わが友ホロゴン・わが夢タンバール

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627.01 ホロゴンデイ155「2015年12月19日ホロゴン15㎜F8Mが梅田巡歴」1 誠心誠意



日本の全所帯中、年末に大掃除をする家庭って、
どれくらいでしょうね?
マンション生活が増えて、
かなり減っているのではないでしょうか?

我が家では結婚以来欠かしたことがありませんが、
その理由が珍妙。
せめて年末位しっかり掃除をしないと、
どんどんと家がカオス状態にばく進するから。

大掃除の内力仕事の大半は、
年々、私一人の責任に移行しつつあります。
妻は、正月の準備、正月の接待に忙殺されるから、
そして、どうも意味が違っていたような気がするのですが、
「力仕事はすべてやるよ」と昔私が約束したためなのだそうです。

今日30日はそのクライマックス。
キッチンとバスルーム。
ああ、疲れました。
その理由がまさに自縄自縛的。
退職をすると、今することに心置きなく専心できます。
明日は重要な仕事があるから、今日は程々に、なんてことが、
まるで無くなったのです。
心が今あることに自然に集中してしまいます。
だから、お掃除レベル10段階と想定して、
クリーニングの程度を清掃プロを10、
ぐうたら亭主のおざなり仕事を1とすると、
素人としては上出来、ご苦労様のレベル8程度!

とにかく熱中してしまう。
体も絶好調なので、椅子伝いにシステムキッチンに上って、
天井に届くまで全部ピカピカにしたい、
換気扇の構造も外せる限り外して全部油を落として、
ピカピカにしたい、
浴室もちょっと高い椅子に上って、
汚れという汚れを全部抹殺したい、と、
上ったり下りたり、上ったり下りたり、
ぐいぐい、ごしごし、と誠心誠意健気に働きました。

でも、実は、内心、力仕事を頭脳仕事の下に置く癖があって、
掃除をしながら、Audible.Comで手に入れた英語朗読ファイルを
ルンルン気分で聴いているので、退屈しない。
どこが誠心誠意なのかねえ?

昨日までは、定番中の定番、
ジェーン・オースチンの「Pride and Prejudice」
十何度目かのお楽しみ。
3種類の朗読本を持っているので、今回はその最新のもの。
なかなかの朗読家でした。

とにかく朗読技術において、日本人は比較になりません。
たった一人で男女十数人の登場人物たちを完全に読み分ける。
一言聴いただけで、誰が発言しているか、分かる。
日本の劇団や映画のスターたち、一言聴いたら、誰か分かります。
ああ、この俳優だ。
ほとんどの場合、分かるのはただそれだけ。
イギリスの声優はドラマを演じるのに、
日本の声優は本を読み上げるだけ。

昨夜、Audible.Comで岩波文庫の愛読書を見つけました。
「プルタルコス対比列伝」
Audible.Comは月極手数料が1000円ちょっと。
それと引き換えに、
朗読ファイル1点を無料でダウンロードできる仕組み。
対比列伝はなんと岩波文庫で12冊なのに、
48時間朗読ファイルがなんと1点なのです。

ギリシアとローマからかなり似た英雄たちを
1ペアずつ選んで対比的に構成してくれます。
第1巻はいわば建国の英雄テセウスとロムルス。
ギリシア語、ラテン語の名前、地名が英語読みされます。
これはかなりやっかい。
まるで聞き慣れない異国的響きを帯びて、違和感たっぷり。
でも慣れてくると、長年親しんできた人たちが
いつものとおり活躍してくれます。
今日は第2巻のリュークルゴス、ヌマまで聞き終わりました。
これは楽しめます。

というわけで、誠心誠意やったのはどちらか?
ちょっと疑問は残る一日でありました。
というのは、冗談!
キッチンもバスルームもピッカピカに輝いている!
なんだか清掃業の才能があるみたい!




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by hologon158 | 2015-12-30 23:02 | ホロゴンデイ | Comments(0)

626.15 ホロゴン外傅155「2015年12月12日大和路ならPetzvalにお任せ」15-完-日記ブログ



すっかり忘れていました。
昨日の12月28日は御用納めだったのですね。
退職の身に御用納めはない!
本日も大掃除を続けます。
今日は浴室をピッカピカに仕上げ、
窓という窓をピッカピカに輝かせる!

