わが友ホロゴン・わが夢タンバール

675.01 ホロゴン外傳191「2016年12月20日エルマリート28mmの奈良町」1 チョン・キョンファ


ホロゴンをフィーチャーしたホロゴンデイはひとまずお休み。
エルマリート28mmf2.8で撮った奈良町をごらん頂きましょう。
437枚撮って、その半数少しを7回シリーズの予定。
でも、その前に昨夜の、私にとって大きな出来事の報告。

1月25日水曜日、
生涯で何度あるか?
と、真剣に数えたくなるような体験をしました。

ザ・シンフォニー・ホールでの、
チョン・キョンファさんのコンサート。
バッハの無伴奏ヴァイオリン全曲。

一昨年でしたか?
ベートーヴェンのヴァイオリンソナタのコンサートは、
今から思い返しますと、不調だったようです。
CDやYouTubeでの、炎のような演奏とはかなり違った穏やかな演奏に、
ああ、全盛期は過ぎたんだろうなあ、と慨嘆していたのです。
午後7時の定刻をほとんど遅れることもなく、ヴァイオリニストは、
おそらく韓国の織物を使った軽やかなドレスに身を包んで現れました。
前回よりも不敵な笑い。
後で考えると、「まあ、見ていなさい」という自信の笑みだったようです。

2回の休憩を挟んで全6曲、もう完全にパラダイスでした。
独奏ヴァイオリンを聴くには最上の席ではありませんでした。
B28,29。
中央に12席の列があり、私たちの席は、通路を挟んだ右側の列の3、4番目。
ピアノ伴奏があるときは、ヴァイオリニストはピアノの左よりに立ち、
ちょっとピアノ側に体を振ります。
だから、ヴァイオリンの音は中央と右側の客席に向かって放射します。
ところが、無伴奏だと、ヴァイオリニストは正面に向きますので、
勢いヴァイオリンは逆方向にちょっと向き合うことになります。
でも、チョン・キョンファさんは私たちと7、8mしか離れていない。

これまでも生涯に、来日した大ヴァイオリニストはかなり聴きました。
ミルシテイン、イツァーク・パールマン、スーク、
そして、近頃は千住真理子さんや諏訪内晶子さん。
すばらしい音楽、すばらしいヴァイオリンでした。
でも、チョン・キョンファさんにはぶっ飛ばされた感じ。
こんなにダイナミックで、強烈で、さまざまにカラー、温度が変わり、
こんなに雄弁に歌うなんて、想像もしたことがなかったほど。
しかも、3時間弱のコンサートを疲れなどちらりとも見せず。

おもしろかったことは、コンサートばかりではなく、
大演奏家たちが演奏しているレコード、CDをかなり持っていて、
どなたの演奏を聴いても、いつもバッハ。
でも、チョン・キョンファさんの演奏はかなり異色。
ええっ、ほんとにバッハはこの音楽を書いたの?
こんなに心に食い込んでくるダイナミックでパセティックな音楽を?
本気でそう仰天するほどに、独創的な無伴奏でした。

バッハの無伴奏ヴァイオリンの色はかなり制限されている、
そう考えてきたのですが、
チョン・キョンファさんの無伴奏は、
音のヴァリエーションとダイナミクスが他の演奏の何倍もあるという感じ。
野太く底力のある伸びやかな中音と来たら、
これまで誰からも聴いたことがなかったほど。

チョン・キョンファさんはグァルネリをお使いだそうです。
でも、千住さんや諏訪内さんの名器中の名器と言われるストラディヴァリが
戦国姫君ほどに勇壮強靱に響くとしたら、
チャン・キョンファさんのサウンドは、
そんな姫君をお嬢さんだなあと思わせるほどに豪快、壮絶、
まさに古の項羽や、万夫不当と歌われた関羽、張飛クラス。
つまり、楽器だけじゃない、人間の強さが違う、
そんな感じを強く受けました。

6曲目の直前に、私たちの左側のお二人が退場。
すでに午後10時近い。
最後まで聴くと、終電に間に合わないほど遠くからお越しなのでしょう。
私たちは喜んで左に移動。
通路を前にする座席なので、前ががらりと開け、
チョン・キョンファさんとまともに向かい合っている感じ。
しかも、たった1m左に寄るだけで、サウンドが格段に充実しました。
ああ、中央列4列あたり以降の数列のお客さんにはどんな音が届いているんだろう?
知りたくないですね。

演奏が終わった後の客席の熱狂ぶりはかなりのものでした。
私まで生まれて始めてスタンディングオベーションに加わったほど。
でも、チョン・キョンファさん、たった一回、舞台に戻っただけで、
袖のドアは閉じられました。
そのドアはほとんどの人には見えないのですが、
さっとほとんどの人が立ち上がりました。
アンコールを求める気持ちなど、誰にも湧かなかったのです。
蛇足、邪魔、ぶちこわしになりかねません。

かなり以前、同じシンフォニーホールで、
ヨー・ヨー・マのバッハ無伴奏チェロ全曲公演を楽しみました。
彼は、ポピュラーな曲をアンコールで弾き続けたようです。
観客はバッハのときのおざなりな拍手と打って変わって、
彼がアンコールの態勢に入った途端に、
「キャー!」、
演奏が終わると、
「ブラボー!  ブラボー!  」

私たちは1曲目で席を立ちました。
ヨー・ヨー・マはバッハで全力を使いきっていない!
観客は、バッハを聴きにきたんじゃなくて、
ヨー・ヨー・マを見に来たファンたちだった。
彼はこの観客たちに迎合している。
これじゃ、アーチストじゃない、タレントじゃないか!
あほらし!

私の二胡の先生RJ先生はきっぱり、
「ヨー・ヨー・マは本物じゃないよ。
両手の使い方がなってない。
本物のチェリストはロストロポーヴィチ!」
YouTubeでご覧になったら、一目瞭然ですよ。
ロストロポーヴィチのチェロは腹の底に響きます。
ヨー・ヨー・マは響きませんね。
そして、チョン・キョンファさんのヴァイオリンも腹の底に響きます。
夫婦で帰りの電車で語り合いました。
「一生忘れられない演奏だったね!」




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# by hologon158 | 2017-01-26 22:43 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

674.06 ホロゴンデイ170「2016年11月25日京都寺町辺にホロゴン出没」6-完-学びは一歳から


毎日新しいことを学び続ける、
一生学び続ける、
私にとっては、これが人生の理想。

まだ1歳半から5歳までの3人の孫たちはすごいですね。
毎日新しいことを学び続けています。
だから、目が輝いています。

ソロモンだったでしょうか?
こう言いました、
「日の下に新しきものなし」
人生の真実を喝破した名言ですが、
どこかしら寂しく疲れた気配が漂います。
だから、私はこの言葉が嫌いです。
知識を二分しています。
人生に本質的なことと些末なこと、と。
そして、後者を切り捨てている。
なにが本質的かどうか、なんて、どうして分かるのですか?
鶏鳴狗盗という言葉があります。
中国春秋時代の斉の公子靖郭君田嬰のお話。
公子は食客たちをお供にして敵国秦に使いします。
そのとき、鶏の鳴き声の真似しかできない男と泥棒上がりを同行します。
他の自他ともに有能をもって鳴る食客たちはぶうぶう言います、
「あんな役立たずをどうして?」
あやうく囚われて殺されそうになります。
そのとき、泥棒上がりが賄賂となる貴重品を盗んで、大わらわで逃れ、
国境の関所にたどり着いたが、夜なので、門が閉ざされている。
そのとき、物まね名人が鶏の鳴き声を真似すると、
関所の一帯の鶏たちが朝と間違えて揃ってトキの声を上げたために、
門が開かれ、公子はあやうく一難を逃れたというお話。

彼らは身過ぎ世過ぎのためにそんな特技を身に付けたのです。
つまらぬ知識だと決めつけて、おざなりにしていたら、
上記のような離れ業で公子を救うことはできなかったでしょう。
公子も、ありきたりの才能の持ち主だけを同行していたら、
逃れることができなかったでしょう。
人生でなにが役立ち、なにが害するか、
予測することなど不能。
人の知識を枝葉末節にこだわると笑うことなどしない方がよい。
という教訓を教えてくれるお話です。

昨日、大阪加美の孫の世話に
出かけました。
お兄ちゃんが風邪をひいたのです。
午後6時頃、妹の孫プリンセス2歳半が帰宅。
ドアを開けた途端にしゃべり始めました。
さらさらと淀みなくしゃべり続けます。
体のスケールをそのまま声に移し変えたように、
かそけくささやかな声です。
半分ほどしか聞き取れません。

お兄ちゃんは機関車トーマスが大好きで、
各社から出ているミニモデルを各種たっぷり揃えています。
今日もトミカの極小モデルを100ほども絨毯の上に並べて遊んでいました。
その中にごく小さな青いセダンがあります。
孫プリンセス、さっそく自分もトミカで遊び始め、
一つごくごく小さな車をさっと取り上げて、私に見せながら、
かぼそく、ささやきました。
「ハットキョウノクルマ」
これは分かりました。
「ハット卿のくるま」
知らぬ間にきかんしゃトーマスのキャラクタをどんどん覚えているのです。

最初の子には、なにかと両親や祖父母がサポートします。
兄姉をもった下の妹弟は、あまりサポートを受けられません。
そのかわり、兄姉をライバルと見なして、サポートなんか頼らず、
なにごとも兄姉にひけをとらないようになろうと自分で頑張ります。
もちろん独力で成長する方が強い人間になります。
その結果、追い越してしまって、グレートな存在になった例としては、
モーツァルト、ジャクリーヌ・デュプレが有名ですね。

私は長男だったので、追い越される役割を立派に果たしたつもりですが、
追い越されたからと言って、モーツァルトたちのお姉さんたちも私も、
それで人生が終わるわけではありません。

どんなことがあってもまだまだ自分の人生は続きます。
毎日常に新しいことができるとは限らないけど、
毎日なにか新しいことを感じる生活をしたいものです。
そのためにはどうしたらよいのでしょうか?

世界のあらゆる事象に目を開き、好奇心を働かせる?
真っ平御免ですね。
この世には、耳にするだけ、目に入れるだけで、
自分が汚れてしまう、
そんな出来事、人間が余りにも多すぎます。
私は、もうこの世から汚濁からは遠く離れて生きたい。
だから、とくに政治には完全におさらばしました。
勝手にやってくれ!
以前から幾度も書いてきたように、
美しいもの、清らかなものにだけ心を傾け、学びたい。
そんな気持ちで生きています。

だから、とりあえず、私の決めたことは、
自分の興味、関心を惹いたことを一心不乱に楽しむ!
いつか役立つだろうなんて考えて、なにかを学んだり、
手をつけたりはしない。
だって、なにが人生に役立つか、前もって分からないのですから。




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# by hologon158 | 2017-01-24 20:16 | ホロゴンデイ | Comments(0)

674.05 ホロゴンデイ170「2016年11月25日京都寺町辺にホロゴン出没」5開眼!


2016年12月21日水曜日、
この日も記念日になりました。
揚琴開眼記念日。
優れた揚琴奏者付虹先生に10年以上習ってきました。
平行して、二胡奏者の陳少林先生に揚琴伴奏を習ってきたお陰で、
大小さまざまな演奏機会に恵まれました。
まだ満足に弾けないときから、コンサートに出ていたのですから、
大胆と言うか、無謀と言うか。
でも、なんにも疑問に思わなかったと言った方がよいかも知れません。
思っていたら、出なかったでしょうから。
どんなことでも、まったく同じことが言えます。
知らぬが仏。

揚琴の場合、この楽器がどれだけのパーフォーマンスを持っているか、
まったく分かりません。
全く弾けないという段階から、
完全に弾ききっている段階まで、
自分がどこまでたどり着いたか、分からない。
たどり着いて、振り向いたとき、初めて分かります。

3週間ほど前だったでしょうか、
揚琴のスティックの動かし方について、
突然閃いたことは書きました。
二胡では、弓を使って、弦を鳴らすのですが、
決して弦をこすってはならない。
ひたすら右手を脱力して、弓のツルではなくて、
ツルを支えている竿をなめらかに安定して滑らせるなければならない。
このような弾き方は二胡奏者の常識とは言えないようです。
私の習っている師匠は二胡の本当の伝統の継承者だからでしょう。

たいてい巷に聞こえる二胡演奏は弦をこすっています。
これでも音は出ますが、本物の音を聞いてしまいますと、
やっぱりこの人分かっていないんだ、
そう分かってしまいます。

ふっと閃いたことは、揚琴も一緒だ!
これまでスティックで弦を叩こうと頑張ってきました。
そうじゃなかったんだ!
腕を完全に脱力して、手首を解放するようにしなきゃ!

揚琴は一種の打楽器です。
その打楽器でなめらかなメロディーを弾かなければなりません。
その基本的な武器がテンオン(ふるえる音)、つまり、トレモロです。
これが手首を無理に回転させていると、滑らかにはできない。
でも、脱力すると、できる!
これに気づいたのです。
かなりトレモロが自由に弾けるようになりました。
揚琴がますます楽しくなりました。

そして、21日突然、揚琴の音が変わったのです!
これまでは、鳴っていただけ。
いきなり、歌い始めたのです!
この違いは体験してみないと分かりません。
これまでとぜんぜん違う響き。
この揚琴で、こんなサウンドが出るとは想像もしなかった!

