わが友ホロゴン・わが夢タンバール

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564.10 ホロゴンデイ127「2010年1月9日の初撮りは大阪北浜だった」10 コ・ソンヒョン



三原さんのYouTubeビデオを探していて、
とんでもない歌手を見つけてしまいました。

    Seng Hyoun Ko.Un Ballo in Maschera."Alzati!La tuo Filio...Eri tu.."
    (https://www.youtube.com/watch?v=YCexggz6WuQ)

Seng Hyoun、あるいはSeong Hyounと表示される韓国のバリトン歌手は、

    高聖賢(コ・ソンヒョン)

    圧倒的に美しい声は、低音から最高音まで輝かしく、
    どこまでも伸びて、怒濤の印象。

すでに海外に進出しているらしい。
韓国情報発信基地INNOLIFEで記事を見つけました。

    「韓国の誇り、世界が認めたバリトン-コ・ソンヒョン
    93年の公演から出演して多くの観客たちに感動の舞台をプレゼントした
    コ・ソンヒョンは、4年ぶりの帰国舞台として当時の感動を再現する。
    イタリアのプッチーニ国際コンクール1位入賞を始め、
    各種国際コンクールでの入賞と世界オペラ舞台での主演出演で
    ナンパ音楽賞、オククァン文化勲章などを受賞した。
    ヨーロッパで活発な活動をしている彼は、
    "東洋から来た大砲"というニックネームが付くほどの声量を持っている 」

フランスで公演されたベルディのオペラ公演のビデオが見つかりました。
ベルディの「トロバトーレ」

    Il Trovatore (Le Trouvere) act I
    (https://www.youtube.com/watch?v=htdeM-eYUUs)
    Il Trovatore (Le Trouvere) act II
    (https://www.youtube.com/watch?v=rk_EG4wnS-E)

円熟の境地のロベルト・アラーニャと堂々渡りあっています。

    第一幕第三場のアリアはまさに圧倒的。
    奔流のように、情熱の歌が響き渡ります。
    高音のフォルテッシモの伸びとダイナミックレンジは、
    ちょっと比類がないと言いたくなるほどです。
    中音域も低域も高音に負けず魅力的に野太くほとばしり出ます。
    完璧な発声と完璧なイタリア語の発音で、欠点がない。

この人、ディミトリ・ホヴォロストフスキーと肩を並べるほどに、
完成度の高い歌手です。

    もしホヴォロストフスキーの美貌を備えていたら、
    人気は彼をかるく凌いでしまうのではないかとさえ思いたくなるほど。
    まるで最盛期のエットーレ・バスティアニーニの再来とさえ言いたくなります。

フランス人たちもそれが分かっているようです。

    私の感じでは、カーテンコールにおける歓声、拍手喝采は、
    主役の二人を軽く凌いでいたのですから。

最後にプッチーニの歌劇「トスカ」第1幕最後の山場、「テデウム」。
バリトン歌手にとっては、もっとも壮大な仕掛けのアリアの一つです。

    Chorégies Orange 2011 Puccini : Tosca, Te Deum par Seng-hyuon Ko
    (https://www.youtube.com/watch?v=I0cEvOMhjJU)

    ティト・ゴッビやジュセッペ・タデイのような偉大な歌手たちにも迫ります。
    コーラスの壮大な大合唱を貫いて、輝かしいフォルテッシモが響き渡ります。
    広大なスタディアムを埋める大観衆が沸きに沸いています。
    既に、まさに大歌手なのです。




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by hologon158 | 2014-12-30 23:37 | ホロゴンデイ | Comments(0)

564.08 ホロゴンデイ127「2010年1月9日の初撮りは大阪北浜だった」8 第九の演奏会



さて、第九の演奏会。

プログラムは、

    モーツァルト オペラ「皇帝ティートの慈悲」序曲
    そして、ベートーヴェンの第九交響曲「合唱」

演奏は、

    大谷直人指揮、京都市立交響楽団
    独唱者は、
    佐藤しのぶ(ソプラノ)、福永圭子(アルト)、
    二塚直紀(テノール)、三原剛(バリトン)
    合唱は、奈良フロイデ合唱団。

パンフレットには妻の名前も書いてあります。

    えらいものです。
    当たり前か?
    合唱団参加者の家族が観客のかなりの割合を占めているのでしょうから。

なぜそれがわかるか?

