わが友ホロゴン・わが夢タンバール

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662.01 ホロゴン外傅178「2016年10月4日アポクアリア28㎜F2の佐保路」7-完-コンサート


10月29日土曜日、
私の今秋コンサートの第三弾、
神戸でのアブニールコンサート。
(三宮行き阪神快速電車内で作成した記事)

生まれてはじめて、
人前でリコーダー二重奏をします。
ちょっと怖い。

前にも書きましたが、
人前で演奏するときのジンクスがあります。
独奏は必ずあがります。
5度ほど揚琴での経験がありますが、全部上がり、
平常の演奏ができませんでした。

ところが、伴奏だと一切上がりません。
10回以上体験しましたが、
そのうち4回は200人もしくはそれ以上の聴衆が見守る中、
私だけ登場して、やおら揚琴の前に着席して、
前奏を私が始めるというシチュエーションでしたが、
まったくチラリとも動揺しませんでした。

そのうち1度は、揚琴が絶好調で、
ホールの外にまで揚琴の音が響きわたっていたそうです。
二人のメンバーが演奏後「あの揚琴奏者は中国からの来演ですか?」
と尋ねられたほど、軽快に3曲伴奏を演奏できました。
私の生涯の絶頂の一つかもしれません。

この落差はあまりにも大きすぎます。
職業生活でもどんなに多くの人が居ても上がったりしなかったので、
詰まるところ、音楽の独奏にはある種の魔が宿るということなのでしょう。

さて、問題はリコーダー二重奏がどちらの範疇に当てはまるか?
最初の2曲、ルイエのリコーダーソナタ1番第1楽章アダージョと、
「ダニーボーイ」は、
アルトリコーダーの独奏を同じアルトが伴奏する形式ですが、
実態は伴奏もしっかりと独自のフレーズを奏でる二重奏。
最後のジョン・ダウランドの「Come again」は、
元はリュート伴奏による歌曲なのですが、
誰が作ったか分かりませんが、4種のリコーダーの合奏楽譜。
これを上の2段だけ、私のソプラノ、MHさんのアルトで重奏します。
こちらも歌の部分はソプラノが担当しますが、
アルトも活躍して、うまくかみ合うと、
しっかりと重奏のおもしろさを醸し出してくれます。

というわけで、どの曲も独奏と重奏の2つの性質を合わせ持っている。
私の繊細な神経がこれにどう反応するか?
やってみなければ、分かりません。

この2ヶ月、たっぷりと3曲セットで弾き続けてきました。
まさに勝負!
それにしても、このようにして、
音楽演奏が私の第2の人生の中核を占めるようになってしまいました。
11月6日日曜日は今秋コンサート第三弾、
付虹先生が教える揚琴、二胡の生徒の発表会をはじめて小ホールで行います。
こちらは独奏と伴奏の2曲。
今日のリコーダーはその予行演習という性格もあります。
肩肘を張らず、気張らず、ゆったりと楽しみたいものです。





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by hologon158 | 2016-10-29 23:50 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

662.01 ホロゴン外傅178「2016年10月4日アポクアリア28㎜F2の佐保路」6 岳飛像


妻が先月、中国の武漢に旅して、巨大な武人の像に出会って、
旅行中にその写真を送ってくれました。
「この岳飛という人、どんな人なの?」

彼女は、日本史、ヨーロッパ史はかなり詳しいのですが、
中国史にはあまりなじんでいません。
すぐに返事しました。
南宋の名将で、北から侵入しようとする金を相手に活躍して、
中国では、関羽と並んで、もしくは彼以上に尊崇されている英雄だよ。

すると、彼女の返信、

 「中国って、すごい人が沢山居るのね」

そこで、私返信、

 「いつも言ってるじゃない?
 良い人も悪い人も日本の十倍居て、
 そのダイナミックレンジはもっと凄いんだから。
 歴史上の偉人、名将、英王、天才等々、
 優れた人物は数限りなくいるんだから。
 文字通り世界一、けた外れ」

どうでしょうか?
日本で、国民的な英雄と言えば、と指を折ってみると、
聖徳太子、源義経、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、
上杉謙信、武田信玄、高杉晋作、坂本龍馬、西郷隆盛.....
これ位でしょうか?
(「これ位」なんて言ったら、選外の皆さん、腹をお立てになるでしょう。
でも、文句無し、古今未曾有の特質を備えた偉材、となると、
そうは沢山おいでにならないようで...)

