わが友ホロゴン・わが夢タンバール

663.01 ホロゴン外傅179「2016年9月1日下町通天閣ならビオゴンに任せる」1 魔術的


銀塩フィルムで写真を撮っていた時代、
世には、写真を撮る人間にはライカ党とツァイス党、
それに渋々付け加えれば、ニコン党がいる、
そう言われていました。

なぜ「渋々」か、と言えば、ライカ党もツァイス党も、
ニコンレンズなんか認めなかったからです。

私は、最初はツァイス党で写真を始め、
結局は、ライカ党に鞍替えし、いつしか両方を支持する、
という、なんだか現代の無節操政治家そこのけの人生でした。
でも、一貫して、ニコンレンズは、認めないどころか、大嫌いでした。

ところが、レンズ史は、歴史にふさわしく、
運命の天変、どんでんがえしの世界です。
本当の主役はニコン党だったのでしょうか?
現代のデジタル時代になってしまうと、
各社のレンズはすべて精緻正確一辺倒となってしまい、
突き詰めて言えば、ニコン党が勝利を収めたようなものです。

精緻な描写、正確無比な表現、
これでレンズの役割は終わります。
RAWで撮っておいて、
フォトショップ等のソフトで表現を自由自在に煮詰めていく、
この方式の下では、レンズの味わいなんて、邪魔になるどころか、
ぶっ飛ばされてしまって、跡形もなくなるのですから。

そう、目を向くような凄い写真作品に仕上がります。
でも、申し訳ありません。
私は、そのようなデジタル表現の写真作品に毛ほども心が動かされません。
心に残らないのです。
それって、あなたの感性がそれを求めたというより、
カメラ、ソフトの勝利、功績に過ぎないんじゃない?

残念ながら、私のように、JPEGで撮って、レベル補正だけで、
自分の標準的な濃度に補正するだけでも、
デジタル臭さがプンプン!
その度に、私はプンプン!!!
JPEGで撮ろうとも、現代のデジカメは撮影段階で、
所有者の許可なく、勝手に、デジタル処理をかなりやってしまう。
それがカメラ会社の味というものなのだそうです。
余計なことを!

でも、銀塩フィルムにおさらばしてしまったのですから、
どうしようもありません。
こうして、泣く泣くデジカメを使っているのですが、
それでも頭をもたげて来るのがクラシックレンズの個性。
デジタル処理の表層を破るようにして、個性を輝かせてくれます!
その面白さ、したたかさには驚かされます。

今回は、ツァイスのレンジファインダー時代のビオゴン21㎜F4.5。
私には、銀塩レンズ時代の魔術的な香りが感じられるのですが.....





c0168172_17181096.jpg
c0168172_1718258.jpg

c0168172_17185576.jpg
c0168172_17184862.jpg
c0168172_17184113.jpg
c0168172_17175212.jpg
c0168172_17174682.jpg
c0168172_17164379.jpg
c0168172_17163483.jpg
c0168172_17162785.jpg
c0168172_17161438.jpg
c0168172_1716650.jpg
c0168172_17151688.jpg
c0168172_1715987.jpg
c0168172_1715254.jpg
c0168172_17144983.jpg
c0168172_17144117.jpg
c0168172_17143389.jpg
c0168172_17142599.jpg
c0168172_17141851.jpg
c0168172_17141061.jpg
c0168172_17124333.jpg
c0168172_17123451.jpg
c0168172_17122720.jpg
c0168172_1712206.jpg
c0168172_1712924.jpg
c0168172_1712164.jpg
c0168172_17115431.jpg
c0168172_17113659.jpg

# by hologon158 | 2016-11-02 18:04 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

662.01 ホロゴン外傅178「2016年10月4日アポクアリア28㎜F2の佐保路」7-完-コンサート


10月29日土曜日、
私の今秋コンサートの第三弾、
神戸でのアブニールコンサート。
(三宮行き阪神快速電車内で作成した記事)

生まれてはじめて、
人前でリコーダー二重奏をします。
ちょっと怖い。

前にも書きましたが、
人前で演奏するときのジンクスがあります。
独奏は必ずあがります。
5度ほど揚琴での経験がありますが、全部上がり、
平常の演奏ができませんでした。

ところが、伴奏だと一切上がりません。
10回以上体験しましたが、
そのうち4回は200人もしくはそれ以上の聴衆が見守る中、
私だけ登場して、やおら揚琴の前に着席して、
前奏を私が始めるというシチュエーションでしたが、
まったくチラリとも動揺しませんでした。

そのうち1度は、揚琴が絶好調で、
ホールの外にまで揚琴の音が響きわたっていたそうです。
二人のメンバーが演奏後「あの揚琴奏者は中国からの来演ですか?」
と尋ねられたほど、軽快に3曲伴奏を演奏できました。
私の生涯の絶頂の一つかもしれません。

この落差はあまりにも大きすぎます。
職業生活でもどんなに多くの人が居ても上がったりしなかったので、
詰まるところ、音楽の独奏にはある種の魔が宿るということなのでしょう。

さて、問題はリコーダー二重奏がどちらの範疇に当てはまるか?
最初の2曲、ルイエのリコーダーソナタ1番第1楽章アダージョと、
「ダニーボーイ」は、
アルトリコーダーの独奏を同じアルトが伴奏する形式ですが、
実態は伴奏もしっかりと独自のフレーズを奏でる二重奏。
最後のジョン・ダウランドの「Come again」は、
元はリュート伴奏による歌曲なのですが、
誰が作ったか分かりませんが、4種のリコーダーの合奏楽譜。
これを上の2段だけ、私のソプラノ、MHさんのアルトで重奏します。
こちらも歌の部分はソプラノが担当しますが、
アルトも活躍して、うまくかみ合うと、
しっかりと重奏のおもしろさを醸し出してくれます。

というわけで、どの曲も独奏と重奏の2つの性質を合わせ持っている。
私の繊細な神経がこれにどう反応するか?
やってみなければ、分かりません。

この2ヶ月、たっぷりと3曲セットで弾き続けてきました。
まさに勝負!
それにしても、このようにして、
音楽演奏が私の第2の人生の中核を占めるようになってしまいました。
11月6日日曜日は今秋コンサート第三弾、
付虹先生が教える揚琴、二胡の生徒の発表会をはじめて小ホールで行います。
こちらは独奏と伴奏の2曲。
今日のリコーダーはその予行演習という性格もあります。
肩肘を張らず、気張らず、ゆったりと楽しみたいものです。





c0168172_2259946.jpg
c0168172_2259378.jpg
c0168172_22585714.jpg
c0168172_2258503.jpg
c0168172_22584399.jpg
c0168172_22583670.jpg
c0168172_22582960.jpg
c0168172_22582358.jpg
c0168172_22581211.jpg
c0168172_22553388.jpg
c0168172_22552549.jpg
c0168172_22551881.jpg
c0168172_2255039.jpg
c0168172_22545475.jpg
c0168172_22544721.jpg
c0168172_22544138.jpg
c0168172_22543478.jpg
c0168172_22542881.jpg
c0168172_22542149.jpg
c0168172_22541465.jpg
c0168172_2254722.jpg
c0168172_2254232.jpg
c0168172_22535596.jpg
c0168172_22534645.jpg
c0168172_22533929.jpg
c0168172_22533061.jpg
c0168172_22531722.jpg
c0168172_2253940.jpg
c0168172_2253267.jpg
c0168172_22525519.jpg
c0168172_22524954.jpg
c0168172_22524236.jpg
c0168172_22523472.jpg
c0168172_22522497.jpg

# by hologon158 | 2016-10-29 23:50 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

662.01 ホロゴン外傅178「2016年10月4日アポクアリア28㎜F2の佐保路」6 岳飛像


妻が先月、中国の武漢に旅して、巨大な武人の像に出会って、
旅行中にその写真を送ってくれました。
「この岳飛という人、どんな人なの?」

彼女は、日本史、ヨーロッパ史はかなり詳しいのですが、
中国史にはあまりなじんでいません。
すぐに返事しました。
南宋の名将で、北から侵入しようとする金を相手に活躍して、
中国では、関羽と並んで、もしくは彼以上に尊崇されている英雄だよ。

すると、彼女の返信、

 「中国って、すごい人が沢山居るのね」

そこで、私返信、

 「いつも言ってるじゃない?
 良い人も悪い人も日本の十倍居て、
 そのダイナミックレンジはもっと凄いんだから。
 歴史上の偉人、名将、英王、天才等々、
 優れた人物は数限りなくいるんだから。
 文字通り世界一、けた外れ」

どうでしょうか?
日本で、国民的な英雄と言えば、と指を折ってみると、
聖徳太子、源義経、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、
上杉謙信、武田信玄、高杉晋作、坂本龍馬、西郷隆盛.....
これ位でしょうか?
(「これ位」なんて言ったら、選外の皆さん、腹をお立てになるでしょう。
でも、文句無し、古今未曾有の特質を備えた偉材、となると、
そうは沢山おいでにならないようで...)

ところが、中国ときたら、どうでしょうか?
上記の英雄たちクラスの活躍をした人を捜してみると、
文字通り、何十人とごろごろ見つかります。

名宰相と言いますと、諸葛孔明が頭に浮かびますが、
国を背負って英雄的な業績を上げた、孔明クラスの宰相は、
実は、何人も居るのです。

天下を争った英雄としては、項羽と劉邦が有名ですが、
巨大な中国大陸の覇権を競った英雄たちが、そして、
あらゆる種類の天才、英雄、英傑、さらには名将、名臣たちが、
文字通りぞろぞろ居て、歴史をびっしりと埋めています。

紀元前8世紀頃に始まる春秋時代に成立した春秋左氏伝を読むと、
中国文明にはその前に何百年の歴史があって、
中国文明はその曙の頃から長い長い経験を経て、
春秋時代にはすでにかなり成熟していたことが分かります。

春秋時代の国の一つのお話ですが、
その王(公と呼ばれていました)に向かって宰相がこう言うのです、
「この国は公一人のものではありません。
この国の民のものです」
(正確な言葉は忘れました。もっと的確でかっこ良い表現でした)
そんな言葉を支配者に向かって言えた日本人って、
過去に居たでしょうか?
国民主権の現在でも、居るでしょうか?
そんな文明、文化が3千年以上途切れることなく続いてきたのです。

始皇帝が天下を統一した当時、
中国は、すでに、億を超える人口を抱えていたようです。
中国の戦国時代の列強はすでに、
何十万という軍隊を動員してぶつかり合っていたのですから。
そんな国は、インドを除けば、世界中どこにもありません。
民族の力の蓄積はいわば無尽蔵なのです。
中国とつきあうとき、そのことを忘れてはいけませんね。
中国においでになれば、一目瞭然です。
あれだけひしめきあった巨大人口の中でしのぎを削りながら、
あれだけ広大無辺の大地の上で育ち、生き抜くのですから、
ちっちゃな温室育ちの日本人には絶対経験できない、
過酷な環境から生まれる人間の大きさは並大抵ではありませんね。




c0168172_15345011.jpg
c0168172_15341498.jpg
c0168172_1534760.jpg
c0168172_1534194.jpg
c0168172_15335566.jpg
c0168172_15334942.jpg
c0168172_15334321.jpg
c0168172_1533367.jpg
c0168172_15332963.jpg
c0168172_15332399.jpg
c0168172_15331667.jpg
c0168172_153399.jpg
c0168172_1533238.jpg
c0168172_15325578.jpg
c0168172_15324732.jpg
c0168172_15324188.jpg
c0168172_15323457.jpg
c0168172_15322671.jpg
c0168172_15321841.jpg
c0168172_15321298.jpg
c0168172_1532377.jpg
c0168172_15304987.jpg
c0168172_15303856.jpg
c0168172_15303164.jpg
c0168172_15302549.jpg
c0168172_15301470.jpg
c0168172_1530036.jpg
c0168172_15293845.jpg

# by hologon158 | 2016-10-28 16:06 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

662.01 ホロゴン外傅178「2016年10月4日アポクアリア28㎜F2の佐保路」5 音楽の力


中国古代の鐘、編鐘の演奏風景を見たことがありますか?
舞台一杯に鐘が並んでいます。
荘重な響き。
2000年以上もの時間を飛び越えて聞こえてくるようです。

論語だったか、なんだったか、忘れました、
孔子が春秋時代の国々の音楽の楽風をさまざまに評価する言葉。
どこの国は重厚であるとか、どこの国は下品であるとか...
このことで分かるのは、春秋の諸国が国ごとに音楽を発展させていたのです。
固定した曲だけではなく、その国の作曲家(おそらく演奏者自身)たちが
さまざまにお国柄に沿った変更を加え、
もしかすると、新しい曲も作っていたのです。

そのことを物語るお話が司馬遷の「史記」にもあります。
始皇帝を暗殺しようとして失敗した荊軻の親友の高漸離。
この人は現代の古琴の先祖と想われる琴の天才でした。
暗殺未遂事件の後、荊軻を派遣した燕の国も滅ぼされ、
荊軻に親しかった人たちも連座して刑戮されてしまいました。
迷惑な話です。

高漸離も捕らえられたのですが、
始皇帝は彼のことを知っていたようです。
才能を惜しんで呼び寄せ、その琴の演奏を楽しんだのです。
この事績からいくつかのことが推測されますね?
何でしょうか?
そう尋ねたら、頭脳明晰なあなたなら、
たちどころに10や20は並べ立てることでしょう。
私はかろうじて、次のことくらいしか思い浮かびません。

①当時すでに音楽は中国全土で、宮廷でも民間でも、
人々の楽しみとなっていた。

②高漸離の弾いていた琴は全国的に普及していた。

③すでに琴の演奏家には優劣があった。
つまり、優劣が現れるほどの難曲がすでに生まれ、
聴衆は演奏や解釈の優劣を評価するだけの経験、素養を積んでいた。

④そうした音楽情報が戦乱の戦国時代末期には全土に伝わっていたので、
文化的にかなり遅れていた西の辺境の地、秦の始皇帝でさえ、
遙か西の果てに住んでいた高漸離のことを知ることができた。

⑤高漸離が当時並ぶものなき名手とうたわれたのは、
演奏技術だけではなく、その演奏する曲のすばらしさも手伝っていた。

⑥高漸離が刑戮されなかったのは、
高漸離の演奏技術が惜しまれただけではなく、
彼が作曲収集した名曲がこの世から失われるのを惜しんだから。

音楽がいつの時代に生まれたか?
明らかではありません。
でも、石窟画に踊る人たちが描かれていることから推して、
数万年前から、まず、歌、踊り、そして、楽器が次第に生まれていった、
そう推測しても間違いではなさそうです。
さらに、祭りが生まれ、祈りが生まれ、さまざまな儀式に進化し、
その間に、音楽は発展進化して、高漸離のような天才を生み出した、
そんな風に考えてもよさそうです。

古典期ギリシアの早熟の天才アルキビアデスが、
子供の頃、笛を習うことを拒否した逸話が残っています。
両手を使うので、歌うことも踊ることもできないから、というのです。
この話からも、歌や踊りは人々の本質的な楽しみ、営みになっていたこと、
楽器は先生について習うほど、発達していたことが分かります。

孔子は紀元前6世紀の人、
アルキビアデスは紀元前5世紀の人、
始皇帝は紀元前3世紀の人です。
どうやら音楽は当時すでに、
中国でもギリシアでも、さらには、地球上のどこでも、
音楽は人間の営みの本質的なファクターだったのでしょう。
人の心を高揚させ、一つにし、インスピレーションを与えることで、
人間社会に巨大な凝集力、推進力を生み出し、
人間の文化、文明を大きく加速したのかも知れませんね。





c0168172_1543231.jpg
c0168172_1542569.jpg
c0168172_1541892.jpg
c0168172_154851.jpg
c0168172_154058.jpg
c0168172_1535482.jpg
c0168172_1534573.jpg
c0168172_1533928.jpg
c0168172_1533144.jpg
c0168172_1532449.jpg
c0168172_1531753.jpg
c0168172_1531141.jpg
c0168172_153552.jpg
c0168172_1525874.jpg
c0168172_1515514.jpg
c0168172_1514773.jpg
c0168172_1514015.jpg
c0168172_1513213.jpg
c0168172_1512560.jpg
c0168172_1511929.jpg
c0168172_1511274.jpg
c0168172_151613.jpg
c0168172_1505930.jpg
c0168172_1505284.jpg
c0168172_150462.jpg
c0168172_1503850.jpg
c0168172_1503299.jpg
c0168172_150265.jpg
c0168172_1501769.jpg
c0168172_1501070.jpg
c0168172_150266.jpg
c0168172_14595274.jpg





[後書き]
9枚目をご覧下さい。
何に見えますか?
ただの地面?
ま、それも良いでしょう。
顔?
そう、右手に木の葉をもって、
鼻に近づいて、香を嗅ぐ人、
そう見えませんか?
巧い具合に木の葉があったものだ。
置いたんだろう?
そうお考えになる方は多いでしょう。
そんな風に手を加えて演出される写真家はかなりおいででしょう。
私は絶対にしません。
写真家は、意図通りの写真作品を創り出したいから。
私は、その場で瞬間に感じた自分を写真に撮って記録したいから。
よく言います、「写真は、人に見せた途端、一人歩きしはじめる」
私の写真は一人歩きしません。
どこまでも私のものです。
なぜか、写真に写っている私を誰も知ることができないから。
# by hologon158 | 2016-10-27 15:34 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

662.01 ホロゴン外傅178「2016年10月4日アポクアリア28㎜F2の佐保路」4 三国志演義


中国のテレビドラマに「三国志演義」があります。
なかなかの人気番組だったようですが、
でも、私はこの中国の人気テレビドラマを見続けることができない。
私にとって、「三国志演義」は特別。
高校時代に「水滸伝」と一緒に病みつきになって以来、
何度読み返したか分からない愛読書ベストテンの一つなのです。
そのときに心に定着したイメージがあります。
このイメージにぜんぜん合わないのです。

関羽と張飛は、正史「三国志」で、
陳寿がわざわざ「万夫不当」と評したほどの稀代の猛将です。
1万人でかかっても、倒せないほどの勇士。
おそらくこの時代で、この二人に匹敵したのは、
呂布一人だったのではないでしょうか?
体躯も常人よりも飛び抜けて大きかったのです。
ドラマの二人は確かに容貌は似ていますが、体格は並。

劉備は、耳が自分の目で見えるほど大きく、
帝王の龍顔と言うにふさわしい威貌の持ち主。
両手は長く、普通に下ろして、膝についたほどで、
どこから見てもまさに異貌の非凡人でした。
彼が負け続けの経歴を積みながらも、
どこへ行っても丁重に迎え入れられた理由の一つは、
彼のこの風格、風貌にあったと言うことができそうです。
この人はただものじゃない!
でも、ドラマでは普通。

