わが友ホロゴン・わが夢タンバール

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526.04 ホロゴンデイ120「2014年5月24日 大阪の下町にはやっぱりホロゴンが一番似合う」4 幸運なのです



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月曜日は2週間ぶりの付虹先生の揚琴レッスンでした。

    長期滞在の妹さん一家が北京に帰られたので、
    その反動もあって、ちょっとお疲れとのことでした。

でも、レッスンはいつもどおりに、
厳しく、丁寧にしていただきました。

    「左手が前よりも悪くなりました。」
    「左手のスティックが弦を叩いて上に持ち上がったとき、
    なぜかスティックが揺れます。
    だから、安定しません。」

左手の改善のための練習曲を2曲いただきました。

    「おそらく二胡の学習を始めて、
    左手についてまたぜんぜん別の動きを練習しはじめて、
    肩を痛めているせいでしょう」
    右手には右手の問題点があるのですが、
    少なくとも動きだけは、
    腕から手まで一直線にスムーズに動いているのに、
    左手は手の甲が左手の線から外側に曲がっていて、
    スティックの動きが円を描いているのだそうです。

幾度か指摘をされてきたのに、直らない。

    今度こそ直します!
        (このせりふ、幾度放ったことか!)

雑談の際、付虹先生に言いました、

    「二胡の劉継虹先生もとても心のあたたかな優れた人物です。
    付虹先生、陳少林先生と、私が知り合えた方は、
    みなさん素晴らしいのがうれしいですね。」

付虹先生、

    「それは幸運なのです。
    いろいろな人がいますよ」

私もそれは分かっています。

    日本に来る中国人が、中国伝統音楽の演奏家たちが
    すべてあたたかな心なんてありえないことです。

しかし、私は確信しています。

    私の生涯にもいろいろとありましたが、
    とても優れた人たちと巡り会うことができました。
    これからもそうでしょう。
    私は間違いなく幸運な人間なのです。
    そう信じることができるので、とても幸せです。

こんな人間は重厚かつ深遠な人間にはなりえませんね。
それでもよいのです、

    「ああ、生きていてよかった」
    そういつも感謝できさえすれば.....
by Hologon158 | 2014-05-30 22:26 | ホロゴンデイ | Comments(0)

526.03 ホロゴンデイ120「2014年5月24日 大阪の下町にはやっぱりホロゴンが一番似合う」3 幼児の戦略



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前シリーズの№524.11で、
孫がきかんしゃトーマスのミニモデルのコレクターに成りきっていると書きました。

書きながら、一つ疑問がはっと浮かびました。

    「なんで彼は木製モデル版きかんしゃトーマスのカタログを見て、
    そのモデルが※であると正確にわかったのだろう?」

トミカならわかります。
かなり原作に忠実な顔、姿をしているからです。

    ところが、この木製モデル、
    木製なので、車輪もでかくて、顔もほとんど似ておらず、
    高価な割にはかなりおもちゃっぽい、原型とは似ても似つかない作りなのです。

しかも、孫はそのモデルをいつか録画で一回見ただけのようです。
それなのに、記憶しているのです。

    もちろん字は読めませんから、
    その録画で名前、顔、姿形を記憶しなければなりません。
    毎日、そんな録画を見たいとママにせがみmす。
    ママ、「どれにする?」
    すると、孫は即座に答えます、

        「ハーヴィが濡れちゃって、ケヴィンがきれいにしてあげるの」

つまり、ママにせがむときには、すでに見たいものを決めています。

    ハードディスクの中の録画のファイルを探します。
    そのサムネイル画面から選択するのですが、
    どんどん録画が貯まっていきますので、お目当てのものを
    沢山のきかんしゃトーマス録画から探し出さなければなりません。

    孫はそのスクロールする画面の中で百発百中ぴたりとターゲットを当てます、

        「それだよ」

口癖はママ譲りの女言葉なのですが、
なにかを指示したり主張したりするときは男言葉になります。

    こんな風に的中する理由はママもパパもまだわからないそうです。
    でも、どうやら6、70は録画を見たでしょう。
    そんな中に登場するさまざまなキャラクタの機関車たちを、
    字を読めないのに、ほぼ全部記憶しているのです。

そして、今回のことで分かりましたが、
その記憶は、お目当ての機関車がかなり変形していてもお構いなしに有効なのです。

    恋人がどんなに化粧し、髪型や服装も変えても、
    遠くからぴたりと見つけだすようなものかもしれません。

旧約聖書のユダヤの人々は、訪れる人を丁重にもてなしたようです。

    なぜか?

