わが友ホロゴン・わが夢タンバール

<   2014年 06月 ( 37 )   > この月の画像一覧

528.12 ホロゴン外傳130「2014年6月1日 幻燈街展の後では京の街も幻燈街に」12 コントラスト



久しぶりです。
ほとんどお休みをしたことがなかった本ブログですが、
孫には勝てません。

   14日生まれたばかりの孫とそのお兄ちゃんを連れて、
   産後の静養のために長女が帰宅したのは、先週木曜日。
   それが戦争の始まりでした。
   
ブログも断続的となり、25日以来久しぶりに時間ができました。
大急ぎで投稿しましょう。




c0168172_13345293.jpg
c0168172_13344861.jpg
c0168172_13344184.jpg
c0168172_13352920.jpg
c0168172_13343111.jpg
c0168172_13342689.jpg
c0168172_13342142.jpg
c0168172_13341547.jpg
c0168172_1334118.jpg
c0168172_1350365.jpg
c0168172_13503272.jpg
c0168172_13335329.jpg





ものごとを決めるのはコントラストですね。
人生でも歴史でも写真でも、その事情は変わりません。

いつも思い出す逸話が2つあります。
衣装比べの逸話。

   どちらも、コントラストの妙味を得たら、
   シンプルがゴージャスに勝るという教訓話。

①清小納言「枕草紙」が伝える中宮定子と皇后の対決、
②フランス王アンリ2世の愛妾ディアーヌ・ゴ・ポアチエと王妃カトリーヌ・メディシスとの対決。

   どちらも権力と富のある皇后、王妃側は絢爛豪華な衣装を揃えました。

   権力のない側は、純白に統一しました。

白、シンプルの圧倒的な勝利だったようです。
その理由は明らかです。

   見る人の視線は、前者では、衣装の側に集中してしまいます。
   後者では、着ている本人に集中します。
   絢爛、豪華な衣装が似合うのは、本人自身が華麗な美しさを備えている必要があります。
   一方、白は並の容貌の女性を引き立て、美貌の女性をさらに美しく引き立ててくれます。
   そのうえ、どちらの勝負でも、
   絢爛、豪華な陣営が白の陣営の引き立て役にもなってしまったことでしょう。

まさに勝利者側のデザイナーはT.P.O.を正しく理解していたのです。

   フランス王宮廷での勝負のデザイナーは間違いなく
   賢明なディアーヌその人だったことも十分推測できます。

キノプラズマートはそんなディアーヌのデザイン感覚を継承しているのでは、
と、我田引水的に推測したくなります。

   フレアも含めて、白がとても清らかに輝くからです。

なお、中宮定子の勝利の立役者、デザイナーが、
清小納言ではなかったことは絶対に間違いのないところ。

   もし彼女自身だったら、枕草紙にちゃんとその旨付け加えたでしょうから。
   でも、発案者について一言もないのは、もちろん知っていたのですから、
   書きたくなかったから、ということも間違いがありません。

ついでに付け加えますと、
皇后の一行のデザイナーが紫式部ではなかったことも間違いないと、私は信じています。

   紫式部だったら、むしろ白で統一したでしょうから。

その理由は「源氏物語」にあります。

光源氏は、自分が庇護していた玉鬘を弟に会わせたときのお話が、
それを証明しているからです。

   光源氏は、照明を落とした室内の帳の中に座らせた玉鬘の背後に、
   多数の蛍を一気に放ったのです。
   蛍の光だけに照らし出された玉鬘の美しさはいかばかりだったことでしょう?

   もう一つ、薫大将が、風で膨らんだ御簾の隙間に、
   楚々と、でも艶やかに立つ紫の上を一瞬のぞき見てしまうシーン。

   紫式部は美の絶妙の演出者だったのです。

でも、もしかすると、逆かも知れません。

   紫式部がこの2つのシーンを書いたのは、
   中宮定子の勝利を目撃した後であり、
   この白の勝利に深い感銘を受けたために、
   玉鬘の蛍のシーンを思いついたという可能性もありますね。

さらには、さらに再逆転の可能性も推測できます。

   まことにうがちすぎのアイデアかも知れませんが、
   中宮定子の白を思いつく美的感覚の持ち主がそうざらに居るはずないので、
   この晴れの催し物に参加を許されなかった紫式部が仕返しに、
   このアイデアをライバルの清小納言か、それとも別の中宮のお付きの友人に、
   密かに吹き込んだ可能性だって考えてみたいですね。
   (つまり、だから、清少納言はデザイナーをばらせなかった)

研究者たちはもっと的確な事情説明をしているでしょうけど、
私はただの遊びとして、勝手な憶測を楽しんでみました。
by Hologon158 | 2014-06-30 13:50 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

