わが友ホロゴン・わが夢タンバール

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694.01 ホロゴン外傅203「2017年5月26日奈良町でフレクトゴン35㎜満喫」3 揚琴レッスン


かなり遡りますが、6月12日月曜日、
付虹先生の揚琴レッスンでした。
木曜日以来日曜日まで、揚琴に触れることはできなかったうえ、
朝から晩までの外出が4日も続くと、かなり疲れていて、
まさに絶不調でした。

しかも、こんなときに不運はつながるもので、
私の前のレッスンを受けた女性が絶好調。
私も練習中の「カノン」の第一声部トレモロも含めて、
見事に演奏する音が音楽室から聞こえてきます。
私はダイニングの卓上に楽譜を置いて、一緒になって叩いてみました。
「あかん!
ぜんぜん付いていけない!」
先生の声、「すごい! よく弾けました。」
これじゃ、私の調子があがらないのは無理がありません。

私の番になって、音楽室に並んだ2つの揚琴の1つでまず練習。
揚琴が今までになく華麗なサウンドで鳴り渡ります。
ということは、ミスがなおさら目立つということ。

まず「糸」の揚琴二重奏。
私が伴奏です。
一回目はいくつもミスはありましたが、
なんとか完奏できました。
「よく鳴っています。録画しましょう」
ちらっと先生のiPhone画面が目に入り、
なんか画面に薄暗いイメージの男。
もういけませんね。
これで、私は壊滅状態に。
2度トライしましたが、録画を完了することはできませんでした。
やれやれ。

難関は「カノン」
各種の楽器で演奏される定番曲です。
「楽譜指定の速度ではとても弾けません」
私がそう言うと、先生、軽く、
「大丈夫、弾けます」
やってみました。
弾けませんでした。
先生、「トレモロがきれいになりました。
後は練習です。」

最後は、発表会用の課題曲、「櫻花」
我が国の「さくら さくら」の主題による変奏曲です。
いくつもなおしていただきながら、
なんとか最後まで弾けました。
改良点を細かく指示していただき、
「これは大丈夫でしょう」

11月に発表会です。
小コンサートホールで行います。
独奏曲として「櫻花」、
合奏曲として、「カノン」「糸」「愛燦燦」の3曲です。
まだ5ヶ月ありますが、時間はあっと言う間に経ってしまいます。
今からがんばらなくては!




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by hologon158 | 2017-06-27 17:52 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

694.01 ホロゴン外傅203「2017年5月26日奈良町でフレクトゴン35㎜満喫」1 黄泉の帝王



フレクトゴン35mmF2.4というレンズ、ご存じでしょうか?
どんなレンズか?
次の写真をご覧頂いたら、お分かり頂けるかも知れません。

50 入口(フレクトゴン35mmF2.4なら生活感が写せます) 
http://shasindbad.exblog.jp/16049984/

私にとっては、ホロゴンウルトラワイドを手に入れるまで、
このレンズを伴侶としていた時期がありました。
今でもこの写真を愛しています。

このレンズを使う度に感じることがあります。
無名なんだけど、初めて主役に抜擢された映画では、
物語が進むにつれて次第に存在感を備え出し、
クライマックスでは、圧倒的に他を圧して、
たちまちスターの座に収まった。
だけど、その後も控えめな人間味を失わなかった、
そんな名優たち、
チャールズ・ブロンソンやショーン・コネリー
のような人を思い出すのです。

奈良町で361枚撮りました。
ランダムに選択してみますと、なんとまあ180枚でした。
どんぴしゃり半分でなくて、
ちょっと字余り的なところが、愛敬。
6回に分けて並べてみましょう。


さて、まだ始皇帝の兵馬俑の謎について書きます。

私の説を以下に書きましょう。
設問そのものも私が独自に設定したものですから、
まさに自問自答なのですが、
回答もまさに独自のものとなりそう、と言いたいところですが、
すでに多くの研究者たちが主張しているところかも知れません。
でも、私としては、自分で考え出した説。
まあ、いいでしょう。
どうせ、誰も関心をもたず、読みもしないのですから、
遠慮なく書くことにしましょう。

始皇帝は、本心としては、
自分の墓陵を墓地として造ったのではなかった!
彼の第一の意図は永遠の命を実現された後の永遠の居城、
城塞の建築にあったのではないでしょうか?