    簡単です。
    いつものコンサートよりはるかに騒がしい。
    後ろの年輩の女性の言葉がすごい、
        「いっぱい待ってたねえ。
        ここでまってください、と言われたけど、
        ちょっと滑り込んだら、ちゃんと入れるんだから。
        私なんか慣れてるから、すごく早く入れた」
    なんのことはない、順番抜かしして自慢しておいでになるのですから、
    どんな演奏会に慣れているんでしょうねえ?

さて、第九の演奏はどうだったか?

    壇上を埋めた演奏者たち、その一番奥は合唱団です。
    粛々と入場して並んだ団員たちを見て、とくに中央の男性陣、

        「ありやー......、しなびた年寄りばっかり.......」
        こんなので、ちゃんと歌えるのかな.......?

マンガの主人公のようにスマートな指揮者大谷直人はかなりの方のようです。
水際だった指揮ぶりで、颯爽たる第九でした。

京都市立交響楽団の演奏も迫力満点で、すばらしいものがありました。

    女性が多いのですが、演奏スタイルが凄い方が幾人もおいでになります。
    スカートの両足をがっと開いて、体を傾け、まさに入魂の演奏が楽しい。
    とても生き生きとした演奏で、管楽器、ビオラも素晴らしく、満足。

私にとって問題はやっぱり第九の音楽。

    私は以前よくレコードで聞いたことがありますが、
    いつも第三楽章からかけていました。
    最初の2楽章のモチーフが、第三や第五と異なり下降モチーフで、
    それでも曲がりなりにもぐっと盛り上がったと思ったら、
    ぴたりと終わって、また振り出しに戻ります。
    海辺の濡れた土を盛ろうとしても、寄せくる波にその都度崩される、
    そんな気分で、気持ちがちっとも高揚しません。

第三楽章で、歌手陣登場。
いよいよ始まるぞ、という臨戦態勢に会場の空気がぴしりと締まりました。

    それぞれに個性的な容貌で、いかにも「歌える」感じ。
    冒頭のバリトン独唱も迫力。
    三原剛さんは30台でしょうか、今が盛りという感じで、
    往年の偉大なバス歌手チェーザレ・シエピにかなり似た渋い男性的容貌の持ち主。
    テナーの二塚直紀さんもなかなかのもので、
    やはり往年の大テナー、カルロ・ベルゴンツィを小型化したような、
    満々たる自信があふれ出てくる面構え。
    その面構えどおりに、迫力ある独唱でした。
    アルトの福永圭子さんもまさにできる人で、堂々たる歌いっぷりで、
    佐藤しのぶさんに一歩もひけを撮らない堂々の歌唱でした。

この日のトップスター、あふれた佐藤しのぶさんは、

    まさに独り舞台という感じでディーバの風格に溢れておられましたが、
    その歌唱についてはコメントを控えさせていただきます。

特筆すべきは、合唱。

    歌い始めた途端、ぶったまげました。
    怒濤となってホールいっぱいを満たしたのです。
    佐藤しのぶさんが驚きの表情とともに相好を崩したのが印象的でした。
    奈良のような田舎でこんな合唱を聞けるとは、という表情でした。

もともと独唱者の出番はかなり少ない曲です。
完全に合唱団が主役でした。

    なんだかフルトヴェングラーやカラヤンの合唱団たちに
    ちっとも引けをとらない緊張感あふれ、ど迫力。
    クライマックスではおもわず涙がこぼれる始末。

あとで聞くと、この奈良フロイデは常時演奏会を開いている、
大した合唱団なのだそうです。
だから、完全暗譜に徹していて、楽譜など見ません。

    妻は公募で飛び入り参加なのですが、
    隣で歌っていたベテランが妻にささやいたそうです、
    「あんた、ほんとに初めてなん?
    ちゃんと歌ってるやん」

私も驚愕しています。

    合唱と言えば、数年、ゴスペル合唱団に所属した経験だけ。
    でも、ゴスペルとクラシックの発声法はかなり違うはずです。
    まして、第九ともなると、歌いにくいことこの上もない難曲。
    ただ妻はなにをやっても、ちゃんとこなしてしまう人で、
    ドイツ語の歌詞と強烈にテンションの高い楽譜も、
    自然に暗譜してしまったそうです。