その前に、まずはブログのケアから。
生活に、精神にこれほど役立つものはありませんね。
たえず文章を書かなければなりません。
私のように沈思黙考することのない人間にふさわしい。

優れた思索者なら、じっと考えをめぐらし、あたため、
心の中に沈潜させ、大きく豊かな心を育てるのでしょう。
私にとって、これは完全な想像の世界。
私は行動することでしか、自分を育てることができない。
考えたことは忘れますが、行動したことは残る。
こうして人生を生き抜いて行くことが多くの人のしていること。

でも、そんな私でも、前へ前へと進むだけでは物足りない。
ストレッチと対照してみたくなります。
25年以上前に、膝がカクカクとするようになり、
これではいけないと、体を動かすことにしました。
毎朝目が覚めると即時ストレッチ15分。
25年以上ほとんど毎日続けてきました。
ただのストレッチですが、これだけ続けると、
体もかなり改善されるようです。
筋肉もかなり付き、贅肉もとれて、今が絶好調。

そうすると、こう考えてしまいます。
精神だって、ストレッチが必要なのでは?
さまざまな新しい試みを取り入れることもストレッチです。
でも、もっと直接的に思考能力を鍛えることで、
精神の弛み、緩みを取り、エネルギーを蓄えられるのでは?
そう思いついたのです。
思索家でないなら、無理に思索する。
文章家でないなら、無理に文章を書く。
そうすることで、精神に活力を与え、ストレッチさせる。
日々の活動を文章と写真で記録化することで、
自分の人生を記憶の中にとどめることで、
自分の人生を眼に見える形にしたい。
そうすることで、生活に一本の柱を打ち立てたい。

誰でも必要なことです。
誰にもできます。
でも、そのようなことをする人は少ないようです。
その理由はどうやら、
持続するだけの生活のゆとりがない。
持続するだけのエネルギーがない。
持続するだけの価値を感じない。
結局、人生の選択ですね。

同種の記録型文章ブログを選択された先輩ブロガーとして、
お二人に出会いました。
pretty-bacchusさん
中将姫光学さん
このお二人のブログは文章の綿密性において比類がありません。

このお二人の大先輩には及びませんが、
私の場合は、仮想的読者を自分だけに想定する、
完全に自己完結型の日記ですから、及ばなくてもよいのです。
おかげで、すっかり生活の柱となってくれました。
我ながらすばらしいアイデアだったと自画自賛したくなります。

とくに写真倉庫として、一覧性という点では、
これ以上のものを考えることができません。
今回のシリーズは今井町と飛鳥撮影の430枚を一挙収録して、
いつでも見返せるのですから。

皆さんがそんな風に撮影収穫を掲載してくれないの?
なんで一枚だけなの?
その人らしい素晴らしい写真が一杯見られるのに、
どうして?
大ブロガーのブログを拝見するたびに、
いつもちょっぴり不満を感じます。

逆に、皆さんの視点に立てば、
なんで味噌も××も一緒にどっと放り出すんだ?
しっかりとした鑑識眼があれば、一日数枚に絞るのが、
センス、見識、鑑定眼というものじゃないか?
写真家のブログと日記型ブログとの間に横たわる、
このギャップは埋めようがないかも知れませんね。




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by hologon158 | 2015-12-29 12:04 | ホロゴン外傳 | Comments(2)

626.14 ホロゴン外傅155「2015年12月12日大和路ならPetzvalにお任せ」14 天才



人間だけではないのかも知れませんが、
なぜか天才としか言いようのない才能を発揮する人が居ます。
悲劇のヴァイオリニスト、渡辺茂夫もその一人。

近頃、彼のCDを手に入れました。
「アヴェ・マリア」など神々しいとしか言いようのない絶品。
不思議です。
どうして12歳ほどの少年に
このような霊感に満ちた演奏ができるのでしょう?
遺伝子?
アートの才能が遺伝子によって伝えられるなんて、
ありえることでしょうか?
文化的環境?
そんなもので才能が芽を吹くなんてことも、
ありそうにはありません。

どうしてある人にはそんな才能が備わっており、
ある人には備わっていないことが分かるのでしょう?
これこそ偶然かも知れません。
もしかすると、誰にもなにかの才能が備わっているのかも知れません。
でも、チャンス、偶然がその才能を引き出さない限り、
眠っているのかも知れません。

この世には開花しないまま人生を終えた未知の天才が
数知れずいるのかも知れません。
もしかすると、あなただって、私だって、何かの天才かもしれない。
いや、そんなことはないかな?

それとも、天才は必ず自分で殻を破って姿を現すのでしょうか?
なにかをしたいという欲求が突然頭をもたげることがあります。
昨日までは考えたこともないようななにか。
これは天才が殻を破ろうとしているのかも知れません。

でも、これには都合の悪い証明が一つあります。
私もそんな風にやりたいという突然の欲求がもたげたことが
数知れずあります。
でも、何一つ天才が現れたことがありませんね。
まだ、私の天才領域は明るみに出ていないのである、
負け惜しみにそう申し上げておきましょう。

渡辺茂夫はまぎれもない天才でしたが、
その天才を完全に開花させることなく、倒れてしまいます。
世界的ヴァイオリニストとして歴史に残ったかも知れないのに、
惜しいことです。

