わが友ホロゴン・わが夢タンバール

786.01 ホロゴンデイ215(2018年11月10日信貴山の伽藍で我がホロゴンが千枚行にトライ)1 大ピラミッド



私は建築の素人ですが、
現代技術でも絶対に無理と思う工作を一つ思いつきます。
大ピラミッドには、内部は極めて複雑に作られているのですが、
それでも不足、と言わんばかりに、
3本の細い穴が空に向けて開けられているのです。
グラハム・ハンコックは、
この穴が特定の時期に特定の星に向けて開けられていると主張しています。

そこで、質問。
どうやってこの穴を開けたのでしょう?
この穴はピラミッドの構造である岩石群を何十mも貫通しているのです。
建設前に石たちに穴を開けておいて、しかるべき位置にその石を据えて、
ぴたりと星空を見るのぞき穴となるようにした?
そんな完璧な精度で貫通穴のある石塊を製作して設置するなんて、
現代でも絶対に不可能ですね。

もう一つは、ピラミッドを作ってから、穴を貫通させた!
そもそも特定の時期に特定の星がのぞける正確な方向を
どうやってピラミッド内で確認する方法、
そして、その方向に向けて小さな穴を開ける方法なんて、
あるでしょうか?
現代でもないのではありませんか?

そもそもピラミッド学者たちが今まで研究して、
そんなことに気づかないこと自体、不思議です。
どんな学問研究でもそうですが、常に学際的な研究方法が必要です。
そこで、研究者は自分の畢生の研究を万全ならしめるために、
必要な学問を専門的に修得するために必死の努力をし、
さもなければ、必要な学問の専門家をリクルートして、共同研究します。
でも、旧式な考古学者たちはあまりそれをしないで、
自分の頭で、未知の分野を憶測することで済ましているのでしょうか?
怠慢、というほかはないのでは?

ピラミッドの最底辺は約230m、わずか数㎝しか誤差がないそうですね。
ヨーロッパの学者だったと思いますが、
啓蒙書でピラミッドの建て方を記載していました。
工事が一段一段と上がって行くにつれて、四隅に立って、
2方の稜線を見渡すと、まっすぐかどうかが分かります、
とこともなげに書いています。
本当に、分かりますか?
たとえば、ピラミッドの約230mに底辺の石が積み上げられたとき、
その一辺が本当にまっすぐかどうか、見たら分かると思いますか?
まっすぐじゃないと分かったとして、どうやって修正するのですか?
アホなことは言わないでくださいね。

ちょっとその方法を考えてみましょう。
肉眼だけでは絶対に無理ですね。
反対側の端に助手が中心に黒丸が書かれたボードを手にもって、
石積みからそろそろと差し出したのでしょうか?
そして、まっすぐ黒丸が出た瞬間に、
検査官はさっと合図したのでしょうか?
200m先に肉眼で見える黒丸って、どんな大きさでしょうね?
ご自分で目測200m先の建物の角を遙かに望見して、
どの程度の大きさの黒丸がそこに差し出されたら識別できるか、
ちょっと実験なさったら、分かります。
30センチの黒丸でも分からないでしょう!
大ピラミッドの底辺の四辺はたしか2、3㎝の誤差しかないはず。
上記の方法では、そんな精度は無理ですね。
僅かに僅かにカーブしていたら、どうするのですか?

しかも、それが分かったから、どうだというのですか?
すでに巨石たちをびっしりと隙間なく並べ終わったのですよ。
修正なんかしようがないではありませんか?
まっすぐに見えるようになるまで、表面を削ってゆくのでしょうか?

測定によると、ピラミッドの頂点から垂線を下ろすと、
底辺の中心部から3㎝ほどしか外れていないそうです。
現代建築の精度をはるかに凌駕しているそうです。
どうすれば、そんな精度を実現できるのでしょうか?
上記のいつくかの例を検討しただけで分かります。
少なくとも、通説の建設時期の工業技術では、
大ピラミッドの建設は絶対に不可能だった!
現代の技術でも無理かも知れないのですから。

とすると、一体大ピラミッドはいつ、誰が建設したのでしょう?
古代史は、現代の史学者たちの憶測完全にかけ離れた展開であった、
そう推測するのが正しいようです。




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# by hologon158 | 2019-04-19 22:51 | ホロゴンデイ | Comments(0)

785.02 ホロゴンデイ214(2018年11月5日大和西大寺をホロゴン斜視線が走り)2 捨てられた物



アンディ・ウォーホールの面白い言葉に出会いました。

  「捨てられた物や
  役に立たないと思われている物には
  おもしろくなる可能性が
  十分にあるんじゃないかって、
  いつも思っていた。
  リサイクルみたいなものだね。
  不要品にはユーモアが詰まっていると
  常に感じていたんだ。」

これ、まさに私が写真を始めて45年、
最初からずっと感じてきたことでした。
ロボグラフィは、どんなものにも、どんな人にも、
それ以外の何者かに変化してしまう瞬間の記録なのです。
最初から、私はそんな瞬間に見せられてきたのです。
だから、私は最初からロボグラフィだった!
撮り方も被写体も最初からずっと同じでした。
つまり、私は写真に関しては、45年間ずっと不変だったわけです。

よくよく思い出しますと、幼児の頃から、
道ばたに出会う物たちもみんな生きていると感じてきました。
生まれつきだ、そう思っています。
4歳の頃の孫プリンスが私とそっくり同じだと気づいたからです。
二人で歩いていて、ふっと孫が言ったのです、
「あそこにライオンがいるよ」

私の写真がまったく人の関心をよばない理由も分かっています。
私が見ているような見方をする方が大変に少ないからです。
当たり前です。
この世、いわば真っ当な見方ができる人たちが作っているからです。
私のような人間がたくさんいたら、こうはならない。
私のように万物に変化(ヘンゲ)を見る人は確かに居ますが、
みんな違う見方をします。
ですから、互いに相手の観たものを共感するわけではありません。
だから、そんな人でも、私の写真を見ると、
「なんだ、これ?
ただのゴミ箱じゃないか」

マルセル・デュシャンの「便器」が一斉を風靡しました。
ものの見方に決まりはない、自由なんだ、
そう教えてくれたから、と言われています。
でも、私は好きではありません。
今まで多くの芸術家たちがやってきたことです。
そんな当たり前をわざわざ汚く見せるのは好きではありません。
デュシャンがいくら仰々しく、
「教えてあげよう、
君たち、ものの見方は自由なんだよ」
なんて教えても、
「便器は便器、ただそれだけ」と答える人は、
デュシャン以前と以後も変わりはしていない。

いささか影響を与えられたのは、アーチストの方でしょう。
「そうか、なにをしても良いんだ!」
その結果、どうなったか?
アートはどんどんと消滅し、
グラフィックスばかりが氾濫する時代となってしまいました。
理由は簡単です。
アートを創造するためには、それなりの才能と技能が必要ですが、
グラフィックスはちょっと気の利いた頭の持ち主なら、
才能も経験も修行も技術もなく、創作できるからです。
これは才能の下克上。
おかげで、ガラクタの才能が幅を利かせて、
本物の才能を蹴散らしてしまう時代になってしまいました。

これが21世紀の潮流です。
政治家をご覧ください。
日本もアメリカも最低の人間が牛耳っている。
ただの道具に成り下がったからです。
世界を動かしているのは、今や、各国ではありません。
世界を股にかけるコングロマリットです。
これたちが地球の真の支配者。
人間?
今や人間は統計される数になってしまいました。
統計して管理するのは、世界を牛耳っているコングロマリット。
いつの間にか、天秤の重さは逆転してしまいました。
でも、ご心配無く。
あなたは、まだ「ものの数ではない」わけではありません。
一応、統計数値として数えてもらえるのですから。




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# by hologon158 | 2019-04-17 23:06 | ホロゴンデイ | Comments(0)

785.01 ホロゴンデイ214(2018年11月5日大和西大寺をホロゴン斜視線が走り)1 アーシング


今、私はどこに居るでしょう?
神社を取り巻く林間道の中です。
聞こえてくるのは、風、葉ずれ、さまざまな小鳥たちのさえずり、
そして、遠くの車の音。

そんなところで、なにをしているのか?
膝の上にバッグを置き、
その上にニューポメラを開いて、この文章を書いています。
でも、本来の目的はそこにはありません。
ウォーキングシューズを脱いで、土道に裸足を付けています。
そう、アーシングをしているのです。

私がアーシングを始めたと聞いて、
私の親友のAKさんは笑いました、
『そんなのインチキです。」
でも、私は続けています。
なぜって、私は、老いを遅らせることができる工夫であれば、
なんでも試してみるつもりなのです。
そして、実際にやってみると、効果があると思えるからです。

仕組みは簡単です。
現代の人間にはあらゆるルートで静電気が流れ込んでいます。
人間は本来電気的存在です。
脳のニューロンは互いに離れています。
情報伝達は電気的に行われるのです。
その有様の再現イメージをYouTubeで見ることができます。
ニューロンとニューロンの間に火花が散っているのです。
つまり、そのような電導と化学物質の交換が情報伝達の方法なのです。
でも、体内に貯まる余分な静電気は
そうした体内での電気的活動を妨げる危険があるのです。

そこで、体内にたまった静電気を絶えずアースしようというのが、
アーシングの基本目的なのです。
方法は実に簡単。
私は、我が家の裏庭にアース棒を差し込んで、
アース線を二階書斎まで引いて、
アース専用のマットにこれをつないで、
書斎に居る間ずっとマットに裸足を載せて、
体内の静電気をアースしています。

マットから足を外すと、途端に静電気の数値は跳ね上がります。
だから、始終アースしておくよう努力することとなります。
たとえば、浴槽内にも銅板を落とし込み、
上記のアース棒につないでいます。
布団の足下にもマットを置いています。
こちらのマットはダイニングキッチンのオーブンレンジ用アース栓につないで、
昼間はキッチンでの調理、食器洗いの足下でアースしているわけです。
折悪しく、ではなく、折良くでしょう、食器洗い機が壊れました。
私に仕事を作ってくれたわけです。
私は実のところ食器洗いの名人です。
在職中もすべての洗い物は私の担当でした。
どんなに仕事が堆積していても、
私は仕事のことは妻に一切話さない主義ですので、いいわけできない。
そこで、圧倒的に高能率、超高速で仕上げるように練習を積みました。
退職すると毎日日曜日なので、
三度三度、乾いた食器を食器棚に片付け、食器を念入りに洗います。
昼、夜のどちかの食事の用意もします。
というわけで、その間ずっとマットの上で作業しますので、
まあ、四六時中アーシングをしていることになります。

一昨日、その歴然たる効果を体験しました。
その日夕方、近鉄駅前のバス発着場に行くため、
大きな交差点を渡ることにしました。
商店街を出たところで、
前方の青信号が終わりかけていることに気づきました。
前方に、タクシー乗り場のタクシー待機スペース、大きな交差点。

「猛然と」かどうかは主観的な表現ですが、
ほぼ70mほどだけなのですが、以前の私なら、諦めました。
でも、今はバス時刻が切迫して、次の信号を待つ時間的余裕がない。
でも、バスに乗りたい、
そこで猛然と駆け抜けました。
最初から最後まで脚がよく上がり、まったく疲れを感じないで、
同一速度で駆け抜けることができたのです。
しかも、呼吸もまったく上がらず、すっと並足に戻り、
呼吸の乱れは皆無でした。

実のところ、そんなに元気よく駈けることができるとは、
思っていませんでした。
3ヶ月ほど前から、朝のストレッチにスクワットを採り入れ、
20回から30回、30回から40回と少しずつ回数を上げているところです。
このスクワットの効果も加味されているのでしょう。

でも、体の軽さ、体をまったく意識しないで済む軽快感には、
かなりのものがあり、
近頃、味わったことがない、新しい感覚じゃないか、
だとすると、やっぱりアーシングの効果が現れ始めたのじゃないかと思われるのです。

昨日は自宅で過ごす日でしたが、
どうせ暇なのです。
必ず近所の神社の林間道を散歩して、ついでに裸足になって、
林間アーシングを楽しんで見ることにしたのです。
つまり、まず、裸足になってベンチに座りました。
そのために、最初から靴下ははかず、
ビニール包装のおしぼりを数本バッグに忍ばせました。
おしぼりで足裏をきれいにして、靴を履くことにしたのです。
折から新調したばかりのポメラも快調。

えっ、足裏が冷たくないか、ですって?
それが不思議です。
全然冷たくないのです。
痛くないか、ですって?
ぜーんぜん。
なにしろご先祖様は何代か前まで
裸足で一生過ごしていたのですから。
私自身、小学生の頃、運動会はもちろん、
なにかと裸足で駆け回っていました。
田舎の子供だったのです。

半時間、ポメラを使っていたのすが、突然思い立ちました。
そうだ、裸足で散歩してみよう。
出発!
痛い!
この林間道、でこぼこで石ころだらけ、
そして、さまざまなとげだらけの実とかかけらとが、
そこかしこに待ち伏せをしているのです。
でも、我慢しました。
約150mほどの短いハーフコースです。
ここで最初から音を上げていたんじゃ、どうしようもありません。

日本におけるアーシングの唱道者の一人がエハン・デラヴィさん。
YouTubeでエハン塾と検索しますと、その模様が記録されています。
実に面白い。
時折いい加減な発言も見つかりますが、これは、「知らぬが仏」
それよりも私の好奇心を満たしてくれ、さまざまな未知の貴重な情報を教えてくれます。
詳しく知りたくなったら、自分で研究すればよいだけ。
私のぼけ防止法は、こうした知的好奇心を満たすYouTube番組、
そして、BBCのナショナルジオグラフィックなどの英語番組のYouTube版。



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# by hologon158 | 2019-04-15 18:22 | ホロゴンデイ | Comments(0)

784.02 ホロゴン外傅261(2018年10月22日スピードパンクロ40㎜f2の奈良町変化)2 ヨボヨボに?



784.02 ホロゴン外傅261(2018年10月22日スピードパンクロ40㎜f2の奈良町変化)2 今日は何を?
引退生活に入ると、日々、一つの問いにさらされますね。

「生きているというために、
今日は何をしたらよいのだろうか?」

容易に答えられない問いですね。
さりとて、職業生活に明け暮れていた当時、
本当に生きていたんだろうか?
そう真剣に問いかけてみると、
なんだか仕事に明け暮れているだけで、
本当に生きるためには何をどうすべきか、
というこの問いを意識していなかったのでは、
という気もしてきます。

仕事を大いに楽しみましたが、
さりとて、それが「よく生きること」なのか?
そう真剣に考えてみますと、
どうもそこまで創造的なことでもなかった、という気がします。
結局、そんなことを悠長に考える暇もなく、
必死で毎日の生を生きていたのかも知れません。

そう考えると、引退後、
こうして生きる意味、目的を真剣に考えるようになったのは、
せめて遅ればせでも、遅くはない、今からでいいから、
自分の人生を意義ならしめようとする努力なのだろう、そう感じます。

よくこういう高齢者が居ます。
「あとは、死を待つだけですよ」
一種の韜晦趣味なのでしょう。
でも、こんな見せかけは実質になる危険があります。
そんな風に考えた途端、
「待つこと」以外に意味のある行動はあるのでしょうか?
待つためには、毎日、一体なにをすればよいのでしょう?

そんなことも含めて、なんにも考えていない人もいるでしょう。
そのように、人のダイナミックレンジは広大です。
一方の端には、
やること、やりたいことがあふれるほどあって、
日々、精一杯生きている人もいるようです。
他方の端には、
生きるために必要最小限のこと以外なにもしない、
なにも考えない、という人もいるでしょう。

先頃のイチローの引退劇は教訓的でした。
イチローは少なくとも50までは大リーグでプレイできる、
そう確信し、そのための努力を続けていました。
でも、大リーグの関係者、とくにマリナーズは、彼の意思には敬意を払いつつ、
でも、彼の時代は過ぎた、彼はチームを優勝に導くだけの力はなくなった、
そう正確に見抜いていたのでしょう。
でも、大リーグ史上屈指の至宝の意思は尊重して、
彼のために扉を開け続けていたのでしょう。

でも、彼は去年一年間フィールドでプレイをしませんでした。
おそらく大リーグでのプレイは0.0O1秒ほどのズレが致命的になる、
それほどの刹那が交錯する世界のようです。
その感覚は実戦でしか磨かれず、保たれないものでしょう。
彼は一年間実戦から遠ざかることで、
彼が何十年も培い、保ち、磨き続けた刹那の感覚は次第に薄れてゆき、
一度薄れてしまいと、年齢による体力の微妙な衰えも手伝って、
二度と戻らないこととなってしまったのではないでしょうか?

イチローの体験から、ローマ帝国の軍団兵の平時での調練が、
すべて二倍の重さの装備を使って行なわれた理由が明らかになります。
実戦では何十分の一秒かの遅れが死につながります。
それが分かっているから、アドレナリンは平時の何十倍も排出され、
瞬発力も平時の何十倍も鋭くなるのでしょう。
でも、平時の調練では、それが実戦ではないことが分かっているので、
当然ながら心身はのどかに流れ、
瞬発力は実戦時の何十分の一かに落ちてしまいます。
そこで、心の弛みを、装備の重さでカバーして、
実戦時の緊張感を生み出すようにしたのでしょう。

とすると、私たちの課題も自ずと明らかになります。
私たちは、日常、常にこの平時のローマ軍団兵状態なのです。
実戦の緊張感、悲壮感、決死の覚悟など心身から抜けきって、
ほとんど眠りこけた状態に近い心身なのです。
こんな寝ぼけた自分を揺り動かして、
実戦さながらの緊張感、悲壮感、決死の覚悟を心身に漲らせる、
そんな揺り戻しを画策しなければならないのではないでしょうか?

