わが友ホロゴン・わが夢タンバール

705.02 ホロゴン外傅211「2017年9月1日プラナー50㎜F2で新大阪激写」2-完-クライシス


最近一番あやういケースが北朝鮮からの危機への対応。
たとえば、米軍は一撃の下に、安全かつ迅速に金政権を倒すことができる。
北朝鮮のミサイルはすべて安全に処理できるから、日本には危険がない、
そう軍事専門家は保証している。
どちらも完全な嘘です。
米軍が世界各地の敵対勢力を反撃の余地なく瞬時に倒したケースはありません。
まして、北朝鮮は、その国土はきわめて守りやすい、
迷路のような同種同形の丘陵に覆われた世界なのです。
その至るところにミサイル発射装置を含む臨戦態勢を隠す、
完全武装の軍事国家なのです。

それなのに、首相は北朝鮮への断固たる反撃を宣言し続けて、
挑発に次ぐ挑発を続けています。
でも、平和憲法の下、日本が北朝鮮と戦争することなど、
絶対に許されません。
集団自衛法は明確に憲法違反の違法な法律なのですが、
日本政府が勝手にこの法律に依拠して戦争をやろうとしても、
北朝鮮が日本もしくは日本の同盟国を攻撃しない限り、
日本は軍事行動に出ることなどできません。

もっとも、北朝鮮が日本に戦争を仕掛けるとしたら、
日本の軍隊が反撃する余地を残してもらえるとは思えません。
北朝鮮が日本を無力化するのは簡単だからです。
東京と各地の原発を一つずつ、丸の内、新幹線東京駅等の、
日本の政治経済の中枢を選んで、大陸間弾道弾を数発ずつ発射すれば、
日本は瞬時に終わりです。

政府御用達の専門家は、北朝鮮のミサイルは全部防げると、
ありがたく保証してくださっているのですが、
垂直に近い放物線を受けて落下するミサイルを途中で爆破できる装置などありません。

専門家はどうやってミサイルを完全に防止できると知ったのでしょうか?
実験した?
いえいえ、一度も実験したことはありません。
はっきり口から出任せなのです。
そんな専門家の保証の下に始めた太平洋戦争は完敗に終わりました。
つまり、日本の政府と軍事専門家は、
太平洋戦争に突入した日本人たちとまったく変わらない、
無能かつ危険な人たちなのです。
要するに、どのような側面でも、
人間は進歩しておらず、
むしろ混迷と無能を極めている、と言う他はありません。

よくよく考えてみますと、
世界の中で日本は、政治的にも自然的にも、数知れない危険に取り巻かれて、
一番安全性の薄い国家なのです。
政治的には、
ダイナマイトとマッチを手に遊ぶ幼児のように見えますが、
実のところ、北朝鮮は幼児どころではありません。
極めて知能の高い策謀家の支配する、強力な軍事国家。
そんな北朝鮮を脅したりすかしたり、
あやしたりして、安全にあしらい続けなければならない。
自然的には、
大地震(日本列島の至るところ)、大噴火(阿蘇山と富士山)、
そして、予期せぬ気候変化、台風の危険性は高まるばかり。

20年ほど前には、日本は地球の中でも一番の楽土、
21世紀は順風満帆の日本の世紀になるだろう、
などと信じていたのに......





c0168172_11012004.jpg
c0168172_11020072.jpg
c0168172_11020662.jpg
c0168172_11021338.jpg
c0168172_11032692.jpg
c0168172_11033345.jpg
c0168172_11033931.jpg
c0168172_11034534.jpg
c0168172_11035235.jpg
c0168172_11035812.jpg
c0168172_11040484.jpg
c0168172_11041068.jpg
c0168172_11041793.jpg
c0168172_11042347.jpg
c0168172_11043086.jpg
c0168172_11043687.jpg
c0168172_11044159.jpg
c0168172_11044791.jpg
c0168172_11045445.jpg
c0168172_11050132.jpg
c0168172_11050609.jpg
c0168172_11051395.jpg
c0168172_11051967.jpg
c0168172_11052588.jpg
c0168172_11053116.jpg
c0168172_11054080.jpg
c0168172_11054681.jpg
c0168172_11055220.jpg
c0168172_11055971.jpg
c0168172_11061109.jpg
c0168172_11061717.jpg
c0168172_11062390.jpg
c0168172_11063365.jpg
c0168172_11064093.jpg
c0168172_11064738.jpg
c0168172_11065431.jpg
c0168172_11070071.jpg




# by hologon158 | 2017-10-02 11:09 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

705.01 ホロゴン外傅211「2017年9月1プラナー50㎜F2で新大阪激写」1 スポーツマン



あらゆる人があらゆる場所で、毎瞬毎瞬、繰り返していること、
それは、程度の差こそあれ、すべて「一期一会」なのかも?

私は、ささやかな家庭行事でそれを感じました。
9月30日土曜日、大阪加美の孫たちの保育園運動会でした。

保育園は5年に組み分けされています。
今回の運動会はエポックメーキング的でした。
その最年長5歳児クラスに属する孫プリンスの最後の、
2番児クラスに属する3歳の孫プリンセスの最初の運動会。
(1歳児クラスは小さ過ぎて、運動会には参加しません)

この前まで赤ちゃんだった孫プリンセスが踊ったり、
駈けっこしたり(5人中、断トツ1位でした)。

孫プリンスは、運動がなんでも得意です(私とは正反対)。
まず、縄跳びリレーでパフォーマンス。
クラスメートはゆったりと飛びながら、のんびり走ります。
孫プリンスは、スタートした途端、
縄を大きく弧を描かせて、パンパンパンと一度も止まらず、
猛スピードでグラウンドを一周駆け抜けました。
ほとんどの子が肘を支点にして手を回して、縄を回転させます。
孫プリンスはどんなスポーツで手首を回して運動します。
だから、縄跳びの場合でも、縄の回転が一番大きく速く、
かつ同心円を描きます。
そのため、高速で駈けることができます。

「ソーラン節」を使った踊りもクラス全員でしました。
このときも、たいていの子は肘を支点にして手を回していました。
孫プリンスは肩中心なので、手が美しく動きました。
彼は誰かに教えてもらうことがほとんどありません。
縄跳び走も、踊りも、自分の体で覚えたのです。

次ぎに、最年長クラスの好例の紅白対抗リレー。
先生、みんなのスピードを知っているので、
一番早い二人が両チームのアンカー。
孫プリンスは白組の一人手前です。
ところが、クラスが奇数なので、孫プリンスは5番にも登場。
白組は4人までずっと赤に負けていました。
孫プリンス、ゴール手前で追いつき、コーナーワークで抜き去り、
それからはずっと白組がリードを保ちました。
孫プリンス、14番目にもう一度登場し、
やはりリードを保ったまま、アンカーにバトンタッチしました。
完全な運動嫌いの私とは似ても似つかぬ、
ずば抜けた運動神経の孫の姿には驚き。

自転車もすぐに覚えましたし、水泳も教室に通っています。
両親が阪神タイガースファンなので、彼もファン。
どうやら、身体を正しく使える人間は頭もよくなるようです。
全選手の顔、背番号、名前、守備位置も覚えています。
漢字もまだ読めないのに、
選手名鑑ですらすら読み上げてくれます。
小学校1年で少年野球に入る予定で、もう練習しています。
本の虫だった祖父とはまるで違う人生を送りそう。




c0168172_22254452.jpg
c0168172_22255172.jpg
c0168172_22255704.jpg
c0168172_22275116.jpg
c0168172_22275813.jpg
c0168172_22280586.jpg
c0168172_22281144.jpg
c0168172_22290924.jpg
c0168172_22291829.jpg
c0168172_22292779.jpg
c0168172_22304415.jpg
c0168172_22305309.jpg
c0168172_22305963.jpg
c0168172_22310738.jpg
c0168172_22311474.jpg
c0168172_22311944.jpg
c0168172_22312642.jpg
c0168172_22313304.jpg
c0168172_22314023.jpg
c0168172_22315100.jpg
c0168172_22320072.jpg
c0168172_22320715.jpg
c0168172_22321348.jpg
c0168172_22322002.jpg
c0168172_22322689.jpg
c0168172_22323302.jpg
c0168172_22324218.jpg
c0168172_22373217.jpg
c0168172_22373881.jpg
c0168172_22374682.jpg
c0168172_22375403.jpg
c0168172_22380893.jpg
c0168172_22381869.jpg
c0168172_22382708.jpg



# by hologon158 | 2017-10-01 22:48 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

705.01 ホロゴン画帖213「2017年8月29日ネオスティグマート50㎜F1が大阪南方で」♯2


c0168172_23044595.jpg
c0168172_23045149.jpg
c0168172_23045707.jpg
c0168172_23050417.jpg
c0168172_23051001.jpg
c0168172_23051530.jpg
c0168172_23052162.jpg
c0168172_23052702.jpg
c0168172_23053314.jpg
c0168172_23053821.jpg
c0168172_23054588.jpg
c0168172_23055065.jpg
c0168172_23055665.jpg
c0168172_23060727.jpg
c0168172_23061493.jpg
c0168172_23062079.jpg
c0168172_23062589.jpg
c0168172_23063568.jpg
c0168172_23064761.jpg
c0168172_23065443.jpg
c0168172_23070004.jpg
c0168172_23070646.jpg
c0168172_23071232.jpg
c0168172_23071895.jpg
c0168172_23072406.jpg
c0168172_23073767.jpg
c0168172_23074658.jpg
c0168172_23075403.jpg





# by hologon158 | 2017-09-29 23:08 | ホロゴン画帖 | Comments(0)

705.00 ホロゴン画帖212「2017年8月29日ネオスティグマート50㎜F1が大阪南方で」♯1



c0168172_16324044.jpg
c0168172_16324642.jpg
c0168172_16325338.jpg
c0168172_16325995.jpg
c0168172_16330561.jpg
c0168172_16331280.jpg
c0168172_16331729.jpg
c0168172_16332254.jpg
c0168172_16332811.jpg
c0168172_16333541.jpg
c0168172_16334157.jpg
c0168172_16335964.jpg
c0168172_16341477.jpg
c0168172_16342007.jpg
c0168172_16342540.jpg
c0168172_16343136.jpg
c0168172_16343723.jpg
c0168172_16344419.jpg
c0168172_16345007.jpg
c0168172_16345619.jpg
c0168172_16350288.jpg
c0168172_16350990.jpg
c0168172_16351679.jpg
c0168172_16352188.jpg
c0168172_16352725.jpg
c0168172_16353391.jpg
c0168172_16353908.jpg






# by hologon158 | 2017-09-29 16:37 | ホロゴン画帖 | Comments(0)

703.106 ホロゴン外傅210「2017年8月25日パンタッカー50㎜も奈良町に」6-完-画廊への散歩


2週間続けてきた毎日散歩、


一つ重大な問題が発生しました。

私はカメラを持たずに歩くことのできない人間なので、
散歩のたびに平均200枚の写真を撮ります。
近頃の2つのブログ投稿の頻度は、毎日各1本弱。
つまり、どんどんと滞貨が蓄積することになります。
最近の撮影分もまだ未搭載ファイルが2、30あります。
ブログ開始以前以後の未搭載ファイルときたら、何百もある。
そんなものも暇を見つけて記事にしたい。

人生、問題だらけですね。
この程度を問題と感じる私はかなり脳天気人間なのでしょう。
でも、ご心配なく。
因果は巡る、火の車、です。
いつか、私も処理不能の問題にアップアップするでしょう。
でも、それまでは、ちっちゃな悩みをエンジョイしましょう。

このような事態を招いたのは、私の生活が少しシフトしたせい。
揚琴、二胡、リコーダー、ハーモニカ、
4つの楽器を習得し、楽しむという音楽人生が静かに浮上。
とくにリコーダー、揚琴は、
年内に発表会やコンサートもあり、その準備が大変。

一つアイデアが浮かびました。
2つのブログにそれぞれギャラリーコーナーを設ける!
なんの説明もなく、写真だけワッと掲載する!
これでかなり負担が軽減されるかもしれません。
別ブログ「レンズ千夜一夜」では、さっそく実行しました。
こちらも、「ホロゴン画廊」というカテゴリを作って、
写真オンリーコーナーを設けることにしよう、
そう考えたのですが、
本ブログのカテゴリを調べると、どんぴしゃり、
「ホロゴン画帖j」が既にありました。
いつしか、使わなくなっていました。
精神は一緒です。
画帳を復活しましょう。




c0168172_21465924.jpg
c0168172_21470771.jpg
c0168172_21471624.jpg
c0168172_21472402.jpg
c0168172_21473400.jpg
c0168172_21474173.jpg
c0168172_21474910.jpg
c0168172_21475566.jpg
c0168172_21480370.jpg
c0168172_21481114.jpg
c0168172_21481957.jpg
c0168172_21482773.jpg
c0168172_21493561.jpg
c0168172_21494987.jpg
c0168172_21495939.jpg
c0168172_21500851.jpg
c0168172_21501734.jpg
c0168172_21502630.jpg
c0168172_21505506.jpg
c0168172_21510418.jpg
c0168172_21511363.jpg
c0168172_21512512.jpg
c0168172_21513253.jpg
c0168172_21513933.jpg




# by hologon158 | 2017-09-28 21:54 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

703.105 ホロゴン外傅210「2017年8月25日パンタッカー50㎜も奈良町に」5 退歩一途



世界は進歩している、  
若い頃、そう信じていました。
だんだんと分かってきました。
進歩などしていない。

大ピラミッド一つとっても、それが分かります。
当時、大ピラミッドに先行する、このような大建設などなかった。
建築学科のある大学などなかった。
それなのに、大ピラミッドをいきなり堂々と建設したばかりでなく、
それから何千年も揺るぎなく屹立しているのです。
建設に必要な知識、技術をどうやって手に入れたのでしょう?

月面にも、推定1600mという塔が見つかります。

  The Moon Exposed! MILES HIGH Tower Discovery & Much More!
  https://www.youtube.com/results?search_query=Moon+tower

Google Moonの座標軸が見つかりますから、
ご自分で確かめることができます。
いつの時代に、誰が建設したか、分かりません。
分かっていることは、
人類には不可能な建築をやってのけた誰かがいる。
今でも使っているとしたら、怖いですね。

始皇帝陵の兵馬俑もそうですね。
始皇帝陵そのものの構想はピラミッドを遙かに上回る
巨大なものだったと言われています。
兵馬俑は現在8000体見つかっているようですが、
まだまだ埋まっているはずです。

なぜ?
司馬遷の「史記」によれば、
始皇帝は、中国全土を征服するために、
百万にも及ぶ大軍を編成して、作戦を実施したのです。
しかも、同時に幾方面に向かって征服戦を実施したのですから、
そのような規模の軍団がいくつもあったらしい。
そんな古今未曾有の大軍団を動かした始皇帝が、
永世にわたって自分を守護すべき兵馬俑を8000にとどめたとは思えません。
兵馬俑は、疑いもなく、実戦部隊として陣形を組んで配置されたはずです。
とすると、先鋒、本陣、両翼、後裔の5陣は最低限必要です。
しかも、本当に戦える精鋭軍団であるはず。
なぜって、黄泉の国でどんな敵に遭遇するか、予測しがたいのですから。
つまり、まだまだ埋まっているのです。

マラトンの戦いのとき、遠くペロポンネソス半島のスパルタから、
王に率いられた重装歩兵(ホプリテース)のスパルタ軍団が
フル装備のまま走りに走ったとヘロドトスは記録しています。
現代人には想像もつかない荒技、難業です。

ホメーロスの「オデュッセイア」をお読みください。
3000年ほども大昔のお話なのです。
そんな昔のギリシア人がどんなに典雅、気品に満ちた生活をし、
どんなに思慮深い思考、振る舞いをしていたか?
そして、ホメーロスがどんな近代の古典小説にも劣らぬ、
筆致、構想で物語を編んだかをご覧になれば、
そして、当時、日本を含む世界のほとんどの地域が、
中国、インド、エジプト、メソポタミアを除いて、
どんなに野蛮のレベルでいきていたか?
ついでに、現代の混迷を極める政局をリードする政治家たちの、
目も当てられないような人間レベルにも思いを巡らせば、
地球上の文明は、科学技術文明の発展にもかかわらず、
人間の質のレベルにおいては、衰退の一途を辿っている、
そんな思いを深めてしまうのではないでしょうか?