「ミスタッチをおそれるな」を読んだ成果もあるかもしれません。
本書の演奏練習の章は、私にとっては今やバイブル。
何度も何度も読み返しています。
なかなかその通りに練習を進めるのは難しいけど、
どんな素人の楽器修得にも指針となるようなアドバイスの宝庫。

揚琴、二胡、リコーダー、3つの楽器を今学習していますが、
その3つにすべて完全に共通する指針となりそうです。
私の第2の人生の柱は写真と音楽なのですが、
比重は音楽の方に傾きつつあるようです。
修得の成果がはっきりと出る楽器練習の方が、
ただ自己満足の日記と写真倉庫を黙々と作り続ける、
一人芝居のようなものよりは、
やり甲斐があるからでしょう。
楽しい!





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# by hologon158 | 2017-01-22 23:32 | ホロゴンデイ | Comments(0)

674.04 ホロゴンデイ170「2016年11月25日京都寺町辺にホロゴン出没」4 そっとしておいて

自分のしたいことをする、
子供のとき、これが私の終始一貫したスタンス。
小中高、一貫して、一番になったことなどありません。
一番になる人は誰にも負けないぞという激しいモチベーションで生きています。
私は、そんなモチベーションとはついに無縁でした。
スポーツをいっさいやらなかったのは、
人に勝つ、ということになんの意味も感じなかったからです。
スポーツに限らず、勝ち負けを競うものは、
人生から完全にシャットアウトしてきました。

新婚の頃、妻がチェスを買ってきて、楽しく遊びました。
私が勝つと、妻は涙ぐんて、
チェス盤をひっくり返して部屋から飛び出てしまいました。
かわいかったこと!
でも、そんなことを繰り返したら、
次は私が叩き出されてしまうかもしれないと考えて、
チェス盤は押入の奥深くに隠してしまいました。
妻は、負けたくない人間なのです。
だから、なにをやっても、あっと言う間に猛烈に熟達してしまいます。

私はなにをやってもソコソコで十分という人間。
その代わり、長続きがします。
何年でも楽しみ続けることができます。
写真は40年を軽く超えてしまいましたが、
一度も飽きたことがありません。
だから、私の生き甲斐であり続けています。
私の選んだ生き方、路線は、私にとっては正解なのです。

そんな「続けることがだけが命」の人間にとって、
ブログは、大正解でした。
毎日何人アクセスしたかというリポートがご親切に備わっています。
2つのブログ、どちらも初めて1年足らずで、
リポートを見ることをやめました。
いつでしたか、朝、ブログにアクセスしたら、
見かけないホーム頁が勝手に開きました。
なんとアクセスリポートの窓もあって、
「5」だったか、そんな数字が見えました。
新しいホームページなのだそうです。
すぐに旧バージョンに切り替えました。
以来、ずっと旧バージョンのホームページ。
いつ頃、旧バージョンが消えてしまうのでしょう?

旧バージョンのホームページが消えたら、
エキサイトのホームページが開く危険があるときは、
画面のそのあたりをマスクして、
もしくはさっと視線を逸らしてしまうつもり。
いくら私でも、「23」なんて数字は愉快でないでしょう。
ユーザー数、アクセス数を増やしたいエキサイトにとって、
私のような変わり者は望ましいユーザーではないでしょう。
でも、日本中、世界中には、私のようなブロガーの方が多いはず。
大抵のブロガーにとっては、これ以上の日記形式はないでしょう。
まあ、そんなわけで、
私も一人日記を書く日々を楽しんでまいりましょう。
(時折、こうやって書くことで、
無駄に通ってお出でになる方がないように、
ブログの実態を明らかにすることにしています)




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# by hologon158 | 2017-01-18 16:51 | ホロゴンデイ | Comments(0)

674.03 ホロゴンデイ170「2016年11月25日京都寺町辺にホロゴン出没」3 吉田正写真教室



一ヶ月前に戻ります。
12月15日木曜日、
吉田正写真教室のいわば課外授業でした。
写真展会場に集合したのです。
吉田正さんが講師をしている兵庫西宮、芦屋の教室の合同写真展。
たしか60数名の生徒さんたちが写真クラブも構成して、
年一回写真展を重ねています。
その第一回から欠かさず拝見している人が幾人居るでしょうね?
かく言う私がその一人。
その第一回はまだ十数名でした。
この第一回から出展して、現在に至っている人も数人居ます。
だんだんと増えて、今では60名を超えるのですから、
すごいですが、
もっとすごいのは、そのメンバーのみなさん、古いも新しいも、
老いも若きも、ほとんど例外なく、成長し、変わってきておられること。
そして、写真展それ自体がどんどんと進化していること。
この理由はメンバーがこぞって、
自分の写真をしっかりと見つけつつあることにありますが、
もっと大きなことは、写真展を指導し、デザインする吉田正さんが、
写真家として、デザイナー、企画者として、人間として、
果てしなく成長しておられることにあります。

昨年、こう思いました、
もうこれ以上、優れた写真展は望めないだろうな。
でも、吉田さんなら、そんな予測を見事裏切るだろうな。
今年の写真展は、昨年まで成長していた写真展とレベル、次元が違っていました。
大半は小品ではありますが、
さながら写真作家の異色かつ意欲的な創造の成果を見るような作品群が、
壁面の半分ほども埋めていました。
昨年までは気の利いたアマチュアの余技程度だったのに、
独創的な作品を独創的に組んで、
独自のイメージを生み出してくれました。

おもしろいことに、その作家のほとんどが女性!
なかのお一人など、私が以前に所属した西宮北口の教室の方ですが、
私と一緒に入会されたのですから、
まだ3年だと思います。
最初はまったくの初心者でした。
それが今では見事な写真作家!
完全に脱帽。
すでに写真が人生になっておられるのでしょう。

こんな風に見事な作品をお作りの方の大半が女性でした。
以前から、女性上位の常態だったのですが、
今回の写真展はさらに顕著になった感じ。
女性のみなさん、ますます独創的になって行くようです。
横並びを大切にする人生を送ってきた男性には追いつけない勢いで、
オリジナルな作品づくりをしておられます。
私は常日頃から、21世紀はますます女性の世紀になると踏んでいるのですが、
大げさに言いますと、
その印象を図らずも確認させていただいたという感じ。

男性陣の中で私が大きな感銘を受けたのは、お二人。
まず、路傍写真の作家。
私と同様に、ストリートフォトにのめり込んでおられる方ですが、
無差別大量ロボグラフィを撮りっぱなしの私とは全く異なり、
路傍と対話しながら、そこに漂うペーソス、情感を映像化しておらえます。
今回は縦位置2枚の陰陽の写真で、熟していく時を表現して、文句なし。
師匠の吉田先生の多彩なストリート風景写真群の中に収めても違和感がない、
そんな感じさえしました。
最近では珍しいことですが、
まだ若い方です。
これから、さらに進化を重ねて、
いつか吉田正さんの衣鉢を継ぐ作家になってほしい、
そんなことまで願ってしまいます。

もうお一人は、馬の作家。
主に競馬場で躍動する馬たちの姿を絶妙の瞬間に切り取って、
誰も真似のできない表現力を発揮してこられました。
レタッチの教室をいくつかもっておられる写真関係のプロですが、
クラブの創設以来、異色の切れ味と独創性に満ちた競馬場のスナップで、
まさに看板作家的な存在でした。
現在の大規模ギャラリーで開催されるようになってからも、
正面の狭い壁面全部を大がかりな組写真で飾ってきました。

ただし、この数年、かなり真剣に対峙しないと、
作品の意味や面白味を把握することが難しい、
そんな晦渋と言ってもいいような、作りでした。
本クラブ創設当初の数年の颯爽たる作品群をはっきり記憶している私としては、
ちょっと物足りなかったというのが本音。
クラブ展初期の作品をご存じない方にとっては、
なにやらややこしい作品を作る写真家だなあという印象しかなかったでしょう。

今年は違いました。
これまで同様、競馬場風景なのですが、
意表を突く切り取りの妙味と、
一つの作品に組み立てる配列の巧みさが相乗効果を発揮して、
すがすがしい音楽を奏でる作品が壁面から浮かび上がりました。
私の属する梅田教室で文句なしトップの女性がため息とともに、
「がらっと人間が変わったようで、
これまでとは全然違う、すごい作品になっていますね」
少し言葉は記憶違いかもしれませんが、趣意はこの通りです。
彼女も作家が一次元高みに上られたと感じたのです。

私が最後に感じたことはこうでした。
「さあ、これからが大変ぞ。
次回にどんな風にもう一枚皮を向くとしたら、
どんな方向に向かうんだろうか?」
この方もますます楽しみ。

写真展には独創性に満ちた作品がまだまだありました。
どなたも吉田正さんの真似をしようとしていない。
でも、吉田正さんの教えどおり、
自分の写真世界を作ろうとして、楽しみながらがんばっている。
このような写真クラブは日本にあまりないのではないか、
そんな感じがします。




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# by hologon158 | 2017-01-17 23:39 | ホロゴンデイ | Comments(0)

674.02 ホロゴンデイ170「2016年11月25日京都寺町辺にホロゴン出没」2 リコーダー耽溺

前々回の記事の続き。
673.09 ホロゴンデイ169「2016年11月21日弘法市はやはりホロゴンで」9 大ブレーク

私がリコーダーを愛していることは幾度も書きました。
30年以上前、数年独習したことがありました。
結局、まるで上達しないまま終わりました。
先生につくべきだった。
でも、始めたのは九州宮崎県延岡市でした
先生など居ません。
メックのアルトとソプラノだけが残りました。

1年半ほど前でしょうか?
その少し前に知り合ったAKさんがリコーダーも吹くと知って、
再燃しました。
その少し前にプロの演奏家に教えてもらい始めたハーモニカをやめて、
リコーダーに全面的に移行しました。
音そのものを金属製の楽器にほとんど依存してしまうハーモニカは、
吹く人も楽器自体も変わっていくリコーダーには勝てっこなかったのです。

そして、昨年11月、音楽家のMHさん主催のアブニールコンサートに、
MHさんとリコーダー二重奏でデビューして以来、
完全にリコーダー合奏の虜となってしまいました。

でも、合奏しようとすると、2本の楽器の音が整合しなければなりません。
私の保有するリコーダーの半分はピッチ415のバロック仕様。
メックの30年前のリコーダー2本は440ですが、
書棚に裸で放置してきたせいでしょうか?
MHさんのプラスチックリコーダーとぜんぜん合いません。
昨年11月の第一回コンサートでは、それでも、木製リコーダーを使いました。

本年4月に早くも2回目のコンサート。
私もプラスチックリコーダーに踏み切りました。
全音のブレッサンアルトと、スティンズビーソプラノ。
上記の名前はバロック時代のリコーダーの伝説的制作者です。
でも、その音が名前を冠した制作者たちのサウンドに似ている?
いえいえ、プラスチックの音に似ています。
MHさんはヤマハのリコーダーです。
ピッチも微調整でそろい、6日の初練習も絶好調でした。
MHさんのサウンドはふくよかで見事。
私のリコーダーはMHさんのに負けないクラスなのに、
やっぱりプラスチックらしい、ちょっと安っぽい、
空疎な感触が時折混じります。

AKさんに相談しました。
私の親友たちって、それぞれに深く広範な知識の持ち主が多いのですが、
AKさんの知恵と知識は並外れています。
知恵のドラえもんのような人物。
早速教えてくれました、
「アンダーカットで音質が格段に向上しますよ」

「アンダーカット」とはなにか?
リコーダー奏者以外には無意味なので、説明は省きますが、
教えられた瞬間に、アマゾンで道具を注文。
手作りの高級リコーダーにはこのアンダーカットが施されています。
でも、私の昔のメックの2本も含めて、安物木製リコーダーもプラスチックも、
アンダーカットなんて手作業は省略されています。

教えられた当日から、手持ちの道具で作業を始め、
翌日、まずダイヤモンドヤスリ三本セットが届くと、
手当たり次第のリコーダーに狂ったようにアンダーカットを施しました。
その結果はいかに?
木製リコーダーはすべて上質なリコーダーに変貌し、
プラスチックリコーダーは木製リコーダーに生まれ変わりました。
どのリコーダーも温かくほんのりとしたサウンド。
前記の揚琴、二胡に革命が起こったのとまったく同じ日に起こったのです。

私は世の中のすべての行為がチェーンリアクションの起点であり、
かつ通過点でもあると信じています。
この世のすべての出来事は理由、原因なくして起こらず、
なんらかの重要な結果を伴わずに消えていくこともありません。
だから、何ごとも無駄ではないのですから、
丁寧に心をこめてすべきなのです。
そして、重要な結果を期待するのであれば、
のんべんだらりと無駄な時間を過ごしてはならない。
無駄な時間はあなたを無駄な人生に誘い込むかもしれないのですから。

昨日、MHさんがお使いのヤマハのプラスチックリコーダーを注文しました。
同じリコーダーなら、もっと調和するはず。
でも、MHさんは声楽家のスペシャルな呼吸法をそのまま使っておられます。
いわばピアニッシモのソットヴォーチェでも遠くまで届く、深い響きのサウンド。
私はフーフーフーのど素人呼吸法。
同じリコーダーを使っても、音が違いすぎる。

でも、私は奥の手を手に入れたのです。
ヤマハリコーダーが届いたら、
早速アンダーカットをしまくります。
これで、バランスがとれるようになるか?
これはやってみなければ分かりません。
でも、かなり有望なのでは、
そう期待しています。




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# by hologon158 | 2017-01-15 22:21 | ホロゴンデイ | Comments(0)

674.01 ホロゴンデイ170「2016年11月25日京都寺町辺にホロゴン出没」1 続投!