528.11 ホロゴン外傳130「2014年6月1日 幻燈街展の後では京の街も幻燈街に」11 ポールパースン



c0168172_0112861.jpg
c0168172_011356.jpg
c0168172_0105946.jpg
c0168172_011783.jpg
c0168172_0104650.jpg
c0168172_0104177.jpg
c0168172_095895.jpg
c0168172_0102894.jpg
c0168172_0103874.jpg
c0168172_0104173.jpg
c0168172_0103692.jpg
c0168172_0102995.jpg





20世紀以降、歴史学はかなりの変革を遂げたようです。

かつての偉人たち、英雄たちに焦点を当てた、いわゆる史伝的な歴史は、
多くの大切なアスペクトをそっくり捨象してしまっていた、
ということで、あまりにも一面的であるという反省の下に、
社会の動きの実相を具体的に捉えようとする学派が互いに刺激しあって、
社会史的、経済史的、心理学的、民衆史的、と、
さまざまな切り口で歴史を読み解く試みがなされています。

それはそれで面白いのですが、その代わり、
あまりにも微視的、統計学的、資料整理的になってしまい、
正直言って、とてもつまらない。

    人間はどんな風に考え、行動し、戦い、
    愛し合い、生き、死んでいったかという、
    先人たちの血の通った生き方を知ることはできない、という、
    もどかしい思いも断ち切ることができません。

歴史がほんの一握りの人間たちによって動かされてきたわけではなく、
そのような人間たちも大きな歴史の潮流の中を泳ぐ一匹の魚にすぎなかったことは
もちろんそのとおりなのでしょう。

    でも、ある決定的瞬間において、一人もしくは数人の決断、行為がなされ、
    それが歴史を大きく回転させたことも否定できません。

好例はいくらでも見つかります。

明智光秀の本能寺の変は明らかにその一例です。
すべてが因果の連鎖にあるので、
光秀が日本の現在への道を切り開いたと言うのは正確ではないでしょう。   

    光秀がぐっと我慢して信長に仕え続けたら、
    織田家が天下を取り、
    秀吉も家康もついに天下人になるチャンスを逸したかも知れません。
    織田家が数代で潰えたとき、再び群雄割拠の戦国時代となり、
    場合によれば、オランダ、スペイン、イギリス、
    さらには中国等の諸外国の力を利用しようとする者が現れ、
    ついには分裂状態のまま近代化し、
    太平洋戦争も、日本の経済大国化も起こらなかったかも知れません。

    つまり、光秀の反逆が、日本の回天のきっかけを与えた、
    これがなかったら、
    現代日本はまったく違った形になっていただろうと言うことができます。

ジンギスカンによるモンゴル帝国建設だってそうです。

    古くは中国の春秋戦国時代とジンギスカンの時代とでは、
    中国北辺遊牧民の生活も経済も軍事もまったく変わりませんでした。
    私のまったくの無知かも知れませんが、
    モンゴルの民衆、経済の大きなうねり、勃興、変化が
    帝国建設への原動力を生み出したとは考えられません。
    そうではなくて、一人ジンギスカンという人間が
    部族間の抗争を生き抜くために創案した人事、軍事システム、戦法に基づいて
    編成されたモンゴル軍団が、
    諸部族を吸収し、当時の周辺国家の停滞に乗じて、
    思いもかけない膨張を遂げたと考えられます。

確かに歴史は全人類の営みであり、社会全体の有機的な活動なのですが、
大事なところでは、北極の軸のような、世界の中心となる人間、
いわゆる「ポールパースン」となる人間が
回天の大業を達成するのではないでしょうか?
        (私の造語です。誤解のないように)

近頃も、そんなケースが一つ起こりました。

    橋下と石原二人の決断で、維新が分裂してしまいました。
    元々完全に水と油だったのです。
    それなのに、互いに利用しあおうとして、
    やっぱりこの二人だけの決断で、合流し、
    結局、分裂してしまいました。

この二人が政治家としての視野をもたないことを暴露してしまいました。

    はっきり言って、橋下という人、政治家としてはまったく無能。
    彼は独特の為政観の持ち主です。
    彼が面接して選んだ公募校長、区長の不祥事が相次いでいます。
    任命責任を問われて、平然と、
        駄目だったら、辞めさせる、それが任命責任のとり方です」
    石原との連携についてもおなじことを言うでしょうね。
        「駄目だったから、やめたまで、それが政治家の政治感覚」

