わが友ホロゴン・わが夢タンバール

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571.02 ホロゴン外傅143「2015年1月21日 心斎橋にヘリアー15㎜が切り込んだ」2 petzvalさん




1月29日金曜日、
「奈良の軽井沢」と呼ばれているかどうか知らない、
奈良盆地南西端の町、榛原に参りました。

超重武装で身を固めました。
寒さに強いわけではないので。

    昔、10月、写真ツアーで上高地に出かけたことがあります。
    10月の紅葉を撮るというコンセプトでしたが、
    何十年ぶりかで、豪雪が降り、全土厚い雪で覆われ、
    吹雪いて、穂高もなにも見えないという状態でした。

でも、平気でした。

    用心のため、中国で手に入れたダウンを着ていったのですが、
    これが役に立ちました。
    こたつに入っているような暖かさでした。

10年使い倒して、ぼろぼろになったので、
また中国で手に入れましたが、もうその暖かさは戻りませんでした。

    ダウンの質がかなり落ちたようです。
    今はモンベルのダウンに助けられています。
    付虹先生からいただいた超厚手のインナーを着ますと、
    サンタクロースのように膨れ上がりましたが、
    やっぱりコタツ状態。
    これなら、雪でも氷雨でも槍でもなんでも来いです
    (訂正、「槍」は無理)。

本日の最大の目的はPetzvalさんと会うこと。

    なにしろ19世紀のPetzvalと20世紀のHologonが出会うのです。
    いくらホロゴンでも、時代の重みにたじたじ。
    でも、こうして出会うのも運命です。
    私は、自分の大切な人たちとすべて会うはずもないのに、
    なぜか奇しくも出会えることで、
    自分の人生を作ってきてもらったという気持ちで生きています。

Petzvalさんと会うことで、
私の人生に大きな跳躍板をプレゼントしてもらうかも知れません。

    とりあえず、その皮切りとして、
    Petzvalレンズを一本使わせていただくことになっています。
    ローデンシュトックの55mmの宮崎貞安さんによるライカM改造版なのだそうです。
    使いまくるぞ!

紆余曲折がありましたが、ともかく、榛原到着。
駅でPetzvalさんと初めて会ったのです。

    彼は三重県にお住まいです。
    私は奈良県の住民。
    昔から国境を接する二国の王が会うのは国境と決まっています。
    ということで、両県のロボグラフィストの代表として、
    県境に近い榛原で会盟する歴史的な日となったわけです。

榛原駅南口の階段を下りながら、下を見ると、
Petzvalさんが瞬時に見つかりました。

    それらしい人物は他にいなかったせいもありますが、
    一目見て感じたこと、それは、
        「よかった!」

いつも書いていることですが、私の場合、好きな人と嫌いな人、
この2種類の人間だけは一目で決まってしまうのです。

    どちらも大変に少ない。
    たいていは、どちらでもない、白紙。
    一目惚れじゃありませんが、それに似たような出会いがあるものです。
    Petzvalさんと握手すると、もう友人でした。

    これが美しい女性だと、抱擁しあうともう恋人なのですが、
    今回はそうはならない運命にありました。
    (今回もなにもずっとそういう運命。
    ちゃんと家に恋人がいるのに、なにを言っているのだ?)

言い忘れていたことですが、Petzvalさんは男性だったので、
初対面の挨拶もそこそこに始めてしまいました。

    なにを?
        撮影を!

最初の装備は、私は、
    Hologon15mmF8M付ソニーα7
Petzvalさんは、
    ダルメイヤー25mmF1.9付オリンパスE-PL1の後継機(名前失念)。

ダルメイヤー25mmは私も愛している逸品。

    近頃中将姫光学さんが惚れ込んで、
    怒濤の勢いでコレクションを増やしておいでになるペッツバール。
    Petzvalさんからそのすばらしさを教えられて、
    今更ながら、その奥深さに目覚めさてもらったペッツバール。
    そのレンズ設計を踏襲しているのがこのダルメイヤーです。

「レンズ千夜一夜」のカテゴリーでこのレンズを検索していただければ、
私がなにも知らずに、その描写のすばらしさに
滅法惚れ込んできたことをお分かりいただけるでしょう。

    このダルメイヤーレンズは、
    レンジ史の19世紀にさかのぼる重い伝統を背負っていたのです。
    そんなこととは露知らず、
    私はツァイスレンジ史の頂点の一つと言うべきホロゴンで
    榛原の路地を撮りはじめたわけですが、
    Petzvalさんはそんな私の前になり後ろになりつつ、
    ダルメイヤーでロボグラフィを撮ったわけです。

この日、ある画期的な事件が起こったことをまず報告しておきましょう。

    昨日、私は合計748枚撮りました。
    友人と同行したときは、
    私がいつも友人たちの何倍もの大漁
    (かどうかは、観点の相違ですが)。
    ところが、なんと昨日、Petzvalさんは約600枚!
    私とほとんど同量の収穫を揚げたのです!