前回の続きがあるのですが、
シリーズが変わりますので、まずはそのご挨拶から。
11月21日の東寺弘法市からわずか4日経った25日、
こんどは京都市中心部の寺町、堺町筋、四条河原町あたりを撮影しました。
友人の陶器展と写真展を巡歴したのです。
その一部始終は次の2つの記事に掲載してあります。

667.01 ホロゴンニュース1「2016年11月25日伊藤五美作陶展で出会ったのは?」
(http://ultrawide.exblog.jp/26180628/)
667.02 ホロゴンニュース2「2016年11月25日日高紀志子さん、最後の写真展なの?」
(http://ultrawide.exblog.jp/26182425/)

その前後に撮影した写真たちを遅ればせながら、掲載することにしましょう。
やっぱり同じセット。
ソニーα7
ホロゴン15㎜F8U
いつもの撮り方で、いつもの写真たち。
当たり前です。
私が愛用のホロゴンで撮るのですから、変わってたまりますか?
皆さん、飽き飽きでしょう。
でも、大丈夫、私は飽きませんから。
これも、当たり前ですね。





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# by hologon158 | 2017-01-13 23:59 | ホロゴンデイ | Comments(0)

673.09 ホロゴンデイ169「2016年11月21日弘法市はやはりホロゴンで」9 大ブレーク


私は現在3つの楽器を学んでいます。
揚琴
二胡
リコーダー

まったく異質な楽器たち。
揚琴は打楽器の一種です。
二胡は弦楽器。
リコーダーは吹奏楽器。

でも、一つの絶対的真理を知りました。
すべての楽器の秘訣は一つ、それが分かったのです。
正しい場所を緊張させ、残りの全身は脱力する。
すべての楽器は全身で演奏します。
要するに、楽器と全身が一体となって、音を出します。
片手間に音を出しても、いい加減な音になるだけ。

私がこの真理を身体で理解できた順番は、
二胡→揚琴→リコーダー。
どの楽器もどこかに力を込めて弾くものだ、そう考えていたのです。
でも、それは結果であって、根本は、まず脱力!
そう知ったのは、二胡の師匠の教えから。

沢山の二胡の演奏家が活躍しています。
でも、本当に正しく演奏している演奏家はほとんど居ない、
そう思って下さい。
中国の二胡界では、肩や肘を痛める演奏家がかなり多いそうです。
それも間違った体の使い方故。

二胡の場合、両手ともたった1点を除いて、他はすべて脱力、
それが基本だと教えられました。
どこに力を込めるかは、目下の論点ではありません。
私がここで記録しておきたいことは別。
一つの楽器でこれを知った結果、
連鎖的に他の楽器でもこれを知ることができた、
これが要点です。

私は毎晩たいていは午前1時半から2時までの半時間半身浴します。
睡眠は5時間半ですが、睡眠を削ってでも、半身浴は優先させます。
半身浴を削り、睡眠時間が確保しても、その睡眠は浅くなるだけ。
半時間の半身浴があってこそ、深い睡眠ができるからです。
睡眠のポイントは時間ではありません、深さだからです。
その半身浴の間にふっと閃いたのです。
二胡の演奏動作の根本が脱力なら、揚琴だってそうだ!
これまでは、なんとかして滑らかに細やかに手首を回転させようと、
必死で努力を重ねてきました。
でも、手首に集中すればするほど、滑らかになど動かない。
そこで、閃いたのです。

   手首のことは忘れよう!
   両腕を完全に脱力させ、その結果、手首も脱力させよう!
   
入浴中は便利です。
お湯の表面を揚琴の弦の面だと考えて、練習できるからです。
両手、両肩を脱力させようとあれこれ試している内に、
いきなり、手首が軽やかに回転するようになりました。
そして、昨日、私の揚琴がこれまでに想像もできなかったほどに、
軽やかで華やかなサウンドで鳴り響いたのです。

そして、そのドラマチックな変化は二胡に跳ね返りました。
昨夜、開放弦をそっとそっと弾いていると、
突然、「うん、これなら、二胡の音だ」と、自分で納得できる、
そんな緊張感があるのに柔和なサウンドが私の二胡から響いたのです。
二胡から揚琴に、揚琴から二胡にこだまし合うようにして、
突然、どちらもかなり本格的な音を出せるようになりました。
相乗効果!
そうはっきりと感じました。
どうやら大ブレークができそうです。






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# by hologon158 | 2017-01-12 23:04 | ホロゴンデイ | Comments(0)

673.08 ホロゴンデイ169「2016年11月21日弘法市はやはりホロゴンで」8 神の口から


人はパンのみにて
「人はパンのみにて生きるにあらず。
神の口から出る一つ一つの言葉によって生きる」

すてきな言葉ですね。
でも、実行するに難しい言葉ですね。
神の口から出る言葉をどうやって知ることができるのでしょう?

クリスチャンは言うでしょう、
「バイブルを読みなさい」
でも、クリスチャンのみなさん、
どれだけ新約聖書のイエス様の言葉を実行しているでしょう?
頬を打たれたら、もう一方の頬を差しだしているでしょうか?
そんな人を見たことはありませんね。
敬虔な言葉を神妙に吐きながら、殺しあいをしておられます。
神の意志を実現するため、そう言いながら。
でも、相手もクリスチャンなのですから、ややこしいですね。

でも、たとえば、アメリカ大統領選で、
候補者が「私は無神論者です」と言ったらどうでしょう?
絶対に落選しますね。
でも、選挙民の大半は信仰を失っているか、
敬虔なクリスチャンであると標榜しつつ、
平気で十戒を踏みにじっている。
つまり、キリスト教徒であると標榜することが一つの市民資格要件。
でも、大抵の候補者はただそれだけ、という感じがします。

ただし、事情通は言います、
「欧米では、もう80%以上の人が神を信じていませんよ」
なんだか、日本そっくりですね。
信仰など持っていないのに、神仏に祈るのですから。

本題に参りましょう。
あなたはパンのみにて生きてはいませんか?
もちろんパンによって生きていますね、
私もあなたも。
でも、食べていない時間、あなたはなにをしていますか?
テレビを見ています、ですって?
よしましょうね。
あなたはどんどんバカになっていくだけですから。
自分の頭で考える時間をどんどん削っているだけではありませんか?
でも、それだけじゃありません。
他人の考えをどんどん吹き込まれているだけ。
思考力はいわば持ち駒のようなものです。
どんどん減っていきます。
普段のトレーニングで、持ち駒を増やさなければ、
いつか「お客さん、あんた、負けだよ、帰って」ということになります。

でも、テレビ、新聞は、幻想を生み出します。
まるで自分の頭だけで考え出したかのように、
一定の考えを植え付けてくれます。
あなたは、あなたであって、あなたではない、
という状態で生きることになります。
楽ちんです。
それもいいでしょう。

でも、そんな人でも、小さいときはそうじゃなかった。
おっと、子供の頃のことなど、思い出しもしない?
それはいけませんね。
私は徹底的に記憶力の悪い人間ですが、
子供の頃感じたことはいろいろよくよみがえってきます。
パラダイスでした。
でも、そう言える人間はあまり居ないかも知れませんね。

私にだって、いろいろなかったわけではありませんが、
一つ分かっていることがあります。
あの頃も今も、私は変わっていません。
誰にもしっぽを振らず、誰からもしっぽを振らせない、
そんな生き方を幼稚園のころからしていました。
私の特技です。
誰にも大きな顔をさせなかったけど、
自分も大きな顔はしなかった。
自分の楽しみを自分で見つけて、一人で楽しんでいたけど、
仲間外れにもならなかった。
誰からもいじめられず、誰もいじめなかった。
だから、どこへ行っても、平気でとけ込めます。
でも、心の中では超然としている。
もしかすると、幸運な人生だったかも知れません。

でも、一説には、「あんた、鈍感なだけ」
だから、もしかすると、
私には理解できない、さまざまな人生があるでしょう。
人生と人生を比較して、軽重、運不運を決めることなど、
絶対にできません。
だから、どんなに不運が重なっても、
そんなにいじいじしなくてもいいじゃないか、
そう平気で言ってしまうこともあるかも知れません。
でも、それは誰でも同じでしょう。

ヴェトナム戦争で、丘の天辺の砦に籠もって、
包囲したヴェトコンのバズーカ砲の攻撃を受けた米軍兵士たちの姿、
それが人間です。
それぞれに自分の蛸壺にうずくまって、
ひたすら、「自分の穴には飛んでこないでくれ」
運命って、不思議なものです。
努力するから、運命を引き寄せられるか?
祈ったから、球は自分の上には飛来しなかったか?
そう考えると、とても無理なようです。
運命と努力は無関係。
でも、努力をしない限り、運命が幸運を呼び寄せても、
その幸運を十分に楽しめる人間にはなれないでしょう。
この世の中、運命を自分で踏みにじってしまう人がとても多いのですから。

私はキリスト教徒でも、いかなる宗教の信仰者でもないけど、
一つだけ分かることがあります。
神はキリスト教徒の神かもしれないけど、
神は、キリスト教徒だけの神ではありません。
このチッポケな惑星の一部の人間だけのために、
この宇宙を創造されたわけではありません。
創造された宇宙の隅々の存在すべての神なのです。

そんな風に考えると、分かることがあります。
「神の口から出る一つ一つの言葉」って、どんなもの?
私たちが自分の人生のために心の底からやり遂げたいと願うこと、
これがそうではないのでしょうか?
まあ、そう信じて、やりたいことを心置きなくやりぬきましょう。
今年もお互いがんばりましょうね。





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# by hologon158 | 2017-01-11 13:54 | ホロゴンデイ | Comments(0)

673.07 ホロゴンデイ169「2016年11月21日弘法市はやはりホロゴンで」7

1月6日金曜日、
2017年の初リコーダー合奏練習。
第2回アブニールコンサートが4月に開催されます。
私も主催者の音楽家MHさんのお誘いで第一回に出て、
さんざん恥をかいたのですが、性懲りもなく、
2回目も二つ返事で出演させてもらうことにしました。
MHさんとリコーダーの合奏練習して、
演奏、合奏の機微について教えていただけることに魅せられたのです。

今回も3曲だけ。
一組10分が制限時間だからです。
もっとも短すぎるなんて、ちらっとも思いません。
これ以上時間をもらっても、持て余すだけではなく、
ミスをする危険性が格段に増大するだけ。
今回はルネサンス曲2曲がバロック1曲をサンドウィッチするセット。
私の好きな曲ばかりです。

私はノンビブラートで主奏を担当します。
ルネサンス曲は四分合奏、
相棒のMHさんは温かいビブラートがバックに廻って、
声楽家が歌う、そんなベルカントで響いて、
私の貧弱なサウンドをカバーして下さいます。
主奏がノンビブラート、伴奏がベルカントというのでは、
組み合わせとしては、ベストではありませんが、
私もまあまあがんばってみます。
ルネサンスの2曲は主奏がソプラノリコーダー、伴奏がアルト。
他の1曲はテレマンのカノン・ソナタ。
二人のアルトリコーダーが協奏する、いわば輪唱。
楽しいですね。

でも、今回の合奏の醍醐味はなんと言っても、ルネサンス曲2曲。
それもとびきり上等の2曲です。
まず、ジョン・ダウランドの「Now,oh now I must part with you」
なんと人間らしい味わいに満ちた曲でしょう。
クラシック音楽史の潮流は、人間らしさをどんどんはぎ取っていくプロセス、
そう言っても過言ではないでしょう。
この曲はそんな人間らしさが最高に横溢する名曲です。

でも、私たちの演奏のクライマックスは、
ジョスカン・デ・プレの「Matona mia cara」
作曲家の名前まで音楽そのもの。
この曲はマドリガルの名曲です。
さわりは、幾度も出現する鐘の音の擬音、
「din din din,doro doro,din don do din」というリフレイン。
MHさんはスペインの本場でこの曲を歌ったことがあり、
もっとも愛するマドリガル曲。
それを私が選んだのですから、縁ですね。
二時間とびきりエキサイトし、
終わってから1時間半ほど二人でささやかな新年会。
今年はよい年になりそうです。




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# by hologon158 | 2017-01-09 23:24 | ホロゴンデイ | Comments(0)

673.06 ホロゴンデイ169「2016年11月21日弘法市はやはりホロゴンで」6 もう7日目



気がついてみると、2017年が始まって、もう7日目です。
うかうかとすると、気がつくと、2018年だった、なんてことになりかねません。
それほどに時間の経つのは早いですね。
もともと時間には区切りがありません。
時は悠久に同一速度で経過していくだけ。
でも、こうして区切りをもうけることで、
時間にさまざまな緩急がつくような気持ちになります。
それが人生を彩ってくれるようです。

このブログでは、最初の幾年間は欠かさず、
年の終わりに「十大ニュース」と特集していました。
と言っても、私個人のニュースですが。
この数年、やめています。
私の生活スタンスは相変わらずですが、
そうした人生の出来事に等級をもうける気持ちがなくなったから。
なにごとも大切、一瞬一瞬を大事に生きたい、
そんな気持ちからです。

でも、性格でしょうか?
常に走っている、そんな感じ。
人によって、ぜんぜん走らない人もおられるようです。
たとえば、バスの降車の態度でそれがわかります。
現金後払いのお客さん、バス停で停車して、料金箱のところに来てから、
やおら壁の上の料金表示見上げて、料金を確認し、
ポケットから財布を出して、小銭を探し始める。
どんな動作もゆっくりして、
乗客たちが待っていることなど気がついていない。
このような悠長なお客さんはかなりおられます。
私には想像のつかない人生を送っておられるのでしょう。
このような生き方でないと体験できない深さがあるのでしょう。