曹操は、中国史上稀に見るほどに非凡な文武両面の才能を備えた、
スケールの大きな傑物でしたが、
秀吉に似て、とても貧相な風貌の持ち主でした。
ところが、ドラマでは、劇中一番立派な容貌の俳優が堂々と演じています。
ちょっと違うんだけどなあ、という気持ちが起こってしまいます。
その他、孔明も周喩もイメージが全然合いません。
だから、どうしても楽しめない。

陳寿の正史「三国志」もまた面白い読みものです。
筑摩書房の世界古典文学全集に3巻もので本訳されています。
司馬遷の「史記」以外には、完訳されている中国の正史はありません。
全巻を読み通すのはちょっと辛いですね。
司馬遷の「史記」なら、それができるのに、なぜ?
私はその理由は簡単だと思っています。
司馬遷は陳寿よりも遥かに長い時代の中から、
史伝に採り上げる人物を選り取り見取りすることができたのです。
しかも、その時代に中国の文明は大きく成長したのです。
世界の古代史には偉大な古典が沢山ありますが、
史記以上に多彩な人間の詳細な事績を記録に留めた歴史はありません。
陳寿の「三国志」はこれに次ぐ多彩な人間曼荼羅。
それだけに、多くの愛読者が居ます。
そんな状態で、テレビドラマを製作すると、
どうしてもさまざまにイメージが食い違うことになります。
まさに百家争鳴のカオスに巻き込まれる運命にあります。
そう考えると、中国ドラマ「三国志演義」はそれなりに健闘した、
そう言って上げるのがよいでしょうね。

三国志を読んでいて感じることがあります。
私がこんな風に自宅でゆっくりできるのはありがたいことです。
三国志の時代、上記の主人公たちは席の温まる暇もなく、
生涯戦場を駈け巡る運命にあったのですから。
でも、
不思議です。
それなのに、戦場で得た傷が元になって命を失った周喩を除けば、
主人公たち、誰一人として、戦場で死んでいないのです。

でも、空前の戦乱に、後漢の時代、1億を超えていた中国でも、
最低の人口3000万ほどまで減少したと読んだことがあります。
それが現代の中国人口は10億を超えているのです。
東京なみの大都会が沢山あります。
喧噪と混雑の世界。
中国政府はどうやって食料を確保しているのでしょう?
私は都会から離れて、奈良の郊外で暮らしています。
一度に3人以上の人間は多すぎる、そう思う人間なので。
戸外には車の音も人声もなにもしない。
屋内では、テレビもないので、ただ沈黙があるだけ。
私はこれが幸せ。
でも、多くの都会人は逆に不安になってしまうかもしれませんね。





c0168172_1512699.jpg
c0168172_1511625.jpg
c0168172_1511051.jpg
c0168172_151418.jpg
c0168172_1505718.jpg
c0168172_1505195.jpg
c0168172_1504564.jpg
c0168172_1503994.jpg
c0168172_1503345.jpg
c0168172_1502725.jpg
c0168172_1501837.jpg
c0168172_1501153.jpg
c0168172_150420.jpg
c0168172_14595317.jpg
c0168172_14594310.jpg
c0168172_14593019.jpg
c0168172_14591777.jpg
c0168172_1459969.jpg
c0168172_14585896.jpg
c0168172_14584971.jpg
c0168172_14584292.jpg
c0168172_14583346.jpg
c0168172_14582769.jpg
c0168172_14582042.jpg
c0168172_14581449.jpg
c0168172_1458847.jpg
c0168172_1458196.jpg
c0168172_14575581.jpg
c0168172_14574825.jpg

# by hologon158 | 2016-10-26 15:39 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

662.01 ホロゴン外傅178「2016年10月4日アポクアリア28㎜F2の佐保路」3 文章を書く


私はもともと長大な文章を書くことを仕事にしてきた人間ですから、
文章を書くことは全然苦になりません。
というより、人生の喜びの1つ。

ところが、他人の文章を読むとなると、
ときには、これほど苦しいことはないのでは、と思ってしまいます。
頭脳優秀をもって知られる人の文章、論文等を読んで、
何度ひっくり返ったか、わかりません。
いったい、なにを言ってるんだ?
いったい、なにを言いたいんだ?
センテンスが実に長大な文章を書く人もよく居ます。
いくつも主語らしいものが登場し、
錯綜し、ねじれ、ときには、
最後の最後に、これまで読んだすべての言葉が主語であり、
最後の一語が述語だったなんてこともあります。
頭の構造自体がそのようにできている人もいます。
批判を招かないように、安全な道を手探りで探して、
苦心惨憺の挙げ句にできあがる文章というのもあります。
わざと難解な表現を選んで、
肝心要の主張を分厚い保護幕の中に隠している人もいます。

私は誰にでも分かるような文章を書くことにしてきました。
仕事上の文章でもプライベートな文章でも、
文章の理想は一つです。
なんだと思いますか?

  ラブレター

それも、お目当ての人にはっきりと、疑問の余地なく、
「わたしはあなたが好きです」
そうはっきりと分からせる文章。
だから、私も仕事上の文章はラブレターとして書き続けました。

じゃ、なんで?
(辛抱しきれずに、質問が飛んできそうです)
なんで、こんなに何書いているのか分からない文章ばっかり掲載するの?
幾度か、種明かしをしました。
私は、単純に頭の体操としてブログを始めました。
文章を書くことがぼけ防止に役立つかどうか?
まったく見当もつきません。
でも、ぼけ防止になにをしたらよいのか?
そう思案してみると、
頭も体も絶えず動かし続けること、
これしか私には思いつかなかったのです。
書きたいことなど、そうおいそれと浮かんできません。
そこで、私が取った方法は、
なんでもよいから、書き出してしまおう、
何とか書いている内に、書きたいことが手の先から生まれてくるかも知れない。
実は、これは私の写真の撮り方でもあります。
どこでも良いのです。
いきなり撮り始めたら、どんどんロボグラフィが見つかる。
このような文体を「のたくり文」と呼ぶことができそうです。
とにかく辺り構わずのたうちまわっている内に、
どこかにひょいっと頭を出すことができる。
文章の骨格が見つからなくてもよいのです。
私一人が読者ですから、どんな気持ちで書いているか、よく分かるからです。

あなたが源義経のように国家権力からの逃走者になったとして、
あなたはどこに逃げますか?
義経は吉野に逃れました。
でも、実のところ、当時の吉野は現代そっくりでした。
よそものははっきりと浮き上がってしまいます。
よそものの動静はただちにニュースとなって広がります。
正解は、大都会の喧騒の巷に紛れ込むことですね。

私の文章はおたずねものの格好の隠れ家なのです。
完全にプライベートなことばかり書くので、
なにを書いてあるのか、数行読んでも分からない。
一応読む気になった人も、
「いったいこの人なにを書いているんだろ? やめとこう」と、
這々の体で逃げ出してしまう。
写真と来たら、めったやたらに訳の分からない写真を撮って、
しかも、撮影順に並べています。
主張も思想もへったくれもない!
ブログでなにか物を言いたい、
ブログで自分の写真観を確立したい、
ブログで名を揚げたい、
こんな動機がある人なら、絶対にしてはならないタブー全集、
それが私のブログですね。

もう一つのブログ「レンズ千夜一夜」も、
最初は律儀に対象レンズを主題に絞っていました。
でも、ほとんど誰も来ないので、
よし、こちらも「わが友ホロゴン」と同じスタンスで、
勝手放題に文章を書こう、そう考えを改めたのです。

最初の頃は、本ブログの記事を一日数本、
ときには10本も投稿することがありました。
今ではぐっとモデストになって、原則として、1日1本。
でも、これにはカラクリがあるのです。
1本の記事の文書量、写真量が以前の何倍にも膨れ上がっている。
だから、実態としては、ペースはそんなに落ちていないのです。
写真は一記事原則30枚のペースですから、
本ブログだけでも、一月に900枚、
一年に1万枚を超す写真を掲載することになります。
完全な隠れ家になりつつある、
私はそう確信しています。





c0168172_1181483.jpg
c0168172_11881.jpg
c0168172_118130.jpg
c0168172_1175428.jpg
c0168172_1174676.jpg
c0168172_1173998.jpg
c0168172_1173384.jpg
c0168172_1172733.jpg
c0168172_1172030.jpg
c0168172_1171482.jpg
c0168172_117862.jpg
c0168172_117274.jpg
c0168172_1165387.jpg
c0168172_1164611.jpg
c0168172_1164046.jpg
c0168172_1163489.jpg
c0168172_1162923.jpg
c0168172_116239.jpg
c0168172_1161664.jpg
c0168172_1161043.jpg
c0168172_116322.jpg
c0168172_1155625.jpg
c0168172_1155152.jpg
c0168172_1154331.jpg
c0168172_1153779.jpg
c0168172_1153031.jpg
c0168172_1151897.jpg
c0168172_1151139.jpg
c0168172_11547.jpg
c0168172_1145696.jpg

# by hologon158 | 2016-10-25 12:02 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

662.02 ホロゴン外傅178「2016年10月4日アポクアリア28㎜F2の佐保路」2 今を生きよう!



人間が文章を書くようになって、
現在分かっているだけでも、6000年ほども経ちました。
シュメールの楔形文字を刻んだ粘土板が数知れず発見されています。
商業用、祭祀用などさまざまな種類の文書。
文字を学ぶための練習用の文が書かれたものまで見つかっています。
さまざまな遺跡も過去の歴史をよみがえらせてくれますが、
文字以上に、その時代の人々の息吹を感じさせてくれる遺物はありません。
さまざまな媒体が古の文字を伝えてくれます。

でも、実のところ、文字を持っていた文明は古代にはほんの一握りなのです。
古代から現代まで連綿と、ほとんどの人間たちは自己の民族の過去の記録を、
文字に書かれない伝承、記憶に頼ってきました。
世界各地に語り部が居ました。
ホメーロスや稗田阿礼もそんな語り部の一人だったのでしょう。

文字に書かれない伝承、記録が現代に伝えられたのは、
それを文字化してくれた太安万呂のように、
記録者がそんな口頭の伝承を文字にとどめてくれた場合だけです。
ヘロドトスのような古代の歴史家もそうですね。
ペルシャ等のギリシア周辺諸国の古代史の断片が、
彼のおかげで人類の記憶に残されたのです。

でも、残されたのは、極めて限られた少数人の事績だけ。
今も昔も一般庶民の記憶は家族、友人だけが頼みの綱。
ところが、困った事態が起きつつあります。
紙の文字記録はどんどんと少なくなっています。
ほとんどすべてがコンピューター上のメモリーに依存する時代。
このような記憶、記録は媒体の消滅とともに消え去る運命にあります。
書籍のような紙の記録も、時の経過によって朽ち果ててしまうのですから、
時間の長短はあっても、運命は同じ、と言えるかもしれません。
過去は消え去る運命にあるのです。

そうでなくても、ご本尊自身、つまり、地球上の人類にとっても、
その運命はかなり近い、という感じがあります。
数十年の間に食料戦争が起こるでしょう。
随所で原発がミサイルの的となるでしょう。
戦争と放射能汚染と飢餓が人類を滅亡の危機に陥れるでしょう。
人類に未来はないのでしょうか?

人類滅亡後に地球を訪れた異星人は、
過去の遺跡を発掘して、古代史にはかなり通じることができそうです。
でも、20世紀、21世紀の地球人の遺跡は一切残っていないので、
何一つ知ることはできないでしょう。
時の経過に抗して生き残る媒体、物質、構造がほとんどないからです。
こんな風に考えると、
ちょっと寂しいですね。
こうなると、いつもの結論にたどりついてしまいますね。
「今を生きよう!」
これしかありませんね。
お互い、がんばりましょう。





c0168172_2237488.jpg
c0168172_22365729.jpg
c0168172_22364282.jpg
c0168172_22363645.jpg
c0168172_22362823.jpg
c0168172_2236158.jpg
c0168172_22353575.jpg
c0168172_2235272.jpg
c0168172_22351969.jpg
c0168172_22351236.jpg
c0168172_2235410.jpg
c0168172_22345482.jpg
c0168172_2234479.jpg
c0168172_22344172.jpg
c0168172_22343496.jpg
c0168172_22342496.jpg
c0168172_22341499.jpg
c0168172_2234661.jpg
c0168172_22335922.jpg
c0168172_22334969.jpg
c0168172_22334366.jpg
c0168172_2233366.jpg
c0168172_22332847.jpg
c0168172_22332263.jpg
c0168172_22331518.jpg
c0168172_2233798.jpg
c0168172_22325047.jpg
c0168172_22323960.jpg
c0168172_22311282.jpg
c0168172_2231565.jpg

# by hologon158 | 2016-10-24 23:28 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

662.01 ホロゴン外傅178「2016年10月4日アポクアリア28㎜F2の佐保路」1 ララ・アビス

エルマリート28mmf2.8シリーズに被さるようにして、
アポクアリア28㎜F2がまたも登場しました。
この新旧28㎜の対決はかなり面白いですね。
前者は重厚深遠に傾き、
後者は明快機敏に疾走する。
一口で言えば、そんな風に対比できますね。
結局は、使い手としては、好みと趣味次第、
一人の人間の使い分けとしては、まさに気分次第。
優劣を決するなんて、愚の骨頂ですね。
さあ、ご覧下さい。


10月22日土曜日、
親しい写真仲間8人のリユニオンの日でした。

すでにかなりの時日が経ちましたが、
ララ・アビス(稀なる鳥)というグループ名を使ったり、
使わなかったりして、数回写真展を続けたことがありました。
私はすでに自分を写真家と認めなくなって久しかったのですが、
親友たちと協力しあって写真展を構想し、
ただで写真展のスペースを提供してくれるキャノン・ギャラリーとか
オリンパス・サロンといった大手ギャラリーに応募して、
東京、大阪で写真展を開催できるというのはとてもスリリングな冒険でした。
でも、2011年のオリンパス・サロンでの写真展で、
この冒険も終わりました。

その後、テンポラリーに撮影を共にする形で交友を続けてきたのですが、
最長老、紅一点のOKさんとは、
お体の不調やご主人をなくされたことなど重なって、
お会いしないままだったのです。

ところが、約束の時間においでになったお姿は、
昔と変わらないと言うより、
もっと若々しく、美しくなっておられました。
これは嬉しい不意打ちでした。

近鉄奈良駅ビル6階の料亭で、
ぴたり8人のイス式座敷での昼食会は大いに盛り上がりました。
お互いに話したいことはあおりでしょうけど、
せっかくの集まりが近くの人同士の
ばらばらのおしゃべりで終わってしまいます。
一人15分ずつ、順番に近況報告をしていただき、
全員、その質疑応答に集中する、という形を提案しました。

みなさん、それぞれに波瀾万丈の人生を送っておられて、
座談は大いに盛り上がったのですが、
その真っ最中に「はい、15分終了しました」と言うわけにもいかず、
15分の時間制限はいつしかそっちのけになってしまい、
私を含む2人は置いてけぼりになってしまいました。

私はかなり高齢になりつつある友人たちに、
水素吸入器Beautyflyの福音を是非伝えたい、
そうワクワクしていました。
結局、2時間の制限ぎりぎりに、
わざわざ取り寄せた宣伝用パンフレットをみなさんに配っただけ。

畏友のRAさんがご自分の番のとき、
一昨日から水素吸引をはじめて、
この2日間、体調が劇的に回復したとおっしゃっていただいたので、
一応水素吸入という新しい老化、病気防止法のことは分かって頂きました。

私としては、最長老のOKさんには絶対に使って欲しい、
親友たちにも使ってもらい、共白髪で100歳までもがんばりたい、
そう念願して、臨んだのですが、
OKさんは関心は一応示されたものの、
「お金が貯まったら、考えます」と、無期延期の回答。
他の仲間はまったくの無関心で、質問もなし。

これにはがっかりしました。
みなさん、新しいカメラ、レンズには猛烈に関心を燃やし、
どんどんお買いになっているのに、
そんなカメラよりも遙かに安い水素吸入器Beautyflyに
お金を使いたいとはお考えにならない?

でも、私を含めて、みんな、会う度に、
どんどん毛が薄くなっていくし、
どこかしら老化が目立ちはじめているのになあ...
Beautyflyなど必要としない、
効果的な老化防止法、健康法を実践しているのなら良いのですが。
と、まあ、フフフ、
私の友人たちはほとんど私のブログを読まないので、
平気で筆誅を加えて、楽しんでいます。

でも、本当は読んでほしい。
大した金額じゃないのですから、
そして、私とRAさんがこんなに効果的だとお勧めしているのですから、
試してみよう、そう思って欲しい。

せめて、とにかく、どんな方法でもいい、
老いの坂を転がり落ちないように、
がんばってくれなきゃ!

