていました。
    そして、亡くなる1年ほど前に妻にこう言い放ったそうです、

        「これからがわたしの第二の人生よ」

当時は、妻と二人で、その気力旺盛なことに笑ったのですが、
笑うことではなくて、驚くべきことだったのかも知れません。

    なにかが見えてきたのではないか、
    今まで見えなかったなにかを見ることが、
    感じることができるようになったのではないか?
    そんな気がしてきました。

私は、おそらく多くの人の笑いの的となっていることでしょうが、

    あらゆるものに、顔を見ます。
    歩いていると、バンバンと目に飛び込んでくるのです。
    見ようとして見るのではなく、向こうから立ち上がってきます。

    今、西大寺駅ですが、
    車窓の向こうのパチンコ店の壁に電柱の看板が西日の影を作り、
    その細長い頭風の影の口付近に壁模様の太い曲線がぴたりと収まって、
    白い口のイースター島のモアイが出現しています。

    書いているうちに今度は次の新大宮駅に到着。
    駅外構部の灌木の日陰の形が、
    ダ・ヴィンチのデッサン「イザベラ・デステ」の横顔のシルエットに見えます。
    別に無理しなくても、そう見えてしまいます。

ところが、これは50㎜撮影モードのときだけの現象。
ホロゴンを持つと、もう顔は出現しなくなります。

    距離的にはどちらもさほど変わりはありません。
    むしろホロゴンの方が近い位。
    でも、見方が変わります。

    ホロゴンを持った途端、微視的な観察は一切オミット、パス。
    全体をそれとなく感じる、そんなスタンスに自然に切り替わります。

顔発見モードとホロゴン超広角モードの使い分け、両者の自動切り替えは、
かなり後天的なものです。
これも、ホロゴンを手に入れてから、
長い間かかって学んできたことなのかも知れません。

こんな風に人それぞれに、日々、
新しいものの見方、考え方、感じ方を学んでいるのではないでしょうか?
by Hologon158 | 2013-08-29 12:02 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

459.02 ホロゴン外傳118「2013年7月6日トポゴン25mmF4が京都左京区あたりを散策したら」2 学習、学習



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孫とつき合うようになって、いろいろと考えさせられます。

胎内にいるとき、すでに学習が始まっていると言います。

    どの程度胎児の間に学習するのでしょうか?
    生まれてすぐ、赤ん坊は、大人と同じような視覚的認識ができるのでしょうか?
    そうではないはずです。
    視覚的認識は外界に対する知識、体験に大きく依存しているからです。

私の孫はハイハイできるようになった瞬間、
高速ハイハイに突然移行しました。

    その瞬間を目撃した妻がiPoneでビデオを撮っているから、
    どんな風に行動したか、よく分かります。
    突如、前方をはったと見据えて、ダッと戸だなの一つに突撃して、
    その下の段に置かれたものを一つ一つ触り始めたのです。
    まるで、ハイハイできないで、床に転がっていたとき、
    あれはなんだろう、触って調べたいと考えていたかのようでした。

歩けるようになると、今度は手業の修業。

    人工衛星キューブ状に輪を描いているガラガラを床や机の平面に置いて、
    の側面を叩いて、ぐるぐると回転させる遊びに熱中しました。
    回転の邪魔をしないで、周囲を叩いて、
    回転をさらに継続し高速化することに熟練すると、
    今度は、立ち上がって、空中で手首のひねりを利かして床に放り投げ、
    そのまま回転に移行させる芸当に熱中しました。
    大人だって、立ったままで放るやり方で、床に着地させ、
    そのまま回転に移行させるなんて不可能です。
    だから、うまく行くはずがない。
    すると、ちょっと考えてから、またトライ。
    こんな風にして、できることとできないことの境目を、
    自分で確かめていくのでしょう。

メカニズムの操作法もそうです。

    近ごろの絵本はサウンド内蔵のものがあります。
    たとえば、ライオンのボタンを押すと「ガオーーッ」
    こんなボタンはたいていぐっと強く押し込まなければオンしません。

    ところが、携帯で、たとえばビデオを見るとき、
    中央の三角ボタンをぐっと押すと、オンしません。

    妻がポンと軽く押して、起動しました。
    これで、孫は、使い分けできるようになって、その後は、
        iPhoneを使うときは、ずっと軽く「ポン」
        絵本に戻ると、強く「グッ」

    iPhoneのpicturesを順送りするときは、指先をヘラのようにし上げて、
    指腹で軽くサッサッと払うなんてことは、ずっと前からできています。
    ママが使うのを見ていたのでしょう。