このように考えて来ると、一つの教訓に達しないわけにはいきません。
いかなる文明も、技術文明の極致に達しながら、あえなく滅亡していく。
巨大社会は人間を劣化させ、袋小路に追い込んでしまう。
そんな感じを抱かざるをえないのですが、いかがでしょうか?




c0168172_22411291.jpg
c0168172_22414716.jpg
c0168172_22415309.jpg
c0168172_22420542.jpg
c0168172_22421209.jpg
c0168172_22422059.jpg
c0168172_22422872.jpg
c0168172_22423878.jpg
c0168172_22424453.jpg
c0168172_22425091.jpg
c0168172_22430215.jpg
c0168172_22435093.jpg
c0168172_22435729.jpg
c0168172_22440620.jpg
c0168172_22441388.jpg
c0168172_22445741.jpg
c0168172_22450372.jpg
c0168172_22450971.jpg
c0168172_22452237.jpg
c0168172_22452926.jpg
c0168172_22464202.jpg
c0168172_22464880.jpg
c0168172_22465551.jpg
c0168172_22470576.jpg
c0168172_22471282.jpg
c0168172_22472134.jpg
c0168172_22504573.jpg
c0168172_22505393.jpg
c0168172_22510143.jpg








# by hologon158 | 2017-09-26 23:11 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

703.104 ホロゴン外傅210「2017年8月25日パンタッカー50㎜も奈良町に」4 不染鉄展



奈良県立美術館に参りました。
「没後40年 幻の画家 不染鉄」
ウィキペディアによれば、
「その作品は、
「克明な描写と、古絵巻に学んだ大和絵的手法を融合した作品」と評され、
「俯瞰と接近の相まった独創的な視点」も特徴として挙げられる。」

まったく未知の画家です。見甲斐のある展示であることを祈りつつ、
800円を渋々払いました。
でも、この出費は大いに有益だったようです。

入館して、展示作品の数枚目「夕月夜」を見て、
いきなり、心がふんわり躍りました。
縦長の構図ですが、
山水画特有の遠近法を無視して、
下から上まで細かく描く手法ではなく、
下4分の1ほどに3戸ほどの家の輪郭が
背後から光に照らされてふんわり浮かび上がり、
上部(半分以上)は縦の線が光の中にほんのり浮かび上がるだけ。
私の大好きな光の描画です。

元来大和絵と水墨画の修行を積まれた方なのでしょうか?
横長の長巻図の「水郷の巻」「思い出の記」は傑作。
水郷、田園の生活を精密に描きこんで、見飽きません。
猛烈に細い筆で見事な描線で生き生きと描かれています。

昭和10年の「雪景山水」は縦2m、横86cmの堂々たる掛け軸。
描線がしっかりして、リアルなのに、思い出の中の光景。
この画家はいつも自分の心の中の桃源郷を描いていた、
そんな感じ。

線画の掛け軸「聖観世音」が2枚。
うち、大きい方の金泥が少し施された方が秀逸。
線画なのに、量感がみなぎっていて、
この画家が並々ならぬデッサン力を持つことを証明する力作。

代表作の一つが、
《山海図絵(伊豆の追憶)》大正14(1925)年 木下美術館蔵
186cm×210cmと、比較的大きな絵です。
グーグルで検索していただければ、ご覧いただけますが、
絵の大きさ以上に、スケールの大きな鳥瞰図。
でも、ヨーロッパの大画家たちのように、
見上げるほどの超巨大な絵ほどではありません。
むしろ正面に観ながら、静かに味わう絵。

観るうちに、だんだんと不思議な印象が大きくなります。
西洋的なパースペクティブではなく、
なにか心理的な遠近法によって描かれているようです。
なによりも不思議なのは、富士山がただの小山なのです。
周辺の建物の高さを考えると、せいぜい200mほどの小山。
でも、堂々たる風格で、画全体を支配しています。
これが不染鉄の魔術なのでしょう。

戦後の晩年になると、漆黒が画面を支配するようになります。
なにか画家の心の奥底の闇を表すようです。
漁村に画家自身が住んだのでしょうか?
海浜の絵が幾枚もあります。
「夜の漁村」が一番気に入りました。
浜よりも一段高い平面の平屋建てのガラス窓は
屋内の証明が住人のシルエットを浮きだしています。
斜面の浜には数隻の漁船が引き上げられています。
岸近くの海には2隻の漁船が浮かんでいます。
これらの漁船がすべて黒のグラデーションで、
漆黒の闇の中に実にリアルに浮かび上がります。
これも不染鉄の魔術。

でも、晩年の奈良の神社仏閣の絵では、
ペンキのような漆黒がべったり塗りたくられた感じで、
定規で引いたような直線が目立つ一方では、
若い頃の、心を平安で満たすような穏やかな表現は
すっかり影を潜めてしまい、どうもいただけませんでした。
アートが作家の心の表現であるとすれば、
なんだか推測したくなります、
晩年の不染鉄の心には黒々とした苦悩が巣くっていたのでは?

生涯を通じて、リアリティがファンタジーに変容していく、
言葉では表現できず、絵筆でも描き出せない玄妙な移りゆきを、
魔法のように一枚の絵に結晶させる、そんな魔術世界に生きた人、
そんな印象を抱かせられました。

この絵画展で私が強く抱いた印象が一つあります。
回顧展は画家のメッセージを伝える媒体にはなりえないなあ。
不染鉄の画業の最高点を示す10枚を1壁面1枚で見せてもらえたら、
遙かに雄弁で、遙かに印象深かった、そんな感じがします。
でも、それにはあまりにも壁面が大きすぎます。
つまり、美術館は、本当の芸術に対峙できる場にはなりえない。

バカ言え、一枚ずつしっかりと対峙すれば、よいのだ!
お前の鑑賞力の弱さを暴露しているのだ!
第1、なにが傑作かを自分で選別できない人間が、
見せる側にその選別を任せる、三流の鑑賞者の姿勢だ!
そう厳しくおっしゃる通の方もおいででしょう。

おっしゃるとおりですね。
でも、私は三流の鑑賞者だから、当然の姿勢です。
私の場合、傑作の後に駄作が並ぶと、
どうしても、幾本ものの邪魔物が
心の中に放り込まれる感じがしてしまうのです。




c0168172_12061232.jpg
c0168172_12062657.jpg
c0168172_12063560.jpg
c0168172_12064038.jpg
c0168172_12064729.jpg
c0168172_12065252.jpg
c0168172_12070125.jpg
c0168172_12070729.jpg
c0168172_12071664.jpg
c0168172_12072221.jpg
c0168172_12072986.jpg
c0168172_12073543.jpg
c0168172_12074633.jpg
c0168172_12075222.jpg
c0168172_12075867.jpg
c0168172_12080510.jpg
c0168172_12081192.jpg
c0168172_12081883.jpg
c0168172_12082545.jpg
c0168172_12083104.jpg
c0168172_12083795.jpg
c0168172_12084302.jpg
c0168172_12085021.jpg
c0168172_12085697.jpg
c0168172_12090328.jpg
c0168172_12091331.jpg
c0168172_12092013.jpg
c0168172_12092859.jpg
c0168172_12093550.jpg






# by hologon158 | 2017-09-25 12:12 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

703.104 ホロゴン外傅210「2017年8月25日パンタッカー50㎜も奈良町に」4 歩くこと



9月17日土曜日、奈良県立美術館に参りました。
65歳以上の奈良市民は、美術館、神社仏閣はタダなのです。
美術館の中で散歩しよう!

先々週月曜日から、思い立って、
毎日必ず一回は、絶対に、歩く!
もちろん健康のため。
これを実行しています。

私は、決意したら、続けることができます。
かなりの方は、続けられないので、始めません。
でも、そんな方も本当は続けられるのです。
できないと思いこんでいるだけ。
そんな方もよくかんがえて見ると、
生涯にわたって続けてきたことが沢山あるはず。
たとえば、毎朝起きると、着替える。
歯を磨いて、顔を洗う。
朝食をいただく。
靴を履いたら、歩き始める。

親のしつけかもしれませんが、
やっぱり、そうするのが必要、
だから、自然に、いつもそうする。
だから、結局、なにか新しいことを始めるときには、
それが自分には絶対に必要だ、有益だ、と思うことが肝心ですね。

私は確信しています、
歩くことが絶対に必要。
映画「七人の侍」の印象的なシーンの一つ。
略奪を繰り返す野武士に業を煮やした百姓たちが、
自ら武器を取って戦おうと決意し、連戦錬磨の武士を雇います。
志村喬演じる老戦士は、百姓たちに走る訓練を施し、
こう叫ぶのです、
「いくさとは走ることぞ!
走れなくなるときは、死ぬときぞ!」

これは彼が命をかけた体験で学んだ極意ですね。
こんな貧困の村に雇われているところを見ると、
これまで幾度も敗北側にばかりついてきた不運な人なのです。
敗戦のなか必死で走り続けて落ち延びてきたのです。
走れなくなった戦友、部下たちは全部命を落としたのです。

私たち人間すべてそうですね。
20年近く前、突然、膝がカクカクと音を立てたのです。
愕然としました。
ちゃんと毎日歩いているのに、
ガタが来始めたのです。
そこで、何度も書いていますが、
直ちにヨガマットを買い求め、
自分で思いついた腕立て伏せや腹筋体操や自転車漕ぎなど、
十種ほどを10分程度欠かさず続けてきました。
肺炎のときだって、熱がない限り、続けました。
どんなことも、理想は呼吸です。
まったく意識していないけど、
やめると、それが命に不可欠、
そんな気持ちでやりたいものです。
そこまで必要性を高められることって、あまり多くない。
でも、健康な若さを保つこと、
つつがなく頑健であり続けることは、
長い一生の最大の希望条件です。
妻を愛し、子供(猫を含む)、孫たちを愛すること、
写真を愛すること、
これらもそんな条件に私は数えます。

ストレッチの効用は、
単に体の柔軟性を高めることに限定されません。
体を鍛えることもできます。
シャドウボクシングも取り入れました。
最初はなんとも頼りないものでした。
それがどんどんと中心にびしりと決まるようになり、
腕のスピード、確実性も高まりました。
最後に左右連打で締めますが、
その交代のスピードも格段に高速化しました。
走ることも楽々できるようになりました。
今では、なにかあると、自然に身体が動きます。

私は、水素吸引をずっと毎日欠かさず続けています。
これも異常に健康を高めてくれるようです。
第一の効能は、体内の悪性活性酸素(フリーラジカル)の除去。
フリーラジカル2個と水素が結合して水となり、体外に排出。
第二の効能は、血行をよくしてくれること。

でも、だからと言って、運動をしないで、
ぐーたらと食っちゃ寝るだけではだめでしょう。
ここでこそ、活発な運動、歩行が生きてくるはず。
そこで、夜30分から40分の半身浴も毎日絶対に欠かしません。
その間、マッサージ、エクササイズもやり続けます。
でも、まだまだ運動が足りない!
週2、3回の外出、撮影だけでは足りない。
やっぱりもっと歩かなきゃ!
とにかく毎日歩こう!

水素吸引、ストレッチ、散歩、半身浴、全身マッサージ、
規則正しい野菜中心の食事、規則正しい睡眠、
これらすべてが不可欠。
というわけで、朝から晩までかなり忙しい。
でも、やることなくなったら、人間、おしまい!



c0168172_11512979.jpg
c0168172_11513606.jpg
c0168172_11515552.jpg
c0168172_11520235.jpg
c0168172_11521029.jpg
c0168172_11521691.jpg
c0168172_11522139.jpg
c0168172_11523717.jpg
c0168172_11524738.jpg
c0168172_11531036.jpg
c0168172_11531672.jpg
c0168172_11532319.jpg
c0168172_11533130.jpg
c0168172_11533805.jpg
c0168172_11534627.jpg
c0168172_11535599.jpg
c0168172_11540674.jpg
c0168172_11541253.jpg
c0168172_11542466.jpg
c0168172_11543011.jpg
c0168172_11543626.jpg
c0168172_11544638.jpg
c0168172_11545345.jpg
c0168172_11550121.jpg
c0168172_11561293.jpg
c0168172_11561948.jpg

c0168172_11562601.jpg
c0168172_11565428.jpg

c0168172_11564694.jpg
c0168172_11563717.jpg
c0168172_11562601.jpg





# by hologon158 | 2017-09-22 12:00 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

703.103 ホロゴン外傅210「2017年8月25日パンタッカー50㎜も奈良町に」3 コトバ


オオカミやハイエナのような組を組んで狩をする動物たちは、
経験により役割を分担しているようです。
ティラノザウルスも、リーダーが待ち伏せをし、
若いのがそこへ追い立てて、リーダーが躍り出て一撃、
という風に狩をしたという説があります。
人間も同様に狩をしたのでしょう。

でも、突然、突発的な危機が起こったとき、
ルーチーンの分担は意味を失ってしまいます。
そんなとき、言葉を使えた人間が次第に勢力を伸ばし、
ついには支配的地位についたのでしょう。

じゃ、動物たちは言葉を話したり、理解したりできないのか?
道具を作り、道具を使うのが人間だけの特技だとされてきたのに、
今では、道具を作り、道具を使う動物がどんどん見つかっています。
言葉も同様です。
まだ、学会の承認を得ていないのかも知れませんが、
プレーリードッグなどは言葉を話し、遠くの仲間に情報を教える、
そんな研究書が出版されています。

我が家の子供たち(猫ですが)も、私たちの言葉を理解します。
もう7、8年前ですが、今は亡き銀太(男の子)がソファーで、
いつまでも眠りこけている姿に、つい、妻と二人で笑って、
「ああ、いつも眠ってたんじゃ、バカになるね」
その瞬間、銀太はがばっと頭を起こし、私たちに向かって、
「ニャーニャーニャーオー、ギャギャギャ、ワー」
後にも先にも聞いたことがない複雑なイントネーションで、
目を三角にして、私たちに怒鳴ったのです。
「そんなことない、バカにしないでよ、
ぼくはこうして考えてるんだ!
バカになんか絶対にならないよ!」
銀太は、私たちの表情も動作も一切見ないまま、
言葉だけを聞いて、私たちが自分を笑っていると分かった、
そう考えないと、理解できない出来事でした。

今朝もそんな出来事がありました。
我が家にこの25年間住んだ、幾人もの子供達(猫ですが)中、
ずば抜けた賢さの少女が静です。
毎夜、私は2回か3回、小用に立ちます。
(不眠の心配はありません。
布団に戻ると、瞬時に、文字通り瞬時に、睡眠に戻ります)
静は耳聡く私の音を聞きつけて、扉の前で待ちます。
私が出た後のトイレの扉を肩で押して、グイと閉めて、
トイレから出た私を振り仰ぎながら、
「お腹すいたの」なんて言葉を発しつつ、終始並走し、
キッチンの静専用のお皿に私を導きます。

今朝は2度目が起床時刻の半時間前でした。
こんなときは朝食直前なので、
寝室への通路にあたるキッチンに入るとき、
起きてから朝食を上げるよという趣旨で、
「後でね、後」
こう言ったのです。
すると、私を先導していた静はピタリと足を止め、
私を見送ったまま、ついにキッチンには入りませんでした。
これも私の言葉の意味を即座に理解したのです。
猫だって、本能ばかりじゃないのです。
待つことを知っている。

おそらく犬もそうなのでしょう。
馬もそうなのでしょう。
人間、犬、猫、馬、みんな、
この星の住人、パートナーとして、
お互いの理解を深めつつあるのかもしれませんね。



c0168172_22063754.jpg
c0168172_22071259.jpg
c0168172_22072061.jpg
c0168172_22072893.jpg
c0168172_22073555.jpg
c0168172_22074012.jpg
c0168172_22080126.jpg
c0168172_22080676.jpg
c0168172_22083862.jpg
c0168172_22084428.jpg
c0168172_22090991.jpg
c0168172_22091671.jpg
c0168172_22093704.jpg
c0168172_22102296.jpg



c0168172_22103413.jpg
c0168172_22152827.jpg
c0168172_22154130.jpg
c0168172_22154769.jpg
c0168172_22155330.jpg
c0168172_22160184.jpg
c0168172_22160842.jpg
c0168172_22163770.jpg
c0168172_22164596.jpg
c0168172_22165230.jpg
c0168172_22181872.jpg
































# by hologon158 | 2017-09-19 23:05 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

703.102 ホロゴン外傅210「2017年8月25日パンタッカー50㎜も奈良町に」2 奈良写真美術館



昨日、好例の散歩に出かけて、
突然思い立って、破石町(ワリイシチョウ)バス停で下車。
高畑町のちょっと高級な住宅街を撮影しつつ、
奈良写真美術館を訪れました。

大和路の写真家入江泰吉が全フィルムを奈良市に遺贈して、
この美術館が設立されたのですが、
今では訪れる人も少なくなり、存立が危ぶまれているそうです。

私の見るところ、奇妙な二律背反に苦しめられているのです。
入江先生は「気配の写真家」として知られます。
現代の大和路を撮っていながら、
飛鳥、奈良時代の人々の息吹、気配を感じさせる達人だったのです。

でも、彼のフィルムは、モノクロームもカラーも、
今では完全に褪色しています。
四×五判が基本ですが、そのフィルムをデュープして、
今ではどうやらPhotoshop等でオリジナルの画像を復元する、
そんな処理をしているのです。
ところが、そうした処理をする技術者、それを指導する学芸員が、
入江さんのオリジナルの写真を観たことがない。

入江さんは土門拳とともに、そうした事態を憂えて、
写真集を盛んに出版することで、
作品が褪せて面影を失い事態を救おうとされたようです。
でも、残念ながら、その写真集も激しく褪色してしまいました。

写真美術館の学芸員は、オリジナルの復元に努めるのですが、
結局、参考にできる資料がないまま、
現代の感性で美しく仕上げることになってしまいます。

私は写真美術館設立時から入江さんの写真を観てきましたが、
最初期の頃は、まだ褪色もそれほどでなく、
かつ入江さんのオリジナルネガ、プリントを知っている、
入江さんの弟子の写真家がプリント制作を指導したので、
まさに気配を感じさせる写真たちに仰天し讃歎したものでした。

ところが、数年前に1回、そして、ひさしぶりに昨日、
展示された作品群を拝見して、二度とも、がっくり。
現代のデジタル写真そのままに、
輝かしい色彩で、超精密な、華麗なるプリント。
オリジナルはもっと淡く、もっと地味で、
だから、遙か昔に失われた時代を感じさせてくれたのに、
今は、これでもかこれでもかとハイコントラスト。
これじゃ、気配などどこにも立ち上りません。

前座の写真家の展示がまさにそれでした。
ものすごい精密画像で、現実にはない、デジタル色。
現代人はこれを喜ぶのでしょう。
でも、私には、節度もセンスも深みもなにも感じられず、
品格のかけらもない、パソコン加工のアートデザイン。

その展示の次の部屋から始まる入江さんの作品群が、
同列同等のデジタル写真世界になり切っている、
そんな感じがしました。
これじゃ、偉大な写真家の面影はなくなって、
現代のデジタル作家と比較して、
優劣をいろいろ思案してしまう、普通の写真家じゃない?

