わが友ホロゴン・わが夢タンバール

22. 15 ホロゴンデイ6「2005年10月22日の京都下町」15 京を歩けば、ちょっとおかしなものに出会えます


私は、真っ正面に向き合うのが大好き、ということは何度も書きました。
狭い路地を歩きますと、後ろに引けないので、
ホロゴンは大変に便利です。
でも、真っ正面にばかり向き合うのですから、写真としては単調。
でも、写真家じゃないから、平気。
勢い、写真的な面白さではなく、写っているものの面白さが主体となります。
その点、素材に不足することはありません。
といっても、実は、今回の写真でお分かりのように、
素材そのものは至って平々凡々たるものに過ぎません。
でも、私はまったく心配していません。
ホロゴンがちゃんと料理し、味付けをしてくれるからです。

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# by Hologon158 | 2008-09-08 17:59 | ホロゴンデイ | Comments(0)

22. 14 ホロゴンデイ6「2005年10月22日の京都下町」14 ポスターで壁を埋めるのも楽じゃない


13の賈鵬芳さんのコンサートの話、もう少しさせていただきませんか?
伴奏者は、左からピアノ、アコースティックギター、チェロ、ベース、ドラム。
みんなちょっと髪が白くなって、初老とまでは行きませんが、相当な年配。
賈鵬芳さんが最初に嬉しそうに、
「超一流の演奏者たちが伴奏してくれて、幸せです」
ちょっと大げさだなあと受け取りましたが、
演奏が進むにつれて、どうやらこの人たち本物らしいと分かりました。
時折、それぞれのパートがフィーチャーされることがあります。
そのときの演奏の巧みさは、思わず息を呑むほど。
それでいて、けっして主役のお株をとるなんてことがない。
チェロが主旋律を先に奏で、二胡がそれを後追いしたり、
二胡の旋律と平行して、チェロが重奏することがあります。
チェロがふんわりと空気のように二胡を包み、
底から二胡を支えるのですが、けっして二胡を邪魔しない。
ベースときたら、ジャズファンでもある私にとっても驚き。
ラファロとかブラウンのような往年の名ジャズ・ベーシストたちの迫力こそありませんが、
ベースのあの野太いピチカートから、美しい旋律が見事に浮き出てくる、
そののびやかな歌いっぷりときたら、これまで聞いたことがないほどに新鮮。
他の3人もそれぞれに名人。
初めて1年4ヶ月とは言え、伴奏者を目指す私にとって、これは貴重な体験でした。
随分前、二胡の陳小林先生に伴奏の心得を聞いたことがあります。
先生、即座に、「音はどんなに小さくてもいいですよ」
私レベルの伴奏の極意って、これだけかも知れませんね。
ひたすら、二胡の邪魔をしないこと!
でも、楽器をおやりになる方だったら、当然おわかりと思いますが、
ピアノ、ピアニッシモで弾く位、初心者に難しいことはないのです。
揚琴の付虹先生に尋ねました、「どんな練習をしたらいいですか?」
先生、即座に、「ゆっくりと正しいリズムで弾く練習をしてください」
楽器をおやりになる方だったら、すぐに分かっていただけると思いますが、
ゆっくりと正しいリズムで弾く位、初心者に難しいことはないのです。
今の段階でわかったこと、それは、
身体から完全に力を抜いて、正しいフォームで、
そして、正しい琴竹奏法で弾くことができるようにならないと、
ゆっくり正しいリズムでピアニッシモを弾くことなど、夢のまた夢。
例のとおり、ここで学際的ジャンプをいたしましょう。
写真だって、正しいフォームで、かつ正しい撮影法で
カメラを操作できるようにならないと、
ちゃんとした写真など撮れないのではないでしょうか?
宮本武蔵が、食事中、ひょいとお箸を伸ばしてハエを捕まえたという話があります。
どれだけの剣道修行がこんな離れ業を可能にしたかを考えますと、
ちょっと気が遠くなります。
でも、やっぱり、写真だって、修行したら、修行しただけの写真になるのでは?
そんな風に考えますと、写真もただの遊びとは言い難いところがありそうです。
本日は、そんな修行とは無縁の撮影法を採用した男の写真です。
壁のところに言って、正対して、水平垂直に撮れば、
誰が撮っても、だいたいのところ、こんな写真になりますね。
それにしても、これらの壁につまっている情報量もかなりなものですね。
京都の文化活動総ざらえというところでしょうか?
でも、私の驚くのは、これどうやって貼っていったのでしょうね。
時期もてんでばらばらなのに、びっしりと端から揃えてあります。
ある時期が来たら、一気にはがして、一気に貼り巡らすのでしょうか?
でも、それでは、開催時期に合わせてフレキシブルに宣伝するのは難しい。
ここにも、一つの謎、一つのプラの技があるのかも知れません。

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# by Hologon158 | 2008-09-08 01:10 | ホロゴンデイ | Comments(0)

22. 13 ホロゴンデイ6「2005年10月22日の京都下町」13 今日の町家から木組みのフーガが


半時間前に帰宅しました。
大阪梅田のザ・シンフォニーホールで開催された、
二胡の演奏家、賈鵬芳(ジャー・パンファン)さんのコンサートだったのです。
私たち夫婦は一番前の席がお気に入りです。
前に頭が見えるのが大嫌い。
たとえ、音響的には劣悪でも、邪魔者を見なくて済む利点を採りたいのです。
ぼくたちのためにだけ演奏してくれる!
そんな気分になれます。
賈鵬芳さんが、妻の真っ正面約3メートルに居るのです。
その演奏、その表情のすべてを見ることができる。
家に来てもらったような気分。
彼は、北京の花形音楽団のソリストだったのに、
わずか8000円と二胡一本で来日。
以来、辛酸をなめつつ、次第に二胡を普及させ、
十数枚のCDをリリースし、
日本で一番有名な二胡演奏家としての名声をほしいままにしています。
これまでも賈鵬芳さんの出演した演奏会に行ったことがあります。
そのときも彼が事実上の主役でしたが、
中国から招聘した大先輩を立てて、終始控えめでした。
だから、たいした演奏家という印象はなかったのです。
今回は、彼の来日20周年記念リサイタル。
全身全霊をあげて演奏してくれました。
彼自身も感動し、私たちを含めて聴衆も感動しました。
その証拠に、一曲一曲すべて、演奏が終わっても、誰もすぐには拍手をしないのです。
二胡と伴奏者たちのサウンドが余韻を残して、しずかにホールの空間に消えてしまい、
その2、3秒後に、清らかな沈黙のなかから、
しずかにしずかに拍手が始まり、たかまるのです。
バッハ、モーツァルトの演奏会でも、なかなかこうは参りません。
馬鹿な野郎が必ず一人はいて、曲が終わった途端に拍手。
「ぼくちゃん、この曲ちゃんと知ってるよ!
終わったのがちゃんと分かったの! 
えらいでちょ、ぼく!」
私の持論としては、こういうのはただちにホールからたたき出すべきです。
二胡という楽器、ご存知でしょうか?
実際に演奏されるのをご覧になった方は少ないかも知れませんね。
長年、クラシック音楽に没頭、心酔し、
今でもiPod80GBに50GBほどクラシックを入れ、
グレン・グールド、バックハウス、マリア・カラスを崇拝する私ですが、
今頃になって、二胡に接するようになってからは、
二胡以上に、人間の心のひだの隅々まで描き出せる楽器はない、
二胡の最大の演奏家、閔惠芬さんは、グールドたちに匹敵する深遠な演奏家である、
そう確信するに至ったのですから、おかしなものです。
ホロゴンだって、12年前にはじめて知り、
最近になって、その偉大なる表現能力を知ったのですから、
私が知らないからと言って、偉大さが減じるわけではありませんね。
未知の偉大を知るに、遅すぎるということはないわけです。
これからだって、まったく意想外の偉大さに出会う筈と考えると、
嬉しくなってしまいます。
前置きが、いつものとおり、長くなってしまいました。
本日は、京都の町家、寺院のファサードあたりを採り上げました。
はからずも、傘の柄の湾曲だけが別のリズムを作り出していますが、
縦、横の直線的な木組みがデザインのポイント。
なにか、バッハのフーガが聞こえてくるようではありませんか?

