わが友ホロゴン・わが夢タンバール

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637.06 ホロゴンデイ160「2016年3月5日ホロゴンと葛城古道の相性は抜群」6 マフラー



今日は孫プリンセスと留守番の日でした。
午前6時半起床。
午前8時発区間快速に乗車しました。
通勤のみなさんでかなり混んでいます。
既に何年も前からの現象ですが、
やっぱり面白い現象が今朝も見られました。

気温はすでに12度、電車内は15度は超えているようです。
暑苦しいほどです。
でも、マフラーで首をぐるぐる巻きにした若い男女2人も、
涼しい顔で立っています。
車内の人たちの服装も実にまちまちです。
簡単に言えば、一人として同じ服装をしていない。

YouTubeには、時折1960年代のコンサートシーンも見つかります。
誰のコンサートだったか忘れました。
もしかすると、ウィーン少年合唱団の公演かもしれません。
客席が写りました。
ほぼ同年齢と思える若い男女が席を埋めていました。
全員同じ髪型、同じ白ブラウス、ワイシャツ姿。

ミニスカートが大流行した時代がありました。
今でも覚えています。
若い女性はほとんどミニスカートでした。
6月1日と10月1日の衣替えの日に
一斉にワイシャツの袖が短くなったり長くなったり。

そんな協調性豊かな日本人が、
今は独自性を誇る時代になってしまいました。
どうしてこんな風に変わったのでしょう?
思うに、情報ソースが多様化し、グローバル化し、
情報量が飛躍的に増大したからではないでしょうか?

たとえば、中国人。
いまだに共産主義国家ですが、服装は実にまちまちです。
若者たち、おそらく赤旗等の新聞なんか読ん
日本でもすでにNHKと主要新聞の大半の情報は
見事に管理されています。
私たち一般大衆がなすべきことも明らかです。
情報を取捨選択すること、
そして、どのような情報も鵜呑みにしないこと。
大局的な見方という意味においてですが、
情報を遮断した方が世界がよく見えてくる、
私はそう信じています。





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by hologon158 | 2016-03-31 20:00 | ホロゴンデイ | Comments(0)

637.05 ホロゴンデイ160「2016年3月5日ホロゴンと葛城古道の相性は抜群」5 やっぱり書いた



本当は集団自衛権に関する戦争法案の違憲性について書きたい。
でも、よしました。
妻が留守で、私は一人夕食をいただいています。
折角の食事がまずくなりますから。

私は、妻に仕込まれて、家事なんでもござれです。
現役の超多忙の時期にさえ、
夕食を週2回は作っていました。
えっ、奥さんとは共稼ぎだったのか、ですって?
とんでもない。
彼女はれっきとした家庭の主婦。
私より賢いのです。
気がついたら、そうなっていたのです。

ということで、食事の用意はお手のものです。
なんでも最初から作れますが、
一人で居るときは、手間をかけません。
①主食はブリの照り焼き
ブリの小さな切り身が2つあったので、
これを弱火でソテーしながら、
②ご飯に納豆をかけることに。
納豆に卵とネギの刻んだものを入れ、
納豆に付いてきた味付け用のラー油と辛子、
さらに、醤油を切れてかき混ぜ、
どっさり海苔を刻み入れて、準備完了。
③トスサラダというより混ぜ込みサラダ。
各種の野菜とリンゴを刻んで一緒くたにしたうえ、
オリーブオイルとオーストリア製の味塩を振って、
とてもおいしいサラダも作って、
④ナスの粕漬けを初めとする三種の漬け物も楽しみながら、
ご飯2膳に納豆をぶっかけて頂きました。
⑤デザートはリンゴたった2切れ。