とんでもありません。

    政治家は一度たりとも失敗をしてはならないのです。
    そのしくじりが「終わりの始まり」となる危険が常にあるからです。

あの目を覆いたくなるような下劣なヤジの都議会議員、
一緒に笑って喜んだ都知事以下の面々、
橋下はもとより、彼らも政治家として失格です。

    もっとも基本的な人間性が欠如していることを暴露したのですから。
    そんな人間に政治を任せるわけにはまいりません。
    彼らをキーパースンにするのはあまりにもリスクが大きすぎますから。
by Hologon158 | 2014-06-25 00:19 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

528.10 ホロゴン外傳130「2014年6月1日 幻燈街展の後では京の街も幻燈街に」10 ゴルゴ

c0168172_15515089.jpg
c0168172_1552227.jpg
c0168172_1551963.jpg
c0168172_1551372.jpg
c0168172_155183.jpg
c0168172_15511486.jpg
c0168172_15512718.jpg
c0168172_15495111.jpg
c0168172_1550224.jpg
c0168172_15501429.jpg
c0168172_1550542.jpg
c0168172_15491171.jpg




先週末の土曜日は撮影を予定していました。。
でも、突然木曜日夜孫が帰ってくると、
予定は全部吹っ飛んでしまいました。

    残された習慣は、韓流ドラマと女声合唱団の楽しみだけ。
    これは内緒ですが、
    孫二人が居れば、ほかには何も要らないですね。

我が家の子供たち(猫ですが)も赤ちゃんが気になるようです。

    長女の静、夜になっても姿が見えず。
    真夜中、ベビーベッドの中、孫の足下で寛いでいたそうです。

ある方から、こんなことを言われました、

    「すっかり「おじいちゃん」してますね。」
    本当にその通りです。
    生後たった1週間の孫娘の顔を飽きることもなく見つめて、
    感じることは、
        「なんという美人なんだ!」

どんどんと顔が整っていきます。

    表情が豊かになっていきます。
    もう信じがたいほどにミニチュアなんだけど、
    百面相の中に可憐な美少女の表情が浮かび上がってきます。
    大げさなとお笑いになるでしょうけど、
    本気でそう感じるのですから、ほっといてください。
    
この子を見ていると、スパルタのゴルゴを思いだします。

    今、私はAudible.comで手に入れた「Herodotus」の朗読を楽しんでいます。
    日本語の翻訳を大学時代から楽しんできました。
    少なくとも5回は読んだでしょう。

ギリシアの古典の翻訳朗読はちょっと難関です。

    英語で聞くと、ポリス名も人名も英語風の発音になるので、
    なにしろアーガイブスと聞こえたら、アルゴス人のことだな、と、
    一々オリジナルのギリシア語の名称に訳しなおさなければならず、
    かなり厄介です。

イオニアの反乱の経緯を描く章を聴いているとき、
突然、ゴルゴの逸話を思い出しました。

    反乱を企てたイオニア人がスパルタを訪れて、
    スパルタ王クレオメネスに反乱を援助してほしいと懇請して、
    代償としての巨額の償金を積み上げたとき、
    まだ幼かった娘のゴルゴがこう言って制止したというお話。

        「もう部屋を出てください、
        さもないと、この人に買収されてしまいます」

このゴルゴは成人して、テルモピュライの戦いを指揮して、
スパルタの最高の栄誉を輝かせたレオニダス王の妃になる人ですが、
とにかく幼い頃から目から鼻に抜ける利発な少女だったようです。

    私の孫がゴルゴのような利発な少女になるだろうと言うつもりはありません。
    でも、家族の立てる様々なサウンドに敏感に反応して、
    目を動かし、眉をしかめ、笑みを浮かべ、しかめっ面をする孫を見ていると、
    この子もきっと敏感で多感な少女になるんだろうな、
    その姿を見たい、そう切に願わざるを得ません。
by Hologon158 | 2014-06-24 15:56 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

528.09 ホロゴン外傳130「2014年6月1日 幻燈街展の後では京の街も幻燈街に」9 Tレクスの速度



c0168172_1825814.jpg
c0168172_1825530.jpg
c0168172_18255599.jpg
c0168172_18244011.jpg
c0168172_18244879.jpg
c0168172_18253660.jpg
c0168172_18243924.jpg
c0168172_18242178.jpg
c0168172_1824945.jpg
c0168172_18241453.jpg
c0168172_18241315.jpg
c0168172_1824648.jpg