12月28日月曜日、付虹先生の揚琴レッスンに向かう電車内で、
この記事を書いています。
ウォークマンはディヌ・リパッティのラストコンサートを奏でています。

この人も夭折の天才としてあまりにも有名な人です。
現代には、リパッティを軽く凌ぐテクニックのピアニストは
掃いて捨てるほどいます。
ピアニスト志望人口が空前に増加しているせいもあるでしょう、
教育法が発達したせいもあるでしょう。
でも、どんなにテクニックがすごくても、
というより、すごくなればなるほど、そうなのかもしれませんが、
本物の芸術家たちを超えることはできない。

深く感じる心がテクニックを駆使することと、
人を驚かせるテクニックが貧弱な心をさらけだすこととの間には、
天と地とほどの差があることに気づいてほしいものです。

渡辺茂夫やリパッティには不思議なほど豊かな心が音楽を紡ぎ出す、
そんな雰囲気があります。
名声や富を求めて激しく競いあう限り、無縁の境地かも?
それに気づいて、音楽そのものの泉の中に身も心も沈潜させない限り、
音楽史に名をとどめることは無理でしょうね。

渡辺茂夫のCDには、在米中の挨拶が収録されています。
元気に留学生活を楽しんでいると述べる言葉とは裏腹に、
かぼそく繊細そのものの声。
最後の「さよなら」という一言。
その後の悲運の後半生を考えると、涙なくしては聴けません。
天才にはなりたくないものです。




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by hologon158 | 2015-12-28 22:59 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

626.13 ホロゴン外傅155「2015年12月12日大和路ならPetzvalにお任せ」13 クリスマスイブ



12月24日クリスマスイブ
夫婦で長女の家を訪問しました。
孫プリンセスの面倒を見ている間に、
ママは孫プリンスを保育園に迎えに行きました。

孫プリンセスは1歳半になりました。
食卓椅子に自分でよじ上り、下りてきます。
でも、下りる方はかなり苦手。
椅子の座面にしがみつき、両足から下りようとしますが、
足がとても短いので、あと少しで床に届かない。
床までどれだけの距離か分からないので、
思い切って、とんと下りる勇気が出ない。
そこで、もう一度椅子の足置きに足をかけ、
椅子の背をしっかり握って立ちました。
その状態で首を回して背後をチェック。
なんだ、そんなに高くないのだと確認すると、
とんと飛び降り、にっこり。
小さくても、リスクを計算できるようになっています。

孫プリンスが帰宅。
ただちに着替えです。
4歳になったばかりの孫は、小さい頃からの習慣で、
自分の服装は全部自分で決めます。

まず、部屋の隅で全部脱ぎ去って、裸ん坊になり、
整理ダンスに行って、自分の服の引き出しを開け、
上着、ズボン、シャツ、パンツの順に瞬時に選択します。
私の子供の頃はほとんど白一色のお仕着せでしたが、
今は違います。
男の子でもデザイン、色、形すべてが多彩。
その組み合わせで印象ががらりと変わります。
孫プリンス、そのあたりの選択眼はしっかりして、
かなりモダーンな少年スタイルを決めます。

まだ裸ん坊です。
4枚抱えて、脱いだ場所に戻り、着始めました。
私が携帯で撮影しているのを知っているので、きびきび!
パンツをさっとはいて、シャツにシャニムニ首を通し、
ぐいと引き下げます。ズボンをさっとはいてから、
上着にぐいぐいと首を通しながら、私の方にやってきて、
まだ着替えが終わっておらず、
撮影も続いていることに気付いて、
撮影ポジションに駆け戻り、全部着終わってから、
私に「はいっ、着替えたよ!」
パフォーマンスをしているのです。

夕食時に保育園にサンタさんが来たことを離してくれました。
いきなりその時歌った歌を歌い始め、
眼をキラキラさせながら、長々と歌ってくれました。
好きな歌はどんなに長くてもすぐに覚えてしまいます。
私たちの顔を見回しながらよどみなく歌います。

午後8時すこし前にパパも帰宅。
クリスマスケーキを頂きました。
そのあとがプレゼントタイム。
孫プリンスへのクリスマスプレゼントは恐竜本。
でも、天下の寄書と言いたくなるほどの作り。
ページを開くと、メインの恐竜が大きく立ち上がり、
周辺の抑えを開くと、サブの恐竜たちもどっと立ち上がるのです。
そのパフォーマンスの目覚ましいこと!
ページを開くたび、一家で「ワー、キャー!」

傑作はティラノザウルス。
首から上が大きく立ち上がり、大きく開けた口には舌も。
孫プリンス、おそるおそる口に指を差し込んだ次の瞬間、
さっと指を引っ込めて、
おびえた笑い一杯に私を見上げました。
噛み付かれそうに感じたのです。
水族館に行っても、どんなに誘っても、
巨大なガラス壁の大水槽には絶対に近寄りません。
動物園では、肉食獣のコーナーでは、
絶対に一番前に行きません。
恐竜の事典はすでに7冊を数えていますが、
動物の百科事典も5冊ほどになっていて、
その一冊に「危険な動物」事典もあります。
私と動物園に行った当時はまだ3歳でしたが、
最近まで赤ん坊だったくせに、ちゃんと研究しているのです。
幼い頃からさまざまな知識を貯え、
さまざまな危険予測の経験を重ねる、
それが人間らしい成長なのでしょう。