ところが、中国ときたら、どうでしょうか?
上記の英雄たちクラスの活躍をした人を捜してみると、
文字通り、何十人とごろごろ見つかります。

名宰相と言いますと、諸葛孔明が頭に浮かびますが、
国を背負って英雄的な業績を上げた、孔明クラスの宰相は、
実は、何人も居るのです。

天下を争った英雄としては、項羽と劉邦が有名ですが、
巨大な中国大陸の覇権を競った英雄たちが、そして、
あらゆる種類の天才、英雄、英傑、さらには名将、名臣たちが、
文字通りぞろぞろ居て、歴史をびっしりと埋めています。

紀元前8世紀頃に始まる春秋時代に成立した春秋左氏伝を読むと、
中国文明にはその前に何百年の歴史があって、
中国文明はその曙の頃から長い長い経験を経て、
春秋時代にはすでにかなり成熟していたことが分かります。

春秋時代の国の一つのお話ですが、
その王(公と呼ばれていました)に向かって宰相がこう言うのです、
「この国は公一人のものではありません。
この国の民のものです」
(正確な言葉は忘れました。もっと的確でかっこ良い表現でした)
そんな言葉を支配者に向かって言えた日本人って、
過去に居たでしょうか?
国民主権の現在でも、居るでしょうか?
そんな文明、文化が3千年以上途切れることなく続いてきたのです。

始皇帝が天下を統一した当時、
中国は、すでに、億を超える人口を抱えていたようです。
中国の戦国時代の列強はすでに、
何十万という軍隊を動員してぶつかり合っていたのですから。
そんな国は、インドを除けば、世界中どこにもありません。
民族の力の蓄積はいわば無尽蔵なのです。
中国とつきあうとき、そのことを忘れてはいけませんね。
中国においでになれば、一目瞭然です。
あれだけひしめきあった巨大人口の中でしのぎを削りながら、
あれだけ広大無辺の大地の上で育ち、生き抜くのですから、
ちっちゃな温室育ちの日本人には絶対経験できない、
過酷な環境から生まれる人間の大きさは並大抵ではありませんね。




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by hologon158 | 2016-10-28 16:06 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

662.01 ホロゴン外傅178「2016年10月4日アポクアリア28㎜F2の佐保路」5 音楽の力


中国古代の鐘、編鐘の演奏風景を見たことがありますか?
舞台一杯に鐘が並んでいます。
荘重な響き。
2000年以上もの時間を飛び越えて聞こえてくるようです。

論語だったか、なんだったか、忘れました、
孔子が春秋時代の国々の音楽の楽風をさまざまに評価する言葉。
どこの国は重厚であるとか、どこの国は下品であるとか...
このことで分かるのは、春秋の諸国が国ごとに音楽を発展させていたのです。
固定した曲だけではなく、その国の作曲家(おそらく演奏者自身)たちが
さまざまにお国柄に沿った変更を加え、
もしかすると、新しい曲も作っていたのです。

そのことを物語るお話が司馬遷の「史記」にもあります。
始皇帝を暗殺しようとして失敗した荊軻の親友の高漸離。
この人は現代の古琴の先祖と想われる琴の天才でした。
暗殺未遂事件の後、荊軻を派遣した燕の国も滅ぼされ、
荊軻に親しかった人たちも連座して刑戮されてしまいました。
迷惑な話です。

高漸離も捕らえられたのですが、
始皇帝は彼のことを知っていたようです。
才能を惜しんで呼び寄せ、その琴の演奏を楽しんだのです。
この事績からいくつかのことが推測されますね?
何でしょうか?
そう尋ねたら、頭脳明晰なあなたなら、
たちどころに10や20は並べ立てることでしょう。
私はかろうじて、次のことくらいしか思い浮かびません。

①当時すでに音楽は中国全土で、宮廷でも民間でも、
人々の楽しみとなっていた。

②高漸離の弾いていた琴は全国的に普及していた。

③すでに琴の演奏家には優劣があった。
つまり、優劣が現れるほどの難曲がすでに生まれ、
聴衆は演奏や解釈の優劣を評価するだけの経験、素養を積んでいた。

④そうした音楽情報が戦乱の戦国時代末期には全土に伝わっていたので、
文化的にかなり遅れていた西の辺境の地、秦の始皇帝でさえ、
遙か西の果てに住んでいた高漸離のことを知ることができた。

⑤高漸離が当時並ぶものなき名手とうたわれたのは、
演奏技術だけではなく、その演奏する曲のすばらしさも手伝っていた。

⑥高漸離が刑戮されなかったのは、
高漸離の演奏技術が惜しまれただけではなく、
彼が作曲収集した名曲がこの世から失われるのを惜しんだから。

音楽がいつの時代に生まれたか?
明らかではありません。
でも、石窟画に踊る人たちが描かれていることから推して、
数万年前から、まず、歌、踊り、そして、楽器が次第に生まれていった、
そう推測しても間違いではなさそうです。
さらに、祭りが生まれ、祈りが生まれ、さまざまな儀式に進化し、
その間に、音楽は発展進化して、高漸離のような天才を生み出した、
そんな風に考えてもよさそうです。