ティラノザウルスがどんなスピードで走ったか?
様々な議論があるようです。

    現代の肉食獣のように機敏迅速に活動したという説に対して、
    のろのろとしか動けなかったのだという説も強力です。
    
でも、私のような素人には、回答はまさに一目で明らかです。

    あなた、ティラノザウルスの姿を観て、
    のろのろ動く、スローモーな唐変木だった、なんて、思いますか?
    思いませんね。

aティラノザウルスの後脚の骨格のたくましさ、
b頭部、とくに口の大きさ、
c手の退化、
これらすべてが揃いも揃って、
ティラノザウルスが生きた大型恐竜(肉食、草食を問わず)を、
追いかけて、噛みついて、引き倒すという捕食行動に高度に特化された
猛獣であることを物語っています。

    aは、速く走るために強化された筋肉を支えるため。
    bは、獲物に噛みつき、動けなくし、
    かつ巨大な首と脚を利用して地面に引き倒すため。
    cは、ハイエナのような死体を食べる動物なら前足の方が発達しますが、
    速く走るためには、平均を取るために巨大な頭と巨大な脚があれば十分で、
    手は邪魔になるだけだから。
    (当時、どうやら草食、肉食を問わず、
    ティラノザウルスが最大の恐竜だったという説があります。
    だとすれば、ますますb、cは妥当な説となりそうです)

当時、捕食者はティラノザウルスだけだったのでしょうか?
そんな筈がありませんね。

    捕食獣は、獲物よりも速く走らなければならないだけではありません。
    ライバルとなる他の捕食獣にも対抗しなければ、
    自分が餌食にされてしまいます。

どうやら昔も今も同じで、頂点に立つ捕食者は単独で行動し、
中間的地位にある小型捕食者たちは、ハイエナのように、
群れをなして、共同で行動したようです。

    そうすると、ティラノザウルスが鈍足であったとすれば、
    小型捕食者たちに容易に料理されてしまったのではないでしょうか?

こんな風に考えると、生物史上最高の戦士だったティラノザウルスが、
のそのそとしか歩けなかったと考えるなんて、
いかにも馬鹿げているのではありませんか?
by Hologon158 | 2014-06-21 22:25 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

528.08 ホロゴン外傳130「2014年6月1日 幻燈街展の後では京の街も幻燈街に」8 恐竜の後継者



c0168172_23404099.jpg
c0168172_23405374.jpg
c0168172_23403923.jpg
c0168172_23412377.jpg
c0168172_23402646.jpg
c0168172_23402560.jpg
c0168172_23401520.jpg
c0168172_23395834.jpg
c0168172_23394466.jpg
c0168172_23395488.jpg
c0168172_23394930.jpg
c0168172_23393451.jpg





人類は、地球全土で食物連鎖の頂点に立つ生き物として、
実は恐竜の後継者なのですが、
その頂点の生き物が今や70億人を超えてしまいました。

    「世界の人口」(http://arkot.com/jinkou/)の統計では、
        1650年5億、
        250年後に倍増して、1800年10億、
        100年後に倍増して、1900年20億、
        74年後に倍増して、1974年に40億、
        24年後に倍近くになり、2011年に70億なのだそうです。

猛烈な加速度です。
国連は2050年には90億に達すると予測しているそうです。

食物連鎖はどうなってしまうのでしょう。

    人類は、まるでイナゴのように、
    地球上の資源、食物を食いつぶしつつある、
    それが現状なのではないでしょうか?

そうすると、なにが起こるのでしょうか?
誰でも容易に予測できますね。

    資源、食べ物の奪い合い!

すでに中国は13億の国民を抱えて、
その食糧、資源確保は綱渡りの極に達しているのではないでしょうか?

    中国が長い歴史の間、散発的な外征を行っただけで、
    領土伸長政策をとったことがなかったのは、
    広大で豊かな国土に比して、人口が少なかったからです。
    つまり、膨張の必要がなかった。

でも、今は違います。

    緑の資源を初めとして、国内の資源だけでは到底まかないきれない、
    世界一の人口を食べさせていかなければならない、
    そんな不可能に近い課題がたえず政権担当者、当局にのしかかっています。
    チベットを吸収した理由がそうでした。
    
今、四方に膨張する気配を見せて、
周辺諸国との間に緊張が高まっています。

    一説によると、日本国内の土地の相当部分を、
    中国人が買い込んでいるのだそうです。
    まさに地球をあげての生存競争が始まりそうです、
    というより、もう始まっているのかも知れません。
    そして、日本はそのまっただ中に巻き込まれている、
    それが現代なのでは?
by hologon158 | 2014-06-20 23:43 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

528.07 ホロゴン外傳130「2014年6月1日 幻燈街展の後では京の街も幻燈街に」7 いやさかに



c0168172_16301293.jpg
c0168172_16301428.jpg
c0168172_1630969.jpg
c0168172_16295983.jpg
c0168172_16303535.jpg
c0168172_16303778.jpg
c0168172_16303185.jpg
c0168172_16302639.jpg
c0168172_16292276.jpg
c0168172_16291627.jpg
c0168172_16291023.jpg
c0168172_1628522.jpg





昔から、恐竜は他のどの生き物にも増して人を魅了してきました。

    1億3500万年ほども栄えたのだそうです。
    ところが、約6000万年ほど前に突然、
    地上から姿を消してしまいました

なぜ、滅びたのか?

