わが友ホロゴン・わが夢タンバール

<   2018年 01月 ( 10 )   > この月の画像一覧

714.03 ホロゴン外傅219「2017年9月25日バルター50mmf2.3の奈良町は?」3 後門の狐 


1月20日土曜日、
新大阪ココプラザで、劉継紅先生の二胡レッスンでした。

先生、私を見て開口一番、
「やせましたね、
ちょっとほっそりしてる!」
ここ3ヶ月の苦労が身にしみています。
レッスンでさらにやせました。

二胡という楽器、誰かが、世界で一番難しい、と言いました。
小手先でちょいちょい、とは行きません。
全身が協同動作となるように、
各部位をさまざまに動かさなければならない。
ヴァイオリン奏者だと、なまじヴァイオリンに似ているために、
ヴァイオリン奏法が邪魔して、二胡の音にならない。

右手は弓を左右に水平に動かしますが、
これもさまざまに螺旋を描いたり、回転したり。
その間、左手は弦を押さえつつ、その肩は背後にふんわりと旋回し、
肩胛骨は肩胛骨で、さまざまに回転させなければなりません。
そして、腰もお尻も旋回させなければなりません。
しかも、これら全身が適切に連動しなければ、
美しい音など出ません。

でも、日本人は体を柔軟に動かすことなど経験したことがない民族。
日本人は、江戸時代など、背筋を伸ばして正座し、
小揺るぎもしない、なんて、姿勢の正しさを身上としてきました。
二胡演奏家に一番向かない生活だったかも知れません。
私なども、江戸時代さながらに硬直した姿勢で生きて来ました。
とてもおいそれと二胡にふさわしい動きなどできません。

二胡演奏家の陳少林先生がしみじみと曰く、
「二胡を教えはじめて何年かは、
生徒さんはほんとに二胡がうまくなりたいと考えて受講している、
そう思ってました。
でも、何年か経つと、そうではないことに気づきました。
曲がりなりにも、そこそこに弾けるようになって、
自分の弾きたい曲を楽しく弾ければよい、というだけ」

私も、揚琴は本気できちんと弾けるようになりたい、
そう志して、本格的な修行というつもりで勉強してきました。
でも、二胡は、いわば妻のお相伴で始めたものですし、
常々、猛烈に難しいことは知っていたので、
まさしくどんなに下手でもなんとか好きな曲を弾ければ、という程度。

でも、劉継紅先生は違います。
そもそも日本に二胡を教えたいとお考えになって来日された方で、
類まれなる心身エネルギーの持ち主。
丸々2年間、まるで見込みのない私に向かって、
精力的に正式の二胡演奏のための訓練を行ってこられました。
徒労なんですけどねえ。

私が今受けているのは、もう一人の生徒さんと共同レッスン。
その女性がおっしゃってました。
「太極拳を習っています。
劉継紅先生のおっしゃることはほとんど太極拳と一緒なんですよ」
道理で、私より遙かに柔軟にこなして行かれるわけだ!

妻からは、以前に宣告されています。
「あなたはもうじき個人授業に戻ることになるよ。
二人の生徒のレベルが違いすぎ。
もうすぐあなたがついていけなくなる。
でも、あなたと組み合わせて共同レッスンを受ける初心者なんて、
当分現れないだろうから」
やれやれ。
風前の灯火、というところですね。

ちなみに、多くの人気の高い指導者の教育法はかなり違います。
いわば、欠陥には目をつぶり、良いところを伸ばそうと努める。
自己責任の原則で、やりたい曲をどんどん教えてあげる。
そして、褒め殺し!
みすみす「井の中の蛙」を製産する方法です。
ああ、そんな先生に付くのもバカらしい。
「前門の狼、後門の狐」状態。

やれやれ。



c0168172_21574346.jpg
c0168172_21575002.jpg
c0168172_21575624.jpg
c0168172_21580346.jpg
c0168172_21581034.jpg
c0168172_21584627.jpg
c0168172_21585233.jpg
c0168172_21585840.jpg
c0168172_21590503.jpg
c0168172_21591395.jpg
c0168172_21592018.jpg
c0168172_21592657.jpg
c0168172_21593203.jpg
c0168172_21593855.jpg
c0168172_21595151.jpg
c0168172_21595797.jpg
c0168172_22000423.jpg
c0168172_22004310.jpg
c0168172_22005762.jpg
c0168172_22010522.jpg
c0168172_22011214.jpg
c0168172_22011920.jpg
c0168172_22012566.jpg
c0168172_22013279.jpg
c0168172_22014012.jpg
c0168172_22014995.jpg
c0168172_22015648.jpg
c0168172_22020191.jpg
c0168172_22020859.jpg
c0168172_22021476.jpg
c0168172_22022083.jpg
c0168172_22022842.jpg
c0168172_22023565.jpg
c0168172_22024334.jpg
c0168172_22025507.jpg
c0168172_22030241.jpg
c0168172_22030840.jpg
c0168172_22031631.jpg
c0168172_22033128.jpg
c0168172_22034083.jpg
c0168172_22034716.jpg
c0168172_22035365.jpg
c0168172_22040070.jpg
c0168172_22040702.jpg






by hologon158 | 2018-01-21 23:56 | ホロゴン画帖 | Comments(0)