路上に出て、ロボグラフィを撮るとき、
ストリートスナップも試みることにしています。
写真家の皆さん、個人情報の保護の規制に縛られて、
もはやストリートフォトの写真家は消えつつあります。
予め声をかけて撮りましょう、と推奨されています。
ポートレート作家はそんなことを言われる前、昔からやってきました。
そうすることで、被写体となった女性たちに最上の姿と心を用意させて、
その人のもっとも美しいと自他ともに納得するポートレートを撮る、
それがポートレート作家の身上なのですから、当然の作業。

でも、カルティエ=ブレッソン、木村伊兵衛を初めとする、
ストリートフォトグラファーの狙いは違います。
ストリートで展開する人々の人生の一こまから浮かび出る、
人間たちの自然な交錯の瞬間から浮かびあがる、
人間生活の面白さ、人々の心と振る舞いの豊かな表出を記録する。
そんな瞬間芸の達人たちはどうやら陸続として、
ストリートフォトから撤退し、人間の環境を様々に撮ることによって、
そこに写っていない人間たちの営みの面白さを表現する方向に、
一斉に転進してしまいました。

結果は悲惨です。
退屈です。
写真に撮らなければならない必然性が感じられない。
名人芸など不要になってしまい、
子供や猿にカメラを持たせても、出来る芸じゃないの?
という感じさえしてきます。
心が躍らず、驚きも感じない。
はっきり言って、詰まりません。

要するに、ストリートフォトの写真家に試練の時が到来しています。
そのような難しさを克服して、
心躍る写真アートを創造するには、どうすればよいか?
課題が克服困難なほどに難しければ難しいほど、
その課題に創造的な回答を見つけ出せる写真家は、
優れた写真芸術を生み出すことになりそうです。
どんな場合でも、条件が難しくなり克服困難になるほど、
そのような試練、挑戦に見事打ち勝つことができれば、
ストリートフォトが撮りやすかった過去の数十年には、
到底実現不可能だった境地を開拓できるかも知れないからです。

「写真は表現である」と当然のように言われてきました。
その背景には、折角写真を始めたんだから、
人に賞賛され、驚嘆されるような名作を撮りたいという、
カメラマンたちの自然な願望があるように思われます。
芸術史上では、写真と映画は、
20世紀が確立したリアリズム芸術の新技法、新分野、
そう位置づけることができるのでしょう。

でも、私はご免です。
自分の人生のために写真を撮ることにしました。
写真には、表現芸術の側面があるとしても、
そのような側面を志す写真家はごく少数です。
世界の99%のカメラの使い手のスタンス、志望は違います。
自己表現の気持ちがあろうが、なかろうが、
自分自身の心が満たされたら、それで十分、
人の反応などどうでもよい!
だって、他人がどう思おうとも、私とは関係がないんだから。
たまに他人に賞賛されても、それがどうだって言うの?
言った本人はとっくの昔にその写真のことなど忘れてしまい、
私も賞賛されたことなど忘れてしまい、
人生になんにの付け加えてくれないのですから。

誰にとってもそうですが、記憶なんて、どうでもよいのです。
今、現在がすべて!
今、なにをするか?
それが私の心をどう満たし、どう喜ばせてくれるか?
明日へのエネルギーになってくれるかどうか?
それだけが大切。

私のブログに偶然迷い込んだ人は、とまどい、あきれるでしょう。
これはなんだ?
なんでこんな意味不明、支離滅裂の文章と写真をずらずら並べてるの?
そう、それがまともな反応です。
遠慮することはありません。
さっさと退散して、2度とおいでになることはありません。

私は私で、自分と遊ぶのに忙しいのですから。
アレクサンドロスが樽の哲人ディオゲネスを表敬訪問したとき、
大王はうやうやしく尋ねました、
「先生のお望みをなんでもかなえたいと思いますが?」
隠者は即座に答えました、
「ちょっとそこどいてくれんか?
あんた、お日様をさえぎってるよ」

まだ学生の頃、この話を読んで、
私が瞬時に、どちらの立場に共感したか?
分かりますか?
お分かりですね。
もちろんディオゲネスです。
でも、多くの人はディオゲネスになりたいなんて思わないでしょう。
アレクサンドロスのようになれるとは思えないけど、
やっぱりアレクサンドロスの方がずっと魅力的、
そうお感じでしょう。
そうだったら、このブログにおいでになることなどありません。
時間の無駄です。
王道を堂々と歩み続けましょう。





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# by hologon158 | 2019-04-13 17:43 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

784.01 ホロゴン外傅261(2018年10月22日スピードパンクロ40㎜f2の奈良町変化)1 全員白!



私が年をとったせいでしょうか?
町歩きをしますと、どうしても、高齢者ばかり目についてしまいます。
しかも、ちょっと恐ろしい感じがします。
というのは、なんだか高齢者たち、どんどんヨボヨボになっていく!
その中には見覚えがある感じの人もかなり混じっていますが、
その人たちもどんどん高齢となっていくのでは?
ビジネススーツ姿の男性たちにも、
私が現役の頃見かけたり、出会ったりした人ではないか、
と感じる人も見かけますが、やっぱり老いている!

私は若い頃、日本の社会は新陳代謝を繰り返しながらも、
盛んな社会活動が交錯するエネルギッシュな様相を
変わらず保ち続けるものと思っていました。

昭和20年、30年代のコンサート風景写真を見たことがあります。
居並ぶ聴衆が真っ白なのです。
なにが?
ワイシャツとブラウスが全員白!
並ぶ男女は全員、青年たち!

実に異常な光景。
でも、思い返せば、当然だったのです。
第二次世界大戦を終えた世界はかなり文化交流を増し、
日本でも、ラジオで耳にする音楽はクラシックが激増し、
クラシックコンサートが激増しました。
でも、大戦で壮年男女の多くを失った日本のクラシック愛好者は、
必然的に青年層の比重を増していたのです。
年配者は激減し、かつ音楽など楽しむ余裕もなかった?

今、クラシックコンサートには、
そのように戦後まもなくクラシックに目覚めた男女たちが、
今や、高齢者層となって生き残っている!
そして、若い年齢層の多くはクラシック離れをしていく。

社会は安定性を失い、未来は予測不能で、
不安要素が数知れず渦巻いています。
悠長に、モーツァルトにゆったりと耳を傾けるよりも、
耳をつんざく大音響、ガンガンとリズムを刻むドラム、
そして、割れた絶叫のボーカル、そんな騒音音楽のシャワーを浴びて、
今を忘れたい、そんな層がどんどんと増えているのではないでしょうか?

そして、大阪のような大都会に激増した高層マンションが
若い勤労者層を吸収してしまい
奈良のような地方都市は、
むしろ高年齢層が余生を送る地域に移行していくようです。
ですから、大阪や東京では青年層がまだ動き回っているけど、
奈良のような衛星都市圏では、高年齢層の比率が増大し続けている、
というのが現状ではないでしょうか?

でも、少し冷静になって思い返すと、もう一つ。
私が歩くのは概ね平日のアフタヌーンです。
若い勤労者層はみんな屋内で働いています。
奈良の町を歩いているのは観光客と高齢無職老人ばかり。
でも、こうしたファクターをさておいても、
日本全体で老人層が増加していることは疑いがありません。

ついでに書きますと、
女性たちが年々、日に日に、強さを増していきつつある、
そんな感じもしますね。




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# by hologon158 | 2019-04-10 21:16 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

783.02 ホロゴン外傅260(2018年11月2日エクター35㎜f3.3が肘塚経由で奈良町へ)2 大仏様



3月27日水曜日、つまり、かなり前のことですが、
妻は神戸に出かけ、私は子供たち(猫ですが)を家に残して、
昼食後、東大寺に向けて出発しました。
別に大仏様に呼ばれたわけではありませんが、
仏像の撮影が許されているのが東大寺だけ。
時々は、大仏様にお目にかかり、
博物館で日光、月光菩薩に挨拶するのが習慣になりつつあります。

東大寺参拝者のほぼ80パーセントはどうやら外国人観光客。
段々と純然たる観光スポットの地位に収まりつつある感じがします。
もっとも、私だって、なんの信仰ももっていないのですから、
観光客とほぼ同じスタンスですが、
偉大な仏像たちを敬愛する点では、誰にも劣らないと自負しています。

いつも書くことですが、
国宝中とくに傑出した仏像のほとんどは奈良に集まっています。
とくに、東大寺の日光、月光両菩薩、興福寺の阿修羅、
戒壇院の四天王、薬師寺の薬師三尊像、唐招提寺の鑑真和上像、
法隆寺の百済観音、中宮寺の如意輪観音、と並べると、
全世界の彫像芸術の最高峰の一つを形成している傑作群だ、
私はそう確信しています。
ですから、お目にかかる機会があれば、
ご挨拶しておくことにしています。
これが奈良人の特権、私はかってにそう確信しています。

大仏様は、私の感覚にとっては、仏像芸術とはとても思えません。
あまりにも壮大な存在感なのですから。
大仏殿建立当時の大仏様は遙かに巨大だったそうです。
大きなものなど見たことのない奈良時代の日本人にとっては、
現代の私たちには想像できないほどに奇跡的なお姿で、
一生忘れることのできない印象を刻み込む、
未曾有に壮大な存在だったでしょう。

私も同種の体験をしました。
小学校6年1学期までは大和高田市に住んでいたのですが、
幾度か東大寺を訪れた記憶があります。
6年夏休みに大阪府豊中市に移転して以来お目にかからないまま、
大学1年になって、東大寺を再訪しました。
そして、大仏様を見上げて、びっくり仰天しました。

  「あれっ?
   大仏様って、こんなに小さかったの?」

でも、2、3年経って大仏殿を訪れたときの印象が傑作です。

  「大仏様って、こんなに大きかったの?」

本来のパースペクティブが戻ってきたようです。
この体験で、私は学びました。
パースペクティブは自分自身と他の存在との兼ね合いで変わる、
いわば伸縮自在の尺度なのですね。
当然、と言えば、当然です。
でも、どうしても、大仏様はこんな風に見えるはず、と、
勝手に私たちの方で思い込んでいるために、
足をすくわれることがあるようです。
楽しいですね。

当日持ち出したセットは、先日のエルマー35㎜F3.5の対抗馬。

ソニーα7
ズマロン35㎜F3.5

長年、ライカの広角レンズの最高峰は
ズミクロンでもズミルックスでもなく、これ、
と、確信していました。
それなのに、近頃、エルマー35㎜のが急上昇しているのですが、
今回は、にわかに、コダックの怪物レンジファインダー機、
エクトラ用の35㎜レンズ、エクター35㎜が割り込んで来た感じ。
コダックらしいやや赤みを帯びた温かい色感が温かみを醸し出し、
しかも、とてもコクのある印象が濃厚で、ただ者ではない感触。
自分らしい写真表現に満ちた作品を創造した写真家には、
レンズそのものの存在感が邪魔になるかもしれません。
でも、私はひたすらゾクゾクとさせてもらって、感謝、感謝!

レンズたちよ、もっともっと自分らしさをせせり出して、
互いにがっぷり四つで果てしなく勝負し続けて!




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# by hologon158 | 2019-04-08 22:48 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

783.01 ホロゴン外傅260(2018年11月2日エクター35㎜f3.3が肘塚経由で奈良町へ)1 古い辻で



楊琴伴奏レッスンの師、二個演奏家の陳少林先生から、
楽器演奏の極意を教えていただきました。

1 放松(ファンスオン)  脱力して
2 慢練(マンリェン)   ゆっくりと
3 数拍子(スウパイズ)  ただしいリズムで

先日、吉田正さんの写真教室の仲間から教えていただきました、
ストレッチのような運動はできるだけゆっくりとすべき。
そうすると、体が覚えるから。

なんだか人生すべてにわたって、同じことが言えるのでは?
そんな感じがしてきました。

私は「どんなことも素早く」をモットーに生きてきた人間です。
どうやら、いつもセカセカ、セカセカと急いでた、
という感じで、ハッとさせられています。
今頃になって、生き方全般にわたって見直しを迫られることに?
やれやれ...
でも、何事も遅すぎるということはない、そう思いたいですね。
これまでのままだったら、セカセカセカセカ棺桶に...
そんな具合で一生が終わってしまうかもしれないぞ!

思い出しました。
仕事について何年かして、私より2年先輩と同僚になりました。
この人、姓名も昔のおとぎ話の主人公とそっくりで、
語りっぷりと来たら、もう悠長そのものでした。
一方、私と言えば、今でこそ少し落ち着きましたが、
二十歳台の頃は速射砲で、まるで早口競争そっくり。
すると、その人がまったり、じんわりと私をたしなめました、
「あんなあーー、すまんけど、
あんたの言うこと、あんまり早すぎて、
なに言うてるのか、ぜんぜん、分からんがなーー」
私の方は彼の口調があまりにも悠長なので、
やっぱり理解困難でしたから、おあいこというところ。
これが文字通り「波長が合わない」という現象だったようです。

でも、と、反省。
彼の言うことの方が正しかったかもしれません。
もう一度、人生も演奏も見直してみるときが来ているのかも?


今回の写真は、最近ご無沙汰しているコダックのレンズ。
エクター35㎜f3.3。
コダックがオリジナルのレンジファインダーカメラ、
エクトラのために用意したレンズです。
どんな風な意気込みで造ったレンズか、知りませんが、
怪物カメラのエクトラにいかにもふさわしい重厚な描写力が魅力。
独特の存在感を醸し出してくれる名レンズです。





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# by hologon158 | 2019-04-06 22:35 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

782.00 ホロゴン外傅259(2019年4月4日久しぶりライカM9が神社道森林浴に出かけた)



昨日4月2日歯科医に出かけました。
かぶせが一つとれたのですが、見事に直していただきました。
その後は、意気揚々と、奈良町を撮影しました。
セットは、
ソニーα7
ヴァリオペッツ58㎜F2

ところが、撮影中、突然、液晶画面がチラチラッとなった瞬間に、
「電池を入れ直してください」という表示。
直ちに指示に従いましたが、同じ誤動作を繰り返すばかり。
どうやら、電源付近が壊れてしまったようです!
ああ、災難は突然やってきますね。
と、言っても、「半時間後に壊れます」と予告が表示されても、
どうしようもありませんが.....

今日は、翌3日水曜日、
いつものとおり、神社道森林浴に出かけることにしました。
伝家の宝刀を取り出しました。
近頃ほとんど使ったことがなかったライカM9。
ズマール50㎜F2を付けました。
ライカ純正レンズを付けてあげる、
これまで冷たくしていたライカM9への礼儀というものでしょう。

久しぶりのライカの撮り心地は最高。
なんだか凛然としたたたずまいに、
忘れていた気持ちを取り戻したという感じ。
これからは、どんどん使いたいものです。




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# by hologon158 | 2019-04-04 21:55 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

781.03 ホロゴンデイ213(2018年10月21日ホロゴンと共に弘法市、人形展歴訪)3 ニューポメラ



また私の文章作成ワープロ専用機ポメラが壊れました。

ポメラは液晶画面を開いた後、二段重ねの平面部分を右に持ちあげて、
キーボードを開いて平坦にして、完成させます。
このキーボードは17㎜幅あって、普通のキーボードと近い大きさ。
だから、とても入力しやすいのです。

でも、このパンタグラフ式キーボードが壊れやすく、
これまでは、壊れるたびに、中古を買い換えていました。
それでも数年はちゃんと使えたから、予算的には有利だったのです。
でも、今度はひどかった。
今回は最初から、パンタグラフの動きがぎこちなく不調。
たった2ヶ月で起動しなくなりました。
5代ほど使い、ついに開閉式ポメラには愛想が尽きました。

梅田のヨドバシカメラに行って、代替機種を物色しました。
ワープロ専用機って、キングジムのポメラだけしかないようです。
ところが、これが大当たり。
キーボードが最初から平坦なままの普通のワープロの小型版、
ポメラ200を発見。
私の希望にぴったり!
早速、触ってみました。
仰天!
これまでのパンタグラフ式ポメラが耕運機だとしたら、
これはフェラーリ!(ちょっと大げさかな?)
液晶画面が二回りほど大きくなり、
字の大きさを6段階も変更でき、最大は、私向きに超巨大。
そして、キーボードの感触、反応性も上々で、
作動感は超高級と言ってもよい位にしっとりと滑らかで、
まさに本格的プロ仕様。
これだ!

ヨドバシの会員価格はアマゾンの価格より数千円高い。
でも、ヨドバシでは五年間保証をつけることができます。
たった1回ですが、本来の保証と併せて、2回の故障に対応してもらえます。
これからの5年間、外出時は必ず携帯しますので、
この2回の無償修理はありがたい。
でも、修理期間中は使えなくなるので、手足をもがれた感じになってしまいます。
できるだけ安全に携帯できるよう、
クッション付きの携帯ケースを自作します。

ヨドバシカメラを出てから、いつもの通り、茶屋町に足を伸ばしました。
持参した機器は、これまた私の秘宝と言いたいレンズセット。

   ソニーα7
   トポゴン25㎜F4

描写は、ツァイスの白眉と言いたくなるほど、目覚ましい切れ味。
でも、あたたかく立体性に富んだ質感で、嫌みがありません。

ガード下の喫茶店「honana」で、どら焼きセットを見つけました。
二階喫茶店の中央円卓を占領して、ポメラを初使用。
これは私にはもったいないほどの使い心地。
もうまさに著述家の必携品、そう言いたいですね。
キーボードの安定感、キーのスムーズな感触、すべてが良好、
考える速度でキーボードをたたけます。
まあ、私の思考速度はあまり早くないからですが。

これまでの十数年間オモチャ仕様のポメラに満足していたって、
一体私のセンスはなんだっただろう?
そうじっと手を見てしまいました。

この日は、付虹先生の楊琴レッスン日でした。
生徒さんの一人は超高齢のご両親の介護に大わらわだということです。
付先生も北京に残したご両親がいつか介護を要するようになるかもしれず、
そのときは帰ることになるだろう、と、おっしゃっています。
誰もがそんな風にして人生をプレゼントしてくれたご恩返しを、
いつかしなければならないわけです。
私も妻もそんな時期を超えてきました。
それで一安心と思うと、さあ、これからは、
自分が介護してもらう可能性を覚悟しなければならない、
という第二の危機に直面しそうです。

さいわい心身とも絶好調。
近頃、体の敏捷性が格段に好調で、
昨日も夕食後の食器洗い中、目の高さに設置された乾燥棚から、
小型の土鍋がシンクの左脇の平面にいきなり落下。
いかに強度が強いと言っても、足下の床まで落下していたら、
割れたかもしれません。
でも、次の瞬間、私の左手がこれを受け止めて、事なきを得ました。
ですが、さて、これがいつまで続くことやら。

折しも84歳の畏友からの葉書。
ショックでした。
彼は親しい友人に久しぶりに葉書を送ったそうです。
そして、分かりました。
その友人は先日77歳で亡くなっていた!
私もお目にかかったことのある人です。
そのとき、大阪府警の特捜部の刑事だったと紹介されました。
当時の彼は60歳でした。
がっしりとした体躯、眼光炯々、毅然たる構えの人物でした。
でも、月日は誰にも重くのしかかってくるのです。
RAさんもショックを受けていました。

誰も永遠に生きることはできません。
韓流ドラマの合間、たまに映画史に残る名画を楽しみますが、
名優たちを見て、いつも感じることは、
「ああ、この人もすでに世を去っているんだ!」

こうなると、誰にでもできること、
最後までやりたいことをやり放題やり抜くこと、
これしかありませんね。





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# by hologon158 | 2019-04-01 18:02 | ホロゴンデイ | Comments(0)

781.02 ホロゴンデイ213(2018年10月21日ホロゴンと共に弘法市、人形展歴訪)2 New brave world!