孫プリンセスへのプレゼントは乾くと木になる粘土。
みんなで粘土をこねて、動物や器を作りました。
プリンセスもお兄ちゃんの動作をそのまま真似て、
ちぎったり、丸めたり、こねたり、押さえたり。
お兄ちゃんと一緒のことができなければ我慢できない、
弟妹の方が成長速度が速いのも当然ですね。

午後9時すぎお別れ。
孫プリンス、「もっと居て」とせがみますが、
「静ちゃんとピッピ(我が家の猫たち)が待ってる」
そう言いますと、すっと我慢してくれます。
大切にしなければならない対等の存在と認めているのです。
こんな体験を重ねることで、動物たち、他人の存在を
いわば宇宙船「地球号」に乗る仲間と感じながら生きる、
そんな人間に成長してほしいものです。

幼時から動物たちと暮らしながら成長できる人間は、
やさしさ、共感、同情、信頼、平等の心を備えることができる、
私はそう信じています。




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by hologon158 | 2015-12-27 15:24 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

626.12 ホロゴン外傅155「2015年12月12日大和路ならPetzvalにお任せ」12 ペッツヴァール

まだまだペッツヴァール写真が続きます。

私が今井町、飛鳥で使ったペッツヴァール58㎜は、
中将姫光学さんのコレクションをお借りしているものです。
ご本人のブログは10月28日マラケシュから記事以来、
音沙汰がありません。
もう2ヶ月になろうとしています。
ご本人はすでに帰国されて、多忙のあまり、
ブログは置き忘れ状態、というのであれば、よいのですが.....

レンズの方もご主人を忘れたような活躍ぶり。
659枚撮影した中から430枚一挙掲載ということで、
一記事に30枚の写真を付けて、投稿を続けています。

でも、レンズの方もそこはかとなく不安を感じているようで、
暗い写真が続きます。
(嘘付け、使用者hologon158本人が明るい気持ちで、
くらーい写真をバンバン撮っているだけじゃないか!
というような茶々も入りませんね。
いよいよブログ界の幽冥の境を超えて、
私のブログは前代未聞の読者ゼロ域に彷徨っているようです。

恐ろしく長い駄文が写真の前に立ちはだかっているのですから、
読者が離れるのもムリはないと言いたいところですが、
実のところ、写真自体が人を寄せ付けないのでしょう。
おかげで、ますます好き放題に写真をバンバンと
掲載することができます)





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by hologon158 | 2015-12-26 23:29 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

626.11 ホロゴン外傅155「2015年12月12日大和路ならPetzvalにお任せ」11 ヴァン・アレン帯



もう一つ、月着陸に関する記事を続けましょう。
2014年12月、NASAは次世代有人宇宙船オリオンを無人で飛ばしました。
ORION - NASA's Deep Space Exploration Spacecraft -
Explained in Detail - SUBTITLED
(https://www.youtube.com/watch?v=DlkjMnWNjic)
その実験の根本的目的の一つが、
ヴァン・アレン帯の危険性の確認にあるというのです。

じゃ、なんですか?
1070年代のアポロ着陸船たちは、
ヴァン・アレン帯も、大気のシールドのない月面でも、
人間にも機器にもフィルムにもなんにも悪影響を受けずに、
無事に地球に帰還し、飛行士たちの誰一人として、
放射能に起因する疾病に苦しんだという記事など見あたらない、
というのに、
そして、オリオンの船体は以前の宇宙船と比較にならないほど、
分厚いシールドが施された船体なのに、
なにを今更、そんな実験をするのですか?

このことではっきりと分かる事実が2つあります。
1 現代の科学技術をもってしても、
火星への有人飛行には大変な事実と積み重ねが必要。
2 ヴァン・アレン帯は今でも宇宙飛行の大きな障害になっている。
宇宙飛行は何年かのスパンにわたる厳密なスケジュールの下に
実施されなければなりません。
でも、ヴァン・アレン帯の危険性は、
太陽の黒点の活動に左右されるようです。
でも、黒点の動きを観測して、
危険性が最小になる時点をあらかじめ予測すること、
なんてできるとは思えません。
だから、ヴァン・アレン帯の放射線が減少したチャンスに
往還2度すり抜けるなんて芸当はもともと無理。
宇宙船をはじめとして、宇宙服も船外活動する種々の機材も、
しっかりと保護される必要があります。
そのあたりのテストをしなければならなかったのです。

でも、NASAには、安全に有人飛行を敢行した6度の記録が
ちゃーんと残っているじゃありませんか?
それを参考にすればよい。
でも、しない。
なぜでしょう?
できないのです。
推測するに、そのような記録はないのです。
あったとしても、残されていない。

アポロ11号の写真、ビデオがすべて、
なぜか完全に行方不明であることはご存じでしょうか?
人類の貴重な記録なのです。
アメリカ合衆国が世界に、歴史に誇る最高の偉業なのに!
その記録である写真とビデオのオリジナルは、
なんらかの記念館の完全に保護措置の施された保管室に
納められたはずですし、各機関が参考にしたいでしょうから、
数知れずコピーが作成された筈、そう考えていたのですが、
どうやらそんなコピーはないようです。
なぜ?

