わが友ホロゴン・わが夢タンバール

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554.07 ホロゴン外傳138「2014年10月17日 宇治にマクロの雄エルマー65mmが降り立ったとき」7 ハーモニカ

前回、運命の変転について書きましたが、
私の場合、この1か月、運命の変転がありました。

    その少し前に私の人生に姿を表したニューフェイス、
    クロマチックハーモニカが私の人生の前面に躍り出たのです。

退職後、新たな人生目標をたてたいと考えました。

    「小人閑居して不全をなす」という言葉があります。
    どうやら、いにしえの中国では、凡人は閑になると、
    やることがなかったので、かなり悪に走ったのでしょうか?

    現代では、やることがいっぱいあるので、
    悪いことはあまり流行らないと思うと、まあ、そうではないかも知れません。
    
    でも、昔も今も変わらないのは、趣味に生きたい人たちですね。
    古今東西、なにかやりたいものが見つかるものです。

私にも見つかりました。

    それがクロマチックハーモニカ。

音楽演奏というものは、かなり写真に似ています。

    かなり道具がパフォーマンスを左右します。
    ご承知のように、写真でも、
    ほとんど89パーセント、レンズ頼りの癖がついてしまった私です。

その点、クロマチックハーモニカは大変な利点があります。

    あらゆる楽器の中でとびきりお値段が安い。
    スティービー・ワンダーのようなけた外れの演奏家でさえも、
    使っていたハーモニカがせいぜい2、3万円程度のようです。
    もちろん特別のチューニングに変えたり、
  さまざまなカスタマイズがなされるのでしょう。
    でも、本体は極端に廉価なのです。

もっともこのことは後で知ったことです。
私がクロマチックハーモニカに魅せられた理由は、
この楽器の情感表現の幅の広さ、深さでした。

    前に情感を醸し出せる楽器として、
    1に声、2に二胡、3に竹笛と書いたことがありましたが、
    もう一つ忘れていました。
    2に来るのはヘグム(朝鮮二胡)でしょう。
    そして、クロマチックハーモニカが新入りで登場したので、

無理にランキングしてみると、

    1に声楽、2にヘグム、3に二胡、4にクロマチックハーモニカ、5に竹笛、
    さらにつなげれば、6にギター、7にバイオリン、と続くかも知れません。

そんなわけで、10月12日にはクロマチックハーモニカの体験レッスンを受けて、
その場で、辻晋哉先生に入門してしまったわけですが、

    その前に、どうしても使ってみたかったHohnar Super64Xを手に入れてしまっていた。
    ああ、「三つ子の魂百まで」よろしく「道具頼りの精神どこまでも」

ところが、Super64Xを使ってみて、これって、完全に演奏会用。
大きくて、猛烈に音が出やすい。

    もっと軽い練習用ハーモニカを、と、考えて、手に入れたのが、
        スズキSCX-48。
        たった税込み1万2000円。

スズキのハーモニカがHohnarに遙かに勝る点が1つあります。

    マウスピースが半円なのです。

    とてもスライドしやすい!
    使ってみると、これは素晴らしい楽器です。
    もちろんSuper64Xの方が遙かに豊かなサウンドです。
    でも、SCX-48は練習で音の質を高めていくという方向で、
    初心者にはよりふさわしい楽器です。
    気に入りました。

ところが、ここが道具頼み根性の悲しさですね。
話はこれで終わらない。

    プロでも一番よく使っている、
    そして、辻晋哉先生もレッスン用にお使いのハーモニカがどうしてもほしくなりました。
    ヤフーオークションをチェックしたら、ありました、ありました!

        Hohnar 270。

    3人入札して、最高価格が3000円。
    これなら参戦できる!
    1分前に4500円で入札。
    なんじゃ、これは?
    そのまま、すんなりと4300円で落札。
    送料込みで結局4800円で手に入れてしまいました。

オークションの場合、私は幸運ですが、いつも売り手の方は誠実。

    さっそく入金翌日に送られてきました。
    開封して、ほくほく。
    ほとんど新品同様でピッカピカの270は、
    とてもクラシカルなデザインで輝いているではありませんか?