3月22日金曜日午後、歯科に出かけました。
私は、どちらかと言うと、歯が弱点のようです。
歯科医の見立てによりますと、
私は歯をかなり強く食いしばるタイプなのだそうです。
長年、思考力をぎりぎりに使って、
最終的決断を下すというタイプの仕事をしてきたせいかもしれません。
考え抜いた挙げ句に回答を見つけて、怒濤の決断になだれ込む、
というようにいつも行けばよいのですが、
人間のやることです、
どうしようもなく左右を決しがたい白紙の領域を残したまま、
歯を食いしばって、一か八かの決断をしなければならないときがあります。
どなたもそうでしょう?
でも、こんなときは苦しいものです。
こんな体験を何十年も重ねますと、歯に来るようです。

先々週、奥歯の上の被せが歩ロッと取れてしまいました。
なんだかネジもくっついている感じですから、
残っている歯の本体をよほど酷使してしまったようです。
でも、これは仕方がありません。
いつも歯のことに気を配るなんて、できっこありませんね。
妻が見つけてくれたとてもよいお医者さんで、
丁寧に処置をしていただきました。

いつも思うのですが、恐竜たちのように、
下からどんどん換え歯が生えてくるのであれば、
苦労がなくてよいのですが。

しかし、よくよく考えますと、
これはまさに選んだ進化の道だったわけです。
身体のどんな器官も、寿命にあった期間だけ保つように、
いわば統一体として進化したわけです。
恐竜は、たとえば、竜盤目ともなると、
その寿命は100年を超えるものが見つかるそうです。
骨の年輪で分かるのです。
つまり、それほどまでに長い間、
ティラノザウルスのような肉食恐竜の攻撃をしのいできたのです。

人類はもまた、種としてまれに見る成功を収めたからこそ、
地球上の王者となったわけです。
でも、完全に成功したわけではありませんでした。
無制約に繁殖し、地球上いっっぱいに生息して、
環境を激変させ、地上の食料ではまかなきれないほど沢山の子を産んで、
今や、地球上のあらゆる生物の生態系を絶滅の危機にさらした挙げ句、
人類自体の生存も危ぶまれる状態に迷い込んでしまいました。

地球上をほぼ完全に支配した種の先輩は恐竜ではなかったでしょうか?
恐竜の時代の生態系の頂点とその下位のほとんどを、
海陸空の恐竜たちが独占したのですが、
そのバランスが絶妙に保たれていたからこそ、
1億6000万年という気の遠くなるような期間、
地球を支配することができました。

これに対して、人類は、ホモサピエンスが誕生してから、
多く見積もってもたった20万年。
海陸空を支配する地上の王者となったのは、
まず支配権を確立した陸上だけを見ても、
せいぜい18世紀末から19世紀初頭にかけてでした。
18世紀ブルボン王朝の時代にでも、
狼がパリ近郊を支配した歴史が残っているのですから。
そして、その当時まだ、地上の大半は人跡未踏でした。

つまり、人類が地球を完全に支配するようになったのは、
せいぜい19世紀後半から20世紀前半にかけてに過ぎません。
つまり、たった100年ちょっとの王者なのです。
それなのに、もう地球の生態系そのものが絶滅に貧している。
簡単に言えば、せいぜい「簒奪者」でしかなく、
恐竜のような真実の王者とはとうてい比肩しがたいのです。

どうしてこうなったのでしょう?
それは人間が、人間を超える組織、オーガニズムを創造し、
それに人間と並ぶ人格を与えたことが原因でした。
それが「法人」であり、機械でした。
あらゆる分野、領域で、法人は人間を超えてしまい、
独自の存在理由と生存権を持つようになってしまいました。

たとえば、第二次世界大戦を引き起こしたのは、列強の軍隊組織、
その軍隊の肩を押したのは、各国の超巨大な軍需産業体でした。
第二次世界大戦後急速に成長したのはあらゆる種類のコングロマリット、
そして、アメリカで言えば、CIA、NASA等の独自の目的と機能を持つ組織。
彼らは人間ではありません。
所属する人間は、それが組織の長であっても、単なる構成分子であり、
捨てゴマでしかありません。
構成分子となる有能な人間に不足はありません。
必要なことは、どんな犠牲を払っても、
組織が生き延び、かつさらに巨大化、強大化することが至上命令。
地球の生態系がどうなろうと、
その構成員が絶滅しようが、知ったことではありません。
組織は地球の生態系の一員ではないからです。
つまり、まったく別種の新たな生態系が生まれているのです。
組織同士のネットワークを生育環境とする無機体オーガニズムの生態系。

急速にロボットが進化しています。
数年後には、鉄腕アトムがこの世に戻ってくるでしょう。
碁、将棋、チェスの名人たちをことごとく打ち負かしてしまいました。
ニュー鉄腕アトムは世界中の軍事組織を打ち負かすことでしょう。
そのとき、人類は地球の王者の座を滑り落ち、
新王者のメカニズムの構成員、歯車とされてしまい、
挙げ句の果てには、奴隷の地位に落とされてしまうでしょう。

かつての軍隊の不可欠の構成員だったのは、
馬、牛、象、驢馬、ラクダ、犬、鳩等の動物でした。
でも、彼らは、時代が進むにつれて、お払い箱となってしまいました。
今度は、人間の番、というわけです。
さまざまな食料や水や空気が定期的に供給されないと生きていけない人間は、
早晩、足手まといとなってしまいます。
はるかに優秀で、どんな劣悪環境、宇宙空間でも、電気だけで活動できる
ロボットには絶対にかなわないからです。

かつて易学は、人間の活動はたった64種類しかないことを見抜きました。
つまり、どんなことを決断するにしても、
その性質は64種類に限定されるのです。
将来、新支配者は、たとえば、
人間の倍の128種類の決断ができるコンピュータを進化させ、
ロボットに組み込むでしょう。
その新ロボットたちは、人間のやることなど、いとも簡単に見抜いてしまって、
人間をあっと言う間に粗大ゴミ化してしまうことでしょう。

New brave world!

ネットでショッピングをしますと、
あっと言う間に、関連商品の勧誘メールが殺到してきます。
YouTubeで大好きな演奏家のビデオを検索して視聴しますと、
オープン画面はあっと言う間に私のお好み関連で埋まってしまいます。
ネット界は私をすでに組織支配下の一員と見なして、
コントロールを開始し始めたのではありませんか?
つまり、私たちの奴隷化はすでに始まっているのではないでしょうか?




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# by hologon158 | 2019-03-29 18:04 | ホロゴンデイ | Comments(0)

781.01 ホロゴンデイ213(2018年10月21日ホロゴンと共に弘法市、人形展歴訪)1 卒業または落第?



写真家吉田正さんが指導する写真教室の受講を続けて4年経ったと思います。
先週木曜日、とうとう写真教室を卒業する日が来ました。
ちょっと感無量です。

もとより、私が写真教室に通うこと自体が、
いわば自己矛盾に近い異常事態でした。
私はとっくの昔に、
写真家としての表現行動など無縁の人間になっていたのですから、
今更写真を勉強するもなにもあったものではない。

でも、無理を承知で写真教室に通い始めたのは、
長年続けてきた稼業から足を洗って引退したからです。
なにもやることがないというのも退屈、
幸い私が十年来私淑し、交友を続けてきた写真家の吉田正さんが
西宮で写真教室を手広く開いておられる。
じゃ、吉田さんの写真談義を聴きにいこう、
ということからでした。

期待したとおり、吉田さんの講義は楽しいものでした。
吉田さんが梅田に教室を開かれた機会に、私も移りました。
さすが大阪です。
すでにそれぞれにその人なりの写真を撮る人たちが揃いました。
吉田正さんの講義もさらに充実し、みなさんの写真も楽しい、
ということで、写真教室をずいぶん楽しんできました。

でも、昨年来、教室は次第に成長しはじめました。
ただの写真教室ではなく、
吉田正さんの傘下の写真家集団の一翼になり始めたのです。
これには参りました。

私は、ちょっと表現が奇妙ですが、
骨の髄まで写真家ではない人間です。
ただの写真趣味。
写真趣味45年の間に、表現なんて、実のところ、
ひとかけらも頭の隅をよぎったことがない人間です。
最初の最初から、私はレンズに頼りっきりの、
いわば、「撮れちゃった写真」だけ。
写真展も幾度か楽しみましたが、
これも、はっきり言って、私に関する限りは「写真展ごっこ」でした。

そんな私を見事に見抜いたのが、最初の師匠、田島謹之助さん。
落語家立川談志の「抱腹絶倒落語家列伝」は、
田島さんが談志師匠に、かつて撮り貯めた昭和の落語名人たちの写真を、
フィルムもろとも一切合切贈与したことがきっかけ。
上記の本には田島さんの見事な写真がびっしり収められて、
猛烈に見応えがあります。

その田島さんと中国旅行で知り合って、
「よろしかったら、写真見てあげましょうか?」
これがキッカケで、いわば田島さんの写真の弟子になったのですが、
最初の頃、あきれたように、というか、あきらめたように、
こうおっしゃったことを思いだしました。

「あのねえ、※※さん、
あんたの写真、一見すると、いかにも意味ありげなんだけど、
よくよく見ると、なーんにもないんだよねえ。」

当たり前です。
私は、写真を始めてから今日まで、
写真に意味をもたせたり、情景に何か意味を感じて撮影したり、
というようなことを一切したことがないのです。
私に限って言えば、
写真は表現ではありません。

たった一つあるとすれば、
「この瞬間、ぼくはこれに出会ってよかった、と思った」
ということ位。
つまり、よく言えば、感動の瞬間の表現、
簡単に言えば、動物的な反応。
そこから出発して、写真に撮ることでなにかを表したいなんて、
これっぽっちも考えたことがないのです。
「よかった! パチッ(シャッター音)」
ただこれだけ。
このときなにかを感じたことは間違いがありませんが、
そんな私の気持ちなど、写真に込めようとしていません。
ただのロボグラフィの目撃報告。
これまさに素人写真。
私はそれを隠そうとしたこともありません。
誰でも見たら一目瞭然なのですから。

私の写真の撮り方にそれがはっきり現れています。
半分はノーファインダーで、
どう写るか確認もしないで、撮っています。
残りの半分は、液晶ファインダーを拡大表示して、
ピントを合わせると、シャッターを落とします。
その瞬間、液晶ファインダーは通常の表示に戻りますが、
そんなものはまったく見ていません。
そんな写真を、たとえば、ブログでは、撮影順に、トリミングなどせず、
白枠を付け、編集画面で私の一定の濃度にそろえるだけで、
ブログに順番にアップしているだけです。

それでも、かなりしっかりとした構図で撮れているように、
ご覧いただけるのでしたら、
それは、私の撮影経験の長さ故であるとともに、
ロボグラフィであれ、ストリートスナップであれ、
どんなものを撮るにしても、最大限接近して撮るので、
それだけが写り、
無用なものが写ることがとても少ないからです。
よく言われるように、「写真は引き算」
私の場合は、「写真は主題以外全部切り捨て!」

水平垂直がかなり保たれているのは、
ホロゴン15㎜F8という超広角レンズをメインとしたお陰。
水平垂直が命なので、スナップであれ、ロボグラフィであれ、
カメラ、レンズは常に垂直と調練しているからです。

写真家が水平垂直を動かすのは、表現意図からであって、
これは別論です。
でも、誰かが、単にカメラになれていないために、
水平垂直が撮れていないのに、
わざと歪めてみました、なんてしたり顔で言い訳をしますと、
心の中で「嘘付け! 下手くそ!」とつい言ってしまいます。

アマチュア写真家が、作品を前にして、
「これはなにを表現したかったのですか?」と尋ねられると、
「現代の孤独を象徴したかったのです」
なんてしたり顔で聞いた風な口を利くと、
やっぱり、
「嘘、嘘! ただ撮れただけの写真にそんなこじつけじゃないの。
ごまかしはよしましょうね」と、心の中でささやきます。
そして、そんな人とはお付き合いは遠慮することにしています。

というような次第で、
私には、一人でロボグラフィをただ撮って、ブログに掲載する、
というシンプルで、邪魔のない境地をひたすら味わう時代が到来しました。

なんにも表現せず、ただ私の出会いの瞬間を記録し、
そんな偶然的なロボグラフィたちをブログに掲載し続けるのですから、
人はぜんぜん来ないので、気楽そのもの。
ただし、正確には、文書量と写真量はただならないので、
ネット検索でのヒット率はかなりあるでしょう。
でも、一見して、
「おじゃましましたあーーー、
さいなら!!!」でしょう。

かくして、私はついに写真家の世界から卒業したわけです。
正確には、「最初から無縁だった」わけですが。
ちょっと寂しいけど、ほっと一息、という気持ちです。




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# by hologon158 | 2019-03-28 15:02 | ホロゴンデイ | Comments(0)

780.02 ホロゴン外傳258(2018年10月14日エルマリート28mmf2.8が飛鳥の秋を歩く)2 ミステリーサークル



ご存じでしょうか?
小麦畑等の大きな畑の小麦たちを倒して形作られた幾何学紋様が、
暗黒の一夜に出現する現象です。
世界中で何千と報告されています。
YouTubeの「古代の宇宙人・ミステリー・サークル」4回に、
概要が記録されています。
ただの大きな畑なのに、空から見ると、見事な幾何学図形。
おもしろいことにその図形が次第に複雑化し、
フラクタル図形のような高度な数学知識で生成する
複雑かつ数学的な図形まで現れるようになりました。

その原因を巡って、いたづら説、自然説、非人類説等々、
さまざまに飛び交ってきたのですが、
どうやら、前二者は否定されるようです。
イギリス人3人組が「全部我々が作った」と名乗りを上げ、
なーんだ、そうだったのか、と、
マスコミも一般大衆も一時は関心をうしなったのですが、
その後に華麗多彩な図形が出現するようになりました。
「じゃあ、あんた、こんな複雑なものを作れるか?」と言わんばかり。

上記の特集にも、その三人組が登場して、
すでに作られたものを再現して見せます。
でも、この特集は、最初から三人組を頭から信用していません。
なぜ?
真っ昼間に制作するように求めたからです。
暗黒の中で作れと言って、
手も足も出ない状態に追い込む方法もあったでしょうけど、
これでは、おもしろくありません。

上記の番組では、わざと白昼作らせてあげたのです。
作り方も幼稚そのもの。
板に紐をつけて首にくくりつけ、
円形の中心とも紐をつなげて、
その円周上、足で板を踏みつけて、小麦を倒してゆくのです。
番組の報告者は、感に堪えないという表情で、
「すごい! 空中写真で比較しても、オリジナルと区別がつきません!」
と、持ち上げていますが、これはかなり白々しい感じ。
どう見ても、ラフすぎます。

その後に研究家に登場させます。
「確かによくできていますが、
現場には折れた枝が散乱しています。
そして、茎の折れ方がぜんぜん違います。
こちらはただボキリと折れていますが、
本物は、折れずに、延びてカーブしているのです。
どうしてこんな風に曲げられるのか、まったく分かりません。
それに足跡一つ見つからないのです」
よくまあ、こんな粗雑な方法で、「私たちが犯人です」もないですね。
畑の持ち主が損害賠償訴訟をしたら、
ひとたまりもなく、「ごめんなさい。嘘です」でしょう。

夜間に仕掛けたビデオで作成現場が撮影されるようになりました。
赤い光点が空中を浮遊するだけで、
ミステリーサークルができあがってしまうのです。

自然説も立ち消え状態。
誰も、自然にこんなものができるメカニズムなど知りません。
ご覧になったら一目でおわかりでしょう。
自然には絶対できない図形ですから。

驚くべきことが起こりました。
前記の特集ビデオに登場しますが、
かつてカール・セーガンが、
人類の情報を図式化した一枚の金属プレートを納めて、
宇宙にロケットを送り出したことがありました。
このプレートと同型式の情報プレート画像が出現したのです。
まさに、応答と言わんばかりの対応です。
セーガンのプレートには、
ダ・ヴィンチの有名な男性ヌード像の模式図形が刻まれましたが、
その位置に、もっと小さな、なんだか宇宙人らしい体があります。
いかにも「サークルを作っているのは私たちだよ」と言わんばかり。

でも、私はこれを見て、なんだか化かされている気分になりました。
確かに現在の人類には不可能な技術によって作られる複雑怪奇な製作物です。
でも、外宇宙の異星人が、自分たちは姿を見せないで、
地球の地表面を観察できて、
誤解の余地のないコミュニケーション手段をとらずに、
こんな迂遠な方法で何かを伝えようとするなんて、
とても不可解で、ありそうにない、そう感じられるからです。