だとすると、記念美術館なんて、誰も来ないんじゃない?
つまり、
本物の気配の写真家だった入江さんの作品を観たい人は、
来ない。
現代の超精密写真を愛好する若い人たちも、
入江さんの写真は、中途半端で物足りないから、
来ない。

美術館には一般の写真展展示室が一つあります。
おりから大きなアマチュア写真団体の幹部の写真展。
20年以上前だったと思います。
私も入会していたことがあります。
各支部に幹部が来て、写真を選んで、採点してくれました。
その得点で年度賞を競いあうのです。
会員も5点ずつ選択して、いわば互選し合います。

選者の採点も、メンバーの選択も私にはでたらめで、
選評を聴くのもたえがたくなって、
8ヶ月で、さっさとやめました。
それだけに、顔見知りに出会いたくないので、
写真展をのぞくのはやめました。
私もとんだ回り道をしたものだと苦笑しつつ、
美術館を後にしました。

私も気がつくと、写真を長年愛してきたのですが、
写真家の世界から足を洗って十数年、
一人で自分の写真とだけ付き合う今、
こんな回り道もけっして無駄じゃなかった、
自分の写真を見つけることに役だったかも知れない、
そんな気持ちがしています。





c0168172_18112871.jpg
c0168172_18113449.jpg
c0168172_18114121.jpg
c0168172_18114716.jpg
c0168172_18115310.jpg
c0168172_18120095.jpg
c0168172_18120700.jpg
c0168172_18124569.jpg
c0168172_18125799.jpg
c0168172_18130373.jpg
c0168172_18130923.jpg
c0168172_18131496.jpg
c0168172_18132086.jpg
c0168172_18132867.jpg
c0168172_18133399.jpg
c0168172_18133887.jpg
c0168172_18134478.jpg
c0168172_18135009.jpg
c0168172_18140024.jpg
c0168172_18140764.jpg
c0168172_18141369.jpg
c0168172_18141865.jpg
c0168172_18142420.jpg
c0168172_18143058.jpg
c0168172_18143546.jpg
c0168172_18144212.jpg
c0168172_18145581.jpg
c0168172_18150267.jpg
c0168172_18150814.jpg
c0168172_18151312.jpg
c0168172_18152085.jpg
c0168172_18153170.jpg
c0168172_18153887.jpg
c0168172_18154637.jpg
c0168172_18155334.jpg
c0168172_18160139.jpg
c0168172_18161053.jpg
c0168172_18161752.jpg
c0168172_18162444.jpg
c0168172_18163304.jpg




# by hologon158 | 2017-09-16 18:22 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

703.101 ホロゴン外傅210「2017年8月25日パンタッカー50㎜も奈良町に」1 至上の愛



久しぶりに会った写真の友人に尋ねられました、
「どう、あんた、まだ写真やってんのか?」
私、にんまり、
「もちろんですよ。
ほとんど毎日のように撮ってますよ。
撮った写真を使って、ほとんど毎日、
2つのブログの記事を作っていますよ」
さっそく携帯で、2つのブログを見せました。
携帯を使わないという現代では天然記念物人間のうえ、
オーソドックスな名作を好む人です。
ピンと来なかったようですが、
私が元気に写真を撮り続けていることには安心されたようです。

毎日、自分の近所を撮り続けた写真家がいます。
木村伊兵衛。
浅草に住み、浅草界隈を撮り続けました。

ときどき考えます、
木村伊兵衛の毎日もロボグラフィだったのかな?
どうも違うみたいですね。
あくまでも写真作品を日常の営みの中に見つける、
そして、いつか何らかの形で写真作品として発表する、
これが目標だったのでしょう。
だから、気楽な散歩と見えて、
実は神経を張り詰めた真剣勝負の足裁きだったのかも?
浅草の町、路地、人々と真っ向勝負していたのでしょう。

木村伊兵衛のコンタクトを何枚か見ました。
発見した情景は逃がさない! そんな迫力で、
何枚も何枚もシャッターを押し続けています。

感動しますが、ちょっと退いてしまう面もあります。
ああ、写真家って、大変なんだなあ。
寝ても覚めても写真のことを考えているんだろうなあ。
神経がすり減るんじゃないかな?
ただし、木村伊兵衛は精神的にとても安定した人で、
そんな苦労とは無縁だったようです。
でも、木村伊兵衛ほどタフではない多くの写真家が、
薬物中毒に走ったり、アルコールに溺れたり、と、
追い詰められたのも無理ないなあ。

でも、突然、眼前に現れた絶妙の一瞬、
即座に心と体と反応して、
絶妙の位置を占めて、
絶妙の方向に向かって、
絶妙の瞬間にシャッターを切る!
そして、予測も期待もできなかった、
生涯最高の写真が天から贈られる!
その醍醐味を生涯忘れることはない!
そんな写真家の人生は、
一つの生きるに値する人生なのでしょう。

これって、オペラ歌手や合奏の演奏家に似ています。
自分一人では達成できないパフォーマンス。
人と場所と時間がピタリと合わさったとき、
最高の演奏が生まれる。
私も、ザ・シンフォニーホールの
クラリネット奏者カール・ライスターのコンサート。
モーツァルト「クラリネット五重奏曲」
その第2楽章で、そんな至福の演奏を味わうことができました。
まるで時空の中にすっと差し込まれたような、
たった一本の絹糸となったピアニッシモ。
じかに心の中にすっと刺し通ってきました。
カール・ライスターのような演奏家でも、
そのときの日本人演奏家たちとの出会いと協演は、
おそらく生涯でも出会いだったのでしょう、
だからこそ、屈指の至福のピアニッシモに結実した、
そんな感じがします。
ライスターのCDでも、他の演奏家のYouTubeの演奏でも、
他の曲の演奏の中でも、
そんなピアニッシモなど聴いたことがないのですから。

木村伊兵衛は数知れない下町スナップの傑作を残しましたが、
自分の作品を見る度に、
ライスターが一本のピアニッシモに覚えたような永遠の瞬間が、
心の中に蘇る思いをしたでしょう。
それだから、木村伊兵衛は浅草の下町、路地を、
生涯にわたって経巡りつづけたのでしょう。

こんな風に考えると、同じ下町歩きでも、
木村伊兵衛と私とでは、その中身は月とすっぽんほど違います。
でも、人間というのは、だから、面白いのでしょう。
十人十色。
私には私なりの喜びがある。
自分なりの、自分だけの喜びを味わい、
他の人生を羨んだりしない、
そんな人生を送りたいものですね。

一記事30枚平均でダラダラと並ぶ私の写真をご覧になって、
なにかを感じる人などいないでしょう。
でも、私は、私の目と心がその瞬間揺らいだ、そんな記録が、
このロボグラフィなのです。

インドの古えの王が、愛する妃に尋ねたそうです、
「王妃よ、そなたがこの世で一番愛する人はだれじゃ?」
「それは王様、あなたです」という答えを期待したのです。
妃は躊躇答えました、
「それは私自身です。
王様も同じではありませんか?」
言ってみれば、これが「ロボグラフィの精神」です。
自分で、自分だけが愛せるシーンを一歩ごとに見つけて、
そのシーンを無心に一枚の写真にする。
それで終わり、一件落着。

そんな気持ちをたっぷり味あわせてくれるレンズが、
アストロ・ベルリンのパンタッカー50㎜F2.3。
ライカM9に付けたことで、
ソニーα7に付けるよりさらにコクのある写真になった、
そんな感じがしますが、いかが?



c0168172_21431032.jpg
c0168172_21430203.jpg
c0168172_21431771.jpg
c0168172_21432401.jpg
c0168172_21433293.jpg
c0168172_21434007.jpg
c0168172_21441309.jpg
c0168172_21441910.jpg
c0168172_21443283.jpg
c0168172_21444511.jpg
c0168172_21445289.jpg
c0168172_21445992.jpg
c0168172_21450740.jpg
c0168172_21451574.jpg
c0168172_21452177.jpg
c0168172_21454081.jpg
c0168172_21454740.jpg
c0168172_21455311.jpg
c0168172_21455894.jpg
c0168172_21460517.jpg
c0168172_21461264.jpg
c0168172_21461828.jpg
c0168172_21463557.jpg
c0168172_21464278.jpg

c0168172_21470010.jpg
c0168172_21470589.jpg
c0168172_21471071.jpg
c0168172_21471744.jpg
c0168172_21472487.jpg
c0168172_21473099.jpg
c0168172_21473822.jpg




久しぶりに会った写真の友人に尋ねられました、
  「どう、あんた、まだ写真やってんのか?」
私、にんまり、
  「もちろんですよ。
  ほとんど毎日のように撮ってますよ。
  撮った写真を使って、ほとんど毎日、
  2つのブログの記事を作っていますよ」

さっそく携帯で、2つのブログを見せました。
携帯を使わないという現代では天然記念物人間のうえ、
オーソドックスな名作を好む人です。
ピンと来なかったようですが、
私が元気に写真を撮り続けていることには安心されたようです。

毎日、自分の近所を撮り続けた写真家がいます。
木村伊兵衛。
浅草に住み、浅草界隈を撮り続けました。

ときどき考えます、
木村伊兵衛の毎日もロボグラフィだったのかな?
どうも違うみたいですね。
あくまでも写真作品を日常の営みの中に見つける、
そして、いつか何らかの形で写真作品として発表する、
これが目標だったのでしょう。
だから、気楽な散歩と見えて、
実は神経を張り詰めた真剣勝負の足裁きだったのかも?
浅草の町、路地、人々と真っ向勝負していたのでしょう。

木村伊兵衛のコンタクトを何枚か見ました。
発見した情景は逃がさない! そんな迫力で、
何枚も何枚もシャッターを押し続けています。

感動しますが、ちょっと退いてしまう面もあります。
ああ、写真家って、大変なんだなあ。
寝ても覚めても写真のことを考えているんだろうなあ。
神経がすり減るんじゃないかな?
ただし、木村伊兵衛は精神的にとても安定した人で、
そんな苦労とは無縁だったようです。
でも、木村伊兵衛ほどタフではない多くの写真家が、
薬物中毒に走ったり、アルコールに溺れたり、と、
追い詰められたのも無理ないなあ。

でも、突然、眼前に現れた絶妙の一瞬、
即座に心と体と反応して、
絶妙の位置を占めて、
絶妙の方向に向かって、
絶妙の瞬間にシャッターを切る!
そして、予測も期待もできなかった、
生涯最高の写真が天から贈られる!
その醍醐味を生涯忘れることはない!
そんな写真家の人生は、
一つの生きるに値する人生なのでしょう。

これって、オペラ歌手や合奏の演奏家に似ています。
自分一人では達成できないパフォーマンス。
人と場所と時間がピタリと合わさったとき、
最高の演奏が生まれる。
私も、ザ・シンフォニーホールの
クラリネット奏者カール・ライスターのコンサート。
モーツァルト「クラリネット五重奏曲」
その第2楽章で、そんな至福の演奏を味わうことができました。
まるで時空の中にすっと差し込まれたような、
たった一本の絹糸となったピアニッシモ。
じかに心の中にすっと刺し通ってきました。
カール・ライスターのような演奏家でも、
そのときの日本人演奏家たちとの出会いと協演は、
おそらく生涯でも出会いだったのでしょう、
だからこそ、屈指の至福のピアニッシモに結実した、
そんな感じがします。
ライスターのCDでも、他の演奏家のYouTubeの演奏でも、
他の曲の演奏の中でも、
そんなピアニッシモなど聴いたことがないのですから。

木村伊兵衛は数知れない下町スナップの傑作を残しましたが、
自分の作品を見る度に、
ライスターが一本のピアニッシモに覚えたような永遠の瞬間が、
心の中に蘇る思いをしたでしょう。
それだから、木村伊兵衛は浅草の下町、路地を、
生涯にわたって経巡りつづけたのでしょう。

こんな風に考えると、同じ下町歩きでも、
木村伊兵衛と私とでは、その中身は月とすっぽんほど違います。
でも、人間というのは、だから、面白いのでしょう。
十人十色。
私には私なりの喜びがある。
自分なりの、自分だけの喜びを味わい、
他の人生を羨んだりしない、
そんな人生を送りたいものですね。

一記事30枚平均でダラダラと並ぶ私の写真をご覧になって、
なにかを感じる人などいないでしょう。
でも、私は、私の目と心がその瞬間揺らいだ、そんな記録が、
このロボグラフィなのです。

インドの古えの王が、愛する妃に尋ねたそうです、
「王妃よ、そなたがこの世で一番愛する人はだれじゃ?」
「それは王様、あなたです」という答えを期待したのです。
妃は躊躇答えました、
「それは私自身です。
王様も同じではありませんか?」
言ってみれば、これが「ロボグラフィの精神」です。
自分で、自分だけが愛せるシーンを一歩ごとに見つけて、
そのシーンを無心に一枚の写真にする。
それで終わり、一件落着。

そんな気持ちをたっぷり味あわせてくれるレンズが、
アストロ・ベルリンのパンタッカー50㎜F2.3。
ライカM9に付けたことで、
ソニーα7に付けるよりさらにコクのある写真になった、
そんな感じがしますが、いかが?






c0168172_21432401.jpg
c0168172_21433293.jpg
c0168172_21434007.jpg
c0168172_21441309.jpg
c0168172_21441910.jpg
c0168172_21442645.jpg
c0168172_21443283.jpg
c0168172_21443826.jpg
c0168172_21444511.jpg
c0168172_21445289.jpg
c0168172_21445992.jpg
c0168172_21450740.jpg
c0168172_21451574.jpg
c0168172_21452177.jpg
c0168172_21454081.jpg
c0168172_21454740.jpg
c0168172_21455311.jpg
c0168172_21455894.jpg
c0168172_21460517.jpg
c0168172_21461264.jpg
c0168172_21461828.jpg
c0168172_21463557.jpg
c0168172_21464278.jpg
c0168172_21470010.jpg
c0168172_21470589.jpg
c0168172_21471071.jpg
c0168172_21471744.jpg
c0168172_21472487.jpg
c0168172_21473099.jpg
c0168172_21473822.jpg





# by hologon158 | 2017-09-15 22:18 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

702.09 ホロゴン外傅209「2017年8月2日アンギュロンが奈良町に」9 にんじんジュース




一昨日からにんじんジュース健康法を始めました。
友人からガン予防に効くということで勧められたのですが、
ありがたい情報でした。
水分をどんどん摂ることが一番の健康法、そんな感じがします。

ジューサーが高いので、
とても安いミキサーとガーゼを同時購入。
TESCOM テスコム ミキサー TM8200
サンベルム 調理用品 ビストロ先生お料理ガーゼ WH K42013

にんじん、リンゴ、リンゴジュース、最後に、
レモンをミキサーに入れて、どろどろにし、ガーゼでこせば、
立派に、甘味なジュースの出来上がり。

ガーゼで漉すのが大変じゃないか?
そんな方は2、3万出せば、ジューサーが手に入ります。
私は資金がないので、濾過作業をせっせとします。
ガーゼ代だけで済みますし、すでに3回濾過作業をしましたが、
これが実に簡単で、楽しい。
学校の先生も、悪ガキ生徒を絞るのは楽しいのでしょうか?
そんなことはないでしょうね。
学校の悩める先生も、悪ガキに手こずったら、
にんじんジュースを思いっきり絞りましょうね。

冗談はさておき、作業は実に簡単で、
出来上がったジュースは意外にもおいしい!
産地直送の無農薬にんじん、リンゴをどっさり買い込み、
毎日せっせと作っては吞んでいます。
妻も喜んでいます。

にんじんジュースは、作るプロセスも楽しいし、
おそらくがん予防効果も、水素吸引とあいまって、
かなり強力でしょう。
これ、目下、なんの根拠も確かめていない受け売りですが、
そう信じられたら、真剣にやってみたらよいのです。

第2の人生では、なにをするかが重要ではなくなります。
なにかを達成しなければならないという使命も課題もないので、
どんなことも等しく大切な人生の仕事。
心を込めてするかどうか、これが重要となります。
心を込めて何かをすれば、人生の基礎固めとなり、
それだけ長生きできます。
おざなりにすれば、人生の基礎を少しずつ削りとっていき、
それだけ早く老いぼれます。

どんなことにも、優れたやり方とまずいやり方があります。
毎日がそんな知恵を一つ一つ学べる大切なプロセス。
なんでもそうですが、そんな気持ちですれば、
楽しいものです。




c0168172_22150892.jpg
c0168172_22151647.jpg
c0168172_22152141.jpg
c0168172_22152997.jpg


c0168172_22154278.jpg
c0168172_22153661.jpg


c0168172_22155135.jpg
c0168172_22155797.jpg
c0168172_22174006.jpg
c0168172_22174745.jpg
c0168172_22175399.jpg
c0168172_22180034.jpg
c0168172_22180667.jpg
c0168172_22181380.jpg

c0168172_22181813.jpg





c0168172_22182425.jpg
c0168172_22183061.jpg
c0168172_22183638.jpg
c0168172_22184314.jpg
c0168172_22185025.jpg
c0168172_22195579.jpg
c0168172_22200267.jpg
c0168172_22200881.jpg
c0168172_22201427.jpg




c0168172_22201997.jpg
c0168172_22202431.jpg
c0168172_22203067.jpg
c0168172_22204216.jpg
c0168172_22204743.jpg
c0168172_22205365.jpg
c0168172_22210117.jpg
c0168172_22210733.jpg
c0168172_22211963.jpg




# by hologon158 | 2017-09-14 22:27 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

702.08 ホロゴン外傅209「2017年8月2日アンギュロンが奈良町に」8 闇、深まる



ときどき考えます、
一体世界はどうなってしまったんだろう?
今からどうなって行くんだろう?

