わが友ホロゴン・わが夢タンバール

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679.01 ホロゴンデイ194「2016年12月24日ホロゴンが浪速の雑踏に」1 くつろいで



至る所で海外からの旅行客に出会いますね。
大阪難波、日本橋、心斎橋でも。

私も以前は旅をしたものでした。
でも、ふっつり旅をやめてしまいました。
どこか遠くに行きたいという気持ちがふっつり消えたから。
そして、撮りたいものはすぐ近くにあるものだから。

変わったものなど撮りたいとは思いません。
私の生活での出会いを撮りたいという気持ち。
その中には、私が地元で出会う海外旅行客が至った不思議はない。

とくに中国からのお客さんが多いのですが、
皆さん、観光旅行をしているという風情はありません。
くつろいでいます。
世界が変わって行く、そんな感じがします。





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by hologon158 | 2017-02-28 23:59 | ホロゴンデイ | Comments(0)

678.01 ホロゴンデイ193「2016年12月15日ホロゴンが写真展を見て」4-完-虫歯ひとつ


2月25日土曜日、
大阪加美の孫たち二人の家に参りました。
ママが受診する間の世話が済むと、
天王寺動物園へ。
お兄ちゃんの5歳の孫プリンスと私との関係はほぼ対等のであると、
幾度も書いてきました。
理解力、想像力が並大抵ではなく、
記憶力と来たら、私の何倍もありそうです。
どんなことも、ツーカーで語り合えます。

天王寺駅を出て、動物園に向かう途中の交差点の信号待ち、
このときのことだったと思うのですが、
2歳の孫プリンセスベビーカーを押すママは私の右で、
プリンスは私の左で、信号待ち。
三人でおしゃべりしていて、ふっと、プリンス、
「ぺぺ(私のこと)、奥歯に虫歯ひとつ」
いつもながら、明晰な発音でポツリ。
歯医者なら分かる発言ですが、5歳の発言ではありません。

君はいつ歯医者の資格をとったの?
そう聞きたい。
保育園の4歳児クラスで前から何番目かのちっちゃな幼児が、
おじいちゃんを見上げて、口の中がちょっと見えたとしましょう。
ちょっとした異常が見えたとして、
それが虫歯かどうかなんて考えるでしょうか?
どんな状態が虫歯か、どうしてわかるのでしょう?
まして、そんなことをおじいちゃんに告げるでしょうか?
どんなときでもそうですが、
なぜか孫プリンスにはそれができます。
どうなのか思案したりしません。
分かってしまう。
だから、ペペにも教えておくというスタンス。

プリンスの叔母、ママの妹とそのあたりそっくり。
小学2、3年生の頃。
皮膚病になって常備薬が効かないことが分かって、
皮膚科に参りました。
先生「これまでどんな薬を使ってましたか?」
母親「?....」
娘、自分のバックから数本の軟膏を取り出し、
「これです」

この子は歯科医に受診すると、顔をしきりに動かし、
先生がどんな器具で作業をするかじっとチェックし、
理解できないときは尋ねるのだそうです、
「それなんですか? なにをするんですか?」
私も含めて、たいていの方は完全にお任せコースでは?

どんなときでも、誰かにお任せはしない、
それが孫プリンスの流儀のようです。





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by hologon158 | 2017-02-28 17:19 | ホロゴンデイ | Comments(0)

678.01 ホロゴンデイ193「2016年12月15日ホロゴンが写真展を見て」3 吉田正さん写真教室


17年2月16日木曜日、
吉田正さんの写真教室でした。

定員いっぱいの生徒中、一人をのぞく14名が出席。
皆さん熱心です。
いつもどおり前半は講師による講義です。
まずはモノクロームについて。
近頃、モノクロームが見直されて、
モノクロームを撮る方が増えているのだそうです。
吉田正さんも新たにモノクローム教室を開くことにされました。
2月に1回の頻度なので、教室以外のエクストラとして受講できるでしょう。
3時間、パソコンによる新たなモノクロ写真を深めていく試みなのだそうです。
約40年間ずっとご自分の写真はモノクローム専科でやってこられたのです。
教室に参加される方は必ず大きな収穫を得ることができるでしょう。

「他人事みたいに言ってないで、
暇なんだから、言ってみたら?」
なんておっしゃる方は私のブログを読んでおられない。
私は最初の12年間3600本の白黒写真(そう当時は言っていました)専科で、
その現像引き伸ばしを楽しんでいました。
カラーがとても写真に使えない時代でした。