どんな音楽にもピッチとテンポが決まっているように、
人間の人生にもピッチとテンポが自ずと決まっているようです。
私はハイピッチ、ハイテンポで生きてきましたが、
近頃だんだんと速度が遅くなっていくようです。
老化?
なにをおっしゃる、ウサギさん!
そうではない、高密度になっているです。
少なくとも、そう信じたいですね。

私の5歳になる孫プリンス、
実は私にそっくり。
早め早めに駆け足で生きています。
正月3日、生まれて初めてトランプを知りました。
初めて覚えたのはスピードという遊び。
二人の対戦者が向かい合って、自分の札から4枚開いて並べます。
「スピード」と言いながら、中央にそれぞれ1枚カードを置きます。
その瞬間ゲームは疾風怒濤モードに。
中央の2枚の前後どちらかの数字の札を見つけて、
中央の2枚の札の上に重ねていきます。
たとえば、場にキングKがあると、両者が争って、
「1」「K」「Q」「K」「1」等々と置いて行きます。
そうしながら、自分の前の4枚に空きができたら、
どんどん持ち札をそこに補充していきます。
中央の札に重ねられる札がなくなると、
また「スピード」と言いながら、中央に1枚カードを置きます。
また、競争が始まります。
こうして先に持ち札を中央の2カ所の山に移し終えた人が「勝ち」。

3日習い始めたときは、おたおたとして、
教えてもらわないと、続きに置ける札も気づかない状態でした。
まだ5歳になったばかりなのですから、当然です。
でも、翌4日に対戦すると、がらりと様相が変わりました。
中央の札「J」の上に「Q」を置きながら、
同時に、逆の手はすでに続き札「K」をつかんで、
自分の置いた「Q」の上にさっと置いてしまいます。
だいたいからして、トランプの表示が幼児向きではありません。
「10」「J11」「Q12」「K13」「1」と数字が1つずつ増しながら、
しかも周回していると理解することは、小学生だって難しいのに、
最初に聞いた途端に覚えてしまっています。
さらに教えてもいないのに、戦術まで思いついている。

保育所の28人の仲間と2人の先生の誕生日まで覚え、
あといくつ寝ると、何日になるかもわかっているのですから、
数字と時間に関する能力はかなり高いようです。

自分の少年時代を思い返しますと、
はるかにとろく、時間とか季節などを知ったのも、
かなり大きくなってからだった感じがします。

時代が違う。
刺激と新奇性が道満ちている。
そして、保育園での集団生活で生まれる相互刺激効果も
かなり子供たちの能力を早期に高めているようです。
毎月あれこれと行事があり、
子供たちはその行事を指折り数えて待っています。
時間感覚も鋭くなる道理です。

さらに、ワクワクカーニバルと称して、
学芸会を年に何度か開催するのですが、
その都度、歌や演奏や踊りや芝居を覚えます。
11月には、孫プリンスの4、5歳の幼児たちが「上を向いて歩こう」を
間奏も含めて4番か5番もある長大な歌を全員生き生きと暗唱しました。
あなた、できますか?

幼児たちはクラスの中で「百匹目の猿効果」を受けているのです。
つまり、誰かができるなら、自分もできる!
誰かが歌詞を全部暗唱できるなら、ボクだってできる!
これができるのは、小学校のような詰め込み教育ではないからです。
みんな楽しみながらやっている、
だから、できる。
私は、孫たちが保育園に入って以来、
保育園の効果を見直し、保育園の先生がたに頭が下がる思いをしています。

もしかすると、世界中がテレビ、インターネットによって、
「百匹目の猿効果」を受けているのかも知れません。
たとえば、ピアニストたち。
偉大な超絶技巧のピアニストたちの演奏を、さまざまなメディアで、
目の前に居るかのようにして、観察できます。
だから、どんどん超絶技巧のピアニストたちが出現しています。
でも、これが本当に良いことかどうか、分かりません。
本来は人間の成熟と技巧の錬磨は同時に進行していたのが昔。
今は、人間の成熟など僕知らないよ、技巧だけ超絶になっちゃえ!
だから、まるでロボットが演奏しているみたい。
自分を磨きながら、自分で技巧を編み出して行った先人と、
その先人たちの真似をしている現代の若者たち、
その差はあまりに大きい感じがします。

「百匹目の猿効果」も、ときには、危険なのではないかな?
そんな感じがしています。
そして、なにごとも、早いだけが取り柄じゃない、
そんな反省も...........





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# by hologon158 | 2017-01-07 23:56 | ホロゴンデイ | Comments(0)

673.05 ホロゴンデイ169「2016年11月21日弘法市はやはりホロゴンで」5 あっけなく


前回のお話は、単に、10年以上経って、ようやく出発点に立った、
それだけの話。

それだけにしても、よくよく考えてみますと、
すべて、人間の自然な体の動きの基本は、
緊張と脱力のバランス、
これに尽きますね。

40年以上も写真を続けてきますと、
どんなに素人と言っても、
カメラを持つ人、写真を撮る人を見ますと、
たちどころにどの程度か分かりますね。
物腰、眼差し、動き、撮り方、全部違うからです。

でも、こんなこと言って申し訳ありませんが、
今では、鷹の眼差し、豹の物腰の写真家なんて、
ほとんど出会いませんね。
あれはオートワインダーなんて装備されていないカメラで、
銀塩フィルムを使って、一発勝負をしていた時代の写真家の姿でした。

RAWで撮って、明日、現像して、写真に仕上げよう、
なんて気持ちで撮っている限り、
振り返りざまの居合い抜きなんて、お笑い、
「なんで、そんな必要あるの?」
たしかに、昔の写真家の撮れなかったような写真をお作りになります。
でも、申し訳ない、
腰が据わっていない。
肚が決まっていない。
外観は立派でも、腰がない。
最近、ぐっと来る写真にあまり出会わなくなってしまいました。

ちょっと話が逸れましたが、
要するに、といっても、なんのつながりもないけど、
写真はほどほど、むしろ揚琴がこれからますます面白くなりそうです。

付虹先生の揚琴レッスンの内容がだんだんと難しくなってきました。
12月にやったのは、「旅愁」。
中国映画の主題歌なのですが、
実は私たちが子供の頃習った「旅愁」です。
これを揚琴用に編曲したもので、
いろいろなテクニックを織り込んでいて、
見た目よりもかなり難しい。
一番の難題はピアノと同様に両手にぜんぜん違う奏法をさせる部分。
左手は、スティック(琴竹)を上下逆に持ち変える「反竹」。
スティックの底の槍先の形をした竹部分で弦を撫でるようにして、
チャンチャンと響きの美しい音を出します。
右手は左手が四分音符1音を響かせる間に、
十六分音符でアルペジオを奏でます。
その4つ一組のアルペジオがその都度違う組み合わせ。

先生、さらりと美しく弾いて見せて、
「簡単です、左手の反竹を響かせて、メロディーを奏で、
右手はさらさらと軽く弾けばいい」
なにが簡単ですか!
最初は四分音符一つずつ、上下のセットを練習しました。
でも、通奏すると、ごちゃごちゃになり、
メロディーが浮かび上がりません。

2週間苦闘しました。
あきらめかけました。
突然、閃きました。
「そうだ、左手の反竹をやめて、普通に弾こう」
これだけで、いきなり両手がうまくかみ合いました。
これで散々練習して、昼食。
妻にさんざん苦労話をこぼしました。
でも、妻は取り合ってくれません。
「どんな楽器もたいてい両手は別の仕事をするものよ。
頭を使って練習していないから、なかなかできないのよ」
と、却下。

でも、たとえば、ピアノは指で演奏できます。
揚琴は、25cmほどの半径で弧を描くスティックの先端を使うのです。
かなり不利なんだけどなあ...
昼食後2階に上がるとき、ふっと思いついて、
左手を反竹に戻しました。
弾ける!
まだたどたどしいけど、一応、最後まで弾ける!
まだ、左手の反竹が主旋律をしっかりと歌いません。
右手がじゃまをしているのです。
でも、あと2週間も練習したら、なんとかなるかも知れない。

そう思って、付虹先生のレッスンに臨んだところ、
「まあ、この程度でいいでしょう」
あっけなく、次の課題に移行。
これが私の10年の学習歴最大の難関、難曲、
「将軍令」
さて、どうなりますやら。




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# by hologon158 | 2017-01-05 22:46 | ホロゴンデイ | Comments(0)

673.04 ホロゴンデイ169「2016年11月21日弘法市はやはりホロゴンで」4 記念日



丁度一ヶ月前の12月3日は一つの記念日になりました。
揚琴のスティック技法発見の日。

習い始めて10年以上経って、今頃?
笑わば笑え、ですね。
ひたすら手首を回して、弦を叩き続けてきました。
朝のストレッチでも、夜の半身浴でも、
手首のエクササイズを延々続けてきました。
でも、スティックをなめらかに細やかに回して、
美しいトレモロのサウンドを響かせることなど、
夢のまた夢でした。

この2年、二胡も習ってきました。
こちらも同様でした。
弦楽器はすべてそうなのかも知れませんが、
弦を弓で擦っても、美しい音は出ません。
揚琴の二胡伴奏を習っている陳少林先生が以前、
おもしろいことをおっしゃっていたことを思い出しました、
「二胡は弓を強く弾くと音が小さくなり、
軽く弱く弾くと、音が大きく響きます」

なぜか?
二胡は、弓の弦を二胡の2本の弦の間に入れて、
前に出したり、後ろに押しつけたりして音を出すのですが、
内弦は、たしかに洋楽の弦楽器のように、
弦を擦りあわせる奏法なのですが、
外弦は違うのだそうです。

弓は弦と、それをしっかり支える竹の竿でできています。
その竿を二胡の胴に貼った錦蛇の皮の縁で滑らせます。
その動きに伴って、弓の弦と二胡の外弦とに玄妙に擦れ合って、
あの繊細微妙な二胡サウンドを生み出すのだそうです。
摩擦には違いないけど、直接の摩擦とはちょっと違う。

たいていの二胡奏者はどうやらそうは考えていないようで、
グイグイと外弦と弓の弦を擦りあわせて演奏しています。
それでも美しい音は出ます。
でも、摩擦音なので、かなり強い響きで、
繊細微妙なニュアンスを出すことができず、
一本調子のサウンドになるようです。
私の見るところ、日本で一番有名な男性二胡奏者も、
中国の民族音楽の大家、朱昌耀さんもそうです。
その証拠は歴然。
お二人とも、とても美しいサウンドですが、
どんな音楽を弾いても、同じ音しか聞こえてこない!

RJ先生は違います。
そのサウンドは音楽、ニュアンスに応じて変幻自在です。
その先生に教わって2年、
ようやく少し音が出るようになりました。
たいていの二胡教師につくと、
もっと早く音が出るようになり、曲を弾けます。
でも、それは摩擦音、というわけです。
じゃ、本物の音はどうやって出すのか?
左右の手のほんの1個所だけに力を入れて、
他は原則として脱力するのだそうです。
手で弾くのではなく、全身で弾くのです。

よく考えてみると、どんな楽器の名手もそうしているのでしょう。
たとえば、ピアニスト。
フォルテッシモを鳴らすのに、
両手を振りかぶって、鍵盤をバシンと叩くなんてことはしませんね。
両手が蛇のようにしなやかに鍵盤に延びるだけ。

突然、閃いたのです。
そうだ!
揚琴も手首で弾くんじゃないんだ!
脱力した全身で弾くんだ!

こんな閃きって、どなたでもそうでしょうけど、
ただちにメモするか、実行に移すかしないと、
露となって消えてしまうものです。
「天使のささやき」
あるいは「悪魔のささやき」?

仕事でも、時々これが起こりました。
朝方の目覚めの瞬間に起こることが多いのですが、
起こると、どんぴしゃり、求めていた答えがそこにありました。

7月3日水素吸入器Beautyflyを使い始めて以来、
なにしろ完全暗黒の熟睡から突然ぱっと目を覚ますようになって、
閃きも去ってしまった?
なんてことはありません。
どうにかした拍子に、リラックスした瞬間、起こります。

今回がそうだった、私はそう信じたい。
起こった瞬間、階段を駆けあがり、
揚琴のカバーをさっとめくって、実行してみました!
肩の力を完全に抜いて、
散歩のときのように、手をぶらぶらさせて、
手首も自由にゆらゆら揺れるようにして、
体の中から波動が手先に向かうようにしました。
突然、これまでに出さなかった絢爛たるサウンドを奏でている!

これだ!