古典期ギリシアの早熟の天才アルキビアデスが、
子供の頃、笛を習うことを拒否した逸話が残っています。
両手を使うので、歌うことも踊ることもできないから、というのです。
この話からも、歌や踊りは人々の本質的な楽しみ、営みになっていたこと、
楽器は先生について習うほど、発達していたことが分かります。

孔子は紀元前6世紀の人、
アルキビアデスは紀元前5世紀の人、
始皇帝は紀元前3世紀の人です。
どうやら音楽は当時すでに、
中国でもギリシアでも、さらには、地球上のどこでも、
音楽は人間の営みの本質的なファクターだったのでしょう。
人の心を高揚させ、一つにし、インスピレーションを与えることで、
人間社会に巨大な凝集力、推進力を生み出し、
人間の文化、文明を大きく加速したのかも知れませんね。





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[後書き]
9枚目をご覧下さい。
何に見えますか?
ただの地面?
ま、それも良いでしょう。
顔?
そう、右手に木の葉をもって、
鼻に近づいて、香を嗅ぐ人、
そう見えませんか?
巧い具合に木の葉があったものだ。
置いたんだろう?
そうお考えになる方は多いでしょう。
そんな風に手を加えて演出される写真家はかなりおいででしょう。
私は絶対にしません。
写真家は、意図通りの写真作品を創り出したいから。
私は、その場で瞬間に感じた自分を写真に撮って記録したいから。
よく言います、「写真は、人に見せた途端、一人歩きしはじめる」
私の写真は一人歩きしません。
どこまでも私のものです。
なぜか、写真に写っている私を誰も知ることができないから。
by hologon158 | 2016-10-27 15:34 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

662.01 ホロゴン外傅178「2016年10月4日アポクアリア28㎜F2の佐保路」4 三国志演義


中国のテレビドラマに「三国志演義」があります。
なかなかの人気番組だったようですが、
でも、私はこの中国の人気テレビドラマを見続けることができない。
私にとって、「三国志演義」は特別。
高校時代に「水滸伝」と一緒に病みつきになって以来、
何度読み返したか分からない愛読書ベストテンの一つなのです。
そのときに心に定着したイメージがあります。
このイメージにぜんぜん合わないのです。

関羽と張飛は、正史「三国志」で、
陳寿がわざわざ「万夫不当」と評したほどの稀代の猛将です。
1万人でかかっても、倒せないほどの勇士。
おそらくこの時代で、この二人に匹敵したのは、
呂布一人だったのではないでしょうか?
体躯も常人よりも飛び抜けて大きかったのです。
ドラマの二人は確かに容貌は似ていますが、体格は並。

劉備は、耳が自分の目で見えるほど大きく、
帝王の龍顔と言うにふさわしい威貌の持ち主。
両手は長く、普通に下ろして、膝についたほどで、
どこから見てもまさに異貌の非凡人でした。
彼が負け続けの経歴を積みながらも、
どこへ行っても丁重に迎え入れられた理由の一つは、
彼のこの風格、風貌にあったと言うことができそうです。
この人はただものじゃない!
でも、ドラマでは普通。

曹操は、中国史上稀に見るほどに非凡な文武両面の才能を備えた、
スケールの大きな傑物でしたが、
秀吉に似て、とても貧相な風貌の持ち主でした。
ところが、ドラマでは、劇中一番立派な容貌の俳優が堂々と演じています。
ちょっと違うんだけどなあ、という気持ちが起こってしまいます。
その他、孔明も周喩もイメージが全然合いません。
だから、どうしても楽しめない。

陳寿の正史「三国志」もまた面白い読みものです。
筑摩書房の世界古典文学全集に3巻もので本訳されています。
司馬遷の「史記」以外には、完訳されている中国の正史はありません。
全巻を読み通すのはちょっと辛いですね。
司馬遷の「史記」なら、それができるのに、なぜ?
私はその理由は簡単だと思っています。
司馬遷は陳寿よりも遥かに長い時代の中から、
史伝に採り上げる人物を選り取り見取りすることができたのです。
しかも、その時代に中国の文明は大きく成長したのです。
世界の古代史には偉大な古典が沢山ありますが、
史記以上に多彩な人間の詳細な事績を記録に留めた歴史はありません。
陳寿の「三国志」はこれに次ぐ多彩な人間曼荼羅。
それだけに、多くの愛読者が居ます。
そんな状態で、テレビドラマを製作すると、
どうしてもさまざまにイメージが食い違うことになります。
まさに百家争鳴のカオスに巻き込まれる運命にあります。
そう考えると、中国ドラマ「三国志演義」はそれなりに健闘した、
そう言って上げるのがよいでしょうね。

三国志を読んでいて感じることがあります。
私がこんな風に自宅でゆっくりできるのはありがたいことです。
三国志の時代、上記の主人公たちは席の温まる暇もなく、
生涯戦場を駈け巡る運命にあったのですから。
でも、
不思議です。
それなのに、戦場で得た傷が元になって命を失った周喩を除けば、
主人公たち、誰一人として、戦場で死んでいないのです。

