2025年6月10日(火曜日)晴れ。
妻は所用で神戸に。
私は無用で奈良町に。
これが常態です。
私にとって生き甲斐となる仕事の第一法則はごくシンプルです。
「元気で長生きできるようにがんばる!」
私の住宅地でも奈良町でも、私の世代の人たちのほとんどは、
ここだけの話ですが、はっきり言って「よぼよぼ」に近い。
例外は私の行きつけの喫茶店の店主。
今、そこでポメラ作文しています。
この喫茶店、由緒ある呉服店を半分に仕切っての副業です。
脇のショーウィンドウに喫茶店の品目が並んでいるのですが、
正面のショーウィンドウも含めて、佇まいが明快に呉服店そのものなので、
ほとんど誰にも喫茶店とわかりません。
私だって、20年ほど奈良に在住してきましたが、
長い間喫茶店も併設されていることに気づきませんでした。
気づいた後も、誰も客がいないので、入りにくかったというのが真相。
………………………………………………………………………………………………
どうやら、私も含めて、尋常な人間は瞬時に目に入るデータから
中核的なデータを自動的に見つけだし、そのデータによって行動するようです。
「ふむ、このお店、入りにくいな。やめとこう!」
この呉服店、大きなショーウィンドウにはっきり喫茶品目が並んでいるのですが、
私は長い間、つまり、20年近く、入る気になりませんでした。
数ヶ月ほど前でしょうか、思い切って入ってみて、
初回ですっかり気に入りました。
タキシード姿の小柄なご主人が実に上品な人物でした。
この方が、90歳を過ぎて、完全な健康体であることを知って、
すっかり惚れ込んでしまいました。
このご主人の娘さんたちが喫茶店を切り回しておられるのですが、
うれしいことに、こちらも品のあるレディです。
そして、たいていの場合、相客は95パーセント零。
まるで貸し切りの臨時書斎という雰囲気にぞっこん参ってしまいました。
………………………………………………………………………………………………
近頃は、とにかくロボグラフィ散歩しつつ奈良町を突っ切って、
この喫茶店にまず半時間滞在して、ポメラ作文。
これが一番大切な習慣となっています。
私にとって、このポメラ作文は純粋に「私との対話」となっています。
多くのブロガーのブログ作成の本意は、ブログを通して、世間に向かって、
自分自身の存在、思考、その他作品をアピールすることにあるのかも知れません。
でも、私は、誰にも読んでもらいたいという気持ちなど皆無。
なぜって、ブログはただの日記、心覚え、思考記録なのですから。
つまり、ごくごくプライベート。
なぜか?
私は自分の考えを他人に知ってもらいたいという気持ちなど皆無だからです。
不特定未知の第三者に読んでもらって、いったい何が始まるの、という具合。
むしろ私一人のための心覚えをしたためているだけなのです。
つまり、私の内心の思いの隠れ家ブログだからです。
実のところ、別に隠しているわけではありません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
でも、ブログのアクセス記録は、単に誰かがブログをヒットしたことを記録するだけです。そのヒット自体が事実上、零なのです。
事実上、誰一人、ブログを検索しても、私のブログはヒットしないらしいのです。
ヒットして、文章を読み、あるいは写真を眺めてみて、
「これは好みじゃない。もう来るのは止そう」というのではありません。
ただし、最初の頃、たった一人だけアクセスして、コメントまで残してくださったのです。
お返事を差し上げましたが、好みでなかったのでしょう、
二度とアクセスされることはありませでした。
でも、名誉のために書いておきますが、
私のブログが気に入らないからアクセスしないのではないのです。
ただただ、ひたすら、私のブログの存在に気づく人がいないから、
まさしく「秘密ブログ」同然の形になっているだけ。
私自身、私以外の第三者が読むことなど一切考慮しないで、ブログを始めました。
写真を並べて、好き放題な文章を書き殴り、ネット上にアップすることで、
どこに居ても読める!日記のような役割。
でも、実は私自身、読み返すことなど文字通り一切ありません。
書きながら読んでいるのですから、ネット上で読み返す必要などない。
このあたり、万人の日記にも共通する存在価値なのかも知れません。
つまり、書くことで、自分の人生を反芻し、消化しているわけです。
しかも、いつも携帯やマックで参照できます。こんな便利で楽しい日記形式はありませんね。
………………………………………………………………………………………………
ところで、私には一つ特技があります。
私の仕事の第一段階は、ひたすら「考えること」が中核でした。
なにを考えたんだ?
