わが友ホロゴン・わが夢タンバール

8.7 「2005年7月3日の勝山廃村」7 山村では、材木を制する者は村を制するのだろうか?


村では、至る所に資材を見つけました。
4、5枚目の丸材はおそらく椎茸栽培のなば木。
他は用途不明。
分かるのは、いつでも使えるように保存されていること。
細長いのは稲木用でしょうか?
かつては稲木を組んだものでしたが、近頃は見かけなくなりました。
農耕機械が改良されたせいでしょうか?
このような風景はどこの村でも見かけます。
日本の農家にとって、木材が基本的な資材。
アイルランドを回ったことがありますが、
あちらではすべてが石。
羊を囲い込むために、
海岸縁の斜面は、はてしなく、石垣によって、
まるで江戸時代の波紋の文様のように区分されています。
小さな石を積むだけなので、絶えず崩れ、絶えず積み直す。
シジュポスのように、一生続く苦行なのです。
農家も石造り。
80センチ角ほどの石材を組んで、漆喰で固めるようです。
どんな寒風も見事遮断してしまいます。
でも、造るのは大変でしょうね。
でも、ほとんど樹木がない世界なのですから、やむを得ません。
アラン島の農業なんて、もっと大変。
大地というものがないのです。
全島岩場だけ。
石を砕いて砂にして、階層を混ぜて、畑とするのです。
その苦労、分かりますか?
あふれるほどの緑に恵まれた日本人って、
ほんとうに幸運だったのですね。

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# by Hologon158 | 2008-08-17 17:26 | ホロゴンデイ | Comments(2)

8.6 「2005年7月3日の勝山廃村」6 過疎の村だけど、まだしっかりと生きている


その村には人影はなかった。
家々は閉ざされたまま、人が居る気配はない。
声をかけてみたが、こだまがかえってくるだけ。
では、この村がまだ生きているのか廃村なのか、
どうすれば分かるか?
廃村については、廃村に行ってみないと、分かりませんね。
でも、理論的には、答えは明らか。
村がまだ呼吸しているかどうか?
呼吸しているかどうかは、どこで分かるか?
人間なら、鼻に手をかざしてチェック。
村なら、そう、水回りが生きているかどうか?
村は水で呼吸するわけです。
今なお水を使っている形跡があるか?
水が流れ、塵埃がたまっていないか?
この村は、まだ生活があります。
水回りも、ご覧のとおり、生きています。
やかんはピカピカ、埃一つついていません。
では、廃村はどうでしょうか?
これは次の村に行ったとき、検証してみましょう。

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     [撮影メモ]
       ここでは、3枚の内、2枚までが俯瞰撮影でした。
       普通は、飛びこみ自殺型撮影法。
       このときはそこまで追い詰められていなかったようです。
       上半身を前屈し、両手をできるだけ伸ばす、
       突っ張り型撮影法。
       でも、本来は、両足を大きく開いていなければなりません。
       このときは、怠けたのですね。
       両足を閉じたままで、ただ前屈。
       おかげで、2枚とも、しっかりつま先が写ってしまいました。
       面目ない。
# by Hologon158 | 2008-08-17 00:24 | ホロゴンデイ | Comments(2)

8.5 「2005年7月3日の勝山廃村」5 入り口の村に、故あって、再登場していただきましょう。


私の写真にこれまで付き合ってこられて、
写真に詳しい方は、ちょっと不可解に思っておられるかも知れませんね。
「アユタヤシリーズ」と並んで、
いわばニュー・ブログのこけら落とし。
それなのに、風景写真ぎらいの私がわざわざ選んだのが、
この「廃村シリーズ」とは?
でも、私が嫌いなのは美しい花鳥風月の写真。
廃村でたとえ風景写真風に見えても、
私は、風景写真としては撮っていません。
すべて、私のいわゆる「ロボーグラフィ」(路傍写真)
今回の1枚目など、いかにも風景写真に見えますが、
現場をご覧になったら、
それは単なる結果であることがお分かりになるはず。
ただの路傍の畑。
なんでもない風景をドラマチックに演出するのは、
ホロゴンの得意技なのです。
ということは、路傍の光景を撮っても、
ホロゴン独特の劇画化の機能がフルにはたらいているわけです。
このあたりが、私が常に申し上げていることの証明となります。
ホロゴンに撮ってもらっているだけ。
2、3枚目だって、
実はなんでもない村の風景だったのですが。
そんなことを言いたくて、
つまり、私に無駄な幻想を抱かれることのないように、
いったんは没にした写真に登場していただきました。

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# by Hologon158 | 2008-08-16 21:40 | ホロゴンデイ | Comments(0)

8.4 「2005年7月3日の勝山廃村」4 過疎の村って、桃源郷のことだろうか?


どんな家に住みたいですか?
この質問に、都会ではたいていの方が答えるでしょうね、
「マンション」
私は、生まれてこの方徹頭徹尾、一戸建て派、
それも自然に囲まれた一軒家。
結婚して数年目、
4戸1という、大変に窮屈なアパートに住んだことがあります。
狭い2階家が4つ壁を共通にしてつながっている。
その家を出るとき、心に誓いました。
「二度とアパートには住まないぞ!」
勝山の過疎の村、
一軒ごとに、緑に包まれ、家は自然と一体となっています。
これが人間の住む家ですよ!
私よりも随分年上の作家、70過ぎてから、
随分山奥に家を新築して移られました。
書斎は和室、
窓際に掘られた掘りごたつで仕事をします。
その窓から見えるのは谷間の林、
せせらぎの音が聞こえます。
隣の応接間も見事な手作りの和机を置いた和室。
クォードの平面スピーカーが置かれたリスニングルームでもあります。
この方、机に対座した私に向かって尋ねられたのです、
「バッハとモーツァルト、どちらがお好きですか?」
私は、現在と同様に、当時も、「バッハです」
この方、即座に、
「私はモーツァルトです、
彼はときに美しすぎる」
このときの彼の厳粛な表情を忘れることができません。
この方、もし当時この村をご存知だったら、
躊躇なく、勝山を終の棲家とされたでしょう。
私だって、なんの係累もなければ、
こんな村の一軒家を手に入れて、
グールドのゴールドベルク変奏曲に耳を傾けたい。

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# by Hologon158 | 2008-08-16 16:06 | ホロゴンデイ | Comments(0)

8.3 「2005年7月3日の勝山廃村」3 この果てに過疎の村があるらしい


では、まず第一の村に移動します。
雨はまだ続いています。
雨雲が地上近くまで下りてきています。
峡谷の村というのは、空に近いのでしょうか?
カーブミラーがまるで廃村への道しるべのよう。
「この先、人生行き止まり」
そんな風に重々しく告げているようです。
土地にも年齢(よわい)があるようです。
以前、初めて日光に行ったとき、
電車の窓から景色を眺めて、
ふーむ、随分年取った土地だなあと感じたことを思い出します。
勝山もそうです。
古びて、なんとも言えないような静けさがあたりを支配しています。
時々思うのですが、
すべてのことに「終わり」があります。
これが人生に抜き差しならぬ緊張感を与えてくれます。
もし終わりがなかったら、
私たちの人生はよどんだドブのように腐り始めるでしょう。
出会いがあり、別れがある、
このリズムが人生を音楽にします。
村だって、そうかも知れません。
よそ者には、なんだ、沈滞ムードだなあ、
これじゃ、駄目だなあ、そんな風に感じられる。
でも、村はそんな風に感じていないかも知れません。
村の生涯には多くのことがあったでしょう。
波瀾万丈の果てにたどりついた境地には、
村にしかわからない味わいと安らぎがあるのかも知れません。
そのあたりをほんの少しでも味わうことにいたしましょう。

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# by Hologon158 | 2008-08-16 10:49 | ホロゴンデイ | Comments(0)

8.2 「2005年7月3日の勝山廃村」2 こんな雨の日でも「田舎暮らしは暇ばかり」とは言い難いようで


「田舎暮らしは暇ばっかりーぃ」
人形浄瑠璃の出し物の一つ、
確か「新ノ口村」だったと思いますが、
自然豊かな田園風景の場で、
義太夫が関西アクセントでひょうきんに語る言葉。
ここで観客はどっと来ます。
でも、田舎の人が聞いたら、怒りますよね。
田舎だって、忙しいのです。
確かに都会は忙しいですが、
その忙しさのほとんどは人生に邪魔になる性質のもの。
忙しければ、忙しいほど、人間性は貧しくなるようです。
でも、勝山の部落でも、なかなか忙しいようです。
とくに野良仕事は、時間も体力もいるようで、
私にはとても真似できません。
とはいえ、この日、地元の人よりもうちょっと忙しかったのは、
この私。
なにしろホロゴンなのです。
超接近しないと、写真にならない。
接近すると、ご本人が気づいて、写真にならない。
ここはもう覚悟を決めて、透明人間ごっこ。
皆さんの20センチから60センチあたりで、
さりげなく、素早く、カメラを持ち上げ、
すばやくシャッターを落として、
さりげなく撤収。
ただし、野良仕事のおばあちゃんは、話をしながら、
そっと撮らせていただきました。
写真をすると、だんだん人が悪くなるような、
ずうずうしくなるような。
いけませんねえ。
でも、私は信じています、
今撮った写真、絶対にこの人を美しく撮っている!
独りよがりでしょうね。
でも、写真を見る度に、私は一人うなづくのです、
やっぱり、美しく撮れてる!
ここに写っているご本人たち、
ご自分の写真を見て、
気に入っていただけるでしょうか?