徐福がいつか帰朝してもたらすだろう永世の妙薬は、
彼一人のものにしよう。
自分以外に永遠の生を持つ人間を作るわけにはいかない。
そんな人間は始皇帝のライバルとなるからです。

そこで、始皇帝は両面作戦を採ったのです。
可能性①;徐福が不老長寿薬を持ち帰ったとき
始皇帝は一人不老長寿として生きよう。

でも、家臣たちは不老長寿ではない。
でも、始皇帝は不老長寿とともに魔力も手に入れることを期待していました。
そのとき、兵馬俑は一朝事あれば、始皇帝の号令一下、無敵の軍団となって、
大地を破って出撃するのです。
そして、敵をせん滅すれば、また兵馬俑となって、大地の下に眠るのです。

可能性②
案に相違して、徐福が戻らず、不老長寿を手に入れないで世を去ることになったら、
そのときは万事休すだ。
黄泉の世界の帝王となってやろう。
そこで、黄泉の始皇帝として君臨するための軍団を用意したのです。

始皇帝は、このどちらの可能性にも対応できるよう、
古今未曾有、乾坤一擲の名案を思いつきました。
彼が信頼した無敵の軍団そっくりそのままに兵馬俑を作る!
そうしないと、将軍たちも部下を指揮できないではありませんか?

妻は兵馬俑の博物院で出土直後の兵士の写真を見せられ、
まだ彩色の残っている生々しい姿が、
本物の兵士としか見えないことに仰天したと言います。
始皇帝は生前幾度か建設中の兵馬俑坑に出向いて、
リアルに彩られた兵馬俑をまさに閲兵して、
将軍たちはもちろん、兵士の中にも、
自分の知った顔を幾つも見つけて、喜んだことでしょう。

近くは毛沢東を初めとして、多くの帝王がそうであるように、
始皇帝も晩年は、中国全土の征服という目標を失って、
心の中に大きな穴がぽっかりとできて、
精神的にかなり乱れを見せるようになっていたかも知れません。
だから、正常な精神を踏み越えてしまい、
征服すべき次の沃土千里を不老不死の世界、
あるいは黄泉の世界に見定めて、魂を躍らせて、
史上類を見ないグレートスケールの陵墓の建設を企図した、
そう考えることができないでしょうか?

周という王朝は中国の中央部を支配したに過ぎませんでした。
その後、春秋、戦国時代を経て、漢民族の版図は拡大しました。
その拡大した全土を征服しようとしたのは、
まさに秦王政の気宇、志、野望の未曾有の大きさ故でした。
中国史上最大の人物だったかも知れません。
兵馬俑坑に護られた始皇帝陵も始皇帝ならではの、
破格の構想だったと言えそうです。





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by hologon158 | 2017-06-25 23:59 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

693.02 ホロゴン外傅202「2017年5月24日スーパーアンギュロン21㎜京都へ出撃」2 兵馬俑





前回の続き
始皇帝陵の兵馬俑、
これほど迫真のリアリズムで造られた焼き物は、
陵墓に埋葬されるものとしては、世界に類例がありません。
既に書きましたテレビ番組によれば、
8000体以上の兵馬俑はたった11年間ほどで造られたのだそうです。
年間727体、毎日2体ずつが完成していったことになります。
勝手な推測ですが、もし一つの工房が月1体ずつ作り上げ、
1年かけて乾燥させて焼きあげたと仮定しますと、
一つの工房は11年間に132体完成させたことになりますから、
8000体の兵馬俑は約60の工房によって完成されたことになります。

兵馬俑は旧秦の地にある墓域に埋設するのでから、
始皇帝はもっとも信頼するに値する秦出身の将軍、兵士の内、
旧秦在住の者を兵馬俑のモデルに選んだでしょう。
迫真のリアリティを実現するためには、
写真のない時代、
モデルと会えて、模写できることが前提ですから、
工人は統一前の秦の地から主に集められたでしょうけど、
不足の工人は被支配地全土からかなり容易に徴募されたことでしょう。
こうして、兵馬俑そのものは始皇帝の存命中に概ね造られただろう、
と推測することができることは分かりました。
兵馬俑を造る際、当局は、本人にモデルに選ばれたことを告知したはずです。
本人たち、殉死するわけではないので、皇帝に選んでもらったと名誉に思い、
みんな喜んで協力したでしょう。
でも、核心の問題が残ります、
「なぜ始皇帝は本物の兵士を模造したのか?」
[★★続く★★]





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by hologon158 | 2017-06-22 11:29 | ホロゴン外傳 | Comments(4)

