わが友ホロゴン・わが夢タンバール

673.03 ホロゴンデイ169「2016年11月21日弘法市はやはりホロゴンで」3 東寺撮影


正月2日。
長女の一家は午後早々に、
到着したばかりの二女の一家としばし歓談した後、
娘婿の家にお年始に出発。
残った1歳半の孫プリンセス2号のところに、
さっと我が家の娘(猫ですが)静がやってきました。
プリンセス2号と数ヶ月ベビーベッドを共用して、
乳母のようにやさしく見守っていた関係なので、
静はプリンセス2号をこよなく愛しているのです。
長女一家の滞在中は2階にこもって出て来ないのに、
プリンセス2号にはいそいそと会いに出て来る。
猫たちも人間をしっかりと区別してつきあっているのです。

11月21日月曜日、
撮影と音楽と、ダブルの悦楽の一日でした。
近鉄奈良駅から京都駅、京都駅から反転して1つ目、
東寺駅に到着したのが午前10時25分。

持参したセットは、
ソニーα7
Hologon15mmF8U
ホロゴンは、超近接のマクロ撮影以外は、
すべて完全ノーファインダー。

東寺に入って驚きました。
私が東寺を訪れるようになって30年は経ちましたが、
南門から本堂に向かうメインロード途中の中心に、
大灯籠がでんと鎮座していました。
ところが、ない!
あわれ、この大灯籠が撤去されてしまい、
境内を仕切っていたフェンスもついでに撤去。
東寺の本堂の南側境内は全面、
自由に行き来できるショッピングエリアに変貌していました。
おかげで、出店数も格段に跳ね上がったようです。
そのせいというわけではないでしょうけど、
平日月曜日というのに、
境内は群衆で覆い尽くされてしまった感。
まるで12月の最終市である「仕舞い弘法」に来た観がありました。

午前11時、親友のDAさんと合流。
その後は雑踏の中、まず、境内西側の塔中にもうけられたトイレ、
ついで、東側の大きな手水舎で、と、
ランデブー地点を次々決めて、撮影。
例外的な少数を除き、全部ノーファインダー。
男性よりも女性の方を沢山撮っているのには、他意はありません。
個性的な人物を撮っていると、こうなってしまいます。
地位と権力にあぐらをかいて、頭の天辺からものを言うような男は、
まるで個性がありませんから、すべてアウト。
そんな上司の言いなりに、日々、黙々と仕事をこなすけど、
仕事以外にはやりがいのあることなんかなにもない、
そんな男も写真になりません。
日本の社会がそんな「組織的人間」を1世紀かけて作り上げてきました。
よく言われます、「ドイツの将軍と日本の兵隊との組み合わせが無敵」
褒めているのですが、裏返せば、バカにされているようでもあります。
自分の個性と決断で危機を独創的に切り抜ける、そんな将器は稀、
そう言っているのですから。
結局、龍馬、晋作の去った日本に絵になる男は、
スポーツ界を除けば、寥々。
寂しいですね。




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# by hologon158 | 2017-01-02 18:08 | ホロゴンデイ | Comments(0)

673.02 ホロゴンデイ169「2016年11月21日弘法市はやはりホロゴンで」2 謹賀新年


新年おめでとうございます。

大晦日
長女一家がやってきました。
私は偶然ながら、数日前孫の家を訪れた際と同じセーター。
5歳の孫プリンス、一目見て、
「ペペ、なんでまた同じセーター着てるの?」
それから、ちょっと間をおいて、
「そういえば、おれも同じ服着るけどねえ。」

「おれ」なんてえらそうに嘯きますが、
実はまだお人形のように可愛いお兄ちゃんです。
3歳年下の妹、2歳の孫プリンセスには絶対に手をあげてはならない、
そうしつけられています。
おかげで、妹に叩かれたり、かみつかれたり。
でも、反撃をしません。
とても可愛いがっているからです。

自分の服は全部自分で選んで購入し、
毎朝、自分ですべての組み合わせを瞬時に決めます。
気に入らなかったら、絶対に着ません。
プリンセスもすでにまったく同様です。
近頃の子は幼少時からファッション感覚のようです。
好き嫌いは瞬時に決まります。
それぞれに自分のセンスが生まれながらに備わっているようです。

元旦、幼児服店に参りました。
手際よく選んでいくと言いたいところですが、
一つ選ぶ度に、糸の切れた凧のようにすっ飛んでいって仕舞うのですから、
かなり時間がかかりました。
昔は、下着だったら、全部白、と決まっていたのに、
今ではありとあらゆるデザイン、色、柄なのですから、
時代は完全に変わってしまいました。

2017年、車輪が1回転して、どんどんと進んで行くように、
さらに変化が変化を呼ぶのでしょう。
そんな時代の流れの中で、しっかりと自分を保持したいものですね。
というわけで、
今年もどうぞよろしくお願いいたします。





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# by hologon158 | 2017-01-01 23:58 | ホロゴンデイ | Comments(0)

673.01 ホロゴンデイ169「2016年11月21日弘法市はやはりホロゴンで」1 セワシ


さて、久しぶりにホロゴンをフィーチュアするホロゴンデイです。
定番の京都東寺の弘法市。
毎月21日の市です。
例によって、ほとんどノーファインダー。
でも、ソニーα7に付けたフォクトレンダーのMマウントアダプタ。
これが威力を発揮して、hologon15㎜f8では珍しいマクロ写真も。
磯釣りで言えば、まさに入れ食い状態。
沢山ありますので、おそらく9回シリーズとなりそうです。
ごゆっくり画角110度の世界をお楽しみください。

27日から、我が家の「師走」が始まりました。
もっとも、私はいかなる意味でも「師」ではないので、
「セワシ」でした。

妻が小さなマンションの一室を母親から残されたのですが、
その大掃除の分担分とガス点検立ち会いに出かけたのです。
本来下車するバス停を2つ乗り越すと、
奈良でも有数の古い住宅地高畑町(タカバタケチョウと読みます)。
そのあたりから撮影しながら、目的地に行こう、
そう考えました。

20枚ばかり撮って、はっと気づきました。
マンションの鍵を忘れた!
これを含むエキストラの鍵を入れた小銭入れを
バッグの中にいつも入れていたのですが、
私一人で行くことはないので、この小銭入れを
いつしか部屋に残してしまったのです。
40分ほどかけて鍵を取りに戻り、
5階でエレベーターを降りたら、
部屋の前にガス点検員が待っていました。
「悪い、悪い、申し訳ない」
ガスの点検を無事済ませ、
私の分担の大掃除を手早く済ませました。

ガラス戸、窓、鏡、棚のガラスは、
重曹液を作ってスプレーでシャッシャッ、
入手したばかりのスタイリッシュなハンド窓拭きでシュッシュッ!
各種棚やもの入れの扉、玄関扉、窓の桟等も
重曹スプレーとタオルでサッサッ。
シンク、ガスコンロ周り、洗面所、バスは念入りに。
義兄の絵や義母の書道はさらに丁寧に清掃。
あれやこれやで、1時間半。
ふっと、妻が年始の孫たちのために、
ドンクのハードトースト等のパンだけ買い残しているので、
年末一度西大寺の近鉄百貨店に行くと行ってたのを思いだし、
僕が足のついでに行って来るよ!
(献身的な夫なのだ、と、一人、感動)




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# by hologon158 | 2016-12-29 18:38 | ホロゴンデイ | Comments(0)

672.05 ホロゴン外傳190「2016年10月22日エルマジ95㎜で生駒リユニオン」5-完-歳末大掃除



ああ、師走ですね。
27日から歳末の大掃除を始めました。
大掃除の分担は決まっています。
妻が仕事表を作ってくれます。
私が実施します。
あらがえぬ運命の一種ですから、
てきぱき片付けていくことにしています。

今日は、我が家の裏の道、実は農道なのですが、
その我が家に面する範囲の整備。
この農道、私の東隣の年配の未亡人の通路です。
一本道を残して、葦のような堅い幹の雑草がはびこっています。
お隣のご婦人は、ご主人を失って、
原則どおりに、生き返ったようにお元気になり、
この道を使って自転車でお買い物に出かけます。
反対の西隣のご主人は庭いじりが好きなので、
農道を超えたところに菜園も借りて、お野菜を栽培し、
農道もしっかり管理しています。
公道に出るためには西側にさらにまだ3軒分あるのですが、
この3軒はいずれもなぜか裏に出入り口をこしらえていないので、
草ぼうぼうですが、みんな柔らかい雑草たちなので、
踏み分け道ならぬ自転車道がちゃんとついています。

というわけで、お隣のご婦人のためにも、
しっかりと整備しておかなければならないのですが、
私たち夫婦はこの道を全然使わないので、つい怠けてしまいます。
年末にたった1回、完全に平地にしてしまうのが習慣。
どうするか?
このあたりにはびこる草は葦のように固い茎を持ちます。
草刈り鎌では容易に切れないほどに強靭。
やむなく電動草刈り鎌を持ち出して、ブィーンと一掃。
道の反対側は完全に放置されて、ススキと葦状の草が蔓延る野原。
農道を塞ごうとする葦状の草はその進出組なのです。
ということで、その隅の窪地に放り込んで、
カエサルのものはカエサルに、葦原のものは葦原に、
しっかりお返しさせていただいているわけです。

刈り取った草たちは、しばらくすると、大地に戻ってしまいます。
野原に栄養を与えているようなもので、翌年には葦が繁茂し、
おかげさまで農道にまた進出して来るのですから、
完全な悪循環。

でも、一つだけ、プラス要素があります。
1年に1度、見違えるようにすっきりとした農道が甦るのです。
こんな感じで、私も甦りたいものです。




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# by hologon158 | 2016-12-28 14:06 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

672.04 ホロゴン外傳190「2016年10月22日エルマジ95㎜で生駒リユニオン」4 ブログ人気!


2016年12月23日、写真の友人たちと忘年会を楽しみました。
席上、我がブログのことが珍しく話題に上りました。
友人の一人が不人気の理由の一つを説明してくれました。
「記事と写真が一致していません」

私、思わず、にやり。
そうでしょう、そうでしょう。
わざと、そうしているのですから。

本ブログに偶然ぶつかった方は、途方に暮れるでしょう。
表題に書かれたレンズと、本文とがなんの関係もない。
それどころか、別のレンズのことが書いてある。
でも、レンズのことなんか、なんの関心もないから、
昔のレンズの話を読んでもなんの意味もない。

それに、なんだかプライバシーに関わる話題がどっさり。
この人、自分のことを平気で書きまくっている。
日記なのだから、当たり前です。
でも、本ブログが日記であることに気づくはずがないから、
なんだか決まりが悪い。

写真がまた、なんだか意味がぜんぜんない!
それどころか、肖像権侵害の写真が一杯!
(路上顔を曝して、肖像権なんて、ナンセンスなことに、
気づいていないね、あんた)

友人の言葉で、私のポリシーが成功していることを確認。
だから、私の友人たちでさえ、私のブログはたまにしか観ません。
まして、なんの関わりもないあなたが、
訳の分からぬこのブログを気に入る可能性は?
ゼロ。

ブログはかなり長い間残るようです。
でも、ブロガーはどんどん去って行くようです。
ネットとのつながりを保つとすれば、どんなオルターナティブがあるか、
私はよく知らないのですが、たとえば、フェイスブック。
どんどんと友達の輪が広がるので、自然、読者も増えるようです。
そして、コミュニケーションがスムーズのようです。

私も、友人が作ってくれました。
でも、私はそんなに沢山友人がいらない人間です。
今の所、「友達」はたった二人。
その二人との連絡にしか使っていません。
実は、実名で登録したので、あまり広がって欲しくないのです。

その点、ブログは、私には最適。
日々の創造的生活の糧に使えます。
記事を作る、記事に掲載する写真を撮る、
そんな日々の目標ができたのですから。
8年の間にかなり沢山のお気に入りができましたが、
今、私のお気に入りとなっているのは、ほんの僅か。
かなり多くのブロガーが去って行きました。
コミュニケーションを深化する方向にお進みなのでしょう。
次第に、ブログは孤独を好む者のオアシスになりつつある、
そんな感じがするのですが....................