ララ・アビス(稀なる鳥)って、
ラテン語で、「真の友情は稀なる鳥である」
せっかく出会えた親友たちがだんだん老いるのを見る、
これはつらいですね。

老いを防ぐ一番良い方法を教えましょうか?
良き共を持ち、良き共と絶えず交遊すること、
これです。

私の父は、70の後半、友達を全部失い、趣味の交遊も絶ってしまいました。
当時は若かった私としては、なにも考えませんでしたが、
自分自身が老いの坂にかかろうとする今、
父の心情がよく分かります。

寂しかっただろうなあ...





c0168172_22122427.jpg

c0168172_22121423.jpg

c0168172_22111680.jpg

c0168172_2211999.jpg

c0168172_22105663.jpg

c0168172_2210491.jpg

c0168172_22101658.jpg

c0168172_2210893.jpg

c0168172_2264284.jpg

c0168172_2262870.jpg

c0168172_226204.jpg

c0168172_2261465.jpg

c0168172_226726.jpg

c0168172_2255763.jpg

c0168172_2254916.jpg

c0168172_2253531.jpg

c0168172_2252911.jpg

c0168172_2252118.jpg

c0168172_2251444.jpg



c0168172_2245561.jpg

c0168172_2244824.jpg

c0168172_2243735.jpg

c0168172_2243015.jpg

c0168172_224991.jpg

# by hologon158 | 2016-10-23 22:22 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

661.05 ホロゴン外傅177「2016年8月27日エルマリート28mmf2.8が近江坂本に」5-完-沈黙のホロゴン

我が家では、妻が旅に出たりすると、
しばらくは子供たち二人(猫ですが)と三人の生活になります。
ご承知のように、猫は、犬と違って、とても静かです。
吠えませんし、ハーハーとせわしい息づかいを見せたりしません。
私も吠えませんし、ハーハーも言いません。
だから、静寂の世界。
と言いたいところですが、
YouTubeで音楽を楽しんだり、
二胡、揚琴、リコーダーの楽器も交互に反復するので、
実はかなりにぎやかです。
でも、それだけです。

現代の日本の家庭の何%でしょうか?
かなりの家庭ではテレビが時折もしくは常時鳴り響いているでしょう。
テレビ、新聞がないと生きていけない人もいるでしょう。
1日、2日は耐えられても、3日はもたない。

でも、その不可欠の情報を知って、どうすると言うのですか?
間接民主政の超巨大社会になって、
民意を反映させる機会であるたった一つの選挙は、
支配層の息がかかったマスメディアに良いように操られた大衆によって、
雪崩現象の場と化してしまっていました。

最悪のことは、その支配層がいったい誰なのか、
あるいは、何なのかが分からないこと。
表向きの権力を握る政治家たちは歴史上かつてないほどに無能で小粒。
ただのお人形でしかありません。
その向こうに身を潜めている本当の権力者は誰なのでしょう。
もしかすると、経済界の隠れた指導層?
それとも、アメリカ?
あるいは、中国?
とにかく国民主権を実現、実行しようとする層はどこにも居ない。
国民総働き蜂化、国民総被支配者化の実現に向けて、
誰かがこの半世紀営々と活動し続けてきたようです。

北欧神話には「沈黙のウッフェ」が登場します。
アングル族の王ヴェルムンドのただ一人の王子がウッフェ。
でも、この王子は王の悩みの種。
誰一人ウッフェが口をきくのを聞いた者はなく、
なにか遊びをしているのを見たこともなかったからです。
ところが、ヴェルムンド王、年老いて盲目となってしまいます。
跡取りとなるべき者がいない状態。
隣国の王がそれを知って、
王位を渡すか、王子同士の決闘で決めよう、と申し入れます。
絶望する王。
すると、ウッフェが突然、
「心配ありません。私がなんとかします」
彼がなぜしゃべらなかったのか?
父親がしゃべっているのだから、自分がしゃべる必要はなかったから。
もちろんその言葉どおりに、敵の王子を文字通り一撃でまっぷたつ。
いつそんな技を磨いたのでしょう?
すごいですね。

ウッフェの言葉から、人間は、本当に語るべきことしか語るな、
という思想が当時あったことが分かります。
もしかすると、そんな育てかたもあったのかもしれません。
スパルタはそれに近い教育をしたようです。
中国にも同様の思想があったようです。
希布の一諾という成句もそれに近いのでしょう。

私はどうか?
一生、しゃべり続け、書き続けてきた感じ。
しゃべりたいことはあるけど、聴く人はいない。
そんな人間に、ブログは最高のおしゃべりの場を提供してくれます。
ありがたいことです。
ちょうどウッフェの反対ですね。
で、どうだ?
ウッフェのように生きられるか?
無理、どころか、そんなことはしたくないですね。
ウッフェだって、現代に生まれていたら、
語り出した途端に、あっと言う間に無力化されてしまうでしょう。
人間がこんなに小さくなった時代はこれまでにあったでしょうか?



c0168172_23124987.jpg
c0168172_23124128.jpg
c0168172_23123539.jpg
c0168172_23122846.jpg
c0168172_2312215.jpg
c0168172_23121313.jpg
c0168172_2312543.jpg
c0168172_23115981.jpg
c0168172_23115147.jpg
c0168172_23114465.jpg
c0168172_23113893.jpg
c0168172_23113060.jpg
c0168172_23112335.jpg
c0168172_23111673.jpg
c0168172_2311971.jpg
c0168172_23105863.jpg
c0168172_23105123.jpg
c0168172_23104495.jpg
c0168172_2310375.jpg
c0168172_23103038.jpg
c0168172_23102234.jpg
c0168172_23101499.jpg
c0168172_2310751.jpg
c0168172_2310065.jpg
c0168172_2395365.jpg
c0168172_2393847.jpg
c0168172_2393132.jpg
c0168172_2392258.jpg
c0168172_2391556.jpg
c0168172_239582.jpg
c0168172_2385693.jpg
c0168172_2384855.jpg

# by hologon158 | 2016-10-19 23:08 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

661.04 ホロゴン外傅177「2016年8月27日エルマリート28mmf2.8が近江坂本に」4 ティア・ブレイク




何回か前にフォークシンガー、ティア・ブレイクのことを書きました。

TIA BLAKE & her folk group - Folksongs & Ballads (1971) [FULL ALBUM]
(https://www.youtube.com/watch?v=P3nEMhibg0M)

なんともナチュラルで素朴な味わいがあって、
幾度も聴いています。
すると、親友からメールをもらいました。
独占情報というわけではないので、勝手に転載させてもらいます。

「それにしても、ティア・ブレイクがお好きなんて!
全く奇遇ですな、としか言いようがありません。
"Folks & Ballads"は、愛聴盤の1つです。
数年前に"Black Is the Colour of My True Love's Hair"と
"Turtle Dove"を検索していたら、出て来ました。

名前を初めて見た時、ティア・ブレイクだなんて、
おかしな名前!と思いました。
「ティア」は「おばちゃん」とか「おねえちゃん」です。
なので「ブレークおねえちゃん」という感じです。
(本名はChiristina Elizabeth Wallman)

残念ながら、2015年6月に65歳で亡くなってます。
パリでたった1枚だけレコーディングして、
パリでたった1回だけコンサートの前座をつとめたのは、
彼女がプロでなかったから、です。
アメリカかカナダに住んでいて、友達の友達が音楽関係で、
パリかロンドンに行くべきと思って、パリに行って、
そこでレコード会社のディレクターに認められました。
歌は元々うまかったでしょうけど、レコーディング前に
ギターの弾き方を習い、猛練習して吹き込んだそうです。
存命中の2011年に、LPがCD化された際、
本人がその様に序文を書いてます。
CDには、LPに収録されてない曲も数曲入ってます。
良い意味で素人風で、あちこちいじくり回してない、
素直な録音です。」

小さな部屋で聴いていますと、素直な録音なので、
私の横、すぐそこで歌ってくれる、そんな雰囲気があって、
(ほとんど経験したことがないほどに、ナチュラル)
飾らない歌声と相まって、聴けば聴くほどに愛着が湧いてきます。
でも、昨年、既になくなっていた!
こんな風に、人は来て、去っていきます。
まるで狭いスリットを通して、宇宙を眺めている、そんな感じ。
私の知らないところで、人は生まれ、生き、死んで行きます。
この宇宙、この世のもっとも美しいものたち、人たち、
もっとも美しいアート、もっとも美しい歌声、
ああ、生きていてよかった、と心の底から思わせてくれる、
そんな美しい体験をたっぷり味わって生きたいものですね。






c0168172_165733.jpg
c0168172_16565578.jpg
c0168172_16564851.jpg
c0168172_16564094.jpg
c0168172_16563252.jpg
c0168172_16561034.jpg
c0168172_1656459.jpg
c0168172_1655564.jpg
c0168172_16555066.jpg
c0168172_16554320.jpg
c0168172_16553497.jpg
c0168172_16552680.jpg
c0168172_16535155.jpg
c0168172_16534436.jpg
c0168172_16533779.jpg
c0168172_16533050.jpg
c0168172_16532386.jpg
c0168172_16531712.jpg
c0168172_16531031.jpg
c0168172_16525655.jpg
c0168172_16524947.jpg
c0168172_16524244.jpg
c0168172_1652323.jpg
c0168172_16522554.jpg
c0168172_16521547.jpg
c0168172_1652821.jpg
c0168172_1652252.jpg
c0168172_16515132.jpg
c0168172_16514462.jpg
c0168172_1651373.jpg

# by hologon158 | 2016-10-17 17:50 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

661.03 ホロゴン外傅177「2016年8月27日エルマリート28mmf2.8が近江坂本に」3 どこかに神が


ボルヘスは考えました、
この地上のどこかに神が隠れているに違いない。
たとえば、ジャガーの身体の縞の中に?

私は神を信じませんが、
ボルヘスのインスピレーションの働きには100%同意します。
視覚は二重の働きをします。
たとえば、北極でシマウマを見たりしますと、
私たちの視覚に脳が瞬時に干渉して、視覚を修正します。
「あ、ホッキョクグマだ!」
純粋客観的な視覚なんて、存在しません。
「私は確かに見た、私の眼がそれを覚えている!」
よく、そんなセリフを聞きますが、
真相は違います、
「私は確かに見たと考えた。私の脳がそう教えてくれた!」

私は道を歩きながら、次々と飛び込む視覚イメージに、
人や動物の顔や、異形の存在や、沸き上がる舞踏等々、
多彩なイメージの氾濫を見てしまいます。
考えるのではありません、
見えてしまうのです。

「地の塩」のような実直な人なら、こう言うでしょう、
「これはただのゴミ箱です」
この人が見ているのは、単なる機能としての存在だけ。
それが生活に必要な情報なのですから。

でも、どんな場合でも、つい想像に遊んでしまう人間は、こう言うでしょう、
「確かにゴミ箱です。
でも、ご覧なさい、眼がついて、笑った口があるじゃないですか?
このゴミ箱、確かに私を歓迎してくれているんですよ」
「ただの壁?
とんでもありせん。
異形の顔が浮かび上がってくるじゃありませんか?
なにかが隠れているんですよ」

こうして坂本の路傍風景をジャンジャンと並べていますが、
こんな写真たちを眺めながら、
私が、こんな風に感じて胸を震わせているなんて、
どなたも分からないかも知れません。

たとえば、前回の7枚目なら、
「あっはー!! 溝からばっと顔出して、
僕に挨拶してくれたんだなあ!」とか、
8枚目なら、
「よし、ゴミ回収車はまだ来ないな。
ぼくはそもそもゴミなんかじゃないんだから、
さっさとずらかそう!」と抜き足差し足忍び足...
11枚目なら、
「やあ、やあ、ホロゴンさんだあ!
ようこそ!
だーれも挨拶してくれないんで、退屈してたんだよ!
さあ、みんなで一緒に、ホロゴンさん、ばんざーい!」
12枚目なら、
「ぼく、朝、水でじゃあじゃあされて、絞られて...
こんなところに吊らされて...
なんだか、さびしいなあ...」と青くしおれてる。

こじつけじゃありません。
擬人化でもありません。
彼らもまた宇宙船地球号の乗組員なのですから。

私の写真を観る人はほとんど絶句します。
どなたも、
「なんだ、これは?
ただのゴミ箱、壁じゃないか?
なんでこんなものを撮るの?
なんの意味もないじゃないの?」
「わあ、面白い!
これウィンクしてますね!
きっと喜んでるんですよ」
なんて言ってくれた人はほとんどありません。
まして、
「わっ、凄い!
いいなあ!」と絶句するのではありません。
ひたすら、無言.................

一目でそれが分かるので、私の方が先んじて、
「なんの意味もないんですよ。
だから、人に見せて、どうこう言ってもらう写真じゃないんですよ。
私一人の楽しみで撮っているだけなんですよ」
でも、空しいですね。
だから、どう、という反応は依然として帰って来ない。
最初から最後まで私の一人舞台で終わってしまいます。
ブログでも同じことが起こっているでしょう。
「人は同じ川に2度入ることはできない」
と言ったヘラクレイトスじゃありませんが、
「人は同じブログに2度と来ることはない」もまた真理。

私も自分の写真を観て頂くつもりがありませんので、
幾度も重ねて、お断り申し上げています。
このブログはただの写真倉庫。
撮影順にただ並べています。
文章も、私のプライベートな日記。
でも、紙に書く日記も同じような事情にありそうです、
実は読み返すことがないかも知れない。
私のように、2つのブログで、
1万ほどの文章、10万を超える写真じゃ、
読み返すことなど、ままなりませんね。

ということは、ブログ作成は今生きる行為なのです。
作ることに人生の意味があるのです。
ブログに書けないようなことはできません。
ブログを埋めるために、
がんばって沢山のロボグラフィたちと会わなければいけません。
「忙中ブログあり」の境地ですね。

そして、写真を撮りながら、ボルヘスのことを思い出します、
ふーむ、この写真のどこかに神が隠れておられるかも知れないな。




c0168172_21525489.jpg
c0168172_21524856.jpg
c0168172_2152404.jpg
c0168172_21523376.jpg
c0168172_21522183.jpg
c0168172_21515096.jpg
c0168172_21514251.jpg
c0168172_215135100.jpg
c0168172_2151246.jpg
c0168172_21511875.jpg
c0168172_21511144.jpg
c0168172_2151290.jpg
c0168172_21505559.jpg
c0168172_21503955.jpg
c0168172_21503144.jpg
c0168172_21502423.jpg
c0168172_21501782.jpg
c0168172_21501154.jpg
c0168172_2150478.jpg
c0168172_21495780.jpg
c0168172_2149504.jpg
c0168172_21493825.jpg
c0168172_21493292.jpg
c0168172_21492442.jpg
c0168172_21491467.jpg
c0168172_2149713.jpg
c0168172_21485935.jpg
c0168172_21485188.jpg
c0168172_21484469.jpg
c0168172_21483670.jpg
c0168172_214828100.jpg

# by hologon158 | 2016-10-16 22:45 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

661.02 ホロゴン外傅177「2016年8月27日エルマリート28mmf2.8が近江坂本に」2 艱難汝を玉にす

今年の台風は深い傷跡を随所に残して消えて行ったようですね。
どうして日本の狭い列島をめがけて襲来してくるのでしょうね。
列島の存在がまさに台風を招くような気象現象を起こすからなのでしょうか?
このようなカタストロフィ的な気象が襲来しない国も沢山あります。

まったく不運としか言いようがないのですが、
でも、ふっと感じました。
もしかすると、日本の文化、日本人の性格や才能は、
もしかすると、台風によって磨かれてきたのではないでしょうか?
勝手な憶測ですが、よく考えてみると、当たり前のことかもしれません。
すべての民族の性格は風土によって生み出されるのですから。

文明は大自然との苦闘の中から生まれました。
中国文明は黄河の大氾濫との戦いから生まれました。
エジプト文明はナイルの氾濫との格闘の歴史でした。
おそらくチグリス、ユーフラテスの両大河の周辺文明もそうでしょう。
大災害に打ちのめされないで、不屈に生活を再建する努力が、
その地の人々を磨いたのかもしれません。
「艱難汝を玉にす」ですね。

文明も経済も浮きつ沈みつの波瀾万丈の運びで進んで行くものです。
一つの経済大国が沈むと、
周辺ライバル国が主を失った市場を占拠して勃興します。
日本もドイツも、第二次世界大戦で一敗地にまみれて、
優秀な才能と労働人口が激減したにもかかわらず、
急速に再興して、戦後の経済における支配的勢力にのし上がりました。
なぜ周辺諸国が日本やドイツに先んずることができなかったのでしょう?
どん底に追い落とされる体験が、
両国民を磨いて反騰エネルギーを作り出したのかもしれません。

もっとも、長年ワンマンリーダーの下でくすぶっていたNo.2が、
ワンマンリーダーの引退とともに台頭し、
途方もなく強力なリーダーシップを発揮することがあります。

近頃私が体験したのは、ちょっと筋違いかもしれませんが、
国宝薬師寺薬師如来三尊像の月光菩薩がお一人、
国立博物館にやってこられたときの姿を思いだします。
奈良では大仏様に次ぐほどの存在感をもってそそり立つ、
黒金の薬師如来様の脇で影の薄い存在だった月光菩薩は、
薬師寺本堂では何倍も遠くに離れているのに、
国立博物館では、高い天井近くまですっくと立ち上がり、
その姿には圧倒的な威厳と美が満ち溢れていました。

文明もそうですね。
中国にもし共産党が生まれず、
国民党政府が平和裡に中国大陸の支配を継続できたら、
共産党政権による長い間の人民統制の時代を経ることなく、
日本に先んじて、経済大国にのし上がっていたかもしれません。
でも、もしかすると、この数十年の共産党政府の統制が、
中国の十億の人民のエネルギーをたわめにたわめて、
現在の経済大国への勃興となって噴出したのかも知れません。

そのようなダイナミクスは無数のファクターが織り成して働くので、
私の思いつきの解析はきっととんでもない的外れなのでしょう。
でも、どのようなプロセスが隠されていようとも、
ある種の刺激が反応を呼び起こし、
負のエネルギーの蓄積が正のエネルギーとなって反騰し、
ある種の挑戦が応戦を呼び起こし、等々、
予測不能、解析不能のチェーンリアクションが生み出すダイナミクスが、
歴史を作ってきたことは疑いがありません。
とりわけグローバル化が進んで、今や地球の隅々の出来事が
私たちの日常にまで影響を与える時代になってしまいました。
誰が私たちの運命を左右するか?
明日のことは誰もわからない、ということなのでしょう。
ますます、今を生きる、これしかありませんね。





c0168172_1534858.jpg
c0168172_1534182.jpg
c0168172_1533290.jpg
c0168172_1532530.jpg
c0168172_1531557.jpg
c0168172_153881.jpg
c0168172_1525678.jpg
c0168172_1524857.jpg
c0168172_1524130.jpg
c0168172_1523363.jpg
c0168172_1521354.jpg
c0168172_152658.jpg
c0168172_1515621.jpg
c0168172_151497.jpg
c0168172_1513167.jpg
c0168172_1512478.jpg
c0168172_151423.jpg
c0168172_1505727.jpg
c0168172_1504880.jpg
c0168172_1504165.jpg
c0168172_1503342.jpg
c0168172_1501487.jpg
c0168172_150790.jpg
c0168172_14595660.jpg
c0168172_14594988.jpg
c0168172_14594034.jpg
c0168172_14593383.jpg
c0168172_14592613.jpg
c0168172_14591821.jpg
c0168172_1459612.jpg
c0168172_14585948.jpg

# by hologon158 | 2016-10-15 15:56 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

661.01 ホロゴン外傅177「2016年8月27日エルマリート28mmf2.8が近江坂本に」1 第1世代!