客席に居た彼女の友人のご主人も驚いて、奥さんにつぶやいたそうです、

    「びっくりだね、口を見たら分かるよ、
    ちゃんと歌っている!」

第九が終わり、京響のメンバーが退場すると、
暗闇の中一人抜け出ました。

    この後、合唱団が何とか言う合唱を歌って、
    観客を送るということになっているのですが、
    私は、この余分が嫌い。
    本番の演奏だけを心に残すことにしています。
    音楽に関しては、自分勝手なのです。
        (何に関してでもだろう、と外野席から声)

さいわい暗いので、妻にも発見されず、ほっ。
としたのは、私の油断。    

    妻、帰宅後、
    「あなた、一人だけさっさと抜け出て、
    真っ赤なマフラーを派手に首に回しながら出てしまったわね」

    モンベルでフリースのマフラー820円を手に入れて、
    あんまり軽くてあたたかいので、気に入って使っていたのです。
    これから気をつけなくちゃ。
    
    あなた、泥棒さんとかそれに近いお仕事の人なら、
    仕事に赤いマフラーはやめましょうね。

妻は来年春、ウィーンで第九を歌う旅に参加します。
どうやら彼女も立派に「第九フェチ」になってしまったようです。




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by hologon158 | 2014-12-29 19:05 | ホロゴンデイ | Comments(0)

564.07 ホロゴンデイ127「2010年1月9日の初撮りは大阪北浜だった」7 演奏会前



まだ12月20日土曜日の記事です。

中国琵琶のエンキさんのミニコンサートの後、
45分ほど喫茶店でPomeraで文章書きのための休憩を取り、
その後、奈良町を45分ほど廻りました。

    朝から木枯らしが吹いていましたが、
    モンベルの最薄のダウンジャケットに身を包むと、
    完全に寒さ知らず。

喫茶店を出たときには、ほとんどとっぷりと日が落ちたという感じ。
ぼとぼとと冬の氷雨が落ちる中、私は喜々として撮影を楽しみました。

なぜなら、

    ① ホロゴンで撮影したから
    ② 雨の撮影が大好きだから

ただし、ホロゴンで夜間撮影をしたことはほとんどありません。
なにしろ開放がF8なのですから。
そこで、やったことがないような、しかも、
私の本来の立場から見ると、不正な犯罪を敢行しました。

    ASA感度をなんと1600に設定したのです!
    これでもF8なので、
    ちょっと暗いところでは猛烈な長時間露出になります。
    それでもお構いなしに、撮りたいものにぶつかったら、
    なにも考えないでシャッターを押しました。
    問答無用、御用だ、御用だあ!

午後4時半、奈良町餅飯殿通りの商店街にある喫茶店で、
「ショーガ焼き定食」800円を注文しました。

    ああ、グルメレストランも飽きたわい、
    どれ、場末の喫茶店で庶民のビンボーニンたち、
    どんな食事をしているのか、水戸黄門してみよう、というスタンス。
    と言いたいところですが、実は行きつけのお店なのです。

    かなりみすぼらしく目立たないお店なので、
    いつもほとんどいつも相客がいないうえ、
    慣れ親しんでいるので、居心地がよいことこの上もなし。

家に帰ればよいのに、なんでそんなところにしけ込んでるの?
妻は今からベートーヴェンの第九の本番なのです。

    我が国のディーバ、佐藤しのぶさんをソプラノに迎えて、
    200人を超える合唱団に参加するのだそうです。

私は実のところ第九がきらい。

    妻にいつもそう言いますと、その度に、
    「そんなこと言っちゃだめ!
    好きではない、そう言いなさい」
    でも、嫌いなものは嫌いです。
    それなのに、妻の厳命でコンサートにいかなければなりません。

それも2列目の中央。

    妻からのメールでは、佐藤しのぶさんの目の前なんだそうです。
    でも、しのぶちゃん、どんなに美人でも、
    歌うときはもう全身を口にして歌わなければなりません。
    品を作っている場合じゃないのですから。
    そんなしのぶちゃんを目の前にするのも、かなりつらい。
    
最初の2楽章はなにも言わなくても、目が閉じてくれるでしょう。

第4楽章は、しのぶちゃんをしのぐ美人に目を釘付けにしたいものです。
え、誰のことだって?