年金生活者にはこんな質素でシンプルでおいしい食事が一番です。
体も懐も傷めないのですから。

一人の食事のときは、調子が出ていると、
夕食をいただきながら、
Pomeraでブログ原稿を打つこともあります。
実はこれが一番好きなスタイル。

でも、今日はそれができませんでした。
というのは、集団防衛法案のことを考えると、
その反乱罪に問うことさえできそうな憲法転覆行為に
怒りがこみ上げてきて、
そんな文章を書き出したら、夕食などとても頂けなくなります。
だから、食事に集中しました。
これが大成功。
とても満ち足りた気分に一変し、
食後こうしてぜんぜん別の話題を書いていたのですが、
やっぱり、集団自衛法のことが頭に戻ってきました。

自民党の違憲法案については、全国の千人にも及ぶ法曹関係者が
集団訴訟を提起する準備を進めているというニュースも
偶然見つけましたので、
「いったい法律家たち、何してるんだ」と、
やきもきしていた私としては、
違憲の確認手続きは彼らに任せようという気分。

私が書いても、誰も読まないし、誰も反応しないんだから、
まあ、いい、というところですが、少しは書いておきましょう。

自民党関係者は、今回の法案は統治行為なんだから、許される
という説を唱えているようです。
この人、法学部はでていませんね。
統治行為は、最高裁判決の規定によれば、
「高度の政治性を有する事項は、
純司法的機能を使命とする司法裁判所の審査には原則としてなじまず、
一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、
裁判所の司法審査権の範囲外にある」というものです。
憲法に明らかに抵触する行為をする自由を与えるものではありません。
今回の法案は「一見極めて明白に違憲無効」、
憲法学者の99%はそう答えるでしょう。

もう一つ、憲法が政治家ばかり縛って、
国民を縛らないのは不公平だという説も唱えているようです。
もちろん国民も縛られてます。
でも、昔から、国家権力を握ったものが
国民の権利を踏みにじることが続いてきたから、
国民主権の確立とともに、権力者に対して、
権力を適正に行使するよう縛りをかけているのが、憲法。
憲法に抵触しない限り、そして、
国民の権利を踏みにじらない限りにおいて、
我々は政治を行う権限をあんたに与えるんだよ、
それが民主主義国家の根本なのです。
自民党政権は憲法に基づいて政権を付与されたという根本を
忘れているのですから、子供の論理もいいところです。

さらに、集団自衛権を確立しないと、日本の安全は守られない、
だから、本法案を作ったのであって、
これがないと、日本は大変な危険に陥りますよ、
それが首相の論旨です。
要するに、必要があるから、憲法を無視してもよろしい。
自民党政権がマスコミを支配して作り出した危機感に恐慌を来した人は、
必要があれば、まあ、いいかと言わんばかりの姿勢のようです。
この必要論を押し進めると、
日本国の安全のためには国民の自由を一部制限してもよい、
国内の反政府分子の人権は無視してよい、という論理にまで
一気呵成に進みかねません。

それがかつての治安維持法でした。
現在もそれに近い法律がすでにできています。
自民党が成立させた「秘密保護法」も、実は完全に憲法違反。
まだ同法に基づいて逮捕された人は居ないようです。
もっとも私はニュースを見ていないので、居るのでしょうか?
でも、刑事裁判になったら、弁護士は必ず罪刑法定主義に反する、
そう主張するでしょう。
なにをやってはいけないか、あらかじめ知らされていないで、
いきなり逮捕されたら、誰もたまったものじゃありません。
それが「秘密保護法」、
そんな無茶苦茶な立法がまかり通る、
現代はまさに原始時代なのです。

そして、肝心なこと、それは、
誰が「ある国政行為の必要性を判断するか?」
自民党は、それが政府の責任であり権限だ、と言っています。
でも、判断権は主権者である国民にあるのです。
自民党ではありません。
自民党が集団自衛権を確立したければ、
国民の賛成の下に憲法を改正しなければなりません。
それ以外には方法はありません。
国民は、自分たちの権利、生活を守ってくれているのが、
自民党政府じゃなくて、日本国憲法なんだ、
ということを知らなければなりません。