フィルムは経年劣化が顕著です。
フィルム自体に保存措置を施すのは難しいようです。
最上の保存方法は、劣化する前にデュープすること、
つまり、複製を作ること、
これを繰り返すこと、これしかありません。
それなのに、そんな必須の作業もしてこなかった!
なぜ?

アポロ11号の記録なのです。
そのような多重の保護作業を実施するのは素人でも思いつくことです。
ところが、そんなことは何一つせずに、
行方不明になってしまった、
そう言うのですか?
オリジナルは紛失したけど、心配なく、
ちゃんとコピーはとってあります。
それが当然ではありませんか?
でも、どうやらコピーもないのです。

可能性は一つしかありません。
管理権限のある機関が隠匿もしくは破棄してしまった!
なぜ?
見られたくない理由があるからです。
存在すると不利益を被る機関があるからです。

そんなことができ、そんなことをする必要のある機関とは誰?
もちろん自明です。
NASA、すなわちアメリカ合衆国政府。

ロシアのNASAに相当する機関のメンバーが、
アポロ11号のビデオを見て、一笑に付しているビデオを見ました。
月面の飛行士たちの胸のハッセル、普通の外装なのですが、
月の赤道付近では最高110度C、最低-170度Cなのだそうです。
さらに温度変化の激しい場所だと、
最低温度は−233度、最高は123度、平均気温は−23度!
この温度変化にはフィルムの感光剤もフィルム自体も、
絶対に耐えられない。
第一、保護されていないレンズはこなごなに壊れて仕舞う!
仮に耐えることができたとしても、
放射線にさらされ続けるのですから、
露光されたフィルムは汚染によって画像など満足に残っていない。
それなのに、なんにも劣化していない画像。
そんなことは常識外れだよ、
そう説明するのです。

私の写真の師匠田島謹之助から聴いた話を思い出しました。
壮年の頃、友人と冬の富士山に登りました。
登山家ではありませんので、厳冬のさなかではなかったのでしょう。
せいぜい零下10度ほどでしょうか?
友人のハッセルはまったく動かなくなりました。
田島さんのブロニカはちゃんと動いたそうです。

アポロ11号の月面滞在時間は21時間、
月面活動時間は2時間半。
つまり、上記のけた外れの温度差を体験したのです。
着陸船内で、船外活動時の宇宙服の中で、
このけた外れの温度を耐えることができたのでしょうか?
太陽が見えるので、船外活動は白昼に行なわれたようです。
ああ、摂氏60度、70度、あるいはもっと熱かったんだなあ。
宇宙服の中でどうして飛行士がその熱さに耐えられたんだろう?
まして、ピョンピョンと楽しそうに走り回れたものだなあ?
機材も全部ちゃんと動き続けたって、不思議ではありませんか?




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by hologon158 | 2015-12-26 17:58 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

626.10 ホロゴン外傅155「2015年12月12日大和路ならPetzvalにお任せ」10 フィルム交換



キューブリックの証言のもう一つの傍証。
6回のアポロで持ち帰った写真は万単位なのだそうです。
ところが、飛行士が胸に付けていたのはハッセルブラッド500ELです。
長尺フィルムはたしか250枚しか撮れません。
仮に6回の月着陸で1万枚の写真を撮ったと仮定しますと、
少なくとも40回のフィルム交換が必要でした。
つまり、多めに見積もって1回あたり7回の交換、
二人の飛行士が各1台のハッセルと胸に付けたとすると、
1回あたり3.5回のフィルム交換をしたことになります。

飛行士が付けていた手袋は、
指先が被覆されて、細かい操作など絶対にできません。
そこで、飛行士は着陸船の梯子を上って機内に収まり、
手袋を脱いで、フィルムの脱着をすることになっていました。
ところが、どのアポロか忘れましたか、
こんな交信が記録されているのです。
飛行士「フィルムが切れました」
NASA「機内に戻ってフィルムを交換してください」
飛行士「いや、外で交換します」

あなたはハッセルのフィルムを交換したことがありますか?
私はあります。
記憶と飛行士の胸部のセッティングとを考慮して、
飛行士がなすべき操作を推測してみますと、
おおむね次のような手順になりそうです。