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# by Hologon158 | 2008-08-16 00:11 | ホロゴンデイ | Comments(2)

8.1 「2005年7月3日の勝山廃村」1 廃村近くの部落まですでに廃れつつある気配で


YHさん(正真正銘の写真家、自称写真家さんではありません)が、
ある日、こう言いました、
「福井に行きませんか?
いつも渓流釣りに行く村、廃屋だらけなんですよ。
一度写真を撮りたいと思ってた。
今度、時間がとれそうなんだけど」
私、「もちろん、行きましょう! 行きましょう!」
私に尾っぽがあったら、
最高速でびゅんびゅん振っていたに違いありません。
京都から彼の車で出発。
道すがら撮影をしたので、勝山に着いたときはすでに午後2時頃。
廃村にどんな天候が似合うか?
言うまでもありませんね。
雨!
なんと幸運なのでしょう。
じめじめ、ばらばらと、雨が降り続いています。
渓谷の村、勝山は、すべてが湿り、昼なお暗い雰囲気。
廃村(ほぼ完全な廃村)と、
谷を隔てるもう一つの部落(もうすぐ廃村)、
この2つの部落を撮影した時間は3時間弱。
その間に撮影した10本ばかりから、
今、80枚選んであります。
これをどれだけ掲載できるかは、やってみないと分かりません。
青天白日のアユタヤから突然舞台がからりと反転し、
陰々滅々の勝山へ!
7の黒犬は、実はこのどんでん返しの先駆けだったわけです。
まずは、2つの部落の入り口付近の、
まだ完全に生きている村の光景から入りましょう。
完全に生きています。
でも、住民は年配者ばかり。
近未来の日本を思わせる、淋しく沈滞したムードの村。
そこで見つけたものはすべて、
なにか廃れ行く運命を感じさせるものでした。

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# by Hologon158 | 2008-08-15 21:15 | ホロゴンデイ | Comments(4)

7 リスクなくして、地獄の黒犬ケルベロスを撮ることはできないのだ


2000年8月、香港の下町、
ハイヌーン、
にわかに出現する地獄の犬ケルベロス、
すっとすり寄る奇妙な男、
次の瞬間、ケルベロスは男を一呑み!
なんてことは起こらなかった!
次の瞬間、
ケルベロスの鼻先30センチでかすかに聞こえた、
カシャッ
この黒犬、小山のように巨大でした。
たとえケルベロスでなくても、
もしも凶暴な犬だったら、
狂犬だったら、
男は危なかった!
ところが、この男、ホロゴンを持つと、
おそれを忘れてしまうのです。
気がついたら、撮っていた、そんな感じ。
それに、ホロゴンというレンズ、
ここまで寄らないと、本領は発揮できないのです。
でも、こんな場合に、相手が気づくと、
かかさずしている礼儀を、男はここでも忘れませんでした。
小さく一言、
「ありがとさん」
そして、すっと2人は別れました。
犬が西向きゃ、男は東ってところ。
確かにリスクを冒したのです。
でも、ケルベロスの牙を抜こうと思ったら、
リスクを冒さないと!
「それで、この程度の写真かい?」
そう言われたら、私としては答えるより仕方ありませんね、
「すいませんね、この程度で」
でも、私は気に入っています。
これまでに出会った一番大きな犬にこれだけ近寄れたのですから。

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[撮影メモ]
この写真、たいていの方はモノクロームだとお思いになるでしょうね。
これ、純粋にカラーなのです。
なんの細工もしていません。
私は、パソコンでスキャン画像をブログ画像に直すとき、
色補正は原則としていたしません。
レベルをちょっと補正するだけ。
では、なぜ、こんな写真に?
どうも、モノクローム出身という私の出自が関係しているようで、
知らずしてモノトーンの光景を好んで撮りたがる、そのせいのようですね。
# by Hologon158 | 2008-08-15 18:53 | ホロゴン異聞 | Comments(2)

6 この上海の路地の椅子の写真に、私のすべてが写っている


2001年8月、上海の豫園側の路地。
豫園は中国の誇る名庭園の一つです。
上海の町のど真ん中、高い塀に囲まれています。
その塀の外、東側は路地でした。
反対側の家々は貧しく、お粗末。
大富豪の造営した豪奢な庭園の外は、
この当時、観光スペースか、それともスラム。
その路地のほぼ中間に、この2つの椅子がありました。
寄り添うようにぴたりとくっつけられた椅子。
そのクッションは破れ、
背もたれの赤い布が目を奪います。
仲良しの老人がいつも並んで座る場所。
日本でもまったく同じ形状、同じ雰囲気の2つの椅子がありました。
ホロゴン讃歌に掲載しましたが、
もうウェブ上からは消えてしまいました。
両国のツインチェアーたちも消えていなければよいのですが。
この写真に、私のすべてが写っています。
私の写真技法は実にプリミティブ。
というより、技法なんて、ない!
「赤いもの、面白いものを見つけたら、
それをど真ん中において、
まっすぐ撮れ!」
ただ、それだけ。
ブログの写真をずっと繰っていただければ、すぐに検証できます。
私の写真に個性がすこしでも感じられるとすれば、
それは写真そのものではなく、被写体の特異性にあります。
私が「いいな! 撮りたい!」と思ったものばかりなのですから、
結局、私の写真は私なのです。
私のブログの写真が面白いなとお感じの方、
もし写真家志望でしたら、悪いことはいいません。
写真家になることはあきらめてください。
とてつもない才能と経験と運と支援と努力、時には涙と苦悩まで必要なのですから。
でも、写真を愉しむことなら、誰でもできます。
人まねをしないで、
背伸びをしないで、
自分の撮りたいものだけを、どんぴしゃりど真ん中に入れて、
シャッターを切ってください。
そして、その結果がどうであれ、ひたすら愛してください。
実は、それが私の写真術なのです。
どう?
この椅子たち、かわいいでしょ!

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# by Hologon158 | 2008-08-15 00:48 | ホロゴンメッセージ | Comments(2)

5 コンタックスT2よ、君は小さな巨人だった!


「レインフォール」
実は、私が撮った最上のスナップ写真はこれだと考えています。
1992年8月に撮った写真です。
当時、いわゆるアマチュアカメラマンとしてがんばっていたのです。
イングランド中西部の町、チェスター。
この小さな中世都市に着いたのは前日の午後4時頃でした。
晴天なのに、中心の「ザ・クロス」と呼ばれる十字路の石畳は雨で濡れていました。
ピンと来ました、
ははーん、夕立が来たんだ、雨の写真が撮れるぞ!
当時は、頭を使って撮っていたのですね。
翌日、午後3時頃、ザ・クロスの2階プロムナードで待機しました。
チェスターは、中世時代、お店が並ぶ回廊を2階に設けていたのです。
果たせるかな、突然、激しい夕立が襲来しました。
持参のコンタックスRTSⅡを構えました。
あかん、シャッターが下りない!
知らぬ間にフィルムが終わっていたのです。
とっさに腰のコンタックスT2を取り出し、絞りをF8に設定しました。
シャッター速度は30分の1秒だったと記憶しています。
手ぶれが起こらない限界で、走る人がぶれる程度。
雨雲は西から東に猛スピードで移動し、西側から晴れて来ました。
突然、金髪ワイシャツ姿のサラリーマンが建物の影から飛び出してきました。
とっさにシャッターを切りました。
雨脚はなかなか撮れないものですが、この写真ではしっかりと写っていました。
西から陽光が射し込んで、建物をバックに、雨脚を照らし出したからです。
当時属していた写真クラブの写真展に全紙に焼いて出しました。
大伸ばしをしてもポジの画像がいささかも劣化することなく、
両下隅から最深部までのパンフォーカスが見事なまでに立体感よく伸ばせました。
一眼レフ用レンズに優るとも劣らぬゾナーの実力をこのときはじめて思い知りました。
当時、属していた全国規模の写真組織の県月例会にも出してみました。
選者の写真家の選も仲間の互選も1位でした。
後ろに座るスナップ名人を自負するメンバーのちょっと悔しそうな言葉、
「10年に1枚の写真だなあ」
選者、「違いますよ、一生に1枚の写真ですよ」
すると、先ほどのメンバー、今度は本気で悔しそうに2度つぶやきました、
「ああ、運だなあ、運だなあ!」
私はこのとき心の中で考えたものでした、
とんでもない、運じゃないよ!
このとき、この場所に居ても、どの方向に、どんなレンズでどう撮るか、
すべては撮影者の選択にかかっているのだから、
運だけで写真は撮れないよ!
今でも、この種の写真は運だけでは撮れないと考えています。
でも、こんな写真が大好きだった私は遠い過去の私になってしまいました。
今では、ホロゴンでひたすら運だけを頼りに撮っているのですから。
人間変われば、変わるものですね。