早速、ちょっとした整備。

    人畜無害、効果抜群の殺菌剤エヴァ水をつけたティシューで、
    念入りにマウスピースとボディ全体を拭い、
    タオルでごしごし拭った後、超精密のメガネ拭きで磨きに磨きました。
    そして、弾いてみたり、まあ、なんということでしょう!

サウンドはSCX-48よりさらにスケールが小さくおとなしいのですが、
SCX-48よりもはるかに軽く、とても吹きやすい。
これは良い楽器です。

辻晋哉先生ご推薦の教則本の初歩のあたりを練習しています。
おもしろいですね。

    揚琴にも二胡にもはげしく共通する点があります。
    完全に脱力していなければならない!

どうもすべての楽器の極意を一言でいえば、

    脱力!

そんな感じがしてきました。
でも、これって、すべての極意かも知れませんね。

    私という人間は、この脱力が苦手中の苦手。
    成せばなる、なさねばならぬ何事も、という調子で、
    がんばれ日本風に生きてきた人間だけに、
    脱力という感覚がなかなか難しいのです。

でも、これからの第2の人生の基本精神はこれしかないことがわかりました。

    よし、生きるぞ、脱力して!
    (まだ、一生懸命努力あるのみ精神が強烈。いけませんね)




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by Hologon158 | 2014-10-31 11:46 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

554.06 ホロゴン外傳138「2014年10月17日 宇治にマクロの雄エルマー65mmが降り立ったとき」6 縄の如し



人生には何が待っているか、わかりませんね。
人生は悲喜こもごも、まさに「禍福はあざなえる縄の如し」ですね。

ただし、何を禍とし、何を福とするかを決めることはよしましょう。
物事の本質に禍福が備わっているわけではありません。

たとえ話ですが、

    夜、あなたは家路を急いでいました。
    暗い曲がり角で突き出ていた棒に額を打って転倒してしまいました。
    でも、その次の瞬間、暴走車がその角を直進していきました。
    無事に曲がり角を曲がったら、暴走車に跳ねとばされていたはずだった。
    昏倒していたあなたはその幸運をついに知ることがない。

こんなことだって、起こっているかも知れません。

    あなたに起こるすべての出来事が因果の連鎖の中にあります。
    いやなこと、悲しいことが降りかかっても、その代わりに、
    もっといやなこと、悲しいことが起こらずにすんだかも知れない。

二度のマレーシア機の墜落のような災難はデッドエンドです。

    でも、たとえば、最初のマレーシア機の墜落事故にお父さんが被災したために、
    一族をあげての家族旅行がキャンセルとなり、
    第二の墜落マレーシア機の予約を取り消した家族があったかも知れません。

私たちにできることは、
    もちろん今起こった出来事に一喜一憂するほかはないのですが、
    すべての出来事の陰に、
    将来の運不運、禍福への道が常に変更されていることを忘れないでおきましょう。

もしかすると、お陰で、もっと大きな災いを避けられたかも知れないと、
前向きに考えて、未来を好転させるように努力したいものですね。




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by Hologon158 | 2014-10-31 11:03 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

554.05 ホロゴン外傳138「2014年10月17日 宇治にマクロの雄エルマー65mmが降り立ったとき」5 プリンス



28日火曜日は孫の家でした。

4か月の末っ子プリンセスはますますキリキリと引き締まった容貌、
ぷりぷりの張り切った体躯で、元気いっぱいです。


たえずなにかしゃべりながら、足を踏ん張っています。
体を横に起こすところまではできるようになっているので、
すでに平坦な場所で、じりじりと移動することはできます。
後どれほどで寝返りができるでしょうか?
楽しみ。

兄の2歳11ヶ月のプリンスはますますダイナマイトのようです。

ばんばんと走り回り、
きかんしゃトーマスのミニモデルはテレビ台の上を走らせて、
そのまま床に激しく落下させます。

これはトーマスのテレビに責任があるのです。

なにかといえば、機関車や貨物車を線路から脱線させて、
坂の下や崖を激しく転落させる筋書きになっていて、
そのたびにナレーションは涼しい声で、
「幸いけが人はなかった」
嘘付け!
そんなはずがないじゃないか?!