今、私がざっとランダムに書き出したことは、
思想信条、政治思想とはなんの関係もありません。
単なる常識であり、法律学の初歩の初歩なのです。
長い間世界中のさまざまな人たちが血を流して確立した人間の権利、
これを成文化したものが日本国憲法なのです。
そのような基本的人権への積み重ねを覆して、
政治家が国民のことなど無視して、
やりたいにやる体制に持っていきたい、
これが現在の自民党政治家たちの野望なのです。

10年前までの自民党の領袖たちは、
絶対にこんなことはしませんでした。
「歯舞」が読めない人、不倫をする人、
平気で機密をネットに流す人、
そんな政治家たちが政党、政府の重要ポストを占める、
次回総選挙の目玉候補にしようとしたら、
めったやたらと不倫をしでかす人だった、
やっぱりそんな人しか人材は見つからない、
そんな疑惑さえ抱かされるのが現在の自民党の姿です。
放っておいたら、これからもなにをするか分からないのです。

それなのに、選挙になっても、のんびりと、
ほかには政権を任す政党、ないなあ。
じゃ、仕方がないから、自民党に入れるか?
そんな無責任な姿勢が自分たち自身の首を絞めつつあることに、
そろそろ気がつかなきゃ!
(ああ、気がついたら、やっぱり政治のことを書いていた!
誰も耳を貸さない、ただの徒労なのに...............)




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by hologon158 | 2016-03-30 22:49 | ホロゴンデイ | Comments(0)

637.04 ホロゴンデイ160「2016年3月5日ホロゴンと葛城古道の相性は抜群」4 何が彼らを?



3月26日土曜日の撮影。
清水寺の門前に上り、それから三寧坂、二寧坂を下りました。
清水寺も含めて、あらゆる観光地で、
これまでに出会ったことがないほどの押すな押すなの雑踏、
坂だらけの行楽地だけに、危険を感じるほどでした。

甲子夜話に書かれた逸話を思い出します。
江戸時代の行楽シーズン、
江戸大橋だったと思いますが、
橋を渡る人たちがまさに押すな押すな、
というより、押せ押せゴンボの大混雑。
その重みに耐えかねたのでしょう、橋桁の中央付近が突然陥没し。
その大きな穴から、後ろから押し出された群衆がどんどん転落し、
溺死、圧死の数は何百を数えたそうです。
それでも、前方でなにが起こっているか分からない群衆は
ぐんぐんと押してきます。
突然、侍が一人、剣をぎらりと抜いて、
まさに大段平を頭上高く振り回しながら叫んだそうです、
「寄るな、下がれ、下がれ!」
もちろん自分が助かるためだったのでしょうけど、
頭上に大段平を見て、群衆はわっと後戻りを始め、
橋からどんどん逃げ出して、
それ以上の被害者を出すことなく終わったのだそうです。
その侍の名前は不明のままに終わったのですが、
いつの時代にも、このようなパニック状況で
最適の解決策を瞬時に思いつける機敏な人間は欲しいものです。

でも、三寧坂あたりでこのような事件が起こると、大変ですね。
昔は一日に数人だった貸し衣装の和服姿の男女が10人に1人、
というような状態なのですから、
あっと言う間に着物の裾に足を取られて転倒し、
群衆もその上に折り重なるという事故が随所に発生するでしょう。

そんな事故は幸い起こらなかったのですが、
私の目は群衆の姿に大災難。
ぞっとするほどに奇抜で悪趣味の極致のような和服と化粧。
どんなに穏やかな表現を探しても、
ワルプルギスの夜の百鬼夜行そのものという感じ。
ぎらぎらの厚化粧で、はったと見据えながら、
ぐんぐん大股で歩く姿が、人間とは思えない感じさえあります。