「このとき、本当に起こったことはなんだったんだ?」
「どんな考え方でこの行動が実行されたんだ?」
「その行動の結果、社会の中にどんな変化が生まれたんだ?」
「その真の責任者は誰だったんだ?」
等々。
この世にはさまざまなことが起こります。
その出来事の結果起こった社会的混乱、問題を解決して、
安定状態に、あるべき状態に戻すことが使命でした。
………………………………………………………………………………………………
さて、本日のセット。
ソニーα7s
アドヴォケート、アナスティグマート35mmF4.5
私はこのレンズの由来を知りません。
でも、宮崎貞安さんにソニーα7sマウントに改造していただき、愛用しています。交換レンズにはさまざまな焦点距離のレンズがあります。人によって好みが異なります。私は、手近の街路をぶらぶらしながら撮影するだけです。と言っても、アンリ・カルティエ=ブレッソンのようなストリートフォトではありません。ただストリートをざっと歩き続けて、ぶら下げた手の先のソニーα7sで適当にシャッターを切り続けるだけ。カルティエ・ブレッソンは主に庶民の町の人たちの生態を透明人間のように存在を消して、決定的瞬間をキャッチして、絶妙のフレームに納めました。
そうして、所属するドキュメンタリーフォト提供の写真家団体マグナムのメンバーとして、世界史における最大のターニングポイントである第二次世界大戦前後のヨーロッパを、そして戦後は世界中を撮りまくり、英米のジャーナリズムの記事を写真で活性化しました。史上最大の変化期に写真史上最大の写真家が巡り合わせて、貴重な作品群を世界にプレゼントしたのです。まさに希有の出会いでした。
私にとっては、彼の数冊の写真集以上に胸を躍らせてくれる写真家の業績はありません。多くのストリートフォト写真家たちに最大の刺激とインスピレーションを与えた写真家でしょう。私もその一人です。でも、私は最初の最初から、カルティエ=ブレッソン流のストリートフォト作家になることは断念していました。なぜなら、私は他人の人間性、振る舞い、行動に対する関心など持ち合わせていないからです。私が写真を撮る理由はきわめてプライベートです。つまり、私が出会った光景、目撃した街角風景を自分の心覚えのために写真に撮っておく、ただそれだけ。
誰のために? ひたすら自分のために!