モノクロ写真がとても奥が深く、
写真表現での威力が絶大であることは認めます。
でも、ホロゴンに出会って、
ホロゴンをはじめとする名レンズたちの色の上質なことを体験すると、
もうモノクロームには戻れません。
それに暇にしているなんて、とんでもない。
今でももうアップアップ状態。

吉田正さんがおっしゃったことは意味深長でした。
同じモノクロームでも、フィルムとデジタルではぜんぜん違う。
吉田正さんの近頃の写真展はすべてデジタル写真。
50mmF1.l4を駆使しておられる点は変わりませんが、
最近作のプリントの深みはもしかすると、
フィルム時代よりも増しているのかもしれません。
画像調整もペーパーもかなり自由度が増していて、
もしかすると、吉田正さんの写真世界もまた、
デジタル化によって革新され、深化しているかもしれません。

私の場合は、ホロゴン写真に関する限り、
デジタル化によって、薄っぺらいものに落ちてしまった、
という感じがするのを大違いです。
私もRAWで撮ってデジタル現像をすることで、
画像を深化させる可能性がないわけではないかもしれません。
でも、しません。
私にとって、そんな風にデジタル現像の妙味に頼って、
自分の写真を素晴らしい画像に創り上げることに意味がもうないからです。
撮ること、ロボグラフィと出会うことにこそ、意義があって、
撮られた写真はその記録にすぎないからです。
誰かに自分の写真を見せたい、評価してもらいたい、
そんな欲求が完全にきえてしまっているからです。

そんな私に写真教室の意味はあるのか?
そう真っ正面から問われると、私の写真には意味がないけど、
私の人生には意味がある、そう回答しましょう。
それほどに、吉田正さんの講義は聞き応えがあります。

若い頃の横尾忠則さんのポートレート仕事もされたそうです。
一枚で決めてくれという無茶な注文。
おそらく超多忙を極めて、同時並行する注文仕事の締め切り
時間が押して押して大変という状態だったのでしょう。
結局6枚撮らせてもらって、
ご自身のアート作品をバックにした正面写真1枚と、
ご本人を主題とした横顔写真1枚を提供したそうです。

このときは編集は人に委ねざるを得なかったけど、
その後は常に自分で最後までディレクトする形で仕事をしてきたと、
おっしゃっていました。
一口でそうおっしゃっても、
そうなるためには、それ相応の実力実績が必要。
それだけの努力を積んでこられたわけですから、大したものです。

さて、後半はメンバーの写真講評。
メンバーの大半はパソコンデータを持ち込みます。
壁面スクリーンに投影するのですが、
それぞれになかなか個性的。
毎回、あっと驚くような作品を数枚観ることができます。
写真が個性の表現であり、
人間の大きさが写真にも出るとしても、
必ずしも大きな光景をしっかり撮れることが、
人間の大きさの証明になるとは考えません。
でも、こんなひろやかな空間表現は私には絶対無縁だなと認めざるを得ません。
もっとも、そんな大きな空間を写真に収めたいと思ったことが全然ありません。
そう思わないことそれ自体が私の人間の小ささを暗示していると言われると、
そうかも知れない、と考えてしまいます。

モノクロプリントのお二人は、
私が学んできた写真技法の王道を進んでおられます。
毎回モノクロ表現が進歩しておられます。
華麗なデジタル表現の写真に見向きもしないで、
地味だけど、心に食い込んでくるモノクロームに徹しようという、
お二人の姿勢そのものに頭が下がります。
そこで、最後に私の組写真の出番となるのですが、
こちらの方は別ブログ「レンズ千夜一夜」に、
パンタッカー50mmF2.3の作例として近々出します。




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by hologon158 | 2017-02-26 23:21 | ホロゴンデイ | Comments(0)

678.02 ホロゴンデイ193「2016年12月15日ホロゴンが写真展を見て」2 音楽に傾斜

近頃、写真よりも音楽の方に傾斜していると書きました。
なぜなんだろう?
考えてみました。
どうやら、私の生活への浸透の状態が強まったらしい、
という感じがします。

以前は、コンサートとオーディオを媒体として、
音楽に接していました。
ある意味で、音楽は、日常を超えた非常の体験でした。

今でも、コンサートには参りますし、
リビングルームにはオーディオセットもあります。
でも、コンサートは年に数回だし、
真空管アンプをオンする機会もまれになりました。
音楽の媒体はウォークマンとYouTubeが主体となってしまったのです。
非常の体験から日常の体験に変わってしまいました。