おかげで、わがプリンスも他のこども達も、
列車事故って大したことがじゃないと思いかねません。

300mほど離れた公園までプリンスと一緒に行きました。

三輪車に乗っていきます。
ヘルメットを頭に付けて、達者にペダルを漕ぎ、
ちゃんとハンドル操作をして角を曲がります。

公園では先客が一杯。

小学校6年生ほどの大きな男の子、女の子の方が多い位。
プリンスはまったく臆するところがありません。
低い視点から開いている遊具を遠くに見つけて、
必死でペダル漕いで移動します。
ブランコ、バネ付きのまたがる車、滑り台2種、砂場を
1度ならず2度ばかり順繰りに遊びました。

柵で囲まれた砂場は小5ほどの女の子のドッジボールのゲーム場。
柵でドッジボールが外に逃げないから、効率よく遊べます。

おかげでプリンスは、
スコップのような砂場用の道具を用意しましたが、
先客がねばっているため、遊べません。
女の子の一人トイレに行くことになり、ゲームはタイムに入りました。
プリンスは素早く砂場に入り込み、自分の遊びをはじめました。

我がプリンス、かなり繊細なところがあります。

ブランコは椅子式でかなり安全です。
私が高く引っぱり上げてから離すと、とても豪快に振り子運動をします。
プリンス、大喜びしながら、隣のブランコを眺めたりして、
かなり余裕がある風情。
ところが、ブランコに乗った2回ともそうだったのですが、
しばらくすると、
小さな声で「もう降りる」
私「なぜ?」
プリンス、さらに小さな声で、「怖くなった」

幅1.5mほどの幅広の滑り台が一番好きで、滑り降りたり、
下から上ろうとして、駄目だったりと、楽しんでいます。

しばらくして、その滑り台の底部に沢山溜まった小さな砂粒を、
せっせと払い落とし始めました。
私が落ちていたキャラメルの空き箱を使って協力しますと、
自分もその空き箱を取って、器用に払い落としました。
どうやらこの底部の砂粒たちがフィニッシュの邪魔をするようです。
先客の小学生のお兄ちゃんたち数人が群がって滑り降りたせいでしょう。
このお兄ちゃんたちよりお尻の感覚が繊細なのかも?

1時間以上遊びに遊んで、帰宅の途につきました。

プリンス、「ぺぺ、手を離して。一人で帰るから」
三輪車には、手押し用のバーが背後についています。
行きは、安全のため、私がこのバーをしっかり握っていたのです。
手を離すと、ペダルから足を下ろして、両脚をこいで、
猛然と走り始めました。
歩道から車道への段差や、小さな溝も、
自分で前輪を持ち上げて上げたり、下ろしたり、実に器用。

白い側線があざやかな部分に来ると、

突然、始まりの場所まで逆戻りして、
「近道を通って帰るからね」と、白線の出発点まで戻ってから、
真剣な表情で白線上を走って帰りました。
もう完全に想像の世界に入っています。

きかんしゃトーマスのトミカのミニモデルを敷居上に走らせて、
自分は畳を付けて、まるで本当の田園を走る機関車を想像するように、
幼児でも、想像をたくましくしながら遊ぶのです。

こんな繊細な感覚や想像力を大人になるまでもっと育てて、
人生に活用してほしいものです。




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by Hologon158 | 2014-10-30 21:51 | Comments(0)