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# by Hologon158 | 2008-09-07 22:26 | ホロゴンデイ | Comments(0)

22. 12 ホロゴンデイ6「2005年10月22日の京都下町」12 写真撮るのも多生の縁、路地裏散歩は楽しいね


写真を始めてよかったことの一つが、歩くこと。
とにかく一日中歩いても、苦にならなくなりました。
ただ歩くとなると、つらいものです。
奥様のショッピングに付き合うとなると、もう難行苦行。
ところが、愛用のカメラを持っただけで、
足取りは軽く、しかもいくら歩いても疲れない!
楽しくなるばかり。
もちろん身体は当然疲れるのですが、
心が身体を持ち上げているわけです。
人はパンのみにて生きるにあらず、
自分の楽しみによって生きるのである。
でも、思い返して見ますと、一眼レフを使っていた時代、
午前中だけで随分消耗しきった記憶があります。
もちろん昼食で、疲労を回復し、午後の撮影もこなしていたのですから、
やっぱり、人はパンによって生きるのですかね。
ホロゴンを持って、ひたすらノーファインダーで、あなた任せになってから、
疲労は完全に十分の一に減少しました。
よっ、いいね!
おっ、これだ!
うぉーっ、素晴らしい!
というような具合で、
ひたすら喜んでいれば、それでよいのですから。
路地裏って、どこに行っても、玉手箱です。
あの曲がり角を曲がると、なにが待っているか分かりません。
行き慣れた路地でさえ、そうなのです。
路地裏は生きているのです。
木村伊兵衛が一生浅草などの東京の路地裏を散策したのも当然。
それを、「このあたりは、もう撮り尽くした」などと、
誇らしげにほざくカメラマンがいるのですから、付き合いきれません。
「袖すり合うも多生の縁」と言いますが、
こんな風にして路地裏をそぞろ歩く間に、
すれ違う人にそっとカメラを向ける。
写真撮るのも多生の縁ですね。
こんな写真を見返すたびに、考えるのです。
「今、この人、この犬、どうしてるかな?
健康で幸せに生きてたら、いいんだけどなあ」
先日も、奈良の裏町を歩いていて、
7,8年前に撮ったことのある白犬が元気に座っているではありませんか!
嬉しかったですね。
よっ、元気だったんだね!
もちろん1枚写真に頂きました。
また、5年後に会おうね!

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# by Hologon158 | 2008-09-07 12:20 | ホロゴンデイ | Comments(0)

22. 11 ホロゴンデイ6「2005年10月22日の京都下町」11 暖色系の後には、寒色系で箸休めと行きましょう


私は大体において、いつも絶好調の人間です。
ところが、近頃、ちょっと調子を落としているようです。
ローライ3.5Eを手に入れて、
凄いレンズだ、ホロゴンのサブに使える、
そう喜んだ途端に、故障。
キーボードが愛用のレッツノート以上に快調な超小型パソコンを見つけて、
インターネットで在庫ありと表示されたお店に予約したら、梨のつぶて。
問い合わせをしたら、在庫一掃、入荷予定なし。
ヨーロッパのカメラショップの老舗を検索して、
使えそうなローライ3.5Fを発見、ただちに予約。
折り返し、すでに売却ずみのメール。
なんだか新しいことをしようとすると、おかしなことが起こります。
新規冒険は控えるべきなのでしょうか?
それとも、ただの夏ばてでしょうか?
とはいえ、ブログ・ライフだけは絶好調です。
写真たちがわいわいがやがや呼びかけてきます。
みんな晴れ舞台に立ちたいのです。
こちらは、選り取り見取りですから、大手大企業の人事担当者の気分。
もっとも、そんなことをしたことはないので、ただの想像。
暖色系のあとは、寒色系で締めてみましょう。
適材適所、融通無碍、甲論乙駁、絢爛豪華!
おっと、最後は間違い、むしろ、あれよあれよ!
ウェブ空間を散策してみて、つくづく思います。
王道を闊歩する写真ブログの皆さんの写真とはちょっと違いますね。
皆さんの写真は、もっと精密、鮮麗、颯爽としています。
だから、一枚アップすると、コメントがわんさか!
ホロゴンのネガフィルム写真は、色も濁り、粒子も出て、とても地味。
コメントは1日にお一人かお二人、ひっそり閑。
でも、だから、私はホロゴンとネガフィルムにこだわりたいのです。
ひっそり路地裏をさまよう影の写真があってこそ、
王道を往く写真家たちの写真たちも引き立ってくるのでは?
そんな思いで、本日も、
誰も撮らないような、ノンフォトジェニックな写真を並べてみました。
でも、正直に言いますと、
この誰も撮らないような写真で、うふうふと喜べる自分が
ちょっと楽しいのです。
やっぱり変わってますかね?
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# by Hologon158 | 2008-09-07 09:54 | ホロゴンデイ | Comments(4)

22. 10 ホロゴンデイ6「2005年10月22日の京都下町」10 この世で最高の芸術家が見せてくれました


「武田の赤備え」
信玄の軍勢が大地をとどろかせながら進軍する有様、
壮観だったでしょうね。
目立ちすぎますよね。
負けたら、逃げるのが大変だったでしょう。
でも、わざと目立つ色にした、その理由は、
兵士たちを鼓舞し、敵を怖がらせるため、それに尽きます。
負けることなんか、考えたことがなかったはず。
上杉は別として、徳川、織田、北条など、周囲の諸侯たち、
赤備えを目にするなんて、いやでたまらなかったでしょう。
さて、今日は、私も赤備えで出陣させていただきました。
みなさんは敵ではないのですから、まさか嫌がらないでしょうね。
それとも、色と言えば赤、赤、赤というのに、
もう飽きてしまったかな?
私はぜんぜん飽きませんね。
モノクロームからカラーに切り替えて、すでに随分になります。
その間、ホロゴン以前もやっぱり赤だけで撮っていたのですから。
でも、そんな風に赤ばかり見てきた私でも、
ホロゴンの赤、好きですね。
華麗ですが、けばけばしくなく、
厚みがありますが、重くない。
その赤を額縁として、太陽が社殿の白壁上で木漏れ日変奏曲を奏でています。
この世で最高の芸術家、それは太陽かも知れませんね。               

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# by Hologon158 | 2008-09-07 00:21 | ホロゴンデイ | Comments(0)

22. 9 ホロゴンデイ6「2005年10月22日の京都下町」9 手を清めると、心も澄むのかな?


京都の北西部上京区にある北野天満宮は、
例の通り、菅原道真公をお祀りして鎮魂しようという、
加害者たちの必死の努力の結晶。
毎月25日には、骨董を中心とする二五日市、
梅の季節には、梅花祭が開催されます。
私は別に道真公にお付き合いありませんので、
天満宮自体にはほとんど縁がありませんが、
骨董市と梅花祭には幾度かお邪魔しました。
どちらも大変な賑わいを見せますので、
面白い写真が撮れます。
今回は、そのどちらでもないので、
ちょっと閑散としていました。
まずは、その天満宮の東門あたりの光景から、
柄杓のオブジェと参りましょう。
幾人もの人が手を清めてから、柄杓を置きます。
その知らず知らずの協同作業の末に、
柄杓はちょっと洒落た姿に収まります。
柄杓がばらばらに混乱しないよう、
無意識のうちに、人々が気を配ったのかも知れません。
これ、日本人の得意技ですね。
とすれば、意識的なコラージュ。

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# by Hologon158 | 2008-09-06 21:03 | ホロゴンデイ | Comments(2)

22. 8 ホロゴンデイ6「2005年10月22日の京都下町」8 京都人と言っても、新旧さまざまでござんす


今回は、いかにも京都人らしい人たちを選んでみました。
でも、この人たちがどのような人たちであるのか、
1枚目を除き、私にはまったく見当がつきません。
2枚目の奥様方、手前の年配の方がどうやら一番お偉いようです。
でも、ホロゴン持ってここまで(つまり約40センチ)寄ったのに、
なんでお偉いのか、さっぱり不明。 
おそらくこの写真には、
ある社会のヒエラルキーを構成する三世代が写っているようです。
つまり、一番奥の若い女性は数十年を経て、
左のお二人の奥様状態から、
一番手前の大奥様にまで昇り詰めることでしょう。
どんな坂を昇って?
分かりません。
推測はよしましょう。
ということで、今回は、
ちょっと寡黙なHologon158さんでありました。  