日本の伝統としての和服を仕立てる人たち、
デザイナーが一切関与していない、完全にど素人がデザインし、
ど素人が素材を用意し、ど素人が仕立てたとしか思えない、
「誰も経験したことがない醜悪」をデザインコンセプトにした、
としか思えない色と柄と仕立ての仮装用の着物まがい。

ほんのり頬を染めて、
小幅の美しい足取りと着物さばきで楚々と歩む、
なんて女性にはついに逢えずじまいでした。
私の結婚式の招待客には、
妻が家庭教師をして大学に受かったばかりの女性が出席して、
ピアノを弾いてくれました。
大柄なのに、まるで蕾のように初々しい表情と振る舞いで、
ほんのりとした色の模様が配された白い着物姿が気品に溢れ、
幼稚園の甥がうっとりと見上げていたことを思い出します。
もちろんアイシャドウもツケまつげもなし。
ああ、そんなお嬢さんたちがまだどこかに居るはず。
でも、ストリートからは姿を消してしまいました。

私の孫プリンセスの上の方は1歳3ヶ月ですが、
もう少女の風情が現れつつあります。
美しい肌、きらきらと輝くまなざし、あどけないほほえみ、
みんな昔の女性たちと共通の風情があります。
あのストリートをガッポガッポと伸し歩く女性たちも、
歩き方、振る舞いを改善し、化粧をあらかたとってしまえば、
昔ながらの大和撫子の素顔美人がいるんじゃないでしょうか?
それとも、私のセンス、好みが古すぎるのでしょうか?

大学一年生の頃のことを思い出します。
友人の一人が、電車の中に着物姿の女性の姿を見つけて、
「ワー」と声を上げながら駆け寄っていきました。
そして、女性の顔をのぞき込んだ瞬間、
「ワー」と叫びながら顔をのけぞらせ、逃げ帰ってきました。
実に無邪気な男ですが、
私だって、二寧坂の終点近くの細い路地から、
突拍子もないほどに奇抜な柄の深紅の着物を鎧のようにまとい、
頭はキンキラ、顔はギロギロという感じで、
若い女性が出現したときには、思わずそうしたくなりました。

なにが彼らをそうさせるのでしょうか?
私が切実に感じるのはこの問いなのです。
若い女性たちにそうさせるほどに、
不毛で不安な社会が進行して、
人々の心を知らず知らずに乱し、荒ませているのは?





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by hologon158 | 2016-03-30 18:18 | ホロゴンデイ | Comments(0)

637.03 ホロゴンデイ160「2016年3月5日ホロゴンと葛城古道の相性は抜群」3 画廊にて



3月26日土曜日、親友のDAさんと、
JR京都駅から清水寺の方向に歩きました。
路地から路地を、時には行き止まりに迷い込んだりして、
ゆっくりとジグザグで北上し、
七条近くの喫茶店で休憩をとりました。

酒屋さんが店舗、画廊、スタジオ、喫茶室の複合設備を
ビル2階全面に展開して、なかなか気持ちのよいスペース。

折から女性写真家の個展。
花の写真が壁面を埋めています。
しっかり撮って、構図も申し分がないのですが、
申し訳ありませんが、心が浮き上がりません。
ありきたりな写真で、しかも、
プリントにしっとりとした品位の高い質感が感じられない。
作品の性質を考えると、半切という大きさも大きすぎます。
もっとプリントに気を使い、
題材にふさわしいプレゼンテーションを考えるべきです。

しかも、この画廊は個展には向いていません。
壁面があちこちにバラバラになっており、
壁あり、ショーウィンドウあり、部屋の隅ありと、
統一されていないので、
どんなプレゼンテーションも受け付けない作り。

オーストラリア人写真家による舞妓さんの写真集を
ご主人が見せてくれました。
美装ボックス入りの豪華本で、
製本もプリントも写真の見せ方も質も申し分がありません。
個展の写真家とちょうど正反対。
美しい写真もどっさりあり、
才能のある写真家であることは確か。