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# by hologon158 | 2016-12-26 23:08 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

672.03 ホロゴン外傳190「2016年10月22日エルマジ95㎜で生駒リユニオン」3 記念日


12月3日は一つの記念日になりました。
揚琴のスティック技法発見の日。
習い始めて10年以上経って、今頃?
笑わば笑え、ですね。
ひたすら手首を回して、弦を叩き続けてきました。
朝のストレッチでも、夜の半身浴でも、
手首のエクササイズを延々続けてきました。
でも、スティックをなめらかに細やかに回して、
美しいトレモロのサウンドを響かせることなど、
夢のまた夢でした。

この2年、二胡も習ってきました。
こちらも同様でした。
弦楽器はすべてそうなのかも知れませんが、
弦を弓で擦っても、美しい音は出ません。
揚琴の二胡伴奏を習っている陳少林先生の言葉が面白いですね、
「二胡は弓を強く弾くと音が小さくなり、
軽く弱く弾くと、音が大きく響きます」

なぜか?
二胡は、弓の弦を二胡の2本の弦の間に入れて、
前に出したり、後ろに押しつけたりして音を出すのですが、
内弦は、たしかに洋楽の弦楽器のように、弦を擦りあわせる奏法なのですが、
外弦は違うのだそうです。
弓の弦を張っている竹の竿を二胡の胴に張った錦蛇の皮を上を滑らせることで、
その動きに伴って、弓の弦と二胡の外弦との間に玄妙な摩擦が起こることで、
あの繊細微妙な二胡サウンドを生み出すのだそうです。
たいていの二胡奏者はどうやらそうは考えていないようで、
グイグイと外弦と弓の弦を擦りあわせて演奏しています。
それでも美しい音は出ます。
でも、摩擦音なので、かなり強い響きで、
繊細微妙なニュアンスを出すことができず、
一本調子のサウンドになります。
私の見るところ、日本で一番有名な二胡奏者も、
中国の民族音楽の大家、朱昌耀さんもそうです。
その証拠は歴然。
お二人とも、とても美しいサウンドですが、
どんな音楽を弾いても、同じ音しか聞こえてこない!

RJ先生は違います。
そのサウンドは音楽、ニュアンスに応じて変幻自在です。
その先生に教わって、2年でようやく少し音が出るようになりました。
たいていの二胡教師につくと、もっと早く音が出るようになり、曲を弾けます。
でも、それは摩擦音、というわけです。
じゃ、本物の音はどうやって出すのか?
左右の手のほんの1個所だけに力を入れて、他は原則として脱力するのだそうです。
手で弾くのではなく、全身で弾くのです。

よく考えてみます、すべての楽器の名手がそうしているのでしょう。
たとえば、ピアニスト。
フォルテッシモを鳴らすのに、
両手を振りかぶって、鍵盤をバシンと叩くなんてことはしませんね。
両手が蛇のようにしなやかに鍵盤に延びるだけ。

突然、閃いたのです。
そうだ!
揚琴も手首で弾くんだないんだ!
脱力した全身で弾くんだ!

こんな閃きって、どなたでもそうでしょうけど、
ただちにメモするか、実行に移すかしないと、
露となって消えてしまうものです。
「天使のささやき」
あなたの場合は「悪魔のささやき」かも?
仕事でも、時々これが起こりました。
朝方の目覚めの瞬間に起こることが多いのですが、
7月3日水素吸入器Beautyflyを使い始めて以来、
なにしろ完全暗黒の熟睡から突然ぱっと目を覚ますようになって、
閃きも去ってしまった?
なんてことはありません。
どうにかした拍子に、リラックスした瞬間、起こります。
今回は起こった瞬間、階段を駆けあがり、
揚琴のカバーをさっとめくって、実行!

肩の力を完全に抜いて、
散歩のときのように、手をぶらぶらさせて、
手首も自由にゆらゆら揺れるようにして、
体の中から波動が手先に向かうようにしました。
これだ!
こうしてHologon158は、揚琴奏者となって幸せに暮らしました....
なんてことには、感嘆になるものではありませんねえ....

単に、10年以上経って、ようやく出発点に立った、
それだけの話。

それだけにしても、よくよく考えてみますと、
すべて、人間の自然な体の動きの基本は、
緊張と脱力のバランス、
これに尽きますね。

40年以上も写真を続けてきますと、
どんなに素人と言っても、
カメラを持つ人、写真を撮る人を見ますと、
たちどころにどの程度か分かりますね。
物腰、眼差し、動き、撮り方、全部違いますね。
でも、こんなこと言って申し訳ありませんが、
今では、鷹の眼差し、豹の物腰の写真家なんて、
ほとんど出会いませんね。
あれはオートワインダーなんて装備されていないカメラで、
銀塩フィルムを使って、一発勝負をしていた時代の写真家の姿でした。
RAWで撮って、明日、現像して、写真に仕上げよう、
なんて気持ちで撮っている限り、
振り返りざまの居合い抜きなんて、お笑い、
「なんで、そんな必要あるの?」

ちょっと話が逸れましたが、
要するに、これから揚琴がますます面白くなりそうです。





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# by hologon158 | 2016-12-25 22:36 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

672.02 ホロゴン外傳190「2016年10月22日エルマジ95㎜で生駒リユニオン」2 記念日


12月3日は一つの記念日になりました。
揚琴のスティック技法発見の日。
習い始めて10年以上経って、今頃?
笑わば笑え、ですね。
ひたすら手首を回して、弦を叩き続けてきました。
朝のストレッチでも、夜の半身浴でも、
手首のエクササイズを延々続けてきました。
でも、スティックをなめらかに細やかに回して、
美しいトレモロのサウンドを響かせることなど、
夢のまた夢でした。

この2年、二胡も習ってきました。
こちらも同様でした。
弦楽器はすべてそうなのかも知れませんが、
弦を弓で擦っても、美しい音は出ません。
揚琴の二胡伴奏を習っている陳少林先生が面白いことを言われました、
「二胡は弓を強く弾くと音が小さくなり、
軽く弱く弾くと、音が大きく響きます」

なぜか?
二胡は、弓の弦を二胡の2本の弦の間に入れて、
前に出したり、後ろに押しつけたりして音を出すのですが、
内弦は、たしかに洋楽の弦楽器のように、弦を擦りあわせる奏法なのですが、
外弦は違うのだそうです。
弓の弦を張っている竹の竿を二胡の胴に張った錦蛇の皮を上を滑らせることで、
その動きに伴って、弓の弦と二胡の外弦との間に玄妙な摩擦が起こることで、
あの繊細微妙な二胡サウンドを生み出すのだそうです。

たいていの二胡奏者はどうやらそうは考えていないようで、
グイグイと外弦と弓の弦を擦りあわせて演奏しています。
それでも美しい音は出ます。
でも、摩擦音なので、かなり強い響きで、
繊細微妙なニュアンスを出すことができず、
一本調子のサウンドになります。
私の見るところ、日本で一番有名な二胡奏者もそうです。
その証拠は歴然。
とても美しいサウンドですが、
どんな音楽を弾いても、同じ音しか聞こえてこない!

私の師匠RJ先生は違います。
そのサウンドは音楽、ニュアンスに応じて変幻自在です。
その先生に教わって、2年でようやく少し音が出るようになりました。
たいていの二胡教師につくと、もっと早く音が出るようになり、
もう今頃は曲を弾いていることでしょう。
でも、それは摩擦音、というわけです。

じゃ、本物の音はどうやって出すのか?
左右の手のほんの1個所だけに力を入れて、
他は原則として脱力するのだそうです。
手で弾くのではなく、全身で弾くのです。

よく考えてみます、すべての楽器の名手がそうしているのでしょう。
たとえば、ピアニスト。
フォルテッシモを鳴らすのに、
両手を振りかぶって、鍵盤をバシンと叩くなんてことはしませんね。
両手が蛇のようにしなやかに鍵盤に延びるだけ。

突然、閃いたのです。
そうだ!
揚琴も手首で弾くんだないんだ!
脱力した全身で弾くんだ!

こんな閃きって、どなたでもそうでしょうけど、
ただちにメモするか、実行に移すかしないと、
露となって消えてしまうものです。
「天使のささやき」
ときには「悪魔のささやき」かも?
仕事でも、時々これが起こりました。
朝方の目覚めの瞬間に起こることが多いのですが、
7月3日水素吸入器Beautyflyを使い始めて以来、
なにしろ完全暗黒の熟睡から突然ぱっと目を覚ますようになって、
閃きも去ってしまった、なんてことはありません。
今でも、どうにかした拍子に、リラックスした瞬間、起こります。
今回は起こった瞬間、階段を駆けあがり、
揚琴のカバーをさっとめくって、実行!

肩の力を完全に抜いて、
散歩のときのように、手をぶらぶらさせて、
手首も自由にゆらゆら揺れるようにして、
体の中から波動が手先に向かうようにしました。
これだ!
こうしてHologon158は、揚琴奏者となって幸せに暮らしました....
なんてことには、簡単になるものではありませんねえ....
単に、10年以上経って、ようやく出発点に立った、
それだけの話。

それだけにしても、よくよく考えてみますと、
すべて、人間の自然な体の動きの基本は、
緊張と脱力のバランス、
これに尽きますね。

40年以上も写真を続けてきますと、
どんなに素人と言っても、
カメラを持つ人、写真を撮る人を見ますと、
たちどころにどの程度か分かりますね。
物腰、眼差し、動き、撮り方、全部違いますね。
でも、こんなこと言って申し訳ありませんが、
今では、鷹の眼差し、豹の物腰の写真家なんて、
ほとんど出会いませんね。
あれはオートワインダーなんて装備されていないカメラで、
銀塩フィルムを使って、一発勝負をしていた時代の写真家の姿でした。
RAWで撮って、明日、現像して、写真に仕上げよう、
なんて気持ちで撮っている限り、
振り返りざまの居合い抜きなんて、お笑いの種でしかないでしょう、
「なんで、そんな必要あるの?」

ちょっと話が逸れましたが、
要するに、これから揚琴がますます面白くなりそうです。





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# by hologon158 | 2016-12-22 23:20 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

672.01 ホロゴン外傳190「2016年10月22日エルマジ95㎜で生駒リユニオン」1 人生を謳歌

 
2016年10月22日は再会の日でした。
一緒に写真展を幾度もした写真仲間の女性は、
ストリートフォトの名手なのですが、
両膝の人工関節手術をされたうえ、ご主人も亡くされて、
写真を撮りたくても撮れない状態。
写真仲間全員がお住まいの生駒を訪ねて再会しました。
自由に歩行することもできず、写真も撮れず、
かなり気力を失われているのではないか、と恐れていたのですが、
歩行はままならないのに気力十分、
人生を謳歌しておられる風情。

それに引き換え、久しぶりに全員集合した男性陣は、
私も含めて、それぞれに「ああ、歳とったなあ」的雰囲気。
知り合った20年前はみんな若かった!
この再会のことはすでに書きました。
文章が先行し、写真が今ようやく追いついたというわけです。

持参したセットは、
ソニーα7
エルマジ95㎜f2.4
私が所有するペッツヴァールレンズの白眉。

でも、正直なところ、ペッツヴァールとして優秀か、と言いますと、
まあ、それほどでもない、というところ。
でも、おそらく19世紀末の湿板カメラ用ですが、
ゆったりと余裕のある描写で、私は大いに気に入っています。
私は、よほどの事情がない限り、すべて開放で撮りますが、
このレンズ、背景がおっとりとぼけてくれるようで、
焦点の合った部分も柔和そのもの。
これみよがしに性能を誇示するところがなくて、
写真がとても穏やか。
近頃は、いわば「ブイブイいわせて闊歩する」そんな写真が多いので、
この古めかしくおっとりとした写真たちを楽しめることが嬉しいですね。

180枚を6回に分けて、ご覧頂きます。




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# by hologon158 | 2016-12-21 13:45 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

671.03 ホロゴン外傳189「2016年10月20日天神橋筋商店街はアポクアリアデイ」3-完-褪せた印象

前回、人生、すべて持続が秘訣、
そう感じたことを書きました。
実は同じことを映画とドラマの比較で感じたのです。
はっきりとそう感じたのは2日前のことでした。
ふと、映画「デリカテッセン」を見直したのです。
ジャン=ピエール・ジュネ監督のブラックユーモアの近未来SF。
十数年前に見たときは、画像のコクの濃さ、画面の独創性、
物語の奇想天外な展開に夢中になったものでした。
でも、今回見て、感じました、
なんだ、つまらない。
説明不足。
物語の展開もでたらめ。
画像もなんだか汚いだけ。

前回の印象と大きな違い。
なぜなんだろう?
はっと気づきました。
2007年以来、韓流ドラマを見てきたせいだ!
まだ9年しか経っていない。
でも、「冬のソナタ」をふと観る気になって、
冒頭のチェ・ジウ扮する高校生が駈けるシーンを見た瞬間、
私が求めていたものが見つかった、そう悟りました。
以来、映画をすっぱり観ていなかったのです。