心構えを決めて体験するものではなくて、
音楽のシャワーを浴びつつ生活しているようなものです。

学生の頃から、音楽は人生に不可欠、
心と精神を奮い立たせてくれるスペシャルな体験でした。
でも、今は、音楽を呼吸している、というスタンス。
人生への密着度が格段にあがった感じがします。
YouTubeとウォークマンはそれぞれ別の角度から、
でも、同じ質の音楽を私の中にそそぎ入れてくれるようです。

とくに、YouTubeの登場は私には革命的。
YouTube以前は、音楽家たちは遠い存在でした。
偉大な音楽家たちが来日することは稀です。
そんな稀な音楽家たちのコンサートは、
稀に今でも記憶に残っているものがあったり、
完全に忘れ去ったり。
ところが、YouTubeの登場により、
過去現在の大音楽家たちの演奏ビデオで自在に検索できるようになりました。
ああ、マリア・カラスって、こんなに凄い変身を遂げながら歌ったんだ、
ああ、ボリス・クリストフは本当にボリス・ゴドゥノフに変身したんだなあ、
ああ、キリ・テ・カナワって、なんて軽々と最高音に跳ね上がるんだろう、
並の歌手ならその瞬間ものすごい決死の形相に変わるのに、
なんにも表情を変えないまま、なんて美しいんだろう。
マルタ・アルゲリッチがショパン・コンクールで見せた初々しい表情って、
なんて魅力的なんだろう......
音楽家たちが私の心の中にずんずんと入り込んでくる思い。

そして、ウォークマン(長い間iPodでしたが)も革命的でした。
どんな場所に居ても、移動中でも、音楽を私に流し込んでくれます。
電車の中でも、眼を閉じさえすれば、音楽の殿堂に私を運んでくれます。

そんな風に「ながら族」になるのは、邪道だと、嫌う方もおいでのようです。
音楽は、人間の心を根底から揺さぶり、人間を変える芸術体験なんだ!
まさにその通りです。
私もそんな体験を幾度もしてきました。
でも、根底から揺さぶってもらうのはたまがいいですね。
あんまりどんどん自分を変えてほしくないですね。
音楽には、もう一つ、心を平安にし、幸せにし、
精神を安定させてくれる効果もあります。
ウォークマンはそんな効果を常に発揮してくれるのです。

人間って、わがままなものです。
精神状態はどんどん変わります。
その状態に応じて、音楽は効果を上げたり、逆に私の心を不安定にしたり。
サッカーチームや野球チームがあらゆる状況に対応できるように、
多彩な才能を準備するように、
私もウォークマンに何百枚ものCDを読み込んであります。
フルトヴェングラーやクナッパーツブッシュがいるかと思えば、
山口百恵さんも桂銀淑さんも居ます。

いつも書きますように、三種の神器があれば、私は無敵。
その三種の神器とは、
ホロゴンとウォークマンとPomera。
この三種の神器さえあれば、私は心安らかに人生を楽しめます。

現代の電子機器の開発進歩に一番大きな恩恵を被っている人間、
私はそう感じています。
以前、私はバッグの底に常に
本を忍ばせていました。
暇さえあれば、読んでいました。
学生時代は、資格試験の勉強中も、一日一冊のペースでした。
今は一週間に一冊のペース。
読むよりは、Pomeraでバンバン書く方が楽しいし、
人生にとって大切、と言う風に本気で思っています。
音楽も、聴くのもよいけど、
自分で楽器と慣れ親しんでいくプロセスの方がずっと大切、
そんな風に思うようになったのですから、
人間って、変わるものですね。

でも、変わらないことがいくつもあります。
たとえば、自分自身への愛、
妻と家族(我が家では猫を含む)への愛、
我が風土への愛、
そして、私の場合、
音楽、美術がつかみとる美への愛
写真への愛、
ホロゴン、パンタッカー50mmF2.3のような至上のレンズたちへの愛、
揚琴とリコーダーへの愛、
そんなものが私という人間の強固な核を作っているわけです。

私が嫌うこと、憎むものもたくさんあります。
こちらは書かないでおきましょう。
でも、これらから身を遠ざけているのも、また私。
そんな愛憎とその周辺の曖昧もことした総体が私、というわけです。
音楽って、そんな私の総体をやさしく包んで、
しっかりと守る鞘のような力を持っている、
そんな感じがしています。

この世に美しい音楽、美しい芸術があるから、
私たちはこの世の荒波に抗して生きていける、
そうではないでしょうか?