新潟のストリートフォトの大家yoshiさんにしか負けたことがなかった
(これも観点の相違ですが)私、もう完全に不意打ちを食らいました。

「レンズ千夜一夜」のNo.1245記事のコメント欄においでになれば、
Petzvalさんの写真をごらんになることができます。

    私とは異種の、私のよりも奥深い、
    重厚なロボグラフィをお撮りになっていたのです。

互いに、ロボグラフィポイントを教えあったことは幾度かありますが、
ほとんどの場合、Petzvalさんは私より先行して撮っていました。

    それにもかかわらず、同じポイントを
    別の撮り方で撮っているものがいくつも見つかります。

要するに、昨日沿道サービスに飛び出してきた榛原ロボグラフィたちを、
二人して、「やあやあ」と挨拶しながら歩いたのです。

    こんなことをする人、つまり、
    正真正銘のロボグラフィストに出会ったのは初めて。

でも、驚きはそれだけではありません。

駅から200mほどの位置に喫茶店を見つけて休憩後、
私も次項で書きます同種の焦点距離のレンズにスイッチしましたので、
二人ともほとんど同じ焦点距離の標準レンズで撮影したのですが、

    まったく同じ方向、スタンスからまったく同じ構図で撮っている写真が、
    何枚も何枚もあった!
    今朝、Petzvalさんの写真をじっくりと拝見して、
    この事実を発見して、びっくり仰天しました。

ただの偶然であるとおっしゃる方もおいででしょうね。

    でも、写真を撮るという行為は、
    白兵戦で敵で素手で組打ちをするようなものです。
    どの瞬間も応戦は敵の出方次第。
    そんな白兵戦に偶然まったく同じ解答を出したのです。
    
偶然なんてものじゃありません。
ものの見方、感じ方にかなり共通するものがないと、
とても無理ではありませんか?

    本当に驚きました。



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by hologon158 | 2015-01-31 22:45 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

571.01 ホロゴン外傅143「2015年1月21日 心斎橋にヘリアー15㎜が切り込んだ」1 日々常に新たなり


先週の21日、一人で撮影に出かけたのですが、
その装備は3月に控えている旅のメインセット。

    カメラはソニーα7
    レンズはスーパーワイドヘリアー15mmF8

まずはご覧頂きましょう。




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1月27日火曜日は、久しぶりのセットを持ち出しました。

    カメラはライカM9
    レンズはスーパーワイドヘリアー15mmF8

先週21日、つまり現在のシリーズの撮影と同様、
3月の旅の準備ですが、ひと味変えました。

    ヘリアーにはソニーα7が適合していることは先刻承知です。
    Hologon15mmF8MはライカM9に付かず、ソニーα7には付きます。
    なにかが当たるためなのだそうですが、
    ライカM9はHologon15mmF8M、スーパーアンギュロン
    のような超広角を最初から見捨てていること、
    一方、ソニーα7は、レトロフォーカスではない、
    前後対象型超広角レンズも視野に入れて設計されていることは、
    間違いがありません。

これで判明するライカ社の根性が気に食わない。

    自社のレンズをいかに旧型とは言え、見捨ててしまうとは!

でも、罪は憎んで、レンズは憎まず。

    ライカM9にヘリアーを付けると、
    ソニーα7とは違う絵ができるのです。
    そんな絵がぴったり来る場所だったあるはず。
    そして、15mmこそ私の生息するニッチ。

写真家なら、自分の写真世界を構築するために、レンズを選択することでしょう。

    ときには、独特の被写体を追い求めるうえで、
    あらゆる種類のカメラ、レンズを駆使する作家もいるでしょう。
    自分の作家イメージがカメラ、レンズによって固定されることのないように、
    断固、システムを切り替える写真家もおいでになります。

その点、素人は楽ですね。

        日々常に新たなり。

    撮影に出かけると、その場その場で撮るもの、関心を惹くもの、
    全部違います。
    でも、なににも出会わないということがありません。
    同じ場所に行っても、
    私の関心を惹くものがいつも一緒とは限らない。

        人は同じ川に二度と入ることができない、

    そう暗き人ヘラクレイトスが言いましたが、
    明るき人ホロゴンはこう言いました、

        人は同じ路地に二度と入ることはできない。

私を出迎えるロボグラフィたちのことを「沿道サービス」と呼んでいますが、
沿道サービスに立ち上がるものたちは一緒であったり、違っていたり。

    新顔もうれしいのですが、
    古顔が新しい顔を見せてくれるのもうれしい。
    当然です。
    路地のものたちも変化しています。
    カメラ、レンズも違います。
    そして、一番大きなこと、
    私自身が変化しています。