その一人が身をやつした天使かも知れないからです。

    未知の異邦人が訪ねてきてとき、
    ユダヤの人たちはこの上もなくあたたかく丁重に歓迎しもてなしながら、
    ひそかに全身の神経を研ぎすまして、旅人のどこかに天使の印が隠されていないかを探ったことでしょう。
    彼らは悪魔も信じていました。
    異邦人はもしかすると、天使どころか、悪魔かも知れない。

そうでなくても、ニュースもメディアもなしに生きるため、危険を避けるために、
日々必死に生きる人たちだったのです。

    文字のない世界では、記憶の大半を文字に頼るようになった世界とはまったく異種の、
    独特の観察力、記憶力があったのかも知れません。

もしかすると、幼児たちは、
そんな文字のない時代の人間の記憶の仕組みを駆使しているのではないでしょうか?

    人間は、他の動物と違って、未熟なままに生まれてくる。
    だから、知恵も経験もなにもない。
    だから、幼稚で、未熟だ、
    そう考えがちですが、
    孫を見ていますと、なんだかそうとも言い切れない気がしてきます。
by Hologon158 | 2014-05-29 21:54 | ホロゴンデイ | Comments(0)

526.02 ホロゴンデイ120「2014年5月24日 大阪の下町にはやっぱりホロゴンが一番似合う」2 時代が終わり



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人間にはさまざまな生き方があります。

近々リタイヤして、フリーになるという瀬戸際になって、
これからどんな風に生きようか、いつも考えています。

面白い話を1つ記憶しています。

    ある組織で、組織の定年退職者で賛助会員というような形で、
    委員の委嘱を受けていた人たちが70歳となり、
    解職となるということで、盛大に送別会が開かれたました。
    そのときのお話を思い出します。

    組織の長は有能俊秀をもって鳴る人でしたが、
    送別の辞を立て板に水と雄弁に語り上げた挙げ句、
    最後にこうあたたかくおっしゃったそうです、

        「そういうことで、みなさんにはついに、
        社会になにかを貢献するという時代が終わりました。
        これからは悠々自適、ご自分のために心安らかに生きてください」

送別される人たちが腹の煮えくりかえる思いをしたことは当然です。
でも、ご本人はそれに気が付いていない。

    送別される人を代表して、長老的存在の人物が答辞に立ち、
    憤然とこうやり返したそうです、

        「ただいま、おまえたちはもう社会のために
        役立つことなどなにもできず、
        この世を去るのを待つだけの存在になったという、
        ありがたいお言葉をいただき、なんとお答え申し上げたらよいのか....」

まさに抱腹絶倒の寸劇ですが、笑い事ではありませんね。

    社会になにかを貢献することができなくなるということは、
    社会の構成員ではないということを意味するからです。

昔は、高齢者は、若者に人生の知恵を教える長老と崇められました。
今は、社会のお荷物、老残者として大ゴミ扱いされかねません。

    そんな風潮の中で、若作りして若者の趣味にすり寄っては、
    なおさらにバカにされかねません。
    
実のところ、老人は卑下する必要なんかないのです。

    さまざまな経験を積み、
    あらゆる人間の営みの成り行きを予測でき、
    あらゆる状況に適確に対応できるのが強み。
    その強みを生かして、腰の据わった生き方を見せたいものですね。
by Hologon158 | 2014-05-29 21:31 | ホロゴンデイ | Comments(0)

526.01 ホロゴンデイ120「2014年5月24日 大阪の下町にはやっぱりホロゴンが一番似合う」1 もしもピアノが



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5月24日、一人で大阪天下茶屋から文の里商店街を回ってきました。