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by hologon158 | 2017-02-25 23:37 | ホロゴンデイ | Comments(0)

678.01 ホロゴンデイ193「2016年12月15日ホロゴンが写真展を見て」1 発奮

写真家吉田正さんが主宰する写真クラブClub SEI-Gの2016年写真展
mind picture 2016
この写真展のことはすでに書きました。
今、Club SEI-G Official Blogである「mind picture」で、
(http://club-sei-g.blog.so-net.ne.jp/2017-01-18-7)
お一人ずつ、出展作の紹介がなされています。

たいていの写真家は思わず心の中でつぶやくでしょう、
「なにくそ、負けないぞ!」
私は、写真家じゃないので、ただ一言、
「畏れ入りました」
私の無目的ランダムに撮り貯めるロボグラフィは、
創造的意図に基づて撮影され構築された写真作品とは次元が違う、
そのことをはっきり思い知らされますね。
一度は参加したクラブですが、やめてよかった。
正直なところ、
私はこんな難しいことに頭を使いたくないですね。
アートって、苦しいものですね。
私が一生、レンズに遊んでもらいましょう。

レンズは写真家にとっては道具。
私にとっては、あるレンズは仲間、あるレンズは敵、あるレンズは愛人、
そして、ホロゴンは生涯の伴侶。
とにかく私とは対等のときもあれば、私の上に君臨する存在も。

ちょっと話が逸れるかも知れませんが、
あなたが配偶者をお持ちとしましょう。
力関係はいかがですか?
私が仕事についた最初の同僚はなかなか厳しい人物でした。
(と言っても、7年先輩でしたが、とにかく同格)
「この仕事をやっていく上で大切なことの一つが女房との関係です。
とにかく七三の関係を保って下さい」
もちろん彼が七です。
私、それを重々承知の上で、あくまで明るく、
「ハ、ハ、ハ、私も七三の関係ですよ。
ただし、妻の方が七ですが.........」
たった半月前に結婚して、数日前に帰国したばかりなのですから、
私には自分を七にする気持ちなどまるでありません。
でも、最初が大切だったのかも?
現在に至っては、九一の関係なのですから。
でも、いいでしょう、
妻が元気で、家内も安全です。

でも、その同僚とは1年あまりうまく行きませんでしたね。
私に対して七三の関係を押し付けようとしたので、
ここは五五の関係を守り切ったせいでしょう。
おっと、長々懐古話。
これって、年取ったせいでしょうか?

昼食後、梅田教室のお二人の女性と写真展をあとにして、
そのお一人と夙川の堤防でお別れ、
モノクローム一筋の方と海辺に向かいました。
今回のシリーズはそのホロゴンロボグラフィ編。
4回シリーズでご覧に入れましょう。
mind pictureの作品を真似るつもりはありませんが、
自分でも沢山写真を撮りたい、という気分にはなりました。
よい写真展を見た日は、発奮するせいでしょうか、
気持ちよく撮ることができたようです。




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by hologon158 | 2017-02-23 15:38 | Comments(0)

677.05 ホロゴンデイ192「2017年1月22日ホロゴンで近江八幡新年会」5-完-天城越え

ちょっと似合わぬことをしようと思っています。
友人のお一人YHさんから提案を受けたのです、
「ギターとリコーダーで演歌をやってみよう」

もちろん私がリコーダー。
彼は学生時代、ラテン・トリオで全日本学生コンクールで優勝したと、
当時はプロはだしよりも上だったという猛者です。
もちろんギターは今でも達者。

私は、若い頃数年独習したリコーダーを再開してたった1年の駆け出し。
その私がヴォーカルをリコーダーでやる?

しかも、彼が提案した一曲が傑作。
石川さゆりさんの「天城越え」!!!!
私は歌謡曲なんてほとんど聞かず、
まして演歌などほとんど聞かず、もちろん歌ったこともない。
演歌の登場人物たち、歌手たち、どちらでも同じ、
私の人生、生き方、考え方と天と地ほどに違う。

リコーダーという楽器そのものがルネサンス時代以来、
人間の声の代用となる位置づけで、
あらゆる階層の人々の生活に溶け込んできた歴史はありますが、
ルネサンス、バロックのヨーロッパ人たちの歌もまた、
その精神性において、演歌とは極端にかけ離れています。

でも、なにしろ田舎の退職者暮らしは暇ばっかりなのです。
「おー、やってやろうじゃないか!」(もうすでに演歌の気分になっている)

早速YouTubeで聴いてみました。
石川さゆり ~ 天城越え
(https://www.youtube.com/watch?v=LEJcOLMQ8c0)