今回は、クロマチックハーモニカのレッスン後、心斎橋アメリカ村あたりを回ってみました。
by hologon158 | 2015-01-29 22:54 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

571.00 ホロゴン画帖209「十茶帖 スイター25mmF1.5ARの艶が茶屋町にぴたり合い」



吉田正さんがスペシャルな写真ゼミをお作りになる計画です。

    おそらく誰でも参加できるのだろうと思います。

詳しいことはぜんぜんお聴きしていませんが、
おそらく、個展を制作するための基本作業を指導するゼミ。

    年何回かの例会に、おそらくコンセプトと写真を持ち寄って、
    吉田先生の指導の下、かつメンバーの批判アドバイスを浴びつつ、
    個展にこぎつけるまでギリギリに煮詰めてゆくことになりそうです。

写真教室とはまったく別の、まったく異次元の、
プロフェッショナルな吉田さんの顔を見ることができそうです。

    おそらく定員を厳格に絞ることになるでしょう。
    そこで、私の願い。

①をできたら見学させて欲しい。

    だけど、真剣勝負の場に見学者というのもふざけています。
    おそらく許されないでしょう。

②じゃ、本気になって応募するか?

    これはもっと許されないことになりそう。
    写真展などする気がないことは先生も先刻ご承知です。
    「遊びじゃないんだよ」と、けり出されてしまうかも?

やっぱり十画帖シリーズでお茶を濁すより仕方がないかな?

    でも、この十画帖、煮詰めの作業プロセスがゼロ。
    煮詰めをする眼力、構想力がゼロなのだから、仕方がない。
    だから、最初からずっと通覧して、お気に入りだけ選抜。
    好きな写真を並べて、写真展ができたら、お笑いです。

まあ、いいでしょう。

    では、シリーズの最後にお笑いの一席を!




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by hologon158 | 2015-01-29 01:16 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

570.18 ホロゴン外傅142「2015年1月18日 梅田はスイター日よりだった」18-完-即、中止!



26日月曜日午後の陳少林先生のレッスンは1曲弾いたところで、
突然中止となりました。

「八月桂花全地開」

    このとてもかわいい曲を二人で2回通して、
    いつもどおりコーヒー休憩となりました。

先生、思い詰めたように、

    「うちの猫、今日夜あたり、最期ですよ」

    聴いてみると、怪我をして獣医さんに連れていったところ、
    それ以来、抗生物質漬けとなって、
    食べ物を一切受け付けなくなって、
    どんどん体力を失ったのだそうです。

野良猫だったのですが、住み着いてしまい、
陳少林先生が畢生の発明である楽器の工夫をしていると、
その作業場にやってきて、ちょっと離れたところに行儀よく座って、
いつまでも見学するようになりました。
これじゃ、先生も可愛がらざるをえませんね。
今では大切な家族。

    昨日も、ほとんど動けないほどに弱っているのに、
    作業を始める、よろよろやってきて、見学したのだそうです。

私、我が家の2世代目の長男銀太のことを思い出しました.

    「先生、すぐに獣医さんのところに行って、
    点滴してもらってください」
    「最初に一回だけしてくれたんだけど、
    それからはしていませんでした」
    「それから、先生に1週間分の点滴セットを分けてもらって、
    自宅で具合を見ながら、少しずつ点滴をしてあげてください。
    必ず直ります」
    「そうかな?」
    「そうです。私の後レッスンありますか?」
    「今日はこの後ありません」
    「じゃ、レッスンはこれでやめましょう。
    すぐ家に帰って、獣医さんのところに行ってください」
    「そうするわ」
    「獣医さんがだめだと言っても、がんばってください。
     奈良の友人が、やっぱり猫の重病のときに、
    先生がもう無理だと言う度に、自宅で点滴を続けて、
    3度もいのちを取り留めたと教えてもらいました。
    だから、絶対に分けてください。
    自分で点滴できます。そう言って、
    絶対に点滴セットをもらってかえってください」

こんなやり取りで、ただちに揚琴をケースに仕舞い、
部屋の整理も手伝ってから帰りました。

    猫よ、がんばれ!
    先生、がんばれ!

そう心に祈りつつ、教室を後にしました。
でも、パンタッカーを取り出したら、
猫のことも忘れて、撮影に熱中しました。

    冷たい人ですね、私は!