    そんなことを言ったら、ぶったおされますよ。
    もちろん、私の妻のことです。

でも、心配。

    合唱団は完全暗譜なのだそうです。
    さまざまな本番に出てきた彼女ですが、
    クラシックコンサートでのシンフォニー本番ははじめて。
    思わずあがってしまい、いきなりどこを歌っているのかわからなくなって、
    口を開いたままポカンと立ち往生する妻を見たら、
    どうしよう?

まだまだ、心配。

    しのぶちゃんが年をとって、美しさにちょっとかげりが見えたら、
    どうしよう?

    ああ、いろいろ悩みがつきません。
    (いったいなにを鑑賞しに行くのだ?)

さあ、5時15分、いざ、コンサートホールへ出発!




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by hologon158 | 2014-12-28 18:26 | ホロゴンデイ | Comments(0)

564.06 ホロゴンデイ127「2010年1月9日の初撮りは大阪北浜だった」6 エンキ(閻杰)さん



年末は音楽会が続きました。
12月20日土曜日午後は、
中国琵琶の奏者エンキ(閻杰)さんの小コンサート。

45分ほどで10曲ぐらい演奏してくれました。

    夜来香
    きよしこの夜
    彼女自身の作曲の3曲、
    紅い牡丹
    アカシアメモリー
    龍

    それ以外にも、
    熊んバチの飛行
    オーソレミオ
    その他

エネルギーに満ちた表情、容姿の女性で、
まさにバリバリと難しい琵琶演奏をやってのけました。

    中国琵琶の表現力が日本の琵琶をはるかに上回っていることは、
    YouTubeでごらんになれば、ただちにおわかりいただけるでしょう。
    そのあたりは、
    中国古箏と日本のお琴の差にそっくりそのまま当てはまります。
    ちょっと中国人と日本人の気迫の違いに通じる感じがします。

エンキさんの琵琶の音色もテクニックも華麗そのものです。
大いに楽しみました。

    一番後ろに大きな声のおっさんが居て、
    「アンコール!」
    おかげで、エンキさん自作の「薔薇」という、
    華麗そのものの曲を聞くことができました。

多彩に活躍されているそうですが、一つだけ注文があります。

(わあ、また始まった!
奥さんに言いつけちゃおう!)

    もう少し優雅にもったいぶってほしい。
    間をもう少しとってほしい。
    とにかく最初から最後まで疾風迅雷の超絶テクニックなので、
    テクニックにまず驚倒させられてしまい、
    音楽の余韻が残らない。

ご自分の作曲のほとんどが、
かなり金属音的で不協和音的な終わり方をします。

    静寂の池に滴り落ちた一滴の水、
    そんなかすかな響きで余韻を残してほしい。
    そんな感じがしました。

    惜しい!





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by hologon158 | 2014-12-28 16:40 | ホロゴンデイ | Comments(0)

564.05 ホロゴンデイ127「2010年1月9日の初撮りは大阪北浜だった」5 フェルメール



イエス・キリストもソクラテスもテレビも新聞も読まず、
狭いサークルで生涯を暮らしました。

    でも、二人が世界を知らないとは誰も言わない。
    本質的なことだけに目を向け、考え、生きたからです。

現代だって、ちっとも事情は変わりません。

    知らなくても生きていけることが数知れず無限に増殖していくだけ。
    テレビをご覧ください。
    番組の中で記憶に値する知恵の言葉がいくつ聞けましたか?

         ゼロ。

    地道に人生をこつこつと生きようとする人物に
    テレビで出会うことができましたか?

         ゼロ。

それなら、テレビなどほおっておきなさい。
出会うに足りる人物を見つめましょう。

たとえば、フェルメール。

フェルメールなんて、日本で人気があるだけで、大した芸術家じゃない、
なんて言う美術研究家がいましたが、

    こんな発言自体、自分がたいした人物じゃないということの証明。
    反証なら、一枚だけで十分です。
    そうしたら、そんな発言がでたらめだと分かります。
    この画家がどんなに見つめ、どんなに思索し、どんなに手を動かし、
    どんなに生きたか、それが分かります。