アポクアリア28mmF2シリーズに続けて、
ライカの反攻と行きましょう。
エルマリート28mmf2.8第1世代
35㎜、50㎜ほどは逸材が目白押しというわけには参りませんが、
28㎜の名レンズたちは、それぞれに個性的な逸材ばかり。
その中でも、エルマリートは各世代とも名レンズの誉れが高いようですが、
私はいつも折角手に入れるなら初代、と決めてきました。

ライカという会社はかなり面白い特徴がありますが、
その中でも際立っているのは、「世代を重ねる」というポリシー。
それだけ第一線の写真家のユーザーが多く、
あるレンズ、ある焦点距離を偏愛する傾向があり、
無視できない注文を絶えず寄せられる伝統があったのかも知れません。

さまざまな改良点があるから、世代交替をしてきたわけですが、
私は、天の邪鬼なのでしょうか、そんな改良を加えるプロセスって、
角を矯めるプロセス、お行儀の良い優等生レンズに変えていくプロセス、
そんな風に感じるのです。

エルマリート28mmf2.8第1世代にどんな欠点があるのでしょうか?
その後の世代を使っていないので、皆目見当もつきませんが、
少なくとも私の親友お二人がお使いの第2世代、第3世代は、
かなり正統派風に立派に写ります。
第1世代は、ときに暴れる感じがあり、ときに眠いところがありますが、
ときにあっと驚くような生彩溢れる写真もプレゼントしてくれます。
ちょっとコントロール不能に近いかも知れません。
でも、私は、人間でも、優等生よりも落ちこぼれの方が大好き。
このあたり、人間の初代にちょっと似ています。

第1世代は、人間もレンズも、けっして落ちこぼれじゃない。
でも、どんな仕事でも安心して任せられる、そんな質ではない。
好きなようにさせてみると、とんでもない仕事をしてくれる、そんな存在。
エルマリート28mmf2.8第1世代って、
そのあたりが、数あるレンズでも際だっている、そんな感じがしています。

比叡山の麓、延暦寺の本拠のある坂本で使ってみました。
強烈な日差しにじりじり照り焼きにされる一日でした。
でも、平気だったのは、エルマリート28mmf2.8と同行二人、
絶えず心を躍らせることができたからでした。




c0168172_12373745.jpg
c0168172_12373138.jpg
c0168172_12372486.jpg
c0168172_12371259.jpg
c0168172_1237421.jpg
c0168172_1236563.jpg
c0168172_1236497.jpg
c0168172_12364194.jpg
c0168172_12363314.jpg
c0168172_1236179.jpg
c0168172_12361046.jpg
c0168172_1236356.jpg
c0168172_1235561.jpg
c0168172_12354976.jpg
c0168172_12354355.jpg
c0168172_12353332.jpg
c0168172_12352547.jpg
c0168172_1235181.jpg
c0168172_12351111.jpg
c0168172_1235459.jpg
c0168172_1234575.jpg
c0168172_12344935.jpg
c0168172_1234422.jpg
c0168172_12343486.jpg
c0168172_12342694.jpg
c0168172_12341760.jpg
c0168172_1234924.jpg
c0168172_1234330.jpg
c0168172_12335646.jpg
c0168172_12334977.jpg
c0168172_12334199.jpg

# by hologon158 | 2016-10-14 13:24 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

660.08 ホロゴンデイ167「2016年8月24日ホロゴン的鶴橋を楽しんだ」8-完-Beautyfly



2016年7月3日(だったと記憶しています)、
私は生まれ変わりました。
と書くと、かなり大げさに聞こえそうですが、
私の純粋な気持ちがそう宣言しています。

水素吸入器を手に入れたのです。
3Eサイエンス社の超小型、Beautyfly。

美しい蝶という意味合いなのだそうです。
なにが「美しい蝶」なのだ?
実際に使ってみて分かりました。
使う人の心が美しい蝶のように舞い上がる、
そんなイメージなのです。
本当に舞い上がりました。
舞い上がり続けています。

水素は本来体が吸収するものではありません。
でも、活性酸素と結合して水となり、対外に排出してくれます。
水素2個と酸素1個が結びつくと、H2O、つまり、水になります。
こうすると、体に害を与えることができなくなります。

一方、活性酸素と結び付けなかった水素は身体に害を与えません。
この世で一番小さな原子なので、
体のどこからでも対外に出ていってしまいます。
「水素は爆発する」危険物だと考える向きがあります。
確かに空気に4%混ざると燃える気体になります。
でも、吸引される水素は遥かに微量です。
ご心配なく。

活性酸素こそ体にさまざまな害を与え、
多くの病気の遠因となるのだそうです。
グーグルで、たとえば、「活性酸素 病気」で検索して下さい。
そのあたりのことを説明した記事が沢山見つかります。
とくに、老化の原因はまさに活性酸素にあるのだそうです。

7月3日以前とその後では、生活状況はまったく変わりません。
私ほど規則正しい生活、健康な生活を送っている人間はあまりいないでしょう。
だから、生涯、わずかな不調をのぞいては、重い病気になどかからず、
検査入院を一回しただけで、病院ともほとんど無縁の人生でした。
でも、これからが正念場です。
かつて年上の友人、医師でしたが、こう言いました、
「60過ぎると、階段を降りるみたいに、
ガタンガタンと健康が衰えます」
彼はそのとおりになり、80過ぎに世を去ってしまいました。

私は同じ運命を甘受するつもりなどありません。
120歳までは、元気いっぱいで生きるつもりです。
そのために必要だと考えることはすべて毎日継続してきました。
いったん始めたら、なにがあっても止めない。
それが私の強みです。
だから、年齢を重ねても、私の体力にはまったく変わりはありませんでした。
外観だって、あまり変わりません。
皮膚にしわ1つありません。
知力も変わらない、私はそう自負しています。
でも、恐ろしや、髪の毛が薄くなり、白髪が増えてきた。
つまり、いろいろと体によいことを継続していても、
どこかが衰えつつある!
そんな実感があります。

この老化を防ぐにはどうしたらよいか?
もちろん完全には防げません。
でも、少しでも遅らせたいではありませんか?
そこで、水素吸入器Beautyflyを手に入れました。
2か月半近く経って、そろそろ使用記第一報を出すべきだと決意しました。
年齢とともに衰えを少しでも感じる方に朗報を伝えたいからです。
Beautyfly、今すぐお買いになって、試してみてはいかが?
そう一日も早くお勧めしたいからです。

さて、水素吸入器Beautyflyを使うようになって、
体調になにか変化があったか?
ありました、それも、すぐにありました。
でも、一時的なものか?
Beautyflyの効果なのか?
これを確かめるために、3か月半かけました。

じゃ、なにかこの3か月半でなにか体になにか変化があったか?
それがあったのです。
以下の点で、まことにドラマチックに好転したのです。
Beautyflyに起因するとしか考えようのない、
使用前の長年継続してきた状況が突然顕著に変化したところを列挙してみましょう。

① 前立腺肥大症の症状が劇的に改善

私のほとんど唯一の持病がこれでした。
日本人男性の6割は大なり小なり罹患しているとされる疾病ですが、
前立腺が肥大化しはじめると、このプロセスはけっして改善しない、
いわゆる不可逆的プロセスであると言われています。
職場でも家庭でもずっと座って書類仕事をする人生でしたから、
いわば職業病とあきらめていました。
夜間トイレに立つことが1から5回ほど。
夜間急に冷えたりすると、尿の出もかなり悪くなることもありました。

ところが、水素を吸引するようになって、
事情は一変しました。
夜間トイレに立つ回数がどんどんと減少しました。
今では1回から3回。これ以上にはなりません。
尿の出がかなり改善され、量が増え、残尿感がほとんどなくなり、
さらに尿が完全透明となりました。
日中も爽快に過ごすことができて、
まったく予期しなかった人生の好転を味わっています。

②夜間の睡眠の深さが尋常でなくなりました。

以前から私は数秒ですとんと眠り込み、ぐっすり眠る名人でした。
でも、その熟睡の程度と質が完全に一変しました。
ほとんど瞬時に眠りに落ち、
その眠りはまさに「stone dead」!
完全に無の暗黒。
突然パッと目を覚まします。
半覚半眠の移行期がありません。
ほとんど不眠になったことがありません。
寝不足を感じることもない。
この症状は、私が知っているBeautyflyユーザー4人に共通して、
顕著に発現しているので、Beautyflyの効果を証明する現象、
そう言えです。

③鼻の通りが格段によくなったまま。

鼻から肺まで完全になんの邪魔もなくなった、
そんな感覚をご存じでしょうか?
これは経験したことのない方には絶対に想像できない状態です。
先日、半年ぶりに風邪になりました。
ところが、その症状はノドの少々の痛みと咳だけ。
私の場合、鼻水は必然的な随伴症状でしたが、ゼロ!
こんな体験は生まれて初めて。

④顔や手の甲にシミが出始めていました。

そのシミがどんどん薄くなり、消えていくのです。
これはまさにドラマチックな変化です。
首筋回りにも、黒いツブツブが沢山できていました。
皮膚の老化としか言いようのない現象です。
これが完全に消失してしまいました。
それとともに、顔や手の肌の潤い、湿度感が劇的に良くなりました。
入浴後見ると、20くらいは若返ったような感じで、
うれしくなっていまいます。

その現象は顔にも表れています。
真夏でも毎週少なくとも2回は炎天下の撮影をしますので、
顔は真っ黒でした。
でも、かなり白くなり、ちょっと赤みを帯びて、
つるっという感じになりました。
幾人の方から言われました、「どうしたんですか?
顔色をよくなった! 白くなった! 
なんだか健康的になった! 若くなった!」

⑤活力がみなぎっている、そんな感じが常にあります。
体が軽くなり、ウキウキ、ランランと歩き、
階段を昇降したり、走ったりしても、
ぜいぜいと息が切れることもありません。
昨日も一日中奈良公園、東大寺、奈良町を歩き回り、
午後9時に帰宅しましたが、
Beautyfly使用後のいつも通り、
翌日は、なんの疲労感もありません。

歳をとりたくなかったら?
病気になりたくなかったら?
Beautyflyを試してみましょう。

Beautyflyの詳細は、グーグルで検索して、
3Eサイエンス社の頁でご確認下さい。
旅行用に使える、小型円筒形です。
お値段は9万9800円。
もっと高くて、少し高機能の水素吸入器があります。
お金があれば、そちらも良いでしょう。
でも、私には、比較的廉価で高性能の最新のBeautyflyで十分。

紀伊国際開発にご連絡ください。
Tel: 0598-50-3100
Fax: 0598-50-3116
Mail: konishi@kii-inter.com
今年じゅうの注文には特別ディスカウントがあるとお聞きしています。

Beautyflyを柱に、規則正しい生活、間食をしない簡素な食事、
毎朝のストレッチ(ヨガマットを購入しましょう)、半身浴を1セットにして、
無用な疾病を避け、健康で文化的な生活をおくりましょう。
寿命は神様が決めるものですから、寿命は延びません。
でも、それまで、清く正しく、
晴れ晴れとした人生を送ることができます。




c0168172_150511.jpg
c0168172_1504614.jpg
c0168172_1504045.jpg
c0168172_1501826.jpg
c0168172_150521.jpg
c0168172_1459589.jpg
c0168172_14595237.jpg
c0168172_14594686.jpg
c0168172_14594165.jpg
c0168172_14593472.jpg
c0168172_14592947.jpg
c0168172_14592239.jpg
c0168172_14573889.jpg
c0168172_14573297.jpg
c0168172_14572541.jpg
c0168172_14571873.jpg
c0168172_14571298.jpg
c0168172_1457644.jpg
c0168172_14565958.jpg
c0168172_14565240.jpg
c0168172_14564664.jpg
c0168172_14563984.jpg
c0168172_14562147.jpg
c0168172_145679.jpg
c0168172_1456155.jpg
c0168172_14555192.jpg
c0168172_14554449.jpg
c0168172_14553725.jpg
c0168172_14552938.jpg
c0168172_14552218.jpg

# by hologon158 | 2016-10-13 15:02 | ホロゴンデイ | Comments(0)

660.07 ホロゴンデイ167「2016年8月24日ホロゴン的鶴橋を楽しんだ」7 疾風怒濤



文章も写真も貯まりに貯まっています。
どちらも遅ればせに、掲載しています。
でも、今でこそ、「遅ればせ」ですが、
2、3ヶ月経ったら、さらには数年経ったら、
こんな時間のズレなど、なんの意味もありません。
どうせ、私の日記なのですから、「チンタラチンタラ」と、
投稿していきましょう。

9月20日朝、関西にも台風10号接近。
皆さん大なり小なり生活が乱れていることでしょう。
私も乱れています。
19日、私は長女一家と過ごして、
二人の孫の疾風怒濤を楽しみました。

今日はゆっくり過ごそうと寝坊していたら、
午前8時頃電話。
その長女から、保育園が台風で休園、
ただちに保育士として応援してほしい。
急遽飛び起きて、ストレッチを3分の1に縮めて、
洗顔、着替え、妻がにわかに用意してくれた朝食弁当を持って、
タクシーに飛び乗りました。
幸い車も少なく、予定した大和路快速より一本前の快速に
文字どおり滑り込みセーフ。
タクシー降り場からプラットフォームまで、
階段2つを含めて、ずっと駈けて、
はしょったストレッチの補充としましたが、
ちらりとも息があがらないのは、ストレッチのお陰です。

まだ通勤時間帯と思いますが、
大和路快速の二人掛けロマンスシートは王子駅までシングル。
がら空きの車内で気がねなくおいしい朝食を終えて、ほっと一息。

大阪市大病院で検査を受ける長女から2人の孫を受け取り、
とんぼ返りでタクシーで加美の家に帰りました。
4歳の孫プリンス、2歳のプリンセス、
タクシーに乗り込むと、私の両側でそれぞれさっと安全ベルトをセット。
面倒なので、ともするとはしょってしまう私とは大違い。
昼には私たちの昼食も用意して帰る予定だった長女が帰宅したのは、
はるかに遅れて、午後2時すぎ。

12時頃、私自身さすがにお腹が空いて来て、
やむなく冷蔵庫を探して、ハムとご飯と野菜を見つけ、
炒飯を作りました。
私、孫プリンス、孫プリンセスの順に量を変えて、皿に盛ったのですが、
私が孫プリンセス用の取り皿とお茶を用意して、
テーブルについたときには、
お兄ちゃん、一番量の多いお皿からモリモリかき込んでいました。
その後バナナ一本と食パンを一枚も平らげたのですから、
私はとても太刀打ちできません。

午後3時過ぎ、帰途につきました。
通常ルートはJR大和路線の大和路快速ですが、
架線事故がかさなって、ほとんど運休状態。
なんとか動いているJR東大阪線新加美駅から俊徳道駅に至り、
通りを隔てた近鉄南大阪線に乗り換え、
鶴橋で奈良行き急行に待ち時間15秒で間に合いました。
生まれて初めて辿ったルート。
でも、しっかり動いて、役に立ってくれました。




c0168172_23283518.jpg
c0168172_23282924.jpg
c0168172_23281874.jpg
c0168172_2328987.jpg
c0168172_2326498.jpg
c0168172_23264230.jpg
c0168172_23263727.jpg
c0168172_23262936.jpg
c0168172_23262194.jpg
c0168172_23261629.jpg
c0168172_232685.jpg
c0168172_2325572.jpg
c0168172_23255189.jpg
c0168172_23254336.jpg
c0168172_23252835.jpg
c0168172_2325228.jpg
c0168172_23251683.jpg
c0168172_2325932.jpg
c0168172_2325295.jpg
c0168172_23245573.jpg
c0168172_23244995.jpg
c0168172_23244013.jpg
c0168172_23243464.jpg
c0168172_23242241.jpg
c0168172_23241555.jpg
c0168172_2324838.jpg
c0168172_23235648.jpg
c0168172_232381.jpg

# by hologon158 | 2016-10-10 23:29 | ホロゴンデイ | Comments(0)

660.06 ホロゴンデイ167「2016年8月24日ホロゴン的鶴橋を楽しんだ」6 孫たちと


9月20日に戻りましょう。
朝、関西にも台風10号接近。
19日は長女一家と過ごして、二人の孫の疾風怒濤を楽しみました。
今日はゆっくり過ごそうと寝坊していたら、午前8時頃電話。

その長女から、保育園が台風で休園、
ただちに保育士として応援してほしい。
急遽飛び起きて、ストレッチを3分の1に縮めて、
洗顔、着替え、妻がにわかに用意してくれた朝食弁当を持って、
タクシーに飛び乗りました。
幸い車も少なく、予定した大和路快速より一本前の快速に
文字どおり滑り込みセーフ。
まだ通勤時間帯と思いますが、
大和路快速の二人掛けロマンスシートは王子駅までシングル。
がら空きの車内で気がねなくおいしい朝食を終えて、ほっと一息。
タクシー降り場からプラットフォームまで、
階段2つを含めて、ずっと駈けて、
はしょったストレッチの補充としましたが、
ちらりとも息があがらないのは、ストレッチのお陰です。

大阪市大病院で検査を受ける長女から2人の孫を受け取り、
とんぼ返りでタクシーで加美の家に帰りました。
4歳の孫プリンス、2歳のプリンセス、
タクシーに乗り込むと、さっさと安全ベルトをセット。
面倒なので、ともするとはしょってしまう私とは大違い。
二人のママはお昼には私たちの昼食も用意して帰る予定でしたが、
大幅に遅れて、帰宅したのは午後2時。
やむなく冷蔵庫を探して、ハムとご飯と野菜を見つけ、
炒飯を作りました。
私、孫プリンス、孫プリンセスの順に量を変えて、皿に盛りました。
私が孫プリンセス用の取り皿とお茶を用意して、
テーブルについたときには、
孫プリンス、一番量の多いお皿からモリモリかき込んでいました。
その後バナナ一本と食パンを一枚も平らげたのですから、
私はとても太刀打ちできません。

午後3時過ぎ、帰途につきました。
通常ルートはJR大和路線の大和路快速ですが、
架線事故がかさなって、ほとんど運休状態。
新加美駅でなんとか動いているJR東大阪線に乗車。
俊徳道駅で近鉄南大阪線に乗り換え、
鶴橋で奈良行き急行に待ち時間15秒で間に合いました。
生まれて初めて辿ったルート。
でも、近鉄電車は、なぜか台風で他社全部が運休しても、
しっかり動いてくれる電鉄会社。
今回も役に立ってくれました。





c0168172_2322452.jpg
c0168172_23223857.jpg
c0168172_23223213.jpg
c0168172_23222534.jpg
c0168172_23221992.jpg
c0168172_23221135.jpg
c0168172_2322529.jpg
c0168172_23215949.jpg
c0168172_23215180.jpg
c0168172_232144100.jpg
c0168172_23213810.jpg
c0168172_23213185.jpg
c0168172_23212445.jpg
c0168172_23211747.jpg
c0168172_2321949.jpg
c0168172_2321132.jpg
c0168172_23205445.jpg
c0168172_23204778.jpg
c0168172_23204080.jpg
c0168172_23203238.jpg
c0168172_23202415.jpg
c0168172_23201720.jpg
c0168172_2320950.jpg
c0168172_2320362.jpg
c0168172_23195689.jpg
c0168172_23194446.jpg
c0168172_23193112.jpg
c0168172_23192329.jpg
c0168172_23191510.jpg
c0168172_2319551.jpg
c0168172_23185940.jpg