でも、残念ですが、
舞妓さんたちのポートレートの半数以上は、
ぎらぎらとむき出しの印象があって、
ロマンも夢も感じられません。
どうやら美意識の文化的はギャップのようです。
一例を挙げますと、とても美しい舞妓さんが、
左やや下に顔を向けています。
そのまま撮れば、物思わしげな憂いの表情、
睫がかぶさる美しい横顔が浮かび上がったでしょう。
ところが、なんということでしょう!
写真家は舞妓さんに、目だけ動かして、
レンズをのぞくように指示したようです。
舞妓さんの目は大きく開かれ、白目がちとなり、
まるで怒ったような強い表情に一変しました。
写真家には、これは魅力的な表情なのでしょう。
でも、私には、舞妓さんの魅力を払拭してしまう演出に見えます。

印刷は見事な厚みを見せています。
でも、舞妓さんの内面と外面の魅力を醸し出すためには、
これは行き過ぎでした。
強烈さと舞妓さんの華麗だけど軽やかなたたずまいとは、
まったく相入れない距離にあるからです。
まるで大根ホームランバッターが全球フルスイングする感じ。
日本の写真愛好家、舞妓ファンをターゲットにしたものとは
とても思えません。
おそらくこの写真家、ご自分の国でも出版するんだけど、
日本でも出版することにしたのでしょう。

この喫茶店、
まあいろいろと不満はありますが、
とても居心地のよい空間で、
ご主人夫妻も好人物の写真好き。
ゆったりと休憩させていただきました。
今後の休憩場所に指定することに、DAさんと意見が一致しました。
こうあれこれも注文を付けては、
今度行ったとき、「帰れ、帰れ!」かも知れませんが.......




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by hologon158 | 2016-03-30 11:56 | ホロゴンデイ | Comments(0)

637.02 ホロゴンデイ160「2016年3月5日ホロゴンと葛城古道の相性は抜群」2 持ちつ持たれつ


生物学者たちはどうやら人間以外の生物について、
その精神生活の存在を否定するようです。
完全な本能的生理があるだけ。

アルフレッド・ノース・ホワイトヘッドは考えました、
もちろん生物学的な意味ではありませんが、
すべての現実的存在は物質極と精神極を備えている。

科学的問題ではないのかもしれませんが、
未だに解決できていない問題があります、
「心はどこにあるのか?」
昔から、脳だ、心臓だ、腹だ、等々、諸説あります。
どうも体全体にあるのではないか、そんな感じがします。
そして、心や意識の存在を検証することもできません。
行動学的に処理することも難しい。
完全に寝たきりで、目も動かさず、反応もしない人が居て、
だから、心はなくなったか?
そんなことを言える人は居ません。

同じように、ミクロからマクロまで無限の存在が宇宙を満たしていますが、
そのどれが心を持ち、どれが持たない、など言える人も居ません。
人間の体の中にも、ミクロの世界が深く深く幾層にも重なっています。
まさにユニバース。
このミクロ宇宙に生きる存在たちについても同じことが言えます。

もっといえば、私たちの宇宙だって、
意識のある巨大な有機体の腸の中にあるかも知れないのです。
宇宙は、研究が進めば進むほど、超々々々々々々巨大になっていきます。
私たち人間は実は超々々々々々々ミクロの存在なのです。
私たち人間の下にもまだまだミクロの世界が深く深く広がっているのですが、
それにしても、太陽系も含めて、存在のヒエラルキーの中で、
私たち人間は、遙か遙か低層に位置する、極々こんまい存在なのです。
シロアリや兵隊アリたちとほとんど同列。
それなのに、自分のミクロの環境を、自分を含めて、
完全に破壊できる能力を身につけてしまいました。

そこが恐竜との巨大な違いです。
恐竜たちは、環境の激変によって地球上の支配者の地位を失うまで、
環境、生態を自ら破壊することなく、
1億6千万年ほども繁栄し、進化し続けていたのです。
生物学者たちはそんなことにちっとも感銘を受けないようですが、
私は違います。
恐竜たちを深く尊敬します。