でも、空前の戦乱に、後漢の時代、1億を超えていた中国でも、
最低の人口3000万ほどまで減少したと読んだことがあります。
それが現代の中国人口は10億を超えているのです。
東京なみの大都会が沢山あります。
喧噪と混雑の世界。
中国政府はどうやって食料を確保しているのでしょう?
私は都会から離れて、奈良の郊外で暮らしています。
一度に3人以上の人間は多すぎる、そう思う人間なので。
戸外には車の音も人声もなにもしない。
屋内では、テレビもないので、ただ沈黙があるだけ。
私はこれが幸せ。
でも、多くの都会人は逆に不安になってしまうかもしれませんね。





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by hologon158 | 2016-10-26 15:39 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

662.01 ホロゴン外傅178「2016年10月4日アポクアリア28㎜F2の佐保路」3 文章を書く


私はもともと長大な文章を書くことを仕事にしてきた人間ですから、
文章を書くことは全然苦になりません。
というより、人生の喜びの1つ。

ところが、他人の文章を読むとなると、
ときには、これほど苦しいことはないのでは、と思ってしまいます。
頭脳優秀をもって知られる人の文章、論文等を読んで、
何度ひっくり返ったか、わかりません。
いったい、なにを言ってるんだ?
いったい、なにを言いたいんだ?
センテンスが実に長大な文章を書く人もよく居ます。
いくつも主語らしいものが登場し、
錯綜し、ねじれ、ときには、
最後の最後に、これまで読んだすべての言葉が主語であり、
最後の一語が述語だったなんてこともあります。
頭の構造自体がそのようにできている人もいます。
批判を招かないように、安全な道を手探りで探して、
苦心惨憺の挙げ句にできあがる文章というのもあります。
わざと難解な表現を選んで、
肝心要の主張を分厚い保護幕の中に隠している人もいます。

私は誰にでも分かるような文章を書くことにしてきました。
仕事上の文章でもプライベートな文章でも、
文章の理想は一つです。
なんだと思いますか?

  ラブレター

それも、お目当ての人にはっきりと、疑問の余地なく、
「わたしはあなたが好きです」
そうはっきりと分からせる文章。
だから、私も仕事上の文章はラブレターとして書き続けました。

じゃ、なんで?
(辛抱しきれずに、質問が飛んできそうです)
なんで、こんなに何書いているのか分からない文章ばっかり掲載するの?
幾度か、種明かしをしました。
私は、単純に頭の体操としてブログを始めました。
文章を書くことがぼけ防止に役立つかどうか?
まったく見当もつきません。
でも、ぼけ防止になにをしたらよいのか?
そう思案してみると、
頭も体も絶えず動かし続けること、
これしか私には思いつかなかったのです。
書きたいことなど、そうおいそれと浮かんできません。
そこで、私が取った方法は、
なんでもよいから、書き出してしまおう、
何とか書いている内に、書きたいことが手の先から生まれてくるかも知れない。
実は、これは私の写真の撮り方でもあります。
どこでも良いのです。
いきなり撮り始めたら、どんどんロボグラフィが見つかる。
このような文体を「のたくり文」と呼ぶことができそうです。
とにかく辺り構わずのたうちまわっている内に、
どこかにひょいっと頭を出すことができる。
文章の骨格が見つからなくてもよいのです。
私一人が読者ですから、どんな気持ちで書いているか、よく分かるからです。

あなたが源義経のように国家権力からの逃走者になったとして、
あなたはどこに逃げますか?
義経は吉野に逃れました。
でも、実のところ、当時の吉野は現代そっくりでした。
よそものははっきりと浮き上がってしまいます。
よそものの動静はただちにニュースとなって広がります。
正解は、大都会の喧騒の巷に紛れ込むことですね。

私の文章はおたずねものの格好の隠れ家なのです。
完全にプライベートなことばかり書くので、
なにを書いてあるのか、数行読んでも分からない。
一応読む気になった人も、
「いったいこの人なにを書いているんだろ? やめとこう」と、
這々の体で逃げ出してしまう。
写真と来たら、めったやたらに訳の分からない写真を撮って、
しかも、撮影順に並べています。
主張も思想もへったくれもない!
ブログでなにか物を言いたい、
ブログで自分の写真観を確立したい、
ブログで名を揚げたい、
こんな動機がある人なら、絶対にしてはならないタブー全集、
それが私のブログですね。

もう一つのブログ「レンズ千夜一夜」も、
最初は律儀に対象レンズを主題に絞っていました。
でも、ほとんど誰も来ないので、
よし、こちらも「わが友ホロゴン」と同じスタンスで、
勝手放題に文章を書こう、そう考えを改めたのです。