    サーベルタイガーの牙のように肥大化したために、
    結局環境に適応できなくなって滅んだのだ、という説が有力でした。

でも、私に言わせれば、これはサーベルタイガーにとっても
いい加減な言いがかりではないでしょうか?

    種に起こる進化は常に環境に適応するために起こるのです。
    環境に適応できない形質はすみやかに消えてしまいます。
    いかなる突拍子もない形であっても、
    その種の置かれた環境下ではただしい適応だったはずです。

一方、種が滅びる原因は無数にあります。

    食物連鎖の生態系がどこから崩れるたのか、
    これを検証するのはおそらく不可能なのではないでしょうか?
    おそらくサーベルタイガーは生態系の頂点に立っていたでしょう。
    ということは、食物連鎖の生き物のどれかが特殊な事情で激減すれば、
    あとはチェーンリアクションで、サーベルタイガーも生存困難となります。

    つまり、どんな生き物もすべてのファクターを検証しないで、
    不適応が理由だなんて言っても、ただの同語反復のようなもので、
    ナンセンスではないでしょうか?

ところが、恐竜の場合、どうやら滅亡の原因が明らかになったようです。

    約6600万年前、ユカタン半島にかなりの大きさの小惑星が激突し、
    200キロに及ぶクレーターを残すほどの大爆発を起こし、
    地球全体の空中に塵が厚く拡散し、太陽を隠してしまったのです。
    この大爆発の名残を示すイリジウムが、
    地球の至るところから層を成して見つかったのです。

恐竜は進化の果て適応能力を失ったから滅亡したのではなく、
いわば、ほとんどの種と一緒に亡ぼされてしまったのです。

こうして、恐竜がなぜ滅びたかという質問も滅びてしまったようです。
これから問うべきことは、

    「恐竜はなぜ1億3500万年も栄えたのか?」

私に言わせれば、もっと興味深く、建設的なことです。

人類は、「ヒト属」をどんなに長く見積もってもせいぜい250万年ほど。
今特定されているのは十数種だけなのです。

    ところが、恐竜は人属の50倍以上もの途方もない時間を、
    陸続と新種を生み出しながら栄え続けたのです。

    人類の有史時代を1万年と多めに見積もってみましょう。
    それだけ歴史を積み重ねるのだって、大変なことでした。
    恐竜たちはその15000倍もの長い時間を生きていたのです。

小惑星の衝突がなかったら、
今でも恐竜の世界だったという可能性だってありそうです。

    恐竜たちにも氷河期を凌ぐための進化を遂げる
    時間的余裕と適応力があったかもしれないからです。

恐竜を、野放図に巨大化したことで、環境に適応できなくなって、
あえなく滅んでしまった哀れな存在であるという印象が
まだまだ常識の中に残っているようですが、

    とんでもない、
    おそらく地球上にほとんどの地域の植物連鎖の頂点に立つ生物として、
    これだけ栄えたという意味で、
    恐竜は地球上でもっとも成功した生物種なのです。

まだ新種は続々発見されています。

    いつの日か、恐竜大辞典を発行する人がいるでしょう。
    エンサイクロ・ブリタニカ程ではないにしても、
    かなり膨大なものになることでしょう。
    ますます魅力的な存在ではありませんか?
by Hologon158 | 2014-06-19 22:48 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

528.06 ホロゴン外傳130「2014年6月1日 幻燈街展の後では京の街も幻燈街に」6 赤と顔



c0168172_1253437.jpg
c0168172_1253660.jpg
c0168172_1261523.jpg
c0168172_1252566.jpg
c0168172_126587.jpg
c0168172_1251179.jpg
c0168172_1245773.jpg
c0168172_125136.jpg
c0168172_1244756.jpg
c0168172_1254080.jpg
c0168172_1243840.jpg
c0168172_1243889.jpg