# by hologon158 | 2016-10-09 23:57 | ホロゴンデイ | Comments(0)

660.05 ホロゴンデイ167「2016年8月24日ホロゴン的鶴橋を楽しんだ」5 ヴィヴィアン・マイヤー


ヴィヴィアン・マイヤーがなぜ写真を外部に発表しなかったんだろう?
と、疑問を抱く方は沢山おいでになるでしょう。
でも、私は不思議とは思いません。
彼女は、発表する気持ちになどならなかったのです。

彼女は1926年2月1日生まれ、2009年4月21日、83歳で没。
彼女のメインカメラがローライ2眼レフと
ライカのバルナックタイプであることで、
かなり若い頃から写真を始めていたことが分かります。
つまり、実はストリートフォトの創始者の一人なのです。
約40年間写真を撮っていたと言われています。
でも、彼女が写真を撮っていた時代には、
ストリートフォトを撮る写真家などほとんどいませんでした。
もちろん1930年代からカルティエ=ブレッソンは名声を博していました。
でも、その名声が、一般人にまで及んでいたとは思いませんね。
そのうえ、カルティエ=ブレッソンのストリートフォトは、
かなり芸術性の高い視点から撮られていました。
なにげない日常の記録ではありませんでした。
ヴィヴィアン・マイヤーはむしろロバート・フランク、クライン、
そして、現代の森山大道などに見られるような、
極めてプライベートな体験記録的な色彩の強い写真でした。

周辺の人に見せても、誰も優れた写真作品だとは言わなかったでしょう。
せいぜいこんな反応だったでしょう、
「なんでこんなものを撮ってるの?
もっときれいなものがいっぱいあるでしょ?」
今でも、私の写真はほとんど誰にもアピールしないのですから、
写真界とは無縁だったヴィヴィアン・マイヤーが、
写真を広く発表しようとしなかったのも当然だったでしょう。
自分自身、写真家の写真作品を自分が創造しつつあるなんて、
夢にも思わなかったのかも知れません。

でも、彼女は写真が大好きでした。
その理由は、私にはよく分かります。
自分の出会った印象的な人たち、印象的なシーン、
ちょっとした目の喜び、発見を写真にすることに、
スリリングな興奮を感じながら、生活していたのです。
カメラがあるからこそ、人生に退屈しない!
ああ、ここにもこんな人が生きてるんだ、
私も元気で生きていこう!
写真を撮ることは、彼女にとって、人生そのものだったのです。

同様の人生を送っている人間を、私は少なくとも三人知っています。
新潟のyoshiさんと「Visitors」のAyuさんと、私。
yoshiさんは盛んに写真家活動をしておいでになるので、
ちょっと違うんじゃないか、という異論も出るでしょうけど、
彼の写真の本質は人生の記録としての写真にある、
私はそう感じています。
彼の写真展活動は彼のあふれるような創造力のほとばしりの現れであり、
人生の豊かな彩りの役割も写真に担わせたいという遊び心にある、
私はそう感じています。
結果よりも写真展制作の活動に喜びを感じている、
そんな感じ。
Ayuさんもまったく同様です。
私は、完全にヴィヴィアン・マイヤー派です。
違うのは、彼女は知らず知らずに現代の写真の潮流の波頭に躍り出ていたけど、
私はずっと底辺で楽しんでいる、ということ。
どちらも、「我関せず」「そんなこと、どうでもいい」です。

でも、ヴィヴィアン・マイヤーの写真は15万枚も残っているのだそうです。
12枚撮りのブローニータイプばかりじゃありませんが、
一応ブローニーで試算してみると、12500本!
40年撮り続けたとすると、一年間に312本。
ほぼl日に1本撮っていたわけです。
みみっちい話ですが、注ぎ込んだお金も半端じゃありませんね。
まさに写真人生だったのです。

ちなみに、私の写真人生も丁度40年です。
最初の12年間に撮ったのは、モノクロームばかり、
35㎜3000本、ブローニー600本でした。
全部ブローニーと一応仮想しますと、40年で12000本。
なんだか似ている。
もっとも私の場合は35㎜が大半だし、
今では、撮影枚数はさらに飛躍しているので、
実際には写真枚数としては彼女より多いのですが、
それにしても、かなり親近感が感じられます。
(完全な我田引水論理ですね)




c0168172_22585645.jpg
c0168172_22584950.jpg
c0168172_22584226.jpg
c0168172_22583520.jpg
c0168172_22582831.jpg
c0168172_22581938.jpg
c0168172_22581238.jpg
c0168172_2258552.jpg
c0168172_22575854.jpg
c0168172_22575142.jpg
c0168172_22574443.jpg
c0168172_22573612.jpg
c0168172_22573022.jpg
c0168172_22572356.jpg
c0168172_22571678.jpg
c0168172_225772.jpg
c0168172_2257155.jpg
c0168172_22565389.jpg
c0168172_22564745.jpg
c0168172_22564082.jpg
c0168172_22562719.jpg
c0168172_22562136.jpg
c0168172_22561298.jpg
c0168172_2256535.jpg
c0168172_22555433.jpg
c0168172_22553918.jpg
c0168172_22553230.jpg
c0168172_22552687.jpg
c0168172_22551953.jpg

# by hologon158 | 2016-10-06 23:52 | ホロゴンデイ | Comments(2)

660.04 ホロゴンデイ167「2016年8月24日ホロゴン的鶴橋を楽しんだ」4 考えたのだ

9月17日土曜日、二胡レッスン、講習会で考えたこと。

幾度も書いていますが、
この世の中、醜いもの、こと、人が多すぎます。
だから、私は美しいものだけ見ることにしています。

あんたのロボグラフィはどうなの?
あれが美しいの?
という外野席の声が聞こえてきますが、無視。
とは言え、一応お答えしておきましょう。
私は美しいと思わないものは撮らないし、
ホロゴンたちが撮ってくれたものはすべて美しいと感じています。
(誰も納得しないだろうとわかっていないわけではありませんよ)

あんたが揚琴やリコーダーや二胡を弾いたら、
美しい音楽になるの?
という外野席の声も聞こえてきますが、これは無視。
自分でもさすがに、美しいとは思っていません。
でも、いつか美しい演奏をできるものと蜃気楼的希望を抱いているからこそ、
せっせと練習しているのです。
美しい音楽は響きませんが、
美しい音楽をいつか響かせたいと練習を励む姿は美しいはず、
そう思うのですが。

妻が大阪教室のマネージメントをしているので、
私も助手としてつきあっています。
二胡の生徒さんの多くは、
私のことをRJ先生の助手だと勘違いしていたようです。
そんなに二胡がうますぎるからではなくて、
二胡がぜんぜん弾けないのに、いつも雑用でかけまわっているからです。
どうも私の立ち居振る舞いに威厳の欠片もないからのようです。
生涯、人に向かって高飛車な命令口調も有無をいわさぬ指令も
したことがない人間なので、私の身から出た錆みたいなものですね。

でも、そんな人間だからでしょうか?
ストリートで写真を撮りやすいですね。
今日もソニーα7に付けた、
Hologon15mmF8M(ライカMマウント仕様のホロゴン)で、
レッスンの空き時間に少し新大阪駅南の路地裏を撮りました。
新幹線新大阪駅開設以来農村地帯が急激に都市化した地域ですから、
古い家並も古色蒼然の路地裏もありませんが、
どんなところでもロボグラフィは立派に育っています。
半時間弱で118枚。
まさに標準的な収穫量でした。

Hologon15mmF8M君、
近頃はHologon15mmF8Uに席を譲っていたせいでしょう、
自分の存在感を高めるべくがんばってくれたのかもしれません。
(Mがオリジナルライカレンズ、Uがウルトラワイドの改造版)
総体的には、ライカMマウント純正レンズの方が、
わずかに線が細いという感触があります。
今回の写真はホロゴン15㎜F8Uの写真ですが、
なぜかかなり線の細い描写で、精密感一杯の写真が撮れました。
だから、上記の感触は気のせいかもしれません。
結局、私にはこの2本、区別がつかない、というのが真相のようで。





c0168172_23391622.jpg
c0168172_23391031.jpg
c0168172_23385748.jpg
c0168172_2338464.jpg
c0168172_23383969.jpg
c0168172_23383369.jpg
c0168172_23382648.jpg
c0168172_2338204.jpg
c0168172_23381463.jpg
c0168172_2338856.jpg
c0168172_2338273.jpg
c0168172_23374811.jpg
c0168172_23374143.jpg
c0168172_23373265.jpg
c0168172_23372340.jpg
c0168172_2337174.jpg
c0168172_23371045.jpg
c0168172_2337259.jpg
c0168172_23365597.jpg
c0168172_23364626.jpg
c0168172_2336363.jpg
c0168172_23362848.jpg
c0168172_23362177.jpg
c0168172_23361563.jpg
c0168172_2336891.jpg
c0168172_23355950.jpg
c0168172_23355268.jpg
c0168172_23353452.jpg
c0168172_23352868.jpg
c0168172_23351988.jpg
c0168172_2335967.jpg

# by hologon158 | 2016-10-05 23:59 | ホロゴンデイ | Comments(0)

660.03 ホロゴンデイ167「2016年8月24日ホロゴン的鶴橋を楽しんだ」3 ご笑死いただきたく


9月17日土曜日、RJ先生の二胡レッスン日でした。
自分は参加しない午前9時の二胡合奏レッスンでは、
先生は私の二胡を指導用に使います。
二胡だけ空を飛ばすわけにも行かず、
私も二胡と一緒に6時半起床して、バス、電車を乗り継いで、
午前9時12分前に新大阪駅に到着。

朝、珍しくタクシーで駅に向かったのですが、
運転手さん、私の二胡ケースを見て、
「楽器ですか?」
「そう、楽器です」
「何ですか?」
「二胡ですよ。
中国の楽器」
すると、運転手さん、揚琴のスティックを使うまねをして、
「これですか?」
「それは揚琴、ヤンチンです。
二胡はヴァイオリンに似た大きさで、
チェロのように弾く二胡ですよ」
まだまだ日本には知られていない楽器ですね。

ヨーロッパのヴァイオリン属に似て、
フレットがありません。
正しい音で弾くことが大変に難しい反面、
ポルタメントを自由に使えますので、
柔らかでしなやかで艶やかなサウンドが自由に出ます。
これで「椰子の実」なんか弾いたらいいだろうな、と軽く考えて、
RJ先生が大阪に教室を開かれる機会に参加したのですが、
2年経っても、音階さえ満足に弾けません。
完全に脱力した上で、必要な部分だけ力を入れなければ、
正しい音が絶対に出ないのです。
私は力を込める方は至って得意ですが、
性格に合わないらしく、力を抜く方はかなり難航しています。

揚琴でまあまあなんとか音楽らしく弾けるようになったな、
そう思えるまでに10年かかりました。
それでもまだまだ、というていたらく。
なんだか揚琴より難しい、というより、
世界の楽器の中で一番難しいとさえ言われる二胡を、
そんな私が曲がりなりにも弾けるようになるのは何年後?
そう改めて考えてみると、頭がクラクラッ。

こんな案内状があなたの郵便箱に舞い込むかも?

「長年ブログでご愛顧を賜りましたHologon158でございます。
このたび、無事、二胡で1曲なんとか演奏できるようになりました。
ぜひ皆様にもお聞きいただきたく、
ミニコンサートのご案内を差し上げました。
なにぶん没後ではございますが、
死をも辞せずという決死の覚悟で演奏させていただきます。
ぜひご来臨を賜り、ご笑死いただきたく、手を伏して......」






c0168172_15103362.jpg
c0168172_15102824.jpg
c0168172_15102130.jpg
c0168172_15101466.jpg
c0168172_1510757.jpg
c0168172_159572.jpg
c0168172_1595163.jpg
c0168172_1594323.jpg
c0168172_1593748.jpg
c0168172_1592988.jpg
c0168172_1591825.jpg
c0168172_1591167.jpg
c0168172_159225.jpg
c0168172_1585461.jpg
c0168172_158483.jpg
c0168172_1584127.jpg
c0168172_15834100.jpg
c0168172_1582867.jpg
c0168172_1582242.jpg
c0168172_1581546.jpg
c0168172_158654.jpg
c0168172_1575767.jpg
c0168172_1575144.jpg
c0168172_1574388.jpg
c0168172_1573693.jpg
c0168172_1572934.jpg
c0168172_157231.jpg
c0168172_1571624.jpg
c0168172_157980.jpg
c0168172_157232.jpg

# by hologon158 | 2016-10-05 16:01 | ホロゴンデイ | Comments(0)

660.02 ホロゴンデイ167「2016年8月24日ホロゴン的鶴橋を楽しんだ」2 「老い」の本質



なんでもそうですが、時間をかけても、一生懸命練習しても、
必ずしもうまくなるわけではありませんね。

YouTubeで時折空手の試合を見ます。
宇佐美里香さんの型に偶然ぶつかって以来です。
極真空手という世界的に流行している流派の世界選手権の準決勝を見ました。
日本人、外国人が半々ほど。
近頃、ブラジル人に歯が立たないと解説者が言っていました。

次々と日本人の期待の星が登場します。
そんな精鋭たちのこれまでの試合もビデオで流れました。
圧倒的に強い。
牡牛のように強健で、対戦相手の日本人たちはまるで歯が立ちません。

ところが、同じく勝ち抜いてきたブラジルその他の外国選手と向かい合って見ると、
それまでの対戦では牡牛のように見えていた日本のホープたち、
まるで借りてきた猫みたい!
歯が立たない、なんてレベルではありません。
なんだ、なんだ、井の中の蛙そこのけじゃないの?

ご本人たちも、じっと手を見つめているでしょう。
あんなに死にものぐるいで鍛錬してきて、
板も突き抜けるほどの鋼の手に鍛え上げたのに、
ブラジル人、蚊に刺されたみたいに平気で、
逆に、どんと胸を突かれると、
まるで破城槌みたいな衝撃に、ぶっ飛ばされてしまった。
一番の期待の星の日本人選手、
1m以上も高さがある試合場の壇から3度か4度下に突き落とされてしまう有様。

ここに人間世界の大原則が認められますね。
「上には上がある」
「努力は天才に追いつけない」

写真でも、もちろん、この大原則がまかり通っています。
同じ場所に立って、同じ方向を見ても、
誰もが同じものを見るわけではありません。
どうやら見えているものが違います。
感じ方が違います。
天才は、凡才には見えないものが見えてしまう。
感じられないものを感じてしまう。
写真は客観的に世界をコピーするものではありません。
そう勘違いしている人も沢山いるようです。
だから、見たものを完璧に写し取る、
そんなレンズを探し求めます。

はっきり分かっていることは、
完璧にリアルかつ精密に撮れるレンズが傑作を生み出す、
なんて、錯覚。
天才は、目に見えるものではなく、目に見えないものを感じ取り、
そのようなものの存在を感知させるような写真を撮ります。
これじゃ、どこまでも平行線を辿るばかりですね。
機械に頼る限り、機械に撮ってもらった写真しか撮れませんね。
高いレンズを買うより、心を磨く、これが本来の道ですね。

私はここまではちゃんと理解できる人間ですから、
ホロゴンウルトラワイドに出会った頃に、
さっさと写真の世界からおさらばしてしまいました。
自分の体験の心覚えとして、
自分のためにだけ写真を撮る、
このスタンスに徹することができました。
おかげで、挫折がないから、
写真へのモチベーションを失わない。

考えようによっては、こうして「老い」の準備をしたのかも?
高齢になればなるほど、孤独になっていく、
それが「老い」の本質です。
この傾向に徹底的に抵抗して、人間関係を濃厚にし、広くする。
これも一つの方法です。
私は、生来、一人遊びが好きな人間なので、
自分自身との関係を濃厚にし、深くする。
この方法を選択しました。
今のところ、かなり成功しています。
ブログって、結局、自分自身との交わりの場なのだ、
そう気づくことができたのもうれしいことです。





c0168172_23192380.jpg
c0168172_23191892.jpg
c0168172_2319796.jpg
c0168172_2319110.jpg
c0168172_23185470.jpg
c0168172_2318439.jpg
c0168172_23183440.jpg
c0168172_23182726.jpg
c0168172_23182278.jpg
c0168172_23181537.jpg
c0168172_2318874.jpg
c0168172_23175236.jpg
c0168172_23174642.jpg
c0168172_23173960.jpg
c0168172_23173467.jpg
c0168172_23172731.jpg
c0168172_23171685.jpg
c0168172_2317966.jpg
c0168172_23164383.jpg
c0168172_23163718.jpg
c0168172_231628100.jpg
c0168172_23155410.jpg
c0168172_23154814.jpg
c0168172_23153318.jpg
c0168172_2315145.jpg
c0168172_2315446.jpg
c0168172_23145549.jpg

# by hologon158 | 2016-10-03 23:20 | ホロゴンデイ | Comments(0)

660.01 ホロゴンデイ167「2016年8月24日ホロゴン的鶴橋を楽しんだ」1 お久しぶり!