私が子供の頃、周り至るところに、
若い男女、子供たちが溢れていました。
大学生になって、コンサートに通うようになりましたが、
ホールを埋めた聴衆はほとんど若い男女だけでした。
マンモス小学校が各地にできていました。
今、私の住む奈良市など、ほとんど老人だけ!

この文章を書いたのは9月9日土曜日、
ポメラを大和西大寺駅内のパン屋さんの喫茶室で書いていました。
周囲を見渡すと、女性店員さん以外は、
客も配達員も、十数人すべて老人だけ!
バスから工事現場を見ると、
路上に立つ警備員はいつも老人。

若い頃、よく考えたものでした。
年をとるって、どういうことだろう?
まったく想像もつかなかったのです。
今、その老人の域に達して分かりました。
砂上に楼閣を作るようなものだ。
さまざまな波浪が楼閣を押し流してしまいます。
でも、また楼閣を作り続けなければならない。
そうしないと、ただの爺さんにはってしまう。
そうならないためには、
日々努力しなければならず、そのために費やすエネルギーは、
若い頃よりも遙かに増量しなければなりません。
砂上の楼閣の崩れる後から後から築きなおさなければならないから。

いつも「継続は力」ということを書いています。
やることは、ピラミッドのように、すべてしっかりと基礎を固めて、
下から順番に土台を築いていかなければならない。
そうしないと、すべてががらがらと崩れてしまう。
家はどんなところに建てますか?
永年崩れない堅固な地盤の上に、ですね。

以下の文章を書い続けたのは、9月11日月曜日、
朝、バス停でバスを待っていました。
我が家に一番近いバス停は一駅向こうの終点から折り返してきます。
バス停と言っても、ただの三叉路で、標識も別の場所にあります。
乗客は三々五々やってきた順にそのあたり、互いに遠慮して、
ちょっと離れた場所にたむろして待ちます。
バスが停車する地点からそれぞれに数mずつ離れています。
でも、来た順番を覚えています。
だから、時間的に列を作っているわけです。

でも、そんなことをかまわないで、
遅れてきたのに、ずばり中心点に立つ人がたまにいます。
自営業風にちょっと威張った50年輩の男と、
年齢を問わない、ちょっと年を食った女性。
こんな人は、人生の中でなにかを学んで来たとしても、
人に譲るということは学ばなかったようです。
私は自由人が好きです。
でも、唯我独尊の御仁だけはごめん。

ちょっと話が逸れたようで、申し訳ありませんが、
私の感じるところでは、
自分以外の人を大切にすること、
これも人生の一つの堅固な土台なのではないでしょうか?

私は長年写真を楽しんできましたが、
若い頃所属したカメラクラブ二つは、
メンバーの大半が青年(男性がほとんど)で、
仲間の写真を熱心に鑑賞し、
互いに敬意を表しあい、教えを乞いました。

30数年前、ふるさとの奈良に戻ってきて、
写真クラブに入りましたが、すでに時代は完全に変わっていました。
メンバーはほとんど老人と女性。
「我こそ天才なり」と天狗になっている人がざらに居て、
他人の写真はほとんど見ず、
もし見ても、それはネタ探しのためでした。
コンテスト屋、賞金稼ぎが横行していたのです。

でも、本当に写真を愛しているのだろか?
本気で疑ってしまう人ばかりでした。
会社の出世競争を写真にも引きずっている、
そんな連中には、同好の士、という親近感など、
ちらっとも感じられなかったのです。
私は、そんな方向に人生を積み上げていきたいとは思いません。
人の評価、賞賛を求めて生きる人は、
いつか精神の泉が枯渇してしまい、
評価、賞賛を求めても、それが得られないときが来ます。
肩書き、名声、地位は、
人生をその上に築く堅固な土台ではないのです。

ネットの記事にこんなのがありました。
人は歩く速度で残りの寿命が予測できる。
だんだんとノロくなると、危険域に近づいている、というわけです。
私の住む住宅地は、私よりかなり年輩の人が沢山住んでいます。
でも、一様にしなびてきて、一様にノロノロトボトボと歩いています。
でも、歩いている人はまだまし。
ぜんぜん家から出てこない人がかなり居るようです。

もっとも歩き方、速度は人様々なので、
歩測が残り寿命に正確に対応しているとは考えません。
でも、元気に大股で歩いていた人が、
急に肩を落としてトボトボと歩くようになったら、
やはり危険信号ですね。

ホワイトヘッドのことを思い出します。
弟子の哲学者の一人が書いていました。
80を過ぎて、さすがに背は丸くなったけど、
いつもほほえみを絶やさず、
頭をしっかりと高くして、空を見上げ、
その目はきらきら輝いていたのだそうです。

ハーバードの学生たちが絶えず彼のマンションを訪ねて来ました。
たいていの権威者は、こんな訪問者たちにはご託宣を垂れ、
若者は渇仰のまなざしで偉人を見上げる、という構図。
ところが、ホワイトヘッドは違いました、
いつも目を輝かせて尋ねたそうです、
「あなたは今なにをしていますか?
このごろどんなことを考えていますか?」

世界はまだまだ老化していくでしょう。
どうやら地球文明は老年期に入ったようです。
現代は最低の政治家たちに良いように引きずり回されていますが、
このような衆愚政治の迷走が続くと、
しびれを切らした大衆は独裁者を求めはじめる危険があります。
世界は闇に向かいつつあるのかも知れません。
そうであればあるほど、私たちは一人一人正気を失わず、
体力と知力をしっかりと強化することが使命となります。
お互い、がんばりましょう。



c0168172_18451396.jpg
c0168172_18452366.jpg
c0168172_18452961.jpg
c0168172_18453426.jpg
c0168172_18454093.jpg
c0168172_18454512.jpg
c0168172_18455146.jpg
c0168172_18455752.jpg
c0168172_18460275.jpg
c0168172_18462369.jpg
c0168172_18462881.jpg
c0168172_18463392.jpg
c0168172_18463936.jpg
c0168172_18464478.jpg
c0168172_18465036.jpg
c0168172_18465621.jpg
c0168172_18470243.jpg
c0168172_18470701.jpg
c0168172_18471324.jpg
c0168172_18471860.jpg
c0168172_18472479.jpg
c0168172_18473237.jpg
c0168172_18473960.jpg
c0168172_18474493.jpg
c0168172_18475036.jpg
c0168172_18480123.jpg
c0168172_18482697.jpg
c0168172_18483299.jpg
c0168172_18483926.jpg
c0168172_18484540.jpg




# by hologon158 | 2017-09-13 18:51 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

702.07 ホロゴン外傅209「2017年8月2日アンギュロンが奈良町に」7 モーツァルトの生産力



今日、ある人からおもしろい話を聞きました。
モーツァルトの作曲のことです。
誰かが全曲の量を計算したのです。
その結果、モーツァルトの生涯、
生まれてから書きはじめても、
死ぬまでに全曲を書ききれない。
だから、モーツァルトの近親数人も作曲したものをすべて、
モーツァルトの名で楽譜を売り出して、金を稼いだ、
という新説。

面白いですね。
でも、モーツァルトの曲を聴いてみてください。
ピアノ協奏曲、
ヴァイオリン等の協奏曲、
ピアノ等の各種ソナタ集、
オペラ、
弦楽四重奏曲、
ディベルティメント、
宗教曲、
交響曲、
なんでもよいのです。
初期の作品は別として、モーツァルトとが成熟した後、
作品にばらつきはありません。
それぞれに同時代に類を見ない、
というより、時代を完全に超越した、圧倒的に独創的で、
圧倒的に気品と優雅さに満ちた音楽世界が広がります。
そして、どれも紛れもないモーツァルトの香りに満ちています。

モーツァルト家もかなり天分の家系ですが、
モーツァルトはこの世にたった一人の稀有の天才です。
大天才の家系はいくつもありますが、
軸となる大天才の血筋を引いていても、
大天才の域に到達した人は例を見ません。

名古屋大の研究室が時間より早く走るニュートリノを検出した、
という記事が出たことがあり、
そのときも、私は即日、本ブログで書きました。
それは計器の間違いで、そんなことはありえない。
別のサイクロトロンで同一の結果が検出されない限り、
そんなものは信じない方がいい。

数人モーツァルト説もこれにそっくりです。
それはありえない。
バッハ家がよい先例です。
子供たちを含めて、バッハ一族に、
大バッハに匹敵する作曲家はいないし、
大バッハの作曲であることを示す、高貴なたたずまいは、
何人にも到達不能な境地でした。
モーツァルトも同様に考えることができます。

だとすると、計算方法にどこかあやまりがある、
というもう1つの可能性を考えた方がよさそうです。

モーツァルトの作曲する姿の目撃談によれば、
まさに頭の中からよどみなく流れるようだったそうです。
事実、残されたモーツァルトの自筆楽譜には、
ほとんど訂正の痕がないそうです。

ある人の研究によれば、
モーツァルトの曲は限定数の特定のイディオム(特定の音型)によって
構成されているのだそうです。
どの作曲家の曲も同様です。
だから、今まで聞いたことがなかった音楽を聴いても、
これはベートーベンだ、チャイコフスキーだ、モーツァルトだと、
かなり正確に識別できるのです。

とすると、一族の者がモーツァルトの名をかたって曲を売る、
そんなことをできたとは思えませんし、
第一、発売前にモーツァルトのチェックを受けたとすれば、
ますますモーツァルトがチェックしたとすれば、
親戚の曲などすべて却下したでしょう。
ますます、モーツァルト多数人作曲説は成立見込みなし、
そう考えるのですが、いかがでしょうか?




c0168172_22325125.jpg
c0168172_22325808.jpg
c0168172_22355429.jpg
c0168172_22360193.jpg
c0168172_22360707.jpg
c0168172_22364444.jpg

c0168172_22364974.jpg
c0168172_22391491.jpg
c0168172_22392156.jpg
c0168172_22393352.jpg
c0168172_22393833.jpg
c0168172_22403159.jpg
c0168172_22404121.jpg
c0168172_22404899.jpg
c0168172_22405354.jpg
c0168172_22410012.jpg





# by hologon158 | 2017-09-12 22:43 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

702.06 ホロゴン外傅209「2017年8月2日アンギュロンが奈良町に」6 永遠の0



映画「永遠の0」を見終わりました。
真珠湾攻撃にも従軍した戦闘機乗りが、
類稀な優れたゼロ戦ファイターなのに、
常に敵を避け、生きて妻子のもとに帰還しようとします。
それなのに、なぜか特攻隊に加わって、終戦直前に散ってしまう。
残された娘が老齢で世を去った後、
孫二人が、一度も会うことのなかった祖父のことを知りたくなり、
祖父の生前を知る人たちを訪ねて、
祖父の死の真相を探り当てるというお話。

戦史を読んでいつも感じることは、
日本人は戦争には向いていないこと。
日本人は人の命を大切にしないこと。
日本人は敵を理解しようとしないこと。
でも、この映画を観て、考えました、
いやいや、日本人自身のことも十分理解していないかもしれないな?

この映画については、ネットで検索してみますと、
賛否両論がとびかっているようです。
私はそのどの記事も読みませんでした。
私は映画評論をするつもりはないからです。
人の意見もどうでもいい。
自分がどう感じたか、どう考えたか、それだけ。

私は子供の頃から主人公になったつもりで映画を観る癖があります。
たいていの方がそうかも知れませんが、
映画に登場する誰を選ぶかとなると、
人それぞれでしょう。
この映画の主人公はもちろん零戦ファイターの宮部久蔵でしょう。
でも、どうも不可解で、最後までその気持ちが解けないまま、
宮部久蔵に同化することはできず仕舞いに終わりました。
この宮部久蔵という人間を理解できなかったのです。

極めて高度の操縦技術と戦闘技術の持ち主なのですが、
絶対に生き抜いて妻子の元に帰ると、
はっきり口にするのです。
なぜ?
宮部久蔵と同じ気持ちの軍人は一杯いたでしょう。
でも、その決意は胸に秘めて、絶対に口外しなかったでしょう。
まして、戦闘となると、いつも一機だけ戦闘区域外に逃れて、
戦闘が終わると、涼しい顔をして、指揮の仕事に戻るという、
弁解の余地のない職務放棄を繰り返したりはしなかったでしょう。
天皇陛下のために命をなげうつことが常識とされた時代です。
そんなことを口にしようものなら、
たちまちいわば帝国軍人の本懐にもとると決め付けられて、
たちまち零戦ファイターの地位を奪われ、
一罰百戒、まっさきに死地に送り込まれてしまったでしょう。
それなのに、なんで自分の意思を明らかにし続けたのでしょう。
そんな人がなぜ零戦のリーダーとして生き延びられたのでしょう?

最後に、彼は特攻に志願してしまいます。
映画のラストは、その特攻シーンなのですが、これがまた不可解。
宮部久蔵は奇跡的なほどの飛行術を駆使して、対空砲火をかいくぐり、
敵艦に目がけて突入していきます。
その直前の急降下する操縦席の主人公の不可解な表情を写し出して、
敵艦に激突したかどうかは不明なまま、映画は終わります。
このラストの表情も不可解。
私には、その瞬間の宮部久蔵の表情は異様でした。
死を覚悟した平安ではなく、
憎悪のような憤怒の表情だった。
常々、特攻で日本敗戦の運命を変えることなどできないから、
無意味だと公言していた人間が、
しかも、どんなことがあっても、生きて妻子のもとに帰りたい、
そう念願して来た人間が、自分の同じような思いの人間もいるだろう、
敵艦に突っ込んで、無意味な殺傷を敢行しようとした、
そんな感じにしか思えないラストシーン。

このラストシーンで、この映画は、
宮部自身が無意味と信じていた特攻、
そして太平洋戦争を美化する映画に突如変質してしまった、
そう感じざるを得ませんでした。

結局、この映画を見終わって残されたのは、
「永遠の零」ではなく、「一時の謎」でした。
この映画、一体なにを描きたかったんだ?
少なくとも、反戦への願いではなかった。
この後味の悪さには参りました。




c0168172_12140186.jpg
c0168172_12140879.jpg
c0168172_12141506.jpg
c0168172_12142206.jpg
c0168172_12142984.jpg
c0168172_12143739.jpg
c0168172_12144282.jpg
c0168172_12153402.jpg
c0168172_12154092.jpg
c0168172_12154684.jpg
c0168172_12175806.jpg
c0168172_12180598.jpg
c0168172_12181135.jpg
c0168172_12181971.jpg
c0168172_12182571.jpg
c0168172_12183213.jpg
c0168172_12184726.jpg
c0168172_12190080.jpg
c0168172_12190871.jpg
c0168172_12191637.jpg
c0168172_12192212.jpg
c0168172_12192893.jpg
c0168172_12193566.jpg
c0168172_12194237.jpg
c0168172_12194989.jpg
c0168172_12195440.jpg
c0168172_12200029.jpg
c0168172_12201274.jpg
c0168172_12201890.jpg
c0168172_12202397.jpg
c0168172_12202916.jpg





# by hologon158 | 2017-09-10 12:23 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

702.05 ホロゴン外傅209「2017年8月2日アンギュロンが奈良町に」5 人生の意味



私は生きる意味をよく考えます。
自分はよく生きてきたかなあ?
自分の人生は意味があったかなあ?
そんな問いを自問するわけではありません。
そんなことを今更自問自答しても、
なにも始まりません。
そんなことを絶えず問いながら、生きるって、大変ですね。

誰かに、自分の人生は意味があったと認めてもらう?
ますます意味がありませんね。
人がどう思うかで、人生の価値が変わるって、変ですね。
誰か一人でも、自分が生きていてくれてよかったと思えば、
人生は成功でしょうか?
これも変ですね。
誰にとって、どんな人生が成功か?
そんなことを決めることはできないのではないでしょうか?