なんで記録するの? とにかくシャッターを落として、「ここに僕が居たんだ」という記録を残したいだけ。
#
by hologon158
| 2026-03-02 23:31
| ホロゴン外傳
|
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2025年6月5日(木)晴れ。
妻は所用で神戸に。
私は無用で奈良町に。
これが常態です。私にとって生き甲斐となる仕事の第一法則はごくシンプルです。
「元気で長生きできるようにがんばる!」
私の住宅地でも奈良町でも、私の世代の人たちのほとんどは、ここだけの話ですが、はっきり言って「よぼよぼ」に近い。例外は私の行きつけの喫茶店。今、そこでポメラ作文しています。
………………………………………………………………………………………………
この喫茶店、由緒ある呉服店を半分に仕切っての副業です。脇のショーウィンドウに喫茶店の品目が並んでいるのですが、正面のショーウィンドウも含めて、ファサードの佇まいが明快に呉服店そのものなので、ほとんど誰にも喫茶店とわかりません。私だって、20年ほど奈良に在住してきましたが、長い間喫茶店も併設されていることに気づきませんでした。というより、気づいていたのですが、誰も客がいないので、入りにくかったというのが真相。
どうやら、私も含めて、尋常な人間は瞬時に目に入るデータから中核的なデータを自動的に見つけだし、そのデータによって行動するようです。「ふむ、このお店、入りにくいな。やめとこう!」
この呉服店、大きなショーウィンドウにはっきり喫茶品目が並んでいるのですが、私は長い間、つまり、20年近く、入る気になりませんでした。数ヶ月ほど前でしょうか、思い切って入ってみて、初回ですっかり気に入りました。タキシード姿の小柄なご主人が実に上品な人物でした。この方、90歳を過ぎて、完全な健康体であることを知って、すっかり惚れ込んでしまいました。このご主人の娘さんたちが喫茶店を切り回しておられるのですが、こちらも品のあるご婦人。そして、たいていの場合、相客は95パーセント零。まるで貸し切りの臨時書斎という雰囲気にぞっこん参ってしまいました。
………………………………………………………………………………………………
近頃は、とにかくロボグラフィ散歩しつつ奈良町を突っ切って、この喫茶店にまず半時間滞在して、ポメラ作文。これが一番大切な習慣となっています。
私にとって、このポメラ作文は純粋に「私との対話」となっています。多くのブロガーのブログ作成の本意は、ブログを通して自分自身の存在、思考、その他作品をアピールすることにあるのかも知れません。
でも、私は、誰にも読んでもらいたいという気持ちなど皆無。なぜって、ブログはただの日記、心覚え、思考記録なのです。ごくごくプライベート。
なぜか?
私は自分の考えを他人に知ってもらいたいという気持ちなど皆無だからです。不特定未知の第三者に読んでもらって、いったい何が始まるの、という具合。
むしろ私一人のための心覚えをしたためているだけなのです。つまり、私の内心の思いの隠れ家ブログだからです。
………………………………………………………………………………………………
実のところ、別に隠しているわけではありません。
でも、ブログのアクセス記録は、単に誰かがブログをヒットしたことを記録するだけです。そのヒット自体が事実上、零なのです。
事実上、誰一人、ブログを検索しても、私のブログはヒットしないらしいのです。ヒットして、文章を読み、あるいは写真を眺めてみて、「これは好みじゃない。もう来るのは止そう」というのではありません。ただし、最初の頃、たった一人だけアクセスして、コメントまで残してくださったのです。お返事を差し上げましたが、好みでなかったのでしょう、二度とアクセスされることはありませでした。
でも、名誉のために書いておきますが、私のブログが気に入らないからアクセスしないのではないのです。ただただ、ひたすら、私のブログの存在に気づく人がいないから、まさしく「秘密ブログ」同然の形になっているだけ。
私自身、私以外の第三者が読むことなど一切考慮しないで、ブログを始めました。写真を並べて、好き放題な文章を書き殴り、ネット上にアップすることで、どこに居ても読める!日記のような役割。
でも、実は私自身、読み返すことなど文字通り一切ありません。書きながら読んでいるのですから、ネット上で読み返す必要などない。このあたり、万人の日記にも共通する存在価値なのかも知れません。つまり、書くことで、自分の人生を反芻し、消化しているわけです。しかも、いつも携帯やマックで参照できます。こんな便利で楽しい日記形式はありませんね。
………………………………………………………………………………………………
ところで、私には一つ特技があります。
私の仕事の第一段階は、ひたすら「考えること」が中核でした。
なにを考えたんだ?