私の推理を書いておきましょう。
ミステリーサークルの作成者は間違いなく知性を持った存在です。
でも、それは別の星とか別宇宙とかではなく、
現実にこの地球にアクセスできる場所に存在する何者か。
地球人か異星人か、そもそも人間かどうかも分かりません。
でも、知性と、人類を越える科学を保有する存在。

もしかすると、月に潜む異星人かも知れません。
もしかすると、地底人かも知れません。
ちなみに、大地の地中深くの構造がどうなっているか、
実は誰も知らないのです。
近頃、地球をほとんど覆う大海原をしのぐ量の水が
地中深くに存在することが判明したそうです。
人類、ホモサピエンスはたった20万年で、
地球を滅ぼすまでに強大な存在に成長しました。
進化ではありません。
ホモサピエンスは最初から今までひとかけらも進化していないので、
これは文化的な発展です。
進化がどのようなメカニズムで起こるにしても、
遙かに長いタイムスパンで起こります。
だから、恐竜たちは1億6000万年もの間地上を支配することで、
かなり絢爛多彩に進化を遂げました。
十分に進化を繰り広げられるだけのタイムスパン、
この地球を支配していたのです。

人類はそのような進化はいっさい遂げることなく、
すでに劣化への道を辿りはじめています。
地球上の他の生物たちのほとんどを滅ぼし、
そうすることで、自分の首を絞めておきながら、進化するなんて、
絶対に不可能です。
22世紀にならずして滅び、次の地上の支配者はロボットであろう、
そう私は推測しています。

原始的な生活を営む時代から天駆ける現代に到達するのに、
たった数千年だったのです。
されば、20万年の間に、幾度か、現代と同程度に進歩を遂げては、
滅んでいった先行文明がいくつもあったのではないか、
私はそう考えています。
そう考えないと、説明がつかないアノマリー、遺跡がどんどん見つかっています。
もっと論を進めれば、20万年でこの程度に進歩するのであれば、
地球上には、人類ではない何者かの先行文明が幾度か栄えたかも知れない、
とさえ思えます。
さすれば、地底でだって、人類以外の文明が生まれているかも知れない。
そう考えても、なんの無理もない、
そう私は考えます。

ただ一つ、疑問があります。
月の文明であれ、地底文明であれ、
地球表面の人類の文明より先進の文明であれば、
なぜ劣等な文明の地球人を滅ぼしてしまわず、さりとて、
地球人が地球の生態系を完全に破壊するのを座視しているのか?
これがどうもよく分かりません。

とにかく厳然たる事実が残ります。
人類にはできない芸当を見せつける知的存在が現に存在している。




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# by hologon158 | 2019-03-26 15:05 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

780.01 ホロゴン外傳258(2018年10月14日円エルマリート28mmf2.8が飛鳥の秋を歩く)1 毎日をどう生きるか?


毎日をどう生きるか?
これは誰にとっても、大きな課題ですね。
生きる目的、人生の目標を持っている人は幸せですね。
日々、その目的、目標に向かって、
懸命に努力すればよい。

でも、そんな目的、目標をあなたは持っていますか?
残念ながら、私は持っていません。
よく生きたい!
その欲求だけはありますが、
じゃ、どんな目的、目標を達成するために生きているか?
そう真っ正面から問われると、
ノー、としか答えようがありません。
強いて言えば、自分と家族のために、
ただそれだけですね。

私が、その代わりに持っているのは、
いわば、作業課題とでも言うべき、行動プログラムだけ。

  写真を撮る。
  文章を書く。
  写真と文章を収録するブログを作る。
  楊琴を練習する。
  リコーダーを練習する。
  二胡を練習する。
  良い本を読む。
  良い音楽を聴く。
  良い絵を見る。
  良い映画を観る。
  良いドラマを観る。
  
以前は半年に1回アブニールコンサートに出演して、
リコーダー合奏を楽しんでいました。
今月までは写真家吉田正さんの写真教室に通って、
月例の写真作品を見ていただいていました。
こうした課題達成を伴う企画は卒業してしまいました。

リコーダーは、曲がりなりにもコンサートなるものに参加していましたが、
人に聞いてもらうほどの実力がないことを痛感させられて、やめました。

写真教室は、曲がりなりにも人に見せる写真作品を作るために研鑽する場。
人に見せるための写真作品を創造するなんて希望も意欲も
とっくの昔に完全に失ってしまったので、
そのような志を立てて通うはずの写真教室に通うことが、
とても心苦しくなってきました。

写真家吉田正さんが大好きで、幸運にも知遇を得てきましたが、
なんだか毎回茶々を入れるだけで、
吉田さんの邪魔をしているという感じになってきました。
そのうえ、写真作品を作るつもりもないのに、
毎回適当に組み合わせて、こんな組写真はどうですか?
なんていうシチュエーションで、自分の写真を持参するのも、
まさに偽物くさくって、心苦しくなってきたこともあります。

毎月2回の二胡演奏家陳少林先生の楊琴伴奏レッスンも、
4月以降1回に減らしていただきました。
孫用の緊急出動が増えて、
月1回程度に事実上減っていることに気づいたからです。

かくして、4月以降は、対外活動が月2日分減ることになります。
ルーチーンが2日も減少するのですから、
かなり大きな自由度を得られることになります。
今更、新しいことに手を伸ばす気持ちはありません。
むしろ今の楽しみをもっと充実させたいという気持ち。

奇しくも、日米球界の至宝、イチローが現役復帰と思いきや、
急転直下、引退してしまいましたね。
テレビのない私はネット記事でちらりと見ただけですが、
一番大きな印象はこうでした。
イチローが突然気力の希薄な老け顔になってしまった!
だから、ネットでも記者会見ビデオを見ることができますが、
写真以上に、かれの姿を見たくない、という気持ち。

この結果は、多くの人の予想どおりだったと思います。
彼を現場に連れ戻したのは、
野球史上最高のプレーヤーの一人であった、
だから、そんな伝説を竜頭蛇尾に終わらせたくない、
いや、もう一度不死鳥のように甦る姿を歴史に刻みたい、という、
自負、気概、ガッツ、負け惜しみ魂であったのでしょう。

若い頃、A.J.トインビーが多くの文明の凋落の原因を、
たった一言で喝破したことを思い出しました。

 「オールを漕ぐのをやめたから」

イチローが一日も欠かさず猛烈な特殊トレーニングを継続し、
昨年現場から離れても、これを継続してきたことは報道されていました。
でも、大リーグ野球は、他の花形スポーツに劣らず、
心も体も千分の一秒のタイミングを争う、まさに超名人芸の格闘技です。
トレーニングでは足りません。
体の現状を維持するだけでは足りないのです。
実戦を重ねることだけが、本当のトレーニングです。
木刀でいくら練習を重ねても、真剣勝負には何の役にも立たない。

実のところ、人間の日々の営みも同様の性質を持っています。
現役を退いた途端に、はっきりと老いが表れるのも、
この実戦から離れてしまうからです。
イチローがどんなに特殊トレーニングを行ない、
キャンプで選手たちと練習を積んでも、
超一流の好敵手たちとしのぎを削る実戦から遠のいてしまったら、
その日を重ねるにつれて、
かれは第一線時代のイチローでなくなって行ったことは明らかです。
一昨年のイチローでさえ、全盛時代のイチローの面影を失っていたのですから、
さらに、丸一年のブランクを重ねるうちに、
彼を本来のイチロー性を完全に失ってしまったに違いないのです。

彼もそのことはかなり濃厚に感じ取っていたことは間違いがありません。
オープン戦でも打席に立つごとに思い知らされていたことでしょう。
ですから、彼が引退を決意したのはかなり前だったけど、
期待するファンたちへの手前もあり、監督、オーナーと相談の上、
本番まで宣言を遅らせた、というのが真相でしょう。

ついでに推測を重ねますと、
彼の本心は、マリナーズの球場で、イチローファンたちの前で、
別れを告げたかったでしょうね。
でも、そうなれば、本戦開始後ただちに始まる決死の戦場に、
イチローが登場する余裕はなかったかもしれない。
チームが日本で大リーグの初戦を飾ることとなったからこそ、
彼は、本戦への出場が許され、華麗なフィナーレを飾ることができた!
これが真相ではないでしょうか?

これから、イチローはどんな風に生きていくのでしょうね?

でも、イチローからしっぺ返しを食いそうですね。
そんなことは余計なお世話だ!
それより、自分のことを心配したらどうだ?
まことに、ごもっとも。

分かっていることがあります。
何もしなければ、老の坂を真っ逆さま!
下り坂を、余計な抵抗をせずに、どんどん下りて行くのも人生。
徹底的に抵抗に抵抗を重ね、どこかで、パラシュートがプチンと切れて、
真っ逆さまに人生を終えるのも人生。
どちらかを選べと言われたら、
躊躇無く、後者を選びますね。




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# by hologon158 | 2019-03-23 17:26 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

779.02 ホロゴン外傳257(2018年9月26日パンタッカー50㎜F2.3が奈良町の片隅ばかりに視線を)2 老後の人生


神様は、人間が退屈しないように、
あれこれと工夫を凝らしてくださるようです。

3月12日、東大寺二月堂のお水取りも済んで、
ほっと一息の翌13日、
ゆったりと奈良町でロボグラフィ三昧の後、
午後3時には歯科に受診するつもりでした。
左上奥歯の被せがポロッととれてしまったのです。
電気製品にも、かなり脆弱な部品が組み込んであって、
かなり短いサイクルで新製品にスイッチせざるを得ないように、
巧みに時限爆弾が仕組まれていますが、
こうすることで、製作コストを押さえて、
しかも、買い替えを促進するという二重効果。
歯にもそんなところがあるのではないかと思いたくなりますが、
こちらはそうではなくて、もともと有機体である体に、
無機物を補充しようとすること自体、無理があるようですね。

恐竜のように、一生陸続と歯が生えてくるようにしていただければ、
そんなに苦労しないで良かったのですが、
こうなると、歯医者さんが仕事を失いますし、
第一、天女のような奥様がティラノザウルス顔になってしまい、
ちょっと怖いですね。
仕方がありません。
歯医者さんとは仲良くすることにいたしましょう。

4歳の孫プリンセスとは先週末会ったばかり、
金曜日にはピアノレッスンの付き添いをしなければなりません。
この調子で、孫が結婚するまで世話をしたいものですが、
独立心旺盛で、すでに2歳年上の兄に対して、
年長者風に支配的に振る舞うプリンセスです。
かわいがって楽しむのも、後しばらくでしょう。
そう考えて、いそいそと大阪に向かっています。

駅に向かうタクシーの中で、運転手さんと話しました。
孫の世話を急にすることになったと話しますと、
羨ましそうに、
「いいですねえ。
娘の子なので、外孫で、そのうえ、婿の両親と同居しているので、
なかなか孫に会いに行くこともできませんよ。」
「息子の方は33歳なんですが、13も年上と結婚したんで、
嫁の方が出産をいやがりまして....」
本当にかわいそうです。

でも、そう考えるのが私だからで、
人によれば、
「それがどうした?
自分の人生を楽しめたら、それがいいじゃないの?」
とおっしゃることでしょう。

それでよいのです。
自分の置かれたシチュエーションに常にしっかり肯定的に適応する、
それが人間の生きる知恵というものでしょう。

孫プリンセスは、なにか聞いたことのないウィルス風邪だったようで、
まだ7度6分の熱がありましたが、至って元気。
前回会ってから3日しか経っていませんが、
ますます美しくなっているようで、
ご機嫌に過ごすことができました。

今回のホロゴン外傅シリーズの主役はパンタッカー50㎜F2.3。
何度も書いていますが、私にとっては、
写真人生に出会った№2のレンズ。
得も言われぬほどに独特の深みのある描写をプレゼントしてくれます。

写真に作品性を求めず、
ただ、自分の記憶を呼び起こしてくれる写真を求める私としては、
誰もがそうだと思うのですが、赤裸々な現実など、もうゴメンです。
記憶は常に美しいもの、懐かしいものであって欲しいですね。

パンタッカー50㎜F2.3はそんな私にいつも応えてくれます。
このレンズがあれば、ホロゴン以外何も要らない、
そんな気持ちになることがよくあります。
それほどに、パンタッカー50㎜F2.3は夢レンズなのです。





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# by hologon158 | 2019-03-19 23:01 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

779.01 ホロゴン外傳257(2018年9月26日パンタッカー50㎜F2.3が奈良町の片隅ばかりに視線を)1 ホロ一路




パンタッカー50㎜F2.3の記事にホロゴンを主題にする。
ちょっと変化もしれませんが、私にとっては、至極自然。
写真と文章はけっして連動していません。
写真は感性のトレーニング、
文章は頭のトレーニング、
その経過を日記である本ブログに記録していく。
ただそれだけなのですから。
写真に合わせて記事を書こうとすると、
自分の頭の働きにブレーキをかけることになりかねません。
写真も文章も自由に選択して掲載していきたい、というわけです。

そこで、ホロゴンの話題に移りましょう。
このところ、ホロゴン一路に回帰しています。
昔作った私家版写真集を数冊開いてみたのです。
いかにホロゴンの描写力がすごいかを思い知らされ、
私がどんなに我が友ホロゴンに冷たくなっていたか、
思い知らされました。

結局、私がさまざまなレンズたちの描写の変化を楽しむ方向に行ったのは、
アラビアンナイトの「瓶の中の老婆」状態に陥ってしまったからでしょう。
人間には、彼女のように、
現状に飽き足りなくなるという感覚が備わっているものです。
人類がアフリカのふるさとから次第に世界中に拡散していったのも、
飢餓や逃走もあったでしょうけど、
故郷にどうも飽きてしまって、
新しい環境に冒険してみたい感覚に押されたかもしれません。
自分だけを変えるのはとても難しいですね。
だから、環境を変えることで、自分の可能性を拡大したい、
そんな欲求が生命を、人類を進化させてきたのかもしれません。

でも、「瓶の中の老婆」には後日談があった、そう私は思います。
古巣の狭苦しい小瓶の中に戻されてしまった老婆、
最初は、ああ、あの大王国で満足しておけば良かったという悔恨と、
よくも私の願いを無視して、こんなせまっくるしい瓶に戻しおったな、
という呪詛に責めさいなまれたことでしょう。
でも、しばらく日が経つと、はっと思い返したかもしれません。

「いや、これで良かったんだ。
広い家はなにかと苦労が耐えなかった。
家族だ、召使いだ、王国だ、裏切り者だと、
荷厄介ばっかりだった。
ここが良い!
やっぱり、埴生の宿じゃわ!」

私とホロゴンの関係もそれに似ています。
キノプラズマートもパンタッカーもマクロスイターも
ビオゴンもスーパーアンギュロンもみんなすばらしい描写力、味わいです。
でも、どんなレンズも結局はホロゴンにはかなわないのです。
私の心に常にぴたりとかなう、という幸福感、安心感、共感は、
とにかく独特なのですから。

でも、今回続けて3回ほど使って悟りました。

かつてのように、しっかり接近できていない!
ホロゴンはまだ私に心を開いてくれていない!
怒っているのでしょう。

現代思想には究極の唯心論が回帰している傾向もあるようです。
私がいるから、宇宙はある!
エハン・デラヴィという思索者が居ます。
若い頃世界漂流の旅に出て、日本に流れ着いて、
以来40年間、日本に住み続けてきた人です。
沢山本も出版する傍ら、啓蒙活動として、
エハン塾という、YouTube経由のネット配信もある塾をやっています。

ときおり思い込み、早とちりもあるようですが、
とにかく生き生きとした発想、エネルギーに満ちた人で、
さまざまな話題を活き活きと提供してくれます。
そのプレゼンがとても面白く、刺激的なのです。
私の知らない分野に関する情報がいっぱい詰まっています。

宇宙論の講座では、
参加者にこんな難問をしかけます。
うろおぼえですが、こんな感じ。
「宇宙の果ての果ての星の上で、
落雷に打たれて、大木が大地に倒れます。
そのとき、音はするでしょうか?」
エハンさんの用意した正解は、
「答えは、音はしない。
誰も聞くものがいないから」
このことから、
宇宙を作っているのは私なのだという結論につながっていくようです。

彼は物理学と存在論とを混同している、
私にはそう思えます。
確かに音はしません。
その場に聴覚を持つ存在がいない限り、
音などその場所にははじめから存在しない。
でも、その大木に打たれた大地は巨大な振動にふるえ、
衝撃が大地に巨大な影響、変化を与えるでしょう。
同じ宇宙の出来事なのですから、正しくそう推測できます。
こうして、その場所は変化します。
人間並の聴覚を備えた存在がいないだけの話です。
これだけのことで、私がその宇宙の隅を創造し、
私が宇宙を存在させているという見解に繋げるのは無理。

むしろ、A.N.ホワイトヘッドの形而上学の方が分かりやすいですね。
今、ここ、この場に居る、
そうした主客の関係が現実的契機Actual occasionです。
このActual occasionが宇宙を織りなす基本的存在。
このActual occasionは社会を作って、
原子、分子になり、ものとなり、人となります。
人間はきわめて限られた方法でこの宇宙を把握します。
太陽の宇宙を認識し把握する能力は、
人間よりはるかに広大無辺です。
きわめて限定された把握力しか持たない人間を基本にして、
存在論を構成するのは無理ではないでしょうか?

でも、そんなアイデア溢れる議論をするエハンさん、
とても生き生きとして魅力的です。

この日は正午前のバスで近鉄奈良駅に出て、
行きつけの喫茶店でシチューランチをいただき、
奈良町に向かってアーケード街を撮影しつつ南下しました。
いつもの道です。

後で喫茶店でチェックしてみました。
ああ、ホロゴンウルトラワイドに感度400のネガフィルムを入れて、
ノーファインダー、腰だめで撮っていた時代と比較すると、
私の腕は格段に落ちてしまいました。
人物に3,40センチまで肉薄して撮っていたのに、
今ではせいぜい5,60センチでしかない!
この2、30㎝の差がえらい違いを生み出します。

スナップ的なシチュエーションもキャッチできません。
かつては人々のなんらかの動作の頂点でスナップしていたのに、
今ではせいぜい、行きずり、通りすぎの刹那の記録にすぎない。
またホロゴン撮影のトレーニングを始めなければなりません。





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# by hologon158 | 2019-03-17 14:35 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

778.03 ホロゴンデイ212(2018年9月16日ホロゴン15㎜F8Uが奈良町から東大寺を巡歴)4 ポメラ、がんばれ!