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     [メモ]
      本記事は「ホロゴン讃歌」の記事をアレンジしたものです。
      これから、こんな風に再録につとめ、
      いつの日にか、私のホロゴンブログを一本化するつもり。
# by Hologon158 | 2008-08-14 21:14 | ホロゴン外傳 | Comments(2)

4.20「2002年7月25日のアユタヤ」20完 お釈迦様の横顔を眺めていますと、この世のことは夢の又夢と…


「ホロゴンデイ」シリーズ、アユタヤ編も今回で終わり。
我ながら感じるのですが、写真も文章も、いやあ、しつこいですね。
とくに最後の涅槃像なんて、いくら42メートルもあるからと言って、
4回連続涅槃像アップなんて、もう、うんざり!
そんな方が多いことでしょう。
そのうえ、文章も長くて、くどい!
そんなことが重なっているせいでしょうか?
アクセス数はぐんぐんと減少の一途。
でも、私は喜んでいます。
前身の「ホロゴン讃歌」では、
常にぎりぎりに切りつめながらの作成でした。
そのかげでは、フォトアルバムから写真をばっさばっさと削除。
涙なくしてはできない作業でした。
ところが、「わが友、ホロゴン」はちがいます。
文字通り無制限に写真を掲載できるのです。
少しぐらい調子にのっても、お許し頂きたいものです。
確かに、文章も写真も、選択です。
文章だって写真だって、最小限の見せ方で最大限の効果を狙う、
それが本来のプレゼンテーション。
でも、私の場合、ブログは、
可愛い写真たちにようやく巡ってきた出演のチャンスなのです。
体裁は、写真プレゼンテーションですが、
実質は、自分の写真をどんどこブログに掲載して、好きなときに見れるようにしたい。
私が写真家とか写真家志望のアマチュアカメラマンなら、
じっくりと選定した写真で、自分の才能を証明し、
自分のイメージを、そうと見て欲しい理想像に近づけようとするでしょう。
まちがっても、私のように、洗いざらいさらけ出すことはしないはず。
私は、別に写真界に雄飛したいわけではありません。
ひたすらブログで遊んでみたい!

涅槃のお釈迦様、ちょっと不謹慎な言い方をお許しいただければ、
私には大変におもしろい被写体でした。
大空の深い深いブルー、
袈裟の明るいゴールド、
お釈迦様の肌のホワイト、
みんなピュアでした。
さまざまな地で涅槃像を拝見しましたが、
このお釈迦様の姿が一番巨大なのに、一番ナチュラルでした。
涅槃に入られた瞬間を表現するものなのでしょうか?
名状しがたい安らぎのフィーリングがあたりにみなぎっていたように思います。
ここでは、素直になることにいたしましょう。
合掌

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[お試し]
ノートブックでブログを開いて、ちょっと驚きました。
字が大変に小さい!
これじゃ私の文章を読むお気持ちにはなれませんよね。
試しに、Ctrlキーと+キーとを同時に押してみてください。
画面がその度に拡大するはず。
字、写真ともに拡大されます。
-キーと同時押しすると、小さくなります。
こんなことしても、読む気にはなれませんか?
やっぱりね…
# by Hologon158 | 2008-08-14 18:43 | ホロゴンデイ | Comments(2)

4.19「2002年7月25日のアユタヤ」19 涅槃佛にさらに近づけば、涅槃の歓喜が沸き立つようで


「災難に逢う時節には、災難に逢うがよく候。
死ぬ時節には、死ぬがよく候。
これはこれ、災難を逃るる妙法にて候」

これは良寛さんの言葉です。
本日、友人にメールを書いたとき使ったので、
ついでにブログにも掲載することにしました。
なにしろ大好きな言葉なのです。
良寛さんがどのような意味で使ったか?
単なる現状肯定主義でないことは確か。
でも、私は良寛さんの真意を知りたいとは思いません。
そうではなくて、私がこれまで生きてきた生き方を、
とても巧い言葉で表現してくれている、
そう考えて、我田引水的に我が家においで頂いた次第。
私の感じている意味はこうです。
回避しようもない事態にはまりこんでしまったら、
自分の生きる前提として、全面的に受け入れてしまおう。
そうしたら、思わぬ人生の拾いものになるかも知れないし、
次のステップへの跳躍台になってくれるかも知れない。
なにしろ、「禍福はあざなえる縄のごとし」なのだから。
災い、不幸と思えることが、別の災い、不幸を防いだり、
思いがけない幸運、喜びを準備してくれるかも知れないのです。
どうせ、私たちは、自力で空は飛べないのです。
夜になると、寝なければならないのです。
手も足もたった2本なのです。
後ろに目はついていないのです。
奥さんは一人なのです(おっと、これはそうじゃない人もいるかも)。
こんな制限が数知れず私たちを縛っているのです。
さまざまな制限、レギュレーションを乗り越えてこそ、
人生は豊かなのです。
10年以上前、文献上臨床例零という奇怪な目の血栓症が突如発症し、
右目の右下4分の1の網膜が死んでしまいました。
段ボールを差し込まれて視野が狭まった感じ。
うっとうしいことこの上なし。
僕は不幸の星のもとに生まれたんだろうか!
でも、こんな不平不満は私に似合いません。
このときも、発症後約1ヶ月でふと気づきました。
太い黒めがねをかけたら、同じくらい視野が欠損するじゃないか?
目の見えない人だってがんばって生きてるじゃないか?
そう気づいて、欠損はまったく忘れてしまうことができたのです。
逆に、心に埋めようのない空虚、闇を抱えて生きている大富豪は一杯います。
過剰、無制約はかえって人間の心を縛ってしまうからです。

ここで、我田引水させていただきましょう。
私がホロゴン15ミリF8だけで撮ると決意したことを、
私は後悔したことがありません。
ホロゴンで撮れないような写真をまったく羨ましいと思いません。
逆、ホロゴンでないと撮れない写真が撮れることに喜びを覚えるのですから。
涅槃佛にさらに近づきました。
なにしろ巨大な仏像です。
42メートルもあるというのですから、これを普通のレンズで撮るのは至難。
まさにホロゴンの出番だったのです。
さて、涅槃佛の巨大さが表現できているでしょうか?

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# by Hologon158 | 2008-08-14 01:09 | ホロゴンデイ | Comments(2)

4.18「2002年7月25日のアユタヤ」18 お釈迦様が入寂された日の天空もこんなのだっただろうな


もう少しフェルメールのお話を続けさせてください。
マウリッツハイス美術館は圧巻。
「デルフトの風景」の部屋の反対側の壁に、
もう一枚、フェルメールの可憐なる傑作、
「真珠の首飾りの少女」があるからです。
同時代のオランダ画派の絵がその周囲を埋めています。
でも、まったく違うのです。
他の人の絵は、細い筆で綿密かつ精細に
ディテールが描き込まれています。
近くに寄ってみますと、感心します。
でも、ちょっと遠くに退いてみますと、
かえって画像がぼけて見えるのです。
フェルメールは違います。
近くに寄ってみますと、ぼけています。
遠くに退いてみますと、くっきりとした実在感をもって、
少女が厳然とそこに立ち現れます。
なぜだろう?
この絵を前にして、考えあぐねました。
そして、私なりに、一つの答えを出しました。
私が勝手に考えたので、学問的な研究の成果ではありません。
でも、相当に確かなことだと、私は確信しています。
フェルメールは、写真で言う「前ピン」を利用したのです。
同時代の画家たちは、目や唇のような重要な細部を、
ジャストピントで精密に描き込みました。
ところが、フェルメールは、わざとアウトフォーカスに仕上げているのです。
その結果、あたたかい血の通う、柔和な肌の感触を表現することができた、
私はそう考えるのです。
その直後に描かれたと推定される「少女像」や「赤い帽子の女」にも、
その表現方法が顕著にうかがえます。
おそらくカメラ・オブスクーラをのぞいて、気がついたに違いありません。
でも、17世紀に焦点をずらすという手法を創造する、
天才の天才たるゆえんでしょうか?