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     [撮影メモ]
       1、3枚目は、人物の方が私の横を通り過ぎてゆきます。
       2枚はは、私が通り過ぎたのです。
       堂々とニアミス状態を作り出し、
       堂々とホロゴンで撮りましょう。
       なにごともこそこそすると、気が付かれます。
       堂々と振る舞えば、皆さん、自分のことにかまけつつも、
       目の片隅で、私をちゃんと認識して、
       この人変な人じゃないとうすうす安心してもらえるのです。
       で、撮ってしまうって、変なことじゃない?
       そうおっしゃる方もおいででしょうね。
       でも、この方たち、それなりに美しい品位を持って
       写真に収まっているではありませんか?
       けっして変なことじゃないですよ。
# by Hologon158 | 2008-09-06 17:30 | ホロゴンデイ | Comments(0)

22. 7ホロゴンデイ6「2005年10月22日の京都下町」7 一口に赤と言っても、いろいろござんす


私の写真には、色彩は赤しかありません。
ブルーもないわけではありませんが、これはたいてい背景色。
なぜ、赤なのか?
とにかく好きなのです。
韓流ドラマで、よく尋ねますよね。
「なぜ愛したのですか?」
答えは決まっています。
「理由はありません。愛に理由なんていらないのではないでしょうか?」
その度に、私、膝をうちます、
「そうだ! そのとおりだ!」
ホロゴンを愛するのに、理由なんていらない!
赤を愛するのに、理由なんていらない!
でも、このことは、私の写真に赤以外の色がないことの説明にはなりません。
どうも、これにはちゃんと理由がありそうです。
まず、私自身。
赤を見つけたら、撮ります。
それ以外の色は、私の目に入りません。
次に、ホロゴン。
なぜか、ホロゴンは、適正で撮ると、露出が数段アンダーになってしまいます。
だから、ほとんどいつも2段オーバーで撮っています。
これでシャッター最高速500分の1秒、絞りF8のホロゴンでも、
ASA400のフィルムが使えます。
F8、500分の1秒がちょうどEV値13に相当するからです。
それほどまでにオーバーにしても、撮影結果は1.5ほどアンダーなのです。
だから、私の写真は、つねに暗めで色を失っています。
そんな風にしてもなお彩度を失わないのは、赤だけなのかも知れません。
京都でも、赤ばかり撮りました。
そんな赤の写真から3点選んで見ました。
こんな渋い赤が私の好みなのです。

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# by Hologon158 | 2008-09-06 16:00 | ホロゴンデイ | Comments(0)

22. 6ホロゴンデイ6「2005年10月22日の京都下町」6 ホロゴン手にして道もあるけば、謎に当たる


謎!
It’s a mistery!
好きですね、謎。
考えてみますと、一生、謎を追いかけてきたみたいなものです。
私の仕事の至上命題はただ一つ、「なにが真実か?」これだけでした。
私生活でも、謎ばかり追いかけてきました。
高校生のとき夢中になったのは、ありふれていますが、シャーロック・ホームズ。
ホームズ曰く、「犬が鳴かなかった。それが不思議だ」
もう震えましたね。
もちろん、犯人は被害者と親しい関係にあったからですが、
仕事でも日常生活でも、それに類した謎は一杯あります。
でも、答えはこんな風には見つからないものです。
第一次大戦で、突然のロシアの参戦で窮地に陥ったドイツは、
タンネンベルクの戦いで起死回生の大勝利を収めます。
その立役者であった老将ヒンデンブルクと名参謀ルーデンドルフとは、
このとき以来、歴史に残る名コンビを組むことになります。
そのヒンデンブルク、なにか重要な決定に迫られると、
必ず振り返り、ルーデンドルフに尋ねたといいます、
「君、どう思う?」
ルーデンドルフは必ず解決策を見つけます。
ヒンデンブルクの信頼がルーデンドルフの才能を引き出したのです。
後年、ルーデンドルフは、トップに立ったとき、破滅的ミスを犯します。
人間、器を超えると、駄目なのですね。
ここからが言いたいことなのですが、
私のやっていることもまったく同じなのだと気づいたのです。
路地を歩いていて、ちょっと奇妙なものにぶつかると、
私は、躊躇なくホロゴンにこう尋ねるのです、
「ホロゴン、君ならどう撮る?」
ホロゴンは必ず答えをくれます。
私は、この答えに不満を持ったことが一度もないのです。
ないばかりか、この12年間、
ホロゴンの答えに日々讃歎、驚嘆しつづけてきたのです。

京都でもどこでもそうですが、路地裏を歩いていますと、
ときどき、なんだかとても不思議なものに出会います。
たとえば、
1枚目の塀に開いた穴、これは一体なんだ?
2枚目のブロック擁壁。
議員たちのざわめきが聞こえてくる議事堂、
それとも、勝利必至と思われた大本命がゴール寸前で転倒して、
呆然とする、競馬場の大群衆?
3枚目なんて、パウル・クレーじゃないですか!
(ちなみに、これ完全なる「飛びこみ自殺型撮影法」です)
そして、4枚目、なんで、停止位置が2つもあって、
なんで、湾曲しているの?
こんな風に順番に並んで、歪んで待ってなければならないの?

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# by Hologon158 | 2008-09-06 10:45 | ホロゴンデイ | Comments(0)

22. 5ホロゴンデイ6「2005年10月22日京都下町」5 ただ接近するだけで写真撮る人って、苦労知らずだよね


先々週のことでした。
揚琴のレッスンで、先生からこう言われたのです。
「どうしてもっと動かないのですか?
出したい音の方向に向かって身体を持って行ったら、
もっと楽に弾けるのに」
揚琴は、各調性ごとにおおむね4オクターブの音階をカバーします。
音のポイントが横5列の弦に規則正しく並び、
3音と4音の幅で右から左へ斜めに上ってゆきます。
揚琴上での広さはおよそ45センチから50センチ四方。
その範囲に点在するポイントに、
30センチ弱の長さの細い細い琴竹を飛ばして、
その小さな先端部が弦を一瞬叩いて反騰する、これが弾き方。
そこで、いつもポイントと身体の距離が均等になるように、
身体を前後左右に移動させながら、弾くようにしてみました。
その三日後、二胡の偉大な演奏家のコンサートに行き、
伴奏をする著名な揚琴奏者張林さんの演奏を見ました。
その動きを頭に収めるようにつとめました。
翌日、マネをして弾いてみると、
それ以前とまったく音が一変、もっと滑らかに弾けるように。
すべて完全に唯我独尊的主観的な印象なので、割引して聞いてください。
昔、60を超えて現役の、アマチュアテニスの名人が居ました。
プレイをしたことのある人がこう言っていました。
「いつも不思議とこちらのボールが落ちるところに居るんだよ。
それもごくゆったりと動いているのに」
こんな話を連ねてゆきますと、
どうやら写真だって同じじゃないかなという気になっていました。
私の友人にもそんな名手たちがいます。
複数の人がもっとも絶妙に絡み合う姿が撮れる位置まで、
身体がすっと動き、なんとも自然な動作でシャッターを落としてしまいます。
洞察力、経験、センス、勘、知識などが一体となって、
絶妙のフットワークを生み出しているのです。
でも、自分もそれと意識していないし、人もそれを探知しないのです。
カルティエ=ブレッソンや木村伊兵衛。
結局、写真というものは、
正しい時に、正しい場所に移動して、その瞬間にシャッターを切る、
そんな一連の動作によって生み出されるようです。
こうした往年の名人たちの離れ業が伝説と化してしまった理由は明らかです。
ズームレンズとオートフォーカス。
この2つの新技術がフットワークを忘れさせてしまったのです。
労せずして、いかにも手慣れたスナップが大量に生み出されています。
たくさんのアマチュアが心密かに考えています、
「カルティエ=ブレッソンなんか古い、俺の方がずっと上だ!」
おっとどっこい、あんた、うぬぼれるんじゃないよ!
なにかが違う、いや、なにもかも違うんだから。
撮影者の軽やかなステップの音、風切り音、
実際には聞こえないけど、心理的には聞こえる、
そうした音があんたの写真の中には聞こえないよ。
さて、私はホロゴンという単体レンズですが、
そんなフットワークとは無縁。
ただずかずかと近づいて、ただ撮るだけ。
今回も、そんな写真を三枚。
家の正面風景です。
技巧零、誰でも撮れます。
それでも私には大切な写真たち。
なにしろ、「来た、見た、撮った」私日記なのですから。