YouTubeって、ほんとに便利ですね。
私の人生のはるか外にあった石川さゆりさんが私のところにやって、
絶唱してくれるのでから。
それにしても、かっこいいですね。
もうほとんど希望もなにもない感じ。
せっぱ詰まっている。
でも、開き直っている。
最後の最後まで思いっきり生きて、
潔く散っていこう!
そんな感じ。

はるか昔まだテレビを見ていた時代、
石川さゆりさんを紅白で見た記憶があります。
ほっそりと清楚な女性でした。
それが、ここだけの話ですが、切れの良い年増女の風格に。
こうなると、なんだか妻のある男と、
絶対に結ばれる希望のない不倫の愛に溺れる、
人生いいことなんかまるでなかった女性の最後の愛、
という雰囲気。

フォルテで絶唱するあたりで、声が生になるあたり、
ちょっとどうかなと思われる部分もありますが、
それは私のクラシックよりの偏見らしく、
演歌は地声を交えるのが本来のようです。
とにかく凄艶そのものの艶姿。
歌もとても良い。
何回聴いても、「こんなもの、リコーダーで吹けるものか?」

ところが、ケーナで「天城越え」を吹いている方がいるのです。
天城越え ホセ犬伏・渡辺大輔
(https://www.youtube.com/watch?v=lJIOLUvk4QE)
これを聴いて、突然、手で膝をポン!
「なんだ、なんだ、
このケーナの音、ぼくのソプラノリコーダーと同じ音じゃないの。
こんな吹き方でいいのなら、なんとか吹けそうだ!!」
そんな風にころっと変わるって、ほんとうに考え方が甘いですねえ。

リコーダー再燃のきっかけをくれた親友のAKさんから、
彼が今では使わないリコーダーを数本分けてもらいました。
その最後の一本がフォン・ヒューネのソプラノリコーダー。
優れた音楽家がルネサンス当時の本物のリコーダーを復元しようと、
がんばって作っていた時代の作品です。
とても軽い木でできていて、
とても実の詰まった、切ないような音を出してくれます。
音をちょっと出しただけで、ほしくなってしまった逸品。

幸い、私の方に回してくださって、幸せそのもので吹き始めたものの、
最初はすぐに水滴がたまって、音が出なくなり、かなり苦労してきました。
暖かい息をリコーダーの筒の中に吹き込むと、
筒との温度さで液化するためです。
でも、だんだんとその癖もなくなり、
サウンドボリュームはかなり小さいのですが、
実の詰まったサウンドで私を喜ばせてくれる逸品。

このフォン・ヒューネの出すサウンドがまさにケーナとそっくりだったのです。
ただし、「天城越え」はさすがに時期尚早とYHさんも悟って、
「涙そうそう」にしましょうと、方針変更。
私も一つ選びました、
「川は流れる」
どちらも最高の歌唱力を誇る夏川りみさんと美空ひばりさんの持ち歌です。
最高の歌謡曲の中に数えられる2曲。

さいわい日本愛唱歌集にこの2曲は入っていたので、
A4横1枚の大きさの2ページをA3に拡大コピー。
こうすれば、見開きA4、2ページの見やすい状態なりました。
お二人のYouTubeの歌と一緒に吹いてみました。
うん、これならまあまあ吹けそう!
だんだんと、私の人生まで、そして、このブログまでも、
お涙頂戴の恨み節の演歌調に変わっていくきっかけ、
それがこれなのかも?




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by hologon158 | 2017-02-21 23:59 | ホロゴンデイ | Comments(0)

677.04 ホロゴンデイ192「2017年1月22日ホロゴンで近江八幡新年会」4 独奏者になる?


管弦楽団には沢山のヴァイオリン奏者がいます。
なにもヴァイオリンに限ったことではありませんが、
独奏者になれる人には特別の条件が必要です。
観衆の前でしっかりとパフォーマンスできるだけの、
度胸とか適格性がなければならない。
そんな条件を満たさない演奏家がオーケストラに入る。
確かにその通りなのでしょう。

でも、それだけの問題ではなさそうです。
そんなこととは関係なしに、オーケストラで弾きたい、
そんな演奏家もいるでしょう。
協奏することに生き甲斐を見いだす人。
協奏、独奏の道を決めるのはむしろこちらの方なのでしょう。

でも、確かにオーケストラの中には、独奏者になりたかったけど、
どうしてもその度胸が身につかなかった人もおいでになるでしょう。
でも、残念ながら、それは出発点。
それぞれに自らの場で経験を重ねるにつれて、
互いにどうしようもない差が広がっていくでしょう。
互いに異種のパフォーマンスを本質的な装備とすることになります。
独奏者はどこまでも独奏者にふさわしい心の構えを育てていきます。