また、先週末、ポメラが壊れました。
きわめて軽量かつ高性能のワープロですが、
幅17ミリと通常のキーボードにかなり近いキーボードを確保するために、
折り畳み、パンタグラフ式を採用しています。
薄いプラスチックの構造を折り畳むのですから、
耐久性が乏しく、壊れやすいのです。

でも、ブラインドタッチングで文章を入力できるという利点は、
何ものにも代え難い長所です。
だから、私は壊れる度に買い換えることは覚悟の上です。
修理可能なのかもしれません。
でも、修理価格は中古価格と同じくらい高額でしょう。
ポメラの存在は、王国の支配者たる王位と同様です。
連続的な支配が至上命令。
だから、壊れると、中古をアマゾンで注文します。
翌日には配達されます。
新品より3分の1ほどの廉価で、まずまず使用可能。

今回届いたのは旧型でした。
現行機種よりも一回りか二回りほども小さな液晶画面です。
私は、数字とアルファベットの組み合わせの機種名なんか、
自慢じゃありませんが、記憶不能。
まさに漢字、かな人間なのですから、
この程度の見込み違いは「許された危険」ならぬ、
「許しちゃう危険」。

でも、液晶画面の大きさなど、構いません。
画面が大きくなろうが小さくなろうが、すぐに慣れます。
妻が世を去ったりしたら、私も、生き甲斐を失って、
あっと言う間に後を追うでしょうけど、
ポメラちゃんが亡くなっても、
ただちに代替わりしてもらうだけ、というわけです。

今、私は喫茶店で休憩して、おいしいコーヒーをいただきながら、
小さな液晶画面の新参ポメラで文章を入力していますが、
快調そのものです。
指を使うことは心身の体操になるようです。

私の一番小さな孫は一歳になったばかりですが、
なにかを見て、興味があると、
右手をちょっと差し上げて、
舞を舞うように指をさらさらと動かします。
これも一種の記憶法、頭の訓練法なのかも知れません。

思いだしついでに書きますと、
この孫、孫プリンセス3号なのですが、
もう一つ記憶法を実践しています。
先日、食堂の子供椅子に自力でよじ登り、
きちんと前向きに座り、
家族全員の賞賛の拍手に自分も拍手で答えました。
家族全員は「良かった、良かった」とその場から立ち去り、
残っていたのは私一人。
すると、彼女、また向きを変えて椅子から降り、
それから、同じことを繰り返しました。
この早期の反復も記憶の秘訣ですね。

私の方は、喫茶店でこの文章を大半書いて、
さて出発と、レジでお勘定をすませましたが、
私はいつもありのままの感想を述べて去ります。
今日も「いつも気持ちの良い店なので、
かなり文章もはかどりました。ありがとう」
すると、店主の女性、
「文筆家でいらっしゃいますか?」
「とんでもない!
ただ作文が好きなだけ。
そのかわり、一生文章を書き続けてきたので、
いくらでも書けます。
ただのぼけ防止ですよ」
「どんなことを書いてらっしゃるんですか?
読んでみたいですね」
なかなか「よいしょ」が堂に入っています。
ここで調子に乗って、
「そうですか?
実はブログを作っているですよ。
私のブログはこれこれで....」
なんて白状したりしますと、
次回行ったら、とたんに店仕舞いされたりしかねません。
「いや、ただらちもないことを書き散らして、
ぼけ防止にしているだけですよ」
と、真実をありのままに述べて、平和裡に去りました。

さまざまな健康法を実践しています。
でも、このポメラによる作文は頭脳健康法の最たるものです。
頭と手指の運動にもってこいです。
なによりもまず、書くことを思いつけること!
思いついたアイデアを思うつくままの速度で記録すること!




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# by hologon158 | 2019-03-15 23:30 | ホロゴンデイ | Comments(0)

778.03 ホロゴンデイ212(2018年9月16日ホロゴン15㎜F8Uが奈良町から東大寺を巡歴)3 ミステリーツアー



2月24日日曜日、クラブツーリズムのバスツアーに参加しました。

ミステリーツアー

私は旅そのものをやめてしまいました。
引退した後、西遊旅行の秘境ツアーに参りました。
現役時代に西遊旅行や道祖神の秘境ツアーを幾度も楽しみました。
でも、秘境旅行は若者の楽しみですね。
一日8時間もバスに乗り詰めで、
平地からくねくね急坂道を上り詰めた3000mの峠を越えて、
今度はくねくね急坂道を海抜200mあたりまで下り、
帰路はそれを逆行する、なんて、もうコリゴリです。
このときの旅こそ、正真正銘の精進落だったようです。
私の「遠くへ行きたい」熱は完全に消えてしまったから。

ミステリーツアーはこれが2度目。
前回は近江八幡界隈でした。
最後は、かつての厚生省の簡保施設ウェルサンピアの跡地の菓子店。
種屋系列なのだそうです。
水郷の東南外れあたりに位置しますが、
水郷なんか人っ子一人居ないと言うのは言い過ぎ。
正確性を期しましょう。
人っ子数人しか居ない。
つまり、私たちの仲間だけ。
ところが、菓子店の内外はとんでもない人の群れ。
日本人はいつの間にか、行列を作る民族に変わってしまいました。
どんなに行列が長くても、おいしいものは絶対に試してみたい!
それがマスコミに乗せられてのことでなければよいのですが。
私は、友人のたっての望みでラーメン屋に並んだ一回をのぞいて、
生涯行列は作らず。

もっとも、完全に一貫しているわけでもありません。
人と同じことなんかしたくない。
人の真似はいやだ!
と言いつつ、カルティエ・ブレッソンの真似は喜んでする。
でも、これはレベルが違うと考えて、平気です。
それに、考え方、行動、振る舞いに完全な一貫性があるとしたら、
ロボットですね。

さて、今回のミステリーツアー、前回と同じじゃないか、
と、おそれていたのですが、近江八幡の通り越して、
長浜の盆梅展でした。
なにがミステリーなの?
そう言いたいところです。

もしJR長浜駅の東側でバスを降りたなら、
盆梅展はパスして、ストリートをぐるり一巡したでしょう。
残念ながら、西側(琵琶湖側)で下車。
やむなく、盆梅展会場に参りました。
でも、まずまず楽しめました。
以前各地で何度か観た盆梅たちよりもぐっとスケールが大きく、
ダイナミックでした。
照明が巧みに演出を盛り上げ、
バックの壁掛けの布に華麗な影絵を落として、
こちらも絵になります。
でも、かなりやり過ぎの感。
これじゃ、主役の弱さを演出でカバーする手口そっくりじゃない?

展示場を出ると、まだ出発時間まで40分もあります。
妻は側の鉄道博物館のD51を観に行ったそうですが、
私は人の来ない林間で裸足になり、
生まれて初めて、自宅外でアーシングを20分間エンジョイしました。
わくわくするような体験でした。
たしかに何の手応えもありません。
たんに体内からよけいな静電気を大地に流すだけなのですから、
よほど敏感な人以外には、手応えはないでしょう。

私の親友は一蹴します。
「体内深く電気が蓄積されるなんてことはありません。
体表面に静電気が付着するだけ。
静電気除去機能付きキーホルダーで十分間に合います」
じゃ、これも試さなきゃ!
と、キーホルダー2個400円を早速ネット注文。
でも、小さなキーホルダーで、キーや指表面の消磁はできても、
それで全身の消磁が完璧にできて、
キーホルダーで問題解決というのはとても信じられません。

日本におけるアーシングの唱道者エハンさんは、
アーシングを開始した後に最初に時差旅行をした際、
ロスアンジェルスに着いてすぐ、
僚友の日本人と二人で芝生に裸足で座ってアーシングしたそうです。
そうすると、これまでのすべての旅行では、
毎回ジェットラグに散々苦しめられてきたのに、
このときだけはまったく時差を感じないまま、
必要な要件を疲労なくすべて完遂することができたのだそうです。
これも、誰もが検証できる実験なので、
アーシングの有効性を実証していると言えそうです。

と言うわけで、私も、種屋の雑木林で、一人、
裸足になって20分間アーシングしつつ、
ポメラを高速タイピングして楽しむことができました。

今や、私は、健康に関する限り、無敵になりつつあります。
上記の親友の作ってくれた強力無比の水素吸入器La Fontaine-9、
悪性活性酸素をどんどん退治してもらい、
アーシングで、体内の余分な電磁気を除去してもらう、
アルコールはほとんどやめてしまい、
ゴーヤージュースを毎日欠かさず頂き、
ブロッコリーやカリフラワーのサラダも頂いて、ガンになりにくい体を作り、
東京の親友が作った命の水(体力強化のエキス)を欠かさず頂き、
彼が発明した、革命的に強力かつ無害の消毒剤、エヴァ水で消毒し、
そして、毎日さまざまな健康増進の運動で体をほぐし、
週に3回は撮影のために歩き回る!

ところで、バスツアーに戻りましょう。
今回のバスは座席が各列窓際にたった1席しかない豪勢なバスです。
こんなバスは初めて。
私の場合、夫婦で座ると、窓際は自動的に妻に譲ります。
それが今回は私も窓際にゆったりと大名気分なのですから、豪勢でした。
でも、旅行などしたいと思わない今、
よけいな贅沢、という気がしてなりませんね。




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# by hologon158 | 2019-03-14 16:32 | ホロゴンデイ | Comments(0)

778.02 ホロゴンデイ212(2018年9月16日ホロゴン15㎜F8Uが奈良町から東大寺を巡歴)2 事態を改善!



写真家吉田正さんの指導する写真教室では、
おもしろい人物たちと知り合うことができました。
毎月教室が終わった後、そんな仲間たちと昼食を取るのですが、
そのお一人は今回の教室が最後です。

その方が写真教室を止める理由が素敵です。
近頃、声がしっかり出なくなったことに気づき、
これではだめだ、事態を改善しなきゃ、と、
発声法の教室に通い始められ、
これから本腰を入れたいとおっしゃるのです。
劇団四季の舞台俳優だった方が指導するのですから、
かなり効果的でしょう。

つまり、あれこれと老いが見え始めても、
大抵の方はそれが当たり前のことと受け止めて、
抵抗への努力などなされないのが通常です。
それなのに、彼はしっかり抵抗したいとおっしゃるのです。
大賛成です。

私も、日々、そんな抵抗の努力の連続、という感じがします。
リコーダー練習もその一つ。
もちろん老化防止はただの副作用ですが、
それにしても、なかなか重要な副作用です。
大きく呼気と吸気を繰り返すのはとても健康的、
そんな感じがするのです。

私の愛用するリコーダーは、ヤコブ・デンナーのモデルの復刻版。
バロック期の有名な木管楽器の制作者です。
デンナーモデルは巷間多種多様に出回っています。
でも、似ているのは外観だけ、というものがほとんどのようです。
でも、私のデンナーは特別です。
素敵な笛製作者にして、修理名人の杉原広一さんの制作です。
たとえば、フルートの第一人者、有田正広さんも、
杉原さんの制作されたものをかなりお使いになっているそうです。
その理由は、
内径、穴等すべての構造まで忠実に模作されているから、
音もオリジナルにかなり近い性能を実現しているのだそうです。

ということで、デンナーコピーを杉原さんに制作していただきました。
でも、こうしたオリジナルに近い楽器はポーと息を吹き込めば、
本来の音がすんなり出るわけではありません。
それなりに吹きならしをしていかなければなりません。
これが大変でした。
今から考えると、私のリコーダー発声法等の基本テクニックにも、
根本的に問題があったのです。
簡単に言えば、腹の底から空気が柱のようにそそり立ってはいなかった!
そして、その他さまざまなテクニックがあるようです。
要するに、そんな優れた楽器を弾きこなすための、
根本的な基本条件がそろっていなかったようです。

近ごろ、ようやく音がしっかりと透る感じになりつつあります。
2年ほども苦労した甲斐があったようです。

話を元に戻しますと、写真教室の後で、
こんな人生の対処について話し合えるのですから、楽しい。
元来私は、テレビも新聞もラジオも週刊誌等の雑誌も、
とにかくなにもかも観ない、隠者生活。
お陰で、誰でも知っている常識に乏しいようです。
今回も一つ思ってもいなかったことを知りました。

ストレッチはできるだけゆっくりとすること!

そうでないと、体が覚えないのだそうです。
そう言えば、前にも聞いたことがあったっけ?
でも、私は聞き流していました。

両手を左右に思いっきり回転させて、
腰にガツンガツンと打ちつける運動が私の目玉の一つなのですが、
おかげで、両腰とも誰かに殴られても痛く感じないほどになりました。
腰もぜんぜん膨らんでいません。
でも、ゆっくりとしていれば、
もっと効率よく肉体増強になったかもしれない!

空手かボクシングか分からないけど、
シャドウボクシングのような運動もやってきました。
腰を使って、超高速(と、自分では思っている?)で、
前方の一点に拳をたたき込む感じで突き込む、という運動。
これも私は大好きです。
空手の達人みたいに、拳の運動を目にも留まらぬ高速にしたい!
でも、これも速度を緩和して、
フォームをしっかりと覚え込むやり方に変えないとダメかも?

スクワットもそうです。
腰を落として、直立する、という運動を高速で30回ずつしていたのですが、
おかげで、高い階段も2段とびでぐいぐい上がって、
ぜんぜん疲れを感じなくなっています。
でも、これも辛抱強く低速でやったら、
もっと効果的に体力を増強できるのかも?

声の方も、試しにやってみました。
普段はあまり大きくよく通る声ではなくて、
まあ、あいていに白状しますと、いい歳をして、
ボーイソプラノ風に貫禄のない声なのですが、
試しに声を出してみたら、かなり大きな声が出るようです。
リコーダー用の呼吸法もかなり役立っている感じがします。

老化を防ぎたかったら、やることはまだまだ一杯あります。
私がやっていることだけでも、十数個はあります。
まだまだ、良い方法を採り入れたいものです。
そのためにも、人と会うことは大切ですね。




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# by hologon158 | 2019-03-12 17:50 | ホロゴンデイ | Comments(0)

778.01 ホロゴンデイ212(2018年9月16日ホロゴン15㎜F8Uが奈良町から東大寺を巡歴)1 老レンズは死なず



2月20日木曜日、
写真家吉田正さんの梅田写真教室でした。
独創的な写真家、高潔な人格者である吉田さんの薫陶を受けるのですから、
教室のみなさん、それぞれに自分なりの写真世界を作りつつあります。
吉田さんはけっして「こう撮りなさい」というような指導はされません。
傑作写真を撮るためのノウハウも教示されません。
それぞれに異なる人生と人間性の持ち主たちが、
のびのびと自分の写真世界を築けるように、側面からアドバイスするだけ。

それが物足りない人は早晩離れていきます。
でも、ノウハウを教えてもらって巧い写真を撮って頭角を現しても、
人間的な基礎を固めないままに、小手先の写真巧者になっても、
どこかで必ず頭打ちになります。
反平氏の貴族たちの粛清を断行しようとして、
甲冑に身を固めた清盛の前に、
父を諫めようとして、穏健有徳の君子、長男の重盛が参上したとき、
大急ぎで袈裟をかぶって鎧を隠そうとした清盛のように、
写真の裏に、
写真の真実性を損なうようなさまざまなパソコンテクニックを
後手に施したことがバレバレになってしまうと、
写真作品としての価値はあっけなく崩れてしまいます。

どんな場合でも、感じる心、アート的な感性の深さが、
写真作品創造の基本条件です。
画像処理テクニックは、この基本条件をまずクリアーしない限り、
鎧を隠そうとする袈裟にすぎません。

第二次世界大戦敗戦後の30年ほどは、
真の国民政治家となるために、
長い下積みを体験してきた人たちが政界の重鎮となったものですが、
今やマスコミの巧みな誘導によって醸成された機運に乗じて、
ろくな体験も積んだことのない、腰の弱い二代目、三代目政治屋たちが、
人格を磨くいとまもなく、と言うより、そんな必要など無知のまま、
政界のトップに祭り上げられる時代になってしまいました。
民主主義の皮を被った寡頭権力政治の時代に、
知らぬ間に移行してしまったのです。

日本とアメリカがとくに顕著ですが、実は世界中がそうです。
現代は多国籍のコングロマリットが連携し、ときには競合して、
諸国の権力の黒幕となる時代なのです。
コングロマリットの運営は巨大コンピューターによって操作されています。
こうなると、どのような方向に向かうか、その趨勢は目に見えてきます。
このコンピューターをコントロールできる人間は、
次第にひそかに粛清されて行くでしょう。
最初は、コントローラーたちのひそやかな権力闘争として。
でも、そのような権力闘争の実現はコンピューター制御に依存しています。
いつしか、もっとも広範で深淵な情報の把握者は、
コンピューター自身となるでしょう。
コンピューター主権の時代です。
もうひそかに半ばそんな時代に移行しているかもしれません。

ホワイトヘッドは、20世紀の初頭すでに、人類の歴史は
人類の発明する移動メカニズムの速度に即応して、
超高速化するだろうと予言しました。
ということは、つまり、滅亡の時期がどんどん速まるということなのです。

写真史もなんだかそっきりの経過を保っているようです。
現代では、カルティエ・ブレッソンや木村伊兵衛のような、
人情の機微を見事に活写した名作は生まれないでしょう。
その理由は実に簡単です。
まず、そんな写真を撮る写真家が消えてしまいました。
そして、こちらの方が根本的ですが、
そんな人情そのものがストリートから、人間の生活から消え失せてしまった!