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# by Hologon158 | 2008-09-06 00:58 | ホロゴンデイ | Comments(0)

22. 4ホロゴンデイ6「2005年10月22日の京都下町」4 掃除の仕方を見れば、その人が分かる、いやですね


私は、乱雑にするのは得意なのですが、
掃除は大嫌い。
自分の好きなこと以外、できるだけしたくない人間なのです。
でも、しなければなりません。
そんな葛藤も苦しんでいる私としては、
掃除をきっちり丁寧にする人を見ると、
無条件に敬服いたします。
と、同時に、ちょっと敬遠したくなります。
掃除とは、不要なものを除去し、
乱れたものを整頓して、
清潔な状態を作り出すこと。
生半可な気持ちではとてもできない仕事です。
でも、掃除が終わったからといって、
すべての作業が完了ということにはなりません。
掃除が終わった後不要になった掃除具をどうするか?
このことも掃除の重要なポイント。
私など、掃除が終わると、掃除機を納戸にポイ。
ああ、終わった、終わった!
でも、京都の町を歩いていますと、
掃除具が見事に整理されている光景によく出会います。
大げさに言いますと、
ここにも京都の文化が現れているようですね。

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# by Hologon158 | 2008-09-05 21:25 | ホロゴンデイ | Comments(4)

22. 3ホロゴンデイ6「2005年10月22日の京都下町」3 ブルーに落ち込んだ気分をブルーで直す方法


「恋愛はよその女性とするもの」
書店で、新刊書の帯にこんな言葉が書かれていました。
まるでブルボン王朝のフランス貴族たちみたいですね。
妻にずっと恋し続けてきた私には無縁かつ異常なコンセプトですが、
まあ、そんなものかも知れませんね。
という風に、そんな私でさえ、この言葉に若干の共感を感じるのは、
先日来報告してきましたローライフレックス3.5E問題、
これが、本日、急転直下落着したからなのです。
それも悪い方に。
せっかく手に入ったローライなのだ、ぼくが面倒見てあげよう、
そう決意して、購入店に電話したところ、
担当者、「昨日、ようやく委託者と連絡がとれたのですが、
すでに処分したということなのです」
そんな馬鹿な! 返却後1週間も立たないのに!
次の二つの可能性。
委託者自身が修理して、もっと高く売ることにした。
事情通が、ジャンクものとして購入してあげた。
なんと迅速な対応!
開放の描写があまりにもすばらしかったので、ちょっと落胆。
実害はなく(未現像フィルム中、シャッター故障後のものは損失)、
プラナー75mmF3.5の予想を遙かに超えた凄さを確認できたのですから、
さほど気にとめる必要のない出来事かも知れません。
でも、やっぱり、なんだか釈然としない結果です。
やはり、恋愛はよそのローライとするものなのでしょうか?

というわけで、本日は、そんなブルーな気持ちを表現すべく、
ブリキを素材とする写真を3枚並べてみました。
たしかにブルー。
でも、実は、私はほとんどブルーの気分にならない人間なので、
こんな年季の入ったブリキ板を見つけると、キャッと色めき立ち、
ホロゴンで撮られた写真を見ると、もっと色めき立って、
わくわくしてくるのです。
寒色系を撮っても、暖色系の気分を醸し出してくれる、
それがホロゴンの楽しさかも知れません。
というわけで、この3枚セットで、私の気分も直りました。
妻は、そんな私をこう言います、
「あなたって、日本一立ち直りの速い人なのよ」

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# by Hologon158 | 2008-09-05 19:01 | ホロゴンデイ | Comments(2)

22. 2ホロゴンデイ6「2005年10月22日の京都下町」2 閉じられた窓って、好奇心をそそるね


天文学者は、1枚の天体写真から幾万もの情報を取り出すことができるそうです。
これは小説からの受け売りなので、本当かどうか分かりませんが、
CIAの情報分析官は、やはり1枚の写真から数知れぬ情報を取り出し、
仮想敵国の経済情勢、政治情勢、治安状態、民情などを推理するそうです。
私たちだって、知らず知らずして、情報分析官と同じことをしています。
たとえば、テレビドラマ。
主人公が眉をひそめると、ふむ、苦境に陥りそうだな、
悪役がにたっと笑うと、ふむ、なにか罠をしかけたな、
脇役が額に汗を浮かべると、ふむ、こいつ、また馬鹿げたドジを踏んで、
主人公の苦境をさらに深刻化させるんだな…
私たちが写真を見るときも、同様に、極めて高度な推理を行っているのです。
そして、この推理が写真を写真作品として成立させているゆえん。
かつてリビングストンたちがアフリカの奥地に入り込んだとき、
原住民は、絵を読むことができず、
単純明快な絵なのに、そこに混沌しか見えなかったと言います。
絵でも写真でも、制作者の趣旨を的確に理解するためには、
謎解きにも似た、読解作業が必要、
私はそう考えます。
たいていの写真になんにも心が動かないのは、
私に読解力がないせいなのです。
私の読み解ける写真というのは、極めて限定されています。
こうして、ブログを続けるということは、
私など足下にも及ばない読解力の持ち主に、
私の生活、センス、知識、精神状態、果ては人生まで読み解いてしまう機会を
与えているようなものかも知れません。
怖いですね。
でも、そんな神通力の持ち主でも、
私のロボーグラフィにはほとほと手こずっておられるのでは?
窓?
それがどうしたの?

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# by Hologon158 | 2008-09-05 01:03 | ホロゴンデイ | Comments(2)

22. 1ホロゴンデイ6「2005年10月22日の京都下町」1 伝統を負った町京都にいざ参らん


さて、京都のいわば田舎を採り上げた後は、
お待ちかね(誰も待っていないか?)、京都市内と参りましょう。
古い町だけに、フォトジェニックなエリアはどっさりあります。
観光スポットはこの際すべてパス。
ひたすら路地裏ばかりを歩くのが私のスタイル。
京都というのは、ちょっと不思議な町です。
全国の皆さんからは、憧れの古都なのでしょう。
でも、京都以外の関西人から見ると、ちょっと敬遠したくなる風土。
伝統を背負っている人と付き合うのはなかなかつらいところがあるものです。
京都の伝統的なお祭りに出くわしたことがありました。
世話役らしい中年男に尋ねてみました。
「いつからお住まいですか?」
このときの男の得意然とした顔を忘れることができませんね。
「桓武天皇のときからです」
我が輩の一族は1200年に及ぶ旧家であるぞよ。
京都以外の土地の誰がこんな答え方をするでしょうね。
でも、生物学的には、まったく無意味、無根拠なのです。
このことは、家系がダブらないとして、祖先が幾人いるか、
ちょっと計算してみたら、ただちに明らかとなります。
400年前で一応20代前としましょう。
祖先が幾人いると思いますか?
104万8566人なのですよ。
話を速くすることにして、100万人としましょう。
当然、21代前で200万人、22代前で400万人…
それでは、桓武天皇の時代に遡ったらどうでしょう?
50から60代前。
天文学的数字となります。
逆に言いますと、その数字を分母とし、分子を1とする分数が
当時の祖先との共通遺伝子ということになります。
当然、途中で家系がダブることは考えられますから、
もう少し数値は大きくなるでしょうが、ほとんど焼け石に水。
当時の人口よりも遙かに大きな祖先数なのですから、
つまりは、日本中の人間のほとんどみんなが祖先、それが日本人なのです。
そのうちの2人だけを取り出して、50代前の当主様ご夫妻であるぞよと言ったって、
社会学的にも、まったく無意味なのです。
桓武時代の伝統、家風なんて、現代にはひとかけらも残っていないのですから。
ちょっと前置きが長くなりましたが、
家系なんてものは、数代を超えると、実は仮想概念でしかないわけです。
京都人がそんな仮想概念にしがみついている人ばかりではないこと、
もとより当然ですが、
そんな特殊な風土が路地裏にも現れ出ているだろうか?
皆さん、ちょっとチェックしてみてください。
まずは、元気な女の子から登場してもらいましょう。
最初の2枚、実にきりっといなせで、きびきびとした少女でした。
この日の写真がみんな、こんな風にきりっと撮れていたらいいのですが。