714.02 ホロゴン外傅219「2017年9月25日バルター50mmf2.3の奈良町は?」2 単なるメモ


今回の写真の多くは、奈良町十輪院近く、
私のお気に入りの喫茶店、
「チャポロ」(おうち雑貨カフェ)の店内風景。

この店内ロボグラフィをご主人のお許しを得て、よく撮ります。
今回の写真の中に、「ピエタ」像の写真(画集の一頁)があります。
私はこの「ピエタ」像がどこにあるものか、知りません。
楚々とした風情があって、表情、傾きがとてもやさしく、
かなりの名作なんだろうと思います。
その写真を観ているうちに、はっと気づきました。
私のロボグラフィと美術写真とは全然違う!

私はキリスト教の造形美術はまったく不案内ですが、
もし知っていたら、さっと気づくでしょう、
「ああ、あの教会のピエタだ!」
写真家はそのような導き、認識、想起を起こすように、
あるがままの姿を写真に写し取ろうとします。

ロボグラフィは違います。
そのような導き、認識、想起を起こさないで、
そのものが私の感じる別の異形を自分の記憶に止める、
これがロボグラフィの目標です。
ロボグラフィたちは、その場にあって、その瞬間だけ、
私に向かって、独特の表情、眼差しで挨拶をするのです。

試しに、もしお時間が余っていれば、
「ホロゴン ロボグラフィ」でグーグル画像検索して下さい。
数百枚の暗い写真が並びますが、ほとんどが私のロボグラフィ。
どこで撮ったか、なんてことはほとんど意味を成しません。
私とその場との出会いを現す写真、
私がその場、そのロボグラフィたちにどう感じたかを、
私だけが想起できる記録写真、それが私のロボグラフィ。
私以外の人にはほとんどなんの意味もないメモ。
道理で誰も関心を持たないわけです。




c0168172_22122686.jpg
c0168172_22123247.jpg
c0168172_22124229.jpg
c0168172_22125182.jpg
c0168172_22125722.jpg
c0168172_22130311.jpg
c0168172_22130958.jpg
c0168172_22132152.jpg
c0168172_22132717.jpg
c0168172_22133332.jpg
c0168172_22133990.jpg
c0168172_22134538.jpg
c0168172_22135211.jpg
c0168172_22140041.jpg
c0168172_22140729.jpg
c0168172_22141384.jpg
c0168172_22142394.jpg
c0168172_22142943.jpg
c0168172_22143588.jpg
c0168172_22145200.jpg
c0168172_22145898.jpg
c0168172_22150479.jpg
c0168172_22151064.jpg
c0168172_22151134.jpg
c0168172_22151869.jpg
c0168172_22152598.jpg
c0168172_22153117.jpg
c0168172_22154019.jpg
c0168172_22154719.jpg
c0168172_22155495.jpg
c0168172_22160153.jpg
c0168172_22160776.jpg
c0168172_22161662.jpg
c0168172_22162262.jpg
c0168172_22162969.jpg
c0168172_22163742.jpg
c0168172_22164440.jpg
c0168172_22165095.jpg
c0168172_22170354.jpg
c0168172_22171062.jpg
c0168172_22171985.jpg





by hologon158 | 2018-01-18 22:19 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

714.01 ホロゴン外傅219「2017年9月25日バルター50mmf2.3の奈良町は?」1 落ち穂拾い



2018年1月になって、まだ昨年9月の撮影分を掲載しています。
供給過剰の冷蔵庫のような状態。
でも、私としては、可愛いレンズたちの手前、
置いてけぼりするわけにもいきません。
律儀にとぼとぼ可愛いレンズたちの足取りをたどる、
これしかありませんね。

ボシュロムのバルター50mmf2.3、
使う度に感じるのはいつも一緒、
このレンズ、律儀だなあ!
なにか突出した特徴を備えることがレンズの身上であり、
使い手の願いであるとすれば、このレンズ、
たとえば、同時代のスピードパンクロに一歩も二歩も譲ります。
でも、しみじみとした味わいをじんわり感じたい人には、
バルター50mmf2.3は最右翼かも知れません。

そんなバルター50mmf2.3の使いどころに、
路傍の落ち穂拾い一点張りのロボグラフィを持ってくる、
これは正しい選択じゃないかな、そう私は考えます。

ロボグラフィなんて、写真のジャンルではありません。
私のただの造語。
誰にも目に留めてもらわないまま、
路上、路端で塵芥と化す運命にあるがらくたたちに、
なにかしら共感を感じるのはなぜでしょうね?
とにかく写真を始めてから、私はそうでした。

「神は細部に宿る」
という言葉があります。
私はこの言葉が好きです。
ネットで意味を探索してみますと、
ピクシブ百科事典では、
「本当に素晴らしい技術やこだわりとは、一見して分かりにくい」
私が思うに、
「ものにせよ、人にせよ、組織にせよ、オーガニズムにせよ、
細部がしっかりと仕上げられてこそ、全体が活きてくる」
こんな感じでしょうか?