1 胸の固定装置からカメラを外す。
2 フィルムの完全な巻き上げを再度確認する。
3 本体のどこかに装備された遮光板を取り出す。
4 フィルムカートリッジのスリットに遮光板を挿入する。
5 カートリッジの横滑りの小さなボタンをずらして、
カートリッジを本体から外す。
6 カートリッジをオープンする。
7 撮影済みのフィルムを取り出して、封緘する。
8 これをどこかに仕舞う?
(長尺のフィルムですから、かなり大きい。
これをいったいどこへしまったのでしょう?)
9 フィルムカートリッジに残されたフィルムの芯を取り出して、
10 巻き上げ側にその芯をはめ込む。
(これもとても微妙な作業を必要とします)
11 交換フィルムをどこからか取り出して、
(一体どこから?)
遮光ケースから取り出す、または遮光された袋を破って取り出す。
12 フィルムの封印を切って、カートリッジにセットする。
13 その末端の遮光紙をどうにかつかみ、
巻き上げ側の芯のスリットに差し込み、
きちんセットされたことを確認の上、
14 レバーで少し巻き上げて、弛みをとる。
15 カートリッジのカバーを元に戻して、パチンと完全に閉じる。
16 このカートリッジをカメラ本体に取り付ける。
17 遮光板をスリットから抜き取って、どこかに仕舞う。
18 シャッターを押して、フィルムを1枚目まで巻き上げる。
19 撮影番号の窓に「1」が表示されるのを見て、
巻きあがったことを確認する。
(これをしなかったばかりに、きちんとフィルムが巻きあがらないまま、
幾枚も空撮りしてしまった経験、あなたもおありでは?)
20 胸の固定装置に固定する。

やれやれ、書き出すだけで、疲れました。
なんとまあ、私が推測できるだけでも、
最低20の完全に順番の決まった動作を完了しなければならない!
このどれか1つでも失敗すると、撮れない!
文字通り、撮れないのです!
こんな面倒な手順を、ミッションの間に、
一人当たり3回半平均繰り返したのです!

慣れたカメラマンでさえ、裸の手でやっても、至難。
薄いレザーの手袋なら、かろうじて作業できます。
でも、分厚いレザーとか毛糸の手袋を付けたとたん、
作業は絶対にできません、少なくとも私には。
だから、真冬でも手袋は脱いでフィルム交換しました。
まして、宇宙飛行士のぶあつい被覆に保護された指先では、
「絶対に」不可能です。

だから、船内に戻って、どういう手順か知りませんが、
船内を空気で満たしたうえ、手袋を外し、ヘルメットを脱いで、
裸の手で交換作業をする必要があったのです。
(先に手袋を外して、自由に指が動くようにならないと、
ヘルメットの着脱なんてできなかったでしょうし、
ヘルメットを脱がないで、上記の細かい作業などできなかったはず)

「船外で交換するよ」と飛行士が軽くのたまわったのは、
本当にハッセルと使って撮影していたとすれば、
撮影のアシスタントにしてもらったのです。

NASAが偽りの月面着陸ビデオを撮影する際、
なぜハッセルにこだわったのでしょうか?
それは長尺フィルムカートリッジの電動カメラが
ハッセルブラッド一社しかなかったからです。
しかも、ハッセルに付いていたのは世界最高のツァイスレンズでした。
それなのに、船外でフィルム交換をやってのけるビデオを撮って仕舞う。
なんと抜けたミスなのでしょう。
キューブリックがそのお笑い草に気づかなかったはずがありません。
でも、わざとそのままにしたのです。
合衆国政府側の人間たちはどうやらハッセルなど使ったことがなかったので、
それがどんなに複雑微妙な作業なのか、完全に無知だったのです。

このこと一つをとっても、あまりにも怪し過ぎます。




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by hologon158 | 2015-12-26 15:33 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

626.09 ホロゴン外傅155「2015年12月12日大和路ならPetzvalにお任せ」9 華麗な変身

12月23日土曜日の和歌山ミニコンサートは、
陳少林先生の和歌山教室の発表会の予行演習でした。
結局独奏は、リーダーのWKさんの二胡と、
大ベテランのKOさんの古箏だけでした。

他は小グループのちょっと高度な合奏と、
全体による生徒さん全員が参加する大編成の合奏。
かなり程度の高い演奏でした。

KOさんは二胡に重ねて古箏も師匠について習ってこられたのですが、
進境著しい颯爽たる演奏でした。
陳先生は、このような多彩な楽器演奏者を抱えておられるのが、強み。

リーダーのWKさんの二胡演奏はとにかく抜群です。
音感といい、リズム感といい、きわめて優れた才能の持ち主だけに、
音楽的には非の打ち所のない優れた演奏にいつも圧倒されます。

でも、一つ不満があります。
きわめて責任感豊かで生真面目な方なので、
その性格が演奏にもしっかりと反映してしまい、
真っ当かつ正確な演奏になってしまっているのです。