554.04 ホロゴン外傳138「2014年10月17日 宇治にマクロの雄エルマー65mmが降り立ったとき」4 大正区



先週金曜日は親友のRAさん、DAさんと大阪市大正区を歩いてきました。
大阪有数の庶民の町です。

   午前中使ったのは、初めてのセット。
       ソニーα7
       パンタッカー50mmF2.3

現実の光景を私の夢の光景に変えてくれるレンズを、
私は「メタモルレンズ」と呼んでいます。

   メタモルフォーゼを起こしてくれるレンズ。
   現実を写真世界に変貌させるレンズなら、
   現代のデジタルレンズだって当てはまります。
   私にとって重要なことは、私が見たい写真へ変容させてくれるかどうか?
   デジタルレンズが生み出す超精密、超精彩のつるつる無粒子画像は、
   私にとっては悪夢。
   心になんにもひっかかってこない。
   私の心はつるつると気味悪く滑るだけ。
   
非現実であることは良いのです。
私のクラシックレンズ写真だって、みんな非現実です。

   問題は、私の心が入り込めないことにあります。
   私が見たいのは、現実のうちに隠された美しさなのであって、
   デジタルカメラが感度3200、8000分の1秒、1秒10駒の連写で、
   現実を肉眼で見える以上に極微に写し出してくれても、
   私の心と目はそれを受け付けないのです。

アンセル・アダムズの8×10判という超大型フィルムの写真だって、超精密です。

   でも、そこには人間らしい味わいが漲っています。
   ああ、アダムズってすてきな心の持ち主なんだなあ、
   このとき、本当に心から感動していたんだな、
   そう感じて、私も心が震えるのです。

デジタル写真では、なぜかそんな風に感じることができないのです。

   デジタルカメラしか知らない人は、
   銀塩フィルムなんて劣等な過去の媒体としか思わないでしょう。
   私の文章もたわごと以外の何ものでもないでしょう。

でも、銀塩を使い続けてきた私には、
ストラディヴァリウスと、
全工程コンピューター管理された工場製作のヴァイオリンほどにも違うと感じられます。

   もし完璧な美女なるものが存在するとしたら、
   私はきっとちっとも美しいとは思わないでしょう。
   メイクで作り上げられた現代美人たちが、私には耐えられないのと同様です。
   
話が長くなりましたが、パンタッカーはまさに欠陥だらけのオールドレンズ。
1930年代初期に製作されたノンコートレンズです。

   この80歳を超えた老レンズが私に与えてくれるのは、
   夢、憧れ、愛。




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by Hologon158 | 2014-10-29 22:22 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

552.04 ホロゴンデイ125「2014年10月3日 壺坂の午後はホロゴン15mmF8Mフェスティバル」4 画家平野遊



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日曜日は午後4時孫の家を出発して、奈良に戻り、
奈良町にあるギャラリーCLASSで開催中の絵画展を拝見しました。

    平野遊作品展「都市の光景 ー平成の街を歩く」(夜の街シリーズ)

水彩画展です。

    夜の光景だから当然かもしれませんが、
    抑制されたあっさりとした色使いで、
    照明で明るく照らし出されたガソリンスタンド、
    駐車場、飲食店、事務所などが描き出されています。

ギャラリーの黒の壁面から清冽なシーンがふんわりと浮かびあがりました。

    何でもない都市の情景なのですが、
    ちょっと表現しようのない独特の情感が漂い、とても印象的です。

吉田正さんから「きっと気に入ると思うよ」と推薦していただいたのですが、
吉田先生の眼力も大したものです。

画家のホームページでしょうか?
作品をご覧になれます。

    Office Crew 平野 遊
        (http://officecrew.jp/)

土曜日で持ち寄りの立食パーティでした。
JR奈良駅の銘酒店で奈良の芋焼酎を一本手に入れて持参しました。

    吉田先生はご家族の事情でおいでになれませんでしたが、
    私の日曜クラスのリーダー、画家のお弟子さんたち、グラフィックデザイナー、
    奈良の国立文化研究所の研究員の方、
    最後には、写真家の前田義男さんご夫妻も見えて、
    みなさんスペシャリスト揃いなので、お話を夢中に聞きほれている間に、
    午後5時15分あたりから午後9時ギャラリーの終了時刻まで話し込んでしまいました。