街、ストリート、路地がこの実例を提供してくれます。
目に見えない片隅を大切にケアしているストリートは、
歩いていても、気持ちがよいものです。
生活感が隅々に行き届いているからこそ、街路が活きてくるのです。
そんな隅々に焦点を当てるのがロボグラフィ、というわけです。




c0168172_21323885.jpg
c0168172_21324683.jpg
c0168172_21325273.jpg
c0168172_21325823.jpg
c0168172_21330562.jpg
c0168172_21331115.jpg
c0168172_21331821.jpg
c0168172_21332695.jpg
c0168172_21333554.jpg
c0168172_21334322.jpg
c0168172_21334954.jpg
c0168172_21340350.jpg
c0168172_21340931.jpg
c0168172_21341510.jpg
c0168172_21342117.jpg
c0168172_21342785.jpg
c0168172_21343371.jpg
c0168172_21345058.jpg
c0168172_21354450.jpg
c0168172_21355114.jpg
c0168172_21355841.jpg
c0168172_21360407.jpg
c0168172_21361000.jpg
c0168172_21361708.jpg
c0168172_21362483.jpg
c0168172_21363068.jpg
c0168172_21363627.jpg
c0168172_21364110.jpg
c0168172_21364721.jpg
c0168172_21365401.jpg
c0168172_21370057.jpg
c0168172_21370785.jpg
c0168172_21372183.jpg
c0168172_21372963.jpg
c0168172_21373562.jpg




by hologon158 | 2018-01-17 21:39 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

713.05 ホロゴン外傅218「2017年9月5日エクター50㎜F1.9で高畑町一巡」5-完-私の美


よく想像してみることがあります。
この宇宙の今、この瞬間に、全宇宙に、
地球のような文明社会が幾つ栄えているんだろうか?

全宇宙に共通する「今」があるかどうかもしりませんが、
仮にあるとして、
おそらく何億、何十億、あるいは何百億の単位で数えられる!
私はそう信じています。

以前は、地球は奇跡的、例外的な惑星であるという説が有力でした。
人類は奇跡中の奇跡、というわけです。
でも、奇跡を信じるよりも、「ゴキブリの論理」を信じる方が簡単かつ確実です。
「ゴキブリが一匹見つかれば、あなたの家には三十匹はいるはず」

近頃、人類のものならず人工物があちこちの惑星に見つかり、
月面や火星にも人工物が続々発見されています。
近場でもそうなら、無限数に近い宇宙全体の中に限りなく生命が、文明が存在する、
そう考えるのが極めて自然です。

昔、人類の諸文明の諸宗教は、この地球の自分たちこそ、
宇宙を統べる神、あるいは神々のみそなわすただ一つの存在である、
そう信じていました。
でも、それはとんだ勘違いだと分かってしまいました。
人類なる存在は、宇宙創造後何十億年も経過した後に、
宇宙に存在する数限りない星の一つに進化して、たった数万年!
幸か不幸か、地球上のほとんどの生物種を押しのけて、
地球上の種の世界に君臨する種となりました。
でも、恐るべき環境破壊を繰り返したにもかかわらず、
地球を自分たちの生存にふさわしい環境にすることもできず、
地球上に発生するさまざまな天災地変に翻弄されるばかりで、
地球そのものを支配できる可能性などまったくない有様。

でも、私が書きたいことは、ちょっと別。
全宇宙にそれぞれに繁栄を極めている諸文明ごとに、
全然別の美、別の美の基準、別の美的感覚が育っているでしょう。
まさに、所変われば品変わる、です。
人間でさえ、時代、文明、文化、環境が変わるだけで、
まったく異種独特の美的感覚、美的基準が育つのですから。

そうした異世界の美を、芸術を味わってみたい、
そうは思いませんね。
どうやら、私はそこまで好奇心の強い人間ではないようです。
私が味わいたいのは、
私が心から喜べ、心から心を奪われる美だけ。

ところが、私が味わいたい美も、
時により、気分により、異種さまざまなものが浮かび上がります。
私が美しいと感じるものには、
人が美しいと感じないものだってあります。
人が美しいと感じるものを、私がそう感じないこともあります。
まるで「美」とは変幻自在の形相のようです。