私の妻もかなり似たところがあって、やはり苦労しています。
二人とも人間としてはまことに優れた性格ですが、これが裏目。
音楽というものはどこかにちょっと規格はずれのところがあるから、
面白いということがあるので、やっかいです。

私もどちらかと言うと、平凡で杓子定規なところのある人間なので、
写真にしても枠をぶっとばすような面白さにはほど遠いあたりで低迷、
という悩みを抱えているので、
同様の問題を抱えておられるWKさんに同情してしまいます。

どうすればいいのでしょうか?
人間性、生き方というものは長年にわたった育まれてきたものです。
そう簡単に変更、修正できるはずもない。
演奏中にふっと閃きました。
長年にわたって育まれてきたとすれば、
長年にわたって修正していけばよいのだ。
どうやって?
カーライルの「衣装哲学サーター・リサータス」を思い出しました。
道徳であれ、思想であれ、どんなものでも一時の衣服に過ぎない、
そうカーライルはばっさりとやってしまいました。

そうか?
妻はその逆をやっているんだな?
妻はとても厳密で正確性を重んじる質なのですが、
そのせいか、音楽が弾けない。
そこで、多趣味な彼女は、そのさまざまな場面で、
衣服を華麗なものに変えていったのです。

二胡の場合は中華服だけではなく、アオザイも探し、
それぞれにかなり華麗なものを選びました。
演奏のとき、そんな衣装に着替えることで、
ゆとりが生まれてきた、そんな感じがします。

WKさんは常に落ち着いた寒色系の衣装を選択されます。
そのお陰もあるようで、舞台での演奏姿がおとなしいのです。
この際、ぐっと華麗な衣装に変えてみたらどうでしょうか?
化粧もそれに合わせてみたらどうでしょうか?
元々リーダーにふさわしい長身で優美な容姿の方なのですから、
それだけで、まさに女王にふさわしい物腰がさらに引き出され、
演奏にも反映するのではないでしょうか?

毎回、そんな風に変身することで、
二胡の化身にふさわしい心映えに少しずつ変わって行き、
微笑みを浮かべながら演奏するゆとりが生まれ、
音楽にもおのずとにじみ出して来る、そんなことが期待されます。

昔ソ連がやっていたように、「変身5年計画」を開始し、
さらに「10年計画」に発展させることで、
それだけの実力の演奏家なのですから。
二胡演奏家としての確固たる地位を築かれるでしょう。

そう言えば、以前に、そんな試みを耳にしたことを思い出しました。
誰でしたか、気分が落ち込んだら、新しい靴を買うのだそうです。
それだけで、憂鬱は吹っ飛んでしまう。
ウィリアム・ジェームズの心理学の応用ですね。
「人は悲しいから泣くのじゃない、泣くから悲しくなるのだ。
楽しいから笑うのじゃない、笑うから楽しくなるのだ」

WKさん、ぜひ、今日からそれをはじめましょう。
(直接言えないので、こんなところに書いている!
ぼくも性格を変えなきゃ!
どうしたら、いいんだろう?)




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by hologon158 | 2015-12-25 23:20 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

626.08 ホロゴン外傅155「2015年12月12日大和路ならPetzvalにお任せ」8 和歌山コンサート



12月23日水曜日(祝日)
陳少林先生の和歌山二胡教室のリハーサル演奏会でした。
要するに、3月に開催する発表会のリハーサルを兼ねて、
ミニコンサートを小ホールで演奏会仕立てで開催したのです。
30名ばかりの生徒さん、お客さんは20名弱。

とても気楽だった、と言いたいところですが、
実は大変でした。
陳少林先生がレッスン用に使用している揚琴を持参されました。
ところが、この揚琴、長い間使っていなかったらしく、
150本ほどもある弦が半音ほど上がっていたのです。

一部、下がっている音もあって、複雑。
演奏に使う部分だけでも調弦しないと使い物にならない。
演奏会の直前にこれを調律しろと言われても、大変。

その理由がいくつもあります。
① 正しい音が分からないことがある。
4オクターブほども並んでいる音によっては、
オクターブごとの音の高さが半音違っていることも
ありますが、そんな違い、覚えていない。
② コルグのチューナーを一応持参したのですが、
ご経験がおありなら、お分かりでしょう、
微妙に2段跳び、3段跳びで、行きすぎてしまう。
③ 調律の方法は4つ。
A 右袖の弦巻とりポールを巻き上げで音を高くし、
巻き戻して音を低くする。
B 両袖の弦の下の円柱状コマを動かす。
C 左袖にだけ、Bのコマが載せられたスライダーがあります。
このうちBはコマを動かすだけで、
1音あたり1ないし5本の弦を一挙調弦できるので、
簡単なように見えますが、これがかなり厄介。
コマが弦の下から飛び出してしまうことがあります。
弦は間隔狭くびっしりセットされている上に、
金属弦をしっかりと牽引して引っ張っているのですから、
一度コマが飛び出すと、元にもどそうとしても、
弦の下に押し込むことができません。
仕方がないので、弦をゆるめて、
なんとかコマを元に戻す羽目に。
Cが一番簡単なのだけど、その音の弦が全部正確だとは限らない。
ばらばらだと、音がしっかり濁ります。

1つの音が1ないし5本の弦でできているのですから、
どの音がずれているのか、一々鳴らしてみなければなりません。
これがまたやっかい。
ちょっと老眼が来ているので、5本の弦を一つ一つ見分けて、
爪で抑えながら音を確かめるのがとても難しい。
老眼鏡を買わなきゃ!