一生涯にわたって生きるのです。
短いスパンで自分に、他人に、
大きな影響を与えることもあれば、
そのスパンが自分の没後に及ぶことだってあります。

でも、私の考えることは、そんな大げさなことではないのです。
私は一介の庶民ですから、
自分の存在、人生が他人に、社会に意味を持つ可能性など、
考えたことがありません。
そうではなくて、毎日、毎日をどう生活するか?
こちらの方が大切。

毎日の作業には、短期、長期2つの役割がありそうです。

①短期
なにかをできて、とにかく良かった、楽しかったと思えること。
ブログは本質的に積み重ねの世界です。
私は、思索の人間ではないので、
なにか体験をしないと、ブログに書く材料が見つかりません。
自分はまだ、自身で書くに価すると思える体験をすることができる、
うん、頑張って生きてるじゃない?
これを一々確認して行く作業、それがブログですね。

②長期
将来を見据えて、準備、積み重ねとなる行動をすること。
別に楽しいわけではないし、
今日これができてよかったと単純に満足できるものでもないかもしれません。
でも、将来、ああ、あのとき、これをしておいてよかった、
だから、これが実現した、そう思えるような積み重ねの行為。

私はどちらかと言うと、①よりも②を好みます。
人生の価値は継続にある、私は単純にそう信じています。
そんな行為を毎日一杯しています。
このブログも②の方でも大切なファクターなのです。
このブログと別ブログ「レンズ千夜一夜」とで、
10年分、1万近い記事を貯めています。
写真は10万枚を越すでしょう。
いつか指一本しか動かない状態になっても、
タブレットでゆっくりとスクロールして、読みかえしましょう。

問題は、私の生きてる間、エキサイトが健在であり続けるか?
ぜひ私のために頑張ってほしいものです。

私はときどき感謝することがあります。
どんな分野でも取り立てて才能がなく生まれたことを。
だから、努力することを身につけました。
「千里の道も一歩から」と言います。
私がブログを始めるとき、
10年も続けられるなんて夢にも思いませんでした。
日記をなんど始めたか、
それがすべてあっと言う間に挫折したことを覚えているからです。
ブログは楽しいので、苦労をしないでも続けることができました。

すると、分かりました。
どんなに長い間続けても、
どんなに沢山の写真を積みかさねても、
自分は自分だ!
私自身が、誰も気に留めないロボグラフィ的存在なのだ、
だから、自分を失わないで生きることができる。
これも一つの生きる意味なのでしょうね。



c0168172_11384917.jpg
c0168172_11385425.jpg
c0168172_11390140.jpg
c0168172_11390846.jpg
c0168172_11391442.jpg
c0168172_11392032.jpg
c0168172_11392739.jpg
c0168172_11393337.jpg
c0168172_11394060.jpg
c0168172_11394692.jpg
c0168172_11395218.jpg
c0168172_11400815.jpg
c0168172_11401684.jpg
c0168172_11402252.jpg
c0168172_11403963.jpg
c0168172_11404756.jpg
c0168172_11405326.jpg
c0168172_11405944.jpg
c0168172_11410573.jpg
c0168172_11411830.jpg
c0168172_11414844.jpg
c0168172_11420047.jpg
c0168172_11421250.jpg
c0168172_11422372.jpg
c0168172_11423150.jpg
c0168172_11423702.jpg
c0168172_11424565.jpg
c0168172_11425366.jpg
c0168172_11430175.jpg





# by hologon158 | 2017-09-08 11:46 | ホロゴン外傳 | Comments(1)

1871 奈良春日山(2017年8月22日クセノン50㎜F1.4が古代の息吹を)2 リコーダー合奏



8月29日火曜日、
AHさんとのリコーダー合奏練習日でした。
10月28日開催のアブニールコンサート出演のための練習。
春のコンサート以来、互いに所要、体調不良等の障害が相次いで、
きっかり今回が第一回練習日。
新大阪のココプラザの音楽練習室を3時間予約しました。

最初の1時間は私一人で予行練習。
ジャン・バティスト・ロイエのソナタから1楽章。
テレマンの2本のリコーダーのためのソナタから1楽章。
中世のマドリガルの四重奏曲「Il est bel et bon」
この順番に10分間の持ち時間を埋めます。
二重奏のパートを吹いても、あまり面白くはありません。

リコーダーって、息を吹き込めば、音が出ると思われいます。
ハーモニカもそうです。
ところが、ピアノだって、そうではありませんか?
でも、だれも、ピアノはすぐ弾けるなんて思っていませんね。
曲が難しいこともありますが、
本物の音なんて簡単には出せないからです。
とすると、リコーダーやハーモニカだって、そうではありませんか?
でも、誰もそうは思わない。
やったことがないからです。
本物の音を聴いたことがないからです。
実際には、どんな楽器もすぐ音が出るものではありませんね。

練習後、夕食時にAHさんからおもしろい話を聞きました。
今回のアブニールコンサートのゲストはまだ高校生の男性。
AHさんの弟子なのですが、
猛烈に延びのよい声のバリトンだそうです。
なぜそこまで成長したか?
なんの抵抗もなく、肺の空気をどっと流れ出るように、
呼吸法に磨きをかけたのだそうです。

大バリトンの三原剛さんの声がそうですね。
多くのバリトン、とくにイタリアオペラ系の日本のバリトンは、
絞り出すような緊張感のある声を張り上げます。
決して絞り出してはいないのでしょうけど、
スゴい声を出そうという気持ちが見え見えで、
どこか無理してるなあ、と、聞こえてしまいます。
三原さんの歌声は肺の中から空気が流れ出るままという感じで、
そのボリュームが無尽蔵という感じなのです。
きっとAHさんの弟子もそんな歌声なのでしょう。
この歌手の歌を聴けるだけでも、コンサートに行く価値がありそうです。

ちょっと話が逸れましたが、
職場の勤務時間の都合で遅れているAHさんを待つ間、
思う存分ヤマハバイオマスアルトを歌わせることができました。
楽器は演奏空間と合体して音を出す、
という当たり前の事実を思い出しました。
ココプラザの404という練習室が飛びきり良い響きを持っている、
そのことも確認できました。
ヤマハバイオマスアルトが、演奏空間にマッチしたら、
轟々、朗々と鳴ることも確認できました。

それにしても、ただの小学生用のプラスチックリコーダーが、
なんという美音を奏でてくれることか?
私は、木管楽器制作名人の特別製のアルトリコーダー
「デンナー」を制作して頂き、それ以来、四苦八苦しています。
多くのリコーダーメーカーの古楽器のコピーとされるものは、
単に外形を真似しただけで、構造的にはコピーなんてもじゃなく、
オリジナルとはまったく似て非なる代物なのだそうです。
私のデンナーは、内部の形、穴の造りも含めて、
オリジナルの完全な複製なのだそうです。
すでに優れた笛を幾本もすでに作ってもらっているWKさんから、
本当に鳴り出したら、驚天動地の思いをするだろいうと、
こう予言されています。

でも、かなり吹き込んでいますが、
まだ全然それらしいサウンドに変わってくれません。


でも、かなり吹き込んでいますが、
まだ全然それらしいサウンドに変わってくれません。
ただのプラスチックリコーダーのヤマハバイオマスアルトが
一足先に轟々と鳴るようになってしまい、
いつまで経っても、追いつけない、という体たらくです。

午後6時、AHさんが到着。
現職なので、とても忙しいのです。
早速練習開始。
実のところ、AHさんは前記の3曲をリコーダーで吹くのは今日が初めて。
それなのに、1回どおりさらってみると、
もうほとんと間違わずに、朗々と弾けます。
声楽家、ピアニストですが、
正規の音楽教育を音大で受けてきた方は、
リコーダーを手にしても、ただの素人とはまるで次元が違いますね。
当然ですが。

私は、2ヶ月後のコンサートになんか絶対に演奏できないと思っていました。
でも、今は、ちょっと変りました。
あるいは可能かな?




c0168172_12480850.jpg
c0168172_12480088.jpg
c0168172_12475134.jpg
c0168172_12474393.jpg
c0168172_12473560.jpg
c0168172_12472846.jpg
c0168172_12472120.jpg
c0168172_12471392.jpg
c0168172_12470689.jpg
c0168172_12465641.jpg
c0168172_12464902.jpg
c0168172_12464386.jpg
c0168172_12463803.jpg
c0168172_12463290.jpg
c0168172_12462652.jpg
c0168172_12461989.jpg
c0168172_12461338.jpg
c0168172_12460844.jpg
c0168172_12460844.jpg
c0168172_12460174.jpg
c0168172_12455546.jpg
c0168172_12454931.jpg
c0168172_12454290.jpg
c0168172_12453640.jpg
c0168172_12453023.jpg
c0168172_12452468.jpg
c0168172_12451379.jpg
c0168172_12450752.jpg
c0168172_12450012.jpg
c0168172_12445329.jpg
c0168172_12444681.jpg






# by hologon158 | 2017-09-07 12:50 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

1871 奈良春日山(2017年8月22日クセノン50㎜F1.4が古代の息吹を)2 縄文時代③



でも、縄文時代に関する文献には、
前回記事のような可能性を記載した文章はほとんど見つかりません。
Youtubeで、タレントの武田鉄矢さんだけが興奮しています。
でも、武田鉄矢さんが興奮するのが当然なのです。
どんなことでも、まず、驚きから始まるのではないでしょうか?

縄文時代、縄文土器について言えば、
最初から最後まで私の頭を占めているのは、
なんでこんな古代も古代に、
まだ文明が発祥していなかったはずの時代に、
文様のついた土器を発明し、
その他、縄文文化を彩る種々の芸術的製品を生み出し、
連綿と1万年にわたり作り続けることで、
その間、同一文化を維持し続けることができたのだ?!

その後の人類なんて、たった2000年ほどもみあった挙げ句に、
刹那の利益を追求するあまり、資源を食いつくし、
自然を荒廃させて、人類滅亡に向かって突進しているというのに?

あらゆることのはやり、すたり、流行ということを考えてみますと、
私の子供の頃は、流行は数年にまたがっていました。
ミニスカートも数年続いたのではないでしょうか?
そんな流行のスパンがどんどん短くなってきました。
今は、月変わり、週変わり、日変わりの時代。
縄文文化と来たら、1万年のスパンで続いた!
その差はなんなのでしょう?

その答えは、一言で言えば、人間を大切にしたから、
なのではないでしょうか?
現代は、多くの人が気づいていませんが、
多国籍企業、国家等の機関が主権者と成り上がってしまい、
国民は単なるユーザー、従業員、臣下、数、使い捨て資産、
さらには、奴隷に成り下がってしまいました。

流行のスパンが短くなったのは、
今では、流行は統計現象、カオスの現象になったようです。
どう変って行くか、誰も予測できない。
その中で、流行に火をつける者が市場を支配するのです。
流行に踊らされる人間が脚を地に付けていないから、
こんなことが起こるのです。

こうなると、日本人はとりわけ現代社会に適応力があります。
たとえば、勝算のない戦闘をそれと分かりながら始めて、
部下の軍団を敵の銃火にさらすだけの前進を命じたら、
多くの国では、将軍は軍法会議に付されるでしょう。
でも、日本軍なら、「涙を呑んで決死の戦闘に挑んだ名将」とされ、
乃木将軍のように、末代まで名将とされたのです。
203高地の正面には、兵士たちが立ったまま折り重なって、
屍をさらしていたと言います。
ノモンハンを開戦した辻政信参謀、
インパール作戦を強行した牟田口大将、どいつもこいつも、
敵の実情も調べもしないで、闇雲に兵士たちを戦場に駆り立て、
数知れない兵士たちの屍を戦場にさらし、一敗地にまみれて、
勝利も利益もなにも日本にもたらさないまま、責任も負わず、
名誉に包まれて礼遇されました。
彼らのことを考えるたびに、はらわたが煮えくり返る思いをします。
でも、彼らをのさばらせたのは日本人自身です。
日本人自身が、自分の意見を持ち、自分を大切にする民族だったら、
こんなことは起こらなかった。
人間を大切にしない文明は続きません。

どうやら、縄文時代は違います。
現代日本とはちょうど正反対の文化が栄えたのです。
征服とか、侵略とか、隆盛とか、共に天をいただかず、なんて、
マイナス思考は痕跡もなかったようです。
だから、1万年も同質の文化が続いたのです。
大和朝廷になってからも、聖徳太子がそうではありませんか?
「和をもって尊しとなす」

現代は違いますね、
「殺られる前に殺れ」
「人を見たら敵と思え」
「勝てば官軍、黙ってても、国民はついてくる」
「ナチスがワイマール憲法にやったみたいに、
日本国憲法もなしくずしにしてしまいばいい」
そんな暴言を平気で公言する人間は、
一部の人間を除けば、誰も重大な反逆的発言であるなんて、
考えないだろうと、正しく予測して、わざと高言するのです。
案の定、大半の国民は気にも留めません。
日本憲法によって存立している日本に対する反逆であるなんて、
気づきもしません。
これが日本人だとすれば、昔とちっとも変っていませんね。
民主主義だなんて、日本にはほとんど根付いていないのです。
お上至上主義なのですから。

縄文時代のことを考えれば考えるほど、
日本は、世界はデッドエンドに近づきつつある、
そんな感じがして、心が痛みます。
今こそ、縄文時代をしっかりと見直し、
その知恵を学ぶときではないでしょうか?





c0168172_22241716.jpg
c0168172_22240815.jpg
c0168172_22235650.jpg
c0168172_22234821.jpg
c0168172_22233918.jpg
c0168172_22230174.jpg
c0168172_22222643.jpg
c0168172_22221605.jpg
c0168172_22220606.jpg
c0168172_22215738.jpg
c0168172_22214281.jpg
c0168172_22212053.jpg
c0168172_22210982.jpg
c0168172_22210230.jpg
c0168172_22205539.jpg
c0168172_22204890.jpg
c0168172_22204008.jpg
c0168172_22203359.jpg
c0168172_22202695.jpg
c0168172_22201997.jpg
c0168172_22201301.jpg
c0168172_22200703.jpg
c0168172_22200156.jpg
c0168172_22195460.jpg
c0168172_22194725.jpg
c0168172_22194153.jpg
c0168172_22193443.jpg
c0168172_22192867.jpg
c0168172_22192104.jpg
c0168172_22191421.jpg
c0168172_22190851.jpg
c0168172_22190231.jpg
c0168172_22185540.jpg
c0168172_22184409.jpg





# by hologon158 | 2017-09-04 22:54 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

702.01 ホロゴン外傳208「2017年8月2日奈良町行脚のアンギュロン」1 縄文時代②


さて、今度はスーパーアンギュロン21㎜F3.4シリーズ。
なんの講釈も要りませんね。
天下御免の名刀ですが、
ちょっと切れすぎなんじゃないの?
というのが、私の感想。
あなたはどうお感じになりますか?