こんな風に考えると、そんな宇宙の住民、後継者として、
人間は宇宙を健全に保全する責任を負っているのではないでしょうか?
生態学が明らかにしたもっとも重要な真理は、
宇宙の存在は持ちつ持たれつ、ということでした。
そうしないと、いつか自分に消滅の運命がまわってくる危険がある。
とくに日本の政治家、企業、官僚たちにそう強く警告したいですね。
でも、私のこんな警告を理解できる頭があるとは思えませんね。
なにしろ歯舞を読むこともできない大臣しか見つからない社会なのですから。





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by hologon158 | 2016-03-29 23:26 | ホロゴンデイ | Comments(2)

637.01 ホロゴンデイ160「2016年3月5日ホロゴンと葛城古道の相性は抜群」1 新しい顔



3月5日葛城古道を歩いたことは報告しました。
もう1か月近く前になります。
ブログに掲載する写真は目白押しに並んでいて、
遅れ遅れになっています。
出しそびれてしまうと、いつまでも店晒し。
そんなフォルダが数知れずあります。
なにしろ2008年以降のフォルダが1746もあるのですから。
私もブログに掲載することでようやく
写真たちとの約束が果たせたという気分になれます。
だから、私の写真フォルダには、
果たせない約束のため息が一杯詰まっているわけです。

3月26日土曜日、京都を歩いた際にも、
葛城古道をご一緒した写真家の林孝弘さんから、
「葛城古道の写真、なかなか出てこないじゃないの?」
「近いうちに出しますよ」
ということで、葛城古道の写真たちとの約束と、
林孝弘さんとの約束を確かに果たすことができる気持ち。

当日使用したレンズは2本。
ホロゴン15㎜F8Mとパンタッカー50㎜F2.3
まず、ホロゴンから参りましょう。
約200枚選んでみました。

Mマウントアダプタを駆使して、
マクロホロゴンの写真もかなり撮りました。
ホロゴンが新しい顔を見せてくれた、
私はそんな気持ちでいるのですが...........?





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by hologon158 | 2016-03-29 20:41 | ホロゴンデイ | Comments(0)

636.07 ホロゴン外傅160「2016年3月2日ゾンネタールが久しぶりに踊った」7-完-戦士の休息



3月28日月曜日、揚琴レッスンのはしご日です。
付虹先生の事情で、いつもより1時間早く行くために、
8時56分発大和路快速を選んだのですが、
これが駅踏切の故障とかが原因で、10分もの遅延。

ようやく出発した快速の窓から沿線の光景を眺めました。
ごろごろ石を積んだ作業場で、男が一人、
ショベルカーのようなものでこれを移動させていました。
ああ、ここでもがんばっているんだ。

若い頃、昆虫学の本で、
シロアリの巣の生態を読んだことを思い出しました。
このことはすでに書きましたが、私の大好きなお話なので、
また書きます。
このブログは日記。
何度でも思い出したことは書くじゃないですか?
それです。
ボケたなんて、決して思わないように。

砂漠に数メートル以上の高さの巣がニョキリと突っ立っています。
中にはトンネルが無数に走り、
数知れないシロアリたちのコロニーが営まれています。
このすべての部屋、通路は常に一定の湿度を保たなければなりません。
何度かは忘れました。
そのために、数知れない巡検隊がトンネル内を走り回り、
湿度を体感して、随所に即席の壁を作ったり崩したりして、
トンネルの空気の流通を開閉して、一定の湿度を保つのです。
生きるサーモスタットシステム。
人間の血管内を白血球が走り回っているようなものでしょうか?