最初の頃は、本ブログの記事を一日数本、
ときには10本も投稿することがありました。
今ではぐっとモデストになって、原則として、1日1本。
でも、これにはカラクリがあるのです。
1本の記事の文書量、写真量が以前の何倍にも膨れ上がっている。
だから、実態としては、ペースはそんなに落ちていないのです。
写真は一記事原則30枚のペースですから、
本ブログだけでも、一月に900枚、
一年に1万枚を超す写真を掲載することになります。
完全な隠れ家になりつつある、
私はそう確信しています。





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by hologon158 | 2016-10-25 12:02 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

662.02 ホロゴン外傅178「2016年10月4日アポクアリア28㎜F2の佐保路」2 今を生きよう!



人間が文章を書くようになって、
現在分かっているだけでも、6000年ほども経ちました。
シュメールの楔形文字を刻んだ粘土板が数知れず発見されています。
商業用、祭祀用などさまざまな種類の文書。
文字を学ぶための練習用の文が書かれたものまで見つかっています。
さまざまな遺跡も過去の歴史をよみがえらせてくれますが、
文字以上に、その時代の人々の息吹を感じさせてくれる遺物はありません。
さまざまな媒体が古の文字を伝えてくれます。

でも、実のところ、文字を持っていた文明は古代にはほんの一握りなのです。
古代から現代まで連綿と、ほとんどの人間たちは自己の民族の過去の記録を、
文字に書かれない伝承、記憶に頼ってきました。
世界各地に語り部が居ました。
ホメーロスや稗田阿礼もそんな語り部の一人だったのでしょう。

文字に書かれない伝承、記録が現代に伝えられたのは、
それを文字化してくれた太安万呂のように、
記録者がそんな口頭の伝承を文字にとどめてくれた場合だけです。
ヘロドトスのような古代の歴史家もそうですね。
ペルシャ等のギリシア周辺諸国の古代史の断片が、
彼のおかげで人類の記憶に残されたのです。

でも、残されたのは、極めて限られた少数人の事績だけ。
今も昔も一般庶民の記憶は家族、友人だけが頼みの綱。
ところが、困った事態が起きつつあります。
紙の文字記録はどんどんと少なくなっています。
ほとんどすべてがコンピューター上のメモリーに依存する時代。
このような記憶、記録は媒体の消滅とともに消え去る運命にあります。
書籍のような紙の記録も、時の経過によって朽ち果ててしまうのですから、
時間の長短はあっても、運命は同じ、と言えるかもしれません。
過去は消え去る運命にあるのです。

そうでなくても、ご本尊自身、つまり、地球上の人類にとっても、
その運命はかなり近い、という感じがあります。
数十年の間に食料戦争が起こるでしょう。
随所で原発がミサイルの的となるでしょう。
戦争と放射能汚染と飢餓が人類を滅亡の危機に陥れるでしょう。
人類に未来はないのでしょうか?

人類滅亡後に地球を訪れた異星人は、
過去の遺跡を発掘して、古代史にはかなり通じることができそうです。
でも、20世紀、21世紀の地球人の遺跡は一切残っていないので、
何一つ知ることはできないでしょう。
時の経過に抗して生き残る媒体、物質、構造がほとんどないからです。
こんな風に考えると、
ちょっと寂しいですね。
こうなると、いつもの結論にたどりついてしまいますね。
「今を生きよう!」
これしかありませんね。
お互い、がんばりましょう。





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by hologon158 | 2016-10-24 23:28 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

662.01 ホロゴン外傅178「2016年10月4日アポクアリア28㎜F2の佐保路」1 ララ・アビス

エルマリート28mmf2.8シリーズに被さるようにして、
アポクアリア28㎜F2がまたも登場しました。
この新旧28㎜の対決はかなり面白いですね。
前者は重厚深遠に傾き、
後者は明快機敏に疾走する。
一口で言えば、そんな風に対比できますね。
結局は、使い手としては、好みと趣味次第、
一人の人間の使い分けとしては、まさに気分次第。
優劣を決するなんて、愚の骨頂ですね。
さあ、ご覧下さい。


10月22日土曜日、
親しい写真仲間8人のリユニオンの日でした。

すでにかなりの時日が経ちましたが、
ララ・アビス(稀なる鳥)というグループ名を使ったり、
使わなかったりして、数回写真展を続けたことがありました。
私はすでに自分を写真家と認めなくなって久しかったのですが、
親友たちと協力しあって写真展を構想し、
ただで写真展のスペースを提供してくれるキャノン・ギャラリーとか
オリンパス・サロンといった大手ギャラリーに応募して、
東京、大阪で写真展を開催できるというのはとてもスリリングな冒険でした。
でも、2011年のオリンパス・サロンでの写真展で、
この冒険も終わりました。