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        [後書き]
          最後の2枚、なんだと思いますか?
          JR大阪駅のエスカレーター部分の周壁上の手すり。
          どこにでもロボグラフィは転がっています。
by hologon158 | 2015-01-28 22:06 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

570.17 ホロゴン外傅142「2015年1月18日 梅田はスイター日よりだった」17 さんざんな出来



付虹先生の揚琴レッスン、さんざんな出来でした。

今練習しているのは、

    ①「吐魯番的葡萄熟了」
    ②「在那銀色月光下」
    どちらも新橿のウィグルリズムの歌の揚琴バージョン。
    YouTubeで元の歌をお聴きいただくことができます。

どちらも恋の歌です。

    ①は、葡萄が熟す季節になったけど、自分の恋はなんだか....
    というような、ちょっと暗い歌なのだそうです。
    ②はむしろ明るい曲ですが、途中で2度転調します。
    最初は明るくD調で始まり、3度ばかり繰り返してから、
    F調に転じて、ちょっと暗くなります。
    最後に、もう一度D調に戻り、
    明るく盛り上がっておわります。

②の途中のF調の部分が、
日本では絶対に作られないような微妙な調べ。

    どこか引きずるようなわだかまる思いが切々と歌われます。
    こう書いていますと、すでにおわかりのように、
    私には体験したことがないような境地。
    音楽といい、リズムといい、調べが醸し出す情感といい、
    全部私には不得意な分野のようです。

でも、誰でもそうかも知れませんが、
反対物の一致のようなものに憧れるところがあります。

    願ってもかなわないような、というより、
    かなえたくないような青春の苦しさを揚琴で奏でる難しさ、
    お分かりいただけるでしょうね?

    そのうえ、先生が横で聞いているということだけで、
    心が乱れてしまいます。

長年各種の専門家たちを前にして、
イニシアティブをとって仕事を進める、
そんな仕事をしてきた私が、

    付虹先生の前に出ると、手も足も出なくなって、
    転調すると、我が家ではすいすいと飛び移って、
    易々と弾いていたはずなのに、
    頭がぐちゃぐちゃになった感じになって、
    弾けなくなるのですから、いけませんね。

    本日の採点は「がんばって」(5段階の3)でした。

先生の玄関のドアを開けたとき、
先生が模範演奏を弾いていました。

    玄関から十数メートル離れ、重いドアで隔てられている部屋から
    聞こえてくるその音楽は、天上の調べのようでした。
    どんな楽器でもそうですが、名手の手にかかると、
    まるで別世界の至福の調べに変貌するものです。

この距離、つまり、素人と芸術家との間の距離が広ければ広いほど、
その楽器の可能性は大きくなる、そう言えそうです。

    その意味で、揚琴はよい楽器なのです。
    しかも、私の揚琴は先生が北京から運んでくださった、
    全国大会指定の極上の楽器なのです。

    もっともっと心静かに落ち着いて弾けるように、
    精神を鍛え、心を澄まさなきゃ!
    と言っても、どうすればそうできるのか、
    さっぱり見当がつきませんが......




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by hologon158 | 2015-01-28 21:24 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

570.16 ホロゴン外傅142「2015年1月18日 梅田はスイター日よりだった」16 舞うように



月曜日午前は付虹先生の揚琴レッスン日。
午後は陳少林先生の揚琴伴奏レッスン。
明日は辻晋哉先生のクロマチックハーモニカレッスン。

    要するに、毎月2回巡ってくる至福の2日。

JR大和路線で大阪に向かいます。
いつも途中に心を留める道があります。

    農道です。
    微妙に曲がり、三角地帯で直交するもう一本の道が合流します。
    3方から道が三角地帯を作るように集まっているという感じ。
    どこも無理をせず、ふんわりと舞うように。
    でも、美しく弧を描くというようなアート的な意図はまるでない。
    愚直にできあがっている。
    そのあたりの自然さがなんとも言えず心を落ち着けます。

一度撮ってみたい。

    でも、そのためには少なくとも135mm望遠が必要です。
    だから、撮れません。
    見るだけで満足しています。

よく考えてみますと、子供の頃の田舎道、田圃の全部がこうでした。

    今はほ場整理が行き届いた地区では、
    同じ大きさの長方形の区画がのたりのたりと並んでいるだけ。

    一度開発された地区の住宅地帯を通り抜けたことがあります。
    死にそうになりました。
    心に留まるものがなにもないのですから。

私の子供の頃、叔父が住んでいた二上村穴虫部落の道は、
白漆喰土塀に囲まれて、狭くでこぼこで曲がりくねっていました。

    これが人間の住む場所だった。
    おそらく人の心もそんな風に微妙でのどかだったのです。

環境が人を作ります。

    哲学者ヴィトゲンシュタインが設計した家はガラス張りでした。
    灰色のコンクリートの地肌を見せた壁面で囲まれた、
    調度がほとんどない邸宅を見たことがあります。
    私が住んだら、1か月も経たずに、病気になってしまうでしょう。
    事実、ヴィトゲンシュタインは病気になってしまいました。
    妥協の余地のない厳格な哲学の檻の中に自分が閉じ込められた、
    そんな感じがします。