久しぶりに、ホロゴン写真に戻りましょう。
長い間、ホロゴンとホロゴン以外のレンズの各シリーズは拮抗していました。
近頃、気づいてみると、ホロゴン外傅が9シリーズも先行しています。
なぜか?
どうも分かりません。
でも、一つだけ分かっていることがあります。
わが友ホロゴンには申し訳ない事態です。
まずは、ホロゴンの定住地とも言える鶴橋シリーズで、
ホロゴンに謝意を表することにいたしましょう。





c0168172_10313145.jpg
c0168172_10312610.jpg
c0168172_10312013.jpg
c0168172_10311392.jpg
c0168172_1031868.jpg
c0168172_1031244.jpg
c0168172_10305411.jpg
c0168172_10304829.jpg
c0168172_10304266.jpg
c0168172_10303494.jpg
c0168172_10301989.jpg
c0168172_10301413.jpg
c0168172_1030845.jpg
c0168172_1030029.jpg
c0168172_10294720.jpg
c0168172_10293211.jpg
c0168172_10292619.jpg
c0168172_1029202.jpg
c0168172_10291537.jpg
c0168172_1029498.jpg
c0168172_10285830.jpg
c0168172_1028514.jpg
c0168172_10284571.jpg
c0168172_10283975.jpg
c0168172_10283244.jpg
c0168172_10282781.jpg
c0168172_10264048.jpg
c0168172_10263367.jpg

# by hologon158 | 2016-09-30 10:32 | ホロゴンデイ | Comments(0)

659.06 ホロゴン外傅176「2016年9月10日ペラール17.8㎜に奈良町を任せてみた」6-完-魂の冒険


写真に本文が追いつきました。

9月10日土曜日、
DAさん、AKさん、二人の親友と奈良町、東大寺界隈を巡りました。

私は宮崎貞安さんのニューレンズの試写。

    ウルトラワイドペラール17.8mmF4.5

DAさんは、私からお回ししたニューレンズ、
スーパーワイドヘリヤー15mmF4.5

単身赴任先の東京から帰省したばかりのAKさん、
午後姿を現したとたんに、
私が使うウルトラワイドペラールに魅せられて、
午後ずっと試写。

私はバッグに潜ませた対照用レンズを取り出しました。

    スーパーアンギュロン21mmF4

思いがけず「超広角レンズ試写会」となりました。

午前中は奈良町を撮影し、
行きつけの喫茶店「ジャルダン」で昼食。
エビフライ定食¥850は盛りだくさんで、
エビも衣で稼ぐセコイ方式ではなくて、
実質があって、まずまずのお味。
たっぷりの量でしたが、気がついたら平らげていました。

DAさん、
「預かってたスーパーワイドヘリアー15mmF8、
やっぱり頂くことにしました」
超広角が一本片づきました。

ちょっと話が変わります。
現代は知りませんが、明治から昭和期にかけての経済勃興期では、
立ち上げた事業が成功して軌道に乗って、
時間的にも資金的にも余裕のできた日本の実業家の陰には、
配偶者以外の女性の影があったものでした。
おもしろいものです。
なにもかも揃って、まさに妻の鏡と言う他はないほどの完璧な妻がいるのに、
なんの取り柄もないように見える普通の女性に密かに通う人もいたようです。

ある実業家が語っていました、
「ゆったりとくつろぐことができます」
そんなものでしょう。
趣味に没入できて人生を豊かにできる男性には煩わしいだけですが、
仕事以外にはなにもない人には、こたえられないほどの慰安なのでしょう。

人生のフェイズをさまざまに上下することで、
精神を柔軟にすることができます。
満ち足りた完璧な人生は、ゴムをどこまでも引っ張り続けるようなものです。
次第に精神は硬化し、張りつめ、いつか切れます。
余暇を自分でプログラムできない人の一種の自己防衛策だったのでしょう。
でも、どんなに正当化しようとしても、
それが裏切り、背信であることには変わりません。

レンズでも同じことが起こりますが、
こちらは裏切り、背信ではありません。
これは私の自己防衛なのかもしれませんが、
ホロゴンという伴侶を得ながら、
数々の古代レンズに心を寄せて夢中になっている!
昭和成金ならぬ、平成成玉風の遊び人風になってしまいました。

でも、一つおもしろいことを学びました。
どんなレンズも、これはこんなレンズなんだ、と、
決めつけることができない!
基本となるような性格がはっきり見えるレンズもあります。
もうしわけないけど、そこまでのレンズ。
でも、本物のレンズは、本物の人間と一緒。
使う度に違った顔を見せてくれます。
その全貌を理解し尽くすことなどできません。

一番驚くことは、まったく予期しない機会に、
まったくなんでもない光景を前にして、
突然大化けして、とんでもないプレゼントをしてくれること。
そんな大化けの確率は、
優等生レンズよりも無名に近い、
レンズとしての性能がよろしくないレンズの方が高いようです。
こんな大化けがレンズ趣味の醍醐味なのでしょう。

私は昔からレンズ収集家のレンズ評価をまったく信じていません。
レファレンスのレコード一枚で、
すべてのオーディオを比較評価するオーディオオタクが居ましたが、
彼らと一緒。
専門用語を駆使して、すべて調べ尽くしたかのような御託を並べますが、
前記のような大化けに言及した人には、
例外的な2、3人を除いて、出会ったことがありません。

私がレンズをとっかえひっかえ楽しむのは、
そのレンズの性能を見極めようという気持ちからではありません。
女性と一緒、なんて分かったようなことを言ってしまいたくなります。
私は妻一人しか知りませんが、もう千変万化ですね。
完全に見極めることなんて、ハハハ、ということです。
だから、良いレンズも一緒。
時々どかんと襲って来る大化け体験を満喫したいから。

この日は、超広角の大化け体験の日でした。
で、大化けに出会ったか?
それは、こうして写真を並べることで確かめます。

そんなこと、撮った瞬間に分からないのか?
そう質問されますと、答えはたった一つ。
「分かりません」
「なぜ?」
「その場でどう撮れたか、確認などしないから。
そして、どのショットもみんな私にとってはベストチャンスなのですから」

マックで大きく眺めて、初めて、
「おおっ!」
これがロボグラフィの醍醐味ですね。

私も最初は、沢山のレンズに手を出すなんて、節操がない、
そう自分で感じていました。
でも、仕事上日々出会えたクライシスと冒険の楽しみが去った今、
レンズの冒険もまた、私の胸を躍らせ、日々の生活を彩ってくれます。
一生やめられない魂の冒険、そうとまで言いたくなります。




c0168172_1154966.jpg
c0168172_1154219.jpg
c0168172_11535416.jpg
c0168172_11534855.jpg
c0168172_11534279.jpg
c0168172_11533157.jpg
c0168172_11532426.jpg
c0168172_11531650.jpg
c0168172_1153944.jpg
c0168172_115325.jpg
c0168172_11525154.jpg
c0168172_11524331.jpg
c0168172_11523438.jpg
c0168172_11522763.jpg
c0168172_11522010.jpg
c0168172_11521247.jpg
c0168172_1152428.jpg
c0168172_11515074.jpg
c0168172_11514223.jpg
c0168172_11513476.jpg
c0168172_11512762.jpg
c0168172_11463420.jpg
c0168172_1146267.jpg
c0168172_11461858.jpg
c0168172_11461048.jpg
c0168172_11455917.jpg
c0168172_1145528.jpg
c0168172_1145468.jpg
c0168172_1145369.jpg
c0168172_11452851.jpg
c0168172_11452148.jpg

# by hologon158 | 2016-09-29 12:35 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

659.05 ホロゴン外傅176「2016年9月10日ペラール17.8㎜に奈良町を任せてみた」5 不空羂索観音



随分昔になりますが、9月7日水曜日、
初めて東大寺美術館に入りました。
三月堂のご本尊の不空羂索観音とその脇侍の日光、月光菩薩が移されています。
以前に、仏像にはお堂の中に正しい立ち位置が定まっているらしい、
だから、美術館に移すのはまちがっているのでは、と書きました。
東大寺には申し訳ないけど、
この美術館で、その疑問は正しかったのじゃないか、
という気持ちになりました。
すばらしい美術館です。
でも、三月堂では、観音様たちはお住まいになっていました。
修理工事中の一時的な転居のようですが、美術館ではただの陳列品。

まず、分厚い保護ガラスの中に納められました。
これを見た途端、
「アチャー!!!」
4枚のガラスの継ぎ目が丁度観音様とお二人の菩薩様の真っ正面!
誰がこんなこと許したの?
観音様、菩薩様の身になって考えたことがあるの?
ずっと目の前にガラスの合わせ目をつきつけられながら、
過ごすんだよ!
信者さん、観客の身になって考えたの?
信者さん、真剣に合掌して、見上げると、観音様ではなくて、
「ガラスの合わせ目様」がそそり立っている。
「目出たい」という言葉そのままに、
あきれかえって、目が飛び出てしまいます。
誰が決めたんじゃ!??
誰もそれはおかしいって言わなかったの????
あんたたち、信仰あるの?
無神論者の私でも腹が立って腹が立って!

そのうえ、仏様を浮かびあがらせる照明が基本的にトップライトだけ。
なぜか、それでも観音様と日光さんはまずまずしっかりと浮かび上がります。
でも、私にとっては、世界で最高の立体造形芸術の一つである月光さん、
鼻の下をちょこっと黒くして、とても影の薄い存在にされてしまいました。
三月堂では、この三体の像はもっと低い段の上に、
そして、私たち観客にもう少し近くお立ちでした。
斜め上からの光で、うっすらと影がつき、美しさを際だたせていました。
遠く離れた美術館ではまったく味わえない、
いきいきとした迫力で私たちに迫ってこられたのです。
日光、月光両菩薩の魅力は、
とても繊細で微妙な表情の豊かさ、やさしさにあります。
こんなに遠くに立っておられると、この表情が全然見えないで、
私たちのことなど、関心ないという我関せず風の表情に一変しています。

不空羂索観音は、三月堂では、堂々とそそり立ち、
まるで魔教の主神のように、異界のたたずまいを生み出していました。
対照的に、その左脇においでになった月光さんが、
むしろ清らかに浮かびあがりました。
まさに月光に照らされたかのようなすゞやかに澄み切ったたたずまいが
私たちの心から澱を洗い流してくださるようでした。
そして、かなり私たちの視線に近い高さだったので、
月光さんの比類なく美しいお顔が、
合掌しておられる両手が、私たちにすっと近づいてきて、
なんとも親しみ深いのに、なんとも超越的な存在として、
私たちをやさしく包み込んでくれたのです。
たしか照明などありませんでした。
ギリシアの神殿と同じです。
窓、天井からの自然光が浄玻璃の世界を出現させてくれたのです。

係員の説明では、「コントラストを付けるように工夫したのです」とのこと。
ああ、コントラストの問題じゃないですよ!
浄玻璃の光明の中に菩薩様たちが聖なる姿を現された、
そんな気持ちに見る人に味あわせるにはどうしたらよいのか、
それを考えなきゃ!
三月堂ではそれができていた。
だとすれば、せめてあの雰囲気を美術館の中に再現するよう努力しなきゃ!

心配になりました。
東大寺のお坊さんたち、ほんとに信仰持っているんだろうか?
だったら、こんな美術品陳列に成り下がってしまうことを
どうして許したんだろう?
もう2度と行きません。
むしろ記憶に残る月光さん、日光さん、不空羂索観音の
お姿を想起することにします。
なんだか人間の心が思っている以上に深刻に貧困化しているんじゃないかな?
そんな感じがしてきました。
三月堂修復完了までの一時の宿りだったら、
信者たちが信仰のために美術館を訪れることを考慮して、
むしろ三月堂そのままに再現するとか、
なんとかして仏堂らしいたたずまいを設計するとかして、
信者たちの心を温めて上げるように配慮すべきではありませんか?





c0168172_194314.jpg
c0168172_193872.jpg
c0168172_192569.jpg
c0168172_192068.jpg
c0168172_19143.jpg
c0168172_17564.jpg
c0168172_174933.jpg
c0168172_174573.jpg
c0168172_173790.jpg
c0168172_173165.jpg
c0168172_17258.jpg
c0168172_171950.jpg
c0168172_171217.jpg
c0168172_165851.jpg
c0168172_164928.jpg
c0168172_16314.jpg
c0168172_162555.jpg
c0168172_162034.jpg
c0168172_153513.jpg
c0168172_152982.jpg
c0168172_152298.jpg
c0168172_151750.jpg
c0168172_15114.jpg
c0168172_15523.jpg
c0168172_145934.jpg
c0168172_145478.jpg
c0168172_144763.jpg

# by hologon158 | 2016-09-27 01:11 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

659.04 ホロゴン外傅176「2016年9月10日ペラール17.8㎜に奈良町を任せてみた」4 創造的な決断



人間って、ちょっとしたことで、ある種の真実を悟るようですね。
きっかけはこうです。
突然、ミニコンサートに出演することになったのです。
付虹先生のグループとして揚琴コンサートに出たとき、
一人の音楽家と知り合いました。
そのSHさんからお電話をいただき、
「私が伴奏しますので、
リコーダー二重奏でミニコンサートに出ましょう」
「とんでもない、まだ始めて1年なのに!」
ということで、出演を承諾してしました。
(あれっ?
かなり中抜けがありますね。
でも、どうしてこうなったか、自分でも思い出せません。
とても明るく気持ちの良い方なので、
彼のペースに乗せられてしまったのかも?)

でも、私の415の古いピッチのデンナーは使えません。
SHさんお持ちのリコーダーは440だからです。
そこで、30数年前に数年独学したとき購入して、
そのまま30年間、転居数回の間、
ずっとそれぞれの私の書斎の本棚に裸で転がったまま、
ついぞ弾くこともなかった、
440のアルトとソプラノのリコーダーを使うことになりました。

昨年来、リコーダーを再開したときは、
リコーダー熱再燃のきっかけとなった友人AKさんから、
彼が昔愛用していたドルメッチの415のアルトを頒けていただいて、
これを使っていたのですが、
時折メックも取り出しました。
でも、ボーボーと取り留めのない、スカスカの音。
こりゃ、ダメだ。
と、その都度、二軍に逆戻り。

でも、今回はもうこれしか頼るものはない!
覚悟を決めて、毎日毎日、選んだ3曲を練習し続けてきました。
私がAKさんの斡旋で名人杉原広一さんに作っていただいた
スギハラ・デンナーは、
とんでもない位すてきな音で鳴るのですが、
これを途中で弾くと、ボロのメックを使う気持ちが失せます。
デンナーをセーム皮に丁寧にくるんで、棚にしまい、
(つまり、リコーダーケースさえない)
メック一本で約1ヶ月練習を重ねてきました。

すると、不思議なことが起こりました。
メックのアルトはグレナデイラという黒く重い木でできています。
素人用としては、かなり上等な楽器なのです。
でも、ボーボーと空っぽみたいな音でした。
それなのに、だんだんと音が締まってきたのです。
私がリラックスして吹いているせいもあると思います。
使わないで乾燥しきっていたのに、
使って、段々と湿気が本体にしみ込んでいったせいかも?
小ホールとはいえ、コンサートホールにちゃんと音が通るのか、
どんな風に響くか、
まるっきり予断を許しませんが、
とにかく気持ちよく音が出せるようになってきました。

メックのソプラノはパリサンダーという軽めの木ですが、
こちらは美しい木目が出て、30数年も経つと、外観はかなり美しい。
でも、音はまだ軽い。
あと1ヶ月少しの時間があります。
ちょっとでもアルトの身の詰まった音に近くなってほしい。
そのためにも、ひたすら吹くだけ!

こんな風にして、親友のAKさんの評価では、
「箸にも棒にもかからない」「オリジナルとは似ても似つかない」
現代のコピーでも、私にちゃんと喜びを与えてくれること、
こんなささやかだけど、自分の身の丈にあった発見をする日々を
今送っています。

どうもいけませんね。
通人でもないのに、なにかと熱狂的に収集してしまうという、
弱いところがあるようです。
近頃では、クラシック萬年筆。
100本以上買いあさってしまいました。
結局分かったことは、本当に使いたいのは、そのうち数本だけ。
あとはどうしようもないコレクションを抱えてしまいました。
この数本だけ見つかっただけでも良しとすべきだ、
という考え方もあります。
でも、今更ながら遅いのですが、私は字が下手なのです。
下手が最高の書き味の萬年筆を使ったら、どうなるか?
下手な字が書けるだけ!
だから、使うことがほとんどないままに。

私は、字が下手なのに、文書をひたすら書く職業についていました。
そこで、文書作成のメカ探しに狂奔しました。
カタカナタイプライター、
巨大な邦文タイプライター、
業務用ワープロの草分け、文豪15D(150万しました)、
マッキントッシュSE30で生涯の方向が決まりました。
その後はずっとマックプロを幾度も買い換える人生。
字は下手だけど、タイピングは上手。
だから、生涯、字を書きまくってきました。
でも、肉筆はメモ帳にしか書かない人生ですから、
芸術的なビンテージ萬年筆も、今では、哀れ、鑑賞用。

第2の人生に入って、そんな贅沢は一切できなくなりました。
クラシックレンズも、百数十本集まってしまい、
私が使いきれない、私とは無縁の名器たちが
乾燥ボックスに空しく眠っています。
この分野では、すでに同種の決断を実行しています。

ニューレンズを買うのはよそう!
もうレンズ試写は、手持ちのお気に入りたちと、
宮崎貞安さんから依頼されるニューレンズだけに止めよう。

今朝、メックのグレナデイラで、
かなりやさしい3曲のバロック、ルネサンスの二重奏曲を練習して、
はっと悟りました。
自分がどの程度のものか?
この程度なんだ。
要するに、ただの素人なんだ。

AKさんは、ルネサンス楽器をオリジナルもしくは、
それに一番近い杉原さんのコピーで楽しんでおられる、
まさに通人です。
でも、今回の体験でつくづく悟りました。
そんな私が通人を真似してどうするの?
自分らしく生きなきゃ!!!!!

メックのグレナデイラ体験は私に貴重な決断をもたらしてくれました。
三流の楽器ですが、三流の人間にはこれで十分。
これでいいじゃないか!
もう最高のものを求めるのはやめよう!
萬年筆と一緒。
手に余り、実力を十分発揮することなどできないでしょう。
今あるもので、楽しむ、
それが賢明な人間のとるべき道ですね。

私は、いつも書いていますが、
「継続は力なり」を信奉する人間です。
山中鹿之助は、毘沙門天でしたか、神様の一人に、
「我に七難七苦を与えたまえ」と祈ったとか、子供の頃読みました。
私が祈るとしたら、
「我に決意を継続する力を与えたまえ」
これですね。

実は杉原さんには、
さまざまなリコーダーの歴史的名器のコピー制作をお願いしていたのです。
スティンズビーJr.のアルトリコーダー(異次元のサウンドなのだそうです)、
テルトンのソプラノリコーダー(ブリュッヘンがオリジナルを使っています)
ルネサンス時代のF管アルトの名器のコピー。

杉原さんはさまざまな分野のプロのために、
さまざまなお仕事をなさっている方です。
よほどの暇がないと、おそらく私以外の多数の方からも依頼がある
オリジナル名器のコピー作業にはかかれないでしょう。
だから、私の依頼ももちろん実現の可能性がかなり薄いものでした。
そうする間に、今回の悟り。
今はっきりと分かりました、
私には完全に過ぎた名器ばかりだ!

すでに作って頂いたデンナーで十二分に一生楽しめます。
メックのでたらめコピーでさえ、
たった1ヶ月吹き込むだけで、かなり化けてくれるのです。
スギハラ・デンナーは、入手以来どんどん音が変わってきました。
コンサートが終わって、デンナーに戻ったら、
きっとびっくりするほどよく鳴ってくれるでしょう。
メックでさえ、1ヶ月でかなりよくなるとすれば、
デンナーを10年使い続けたら、どうなるでしょう?
そう考えただけで、体がゾクゾクしてきます。
この喜びだけでも、人生の最大の贅沢の一つ。
(もう一つは、もちろん、ホロゴン!)