「このとき、本当に起こったことはなんだったんだ?」
「どんな考え方でこの行動が実行されたんだ?」
「その行動の結果、社会の中にどんな変化が生まれたんだ?」
「その真の責任者は誰だったんだ?」
等々。
この世にはさまざまなことが起こります。
その出来事の結果起こった社会的混乱、問題を解決して、安定状態に、あるべき状態に戻すことが使命でした。
………………………………………………………………………………………………
さて、本日のセット。
ソニーα7s
アドヴォケート、アナスティグマート35mmF4.5
私はこのレンズの由来を知りません。
でも、宮崎貞安さんにソニーα7sマウントに改造していただき、愛用しています。交換レンズにはさまざまな焦点距離のレンズがあります。人によって好みが異なります。私は、手近の街路をぶらぶらしながら撮影するだけです。と言っても、アンリ・カルティエ=ブレッソンのようなストリートフォトではありません。ただストリートをざっと歩き続けて、ぶら下げた手の先のソニーα7sで適当にシャッターを切り続けるだけ。カルティエ・ブレッソンは主に庶民の町の人たちの生態を透明人間のように存在を消して、決定的瞬間をキャッチして、絶妙のフレームに納めました。
そうして、所属するドキュメンタリーフォト提供の写真家団体マグナムのメンバーとして、世界史における最大のターニングポイントである第二次世界大戦前後のヨーロッパを、そして戦後は世界中を撮りまくり、英米のジャーナリズムの記事を写真で活性化しました。史上最大の変化期に写真史上最大の写真家が巡り合わせて、貴重な作品群を世界にプレゼントしたのです。まさに希有の出会いでした。
私にとっては、彼の数冊の写真集以上に胸を躍らせてくれる写真家の業績はありません。多くのストリートフォト写真家たちに最大の刺激とインスピレーションを与えた写真家でしょう。私もその一人です。でも、私は最初の最初から、カルティエ=ブレッソン流のストリートフォト作家になることは断念していました。なぜなら、私は他人の人間性、振る舞い、行動に対する関心など持ち合わせていないからです。私が写真を撮る理由はきわめてプライベートです。つまり、私が出会った光景、目撃した街角風景を自分の心覚えのために写真に撮っておく、ただそれだけ。
誰のために? ひたすら自分のために!
なんで記録するの? とにかくシャッターを落として、「ここに僕が居たんだ」という記録を残したいだけ。
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by hologon158
| 2026-02-13 20:50
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2025年6月5日(木)晴れ。
妻は所用で神戸に。
私は無用で奈良町に。
これが常態です。私にとって生き甲斐となる仕事の第一法則はごくシンプルです。
「元気で長生きできるようにがんばる!」
私の住宅地でも奈良町でも、私の世代の人たちのほとんどは、ここだけの話ですが、はっきり言って「よぼよぼ」に近い。例外は私の行きつけの喫茶店。今、そこでポメラ作文しています。
………………………………………………………………………………………………
この喫茶店、由緒ある呉服店を半分に仕切っての副業です。脇のショーウィンドウに喫茶店の品目が並んでいるのですが、正面のショーウィンドウも含めて、ファサードの佇まいが明快に呉服店そのものなので、ほとんど誰にも喫茶店とわかりません。私だって、20年ほど奈良に在住してきましたが、長い間喫茶店も併設されていることに気づきませんでした。というより、気づいていたのですが、誰も客がいないので、入りにくかったというのが真相。
どうやら、私も含めて、尋常な人間は瞬時に目に入るデータから中核的なデータを自動的に見つけだし、そのデータによって行動するようです。「ふむ、このお店、入りにくいな。やめとこう!」
この呉服店、大きなショーウィンドウにはっきり喫茶品目が並んでいるのですが、私は長い間、つまり、20年近く、入る気になりませんでした。数ヶ月ほど前でしょうか、思い切って入ってみて、初回ですっかり気に入りました。タキシード姿の小柄なご主人が実に上品な人物でした。この方、90歳を過ぎて、完全な健康体であることを知って、すっかり惚れ込んでしまいました。このご主人の娘さんたちが喫茶店を切り回しておられるのですが、こちらも品のあるご婦人。そして、たいていの場合、相客は95パーセント零。まるで貸し切りの臨時書斎という雰囲気にぞっこん参ってしまいました。
………………………………………………………………………………………………
近頃は、とにかくロボグラフィ散歩しつつ奈良町を突っ切って、この喫茶店にまず半時間滞在して、ポメラ作文。これが一番大切な習慣となっています。
私にとって、このポメラ作文は純粋に「私との対話」となっています。多くのブロガーのブログ作成の本意は、ブログを通して自分自身の存在、思考、その他作品をアピールすることにあるのかも知れません。
でも、私は、誰にも読んでもらいたいという気持ちなど皆無。なぜって、ブログはただの日記、心覚え、思考記録なのです。ごくごくプライベート。
なぜか?