フェルメールと同時代のオランダ画派の画家たちと対比、
それは銀鉛とディジタルとの対比になんだか似ています。
ディジタルカメラの映像はあまりにも精密すぎて、
人間の肉眼を超えてしまい、不自然、
私はそう感じて、大変に居心地が悪いのです。
涅槃像も、ディジタル写真であれば、
もっともっと強烈にシャープで、細部のディテールもよく出るはず。
ホロゴンは、もっと中庸、という感じがします。
お釈迦様の魂が天上指して上っていくようではありませんか?
もうこうなると、人の好きずきということになりますが、
私は、わが友ホロゴンと一生付き合う気持ちなのです。

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# by Hologon158 | 2008-08-13 21:59 | ホロゴンデイ | Comments(0)

4.16「2002年7月25日のアユタヤ」17 フェルメールとホロゴンは僕の中では等価なのだ!


フェルメールのことを書きました。
私にとって、絵画の世界でのフェルメールは、
写真世界でのアンリ・カルティエ=ブレッソン、
日本文学界での紫式部、
レンズ世界でのホロゴンが占めるのと同じ地位にあります。
つまり、絶対的!
この世の喜び!
「ホロゴン讃歌」でも書いたように記憶しますが、
ハーグのマウリッツハイス美術館で「デルフトの風景」に出会った衝撃は、
私の人生にとっては、ベスト5に入るイベントでした。
今描き上げられたばかりであるかのような、輝く画面。
これは創作当初から現在までまったく変わっていないそうです。
1時間ちょっと、この絵の前に居て、
たまに反対側の壁面にある「真珠の首飾りの少女」を嘆賞するほかは、
ずっとこの絵と対決しました。
10人ばかりのオランダ人らしい来館者が通りすぎましたが、
みなさん、ちらりと見上げただけで、立ち止まらずに通過。
美術に限らず、芸術はすべて、人さまざま、
蓼食う虫も好きずき的なところがありますから、
そのことに文句を言う筋合いはありませんが、
フェルメールのために、いささか無念の思いを禁じえませんでした。
フェルメールは、わずか33歳で亡くなるまで約20年間に、
なんとせいぜい40枚、つまり1年間に2枚程度しか描かなかった!
絵を描かないときは、一体何をしていたのでしょうね?
絵を描かないで、よく我慢できたものですね。
でも、それだけに、すべての絵が入魂の傑作。
ひょっとすると、できあがっても水準以下と判断したら、
廃棄してしまったのでしょうか?
見事な絵が幾枚もありますが、
その中でも、私のお好みは、この絵と「牛乳を注ぐ女中」
でも、「フェルメールの一枚」と言われたら、文句なしにこの絵!
では、なぜ、この絵が特別なのか?
画集で見る限り、平凡な絵という印象。
でも、運がよければ、
いつか、じっくりと本物と対峙してみてください。
一目で分かりますよ。
わずか横幅1メートルちょっとの小さな絵。
それなのに、このなんでもない風景画からは、
他のいかなる名画にも優るとも劣らないエネルギーと光が
内側から放射しているのです。
こんな絵だとは思ってもみなかっただけに、
その衝撃は強烈でした。
じっと見つめていると、そのすべてのものが生きている!
こんな風に感じさせる絵がこの世に幾枚あるでしょうか?
17世紀の画家なのに、彼は印象派でした。
あるときは太い筆でぐいぐい描き、
あるときは点描し、ぼかします。
それなのに、少し離れてみると、
類い稀なる実在感、立体感、精密感をもって迫ってくるのです。

写真でも、オリジナルプリントと、印刷、複製では断然違います。
オリジナルプリントについては、改めて書きます。
ここでは、むしろ絵、写真を通じて、
エネルギーがこちらに向かって飛んでくるものがあって、
その理由はよく分からないということだけ、書いておきます。
でも、これは偉大な芸術家たちのレベルでのこと。
話はとつぜんガクンと私のレベルに下降します。
今回以降、アユタヤシリーズはラスト・スパートに入ります。
1 枚目だけご覧ください。
最後に満を持して登場するのは、さて、なんでしょう?
そう、金色絢爛たる涅槃像なのです。
なるほど、私たち俗人はお釈迦様の足下にも寄れません。
でも、涅槃に入られたお釈迦様なら、足下に寄れます。
まず、そこから出発いたしましょう。

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# by Hologon158 | 2008-08-13 18:23 | ホロゴンデイ | Comments(3)

4.16「2002年7月25日のアユタヤ」16 青空を見上げると、なんだか自分が浮かんでいるような…

4.15の記憶の話しには続きがありました。
妻が帰宅しました。
夕食を頂きながら、写真と記憶の話をしました。
私、「幼稚園までのこと、ほとんど覚えていないよ」
すると、妻、涼しい顔で、
「私はどっさり覚えているわよ、
弟が生まれたときも、私3歳だったけど、
6歳の兄と襖挟んだ隣に居て、どんな赤ちゃんが生まれるかって、
楽しみにしてたのよ。
そしたら、産婆さんが、生まれましたよ!
わっと襖を開けて入ったら、まだだった。
産婆さん、遊んでるのよ。
しょうがないので、また隣の部屋に戻って…」
と、長々続けようとするので、私、少々馬鹿らしくなって、
「でも、旅行のこと、覚えている?」
「たいていのことはね」と、
新婚旅行で与論島についたとき、嵐で、旅館とは反対の港に下ろされて、
タクシーを見つけるのにどんな苦労したか、再び長々…
私も確かに与論島に新婚旅行に行ったのですが、
そんな苦労があったという記憶は一切消えてしまっています。
「ちょっと待って、それ僕と一緒に行った新婚旅行?」
以上のようなやりとりを通じて、
私、大いに反省しました。
私の前回のお話は、私という大変に記憶力の悪い人間の基準を、
全人類にあてはめようとしていたようです。
ほんとに、カメラを持ったら、旅のことを記憶できず、
カメラを持たないと、旅のことを完全に記憶できる方が
わんさかいらっしゃるのか知れない!
そんな方のために、
前回のお話に、言葉をひとつ付け加えさせていただきます。
「もし、あなたがそんな方なのでしたら、
悪いことはいいません、旅に出るときは、
カメラを持たないでいきましょうね」
(ふーっ、井の中の蛙って、いけませんねえ)

カメラを持とうが持つまいが、旅の記憶をほぼ完全に喪失する私、
今回も写真を見て、
アユタヤで出会った最高の寺院、
壁龕に美しい巨大仏像を収めた、大ストゥーパ寺院、
その下に立ったときのことを思い出しました。
見上げると、蒼空、
一番低層の白雲がぐんぐんと走り、寺院は逆に動くよう。
思わず自分が、大ストゥーパの巨船に乗って、
大海原を航海するかのように見え、
どこかにしがみつきたくなったことを思い出しました。
このような蒼空を見ることができる、
これが、タイ、ネパール、インド、スリランカなど、
南アジアの旅の特権かも知れませんね。

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# by Hologon158 | 2008-08-12 23:16 | Comments(0)

4.15「2002年7月25日のアユタヤ」15 私もやっぱり、忘れようとしても思い出せないのだ


赤目四十八滝の岩道を上ってゆくとき、
帰りの客の一行とすれ違いました。
その会話がふと耳に留まりました、
「写真なんか撮るから、見た物を全部忘れてしまうんだ」
まだ中学生くらいの男の子の言葉です。
誰かの受け売りでしょう。
よくこの言葉を見かけます。
曾野綾子さんもどこかで書いていました、
「だから、私は旅行のときカメラは持たないのです」
ご立派!
ひょっとしたら、曾野綾子さんだったら、
旅で見た光景、もの、人、ぜんぶ覚えておられるのかもしれません。
でも、あなた、あなたはそんな芸当ができますか?
カメラを持とうが、持つまいが、
私は、ほとんど全部忘れてしまいます。
私の最初の記憶は3歳、弟が生まれた日のこと。
産婆さんが家に来て、姉と2人で外に出され、
玄関先の竜舌蘭の肉厚の葉の根もとに、
錆びたおもちゃのピストルを見つけたのです。
ちょっと小粋なエピソードなので、気に入っています。
でも、記憶にあるのはそれだけ。                        
あのピストル、どうしたんだろうな?
記憶は次に、吉野川でおぼれかけたことに飛び、
その後は、幼稚園の二三の出来事、
そして、小学校三年のとき、全校生徒の前で日本史について朗読して、
途中で頭が真っ白になってしまい、先生に壇上から下ろされたこと。
その間もその後もすべての記憶がどこかに行ってしまいました。
では、旅の記憶はどうでしょうか?
日本国内国外、随分たくさん旅行しました。
写真をいつも撮っていたわけではありません。
でも、嗚呼無情!
旅の記憶は私の頭の中からほとんど抜けて、
どこかに行ってしまいました。
というより、ベルクソンのおっしゃるように、
記憶は残っているのだけど、思い出せないだけかも?
それとも、あのバカポンの偉大なるパパのように、
「忘れようとしても思い出せないのだ」
カメラを持っていない人だって、同じじゃないでしょうか?
自分の記憶力の悪さをカメラに押しつけるのはやめましょうね。
誰もが、人生のほとんどのことを忘れてしまうのです。
人間って、そういう風にできているから、いいのです。
全部記憶し思い出せるとしたら、どうですか?
あの恥ずかしい記憶、忘れたい記憶がいつも頭にちらちら…
ところがですよ、人生に大逆転はつきもの!
旅の写真を見ると、ほとんどの場合、
そのとき、その場のこと、雰囲気、空気、匂いまで、
ディテールが懐かしく甦ってくるのです。
私も、6年前のアユタヤでのことを懐かしく思い出しながら、
今、ブログを書いています。
だから、曾野先生の言葉なんか忘れてしまって、
旅にはカメラを持って行って、どんどん写真に撮りましょう!