その後、テンポラリーに撮影を共にする形で交友を続けてきたのですが、
最長老、紅一点のOKさんとは、
お体の不調やご主人をなくされたことなど重なって、
お会いしないままだったのです。

ところが、約束の時間においでになったお姿は、
昔と変わらないと言うより、
もっと若々しく、美しくなっておられました。
これは嬉しい不意打ちでした。

近鉄奈良駅ビル6階の料亭で、
ぴたり8人のイス式座敷での昼食会は大いに盛り上がりました。
お互いに話したいことはあおりでしょうけど、
せっかくの集まりが近くの人同士の
ばらばらのおしゃべりで終わってしまいます。
一人15分ずつ、順番に近況報告をしていただき、
全員、その質疑応答に集中する、という形を提案しました。

みなさん、それぞれに波瀾万丈の人生を送っておられて、
座談は大いに盛り上がったのですが、
その真っ最中に「はい、15分終了しました」と言うわけにもいかず、
15分の時間制限はいつしかそっちのけになってしまい、
私を含む2人は置いてけぼりになってしまいました。

私はかなり高齢になりつつある友人たちに、
水素吸入器Beautyflyの福音を是非伝えたい、
そうワクワクしていました。
結局、2時間の制限ぎりぎりに、
わざわざ取り寄せた宣伝用パンフレットをみなさんに配っただけ。

畏友のRAさんがご自分の番のとき、
一昨日から水素吸引をはじめて、
この2日間、体調が劇的に回復したとおっしゃっていただいたので、
一応水素吸入という新しい老化、病気防止法のことは分かって頂きました。

私としては、最長老のOKさんには絶対に使って欲しい、
親友たちにも使ってもらい、共白髪で100歳までもがんばりたい、
そう念願して、臨んだのですが、
OKさんは関心は一応示されたものの、
「お金が貯まったら、考えます」と、無期延期の回答。
他の仲間はまったくの無関心で、質問もなし。

これにはがっかりしました。
みなさん、新しいカメラ、レンズには猛烈に関心を燃やし、
どんどんお買いになっているのに、
そんなカメラよりも遙かに安い水素吸入器Beautyflyに
お金を使いたいとはお考えにならない?

でも、私を含めて、みんな、会う度に、
どんどん毛が薄くなっていくし、
どこかしら老化が目立ちはじめているのになあ...
Beautyflyなど必要としない、
効果的な老化防止法、健康法を実践しているのなら良いのですが。
と、まあ、フフフ、
私の友人たちはほとんど私のブログを読まないので、
平気で筆誅を加えて、楽しんでいます。

でも、本当は読んでほしい。
大した金額じゃないのですから、
そして、私とRAさんがこんなに効果的だとお勧めしているのですから、
試してみよう、そう思って欲しい。

せめて、とにかく、どんな方法でもいい、
老いの坂を転がり落ちないように、
がんばってくれなきゃ!

ララ・アビス(稀なる鳥)って、
ラテン語で、「真の友情は稀なる鳥である」
せっかく出会えた親友たちがだんだん老いるのを見る、
これはつらいですね。

老いを防ぐ一番良い方法を教えましょうか?
良き共を持ち、良き共と絶えず交遊すること、
これです。

私の父は、70の後半、友達を全部失い、趣味の交遊も絶ってしまいました。
当時は若かった私としては、なにも考えませんでしたが、
自分自身が老いの坂にかかろうとする今、
父の心情がよく分かります。

寂しかっただろうなあ...





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by hologon158 | 2016-10-23 22:22 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

661.05 ホロゴン外傅177「2016年8月27日エルマリート28mmf2.8が近江坂本に」5-完-沈黙のホロゴン

我が家では、妻が旅に出たりすると、
しばらくは子供たち二人(猫ですが)と三人の生活になります。
ご承知のように、猫は、犬と違って、とても静かです。
吠えませんし、ハーハーとせわしい息づかいを見せたりしません。
私も吠えませんし、ハーハーも言いません。
だから、静寂の世界。
と言いたいところですが、
YouTubeで音楽を楽しんだり、
二胡、揚琴、リコーダーの楽器も交互に反復するので、
実はかなりにぎやかです。
でも、それだけです。

現代の日本の家庭の何%でしょうか?
かなりの家庭ではテレビが時折もしくは常時鳴り響いているでしょう。
テレビ、新聞がないと生きていけない人もいるでしょう。
1日、2日は耐えられても、3日はもたない。

でも、その不可欠の情報を知って、どうすると言うのですか?
間接民主政の超巨大社会になって、
民意を反映させる機会であるたった一つの選挙は、
支配層の息がかかったマスメディアに良いように操られた大衆によって、
雪崩現象の場と化してしまっていました。