手近で言えば、私がブログに掲載する写真のほとんどが、
私にとっては「私の美のカタログ」。
でも、たいていの方は、どこが美しい?
ちっとも美しいとは思えない、そうおっしゃるでしょう。
これは不思議でもなんでもありません。
1万人が居れば、1万の異なる美があるとさえ言ってよいでしょう。

今回も、エクター50㎜F1.9が私にさまざまの美を見つけてくれました。
どうやら私は混沌とした形の乱舞に美を感じることが多いようです。
今回の写真たちは、エクターが見つけてくれた美。
地味で、平凡な形の連続と、人の目には映るでしょう。
そんなものでも私には美しい、
そう感じることが私の生き甲斐、生きる糧、そう言えそうです。


こんな風に書くことで、
私は、自分が独創的だと言いたいわけではありません。
むしろ逆。
誰だって、そうなのだ、そう言いたいのです。
だからこそ、写真について言えば、
写真家として、人に感銘を与える写真作品を作ることは、
大変に難しいことなのでしょう。

だから、ブログって、私にとって大きな存在価値があるのです。
人が美と思えないようなものを堂々と陳列できて、
誰も文句を言わないスペースって、他にあまりないのでは?




c0168172_16514851.jpg
c0168172_16515559.jpg
c0168172_16520058.jpg
c0168172_16520773.jpg
c0168172_16521313.jpg
c0168172_16521922.jpg
c0168172_16522527.jpg
c0168172_16523334.jpg
c0168172_16523871.jpg
c0168172_16524528.jpg
c0168172_16525090.jpg
c0168172_16525771.jpg
c0168172_16530556.jpg
c0168172_16531069.jpg
c0168172_16534543.jpg
c0168172_16535257.jpg
c0168172_16535881.jpg
c0168172_16540530.jpg
c0168172_16541031.jpg
c0168172_16541728.jpg
c0168172_16543341.jpg
c0168172_16543979.jpg
c0168172_16545322.jpg
c0168172_16545882.jpg
c0168172_16550439.jpg
c0168172_16551187.jpg
c0168172_16551708.jpg
c0168172_16552354.jpg






by hologon158 | 2018-01-16 17:01 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

713.04 ホロゴン外傅218「2017年9月5日エクター50㎜F1.9で高畑町一巡」4 生きる意味


前回、古今亭志ん朝が63歳で世を去ったことを惜しむ文章を書きました。
年齢と人生の重みとの関係を思わず考えてみました。
ネットで有名人の訃報に接することがかなりあります。
一番気になるのは、たいてい私より年下。
有名人には多忙、過労に起因する疾病もあるでしょう。
さまざまな精神的労苦からの疲弊もあるでしょう。
有名人に限らず、20代、30代の夭折もたまにあるようです。

そこで、一つの疑問が浮かびあがります。
寿命を全うしない短命は、早すぎる死なのか?
ちょっと考えてみましょう。

「早すぎる」というのは、どういう意味なのでしょう?
自然的な寿命に照らして、という意味ではありませんね。
物故者の才能の十分な開花を待たずに、
あるいは、その人の生活圏の中でその人に課せられた使命を
十分全うしないで、という意味ですね。

そんな風に考えると、実のところ、
どんな人間も、早すぎる死を迎える運命にあるとも言えそうです。
私なども、才能は別になにもありませんが、
家庭の中で果たすべき責務はどんな年齢になってもなくならないでしょうから。

もっとも長生きをしたからと言って、
人生の価値を高めているというわけでもないでしょう。
そもそも人間にとって、生きたと言えるに値する人生を送らなければならない、
という使命があるわけでもありませんね。
遺伝子にそんな使命がそれぞれ組み込まれているわけではありません。
人間の社会が進むにつれて生まれてきた価値の一つ。
でも、人間に、生きるに値すると自他いずれかが、もしくは、
自他共に認める人生を送るべき使命が備わっているわけでもありませんね。

たとえば、古今亭志ん朝がさらに長生きをして、
父志ん生ほどの寿命を保ったら、どんな落語家になったか?
私たちが考えるのは自由ですが、
志ん朝さんに言わせれば、そんなの余計なお世話だ、
ってことになるでしょう。
彼が自分の人生をどう考えながら世を去ったか、
こんなことは誰にも分からないのですから。
むしろ、やるべきこと、やりたいことは十二分にやり尽くしたと、
満たされた気持ちで世を去ったかも知れませんし、
そちらの可能性の方が高い感じがします。

人間国宝になれなかったって?
あの世に持っていけない名誉を受けて、
なんの足しになるんだい?
へっ、笑わせやがる!