この巨佛のことも思い出しました。
本殿は壁も柱も屋根もぜんぶなくなってしまいました。
この巨佛がこのお寺のご本尊だったかどうか、
私は怪しいものだと考えたものです。
この巨佛も復元されたようですが、
屋根、壁が崩れたとき、
ご本尊だけが復元可能なほどの壊れ方で済んだとは、
とても考えられないからです。
でも、大空を天井として、どっかと座る仏様には、
どこか満足げな表情が漂っていました。

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# by Hologon158 | 2008-08-12 16:25 | ホロゴンデイ | Comments(0)

4.14「2002年7月25日のアユタヤ」14 はたはたとひらめくベールは、この世に贈る仏の慈悲心か?


何度でも繰り返し断っておきたいのですが、
私は「写真家」ではありません。
ただの素人。
どなたも、私が本気で言っているとは信じられないようで、
私の友人たちもそうです。
「いい加減、それ言うの止めたら?」
アマチュア写真家の方が余裕の表情でこう忠告してくれました、
「写真にプロもアマもありませんよ」
その方の表情はあきらかにこう物語っていました、
「私は、プロを超えているけどね」
私の主張は、私の写真に対する本質的なアプローチに基づいているのです。
写真は、私の心の記録なのです。
内心の領域なのですから、まさにプライベート。
でも、写真はあくまでも外観、表面を撮るものです。
どうすれば、その瞬間の心を写し止められるか?
これが私に課せられた課題でした。
そして、その回答が「ノーファインダー」だったのです。
画角120度、つまり、全視野が写る、この特性を利用して、
目の前の光景がぐっと来たら、そのまま全部撮ってしまう!
でも、1メートルも離れると、やたらだだっ広い写真になってしまいます。
人間は、そんなに広い視野は持っていません。
だから、「いいな!」と思える範囲だけを撮るために、
ぐっと近寄ります。
その距離がおよそ30センチから80センチ。
しかも、これがポイントなのですが、
撮影の瞬間、どこからどこまで撮れるか、皆目見当がつきません。
写真はホロゴンにお任せすることにして、
私は、目の前の光景の面白さに浸りきる。
写真は、単なる目撃証言であり、始末書のようなものです。
だから、私は自分の写真を持ち出して、人様に、
「写真作品なのですよ、いいでしょ!」なんて言うつもりは、さらさらありません。
だから、私はいかなる意味でもアマチュアカメラマンではなく、
もとより写真家でもなく、
ただの素人。

この黄色いベールの仏像を撮ったときのことをよく覚えています。
爽やかな夕方の風がベールをひらめかせ、
西日に映えて、ベールはきらりきらりと踊るのです。
いいな、いいなとつぶやきながら、
ホロゴンをあっちに突き出し、こっちに突き出し。
誰もいないし、時間もあるし、
ゆっくりとしゃがみこんで、ファインダーをのぞいて、
真剣に仏像と対峙すべきではないか!
そうお考えでしょう。
でも、そんなことはしない。
よい写真を撮ろうという気持ちが心の片隅に芽生えたら、
その瞬間、私は、心の記録ではなく、
写真作品を作ろうとしているのですから。
それでいいじゃないか、写真の傑作を狙ってなぜ悪い?
どうぞご自由に。
私はしたくない、ただそれだけ。

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# by Hologon158 | 2008-08-12 10:54 | ホロゴンデイ | Comments(0)

4.13「2002年7月25日のアユタヤ」13  堂宇を失った廃寺だけど、荘厳を奪うことは難しいらしい


揚琴という楽器、ご存知ですか?
ツィンバロン、ダルシマー、サントゥーリ、みんな一族。
中国に来て、進化しました。
クラシックと同じ十二音階に調律され、
大型化し、
スティックは「琴竹」と呼ばれる竹製に変わりました。
揚琴の表現能力は、この琴竹によって、飛躍的に強化されました。
竹が、しなやかで強靱、多彩かつ繊細な演奏を可能にしたのです。
揚琴は二胡の伴奏楽器なのです。
私が揚琴を始めた経緯については、先行のブログ、
「ホロゴン讃歌」(http://plaza.rakuten.co.jp/ultrawide/)に少し書きました。
まだ、揚琴が我が家に来て1年4ヶ月、
それなのに、この2ヶ月に3度も小演奏会に出演。
土曜日は、奈良の「燈火会」の催し物として参加したのです。
私の師匠と私を含む弟子十数人による、二胡演奏会。
「ホロゴン讃歌」でも書きましたが、
私は、生まれてこの方演奏会なんてものに出たことがなかったのに、
最初に出たのが、教会での四川地震支援チャリティコンサート。
200人近い観衆の前で、
「良宵」という二胡の名曲を師匠が演奏し、
私が揚琴で伴奏したのです。
不思議なことに、観衆がぜんぜん気にならず、
かえって集中力が増して、一応曲がりなりにも伴奏を終えることができました。
次が、神戸三宮の最大の繁華街センター街に面したショッピングモールでの、
やはり四川地震支援チャリティコンサート。
センター街の往来雑踏に直面する形で十数人で演奏。
ここでも、「良宵」を師匠と2人で演奏。
やっぱり観衆はまったく邪魔にならず、演奏は最初よりちょっとよくなりました。
そして、土曜日の演奏会は、二胡合奏の伴奏ですが、
揚琴は1人、それなのに、やっぱり百数十人の観衆に緊張もせず。
私、生来あがり屋だったはずなのに、
揚琴の前に座ると、練習のときよりもうまく弾ける状態になるようです。
楽器を初めて1年ちょっと、まだ未熟な腕なのに、コンサートで演奏するなんて、
観衆を馬鹿にしているという見方も一番正確。
でも、私にとっては、揚琴は、今や、写真と並ぶ生き甲斐。
なんと言われようが、揚琴伴奏を今後も続けるつもりなのです。
そこで、感じたことなのですが、
写真と揚琴、この2つと私のスタンスは大変に良く似ているようなのです。
30キロ近くあるのに、師匠が中国からわざわざ運んでくれた揚琴と、
私が見つけて必死に手に入れたホロゴン、
この2つは私にとっては、
孫悟空の如意棒、
関羽の青龍えん月刀、
ジークフリートのノートゥングなのです。
この2つを持つと、素人のくせに無敵の度胸が湧いてくるのです。
でも言わせていただければ、この度胸、練習量によって支えられています。
この3ヶ月、私は「良宵」を毎日平均10回、合計千回ばかり弾きました。
この12年、私がホロゴンで撮ったフィルムは1500本を下りません。
素人だって、「一千(一線)を超したら」強いものなのかも知れませんね。
でもご心配なく、私は自分が素人であることを絶対に忘れませんから。

さて、風雨にさらされつつ、厳然と立ち続ける巨大な仏像。
そのハーフトーンの薄緑に、
信仰の爽やかさとしなやかな生命力とを感じるのは、
私だけでしょうか?

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# by Hologon158 | 2008-08-12 00:57 | ホロゴンデイ | Comments(0)

4.11「2002年7月25日のアユタヤ」12  この彫像群って、ほんとうに信仰の対象だったのでしょうかねえ?