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# by Hologon158 | 2008-09-04 21:44 | ホロゴンデイ | Comments(2)

21.7 ホロゴンデイ5「2005年6月15日の加茂町」7 行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず


まずは、報告から。
先日、ローライ3.5Fが故障してしまったことを報告しました。
その後、いろいろなことが分かりました。
委託品だったため、修理代は委託者がもたなければならないこと、
ローライ3.5Fではなく、ローライ3.5Eという、もう一つ古いバージョンだったこと、
委託者は修理代まで持てないので、返還してほしいと言っていること。
そこで、私もいったんは返還を承諾しました。
でも、次のようなことを考えたのです。
これだけ美しいローライフレックスを、今後超低廉に入手するのは困難。
このローライ3.5Eの描写は、ホロゴンに匹敵するほど素晴らしい。
修理が可能であれば、このローライ3.5Eを修理するのが一番安全確実。
そこで、いろいろ信用のおける修理店に相談してみました。
すると、どうやら修理できそうなことが分かってきました。
どうやら絞り羽根ではなく、その全面にあるシャッター羽根の故障。
ただし、シャッター部分を解体してみて、その羽根が壊れていたら、
代替がなければなりません。
今、代替があるのか、調査してもらっているところ。
なんだか、希望が湧いてきました。
私は、経験に照らして、いつもこう考えています。
「どんなに危機と思える事態も、後で、必ず好転する」
今回も、そんな風に展開してゆきそうです。
さて、加茂町シリーズも最終回になりました。
箸休めなので、すぐ終わります。
木津川、
滔々と流れていますね。
方丈記の出出しを思い出します。
「行く川のながれは絶えずして、しかも本の水にあらず。
よどみに浮ぶうたかたは、かつ消えかつ結びて久しくとゞまることなし。
世の中にある人とすみかと、またかくの如し」
私の写真もまさに「よどみに浮かぶうたかた」
でも、せめてブログに久しくとどめたいものです。

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# by Hologon158 | 2008-09-04 17:38 | ホロゴンデイ | Comments(2)

21.6 ホロゴンデイ5「2005年6月15日の加茂町」6 写真が縁で美女と知り合えたらよかったのにな


加茂町は、合併により木津川市に属しています。
この町は、文字通り、木津川を母なる川としています。
伊賀あたりから発して、木津川市で北に転じて、
最後は淀川に合流します。
加茂のあたりでも滔々たる大河の趣きがあります。
近頃は、土木行政が横暴を極めて、
都会近くでは、川という川が川底まで舗装される、完全管理。
おかげで、自然はどんどんと死に絶えて行き、
川がドブに変じようとしています。
木津川はまだまし。
昔ながらの木杭による護岸も残されています。
これが「川」ですね。
余計なことですが、4枚目、流れに男性が映っています。
私の畏友なのですが、この人との出会いがまさに偶然。
10年以上前、小さなクラシックカメラ店で、
私は古今の一眼レフの王様と評判が高い、
ツァイスのコンタレックスを手に入れました。
当時は、まだクラシックカメラ・フリークだったのです。
プラナー50/2で撮った写真を見て、心底びっくり仰天いたしました。
巌のように堅固かつ立体的で、
一言で言えば、豪快無比!
お礼と見せびらかしを兼ねて、L判をそのカメラ店に持参しました。
ご主人に写真を見せていますと、初老の男性も横からのぞき込み、
私が帰ろうとすると、ちょっとお茶でもと誘われました。
この方もクラシックカメラファン。
すっかり意気投合してしまって、写真仲間となってしまいました。
後で彼が述懐しました、
「あの写真を見て、この人を逃してなるものかって思いましたよ」
写真を始めて一番良かったこと、と尋ねられますと、一番は決まっています。
ホロゴンと会えたこと!(ホロゴン、聴いてるかい?)
でも、二番は、この方のような敬愛できる友人がたくさん出来たことでしょうね。
(残念ながら、アマチュアカメラマンにそんな方は少ないのです。
たいていは、おれ様が一番って、顔をしておられます)
でも、ときどき、ふと思うのです。
なんで、このとき、写真志望の美女と会わなかったのだろう?

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# by Hologon158 | 2008-09-04 14:44 | ホロゴンデイ | Comments(4)

21.5 ホロゴンデイ5「2005年6月15日の加茂町」5 路傍者たちの歌声が聞こえてきませんか?


路傍者たちの共通点はなにか?
どうも、言いたくないのですが、
お仕事が終わってしまった、
そこで、ここに落ち着いた、もしくは落ち着かされた。
こんな風に書きますと、
今や日本人の3人に1人ちかくが同じ状態ではありませんか?
だから、というわけではありませんが、
路傍者たちの共通点はまだまだあります。
どっこい、俺たちはまだ終わっていない!
そんな気概!
ようするに、ふてぶてしい存在感。
これあるが故に、ご主人も、片付け屋に頼んで、
さっさと廃棄処分に付する、なんてことがしにくいのです。
いわば、路傍者のオーラ、気迫がこの場所を選ばせたのです。
路傍者たち、この場所でじっと息を凝らして待っています。
なにを待っているのか?
出番でしょうか?
それとも、孤高のアリアを歌う瞬間でしょうか?
ダニという極小の虫もちょっとこれに近いですね。
木の枝でいつまでもいつまでも待ちます、
ときには何年も、飲まず食わずの仮死状態で。
ある日、哺乳動物が下を通りかかります。
体温を感知したとたん、ぽとんと落下。
哺乳動物の背中への着地に失敗したら、また樹上に後戻り。
でも、見事着地したら、首根っこまで移動して、
お腹いっぱい血を吸って、それから産卵。
これがダニの生涯の目的なのです。
路傍者、自分の存在を認めてくれる者を待ち続けます。
ある日、ホロゴンマンが通りかかります。
目と目が合います。
その途端に、路傍者が立ち上がり、声を限りに歌うのです。
えっ、何を歌うのかって?
それは、路傍者の大好きな歌ですよ。
自分の生涯を歌ってくれるのです。
1枚1枚、耳を澄ませて、じっと聞いてみてください。
聞こえてきませんか?

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# by Hologon158 | 2008-09-04 10:14 | ホロゴンデイ | Comments(0)

21.4 ホロゴンデイ5「2005年6月15日の加茂町」4 豊かな緑もいいけれど、終わった花を見るとつい


種としての記憶があるのか?
獲得形質の遺伝など存在する筈がないとも思われて、
大いに疑問のあるところですが、
たとえば、は虫類に対する恐怖心。
まったくいわれのない恐怖心ですが、
は虫類愛好者は例外として、
一般人類が蛇をまさに蛇蝎のごとく嫌う理由はまったく不可解。
個人的好悪の感情を超えているようで、
やっぱり種としての記憶なのかなという気にもなってしまいます。
緑色を見ると、たいていの人は落ち着きを感じます。
これなど、氷河期が本格的に終焉に向かい始めた時代、
野を埋めて芽吹いた植物を生まれて初めて見た人間が
それまでに感じたことのない安堵感の記憶かも知れません。
「ああ、ようやく氷の檻から解放される!」
私など、より原始人に近い性質と見えて、
緑が大好きなのです。
それも氾濫するほどに豊かにあふれ出ている緑が…
でも、ここでまた、私のちょっとひねった性格が姿を現すのです。
満開が過ぎて、今にも腐れ落ちんとする花なんか目に入ると、
もういけませんね、
むしろそちらに肩入れしたくなって、
必ず写真に収めさせていただくことにしているのです。

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# by Hologon158 | 2008-09-04 01:23 | ホロゴンデイ | Comments(0)

21.3 ホロゴンデイ5「2005年6月15日の加茂町」3 路傍のものたちを形で追ってみると?