よくよく考えてみますと、
人間の人生を比較できるなんてことはありませんね。
人はそれぞれに他の人間と比べることのできない、
そして、比べる必要のない人生を送っている、
そう考えるべきです。

生涯の収支決算なんてありえません。
そんなことは誰にもできません。
なぜなら、神ならぬ身である私たちは、
自分以外の人間の人生を、評価できるほどの資料、眼力、鑑定眼など、
誰一人持っていないからです。

一例を挙げましょう。
古代アテーナイのソクラテスの行動、思考、人生を
プラトンとクセノフォンが書き残さなかったら、
誰もソクラテスのことなど知るよしもなかったのです。
ひいては、私たち人間が一人一人、その存在、人生により、
人類の思考の深化、文化に貢献しているかもしれません。
だとすると、知られているデータだけで人間を比較し、
その人の人生の価値、意味を値踏みするなんて、
無意味、有害ではないでしょうか?

そもそも死というのは初手から不条理なものです。
どなたもそうでしょうけど、
さまざまなジャンルでさまざまなすばらしい人たちの業績や人生に接して、
日々励ましてもらうのが私たちの人生ですね。
私など、グレン・グールドやマルタ・アルゲリチやジャクリーヌ・デュプレ
といった偉大な音楽家の演奏を数知れず聴いて、
励まされ、刺激を与えられてきたことか?
絵画、映画、映書物等を通じて、
数知れぬ偉大な人々の存在が私の人生に生きる意味を
計り知れず与えてくれてことか?
そうして得られたエネルギーを自分の身近な人たちとともに生きる指針、
エネルギー源、意味を生み出す一助になっています。

でも、そのような恩人たちの大半がこの世にはいない!
つまり、これまでの歴史、現代、そして未来への希望が一体となった
時空の広大なエリアこそ、私たちが生きる世界なのです。
そのように考えると、わくわくするではありませんか?
もしかすると、いかなる存在も忘れられることはない、
意識のレベルで気づくことだけが記憶ではない、
生きる基盤を提供してくれるのは、過去の世界全体なのだ、
私たちもすでに自分の前半生で貢献しつつあるのだ、
そう考えたいものですね。

このように考えますと、はかなく夭折した天才たちの貢献を、
しぶとく長生きした天才たちの貢献と比較することなどできない、
大切なことは貢献の質にある、そう考えることができそうですね。




c0168172_22434494.jpg
c0168172_22435061.jpg
c0168172_22435680.jpg
c0168172_22440138.jpg
c0168172_22440664.jpg
c0168172_22441331.jpg
c0168172_22443430.jpg
c0168172_22444666.jpg
c0168172_22445259.jpg
c0168172_22445854.jpg
c0168172_22450468.jpg
c0168172_22455542.jpg
c0168172_22460676.jpg
c0168172_22461152.jpg
c0168172_22461697.jpg
c0168172_22462307.jpg
c0168172_22471008.jpg
c0168172_22471854.jpg
c0168172_22475710.jpg
c0168172_22480348.jpg
c0168172_22494045.jpg
c0168172_22494193.jpg
c0168172_22502012.jpg
c0168172_22502690.jpg
c0168172_22503227.jpg
c0168172_22503810.jpg
c0168172_22504331.jpg
c0168172_22504991.jpg
c0168172_22505480.jpg







by hologon158 | 2018-01-13 23:40 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

713.03 ホロゴン外傅218「2017年9月5日エクター50㎜F1.9で高畑町一巡」3 古今亭志ん朝


近頃、Youtubeで落語を楽しんできました。
まず、立川志の輔が気に入って、かなり聞きました。
威勢の良い胴間声で、ポンポンとキップのよい語りを聞かせてくれます。
この人の語りの後では、
他の落語家の語りがなんだかカッタルい感じがしてしまいます。

でも、古今亭志ん生の語りを聞くと、
たっぷりとった間合いがなんとも粋で、味わいが深く、しびれます。
このような巨人の前では、志の輔が小僧っ子に見えるのですから、
芸の奥深さは果てしがないようです。

思い出しました。
そう言えば、志ん生の2番目の息子の志ん朝って、
キップの良い声だった!
そこで、Youtubeで探してみました。
聞いてみて、仰天!
ああ、この人は天才だった!
今、そこで語りが生まれてくるように自然で、エネルギー一杯。

ネットで調べてみました。
2001年に63歳で世を去っていました。
なぜか受賞歴も乏しく、人間国宝にならず仕舞だった!
悲しいですね。
私は落語のことなどまったく無知なのですが、
また、落語界のことなどまったく無知なのですが、
円生、志ん生の世代に続く後代の落語の中では、
人間国宝の落語家たちも含めて、
この人の至芸に及ぶ人はあまり居ないのじゃないかな?
そんな気さえします。