2016年9月26日、実に創造的な決断ができた、
私はそう確信しています。
狭い道は集中を高めるという意味で常に正しいからです。
善は急げです。
ただちにAKさんにこの決断をお伝えすることにしましょう。
「いつか本当に気が向いたときに、
デンナーのピッチ440用の換管だけはお願いします。
あとは全部、夢を見たと考えて、製作の依頼を取り下げます。」
そうお願いすることにします。

こんな風に書いていると、
だんだんと数日来ひいていた風邪が治ってきたみたい、
と言いつつ、せき込んでいる私ですが、気分は晴れ晴れ。
創造的な、そして自分にぴったり合った決断をしたときは、
いつもこんな風に清々しい風が吹きますね。

よし、午後は、心を澄ませて楽器を練習しよう。
実は、本日は午前中大阪で付虹先生のレッスン、
午後は大和西大寺で陳少林先生の揚琴伴奏レッスンと、
月2回の揚琴レッスンの梯子日だったのですが、
とてもそのエネルギーはないので、お断りしました。
幸い、揚琴、リコーダーともに、できるだけ脱力をして弾くべき楽器。
その点はすべての楽器に通じるでしょうけど、
ピアノ、トロンボーン、チェロ、いろいろな楽器は、
体力も絶対に必要ですね。
私は、かなり軽快に使える楽器で幸運でした。
まず最初に到来するのが、揚琴のコンサートなので、
まず、揚琴の練習、
その後で、今や愛器となったメックの2本で、リコーダー二重奏の練習、
その合間に暇を見て、ブログ。
こんなスケジュールで自宅静養をいたしましょう。

と、再び咳き込みつつ、ワクワク。




c0168172_1755814.jpg
c0168172_1755028.jpg
c0168172_1754348.jpg
c0168172_1752547.jpg
c0168172_1751889.jpg
c0168172_175163.jpg
c0168172_1745467.jpg
c0168172_1744925.jpg
c0168172_1744147.jpg
c0168172_1743553.jpg
c0168172_1742938.jpg
c0168172_174236.jpg
c0168172_1741148.jpg
c0168172_174461.jpg
c0168172_173584.jpg
c0168172_1735282.jpg
c0168172_173468.jpg
c0168172_173388.jpg
c0168172_173338.jpg
c0168172_1732647.jpg
c0168172_1731989.jpg
c0168172_1722943.jpg
c0168172_172774.jpg
c0168172_17205.jpg
c0168172_1715344.jpg

# by hologon158 | 2016-09-26 17:07 | ホロゴン外傳 | Comments(2)

659.03 ホロゴン外傅176「2016年9月10日ペラール17.8㎜に奈良町を任せてみた」3 目が合う限り

私の場合、玄関を出たらすでに撮影開始。
「ゆりかごから墓場まで」という言葉がありましたが、
私の場合は「家を出てから帰るまで」撮影。

「そんなこと、したくない!
という声が聞こえてきますね。
なぜか?
みなさん、写真のモチーフは被写体にあるとお考えだからです。
だから、それ自体がフォトジェニックな被写体を発見するのが、
写真家の勝負所なのだ!

私は写真家じゃりませんから、
フォトジェニックな被写体など無縁。
どんなものであれ、私だけを待っていてくれるものたちがいます。

あなたには恋人が居て、
事情があって数年会いたくても会えなかったとしましょう。
新宿の雑踏の中をいらいらしながら揉まれ揉まれて進んでいるとき、
数十メートル前方に彼女の姿!
どんなにたくさんの人が居ても、あなたは恋人に気づくでしょう。
彼女も気づきます。
「わっ!!!」
「キャー!!!」
二人は行く手を遮る人たちをかき分け、押し退け、
踏み倒しながら(は、しないか?)突進し、
ひしと抱き合うでしょう。

恋人に初めて出会うときも、同じです。
ああ、この人は僕のために生まれてきた!
ダンテとベアトリーチェとの出会いがそうでした。
私と妻との出会いがそうでした(おっと、これは余計か?)
とにかく分かるのです。
ダンテは、幸か不幸か、ベアトリーチェとついに結ばれませんでした。
私は妻と結ばれました。(おっと、また余計な!)

ロボグラフィたちとはまさしく一期一会。
その出会いは上記の出会いと一緒なのです。
恋人たちは心に銘記しますが、
ロボグラフィは名レンズたちが記録してくれるのです。
ロボグラフィたちとは、目が合う限り、全部、結ばれるのです。
応えられませんね!

これは傑作になる!
そんな気持ちが激しく起こらない限り、シャッターは落とさない。
そんな方が多いですね。
「写真は数じゃないよ」、そんな方はそうおっしゃいますね。
でも、私は別の「下手の鉄砲数撃ちゃ当たる」式を狙っているわけじゃない。
作品主義の方とはついに話が合わない、それだけですね。
だから、棲み分けしています。
写真家は私のような素人写真のブログには来ません。
私も参りません。
写真を見るなら、カルティエ=ブレッソンやエドワード・ウェストンの方がいい。

なぜか大好きな人たちのブログに通っています。
素敵な写真を撮る人もいれば、そうでない人もいます。
ほとんど携帯で見ていて、コメントはほとんどしないので、
私が通っていることは知らない人も多いでしょう。
向こうが私を好きとは限らないからです。







c0168172_2384673.jpg
c0168172_2385272.jpg
c0168172_2383949.jpg
c0168172_2383283.jpg
c0168172_2382619.jpg
c0168172_2381230.jpg
c0168172_238528.jpg
c0168172_2375684.jpg
c0168172_2374927.jpg
c0168172_2374260.jpg
c0168172_2373629.jpg
c0168172_2372246.jpg
c0168172_2371384.jpg
c0168172_237135.jpg
c0168172_2365369.jpg
c0168172_2364672.jpg
c0168172_2363866.jpg
c0168172_2362943.jpg
c0168172_2362264.jpg
c0168172_2361577.jpg
c0168172_235574.jpg
c0168172_2355120.jpg
c0168172_235429.jpg
c0168172_234348.jpg
c0168172_2335593.jpg
c0168172_22573996.jpg
c0168172_22573153.jpg

# by hologon158 | 2016-09-25 23:46 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

659.02 ホロゴン外傅176「2016年9月10日ペラール17.8㎜に奈良町を任せてみた」2 火星探査


今回はまともな人なら絶対に近寄らないテーマを採り上げます。
火星には生命はあるのか?

NASAは2012年火星に探査機Curiosity roverを送り込みました。
NASAがこの探査機を火星に送り込んでなにをしようとしているのか?
NASAは火星でなにを知りたいのでしょうか?
ウィキペディアによれば、
「過去と現在の火星における、生命を保持できる可能性について調査する」
これがどうもよく分かりません。
あまりにも漠然とし過ぎています。

念のために書いておきますが、
NASAは科学研究機関ではありません。
国防相に所属する国防を主目的とする機関なのです。
だから、探査結果を国民に、まして世界に
正確に報告する義務などまったくありません。
月探査も火星探査もその唯一無二の目的は
合衆国の安全と繁栄のために月や火星を調査しているだけ。
もしNASAが純粋な科学研究機関であり、
あなたがその最高責任者であるとしたら、
あなたは月や火星の探査でなにを知りたいですか?
実に簡単明瞭ですね。

①地球外生命の有無
②地球人による活用の可能性
③宇宙論、生物学等あらゆる学問の比較研究資料の収集

じゃ、どんなところを探査するか?
私が選ぶとすれば、次の3地域。
①水のある場所
かなり大きな水面が何カ所か見つかっています。
一番生命探査に適しています。
②シドニア地区
人面石で有名な地域です。
人面石についてはまだ議論が続いていますが、
楕円形のマウンドに乗っていること自体が自然説を困難にしています。
さらに、研究者たちがピラミッド群を見つけ、
有意な幾何学的配置を見つけだしています。
③地下口
おそらく何百キロに渡り、緯度線に沿って、
ずらりと地下への入り口と思われる四角い開口部が並んでいます。
グーグルマースで確認できます。
荒野にポッカリと口を開けている光景は実に不思議、と言うより、
奇怪な光景です。
キュリオシティが入っていけるような平坦なトンネルはないかもしれませんが、
入り口の構造や周辺部の状況を調査する価値はありそうです。

じゃあ、キュリオシティはこんな場所を探査しているか?
いえいえ、独自のプログラムに基づいて、荒野をやたら走り回っています。

NASAのサイトにその写真が次々と発表されています。
熱心な好事家たちが、火星人の遺跡、異物を探して、
まさに鵜の目鷹の目で精査して、
その結果を次々とYouTubeにアップしてくれています。
これが実に面白い。

NASAのサイトに自分でも行って確認したのですが、
公開写真はかなり精度を落としてあります。
少し拡大しただけでも、ディテールがぼやけてしまうほど。
大げさに言えば、塵一つだって検出できるほどに超高精密画像のはずなのに。
つまり、NASAは精密な情報など部外者に提供するつもりがないのです。
(ついでに言えば、我が国の月面探査写真もほとんど公開されていません。
国民の税金で撮ってきた調査結果を公表しない?
なぜなのでしょう?)

ところが、そんな画質を大幅に落とした写真でも、
自然にできあがったものとは思えないものが次々と見つかっています。
妻は、そんなものはみんな面白半分の加工だと主張しますが、
真面目な研究家は元写真のURLをきちんと付記していますし、
多くの好事家たちが同じ画像を使った記事を発表しているので、
キュリオシティの写真であることは疑いがありません。

太陽系に関する研究書を読みました。
いつの頃か不明ですが、火星の南極付近に巨大な彗星が2個相次いで激突し、
火星全体の地殻を激しく突き上げる衝撃を与え、
火星の球体は北極方向に盛り上がるほどにいびつに変形し、
大地の形状すべてが破壊され、大気も劇的に吹き飛ばされてしまい、
大地を覆っていた海も巨大な津波を起こし、
大地震と相まって、地表の自然を破壊しつくした結果、
現在のように、全土が荒涼とした砂漠、荒れ地になってしまったのだそうです。

キュリオシティの写真がそれを物語っています。
地球の地層なら、断層、破砕がない限り、どこに行っても、
大地は層状に堆積しています。
ところが、火星の地表面は津波と台風と地震によって、
文字通り砕かれてしまった、という感じ。
現れている地層もずたずたにちぎれ、
なにもかもが無秩序に散乱して大地を埋めています。
水もないのに、大地がこんなにばらばらに壊れてしまうのでしょうか?

ところが、面白いことに、NASAの最新の画像の一つなど、
その壊れた地面にかなり壊れた状態ではあっても、
しっかりと石塀が「コ」の字形に立ち並んでいます。
こんな形状が自然に形成されるメカニズムをご存じだったら、
地球上に同種の自然地形があることをご存知だったら、
是非教えてください。

アブ・シンベルの崖に刻まれた大神殿の像とそっくりに、
断崖の狭間に神像のようなものが3体も刻み込まれた写真もあります。
妻が手に入れた学研の図鑑「宇宙」にまさにその断崖写真が掲載され、
小さいので画質は充分ではありませんが、
狭間の神像の頭がちゃんと見えています。

    NASA Rover finds Egyptian Statue on Mars?!
    (https://www.youtube.com/watch?v=MvOWnkJHHBI)

自然にこのような形体が生み出されるメカニズムがあるのでしょうか?
私には誰かが崖を切り込んで、削り出したとしか考えられません。
これまでYouTubeで発表されている情報を総合すると、
なんとも奇妙な文明なのです。
地球人ととてもよく似た風貌、体型の人たちが、
地球のエジプト、ギリシャ等の古代文明とかなり似た、
彫像、彫刻を装飾に多用する遺跡を残しているようなのです。

キュリオシティのオリジナル画像だともっと鮮明で、
自然物か人工物かは一目瞭然の筈です。
NASAは超精密のオリジナル画像を精査して、
火星の生命の有無、文明の存否をすでに確認し終わっているはず。
でも、オリジナル画像は公開しないし、NASAの研究結果も絶対に発表しない。
なぜか?
これらの奇妙な形状のものたちが自然に生成したものであるなら、
公開をはばかる必要がどこにあるのでしょうか?
「皆さん、根も葉も憶測をしておられるけれど、全部間違い。
さあ、精密画像をご覧なさい。
そんな憶測はなんの意味がないことが分かりますよ」

でも、知性ある存在による加工物だとしたら、
火星は大変な可能性と潜在的な富の宝庫だと分かります。
火星は知性的な文明を生むほどに豊饒の資源に満ちているのです。
もし火星に文明があったとしたら、
遺物からあらゆる種類の軍事用資源が発見されるかも知れない、
となると、どんな情報が今後重要性を帯びるか、予測不能。
とにかく、NASAだけの秘密としておこう、
NASAがそう考えるのが自然ではありませんか?

昨年でしたか、NASAが新種のスペースシャトルの飛行実験をしました。
ネットニュースで見ました。
職員が誇らしげに「今回のシャトルには特別の被覆を装備しているので、
ヴァン・アレン帯を安全に抜けられかどうかをチェックするのが目的だ」
アーレーレー?
「アポロたちはそんな被覆のない小型軽量のスペースシャトルで、
ヴァン・アレン帯を突っ切って何度も何度も往復したじゃないの?
乗組員たちには一人として放射能汚染の重大な結果は出ていないから、
ヴァン・アレン帯は依然喧伝されていたような汚染の危険は
ぜんぜんないと証明ずみなんじゃないの?」
事実、そのような学説がネットでは見つかります。
「人体には危険はない程度である」
それなのに、特別の被覆を装備したスペースシャトル?
どうもNASAのやることって、
徹頭徹尾、信用できないという感じがしませんか?

でも、NASAは必死なのです。
月面着陸がフェイクであったとする説がさらに信憑性を高めるとしても、
火星に人間を送り込みたい、真剣な動機があるからではないでしょうか?




c0168172_1648848.jpg
c0168172_1648269.jpg
c0168172_16475654.jpg
c0168172_16475090.jpg
c0168172_16474066.jpg
c0168172_16473421.jpg
c0168172_16472834.jpg
c0168172_16462482.jpg
c0168172_16461920.jpg
c0168172_16461040.jpg
c0168172_1646490.jpg
c0168172_16454947.jpg
c0168172_16453911.jpg
c0168172_16453316.jpg
c0168172_16452342.jpg
c0168172_1645046.jpg
c0168172_16445287.jpg
c0168172_16444623.jpg
c0168172_16444022.jpg
c0168172_16443341.jpg
c0168172_1644994.jpg
c0168172_16435925.jpg
c0168172_16434242.jpg
c0168172_16433523.jpg
c0168172_16432731.jpg
c0168172_16431661.jpg
c0168172_16431033.jpg
c0168172_1643364.jpg
c0168172_16425057.jpg
c0168172_16424380.jpg
c0168172_1641583.jpg

# by hologon158 | 2016-09-24 16:49 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

659.01 ホロゴン外傅176「2016年9月10日ペラール17.8㎜に奈良町を任せてみた」1 ウルトラワイドペラール



宮崎貞安さんの最新作レンズ、
ウルトラワイドペラール17.8mmF4.5。
今度は奈良町での試写分をごらん頂きましょう。

私の-1.5設定はまずかったようです。
みんな、真っ暗!

たいていのデジタル写真家はニュートラル、RAWで撮っておいて、
現像ソフトで思い通りに仕上げるのでしょう。
私はJPGで撮ったままを原則としているので、
最初から露出補正をしています。
どうも私のフィルム時代の感覚はデジタルには合わないようです。

でも、実はこんな暗い写真が自分の好みなんだから、
これを変えるつもりもないのですから、
宮崎貞安さんにはちょっと申し訳ない感じ。

不思議です。
ホロゴン15㎜F8とはほとんど違わないはずなのに、
どちらかと言うと、21㎜レンズの感覚で撮れます。
ホロゴン15㎜F8よりも遙かに使い勝手がよいニューレンズ、
そう評することができそうです。





c0168172_1213891.jpg
c0168172_1213286.jpg
c0168172_1212696.jpg
c0168172_1212076.jpg
c0168172_1211573.jpg
c0168172_121971.jpg
c0168172_121415.jpg
c0168172_1205746.jpg
c0168172_1205174.jpg
c0168172_1204677.jpg
c0168172_1203975.jpg
c0168172_1203335.jpg
c0168172_1202829.jpg
c0168172_1202224.jpg
c0168172_1201527.jpg
c0168172_120970.jpg
c0168172_120425.jpg
c0168172_11595720.jpg
c0168172_11595227.jpg
c0168172_11594577.jpg
c0168172_11593928.jpg
c0168172_11593479.jpg
c0168172_11592953.jpg
c0168172_11592223.jpg
c0168172_11591775.jpg
c0168172_11591117.jpg
c0168172_1159448.jpg
c0168172_11585866.jpg
c0168172_11585265.jpg
c0168172_11584683.jpg
c0168172_11583931.jpg

# by hologon158 | 2016-09-23 12:02 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

658.06 ホロゴン外傅175「2016年8月13日郡山ならタンバールに任しとき」6-完-一人称



言葉って、どうやって生まれたのでしょう。
聖書には、「始めに言葉ありき」とあります。
近頃、私の孫プリンセスの言動を通じて、
感じることがあります。
どうやら、言葉が生まれたのは次の2つの条件がそろったからではないのでしょうか?