よくできた韓流ドラマでは、物語は起承転結がしっかり描かれます。
基本精神はこうです。
人間は変わる。
理由なく、変わらない。
どのような人間にも、立場がある。
絶対的な悪人はいない。

この基本精神に忠実に物語は展開します。
さまざまな危機、苦難は、上記の基本精神に従って起こるべくして起こり、
波乱を巻き起こし、修羅場を経て、
やがて正しき者が勝利し、悪しき者は敗北しますが、
それなりに和解や是正があって、
悪しき者も正道に復することで、
誰もが納得する大団円に至ります。

人生は複雑なもの、カオスで、
正しき者が勝つとは限らない、
さらには、なにが正しく、なにが悪いかなど、決めることもできない、
世の中、不合理、非合理だらけのカオス、
むしろ強い者がいつも勝つ、
こんな風に考えている方は、
韓流ドラマなんかおとぎ話、そう見えるでしょう。

でも、演技者たちが性根の座った演技を展開するので、
迫真のドラマに仕上がることがかなり多い。
そのせいで、飽きないのです。
日本のテレビドラマとの違いがそこにあります。
脇役、端役に至るまで、大写しに耐える顔、耐える演技。
顔だけで、目だけで、なにを感じ、なにを考え、
なにをしようとしているか、
観る者に分からせてしまいます。
日本のドラマをご覧下さい。
大写しすると、なんにも考えていない顔、
なにも感じていない顔がそこにあるだけ。

韓流ドラマに移る前に観ていたのは、映画でした。
ほとんどは洋画ですが、かなり邦画も観てきました。
邦画も含めて、演技者は常にしっかりしています。
韓流ドラマよりも巧い演技者もたまに居ます。
韓流ドラマを見てしまうと、
約2時間の中に人生ドラマを封じ込めること自体、
私には耐えられなくなったのです。
あまりにもぶつ切りすぎ、あまりにも恣意的すぎる。
そこに深い含蓄を見いだす人はきっと私より賢いのでしょう。
でも、私には、常に説明不足、理解不足、解釈不能の暗部が残り、
そんな状態に置かれたままにドラマが終焉してしまうことが、
ほとんどの場合、我慢できないのです。

このような私であれば、どんな映画も耐えられない、
だから、今回、「デリカテッセン」は犠牲になったようなものかも?
そう言いたいところですが、そうでもなさそうです。
やっぱり私には、この映画、荒唐無稽すぎる、
私たちの人生になにも付け加えてくれない、たわいもないお話を、
映画の作り方で印象的なものに見せようとしたにすぎない映画、
そんな感じがしてなりません。




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# by hologon158 | 2016-12-19 22:23 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

671.01 ホロゴン外傳189「2016年10月20日天神橋筋商店街はアポクアリアデイ」2 エクササイズ

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近頃、2つエクササイズを採り入れました。
2つとも簡単にできます。

① 腹筋体操

あなた、お腹がたるみはじめていませんか?
私の友人の多くもふっくらと体を重そうに運ぶようになりました。
私も7、8年前ほんの少し膨らみました。
腹囲が83㎝ほどになりました。
85㎝を超えると、メタボと診断される危険があります。
アセチノメガシェイプという全身マッサージ器を採り入れました。
私の知る限り、入浴中に使える唯一のマッサージ器。
大成功でした。
毎夜30分間の半身浴の間、浴槽の中で全身をマッサージできます。

もちろん、揚琴、写真撮影も腹筋を使います。
たいていの方は風景なので、腹筋を使わず、三脚を使います。
私はロボグラフィなので、毎ショット、しゃがんだり、
伸び上がったり、体を傾けたりと、たえず運動します。
毎朝15分間のストレッチは当然続けています(20年になります)。
これらの運動に、上記のマッサージも相まって、腹筋が鍛えられ、
お腹は引っ込んでしまいました。

でも、このお腹なるもの、油断したら、すぐ出しゃばってきます。
そこで、今回採り入れたのは、ネットで知りました。
腕立て伏せの最初の姿勢の持続。
頭をしっかり水平にし、全身を少し山形に持ち上げて、ホールド。
毎日、10秒ほどからだんだんと持続時間を延ばしていくのです。
私は5秒ずつ。
ときどきお休みの日を挟みましょう。

1ヶ月も続けると、お腹はたいてい引っ込むのだそうです。
よし、これだ!
ということで、始めました。
最初はなかなか苦しいですね。
でも、それを超えてがんばれば、
かなりの持続時間に延ばせるのではと期待しています。

どのようなエキササイズも、
成功の秘訣はひたすら持続、継続、辛抱、意志ですね。
初めても続かない人がいます。
基本的にモチベーションも持続の意志も足りない。
でも、悪いこと言いません、
その「何事も続かない」癖は直しましょうね。
人生、実はすべて継続、持続のプロセスです。
ちょっといやになったら止める、これを繰り返して行くと、
なにもかも中途半端な人生になってしまいますよ。

② 目の体操

これも実にシンプル、簡単!
要するに、顔筋のエクササイズです。
こうです。
10秒間、目をしっかりぎゅっとつぶる、
これがいわば基本動作。
各エクササイズはこの基本動作に戻りつつ、
すべて10秒間体操。

①ぎゅっ
②目を開き、頭をしっかり直立不動のまま、
目だけ動かして、左を見つめ続ける。
(片手で顎をしっかり押さえて、頭の向きをホールドしましょう)
③ぎゅっ
④(②に準じて)右を見つめる。
⑤ぎゅっ
⑥上を見つめる。
⑦ぎゅっ
⑧下を見つめる。
⑨ぎゅっ
⑩右手をしっかり延ばして、
親指を立てて、右から左、左から右に動かし、
頭を動かさず、これを目で追う。
⑪ぎゅっ
⑫⑩を上下動に変える。
⑫ぎゅっ
以上で完了

あなた、近頃、視力が急激に低下しつつありませんか?
携帯、パソコン、テレビなどの見すぎで、
文明社会の人間の視力は劣化の一途なのかも知れません。
眼科医からは、
「そんなことで目は悪くなりません」と聞きました。
でも、たとえそうだとしても、老化の一つが視力の低下にあることは疑いがありません。
やってみる価値のあるエクササイズです。

私が7月3日以来採り入れて、大成功のBeautyflyも、
私が幾度も本ブログで推薦しましたが、
心を動かす方はおいでにならないようです。
体を鍛える、
老化を防ぐ、
すべて断固たる意志で長期間持続しない限り、成功しません。
でも、持続こそ、人生の秘訣ではありませんか?
何事も辛抱強く長年月継続してこそ、結果が出るものです。
もし、そうした持続をする自信がない方は、
なにかシンプルな持続から初めて、その成功体験をバネにして、
もっと大きな持続ができる精神的基盤を作った上で、
志を果たしましょう。
それには、自分のお好きなトレーニングを選択されればよいのです。
今回のは実にシンプルだし、うれしい成果を伴うのですから、
トレーニング筆下ろしには適当ではありませんか?

さあ、今日から、なにか始めましょう!
# by hologon158 | 2016-12-18 13:32 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

671.01 ホロゴン外傳189「2016年10月20日天神橋筋商店街はアポクアリアデイ」1 吉田正写真教室


10月20日は吉田正さんの写真教室でした。
この記事を書いた前日、12月15日も。
その間の11月の教室は私の孫用緊急出動で欠席。
それにしても、10月20日の記事を書くまでに、
3回の吉田正写真教室を経たわけです。
光陰矢のごとし、と言いますが、
我がブログ、亀のごとし、というわけです。

10月20日の教室の後、生徒8人で天神橋筋商店街に繰り出しました。
藤原ビルに案内する約束だったからです。
11月の教室では、10月20日の成果を持ち寄ることになっていました。
欠席してしまったので、折角の皆さんの成果を見ることもできず。
所変われば品変わる、と言いますが、
人が変われば、写真も変わる。
楽しみにしていたのに、残念。
私の結果はこうしてブログで報告させていただきましょう。

なお、吉田正さんの写真クラブが写真展を開催中です。
私の感想はまた書きますが、とにかく素晴らしい写真展です。
ぜひおいで下さい。

  写真楽園Club SEI-G 写真展 2016 「心の風景」

     カメラは 紡ぐ
     時を 人を 空間を
     切り取りながら 未来を紡ぐ
     紡いだ夢を あなたの胸に
     お届けできると
     うれしいな

 会期:2016年12月13日(火)~25日(日) [12月19日は休館日]
 時間:10:00~17:30 (最終日は16:00まで)
 会場:西宮市立市民ギャラリー 3F 第3・第4展示室

 662-0944 西宮市川添町15-26 / 0798-33-1666
 (市立中央図書館・郷土資料館と併設)

     阪神 「香櫨園駅」 徒歩6分
     JR 「さくら夙川駅」 徒歩15分
     阪急 「夙川駅」 徒歩17分






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# by hologon158 | 2016-12-16 11:41 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

670.05 ホロゴンデイ168「2016年10月18日三重関宿にホロゴン見参!」5-完-ミスタッチを恐れるな Part 3

どんなに練習しても、人前で独奏すると、必ず上がり、
必ず思い通りの演奏にならない。
この悪循環をなんとかしたいもの、
そういつも心の隅に考えてきました。
1ヶ月ほど前、書店である本を見つけたのです。

ウィリアム・ウェストニー著
「ミスタッチを恐れるな The Perfect Wrong Note」
(ヤマハミュージックメディア刊)

書店で、この題名を見た瞬間、感じました、
「これだ!」

アマチュア音楽家への目配りは忘れませんが、
本質的には、プロ音楽家を目指す学生たちへのアドバイス。
ピアノだったら、こんな風に段階を追ってソルフェージュしなさい、
なんて、優等生向けのものでは全然ない!
詳しいことは書きません。
楽器をしない人はどうせ読まないし、
楽器を修得しようと志を立ててがんばっている人なら、
たった2300円です。
さっそくアマゾンで取り寄せましょう。

要するに、型を破りましょう。
型どおりに練習することなど、全部やめましょう。
反復練習じゃなくて、目標を定めて、
弱点、難点を一つ一つ徹底的に克服していこう。

簡単に一例。
楽器に向かったら、音階とか練習曲をちまちまとお行儀よくやるなんて、
よしましょう。
まず、バンバン叩きまくれ、弾きまくれ、
ミスタッチでもなんでもやっちゃおう!
こうして楽器と馴染み、体をほぐし、心をほぐそう!
こんな調子です。

さっそく、揚琴でやってみました。
揚琴の弦は150本を超え、全音、半音、数十の音が出せて、
音域は5オクターブほどもあります。
その弦をまず思いきり叩きまくったのです。
できるだけ手首が柔らかく回るように、
これだけを念頭に置いて、
さまざまに音を出し、おかしな組み合わせの音を
トレモロしたり、和音にしたり。
そして、それに続いて、お気に入りの練習曲とか、
暗譜している曲を思いっきり叩きまくったのです。
なんだか体が、手首が突然なめらかになった、そう気づきました。
今学習中の曲は左手がスティックの底の竹で弦をピンピンと弾いて、
主旋律を奏でる間に、右手は低音から中音域をめまぐるしく踊って、
アルペジオの伴奏を付けるという部分が20小節ほどあります。
こんな難しいこと、簡単にはできっこない、そう思いこんでいたのですが、
なんだかすらすらと弾けているではありませんか?
この本のアドバイスをいくつも取り入れたからです。
なんだか楽器がさらに生き甲斐になりそうな気持ち。

今、2度目を読んでいます。
優れた本はどれも同じです。
その主題となるテーマについてだけではなく、
人生について、生き方について、学ぶことができます。
私の第2の人生の大きな原動力を生み出してくれそうです。
かなりの有能な人材が第1の人生が終わったとき、
なにかが終わった、人生は終幕に入ろうとしている、
そうお感じになるようです。
私は違います。
これからが本当の人生!
なにをやってもいい!
だから、本当にやりたいと思っていたこと、
いやそれを超えて、こんな人生があったんだ、
そう発見できる、そんな人生を自分で創って行こう、
そんな気持ちがますます強くなっています。






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# by hologon158 | 2016-12-14 16:17 | ホロゴンデイ | Comments(0)

670.04 ホロゴンデイ168「2016年10月18日三重関宿にホロゴン見参!」4 ミスタッチを恐れるな Part 2


私たちは、糸川教授と違って、
第1の人生は人の夢を手伝う程度で生きたかもしれません。
でも、第2の人生は自分の夢を追いかけましょう。

と言いつつ、私自身は、第1の人生から、
あれやこれやと夢を追い求めて生きてきました。
どうせいつかは死ぬんだか、
生きてる限り、どの瞬間も自分のやりたいことをやろう、
そう決意していたからです。