    ホロゴンウルトラワイドと並ぶ、私のメインセット。

         ソニーα7
         ホロゴン15mmF8M

周辺の画質ががたんと落ち、周辺減光も度を超しています。
いわば、欠点だらけ。

    でも、私の伴侶です。
    あれこれ不満はあっても、私の選んだレンズなのですから。
    人から見たら目をむくような写真しか撮れないかもしれない。
    でも、私の目には最高に愛らしく、最高に記憶色に満ちています。

「もしもピアノが 弾けたなら」という曲があります。
とても心にしみ込むような歌ですね。

    (1) もしもピアノが 弾けたなら
      思いのすべてを 歌にして
      君に伝えることだろう
      雨の降る日は 雨のよに
      風吹く夜には 風のように
      晴れた朝には 晴れやかに

      だけど僕には ピアノがない
      君に聞かせる 腕もない
      心はいつでも 半開き
      伝える言葉が 残される

    (2) もしもピアノが 弾けたなら
      小さな明かりを 一つ点(ツ)け
      君に聞かせることだろう
      人を愛した 喜びや
      心が通わぬ 悲しみや
      抑えきれない 情熱や

      だけど僕には ピアノがない
      君と夢見る こともない
      心はいつでも 空回り
      聞かせる夢さえ 遠ざかる

この曲を聴く度に思うのです。

      だけど僕にはホロゴンがある。
      君に聞かせる 腕もない
      でも、心はいつでも 全開き
      自分に伝える写真が 残される

天下茶屋、文の里では538枚撮りました。

      自分に伝える写真をブログに載せたいものと選んでみました。
      346枚に上りました。
      これまでのシリーズで一番多いかも知れません。

      まあ、いいでしょう。
by hologon158 | 2014-05-29 13:50 | ホロゴンデイ | Comments(0)

525.00 ホロゴン画帖186「十春帖 春日野でエルマリート28mmが出会った人たちものたち」



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デジタルカメラはRAWで撮っておけば、
現像の際に望みの画像に調整できるのだそうですね。

    つまり、露出補正や色温度調整なんて、撮影時には不要。

つまりませんね。
私は一生RAWを使うことはないでしょう。

    第1、一日に600枚から800枚撮ろうとしたら、
    記憶媒体を幾つも用意しなければならないでしょうし、
    ハードディスクはあっという間に満杯になってしまうでしょう。
    ただ撮って、パソコンの前で現像して理想の写真に調整する、
    そんな楽しみももちろんあるのでしょうけど、
    私はそんな楽しみはとりません。

撮影時にどんな風に調整すれば、思い通りの画像で撮れるか?
そう考えて心を研ぎ澄ます、その緊張感がたまらないし、
経験を積むことで、改善していく歓びも人生を豊かにしてくれます。
光りを読む能力だってかなり減退してしまうのではないでしょうか?
そんな歓びが私の写真の楽しみであり、生き甲斐なのですから、

    素晴らしい写真作品を創造するなんてつもりのない人間には、
    RAWは生涯無縁にさせていただきましょう。

私にとって、写真の醍醐味はただ一つ、

    撮影時の一瞬にすべてを賭ける!
    結果なんて、どうせすぐにハードディスクの中に埋没するのですから、
    どうでもいいのです。

5月10日も奈良でエルマリート28mmF2.8を楽しみました。
簡単に、路上撮影のやり方を説明しておきましょう。

    十数m先をいつも見ています。
    まあ言わば、「遠視眼的視覚」で歩きます。

    すてきな人物に気づいたら、たちまち視線を逸らしてしまいます。
    その状態ですれ違いざま、両手に保持したカメラを脇腹にあてたまま、
    そっとシャッターを落とします。