私の部屋はその逆。

    お気に入りの本やCD、DVDや写真で溢れかえっています。
    東西の壁面は天井までの書棚を本が埋めています。
    側に面した窓は高さ150cm、幅2mを超える、
    私が設計した巨大ビューローで隠されています。
    要するに、がらくたかおもちゃ箱をひっくり返したような部屋。

幾度かきれいさっぱりと整理したことがありました。

    スヌーピーに、どんなにお風呂できれいに洗ってもらっても、
    外にでたとたん、ホコリだらけになってしまう男の子、
    ピッグペンが居ましたが、私はかれそっくり。
    乱雑そのものの空間でないと、心が安まらない。
    整理しても、あっという間に私の書斎もピッグペン状態。

写真も、だから、整理された空間処理など大嫌い。

    なにもかもありったけ乱雑に散らばった場所を好んで撮ります。
    どうやら私の自写像らしい。
    おかげで、ブログまで乱脈そのものの雰囲気。

でも、今更、変えようったって、無理ですね。
誰でもそうでしょうけど、別のなにかに化けるのは難しい。

    この乱雑な精神構造の人間には曲がりくねった道が合っています。
    こんな人間ですから、まっすぐの線を好む人間、
    整理された空間でないと居心地の悪い人間とは合いません。
    それぞれの性格が写真に自然と現れてしまうものです。

この世の中、秩序維持派の方が多いと見えて、
おかげで、昔から私の写真は不評でした。

    向こうもこちらが分かるみたいですね。




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by hologon158 | 2015-01-28 11:27 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

570.15 ホロゴン外傅142「2015年1月18日 梅田はスイター日よりだった」15 どちらを動かす?



毎月第二週は楽器レッスンの週です。

    月曜日は午前中が付虹先生の揚琴レッスン、
    午後は陳先生の揚琴伴奏レッスン、
    火曜日は辻晋哉先生のクロマティックハーモニカレッスン。

それそれに独特の難しさがあります。
目下クロマティックハーモニカで苦労しています。

    楽器は一般的に、楽器を安定した位置に保ちながら、
    身体を動かします。
    ところが、クロマティックハーモニカは逆。
    身体を安定させて、楽器を動かす。

たとえば、ピアノやヴァイオリンだったら、
ある音を出すためには、指がその音に向かって動きます。
まあ、ピアノを動かして弾くのは、かなり大変ですけどね。

    クロマティックハーモニカの場合、
    顔、口は不動。
    楽器をその音が出る位置までさっと動かします。

子供の頃、複音ハーモニカを楽しんでいたことを記憶しています。
ハーモニカの正しい音まで口を移動させていたものでした。

    あれは間違っていたのです。
    どんなハーモニカも、正しい奏法は、ハーモニカを動かすこと。
    理論的には理解できます。

    まさに座標軸の変換を要する作業。
    確かに理屈は納得できます。
    ハーモニカのような小さな楽器では、
    大きな頭を動かすよりも、小さなハーモニカを動かす方が、
    ずっとハイスピードで、かつ安定しています。

    写真で考えれば、すぐになっとくできます。
    撮りたいものを動かすより、自分が動く方が早いし合理的。
    現象は地球上の座標軸のある一点に位置しているけど、
    撮影者はその一点に向かって移動する方が簡単です。

言葉で言えば、その方法は簡単です。

    両肘をほぼ体側に付けた状態で、ハーモニカを支えます。
    こうして腕とハーモニカとで作る台形の内、
    左手の支え部分だけを左右に動かして、
    ハーモニカの正しい孔を口のところに移動させるわけです。

    
もっともこんなことは唯の理屈。
実践的には、かなり難しい。

    でも、たとえば、南理紗さんはクロマチックハーモニカに出会った途端、
    もう見事に音楽を演奏して、YouTubeに掲載を開始していました。
    
    私はレのシャープとミを8分音符で反復するのだって難しい。
    「そんなの簡単だ、馬鹿みたい」とおっしゃるあなた、
    実際にやってみてください。
    かなり複雑な動作を瞬時に組み合わせなければなりません。
    いくつかの種類の協同動作のシンクロナイズが必要なのです。

よく考えてみますと、
人間のすべての動作で同種のシンクロナイズが行われています。

    それぞれに長い時間をかけて実現した協同動作なのです。
    それを意識すると、たとえば、歩く歩行と腕の振りのように、
    右手右足が同時に動くようなぶざまな姿に逆戻りします。
    赤ちゃんが2足歩行を始めるのはかなり難行。
    でも、ちゃんと覚えて、そのうち、走り始めます。