風景写真を私が嫌う理由を書いておきましょう。
公募の絵画展をご覧になったことがありますか?
会場を埋め尽くす巨大な絵画たち。
カンバスを覆う膨大な絵の具のたい積。
風景画の写真展も同様の傾向にあります。
とにかく第二次世界大戦前の列強が狂奔した、
あの大艦巨砲主義を彷彿とさせる、物量作戦。
風景画の場合、絵画と同様に、
新奇性、奇抜性、独自性がないと、まったく無視されてしまいます。
そこで夜討ち、朝駆け、一番乗り、闇討ち、悪天候、
ありとあらゆる奇想天外な条件が重視されることに。
競争はいつの時代にも繰り返される、人間の宿命かも知れません。
でも、私は、競争が大嫌いなのです。
フェルメールを思い出してください。
あの至高の風景画「デルフトの眺望」は長辺わずか117センチ。
史上最高のスナップ画「牛乳を注ぐ女」はわずか45センチ。
実物をご覧になったら、その生命感に圧倒されることでしょう。
写真であれば、エドワード・ウェストン。
終始、8×10インチのフィルムで撮影し、
これを六切りの印画紙の上に置いて密着焼きをしました。
その小さなオリジナル・プリントの持つ、神々しいばかりの美しさを、
是非どこかで味わっていただきたいのです。
風景写真をどんなに大きくしても、
眼前に拡がる現実の光景を超えることはできません。
大きさではなく、心を感じる風景写真を見たいものです。
でも、ウェストン、アンセル・アダムズ、入江泰吉にはそれがありましたが、
近年の高名な風景写真家たちの作品に精神性を感じることは、
正直言って、私には無理なのです。
まして、アマチュアの風景写真家の写真ときますと、もう…
でも、公平を期して、正直に白状しておきます。
風景写真家だけではありません、一般の写真愛好者の方も、
ほとんど例外なく、私の写真にまったく心が動かされないようです。
片手の指で数えるほどの人だけが、博愛の情からでしょうが、
私の素人写真に関心を寄せてくれます。
というわけで、私のブログに関心を寄せていただく、あなた、
あなたは、そんな例外的な博愛家か、
よほど変わっているか、
それとも、その両方か、
以上のいずれかであると覚悟しておいてくださいね。

本日の写真など、私の特殊性をいかんなく立証するものかも知れません。
どこのお寺だったでしょうか?
実に奇妙、奇怪な人物群がびっしりと彫刻された構造物を見つけました。
J.R.R.トールキン、これを見て、ゴブリンを作り出したのではないでしょうか?
少なくとも、私とはだんぜん異質な美的感覚の持ち主が創造したようです。
それとも、私の感覚の方がおかしいのでしょうか?
でも、いずれにせよ、私は喜々として細部を撮影させていただきました。
私が変わっていることだけは間違いのないところです。

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     [撮影メモ]
       今回だけは、全部、ミノルタTC-1の28ミリレンズ。
       ホロゴンではありません。
       ごめんなさい。
# by Hologon158 | 2008-08-11 21:36 | ホロゴンデイ | Comments(4)

4.11「2002年7月25日のアユタヤ」11 ストゥーパ上空には不思議な雲気が巻き起こり


写真をはじめる!
これは相当な決意を要しました、昔は!
今は比較的簡単です。
ディジタルカメラがピンからキリまで全部「友達価格」。
製造者が無数にあって、死闘を繰り返しているうえ、
どれでも、たいてい写りすぎるほど写るのですから、
ユーザーは選り取り見取り。
でも、以前は、まず、どんなカメラもちょっと手が出ないほど高価でした。
そのうえ、露出が正しく、ピントの合っている写真を撮ること自体、困難。
だから、どのカメラを選ぶかは、運命の分かれ道でした。
私が写真をはじめた動機は二つ。
一つは、高校時代の愛読書の一つ、平凡社の大百科事典の「写真」の項。
そこに幾枚か名作が掲載されていたのです。
うろ覚えですが、次の写真は確かにあったはず、
マイブリッジのコラージュ、
エドワード・ウェストンの娘のヌード、
カルティエ=ブレッソンのニースの並木道の髭紳士、
そして、木村伊兵衛の秋田の青年たちのスナップ。
最後に2枚が、私に、写真って面白いじゃないか、そう思わせたのです。
でも、撮りたかったは、「映画のような写真」
小学校低学年から、母に連れられて、主に洋画を観てきました。
モノクロームの映像が持つ迫力は、私の心の奥底に深く刻まれたようです。
学生時代に手に入れたミノルタSR-1、
妻が持参したミノルタのChiyoko80ミリの付いた六×四五判蛇腹カメラ。
この2つで、子どもたちを撮っていたのですが、
ある日、突然、燃え上がったです、
自分で引き伸ばしをしたい!
それが写真を本格的に始めた動機でした。
そんなとき、手に入れたのがコンタックス139。
50ミリから初めて、85ミリ、35ミリ、180ミリと発展。
このツァイスのレンズはモノクロームに最適だったのです。
全倍の大きさに引き伸ばすと、不思議なことに、
小さな伸ばしよりもさらに立体感が出て、
シャープネスが増すのです。
これが名レンズの証拠のようです。
結局、私はツァイスから写真を始めて、自然と、ツァイス党になっていたようです。
だから、ビオゴンからホロゴンへのすんなりと移行したのです。
もし私がライカから始めたら、
おそらくスーパーアンギュロン21ミリに行き着いたことでしょうね。

本日の写真は、アユタヤのあちこちに天空を指してせり上がる
ストゥーパ(仏舎利塔)群。
ストゥーパには、蒼天が似合いますね。
不思議なことに、4枚とも、あやしく白雲が舞い上がっています。
ストゥーパの頂点から天空に向かって、
エネルギーがまっすぐ放射されているのでは?
そんなことを疑いたくなる光景。

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# by Hologon158 | 2008-08-11 16:26 | ホロゴンデイ | Comments(0)

4.10「2002年7月25日のアユタヤ」10 大学卒業記念を廃寺で撮る気持ち、ちょっと分かるような気が


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昨日は、友人と2人で赤目四十八滝に行ってきました。
渓谷に滝が48点在することで関西では非常に有名。
私は、風景を撮りませんので、今回は10年ぶり。
じゃ、なぜ行ったのか?
どこもここも酷暑のさなか、涼を求めて、ただそれだけ。
でも、渓谷のロボーグラフィを撮りたいと思ったのも事実です。
友人(DAさんと呼びましょう)は、前回伏見稲荷に同行した彼。
前回お貸ししたマクロスイター50ミリ付きアルパ9dを持参。
15ミリと50ミリの対決!
とはいえ、DAさんは、グルメ談義の合間にひょいと撮ります。
その写真の構図の見事さ、情景のやさしさは無類!
とても、私の及ぶところではありません。
撮るものがぜんぜん違うので、平和に棲み分けしている状態なのです。
近鉄赤目口駅で下車して、バスに乗り換え、約10分で無事到着。
驚きました。
ちょっと目を離した隙に、赤目はれっきとした観光地に変貌。
旅館、料理店、土産物屋が建ち並び、観光客がぞろぞろ。
それでも、渓谷に入ると、ロボーグラフィが随所に見つかり、
岩場、断崖、渓流、滝と、当たるを幸いなぎ倒し、
ホロゴンウルトラワイドで合計7本、
サブのシグマDP1で130枚、満足。
渓谷のほぼ中間、布引の滝あたりで午後2時。
ふと見上げると、雲の流れ方がちょっと急。
「ちょっと危ないよ、近頃、雨降りゃ土砂降りなんだから、
そろそろ帰ろうよ」と、退却することに。
最初に出会ったのは、傘の用意もなさそうな子連れカップル。
まだ赤ちゃんです。
「どこまで行こうか?」と相談しているようすなので、
「雨が降ると、つるつるの岩道とても危険、そろそろ引き返した方がいいですよ」
こういうのをお節介というのですが、性分だから致し方ない。
それからが大変。
傘をちゃんとバッグに忍ばせている私たち2人が帰りを急いでいるのに、
来るわ来るわ、細い岩道は突然ラッシュの状態に。
ほとんど雨支度などない、軽装の人たち。
まさか拡声器で、「雨が来ると怖いから、帰りましょ」もならず、
撮影しつつ帰路をほとんど終えた状態で、
バッシャーン!
驟雨というより、土砂降りが襲来!
渓谷に深入りした、数百人の皆さん、どうなったでしょうね?
心配しても始まらないので、ホロゴンとDP1で雨を撮りました!
私は雨が大好き!
その一枚をご覧ください。
渓谷はバックが暗いので、雨脚がちゃんと撮れるのです。

さて、こんな道草から、アユタヤに戻りましょう。
まだ、凱風快晴!
このコントラストが嬉しいですね。
廃寺の入り口あたりで、おばあちゃんと、大学卒業の孫に出会いました。
いやあ、美しい家系のようです。
でも、選りに選って、廃寺で記念写真を撮るって?
私は、奈良の人間です。
廃寺ではありませんが、枯淡の味わいを出す古寺がいくつもあります。
私は、ほとんど授業に出ず、卒業式にも出なかった不良学生ですが、
アユタヤの由緒ある古刹の跡で記念撮影をする、
分かるような気がします。

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# by Hologon158 | 2008-08-11 10:45 | ホロゴンデイ | Comments(0)

4.9「2002年7月25日のアユタヤ」9 往時は金箔貼りの金キラキンでおられたようですが? 