スナップ写真家は狙い澄まして、人物たちの交錯の瞬間を見定めます。

    私はスナップ写真家じゃないので、なんにもしません。
    なにが写るかも期待せず、見定めたりなんかしません。
    全部偶然の産物。

画帖には石段を駆け下りる男の子が2人写っていますが、
こちらとなると、気が付いたのがまさに寸前。
最後の美しい和服姿の女性の場合も、
近鉄西大寺駅の改札口を出た瞬間の通りすがりの一枚。

    こんなとき、スナップ写真家は背景をしっかりと選びます。
    私は選びませんし、見もしません。
    「これは写真になるぞ!」なんて閃きはちらっとも浮かびません。
    撮れてしまったものを謹んで受け取るだけ。
    全部、神様のおくりもの。
    それが楽しい。

    まあ要するに、完全な素人写真ですね。
by hologon158 | 2014-05-29 11:10 | ホロゴン画帖 | Comments(0)

524.11 ホロゴン外傳139「2014年5月10日 エルマリート28mmF2.8が宮崎レンズと対決」11-完-「欲しいなあ」



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日曜日は孫の家に参りました。
娘が臨月に入っているため、いざとなったら、孫の面倒をみるため。

孫は2歳6ヶ月、日に日に成長しています。

    ボール投げもこれまではできなかった上手投げで、
    まっすぐこちらに投げ返すことができるようになりました。

    「行くよ」のかけ声とともに、
    ソファーの上から床へいきなり飛び降り、
    両脚でしっかり着地することもできます。

    おしゃべりもほとんど支障なく意志疎通ができます。

木製のきかんしゃトーマスのパンフレットを持っていて、
パンフレットに幾ページも並ぶ製品をまるで読めるような表情で眺めています。

    まるでライカレンズのカタログをなめるように眺める私とそっくり。

        「欲しいなあ」

    ママ、「高すぎるから、駄目だよ」

        「一つでいいから。
        ※が欲しいの」

彼が名指ししたのはこれまで見たことがなかったほどにマイナー。

    きかんしゃトーマスの関連本がいくつもあって、
    いくつもの写真入り機関車のカタログが並んでいます。
    幾度も幾度もそれを開いては、
    私たちが指さすきかんしゃの名前を即座に答えるのが彼のお気に入りの遊び。
    ところが、孫が指さした機関車はその中にはない車種。

ママ、苦笑して、
「どうしてそんなのが欲しいの?」

    私の推測ですが、
    どうやらトミカなどの他社のモデルですでに持っている車種では、
    「もう持ってるじゃないの、ダメ」と断られる危険がある、
    そう見越して、
    これまで製品化されず、ここでしか手に入らないものを指名したようです。

幼児でもすでに駆け引きを知っているのですから、
恐れ入ります。

    しかも、こんな風にレアなタイプを探すのはコレクターの常道です。
    どうやらうちのちび、2歳でコレクター心理を備えているらしい。

とはいえ、家ではわがまま放題ですが、
保育園のお友達の前ではがらりと一変、
とくに好きな女の子の前では、お兄ちゃんらしい振る舞いを見せるそうです。

    小さくても、すでに社会生活を送っているのです。
    ご苦労様ですね。
by hologon158 | 2014-05-28 19:19 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

524.10 ホロゴン外傳139「2014年5月10日 エルマリート28mmF2.8が宮崎レンズと対決」10 愛用のチェロ

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まだまだ土曜日の続き。

誰か忘れましたが、
偉大なチェリスト、たしかピアティゴルスキーが愛用したチェロを、
没後に手に入れた演奏家の話。

    前主が得意とした曲となると、
    なぜか一段と生彩に飛んだ音楽を紡ぎだしてくれるのだそうです。

ある高名なクラリネット奏者が語っていました、

    名手が弾き込んだクラリネットの木目はとても美しく整う。

もしかすると、カルティエ=ブレッソンが使い込んだライカは、
最高のスナップをプレゼントしてくれるかも知れませんね。

もっともこれはただの夢想ですが、
同じカメラ、レンズを使う写真家二人が、
それぞれの心を感じさせる独特の写真を生み出すことは疑いのない事実です。

    私の身近な例証は、
    おなじエルマリート28mmF2.8を使いこなす私の友人お二人。

    お一人は独特の空気感がみなぎる毅然たる写真世界を表現し、
    お一人はこの上もないほどにあたたかい雰囲気が
    しっとりとみなぎる至福の情景を写し止めます。
    お二人ともエルマリートを徹底的に使い込んでおられるからこそ可能となる離れ業。