まず、残念なニュースから。
ローライ3.5Fの絞り羽根が撮影中に壊れた話は書きました。
早速お店に宅急便で送りました。
お店の回答はこうでした、
「経年変化なので、故障を直すことができません。
直すことにしても、その場合、委託者の負担となるのですが、
委託者は、それならば返還してもらって欲しいという希望なのです。」
以上の次第で、結局返金処理ということになってしまいました。
私としては、先日書きました経緯で私と出会ったのです。
このローライは私にとって運命のカメラであると信じていました。
それだけに、残念です。
でも、ローライフレックスの絞り羽根って、直らないのでしょうかねえ?
写真人生の初めに出会ったクセノタール75/3.5付きローライは、
予約だけで、キャンセル。
友人にお借りしたローライ2.8Fは数ヶ月で返還。
今度のローライ3.5Fは1週間で故障によるキャンセル。
なんだか、ローライと私とは縁がないのではという気がしてきました。
さて、加茂に戻りましょう。
路傍に園芸棚でしょうか、ペンキ塗り立ての細工物が置かれていました。
たいていの方は、このようなものを見ると、
「あっ、棚だ」そう考えます。
つまり、機能に関する関心がまず先行します。
私は、形に対する関心が常に先行します。
だから、心は別な風に動きます、
「あっ、ケルト模様みたいな形だ」
「あっ、誰かの顔に似ている」
「この形、好きだ」
私のホロゴン写真をご覧になる方、
ぜひ、機能、名前は忘れてください。
原初の昔からタイムマシンで突然現代に連れ込まれた、
そんな風に考えてください。
そして、ガレージのシルエット、路傍の棚をご覧ください。
そうすると、違った様相、違った生命観、生命力が感じられるようになるのでは?

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# by Hologon158 | 2008-09-03 21:36 | ホロゴンデイ | Comments(4)

21.2 ホロゴンデイ5「2005年6月15日の加茂町」2 玄関まわりも住む人につれ老化してゆくようで


Flickrのホロゴン写真たちを見て、
やたら訳もなく感嘆し、驚嘆し、賛嘆してしまった私ですが、
その後、ちょっと考え込んでしまいました。
ホロゴンのような撮り方の難しいレンズなのに、
どうしてこんなにたくさんの人が、こんなに多種多様の作品を作ることができるのか?
皆さん、楽々と撮っておられるようです。
私のように、「弁慶の千人斬り」なんて思いこみで、
営々と労苦を重ねている人はあんまり居られないようです。
でも、それなのに、というより、それだからこそ、
感嘆し、驚嘆し、賛嘆してしまうのです。
もともと、私は自分の撮れない写真で、
自分だって撮りたいと思うような写真を見ますと、
めったやたらに感激するのが、私です。
私の友人の一人が、先日つくづくあきれたという感じで、
「どうして、人の写真にそんなに興味を持つのかな?
ぼくにはどうもよく理解ができませんよ。
ぼくは、人の写真にはそんなに関心がありませんよ」
この友人、心の狭い人ではないのです。
でも、人の写真にわっと飛びつく人ではありません。
だから、私のブログもまだ見たことがないほど。
日々の仕事に疲れて、夜はゆっくりと休みたいからなのです。
それはそれで、私も十分理解できます。
私の方が異常なのかも知れません。
でも、私は、人の写真が大好きなのです。
時折、無条件に息を呑むような写真に出会います。
これが私の至福の瞬間なのです。
これからFlickrでそんな至福の瞬間をたくさん味わうことでしょう。
さて、本題に入りましょう。
人の写真から自分の写真に戻ると、いつも思うのですが、
なんて地味な、なんて人の心を惹かない写真たちなのでしょう。
でも、もっと華麗なる写真世界を展開しようとしても、
そんな写真は私のストックの中にはまったくないのです。
本日の写真も、おそらく住む人たちが老齢化したのでしょう、
それにつれて、静かに老化しつつある家々の玄関まわり。
すべてが老いを感じさせます。
その中で、植物だけが新たないのちを輝かせている。
この町もまた過疎となりつつあるのでしょうか?

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# by Hologon158 | 2008-09-03 17:53 | ホロゴンデイ | Comments(0)

21.1 ホロゴンデイ5「2005年6月15日の加茂町」1外壁に錆出て、この家そろそろ貫禄が


ところで、Flickr(http://flickr.com/)をご存知でしょうか?
私もまだよく分からないのですが、
写真を貯蔵できるようです。
ひとまず無料ということで、登録してみました。
Hologonというタグを検索してみますと、
いやあ何百もヒットしました。
ホロゴン一筋の人間なんて、私以外にはあんまりいないのでは?
15ミリ一本やりなんて馬鹿げたことをする人間って、
そんじょそこらに居るはずがないわいと、たかをくくっていたのですね。
日本国内、国外を問わず、なんと数知れぬホロゴン使いが存在するのですね。
井の中の蛙飛び込む水の音、
ポチョン…
というところです。
そんな次第で、Flickrには、数知れぬホロゴン写真が登録されています。
私の写真なんかとは質の違う、素敵な写真がどっさり見られます。
ホロゴンの写真がお好きなら、
私の素人ブログなんかパスして、
Flickrに通われることをお勧めします。
一応、私も「ホロゴン讃歌」でアップしたイスタンブール編から、
ホロゴン撮影分だけを抜き出して、アップロードしておきました。
Hologon158の名前で登録し(この期に及んでなお傲慢不遜!)、
「HologonUltraWide」「Istanbul」「Hologon」と、3つのTagを付けておきました。
折を見て、貯蔵場所として利用させてもらうつもりです。
それにしても、うかつでした。
私のような平凡人でも強烈な関心を持つ、古今屈指の魔術的レンズなのです。
世界中の個性的写真家たちが関心を持つのは当然ですよね。
でも、かえって肩肘を張る必要もなくなり、気楽になりました。
私は私で、自分自身の心の軌跡としての写真群を整理しつつ、
好きなように料理して、
好きなように文章を付けて、
本ブログに種が尽きるまでアップすることにいたしましょう。

そこでというわけではないのですが、
ちょっと箸休めと行きましょう。
京都府の南部に加茂という小さな町があります。
別に名所旧跡も風光明媚な景観もない、いわば普通の町。
(おっと、加茂にお住まいの方、失礼)
この町を訪れたのも、いわば盲点を潰しておきましょうという趣旨。
たしかに別に人目を惹くような被写体はありません。
でも、ロボーグラフィの真骨頂は、
むしろこのような普通の町でこそ問われるべきです。
25枚選んで見ました。
7回に分けてお送りします。

まず、民家の外壁あたりで気になったものたち。
すべて金属製品。
ジェンダーを話題にするのはなんだか気が引けるのですが、
ほんの一握りの男性だけが、金属の老化、腐食のプロセスに関心を抱くようです。
たいていの方は錆を忌み嫌うようですが、
私など、金属錆が妙にフォトジェニックに見えて仕方がないのです。
家なども、外壁に腐食、錆が出てきて、
はじめて年季が入ったと言えるのではないでしょうか?