たとえば、アムステルダム国立博物館の「牛乳を注ぐ女」

    小さな絵です。でも、
    まるで生命力に満ちた時空をかいま見る窓のように、輝いています。
    こんな絵を描ける人がただ者だと思う人って、
    しっかり目と心を開いていない人なのです。

オランダ人はフェルメールの値打ちをちゃんと分かっています。

    私がこの絵に心を奪われて立ち尽くしているとき、
    女性ガイドが十数人の見学者を連れてやってきて、
         「さあ、レンブラントの「夜警」に次ぐ、
         この博物館の至宝をごらんください」
    「に次ぐ」というのは余計だ、と思いましたが、
    アムステルダム博物館にはこの世の至宝がごろごろ並んでいるのです。
    それなのに、この小さな小さな絵を至宝と断言するガイドさん、
    さすがにちゃんと目と心を持っているのです。
    したり顔の日本人美術研究家なんか忘れましょう。

日本にも至る所にさまざまの偉大な芸術が、
至高の美があなたを待っています。

     フェルメールは一例にすぎません。

そして、私の場合には、街角に、路傍に、地面に、
そんな美が待ってくれています。

     なにも公称のアートばかりが美じゃない。
     この世には美が溢れています。
     それを美しいと思う人がいる限り、それは美しい。
     
          これこそこの世の大切な真理です。
          私にとっては至上の真理。

     こんな気持ちがある限り、
     私はどこでもいつでもなんでも、写真が撮れますし、
     
いつまでも元気一杯、心に喜びを満々と溢れさせて生きることができます。




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by hologon158 | 2014-12-27 22:45 | ホロゴンデイ | Comments(0)

564.04 ホロゴンデイ127「2010年1月9日の初撮りは大阪北浜だった」4 小松英典さん



かなり昔のことになりますが、
12月17日水曜日、夜は音楽の夕べでした。

    ドイツで活躍する日本人バリトン、
    小松英典さん

すでに60歳は超えておられるようです。

    1975年、ハンブルグで宮廷歌手アーノルド・ヴァン・ミルに師事し、
    1976年には、リューベック国立音楽大学で、
    やはり宮廷歌手のエディット・ラング、ルネ・コロに師事したそうです。
    ヴァン・ミルと言えば、デッカのさまざまな録音に参加した、堂々たる声のバス歌手。
    ルネ・コロは当代最高とうたわれたワーグナーのヘルデンテノールです。
    つまり、深い低音と輝かしい高音を学ばれたということ。

    その後の活躍ぶりがパンフレットの略歴に記載されています。
    とんでもないほどの経歴で、
    ドイツ連邦共和国認定終身プロフェッサーの称号を授与されているのですから、
    フィッシャー・ディースカウ、ヘルマン・プライの系譜につながる、
    正統派のドイツバリトンの旗手なのではないでしょうか?

曲目はシューベルトの「冬の旅」

    大阪梅田のザ・フェニックスホールなので、
    声楽リサイタルにはとてもふさわしい規模のホールです。

畏友のRAさんをお誘いしました。

    ヴァイオリンを修業され、さらには長年合唱団に所属されてきた方です。
    よろこんで参加していただきました。

さて、演奏会ですが、第一部はちょっと苦しい感じでした。

    声が若干やせた感じで、低音はかなり深く響くのですが、
    高音は思うように延びないようです。
    RAさんも、ちょっと期待はずれの感じで、
    「フォルテがまずまずだけど、ピアニッシモがよく聞き取れませんね。
    もっと倍音を効かせて、響かせてほしいところですね」

ところが、第二部で劇的に変化。

    歌手は人が違ったように生き生きとされて、
    高音が朗々と延び、クレッシェンドも果てしなく広がる感じ。
    低音はさらに深く響き、ピアニッシモも素敵に心に届きます。
    アンコールでは、歌集の中の白眉「菩提樹」を取り上げられました。
    見違えるほどにロマンチックに広がる歌声。
    終身プロフェッサーという資格はおそらく歌手の人間国宝のようなものでしょう。
    そんな資格にふさわしい名歌手でした。

二人して幸せに包まれて、夜の梅田を道々撮影しながら帰りました。
人間の声という楽器の難しさを知らされたコンサートでした。

    これがあるので、歌手はコンサートの何時間も前から、
    声を慣らしているはずなのですが、
    私はまったく無知なのですが、勝手に推測しますと、
    声を存分に響かせるのをじゃまする一番のファクターは、
    心にあるのではないでしょうか?
    要するに、緊張がのどを締め付けるのでは?