面白いのは、リチャード・ストルツマン。
あるサイトの紹介によれば、
今では並ぶものがいない名手として知られているが、
最初はプロ・オーケストラのオーディションに不合格、
歯医者になるか音楽家になるかを苦悩したが、音楽家を目指しました
おそらく現在のクラシック音楽界では、最も著名なクラリネット奏者で、
100以上のオーケストラや多くの室内合奏団との共演のほか、ソロでも活動しています

以前に、一人の演奏家を招いて、リハーサルから最終公演に至るプロセスを記録する、
素敵なテレビ番組がありましたが、彼もそんな演奏家の一人。
世界的な演奏家とはとても思えないような温かさを持つ人物でした。
そのストルツマンが番組の中でしみじみと述懐するのです。
内側に家族の写真がびっしり貼られたクラリネットケースを見せながら、
「ソリストって寂しい人間なんですよ。
旅から旅へ、いつもホテルで一人寂しく食事し、寝なきゃならない。
そんなとき、この写真が私の心のよりどころになってくれます」
旅から旅へ、股旅渡世、というわけです。

グレン・グールドがコンサートを突然きっぱり断ってしまった理由の一つには、
この寂しさがあるのかも知れません。
グレン・グールドという人はもともと孤独を好む人です。
カナダの荒涼として風土の中に生活し、散策することを好みました。
でも、これは彼の生活環境なのです。
この寒く厳しい風土が彼の心を活発にし、もしかすると温めた。
旅から旅へ、ホテルからホテルへの旅の寂しさとは異次元。
自分で選んだのではない環境が、もしかすると、
グールドの繊細な心に繰り返し繰り返し擦り傷を与えたのかも知れません。

そのように考えると、合奏団に入って仲間と一緒に演奏しながら、
心の底から幸せを感じる、そんな人は幸せな人なのでしょう。
それが合奏の質にも影響を与えているかも知れませんね。

あなたはどちらを選びますか?
私は実のところ生涯を通じて、自分の選択ですべてを決める、
他の人は私の決断に容喙することはできない、
そんな人生を歩んできました。
ある種の独奏者的人生なのかも知れません。

私が在職中でも少なくとも6人は重荷に耐えかねたのか自殺してしまいました。
私の親友の一人、私が親しく付き合っていた先輩が二人、含まれていました。
あまりの高率に、なにか私に原因があったのでは、と思うほど。
だから、ストルツマンの言葉が痛いほど身にしみました。

でも、私はまったく苦にしないで生きて来ました。
写真と音楽があったからです。
毎週土曜日に一日中歩き回って写真を撮る、
この行為が私の心から澱を落としてくれていた、
私はそう信じています。
かなりの同僚は酒に心の支えを見いだしていたのかも知れません。
でも、酔うにつれ、防ぎようもなく仕事の悩みが頭をもたげてきて、
それを忘れるためにまた呑んで、と悪循環に近い解決法。
私はそう確信していました。
40年間写真を続けてこられたのも、ただの趣味ではなくて、
生きるために必要な力を私の心に注ぎ込んでくれる、エネルギー源だったから、
私はそう信じています。





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by hologon158 | 2017-02-20 23:35 | ホロゴンデイ | Comments(0)

677.03 ホロゴンデイ192「2017年1月22日ホロゴンで近江八幡新年会」3 ピアノレッスン


317年2月17日木曜日、
大阪加美の5歳の孫プリンスのピアノレッスンにつきあいました。
午後3時半がレッスンタイム。
保育園からプリンスの足なら20分かかります。
間の悪いことに、午後3時がおやつタイム。
前々回、プリンスがちょっとい不満そうに、
「おれ(この第一人称を言えるのが彼の自慢。お兄ちゃんになった証拠)、
一番大好きなおやつ食べれなかった.....」

そこで、ベビーカーを使うことにしました。
15時15分に迎えに行っても、間に合います。
5歳になってまだベビーカー?
と、大騒ぎする女の子たちに見つからないように、
保育園の外、陰になる部分に隠したうえ、迎えに行きます。

まだ牛乳を飲んでいない。
そのうえ、朝、7度7分、さきほど7度、
昼食もあまり食べなかったと保母さん心配そうです。
ママに電話すると、「7度だったら、平熱」と泰然。
そこで、ピアノは受けることにして、ようやく出発できたのは15時20分。