私のように時折持ち出すエルマリートでは
とても太刀打ちできない品位の高い写真表現です。

    こうして奈良の春日大社、東大寺界隈を撮ったエルマリート写真を並べてみて、
    ふーん、エルマリートってこんな風に撮れるんだと、
    撮影者本人が初めて気づいている程度では、道具とはとても言いがたいし、
    まして自分の心を写し込むことなど望むべくもありません。

では、長年使い込んだホロゴンではどうでしょうか?

    このレンズ、眼前110度の視界を全部写し込んでしまうのですから、
    19年経った今でも、使い込むなんて域にははるか遠い。
    それでも、私は気にしていません。

    私以外の人がそんな情感、雰囲気を写真に感じなくてもよいのです。
    私自身が撮影時に感じたことをちゃんと記憶しているから。
by hologon158 | 2014-05-27 22:05 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

524.09 ホロゴン外傳139「2014年5月10日 エルマリート28mmF2.8が宮崎レンズと対決」9 シャッター音



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まだ土曜日の続き。
文の里では半時間ほど撮影して、帰途につきました。

    明日、あさってと大阪に三往復。
    今日はほどほどにしましょう。

収穫は、

    ホロゴン 538枚
    スーパーワイドヘリヤー 94枚
    合計632枚、銀塩フィルム換算約17.5本。
    まずまずです。

撮りながら一つ気づいていることがあります。

    撮影距離が少し延びています。
    理由も分かっています。
    ソニーα7のシャッター音がとても大きいのです。
    周辺のさまざまなサウンドの海の小さなファクターなので、
    誰も気づきません。
    でも、私にははっきり聞こえているのです。
    これが気になります。

ホロゴンウルトラワイドやライツCLのシャッター音は、
デジタルカメラでは考えられないほどにかすかです。

    サウンドの音程そのものがはるかに低音で、
    しかもシャクッという耳に快い音色をもっています。

ところが、ソニーα7では、かなり高音で、大きく、耳に触ります。

    Fujifilm X-Pro1を手に入れた第一の理由は、
    そのシャッターサウンドがきわめてソフトで、
    シャッターストロークが短いからです。

デジタルカメラのシャッター音は作られた音です。
Fujiがそんなソフトなサウンドで作れるのであれば、
他のメーカーだって作れるはず。

    わざと耳障りな音を作っているか、
    それとも設計者が、シャッターサウンドなど気にしていない無神経な人なのか、
    どちらかじゃないのかな、そう考えてしまいます。

いずれにしても、私もやはり遠慮しながら撮っているということです。

    ksmtさんや中将姫光学さんは、美しい女性と見るや、
    もちろんスナップもするのですが、
    堂々と話しかけて、お許しを得てから、好きなように料理しておられます。
    これはお二人とも堂々たる風采の男前で、
    にっこり笑えば、どんな女性も快諾してくれるという自信をお持ちだから。
    そんな芸当のできず、できるだけ隠密行に徹するほかはない私には、
    FUJIFILM X-Pro1がかなり役に立ちそうです。
by hologon158 | 2014-05-27 18:26 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

524.08 ホロゴン外傳139「2014年5月10日 エルマリート28mmF2.8が宮崎レンズと対決」8 島のボクサー



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土曜日の続き。
昼食後しばらく天下茶屋を撮影してから、
地下鉄を3線乗り継いで、文の里に移動しました。
文の里商店街でしばらく撮ることにしたのです。

    午後1時45分、商店街北縁の喫茶店Minker's Cafeに入り、休憩。
    ソニーα7のホロゴンは389枚カウントしてます。
    ヘリヤー15mmF4.5とあわせて、すでに500枚近く撮っているので、
    まずまずの収穫です。