でも、楽器の先生につくようになったのは、
10年ほど前から。
独習では絶対に分からないことを一杯学びました。
そんなメリットがあることは、独習者には絶対に分からないことです。

どんな楽器も全身で弾くものなのに、
形だけ真似て、小手先のテクニックでしのいでしまいます。
体全体で弾くということは、
体の一部を緊張させ、他はすべて弛緩させるという動きを、
さまざまに使いこなさなければいけません。
そんなこと、一人ではとても気づかないし、
まして自習で会得することなんか絶対におぼつきません。

でも、形はなんとか様になるし、
パフォーマンスもまずまずできるでしょう。
そうなので、もう簡単に天狗になれます。
引退後のアマチュア写真家が、
「わしら、カルティエ=ブレッソンなんか軽く超えてしまった」
とうそぶいている姿を見たことがあります。
失礼ですが、笑ってしまいました。
こんな風に天狗になれること自体、
どんなことも天井知らずであることに気づいていない証拠ですね。

ですから、必ず、先生につきましょう。
でも、自習復習を怠ってはなりません。
でも、そんな自習復習の要領そのものが分からない。
恥ずかしい話ですが、昨日までの私がそうでした。
揚琴、二胡、そしてリコーダーと順番に学び始めたのですが、
自宅での練習は、簡単な練習曲を一通りやってから、
いきない課題曲を何度も弾き、
うまく弾けないところだけ、部分練習、
そんな毎日をどの楽器についてもひたすら続けてきたのです。
それがどんなに無意味か、それを思い知らされるのが、
コンサートです。

今年の秋は4つもコンサートに参加しました。
まあ、簡単に言いますと、どれ一つ、うまく行きませんでした。
日頃の猛練習の成果なんて、どっかに吹っ飛んでしまった感じ。
最後の付虹先生の揚琴、二胡教室の発表会は
すり鉢状の小ホールを借りてのコンサート形式。
舞台裏で出番を待つとき、
気がつくと、頭の中は真っ白!
今から演奏する曲を頭の中でおさらいしようと思ったのに、
何一つ浮かんで来ない!
生涯、自分の仕事ではあがったことなどなかったのに!
突然、腹を決めました、
「ええい、もうどうなってもいい。
思い出せなくても、体は覚えている!
そのはず!
そうであってほしい!
なるようになれ、だあ!」
出番になって、揚琴の前に座って、
思い切ってスティックを振り下ろしました。
不思議な体験でした。
なんとか最後まで弾くことができたのです。
前日に20回以上弾いたのですから、当たり前と言えば、当たり前。
最後まで、どう演奏しようなどという意識などなし。
ただ、あれよあれよ.......あれっ? 
終わった!

先生も何人かも「よかったですよ」と言ってくださったのですが、
「どうよかったのか?」
尋ねる勇気もなし、
ただ、気休めに言ってもらったと推測しただけ。

何度か書きましたが、これまでも同様で、
揚琴伴奏は一人だけでの伴奏も含めて、ほとんど上がらないのに、
独奏は常に上がる、というのが私のジンクスでした。
今回もそうだったわけです。
[★★続く★★]





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# by hologon158 | 2016-12-13 23:57 | ホロゴンデイ | Comments(0)

670.03 ホロゴンデイ168「2016年10月18日三重関宿にホロゴン見参!」3 ミスタッチを恐れるな Part1

あなたは楽器をなにか楽しんでいませんか?
まだですか?
でしたら、今からで遅くない!
なにか始めましょう!

別に楽器でなくても、いいのです。
なんでもいいから、始めましょう。
自分にはできるはずがない、
だけど、やってみたい、
そんな何かがあなたにもあるでしょう?
たとえば、ピアノ。
たとえば、油絵。
なんでもいいのです。

絶対に自分にはできない、
だけど、できたらいいなあ、
生まれ変わったら、やりたいものだなあ、
そんなものが一つや二つ、あるでしょう?
じゃ、第2の人生、生まれ変わったつもりで、始めましょう!

ただし、必ず、先生につくこと!
恥ずかしいから、いやだ、
そう思ったら、思い出しましょう。
第2の人生なんだ、なんでも初めてのことじゃない?
やってみよう!

ロケット工学の第一人者だった糸川英夫教授をご記憶でしょうか?
バレーを始めたのです!
バレーボールじゃありません。
クラシックの舞踊ですよ。
超有名人でした。
もちろんニュース種となり、
踊る姿を全国民が見るだろう、と予測できるのに、
始めたのです!
人目を気にしないあたり、さすがに天才ですが、
このように子供の心を持たない限り、
人が思いつかないようなアイデアなんか閃かないものです。

子供の頃、映画館でニュース映画を観ました。
糸川さんのロケット発射実験のニュース。
とても小さなペンシルロケットがちっぽけな発射台に。
「3、2、1、発射!」
その瞬間に、かわいい「パン!」という破裂音とともに、
発射台の上で木っ端みじん。
映画館は爆笑に沸きかえりました。
でも、子供心に感じました。
誰も糸川さんをバカにして笑ったんじゃない!
我が子の凧がいきなり墜落したときのように、
あたたかな気持ちがこもっている、
そんなことを感じたことを覚えています。

一生夢を追い続けた人でした。
私にとっては、糸川教授はまさに理想像。
[★★続く★★]




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# by hologon158 | 2016-12-13 22:51 | ホロゴンデイ | Comments(0)

670.02 ホロゴンデイ168「2016年10月18日三重関宿にホロゴン見参!」2 洞窟の記号


すでに、ギョベクリ・テペのことを書きました。
紀元前1万1000年前後、
つまり、人類の文明誕生と思われてきた時代よりも数千年前に、
人類は画期的な神殿を建造するだけの思考力、実行力を持っていたことが
明らかになってきました。

つまり、数千年前、農耕が始まり、人類が定住して、
その後にようやく文明が始まった、
そう私たちは考えていたのですが、
それはただの学者の思いこみにすぎず、
人類は、農耕が始まる何千年も前に宗教や大規模土木を含む、
れっきとした文明的活動を始めていたことが明らかになったのです。

先日、人類はさらに何万年もさかのぼって、
現代人にさほど変わりない思考、行動を行っていたことを証明する事実が
明らかになってきたようです。
ジェネビーブ・ボン・ペッツィンガーさんによる研究が
そのような事実を明るみに出したのです。

「最古の文字なのか?」(文藝春秋)

まだ大学院の学生さんなのに、
すでにれっきとした文化人類学の権威になっているようです。
彼女はヨーロッパを中心とする世界中の
4万年ほど前から1万年前頃までの洞窟絵を探査し、
データベースを作って、その成果をじっくりと照らしあわせたのです。
洞窟絵は、アルタミラのような動物絵にこれまで焦点が当てられてきたのですが、
それよりも遙かに大量の、具象画ではない、模様を照査して、
それらの模様はいわばでたらめに書き付けられてきたのではなく、
わずか32の形に整理されてしまうことを明らかにしたのです。

ボン・ペッツィンガーさんは、まったく違う時代の、
まったくかけ離れた地域でこうした形だけが書かれてきたということは、
つまり、人類は、これらの形をなんらかの記号として伝承し、継承して、
使ってきたと考えるのです。
そのようなことが起こるためには、
発祥の地であるアフリカでそのような記号が始まったはず、
だから、将来、アフリカに洞窟絵が見つかる可能性がある、
そう考えています。
つまり、人類は数万年前から、
記号、シンボルを使うほどの頭脳を備えていたということになります。

私も子供の頃アルタミラの洞窟絵を見て、
そのあまりのリアリティ、描写能力に驚き、
考えたことを思い出しました。
丁度ギョベクリ・テペの神殿建築の時期に重なります。
この人たちって、今の人類とぜんぜん変わらないんじゃないの?
よく考えたら、そんなことは当たり前なのです。

洞窟に入ったことがありますか?
私は幾度かあります。
沖永良部島の鍾乳洞。
新婚旅行でした。
誰もいないけど、入り口が空いていていました。
電気が煌煌とついていましたので、入ってみました。
中で管理人らしい青年とすれ違いました。それから10分ほどして、
電気を消されてしまったのです。
暗闇に浮かび上がった私の妻があんまり美しいので、
意地悪をされてしまった、そう私は考えています。
2、3分後には点灯したのですが、
それまでの間の洞窟の闇は、たとえようもなく暗黒であることを
いやと言うほど思い知らされたことを記憶しています。

数万年前の人類はそんな真の闇の中に絵を描こうなんて、
どうして思いついたのでしょう。
絵を描くためには、さまざまな計画立案と準備が必要です。
絵の具を用意して、持ち込んだのです。
ということは、照明道具も準備でき、
どんな絵を描くのか、あらかじめ考案、構想する能力もあったのです。
いきあたりばったりでは絶対にできない作業なのですから。
既に人類は企画立案実行の能力を持っていたことのです。
この点も、ギョベクリ・テペの建築に携わった人たちに似ています。

そうして、ボン・ペッツィンガーさんは、
当時の人類は記号も考案し記憶し、使うことができ、
その絵を見る人もその記号を正しく理解できたと主張するのです。
この記号たちだけを使っていたことから浮かび上がる事実がもう1つ。
当時の人たちは、洞窟にただいたずら書きをしていた、
ただの思いつきで絵を描いていた、わけではなかったこと。
それも、洞窟絵の最初の頃から最後の頃まで、一貫していたこと。
実は、縄文土器の時代も数千年重なっています。
縄文人も、めったやたら、好き勝手に土器を作っていたわけではない!

実に奇妙です。
これまで明らかになった定説上の文明時代においては、
なんらかの行動様式、芸術様式がそんなに長期にわたって
かつ広範囲に保存されていたことなどありません。
保存のための道具、媒体、実行力、思想上の基盤形成等では、
いわゆる文明時代の人間たちの方がもっと有利なのに、
ほとんどなにもかも長続きをしない。
文明そのものが、中国を除けば、永続した試しがないのですから、
当然かも知れません。
でも、何千年も文明が続いた中国においても、
文明自体が均質に永続したわけではありませんし、
その文化、生活のさまざまな場面で、
洞窟画、縄文土器のように長続きしたものは何も見つからない、
そう言っても過言ではありません。

ただし、ボン・ペッツィンガーさんも、
そうやって特定の形がなにを意味していたのか、
解明できたわけでありませんし、
その形状、描き方からしても、
複雑な思想、情報を伝達するためのものと見るのは、
かなり困難。
でも、そうした特定の記号と洞窟に絵を描く習慣は、
何万年も継続して保存されたらしい。

将来この謎が解明されるかどうか、
私としても、ちょっと期待しがたいものを感じますが、
その一方では、心から讃嘆させられてしまいます。
我々の祖先たち、長い間、洞窟の中で頑張ってたんだなあ!
もしかすると、彼らもまた永遠を、憧れを知っていたのかな!





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# by hologon158 | 2016-12-12 23:58 | ホロゴンデイ | Comments(0)

670.01 ホロゴンデイ168「2016年10月18日三重関宿にホロゴン見参!」1 時よ、止まるな!


ホロゴンを久しぶりに使いました。
使う度に思うのです。
ホロゴン15㎜F8があれば、他にはなにも要らない!

でも、様々なレンズを使ってしまいます。
ボケボケの幽玄描写にしびれてしまうから。
これまで、そんな風に写真を撮り続けてきた。
そして、
こんな風にして一生写真を撮り続けるんだろうな。
こんな風に、生きている一瞬一瞬になにかを感じ、
なにかを心に刻み続けたい、それが私の望み。

近頃いつも思うのですが、
結局、人生の意味は続けることにあるようです。
なにごとも続けなければ、いつか意味を失ってしまう。
「時よ、止まれ!」
そう言いたくなる瞬間があるものです。
でも、そこで止まったら、残された人生は化石でしかない。
どんな瞬間も乗り越え、後に振り捨てて、生き続けるなければならない。
それが人生、

  「時よ、止まるな!」

私は写真を撮り続け、いろいろな楽器を学び続けて、生きましょう。
愛する人たち、愛するものたちと一緒に歩いていきましょう。
ブログはその記録の一部、
残りは私の心、記憶の中に仕舞っていきましょう。

今回のホロゴン写真は、三重県の関宿ロボグラフィ。
意味不明のロボグラフィが続きます。
ご心配なく。
そんなものにぶつかったら、
さっさとこのブログを消しちゃいましょう。
ご自分の人生を生きていってくださいね。




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# by hologon158 | 2016-12-11 13:41 | ホロゴンデイ | Comments(0)

669.06 ホロゴン外傅184「2016年10月11日スピードパンクロ50㎜F2も奈良町で」6-完-移動書斎


「人生至る処青山あり」
美しい言葉ですね。
どこに行っても、美しく死ねる、それが人生だ、
という感じでしょうか?