    ロボットに2足歩行させるのに、どれだけ時間がかかったか?
    このことを考えると、
    赤ちゃんは本当にすごいのです。

つまり、ハーモニカを練習する人間も、
ハーモニカ演奏に独特の身体の動きを無意識にできるように、
自分の身体と心を鍛える必要がある。

    訓練と才能の問題だと言ってしまえば、おしまいですが、
    私の場合、かなり不器用だということを日々思い知らされています。




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by hologon158 | 2015-01-26 21:52 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

570.14 ホロゴン外傅142「2015年1月18日 梅田はスイター日よりだった」14 大阪の下町へ


昨日は友人二人と大阪の下町を撮りました。
いつもやってることですが、わくわくしますね。
複数人の交錯するストリートスナップの名人のINさん、
そして畏友のRAさん。

私の同行は、

    ゾンネタール50mmF1.1付きライカM9
    ダルメイヤー25mmF2.9付きオリンパスE-PL1
    ライカM9は久々の登場です。

でも、販売元のライカ社の状態は私には不愉快。

    ますます第二次世界大戦前後のスタンスに近づいている。

        「金持ちだけを相手にしよう!
        貧乏人はそこらのデジカメで我慢しな!」

    デジタルライカを出し始めたころから、
    その方針は明瞭になっていましたが、
    今年はこれまでの倍増しに超高額のライカを続々出すのですから、
    ライカMまでなんとかついてこれた小金持ちの皆さんも
    このあたりで息切れならぬ金切れとなりそうですね。
    なに、中国人相手の商売なのですから、気にしないでおきましょうね。

こうなると、水膨れみたいな不細工一歩手前のライカM9ですが、
スリムに見えてくるから不思議です。

    なにしろまだローンが残っているのですから、
    もっと使って、元をとらなきゃ。

そして、宮崎貞安さんの畢生の名レンズ、
ゾンネタール50mmF1.1も久々の出番です。

三月の中国旅行でのレンズになにを選ぶか、これが現在の課題。

    メインはスーパーワイドヘリアー15mmF8。
    これはほぼ決まり。

でも、メインの決定さえもまだまだ紆余曲折がありそうです。

    これも同じくらい軽いスーパーアンギュロン21mmF4になるかも知れません。

サブの有力候補として現在浮上しているのが、

    パンタッカー50mmF2.3
    スピードパンクロ35mmF2
    そして、このゾンネタール。

おそらくスピードパンクロは必携のサブ。
だから、残り2本から標準サブを選ぶことになりそうです。

    本命はパンタッカーなのですが、
    絞りの自由度が高く、夜も撮れるゾンネタールの方が
    汎用性が高いかもしれない。
    でも、魔術性に満ちたパンタッカーの描写こそふさわしいかも?
    あれこれと悩ましいことです。

今日はそんなサブテスト第一弾、ゾンネタールの登場、というわけです。

一方、本日のサブはペッツバール型廉価版Cマウントレンズ。

    ダルメイヤー25mmF1.9

    中将姫光学さんがこれでもかこれでもかと、
    ペッツバールタイプの19世紀古代レンズの作例を紹介され、
    その描写のえも言われぬ優しさに魅了されながら、
    長焦点の大型レンズばかりなので、
    とても手を出せないと思っていたところへ、
    「レンズ千夜一夜」にコメントをいただくようになったpetxvalさんから、
    ダルメイヤーのペッツバールタイプのCマウントレンズの描写は
    まさにペッツバールなんだと教えられて、
    にわかにペッツバールへの関心を深めている今日この頃、
    よし、久しぶりに使ってやろう!

こうして果てしなくレンズ試写を続けている私の姿に、
いつになったら、本格的に写真を撮り始めるのだ、
といらだっている方もおいでかも知れません
(ほとんど人が来ないのに、なにを寝言を?)。

    でも、本格的に写真を撮るということ自体が私に無縁の事態。
    今、こうして試写を楽しむのが私です。




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by hologon158 | 2015-01-25 22:01 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

570.13 ホロゴン外傅142「2015年1月18日 梅田はスイター日よりだった」13 暗黒時代へ


日本の古代史は闇のなかの闇。
紀元後5世紀頃までほとんどなにも確実なところは分かっていません。

    大和朝廷が最後に日本を統一したことは、
    結果として分かっているのですが、
    統一以前の日本の各地の政治状態、統一のプロセスは完全に謎。
    なぜか?