記憶力もそうですね。
    
    近頃は、前日遊んでいる最中に、
    前日コンビカーのシート下の物入れや本棚下に残したミニカーを、
    なにかの拍子に思い出して、さっと見つけ出せるようになり、
    記憶力もかなり過去に遡るようになってきました。

こんな風にして、20年の長年月をかけて次第に大人に近づいて行くのでしょう。
そして、大人になっても、あらゆる生活場面で、心身の使い方を学びます。

    昔、初心者写真教室ツアーに参加したことがあります。
    講師の先生に惚れ込んでしまったのです。
    朝日新聞大阪支社の写真部長を努めた方でしたが、
    70を大きく過ぎてもなお、さまざまな冒険にチャレンジ。
        スキンダイビング
        ハングライダー
        パラシュート降下
    今ではすでに90歳前後になっておられるはずですが、
    まだなにかに挑戦しておいでになるかも知れません。
    

どんな歳になっても、新しいことを学ぶ姿勢のある方、
こんな方が本当の意味での進取の気性なのでしょう。
by Hologon158 | 2013-08-28 21:26 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

459.01 ホロゴン外傳118「2013年7月6日トポゴン25mmF4が京都左京区あたりを散策したら」1 出町柳から出発



ホロゴンシリーズの後は外傳シリーズ。

今回は、京都に参りましょう。

    トポゴン25mmF4とスピードパンクロ35mmF2を
    ライカM9に交互に付け替えて、左京区界隈を回りました。
    最初にトポゴンシリーズ。

あまりに地味な色彩にうんざりされるかも知れません。
もちろん、すべてのレンズについて、ライカM9の設定を最低に。
これが私の原則で、例外はありません。
写真をキレイに装わせる必要はありません。

左京区は基本的に住宅地なので、
大阪のような商業地域に比較すると、華麗さに欠けます。
でも、そこここになにかが見つかります。
別にロボグラフィが少ないわけではないのです。
ロボグラフィは人間の住むところどこにでもあるようです。

    トポゴンなら、京のロボグラフィをどう切り取るか、
    ごらん頂きましょう。

    写真家が撮ると、レンズが変わっても、
    写真家のテイスト、パースペクティブ、フィーリングがにじみ出ます。

    私が撮ると、レンズが変わるたびに、
    写真のテイスト、パースペクティブ、フィーリングが変わります。

撮る人間自身がワクワクできます。
第三者から見れば、
「なんだ、またレンズテストか」

さて、この日、京都北白川のガラスペンの工房を訪ねたのですが、
京阪電車の終点出町柳駅から歩き始めました。
まずは駅界隈から始めましょう。




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by hologon158 | 2013-08-27 21:39 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

458.00 ホロゴン画帖156「十浪帖 大阪の巷をホロゴンウルトラワイドであちこちと」


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「虚実皮膜」という言葉があります。

    近松門左衛門が芸を論じたとされる言葉から来ています。
         「芸といふものは実と虚との皮膜の間にあるもの也。
         虚(うそ)にして虚にあらず、実にして実にあらず、
         この間に慰(なぐさみ)が有るもの也」

私の写真はただの素人芸という点で「芸」なのですが、
こんな芸でも、やっぱり虚実皮膜の住民。
ホロゴンと撮ったとき、そのことを一番よく感じます。

私は、原則として、ホロゴンをお腹の高さに保持して撮ります。
例外として、高いものを撮るとき、頭の上まで持ち上げます。
どちらも、撮りたいロボグラフィを水平に撮るために、
できるだけものの高さの中点にレンズを近づけたいからです。

    でも、不便なことに、私の目は、頭のまん中にあって、
    お腹にも頭の上にもありません。
    だから、撮った瞬間、私がどうだったか、どんな気持だったか、
    思い出すことはできますが、
    撮れた写真に写し出された姿は、私の記憶とちょっと違っています。

    いつも、よりダイナミックで、より立体感があります。
    飛び出す絵本のようなものです。

同じような写真は、超広角ならどれでも撮れます。
でも、たいていの超広角写真家は、広く撮ることを原則としています。
少し離れると、オーソドックスな正統派超広角写真になります。