私はこう言いたいですね、
「人生至る処書斎あり」

私はいつどこでも何か考えていたい。
それを実現できるアイデアがこれ、というわけです。

人ができるようですが、私には、
頭の中で思案を巡らせる、これができません。
いつも書いていることですが、
私にあれこれ能力があるとしても、
記憶力だけは備わっていない。
これはかなりのハンデですね。
さっと知識を取り出せる人がいます。
うらやましいですね。
そんな芸当ができない私は、いつもそう感じてきました。
だから、私は知識に頼らず、
判断力と閃きに頼る、そんな生き方をしてきました。

こんなことができる人がいますね。
少し考えを巡らした後、すっと5本の指を立てて、
「この問題には解決の可能性がたった一つ。
ただし、そのプロセスには5つの課題があります。
まず、その一つが....」
こんな芸当、一度はやってみたいけど、無理。
そこで、私はひたすら書きます。

むかし東京工大の川喜多二郎教授が考案したKJ法という発想法を
ご記憶でしょうか?
これを一番愛用したのは私ではないか、とさえ思います。
ブレーンストーミングをまず活用します。
なにかを解決したければ、
解決に関係しそうなデータ、アイデアを思いつけば、
小さなカードにランダムに書き付ける。
そのデータ、アイデア同志の関係は考えない。
ひたすら思いつくまま書き続ける。
頭の中からなにも出なくなったら、
これを卓上にずらりと並べて、
関係がありそうなものを近くに、
なさそうなものを遠くに、と、並べ変えて行く。
そうして、....と、データ、アイデアの関連を考えていくうちに、
さらにデータ、アイデアは増殖する、
こんな風にしていく内に、
バラバラでは見えてこなかった関連、アイデア、方向が見えてくる、
そんな発想法でした。

私のような極貧記憶の人間には最高の武器でした。
今は、あからさまには使いませんが、
ひたすら文章をランダムに書いて、なにか自分の考えがまとまるのを待つ、
という姿勢は変わりません。
KJ法が今でも私の底で生きている、
そんな感じがします。
そして、今では、その武器はカードではなくて、
Pomeraというわけです。

しかし、私にはもう一つ弱点があります。
集中するために、音楽が必要なのです。

若い頃、国家試験を受けたことがあります。
記憶力がない私にとって唯一の武器は、
「読書百遍意自ずから通ず」だけ。
でも、別に読みたくもない必須の基本書を、
30冊ほど学ばなくてはならないのですから、
ちょっと辛い。
そこで、オペラを轟々と書け続けながら、ひたすら読み続けたのです。
生活雑音をすべて排除することで、
なんとか読書に集中できたわけです。
これが癖になってしまいました。

Pomeraのような小型コンピュータとiPodの出現で、
私の移動書斎が実現しました。
どこに行っても、座りさえしたら、
iPodやウォークマンで音楽充満空間に瞬間移動し、
好きなように読書し、Pomeraで作文できるようになったのですから。

多くの人は、まず書きたいことが頭に浮かんでから、作文にかかります。
私は、頭の中は空っぽなので、まず書き出します。
あれこれと書いている内に、なんとか文章にまとまり、
けじめを付けることができたり、できなかったり。

ブログを始めてから、
私はそうした文章の倉庫を見つけることができた思い。
この倉庫に入れておけば、
ブログ内検索で、いつでも参照できることを知って、
私は狂喜乱舞したものです。
でも、残念ながら、ブログ内の文章が8000を超えると、
検索しても満足にひっかからないようです。
でも、気にならなくなりました。
書く方が忙しくて、
読み返すなんてことをほとんどしたことがないのですから。
こうして、「至る処書斎あり人生」をエンジョイしています。

ところが、落とし穴!
11月14日月曜日、揚琴レッスン梯子日でした。
バスに乗って、早速ウォークマンでモーツァルトを聴こう!
あれっ?
イヤホンの右の白いイヤーパッドがない!
バッグを全部ひっくり返して探しました。
ない!
妻にラインでいつもの置き場所を探してもらいました。
「なかったよ」

そこで、どうしたか?
音楽をあきらめたか?
とんでもない。
ないと分かった途端、ひらめきました。
自分でイヤーパッドを作ればいいんだ!
ゴムのパッドが押し込まれる芯が残っています。
その周辺に短冊状に破ったティッシュを丁寧に巻き付けました。
そうして、耳に押し込んで、モーツァルトの弦楽四重奏曲をかけたら?
しっかり音楽が頭の中に鳴り響きました。
正規のイヤーパッドにまるで劣らない。
こうして、この文章を気楽に書くことができたという次第。





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# by hologon158 | 2016-12-08 23:33 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

669.05 ホロゴン外傅184「2016年10月11日スピードパンクロ50㎜F2も奈良町で」5 人形浄瑠璃

11月8日火曜日、文楽公演でした。
人間国宝の人形遣い吉田蓑助師匠が引退するまでは、
夫婦で通うことにしようと、二人で約束しています。

今日の出番は「艶容女舞衣」(はですがた おんな まいぎぬ)
蓑助が遣うお園は30数年の間に2度見ていますが、
まさに絶品でした。
そこには、人間よりも生き生きとした艶やかなお園が居ました。
ただし、今回演じるのはお園の夫の愛人三勝。
お園は彼の弟弟子桐竹勘十郎が遣います。
残念。

こうやって共演することで、チューターとなって、
自分の芸を後輩に伝えようとしておらえるのでしょう。
でも、なんでもそうです。
至芸は真似ができず、人に伝えることもできません。
彼ほどの至高の境地にまで上り詰めた芸術家は、
あらゆるジャンルを通じて、ほとんどいない、とさえ思えます。
彼を知る人は、だれもが不思議を感じているはずです。
まだ、文化勲章をもらっていない!

歌舞伎ではすでに8人ももらっているのに、
文楽は2014年に義太夫語りの竹本住大夫師匠がもらっただけ。
そんなに人形浄瑠璃ってマイナーなのでしょうか?
でも、こう言っては失礼ですが、
住大夫師匠を超える義太夫語りを私は3人聞くことができました。
でも、蓑助を超える人形遣いは知りません。
この数年の間に必ず受賞されると信じたいものです。

演目は①増補忠臣蔵、②艶容女舞衣、③勧進帳安宅の関の段。
歌舞伎と演目はかなり共通しています。
江戸時代の芝居作家近松門左衛門は世界的な悲劇作家、
そう言っても過言ではありません。
悲劇の本質は、出来事がどうしようもなく連鎖していくところにあります。
ああもできたのに、こうしたらよかったのに、
といった考慮が入り込む余地がない。
そうとしかやりようがない、そんなプロセスが
主人公をラストまで容赦なく引っ張っていきます。
アイスキュロスたち古典ギリシアの悲劇作家、
シェークスピアがそうした悲劇を生みだしました
近松もそうです。
だから、近松や、いくつもある文楽の最高の演目、
仮名手本忠臣蔵もそうですが、
これらは物事の仮借なき連鎖が一本通っています。

でも、たいていの文楽の演目の筋立ては実にでたらめで、
ご都合主義で、納得が行かないものが多いのが残念。
今回の出し物もそんなものばかりでした。
こうなると、筋はどうでもよいから、
人形遣い、義太夫語り、三味線の妙技を楽しむ境地になってしまいます。
名人芸を楽しめたのは、やはり蓑助と三味線の人間国宝寛治。
お二人とも、最初の印象は、「ああ、衰えたなあ..........」
蓑助師匠は、下駄が重いのでしょう、
気のせいか、三勝がよろよろして、ただの人形という感じ。
寛治師匠の三味線の弾きだしは、弦が緩んでるんじゃないか?
一瞬そう思ってしまうほど、頼りなく、かすんだサウンドでした。

ところが、クライマックスに至ったとき、
三勝は死を覚悟して、凛とした気品を漲らせる女性に変身し、
寛治師匠の三味線は裂帛の気合いを漂わせる緊張感で高潮し、
お二人の芸は闇を切り裂く光のように輝きました。
「至芸」という言葉はこんな瞬間にとっておきたいものです。
そんな瞬間に立ち会えて、私たちは幸せでした。






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# by hologon158 | 2016-12-08 12:02 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

669.04 ホロゴン外傅184「2016年10月11日スピードパンクロ50㎜F2も奈良町で」4 縄文時代の奇跡


前回の記事の続き。
縄文文化も同様の奇跡の文化、歴史ではありませんか?
文明が現在の通説よりもはるかに遡る可能性を基礎づけるという点では、
日本の縄文文化を挙げることもできそうです。

縄文時代は1万5000年前に始まったとされています。
つまり、1万数千年も縄文土器を連綿と作り続ける人たちが居たのです。
その間、縄文土器が本質的には同質を保って作り続けられたのです。
単なる土器のレベルの問題にすぎないのでしょうか?
私にはそうは思えません。
日本の現代を考えて下さい。
たった100年ほど前の明治時代の文化、建築物がどれだけ残っていますか?
当時の生活のどれだけが現代に継承されていますか?
つまり、しっかりと情報、知識が伝承されて、揺るがなかった。
その一点だけをとっても、
その根底に安定した社会と文化を感じませんか?

縄文土器に関する文献を読む度に感じることが一つあります。
縄文時代の文献を読んでも、
縄文文化と歴史が人類には極めて稀な現象であることを全然書いていない。
その文化を1万数千年も育て続けるためには、
縄文人たちは計り知れない努力と知恵を傾けたはずなのに、
そのことも書いていない。
でも、ここにも未知の社会と歴史が隠されていることは明らか。
縄文時代が遙か1万年を超えて延々と保持されてきたという、
稀有の事態への驚きを感じさせる語調を感じ取ったことが一度もありません。

私が幾度も書いている恐竜時代のタイムスパンについても同様です。
それがどんなに途方もないことなのか、
それこそ恐竜時代に対するもっとも切実な視線となって当然なのに、
そのような視線を感じたことは一度もありません。
恐竜たちが1億数千万年もの長きにわたって、
延々と進化を続けたというのに、
学者の話題は、なぜ滅んだか、こちらに重点が置かれている。
確かに、種の衰退滅亡の契機を学ぶことも、
人類の現在及び未来のあり方に対する大切な指針となるでしょう。
でも、恐竜が1億数千年にもわたって生存繁栄し続けたこと、
こちらの方こそ、人類の未来のためにさらに重要ではありませんか?

同様に、縄文時代がなぜ1万年以上も続いたか?
これは大変な問題と意味をはらんでいます。
現代文明がそれだけ存続する可能性など、
誰も信じていないからです。
むしろ破滅、カタストロフィに向かってまっしぐら、
いまや組織の生存、発展、繁栄が人類の生存よりも重要、
そんな奇怪な気配さえ感じられるのですから。

縄文土器が1万年以上続いたということの意味は、
土器のレベルの問題ではありません。
縄文土器を作り続ける文化と社会とはどんなものだったか?
縄文人たちがなぜ1万年以上に渡り、縄文土器を作り続けることができたか?
これが核心ではありませんか?

まず、分かること、それは、
縄文人たちの生存、生活が1万年以上安定して継続したことを意味します。
1万年ですよ、信じられますか?
現代人の生活の中で、千年以上残っているものがどれだけありますか?
築100年で旧家と言われる時代なんですから。
縄文時代だって、事情はあまり変わらなかったでしょう。
さまざまな面で縄文人の生活にも変化があったはず。
でも、生活、社会の根幹には縄文土器があり続けたのです。
生活の具として常用すれば、
古びたり壊れたりしていったでしょう。
でも、さまざまな変化はあっても、縄文様式はしっかりと守り続けたのです。
その理由は分かりませんし、想像さえできません。

しかし、分かることがあります。
縄文人は現代人とそっくり同じ「人間」だった。
縄文人から弥生人、弥生人から現代人に進化などしていません。
全部同じホモサピエンスだったのです。
安定の文化から変化の文化に移行しただけ。
大切に守る文化からなんでもかでも捨てる文化に変わったとも言えます。
たとえば、現代のさまざまな製品は一定期間経過後に壊れるようにできています。
なぜ?
買い換えをさせるため。
誰の利益のため?
一部の人間のため、会社のため?

でも、はっきり見えてきました。
いつまでも変化を果てしなく続けることはできません。
資源そのものが尽きてしまうからです。
酷寒の到来とともに、天井もふすまも燃やして暖をとるようなやり方で、
人類は生きているのです。
行き着くところは見えています。
現代の事態を座視する限り、
きわめて近い将来に破滅へのチェーンリアクションが始まります。
これを避けるには、縄文人の知恵を学ぶことが必要なのではないでしょうか?