新潟のYoshiさんはよく「呼吸するように撮る」とお書きになっています。

    呼吸するようにして、超絶作品をバンバンお撮りになるのですから、
    私はとても彼のような名人芸は真似できません。
    私にできることは、せいぜい
    「こんにちわと挨拶するように撮る」位でしょうか?
    「やあ、がんばってるな」そんな風に感じたら撮ります。
    そんなやつらが路地、バックストリートにはどっさり見つかります。

たしか東京オリンピックだったと記憶していますが、
南太平洋のどこかの島から、ボクシング選手がエントリーしました。

    どこかのテレビ局が取材しました。
    島では無敵なので、彼も母親も金メダル間違いなしともう自信満々。
    でも、予選1回戦であっけなくノックアウト。
    敗戦の弁がかわいい、

        「だって、相手が強すぎるんだもん」

私のロボグラフィはこの島のボクサーそっくりさん。

    誰にも気に止められたこともなく、まして撮られたこともない。
    だから、精一杯胸を張って写真に収まっています。
    でも、写真家から見たら、ただの素人写真。
    それでよいのです。
    というより、それでこそ、私の写真なのです。

写真的に妙味を感じることは、私にとっては邪魔。

    やあ、やあ、そうだったんだ、
    ここでこいつに会ったんだなあ、
    ぼくが「こんにちわ」って言ったら、
    こいつもにっこり笑って、「ちわ!」って応えたんだなあ。
    そんな風に思い返すことができるだけで、幸せ。

午後2時15分出発。
さあ、まだまだぼくを待っているやつらがいるんだから。
by Hologon158 | 2014-05-27 09:58 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

524.07 ホロゴン外傳139「2014年5月10日 エルマリート28mmF2.8が宮崎レンズと対決」7 一生ホロゴンだけ



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土曜日の続き。

正午、昼食をとりました。
きっかり1時間撮影して、293枚撮っていました。

    路地から路地への路地暮らし
    ドジの道にはロボだらけ

ホロゴンウルトラワイドと19年前に出会って、
私は心に決めたことがあります。

    「一生、ホロゴンだけで撮っていこう」

かなり長い間、そんな写真生活を送りました。
何千本撮ったか、数え切れないほどに撮りました。
ところが、数年前から、突然、民族大移動が勃発しました。

    大移動と言っても、かなり小規模です。
    私の貯金がカメラ店や中古レンズユーザーに移動し、
    かなりの数のクラシックの名玉たちが私の元にやってきました。

20mmから100mmあたりまで、
さまざまな焦点距離のレンズたちとつきあうようになりました。

    ホロゴン一筋の志は大幅に後退してしまいました。
    でも、後悔していません。
    さまざまなレンズの味わいを知ることで、
    レンズの世界は広大無辺であることを知りました。
    レンズたちは肉食動物あり、草食動物あり、
    一つとして同じものはないことを知りました。

人間が一人として同じ人はいない。
そんな人間が作ったのですから、
レンズも一つとして同じものがないのは当然。

    レンズはたった一つの目標、性能に対する100点満点の正解を求める
    機械的、無機的な製品ではありません。
    写真、レンズの理想は人それぞれに違います。
    ユーザーの求める理想も違います。
    時代的、経済的制約、制限もまるで違います。
    だから、この世に登場するレンズたちはみんな違う顔をしています。

そんなレンズたちとつきあい、
その特質、美点を活かそうと努めることで、
写真についてもさまざまな勉強、体験をすることができるようです。

    それがホロゴン撮影に生きて、
    ますますホロゴン写真がおもしろくなる、
    なんてことは、私の場合起こりません。

    どんなレンズもすべて努力、修練、コツなどとは無縁の
    「ただ撮る」写真撮影法一点張りだからです。

ロボグラフィにはこれが一番よいのです。

    写真的におもしろいものを撮ろうと考えると、
    ロボグラフィなど撮れないからです。
    
さあ、そろそろ出発しましょう。
午後12時50分出発。
by Hologon158 | 2014-05-26 21:44 | ホロゴン外傳 | Comments(0)