別のお話。
YouTubeのビデオで、兵隊アリが休息中、
仲間の脚をさすって、きれいにしてあげるシーンがありました。
とても念入りにケアしてあげています。
自分でやればいいものを、仲間に任せて、
なんだかとてもおおような表情でした。
これにも大いに感嘆したのですが、
それは次のお話を思い出したせいでした。

古典ギリシアのペルシャ戦争のハイライトは
サラミス湾の海戦と並んで、テルモピュライの戦いです。
たった300人(うろ覚え)のスパルタの戦士たちが
わずかな同盟兵と一緒に渓谷の隘路に陣取って、
数万のペルシャ軍を釘付けにし、
最後には、全滅してしまったのです。

ペルシャ王は、日露戦争の旅順口の要塞線の乃木将軍
(日本の軍事史上最悪の将軍)よろしく、
兵士たちを惜しみなく突撃させます。
スパルタ軍は必死に応戦して、一歩も退きません。
ペルシャ兵たちが死屍ルイルイと折り重なります。
でも、スパルタの戦士たちも次第に消えていき、
もう明日の攻撃で全滅してしまう瀬戸際まで来てしまいます。
その前日、ペルシャ王が望見すると、
スパルタの戦士が長い髪を解いて櫛けずっている姿。
スパルタからの亡命者に尋ねました、
「あれはなにをしているのだ?」
「死を覚悟して、身を美しく整えているのです」
ペルシャ王は言いしれぬ畏怖を感じるというシーン。

兵隊アリの兵士たちの姿を眺めて、感じました、
なんだかスパルタの戦士にそっくりだなあ!





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by hologon158 | 2016-03-28 22:42 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

636.06 ホロゴン外傅160「2016年3月2日ゾンネタールが久しぶりに踊った」6 調教されて



3日前から寒さがぶり返しましたね。
木曜日だったか、夜中に目を覚ますと、
娘(猫ですが)の静、ママ(人間です)の胸の上に載って、
ヌクヌクと寝ていました。
風邪で不調の妻には負担が過ぎます。
台所に行って、静の乾燥のご飯を小皿に少々落とした途端に、
寝室のふすまの底部にもうけた猫用フラップドアがガタン。

それから2時間ほどして、
なんだか寝苦しい感じで目を覚まして見たら、
静は今度は私の胸の上で眠っていました。
これはわざとなのです。
こんな風にして、両親を調教して、
暖房装置にしてしまおうというわけです。

このあたりの調教は孫でもやろうとしているのですから、
世の中、油断ができませんね。

先週面倒を見にいった孫プリンセス、1歳3月ですが、
ママが置いていったハンドバックからなにやら取り出して、
寝室にトコトコと移動しようとしています。
手に飴を持っているのに気付いて、止めました、
「ダメ、バッグに戻しなさい!」
すると、振り返りざま、
豆粒ほどに小ちゃいくせに、とんでもなく激しい声で、
「イヤー!」
この年からもうこんな具合です。
行く末が思いやられますね。





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by hologon158 | 2016-03-27 22:05 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

636.05 ホロゴン外傅160「2016年3月2日ゾンネタールが久しぶりに踊った」5 桜の京都へ


3月26日土曜日、今日は京都に参りました。
親友のDAさんと、あとで合流された写真家の林孝弘さん。

DAさんの提案はこうでした。
「桜の京都に行きましょう。
でも、人のあまり居ないところを歩きましょう」
桜咲く京都に行くんだけど、
路地から路地への路地周り、
となると、桜とは無縁の撮り歩き、ということになりますね。
日本全国、土曜日に写真を撮った人は数知れないほどでしょう。