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# by Hologon158 | 2008-09-03 00:12 | ホロゴンデイ | Comments(6)

19 ホロゴンウルトラワイドって、ソーセージ製造器なんだって? (再録)(ホロゴン異聞)


ホロゴンについてブログを作るのなら、最初から書くべきでしょう。
ホロゴンウルトラワイドを手に入れて一週間、最初のフィルムが現像できて、
わくわくしつつ、ライトボックスにポジを載せて、仰天しました。
ソーセージのようなものが画面両側に写っている!
指! 
カメラをホールドしている自分の指だったのです。
カメラの形をご存じの方は、不思議に思われることでしょう。
レンズは周囲の壁よりも確かに2ミリ近く埋め込まれているのです。
それなのに、ボディを持つ指が写る!
その理由は未だに不明。
誰か、教えてください!
ホロゴンウルトラワイドを初めて使う方は、
手が、ボディ前面にはみ出ないように気をつけてください。
きわめて不安定な持ち方なので、慣れるのに時間がかかります。
でも、ご心配なく、必ず慣れます。
その後、クラシックカメラの権威のMVを観て、椅子から転げ落ちそうになりました。
かねてから「ホロゴンウルトラワイドはクラシックカメラのカリスマだ」と、
盛んに標榜しておられる写真家、
ホロゴンのカリスマ性をご機嫌で説明しつつ、
両手でしっかりと握りしめたカメラのシャッターを盛んにお切りになっていました。
これじゃ、ソーセージが画面両側に4本ずつしっかりと写ってしまう!
ただ一つ思う浮かぶ理由は、
この方、三脚かそれとも付属のホルダーを使って撮っておられたので、
このカメラがソーセージ製造器であることをご存じない?
あんなにもホロゴンのすごさを随所でお書きになっている方が、そんなはずはない。
というわけで、この理由も未だに不明。
さらにその後、ソウルで撮影していたときのことです。
中年の韓国人男性が近づいてきて、にっこり笑って、
「珍しいカメラをお持ちですね、ちょっと触らせてもらえませんか」
怪しい人物ではなさそうと判断して、快く応じますと、
この御仁、
なんと両手をボディ前面よりも後ろになるようにホールドしているではありませんか!
使ったことのない人がそんな不安定な持ち方をする可能性はゼロに近い。
この理由はただ一つしかありませんね。
前に使ったことがある!
以上の次第で、秘密結社ホロゴンウルトラワイドなるものができたら
(けっしてできないでしょうが)、
合い言葉はたった一つしかありませんね。
「けっして出てはならないものは?」
「指」
というわけで、今日の一枚はこれにしました。「案山子」
たしかに、主人公にも、画面周辺にも、
指は写っていないでしょ。

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# by Hologon158 | 2008-09-02 19:14 | ホロゴン異聞 | Comments(0)

18 5つのノーを言える男になりたいと決意したのが10年前のことだった(再録)


私にはホロゴンで縦横どこまで撮れるのか、皆目見当がつかないのです。
12年使い込んだ今でも、まったく同じ、
そんなの、誰だって見当つきませんよ、まったく。
では、どうすればいいのか?
この難問にはほとほと弱りました。
結局、私が思いついた解決策、それは、
5つのノーを言える男になっちゃおう!
5つのノーとは何か?
1 ノーファインダー(ファインダーをのぞかない)
2 ノーシンキング(頭使わない)
3 ノーウェイティング(待ち伏せなし)
4 ノーメイキング(やらせ、工夫はしない)
5 ノートリミング(後でお化粧はしない)
要するに、完全開き直り戦術ですね。
これでおわかりのこと思います、私がど素人となってしまった理由が。
ホロゴンでどんな風に撮れるか予測できないのであれば、予測なんかやめちゃおう!
芸術作品を撮りたいなんて思っていないのだから、カメラマンやめちゃおう!
写真のことは、ホロゴンにすべてを委ねちゃおう!
そう考えたわけです。
以上の5つのノーについては、これからぼちぼちと説明することにして、
とりあえず、この5つのノーを実践して撮った写真を見ていただきましょう。
ハノイに36通りという名前の、路地だらけの職人街があります。
2週間、その路地という路地を回り歩いたのですが、
夜7時頃でした、路沿いの夜店のオモチャ屋。
肌が美しく、大変にかわいい少女がお店番。
バッグの組み立てに余念のない少女の投げ出した長い足先をほとんどまたぐような位置で、
ホロゴンを少女から50センチあたりに突き出して一枚撮りました。
店の赤色電球で撮るのですから、シャッター速度は8分の1でした。
露出計がないので、夜は、明るさなど気にせず、手持ち速度の限界で撮ります。
それで撮れたらもうけものという賭ですが、
少女の姿だけがシンクロしたように明るくなっています。
私はフラッシュを絶対に使いません。
たとえば、サブ用のコンパクトカメラでも、
ポップアップフラッシュをスコッチのプラスチックテープで封印します。
そうすると、本体ボディと同じ質感に隠されてしまうのです。
こうするのは、自然な光が一番と信じるからです。
では、どうしてこんな風に少女が光っているのか?
それは単に露出の加減だけなのです。
私は、常にホロゴンを露出をオーバー気味に設定します。
これで、こんな映像ができあがるのです。
この少女の可愛さを見てください。
ここでの賭は成功だったのではないでしょうか?

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   [撮影メモ]
     こんなとき、通りの向こうからこの少女を見つけて、
     「よし、撮ってやろう」と決意するとします。
     そんな状態で接近し、
     少女の足をほとんどまたぐような位置につき、
     それからカメラを構えてシャッターを押す、なんてこと、
     あなたはできますか?
     私にはできません。
     通りかかって、ふと下を見て、少女を発見したのです。
     だから、その場でカメラをひょいと突き出して、撮って、
     そのまま立ち去ったのです。
     私にとっては、移動してすれ違う、向こうから接近してきてすれ違う、
     こんな状態がシャッターチャンスなのです。
     あんまり自然なんで、相手も気づきません。
     「よし、あの子を撮るぞ」なんて心に決断して、そろそろと接近、
     なんてことはけっしていたしません。
     それはアマチュアカメラマンのおやりになること。
     私は素人なのです。
     偶然手近に見つかったものを、なにも考えずに、ひょいと撮るだけ。
     だから、ノーシンキング、ノーメイキングなのです。
# by Hologon158 | 2008-09-02 14:52 | ホロゴン撮影法 | Comments(0)

16.16 ホロゴンデイ4「2005年11月27日の心斎橋アメリカ村」16 アメリカ村の若者たち、なかなか絵になるね


ひとつだけ言えることがあります。
現代の若者たち、昔よりも随分フォトジェニックになりました。
手足がのびやかになったのです。
壊れやすい陶器のような女性もいたりして、
将来、日本はどうなるんだろう、と心配になりますが、
男性を遙かにしのぐ堂々たる体躯、悠然たる足取りの女性も居て、
やっぱり女性って、強くなってきたなと実感させられます。
でも、一番心配なのは、携帯電話べったりの人生。
本来、コミュニケーションの手段であった電話が、
生活の柱、人生の基盤となりつつある、
それなのに、人と満足にコミュニケーションがとれない若者が増えている。
一言で言えば、「自閉社会」
離れ小島同士、メールだけでつながっている。
でも、心はつながっていない。
そんな感じがします。
ところで、
携帯の2人、ちょっと変じゃありませんか?
あまりにも携帯と目が近すぎませんか? 

さて、これでアメリカ村シリーズは終わり。
でも、アメリカ村に一日中べったり居て撮ったわけではありません。
さすがに、それでは疲れます。
この日も、せいぜい2時間、それが限度。
私は、ただの散歩カメラです。
散歩カメラの醍醐味は、
曲がり角を曲がれば、何かが待っているという期待。
ああ、待っていてくれた、ありがとう!
その瞬間のしびれるような興奮。
まったく何が待っているか、予測不可能です。
たとえ、先月来た路地でさえそうなのです。
だから、アメリカ村だって、
そのいくつかの筋をスウィープしてしまうと、
さようなら。
こうして撮った数本から選んだわけです。
まさにごった煮です。
でも、散歩カメラって、
それがなんであれ、受け入れようという姿勢が大切。
でも、こうした姿勢が理解できない、というより、許し難い、
なんで美しいものを撮らないのだ?
そう感じる人が大変に多いようです。
そんな方には、大阪弁でお答えいたしましょう、
「ほっといてんか!」

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# by Hologon158 | 2008-09-02 11:55 | ホロゴンデイ | Comments(2)

16.15 ホロゴンデイ4「2005年11月27日の心斎橋アメリカ村」15 こんなところで時代を感じさせられて


その名のとおり、アメリカから来たのでしょうね。
壁一面ポスターで埋め尽くして、増幅効果を狙う。
しつこい手口です。
ちょっと辟易します。
やり過ぎ、と反感さえ感じます。
でも、目が離せない。
こんな風に、制作者の術中にはまってしまうのです。
そんな人は、どこか制作者と精神構造を共通にしているようですね。
でも、覚めている私です、
当然ながら、疑問が湧いてきます。
一体、制作者たち、なにを言いたいのだろう?
こんな英語だらけのチラシを貼りまくって、
その内容をちゃんと理解できる若者がどれだけいるのだろう?
仮に、理解して、そのコンサートなり催し物に参加して、
チラシの持つ雰囲気をそのままリアリティで再現できる、
そんなことができるのだろうか?
それとも、若者たち、そんなことどうでもよくて、
フィーリングが合いさえすれば、
わっとエキサイトできるのだろうか?
私にはさっぱり分かりません。
これ世代間ギャップというより、
私が時代に取り残されようとしているだけなのでしょうね。
でも、こんな時代なら、喜んで取り残されたい。
とりあえず、ここでは、一種のコラージュとして並べてみました。
なにか感じますか?
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# by Hologon158 | 2008-09-02 09:30 | ホロゴンデイ | Comments(0)