準備に時間がかかったせいですが、
その間プリンスを待つ私の前には女の子たちが4人並んで、全員マスク姿で、
「ぺぺー! ぺぺー!」
「どうして知っているの?」
「★君に教えてもらった」
とりわけ賢くやさしい子は私のお気に入りなので、
「サナちゃんだね」と言うと、
キャッと喜び、残りの三人、ただちに自分の名前を順番に名乗ります。
でも、全員マスクで顔が隠れているので、覚えようがないのですから、
なんだか喜劇風。

サナちゃん、
「なんでぺぺって言うの?」
「それはね、★君のおじいちゃんだから」
すると、目を丸くして、
「若いおじいちゃんやねえ!」
ますますこの子が好きになりました。

おっと、話はプリンスのことです。
雨の中ベビーカーを押しまくって、15時28分には到着。
レッスンはいつもよりも出来がよく、先生も笑いっぱなし。
でも、後で、聴かれもしないのに、私に言いました、
「おれ、ピアノ、あんまり好きじゃない。
たくさん宿題があるんだもん」
5歳でも、やりたいこととそうでないことの区別ははっきりしています。

私もピアニストになってほしいなど思っていません。
音楽の素養を身につけることができたら、
一生音楽を楽しめます。
ただ、それだけ。

レッスンが済んで、マンションを出るとき、
ちょっと休ませようと考えて、
「どう、お向かいのマクドでポテトチップス食べようか?」
すると、「いい、早く帰って眠りたい」
そこで、4本パックの幼児用リンゴジュースの1本を呑ませました。
雨の中、ベビーカーをぐんぐん押して15分ほどかかって帰宅しました。
プリンスはベビーカーの中でぐっすり。
到着しても目を覚ましません。
大急ぎで鍵を開けて、ドアを開け、
抱き上げて靴を脱がせ、自分の靴も脱いで、
居間に直行して、ソファーにそっと下ろしました。
まだ眠っています。

しばらくして目を覚ましたので、
湿り気を帯びた上下を着替えさせようとしました。
ベビーダンスから適当なものを選んで見せると、
「おれ、その色はげたみたいで、好きやない」
5歳ですでに自分との相性を考えて、全部自分で決めるのですから、
本人に相談しないで買って上げたものは死蔵される羽目に。
ようやく上下着替えさせて、ひとまず落ち着きました。

「オレンジ食べる?」
「うん、食べる」
持参したポンカンとネーブルを見せると、躊躇なく、ポンカン。
「1個全部は食べられないよ」
そう宣言なさったのですが、
私が皮をむいたミカンはどんどん口の中に収まり、
私の分は残らず。
産地直売なので、おいしいのです。

ちょっと落ち着いて二人でお話。
「サナちゃんって賢いね」と言うと、
「うん、サナちゃんは誰もいじめたり、意地悪したりしないよ。
女の子はみんなそうだけどね」

うつむいたプリンスの鼻から私の手の上にポタッと鮮血。
ぎょっとして大急ぎで仰向けに寝かし、なんとか止血を済ませました。
プリンス、
「なんだか真っ赤だね。血みたい」とのんびり。
そして、
「今日はたくさん鼻血出したよ。
朝一番最初に※君、それから、...」と、5人も列挙。
保育園の仲間は何年も一緒に育ってきた兄弟のような存在なのです。
だから、こうしてしっかり覚えています。

それから、ちょっと不満も。
「※君、いつもおれのこと、女みたいって言うんだよ。
今日はひっくりかえされて、鼻のところ机にぶっつけた。
まだ痛い。
血が出てない?」
ところが、その次に意外な言葉。
ちょっと顔を曇らせて、
「※くんのおばあちゃんが死んじゃったんだって。
おじいちゃんはまだ元気だけど」
意地悪っこのことも思いやって気遣うのは意外ですが、
それがプリンス。

パパが帰宅して、体温を測ると、6度5分。
問題はなさそうです。
でも、連続して行事がある週末に備えて、
お医者さんに一応診てもらうことにしました。
本人は直っているといやがったのですが、
ママと電話で話しました。
「今日は注射しないから、行っておこう。
そうでないと、明日せっかくいいところに行くのに、
やめてお医者さんに行って注射してもらうことになるよ」
これで納得。
近頃の幼児は電話でしっかり受け答えができます。
大したものです。
私なんか、いまだに電話が嫌い。

まだ3本残っているリンゴジュースを1本呑んでから出かけることに。
私、「まだ2本残っているから、お医者さんから帰ったら、
※ちゃん(2歳の妹プリンセス)と1本ずつ呑んだらいいよ」
すると、プリンス、
「そしたら、おれが3本呑むことになるからだめだよ」
自分以外の人間のことにも自然に心を配っています。
そして、やさしい。
本物のリーダーになれる素質を持っています。