私は自分の考えを他人に知ってもらいたいという気持ちなど皆無だからです。不特定未知の第三者に読んでもらって、いったい何が始まるの、という具合。
むしろ私一人のための心覚えをしたためているだけなのです。つまり、私の内心の思いの隠れ家ブログだからです。
………………………………………………………………………………………………
実のところ、別に隠しているわけではありません。
でも、ブログのアクセス記録は、単に誰かがブログをヒットしたことを記録するだけです。そのヒット自体が事実上、零なのです。
事実上、誰一人、ブログを検索しても、私のブログはヒットしないらしいのです。ヒットして、文章を読み、あるいは写真を眺めてみて、「これは好みじゃない。もう来るのは止そう」というのではありません。ただし、最初の頃、たった一人だけアクセスして、コメントまで残してくださったのです。お返事を差し上げましたが、好みでなかったのでしょう、二度とアクセスされることはありませでした。
でも、名誉のために書いておきますが、私のブログが気に入らないからアクセスしないのではないのです。ただただ、ひたすら、私のブログの存在に気づく人がいないから、まさしく「秘密ブログ」同然の形になっているだけ。
私自身、私以外の第三者が読むことなど一切考慮しないで、ブログを始めました。写真を並べて、好き放題な文章を書き殴り、ネット上にアップすることで、どこに居ても読める!日記のような役割。
でも、実は私自身、読み返すことなど文字通り一切ありません。書きながら読んでいるのですから、ネット上で読み返す必要などない。このあたり、万人の日記にも共通する存在価値なのかも知れません。つまり、書くことで、自分の人生を反芻し、消化しているわけです。しかも、いつも携帯やマックで参照できます。こんな便利で楽しい日記形式はありませんね。
………………………………………………………………………………………………
ところで、私には一つ特技があります。
私の仕事の第一段階は、ひたすら「考えること」が中核でした。
なにを考えたんだ?
「このとき、本当に起こったことはなんだったんだ?」
「どんな考え方でこの行動が実行されたんだ?」
「その行動の結果、社会の中にどんな変化が生まれたんだ?」
「その真の責任者は誰だったんだ?」
等々。
この世にはさまざまなことが起こります。
その出来事の結果起こった社会的混乱、問題を解決して、安定状態に、あるべき状態に戻すことが使命でした。
………………………………………………………………………………………………
さて、本日のセット。
ソニーα7s
アドヴォケート、アナスティグマート35mmF4.5
私はこのレンズの由来を知りません。
でも、宮崎貞安さんにソニーα7sマウントに改造していただき、愛用しています。交換レンズにはさまざまな焦点距離のレンズがあります。人によって好みが異なります。私は、手近の街路をぶらぶらしながら撮影するだけです。と言っても、アンリ・カルティエ=ブレッソンのようなストリートフォトではありません。ただストリートをざっと歩き続けて、ぶら下げた手の先のソニーα7sで適当にシャッターを切り続けるだけ。カルティエ・ブレッソンは主に庶民の町の人たちの生態を透明人間のように存在を消して、決定的瞬間をキャッチして、絶妙のフレームに納めました。
そうして、所属するドキュメンタリーフォト提供の写真家団体マグナムのメンバーとして、世界史における最大のターニングポイントである第二次世界大戦前後のヨーロッパを、そして戦後は世界中を撮りまくり、英米のジャーナリズムの記事を写真で活性化しました。史上最大の変化期に写真史上最大の写真家が巡り合わせて、貴重な作品群を世界にプレゼントしたのです。まさに希有の出会いでした。
私にとっては、彼の数冊の写真集以上に胸を躍らせてくれる写真家の業績はありません。多くのストリートフォト写真家たちに最大の刺激とインスピレーションを与えた写真家でしょう。私もその一人です。でも、私は最初の最初から、カルティエ=ブレッソン流のストリートフォト作家になることは断念していました。なぜなら、私は他人の人間性、振る舞い、行動に対する関心など持ち合わせていないからです。私が写真を撮る理由はきわめてプライベートです。つまり、私が出会った光景、目撃した街角風景を自分の心覚えのために写真に撮っておく、ただそれだけ。
誰のために? ひたすら自分のために!