693.01 ホロゴン外傅202「2017年5月24日スーパーアンギュロン21㎜京都へ出撃」1 兵馬俑談義

兵馬俑談義がまだ続きます。

「始皇帝はなぜ実物そっくりの軍団を布陣させたのか?」
これこそ、解くべき謎ではありませんか?
YoutubeでNHK番組を観ました。
「ピラミッドをどうやってぴたり子午線に沿って建設できたか?」
当時の北極星の年間の位置の偏差を、
垂らした磁針で計測して、その中間に線を引いたのである。
よく考えてみたら、なんでもない、簡単な芸当でした!
そう言わんばかりの番組でした。

でも、本題はそうではないでしょう?
そうして引いた線にぴたりと狂いなく一致するように、
ピラミッドの240mもの長大なる底辺となるように、
何トンもの巨大な石をどうやって揃えたか?
さらに、ピラミッドが東西の底辺はどうやって揃えたのか?
さらには、その上に、
4つの綾線が1点にまとまって完全なる四角錐となるよう、
どうやって石積みできたのか?
これらの本質的な問いに答えない限り、
謎解きでもなんでもないのに、
上記のようなお手軽な「謎解き」が未だに横行しています。

簡単に言いますと、愚かな後代の人間が、
自分の知能の枠に無理に古代人も押し込めようとしている。
そうしたテレビ番組制作者の意図は、
古代人って、実は大した知能じゃなかったんだ、
そう国民に思わせるように作られているのじゃないか?
そんな疑惑さえ浮かんできます。

始皇帝陵も同様です。
「なぜ、始皇帝は本物そっくりの兵馬俑に守ってもらおうとしたのか?」
これが本質的な問いです。
そうではありませんか?
[★★続く★★]

さて、写真はライカが生んだ最大のカリスマレンズ、
スーパーアンギュロン21mmF3.4の2回シリーズ。
実は、明日京都の写真家林孝弘さんの事務所に行って、
2回目のリコーダーとギターで弾く演歌の会。
と言っても、単なる練習ですが、
その1回目の休憩タイムに撮りました。





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by hologon158 | 2017-06-20 23:18 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

692.07 ホロゴン外傅201「2017年5月18日アナスチグマート35mmの下町流し」7-完-

そこで、ようやく本題に入りましょう。
実は、私はあまりよく知らないのですが、
今、私に分かっている限りにおいては、
累代の皇帝たちの中で中身を知りたい陵墓ベスト2は次の2つ。

第1はもちろん始皇帝陵です。
当初の設計よりも遙かに小さなものになったようです。
それでもどうやら世界でも最大級の王墓なのですが、
兵馬俑坑以外は、未発掘。
その中にはどれほどの歴史的価値のある副葬品が見つかるでしょう?

第2は、唐の太宗の墓所です。
書聖とされる晋朝時代の名臣王義之の書を愛し、
その最高傑作である「蘭亭序」を初めとして、
当時見つかる限りの真筆を収集(つまり、没収)し、
自分の墓の副葬品にしてしまったのです。

どれだけ副葬したのかは不明のようです。
「蘭亭序」だけだという説もあれば、全部だという説もあります。
どちらにせよ、現代に王義之の真筆は一枚も残されていない!

残されているのは、石碑と拓本と模写だけ。
石碑、拓本は石工の手を経る模写にすぎません。
どんなに正確に線を刻んだとしても、
名筆王義之の筆の勢いそのままに刻めるわけがなく、
所詮、輪郭を辿って刻み込むだけなのですから、
真筆と比較すると、線は死んでいます。
模写はさらに信頼できません。

太宗の墓所に王義之の書がどのように納められたかは知る由もありませんが、
かなり丁寧、大切にしまい込んだことは間違いがありません。
太宗は浄土において未来永劫にわたり、王義之の書を楽しみ、
幸運にも書家自身に会えたら、
書家に書をじかに示しながら尋ねたいことが一杯あったに違いないからです。
とすると、発掘できたら、凄い発見があるでしょう。

でも、どうやらどちらの墓陵も未発掘、つまり未盗掘のようです。
これはなぜでしょうか?
単一民族(中国は多民族国家ですが、主体となる大多数という意味で)が、
民族の遺産として相続しているから、ということなのでしょうね。
皇帝陵もお墓です。
そのお墓をあばきましょう、というのも、余りよろしいことではなさそう。
どんなに凄い宝が蔵されているのだろうか?
「蘭亭序」をいつか目にすることができたら、どんなだろう?
そんな風に想像を巡らせることに楽しみを見いだすことにしましょう。





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by hologon158 | 2017-06-18 21:59 | ホロゴン外傳 | Comments(1)

692.05 ホロゴン外傅201「2017年5月18日アナスチグマート35mmの下町流し」5 中国と日本


あなたが中国のことをどう思っているか知りませんが、
一つのことだけは忘れないで頂きたいのです。
それは、漢民族ほどに長期間一つの文明を創造し、継続し、
成長させてきた民族はいない!