夭折とは言いがたいでしょうけど、
志ん朝がいかに天才であったと言っても、
完全に熟するときを待たずに世を去ったことが悔しい、
そんな感じがします。
ちょっと49歳で世を去ったグールドを思い出させます。



c0168172_23364168.jpg
c0168172_23371956.jpg
c0168172_23372833.jpg
c0168172_23373391.jpg
c0168172_23373856.jpg
c0168172_23374330.jpg
c0168172_23375895.jpg
c0168172_23380380.jpg
c0168172_23381020.jpg
c0168172_23381619.jpg
c0168172_23382044.jpg
c0168172_23383053.jpg
c0168172_23383562.jpg
c0168172_23384045.jpg
c0168172_23384646.jpg
c0168172_23394090.jpg
c0168172_23394550.jpg
c0168172_23395161.jpg
c0168172_23395639.jpg
c0168172_23400240.jpg
c0168172_23400718.jpg
c0168172_23401354.jpg
c0168172_23402295.jpg
c0168172_23411298.jpg
c0168172_23411745.jpg
c0168172_23412382.jpg
c0168172_23412944.jpg
c0168172_23413496.jpg
c0168172_23414065.jpg
c0168172_23414695.jpg
c0168172_23415159.jpg





by hologon158 | 2018-01-11 23:46 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

713.02 ホロゴン外傅218「2017年9月5日エクター50㎜F1.9で高畑町一巡」2 ピッピ御難


時代は変わるものですね。
実は久しぶりに中山獣医科に受診しました。
20数年ご厄介になっている、奈良ではトップクラスの医院です。 
長男のピッピ(猫ですが)が突然動きが鈍くなったのです。
食欲はあり、便秘でもなく、尿も出ていて、
体調はさほど問題はなさそう。
どうやら2歳半の孫娘が大好きでいつも寄り添う位置に寝そべるのですが、
孫娘それを良いことに遠慮なくまたがって遊びます。
12キロを超えているのですから、かなり重いので、
どこか痛めたのじゃないかな、と心配になったのです。
まだ4歳なのですから、身体を痛めてもらっては困ります。
これまでは病気一つしたことがないのですから、心配。

駐車場は満杯。
待合室には患者の保護者たちが数組。
年の暮れはいつも盛況なのですが、それほどでもない。
人間の病院の患者は老人だらけですが、
こちらの方は以前より患者さんが減少しているようです。
医療費がバカにならないからでしょう。
ペットの場合、医療保険をかけている人は少ないので、
医療費はバカにならないのですが、
家族の誰もそんなことは気にかけません。
子供たちはかけがえのない一家の宝なのですから。

私は車を運転しないので、タクシーを使いました。
数年ぶりです。
ひさしぶりに使ったボックスにピッピを押し込むのが大変。
これまでの兄姉たちとは段違いに大きい。
待合室には数組の先客はおおかた診察が済んだと見えて、
数分で「5号診察室」に呼ばれました。

まず体重測定。
「7.2kg!
ちょっと重すぎですよ」
次に、血液検査。
10分あたりして結果が出ました。
「どこも悪くありません。
強いて言えば、太りすぎです。
ダイエットさせてください」
ホッとしました。
これまでの兄姉たちとは比較にならないほどの重量級。
今日から、ダイエットです!

これまで我が家に居た猫たちのほとんど全員が負傷疾病の連続でした。
獣医さんに200万円ほどは間違いなく支払っています。
私の出費には厳しい監査を怠らない妻も、
子供たちの治療費は惜しげもなく財布をはたきます。
それほどに大切な子宝なのです。

受診前はなぜか体が重く、どこか疲れたように座り込んでいたピッピ、
異常なしの診断結果が分かったのでしょうか?
帰宅すると、ボックスからピョンと飛び出て、
身ごなしの軽やかなこと!




c0168172_23202526.jpg
c0168172_23210030.jpg

c0168172_23211153.jpg
c0168172_23212530.jpg
c0168172_23213140.jpg
c0168172_23213741.jpg
c0168172_23214468.jpg
c0168172_23215035.jpg
c0168172_23215513.jpg
c0168172_23220635.jpg
c0168172_23221263.jpg
c0168172_23221905.jpg
c0168172_23222616.jpg
c0168172_23223164.jpg
c0168172_23223893.jpg
c0168172_23224434.jpg
c0168172_23225096.jpg
c0168172_23225976.jpg
c0168172_23230719.jpg
c0168172_23231511.jpg
c0168172_23232237.jpg
c0168172_23233897.jpg
c0168172_23234406.jpg
c0168172_23234934.jpg
c0168172_23235664.jpg
c0168172_23240208.jpg
c0168172_23240987.jpg
c0168172_23245390.jpg
c0168172_23250053.jpg
c0168172_23250762.jpg
c0168172_23251523.jpg
c0168172_23252102.jpg
c0168172_23252995.jpg





by hologon158 | 2018-01-08 23:28 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

713.01 ホロゴン外傅218「2017年9月5日エクター50㎜F1.9で高畑町一巡」1 エクトラ


エクトラ

なかなか魅力的な名前ですね。
ギリシア悲劇のヒロイン、エレクトラとも似た語感で、
女性の名を感じさせるところがあります。
コダックの製作したレンジファインダーカメラの雄。