なんで記録するの? とにかくシャッターを落として、「ここに僕が居たんだ」という記録を残したいだけ。
#
by hologon158
| 2026-02-13 20:50
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2025年6月5日(木)晴れ。
妻は所用で神戸に。
私は無用で奈良町に。
これが常態です。私にとって生き甲斐となる仕事の第一はシンプルです。
「元気で長生きする!」
………………………………………………………………………………………………
私の住宅地でも奈良町でも、私の世代の人たちのほとんどは、ここだけの話ですが、はっきり言って「よぼよぼ」に近い。例外は私の行きつけの喫茶店は由緒ある呉服店の副業です。脇のショーウィンドウに喫茶店の品目が並んでいるのですが、正面のショーウィンドウも含めて、ファサードの佇まいが明快に呉服店そのものなので、ほとんど誰も喫茶店とわかりません。私だって、20年ほど奈良に在住していますが、長い間喫茶店も併設されていることに気づきませんでした。
………………………………………………………………………………………………
どうやら、私も含めて、尋常な人間は瞬時に目に入るデータから中核的なデータを自動的に見つけだし、そのデータによって行動するようです。
この呉服店も、はっきり大きなショーウィンドウに喫茶品目が並んでいるのですが、私は長い間、つまり、20年近く、入る気になりませんでした。数ヶ月ほど前でしょうか、思い切って入ってみて、初回ですっかり気に入りました。タキシード姿のご主人が実に上品で、90歳を過ぎて、完全な健康体であることを知って、この人物にすっかり惚れ込んでしまいました。このご主人の娘さんたちが喫茶店を切り回しておられるのですが、こちらも品のあるご婦人。そして、相客は95パーセント零。まるで貸し切りの臨時書斎という雰囲気にぞっこん参ってしまいました。
………………………………………………………………………………………………
近頃は、とにかくロボグラフィ散歩しつつ奈良町を突っ切って、この喫茶店にまず半時間滞在して、ポメラ作文。これが一番大切な習慣となっています。
私にとって、このポメラ作文は純粋に「私との対話」となっています。多くのブロガーのブログ作成の本意は、ブログを通して自分自身の存在、思考、その他作品をアピールすることにあるのかも知れません。
………………………………………………………………………………………………
でも、私にとっては、ブログはただの日記、心覚え、思考記録なのです。
なぜか?