よく考えてください。
他の文明をご覧ください。
どこもここも、同じ民族が古代から現代まで続いたところは一つもありませ
どこもここも異民族の王朝が次々と同じエリアを支配してきました。

日本はちょっとそのあたりが不明。
日本の縄文土器が1万数千年続いたことはあまり知られていません。
不思議です。
縄文土器の様式が連綿と続いています。
移動を繰り返す、ただの狩猟採集民族に、
そんな風に同一様式の縄文土器を保存するなんて、できたでしょうか?

三内丸山遺跡は約5500年から4000年前の千数百年の長期に及ぶ定住地。
現代では見つからない太さの支柱に支えられる巨大な建物があったようです。
とすると、定住があり、社会組織があったのではありませんか?
縄文様式はそれよりも3倍近く古くから、
同種の定住社会の文化の中から生まれ、愛され、伝えられてきたのです。
とすると、それは一種の文明ではないのでしょうか?

四大文明が人類の文化、文明の起源であると言いますが、
それよりも遙かに古いのです。
ただし、この縄文文明(と、呼んでもよいと思うのですが)が、
現在の日本人と同一の民族のものであったかどうか?
こう考えると、ちょっと心許ない。

なぜなら、風土記、古事記、日本書紀には、
そのような先行文明、文化の記憶がぜんぜん残されていない。
というより、日本書紀には、
さまざまな文書には大和朝廷の歴史にそぐわない記載があるが、
それをきちんと整理したとあります。
そして、そのような古い記録はすべて抹殺されたようです。
一切、残されていないのですから。

次第に日本列島を北に押し詰められ、
ついには蝦夷の地に消えた蝦夷族と、
現在のアイヌ族との関係は私には分かりませんが、
弥生時代の始まり前後に日本列島に渡来した倭人、大和民族は、
そうした古い民族と混交しつつ、
倭人の支配に服しない古い民族の支配層を、
次第次第に北に追いやってしまったのではないか、と想像されます。
それでも、こうして日本列島に最後に定住した人間たちは、
倭人、日本人として一体化し、
2000年ほども日本列島に文化、文明を築きあげてきたのでしょう。
こんな風に考えると、
実は、世界で2番目に長期間単一種族が文明を保持してきたのは、
日本なのではありませんか?
[★★続く★★]





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by hologon158 | 2017-06-16 23:34 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

692.04 ホロゴン外傅201「2017年5月18日アナスチグマート35mmの下町流し」4 好き?嫌い?

現在、韓国、中国は日本人にかなり嫌われているようです。
私は、だいたい「あなたは中国が好きですか、きらいですか?」
なんていう問いを立てること自体、ナンセンスで、
答えることなどできない、と考えています。

小学校時代、クラスのだれそれを取り上げて、
「好きか嫌いか?」尋ねるようなものです。
好きな点もあり、嫌いな点もあり、
人間関係は複雑な綾模様なのに、
それを「好き」「嫌い」と決めつける、
そんな単純な人間を育てると、
ろくな大人になりませんね。
でも、そんな大人がいっぱい居ますね。
こういうのを「幼児思考」と言います。

前置きを長々と書きましたが、
私はいつもこうした風潮を醸し出そうとするマスコミ、政界に、
軽蔑と警戒の念を抱いてきたからです。
マスコミに常にこうした憎悪をかき立てる記事を掲載し続けることによって、
国民を戦争に駆り立て、戦争を正答化しようとしているのではないか?
そう疑っているからです。

私だって、中国、韓国のすべてが好きではありません。
好きな部分もあり、嫌いな部分もあります。
人間関係も国との関係もすべてそんなものです。
そのことを忘れないようにしなきゃ、
国際関係も人間関係もうまく行きませんね。
                     [★★続く★★]




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by hologon158 | 2017-06-15 23:25 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

外傅201「2017年5月18日アナスチグマート35mmの下町流し」3 奇跡



妻が敦煌の莫高窟、西安の始皇帝陵の兵馬俑を観る旅から帰り、
兵馬俑の写真集を持ち帰りました。
圧倒的な驚きですね。

紀元前3世紀の製作です。
発掘したばかりのそれぞれ半ば倒れている兵士たち数人。
まるで生きているようにリアルなのですが、
それと言うのも、発見されているだけでも9000体。
この膨大な等身大の陶製人形がすべてリアルな再現であり、
完璧なアートなのです。

世界中、王たちの墓所に副葬された人形は数知れずあるようですが、
兵馬俑のほかには、
現実の人間の完璧な模造はないのではないでしょうか?