こうしてHologon158は、揚琴奏者となって幸せに暮らしました....
なんてことには、簡単に実現するものではありませんねえ....
これは、ただの一歩、そんな感じがしています。




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# by hologon158 | 2017-01-03 22:57 | ホロゴンデイ | Comments(0)

673.03 ホロゴンデイ169「2016年11月21日弘法市はやはりホロゴンで」3 東寺撮影


正月2日。
長女の一家は午後早々に、
到着したばかりの二女の一家としばし歓談した後、
娘婿の家にお年始に出発。
残った1歳半の孫プリンセス2号のところに、
さっと我が家の娘(猫ですが)静がやってきました。
プリンセス2号と数ヶ月ベビーベッドを共用して、
乳母のようにやさしく見守っていた関係なので、
静はプリンセス2号をこよなく愛しているのです。
長女一家の滞在中は2階にこもって出て来ないのに、
プリンセス2号にはいそいそと会いに出て来る。
猫たちも人間をしっかりと区別してつきあっているのです。

11月21日月曜日、
撮影と音楽と、ダブルの悦楽の一日でした。
近鉄奈良駅から京都駅、京都駅から反転して1つ目、
東寺駅に到着したのが午前10時25分。

持参したセットは、
ソニーα7
Hologon15mmF8U
ホロゴンは、超近接のマクロ撮影以外は、
すべて完全ノーファインダー。

東寺に入って驚きました。
私が東寺を訪れるようになって30年は経ちましたが、
南門から本堂に向かうメインロード途中の中心に、
大灯籠がでんと鎮座していました。
ところが、ない!
あわれ、この大灯籠が撤去されてしまい、
境内を仕切っていたフェンスもついでに撤去。
東寺の本堂の南側境内は全面、
自由に行き来できるショッピングエリアに変貌していました。
おかげで、出店数も格段に跳ね上がったようです。
そのせいというわけではないでしょうけど、
平日月曜日というのに、
境内は群衆で覆い尽くされてしまった感。
まるで12月の最終市である「仕舞い弘法」に来た観がありました。

午前11時、親友のDAさんと合流。
その後は雑踏の中、まず、境内西側の塔中にもうけられたトイレ、
ついで、東側の大きな手水舎で、と、
ランデブー地点を次々決めて、撮影。
例外的な少数を除き、全部ノーファインダー。
男性よりも女性の方を沢山撮っているのには、他意はありません。
個性的な人物を撮っていると、こうなってしまいます。
地位と権力にあぐらをかいて、頭の天辺からものを言うような男は、
まるで個性がありませんから、すべてアウト。
そんな上司の言いなりに、日々、黙々と仕事をこなすけど、
仕事以外にはやりがいのあることなんかなにもない、
そんな男も写真になりません。
日本の社会がそんな「組織的人間」を1世紀かけて作り上げてきました。
よく言われます、「ドイツの将軍と日本の兵隊との組み合わせが無敵」
褒めているのですが、裏返せば、バカにされているようでもあります。
自分の個性と決断で危機を独創的に切り抜ける、そんな将器は稀、
そう言っているのですから。
結局、龍馬、晋作の去った日本に絵になる男は、
スポーツ界を除けば、寥々。
寂しいですね。




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# by hologon158 | 2017-01-02 18:08 | ホロゴンデイ | Comments(0)

673.02 ホロゴンデイ169「2016年11月21日弘法市はやはりホロゴンで」2 謹賀新年


新年おめでとうございます。

大晦日
長女一家がやってきました。
私は偶然ながら、数日前孫の家を訪れた際と同じセーター。
5歳の孫プリンス、一目見て、
「ペペ、なんでまた同じセーター着てるの?」
それから、ちょっと間をおいて、
「そういえば、おれも同じ服着るけどねえ。」

「おれ」なんてえらそうに嘯きますが、
実はまだお人形のように可愛いお兄ちゃんです。
3歳年下の妹、2歳の孫プリンセスには絶対に手をあげてはならない、
そうしつけられています。
おかげで、妹に叩かれたり、かみつかれたり。
でも、反撃をしません。
とても可愛いがっているからです。

自分の服は全部自分で選んで購入し、
毎朝、自分ですべての組み合わせを瞬時に決めます。
気に入らなかったら、絶対に着ません。
プリンセスもすでにまったく同様です。
近頃の子は幼少時からファッション感覚のようです。
好き嫌いは瞬時に決まります。
それぞれに自分のセンスが生まれながらに備わっているようです。

元旦、幼児服店に参りました。
手際よく選んでいくと言いたいところですが、
一つ選ぶ度に、糸の切れた凧のようにすっ飛んでいって仕舞うのですから、
かなり時間がかかりました。
昔は、下着だったら、全部白、と決まっていたのに、
今ではありとあらゆるデザイン、色、柄なのですから、
時代は完全に変わってしまいました。

2017年、車輪が1回転して、どんどんと進んで行くように、
さらに変化が変化を呼ぶのでしょう。
そんな時代の流れの中で、しっかりと自分を保持したいものですね。
というわけで、
今年もどうぞよろしくお願いいたします。





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# by hologon158 | 2017-01-01 23:58 | ホロゴンデイ | Comments(0)

673.01 ホロゴンデイ169「2016年11月21日弘法市はやはりホロゴンで」1 セワシ


さて、久しぶりにホロゴンをフィーチュアするホロゴンデイです。
定番の京都東寺の弘法市。
毎月21日の市です。
例によって、ほとんどノーファインダー。
でも、ソニーα7に付けたフォクトレンダーのMマウントアダプタ。
これが威力を発揮して、hologon15㎜f8では珍しいマクロ写真も。
磯釣りで言えば、まさに入れ食い状態。
沢山ありますので、おそらく9回シリーズとなりそうです。
ごゆっくり画角110度の世界をお楽しみください。

27日から、我が家の「師走」が始まりました。
もっとも、私はいかなる意味でも「師」ではないので、
「セワシ」でした。

妻が小さなマンションの一室を母親から残されたのですが、
その大掃除の分担分とガス点検立ち会いに出かけたのです。
本来下車するバス停を2つ乗り越すと、
奈良でも有数の古い住宅地高畑町(タカバタケチョウと読みます)。
そのあたりから撮影しながら、目的地に行こう、
そう考えました。

20枚ばかり撮って、はっと気づきました。
マンションの鍵を忘れた!
これを含むエキストラの鍵を入れた小銭入れを
バッグの中にいつも入れていたのですが、
私一人で行くことはないので、この小銭入れを
いつしか部屋に残してしまったのです。
40分ほどかけて鍵を取りに戻り、
5階でエレベーターを降りたら、
部屋の前にガス点検員が待っていました。
「悪い、悪い、申し訳ない」
ガスの点検を無事済ませ、
私の分担の大掃除を手早く済ませました。

ガラス戸、窓、鏡、棚のガラスは、
重曹液を作ってスプレーでシャッシャッ、
入手したばかりのスタイリッシュなハンド窓拭きでシュッシュッ!
各種棚やもの入れの扉、玄関扉、窓の桟等も
重曹スプレーとタオルでサッサッ。
シンク、ガスコンロ周り、洗面所、バスは念入りに。
義兄の絵や義母の書道はさらに丁寧に清掃。
あれやこれやで、1時間半。
ふっと、妻が年始の孫たちのために、
ドンクのハードトースト等のパンだけ買い残しているので、
年末一度西大寺の近鉄百貨店に行くと行ってたのを思いだし、
僕が足のついでに行って来るよ!
(献身的な夫なのだ、と、一人、感動)




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# by hologon158 | 2016-12-29 18:38 | ホロゴンデイ | Comments(0)

672.05 ホロゴン外傳190「2016年10月22日エルマジ95㎜で生駒リユニオン」5-完-歳末大掃除



ああ、師走ですね。
27日から歳末の大掃除を始めました。
大掃除の分担は決まっています。
妻が仕事表を作ってくれます。
私が実施します。
あらがえぬ運命の一種ですから、
てきぱき片付けていくことにしています。

今日は、我が家の裏の道、実は農道なのですが、
その我が家に面する範囲の整備。
この農道、私の東隣の年配の未亡人の通路です。
一本道を残して、葦のような堅い幹の雑草がはびこっています。
お隣のご婦人は、ご主人を失って、
原則どおりに、生き返ったようにお元気になり、
この道を使って自転車でお買い物に出かけます。
反対の西隣のご主人は庭いじりが好きなので、
農道を超えたところに菜園も借りて、お野菜を栽培し、
農道もしっかり管理しています。
公道に出るためには西側にさらにまだ3軒分あるのですが、
この3軒はいずれもなぜか裏に出入り口をこしらえていないので、
草ぼうぼうですが、みんな柔らかい雑草たちなので、
踏み分け道ならぬ自転車道がちゃんとついています。

というわけで、お隣のご婦人のためにも、
しっかりと整備しておかなければならないのですが、
私たち夫婦はこの道を全然使わないので、つい怠けてしまいます。
年末にたった1回、完全に平地にしてしまうのが習慣。
どうするか?
このあたりにはびこる草は葦のように固い茎を持ちます。
草刈り鎌では容易に切れないほどに強靭。
やむなく電動草刈り鎌を持ち出して、ブィーンと一掃。
道の反対側は完全に放置されて、ススキと葦状の草が蔓延る野原。
農道を塞ごうとする葦状の草はその進出組なのです。
ということで、その隅の窪地に放り込んで、
カエサルのものはカエサルに、葦原のものは葦原に、
しっかりお返しさせていただいているわけです。

刈り取った草たちは、しばらくすると、大地に戻ってしまいます。
野原に栄養を与えているようなもので、翌年には葦が繁茂し、
おかげさまで農道にまた進出して来るのですから、
完全な悪循環。

でも、一つだけ、プラス要素があります。
1年に1度、見違えるようにすっきりとした農道が甦るのです。
こんな感じで、私も甦りたいものです。




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# by hologon158 | 2016-12-28 14:06 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

672.04 ホロゴン外傳190「2016年10月22日エルマジ95㎜で生駒リユニオン」4 ブログ人気!


2016年12月23日、写真の友人たちと忘年会を楽しみました。
席上、我がブログのことが珍しく話題に上りました。
友人の一人が不人気の理由の一つを説明してくれました。
「記事と写真が一致していません」

私、思わず、にやり。
そうでしょう、そうでしょう。
わざと、そうしているのですから。

本ブログに偶然ぶつかった方は、途方に暮れるでしょう。
表題に書かれたレンズと、本文とがなんの関係もない。
それどころか、別のレンズのことが書いてある。
でも、レンズのことなんか、なんの関心もないから、
昔のレンズの話を読んでもなんの意味もない。

それに、なんだかプライバシーに関わる話題がどっさり。
この人、自分のことを平気で書きまくっている。
日記なのだから、当たり前です。
でも、本ブログが日記であることに気づくはずがないから、
なんだか決まりが悪い。

写真がまた、なんだか意味がぜんぜんない!
それどころか、肖像権侵害の写真が一杯!
(路上顔を曝して、肖像権なんて、ナンセンスなことに、
気づいていないね、あんた)

友人の言葉で、私のポリシーが成功していることを確認。
だから、私の友人たちでさえ、私のブログはたまにしか観ません。
まして、なんの関わりもないあなたが、
訳の分からぬこのブログを気に入る可能性は?
ゼロ。

ブログはかなり長い間残るようです。
でも、ブロガーはどんどん去って行くようです。
ネットとのつながりを保つとすれば、どんなオルターナティブがあるか、
私はよく知らないのですが、たとえば、フェイスブック。
どんどんと友達の輪が広がるので、自然、読者も増えるようです。
そして、コミュニケーションがスムーズのようです。

私も、友人が作ってくれました。
でも、私はそんなに沢山友人がいらない人間です。
今の所、「友達」はたった二人。
その二人との連絡にしか使っていません。
実は、実名で登録したので、あまり広がって欲しくないのです。

その点、ブログは、私には最適。
日々の創造的生活の糧に使えます。
記事を作る、記事に掲載する写真を撮る、
そんな日々の目標ができたのですから。
8年の間にかなり沢山のお気に入りができましたが、
今、私のお気に入りとなっているのは、ほんの僅か。
かなり多くのブロガーが去って行きました。
コミュニケーションを深化する方向にお進みなのでしょう。
次第に、ブログは孤独を好む者のオアシスになりつつある、
そんな感じがするのですが....................




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# by hologon158 | 2016-12-26 23:08 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

672.03 ホロゴン外傳190「2016年10月22日エルマジ95㎜で生駒リユニオン」3 記念日


12月3日は一つの記念日になりました。
揚琴のスティック技法発見の日。
習い始めて10年以上経って、今頃?
笑わば笑え、ですね。
ひたすら手首を回して、弦を叩き続けてきました。
朝のストレッチでも、夜の半身浴でも、
手首のエクササイズを延々続けてきました。
でも、スティックをなめらかに細やかに回して、
美しいトレモロのサウンドを響かせることなど、
夢のまた夢でした。

この2年、二胡も習ってきました。
こちらも同様でした。
弦楽器はすべてそうなのかも知れませんが、
弦を弓で擦っても、美しい音は出ません。
揚琴の二胡伴奏を習っている陳少林先生の言葉が面白いですね、
「二胡は弓を強く弾くと音が小さくなり、
軽く弱く弾くと、音が大きく響きます」

なぜか?
二胡は、弓の弦を二胡の2本の弦の間に入れて、
前に出したり、後ろに押しつけたりして音を出すのですが、
内弦は、たしかに洋楽の弦楽器のように、弦を擦りあわせる奏法なのですが、
外弦は違うのだそうです。
弓の弦を張っている竹の竿を二胡の胴に張った錦蛇の皮を上を滑らせることで、
その動きに伴って、弓の弦と二胡の外弦との間に玄妙な摩擦が起こることで、
あの繊細微妙な二胡サウンドを生み出すのだそうです。
たいていの二胡奏者はどうやらそうは考えていないようで、
グイグイと外弦と弓の弦を擦りあわせて演奏しています。
それでも美しい音は出ます。
でも、摩擦音なので、かなり強い響きで、
繊細微妙なニュアンスを出すことができず、
一本調子のサウンドになります。
私の見るところ、日本で一番有名な二胡奏者も、
中国の民族音楽の大家、朱昌耀さんもそうです。
その証拠は歴然。
お二人とも、とても美しいサウンドですが、
どんな音楽を弾いても、同じ音しか聞こえてこない!