作品の中でこれ一枚となると、
やはり画家ご自身がDMに選ばれた「深夜のコンビニ」。

    たった一両だけ車が止まり、こうこうと照明に照らし出された駐車スペース。
    なんとも言えないペーソスが漂います。

画家が私淑されたホッパーの都市風景には言いしれぬ寂寥と孤独感が漂いますが、

    平野さんの都市光景には、なぜか寂寥よりも、
    あたたかさがいっぱいに広がる感じがあります。
    画家ご自身の心のあたたかさが反映している、そんな感じがします。

とても爽快な4時間でした。
by Hologon158 | 2014-10-27 21:28 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

554.03 ホロゴン外傳138「2014年10月17日 宇治にマクロの雄エルマー65mmが降り立ったとき」3 南里沙さん



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おかしな風景を見ました。

ハーモニカ演奏家の南里沙さんが、
ご自分の師匠徳永延生さんの教室の発表会にゲスト出演されたときのビデオ。

    南里沙 ライブ 【Spain】クロマチックハーモニカ
    (https://www.youtube.com/watch?v=U8yvQT4dMm0)

これがハーモニカか?
そう驚くほどの音圧が高く、音の粒立ちも良い、華麗な演奏です。

    ハーモニカを手にしてからたった4年しか経っていないのに、
    もう著名なプロになっている。
    教室の生徒さんのほとんどは南さんよりも先輩のはずです。
    南さんがど迫力で見事な演奏を繰り広げるのを眼前にしながら、
    ハーモニカを愛する生徒さんたちの心境は穏やかではなかったはず。

南さんが、ふつうの演奏会と違って、
みなさんの視線が怖いというようなことを言っていますが、
当然なのです。

    たった4年でこれ?
    じゃ、6年やってくる私はなんなんだ?

でも、これは誤解です。

    彼女は子供の頃からプロを目指してピアノを学び、
    各種のコンクール、演奏経験を積んだあげく、
    大学にはオーボエ専攻で入学して、音楽家を目指してきた人なのです。
    音楽に対する才能はもとより、経験、素養、基礎知識、生活すべてが
    積み重なった下地にハーモニカの花が咲いたのです。
    彼女の人間のすべてがこの音楽、サウンドとなって花開いているのです。

すべてがそうですね。

    写真だって、例外ではありませんね。
    ただし、写真に人間が現れるためには
    やはりある種の修行、経験、素養が必要なようです。
    そこまでの準備がないと、
    私のように、ただカメラ、レンズが撮ってくれた、なんの意味もない写真。

私たちが目にするさまざまな写真のほんの一握りだけが、
撮影者の人間性を語りだしてくれます。

    インカの石造構造物の写真集を一つ手に入れました。
    普段公刊物ではほとんど見る機会のないマイナーな遺跡でも、
    インカの石積のすごさを物語る数々の写真に圧倒されます。

    ところが、合間にアンデスの人たちのスナップが織り込まれています。
    これがただの観光写真。
    きらりと光るなにかがどこにも見つかりません。

    でも、彼にとってそれらのスナップ写真は、
    長年アンデスに住んでゲットした傑作たちの筈なのです。
    このあたりのギャップが大きすぎます。
    この撮影者がどんな人間性、かまるで浮かび上がってこないのですから。

ブログも含めて、世の中に氾濫している写真のほとんどがそうです。

    レンズに全面的に寄っかかっている私が書くのもどうかと思いますが、
    ただの思考のひらめきを記録しているだけなので、
    遠慮なく書きますが、
    誰もが人生をがんばって生き、
    それなりに人生経験を積み、人間性を鍛えてきたはずなのに、
    どうしてそんな人間性を反映するような写真が撮れないか?