私一人しか見ない隠れブログだからです。
実のところ、別に隠しているわけではありません。
でも、事実上、誰一人、ブログを検索しても、私のブログはヒットしないのです。
ヒットして、眺めてみて、
「これは好みじゃない。もう来るのは止そう」というのではありません。
ブログのアクセス記録は、単に誰かがブログをヒットしたことを記録するだけです。そのヒット自体が事実上、零なのです。ただし、最初の頃、たった一人だけアクセスして、コメントまで残してくださったのです。お返事を差し上げましたが、好みでなかったのでしょう、二度とアクセスされることはありませでした。
………………………………………………………………………………………………
念のため、名誉のために書いておきますが、私のブログが気に入らないからアクセスしないのではないのです。ただただひたすら、私のブログの存在に気づく人がいないから、まさしく「秘密ブログ」同然の形になっているだけ。
………………………………………………………………………………………………
私自身、私以外の第三者が読むことなど一切考慮しないで、ブログを始めました。写真を並べて、好き放題な文章を書き殴り、ネット上にアップすることで、どこに居ても読める!でも、実は私自身、読み返すことなど文字通り一切ありません。
書きながら読んでいるのですから、ネット上で読み返す必要などない。このあたり、万人の日記にも共通する存在価値なのでしょう。つまり、書くことで、自分の人生を反芻し、消化しているわけです。しかも、いつも携帯やマックで参照できます。こんな便利で楽しい日記形式はありませんね。
………………………………………………………………………………………………
………………………………………………………………………………………………
さて、本日のセット。
ソニーα7s
ホロコン50mmF8
私はクラシックレンズ愛好家でありますが、クラシックレンズ研究家はありません。「どう写るか?」これだけが私の関心。だから、気に入ったレンズなら、それがどんなに「名作」を取りにくいレンズでお、遠慮なく多用させていただきます。
そんなレンズが今回のホロゴンです。
まだ専用レンズとして使っている写真家に出会ったことはありません。
写真家たちも、私というアマチュア写真好きがホロゴンを専用レンズとして使っていることを知りません。
ということは、私以外にも、ホロゴンを専用しているアマチュアが居られるかもしれませんね。
会ってみたいものです。
#
by hologon158
| 2026-02-13 18:59
| ホロゴンデイ
|
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2025年5月31日月曜日、晴れ
今日は妻と一緒に家を出ました。
妻は大阪の中国楽器のコンサートに参りました。
30年ほど前からでしょうか、このあたりの記憶はいい加減ですが、
中国から、種々の中国楽器のマスターたちが渡来して、
日本人に演奏法を教え、その成果をコンサートで発表する、
という一種の文化事業を展開しています。
妻も中国ヴァイオリンとでも言える二胡の大演奏家劉継紅先生の
主宰する教室と演奏団体に所属しています。
本日は、いわばそんな劉先生とは商売仇に当たる
中国人演奏家の率いる団体のコンサート。
その実力如何と、偵察に出かけたわけです。
………………………………………………………………………………………………
劉継紅先生はいわば中国二胡の草分けの一人です。
北京で育ち、まだ十代になったばかりの頃のことです。
近郊に二胡の大作曲家が居住していることを知り、
一人でバスを乗り継いで出かけて、まさに押し掛け弟子となってしまいました。
大作曲家は二胡を人に教える気持ちなど皆無。
そこへ突然、小学生が訪問して、勝手に滞在するようになったのです。
でも、生徒も生徒なら、先生もまた変わっています。
自分の書斎の中、自分の側に静かに控えている少女の存在にやがて馴れてしまいました。
この事態、理解できますか?
さて、ある日のことです。友人と帰宅しようとして、
先生が自宅に近づいたあたりで、二胡の音が聞こえてきました。
友人が笑って尋ねました、
「なんだ、君、録音なんかしないと言っていたけど、
ちゃんと録音してるじゃないか? 君の二胡演奏が鳴っているよ!」
先生、驚きました。自分の演奏を録音したことなどなかったからです。
家に帰ってみると、なんと少女が弾いていたのです。
それも、自分の演奏とそっくりのスタイル、そっくりのサウンドで。
教えたことなどなかったのに、
ただ側に居るだけで、吸収してしまっていたのです!
まだ十歳そこそこの子供なのに、
「好きこそ物の上手なり」を地で行く離れ業でした。
………………………………………………………………………………………………
そこで、先生、気持ちを切り替えて、本気で教えるようになった!
ということは起こりませんでした。
いわば、自分の側に居ることを公認しただけのことだったそうです。
でも、天才というものはそんな環境でも才能を伸ばせるのでしょう。
たしかまだ18歳で、北京で開催された全国第二回器楽コンクール二胡の部に応募し、
なんといきなり全国一位を獲得してしまったのです。
まだ未成年で、いかなる学歴もなく、独学自習で二胡を学び、
確立された名声、どころか、いかなる風評、前評判もないのに、
いきなり金賞!