触ったことがおありですか?
私は一度だけ触りました。
レンズ共々メカニカルな、ロボットを連想させる、
メカニズムの塊という感触と重さ。
魅力的なカメラです。

でも、不思議に、使いたいという気持ちを起こさせませんでした。
存在感がありすぎたのです。
欧米人の巨大な手の平になら、ふんわりとフィットしそう。
でも、手の小さな私にはあまりにもゴツ過ぎて、
手の中で駆使できる限界を遙かに超えていました。
コンタレックススーパーもそれなりに量感みなぎるカメラでした。
でも、どこか機能的な使い勝手のよい形でした。
ところが、エクトラは金属塊という感じだったのです。

でも、そのレンズたちはコダックレンズの頂点という、
雰囲気が備わっていて、エクトラがごめんだけど、
エクターレンズたちは使いたいと、食指が動きました。
幸運にも35㎜と50㎜の2本ともeBayで格安で手に入りました。
35㎜を先に手に入れ、その雄渾な描写にしびれました。

50㎜F1.9はエクトラの標準レンズです。
レンズ遍歴の掉尾に近い時期に私のもとにやってきました。
宮崎さんにライカMマウントに改造していただいたのに、
その後、私はすっかり忘れてしまったようです。
ほとんど使いもせず、ブログにも掲載しませんでした。
つまり、本ブログでは初登場のレンズです。
どうしてもっと使って来なかったか、と、
かなり悔やんでいます。



c0168172_21420202.jpg
c0168172_21420845.jpg
c0168172_21421431.jpg
c0168172_21422044.jpg
c0168172_21422503.jpg
c0168172_21423142.jpg
c0168172_21423667.jpg
c0168172_21424362.jpg
c0168172_21424801.jpg
c0168172_21425490.jpg
c0168172_21425936.jpg
c0168172_21430426.jpg
c0168172_21430992.jpg
c0168172_21431500.jpg
c0168172_21432107.jpg
c0168172_21433885.jpg
c0168172_21434370.jpg
c0168172_21434910.jpg
c0168172_21435461.jpg
c0168172_21440092.jpg
c0168172_21440659.jpg
c0168172_21441390.jpg
c0168172_21441993.jpg
c0168172_21442583.jpg
c0168172_21443647.jpg
c0168172_21444357.jpg
c0168172_21444961.jpg
c0168172_21445481.jpg
c0168172_21450012.jpg
c0168172_21450778.jpg




by hologon158 | 2018-01-05 21:46 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

712.06 ホロゴン外傅217「2017年9月21日ズマール50㎜F2中崎町巡り」6 家事と落語と



昨年11月から、家事一切をほとんど担当する毎日が続いています。
いきおい自分の趣味、楽しみの日課はほとんどできません。
撮影も1回出た切り。

そこで分かったことが一つ。
家事って、大変ですねえ!
これが在職中だったら、倒れていたでしょう。

でも、引退してみると、分かりました、
毎日、なにをするのも人生なのだ!
なにもかもが、実存主義で言う「アンガージュマン」なのです。

そして、人間に貴賤上下の区別がないのと同様、
人生においてすることにも貴賤上下の区別などない!
区別があるのか、いかにして取り組むか?
姿勢が問題。
そのように考えて来ると、
家事も趣味もその意味では変らない、そう気づきました。

とすると、いかにして家事に習熟するか?
これが問題です。
幸いにして、私は在職中から、在宅で仕事をすることも多くて、
週少なくとも2回の夕食作り、毎日の食器洗い等、
家事もかなり分担するようになっていましたから、
すでにかなりの熟練者です。
こうなると、積極的に取り組み、工夫し、修練を積むことが課題。
つまり、家事も創造的な仕事なんだ、そう思えるような工夫が必要。

家事それぞれにそんな工夫があれこれと分かってきます。
習熟すると、まさに流れるように作業することもできます。
あなた、タマネギのみじん切りやリンゴ、大根の皮むき、できますか?
リンゴの場合、包丁を動かさず、リンゴを動かすことで、
薄い皮を切らずに最後までむくことができますか?
こんなことができるようになると、楽しいものです。

でも、中には片手間で出来ることもかなりあります。
食器洗い、洗濯、掃除、布団の上げ下ろし等。
そこで、ウォークマンやiPodで音楽を聴きはじめ、
以前から聴いて来た英語の愛読書の朗読も聴き、
日本の文豪たちの朗読も楽しみ始めていたのですが、
ひょんなことで新たな分野を発見しました。
落語。
古今亭志ん生師匠にまず参ってしまいました。

さまざまな落語家の古典を聴いているうちに、
iPhoneのYouTubeでも音楽、朗読を聴くようになりました。
常用する切っ掛けはiPhoneの補助電源を見つけたことから。

  Yoaidoo 3000mAh バッテリー内蔵ケース iPhone6/6S/7 4.7インチ用
  ケース型バッテリー 大容量 超軽量 急速充電 内蔵磁性
  125%バッテリー容量追加(ブラック)
  販売: Yoaidoo
  ¥ 2,099

たった2000円で、iPhone6を2個携帯するのと同様の効果!
こうなると、常時、iPod代わりに使える!
YouTubeには、CD音質でバッハ、モーツァルト等の音楽が無数にあります。
さらに、朗読ファイルも!
そして、落語も!