    私は、広く撮りたいと思ったことがありません。
    超接近して、深く撮りたい。
    超接近すると、対角線方向のパースペクティブの広がりは押さえられ、
    縦深方向のパースペクティブが誇張されます。
    普段、そんな写真を見ることはないので、
    超広角写真は近寄れば近寄るほど非現実的となります。

インターネットで、子猫をプレゼントされた少女の反応を見ました。

    大きな包みを破って、子猫が顔を出した途端に、
    少女は「oh! My God!」と叫んで、全身で歓びを爆発させ、
    その爆発は止まるところを知りませんでした。
    
    実のところ、私も自分のホロゴン写真を見ると、同じ反応になります。
    よい大人なので、そこまで全身で歓びを表現したりしませんが、
    心はトランポリンのように跳ね続けます。

良い写真かどうか、などは私には無関係。
一人で見るのに、自分の写真を「ふーむ、傑作だね」なんてバカらしい。

    ひたすら「わあー、こんな風に撮れたんだあ!」

妻とその話をしていて、厳しく指摘されました、

    「そんな気持なら、なにもブログなんか要らないじゃない。
    自分で一人写真を見て、喜んでたらいいじゃない?」

そうではありませんね。

    人が来なくてもよいのです。
    いつ来ても良いように、家の中を整えておく、そんな気持ですね。
    誰も来なくても、気持ち良く生活できます。
    私が見るために、私のブログを整え、ときにこれを眺める。

    贅沢な遊びじゃありませんか?
by hologon158 | 2013-08-27 16:24 | ホロゴン画帖 | Comments(0)

457.20 ホロゴンデイ107「2006年5月20日雨の大阪天満から梅田にホロゴンと歩いた」20-完-なんだって?



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日曜日の続きの最後。

午後4時15分発大和路快速で帰途につきました。

   京橋駅の改札口に人が群がっています。
   豪雨で運行に支障がでているようです。
   駅員さんに尋ねました、
       「大和路快速はちゃんと走っていますか?」
       「走っています」
   安心して、午後4時15分発の大和路快速を待ちました。

列車が到着する直前アナウンス、

   「お待たせしました。
   午後2時45分発の大和路快速が到着します。
   一歩下がってお待ち下さい」
   私、一歩どころか、二歩下がって、
   「なんだって? 今午後4時15分じゃないか!」
   でも、運行しているようなので、乗車しました。
   これが、乗りかかった舟、ならぬ、電車。

ところが、愚図愚図ノロノロ運転。
覚悟を決めました。
今更別の経路に乗り換えるわけに行かない。
ゆっくりポメラで文章打ちながら帰りましょう。
と考えて、大阪駅を出たのですが、まだ性懲りもなくノロノロ運転が続きます。

   たまりかねて、次の西九条駅で下車。
   隣接ビルが近鉄、阪神相互乗り入れの駅です。
   ここで午後4時50分発奈良行き快速に無事乗り換えることができました。
   嘘のようにスムーズに奈良に帰り着くことができました。

今日の収穫は

   合計522枚、
   銀塩フィルム換算約14.5本。

近頃はなかなか600台には乗りません。
   まして1000枚の大台は夢のまた夢。
   それというのも、友人と同行するときは夕食を頂きますので、
   日没近くまでゆっくり撮れますが、
   単独行のときは、早々に帰宅して、
   子供たち(猫ですが)の夕食を用意しなければなりません。

猫たちが4人から2人まで入れ替わりはありましたが、
途切れなく我が家の養子になるようになって四半世紀になります。

   仕事でどんなに忙しくても、
   子供たちの夕食等の世話、トイレの掃除、医者通いは、
   私が在宅する限り、全部私が担当してきました。

養育時間の一日平均を取ると、1時間弱と見積もることができます。

   つまり、1年あたり365時間、25年で9125時間、
   簡単に言いますと、私の場合、常に6時間睡眠なので、
   人生一日18時間の18分の1を子供たちのために費やしてきたのです。

後悔しているか?

   とんでもない!
   子供たちが私に与えてくれる人生の喜びは、
   妻(人間です)や子供たち(これも人間)、
   孫(これはまだ半分動物かな?、いや、人間です!)ほどではありませんが、
   とにかくこれだけの時間を費やしても悔いがないほどに大きいのですから。
   これは一緒に生活したことのない方には分からないでしょう。

というわけで、単独行のときは、
ともすると撮影を早々に切り上げるのが習慣となっているわけです。
by Hologon158 | 2013-08-27 11:47 | ホロゴンデイ | Comments(0)