この世で見ることのできるカラーの中で何が好きですか?
この質問に対する答えはさまざまでしょう。

食通の神様ブリア=サヴァランは、

    「なにを食べるか教えてください。
    そうすれば、あなたがどんな人間か当ててあげましょう」
    という風な言葉を残しているようです。

    彼の「美味礼讃」、若い頃に買って読みましたが、
    私は生涯どの時点でも食通ではなかったので、いつしか手放してしまいました。

彼の言葉はある意味では当たっています。
でも、ほんの皮相的な意味で。

    人間は一人一人、自分で思っている自分よりもはるかに広く深い存在です。
    他人が食べ物だけで全部見破るなんて、途方もない嘘。

でも、まあ、気が効いている言葉ではあります。
その伝で行くと、こうも言えるかも知れませんね。

    「あなたの好きな色を教えてください。
    そうすれば、あなたがどんな人間か当ててあげましょう」

どんな色が好きか、自分では意識していない人もいるでしょう。
でも、知らぬ間にその色に反応してしまうものです。
私の場合ははっきり自覚しています。

    赤

赤への好感度を100とすれば、

    青20、白10、黒10、緑5、
    その他の色は1、2、3程度でしょう。
    
ただし、この自己認識もブリア=サヴァランの言葉と同じ位皮相かも知れません。
    
    気づかないレベルで、私はさまざまな色に様々な深浅で反応しているのでしょう。
    そうでないと、生きていけないはず。

しかし、意識レベルでは、私は赤に激しく反応します。

    ある研究者が蝶々の視覚を映像化していました。
    蝶々の目は紫外線を感知するそうです。
    そこで、暗黒の中に花だけがぼっと白く輝いて見えるのです。

私の視覚も、撮影モードに入ると、形と赤とだけに反応します。

    ストリート、路地を歩きながら、赤だけが私の目に入ってきます。
    だから、私の写真にはほとんど赤しか写っていません。
    他の色が写るときは、いわば、形の面白さに惹かれた随伴現象、
    あるいは意図しない接触事故のようなものです。

そして、形としては、あらゆる場所で、あらゆる形から、
人間もしくは動物の顔が浮かび上がってきます。
これは何を意味するのでしょうか?

    実のところ、私は観察力が鋭いわけではないのですが、
    ものを意識してみるときには
    赤と顔、2つを探知する能力がかなりあるようです。
    この2つはどうやら危険の徴候のようです。
    つまり、私はかなり用心深い人間なのかも知れません。

今回は、ブリア=サヴァランにならって、

    「自己礼讃」とまいりました。
by Hologon158 | 2014-06-19 12:09 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

528.05 ホロゴン外傳130「2014年6月1日 幻燈街展の後では京の街も幻燈街に」5 どんな成算が?



c0168172_2126446.jpg
c0168172_21263563.jpg
c0168172_21261755.jpg
c0168172_21265575.jpg
c0168172_21255398.jpg
c0168172_21254672.jpg
c0168172_21263331.jpg
c0168172_21253222.jpg
c0168172_21261630.jpg
c0168172_2126024.jpg
c0168172_21251535.jpg
c0168172_21254547.jpg





安部政権が今しようとしていることは、簡単に言えば、
世界中であらゆる種類の作戦行動を可能にすることです。

    国際紛争解決の手段としての戦争を永久に放棄している
    憲法第9条の下では絶対に許されないことは自明。
    
それなのに、「白馬は馬ならず」の論法で強行使用としているのはなぜか?
事態はあまりにも明らかです。

    安部政権は、中国との間の高まりゆくクライシスの予感を利用して、
    日本の軍事力、対抗力を格段に強化しようとしているのです。

しかし、日本には、アメリカの支援なくして、
中国と正面衝突できるだけの軍事力、国力はありません。

    日本に対する脅威に対して集団自衛権を行使してほしい国、
    行使してくれる可能性のある国は、世界中にただ一国、
    アメリカしかありません。

そこで、集団自衛権を確立し、アメリカに活発に軍事協力をすることで、
完全対等な相互防衛条約を確立したいのです。

    そのためには、世界中で軍事作戦を展開できる法制度を作り出したい。
    でも、自衛隊には海外での大規模な軍事作戦を実施する戦力などありません。
    そこで、集団自衛権確立後には当然ながら、自衛隊を自衛軍に昇格させ、
    国防予算を飛躍的に増大させて、中国に対抗できる軍備にまで高めること、
    これが次の段階の目標となります。
    でも、日本にはそんな国力、経済的余力、人的資源、いずれもないのです。

肝心のアメリカはどうでしょう?