つまるところ、私が愛する名レンズたちの活躍の場そのものが、
あえなく消えてしまったようです。

老兵は死なず、ただ去りゆくのみ。
そして、老レンズは死なず、
ただ撮りゆくのみ。





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# by hologon158 | 2019-03-09 21:21 | ホロゴンデイ | Comments(0)

777.03 ホロゴン外傳256(2018年9月17日キノプラズマート19㎜F1.5が西大寺を古式豊かに)3 新しさ



アルフレッド・ノース・ホワイトヘッド、
ケンブリッジ大学の数学者、論理学者でした。
私が若い頃にこの人に私淑していたことは幾度か書きました。

ケンブリッジ大学では、バートランド・ラッセルを教え、
後年、その教え子ラッセルと二人で、
数理論理学の記念碑的大著を著し、
引退時にロンドン大学に移ると、数理物理学の権威として、
アインシュタインの相対性原理に異議を唱えて、
さらに名声を高め、
63歳にして、ハーバード大学に哲学教授として招かれ、
独特の形而上学を展開しました。

コリン・ウィルソンは20世紀最高の頭脳の一人とたたえました。
人類史上の偉人の一人と数えることのできる人です。
そんな人の著した形而上学の主著が「Process and Reality」
ほとんど理解不能でしたけど、夢中になって読んだものでした。
ほとんど理解不能だったのに、夢中になれる、
それが人間の不思議ですね。
理解できなくても、なにかを感じていたようです。
私の心が欲していたなにかを与えてくれたから、
そんな感じがしたのでしょう。

そんななにかの内、
私の心にいつまでも残ったコンセプトが一つあります。

ホワイトヘッドの基本概念はActual occasion。
静的なアトムではなくて、
動的な出来事、事件、出会いが基本的な実在の単位なのです。
Actual occasionは宇宙全体をさまざまな形でprehendしていきます。
宇宙全体を包握する行為こそが実在なのだ、ということです。
私たち人間はそんな現実的契機が作り出す社会なのです。

かなり分かりにくい存在論なのですが、
ホワイトヘッドがそうした現実的契機のあり方の根本を、
Novelty(新しさ)としました。
つまり、現実的な存在は次々と新しさに挑戦する存在なのです。

分からないなりに、私はこの考え方に夢中になり、
今日までずっと自分自身も新しさに挑戦しつつ生きたい、
そう考えてきました。

写真はそんな新しさを刻々と実現する媒体になってほしい、
それが私の願いです。
私は、美しい風景写真を撮りたいと思ったことがありません。
写真を始めてから終始ロボグラフィであったのは、
撮影行為が自分一人の発見となるようなものであって欲しい、
そう願ってきたからです。

勢い、私の写真は、私以外の人には理解不能となってしまいました。
時折出会い頭の光景をスナップして、
それなりに評価されることはありましたが、
そんな写真は、私にとっては、常に余技であり続け、
心底私が求めたのはロボグラフィでした。

私がロボグラフィを楽しむ根本的な理由が、
まさにNoveltyにあったのです。
それに対して、
才能の欠如においては、私とおっつかっつの
アマチュア風景写真家の喜びはなんでしょうか?
偉大な風景写真家たちが撮ってきた美景を自分でも同じように撮りたい、
という方もかなり居るのではないでしょうか?
そのなによりの証明は、
風景写真の名作が撮られた場所には、
その季節になると、アマチュア写真家の三脚が林立します。

私は、誰も見向きもしないスポットで、
私一人が「美しい!」と直感できるものを撮りたい。
誰も共感しないことが一つの味噌。
だからこそ、私のロボグラフィ!

アマチュア写真家のレンズに対する理想は、美景を前にして、
色づけなく、見たままに素直に撮ってくれること、となります。
新しいカメラ、レンズの理想は色づけのない再現性にあるようです。
こうして撮れたデータをフォトショップのような画像処理ソフトを駆使して、
独創的な写真作品を創造する、
これが現代の写真家の標準的なあり方になってしまいました。
カメラ、レンズの役割は完全な下請け、素材の提供になり下がってしまった、
そんな感じがします。

私の場合は、写真作品としての独創性など無縁です。
撮った私自身があっと驚いて、我が目を疑うような、
目新しく、目覚ましいイメージで撮ってくれるレンズが欲しい!
かつてのタンバールやズミクロンのような、
レンズ史に残り名レンズの系譜は、
ミノルタTC-1やコンタックスT2のレンズたちで終わった感じがします。
今は、カメラ、レンズはただの電気製品の部品。
あっと言う間に陳腐化してしまう電気製品に50万も60万も投じて、
みなさん、幸せになっておられるようです。
私のような銀塩カメラを愛用してきた人間には、
この世界、金銭感覚がおかしくなってきた、
そんな感じさえしてしまいます。
でも、そんな電気製品が撮ってくれる写真は完全無欠に近い。
というわけで、みなさん、幸せそのものの様子です。

私は違います。
私が見た現実を私が見られるとは思いもかけなかったように写し取って、
私をあっと喜ばせる仕事、
これが私のレンズたちの役目なのですから。
いつも書いていますように、
私は写真家ではありません。
私の写真を演出してくれるのはすべてレンズ。
レンズが作者なのです。

2月20日木曜日、
写真家吉田正さんの梅田写真教室でした。
独創的な写真家、高潔な人格者である吉田さんの薫陶を受けるのですから、
教室のみなさん、それぞれに自分なりの写真世界を作りつつあります。
吉田さんはけっして「こう撮りなさい」というような指導はされません。
傑作写真を撮るためのノウハウも教示されません。
それぞれに異なる人生と人間性の持ち主たちが、
のびのびと自分の写真世界を築けるように、側面からアドバイスするだけ。

それが物足りない人は早晩離れていきます。
でも、ノウハウを教えてもらって巧い写真を撮って頭角を現しても、
人間的な基礎を固めないままに、小手先の写真巧者になっても、
どこかで必ず頭打ちになります。
反平氏の貴族たちの粛清を断行しようとして、
甲冑に身を固めた清盛の前に、
父を諫めようとして、穏健有徳の君子、長男の重盛が参上したとき、
大急ぎで袈裟をかぶって鎧を隠そうとした清盛のように、
写真の裏に、
写真の真実性を損なうようなさまざまなパソコンテクニックを
後手に施したことがバレバレになってしまうと、
写真作品としての価値はあっけなく崩れてしまいます。

どんな場合でも、感じる心、アート的な感性の深さが、
写真作品創造の基本条件です。
画像処理テクニックは、この基本条件をまずクリアーしない限り、
鎧を隠そうとする袈裟にすぎません。

第二次世界大戦敗戦後の30年ほどは、
真の国民政治家となるために、
長い下積みを体験してきた人たちが政界の重鎮となったものですが、
今やマスコミの巧みな誘導によって醸成された機運に乗じて、
ろくな体験も積んだことのない、腰の弱い二代目、三代目政治屋たちが、
人格を磨くいとまもなく、と言うより、そんな必要など無知のまま、
政界のトップに祭り上げられる時代になってしまいました。
民主主義の皮を被った寡頭権力政治の時代に、
知らぬ間に移行してしまったのです。
日本とアメリカがとくに顕著ですが、実は世界中がそうです。
現代は多国籍のコングロマリットが連携し、ときには競合して、
諸国の権力の黒幕となる時代なのです。
コングロマリットの運営は巨大コンピューターによって操作されています。
こうなると、どのような方向に向かうか、その趨勢は目に見えてきます。
このコンピューターをコントロールできる人間は、
次第にひそかに粛清されて行くでしょう。
最初は、コントローラーたちのひそやかな権力闘争として。
でも、そのような権力闘争の実現はコンピューター制御に依存しています。
いつしか、もっとも広範で深淵な情報の把握者は、
コンピューター自身となるでしょう。
コンピューター主権の時代です。
もうひそかに半ばそんな時代に移行しているかもしれません。

ホワイトヘッドは、20世紀の初頭すでに、人類の歴史は
人類の発明する移動メカニズムの速度に即応して、
超高速化するだろうと予言しました。
ということは、つまり、滅亡の時期がどんどん速まるということなのです。

写真史もなんだかそっきりの経過を保っているようです。
現代では、カルティエ・ブレッソンや木村伊兵衛のような、
人情の機微を見事に活写した名作は生まれないでしょう。
その理由は実に簡単です。
まず、そんな写真を撮る写真家が消えてしまいました。
そして、こちらの方が根本的ですが、
そんな人情そのものがストリートから、人間の生活から消え失せてしまった!

つまるところ、私が愛する名レンズたちの活躍の場そのものが、
あえなく消えてしまったようです。

老兵は死なず、ただ去りゆくのみ。
そして、老レンズもまた、死なず、
ただ去りゆくのみ。



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# by hologon158 | 2019-03-05 21:14 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

777.02 ホロゴン外傳256(2018年9月17日キノプラズマート19㎜F1.5が西大寺を古式豊かに)2 志をはたして



「ふるさと」


良い歌ですね。
小コンサートでのアンコール曲の定番ですね。
私の師匠陳少林先生の和歌山教室の発表会でも、
これをやりました。
聴衆が全員歌いました。

その第3節の冒頭が時代を感じさせます。

   「志をはたして
   いつの日にか 帰らん
   山は青き ふるさと
   水は清き ふるさと」

このあたりで、かなりの方の目に涙が浮かびます。
これで成功!
聴衆は、ああ、今日はいい歌を歌えたし、感動もした、
まあ、よいコンサートだったなあ!
でも、かなりの方が、この曲のおかげで、
演奏会から受けた印象を半ば失ってしまうのが現状のようです。
でも、それでも良いのです。
「今日は良かったなあ!」
そう思ってもらったら、下手な演奏が混じっていても、
寛大に許してもらえるのですから。

話はちょっと逸れました。
私が言いたかったことは、
  「志って、なんだ?」

あなた、志をお持ちですか?

現代人で、志を抱いて故郷から都会へ上っていく、
そんな人がどれ位いるでしょうね?
志という言葉を自分の人生に取り込んでいる人がどれ位いるでしょうか?
既に死語になっているのではないか?
そんな感じさえします。

かなり以前のことですが、
マスゾエとか言う政治家が多額の公費を私費に流用したことがありました。
その弁護人になったのは検察官出身の弁護士でした。

その一人について聴いたことがあります。
どこか田舎の小さな町の初めての司法試験合格者だった!
公民館で祝勝会が開催され、
検察官に任官したときはさらに盛大に祝賀会が開かれたそうです。
まさに「志を果たした」でしょう。

でも、そんな立志伝中の人物が、
権力を傘に着たり、権力者に尾っぽ振ったりするのですから、
惨めですね。
ちょっと昔の話ですが、ある弁護士、
公金横領事件で、すべて公務のための必要経費だったとする、
依頼者のとんでもない言い訳をオーム返しに強弁したことがありました。

でも、本来の責務は違いますね。
犯罪を現実に犯していたら、
適切な刑を受けて、社会復帰できるようにし、
犯していなかったら、あくまでも無罪判決を勝ち取ることにあります。
よくあの弁護士に依頼すると、軽い刑で済み、
あわよくば無罪判決を勝ち取ってくれる、という評判の人がいます。
どんな方法でも良い、依頼者の罪を無しにしたり、軽くしたりするのが、
弁護士の本来の責務だと主張する方もいるようです。
こんな弁護士はとんでもない失格弁護士です。
まして、絶対に罪を軽減できないような言動に固執する依頼人に、
正道に立ち戻るよう説得もしないで、
刑を重くするようなでたらめな言い訳を一緒になって強弁するというのは、
とんでもない無能弁護士です。
この人は、故郷の町の声望を高めてくれるという、
人々の期待をあっさり裏切ってしまったわけです。

でも、本人はそうは思っていないし、
故郷の人々も別の反応を示した可能性の方が大きいかもしれません。
「うちの※※ちゃん、がんばってるね!
とうとう、有名になったねえ!」

現代の政界のトップが目を覆うような愚行、愚言を繰り返しても
「我が世の春を謳歌すうる」姿をさらけ出し続けているのも、
彼らが本来の人間としての判断力など持ち合わせていないから、
いつまでも鉄面皮にのさばり続け、
一方、選挙民も、あっちがだめだからこっちでという二者択一式にこだわり、
自分が入れる候補者の資質、政見をしっかり見極めない、
というずさんな投票にのっかって、トップまで上り詰める、
という現代の惨たる現状を見事に体現していると言えそうです。

「ふるさと」が作られた当時の「志」も、もしかすると、
人生の目的を実現しようという高邁な意志ではなく、
ただ単に社会的に成功することを良しとする世情を、
せちがらく反映していたかもしれません。

私は、別の意味で、問題児であったかも知れません。
「志」を抱いたことがなかったからです。
ちょっと変わった人間だったかも知れません。
大人にちっともなりたくない、
えらくなって、社会に貢献したいなんてちっとも思わない、
そんな晩稲の少年。
まして、お金持ちになんか全然なりたくない少年。
これが私でした。

これも一種の志だったかも知れません。
私はまんまとこの志を遂げて、お金はなく、
どこにも凱旋せず、ただひっそりと、しかし、
思う存分自分のやりたいことをやりたいように人生を過ごし、
今も、誰も見向きもしないロボグラフィをひたすら撮影し、
ネットの片隅でひっそりとブログを一人で楽しみ、
誰に聴かせる宛てもない楽器をひたすら修練する、
という、まさに隠者の人生を送っているのですが、
よくよく思い返してみますと、
なんだ、子供のままずっと生きてきたんじゃないの!
我ながら、この首尾一貫性に恐れ入ります。
もちろん、こんな生き方は、人の評判にもならず、いわば片隅に生きるだけのことですから、
切磋琢磨も努力も要するわけではありません。
労せずして、かなえることができるのですから、
「志を果たし」たとは言いがたいのでしょう。
でも、いわばいかなる報償もない生き方なのですから、
他からの支持、尊敬、支援など一切期待せず、
孤独に生きることが必要になります。
だから、どうしても意気消沈して、失望感にさいなまれる危険があります。
誰にでもできることではないでしょう。
私にそれができているのは、自分で言うのもなんですが、
私が強い人間だからです。

なぜ、強い人間に成れたか?
そんなことはわかりません。
でも、子供の頃から、ずっとこうでした。
誰にも頭を下げず、徒党を組まず、さりとて、無視されることもない、
そんな人生を小学生の頃から一貫してきました。

生まれつき、なにかそんな素質を持っていたのでしょうけど、
私には、そんな人生をこうして続けてこれた理由を一つ知っています。
私は空想、想像が大好きなのです。
空想の中で、私は自由に変身できました。
ときにカエサルであり、
ときにアレクサンドロスであり、
ときにソクラテスであり、
ときにはオデュッセウスでした。
とにかく誰にも頭を下げない英雄であり続けたようです。

幸い現実では英雄にはならずに済みました。
ろくな最後を遂げないのが、英雄の多くの運命だったのですから。
もちろん、私だってまだ死んでないのですから、
これからどんな運命に見舞われるか、知れたものではありませんが、
少なくとも、今はなんとか不幸に見舞われることもなく、
人生を楽しんでいます。
ありがたいことです。




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# by hologon158 | 2019-02-27 15:24 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

777.01 ホロゴン外傳256(2018年9月17日キノプラズマート19㎜F1.5が西大寺を古式豊かに)1 近江八幡



一月、写真の仲間4人と近江八幡で正月恒例の撮影会を行いました。
撮影会ではある方向に向かって一同そろって向かうのですが、
古株男性3人はこぞってオーソドックスなシーンの写真家です。
足の長いのも、短い(おっと失礼)、あんまり長くないのも、
ポイントポイントを抑えて、しっかりとした構図の作品を作りつつ、
どんどん先行してしまいました。

私は遅れる、遙かに後方にと取り残される、
これが恒例のシーン。
普段は、他に何人メンバーが加わろうとも、同じ、
取り残されるのは私一人。
でも、今春は違いました。
新規加入のOKさんは、
私とは無関係に、ロボグラフィを愛好するようになった方で、
なにしろ撮り方が徹底しています。
三歩進んで二歩後退、という風情で、
完全に入神の境地。

一方、私は歩く速度にほとんど近いスピードで、
手あたり次第ロボグラフィと対談するというやり方なのです。
でも、OKさんが私を遙かに上回るロボグラフィを発見する姿に、
負けじ魂を発揮して、というのは嘘で、
私はなんにせよ、人と競争するのが大嫌いですが、
さすがにあっちで待ち、こっちで待ちしている内に、
でも、ただ待ってるのはつまらない、と、という気分に。
お金となると、ない袖は振れませんが、
ロボグラフィは、アプローチ次第で、いくらでも増えます。

近江八幡の堀端から初めて水郷に、という予定でしたが、
今回は異例中の異例、後続両名が水郷入り口についたときには、
先行三名は水郷をたっぷり撮ってしまった後でした。
その一人DAさんは常に先行する人で、
得意の口癖を口にしました、
「もうなにもありませんよ。撮ってしまいましたから」

そうフォトジェニックなシーンは撮り尽くしたでしょうけど、
ロボグラフィには一顧だにしない人たちですから、
ロボグラフィはいくらでも残っていました。
こんな風にメンバーそれぞれに自分の被写体を、
ふんだんに提供してくれるのが近江八幡です。
だから、初春には近江八幡撮影会から始めて、
それぞれに勢いをつけるという訳です。

その後ネットで、
みなさんのこの日の収穫を見せていただくことができました。
自分のことはさしおいてのことですが、
DAさん、AKさんお二人の写真は見事な近江八幡の情景写真。
思わず目を見張ってしまいました。
お二人とも妻子と長期間離れての単身赴任を経験して、
写真が俄然豊かな精神性を帯びるようになったという感じがします。
トインビーが「辺境が文明を生み出した」ことに気づいて、
一世を風靡した文明史観を創造したことを思い出します。
日本の「可愛い子には旅をさせ」と同じ精神ですね。
苦労することで人間に深みを増し、
その経験が写真を変えたのでしょうか?