さて、前回からの続きを続けましょう。

縄文文明にあっても、その圏内では、小スケールであっても、
さまざまな歴史絵巻が繰り広げられたことでしょう。
古事記、日本書紀によれば、
どうやら天皇家の大和王朝は紀元後に九州王朝の傍系が、
九州王朝から分かれて、近畿圏大和に侵入し、
既存の王朝をいくつも倒して、支配権を奪って王朝を開きました。
そして、日本列島をその後数世紀にわたって勢力を高めて、
各地の支配者を倒しつつ、徐々に日本全土に支配圏を広げたのです。

現代の日本古代史の学者の間では、
天皇家が日本列島を最初から支配してきたことが暗黙の前提です。
だから、九州や関東で王者、有力者の墓が発掘されると、
常に大和朝廷の誰だったのかということだけを議論します。

でも、古事記、日本書紀の記述の暗黙の了解事項は逆。
天皇家自身が大和の地から出発して、
支配圏を徐々に拡大したことを自認しているのですから、
真相は、記紀の記述よりも天皇家に不都合な可能性はあっても、
逆に、もっと大和朝廷が古くから日本全土を支配していた、
そんな可能性などあるはずがありません。

とすると、天皇家が倒した各地の王朝、支配者たちは、
滅びるまでにどんな歴史を持っていたのでしょう?
神武の侵略軍が大和に出現する直前に、
日本全土の各地に雨後の竹の子よろしく出現したのでしょうか?
そんなことはありませんね。
これらの支配者たち、多くは王を名乗っていたのでしょう、
彼らの王朝もまた過去に王権を奪取したり、支配圏を確立した、
長い歴史をもっていたのです。

大和朝廷は古事記、日本書紀の編纂によって、
あたかも大和朝廷が神代から日本列島を支配してきたかのように、
神話的正統性を虚構しただけなのです。
でも、よくお読みになれば分かります。
神々の日本支配と大和朝廷との間には長い沈黙の時間があります。
そして、大和朝廷を開いてから、
天皇家が日本全土を支配するまでのプロセスについても、
何百年の沈黙の時間が横たわっています。
まるでなんの苦労もなく、気がついたら、日本全土を支配している、
そんな構図なのです。

時折挟まれる大和の外での活動はすべて、支配者としてではなく、
よそ者としての活動ですね。
たとえば、日本武尊命は関東に旅します。
でも、そこでは、大和朝廷の権威など認めない、
別個独立の支配者がちゃんといました。
でも、そのあたりはぼかされたまま。
結局、日本武尊命は、天皇家の支配を確立する目的を達しないまま、
いわば命辛々逃げ帰るのですから、征服者とはほど遠い姿。

日本書紀や古事記には、
日本各地の別王権の存在など一切記載されていません。
そのような存在は、天皇家の万世一系の支配権と相入れない、
別権力の存在を自認することになるからです。

たとえば、崇神天皇天皇の四道将軍ってなんでしょう?
各地の大和王朝を認めない別権力を倒す征服軍でした。
それ以前に大和王朝がその各地を支配していた記述などないからです。
でも、彼らが一体なにをしたか?
具体的は記述は一切ありません。
ぼんやりと移動の経路が行って帰ったことだけが書かれているだけ。
大和朝廷が日本列島全体に支配権を拡張していった記載はありません。
まして、その行程となった諸地方を大和朝廷の版図に収めた、
ということを証明する事実も記載されていません。

さして事もなく日本全土が平和裏に大和王朝の支配に服したのなら、
そう書いたはずですが、そのあたりは一切不明。
大和朝廷が日本のごく小さな地域の支配者から出発したことなど、
認めるわけにいかなかったからです。
まして、苦労して征服したことなど、さらに書けなかったのです。
その意味で、古事記も日本書紀も、
天皇家の正統性を証明することを目的とする文書でありながら、
支配圏を確立する経緯を一切隠蔽し、省略する、
前代未聞のプロパガンダ文書なのです。

そうすると、ますます興味深くなるのは、
大和朝廷が征服していった各地の権力って、一体なんだろう?
その各地の支配者たちもまた歴史を持ち、
その歴史は縄文時代にまで深くつながっていた、
その可能性を否定するのは無理ではないでしょうか?

つまり、縄文時代は、単なる縄文土器を作る原始人たちの、
歴史のない生活、原始的な文化の連続ではなかったのでしょう。
そこには、各種の文化的、政治的営みが錯綜し、
有史以前に劣らない人間の闘争の物語があったのではないでしょうか?
ただし、縄文土器の様式が各地に連綿とつながって存続したことが、
そうした歴史の長い経過を証明しているのではありませんか?

日本列島で生きた人々は誰だったのでしょう?
後年、蝦夷、アイヌと呼ばれるようになる人々でしょうか?
どうやらその後の日本列島の支配民族となる現日本人の祖先たちより、
持続性の高い文化を維持した民族のようです。
1万年以上存続して、歴史を作り続けてきたのですから。
そして、どうやら縄文の末期には、さまざまな方角から、
さまざまな民族が渡来して、定住し、縄文人と混淆して行って、
日本人を構成するに至ったようです。
でも、縄文時代を通じて、縄文文化が主流を失わなかったとすれば、
その混淆のあり方は、縄文時代に限って言えば、縄文人を主体としていた、
そう考えてよさそうです。

縄文人は周辺民族にも大きな影響を及ぼしていたことは疑えません。
その証明の一つが、アメリカ大陸での縄文土器に似た土器の発掘があります。

米国の研究者によれば、縄文土器と判定できる形質が26かそこらあって、
アメリカ大陸出土の土器は24ほどの形質を共有しているのだそうです。
縄文人が日本列島の海岸沿いの海運を交易ルートとしていたという説が
有力になりつつあるようです。
大森貝塚を作った膨大な海産物処理によって作られた製品も
そんなルートで交易されていたという説があるようです。
当時、陸路、海産物を迅速に運べる街道、ルートがあったか?
そう考えると、なかなか説得力がありますね。

そして、縄文人は海上を航海できる能力を持っていたのでしょうか?
偉大な(と言ってもよいでしょう)古代史研究家古田武彦さんは、
古代人が、現代のポリネシア人たち同様に、
海洋を自由に航海していたと主張しています。
すると、アメリカ大陸まで到達することも可能であり、
そこにコロニーを作るなり、土器を交易し、さらには、
製作法を伝授したということも考えてもよさそうですね。




c0168172_11452496.jpg
c0168172_11451369.jpg
c0168172_11450478.jpg
c0168172_11445421.jpg
c0168172_11444596.jpg
c0168172_11443550.jpg
c0168172_11442767.jpg
c0168172_11441923.jpg
c0168172_11441071.jpg
c0168172_11435738.jpg
c0168172_11434796.jpg
c0168172_11433854.jpg
c0168172_11432591.jpg
c0168172_11431946.jpg
c0168172_11431335.jpg
c0168172_11430703.jpg
c0168172_11430138.jpg
c0168172_11425535.jpg
c0168172_11424902.jpg
c0168172_11424365.jpg
c0168172_11423730.jpg
c0168172_11423041.jpg
c0168172_11422437.jpg
c0168172_11421634.jpg
c0168172_11421096.jpg
c0168172_11420062.jpg
c0168172_11415164.jpg
c0168172_11414412.jpg
c0168172_11413467.jpg
c0168172_11412621.jpg
c0168172_11411714.jpg
c0168172_11410454.jpg






# by hologon158 | 2017-09-03 11:49 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

701.08 ホロゴンデイ199「2017年7月16日ホロゴン祇園祭をかすめる」8-完-縄文時代①


先々日から、私のマックのサファリは、
私の第二ブログである「レンズ千夜一夜」に占領され、
本ブログを開くことができなくなっています。
上記のブログをどうしてもログアウトできないのです。
八方手を尽くしましたが、解決できず。
(グーグルで検索しても、事例は見つからず。
エキサイトのヘルプにも解決法の記載はなく、
頼みの綱のメールによる問い合わせは、
規定のフォームのOS記載欄が、
記入場所がなく、これが記入していないと、送信不可。
つまり、お手上げ。
意地悪じゃないのでしょうかねえ❓)

やむなく、私のマックのハードディスクを
小さくパーティションを切って、iPhoneの写真取り込み用に
インストールしたOS10.11.3のサファリで、
本ブログを作成することにしたのです。
いちいちログアウトして、別マックを立ち上げる手間は大変。
でも、なんとかこうしてブログを続けることができます。
やれやれ。

幾度か縄文時代のことを書いてきました。
いろいろと文献を探して読んでいますが、
いつもがっかりさせられます。
なぜ?
著者の研究者の皆さん、とても冷静で穏やかな筆致なのですから。
どうして、もっと興奮しないの?

縄文時代はどうやら紀元前に少なくとも1万年は続いたようなのです。
1万年ですよ!
想像できますか?

これまで文明の曙とされてきたのは、シュメール・アッカド文明。
今を去ること6千年ほど前です。
文明って、なんでしょう?
建造物?
文字?
違いますね?
遺跡になるような建造物がなくても、
文字がなくても、
文明は成立します。
私の勝手な理論ですが、
人間が野蛮から文明に移行したのは、
人間が知性、知恵によって社会を営むようになったこと、
人間が蓄積した知恵を伝承するようになったこと、
この2点によって判定することができるのではないでしょうか?

若い頃、少年院の院長に会ってお話を伺う機会がありました。
こんなことを教えられました。
少年院で子供たちのリーダーになるのはどんな子供か?
腕力が強いガキ大将?
違うのです。
腕力がなくても、頭の良い方がリーダーになるのです。
少年院の少年たちは文明の中で生きているのですね。

縄文土器の様式はなんと1万年以上も続いて、
日本全土で、各時代にわたって発掘されるのです。
縄文土器は稚拙でプリミティブな制作物ではありません。

縄文土器の様式がどんな形質によって判定されるか、
私は知りません。
知っていることは、姿、形、用途は変わっても、
日本列島内の各地で、縄文土器としての様式を備えた土器が、
1万年もの長きにわたって連綿と作り続けられたこと。

そして、もう1つは、もっと重要なことですが、
機能だけではない、美意識がなければできない、
芸術的製作物であること。
知性と美意識と記憶の伝承がなければ、
このような長きにわたる伝承は不可能ではありませんか?

世界史をひもといても、これに匹敵する伝承例はありません。
なぜ、こんなに続いたか?
多くの古代文明は諸民族の軋轢、葛藤、相互刺激効果の中で、
鍛えられ、変化し、発展し、衰退し、滅びました。

どうやら縄文時代は一つの民族(現日本人とのつながりは謎)が、
そのような民族の坩堝の外にあって、気づかれないまま、
ひっそりと自己成長を遂げた文明、文化なのはないででしょうか?
それは日本列島全体に及ぶ文化圏を持つ、一つの文明なのです。
まるで、J.R.R.トールキンのホビットそっくりですね。





c0168172_18465720.jpg
c0168172_18464724.jpg
c0168172_18460516.jpg
c0168172_18454983.jpg
c0168172_18453520.jpg
c0168172_18452574.jpg
c0168172_18451290.jpg
c0168172_18450293.jpg
c0168172_18445311.jpg
c0168172_18444540.jpg
c0168172_18443301.jpg
c0168172_18441818.jpg
c0168172_18440801.jpg
c0168172_18435143.jpg
c0168172_18434379.jpg
c0168172_18433501.jpg
c0168172_18432847.jpg
c0168172_18431924.jpg
c0168172_18431189.jpg
c0168172_18430408.jpg
c0168172_18425721.jpg
c0168172_18425140.jpg
c0168172_18424469.jpg
c0168172_18423439.jpg
c0168172_18422489.jpg
c0168172_18421744.jpg
c0168172_18420998.jpg
c0168172_18415446.jpg
c0168172_18413775.jpg
c0168172_18412947.jpg
c0168172_18412102.jpg
c0168172_18411335.jpg
c0168172_18410544.jpg
c0168172_18404584.jpg
c0168172_10325402.jpg
c0168172_10324750.jpg
c0168172_10324133.jpg


# by hologon158 | 2017-08-31 19:08 | ホロゴンデイ | Comments(0)

701.07 ホロゴンデイ199「2017年7月16日ホロゴン祇園祭をかすめる」7 地球文明


私の子供だった頃、外国人を見かけるのはごく稀でした。
稀に出会うと、その巨大さに目を見張ったものでした。
自分が子供だったせいもありますが、
周りの日本人の大人たちが矮小に見えたのですから、
やはり体格差は大きかったのでしょう。

現在、奈良の町には、諸国から来た外国人観光客が溢れています。
とくにJR奈良駅のようなターミナル、東大寺、春日大社に向かう道には、
中国人、韓国人、その他、さまざまな肌色の人たちがひしめいています。
ふっと気づいて、不思議に思ったことに、
あまり体格差は感じません。

日本人、中国人、韓国人、その他のアジア人も、
かなり体格が大きくなったのです。
女性たちの足の長さも同様です。
身長や体格、脚の長さは、人種的なものもあるでしょうけど、
栄養や生活習慣にも関係するようです。

体格だけではありません。
すべての面で、次第に地球は一つの文明圏に組み込まれて行く気配さえあります。
たとえば、ポピュラー音楽はかなりそのプロセスが進んでいます。
イギリスから来た「機関車トーマス」等のさまざまな外国のシリーズが、
子供たちのお気に入りになり、番組の中でときにオリジナルの歌が流れますと、
孫プリンスは4歳頃になると、一緒になって流ちょうに歌う有様。

恐竜図鑑の8冊揃えて読み込んで、カタカナは全部自分で覚え、
「ディ」「グァラ」などという日本語にはない発音も学んでしまいました。
大人が教えたわけではありません。
おそらくテレビでその種の名前の発音を記憶し、
カタカナの表記にそれを当てはめて、
テレビに登場しない恐竜にも同じ読みをするようになったのでしょう。

彼の曾祖母(私の母)は、第二次世界大戦中、
井戸端会議で「フィリピン」という地名を誰も正しく発音できず、
みんなで大笑いしたというエピソードをはなしてくれたことがあります。
孫プリンスたちの現代とは完全に別文明にあったと言うほかはないでしょう。
要するに、現代の日本人は世界文明に移行する時代に生きているのでしょう。

8月27日日曜日、大阪加美の孫たちに会いに行きました。
午前中は、ファッションショーなのです。
登場すると、まずインタビューをしてから、
プロムナードというのでしょうか、長いフロアに下りて、
観客(みんなモデルの身内)の前を歩き、
舞台に帰ると、ポーズをしてから退場、という段取り。

大きくて7、8歳から、小さいのは私の孫プリンセス3歳あたりまで。
でも、インタビューにはかばかしい答えは返ってこず、
プロムナードの往還もそそくさと早足、
最後に、司会者が「最後にポーズをお願いします」とやっても、
せいぜいピース位。

私の二人の孫、ラストに登場しました。
6歳の孫プリンスは脚がすらりとX脚風で、つぶらな瞳、
白のスーツに身を固めて、ますます好男子。
インタビューにも答え、ゆったりとプロムナードを歩き、
司会者が「最後にポーズをお願いします」
その瞬間、左足のつま先を立て、両手をさっと上げて、
独特のポーズを作り、満場、わっと湧きました。

ラストを務めたのは、
振り袖姿、目にうっすらアイシャドウの3歳の孫プリンセス。
こちらもインタビューにはきはき答え、
誰と来たの、という問いに、
「○○ちゃん(自分)、お兄ちゃん、○○ちゃん(自分)、
パパとママ、ペペとネネ、アーちゃん(パパの母)と来たよ」
プロムナードは周囲に笑顔を振りまきながらゆっくり歩いて、
壇上に戻ると、司会者が「最後にポーズをお願いします」
お兄ちゃんには絶対に負けないという典型的な妹、
お兄ちゃんよりも華麗に振り袖姿の全身をさっと開いて、
こちらも観たことがないような華麗なポーズ。
満場大爆笑。
キッズファッションショーは成功裏に幕を閉じました。

私が幼かった時代の女の子たちだったら、どうでしょう?
そんな生まれて初めてホールの壇上にたった一人で立って、
余裕たっぷりに微笑みながらパフォーマンスできたでしょうか?
時代は変わり、世界は変わっていくのです。



c0168172_21330353.jpg
c0168172_10294038.jpg
c0168172_10294760.jpg
c0168172_10295476.jpg
c0168172_10300280.jpg
c0168172_10300853.jpg
c0168172_10301697.jpg
c0168172_10302315.jpg
c0168172_10303181.jpg
c0168172_10303763.jpg
c0168172_10304322.jpg
c0168172_10305439.jpg
c0168172_10310033.jpg
c0168172_10310794.jpg
c0168172_10311484.jpg
c0168172_10312099.jpg
c0168172_10312744.jpg
c0168172_10313377.jpg
c0168172_10313963.jpg
c0168172_10314758.jpg
c0168172_10315591.jpg
c0168172_10320149.jpg
c0168172_10320706.jpg
c0168172_10321422.jpg
c0168172_10322178.jpg
c0168172_10322760.jpg
c0168172_10323537.jpg
c0168172_10324133.jpg
c0168172_10324750.jpg

c0168172_10325402.jpg




# by hologon158 | 2017-08-29 10:35 | ホロゴンデイ | Comments(0)

701.06 ホロゴンデイ199「2017年7月16日ホロゴン祇園祭をかすめる」6 「かのように」



8月25日金曜日午前、
バスで近鉄奈良駅まで出かけました。
別に用はありません。
出かけるときは、旅行気分でウォーキングをしよう。

「かのように」という考え方があります。
私もこれが好きで、
撮影地に降り立つと、いつもこう考えます、
「火星人が地球に初めて降り立ったときなんだ」
新鮮な気持ちであらゆる場所と向かい合いたいのです。
私は絶えずこの気持ちでやってきたのですが、
奈良町のように、文字通り何百回も撮ってきたお気に入りのストリートで
それができなければ、本物の火星人とはいえませんね。

幸い私には一つの好条件が備わっています。
いや、二つでしょう。
① 大変に記憶力が悪い!
② 毎回別のカメラ、レンズを使える!
いや、三つですね。
③ 空想が得意!
この3つの条件を活用すれば、まあ、なんとかなるでしょう。

今回は、最高のスタッフをそろえました。

ライカM9
アストロ・ベルリンのパンタッカー50mmF2.3
バス停の傍らで静かに置いていく砂袋を発見!
思わず心が動きました。
実は、何百回と撮った、私のお気に入りロボグラフィなのですが、
今、この姿の砂袋さんに出会うのは初めて!