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# by hologon158 | 2016-12-07 23:58 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

669.03 ホロゴン外傅184「2016年10月11日スピードパンクロ50㎜F2も奈良町で」3 ギョベクリ・テペ


ギョベクリ・テペ
この名をご存じでしょうか?
トルコにあります。

ホメロスの「イーリアス」の舞台となったトロヤの発掘が
幽冥の彼方に隠されたギリシア史を大きく開きました。
ところが、ギョベクリ・テペの発掘は人類史全体を大きく変えようとしています。
文明の始まりを1万年以上前にまで遡らせることとなりそうなのです。

これまで、文明は農耕を不可欠の条件として考えられてきました。
農耕民が定住してはじめて、人類の文明は始まった、
これが歴史上の常識でした。
ところが、ギョベクリ・テペは全然違います。
紀元前1万年前後の狩猟民による精緻かつ大規模な神殿建築が、
それも、周辺のレーダー探知の結果、
広大な範囲で、幾十も同種の建造物が地中に見つかり、
すでにその幾つかは発掘されています。

下記のビデオをご覧ください。

Gobekli Tepe
(https://www.youtube.com/watch?v=eHG9URGDt6s&list=
PL1kIeRJejsQZ_3EtEhlf1E_IjWLwoqoSM)

定住してこそ社会的組織が成立し、
社会構造が発達してこそ、神殿のような大規模な建築は可能になる、
そう誰もが信じてきました。
でも、ギョベクリ・テペには居住した形跡はありません。
見事に整形し、浮き彫りの彫刻を施した巨石が中央に2本、
石を積み上げた周壁に約10本が林立するように埋め込まれ、
その周壁には石を長方形にくり抜いた入り口まであるのです。
そのような独創そのものの見事な神殿建築を、
誰が考案し、誰が設計し、誰が施工したのでしょう。

運搬には数百人を必要としたと言われていますが、
近隣の石切場から神殿の場所までは丘の石ごろごろの斜面なのに、
浮き彫りを周囲に施した巨石を壊すことなく運ぶのは、
現代でもなかなか難しいでしょう。
動員するにせよ、仕事をするにせよ、
一定の社会的組織と指揮系統、知性的な立案者の存在が不可欠です。

このような社会構造こそ、文明なのでは?
つまり、農耕が始まるよりも1万年以上前に、すでに文明は始まっていた、
そう推測すべき状況が明らかになりつつあるようです。
しかも、近隣の地層にはさらに過去に遡る可能性のある遺跡が
埋まっていることも明らかになっています。
つまり、人類の文明はどこまで遡るのか、分からない、
という状況になりつつあります。

学者たちはどう考えているのでしょうか?
既知の、いわば確かめられたデータだけで緊密に組み上げられた歴史を
ぶっこわす作業など誰もしたがらないでしょう。
自分の学問的名声の方が先にぶっこわされてしまうからです。

ギョベクリ・テペだけではありません。
エジプトの大ピラミッド、ペルーのサクサイワマンの砦、
レバノンのバールベック神殿の礎石、チノチトラン等々。
その時代の科学技術工学では絶対的に不可能としか言いようのない、
奇跡的な建造物たちなのです。
でも、工事をした人たちは、試行錯誤などしていません。
やすやすと施工可能だから、堂々と建設してしまったのです。
不思議と、これに向かって発展する歴史を明らかにする先行の遺跡群も、
その後に、これらの遺跡から発展、継承した遺跡群も見つかっていません。

これらの建造物自体からは、建設年代を割り出すことはできません。
付随して見つかる遺物から年代を割り出しています。
でも、それは後代の人間たちが持ち込んだものにすぎないかもしれません。
どれもこれも帰属するとされる文明に類似物は見つからないのです。

このようなことを総合すると、
私に推測できることは次の2点だけ。
①現在推定されている建設年代よりも遙かに古い、
先行の未知の文明の所産であるか、
それとも、
②これらの建設にだけ、未知の異星人の技術的支援を受けたか、
このどちらか。

現在の人類は数千年で星まで手を伸ばせるほどに文明を発展させました。
先行する文明が上記のような建設技術を備えるまでに発展したけれど、
なんらかの天変地異等の要因により、根こそぎ滅ぼされてしまい、
地球上の随所に遺跡だけを残した、
そんなことだって想像できるではありませんか?
真相を知りたいですね。

とにかく21世紀は、
さまざまな分野で学問の基礎を見直す時代になりそうですね。




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# by hologon158 | 2016-12-07 15:31 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

669.02 ホロゴン外傅184「2016年10月11日スピードパンクロ50㎜F2も奈良町で」2 客観性のある情報

  
ネットで、よく見かける記事があります。
中国人旅行客が日本のとてもお行儀のよい群衆に驚嘆している。
逆に、中国人旅行客がトイレなどを汚している。
でも、これらの記事を誰が選択して掲載しているのでしょう?
誰かが、なにかのために、意図的に記事をセレクトしている、
これが近頃のすべての種類のマスコミに顕著に見られる傾向です。

たとえば、駅のトイレのコンパートメントの中や洗面台の下に、
さまざまな塵芥がどっと堆積していることがあります。
私は行為を観察したことがありません。
駅員もほとんどないでしょう。
いつも監視ゼロの状態で起こっている出来事です。
だから、中国人旅行客だけの行為だという確証はありません。
中国人がどっと押し寄せるようになる前にだって、
現在ほどの量ではありませんが、放置物はありました。
でも、このような記事を読んだ日本人は、
全部中国人の仕業だと即断する危険性が十分あります。

ネットはなおさら。
公平で客観性のある情報ソースだったことなど一度もない、
そう言ってよいのではないでしょうか?

実は昔から完全に公平中立のマスコミなどなかったかも知れません。
でも、昔はさまざまな思想傾向のニュースソースがあり、
読者は比較対照することで、バランスのよい情報を得ていました。
今は、完全に政府、大企業、日本擁護のマスコミ一色。
昔から、マスコミを制するものが世界を制すると言われてきました。
独裁者は、国家を制するためには、まず軍とマスコミを押さえる、
これが鉄則でした。
現在がまさにその実例です。
これほどまでにマスコミコントロールが成功している時代は、
太平洋戦争時代も含めて、これまでになかったかも知れません。

中国人も日本人も一枚岩じゃありません。
実はさまざまな考え方があります。
さまざまな行動があります。
さまざまなソースで流れる情報をいきなり鵜呑みにするのはやめましょう。

ということで、このブログだって、そんな記事の一つです。
このブログの記事をまともに読む方はほんの数人でしょう。
多忙な人生で、どこの馬の骨とも分からない人間の文章を真剣に読む?
よしましょう。
私自身、自分の記事の真実性を保証するつもりはありません。
思いつくまま、バンバン書き殴っているだけなのですから。

でも、そんな記事を後日検証可能、検索可能な状態で保存できる、
こんな極楽はこれまでにありませんでした。
いつも考えるのは司馬遷やトゥーキューディデースのことです。
「史記」にせよ、「戦史」にせよ、猛烈に浩瀚大部の書です。
その原資料と来たら、その何十倍だったでしょう。
そんな原資料を参照しながら、照合しながら、書き進めたのです。
ブログだったら、グーグル検索が使えます。
試しに、「チェ・ジウ ホロゴン」で画像検索してみますと、
私のマックですと、1頁20枚×25頁=500個の写真が見つかります。
一つずつクリックすると、
この組み合わせで記事を作っている方はないと見えて、
その写真の含まれた私の記事に飛ぶことができます。
ネットが私の個人資料館となるわけです。
極楽。




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# by hologon158 | 2016-12-06 23:56 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

669.01 ホロゴン外傅184「2016年10月11日スピードパンクロ50㎜F2も奈良町で」1 味わい勝負!


前回のシリーズは中将姫光学さんからその場でお借りした、
ニッコール50mmF1.1。

実は、かなり前からお借りしているレンズを先行して使いました。
スピードパンクロ50㎜F2

前者は当時稀な大口径を看板に掲げた、おそらく稀少レンズ。
これに対して、後者は映画会社がバンバンと使いたおした、
35㎜映画用レンズ。
さりとて、こちらもそんなに沢山映画会社があったとは思えませんから、
製作会社もユーザーもはるかに多い35㎜スチールレンズと比べると、
製造本数もユーザー数も一桁二桁違っていたでしょう。

勝手な推測ですが、映画キャメラマンたちが名画を撮れるかどうか、
撮影技術、撮り方、設定もさることながら、
レンズそのものが独特に優秀でないと、使ってもらえなかったでしょう。
特撮もアニメもコンピュータ処理も頼れないのですから、
撮れなかったものを処理で名画に変身させることなどでっきこありません。
その意味で、スピードパンクロ50㎜F2は素性そのものがやんごとないわけです。

300枚ちょっと撮り、200枚を選びました。
ニッコールとの味わい勝負!

今回の前半のきっかり15枚は、偶然ながら、
我が家の近くのバス停までの道すがらの物語。
一体、どんな田舎に住んでるんじゃい?
そう驚かれる方も多いでしょう。

一望して3人以上の人間を見るのはいやだ、と感じる私ですから、
実は、この程度の田舎が丁度よい加減の住環境。
しかも、周辺の住民はほとんどすべて私より年上。
すでに、子供達など稀、それどころか、
夫婦健在の家庭も50パーセントを割っているみたい。
とくに十数年前に引っ越して来た当時元気に出没していた男たち、
悲しいことにほとんど見かけなくなり、
出会うのは、よぼよぼの老人ばっかり(これ、内緒に)。
住人が姿を消した住居も稀ではなく、
あちこちに「売り家」と掲げる埴生の里、
なんて川柳を作りたくなってしまいます。

水素吸引、半身浴、ストレッチ、ウォーキングと健康維持に狂奔するのも、
この裏ぶれた環境が大きな要因となっています。
あんな風に老いぼれたくない!(これ、内緒に)

このバス道が私のお好みのロボグラフィ地帯。
バス時刻の5分前に出て、必ず十数枚撮ります。
後半の奈良公園の写真たちも含めて、
スピードパンクロ50㎜F2の印象の第1は、
主人公をしっかり引き立てる演出にぴたりのレンズだな。




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# by hologon158 | 2016-12-06 15:55 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

668.04 ホロゴン外傅183「2016年10月11日ニッコール50mmF1.1と奈良町で」4-完-リコーダー

10月20日木曜日午後4時少し前、
写真の仲間とお別れし、私はフジハラビルから裏道を辿った後、
天神橋筋商店街に戻り、北上しました。
行きつけの喫茶店で45分間ゆったりと休憩。
写真教室の報告を書き上げ、
午後5時頃、南森町から梅田経由、地下鉄御堂筋線で新大阪に移動しました。
10月29日の神戸でのアブニールコンサートに、
リコーダー二重奏で出演するリハーサル第二回目。
私は、メックのグレナデイラ製のアルトと、
おなじメックのルネサンス・ソプラノリコーダーを持参しました。

1749分新大阪駅着の新快速で相棒のMHさん到着。
近傍のココプラザの音楽室504を18時から2時間レンタルしました。
料金はたったの1540円。
それなのに、完全防音の見事なサウンド設計の本格音楽室。

コンサートの予定曲目は、次の3曲。

①ジャン・バティスト・ルイエのリコーダーソナタ1番第1楽章
②ダニーボーイ
③ジョン・ダウランド(Come again)

MHさんは本物の演奏家です。
私が主奏を担当すると言っても、
実態はMHさんがリードする形になります。
たった1年でミニとは言え、
ちゃんと料金を取るコンサートに出演するというのも、
大胆不敵ですが、これもMHさんのおかげです。
リコーダーを「吹く」と言いますが、
そのつもりでピーピーと吹き鳴らすと、
底の浅い甲高い音が出るだけ。
MHさんから、音楽の呼吸法を教えて頂きました。
なんだかすべての行動での息づかいに通じるものがありそうです。
横隔膜を使うのは、息を吸うときだけ。
息を出すときは、体を大きく広げるようにして、
無理に息を押し出さず、
「ああ、良い香りだなあ」、とため息をつく感じで、
おっとりと息が出ていくのに任せてください。
そんな風に息を出すようになったのが数日前。
でも、ほめていただきました、
「先週よりずっと音が自然になりましたよ」

レッスン後、新大阪駅構内のドイツビールのレストランで、
頂いた生ビール2杯のおいしかったこと。
一緒に呑むのは2回目ですが、
すでに肝胆相照らすという感じで、話が尽きません。
十数年前、まさに無二の親友を失って、
老後は寂しい人生になりそうだと深く落胆したのですが、
畏友のRAさんをはじめとして、多くの親しい友に恵まれる人生。
ありがたいことです。







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# by hologon158 | 2016-12-05 15:56 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

668.03 ホロゴン外傅183「2016年10月11日ニッコール50mmF1.1と奈良町で」3 吉田正写真教室

10月20日木曜日、
吉田正さんの写真教室の日でした。
(かなり古い日記です。あしからず)
このような定例日の経過を見ると、
あっと言う間に日が経つ、という感じが強くなりますね。
こんな風にしてバンバンと時日が経過していくのです。
うかうかと空しく過ごすわけには行かないという気持ちがひしひしと募ります。
言い回しって、そんな気持ちをよく表現してくれます。
「時日を重ねる」
ただいたずらに経過していくのではなく、
行為、業績をしっかりと累積的に重ねていこう、
という気持ちが現れているのではないでしょうか?