いやはや、一時は時間までに調弦は無理だ、
と思ったこともありました。
なんとかできました。
ああ、疲れた!

こんな苦労をした私が参加したのは2曲だけ。
まず、「賽馬」(サイマー)
中国音楽のコンサートでは定番のアンコール曲です。
おそらくモンゴルの競馬ナーダム祭りの光景が主題です。
とても威勢がよいので、二胡の主奏がしっかりと聞こえてこないと、
こちらも落馬して迷子になってしまう、そんな曲です。
今回の演奏ではその心配は無用でした。
ビアノがしっかりとしたリズムを刻んでくれたからです。
陳少林先生の助手としてすべてを総括している二胡の演奏家、
KWさんがピアニストなので、大いに助かります。

ところが、いろいろな音が飛び交う内に、
突然、行き場を失ってしまいました。
私は「賽馬」は完全に楽譜だけを見て弾くことにしています。
どうも暗譜できそうにないからですが、
音楽全体のことがしっかりと把握できていたら、
迷うことなどないなに、伴奏者にあるまじきことに、
主奏の二胡の音楽をしっかりと記憶して、
それに合わせることまでできていない。
そのために、こんなことが起こるのですが、
近頃の私はまったく動じません。
必ず戻れます。
今回も10小節ほど適当に弾いている内に、
いわば正道に戻ることができました。

次の「八月桂花遍地開」ではそんなことは起こりませんでしたが、
3部構成の後半で、ある音の調弦が不足していたらしく、
不安定なサウンドを出すと、ぐらっと行きそうになりました。
ちょっとずれたかもしれません。
でも、こちらも最後はちゃんと伴奏らしく演奏することができました。
あとで、陳先生に言われました、
「少しずれましたね。
でも、あれは二胡の方が混乱したせいでしょう」
これは側に居て、曲を理解している陳先生にだけできたこと。

2つの点で、実はなんにも気にしなくてもよいのです。
お客さんのほとんどは中国音楽の伴奏など知らない。
知っていても、他の楽器の音に紛れて、聞こえない。
だから、安心して、自信のある態度を維持すること、これだけ。
いい加減ですね。



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by hologon158 | 2015-12-25 13:09 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

626.07 ホロゴン外傅155「2015年12月12日大和路ならPetzvalにお任せ」7 松下清司さん



前回のラストに、アトリエの玄関光景を出しました。
今井町の画家松下清司さんのアトリエ。
若い頃お描きになっていた絵を退職後再開されて、
画家として第2の人生を満開させておられる方です。

お許しを得て、アトリエ内部の光景を撮らせていただきました。
感じたままに描いておられます。
けっして巧く描こうとされていない。
だから、一つ一つの絵がメッセージを発しています。
心をわくわくさせて生きてるよ!

巧いけど、なんだか技術だけで描いている、
そんな絵によく出会います。
巧いけど、なんだか技術だけで撮っている、
そんな写真にもよく出会います。
デジタルカメラになって、まず撮っておいて、
フォトショップで自在に加工して仕上げる方が増えているようです。
よほどのアート感覚がない限り、
写真はどんどんとよそよそしくなります。

撮影の瞬間に心は躍ったのだろうか?
それとも、ここは一つシャッターを切っておこう。
あとで凄い写真に仕上げることができそうだ、と、
まるで解剖のような冷静な打算で撮ってはいないでしょうか?

絵にはそれができませんね。
一筆一筆が絵を変えていきます。
どこかで、筆を置きます。
それが画家の絵。
そんな一線を超えた後で、描き加えると、
どんどんと絵が死んで行く、そんな完成度が傑作の印なのでしょう。

デジタルカメラになって、私は写真芸術の可能性は
ますます狭くなった、そんな感じがしています。
撮影の瞬間の心の揺らぎが写し止められていない写真なんて、
ただの加工食品でしかない。
私はそう信じています。

松下さんの生き生きとした表情が印象的でした。




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     [後書き]
       こうやってアトリエ写真を並べてみて、
       私がアトリエ風景など撮らず、
       いつものロボグラフィを撮っていることは明白。
       画家の実像をまるで伝えていない。
       私が感じたことしか出ていない。       
       ちょっと申し訳ない感じ。
by hologon158 | 2015-12-24 12:12 | ホロゴン外傳 | Comments(0)