文字がなかったからです。

    稗田阿礼のような口伝の史官が各地の王朝に居たのかもしれません。
    でも、それらの各地の伝承を筆記する太安万侶は居なかった。

実のところ、このような事態は世界中であたりまえの状態でした。
文字を生み出した文化、文明だけが伝承を記録することができました。

    その最良の実例が中国、ギリシア、インド、ローマにあります。
    言葉の発明は人類を、人類学的にではなくても、
    文化的に飛躍的に進化させました。
    でも、その言葉を文字によって記録するレベルに至るためには、
    おそらく超絶的な天才の存在を必要としたのではないでしょうか?
    言葉があれば、文字も遅かれ早かれ出現するというような、
    必然的な関係にはありませんでした。

早い話、日本では、弥生時代の前の縄文時代は、
なんと1万年ほども続いたと言われています。
すでに言葉によるコミュニケーションはあったのでしょう。
考古学的に、さまざまな遺跡が見つかり、
かなり広範囲の物流があったことが証明されているからです。

    でも、文字を発明するにはついに至らなかったし、
    高い文化が興隆し栄えたというレベルにも
    ついにたどり着かなかったようです。

生活の必要を超えて、より高い次元での行動を生み出すためには、
それにふさわしい概念、思考、きっかけ、歴史が必要だったようです。

    でも、そのためにはなんらかの意味で言葉を概念を表す道具、つまり、
    シンボルとして使用できるようにならなければならないことは明らかです。

文字、書き言葉が発明されたとき、
言葉はそのものとして独立の思考の道具に昇格しました。

    中国人、ギリシア人、インド人は気の遠くなるほど昔から、
    言葉を駆使する訓練を受けてきたのです。
    偉大な哲学が、歴史書がこれらの文明、文化の中で芽生え、
    興隆したのは当然です。

    その周辺の文字のない諸国家では、
    いつまでも「切った、はった」の血なまぐさい歴史だけが展開したのは、
    高邁な概念、思想、理想を生み出す文字がなかったから、
    生物学的なレベルから抜け出ることが困難だった、
    ということではないでしょうか?

この格差は現代でもまだ続いています。

    文明、文化が次第にグローバル化した現在、
    大きな格差は国家間だけでなく、個人間にも広がっています。
    たとえば、コンピューターが戦闘に使われるようになると、
    戦闘そのものが人と人との格闘のレベルを遥かに飛び越して、
    バーチャルリアリティの中での戦闘が、
    現実の戦争行為となるまでになっています。
    そうすると、人の痛みなど知る機会がなくなってしまいます。
    殲滅的な作戦が平気で敢行される時代。
    ヒューマニズムなど、国家の必要の前では完全に無視される時代。
    政府や東電が福島原発事故の罹災者の気持ちなど平気で踏みにじる時代。
    国家のためには個人は平気で犠牲にされてしまう時代。

でも、これは、人類の精神史上、何世紀もの後退を意味するのです。
つまり、まさに人類は暗黒時代へと突入しようとしています。

    こうなると、高邁な理念、理想を心の中にしっかりと育むことこそ、
    高い人間的文化を育てるための絶対的前提となりつつあります。

    企業への献身に心身をすり減らして、
    帰宅して、「めし」「風呂」「寝る」だけで夜を迎えるようでは、
    次第に心はひからびてしまうことでしょう。

私は孫のプリンスが2歳になったばかりの出来事を忘れられません。

    まだほとんど片言をしゃべりはじめたばかりなのに、
    血相を変えてやってきて、絵本の開いた頁を私に見せました。
    消防団のはしご車の伸びた梯子の天辺に居る団員が、
    マンション6階のベランダにいる小さな女の子にむかって、
    かなりの距離から大きく手を伸ばして助け出そうというシーン。

    孫はこの女の子を指差して、目をまん丸く開いてこう言ったのです、

        「こわいなあ、こわいなあ..........」

    それから、そそくさと台所に居た私の妻のところに行って、
    妻にも絵本を指し示して、

        「こわいなあ、こわいなあ..........」

私がそのとき感じたのは、

    ああ、この子は人のいたみ、気持ちをもう理解できるんだ!
    そして、もう一つ、
    この子は絵を見て、現実を想像することができるんだ!
    絵のなかの子供を見て、
    現実の子供の感情を感じることができるんだ!
    つまり、シンボルを正しく読む能力が育ちつつあるのだ!

    孫たちには人間らしい情けのある心を持つ人間に育ってほしいものです。

これができない人が大人にもときどき見かけます。

    このような人は、人がどうであろうと、
    我がもののように同情することなどできません。
    でも、思うに、こんな人も子供の頃はそうではなかったはず。
    
社会が構成員から人間らしい感情をはぎ取って行くとすれば、
    そんな社会は人間の社会ではありません。
    生物の社会でもない(近頃、捨てられた赤ん坊を
    猫が暖めて救ったというニュースがありましたね)。
    ロボットの社会ではありませんか?