最悪のことは、その支配層がいったい誰なのか、
あるいは、何なのかが分からないこと。
表向きの権力を握る政治家たちは歴史上かつてないほどに無能で小粒。
ただのお人形でしかありません。
その向こうに身を潜めている本当の権力者は誰なのでしょう。
もしかすると、経済界の隠れた指導層?
それとも、アメリカ?
あるいは、中国?
とにかく国民主権を実現、実行しようとする層はどこにも居ない。
国民総働き蜂化、国民総被支配者化の実現に向けて、
誰かがこの半世紀営々と活動し続けてきたようです。

北欧神話には「沈黙のウッフェ」が登場します。
アングル族の王ヴェルムンドのただ一人の王子がウッフェ。
でも、この王子は王の悩みの種。
誰一人ウッフェが口をきくのを聞いた者はなく、
なにか遊びをしているのを見たこともなかったからです。
ところが、ヴェルムンド王、年老いて盲目となってしまいます。
跡取りとなるべき者がいない状態。
隣国の王がそれを知って、
王位を渡すか、王子同士の決闘で決めよう、と申し入れます。
絶望する王。
すると、ウッフェが突然、
「心配ありません。私がなんとかします」
彼がなぜしゃべらなかったのか?
父親がしゃべっているのだから、自分がしゃべる必要はなかったから。
もちろんその言葉どおりに、敵の王子を文字通り一撃でまっぷたつ。
いつそんな技を磨いたのでしょう?
すごいですね。

ウッフェの言葉から、人間は、本当に語るべきことしか語るな、
という思想が当時あったことが分かります。
もしかすると、そんな育てかたもあったのかもしれません。
スパルタはそれに近い教育をしたようです。
中国にも同様の思想があったようです。
希布の一諾という成句もそれに近いのでしょう。

私はどうか?
一生、しゃべり続け、書き続けてきた感じ。
しゃべりたいことはあるけど、聴く人はいない。
そんな人間に、ブログは最高のおしゃべりの場を提供してくれます。
ありがたいことです。
ちょうどウッフェの反対ですね。
で、どうだ?
ウッフェのように生きられるか?
無理、どころか、そんなことはしたくないですね。
ウッフェだって、現代に生まれていたら、
語り出した途端に、あっと言う間に無力化されてしまうでしょう。
人間がこんなに小さくなった時代はこれまでにあったでしょうか?



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by hologon158 | 2016-10-19 23:08 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

661.04 ホロゴン外傅177「2016年8月27日エルマリート28mmf2.8が近江坂本に」4 ティア・ブレイク




何回か前にフォークシンガー、ティア・ブレイクのことを書きました。

TIA BLAKE & her folk group - Folksongs & Ballads (1971) [FULL ALBUM]
(https://www.youtube.com/watch?v=P3nEMhibg0M)

なんともナチュラルで素朴な味わいがあって、
幾度も聴いています。
すると、親友からメールをもらいました。
独占情報というわけではないので、勝手に転載させてもらいます。

「それにしても、ティア・ブレイクがお好きなんて!
全く奇遇ですな、としか言いようがありません。
"Folks & Ballads"は、愛聴盤の1つです。
数年前に"Black Is the Colour of My True Love's Hair"と
"Turtle Dove"を検索していたら、出て来ました。

名前を初めて見た時、ティア・ブレイクだなんて、
おかしな名前!と思いました。
「ティア」は「おばちゃん」とか「おねえちゃん」です。
なので「ブレークおねえちゃん」という感じです。
(本名はChiristina Elizabeth Wallman)

残念ながら、2015年6月に65歳で亡くなってます。
パリでたった1枚だけレコーディングして、
パリでたった1回だけコンサートの前座をつとめたのは、
彼女がプロでなかったから、です。
アメリカかカナダに住んでいて、友達の友達が音楽関係で、
パリかロンドンに行くべきと思って、パリに行って、
そこでレコード会社のディレクターに認められました。
歌は元々うまかったでしょうけど、レコーディング前に
ギターの弾き方を習い、猛練習して吹き込んだそうです。
存命中の2011年に、LPがCD化された際、
本人がその様に序文を書いてます。
CDには、LPに収録されてない曲も数曲入ってます。
良い意味で素人風で、あちこちいじくり回してない、
素直な録音です。」

小さな部屋で聴いていますと、素直な録音なので、
私の横、すぐそこで歌ってくれる、そんな雰囲気があって、
(ほとんど経験したことがないほどに、ナチュラル)
飾らない歌声と相まって、聴けば聴くほどに愛着が湧いてきます。
でも、昨年、既になくなっていた!
こんな風に、人は来て、去っていきます。
まるで狭いスリットを通して、宇宙を眺めている、そんな感じ。
私の知らないところで、人は生まれ、生き、死んで行きます。
この宇宙、この世のもっとも美しいものたち、人たち、
もっとも美しいアート、もっとも美しい歌声、
ああ、生きていてよかった、と心の底から思わせてくれる、
そんな美しい体験をたっぷり味わって生きたいものですね。






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by hologon158 | 2016-10-17 17:50 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

661.03 ホロゴン外傅177「2016年8月27日エルマリート28mmf2.8が近江坂本に」3 どこかに神が


ボルヘスは考えました、
この地上のどこかに神が隠れているに違いない。
たとえば、ジャガーの身体の縞の中に?