RJ先生は違います。
そのサウンドは音楽、ニュアンスに応じて変幻自在です。
その先生に教わって、2年でようやく少し音が出るようになりました。
たいていの二胡教師につくと、もっと早く音が出るようになり、曲を弾けます。
でも、それは摩擦音、というわけです。
じゃ、本物の音はどうやって出すのか?
左右の手のほんの1個所だけに力を入れて、他は原則として脱力するのだそうです。
手で弾くのではなく、全身で弾くのです。

よく考えてみます、すべての楽器の名手がそうしているのでしょう。
たとえば、ピアニスト。
フォルテッシモを鳴らすのに、
両手を振りかぶって、鍵盤をバシンと叩くなんてことはしませんね。
両手が蛇のようにしなやかに鍵盤に延びるだけ。

突然、閃いたのです。
そうだ!
揚琴も手首で弾くんだないんだ!
脱力した全身で弾くんだ!

こんな閃きって、どなたでもそうでしょうけど、
ただちにメモするか、実行に移すかしないと、
露となって消えてしまうものです。
「天使のささやき」
あなたの場合は「悪魔のささやき」かも?
仕事でも、時々これが起こりました。
朝方の目覚めの瞬間に起こることが多いのですが、
7月3日水素吸入器Beautyflyを使い始めて以来、
なにしろ完全暗黒の熟睡から突然ぱっと目を覚ますようになって、
閃きも去ってしまった?
なんてことはありません。
どうにかした拍子に、リラックスした瞬間、起こります。
今回は起こった瞬間、階段を駆けあがり、
揚琴のカバーをさっとめくって、実行!

肩の力を完全に抜いて、
散歩のときのように、手をぶらぶらさせて、
手首も自由にゆらゆら揺れるようにして、
体の中から波動が手先に向かうようにしました。
これだ!
こうしてHologon158は、揚琴奏者となって幸せに暮らしました....
なんてことには、感嘆になるものではありませんねえ....

単に、10年以上経って、ようやく出発点に立った、
それだけの話。

それだけにしても、よくよく考えてみますと、
すべて、人間の自然な体の動きの基本は、
緊張と脱力のバランス、
これに尽きますね。

40年以上も写真を続けてきますと、
どんなに素人と言っても、
カメラを持つ人、写真を撮る人を見ますと、
たちどころにどの程度か分かりますね。
物腰、眼差し、動き、撮り方、全部違いますね。
でも、こんなこと言って申し訳ありませんが、
今では、鷹の眼差し、豹の物腰の写真家なんて、
ほとんど出会いませんね。
あれはオートワインダーなんて装備されていないカメラで、
銀塩フィルムを使って、一発勝負をしていた時代の写真家の姿でした。
RAWで撮って、明日、現像して、写真に仕上げよう、
なんて気持ちで撮っている限り、
振り返りざまの居合い抜きなんて、お笑い、
「なんで、そんな必要あるの?」

ちょっと話が逸れましたが、
要するに、これから揚琴がますます面白くなりそうです。





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# by hologon158 | 2016-12-25 22:36 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

672.02 ホロゴン外傳190「2016年10月22日エルマジ95㎜で生駒リユニオン」2 記念日


12月3日は一つの記念日になりました。
揚琴のスティック技法発見の日。
習い始めて10年以上経って、今頃?
笑わば笑え、ですね。
ひたすら手首を回して、弦を叩き続けてきました。
朝のストレッチでも、夜の半身浴でも、
手首のエクササイズを延々続けてきました。
でも、スティックをなめらかに細やかに回して、
美しいトレモロのサウンドを響かせることなど、
夢のまた夢でした。

この2年、二胡も習ってきました。
こちらも同様でした。
弦楽器はすべてそうなのかも知れませんが、
弦を弓で擦っても、美しい音は出ません。
揚琴の二胡伴奏を習っている陳少林先生が面白いことを言われました、
「二胡は弓を強く弾くと音が小さくなり、
軽く弱く弾くと、音が大きく響きます」

なぜか?
二胡は、弓の弦を二胡の2本の弦の間に入れて、
前に出したり、後ろに押しつけたりして音を出すのですが、
内弦は、たしかに洋楽の弦楽器のように、弦を擦りあわせる奏法なのですが、
外弦は違うのだそうです。
弓の弦を張っている竹の竿を二胡の胴に張った錦蛇の皮を上を滑らせることで、
その動きに伴って、弓の弦と二胡の外弦との間に玄妙な摩擦が起こることで、
あの繊細微妙な二胡サウンドを生み出すのだそうです。

たいていの二胡奏者はどうやらそうは考えていないようで、
グイグイと外弦と弓の弦を擦りあわせて演奏しています。
それでも美しい音は出ます。
でも、摩擦音なので、かなり強い響きで、
繊細微妙なニュアンスを出すことができず、
一本調子のサウンドになります。
私の見るところ、日本で一番有名な二胡奏者もそうです。
その証拠は歴然。
とても美しいサウンドですが、
どんな音楽を弾いても、同じ音しか聞こえてこない!

私の師匠RJ先生は違います。
そのサウンドは音楽、ニュアンスに応じて変幻自在です。
その先生に教わって、2年でようやく少し音が出るようになりました。
たいていの二胡教師につくと、もっと早く音が出るようになり、
もう今頃は曲を弾いていることでしょう。
でも、それは摩擦音、というわけです。

じゃ、本物の音はどうやって出すのか?
左右の手のほんの1個所だけに力を入れて、
他は原則として脱力するのだそうです。
手で弾くのではなく、全身で弾くのです。

よく考えてみます、すべての楽器の名手がそうしているのでしょう。
たとえば、ピアニスト。
フォルテッシモを鳴らすのに、
両手を振りかぶって、鍵盤をバシンと叩くなんてことはしませんね。
両手が蛇のようにしなやかに鍵盤に延びるだけ。

突然、閃いたのです。
そうだ!
揚琴も手首で弾くんだないんだ!
脱力した全身で弾くんだ!

こんな閃きって、どなたでもそうでしょうけど、
ただちにメモするか、実行に移すかしないと、
露となって消えてしまうものです。
「天使のささやき」
ときには「悪魔のささやき」かも?
仕事でも、時々これが起こりました。
朝方の目覚めの瞬間に起こることが多いのですが、
7月3日水素吸入器Beautyflyを使い始めて以来、
なにしろ完全暗黒の熟睡から突然ぱっと目を覚ますようになって、
閃きも去ってしまった、なんてことはありません。
今でも、どうにかした拍子に、リラックスした瞬間、起こります。
今回は起こった瞬間、階段を駆けあがり、
揚琴のカバーをさっとめくって、実行!

肩の力を完全に抜いて、
散歩のときのように、手をぶらぶらさせて、
手首も自由にゆらゆら揺れるようにして、
体の中から波動が手先に向かうようにしました。
これだ!
こうしてHologon158は、揚琴奏者となって幸せに暮らしました....
なんてことには、簡単になるものではありませんねえ....
単に、10年以上経って、ようやく出発点に立った、
それだけの話。

それだけにしても、よくよく考えてみますと、
すべて、人間の自然な体の動きの基本は、
緊張と脱力のバランス、
これに尽きますね。

40年以上も写真を続けてきますと、
どんなに素人と言っても、
カメラを持つ人、写真を撮る人を見ますと、
たちどころにどの程度か分かりますね。
物腰、眼差し、動き、撮り方、全部違いますね。
でも、こんなこと言って申し訳ありませんが、
今では、鷹の眼差し、豹の物腰の写真家なんて、
ほとんど出会いませんね。
あれはオートワインダーなんて装備されていないカメラで、
銀塩フィルムを使って、一発勝負をしていた時代の写真家の姿でした。
RAWで撮って、明日、現像して、写真に仕上げよう、
なんて気持ちで撮っている限り、
振り返りざまの居合い抜きなんて、お笑いの種でしかないでしょう、
「なんで、そんな必要あるの?」

ちょっと話が逸れましたが、
要するに、これから揚琴がますます面白くなりそうです。





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# by hologon158 | 2016-12-22 23:20 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

672.01 ホロゴン外傳190「2016年10月22日エルマジ95㎜で生駒リユニオン」1 人生を謳歌

 
2016年10月22日は再会の日でした。
一緒に写真展を幾度もした写真仲間の女性は、
ストリートフォトの名手なのですが、
両膝の人工関節手術をされたうえ、ご主人も亡くされて、
写真を撮りたくても撮れない状態。
写真仲間全員がお住まいの生駒を訪ねて再会しました。
自由に歩行することもできず、写真も撮れず、
かなり気力を失われているのではないか、と恐れていたのですが、
歩行はままならないのに気力十分、
人生を謳歌しておられる風情。

それに引き換え、久しぶりに全員集合した男性陣は、
私も含めて、それぞれに「ああ、歳とったなあ」的雰囲気。
知り合った20年前はみんな若かった!
この再会のことはすでに書きました。
文章が先行し、写真が今ようやく追いついたというわけです。

持参したセットは、
ソニーα7
エルマジ95㎜f2.4
私が所有するペッツヴァールレンズの白眉。

でも、正直なところ、ペッツヴァールとして優秀か、と言いますと、
まあ、それほどでもない、というところ。
でも、おそらく19世紀末の湿板カメラ用ですが、
ゆったりと余裕のある描写で、私は大いに気に入っています。
私は、よほどの事情がない限り、すべて開放で撮りますが、
このレンズ、背景がおっとりとぼけてくれるようで、
焦点の合った部分も柔和そのもの。
これみよがしに性能を誇示するところがなくて、
写真がとても穏やか。
近頃は、いわば「ブイブイいわせて闊歩する」そんな写真が多いので、
この古めかしくおっとりとした写真たちを楽しめることが嬉しいですね。

180枚を6回に分けて、ご覧頂きます。




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# by hologon158 | 2016-12-21 13:45 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

671.03 ホロゴン外傳189「2016年10月20日天神橋筋商店街はアポクアリアデイ」3-完-褪せた印象

前回、人生、すべて持続が秘訣、
そう感じたことを書きました。
実は同じことを映画とドラマの比較で感じたのです。
はっきりとそう感じたのは2日前のことでした。
ふと、映画「デリカテッセン」を見直したのです。
ジャン=ピエール・ジュネ監督のブラックユーモアの近未来SF。
十数年前に見たときは、画像のコクの濃さ、画面の独創性、
物語の奇想天外な展開に夢中になったものでした。
でも、今回見て、感じました、
なんだ、つまらない。
説明不足。
物語の展開もでたらめ。
画像もなんだか汚いだけ。

前回の印象と大きな違い。
なぜなんだろう?
はっと気づきました。
2007年以来、韓流ドラマを見てきたせいだ!
まだ9年しか経っていない。
でも、「冬のソナタ」をふと観る気になって、
冒頭のチェ・ジウ扮する高校生が駈けるシーンを見た瞬間、
私が求めていたものが見つかった、そう悟りました。
以来、映画をすっぱり観ていなかったのです。

よくできた韓流ドラマでは、物語は起承転結がしっかり描かれます。
基本精神はこうです。
人間は変わる。
理由なく、変わらない。
どのような人間にも、立場がある。
絶対的な悪人はいない。

この基本精神に忠実に物語は展開します。
さまざまな危機、苦難は、上記の基本精神に従って起こるべくして起こり、
波乱を巻き起こし、修羅場を経て、
やがて正しき者が勝利し、悪しき者は敗北しますが、
それなりに和解や是正があって、
悪しき者も正道に復することで、
誰もが納得する大団円に至ります。

人生は複雑なもの、カオスで、
正しき者が勝つとは限らない、
さらには、なにが正しく、なにが悪いかなど、決めることもできない、
世の中、不合理、非合理だらけのカオス、
むしろ強い者がいつも勝つ、
こんな風に考えている方は、
韓流ドラマなんかおとぎ話、そう見えるでしょう。

でも、演技者たちが性根の座った演技を展開するので、
迫真のドラマに仕上がることがかなり多い。
そのせいで、飽きないのです。
日本のテレビドラマとの違いがそこにあります。
脇役、端役に至るまで、大写しに耐える顔、耐える演技。
顔だけで、目だけで、なにを感じ、なにを考え、
なにをしようとしているか、
観る者に分からせてしまいます。
日本のドラマをご覧下さい。
大写しすると、なんにも考えていない顔、
なにも感じていない顔がそこにあるだけ。

韓流ドラマに移る前に観ていたのは、映画でした。
ほとんどは洋画ですが、かなり邦画も観てきました。
邦画も含めて、演技者は常にしっかりしています。
韓流ドラマよりも巧い演技者もたまに居ます。
韓流ドラマを見てしまうと、
約2時間の中に人生ドラマを封じ込めること自体、
私には耐えられなくなったのです。
あまりにもぶつ切りすぎ、あまりにも恣意的すぎる。
そこに深い含蓄を見いだす人はきっと私より賢いのでしょう。
でも、私には、常に説明不足、理解不足、解釈不能の暗部が残り、
そんな状態に置かれたままにドラマが終焉してしまうことが、
ほとんどの場合、我慢できないのです。

このような私であれば、どんな映画も耐えられない、
だから、今回、「デリカテッセン」は犠牲になったようなものかも?
そう言いたいところですが、そうでもなさそうです。
やっぱり私には、この映画、荒唐無稽すぎる、
私たちの人生になにも付け加えてくれない、たわいもないお話を、
映画の作り方で印象的なものに見せようとしたにすぎない映画、
そんな感じがしてなりません。




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# by hologon158 | 2016-12-19 22:23 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

671.01 ホロゴン外傳189「2016年10月20日天神橋筋商店街はアポクアリアデイ」2 エクササイズ

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近頃、2つエクササイズを採り入れました。
2つとも簡単にできます。