前回書きました写真クラブは、
現在の写真クラブとはまったく性格が違います。
以前、写真は若者の趣味だったのです。
当時はこう考えられていました、
写真を巧くなるのは、徒弟奉公のようなものだ、
長年、営々と努力を重ねて、写真の奥義を究め、
最後に、ようやく自分の写真が撮れるようになる。
ところが、今や、写真は老人の趣味。
この老人たち、たいていは、職場で出世競争をしてきた方々。
そこで、写真にもそのノウハウを活用します。
一日でも早く、えらくなりたい。
プロを超すほどの腕前、名声を勝ち取りたい。
他の人の写真なんか見向きもしません。
これをお読みのあなた、
もし写真をしたいとお考えであれば、
けっして写真クラブ、写真教室に行ってはなりません。
一人で歩きましょう。
そして、どこかで、やっぱり一人まじめな眼差しで写真を撮っている人に出会ったら、
話しかけてみてください。
真剣に写真を撮りたいと感じられるようであれば、
そんな方と親交を結んでください。
後悔されることはないと思いますよ。

さて、どこの寺院だったか忘れました。
境内に奇妙な彫像群。
どこか中国的ですが、宇宙的でもあります。
タイ固有の文化とはちょっと違う宗派なのでしょうか?



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# by Hologon158 | 2008-08-11 00:23 | ホロゴンデイ | Comments(0)

4.8「2002年7月25日のアユタヤ」8 古都アユタヤに清浄の気が満ち満ちて


私は、南国宮崎に転勤になって、
はじめて、写真を本格的に始める決意をしました。
その二三年前、コンタックス139という一眼レフと、
スーパーイコンタ6×9という中型蛇腹カメラを手に入れていたのです。
写真クラブに入会しました。
メンバーは若いのがほとんどで約20人、
指導者は中学校の校長先生、昔風の先生で、非常に立派な人物で、
あたたかい人間性と見事な写真の技とで、
メンバーをしっかりと統率していました。
月1度、写真を持ち寄り、互選して、月例賞を決めるのです。
当時はほとんどのメンバーがモノクローム。
毎月、自分の写真がどのように評価されるか、
期待と不安とで胸をどきどきさせながら通ったものです。
年1回の写真展を開催することになりました。
これまでは、それぞれ思い思いの形で展示したとのこと。
私は、考えました。
折角グループ展をするのです、
全体で一つの作品となるようにして、はじめて迫力が出ます。
そうでないと、ただのばらばらの展示会にすぎません。
そこで、提案をしました。
同じフレームを使い、写真以外は完全に均質の見せ方をしませんか?
会長さんはじめ半信半疑の面持ちでしたが、
でも、有力な反対提案がないのですから、
こんなときには、積極的な意見が通るものです。
最初から、モノクロームに色は不要、白と黒で決めたい、
私はそう考えていました。
そこで、富士の白マット付きフレームを採用。
このマットはフレームより約5ミリばかり小さいので、
緑色のフレームの周囲が見えています。
このフレームをラッカーで黒に塗り替えました。
すると、黒枠によって、マットの白が強調され、
その中に見えている写真をしっかりと浮き上がらせてくれたのです。
ある晩、場所を借りて全員集合し、みんなで協力して、
このフレームを加工し、写真を収め、会場に展示しました。
黒枠白マットの全紙フレームが40枚ばかり整然と並んだ会場は、
新鮮で、迫力満点!
メンバーにも来場者にも好評でした。
翌年の写真展も同じ仕様で行ったことは言うまでもありません。
本ブログは、そんな初心をそのまま反映して、
黒地に白抜きで枠取られた写真を並べています。
このプレゼン、どうお感じでしょうか?

本日は、アユタヤの樹木と水。
古都アユタヤには清浄の気が満ちている、
そう感じさせる、すがすがしい蒼天。
モノクロームでなくても、
黒枠白抜きは効果的、そんな風に私は思うのですが…

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# by Hologon158 | 2008-08-10 21:09 | ホロゴンドラマ | Comments(0)

4.7「2002年7月25日のアユタヤ」7 仏の首から切り離された身体はどこに?


ファインダーをのぞく、
この行為をちょっと考えてみましょう。
ファインダーによって、撮影者は構図を確認し、
レンズ効果をチェックします。
ホロゴンの場合、
ファインダーをのぞいても、レンズ効果などチェックできません。
そうすると、構図なんかどうでもよくなったら、
もうファインダーをのぞく必要なんかなくなってしまいます。
構図なんかどうでもよい、
こう言いますと、ちょっと暴言に聞こえます。
ホロゴンの場合、ファインダーをのぞいても、
構図のチェックにはなりません。
視野の正確性がまず問題ですが、もっと問題が大きいのは、
15ミリの視覚効果はファインダー上まったく確認不能ということ。
ホロゴンのファインダーは大変にお金がかかっていると聞きます。
一説によると、レンズよりも高価とのこと。
でも、どんなにお金をかけても、
15ミリ120度の画角の映像を正確に再現することは無理。
というわけで、私のカメラの天辺で、
ファインダーは泣いている次第。

当然、今回の毀佛たち、
身体はあっても、頭はなし、
頭はあっても、身体はなし。
根佛は、身体はなくても、根っこにあたたかく包まれて、
至極満足そうでした。
首だけ、身体だけの仏様たちはどこか不満そうです。
根佛にほんのり感じられた安住者の誇りが感じられたのは、
気のせいでしょうか?
ホロゴンウルトラワイドは、3枚目の身体佛の立場でしょうか?

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# by Hologon158 | 2008-08-10 01:06 | ホロゴンデイ | Comments(0)

4.6「2002年7月25日のアユタヤ」6 少女は、仏の首に出会って、何を思ったか?


15ミリ一本で撮り続ける、
あなたは、そんな決意をすることができますか?
おそらく1000人中999人までが答えるでしょう、
「そんなこと、するはずがないじゃないですか!」
それなのに、私は、その決意をしてしまいました、
それもまことにすんなりと。
これまで使ったレンズの焦点距離をあげてみましょう。
15,21,25,28,35,38,40,48,50,55,58,60,65,73,75,
85,90,100,125,135,150,180,200,300,500
それなのに、選りに選って、
一番難しい15ミリを選ぶなんて!
でも、あれこれ悩んだわけではありません。
「召命」という言葉があります。
こちらから決意したのではなく、
向こうから、お呼びがかかるのです。
でも、やっぱり曲がりなりにも
いつしか「決意」をしていたことになります。
この決意、選択を一度も後悔したことはありません。
むしろ、ホロゴン15ミリF8と出会えたことを、
心から感謝する毎日。

さて、アユタヤでは、
かわいい少女が仏の首とおそらく初対面。
どんなことを感じたでしょうね?
後年、成長してから、思い出すことがあるでしょうか?
この子も今は10歳を超えているはず。
思春期にさしかかろうとする時期です、
あれこれ悩み始めている時期かも知れませんね。
そんなとき、この仏様がこの子をお守りくださるよう、
ここで、お願いしておきましょう。

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# by Hologon158 | 2008-08-09 22:14 | ホロゴンデイ | Comments(2)

4.5「2002年7月25日のアユタヤ」5 ガジュマルの根っこの迷路になぜ仏の首が?


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この仏の首、なぜここにあるのでしょうね?
私がタイ旅行を企画したのは、まさにこの首故でした。
最後の1枚をご覧ください。
仏の首は、まるでこの場所に生まれ出たかのよう!
回教徒によってアユタヤが陥落した際、
偶像として破壊されるのを怖れた仏教徒が地下に埋蔵したところ、
ガジュマルの根が伸びてきて、包んでしまった、
そんな風に説明されているようです。
おそらくそうなのかも知れません。
回教徒であれば、わざわざ埋めるなんてしなかったでしょうから。
でも、なんだか釈然としませんね。
根っこをマフラーのようにファッショナブルに着こなして、
まるでここにいるのが当然であるかのような風情で、
厳然と存在しているではありませんか?
私としては、神秘に包まれたまま、謎として残しておきたいですね。
私が撮影しているとき、タイ人の写真クラブがやってきました。
私が譲りますと、
5人ばかりで、代わる代わる、撮影していました。
一人、ニコンF3を使っている35歳ほどの男性がいました。
びっくりしました。
そのニコンボディは、私の生涯見たことがないほどに、
あばたのように荒れすさんでいたのです。
こんな風になるまで、何人の人が何年、どんな風に使ってきたのでしょう?
ニコンの強靱さを証明するエピソードと見るか?
そこまで使い込むタイ人写真家の執念を見るか?
いずれにせよ、並大抵のことではありませんね。
おしゃべりしたかったのですが、
私はタイ語ができず、
彼らは英語も日本語もできず。
あっさり別れました。
でも、彼のニコンはいつまでも私の記憶の中に残ることでしょう。
# by Hologon158 | 2008-08-09 13:29 | ホロゴンデイ | Comments(0)