そこで、1人、お気に入りの落語家を見つけました
立川志の輔。
語り口、スピード感、意外性、緊迫感、話題の面白さ、
あらゆる点で、これほどの人を私は知りません。
そんな志の輔の朗読ファイルもYouTubeで一杯見つかります。
ちょっと退屈だなあ、と思うような家事をするときは、
iPhoneのYouTubeで立川志の輔たちの朗読、落語を聞くことで、
その家事に専心することができます。
お試し下さい。

なんですって?
そんな楽しい落語を聞きながら家事をしたら、
どちらかがおろそかになってしまう?
あなた、どうかしてますよ。
聖徳太子じゃないのですから、
確かに幾つも同時に処理することは難しい。
でも、なにか難しい仕事をするときでも、
一つのことに専念しながら、いや、待てよ、
これに関連したなにかがあったなあ、
どうもこのひっかかりを見つけることで、
すっぱり疑問が溶けるのじゃないだろうか?

集中するとしても、そうした多重思考、複眼思考ができなけりゃ、
よい仕事はできませんよ。
あなただって、そんな体験をいろいろ重ねてきたではありませんか?
ボールに両チーム全員が群がる昔のサッカーゲームみたいじゃ、
人生、底が浅くなりますよ。




c0168172_14455105.jpg
c0168172_14455779.jpg
c0168172_14460341.jpg
c0168172_14460955.jpg
c0168172_14461522.jpg
c0168172_14462067.jpg
c0168172_14462700.jpg
c0168172_14463348.jpg
c0168172_14463981.jpg
c0168172_14464478.jpg
c0168172_14465030.jpg
c0168172_14465707.jpg
c0168172_14470470.jpg
c0168172_14471070.jpg
c0168172_14471557.jpg
c0168172_14472120.jpg
c0168172_14472887.jpg
c0168172_14473508.jpg
c0168172_14474764.jpg
c0168172_14475325.jpg
c0168172_14480019.jpg
c0168172_14480633.jpg
c0168172_14481258.jpg
c0168172_14481944.jpg
c0168172_14482672.jpg
c0168172_14483251.jpg
c0168172_14484096.jpg
c0168172_14484665.jpg
c0168172_14485305.jpg
c0168172_14490566.jpg
 




by hologon158 | 2018-01-03 15:11 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

712.05 ホロゴン外傅217「2017年9月21日ズマール50㎜F2中崎町巡り」5  謹賀新年


あけましておめでとうございます。

昨年も公私にわたり沢山の出来事が起こりました。
社会では、日本国内国外、面白くない出来事がほとんど。
私的には、良くないこと、良いこと、様々起こりました。
とくに最後の2ヶ月は疾風怒濤!
完全に私のプライベートライフはほとんどない状態に。
お陰で、撮影はたった1回だけ。
ただ、所用で外出した道すがらの、いわば辻斬り撮影のみ。
ブログも回数がぐっと減りました。

そこで決めました。
社会の情勢が好転することなど、まったく期待できません。
でも、私的には、良いことしか起こらないぞ、
そう固く誓いました。

以前から心に誓ってきたことがあります。
美しいものしか見ない!
今年はさらにこの方針を徹底するつもり。

まあ、なにはともあれ、
本年もよろしくお願いいたします。




c0168172_14391046.jpg
c0168172_14392516.jpg
c0168172_14393053.jpg
c0168172_14393530.jpg
c0168172_14394145.jpg
c0168172_14394715.jpg
c0168172_14395344.jpg
c0168172_14400068.jpg
c0168172_14400583.jpg
c0168172_14401270.jpg
c0168172_14401866.jpg
c0168172_14402382.jpg
c0168172_14403039.jpg
c0168172_14403715.jpg
c0168172_14404300.jpg
c0168172_14405585.jpg
c0168172_14410001.jpg
c0168172_14410669.jpg
c0168172_14412572.jpg
c0168172_14413183.jpg
c0168172_14413733.jpg
c0168172_14414307.jpg
c0168172_14414870.jpg
c0168172_14415422.jpg
c0168172_14420183.jpg
c0168172_14420733.jpg
c0168172_14421377.jpg
c0168172_14422017.jpg
c0168172_14422509.jpg
c0168172_14423294.jpg
c0168172_14423832.jpg





by hologon158 | 2018-01-01 14:44 | ホロゴン外傳 | Comments(0)