OKさんのロボグラフィも拝見できました。
同じ路傍写真でも、私のは落ち穂拾いですが、
OKさんのロボグラフィは、路傍のフォトジェニックシーンの発見。
私の感覚では探知できないようなイメージ。
私たちは同じ光景を並んで見ても、
まったく違ったものを見ているものです。
主体の数だけ世界があるのかもしれません。



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# by hologon158 | 2019-02-25 22:43 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

776.02 ホロゴン外傳256(2018年8月10日タンバール90㎜F2.2が奈良町夢幻を演出)2 死後の世界



私はテレビを観ないのですが、
YouTubeはかなり楽しんでいます。
と言っても、テレビ番組ではなく、
YouTube用に作られたビデオが主体。
でも、テレビ番組らしいもので、
ちょっとおもしろい表題があったので、のぞいてみました。

 死後の世界は100%存在した

なかなか良くできた番組で、
かなりシリアスな意図に基づいて作られたようです。
表題からしてそそられます。
もし死後の世界があったら、
私のような無神論者はあわててしまうでしょう。
「こんなこととは知らなかった。
知ってたら、信心してたのに!」
と悔やんでも、もう遅い。
死後の道はだんだんと下り坂となり、
闇の門を通ると、そこはもう地獄!
業火がかなたの空を紅いに燃え上がらせて......
こんなこととは知らなかった!
もう死んでしまいたい、と悔やんでも、
死んじゃってるんですから、手遅れ..............

このビデオ、ご覧になった方もおいでかも知れませんね。
名医の誉れの高い医師が、脳の機能が完全に停止してしまいます。
昏睡状態、でも、気づきます、
まったく信じていなかった死後の世界に居る!
教会音楽のような音楽が囂々と響きわたる道を行くと、
美しく輝く女性に出会います。
まったく見も知らぬその女性はやさしく告げます、
「あなたにはまだ世のためにすることがあります。
お帰りなさい」
そして、医師は奇跡的に蘇生します。

彼は幼くして養子縁組されたため、
実父母とは絶縁状態で育ったのですが、
このことがあって、にわかに切望します、
実父母にも会っておきたい!
でも、探し当てた実父母はすでに世になく、
実の弟妹が居たことも知りますが、
妹の方も若くして亡くなったことを知らされます。
でも、ある日、弟から妹の写真が送られてきました。
そして、その写真を見て、呆然としてしまう!
それはあの世で会った美しい女性だった!!
こうして、彼は、死後の世界は本当にある、
そう確信したのです。

彼の書いた本はベストセラーになり、
彼は各地を講演して歩く日々を送っているそうです。

すごいニュースではありませんか?
医師の証言は確固たるもので、
疑いの余地のないものだとしたら、
私も「私は無神論者ですから」と澄ましている場合じゃない!
死後の世界を保障するどれかの宗教に、
ただちに入信した方がよいのではないか?

でも、次の瞬間、考えたのです。
待てよ、待てよ!
この顛末を観ていて、
ふっと「おかしいな」と思ったことがあったのです。

なんで、キリスト教音楽のような音が響くの?

この宇宙が生まれてから百数十億年と言われています。
人類、つまり、ホモサピエンスはたった20万年!
それなのに、人類用だけに、それもクリスチャン用にも特化して、
ちゃんと死後の世界が用意されている?
そんなことってありうるだろうか?
もし宇宙内の有機体が死んだら、
この宇宙は共通一個なのだから、死後の世界も共通、
あらゆる有機体を迎え入れるようにできているんじゃないの?
だって、ホモサピエンスが生まれる前の死後の世界には、
クリスチャンはおろか、人類そのものがいかなかったのだから!
6千万年前だったら、地球上の支配者は恐竜だったんだから、
たとえば、ティラノザウルスが惜しまれつつ世を去ったら、
その死後の世界にはそんな音楽は響き渡らなかったんじゃないの?

そこで、考え直してみました。
医師のお話の中に疑いの余地のある部分はないだろうか?
ありました。
一つだけ確実性が保証されていない証言が見つかりました。
第二の世界で彼が出会った女性が彼の妹であったこと。
これがすべての根本です。
本当に彼は妹に出会ったのでしょうか?


死後体験時の医師はたしか60を過ぎていました。
妹は若くしてなくなったのですから、
半世紀近く昔の写真なのです。
若くして亡くなった妹を写した写真は、
かなり古かったことは確かです。
その写真に写されている女性と、
彼が直接対面した輝く女性とは、
まったく別のシチュエーションにある存在なのです。
ちょっとした似よりがありさえすれば、
医師は同一性に一気に傾いたでしょう。
彼にはそうしたい動機があったからです。

結局、写真と記憶の一致という同一性を裏付ける証拠は、
彼の証言だけなのですが、
その証人は目撃時、事実上死んでいた!
心肺は停止し、脳も完全に機能を停止していたのです。
これじゃ、世界のどこの国に行っても、
証人の証言能力さえ疑われる事態です。

せめてあの世の女性が、
「私はあなたの妹の※※です。
19※※年※月※日、※の病気で※歳で死んでしまいました。
それ以来、お兄さんを天上から見守ってきたのです。」
というような、妹でないと知り得ない、
そして医師が知らなかった客観的事実を
しっかり告げてくれていて、
生き返った後でその言葉を人にも告げたうえ、
その真実性を調べてみたら、どんぴしゃり、そうだった!
女性の言葉は真実であった、というのであれば、
私も信じる気になれました。

それともう一つ。
死者は第二の生では、死亡したときの姿を保つのでしょうか?
じゃ、赤ん坊や幼児は第二の世界でも、
その状態にとどまるのでしょうか?
肉体を失っているのに、そんなことがあるとは思えませんね。
魂だけの存在として、もっと異質な姿を呈するのではありませんか?

それとも、兄がなくなったけど、
その直後の誰かの決定により、
急遽この世に戻すことになって、その誰かに呼び出され、
亡くなった当時の妹の姿に戻って、
この世からのルートに派遣されたのでしょうか?
だったら、妹であると名乗ってもよいではありませんか?

もう一つ、さらに疑問が浮かびます。
物故者を第二の生から第一の生に戻す権限は、
第二の世界の誰かにあったのです。
だとしたら、第一の生から第二の生に移す権限も
第二の世界が握っているのではありませんか?
第一の世界での寿命を延ばす権限があるのですから。
だとしたら、なんでこんなすぐ撤回するような、
いい加減な死亡決定が下されたのでしょうか?

こんな風にあれやこれや考えていきますと、
むしろこうなのではないでしょうか?
確かに心肺と、脳機能は停止した。
でも、それは現在の医学界が「死」をそう定義しているだけ。
真実には、そのオーガニズム全体が機能を停止しない限り、
まだ完全には死んではいない状態にあって、
そんな状態で死後体験のような夢を見ることができた!
たまたまその夢の中の女性が、
会いたかったのに会えなかった妹に似ていたため、
(どの人種でも似た人は沢山います。
白人種は目と口がかなりくっきりしているため、
他人の空似はよけいに起こりやすいと言えないでしょうか?)
医師は、考えられる限り最高の可能性に気づき、
一気呵成に、その可能性に飛びついて、
確信したのではないでしょうか?
あれは妹だったのだ、絶対にそうだ!

ホワイトヘッドは、宇宙の基本成員は、
人間とか猫っではなくて、人間とか猫とか銀河系を構成する、
Actual entity,Actuial occasionであると考えました。
この基本成員がさまざまに組み合わさって、
さまざまな階層の構成分子となるのです。
だから、Actual entityは不死です。
これこそ宇宙のかけらなのです。
だからこそ、組み合わさった有機体は死んでも、
Actual entityは別の有機体を構成して生存を続けます。
私たちは星のかけらでできているのです。
でも、有機体は死んだら、その組成はばらばらになって、
おしまい。
そんな感じがするのですけど、ねえ。

というような次第で、
私は当分無神論者を続けることにしましょう。
どんなことでも確信がない限りは、しない!
私はそんな風に生きてきました。
「怒濤の心証」がとれない限り、動かない。

じゃ、なんでロボグラフィ、撮ってるの?
人間の顔でもないのに、人間の顔だ、と、一枚撮り、
動物の走る姿でもないのに、狼だあ、と、一枚撮る。
これって、確信もないのに、撮っているんじゃないか?
そんな茶々を入れる方がいるかもしれませんね。
とんでもない、その瞬間にはそう確信している、
だから、撮るのです。
あなただって、奥さんと結婚しているとき、
確かに愛してるって、確信したから、そうしたんじゃない?
で、今、どうなってます?



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# by hologon158 | 2019-02-20 18:16 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

776.01 ホロゴン外傳255(2018年8月10日タンバール90㎜F2.2が奈良町夢幻を演出)1 桃源の路地



 「桃源の路地の細さよ冬ごもり」


与謝蕪村の句ですね。
京の片隅にわびしく一人住まいした俳人は、
かなり寂しい思いをしていたに違いありません。
なぜ、それが分かるか?
そうでもない限り、わざわざ、我が家は桃源郷なんだ、
と気張って主張するでしょうか?

赤貧洗うがごとし、というほどではなかったでしょう。
でも、細い路地の奥にある侘び住まいであることは否定しようがない。
あまり金はない。
でも、彼には俳句があり、絵がありました。
そして、最高傑作「春風馬堤曲」に現れているように、
彼には夢とロマンも豊かにありました。
心という点にかけては、
蕪村は誰よりも豊かなひとだった、
そう言ってもよいでしょう。

でも、彼を知らぬ人は誰も、
彼を豊かな人とは認識していなかったに違いありません。
俳句、文人画、どちらもそんなにポピュラーなものではなかったでしょう。
近隣の人たちも、蕪村が有名な俳人であり、画家であることは
漏れ聞いていたかも知れません。
でも、見た限りでは、貧相でうらぶれた老人が豊かであるなどと、
決して思えなかったでしょう。

蕪村自身だって、自分の人生が自分の目から見ても、
大成功だったなどとは考えられなかったでしょう。
まして、自分が後世自分が、日本文学史の中で、
屈指の文人、アーチストとして有名になり、尊敬されて、
何十冊も評伝、論考が書かれることになるなんて、
夢にも想像していなかったでしょう。

自負心はあっても、現実がともなわない、
心の中にはアイデア、夢、構想が渦巻いているのに、
つい空回りしてしまって、もどかしい思いだったのでしょう。
だから、自負心と焦りがこもごもに彼を後押しして、
こんな句をものしたのではないでしょうか?

  あんたたち、知らんね。
  誰も知らんだろうね。
  こんなにちっぽけな家だけど、
  中に住んでいるのは、かくいう我が輩なんじゃぞ!
  日本広しといえども、俳句と南画にかけては、
  わしに並ぶものなぞいないんだ!
  そんなわしがお住まいになるこの家は、
  桃源郷でなくてなんなのだ?

もう一つ、とても有名な句があります。

 「うづみ火や我がかくれ家(ガ)も雪の中」

雪に包まれながら、すばらしくあたたかな世界を見事に描いた
「夜色楼台図」は、まさにちっちゃなうづみ火で、
おのれの誇り、自尊心を救おうとしていた蕪村の陋屋の
周囲に広がる民家の光景でしょう。
たくさんの庶民たちがそれぞれに我が家に籠もって、
一家団欒もあれば、孤独もあるけど、
でも、誰もが寒さがこたえる、
なんとか己が心と体を温めたいと、密かにもがいている世界でした。
その中には蕪村の家もちゃんと描かれているのかも知れません。

上記の句も絵もしっかり蕪村の心を表しています。
蕪村が孤独な寒居にいてもなお、
芸術によっておのれの心を温めることができ、
そして、自分の周りで、自分と同じように暖をとろうとしている
人々にも思いを致すことができたのです。
でも、自分が歴史に残ることなど知る由もないのに、
己が矜恃を捨てることがなく、
しかも、人への思いやりを忘れることもなかった。
だからこそ、与謝蕪村は偉大な芸術家として歴史に残ることとなった、
そんな風に考えたですね。

と、そこまで考えて、ふっと思いつきました。
蕪村の境遇には、私にも共通するところがかなりあるなあ.....
もちろん、私は文人でも画家でもありません。
家族、友人、一部の知人以外には誰一人知るものもなく、
奈良の郊外の小さな住宅地の片隅で、
細い路地づたいにたどり着く陋屋にひっそり生きているのですから。
多くの人がそうでしょう。
もしかすると、あなただって?

人知らぬ身であることなど、苦痛でもなんでもありません。
自分から求めたことなのですから。
人に知られるなど、禄なことではありません。
有名人の多くが、有名となったばかりに、
羨望、妬み、憎しみ、怒りの的とされて、でも、
どこに行っても、なにをしても、人の目を避けることができないまま、
苦しみ、悲しみ、焦り、寂しさ、絶望に心を引き裂かれ、
次第に健康を損なわれていきます。

私は、生涯金儲けとは縁がなかった人間なのですが、
でも、人からねたまれ、そねまれ、恨まれることもなく、
明朗快活に日々を送ることができます。
退職後、中古住宅に移り住むにあたり、
ちっちゃな書斎部分を建て増ししてもらい、
かつ窓という窓を二重サッシにしました。

この書斎、北側に向いているのが弱点ですが、
それよりも何よりも、私はその可愛い書斎の中の王者なのです。
引っ越しのたびの整理に生き残った本たちに天井まで囲まれ、
揚琴、二胡、リコーダー、ときにはハーモニカと、
いろいろな楽器を好きなだけ鳴らし、
思いつく限りバンバンと文章を書いて、ブログを楽しみ、
一日の終わりには、壁掛けスクリーンに韓流ドラマやムービーを投影して、
麗しきヒロインたちの悲しくも美しき人生を再体験し、
半時間の半身浴を楽しんで、身体を温めた後、
ストレッチポールによる脊椎体操をして、心身スッキリとしてから、
布団に入ると、瞬時に入眠し、深い眠りを楽しむことができます。
朝、ポンと目をさますと、瞬時に覚醒し、
ただちに布団の横に敷いたヨガマットに移り、
またストレッチポールを縦横に置いて脊椎体操し、
それから15分間ほど、
自分でプログラムを組んだ10を超える柔軟体操を楽しみ、
さっと着替えをして、
さあ、今日も元気に一日を楽しもう!

これもまた桃源郷也!
私はそう信じています。
そんな次第で、私でも、与謝蕪村という人を少しは理解できるんじゃないかな、
そう思っています。

私は自分が無名の一市井人のまま終わることを知っています。
でも、自分が心から愛する素敵な家族を持ち、
心から敬愛できる友人たちを持ち、
写真、4種の楽器演奏を心から楽しみ、
数知れない音楽、美術等の芸術で心を温め、
偉大なギリシャ、中国、日本の古典たちに親しみ、と、
生き甲斐にできる趣味を文字通りどっさり持ち、
日々朝から晩まで休むことなくエンジョイし、
5時間半ぐっしり熟睡して、瞬時に覚醒して、再び生活を始める、
そんな毎日。
誰も私のことを知らなくても、いっこうに気になりません。
私が私の知るべき人たち、愛すべき人たちを知って、
(その中にはブログを介して知り合った友人もいるのですから、
ブログ万歳、ですね)
その人たちと交わることができれば、
それで十分。

蕪村は自分の芸術家としての器を知っていたから、
そんな自己評価と現実とのギャップにときに苦しんだこともあるでしょう。
私の方と来たら、自己評価と現実とはぴたり一致して、
他人評価など「おとといお出で」状態なので、
いまさら自己改革もへちまもあったものじゃない。
ひらすらご機嫌で生きているわけです。




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# by hologon158 | 2019-02-19 11:26 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

775.03 ホロゴン外傳254(2019年2月9日マクロスイター50㎜F1.8が天満橋筋を妖精のごとく)3 ワープロ時代



2月16日土曜日、午前6時15分起床ですが、苦になりません。
6歳の孫プリンスが郊外の運動場で少年野球の練習があるので、
ママが付き添うため、久宝寺に住む長女夫妻の家に行って、
4歳の孫プリンセス1号(1歳の3号まで居ます)と一緒に過ごしたのです。
孫と一緒にいるのは格別楽しい仕事です。
「若い」どころか、「幼い」盛りですが、
エネルギッシュで、その元気のフレーバーが私を若返らせてくれます。

現在の私の生活は、どうやら、音楽と写真、そして、ブログが中心です。
どれも、少しずつ積み上げていくものばかり。
たとえば、リコーダー、揚琴、二胡の楽器学習。
天才じゃないので、一つ一つ技法を学んで、遅々とした歩みですが、
だんだんとそれらしい演奏ができるようになっていくプロセス。
このプロセスが滅法楽しいですね。

長女が孫プリンスと一緒に帰宅して、
入れ替わりに、私は新大阪駅まで移動。
優れた二胡演奏家劉継紅先生のレッスンを受けました。
3年で、はじめて、褒められました。
「弦の音がやわらかくなったじゃないの!」
レッスン一時間前まで別室で練習したときは、固かったのに、
突然、ソフトになった!
私には理由が明白です。
その後、私の使っている二胡は劉継虹先生が指導用に使った!
優れた演奏家が使うと、楽器が別物のように、音が輝き、
その余韻が残っていたのです!
でも、これも一歩は一歩、素直に喜んでいます。

思うに、私は、こんな風に積み上げるのが人生の醍醐味、
と考えるようになったようです。
1989年12月にホロゴンウルトラワイドと出会ったのが、
そんな積み上げ人生への転機、そうはっきり分かっています。

何度も書きましたが、
ホロゴンは画角110度、ほぼ視野いっぱい写ります。
1.5mも離れますと、もうだだっぴろい光景が
どんと向こうに突き放されたようになって、とても写真にはなりません。
もっとも、そんな広大な写真を撮るのが超広角の醍醐味、
そう考える写真家の方が多いようです。
それでなくちゃ、超広角を使う意味はない!
私はそんな風には感じません。
超広角の醍醐味は深く撮れること、そう考えるからです。

でも、路上スナップをホロゴンで自在に撮るにはどうしたらよいか?
これがホロゴンを使い始めた私の課題となりました。
この課題をなんとか解こうとする努力の日々は今もなお続いています。
私が当初採った解決策はシンプルでした。
ノーファインダー、ウェストレベルでの「超接近水平垂直撮影法」。
この技法については何十回も書きました。