理由はいくつか考えられます。

① 一番多い理由は、
あなたは写真に向いていないということ。

② 次に多い理由は、
写真を、自分の心、気持ちで撮っていないこと。

    人がびっくりするような傑作を撮って、
    名を上げたい、賞金を稼ぎたい、写真家として知られたい、
    そんな下心があなたと写真との間に大きな障壁を作りだしてしまいます。

私はそんな写真をいやというほど見てきました。

    「人に勝つ」、そんな気持ちがある限り、初手から自分で負けていまう。
    撮影の瞬間に心を占めていたのはなんですか?
    美しさへの讃美、ただこれだけだ、なんて感じられない。
    眼前の情景と自分の喜び以外のなにかが、
    あなたの心の一部または全部を占めていたのではないですか?
    そう感じてしまう写真はアウト。
    そんな写真ばかり撮るあなたもアウト。

③ 最後に、もっと怖い可能性もあります。

    写真に注ぎこまれるべき人間性がまるでないこと。
    
こんなことを考えると、写真に対する姿勢もよく考える必要がありそうです。

    全生活を写真に傾注する必要はありませんし、
    むしろそんなことはすべきでないでしょう。
    写真だけではない、すべての生活に自分を惜しみなくそそぎ込んで生きる、
    そんな生活、人生の一部として写真を楽しむ、
    そんな姿勢が必要なのではないでしょうか?

南里沙さんのハーモニカ音楽のひたむきな美しさと迫力は、
単なる技術、素養の結果ではありません。

    自分の音楽を求め、自分の人生を夢見てひたむきに努力し生きてきた
    その人間の厚みが音楽に力を与えている、そんな感じがします。

技術だけに頼る限り、限界を超えて花開くことはできません。

    「剣によって生きるものは剣によって滅ぶ」
    この言葉の本当の意味はそこにあるのではないでしょうか?
by Hologon158 | 2014-10-26 15:31 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

554.02ホロゴン外傳138「2014年10月17日 宇治にマクロの雄エルマー65mmが降り立ったとき」2 写真が上手?



別ブログ「レンズ千夜一夜」で、こんなコメントをいただきました。

    「写真が上手だから、どのレンズもすごいレンズに見えます。」

    誤解とはいえ、嬉しいですね。
    これまでも、そんな風におっしゃる方がおいででした。
    でも、これはいわゆる「取り違い」なのです。

確かに一見上手に撮っているように見える写真が混じっています。

    でも、私はこう撮りたい、こう作画したい、
    という撮影意図を持って撮ったことがないのです。

私の写真は常に「日の丸構図」です。

    日の丸の国旗が大嫌いな私が「日の丸構図」を好むのも皮肉ですが、
    撮りたいものが目の前に現れたら、
    ただそれだけを見つめます。

あこがれの人に出会ったとしましょう。
あなたはどうしますか?

    ひたすらその人を見つめながら近寄り、
    握手をし、できることなら抱擁しますね。
    
    私のもうじき3歳の孫は、保育園に行くと、毎朝、
    仲良しの女の子が名前を呼びながらダッと迫ってきて、
    孫のほっぺを両手でぎゅっと挟み、唇にチュッとするのだそうです。
    これこそ真心からの挨拶ですね。

ピカソがこう言ったそうです、

    「私は探さない。見つけるのだ」

私の場合はちょっとニュアンスが違いますね。

    「私は探さない。
    見つけもしない。
    ただ向こうから勝手に出現するのだ」

蝶々は紫外線が見えます。

    お花畑の上をひらひらと舞う蝶々の目には、
    暗黒に花だけがぼっと白く浮き上がるのだそうです。
    探す必要などないのです。

私はこの蝶々なのです。

    私の視覚は、路傍のものたち、ロボグラフィを検知します。
    紫外線ならぬ、視外線、別名ロボグラ線が見えるのです。

    私だって、撮影中、傍目には目を輝かせます。
    でも、それは被写体を探索するサーチライトとしてではなくて、
    群衆の中から声がかかり、そちらを見たら、愛する友がそこに居た、
    そんな認知の喜びの輝きなのです。