16.14 ホロゴンデイ4「2005年11月27日の心斎橋アメリカ村」14 人が楽器を活かすのであって


二胡という楽器、ご存知ですか?
中国音楽の主人公とも言うべき、いわば中国ヴァイオリン。
実際には、ヴィオラに近い音色ですが、
遙かに人間味溢れる音色。
この楽器以上に、心の起伏を表現できる楽器を私は知りません。
先週土曜日、神戸で、
その二胡の巨匠、王国潼のコンサートに参りました。
二胡の巨人の一人ですが、73歳にして、なお見事な演奏でした。
でも、私の書きたいのは伴奏者のこと。
揚琴伴奏をつとめたのは、張林さん。
日本在住の極めて優れた揚琴奏者です。
日本で3枚のCDを出していますが、すべて傑作。
今回の伴奏でもそうでしたが、そのサウンドは実に柔和。
人柄も大変に謙虚でやさしい方のようです。
最初、私は、揚琴のスティック(琴竹といいます)に細工をしてあるのだろうと考えました。
今回、コンサートで張林さんが独奏している間に、
双眼鏡で確認しました、なんにも細工なんかしていない。
すべて、彼の琴竹が、硬軟色とりどりのサウンドを奏でているのです。
つまり、ここでもはっきりと言えること、
それは、音楽は、楽器によってではなく、演奏者によって創られる!
テクニックではなくて、心がキー。
もちろん、楽器の能力が下限を設定するのでしょう。
でも、どこまで鳴らしきるか、それは演奏家の心にかかっています。
写真も同様です(皆様予想のとおりの我田引水)。
ときどき考えるのですが、
私は、ホロゴンの能力をどこまで引き出しているのでしょうか?
おそらく5パーセント程度でしょうね。
若者の新天地、アメリカ村を特集するのですから、
女性の写真を選んでみました。
私は、女性写真とは完全に無縁の人間です。
アメリカ村でも、女性の美しさを十分表現できる写真など、
私に期待していただいても、それは無理というもの。
私にできることと言えば、いつものとおりのこと、
つまり、これはと思う女性に超接近して、
ノーファインダーで一枚だけ撮ること。

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# by Hologon158 | 2008-09-02 01:07 | ホロゴンデイ | Comments(4)

16.13 ホロゴンデイ4「2005年11月27日の心斎橋アメリカ村」13 世界はコラージュだあ!


私がコラージュを好むことは幾度も書きました。
なぜコラージュが好きなのか?
こう改めて考えてみますと、
どうやらばらばらの要素が集まったときに生み出される、
予想外の相乗効果が魅力なのではと思い当たりました。
ということは、
と、例の通り、突然飛躍する私の癖が出ました、
この世界のすべてがコラージュなのだ!
そうではないでしょうか?
たとえば、文化。
異質なものがさまざまなルートで日本にたどり着き、
たがいに刺激しあって、突然、それらの要素にはなかった、
まったく新しい文化が華開くのです。
たとえば、映画。
主役、脇役、ちょい役、エキストラ、監督、助監督、脚本家、カメラマン…
まったく異質な人々が集まって、
まったくばらばらに撮影したフィルムをつぎはぎして、
通して上映すると、劇的なドラマが生まれ出る!
アメリカ村って、こんな風に考えると、
街ぐるみでコラージュなのです。
今回は、主として階段付近のコラージュを採り上げてみました。
日本酒、焼酎のラベルで埋め尽くされた壁も面白いのですが、
私としては、3児(猫たち)の父として、えこひいきもあって、
写真、貼り紙、落書き、絵など、多様な要素が組み合って、
まったく意図せずに壁面をアートに変えてしまった、
黒猫の階段が大好きなのです。
でも、もっと異質な要素の組み合わせである3枚目もいい!
階段、傘、そしてポスター、
こんなしっちゃかめっちゃかなカオスが若者を惹きつける、
これ、まさに時代精神の表現なのかも知れません。

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# by Hologon158 | 2008-09-01 21:42 | ホロゴンデイ | Comments(2)

16.12 ホロゴンデイ4「2005年11月27日の心斎橋アメリカ村」12 都会の楽しみの一つがショーウィンドウ


私の友人にショーウィンドウ名人が居ます。
前にも紹介しました。
ショーウィンドウを素材として、
あっと驚くようなコラージュ作品を作ります。
彼のブログ(http://plaza.rakuten.co.jp/nowtime/)は残念ながら休止状態。
一緒に都会を歩くと、実に面白いのです。
ショーウィンドウの中をじっと見つめる名人。
突然すたすたと接近し、シャッと、一枚切ります。
行ってみます。
でも、なにを撮ったか、皆目見当がつかない。
その後しばらくして、作品を見せてもらいます。
すると、ウィンドウの中と映りとが融合して、
息を呑むような見事なコラージュが完成しているのです。
彼は、撮影時、考えているのではありません。
感じているのです。
感じなければ、撮れない、そんな写真があるのですね。
私のウィンドウ写真は、それとは質が違います。
ただのウィンドウ写真。
コラージュではなく、
ひたすらウィンドウの中にあるものに魅せられて、
撮っているのです。
つまり、ショーウィンドウの制作者に乗せられているだけ、
と言えば、それまでの写真。
でも、ショーウィンドウ巡りは都会の楽しみの一つですね。
そのつもりで、お楽しみください。

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# by Hologon158 | 2008-09-01 18:00 | ホロゴンデイ | Comments(0)

16.11 ホロゴンデイ4「2005年11月27日の心斎橋アメリカ村」11こんな誰も見向きをしない写真もうやめたら?


この時ではなかったと思いますが、
造形美術家の方とアメリカ村を歩いたことがあります。
半時間ほどして、この方、笑いながら、
「…さん(私です)、…さんの撮り方、もう分かっちゃいましたよ」
「どう撮るんですか?」
「道ばたの片隅に赤いものがあったら、撮る」
私は、写真家でもなんでもないのです。
単純に、気になったもの、気に入ったものを撮るだけ。
ある人が言いました、
「…さん(これも私です)、これじゃブログに人が来ても、分からないでしょ?」
もちろんです。
この世の写真ずきの方、みなさん、ほとんど例外なく、
美しいものを撮った美しい写真を好みます。
だから、私のブログにおいでになった方、
ほとんどは二度とおいでにならない。
その証拠に、アメリカ村シリーズを開始する直前の4日間、
平均73人の方おいでになっていたのに
(エキサイトでは1日何回アクセスしても、一人はカウント1)、
始めてからの平均は56に落ちているのですから。
でも、今回の写真をご覧ください。
こんなものが見つかると、思わず撮ってしまう、
それが私なのです。
目を見張るような美しい写真を撮る方は、
カラー、モノクロを問わず、どっさり居られます。
本ブログは、今回の写真を見て、
ふむふむ、ちょっと面白いじゃない?
なんて、つぶやく方用とお考えいただいて結構です。
本ブログで、美しいものを美しく撮った写真が出現する可能性は、
北極で極楽鳥と出くわす確率とほぼ同じなのですから。

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[撮影メモ]
3枚目の男性、私の70から80センチ手前にいます。
こんなところでカメラを待ちかまえて立っていたら、
誰だって、勘づきます。
では、あなたならどうしますか?
私の撮影法はニアノンミス撮影法。
私も歩いているのです。
すれ違いざま、ほんの少し腰をひねって、腰だめで一枚。
絶対失敗しないので、ノンミス。
# by Hologon158 | 2008-09-01 15:55 | ホロゴンデイ | Comments(2)