4.4「2002年7月25日のアユタヤ」4 巨佛のかげには、小さな仏様もひっそり住まうのがアユタヤ


最初に断っておきますが、
私は、写真家でもなんでもありません。
ただの写真好き、
でも、その好き程度が尋常じゃない!
心から写真を愛し、美術を愛し、そのうえ、
カメラという人類が与えられた最高のメカニズムに夢中になってきました。
私は信じています、
人類は、火を発明し、言葉と字を発明し、
宗教を発明し、
哲学、数学などの学問を発明し、
音楽、美術などのアートを発明し、
20世紀には原子力とコンピューターを発明しました。
これらすべてが地球上の文化を支える原動力となっています。
でも、その陰で、19世紀は私たちにカメラを与えてくれたのです。
平凡な才能の持ち主がアートできるメカニズム!
とりわけディジタルカメラは、21世紀になって猛烈に進化し、
20世紀のカメラマンたちが悪戦苦闘したことを夢の又夢としてしまいました。
なにげなく撮っても、20世紀のカメラでは絶対に撮れないような
画質、映像で写真がばんばん撮れてしまう!
でも、と、20世紀人である私は踏みとどまります。
オーディオが、CDになって、
レコードがもっていたすべてのダイナミックな臨場感と、
とりわけフレーバーを喪失させてしまったように、
ディジタルカメラもまた、銀鉛カメラがもっていた、
実在感、空気感、臨場感、生気ある肌触りをすべて失わせてしまいました。
私は、写真家ではありませんが、
銀鉛カメラを使うことによって、
ディジタルカメラでは絶対に出せないような
味わいのある表現ができることを
このブログの中で証明したいのです。

アユタヤは、さわやかな午後でした。
巨佛のかげには、小さな仏様や人形がひっそりと、
でも、したたかに生きている、
それが古都の名残というものでしょうか?


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# by Hologon158 | 2008-08-09 10:43 | ホロゴンデイ | Comments(0)

4.3「2002年7月25日のアユタヤ」3 黄色い袈裟の巨佛が天空をバックにそそり立ち


15ミリを使うのは、実ははじめてではありませんでした。
随分前に、コンタックスRTSⅡを使っていた頃、
ディスタゴン15/3.5という巨大レンズを手に入れたことがありました。
径が確か87ミリ程もある半球状の巨大レンズ、
重さも900グラムほどはあったはず。
このレンズにもやはり魅せられて、中古品を手に入れたのです。
でも、ついに気に入った写真を撮ることはできませんでした。
まず、画像にシャープさがぜんぜんなかったのです。
開放では周辺が流れて、情けないほど鈍な印象、
F8に絞っても、立体感だけは増すけれど、
画像のゆるみはさほど改善されませんでした。
当時のトライXというフィルムにも問題があったのかも知れません。
ついに手放しましたが、私が売り買いしたレンズ、カメラの内、
このレンズだけが買値の倍で売れました。
これとき初めて思いました、
このレンズを手に入れて良かったな。
そんな体験があったので、
ホロゴン15ミリF8の撮影結果には、
実は、さほど大きな期待はしていなかったのです。
ところが、現像からあがってきた最初のポジを見て、
心底びっくりしました。
シャープでコントラストがよく、鮮鋭そのものなのに、
ぜんぜん硬くない。
リアリティがあるのに、
デモーニッシュ!
使い始めてから5年経ったアユタヤでも、
その印象はまったく変わりません。
覆っていた堂宇を失った石仏。
でも、頭上に頂く天空こそ入れ物にふさわしい、
そんな大きさを感じさせる仏様でした。

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# by Hologon158 | 2008-08-09 00:16 | ホロゴンデイ | Comments(2)

4.2「2002年7月25日のアユタヤ」2 アユタヤの廃寺はまるでブッダガヤのように静謐、清浄の空間でした


ホロゴンウルトラワイドというカメラをご覧になったことがありますか?
ある本で、1968年に1400台作られたと読んだことがあります。
真偽は不明ですが、大変に少量、しかもその年だけ。
つまり、売れなかったのです。
当然です。
当時、まだ広角レンズと言えば、35ミリがせいぜい。
もちろんすでに28ミリも21ミリもありましたが、
極めて特殊なレンズだと考えられていたようです。
そんな時代に、突然おじゃましますと入ってきたのが、
なんと超広角15ミリ。
これじゃ売れるわけがありません。
当時は、後ろに退けない狭い場所とか室内とかで撮るレンズ、
そう考えられていたようです。
でも、とにかく、ほとんど誰も使わなかったようです。
あんまり高価すぎたので、
アマチュアには手が出ないし、
プロには経費でまかなえない。
これじゃ誰も買いませんよね。
おかげで、急速にクラシックカメラのコレクターアイテムに昇格、
というよりか、祭り上げられてしまい、
以来今日まで、ホロゴン15ミリF8で撮られた作品など、
ほとんど誰も見たことがありません。
数年前、コンタックスの方から、日本の写真家では3人ばかり、
ホロゴンで作品を作っていると聞いたことがあります。
どんな作品を撮っておられるのでしょうか?
知りたいですね。
ご存知の方がおいででしたら、教えてください。
というわけで、ホロゴンウルトラワイドを手に入れてみたけども、
どう撮って良いのか、皆目見当がつかない日々でした。
私が打ち出した解決策は「超接近水平垂直撮影法」でした。
この撮影法については、また書きます。
簡単に言いますと、60センチ以内に接近して、すべてのものを撮る、
それだけ。
でも、アユタヤに来て、はたと困りました。
対象があまりにも大きなものばかり。
広大な寺院、廃墟、巨大なる仏陀!
今回は、私の解決策では間に合わない被写体との苦闘の写真を
3枚アップしてみました。
なにしろ写真の素人、
そのうえ、風景写真は好みじゃないので、ぜんぜん撮らない、
そんな人間がノーファインダーでどかんと撮るのですから、
まあ、この程度でお許しいただくより仕方がありませんね。

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# by Hologon158 | 2008-08-08 21:21 | ホロゴンデイ | Comments(0)

4.1「2002年7月25日のアユタヤ」1 黒犬は黒顔の日本人の黒カメラにちょっと興味をもったようで


私のブログにはじめておいでになった方にお伝えしておきます。
本ブログは、前身である楽天ブログ「ホロゴン讃歌」から引っ越してきました。
(http://plaza.rakuten.co.jp/ultrawide/)
引っ越しの理由は、「ホロゴン讃歌」を見ていただければ分かります。
そちらにも書きましたが、「ホロゴン讃歌」に掲載した写真の大半は、
ブログの記事からすでに消失してしまいました。
私としては、暇を見て、「ホロゴン讃歌」の記事も本ブログに
移住させたいと考えています。
私の五ヶ月間の営々たる努力の積み重ねが、
訪れるものもない終了ブログの中で朽ち果てるのはしのびないからです。
このブログの最後の記事は、「ホロゴンドラマ」と称するシリーズの
最新作「2002年7月のバンコク」でした。
本ブログでも、「ホロゴンドラマ」は各種企画していますが、
折角です、「バンコク」に続いて、
タイ有数の仏教聖地アユタヤを採り上げることにしましょう。
新しいブログを立ち上げるにあたり、
いわばこけら落とし公演を何にするか、ちょっと悩みました。
雨にうたれる廃村をテーマにしたドラマにしようか?
でも、新ブログを暗い写真たちで始めるのもどうかな?
一番明るく、一番光り輝いている写真から始めるのが、一番おめでたいのでは?
というような思案を経て、
「2002年7月25日のアユタヤ」と決定したのです。
ただし、これはホロゴンドラマではありません。
旧シリーズ「ある日のホロゴンと私」改め「ホロゴンデイ」シリーズとして。
理由は簡単。
7月25日、私はバンコクから列車でアユタヤに行き、
一日アユタヤを撮影して、そのままバンコクに帰ったのです。
つまり、その一日に撮った写真たちで一つの展示をまかなうのですから、
実際にはべらぼう、むぼうな企て。
当日のフィルムからスキャンした120枚からランダムに選択して、
ホロゴンと写真について、思いつくまま記した記事とともに、
見ていただこうと思います。
前ブログでも、私の駄弁にお付き合いしていただいた方は、
ほとんど一握りの奇特な方だけだったと推測しています。
本ブログでも、事情は変わりません。
文章は省略して、写真までスクロールして、ハイ、さよなら、
で、結構です。
お互い、遠慮なく、自由に遊ぶことにしましょう。
さて、「アユタヤ」の皮切りは、黒犬。
ワン君、別に私を見ているのではありません。
ホロゴンを見ているのです。
距離は60センチ。
私は動物好き、動物もそれが分かるらしく、
どこの国でも、お互い気兼ねなく付き合っています。
犬の顔を見たら、それが分かるでしょ?
笑っています。

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# by Hologon158 | 2008-08-08 18:34 | ホロゴンデイ | Comments(2)