現代社会がだめになった理由の一つが学歴一辺倒にあります。
部下のこともただの道具、じゃまもの、ごみのように扱うリーダーを一杯見てきました。
日本がだめになったのも当然、そんな感じがしています。

保育園教育は人間関係を自然に自分のものにしていく、
とてもよい教育環境を提供してくれています。
共稼ぎ社会の中では、教育行政の第一の主眼点は、
保育園の見直しと人材優遇、これにある、そう確信しています。
でも、教育行政を司る連中はそんなことには絶対に気づかないでしょう。

今、世界中からやってくる旅行者たちは日本人のやさしさに驚嘆しています。
でも、そんなやさしい応対をしている日本人の層には、
日本のエリート層は1パーセントにも満たないだろう、
私はそう確信しています。





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by hologon158 | 2017-02-19 23:57 | ホロゴンデイ | Comments(0)

677.02 ホロゴンデイ192「2017年1月22日ホロゴンで近江八幡新年会」2 暗い!


こうして近江八幡のホロゴン写真をブログにストックできる!
うれしいですね。

でも、自分で眺めてみて、感じます、
大抵の方、あまりの暗さにぎょっとして、後込みしてしまうだろうな。

でも、これは仕方がないのです。
私はその場の状況次第で、露光補正度を決めます。
360度周辺、ほぼ全天が見えている状態です。
こんなときの私のお好みの補正値はマイナス1.5。
ホロゴンは眼前全部が撮れるので、
完全ノーファインダーで撮ります。
撮影結果をときどき眺めることがありますが、
私の場合は写っていたら、それでオーケー。
もちろん暗い写真が撮れています。

デジタルの場合、Jpegで撮る限り、
暗い写真の色をソフトで取り戻すのは無理。
暗い写真がお好みなのですから、平気。

なぜ、暗い写真が好きなんだろう?
ときどき考えます。
でも、韓流ドラマじゃありませんが、
好きであることに、理由などありません。

でも、無理に考えてみると、こんなことでしょうか?
自分な好きな光景って、明るい光景じゃない。
暗い闇からなにかがかすかに見えて来る、
そんな謎解きが好き。
現代のデジタル写真が好きじゃないのは、
なにがなんでも明快に見せよう、描き尽くそう、
説明しよう、という姿勢。
スーパーリアリズムの絵が嫌いなのもそれ故。
毛穴の一つ一つ描いたからと言って、
美女の美女たる由縁を明るみに出すなんてできっこない。
逆に、見えないから、美しい。
そんな考慮がここでも働いているのかな?




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by hologon158 | 2017-02-17 23:59 | ホロゴンデイ | Comments(0)

677.01 ホロゴンデイ192「2017年1月22日ホロゴンで近江八幡新年会」1 恒例で


どなたにも、これをやっておかないと、
どうも居心地が悪くて、次のことに取りかかれない、
そんなことがあるのではありませんか?
私の場合、毎年正月早々、近江八幡の水郷あたりを歩く、
新年撮影会がそれ。

3、4年前に簡保施設ウェルサンピアが廃業して、
おいしくて安いすき焼きランチとサヨナラ。
昨年は、毎年午後3時頃に尋ねた老舗の菓子店種屋も、
臼でつきたてのお餅を入れたお善哉を止めてしまい、
近江八幡を訪ねる魅力の2つが消えてしまいました。

でも、やっぱり行きたい。
昨年暮れから奈良に移ってこられた中将姫光学さんをお誘いして、
写真の仲間DAさんとAKさん、そして私と合計4人で参りました。

折から宮崎貞安さんのご依頼も後押ししてくれました。
最新のレンズ、ウルトラワイドペラール17.8㎜F4.5、
このレンズとホロゴンの撮り比べ。
私はお電話では、それは無茶でしょう、と申し上げました。
ホロゴン15㎜F8Uは文字通り比類のない超広角レンズの王者。

でも、丁度よい機会です。
午前撮影分は別ブログ「レンズ千夜一夜」で連載中です。
平行して、本ブログはホロゴンシリーズを並べてみます。

古い御飯屋さんという感じの料理店で、
おいしいヒレカツ定職を頂き、しっかり腹ごしらえをして、
水郷にバスで移動しました。
シリーズはこのバス停を下りて、
水郷地帯へとつながるプロムナードから始まります。
日本でも有数の葦の原です。




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by hologon158 | 2017-02-17 10:57 | ホロゴンデイ | Comments(0)