① 腹筋体操

あなた、お腹がたるみはじめていませんか?
私の友人の多くもふっくらと体を重そうに運ぶようになりました。
私も7、8年前ほんの少し膨らみました。
腹囲が83㎝ほどになりました。
85㎝を超えると、メタボと診断される危険があります。
アセチノメガシェイプという全身マッサージ器を採り入れました。
私の知る限り、入浴中に使える唯一のマッサージ器。
大成功でした。
毎夜30分間の半身浴の間、浴槽の中で全身をマッサージできます。

もちろん、揚琴、写真撮影も腹筋を使います。
たいていの方は風景なので、腹筋を使わず、三脚を使います。
私はロボグラフィなので、毎ショット、しゃがんだり、
伸び上がったり、体を傾けたりと、たえず運動します。
毎朝15分間のストレッチは当然続けています(20年になります)。
これらの運動に、上記のマッサージも相まって、腹筋が鍛えられ、
お腹は引っ込んでしまいました。

でも、このお腹なるもの、油断したら、すぐ出しゃばってきます。
そこで、今回採り入れたのは、ネットで知りました。
腕立て伏せの最初の姿勢の持続。
頭をしっかり水平にし、全身を少し山形に持ち上げて、ホールド。
毎日、10秒ほどからだんだんと持続時間を延ばしていくのです。
私は5秒ずつ。
ときどきお休みの日を挟みましょう。

1ヶ月も続けると、お腹はたいてい引っ込むのだそうです。
よし、これだ!
ということで、始めました。
最初はなかなか苦しいですね。
でも、それを超えてがんばれば、
かなりの持続時間に延ばせるのではと期待しています。

どのようなエキササイズも、
成功の秘訣はひたすら持続、継続、辛抱、意志ですね。
初めても続かない人がいます。
基本的にモチベーションも持続の意志も足りない。
でも、悪いこと言いません、
その「何事も続かない」癖は直しましょうね。
人生、実はすべて継続、持続のプロセスです。
ちょっといやになったら止める、これを繰り返して行くと、
なにもかも中途半端な人生になってしまいますよ。

② 目の体操

これも実にシンプル、簡単!
要するに、顔筋のエクササイズです。
こうです。
10秒間、目をしっかりぎゅっとつぶる、
これがいわば基本動作。
各エクササイズはこの基本動作に戻りつつ、
すべて10秒間体操。

①ぎゅっ
②目を開き、頭をしっかり直立不動のまま、
目だけ動かして、左を見つめ続ける。
(片手で顎をしっかり押さえて、頭の向きをホールドしましょう)
③ぎゅっ
④(②に準じて)右を見つめる。
⑤ぎゅっ
⑥上を見つめる。
⑦ぎゅっ
⑧下を見つめる。
⑨ぎゅっ
⑩右手をしっかり延ばして、
親指を立てて、右から左、左から右に動かし、
頭を動かさず、これを目で追う。
⑪ぎゅっ
⑫⑩を上下動に変える。
⑫ぎゅっ
以上で完了

あなた、近頃、視力が急激に低下しつつありませんか?
携帯、パソコン、テレビなどの見すぎで、
文明社会の人間の視力は劣化の一途なのかも知れません。
眼科医からは、
「そんなことで目は悪くなりません」と聞きました。
でも、たとえそうだとしても、老化の一つが視力の低下にあることは疑いがありません。
やってみる価値のあるエクササイズです。

私が7月3日以来採り入れて、大成功のBeautyflyも、
私が幾度も本ブログで推薦しましたが、
心を動かす方はおいでにならないようです。
体を鍛える、
老化を防ぐ、
すべて断固たる意志で長期間持続しない限り、成功しません。
でも、持続こそ、人生の秘訣ではありませんか?
何事も辛抱強く長年月継続してこそ、結果が出るものです。
もし、そうした持続をする自信がない方は、
なにかシンプルな持続から初めて、その成功体験をバネにして、
もっと大きな持続ができる精神的基盤を作った上で、
志を果たしましょう。
それには、自分のお好きなトレーニングを選択されればよいのです。
今回のは実にシンプルだし、うれしい成果を伴うのですから、
トレーニング筆下ろしには適当ではありませんか?

さあ、今日から、なにか始めましょう!
# by hologon158 | 2016-12-18 13:32 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

671.01 ホロゴン外傳189「2016年10月20日天神橋筋商店街はアポクアリアデイ」1 吉田正写真教室


10月20日は吉田正さんの写真教室でした。
この記事を書いた前日、12月15日も。
その間の11月の教室は私の孫用緊急出動で欠席。
それにしても、10月20日の記事を書くまでに、
3回の吉田正写真教室を経たわけです。
光陰矢のごとし、と言いますが、
我がブログ、亀のごとし、というわけです。

10月20日の教室の後、生徒8人で天神橋筋商店街に繰り出しました。
藤原ビルに案内する約束だったからです。
11月の教室では、10月20日の成果を持ち寄ることになっていました。
欠席してしまったので、折角の皆さんの成果を見ることもできず。
所変われば品変わる、と言いますが、
人が変われば、写真も変わる。
楽しみにしていたのに、残念。
私の結果はこうしてブログで報告させていただきましょう。

なお、吉田正さんの写真クラブが写真展を開催中です。
私の感想はまた書きますが、とにかく素晴らしい写真展です。
ぜひおいで下さい。

  写真楽園Club SEI-G 写真展 2016 「心の風景」

     カメラは 紡ぐ
     時を 人を 空間を
     切り取りながら 未来を紡ぐ
     紡いだ夢を あなたの胸に
     お届けできると
     うれしいな

 会期:2016年12月13日(火)~25日(日) [12月19日は休館日]
 時間:10:00~17:30 (最終日は16:00まで)
 会場:西宮市立市民ギャラリー 3F 第3・第4展示室

 662-0944 西宮市川添町15-26 / 0798-33-1666
 (市立中央図書館・郷土資料館と併設)

     阪神 「香櫨園駅」 徒歩6分
     JR 「さくら夙川駅」 徒歩15分
     阪急 「夙川駅」 徒歩17分






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# by hologon158 | 2016-12-16 11:41 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

670.05 ホロゴンデイ168「2016年10月18日三重関宿にホロゴン見参!」5-完-ミスタッチを恐れるな Part 3

どんなに練習しても、人前で独奏すると、必ず上がり、
必ず思い通りの演奏にならない。
この悪循環をなんとかしたいもの、
そういつも心の隅に考えてきました。
1ヶ月ほど前、書店である本を見つけたのです。

ウィリアム・ウェストニー著
「ミスタッチを恐れるな The Perfect Wrong Note」
(ヤマハミュージックメディア刊)

書店で、この題名を見た瞬間、感じました、
「これだ!」

アマチュア音楽家への目配りは忘れませんが、
本質的には、プロ音楽家を目指す学生たちへのアドバイス。
ピアノだったら、こんな風に段階を追ってソルフェージュしなさい、
なんて、優等生向けのものでは全然ない!
詳しいことは書きません。
楽器をしない人はどうせ読まないし、
楽器を修得しようと志を立ててがんばっている人なら、
たった2300円です。
さっそくアマゾンで取り寄せましょう。

要するに、型を破りましょう。
型どおりに練習することなど、全部やめましょう。
反復練習じゃなくて、目標を定めて、
弱点、難点を一つ一つ徹底的に克服していこう。

簡単に一例。
楽器に向かったら、音階とか練習曲をちまちまとお行儀よくやるなんて、
よしましょう。
まず、バンバン叩きまくれ、弾きまくれ、
ミスタッチでもなんでもやっちゃおう!
こうして楽器と馴染み、体をほぐし、心をほぐそう!
こんな調子です。

さっそく、揚琴でやってみました。
揚琴の弦は150本を超え、全音、半音、数十の音が出せて、
音域は5オクターブほどもあります。
その弦をまず思いきり叩きまくったのです。
できるだけ手首が柔らかく回るように、
これだけを念頭に置いて、
さまざまに音を出し、おかしな組み合わせの音を
トレモロしたり、和音にしたり。
そして、それに続いて、お気に入りの練習曲とか、
暗譜している曲を思いっきり叩きまくったのです。
なんだか体が、手首が突然なめらかになった、そう気づきました。
今学習中の曲は左手がスティックの底の竹で弦をピンピンと弾いて、
主旋律を奏でる間に、右手は低音から中音域をめまぐるしく踊って、
アルペジオの伴奏を付けるという部分が20小節ほどあります。
こんな難しいこと、簡単にはできっこない、そう思いこんでいたのですが、
なんだかすらすらと弾けているではありませんか?
この本のアドバイスをいくつも取り入れたからです。
なんだか楽器がさらに生き甲斐になりそうな気持ち。

今、2度目を読んでいます。
優れた本はどれも同じです。
その主題となるテーマについてだけではなく、
人生について、生き方について、学ぶことができます。
私の第2の人生の大きな原動力を生み出してくれそうです。
かなりの有能な人材が第1の人生が終わったとき、
なにかが終わった、人生は終幕に入ろうとしている、
そうお感じになるようです。
私は違います。
これからが本当の人生!
なにをやってもいい!
だから、本当にやりたいと思っていたこと、
いやそれを超えて、こんな人生があったんだ、
そう発見できる、そんな人生を自分で創って行こう、
そんな気持ちがますます強くなっています。






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# by hologon158 | 2016-12-14 16:17 | ホロゴンデイ | Comments(0)

670.04 ホロゴンデイ168「2016年10月18日三重関宿にホロゴン見参!」4 ミスタッチを恐れるな Part 2


私たちは、糸川教授と違って、
第1の人生は人の夢を手伝う程度で生きたかもしれません。
でも、第2の人生は自分の夢を追いかけましょう。

と言いつつ、私自身は、第1の人生から、
あれやこれやと夢を追い求めて生きてきました。
どうせいつかは死ぬんだか、
生きてる限り、どの瞬間も自分のやりたいことをやろう、
そう決意していたからです。

でも、楽器の先生につくようになったのは、
10年ほど前から。
独習では絶対に分からないことを一杯学びました。
そんなメリットがあることは、独習者には絶対に分からないことです。

どんな楽器も全身で弾くものなのに、
形だけ真似て、小手先のテクニックでしのいでしまいます。
体全体で弾くということは、
体の一部を緊張させ、他はすべて弛緩させるという動きを、
さまざまに使いこなさなければいけません。
そんなこと、一人ではとても気づかないし、
まして自習で会得することなんか絶対におぼつきません。

でも、形はなんとか様になるし、
パフォーマンスもまずまずできるでしょう。
そうなので、もう簡単に天狗になれます。
引退後のアマチュア写真家が、
「わしら、カルティエ=ブレッソンなんか軽く超えてしまった」
とうそぶいている姿を見たことがあります。
失礼ですが、笑ってしまいました。
こんな風に天狗になれること自体、
どんなことも天井知らずであることに気づいていない証拠ですね。

ですから、必ず、先生につきましょう。
でも、自習復習を怠ってはなりません。
でも、そんな自習復習の要領そのものが分からない。
恥ずかしい話ですが、昨日までの私がそうでした。
揚琴、二胡、そしてリコーダーと順番に学び始めたのですが、
自宅での練習は、簡単な練習曲を一通りやってから、
いきない課題曲を何度も弾き、
うまく弾けないところだけ、部分練習、
そんな毎日をどの楽器についてもひたすら続けてきたのです。
それがどんなに無意味か、それを思い知らされるのが、
コンサートです。

今年の秋は4つもコンサートに参加しました。
まあ、簡単に言いますと、どれ一つ、うまく行きませんでした。
日頃の猛練習の成果なんて、どっかに吹っ飛んでしまった感じ。
最後の付虹先生の揚琴、二胡教室の発表会は
すり鉢状の小ホールを借りてのコンサート形式。
舞台裏で出番を待つとき、
気がつくと、頭の中は真っ白!
今から演奏する曲を頭の中でおさらいしようと思ったのに、
何一つ浮かんで来ない!
生涯、自分の仕事ではあがったことなどなかったのに!
突然、腹を決めました、
「ええい、もうどうなってもいい。
思い出せなくても、体は覚えている!
そのはず!
そうであってほしい!
なるようになれ、だあ!」
出番になって、揚琴の前に座って、
思い切ってスティックを振り下ろしました。
不思議な体験でした。
なんとか最後まで弾くことができたのです。
前日に20回以上弾いたのですから、当たり前と言えば、当たり前。
最後まで、どう演奏しようなどという意識などなし。
ただ、あれよあれよ.......あれっ? 
終わった!

先生も何人かも「よかったですよ」と言ってくださったのですが、
「どうよかったのか?」
尋ねる勇気もなし、
ただ、気休めに言ってもらったと推測しただけ。

何度か書きましたが、これまでも同様で、
揚琴伴奏は一人だけでの伴奏も含めて、ほとんど上がらないのに、
独奏は常に上がる、というのが私のジンクスでした。
今回もそうだったわけです。
[★★続く★★]





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# by hologon158 | 2016-12-13 23:57 | ホロゴンデイ | Comments(0)

670.03 ホロゴンデイ168「2016年10月18日三重関宿にホロゴン見参!」3 ミスタッチを恐れるな Part1

あなたは楽器をなにか楽しんでいませんか?
まだですか?
でしたら、今からで遅くない!
なにか始めましょう!

別に楽器でなくても、いいのです。
なんでもいいから、始めましょう。
自分にはできるはずがない、
だけど、やってみたい、
そんな何かがあなたにもあるでしょう?
たとえば、ピアノ。
たとえば、油絵。
なんでもいいのです。

絶対に自分にはできない、
だけど、できたらいいなあ、
生まれ変わったら、やりたいものだなあ、
そんなものが一つや二つ、あるでしょう?
じゃ、第2の人生、生まれ変わったつもりで、始めましょう!