私は神を信じませんが、
ボルヘスのインスピレーションの働きには100%同意します。
視覚は二重の働きをします。
たとえば、北極でシマウマを見たりしますと、
私たちの視覚に脳が瞬時に干渉して、視覚を修正します。
「あ、ホッキョクグマだ!」
純粋客観的な視覚なんて、存在しません。
「私は確かに見た、私の眼がそれを覚えている!」
よく、そんなセリフを聞きますが、
真相は違います、
「私は確かに見たと考えた。私の脳がそう教えてくれた!」

私は道を歩きながら、次々と飛び込む視覚イメージに、
人や動物の顔や、異形の存在や、沸き上がる舞踏等々、
多彩なイメージの氾濫を見てしまいます。
考えるのではありません、
見えてしまうのです。

「地の塩」のような実直な人なら、こう言うでしょう、
「これはただのゴミ箱です」
この人が見ているのは、単なる機能としての存在だけ。
それが生活に必要な情報なのですから。

でも、どんな場合でも、つい想像に遊んでしまう人間は、こう言うでしょう、
「確かにゴミ箱です。
でも、ご覧なさい、眼がついて、笑った口があるじゃないですか?
このゴミ箱、確かに私を歓迎してくれているんですよ」
「ただの壁?
とんでもありせん。
異形の顔が浮かび上がってくるじゃありませんか?
なにかが隠れているんですよ」

こうして坂本の路傍風景をジャンジャンと並べていますが、
こんな写真たちを眺めながら、
私が、こんな風に感じて胸を震わせているなんて、
どなたも分からないかも知れません。

たとえば、前回の7枚目なら、
「あっはー!! 溝からばっと顔出して、
僕に挨拶してくれたんだなあ!」とか、
8枚目なら、
「よし、ゴミ回収車はまだ来ないな。
ぼくはそもそもゴミなんかじゃないんだから、
さっさとずらかそう!」と抜き足差し足忍び足...
11枚目なら、
「やあ、やあ、ホロゴンさんだあ!
ようこそ!
だーれも挨拶してくれないんで、退屈してたんだよ!
さあ、みんなで一緒に、ホロゴンさん、ばんざーい!」
12枚目なら、
「ぼく、朝、水でじゃあじゃあされて、絞られて...
こんなところに吊らされて...
なんだか、さびしいなあ...」と青くしおれてる。

こじつけじゃありません。
擬人化でもありません。
彼らもまた宇宙船地球号の乗組員なのですから。

私の写真を観る人はほとんど絶句します。
どなたも、
「なんだ、これは?
ただのゴミ箱、壁じゃないか?
なんでこんなものを撮るの?
なんの意味もないじゃないの?」
「わあ、面白い!
これウィンクしてますね!
きっと喜んでるんですよ」
なんて言ってくれた人はほとんどありません。
まして、
「わっ、凄い!
いいなあ!」と絶句するのではありません。
ひたすら、無言.................

一目でそれが分かるので、私の方が先んじて、
「なんの意味もないんですよ。
だから、人に見せて、どうこう言ってもらう写真じゃないんですよ。
私一人の楽しみで撮っているだけなんですよ」
でも、空しいですね。
だから、どう、という反応は依然として帰って来ない。
最初から最後まで私の一人舞台で終わってしまいます。
ブログでも同じことが起こっているでしょう。
「人は同じ川に2度入ることはできない」
と言ったヘラクレイトスじゃありませんが、
「人は同じブログに2度と来ることはない」もまた真理。

私も自分の写真を観て頂くつもりがありませんので、
幾度も重ねて、お断り申し上げています。
このブログはただの写真倉庫。
撮影順にただ並べています。
文章も、私のプライベートな日記。
でも、紙に書く日記も同じような事情にありそうです、
実は読み返すことがないかも知れない。
私のように、2つのブログで、
1万ほどの文章、10万を超える写真じゃ、
読み返すことなど、ままなりませんね。

ということは、ブログ作成は今生きる行為なのです。
作ることに人生の意味があるのです。
ブログに書けないようなことはできません。
ブログを埋めるために、
がんばって沢山のロボグラフィたちと会わなければいけません。
「忙中ブログあり」の境地ですね。

そして、写真を撮りながら、ボルヘスのことを思い出します、
ふーむ、この写真のどこかに神が隠れておられるかも知れないな。




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by hologon158 | 2016-10-16 22:45 | ホロゴン外傳 | Comments(0)