秦の軍隊を人種や地方の違った者が構成していたのですが、
その兵士たちが現実にどんな人間であったか?
それがはっきりと分かる、稀有の例ですね。
将軍も10人近く含まれているそうです。
とすると、始皇帝の下で、中国全土を征服した名将たち、
王翦、李信、蒙恬たちも間違いなく模写されているはずなのです。

ちなみに、よく「始皇帝は中国を統一した」と言われますが、
私は考えます、ちょっと違うんじゃない?
「統一」なんかじゃない。
「征服」が正しい。

征服された他の国々も、その支配層も、
その支配下の人々もそんな願いなどありませんでした。
始皇帝も、征服した国の人々を被征服民として扱いました。
だから、始皇帝が没し、その支配力が乱れると、一斉に蜂起したのです。

それはともかく、兵馬俑の兵士の顔が実に印象的です。
現代人とぜんぜん変らない!
まるでタイムマシーンで時間を飛んで、
正に血も涙もある生身の人間に対面している、
そんな雰囲気を全身から醸し出しています。

どうやら、全身は別々に焼いて、くっつけたようです。
(全身像を陶土で作り、一定期間かけて乾かし、
丸ごと釜で焼くと、おそらくかなりの割合で割れたでしょう)
それなのに、全身で一人の人間となっている。

始皇帝がそう作るように命じたのです。
没後も自分の精鋭たちに護られたい!
でも、そうした皇帝の意向に沿って、
それほどに感じさせることができるのは、
芸術家でないと、とても無理ではないでしょうか?
でも、9000体、あるいはそれ以上の兵馬俑を作れるほど、
沢山の芸術家たちが集められたのでしょうか?
無理でしょう。
それなのに、バランスのとれていない、
そんな駄作などどうやらないようです。
どうやって、そんな奇跡的創作を成し遂げられたでしょう?

さらには、この兵馬俑が帯びている青銅の長剣には、
なんと現代でようやく発明されたクロムメッキ加工が為されている!
まったく錆びておらず、今でも切れ味があるのだそうです。 
「始皇帝 メッキ 剣」でグーグル画像検索すると、
ブログ等で観ることができます。
漢代以降の陵墓に埋葬された剣はすべてぼろぼろに腐食しているのに!

つまり、奇跡、そうとしか言いようのない遺跡。
ここにもピラミッドのような謎に満たされている、
古代の奇跡的創造があるのです。





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by hologon158 | 2017-06-14 21:42 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

692.02 ホロゴン外傅201「2017年5月18日アナスチグマート35mmの下町流し」2

こうしてブログにアドボケイトのためにダルメイヤーが提供したレンズ、
アナスチグマート35mmF4.5のロボグラフィを並べていて、
ふっと感じました。

このカメラのちょっとおもちゃっぽいデザイン、
かなり派手な白一色の色選択、
これらから推して、リゾート用だったんじゃないかな?

じゃ、レンズの色はどうなんだろうか?
こう考えると、ウンと思わずうなづいてしまいました。
弾むように軽快なスピード感が基調なんじゃないかな?

じゃ、こちらも、リゾート気分で、バンバン並べちゃいましょう。

ちなみに、私はリゾートという楽しみはまったく無縁です。
なにもしないで、ただ海岸に寝そべって過ごす?
まっぴらごめん!
リゾート地のストリートでゆっくりを時の経つままに?
絶対したくない!
生きてる限りは、押せ押せゴンボで、やりたいことをやり続ける!
こちらが性に合っていますね。




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by hologon158 | 2017-06-13 12:18 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

692.01 ホロゴン外傅201「2017年5月18日アナスチグマート35mmの下町流し」1 アドボケイト


イルフォードの洒落た遊び心一杯の小型カメラ、
それがアドボケイト。
このアドボケイトのために、ダルメイヤーが提供したレンズが、
アナスチグマート35mmF4.5。

開放値を無理していないせいもあるかも知れませんが、
いかにもダルメイヤーらしい、肩の力の抜けた逸品。
私はそう思います。

新大阪、新世界で使ってみました。
もう何回撮ったか分からないロボグラフィが大半です。
でも、「レンズ変われば、品変わる」ですね。
下町がファッションタウン風に変身?
ということは起こらない。
下町は、どこまでも下町ですが、
ほんの少しだけ、華やいでいる、そんな感じがします。
7回に分けてご覧いただきます。




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by hologon158 | 2017-06-11 23:59 | ホロゴン外傳 | Comments(0)