次第に静かに老いていくあたりは、
人間を含む万の生物たちと変わりはありません。
あんなにがっしりとたくましく膨れていたのに、
次第に布は薄汚れ、皺がより、
挙げ句の果てには、なんとふさふさと草が天辺に生えてきました。

この点だけ、だんだんと頭部が薄くなっていく人間とは違いますね。
うらやましい。
もっとも、私は水素吸引を1年以上続けてきたので、
頭髪がかなりふさふさとしてきた、そんな感じがします。
でも、毎月散髪をしてくれる妻にそう言うと、
「心配ないわよ。
散髪のとき見たら、どんどんスケスケになっていってるから」

私は、前に一度書きましたが、他人に頭を触られるのが大嫌い。
だから、妻に散髪してもらっているのですが
散髪屋さんがフィガロだったら、
こんなに明け透けな冷や水のぶっかけはしないだろう、
という感じはしますね。
少なくとも私の見る限りでは、
頭部の減退はもっか停滞している、
このことに間違いはありません。

話が脱線しましたが、
ライカM9に付けたパンタッカー50mmF2.3こそ、
ホロゴンと並ぶメタモルレンズの大御所です。
(メタモルフォーゼを起こしてくれるレンズという意味。
例によって、私の造語)

そして、いつもライカM9を使う度に感じることですが、
しっとりとした画像の確かさは抜群。
ソニーα7をかなり凌ぎますね。

ソニーα7にフォクトレンダーのヘリコンドリング付きの
Mマウントアダプタが付いたことと、
ライブビューが使えることの二つで、
使い勝手は、ライカを遙かに凌いでしまいました。
退職後どんどん貧乏になっていく私、小遣いに窮する余り、
もう無用だから、ライカM9は売っちゃおうか、と、
ときに非情の殺し屋になりかけるのですが、
やっぱりこいつは大事な伴侶だなあ、
私のブログの品位を時にはライカM9写真で高めたいものだ、
と、温かい気持ちに心を膨らませています。

さて、行きつけの喫茶店でおいしいシチューランチを頂いて、
お腹を膨らませ、
パンタッカーとライカM9に心を膨らませて、
午後1時、ロボグラフィ行脚に出発しようとして、
ふっと、隣の席を見ると、
退職後かなり経ったらしい男性が二人おしゃべりをしています。
さっきから気づいていたのですが、
ちょっとしなびて、シリアスそのものの表情を崩しません。
もっと楽しそうな表情になれませんか?

私の友人たちは違いますね。
肌に力があって、目がきらきら光り、楽しそうですね。
趣味を心から楽しみ、
同好の士と心を割って語り合えるからではないでしょうか?
どなたもそんな喜びを見つけて生きることができれば、
いいのですが。

でも、本ブログの写真は依然として、ホロゴン。
「かのように」写真を撮りたければ、断然、
ホロゴン。



c0168172_16495623.jpg
c0168172_16500350.jpg
c0168172_16500934.jpg
c0168172_16501532.jpg
c0168172_21272472.jpg
c0168172_21280327.jpg
c0168172_21281179.jpg
c0168172_21282059.jpg
c0168172_21291496.jpg
c0168172_21292181.jpg
c0168172_21292789.jpg
c0168172_21293418.jpg
c0168172_21294401.jpg
c0168172_21295162.jpg
c0168172_21295927.jpg
c0168172_21300689.jpg
c0168172_21301698.jpg
c0168172_21302804.jpg
c0168172_21303509.jpg
c0168172_21304549.jpg
c0168172_21305455.jpg
c0168172_21310173.jpg
c0168172_21311076.jpg
c0168172_21312262.jpg
c0168172_21313056.jpg
c0168172_21314008.jpg
c0168172_21312262.jpg
c0168172_21314834.jpg
c0168172_21315647.jpg
c0168172_21325581.jpg
c0168172_21330353.jpg






# by hologon158 | 2017-08-28 21:36 | ホロゴンデイ | Comments(0)

701.05 ホロゴンデイ199「2017年7月16日ホロゴン祇園祭をかすめる」5 揚琴レッスン



8月23日水曜日、付虹先生の揚琴レッスンでした。
先月、今月とたった1回ずつのレッスン日です。
ということは、1ヶ月たっぷり練習を積めるだろう、
なんて考える方がおいでになるかも知れませんが、
たいていの方は見破るでしょうね。
「中だるみで、かえって十分練習ができないだろうな?」

今夏は、異例、と言うより、空前絶後の猛暑です。
それなのに、外出も多い。
すると、疲れる。
疲れると、性根を入れてでないと取りかかれない揚琴の練習は、
忙しさにかまけて、ついついなおざり、後回しに。
ということで、ほとんど練習もせず、
直前の月曜日の陳少林先生の揚琴伴奏レッスンの直前あたりから、
練習を再開したような怠けぶり。
まさに泥縄では、上達を見せるなど、起こるはずもありませんね。

果報は寝て待て、と言いますが、
楽器の上達は寝て待て、なんてことにはなりませんね。

ただ一つ、私が揚琴のために毎日重ねてきたことがあります。
真夏なのに、半身浴を欠かしません。
真夏にも半身浴をしている人っていますかねえ?
檜材の背の低い浴室用の腰掛けに座って、
腰から上を出しているのです。

しかも、その間、ただ浴槽に座っているのではなく、
全身をほぐすエクササイズとマッサージを休まず続けます。
その中に、手首の強化練習があります。
湯の面を破るようにして、手首を高速回転させたり、
手首を軸にして、上下運動させたりします。

子供の頃、プールで飛び込んだときに、
間違って、上半身を水面に衝突させて、
痛い思いをさせられた方は多いのでは?
浴槽の水面もかなり固いのです。
だから、手首の運動になります。

揚琴の双方の要は手首のなめらかな回転です。
付虹先生は上下に180度手首を回転させて演奏されます。
我々初心者は30度からせいぜい45度です。
その角度をなんとかもう少し広げたい。
涙の特訓ならぬ、湯水の特訓、というわけです。

中国の歌からとった揚琴二重奏「橄欖樹」は、
リズムがとても難しい曲です。
このリズムが不得意中の不得意である私は、
この二重奏からは免除していただきました。
ありがたい!

先生も、下手な人を伴奏者に加えるのは消極的です。
「たくさんでこの曲をしますと、
混乱して、なにがなんだかわからなくなります」
私は、発表会では、独奏曲以外には、
2曲「糸」と「カノン」に参加することになりました。
この2曲もまだ満足に弾けない。
付虹先生の生徒さんたちのほとんどは私より後輩ですが、
だんだんと私のついていけないハイレベルに成長しつつあるようです。
みなさん、若いのですから、当たり前です.....




c0168172_17564623.jpg
c0168172_17565232.jpg
c0168172_17570095.jpg
c0168172_17570665.jpg
c0168172_17571302.jpg
c0168172_17572190.jpg
c0168172_17572825.jpg
c0168172_17574010.jpg
c0168172_17574606.jpg
c0168172_17575421.jpg
c0168172_17580104.jpg
c0168172_17581141.jpg
c0168172_17581767.jpg
c0168172_17582491.jpg
c0168172_17583080.jpg
c0168172_17584531.jpg
c0168172_17585219.jpg
c0168172_17585987.jpg
c0168172_17590612.jpg
c0168172_17591281.jpg
c0168172_17591928.jpg
c0168172_17592687.jpg
c0168172_17593324.jpg
c0168172_17594183.jpg
c0168172_17594739.jpg
c0168172_17595592.jpg
c0168172_18000287.jpg
c0168172_18000914.jpg





# by hologon158 | 2017-08-26 18:02 | ホロゴンデイ | Comments(0)

701.04 ホロゴンデイ199「2017年7月16日ホロゴン祇園祭をかすめる」4 happytaxiさん



前回、グーグル検索のことを書きました。
ついでに、いくつか検索してみました。
「わが友ホロゴン ホロゴン」
すると、懐かしいブログの記事が見つかりました。
「わが友、ホロゴン」へのご招待 | ハッピー・タクシー~stage 3~ - 楽天 ...

ハッピー・タクシー ステージ3
https://plaza.rakuten.co.jp/hashiretaxi/

私が最初にブログを始めたのは、楽天ブログでした。
その時代にとても気の合うブロガーがおいででした。
タクシー運転手というシチュエーションでブログを制作しておられました。
当時は別の名前のブログでした。
たしか、上記のURLに含まれる「hashiretaxiさん」だったと思います。

私は、もともと地元奈良でもタクシー運転手とはすぐ意気投合します。
見方もしっかりしていて、一家言のある人が多いせいですが、
hashiretaxiはスペシャルでした。
一家言があるだけではなくて、文章も精彩に飛んで、達見に満ちています。
職業は不明だけど、かなり教養のある人物が、
そんなシチュエーションでブログを作っている、
もしタクシー運転手を務めておられるとしたら、稀に見る見識の高い人物。
そんな可能性が充分考えられる人物でした。

ところが、楽天ブログは2百数十枚しか写真が投稿できない、超限定ブログ。
あっと言う間に、以前の投稿写真を抹消して、新しい写真をアップする、
自転車操業に陥ってしまいました。
そんな訳で、2008年8月、
無制限に記事、写真をアップできるエキサイトに移行したわけです。
その後は、楽天ブログと決別し、
当時から、私は他のブログをサーフィンしたりしない人間でしたから、
hashiretaxiさんのブログとも疎遠になってしまいました。

ところが、hashiretaxiさんは、happytaxiさんとなった後も、私と違い、
エキサイト移行後の本ブログに訪問して下さっていたのです。
それだけでなく、私のブログのことも記事になさっていたのです。
上記のグーグル検索で容易に見つかりますが、
私としては、極めて珍しい記載内容なので、
記念と記憶のために、本ブログに転記させていただきました。

ハッピー・タクシー ステージ3
https://plaza.rakuten.co.jp/hashiretaxi/

happytaxiさんは次の文章を掲載してくださっていたのです。

‘ホロゴン’とは、
神が、人間に、
罪深き人間に与え給うた、
‘真実’を見通す‘目’なのかもしれない。

かくも、印象的な写真と、
お人柄が忍ばれるコメントが、
あふれんばかりの、
素晴らしいブログです。

アフィリエイト流行りのご時世、
かく言う、小生も例外ではありません。
しかし、このブログ、
NOアフィリエイト!!
アフィリエイトなしで、
作品を発表し続ける!!

作者のHologon158さんの、魂の振動を、
感じていただけることと、思います。
ぜひ、ご訪問下さい。

このような推薦の言葉を本気で(私はそう信じます)書いて下さったのは、
私の知る限りでは、happytaxiさんとpretty-bacchusさんのお二人だけ。
それだけに、とても心に沁みるコメントです。

「NOアフィリエイト」と書いて頂きました。
私はこのような現代語はまったく無知の人間です。
早速、ネットで調べてみました。
一言で言えば、「自己宣伝なし」というような意味のようです。
そう言われますと、まさにその通りです。
ほとんど他のブログに訪問せず、ネットワーク的なつながりを求めず、
ただ一人、日記として綴っているだけなのですから。

でも、一点だけ、ちょっと実情に合いませんね。
私のブログは、アフィリエイトへの努力をすれば、人気が出る、
そんな可能性を秘めたブログではないのです。
アフィリエイトへと努力していないのではなく、
しようと思っても、できないので、思いつかなっただけ。
時流には合わず、合わせようとしても無理なので、
時流に乗ろうなんてことをはじめから思いつかなかっただけ。

でも、有名ブログになどならず、
片隅でひっそりと続けることができたのは、
幸せな選択でした。
ブログを自分自身との対話の場とすることができたからであり、
私の写真たちとの親密な交わりと記憶の場とすることができたからです。
これ以上何をか求めんや、です。
私がまだ活発な精神を保つことができているとすれば、
私の2つのブログが大きな支えとなってくれたと確信できるからです。

自分に感謝!
そして、私の心を知ってくれたhappytaxiさんにも感謝!


ご注意
写真が幾枚も重複しています。
なぜか、なんど写真を入れ直しても、こうなります。
私ではなく、エキサイトの方が混乱しているらしい。
あしからず。

c0168172_11204723.jpg
c0168172_11205718.jpg
c0168172_11210654.jpg
c0168172_11211461.jpg
c0168172_11212201.jpg
c0168172_11213052.jpg
c0168172_11213965.jpg
c0168172_11215114.jpg
c0168172_11221061.jpg
c0168172_11221823.jpg
c0168172_11222595.jpg
c0168172_11223369.jpg
c0168172_11224082.jpg
c0168172_11224853.jpg
c0168172_11225656.jpg
c0168172_11230457.jpg
c0168172_11231231.jpg
c0168172_11232171.jpg
c0168172_11232988.jpg
c0168172_11233592.jpg
c0168172_11234477.jpg
c0168172_11235278.jpg
c0168172_11240052.jpg
c0168172_11241214.jpg
c0168172_11242054.jpg
c0168172_11242757.jpg
c0168172_11243959.jpg
c0168172_11245071.jpg
c0168172_11250220.jpg
c0168172_11251157.jpg
c0168172_11252033.jpg
c0168172_11252740.jpg
c0168172_11253620.jpg
c0168172_11254740.jpg





# by hologon158 | 2017-08-25 11:28 | ホロゴンデイ | Comments(0)

701.03 ホロゴンデイ199「2017年7月16日ホロゴン祇園祭をかすめる」3 今を生きよう!



「名を青史に留める」という成句があります。
私たちが知る限り、この地球上では、人間だけが抱く願い。
自分が生きていたことを後世に知らしめたい、という願望。

でも、こんな望みを抱く人は稀でしょう。
なぜって?
そんなに簡単には青史に名を留めることなどできないから。
仮に名を留めても、それが名誉ある記憶とは限らないから。

逆に、人間の99.9パーセントは完全に忘れ去られてしまいます。
簡単な質問で証明できますね。

「紀元1世紀に生まれた日本人の名前を一人でも言えますか?」
「あなたの曾祖父の名前をあなたは覚えていますか?」
「自分が死後100年経過後にも誰かに記憶されていると、
あなたは確信できますか?」

そう、あなたも私も将来確実に忘れ去られてしまうのです。
じゃ、どうすればよいのか?
死んだ後のことなど、思い煩うのはやめましょう!

よく言われるとおり、
「今を生きよう!」
今こそ、永遠なのです。
今生きていない人間が、自分の人生を記憶しても、
その内容はろくでもないでしょう。
まして、そんな人生を人の記憶の中に留めることなど、
できっこないのです。

でも、一つ、かなり長い間、自分の人生を記憶する手段があります。
それが、ブログ。
人に知られることを求めるのであれば、フェイスブックの方がよいかも?
でも、自分で自分の人生を参照できるようにするためには、
ブログがよいのではありませんか?

「レンズ千夜一夜」となにか検索語とを組み合わせてグーグル検索すると、
その検索語を記載した本ブログの記事が幾つも見つかります。
つまり、あることについて、自分がある日あるとき、
こんなことを考えていたんだ、ということが分かります。
すると、そのときの自分が甦るように感じられます。

記念写真もそんなよすがになりますが、
自分の記念写真を見て、そのとき、どんな気分だったかは分かっても、
どんなことを考えたか、分かる人は、類い稀な記憶の達人では?
記憶力のまるでない私にはブログが一番、そんな感じがします。




c0168172_14324426.jpg
c0168172_14325221.jpg
c0168172_14334851.jpg
c0168172_14335449.jpg
c0168172_14340588.jpg
c0168172_14341150.jpg
c0168172_14341791.jpg
c0168172_14342359.jpg
c0168172_14342912.jpg
c0168172_14343513.jpg
c0168172_14344175.jpg
c0168172_14344748.jpg
c0168172_14345670.jpg
c0168172_14350267.jpg
c0168172_14350849.jpg
c0168172_14351583.jpg
c0168172_14352222.jpg
c0168172_14352805.jpg
c0168172_14353503.jpg
c0168172_14354659.jpg
c0168172_14355333.jpg
c0168172_14355964.jpg
c0168172_14360412.jpg
c0168172_14361277.jpg
c0168172_14361771.jpg
c0168172_14362352.jpg
c0168172_14362944.jpg
c0168172_14363630.jpg
c0168172_14364235.jpg




# by hologon158 | 2017-08-24 14:40 | ホロゴンデイ | Comments(0)

701.02 ホロゴンデイ199「2017年7月16日ホロゴン祇園祭をかすめる」2 コール・オバンデス



Chor OBANDES(コール・オバンデス)という合唱団、ご存じですか?
以前にも書きました。

514.04 ホロゴンデイ119「2010年3月27日 まだ日差しの強い大阪本町で」4 Chor OBANDES!