教室に入ってびっくり。
総勢15人にいきなり膨れ上がってしまっていました。

盛況の中、まず先生から、
ストロボのてほどき。
その後、スタジオジブリの最新作
「レッドタートル、ある島の物語」の監督の紹介がありました。
オランダ人のマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット。
彼がたった一人で制作した平成2年公開の短編アニメ
「Father and Daughter(岸辺のふたり」をそっくり見せていただきました。
衝撃的な作品でした。
天才!
そう呼ぶほかはない、名人による傑作でした。
なにもかもそぎ落とした映像と物語。
とにかくその絵が美しい。
独創的で、文句なしに心に響いてきます。

YouTubeでごらんになれます。

Father and Daughter (岸辺のふたり)」
(https://www.youtube.com/watch?v=A8I2p0ro_SI)

あなたの心を洗ってくれるでしょう。
今日はこの映画を知ることができただけでも、
来た甲斐がありました。

その後、写真を拝見するコーナー。
13人がデータで、私を含む2人がプリント。
この教室の特質は、みなさん、個性的な人物で、
その個性を活かして写真をお撮りになっていること。
これは驚きです。

銀塩マニュアルカメラの当時には絶対に考えられなかったことです。
その理由はこうではないでしょうか?
写真を撮るために必要な作業はほとんどカメラが肩代わりしてくれる。
撮影者は心を使うだけ。
だから、心がそのまま写真に浮かび上がる人もいれば、
心が貧しいので(失礼!)、写真のおもしろさばかりが目について、
写真に心がちっとも浮かび上がってこないということもありますね。

私は、いつものバス停までの300mに撮った写真を5枚セットで持参しました。
私は、人に見せることを前提としないで撮っています。
自分の記憶。
写真教室では、仮想的に写真を組む形で、5枚ないし10枚持参します。
今回の5枚は、台風の翌日の朝、
なぜかバス停で降りてから帰り道に撮った5枚を順番に並べました。
①土嚢(顔に似ています)
②③一むらの折れた曼珠沙華を前と後ろから撮った写真
④農作業用の軽トラックが上端に見える道の俯瞰写真
⑤折れた曼珠沙華のクローズアップ

ただのロボグラフィです。
ダルメイヤーの最小のCマウントレンズ、
私が「ミニホロゴン」と呼ぶ、
トリプルアナスチグマート15mmF3.5の写真たち。
私がこよなく愛する写真たちですが、
それは写真的に優れているからではなく、
私がそれを観て、とても心が温かくなったから。
もちろんそうならないと撮らないので、
私の写真は全部そうなのですが、

人間には貴賎上下の区別はないのに、写真にはあります。
私の心の躍り方、振幅がどうしてもちがってくるからです。
私の今回の写真は、同じロボグラフィでも、
かなりおとなしい写真だけに、
まずまずの認知度でした。

今回は有志のメンバーによる天神橋筋商店街撮影を行いました。
行きつけのレストランでビーフステーキランチをとったメンバーは8人。
15人中8人なのですから、盛況だったと言えそうです。
4人ずつ分かれてかなり盛り上がりました。
梅田から天神橋筋商店街まで歩いていくことになり、
三々五々ストリートフォトを楽しみつつ、商店街にたどり着きました。
私が持参したのは、宮崎貞安さんのニューレンズ。

アポクワリア28mmF2付きソニーα7

新しいフォーカス方式を考案しました。
28mmなので、ホロゴンよりかなり画角が狭い。
そこで、レンズ本来のヘリコイドリングの標準距離を2mに設定しました。
2m前後であれば、F2開放で、ほぼびしりと合焦します。
それより近い被写体であれば、
フォクトレンダーのヘリコイドリング付きアダプタを近距離側に回します。
それでも足りないときは、
レンズ本体の2mに合わせたヘリコイドをさらに最短にまで繰り出します。
こうして、かなりのマクロまで撮れる万能レンズが出現するわけです。
撮りたい被写体のほぼ60パーセントは撮れるだろう、
そう思わせる使い我っての良さ。

合計2時間ほどの撮影実時間だったと思いますが、
319枚撮っていました。
目的地であるフジハラビルの撮影が終わって、現地解散。
とても楽しい写真三昧の一日でした。






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# by hologon158 | 2016-12-04 23:11 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

668.02 ホロゴン外傅183「2016年10月11日ニッコール50mmF1.1と奈良町で」2 フェイスブック


10月11日火曜日の続きです。
夕食は行きつけの中華料理店「飛天」が貸し切りで、アウト。
お味は何段か落ちますが、JR奈良駅前の「餃子の王将」で、
餃子その他のお皿で生ビールを楽しむことができました。

中将姫光学さんから、
「私たちの仲間の連絡に一番便利ですから」と勧められて、
ビールをいただきながら、私のiPhoneで、
フェイスブックの登録をして頂きました。

連絡というメリットはありますが、
どうやらフェイスブックというのは、
芋づる式友達拡大術のようです。
何十人という友達登録をしている方もざらのようです。
こうなると、渡る世間は友達だらけ、ということになりそうです。
つまり、「友達の友達もみな友達」という博愛精神の世界。
友達登録した方の友達の写真、記事も見ることができます。
「イイネ」をチェックしたり、コメントしたりすると、
あっという間に私の存在も知れ渡ることになります。

私のように、別に友達を作りたくない、写真も見て欲しくない、
そんな人間にはかなり場違いなコミュニケーションツールですね。
しかも、使い方がほとんど分かりません。
私のような時代遅れの人間には西も東も分からない、
広大な宇宙都市のようです。
当分は友達登録した方との限定的な通信手段として使うつもり。

昔は私もかなり時代の先端を行くパソコン愛用者でした。
今は、なにがなんだか分からない、完全な落伍者ですね。





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# by hologon158 | 2016-12-03 23:37 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

668.01 ホロゴン外傅183「2016年10月11日ニッコール50mmF1.1と奈良町で」1 ニッコール50mmF1.1

 
10月11日火曜日、
奈良滞在中の中将姫光学さんと一日歩きました。
県庁前バス停で落ち合い、まず東大寺。
大仏殿の正面で西に左折し、
水門町から県庁を経て、近鉄奈良駅近くの地下、
和食堂でミックスランチ。
食後は奈良町をぐるりと回り、
一時過ぎには、横町2階の紅茶専門の喫茶店でゆっくりと座談を楽しみ、
さらには、午後3時半頃、もう一度お茶の時間として、
「おうち雑貨カフェ チャポロ」でプリンを頂きました。
チャポロは、5回に4回程度は閉まっている、という珍しい喫茶店。
裏通り深くに位置しているのに、
懲りずに、開いているか確かめに行ってみます。
それだけリラックスできる喫茶店です。

中将姫光学さんはソニーα(私のα7より新型)に、
ニッコール50mmF1.1を付けておられました。
ニコンのレンジファインダーシリーズ用です。
kinoplasmatさんのサイトに記事を見つけました、
「昭和28(1953)年発売の「ズノー 5cm F1.1」に続き、
昭和31(1956)年2月に発売され、
日本の超大口径レンズの開発競争に拍車をかけたレンズです。」
凄いレンズなのです。

ただし、kinoplasmatさんは、
「ズノーからわずか2-3年後で同じf1.1でこれだけ整った描写に
到達するというのはさすがにニコンだと思います。」
こうお書きになっているのですが、
私の銀塩時代の経験で言いますと、ソニーα7のようなデジタルカメラで
お撮りになっているせいじゃないでしょうか?
各社の大口径レンズの大半は、銀塩で撮る限り、開放は像が緩み、
いわばボケボケでした。
F1.1のよいうな超大口径になると、ほとんどピントが来ない。
プラナー85㎜F1.4で何度泣いたことか!
それなのに、デジタルカメラで撮ると、
開放から文句無しの引き締まった画像。
ソニーα7のようなデジタルカメラは、
画面を拡大して、ピント合わせができる利点があることも有利ですが、
それだけではなくて、デジタル処理で画像が改善されている感じ。

私の装備は、カメラはソニーα7。
レンズは3本。
アポクアリア28mmF2
スピードパンクロ50mmF2
ペッツヴァール58mmF2.3

後の2本は中将姫光学さんからレンタル中。
お返しする前の名残の撮影のつもりでしたが、
中将姫光学さんからは、
「旅の荷物が重くなりますので、
今度で結構です」という有り難い言葉を受けて、
いそいそとバッグに戻しました。

ニコンの超大口径レンズも借用。
レンジファインダー用としてはかなり重く巨大なレンズ。
でも、写りの方は軽快です。
ニコンも頑張ってたんだなあ、と見直してしまいました。
とても上品でセンスに溢れる画像をプレゼントしてくれます。
ちょっと、いや、かなり違うぞ!
これは一級品だ!
そう感じてしまいます。
248枚撮影中120枚きっかりを今回アップしましょう。





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# by hologon158 | 2016-12-01 12:02 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

666.05 ホロゴン外傅182「2016年10月2日岸和田市にアポクアリア出没」5-完-最長不倒距離!


私が水素吸入器Beautyflyを最近愛用していることを2度にわたり書きました。

660.08 ホロゴンデイ167「2016年8月24日ホロゴン的鶴橋を楽しんだ」8-完-Beautyfly
665.04 ホロゴン外傅181「2016年9月21日シネユニライトが奈良町をほっと照らし」4 Beautyfly試用記2
(使用方法は、https://www.youtube.com/watch?v=4zQU4sTvJdYを参照してください。)

その顕著な効果として、夜目を覚ます回数がどんどん減っています。
昨夜は、午前2時ちょうどに早寝して、
目を覚ましたのは午前7時10分でした。
最長不倒距離!
記憶にないほどの安眠!
水素の威力です。

水素は体とは何の関係もありません。
役割は悪性の活性酸素と結びついて、
水H2Oになって対外に排出してしまうことだけ。
なぜか血流がよくなります。
すると、体内の循環がスムーズになるようです。
手や顔、体がちょっと赤みを帯びています。
顔などかなり艶やかになりました。
体重も1.5キロ減りました。
万全の体調になりつつあります。
体中にエネルギーが漲っている、そんな感じ。

かなり前になりますが、10月18日火曜日、
久しぶりに三重県の古い宿場町、関宿に参りました。
ハードディスクの写真ホルダーで「関」を検索してみると、
2005年以来だと分かります。
なんと9年ぶり。

変わった部分と変わらない部分があります。
当時は、JR関駅から宿場まで農村地帯でした。
今では、完全な住宅地に埋もれています。
宿場の家々は比較的保存されています。
でも、当時、観光客用のお店はまばらでした。
かなり増えています。
でも、だから、観光客が多いか?
と、言いますと、そうでありませんね。
出会った外来者は、たった3組なのですから。

古い民家を利用した喫茶店で休みました。
店主はかなり高齢の老人です。
関には長寿番付があるそうです。
横綱は101歳。
90歳はざらだそうです。
同行の親友AKさんが訪ねました、
「ご主人はおいくつですか?」
「74歳ですよ」
ちょっと自慢そうな表情でしたが、皺だらけでした。
もうしわけないのですが、激しく感じました、
あんな風にはなりたくない!