オペラの中で主演テノールにとって難しい曲は、
アイーダとトスカではないでしょうか?
バリトンで言えば、もちろんパリアッチと第九ですね。

    この4曲とも、出だしにアリアや主要なパッセージを
    いきなり全力投球で歌わなければならないのですから。
    
でも、こんなことは小松さんにも十二分に経験済みのことです。
私としては、だからこそ、ちょっと疑問です。

    できたら、まず、シューベルトの他の歌曲を必要な数だけ歌って、
    のどを慣らしてから、「冬の旅」本番に全力投球で入っていただきたかった。

実のところ、こんな文章は妻に読ませるわけにはいかないのです。

    妻が読んだりしたら、烈火のごとく怒ります。
    「自分は歌えないのに、知ったかぶりをして!」
    
でも、と、ここは妻がいないので、堂々と反論しますが、

    自分ではできないことについては沈黙しか許されないとなると、
    この世の中のほとんどすべてのことについて、
    ほとんどすべての人が沈黙せざるを得なくなります。
    自分ではできなくても、はたで見るとわかることだってある、
    私はそう信じます。

そして、このブログはただの日記なので、
思ったことはなんでも遠慮会釈なしに書き殴ることにしています。

    日記になんでも書けなくなったら、この世はおしまい。

    だから、爽快ですね。
    小松さん、ごめんなさいね。






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by hologon158 | 2014-12-26 21:49 | ホロゴンデイ | Comments(0)

564.03 ホロゴンデイ127「2010年1月9日の初撮りは大阪北浜だった」3 完璧な仕上げ



Club Sei-G写真展が終わりました。
見事な組織力で、たちまりに撤収作業が完了しました。
マイクロバスで約半時間かけて、宝塚に移動し、
料亭「がんこ」で30数名集まって打ち上げをしました。

吉田先生が挨拶の中でこうおっしゃいました、

    写真展を成功させることがプロとしての自分の仕事であり、
    そのためにもクラブのメンバーが
    自分の作品をしっかり完璧に仕上げて来てほしい。

皆さん気付かなかったかも知れませんが、これはもっぱら私への注文。

    先生わざわざお数えになったのですが、
    10点中6点がマットの窓にぴたりと写真が収まらず、
    白地がわずかに出ていたのです。

これは私もわかっていたことです。

    エプソンのニュープリンタ、
    なぜか私の設定値どおりプリントしてくれず、
    写真の長辺が設定値よりもかなり小さくプリントしてしまううえ、
    位置も中央に設定しているのに、
    上の方に大きくずれて印刷されるのです。

それが分かっているので、もっとマージンを大きく撮ってプリントすれば、
マットの枠いっぱいを写真が埋めるようにできるはず。

    でも、そうすると、短辺側が大きく削られることになります。
    私にとっては、見せたい画面をフルに見せたいので、
    ちょっとした白地などまったく気にならなかったのですが、
    先生にはそれが許しがたい怠慢と感じられたのでしょう。

このあたりがプロとど素人の差だと悟りました。

    先生にとっては、この写真展全体がご自分の作品。
    私にとっては、メンバーの一人として、
    「ちょっと遊んでみました」というただの遊び。
    この違いは大きいですね。

先生に本当に大きなご迷惑をおかげしたようです。
幸いもう二度とそんなご迷惑をおかけすることはありません。
先生のお許しを頂ければ、写真展参加はやめるからします。
自分に似合わないことはしない、それが私の主義。

    ということで、木製フレームを使うことは二度とないので、
    4名の希望者に写真を付けたままフレームを差し上げました。
    かなりシックなたたずまいの高級アートフレームなので、
    ご自分の大好きな写真をセットすれば、インテリアにもなります。
    畏友RAさんに「岩を刻んだ段々道」を差し上げますので、
    結局10点中5点に減らすことができました。

これからは、毎月のクラスで吉田正さんの洒脱だけど奥深い講義を楽しみ、
クラスメンバーの独創的な写真たちを高みの見物させて頂くことにします。

    私は大半の写真家とちょっと違う点があります。
    大半の写真家にとっては、自分の写真だけが関心の対象。
    私にとって、私の写真は私の一部なので、関心もなにもあったものじゃない。
    だから、他の人の写真をそのものとして素直に楽しむことができます。