TBSの合唱番組が当時YouTubeにアップされていました。
ある日、全部、著作権違反ということで、抹消されてしまいました。
誰かが録画をTBSの了解なしにアップしていたのでした。
でも、あんなにがっかりしたことはありませんでしたね。

素晴らしい合唱団が目白押し。
たいていは音楽大学の合唱団。
なんともニュアンス豊かなハーモニーでした。
合唱なんて、別に関心がなかった私がそれ以来合唱ファンになりました。

でも、そんな素敵な合唱団たちの中で一番印象的だったのは、
ほとんど唯一、民間の合唱団である、このコール・オバンデスでした。
他の合唱団とかなり音に作り方が違いました。
小人数の合唱団です。
その前列左右に位置するソプラノとバリトン(もしかすると、テナー)
の2人の声が他を圧して、常に合唱をリードするという、
かなり跛行的な色彩の合唱団でした。

その2人の姿を留める写真が「Chor OBANDES」の画像検索で見つかります。
272x155-94.0kB-BS-TBS 日本名曲アルバム
http://www.bs-tbs.co.jp/meikyoku/archive/009.html
両端の長身のお二人。
ソプラノの方のポートレートも画像検索で見つかります。
480x480-65.6kB-バレンタイン|OBANDES BLOG
http://ameblo.jp/chor-obandes/entry-11771612700.ht...
とても美しい人です。

今日、思い立って、YouTubeで検索してみました。
かなり沢山見つかりました。
グーグルの画像検索でも、写真や記事が沢山見つかります。
団員の数も増え、賞も取り、かなり活躍している様子。
でも、その合唱団の声には2人の声は響かず、
合唱ビデオやその他の活動シーンの写真にも登場しません。

表現が少しおかしいですが、「まっとうな合唱団」になってしまった。
合唱団全員のハーモニーこそ合唱の本来のあり方でしょう。
でも、歌唱そのものの優劣はあっても、
音声的には、優れたハーモニーの合唱団のコーラスは澄み切り、
かなり似通った雰囲気、響きになってしまいます。

私は、別に優れた合唱を聴きたいわけではありません。
まともな合唱団よりは、まともでないけど、
心になにかを感じさせてくれる独特の個性を味わいたい。
お二人がリードする以前のChor OBANDESにはそれがありました。
だから、音楽大学の合唱団に伍して、番組に再三出演していたのでしょう。
お二人とも退団してしまったのでしょうか?
だとすると、がっかりですね。

でも、これが歴史ですね。
時の流れとともに、すべてが流転していく。
たとえば、戦前の名画を観ます。
その制作スタッフの全員がすでに世を去っています。
そう考えると、なんだか奇妙な無常感に襲われます。
こうして、みんな消えていくんだ。
しかも、ほとんど99パーセントの人間は、
名画のような記憶のよすがをほとんど残すことなく........

このような角度であまり深く考えるのは危険ですね。





c0168172_17090857.jpg
c0168172_17091542.jpg
c0168172_17092170.jpg
c0168172_17092720.jpg
c0168172_17093393.jpg
c0168172_17093973.jpg
c0168172_17094715.jpg
c0168172_17095269.jpg
c0168172_17095725.jpg
c0168172_17100350.jpg
c0168172_17101083.jpg
c0168172_17101659.jpg
c0168172_17102331.jpg
c0168172_17102976.jpg
c0168172_17103561.jpg
c0168172_17104168.jpg
c0168172_17104778.jpg
c0168172_17105365.jpg
c0168172_17105851.jpg
c0168172_17110429.jpg
c0168172_17111141.jpg
c0168172_17111713.jpg
c0168172_17112366.jpg
c0168172_17112979.jpg
c0168172_17114017.jpg
c0168172_17114722.jpg
c0168172_17115436.jpg
c0168172_17120340.jpg
c0168172_17120941.jpg
c0168172_17121473.jpg
c0168172_17122598.jpg
c0168172_17123243.jpg
c0168172_17124140.jpg







# by hologon158 | 2017-08-22 17:19 | ホロゴンデイ | Comments(0)

701.01 ホロゴンデイ199「2017年7月16日ホロゴン祇園祭をかすめる」1 インパール



ほんの偶然、次のビデオをYouTubeで見つけてしまいました。

【太平洋戦争】なぜ、負けた? ② インパール・コヒマの戦い
https://www.youtube.com/watch?v=XjJ8onQqHa8

いつもの日本人の悪い癖が全部出たような、絶望的な戦い。
相対する敵を劣等視し、その正確な戦力も作戦もまるで無視してしまう。
精神力だけを重視して、他の条件を無視する。
成功必至の状況だけを前提にして、作戦を立て、
それがうまく行かなかったときの第2次、第3次の作戦など持たない。
たとえ失敗しても、絶対に反省せず、次の戦いに活かそうとしない。

現代も、精神性重視、エリート横行、反省欠如が残されているのも、
当時とまったく同じだなあ、とただ苦笑するのみ。
このようなビデオを見ますと、もうなにもする気がなくなりますね。
ホロゴン写真でも観ることにします。




c0168172_21423217.jpg
c0168172_21424168.jpg
c0168172_21425116.jpg
c0168172_21430011.jpg
c0168172_21431195.jpg
c0168172_21431873.jpg
c0168172_21432640.jpg
c0168172_21433447.jpg
c0168172_21434226.jpg
c0168172_21434935.jpg
c0168172_21435754.jpg
c0168172_21440394.jpg
c0168172_21441010.jpg
c0168172_21441802.jpg
c0168172_21442472.jpg
c0168172_21443153.jpg
c0168172_21443850.jpg
c0168172_21444698.jpg
c0168172_21445978.jpg
c0168172_21450830.jpg
c0168172_21451677.jpg
c0168172_21452549.jpg
c0168172_21453257.jpg
c0168172_21454169.jpg
c0168172_21455058.jpg
c0168172_21455836.jpg
c0168172_21471725.jpg
c0168172_21472725.jpg
c0168172_21473688.jpg
c0168172_21474676.jpg
c0168172_21481299.jpg






# by hologon158 | 2017-08-19 21:51 | ホロゴンデイ | Comments(0)

700.05 ホロゴン外傅207「奈良町、2016年3月26日清水路地をスピードパンクロで」5-完- 二十四の瞳


木下恵介監督、高峰秀子主演の映画「二十四の瞳」を久しぶりに観ました。
久しぶりもなにも、小学校以来。
当時、ときどき、小学校高学年総出で映画館に行ったのです。
こんな深刻で、ストーリーの糸がいくつも重なっている重厚な映画を、
小学生が観たものだと、感嘆したり、頭をかしげたり。

完全な反戦映画なのに、
私の記憶の中では、分校の先生をつとめた女性、
大石先生の一代記、
懐かしさ一杯の感動作、そんな位置づけのまま、
これまでずっと過ごしてきたのです。
小学校の鑑賞のときも、全生徒でおいおい泣きました。
今回も、小学生時代に劣らず、泣きました。
でも、感動の質はまるっきり違った感じがします。

小学生の私がどんな気持ちで泣いたか、
まったく記憶がありません。
でも、これほどに苦く、暗く、
希望も未来もほとんどなく、逃げ場もない、
そんな主人公の人生をしっかり理解していたはずがありません。

結局、ラストで、主人公は再び分校の先生となります。
まるで振り出しに戻ったかのようですが、
子供の年齢から推して、まだ40代前半なのに、
すっかり老いて、足取りはたどたどしく、視線は弱々しい。
物語の最初のころに、岬の分校の先生になるのは、
駆け出しか、それとも行き場のなくなった定年間際の老先生、
というせりふによる説明があります。
どう見ても、大石先生は後者なのです。
昔の教え子に頑丈な自転車をプレゼントしてもらい、
湾を隔てた岬の分校まで自転車で通うのですが、
その道は昔のままのでこぼこの田舎道。
走る姿はいかにも弱々しい。
生活のために再就職したのです。
でも、いつまで続けることができるのでしょう?

鄧小平はおおむねこんな趣旨のことを言ったそうです。
「国家の平安、繁栄のためには、百万の国民を殺してもよい」
名高い戦史家のリデル・ハートはその浩瀚な「第二次世界大戦」で、
ドイツ軍、とくにグデーリアンやロンメルについては、
何十頁も費やしたのに、日本軍については端的に一言こう書きました。
「日本の陸海軍に関しては、特筆に値するデータは見あたらない」

現場を知らない大本営が戦術、作戦を決定し、
地図も用意せず、見取り図だけで、
陸海軍を、大平洋諸島、インドシナ半島に送り込み、
食糧補給もせず、失敗の責任はすべて現場の指揮官に押しつけたあたり、
現代の首相や官僚たちとそっくりの行動様式。
リデル・ハートも、大本営の無知、無能、無責任にあきれるどころか、
怒りで一杯だったことでしょう。

大石先生の教え子中男の子5人は全員徴兵され、
3人は戦没し、1人は視力を失います。
この映画の本質的な訴えは、二度と戦争を起こしてはならない、
こんな悲惨を日本人に味あわせてはならない、ということにあります。
大石先生も分校の生徒たちも、成長後の生徒たちも、周辺の登場人物たちも、
まるで本当の人生の記録であるかのような入魂の演技、演出でした。
暗く重い作品ですが、かすかな希望、救いもないわけではありません。
今、そっくりこのままリバイバルして、
日本人全員に見せたい、そんな名作です。




c0168172_22551807.jpg
c0168172_22553035.jpg
c0168172_22553712.jpg
c0168172_22554501.jpg
c0168172_22555392.jpg
c0168172_22560194.jpg
c0168172_14282899.jpg
c0168172_14283645.jpg
c0168172_14290592.jpg
c0168172_14291402.jpg
c0168172_14292323.jpg
c0168172_14292938.jpg
c0168172_14293938.jpg
c0168172_14295547.jpg
c0168172_14300460.jpg
c0168172_14302265.jpg
c0168172_14302973.jpg
c0168172_14303740.jpg
c0168172_14304427.jpg
c0168172_14305152.jpg
c0168172_14305811.jpg
c0168172_14310457.jpg
c0168172_14311290.jpg
c0168172_14312103.jpg
c0168172_14312905.jpg
c0168172_14314588.jpg





# by hologon158 | 2017-08-17 23:47 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

700.04 ホロゴン外傅207「奈良町、2016年3月26日清水路地をスピードパンクロで」4 人生、記憶



初めてなにをやっても、さらりと見事にやってのける、
そんな人がいますね。
なにをやっても、いつもダサイ、
そんな人もいますね。
呉の呂蒙のように、
「士別れて三日なれば、即ち更に刮目して相待すべし」
というような目覚ましい変化、成長を遂げる人もいます。

私は、これらのどれにも当てはまらないことを知っています。
私は遥かに長いタイムスパンで生きています。
写真と来たら、40年を超えても、まだものにならない。
なんでも、身体の一部になるまで、
心で意識しないでできるようになるまで、
ひたすら積み重ねて行く、それが私のやり方です。
なぜ?
それ以外のやり方ができないからです。

だから、逆に、腹が据わっています。
一枚、二枚の傑作で勝負しようとも思わないですね。
ただただ撮り続けて、そこから自分の納得できる、
なにかが感じられる印象がじわりと浮かび上がる、
そんな「うねり」を感じさせる写真群にたどり着きたい、
そんな気持ちで、写真を撮っています。

写真家として大成したい、というわけではありません。
私の写真の土俵は、ひたすら私という一個の人間だけ。
人が、私の写真になにかを感じるかどうか?
これは、どうでもよいことです。
他人事。
私の写真を本気で受け止めるのは、私一人。
写真作品としてではありません。
人生、記憶の記録として。

40年前、30年前、20年前、10年前、5年前、1年前、
そんな過去の写真になにかを感じられるか?
その場の空気、心、情感が全部甦るか?

でも、写真を撮る現場で、
「ここをどう撮れば、ぼくの人生の記憶になるか?」
なんて、考えません。
ただ、その場を無心で楽しむだけ。
それ以外は、雑念でしかない。
撮ることを意識しながら、その場を楽しむことなんか、
できっこありませんね。
それができるときもあれば、できないときもある。
まだまだ、ですね。




c0168172_23161065.jpg
c0168172_23160403.jpg
c0168172_23155828.jpg
c0168172_23155264.jpg
c0168172_23153699.jpg
c0168172_23152978.jpg
c0168172_23152272.jpg
c0168172_23151642.jpg
c0168172_23150509.jpg
c0168172_23155828.jpg
c0168172_23145977.jpg
c0168172_23145286.jpg
c0168172_23144202.jpg
c0168172_23143622.jpg
c0168172_23142798.jpg
c0168172_23103488.jpg
c0168172_23102846.jpg
c0168172_23102261.jpg
c0168172_23101128.jpg
c0168172_23100531.jpg
c0168172_23100010.jpg
c0168172_23095475.jpg
c0168172_23094983.jpg
c0168172_23094321.jpg
c0168172_23093000.jpg
c0168172_23092462.jpg
c0168172_23091795.jpg
c0168172_23090678.jpg
c0168172_23080976.jpg
c0168172_23075852.jpg
c0168172_23075163.jpg
c0168172_23074354.jpg
c0168172_23073309.jpg






# by hologon158 | 2017-08-15 23:19 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

700.03 ホロゴン外傅207「奈良町、2016年3月26日清水路地をスピードパンクロで」3 ジーターの言葉



ヤンキースの大スターだったジーターの言葉を読みました。
ちょっと抜粋してみましょう。
「現役時代に一つだけ後悔があるという。」
「「実は現役最後のシーズンに日記をつけていたんだ。
毎日、そこに何かしら書き込んでいたんだよ」
「現役時代を通じて日記をつけておけば良かったということだ。
忘れてしまうことも多いから」
「僕は近々父親になる。だから将来、子供と一緒に見返しながら、
僕が幼い頃に父がやっていたように、自慢できるかもしれない」

日記を付けることは難しいことです。
いわば、オイルの補充なしに、道中ずっと車を走らせる、
そんな地道だけど、休めない、日々の努力を必要とするからです。
誰も読まない。
自分も読み返したりしないだろう。
そう考えると、段々と残り少なかったオイルも尽きてしまいます。

幾度も書いてきたことですが、
ブログは日記のそんな障壁をぶち破ってくれました。
誰も読まないだろう、でも、もしかすると、誰かが読むかも知れない、
この緊張感があるから、ブログは続けられます。
別ブログ「わが友ホロゴン」を始めたのが2008年8月、
本ブログを始めたのが2011年5月、
両ブログですでに記事は1万前後(スマホで記事数が分かります)、
飽きるどころではありませんね、ますます、楽しい。

日記は続かないけど、ブログは続く。
ジーターさん、もっと若い頃、この秘密が分かったら、
読者が読める、子供達も読める、自分もいつか読める、
すばらしい人生記録を残すことができたでしょうに、ねえ。
ツィッターもフェイスブックも、私は全然関心がないので、
あまり詳しいことは知りませんが、
目的、役割、記事の参照方法が違い、日記代わりにはならないようです。
なんだか静かな池に小石を放り込むような波及効果があるようです。
一つの記事は友人に伝わり、その友人を通じて、その友人の友人に伝わり、
という風に、自分の見知らぬ人にまで伝わる仕掛けになっているようです。
多くのブロガーは、単純に来客をじっと待つブログに飽きたらず、
フェイスブック等のお友達拡大ツールに移行したようです。

私はそんな風に私の日記や写真を他人に伝えたいなんて、
まったくの意想外。
友達は真実の友達だけで十分と考えるし、
自分のことも未知の人にメッタヤタラに伝えたいとは思わない。
ブログだけしかしていない人は今ではかなり少ないのかも知れません。
でも、そんな人は私のような人間かもしれない、
そう考えても良いのか知れません。

そこで思うのですが、
私はジーターさんにはブログをお勧めしたいですね。
ジーターさんのような歴史的存在にとって、自分から宣伝する必要はない。
ジーターさんのことを知りたいと真剣に思う人だけが見に来ればよい。
シーターさん、今からでも遅くありませんよ。
ブログを始めましょう。





c0168172_16541023.jpg
c0168172_16543170.jpg
c0168172_16544096.jpg
c0168172_16544764.jpg
c0168172_16545344.jpg
c0168172_16550072.jpg
c0168172_16550750.jpg
c0168172_16552259.jpg
c0168172_16552818.jpg
c0168172_16553497.jpg
c0168172_16554188.jpg
c0168172_17125302.jpg
c0168172_17130000.jpg
c0168172_17130542.jpg
c0168172_17131322.jpg
c0168172_17132003.jpg
c0168172_17132785.jpg
c0168172_17133341.jpg
c0168172_17133931.jpg
c0168172_17134603.jpg
c0168172_17135288.jpg
c0168172_17135709.jpg
c0168172_17140870.jpg
c0168172_17141524.jpg
c0168172_17142291.jpg
c0168172_17142842.jpg
c0168172_17143374.jpg
c0168172_17144068.jpg
c0168172_17144734.jpg
c0168172_17145474.jpg
c0168172_17150077.jpg
c0168172_17150749.jpg







# by hologon158 | 2017-08-15 17:17 | Comments(0)