私は今のところ、全身皺一つなしで、肌もかなり元気です。
水素吸入器Beautyflyでこの状態をどこまでも保つぞ!
私はよいと思ったことは盛んに友人、知人に勧めるたちです。
なぜ?
いつまでも一緒に元気に長生きしたいから。

友人たち、知人たちに、久しぶりに会います。
女性はたいてい変わっていません。
というより、ますます元気な方が多い。
先日の写真展の日高紀志子さんもそうでした。

でも、男性はたいていめっきりと老けて行きます。
50、60でもそうです。
どんどんと老化の一途をたどっている。
自分のそうなのか、と、いつも鏡を見たくなります。

以前はストレッチと早足で歩くことを推薦していました。
最近は一点集中、Beautyflyを推薦しています。
なによりも根本的な老化遮断の方法なのですから。

でも、残念。
強い興味、関心を示した人もいましたが、
購入したという話は伝わってきません。
「水素」と言うと、「水素爆弾」を連想するせいでしょうか?
健康に自信がおありなのでしょうか?
変わったことには手を出さないのでしょうか?
人それぞれに自分の人生を渡って行くのですから、
仕方がありませんね。
でも、少し残念。
7月3日Beautyfly使用開始以来、私の心身状態は猛烈に好転し、
副作用のようなものは一切なくて、
こんなにすごい効果があるのにねえ..............




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# by hologon158 | 2016-11-30 13:07 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

666.04 ホロゴン外傅182「2016年10月2日岸和田市にアポクアリア出没」4 失われた技術


10月18日火曜日、
旅をしなくなった私にとって、
唯一の旅の機会は、三重ワンデイトリップ。
9時45分大和西大寺発の賢島行き伊勢志摩ライナーに乗車しました。

誰にもそうだと思うのですが、
私にはさまざまに特殊な偏向があります。
背後に人が来るのが嫌い。
殺し屋ではないのですが、
子供の頃、西部劇を浴びるほど観たせいかもしれませんね。
ですから、座席指定の特急券を購入するときは、
できるだけ最後尾の席を取ることにしています。
今回も3号車1A。
もうこれだけでご満悦になってしまいます。

こんな癖があるので、こう推測する方もおいででしょう、
学校時代はさぞかし1番をとり続けないと我慢ができなかっただろう。
とんでもありませんね。
私は優等生だったことは一度もありません。
好きなことしかしないのですから、
満遍なく高得点をとらないと我慢ができない優等生とは違います。

たとえば、スポーツというスポーツ、私はなんの関心もありませんでした。
これだけで、体育の得点がガタンと欠点間近に落ちますね。
今になって分かるのですが、
私は決して運動神経が鈍いわけではないようです。
揚琴でのしなやかな竹のスティックさばきを10年続けると、
スティックがたまに弦にひっかかって、手から飛び出ますが、
次の瞬間には空中のスティックをさっと捕まえ、
演奏に戻ります。
なにかの拍子に卓上などの手近の小物が滑り落ちそうになると、
次の瞬間には、なんの意識もなく、手の中に収まっています。
なにかスポーツしていたら、そこそこまで鍛えることができたかもしれません。
でも、そんなことをしたいと思ったことなどまったくなし。
私は完全な「書斎の虫」に生まれついたと分かっているからです。

たえず本を読んでいますが、
社会性に富むバランスのとれた人格が読むような本は一切読みません。
たとえば、近頃読んだ本の一つ、

ラリー・ホルコム他
「アメリカ大統領はUFOをなぜ隠しつづけてきたか」(徳間書店)

UFOの隔絶した科学技術を軍事利用すべく、
FBIがUFO関連の情報をひた隠しにし、
大統領にもこれを公開することを許してこなかったと、
この本はかなり丁寧に解き明かしてくれます。

幾度も、否定しようのないUFO遭遇事件が発生し、
近年はそれが多発して、YouTubeにもかなり掲載されています。
昔はお皿を吊して撮ったりという稚拙な特撮が横行していたようですが、
どうもそうではないビデオが見つかるようです。
人間が進化したのですから、
人間に近い生命体、人間よりもはるかに進化した生命体が
宇宙に数知れず進化していても不思議はありません。
でも、あまりにも時空が隔たりすぎて、
異星人との遭遇は確率的に限りなくゼロに近いと言われてきました。
ところが、もし地球に盛んに出没するUFOが異星人の乗り物だとしたら、
いつなんどき、そうした宇宙人と共存する時代が来ないとも限らないのです。
そう考えると、正直なところ、ちょっと怖くなりますね。

恐竜は1億6500万年も進化を続けました。
どこまで新種が見つかり続けるか、
まったく予想不能なほどに、多種多様に進化しました。
ところが、現世人類って、
数万年前のご先祖と現代人との間には別に進化した形跡はありません。
進化するためにはもっと長年月を必要とするようです。
それなのに、次の人類に進化する暇もなく、
人類は滅びの道を歩みそうです。

そこで思うのですが、UFOを操縦して宇宙を飛び回っている異星人は、
人類が滅びへとまっしぐらに急坂を転げ落ちていくのを、
いつか見るに見かねて、押しとどめてくれるのではないか?
このように考える理由が一つあります。
これまでもかなり手助けをしてくれてきた形跡があるのです。
現代の科学技術をもってしても、とても無理かもしれない、
そんな建築土木技術を使った形跡のある遺跡が沢山あります。

まず、ギザの大ピラミッド。
その底辺は南北に子午線に沿って見事に一直線で、
ほとんど誤差がありません。
YouTubeにこれを解き明かしたとされるテレビ番組があります。
当時の北極星の位置を釣り提げた2本の紐を使って割り出し、
その方向に底辺の南北を合わせた!
万事解決!
でも、東西も完璧に整列しているのです。
この東西を正確に割り出した方法については、一切言及なし。

ピラミッド中心部の王の間の床はぴたりと隙間なく巨石が敷き詰められ、
しかも完全に水平なのだそうです。
水準器のようなものを使ったとしても、
どうやって、巨石の上面を水平に工作したのでしょうか?

② バールベック神殿の礎石

ローマ時代の神殿の底部に、
遥かに古いと思われる礎石が見事に敷き詰められています。
その最大のものは900トンもあります。
上下の面は鏡面仕上げなのだそうです。
さらに、石切場と神殿の中間地帯の土中に埋まるようにして放置された石は、
なんと、なんと2000トン!

ほかにも長さ42m、1200トンの巨大未完成オベリスク、
サクサイワマン、ティワナコ、マチュピチュなど、
いくつも、現代でもとても処理できない途方もない巨石建造物が世界中にあります。
どれもこれも様々な点で、現代でも不可能な、高度な技術の産物です。
だから、どうやったのだろうか、なんて考えても、分かるわけがありません。

でも、一つ分かることがあります。
建造者はそれが容易にできたから、したのです。
とすると、回答は2つしかないのではないでしょうか?
①建造者は現代人の知らない未知の技術を知っていた。
②そのような技術をもつ、人類以外の存在に助けてもらった。

でも、①と考えるのは少し無理があります。
人類がそんな発明をしたとすれば、そんな発明はしっかり保存されたでしょうし、
仮に失われたとしても、誰かが再発明したでしょう。
でも、そんな風に伝統となって蓄積された形跡はなく、
突然出現して、継承されなかったのはなぜでしょうか?
結局、人智を超えた技術だからなのではないでしょうか?
とすると、②ではないか?
そう考えてしまいます。





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# by hologon158 | 2016-11-29 11:45 | ホロゴン外傳 | Comments(2)

667.02 ホロゴンニュース2「2016年11月25日日高紀志子さん、最後の写真展なの?」


伊藤五美作陶展の後、河原町のギャラリー古都に移動。
日高紀志子さんが第24回目の写真展を開催しておられます。
伊藤さんが30回目、日高さんが24回目、というのですから、
お二人とも作品展が生涯における頂点を刻む里程標だったのでしょう。

「私の出会った子供達」

後でごらん頂きますが、
子供達の自然な姿を写し止めた絶妙の写真群が並びました。
会場で頂いた葉書にこう記されています。

「いつの頃からか、写真を撮るようになり、
数えてみたら35年になっていました。
先生にも付かず、クラブなどにも属さず、
一匹の小リスのように、チョロチョロと撮り回ってありました。
そして、いつの間にか写真展をするようになり、
今回で24回目になりました」

昨年の写真展で、2016年が最後の写真展になるとお聴きしました。
銀塩のペーパーがなくなるから、ということです。
銀塩でお撮りになる日高さんにとって、デジタルプリントは耐え難いのです。
現代のデジタル写真家の場合、プリントそのものが無縁になりつつあります。
フォトコンテストも、データで出品する時代なのですから。
私自身、デジタル写真に移行し、
写真教室に持参する以外にはプリントなどしません。
それだけに、日高さんの潔い志、生き方には深い感銘を受けます。
並んだ写真も、様々な時期に撮ったとは思えないほどに、
作品の質も、プリントの仕上がりも見事に揃っています。
日高さんが写真家として終始揺るぎない姿勢を保ってこられた証左。
コンテストなどに出さず、ご自分のコンセプトで作品展にまとめる、
まさに古典的な写真家の志を貫いてこられたのです。

私は、人に見せるための効果を上げるように、
さまざまに工夫された写真が大嫌い。
そのような方向で努力すればするほど、
待ったり、狙ったり、演出したり、作ったりすればするほど、
撮影者の感性、人柄から遠のいていきます。
その場に心を奪われ、感動し、喜んでいる自分が消えていきます。
日高さんの子供達の写真すべてに、
日高さんの子供たちへの関心、愛情に満たされています。
子供達の一番輝いていた瞬間に立ち会われた、という感じ。
心が洗われますよ。

24回の写真展のプリントは全部残されているそうです。
ぜひ、これからも切り口をさまざまに変えることで、
私たちを喜ばせ、啓発してくれる写真展が幾度もできる筈です。
第2の人生の生き甲斐をさまざまに創造していかれるでしょう。
その一つとして、写真展も続けていただきたい、
これが心からの願いです。

日高さんは私のブログもご存じで、
ブログ上でいつもしている報告を楽しみにしていただいています。
お許しを得て、私の好きな写真を撮らせていただきました。
なにしろ開放がF8という暗いホロゴン15㎜F8Uで、
ロボグラフィと同じ撮り方、ヒットエンドランで撮り、
そのうえ、私のブログの濃度に統一しましたので
日高さんの作品の香りから遠くなってしまった感じです。
12月6日まで続きます(ただし、11月30日は休館)。
でひ、会場に足を運ばれ、銀塩プリントの香り豊かな味わい、
日高さんの魅力溢れるお人柄に触れてください。





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# by hologon158 | 2016-11-27 13:51 | ホロゴンニュース | Comments(2)

667.01 ホロゴンニュース1「2016年11月25日伊藤五美作陶展で出会ったのは?」



11月25日金曜日、京都に参りました。
伊藤五美作陶展
堺町画廊(京都市中京区堺町)
残念ながら明日まで。
伊藤さんは生活の中で使う陶磁器を作り続けてきた作家です。
この画廊での毎年の作陶展は30回目だそうです。

私は、20年ほど前でしょうか?
京都府北部の日本有数の原生林芦生の森を見学したとき、
ボランティアガイドを務めておられた伊藤さんと知り合いました。
たしか互いにライカを胸にぶら下げていたことがきっかけ。
それ以来、何度彼の作陶展を拝見したか、数えていませんが、
80%ほどは拝見したと思います。

作家のお許しを得て、私が気に入った作品を末尾に並べてみました。
男らしい人物にふさわしい雄渾さと、
ふさわしくない繊細さとが見事に溶け合って、
生活の中で使うものばかりなのに、どれも皆、まさにアート。

私は陶磁器の趣味はありませんが、いつも心に決めています。
「ああ、これはいい! 欲しい!」
そう心にパチンとスイッチが入ったら、頂いて帰ろう。
ところが、ほとんど毎回、スイッチが入ってしまいます。

今回は、拝見し始めて、いきなり、
「パチッ!」
小振りのお茶碗。
ご飯にもお茶にも使えます。
若狭の上り釜で焼かれたもので、
かぐわしい香りがほのかに立ち上っている!
妻が近頃ご飯を減らしているので、
お茶碗が合わなくなって来たところです。
これなら、おいしさが倍増しになる!
だんだんと人で混み出しました。
ぐずぐずしている間に横取りされてはならぬ、と、
さっさと「これ、頂きます!」

じゃ、釣り合いをとるためにも、お前の分は買ったのか?
というご質問がありそうですが、
もちろん、買っていません。
それしきで釣り合いが回復できる関係じゃございませんので...

おかしいですねえ。
妻は、私が伊藤さんの器を持ち帰るたびに、
「かならず割ってしまうから、使わないでおこう!」
さっさと飾り棚に陳列してしまうのです。
ところが、今回だけは違いました、
ただちに一言、
「洗うとき、絶対に割っちゃだめよ!」

あなたの心にも「パチッ!」とスイッチが入るかも知れませんよ。
明日一日ですが、京都近隣の方にお勧めします、
午後6時までに是非おいでになって下さい。





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# by hologon158 | 2016-11-26 19:18 | ホロゴンニュース | Comments(0)