打ち上げの際一人一人挨拶をしました。
お一人の女性がこんな風に挨拶しました、

    「みなさんの写真を見て、驚嘆したり賛嘆したり嫉妬を感じたり」
    とても正直な発言でした。
    そんなダイナミックな気持ちを持ち続ける限り、
    写真の道を邁進することができるでしょう。

私は驚嘆、賛嘆はしても、嫉妬はいっさいしません。

    私はその人とは違うのですから、そんな風に撮れないのは当たり前です。
    ほかの人の写真と自分の写真は同列には比較対照できないのです。

    たとえば、ワルツのステップを踏みながら、マンボは踊れませんね。
    (実は、私は踊りという踊りはできませんが、これはたとえ)

    でも、これは年を取ったということにすぎないかも知れませんね。





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by hologon158 | 2014-12-26 17:18 | ホロゴンデイ | Comments(0)

564.02 ホロゴンデイ127「2010年1月9日の初撮りは大阪北浜だった」2 自分に忠実に



12月22日日曜日に戻ります。
今年は、私にとってもまさに師走となってしまいました。
金曜日から5日間連続であちこち飛び回ることになってしまいました。

日曜日は、午前、吉田正写真教室、
午後、Club Sei-G写真展千秋楽と打ち上げ。

    写真教室は、一回お休みしただけで、
    後は吉田正さんのお話とメンバーの写真、この2本柱で、
    毎回悦楽の境地を楽しむことができました。

    すべてが吉田正さんの人柄、カラーで染められているのですが、
    その基本精神は自由、個性尊重にあるのですから、
    空気感は清涼。

実のところ、私はいつまで経っても、なんだか見学者風で、
教室に完全に溶け込めたとまではいいがたい状態。

    その理由の一つが私の心の方にありそうです。
    完全ど素人として、人に写真を見せるのはやめたと言いつつ、
    こうして写真展に参加すること自体、いまだになじめない。

    じゃ、「ど素人」はやめたら?
    もともと写真について言いたい放題じゃないの?
    そう言うご意見もあるでしょうけど、
    これは私の基本精神です。
    やめるわけに行きません。

人の目を意識するようになったら、ロボグラフィは撮れません。

    人がどう思うだろうか?
    そんなことを考えながら写真を撮るなんて、ごめんです。
    今のように自由自在に、軽々と撮ることができなくなってしまうでしょう。

さて、今回の教室、時間がなくて、先生の講義はほとんど抜きで、
みなさんの写真を順次先生がコメントすることで早めに終わりました。

    そのお一人お一人の作品がまさに独創的。
    なんだか日増しに、というか月増しにというか、
    どんどんと自分らしい作品をお撮りになっていくようです。

    お一人の男性、三脚にセットしたカメラを10秒のセルフタイマーをかけて、
    歩いていく自分の後ろ姿をお撮りになった5枚を持参されました。
    そんなことをされる男性カメラマンに初めて出会いました。
    実に見事に決まった写真たち。

みなさん、すごい人ばかりで、恐れ入ります。

    そんな中で、自分のためにただ記録として撮った写真を
    適当に選んで持参する私はますますくすむばかり。

    今回は、新大阪駅の紅葉シーンを5枚、A4で並べましたが、
    みなさんにはお断りしておきました、

    「やっぱり人に見せるものとして撮っていない写真をどう並べても、
    組写真にはなりません。
    今回は、なんとかなるかと思って、10枚組にして出展しましたが、
    やっぱり人に見せるのはもう止します。
    ここに持ってくるのも、自分なりに5枚組むつもりでやってきたのですが、
    これもよします。
    組み写真じゃなくて、ただ5枚並べただけ、そうお考えください」