でも、こんな提案をする人が何人居たでしょうか?
私は新潟に二人知っているだけですね。

たった一人の不思議な光景に瞬間的に反応して、
かなり遠隔から撮って、その一人に雄弁に語らせる、
遠隔スナップの達人。

もう一人は同じような光景の中で、
その一人に可能な限り接近して撮るストリートフォト名人。

一方、DAさんはちょっと感じが違っていて、
そのたった一人も居ない無人の光景に人の気配を感じさせる、
奈良の大写真家入江泰吉ゆずりの名手。

そして、林孝弘さんはどんな光景を撮っても、
そこに人の温かみを醸し出す、
不思議な写真世界を紡ぎだしつつある写真家。

よく考えると、この四人の写真家は、現代では珍しくなった、
カルティエ=ブレッソンが生み出した
ヒューマニスティックなストリートフォトの直系と言えそうです。

装備は、私にとっては夢のセットでした。
カメラはソニーα7(Mマウントアダプタ付き)
レンズは2本、
エルマジ95mmF2.4
スピードパンクロ35mmF2
(予備として、ソニーNEX-5)

最初はエルマジ95㎜f2から出発して、
喫茶店、食堂などで休憩するたびに、レンズ交換。
エルマジ95㎜f2を441枚、
スピードパンクロを356枚、
合計797枚。
近頃稀な収穫の一日となりました。
ただし、桜は清水寺下の三寧坂の枝垂桜だけ。
後は蕾でした。




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by hologon158 | 2016-03-27 17:23 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

636.04 ホロゴン外傅160「2016年3月2日ゾンネタールが久しぶりに踊った」4 無視されるって


ソール・ライターはこう語ったそうです、
「無視されるって、いつでも気楽ですよ」
彼がどんな気持ちからそう語ったのかわかりませんが、
私のいつもの気持ちからすれば、まさに同感ですね。

注目されること、名声を博することは、
常に自分を見失う危険を孕んでいるものです。
ある有名な写真家は世界的名声を博した結果、
マンネリに陥りました。
冒険ができなくなり、成功した方法に安住した結果です。
にわかに頂点を立つ人によく起こりますね。
守勢に立ったら、おしまい。

大きな組織ではどうしても官僚的ヒエラルキーができます。
そのヒエラルキーの梯子を上って行ったとき、
かつてのしなやかな平常心を失う人がよく居ます。
傲慢になり、短気になり、余裕を失います。
マーフィの法則「人は無能の極致まで出世する」が起こっているのです。
これも同じ現象。
そんなことが起こらなかったのがカルティエ=ブレッソンですね。
ソール・ライターはこれが分かってたのです。

廉価版写真集「Saul Leiter」(Thames & Hudson社刊)は、
1940年代から1960年頃までの作品を収録しています。
まだファッションフォトグラファーとして成功する前でしょう。
詳しい経歴は分かりません。
なんで生計を立てていたかまったく分かりませんが、
とにかくアマチュアではなかったようです。

1948年にポジ写真を撮り始め、Argus C3を主に使っていたようです。
Cintar anastigmat50mmf3.5が標準レンズ。
レンズ交換ができるカメラだそうですが、
ライターはどうしたのでしょうね?
ほとんどの写真は標準レンズ風ですが、そうでないのもありそう。

彼の写真をもっと沢山観たいですね。
彼の写真集は存命中のもののようですから、
写真家自身が所収作品の選択に関与しているのでしょう。
それだからなおさら、私は彼が選ばなかった写真を観たい。
カルティエ=ブレッソンもそうです。

どんな写真をよしとしたか、というだけでなく、
どんな写真をともかく撮っていたか、
彼が選ばなかったのはどんな写真か、それが分かります。
もしかすると、彼らの写真に対する取り組み方、スタンスが
もっとよく分かるかも知れません。

私の写真の師匠の田島謹之助さんは言っていました、
「写真を1枚見ただけでは、その人のことは分からないけど、
2枚、3枚見たら、人柄が分かるよ」
私はとても無理です。
沢山、沢山の写真をみなきゃ、ね。

もっとも、現代ではそれも無理かも?
パソコン処理によって自在に写真をレタッチできる時代、
もしかすると、何枚見ても、その人の美的感覚は分かってきても、
人柄までは分かってこないかも知れませんね。





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by hologon158 | 2016-03-25 22:06 | ホロゴン外傳 | Comments(0)