コンクール審査員の中に北京テレビの音楽総監督にして偉大な音楽家が居ました。
この人が彼女に惚れ込み、さっそく北京テレビ音楽団の二胡奏者、
それもコンサートマスターに採用してくれたのだそうです。
なんの学歴もない18歳の少女をコンサートマスターに抜擢する!
いかにも中国らしい豪快なる離れ業です。
でも、さすがにしばらくして、
「一流オーケストラのコンサートマスターが独学じゃ、様にならない。」
ということで、社費で北京中央音楽院に入学させました。
中国随一の音楽学校です。そして、もちろん首席で卒業。
二胡の主任教授は中国伝統音楽の筆頭の大家と呼び声の高い人物でしたが、
卒業試験後の面接の際、劉先生を呼んでこう言ったそうです、
「君の演奏の才能、技術は私より上だ。そんな私には君を採点することなんかできない。
君が自分で採点したまえ」
すると、即座に劉先生、「じゃ、99点にしておいてください」
先生も学生もそろって、ああ、かっこよすぎる!
三国志演義や水滸伝の腹の据わった豪傑、侠客たちの心意気は現代でも生きている、
そう思わせる逸話です。
………………………………………………………………………………………………
先生のこのエピソードはまさに英雄傳の英雄豪傑たちの逸話を思い出させます。
三国志演義の最初の頃の最大の英雄、無敵の剛勇呂布の逸話です。
当時の後漢の都は洛陽でしたっけ?
都の事実上の支配者董卓を倒そうと、
周辺の大物たちが総結集して、攻め寄せてきました。
当時は、戦いの冒頭で、両軍の代表戦士が両軍の戦列から進み出て、
一騎打ちの格闘を交わすのが恒例でした。
寄せ手の代表戦士が次々と董卓が送り出した戦士を打ち倒して、
戦場はとんでもない喧噪状態となりました。
董卓が呂布に命じました。
「行け!」
呂布が、あっさりと引き受け、
ちょっと近所にお買い物という風情で馬に飛び乗り、
カツカツと蹄の音も高らかに出て行きました。
しばらくして、激突するサウンド。
ワーッと上がる大歓声と悲鳴。
やがて、カツカツと蹄の音も高らかに駆け戻ってくる蹄の音。
御大将董卓、「呂布もやられたらダメだ!
もう自分の兵士たちは気力、希望を失い、散り散りに蹴散らされるだろう」、
そう考えて真っ青になっていると、呂布が現れて、
一騎打ちの相手戦士の首を無造作に董卓の前に放り出しました。
妻と一緒に、劉先生の親友の音楽家(北京テレビオーケストラの演奏家)とお話する機会があり、
劉先生の上記の自己採点逸話を聞かせていただいたとき、
思わず口に出した言葉がこうでした、
「いやあ、三国志の英雄、呂布そっくりのかっこよさですね!」
………………………………………………………………………………………………
本日は大阪から帰ってくる妻と一緒に夕食をレストランでとるつもりでした。
でも、前もって偵察したところ、
どこもここも列ができて、観光客が並んでいる!
そんなところへ、妻からメール。
「弁当買ったから、先に帰って待ってて!」
「よっしゃあ!!」とバス停に行ってみると、
郊外バスなので、一時間に2本程度しかない!
田舎なのだあ! そして、そのバスが行ったばかり!
というわけで、バス待合所に逆戻り。
20分ばかりベンチでブログ記事文章づくりをすることにして、
こうして書いているわけです。
………………………………………………………………………………………………
本日のカメラセット。
カメラ ソニーα7s
レンズ ホロゴン15mmF8
例のとおり、午前中、自宅からバスで奈良町に出かけ、
暮れ方、バスで自宅に戻る。
その道中のロボグラフィたちから、一部抜粋しました。
私の写真人生を一言で喝破してみましょう。
ホロゴンによって開花し、ホロゴンと共に老いる!
#
by hologon158
| 2026-01-18 15:45
| ホロゴンデイ
|
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