先生も、

    「ここではいつもこんなに生彩があるのに、
    写真展に出すと、どうしてあんなにくすんでいるんだろうねえ?」

ここでなにくそっと思って、
人が感心するような写真作品を作ろうと方針転換したら、
元も子もありません。

    やはり野に置け、ロボグラフィです。
    吉田正さんの基本精神はどこまで行っても「自分に忠実に」です。
    私ももっと自分に忠実にならなきゃ、ね。

今回の写真展は大いに楽しみましたが、

    一番の発見は、なんと言っても、
    自分の写真のあり方を写真教室に入ったからと言って変えてはならないこと。
    このことをしっかりと自覚できたことです。

これまでも幾度も書いてきたことですが、
実のところ、このことがいつも一番気にかかっていたことなのです。

    友人の一人からはこう言われました、
    「なんで今更写真教室に入るんですか?
    今更写真の勉強もなにもないでしょう?」

    吉田正さんの講義を聴き、人間性に接したいから入った教室ですが、
    その雰囲気に乗ってしまいました。
    人間が弱いのですね。




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by hologon158 | 2014-12-26 14:18 | ホロゴンデイ | Comments(0)

564.01 ホロゴンデイ127「2010年1月9日の初撮りは大阪北浜だった」1 新年撮影会



毎年、写真の友人たちと新年撮影会を楽しんでいます。

かなり長い間、断続的ですが、近江八幡の冬を撮影してきました。

    ときには長浜、彦根に行く先を変えたこともありますが、
    なぜか滋賀県をいつも選んでいました。
    冬らしい光景を撮りたいから、かも知れません。

ところが、2010年はどうやら違ったらしい。
大阪北区の北浜のオールドタウンを撮ったようです。

ホロゴンウルトラワイドの撮影分が131枚スキャンされています。

    だいたい5割程度スキャンするようですから、
    撮影フィルム本数はせいぜい7本程度だったようです。

ホロゴンウルトラワイドは露出計も絞りもない原始カメラですから、
脳内露出計で撮ります。
この露出計、ホロゴンウルトラワイドの場合、奇妙にシフトします。

    ① EV値をまず判断します。「13だな」
    ② ただちに自動的にEV値11に下げて、シャッター速度をセット。
    ③ そうすると、仕上がりはマイナス2、ときには1.5になります。

理由は分かりません。

    フィルムにして数千本撮りましたので、自然にできあがったシステム。
    だから、私のネガは常に一定の濃度であがっています。

この日は正月気分だったせいか、脳内露出計がさらに好調。

    ブログ掲載のために、濃度を微調整する必要がほとんどない。
    いつものように、スキャン分を全部並べることにしましょう。

    ああ、もうじき正月だ!
    というより、もう正月?




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by hologon158 | 2014-12-26 10:49 | ホロゴンデイ | Comments(0)

563.01 ホロゴン画帖205「十雅帖 スーパーコーマット38㎜で京の雅を」



これまで私の画帖は十画帖の伝統を大きく外していました。
大好きな写真と思えば、数量無限定で選択して並べていました。

今回思い切って、オーソドックスに戻ることにしました。
きっかり10枚だけ選択します。

    自分の作品選択眼を磨くため!

        ノー!

    画帖の作品性を高めるため!

        オー、ノー!

    疲れたから。

私のブログシリーズは撮影日ごとに撮影順に並べています。

    プロアマを問わず、写真家の皆さん、決してしないこと。
    実力のほどを完全に暴露してしまうからです。

じゃ、なぜそんな愚行をするのか?

    私が写真家じゃないからです。

たいていの人は、たった一枚の写真でも実力を見抜いてしまいます。

私の写真の師匠、田島謹之助さんはこうおっしゃいました。

    「1枚、2枚では無理だけど、3枚も見れば、
    その人の人間性を知ることができるよ」
    こわい人ですね。

私は、沢山の写真を見せてもらっても、
私が好む人柄かどうか程度しか分かりません。

    これも、私が写真家ではない証拠。

つまり、写真家なら、数枚見れば私の技量を見破ってしまう。
だとすると、ブログを続けると不可避的にばれてしまう。
慧眼の士は、数枚見れば私の人間性を見破ってしまう。

    じゃ、どんな風に出しても、結局はばれてしまうのです。
    じゃ、気にすることなんかないわけです。
    みんなバレバレでも晴れ晴れとブログを楽しんでいるのですから。
    画帖にするため、写真ファイルを画帖用に作りかえます。
    これが30枚、40枚になると、大変な手間なのです。
    いい加減、疲れました。

    気楽に参りましょう。




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by hologon158 | 2014-12-25 23:02 | ホロゴン画帖 | Comments(0)