ただし、必ず、先生につくこと!
恥ずかしいから、いやだ、
そう思ったら、思い出しましょう。
第2の人生なんだ、なんでも初めてのことじゃない?
やってみよう!

ロケット工学の第一人者だった糸川英夫教授をご記憶でしょうか?
バレーを始めたのです!
バレーボールじゃありません。
クラシックの舞踊ですよ。
超有名人でした。
もちろんニュース種となり、
踊る姿を全国民が見るだろう、と予測できるのに、
始めたのです!
人目を気にしないあたり、さすがに天才ですが、
このように子供の心を持たない限り、
人が思いつかないようなアイデアなんか閃かないものです。

子供の頃、映画館でニュース映画を観ました。
糸川さんのロケット発射実験のニュース。
とても小さなペンシルロケットがちっぽけな発射台に。
「3、2、1、発射!」
その瞬間に、かわいい「パン!」という破裂音とともに、
発射台の上で木っ端みじん。
映画館は爆笑に沸きかえりました。
でも、子供心に感じました。
誰も糸川さんをバカにして笑ったんじゃない!
我が子の凧がいきなり墜落したときのように、
あたたかな気持ちがこもっている、
そんなことを感じたことを覚えています。

一生夢を追い続けた人でした。
私にとっては、糸川教授はまさに理想像。
[★★続く★★]




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# by hologon158 | 2016-12-13 22:51 | ホロゴンデイ | Comments(0)

670.02 ホロゴンデイ168「2016年10月18日三重関宿にホロゴン見参!」2 洞窟の記号


すでに、ギョベクリ・テペのことを書きました。
紀元前1万1000年前後、
つまり、人類の文明誕生と思われてきた時代よりも数千年前に、
人類は画期的な神殿を建造するだけの思考力、実行力を持っていたことが
明らかになってきました。

つまり、数千年前、農耕が始まり、人類が定住して、
その後にようやく文明が始まった、
そう私たちは考えていたのですが、
それはただの学者の思いこみにすぎず、
人類は、農耕が始まる何千年も前に宗教や大規模土木を含む、
れっきとした文明的活動を始めていたことが明らかになったのです。

先日、人類はさらに何万年もさかのぼって、
現代人にさほど変わりない思考、行動を行っていたことを証明する事実が
明らかになってきたようです。
ジェネビーブ・ボン・ペッツィンガーさんによる研究が
そのような事実を明るみに出したのです。

「最古の文字なのか?」(文藝春秋)

まだ大学院の学生さんなのに、
すでにれっきとした文化人類学の権威になっているようです。
彼女はヨーロッパを中心とする世界中の
4万年ほど前から1万年前頃までの洞窟絵を探査し、
データベースを作って、その成果をじっくりと照らしあわせたのです。
洞窟絵は、アルタミラのような動物絵にこれまで焦点が当てられてきたのですが、
それよりも遙かに大量の、具象画ではない、模様を照査して、
それらの模様はいわばでたらめに書き付けられてきたのではなく、
わずか32の形に整理されてしまうことを明らかにしたのです。

ボン・ペッツィンガーさんは、まったく違う時代の、
まったくかけ離れた地域でこうした形だけが書かれてきたということは、
つまり、人類は、これらの形をなんらかの記号として伝承し、継承して、
使ってきたと考えるのです。
そのようなことが起こるためには、
発祥の地であるアフリカでそのような記号が始まったはず、
だから、将来、アフリカに洞窟絵が見つかる可能性がある、
そう考えています。
つまり、人類は数万年前から、
記号、シンボルを使うほどの頭脳を備えていたということになります。

私も子供の頃アルタミラの洞窟絵を見て、
そのあまりのリアリティ、描写能力に驚き、
考えたことを思い出しました。
丁度ギョベクリ・テペの神殿建築の時期に重なります。
この人たちって、今の人類とぜんぜん変わらないんじゃないの?
よく考えたら、そんなことは当たり前なのです。

洞窟に入ったことがありますか?
私は幾度かあります。
沖永良部島の鍾乳洞。
新婚旅行でした。
誰もいないけど、入り口が空いていていました。
電気が煌煌とついていましたので、入ってみました。
中で管理人らしい青年とすれ違いました。それから10分ほどして、
電気を消されてしまったのです。
暗闇に浮かび上がった私の妻があんまり美しいので、
意地悪をされてしまった、そう私は考えています。
2、3分後には点灯したのですが、
それまでの間の洞窟の闇は、たとえようもなく暗黒であることを
いやと言うほど思い知らされたことを記憶しています。

数万年前の人類はそんな真の闇の中に絵を描こうなんて、
どうして思いついたのでしょう。
絵を描くためには、さまざまな計画立案と準備が必要です。
絵の具を用意して、持ち込んだのです。
ということは、照明道具も準備でき、
どんな絵を描くのか、あらかじめ考案、構想する能力もあったのです。
いきあたりばったりでは絶対にできない作業なのですから。
既に人類は企画立案実行の能力を持っていたことのです。
この点も、ギョベクリ・テペの建築に携わった人たちに似ています。

そうして、ボン・ペッツィンガーさんは、
当時の人類は記号も考案し記憶し、使うことができ、
その絵を見る人もその記号を正しく理解できたと主張するのです。
この記号たちだけを使っていたことから浮かび上がる事実がもう1つ。
当時の人たちは、洞窟にただいたずら書きをしていた、
ただの思いつきで絵を描いていた、わけではなかったこと。
それも、洞窟絵の最初の頃から最後の頃まで、一貫していたこと。
実は、縄文土器の時代も数千年重なっています。
縄文人も、めったやたら、好き勝手に土器を作っていたわけではない!

実に奇妙です。
これまで明らかになった定説上の文明時代においては、
なんらかの行動様式、芸術様式がそんなに長期にわたって
かつ広範囲に保存されていたことなどありません。
保存のための道具、媒体、実行力、思想上の基盤形成等では、
いわゆる文明時代の人間たちの方がもっと有利なのに、
ほとんどなにもかも長続きをしない。
文明そのものが、中国を除けば、永続した試しがないのですから、
当然かも知れません。
でも、何千年も文明が続いた中国においても、
文明自体が均質に永続したわけではありませんし、
その文化、生活のさまざまな場面で、
洞窟画、縄文土器のように長続きしたものは何も見つからない、
そう言っても過言ではありません。

ただし、ボン・ペッツィンガーさんも、
そうやって特定の形がなにを意味していたのか、
解明できたわけでありませんし、
その形状、描き方からしても、
複雑な思想、情報を伝達するためのものと見るのは、
かなり困難。
でも、そうした特定の記号と洞窟に絵を描く習慣は、
何万年も継続して保存されたらしい。

将来この謎が解明されるかどうか、
私としても、ちょっと期待しがたいものを感じますが、
その一方では、心から讃嘆させられてしまいます。
我々の祖先たち、長い間、洞窟の中で頑張ってたんだなあ!
もしかすると、彼らもまた永遠を、憧れを知っていたのかな!





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# by hologon158 | 2016-12-12 23:58 | ホロゴンデイ | Comments(0)

670.01 ホロゴンデイ168「2016年10月18日三重関宿にホロゴン見参!」1 時よ、止まるな!


ホロゴンを久しぶりに使いました。
使う度に思うのです。
ホロゴン15㎜F8があれば、他にはなにも要らない!

でも、様々なレンズを使ってしまいます。
ボケボケの幽玄描写にしびれてしまうから。
これまで、そんな風に写真を撮り続けてきた。
そして、
こんな風にして一生写真を撮り続けるんだろうな。
こんな風に、生きている一瞬一瞬になにかを感じ、
なにかを心に刻み続けたい、それが私の望み。

近頃いつも思うのですが、
結局、人生の意味は続けることにあるようです。
なにごとも続けなければ、いつか意味を失ってしまう。
「時よ、止まれ!」
そう言いたくなる瞬間があるものです。
でも、そこで止まったら、残された人生は化石でしかない。
どんな瞬間も乗り越え、後に振り捨てて、生き続けるなければならない。
それが人生、

  「時よ、止まるな!」

私は写真を撮り続け、いろいろな楽器を学び続けて、生きましょう。
愛する人たち、愛するものたちと一緒に歩いていきましょう。
ブログはその記録の一部、
残りは私の心、記憶の中に仕舞っていきましょう。

今回のホロゴン写真は、三重県の関宿ロボグラフィ。
意味不明のロボグラフィが続きます。
ご心配なく。
そんなものにぶつかったら、
さっさとこのブログを消しちゃいましょう。
ご自分の人生を生きていってくださいね。




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# by hologon158 | 2016-12-11 13:41 | ホロゴンデイ | Comments(0)

669.06 ホロゴン外傅184「2016年10月11日スピードパンクロ50㎜F2も奈良町で」6-完-移動書斎


「人生至る処青山あり」
美しい言葉ですね。
どこに行っても、美しく死ねる、それが人生だ、
という感じでしょうか?

私はこう言いたいですね、
「人生至る処書斎あり」

私はいつどこでも何か考えていたい。
それを実現できるアイデアがこれ、というわけです。

人ができるようですが、私には、
頭の中で思案を巡らせる、これができません。
いつも書いていることですが、
私にあれこれ能力があるとしても、
記憶力だけは備わっていない。
これはかなりのハンデですね。
さっと知識を取り出せる人がいます。
うらやましいですね。
そんな芸当ができない私は、いつもそう感じてきました。
だから、私は知識に頼らず、
判断力と閃きに頼る、そんな生き方をしてきました。

こんなことができる人がいますね。
少し考えを巡らした後、すっと5本の指を立てて、
「この問題には解決の可能性がたった一つ。
ただし、そのプロセスには5つの課題があります。
まず、その一つが....」
こんな芸当、一度はやってみたいけど、無理。
そこで、私はひたすら書きます。

むかし東京工大の川喜多二郎教授が考案したKJ法という発想法を
ご記憶でしょうか?
これを一番愛用したのは私ではないか、とさえ思います。
ブレーンストーミングをまず活用します。
なにかを解決したければ、
解決に関係しそうなデータ、アイデアを思いつけば、
小さなカードにランダムに書き付ける。
そのデータ、アイデア同志の関係は考えない。
ひたすら思いつくまま書き続ける。
頭の中からなにも出なくなったら、
これを卓上にずらりと並べて、
関係がありそうなものを近くに、
なさそうなものを遠くに、と、並べ変えて行く。
そうして、....と、データ、アイデアの関連を考えていくうちに、
さらにデータ、アイデアは増殖する、
こんな風にしていく内に、
バラバラでは見えてこなかった関連、アイデア、方向が見えてくる、
そんな発想法でした。

私のような極貧記憶の人間には最高の武器でした。
今は、あからさまには使いませんが、
ひたすら文章をランダムに書いて、なにか自分の考えがまとまるのを待つ、
という姿勢は変わりません。
KJ法が今でも私の底で生きている、
そんな感じがします。
そして、今では、その武器はカードではなくて、
Pomeraというわけです。

しかし、私にはもう一つ弱点があります。
集中するために、音楽が必要なのです。

若い頃、国家試験を受けたことがあります。
記憶力がない私にとって唯一の武器は、
「読書百遍意自ずから通ず」だけ。
でも、別に読みたくもない必須の基本書を、
30冊ほど学ばなくてはならないのですから、
ちょっと辛い。
そこで、オペラを轟々と書け続けながら、ひたすら読み続けたのです。
生活雑音をすべて排除することで、
なんとか読書に集中できたわけです。
これが癖になってしまいました。

Pomeraのような小型コンピュータとiPodの出現で、
私の移動書斎が実現しました。
どこに行っても、座りさえしたら、
iPodやウォークマンで音楽充満空間に瞬間移動し、
好きなように読書し、Pomeraで作文できるようになったのですから。

多くの人は、まず書きたいことが頭に浮かんでから、作文にかかります。
私は、頭の中は空っぽなので、まず書き出します。
あれこれと書いている内に、なんとか文章にまとまり、
けじめを付けることができたり、できなかったり。

ブログを始めてから、
私はそうした文章の倉庫を見つけることができた思い。
この倉庫に入れておけば、
ブログ内検索で、いつでも参照できることを知って、
私は狂喜乱舞したものです。
でも、残念ながら、ブログ内の文章が8000を超えると、
検索しても満足にひっかからないようです。
でも、気にならなくなりました。
書く方が忙しくて、
読み返すなんてことをほとんどしたことがないのですから。
こうして、「至る処書斎あり人生」をエンジョイしています。

ところが、落とし穴!
11月14日月曜日、揚琴レッスン梯子日でした。
バスに乗って、早速ウォークマンでモーツァルトを聴こう!
あれっ?
イヤホンの右の白いイヤーパッドがない!
バッグを全部ひっくり返して探しました。
ない!
妻にラインでいつもの置き場所を探してもらいました。
「なかったよ」

そこで、どうしたか?
音楽をあきらめたか?
とんでもない。
ないと分かった途端、ひらめきました。
自分でイヤーパッドを作ればいいんだ!
ゴムのパッドが押し込まれる芯が残っています。
その周辺に短冊状に破ったティッシュを丁寧に巻き付けました。
そうして、耳に押し込んで、モーツァルトの弦楽四重奏曲をかけたら?
しっかり音楽が頭の中に鳴り響きました。
正規のイヤーパッドにまるで劣らない。
こうして、この文章を気楽に書くことができたという次第。





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# by hologon158 | 2016-12-08 23:33 | ホロゴン外傳 | Comments(0)