① まず、自他の区別ができるようになったこと。
このことと、自分自身を確立することは鏡の両面のようです。
② 集団生活をするようになって、集団の協力関係を築くために、
お互いに認知し合い、理解し合う必要が生まれたこと。
この2つの条件が組み合ったとき、
第一人称、第二人称、第三人称の区別が明確になったのでしょう。

たとえば、「私とあなたと一緒になって、あいつをやっつけよう」
「私がこちらから、あなたがあちらから、あの鹿を同時に倒してしまおう、
そしたら、あの鹿も逃げられないだろう」という風に。

4歳の孫プリンスのピアノレッスンの往還のおしゃべりは、
私の近頃一番の楽しみとなっています。

この孫プリンスも第一人称を学んでいる最中のようです。
「運動場で遊んでたら、また...君が頭叩いた」
「で、どうしたの? 叩きかえしたの?」
「そんなことしないよ。
先生に言っておいた」

プリンスは生涯けっしていじめっ子にならないでしょう。
私がそうだったからですが、
理由なく人を叩いたり憎まれ口をきいたりするのは、
なにか性格的もしくは家庭的に問題を抱えていて、
それを自力で処理解決できないために、
このような形で転嫁するようになると考えられます。
問題を抱えて、同じような形で処理する親を見習っています。
孫プリンスには、これまで通りまっすぐに育って、
まっすぐに生きて欲しいものです。

「ムカデみたいなのが保育園に出てきたよ」
「ヤスデじゃないの?」
「ヤスデじゃないよ。ヤスデだったら、おれも触ったよ」
たいてい何でも知っています。
そして、「おれ」と誇らしげに一人称を使えるのが最近の自慢。
(庶民の町なので、「ぼく」を使う子はいないのです)
「ムカデも出てきたよ」
「ムカデは害虫じゃないから、触らなければなんにも問題ないよ」
「害虫ってなに?」
「人間に悪さする虫のことだよ」
「そう言えば、先生がそう言ってたよ」
「ムカデが出てきたら、タオルをフワッとかけたらいいよ。
そうしたら、ムカデはタオルにしっかりつかまるから、
そのまま庭に出ていって、タオルを振って落としたらいいよ」
「そうかあ。ママがやってたよ」
(ママは私の直伝です)

「昨日、....が飛んできたよ」
私の聞いたことのないトンボの名前です。
「ふーん、赤トンボも来る?」
「来るよ。....は赤トンボの一種だよ」
私よりも詳しい。

映画の話も。
「ナイトミュージアム2、また見たよ。
おもしろかったよ」
前には、「2回見たけど、最後の方がむちゃくちゃになって、
あんまり」と言っていました。
基本的に大きな子供と大人向けの映画です。
分かるわけがないうえ、第一作も、ラストがアメリカ映画らしく、
おもちゃ箱をひっくり返したようなカタストロフィだったのですから、
若干想像力が二番煎じになってしまう2作目はもっとひどかったのでしょう。
でも、見直してみたら、そのあたりもなんとか消化できたらしい。

ちゃんと映画の作りも説明してくれます。
「ミュージアムのみんなも一緒に引っ越すんだよ。
第26代大統領セオドア・ルーズベルトも、ティラノザウルスも」
「エジプトの王様いたね」
「アクメンラーも引っ越すよ。
第26代大統領セオドア・ルーズベルト(常に称号つきで、省略しません)が
望遠鏡でのぞいていた....(開拓時代の偉大なネイティブアメリカンの女性)も引っ越すよ」
(私の方が覚えきれない)

それから、ちょっと記憶が欠けている部分も白状します、
「それから、剣をもっている人いたね、誰だったかなあ」
しばらくして、思いだしました、
「ああ、アッチラだ。アッチラも引っ越すよ」
「アッチラって、昔の王様なんだよ」
「そう? アクメンラーもそうだよ。
それに、第26代大統領セオドア・ルーズベルトも王様だよ」
「ナイトミュージアム1」の中でそんなこと言ってたかな?
どうやら、大統領も国王も同じなんだと自分で考えたようです。

「なんだかノドが乾いた。
帰りにジュース買おうよ。
アップルジュース飲みたい」
これがレッスンの後の楽しみのようです。

ピアノレッスンの最初のご挨拶もかなり穏やかになってきました。
とてもはっきりと「よろしくおねがいいたします」と発音します。
先生が宿題に出していた課題を次々と復習していきます。
その都度即座に、プリンス、大きく瞳を開いて先生をまっすぐ見て、
「それ、復習したよ」
復習したかしなかったかがはっきり分かるので、
先生も教えやすいでしょう。

帰り道で、カメラを取り出して、歩きながら、
ロボグラフィを片手間にパチパチ。
「なんで写真撮るの?」
「おもしろいものを見つけたら撮ってるんだよ。
写真を撮るのが大好きだからね」
「ほかにどんなことが好きなの?」
このやりとり、大人と幼児の立場が逆転しているみたいですね。

この日の私のおみやげは新幹線特集の絵本。
数知れない型の新幹線がページを埋めています。
プリンス、すでにほとんど覚えていました。
私にはみんな同じに見えるのですが、
全部違って見えるようです。
指さして、
「82A型(うろ覚え)、...君が乗ったよ。
800B型(うろ覚え)、...君が乗ったよ。」
お友達と情報交換もし合っているらしい。
恐竜をありったけ覚えたと思ったら、
傍らでは新幹線もどんどん覚えてきたようです。
記憶力が猛烈に悪い私の孫とは思えないのですが、
プリンスの両親も私の妻もみんな何でも記憶できる能力があるようで、
私に似なくてよかった!

このピアノレッスンの付き添いは私の妻が言い出したことでした。
「わたしが責任持つから、ピアノはしっかりと弾けるようにしよう」
ところが、希代の多忙人間なのですから、たいてい都合が悪い。
どうやら、私が手足として、彼女の代理として付き添い、
妻がそれを監督することで、使命は完遂、ということになるらしい。
でも、毎回おしゃべrを楽しめるので、よしとしましょう。

一人称の話に戻りましょう。
孫プリンスの妹、孫プリンセスは2歳になる前から、
一人称単数を自分で発明しました。

普通幼児は他から呼びかけられる自分の名前で自分を呼称します。
「あっくんねえ」とか、「あやかもしたい」
ところが、孫プリンセス、自分のことは「とよ」と呼びます。
近頃は文法もしっかりしてきました。
「とよ、※※※(お兄ちゃん)と一緒に、そとに行く」
お兄ちゃんはちゃんと名前を呼び捨てです。

王様や殿様が「余は大義じゃ」とのたまわるのにちょっと似ています。
どうしてそんな一人称を作り出したか、両親も分かりません。
保育園のお兄ちゃんのクラスの子供たちも、
プリンスの妹が「とよ」と自称しているのを知っていて、
お兄ちゃんにもそう呼びかけます。
これは一人称を二人称に誤用しているということでしょう。

一人称単数を使うことと、主体として認識できることとが一致しているのか、
していないのか、分かりませんが、
孫プリンセスはすでに主体的に行動できます。

「トイレに行く」、突然言い出します。
おしめを自分で脱いで、私がトイレの扉を開け、
蓋を取ると、さっさと上って、ちょろちょろ。
トイレットペーパーをちぎると、さっと受けとって、自分で拭いてから、
トイレの横のステップに立ちます。
私がトイレの蓋をすると、さっと上って、右脇のレバーで水を流し、
手を洗ってから、下りてきます。
ママの話では、ときどきついでに顔まで洗うそうです。
これ全部(最後は除く)お兄ちゃんから学んだことです。

お兄ちゃんのできることはすべて自分もできるようにする、
これが全世界の妹に共通する基本ポリシーですね。
モーツァルトもジャクリーヌ・デュプレもそうやって姉を追い抜きました。
彼女の一人称がいつ「わたし」に移行するか?
これが楽しみです。
そのときは、お兄ちゃんに方を並べているかも知れません。





c0168172_23183136.jpg
c0168172_23173248.jpg
c0168172_23172599.jpg
c0168172_23172051.jpg
c0168172_23171282.jpg
c0168172_23191015.jpg
c0168172_23165570.jpg
c0168172_23165057.jpg
c0168172_23164469.jpg
c0168172_23163820.jpg
c0168172_23162955.jpg
c0168172_23162356.jpg
c0168172_2315406.jpg
c0168172_2315269.jpg
c0168172_23151972.jpg
c0168172_2315944.jpg
c0168172_23141275.jpg
c0168172_2314428.jpg
c0168172_2313583.jpg
c0168172_23135114.jpg
c0168172_23134550.jpg
c0168172_23133891.jpg
c0168172_23133256.jpg
c0168172_23132378.jpg
c0168172_23131736.jpg
c0168172_2313092.jpg
c0168172_2312502.jpg
c0168172_23124355.jpg
c0168172_23123766.jpg
c0168172_23122792.jpg
c0168172_23122180.jpg
c0168172_2312767.jpg
c0168172_23115988.jpg

# by hologon158 | 2016-09-22 23:20 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

658.05 ホロゴン外傅175「2016年8月13日郡山ならタンバールに任しとき」5 ビオゴンで一回り


孫たちの保育園の祖父母会の続き。
祖父母会が午前11時15分頃終わってから、JR加美駅まで撮影。
持参したセットは、超ヘビー級レンズです。

   ツァイスのビオゴン21mmF4.5

マツバラ光機でMマウント改造版を入手したのは20数年前。
ムクの削りだしの筐体のレンズも重いけど、
その描写がまさに重厚。
ライカのスーパーアンギュロンに優るとも劣らないカリスマレンズ。
この21mmの両雄の運命は、ボディの優秀さで決まり、
圧倒的にスーパーアンギュロンの勝利に終わったようです。
でも、ビオゴンの描写力はときに鬼気迫るものを感じるほど。
レンズが優秀なことだけでは決まらないのでしょうね。

JR加美から普通電車で新今宮駅に移動しました。
今日は孫たちのママの帰宅が遅れるので、
私が夕食の買い物をしてから、
孫たちを保育園から引き取って帰ることになっています。
私がなにもできないでくの坊なら回ってこない役柄です。
できる男はつらい...

それまで4時間ほどあります。
新今宮の商店街に入り、
手近のレストランで昼食(貧弱だった!)。
商店街を最南端まで撮影してから、飛田新地を経由して北へ反転。
4軒ばかり例のお店を通りました。
昼日中なのに、玄関が華麗に飾られて、
美しい女性が美しく装って、老女にかしづかれて座っています。
以前見たときはそうでした。
でも、私は一度も視線をそちらに向けませんでした。
見ることができなかったのです。
なぜか?
あまりにかわいそうで。
生涯この種の遊びを体験したことがない私です。
ネット記事によりますと、
とても美しい女性たちが気軽に飛び込んで、
手っとり早く大金を稼ぐのだそうです。
でも、彼女たちは気づいていない。
泥田に足を踏み入れたら、足は泥だらけになります。
心に一生消せない泥を塗ることになるのに...
生活のリズムが狂って、借金まみれになってしまい、
そのまま夜の社会に住み着く羽目になりかねません。
社会そのものがどこか狂っています。
美女たちはそのあおりを受けてしまっている、
そんな感じがします。

午後1時に商店街内のちょっと大きな喫茶店で、
チョコレートケーキとアイスコーヒーを頂き、半時間休憩。
暇な老人たち(とくに男性)がシングルでやってきて、
ほとんどの席を占めて、スポーツ紙を読んでいます。
喫茶店でスポーツ紙、
家に帰ったらテレビ漬けじゃ、
アホになるよ、そう言いたいところですが、
日本の社会が、暗記勉強、選抜試験一点張りのシステムで、
自分の頭で考えない勤労者たちをわざと作り出したのです。
指揮するのは一部のエリート層で十分、
その他大勢は余計な思案などしない従順かつ勤勉に働きなさい、
というポリシー。

でも、団塊世代を通り越して、少子化時代になって以降、
この傾向は少し変わった感じがします。
オリンピックで活躍する人たちも、
自分の頭で考え、自分の人生を自分で作りだす創造的精神の持ち主たち。
この暗い時代に、若者たち、特に女性たちが
個性的で強靱な精神を持ち出しているあたりに、
救いの曙光が見えるのかもしれません。





c0168172_15242281.jpg
c0168172_15241524.jpg
c0168172_1524916.jpg
c0168172_15234186.jpg
c0168172_15233436.jpg
c0168172_15232888.jpg
c0168172_15232132.jpg
c0168172_15231684.jpg
c0168172_1523929.jpg
c0168172_1523283.jpg
c0168172_15225458.jpg
c0168172_15224841.jpg
c0168172_15224293.jpg
c0168172_15223310.jpg
c0168172_15222476.jpg
c0168172_15221838.jpg
c0168172_15221024.jpg
c0168172_1522359.jpg
c0168172_1521579.jpg
c0168172_15215014.jpg
c0168172_15214422.jpg
c0168172_15213861.jpg
c0168172_1520132.jpg
c0168172_1519556.jpg
c0168172_15194986.jpg
c0168172_15194456.jpg
c0168172_15193894.jpg
c0168172_15192681.jpg
c0168172_15192160.jpg

# by hologon158 | 2016-09-21 16:31 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

658.04 ホロゴン外傅175「2016年8月13日郡山ならタンバールに任しとき」4 中国音楽コンサート



RJ先生のコンサート、最高でした。
定員250名の座席がほぼ満員となりました。
私たち夫婦の席は2列目の右サイドの通路側2席。
1列目が関係者用の空席だったので、
かなり近くで、邪魔もなく、ゆったりと演奏を楽しめました。

RJ先生が二胡を演奏したのは、
① 江河水
② 空山鳥語(ただし、高音二胡の高胡)
③ 「天空の城ラピュタ」より「君をのせて」
④ 「千と千尋の神隠し」より「いつも何度でも」
⑤ 二泉映月
⑥ 賽馬

①は二胡の名曲にして難曲。
弾くことはできても、新婚後ただちに徴兵された新郎が
戦地で世を去ったことを知らされたうら若い新婦の
悲痛、絶望を描き出すことはできません。
閔恵芬さんが若い頃から無比を誇った曲ですが、
RJ先生は、変化に富んだサウンドの豊かさにおいてはむしろ勝ります。
閔さん亡き後はRJ先生に及ぶ演奏家はあまりいないのでは?

②は本来二胡の曲なのですが、
RJ先生はさらに演奏の難しい高胡による演奏で、
二胡の演奏者たちをはるかに圧倒する超絶演奏。
他の演奏家の演奏は大変に巧い演奏だという印象。
RJ先生の演奏は、本当に深山幽谷に居て、
数え切れない種類の山鳥たちのさえずりに耳を傾ける気分を味わえます。
二胡で大家たちが弾く演奏とはまるで次元が違います。

⑤の「二泉映月」は先生が中国民族音楽コンクールで優勝した、
まさに曰く付きの得意曲です。
門付けでお金を稼いでいた、
いわば昔のストリートミュージシャンが作曲した希代の名曲です。
明日の希望のない人生の悲哀、絶望を浮かび上がらせる演奏ができる人は、
当然ながら、稀です。。
曲は幾度も幾度も同じテーマを繰り返します。
いわば、絶望の繰り言、独り言。
でも、繰り言も演奏も、同じ調子で繰り返すだけなら、
聴衆はあっと言う間に退屈しきってしまいます。
そうさせまいところに、演奏家の人間性、技量が出てしまいます。
圧倒的な演奏でした。

他の4曲は箜篌(くご)と呼ばれる中国ハープ、琵琶との合奏です。
この4曲で圧倒的に目立ったのは、
RJ先生の本当に美しく合奏しようとする姿勢でした。
RJ先生のような正真正銘の大家でなくても、
コンサートの中心となる二胡演奏家というのは、
「我こそはスターなり。他のみんなは私の引き立て役だからね、
いいね」式の自己中がほとんど。
最初から最後まで圧倒的に弾きまくります。
日本で圧倒的に人気の高い二胡奏者が男女各一人ずつ居ますが、
この二人がその典型です。
いつも同じ音色、ほとんど同じ音量でしか音楽が作れない。
私はこんな演奏を「丸太ん棒音楽」と呼んでいます。
バックグラウンドミュージックに最適です。
だから、喫茶店で流れています。
私が頭に来るのは、二胡をやる人でも、
このような人たちがトップの音楽家だと思っている人が居ること。
「せいぜい長生きしなさい」
そう言ってあげましょう。
音楽だけではありません。
写真で、芸術でも、政治でも、あらゆる分野で、
目立つ人がトップだ、という誤解が横行しています。
つまらない世の中だ、つくづくそう思います。

興奮して、書き落としそうになりました。
競演した箜篌の草分け的存在の奏者崔君芝さんも素晴らしい演奏家でした。
大中小3種類の中国ハープを弾き分けました。
ハープと違うところは、
弦が左右2列に並んでいること。
右手側はときにピック演奏をすること。
弦の張りがかなり強いらしく、
ハープよりもかなり固い音で、
中国琵琶、古箏に近い音楽になります。
かなり新しい楽器らしく、ときおり激しい打撃音が混じるのがちょっと難。
打撃音がまったくないアンコールの中国の民謡はとても美しい音楽でした。

驚嘆したのは、琵琶演奏。
ご自身が編曲して、有名なコンテストで受賞された「荒城の月」
琵琶の良さと曲の良さとが見事にマッチした名演奏でした。

東京との往還の新幹線のぞみ号はどちらも2人席を占領できました。
こんな旅なら、またやってもいいのですがねえ。

コンサートホールから最寄りの山手線の駅までタクシーを使いました。
「電車でもいいんだけど、乗り換えが新宿。
あのものすごい雑踏を見ただけで、ぞっとするんですよ」
道中こう言いますと、運転手さん、
「私もそうです。
昨日も、息子のところに孫を見に行くことにして、
駅まで行って、ホームの上って、やってきた電車の満員状態を見たら、
もうだめ。
駅員さんにちょっと用ができたのでって言って、
シーカをキャンセルしてもらって、
息子には、気分が悪くなったので行けないって、電話しましたよ。
吐き気がしてしまうんですよ」
私と一緒の人が東京にもいるんですねえ。
かわいそうに。
この人、5年前に北海道から移ってきたんだそうです。
とても当たり前の人でした。

という次第で、楽しい一日でした。
帰りの新幹線のぞみでも、窓際の空席の座席券をとりました。
14号車と、遙か後方の車両でした。
JR京都駅でのぞみの長大な車両の長さ+αを大急ぎで駆け抜けました。
そうしないと、近鉄京都線の特急に間に合わない。
その気分はまるで宙を駆けるようでした。
コンサートの興奮もありますが、もう一つ決定的な理由がありました。
その理由は近いうちに明らかにします。
皆さんにも関心のあるニュース。
乞うご期待!



c0168172_21345811.jpg
c0168172_21345371.jpg
c0168172_21344583.jpg
c0168172_21343888.jpg
c0168172_21343277.jpg
c0168172_21341811.jpg
c0168172_21341170.jpg
c0168172_2134532.jpg
c0168172_21335956.jpg
c0168172_21335311.jpg
c0168172_21334667.jpg
c0168172_21334143.jpg
c0168172_21333041.jpg
c0168172_21332326.jpg
c0168172_2133186.jpg
c0168172_2133474.jpg
c0168172_21325860.jpg
c0168172_21325290.jpg
c0168172_21324527.jpg
c0168172_21323815.jpg
c0168172_21323221.jpg
c0168172_21322629.jpg
c0168172_21321985.jpg
c0168172_21321255.jpg
c0168172_2132461.jpg
c0168172_21315623.jpg
c0168172_21314745.jpg
c0168172_21304571.jpg
c0168172_21303975.jpg
c0168172_21303297.jpg
c0168172_21302619.jpg

# by hologon158 | 2016-09-20 21:58 | ホロゴン外傳 | Comments(0)