    アメリカにとって、日中の軋轢は他人事です。
    アメリカに直接の利害関係がまるでないからです。
    安保条約に基づいて日本に肩入れする理由にはなりません。
    中国の存在はあまりにも大きくなり、
    中国と戦争することは世界大戦にも似た規模の最終戦争なのです。

    しかも、中国は、アメリカとの間に経済的関係においては、
    日本以上に深い国にとなっています。
    今や、中国は日本以上に衝突を避けたい国にななのです。

    つまり、アメリカが中国を対象として、日本と集団自衛協定を結ぶ可能性、
    日中紛争が戦争の危機に瀕したとき、アメリカが日本と同盟して、
    中国と全面戦争に踏み切る可能性などまったくない、
    そう言い切ることができます。

現在でも、南海上では一触即発の危機を孕む状態が起こっているのです。

    アメリカが、日本と集団自衛協定を結んで、
    中国と真っ向から対決する姿勢をとるという保証もないまま、
    かつ、韓国との間に協力関係を確立する見通しも立たないまま、
    まるで片思いの青年のように、集団自衛権を宣言して、
    一体どんな展望が開けるというのでしょうか?

今、安部首相がやろうとしていることは、
闘牛の目の前で真っ赤な布を激しく振ることなのです。

    「なにをやろうとしても、日本は負けていないぞ。
    断固対抗するぞ!」

    それなのに、野党の大半は集団自衛権に賛成または中立の方向です。
    憲法第9条など、知らんぷり。

でも、自衛隊員たちも国民も、どこの国とも戦争状態になることなど、
期待も希望もしていません。

    そんな自衛隊員、国民を断崖のところまで連れて行って、
    「さあ、戦え!」「さあ、飛べ!」、
    そう命じようというのでしょうか?

自民党は、公明党について正しく予想したように、
国民だって、最後はついてくる、そう多寡をくくっています。

    しかし、安部首相の靖国神社への際だった思い入れは、
    太平洋戦争の正当化と裏腹になっていると、
    諸外国は正しく受け取っています。
    そんな安部政権が際限のない軍備拡張路線に向かって突き進んだとき、
    中国は黙って観ているだけでしょうか?

私には、安部首相は現実と夢とを正しく区別できないまま、
「えい、やっ!」と一番危険な賭に出ようとしている、
そう思えます。

    太平洋戦争に踏み切った大日本帝国陸軍とかなり似ています。
    犠牲になるのは国民です。
    これ以上に迷惑な話はありません。

今や、日本国民は、安部政権に対して集団自衛権を行使すべき時なのです。
by Hologon158 | 2014-06-18 21:33 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

528.03 ホロゴン外傳130「2014年6月1日 幻燈街展の後では京の街も幻燈街に」3 韓流ドラマ



c0168172_19485479.jpg
c0168172_1949314.jpg
c0168172_19491580.jpg
c0168172_19483726.jpg
c0168172_1948364.jpg
c0168172_19482583.jpg
c0168172_19485417.jpg
c0168172_1948114.jpg
c0168172_1948649.jpg
c0168172_19475367.jpg
c0168172_19474163.jpg
c0168172_19473659.jpg





昨夜、というより、午前2時前なのですから、今朝、
韓流ドラマ「太陽の南」を見終わりました。

    「友達の裏切りで愛する女を失い、
    監獄に閉じこめられた一人の男(チェ・ミンス)の復讐を軸に、
    この男と偶然に知り合い愛に陥る人妻(チェ・ミョンギル)との
    葛藤と愛を描いたドラマ。」(Innolifeより)

男の婚約者イ・ミンジュ(ユソン)との三角関係、
男と子供の頃からの親友ヨンテ(ミョン・ロジン)との愛憎関係、

    どちらもややこしい人間関係が組み合わさるので、
    とても解決不能のややこしいしがらみが展開します。

男性主人公を演じたチェ・ミンスは、陰のある男を演じたら天下一品。

    どうすれば、このように存在感豊かな人間像を演じることができるのか?
    日本で言えば、仲代達也とかなり親近性のある演技者。

ヒロインのチェ・ミョンギルは、これまで縁のなかった女優ですが、

    大変な存在感を持つ名優です。

そして、いつもながら、脚本家が素晴らしい。

    日本のドラマのように、月並みなセリフなど一切ありません。
    ときどき常套文句もありますが、肝心なシーンになると、
    無意味な言葉など一切かわしません。

    男性主人公が二人の女性にそれぞれに運命を感じて、
    選択に苦しむとき、その苦しみを知る恩人的な男性のアドバイス、

        「手の指を噛んでみると、10本全部痛い。
        それでも、一番痛い指があるはず。
        あんたもしっかり噛んでみることだ。
        どちらを失うのが痛いのか、わかるはずだよ」

韓流ドラマの凄さは、こんなややこしい関係に、
もっとも崇高でもっとも美しい解決策を用意するところにあります。

    絶対にハッピーエンドなんかありえない、
    そんな状況にハッピーエンドを見つけ出してくれます。

青臭いと言えば青臭い。
でも、冷めていません。

    真っ正面からぶつかって、のたうち回りながらも、
    納得の行く結末に持っていくので、心を揺さぶります。

ヒロインと助演の二人の女優は大賞と助演賞をもらったそうですが、
当然でしょうと言いたくなるほどの名演でした。

今晩からは2013年ドラマ大賞を受賞した「百年の遺産」を観ます。
TSUTAYAから借りるDVDは25枚、おそらく50回シリーズ。
こんな長編ドラマが陸続として生まれ出てきます。