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by Hologon158 | 2014-10-25 22:52 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

554.01 ホロゴン外傳138「2014年10月17日 宇治にマクロの雄エルマー65mmが降り立ったとき」1 阿修羅


さて、今回からはエルマー65mmF3.5の京都府宇治市シリーズ。
522枚も撮ったので、チェックするのが大変。
とりあえず最初の12枚だけ選んでみました。



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私が奈良に住む理由が1つあります。

    阿修羅にいつでも会える!

かつて興福寺の宝物殿は薄暗いお堂でした。
阿修羅はその薄暗い空間にぼんやりと浮かび上がっていました。

    それだけでも、その匂うような美しさは人を魅了するに十分でした。
    でも、興福寺は新しい宝物殿を私の望むような方向に作り変えてくれました。

阿修羅は決してその宝物殿の主人公ではありません。

    お釈迦様の守護をつとめる八部衆の一員という存在なのですから、
    いわばボディガード、
    信仰上に占める地位はかなり劣位であることは否めません。
    でも、日陰の身でありながら、
    この乾漆像はただならぬ気配を漂わせています。

興福寺が八部衆を佛師に造らせたとき、
なぜか他の7人よりも遙かに存在感豊かな像を命じたことは明らかです。

    最高に奇抜なデザイン!
    その照明の素晴らしさも手伝って、
    新しい宝物殿の一番奥深くの闇の基壇の中心に浮かび上がる阿修羅は、
    まるで別次元の異空間からこの世にふっと姿を浮かび上がらせたかのよう。
    くゆり立つような青春の息吹に包まれて、
    永遠の若さの象徴のようにただならぬほどに生気に満ちて、
    それでいて何故かひっそりと輝いているのです。

正面の両手は軽やかに手を合わせているのですが、
なぜかその位置はかすかに左にずらされています。

    本来合掌するときは、身体の正中線にぴたりと決めるはずです。
    たとえば、二月堂の日光、月光菩薩がそうです。

これまで幾度もお目にかかっているのに、これに気づきませんでした。
なぜなんだろう?

    なにか信仰上の理由があるのかも知れません。
    どなたか、すでに説明しておられることでしょうが、
    いつも通り、勝手に考えてみました。

見学者がとても少ないので、阿修羅の前を4mばかり左右に動いて、
そのお姿をじっくりと眺めて見ました。
そして、分かったような気がします。

    脇の2つの顔とその4つの腕と正面の主人公の顔と手、
    このとても複雑に展開する輪舞のようなお姿が、
    この三面六臂が正面どこから見ても美しく見えるように、
    この位置にずらしたのではないでしょうか?

    頭の中で、脇からの視点で、合掌する手を正中線に位置させると、
    なぜか他の4つの腕の形と調和しない、そんな感じがするのです。

    どうやら正面のどこから見ても、三面六臂が美しく見えるように、
    佛師はわざとずらした、そんな感じがします。

    つまり、三面六臂像の小型模型を沢山試作して、
    最終的な完成像を決めたのではないでしょうか?
    逆に言えば、6つの手は、互いに調和するように、
    その動きを決められた、そんな感じがします。

さまざまな美術館でさまざまな美術史上最上級の彫像に出会ってきました。

    阿修羅は、そんな美術史上最高の傑作たちに劣らないばかりか、
    もしかすると、屈指の名作なのではないか?
    そんな感じがしてきました。
by Hologon158 | 2014-10-24 22:31 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

553.00 ホロゴン画帖200「十壺帖 壺坂の街で実感できた、ホロゴンはやっぱり伴侶」



ホロゴン画帖200回記念にホロゴン!
ハッピーですね。

そうして、もう一つ、ハッピーなこと。

    よく考えてみますと、
    東京のような都会近くでこんな光景を見ることができる町で、
    ほとんど誰にも出会わないで、ぶらぶら歩き、ちょろちょろ撮影できる、
    そんな場所って、あまりないのではないでしょうか?