言葉、シンボルを読む力が人間の文化を守っているのです。

    マスコミ、ネットの情報に闇雲に頼るのをやめなければなりません。
    私たち一人一人が、自分の頭で物事を考え、判断する力を養う、
    それが未来の人間社会を築く礎になる、
    私はそう信じます。




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by hologon158 | 2015-01-23 22:18 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

570.12 ホロゴン外傅142「2015年1月18日 梅田はスイター日よりだった」12 恐竜は草を食べ



今、ちょっと面白い中国の小説を読んでいます。

    陸文夫「美食家」(松籟社)

共産革命の怒濤の中で翻弄される美食家の富豪朱自冶と、
語り手の青年が主人公です。

    美食の町として中国に名高い蘇州の料亭の責任者となった青年は、
    容赦なく高価な名物料理を切り捨て、
    大衆食堂に仕立てなおしてしまいます。

その料亭の常連だった朱自冶はグルメと決別を余儀なくされます。
彼は食べることの大切さを語り手に向かってこう説くのです、

    「笑わないでくださいよ。
    ものを食べるには後味を重んじるものです。
    オリーブのどこがおいしいですか?
    甘くもからくもない、舌触りもよくない。
    ところが食べた後、
    口の中にある種の清らかな香りの余韻が残るのです。
    すなわち、「余味ヨーウェイ」がとりえなのです。
    人間はまったく万物の霊長ですよ。
    あれほどの多くのおいしいものを作り出したのだから!
    空から食べて地上にいたり、川から海へと食べていく。
    もし人間が天から地まで、
    あらゆるところのものを食べていなかったら、
    おそらく今日まで生き延びていなかったでしょう!
    恐竜は草を食べることしか知らない、
    あんなバカでかい図体をしていたのに。
    今どこにいますか?」

私はグルメじゃないけど、かなり理解できます。

    ただし、最後の部分には異議があります。
    朱自冶は恐竜じゃないのです。
    恐竜が草を食べながら、どんな味を感じていたか?
    草によって、違った味わいを感じていたか?
    そんな味わいが心にどんな喜びを与えたか?
    余韻だって感じていなかったか?
    こんなことが誰にも分からないのですから。

ゴリラの研究者がこんな観察発見を報告をしています。

    ゴリラは、春まだタケノコが頭を出していない時期に、
    森のある場所に急ぎます。
    そして、土を掘って、タケノコの若芽を掘り出して、
    おいしそうに食べるのだそうです。
    これをグルメと言わなくて、なんと言いますか?

おっと余談でした、
私の本論は「余味」のこと。

10年近く前の恒例の正月撮影会でのことを思い出します。

    近江八幡の老舗種屋で、いつものように、
    つきたてのお餅を焼いたものを入れたお善哉に、
    一同舌鼓を打っていたときです、

    クラシックレンズの収集家でオーディオマニアで、
    グルメの長老が感に堪えないという風情でつぶやきました、

    「ああ、以前、京都の※※屋で食べた善哉、絶品だった。
    あの味、忘れられんなあ.......」
    
    居並ぶ一同、憮然。
    せっかく「おいしい、やっぱり種屋は最高だなあ」
    とうっとりしていたのに、
    いきなりザバッと冷水をかけられた気分。

でも、これが正真正銘のグルメと、
今この瞬間に食べるもので心から満足するノングルメとの差ですね。

    ノングルメはお店を出ると、さっぱり食事のことは忘れます。
    余味なんて、無縁。
    グルメは、心にたくさんの絶品料理の食感と余味の目録を蓄えて、
    これを一つの生きる糧にしているようです。

記憶力のよいグルメは、あの日、あのお店で、あの料理、
そのお皿の一つ一つ、一口いただいたときの歯触り、食感、味、
そのときの同席者、対話、そんなものを、
隠れ家の一味を一網打尽にした捜査官よろしく、
完全にずるずると記憶の奥底から引きずり出すことが
できるのか知れませんね。

    キリスト者は神の言葉によって生き、
    グルメ(ただし、信仰者をのぞく)は最高の食事の記憶によって生き、
    そして、私はなにによって生きるのか?

そう、それが重大ですね。

    生きる行為そのものによって生きる、
    そうとしか言いようがないのですが、
    その中でも、ロボグラフィの記憶によって生きると言っても、
    大げさではない、
    そう信じています。

私のロボグラフィは、私とレンズとの共同制作にかかるのですから、
そして、クラシックレンズたちはそれぞれに独特のイメージを
プレゼントしてくれるのですから、こう言うこともできそうです、

    私は、一つ一つのクラシックレンズによって生かしてもらっている。




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by hologon158 | 2015-01-23 15:56 | ホロゴン外傳 | Comments(0)