一生、楽しめそう、そう考えて幸せになっている私。

    たいていの方には理解できないでしょうね。
    いいです、別に理解しなくてもいいんですよ。
by Hologon158 | 2014-06-17 19:52 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

528.02 ホロゴン外傳130「2014年6月1日 幻燈街展の後では京の街も幻燈街に」2 世界の見え方



c0168172_21392458.jpg
c0168172_21385520.jpg
c0168172_21385481.jpg
c0168172_21383884.jpg
c0168172_21383930.jpg
c0168172_21382488.jpg
c0168172_21381978.jpg
c0168172_21381281.jpg
c0168172_21375913.jpg
c0168172_2138883.jpg
c0168172_21373355.jpg





世界がどんな風に見えているか?

    人によってまったく違うようです。
    あらゆる条件が見え方を規定するようです。

    幸せだと、世界は薔薇色に見えるようで、
    不幸せだと、世界はブルーに見えるようですね。
    幸せ、不幸せはその人の考え方次第です。
    ということは、世界そのものが私たちに見え方を押しつけることもあれば、
    私たちが世界を見るときに色づけをすることもあるということでしょうか?

有名なたとえ、コップに水半分、あなたはこれをどう見るか?

通常2つの選択肢が設定されます。

    1 もう半分なくなった。
    2 まだ半分ある。

これもあなたの気分次第でしょうね。
水にだって味がありますから、味次第では、
受け取り方だってがらりと逆転する可能性があります。
そうすると、この選択肢がもつ意味だって、気分と関わります。

大まかに言っても、本当の選択肢は4つありそうです。

    1 もう半分なくなったとうれしくなる。
    2 もう半分なくなったと悲しくなる。
    3 まだ半分あるとうれしくなる。
    4 まだ半分あると悲しくなる。

ものの見方の違いを好例は胡同にありました。

胡同が取り壊されると聞いて、オリンピックの前に北京を訪れました。
私が感じたのは、ひたすら、

    1 こんなにすてきなものが大事に保存されていて良かった。

ところが、北京市当局はどうやらこう考えたようです、

    2 こんなに汚れてみっともないものがよくも今まで放置されていたものだ。

結局、いつの時代、どこの国でもお上に勝てる庶民はいません。
北京にはもうほとんど残されていないでしょう。

    残されていても、それは観光胡同で、壁の芸術的なシミ、汚れなど、
    時の経過、歴史を感じさせる素敵な外観は、
    完全にコンクリートの上塗りの下に消えてしまったようです。

このような社会では、古いものへの尊崇、敬愛の気持ちは薄れてしまいます。
それとともに、歴史、伝統を自らの基盤とする考え方は時代遅れとなり、
新しいものだけに価値を置く人たちが、
時代の先端を走る世界になってしまいます。

現代日本がまさにそのとおりです。
芸術も文楽も理解できない人間が政治を牛耳っています。

写真でもそんな現代化の波が古きものを押し流そうとしています。

    旧来の撮影法、構図、表現は時代遅れになってしまったかのようです。
    新しいぶどう酒は新しい革袋に、というわけです。

ごらんのとおり、私は現代写真の斬新な切り取り、ぶれ、ぼけはもとより、
最新デジタルカメラの超絶コントラスト、超精密画像もなし。
デジタルカメラを使っても、銀塩カメラのレベルでの画像を保ちながら、
昔ながらの主題中心の日の丸構図だけで撮っています。

なぜか?

    私には、今でもそんな風に世界が見えるからです。

現代写真の様々な技法の眼目は、時間世界を一枚の平面に写し取ることで、
世界の印象の固定化を防ぐところにあるのかも知れません。

    私は、逆に印象の固定化をこそ求めています。
    ロボグラフィとの出会いの印象。

        「時間よ、止まれ、おまえは美しい」

しかし、日本でも、時代の流れは古き生活、古きものたちを、
目に見えて高速に押し流そうとしています。
都市もストリートもすべてが富の温床、金鉱なのです。
掘り返さないと金にならない。

「狭い日本をそんなに急いでどこへ行く」という標語がありました。
答えはあきらかですね。

    金に向かっているのです。

私は美に向かうことにします。
by Hologon158 | 2014-06-16 21:44 | ホロゴン外傳 | Comments(0)