かつての写真の師匠田島謹之助さんはこう言いました、

    「東京はいいよお。
    世界中の音楽家がやってきてコンサートしてくれるし、
    世界中の美術が東京にやってくるから、
    居ながらにして、第一級のアートを楽しむことができるよ」

そのとおりでしょう。

    でも、私は自ら奈良に住むことを決めて以来30年、
    一度から居を移したことはなく、後悔したこともありません。

    私のような古い町並み、裏通りで写真を楽しむ人間には、
    世界中でこの関西以上に沢山の宝庫を備えている地はない、
    私はそう信じているからです。

壺坂の街はそんな宝庫の1つ。

田島さんは私の写真を見て、こうおっしゃいました、

    「あなたの写真は不思議だねえ。
    一見、猛烈に意味のありげな写真。
    だけど、よく見ていると、なんにもない」

今でも、私の写真は田島さんが見抜かれたとおりでしょう。

    私の写真は、私にしか意味のない写真なのですから。
    私は昔から人に見せるものとして写真を撮ったことは、
    一度もなかった!

私の写真は表現ではありません。

    私の心の形。
    私はここに居た!
    私はここでなにかを感じた!



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by Hologon158 | 2014-10-23 11:52 | ホロゴン画帖 | Comments(0)

552.09 ホロゴンデイ125「2014年10月3日 壺坂の午後はホロゴン15mmF8Mフェスティバル」9-完-メソッド



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日曜日、吉田正写真教室からの帰途、
MIKIミュージックサロンに立ち寄って、
取り寄せ中だった教則本を2種類、ようやく手に入れました。

  辻晋哉先生の当座のレッスン課題のプリントとCD2枚。
  そして、「徳永延生 クロマチック ハーモニカ 教則本」

これらを一見して、ちょっと襟を正しました。

  本気で基礎から学ぶ、という真摯な姿勢で貫かれています。
  まず「キラキラ星」から始めましょう、なんていうレッスンではない。

教則本(通称「メソッド」だそうです)はひとまず置いておいて、
辻晋哉先生の最初の宿題から始めました。

  ところが、びっくり!
  スケール練習がはなから吸音だけでできています。
  それなのに、休止符がない!
  じゃ、いつ吸った息を吐き出したらいいの?
  リズムを崩さずに、大きく溜まった息を吐き出すのは、
  現時点では無理ですね。

  その上、♪=60の速度から始めるのですが、こうすると、
  8分音符の4つの上行スケールがあまりに速すぎて、弾けません。
  来月12日までまだ時間があります。
  ♪=60ではなく、その倍くらいのスピードからじっくり練習します。
  私は段々と速くなる癖があるそうなので、
  最初からメトロノームを使っています。

どうやら徳永延生先生の教則本、いわゆる「メソッド」から始めることにしましょう。

南里沙さんや山下怜さんが愛用しているHOHNER SUPER 64Xは、
私が吹いても、かなり豊麗なサウンドが出るのですから、
凄い楽器なのですが、練習を続けている内に、ふっと気づきました。

  重い!

その上、楽譜をあれこれ見て分かったことですが、
おそらくすべての曲が実は12穴3オクターブの中に止まっています。

  多くの声楽曲がレパートリーに入っているのですから、
  これは当然です。
  南里沙さんたちが最低のオクターブを使っているのは、
  御自分の編曲なのです。

辻晋哉先生はホーナーの270という12穴のハーモニカをお持ちになっていました。

  それに、HOHNER SUPER 64Xを使って1つ気になることがあります。
  マウスピースに屈曲があるのです。
  専門家の解説によれば、スズキはマウスピースが丸いのです。

よし、12穴、48音、3オクターブのハーモニカを手に入れよう!
by Hologon158 | 2014-10-22 16:39 | ホロゴンデイ | Comments(0)