その方法を自分のものにするために、
弁慶にならって、千本斬りを目標にしたのですが、
フィルム時代に優に2千本を超え、
経済的負担が減ったデジタル時代になってからは、
その倍は優に撮ったでしょう。
でも、言うはやさしく、行うのは難しいものです。
未だ苦闘中。

ブログは、ホロゴンと違い、楽しさ一方。
開始後1年ほどで、
心を切り替えて、日記ブログに徹するようになって、
自分の人生の煉瓦を積む、という気持ちになりました。
私の場合、外出は、孫の世話をする場合を除き、カメラ必携。
歩いた道をロボグラフィの連鎖でつなぐという人生スタイルが、
自然とできあがったようです。

私の2つのブログのように、
らちもない書き殴りの雑文がどこまでも続き、
ようやく写真コーナーにたどり着いたら、
こちらはもっと訳のわからない写真たちが延々と続く、
というようなブログはありませんね。

自分でも一旦作ったら、見直しなんかほとんどしない位ですから、
他人はなおさらでしょうから、アクセス数は間違いなく一桁でしょう。
(開始1年経過後今まで、両ブログのアクセスは不明です。
日記になったら、人が見るかどうかの関心は自然消えました。
アクセス中チェック中、ずっと100に届かなかったのでしたから、
今はもうほとんどアクセスはないでしょう。
おそらくアクセス数自体は少しあるでしょうけど、
それは、私の文書量、使用レンズ量が多いから、
検索にひっかかる確率が高いためで、
ほとんどは、一瞥で「おっと失礼、間違いました」でしょう。)

フェイスブック等のヒューマンネットワーク拡散のギアと異なり、
ブログは、なんらかのツテか偶然がない限り、アクセスなどしない、
かなり閉鎖系のサイトです。
よいものを選んだものです。

私の写真は純粋に記録ですから、撮影分は全部搭載したいのですが、
時間が惜しい。
だから、ほぼ3分の1ほどに選択し、
歯抜けですが、厳密に撮影順に並べているので、
かなり当時の再現にはなってくれます。
さりとて、見直しはまったくしていませんが、
歩いた道をもう一度辿りながらブログを作るのは楽しいものです。
パソコンの開発とともなって、キーボード入力方式が標準化されて、
一番恩恵を受けているのは私でしょう。
まったく疲れ知らずで文章が作成できます。

小説家も恩恵を被っているでしょうね。
腱鞘炎患者の小説家は記録的に減少しているのではないでしょうか?
そこで、ついでに考えてみますと、
一番被害を受けているのは、小説の愛読者でしょうね。
小説が長大複雑錯綜化の一途を辿っている感じがします。
樋口一葉にしても宮沢賢治にしても、
一つ一つの文章も筋立ても大理石に刻むように完璧に彫啄されています。
そんなコクのある文章はなくなりました。
米国人はかなり以前からタイプライターで叩き出すスタイルでしたから、
SFなんか、アシモフ、ハインラインあたりから、
長大な連続小説の傾向が急激に進んだ感じがします。
どうも「筆を進める」から「叩き出す」に変わったのです。

日本語もはっきりと変わりました。
漢字制限もなくなったのでしょうか?
テレビ、新聞を一切見ないので、
政情どころか、基本情報にもほとんど接しない、隠者同然の私ですから、
こんなことも知らないのですが、
隠者生活なので、不自由していません。
いずれにせよ、とても読みやすい標準的な文章になった感じで、
宮沢賢治や太宰治に見られた作家特有の特異な言葉づかい、文体が
ほとんど影を潜めてしまった感じがします。
ワープロの変換機能の影響かも知れませんが、
それ以上に、人間が標準化されて、
読みやすいけど、全然コクがないという感じ。

実に私の文章もそっくり同様、と言うわけです。
これには理由があります。
私のブログ文は、他のブロガーとは役割が違うからです。
文章の体裁、内容はともあれ、
私の内心では、読者へのメッセージ性など皆無。
ひたすら指の体操、頭の体操をしているだけ。
その証拠に、文章を書き始めるにあたり、
書きたいことが決まっていることがほとんどありません。
適当に指の体操をしている内に、だんだんとばらばらの細部がまとまって、
どうにか方向が見つかるという感じ。
つまり、ここでも、積み上げ方式をとっているのですが、
アピール性がないので、ほとんど「口から出任せ」だからです。
まじめに読む方はいないと思いますが、
時間の無駄はよしましょう。
私は現代のワープロ時代に適応できる人間だったということでしょう。




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# by hologon158 | 2019-02-17 12:55 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

775.02 ホロゴン外傳254(2019年2月9日マクロスイター50㎜F1.8が天満橋筋を妖精のごとく)2 トマス・マートン



「人間の最大の誘惑は、
あまりにも小さなことに満足してしまうことだ」

20世紀最高の宗教家の一人、トマス・マートンの言葉だそうです。
どんなことを小さなこと、大きなことと評価したのは、分かりません。
なにかに夢中になるときは、他のことが小さく見えるものです。
しかも、大きなことを成し遂げようとすれば、
さまざまな小さな、だけど不可欠なことを、
一つ一つ片づけていく必要だってあります。

たとえば、優れたアイデアが閃き、
大急ぎで部屋に戻ってメモしたい、
でも、大切な要件で連絡することがあって、
電話に急いでいる最中だった。
だから、まず電話で大事な要件を済ませて、
ほっと一息ついた途端に、
「そうだ、宝石のようなすごいアイデアを思いついたんだった!」
と、急ぎ書斎に戻ろうとしたら、
そのアイデアが何であったか、完全に失念していることに気づく。
いったい、電話の要件とアイデアとどちらを選ぶべきだったんだろう?
というようなことはよく起こります。
誰にとっても、事の大小を見極めるのは大変に難しいことですね。

トマス・マートンは偉大な思想家であったので、
修道院は修道僧としての務めのかたわら、
マートンが執筆活動を続けることを特別に認めたそうです。
そのおかげで、マートンは続々と優れた著述を発表し続けることができたのです。
修道院はなにが大切なことか、ちゃんと判断できたわけです。

でも、一つ、おかしなことが起こりました。
真偽は分かりませんが、ある記事によれば、
マートンは51歳のとき、入院中、看護婦学生と恋に落ち、
還俗まで考えたことがあったそうです。
たった53歳で事故死してしまったのですから、その2年前のこと、
まだ壮年の盛りでした。
すでに宗教家として名声を確立していたのですから、
世俗の喜びを捨て去り、神にひたすら仕える道を選んでおきなら、
いったいこれはどうしたことなんだろうと戸惑ってしまいます。
でも、事情が分からないので、
どう考えて良いのか、判断することは控えましょう。

でも、修道院がマートンに修道士としての務めを超えて、
宗教家としての対外活動をとくに許したのは、
彼が世界の悩める人々を神の下へ導く偉大な働きをすることが、
世界のために大切であると考えたからですね。
彼にはそんな使命があった!
還俗、結婚がそんな使命を振り捨てる結果につながる可能性は、
なかったのでしょうか?
彼の著書、発言等の活動は、
彼が修道士であることを前提にして成立していたのではないでしょうか?
そう考えると、かなり判断に苦しみます。

でも、私は信仰を持たないせいでしょうか?
私としては、なんと人間的な感情に溢れた人なんだ、と、
好感が持てます。

でも、彼は結局恋人との愛の人生を選ばないことにしたようです。
それなのに、たった2年後、宗教会議のためバンコクを訪れて際、
ホテルの扇風機に感電して亡くなってしまい、
世界のために貢献を果たす道を絶たれてしまうのですから、
皮肉と言えば皮肉です。

恋を選んでいたら、彼は、もしかすると、何十年も長生きして、
さらに偉大な貢献を果たしたかも知れませんね。

彼は、決断を貫いて還俗していたら、長生きを続けることができて、
人間的にもさらに深みを増して、
むしろもっと自由な立場で活動するようになり、
人類に対してさらに豊かな貢献を果たすことができたかも知れません。

そう考えると、「なにが大切か?」という問いは、
そのときそのときの問いへの回答が、
人生を決定的に左右しかねないものであるけれども、
だけど、その回答が人生にとって正解であるかどうかは、
誰にも分からない。
そう考えるのが正しいのでしょう。

ついでに付記しておきますと、
マートンの事故死は、自分の使命を忘れたことへの
天罰だったと考える人もいるかも知れませんが、
これはちっぽけな人間の邪推というものです。
私は神様を信じませんが、
もし神様がおいでになるとしたら、
あんたと同じようなケチな野郎じゃないよ、
そう言いたいですね。

人生って、あらゆる瞬間が選択ですね。
どんな小さなことも、人生を変えます。
ちょっとしか変えないけど、
時間がたつにつれて、
その選択の結果は人生を大きく変えてしまいます。
あなたはあなたの人生を何倍も豊かにしてくれる大切な友と、
道一筋違えたばかりについに出会うことなく終わったかも知れないのです。
でも、失われた可能性は結局可能性ではなかったわけです。
私たちは毎瞬毎瞬自分が選んだ道をしっかり踏みしめ、
失われた可能性など歯牙にもかけないで、
しっかり人生を自分で作っていく、
それしかないのです。

たとえば、結婚のように、一度選ぶと人生の最後まで続く道に足を踏み入れることが沢山あります。
こうなると、自分の選択の結果、責任を負うことになった人たちと自分自身がともに共存共栄できる最上の道を探し求めたいものです。
そうして、その道を行き着くところまでしっかりと足を踏みしめながら歩いていく、
これが人間の生き方というものです。

トマス・マートンも、人生の途中で分岐点にさしかかり、もう一つの道の美しい可能性をかいま見たけど、
結局、最初の選択を守り、もう一つの道を選ばなかったわけです。
彼はその後人生の最後まで、その最終的な決断を後悔しなかったでしょう。
そうであればこそ、正しい選択をした、と言うことができそうです。




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# by hologon158 | 2019-02-15 22:20 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

775.01 ホロゴン外傳254(2019年2月9日マクロスイター50㎜F1.8が天満橋筋を妖精のごとく)1 真実よりも



写真は両義的な媒体である、
そう言ってもよいかも知れません。
Photograpy(光の絵)を「写真」と訳したのは、
おそらくジャーナリストだったのではないでしょうか?
写真は最初の最初から、真実を写し出すものではありませんでした。
それは、19世紀の新しいロマンチシズムの媒体であった、
そう言った方が正確ではないかと思います。

だから、人類最初のポートレート写真家の一人、
マーガレット・キャメロンの肖像写真は、
レンズ、写真という最新の媒体によって、
ファンタジーを創造するものでした。
リアリズムを追求するものではなかったのです。
つまり、真実よりも美を表現しようとしたのです。

私が大学に入って、親友と二人で塾を始めて、
その収入で最初に買ったのはカメラでした。
ミノルタSR-1とレンズ2本、50㎜と35㎜。
随分気に入って、かなり使ったと思います。
もちろんモノクロームの時代でした。

でも、就職と同時に結婚したとき、
妻が持参したカメラは35㎜カメラではありませんでした。
ミノルタの六×四・五判のブローニー。
妻は、私の自慢のカメラセットを尻目に、
自信たっぷりに、「このカメラの方がずっときれいに撮れるよ」
ついているレンズはChihoko75㎜F4.5だったと覚えています。

そのセミ版の写真を見て、文字通り仰天してしまいました。
夢とファンタジーに満ちたイメージが浮かび上がっていました。
このときから、私は変わりました。
「真実よりも美」
これが私の写真理想となってしまったのです。

先日、久しぶりに大阪の天満橋筋商店街を撮影しました。
何十回と訪れた街です。
日本一と呼ばれる大アーケード街。
1年以上ご無沙汰してたせいで、びっくりしてしまいました。
以前はかなり静かな商店街でしたが、
打って変わって、外国人観光客で溢れていました。

ホロゴンやスーパーアンギュロンなら、
超接近スナップを楽しんだでしょう。
でも、私がわざわざ選んでソニーα7に付けて持参したのは、
マクロスイター50㎜F1.8
宮崎貞安さんの名作ゾンネタール50㎜F1.1と並ぶファンタジーレンズ。

なぜ前者を選択したか?

理由など、ありません。
ふっと脳裏を過ぎるのです、
「明日はマクロスイターで撮りたい」

成功でした。
なぜか夢を撮りたい、
そんな気分だったからです。





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# by hologon158 | 2019-02-14 17:28 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

774.02 ホロゴン外傳253(2018年8月10日スーパーアンギュロン21㎜F3.4も奈良町に怒濤のごとく)2 冬ごもり



「桃源の路地の細さよ冬ごもり」

与謝蕪村の句です。
京の片隅にわびしく一人住まいした俳人は、
かなり寂しい思いをしたに違いありません。
なぜ、それが分かるか?
そうでもない限り、わざわざ、我が家は桃源郷なんだ、
と主張するでしょうか?
赤貧洗うがごとし、というほどではなかったでしょう。

でも、細い路地の奥にある侘び住まいであることは否定できませんね。
あまり金もない。

でも、彼には俳句があり、絵がありました。
そして、最高傑作「春風馬堤曲」に現れているように、
彼には夢とロマンも豊かにありました。
心という点にかけては、
蕪村は誰よりも豊かなひとだった、
そう言ってもよいでしょう。

でも、彼を知らぬ人は誰も、
彼を豊かな人とは認識していなかったに違いありません。
俳句だって、文人画だって、
そんなにポピュラーなものではなかったでしょう。
近隣の人たちも、蕪村が有名な俳人であり、画家であることは
漏れ聞いていたかも知れません。
でも、見た限りでは、貧相でうらぶれた老人が豊かであるなどと、
決して思えなかったでしょう。

蕪村自身だって、自分の人生が自分の目から見ても、
大成功だったなどとは考えられなかったでしょう。
まして、自分が後世自分が、
日本文学史屈指の文人、アーチストとして有名になり尊敬され、
何十冊と本に書かれることになるなんて、
夢にも想像できなかったでしょう。
自負心はあっても、現実がともなわない、
心の中にはアイデア、夢、構想が渦巻いているのに、
つい空回りしてしまって、もどかしい思いだったのでしょう。

そんな自負心と焦りがないまぜになって彼を後押しして、
こんな句をものしたのではないでしょうか?

あんたたち、知らんね。
誰も知らんだろうね。
こんなにちっぽけな家だけど、
ここに住んでいるのは、かくいう我が輩なんじゃぞ!
日本広しといえども、俳句と南画にかけては、
わしに並ぶものなぞいないんだぞ!
そんなわしがお住まいになるこの家は桃源郷でなくてなんなのだ?

もう一つ、とても有名な句があります。

うづみ火や我がかくれ家(ガ)も雪の中

雪に包まれながら、すばらしくあたたかな世界を見事に描いた
「夜色楼台図」は、
ちっちゃなうづみ火で己の誇り、自尊心を救おうとしていた蕪村の
陋屋から望見した民家の光景でしょうか?
たくさんの庶民たちがそれぞれに我が家に籠もって、
一家団欒もあれば、孤独もあるけど、
なんとか己が心と体をあたためようとしている世界でした。
これが彼の世界。

上記の句も絵もしっかり蕪村の心を表しています。
蕪村が孤独な寒居にいてもなお、
芸術によっておのれの心を温めることができ、
自分の周りで、自分と同じように暖をとろうとしている人々にも
思いを致すことができたのです。
でも、自分が歴史に残ることなど知る由もないのに、
己が矜恃を捨てることがなく、人への思いやりを忘れることもなかった。
だからこそ、与謝蕪村は偉大な芸術家として歴史に残ることとなる、
そう言ってもよいかも知れません。

と、そこまで考えて、ふっと思いつきました。
蕪村の境遇には、私にも共通するところがかなりあるな.........
もちろん、私は文人でも画家でもありません。
でも、家族、友人、一部の知人以外には誰一人知るものもなく、
奈良の郊外の片隅の陋屋にひっそり生きているのだから。
多くの人がそうでしょう。
もしかすると、あなただって?

人知らぬ身であることなど、苦痛でもなんでもありません。
人に知られるなど、ろくなことではありません。
有名人の多くが、有名となったばかりに、
どこに行っても、なにをしても、人の目を避けることができず、
羨望、妬み、憎しみ、怒りの的とされ、
苦しみ、悲しみ、焦り、寂しさ、絶望に心を引き裂かれ、
健康を損なわれ、短命に終わった方も多いでしょう。

我が家も細い路地づたいにたどり着く陋屋です。
金儲けとは生涯縁がなかった、
そして、生涯人を踏み台にしたことのない人ですから、
人からねたまれ、そねまれ、恨まれることもなく、
明朗快活に日々を送ることができます。
ちっちゃな木造建て売り住宅の中古に移り住むにあたり、
ちっちゃな工夫ですが、狭い書斎部分を建て増ししてもらい、
かつ窓という窓を二重サッシにしてもらいました。
引っ越しのたびに整理に整理を重ねて残った本たちが書斎を埋め、
揚琴、二胡、リコーダー、ときにはハーモニカと、
いろいろな楽器を好きなだけ鳴らし、ブログを楽しみ、
半月前から始めたストレッチポールによる脊椎体操をし、
その後、壁掛けのスクリーンに投影した韓流ドラマや映画を楽しみ、
一日の終わりには、半時間の半身浴によって身体をポカポカ温め、
布団に入る前にも一度ストレッチポールを楽しみ、
布団に入ると、瞬時に入眠し、深い眠りを楽しむことができます。
ついでに言いますと、
朝目をさますと、瞬時に覚醒し、
ただちに布団の横に敷いたヨガマットに移り、
またストレッチポールで脊椎体操し、
15分間、自分でプログラムを組んだ10を超える柔軟体操を楽しみ、
さあ、今日も元気に一日を楽しもう!
熱がない限り、この習慣は変わりません。
しかも、熱など記憶する限り上がったことがありません。

これもまた桃源郷也!
私はそう信じています。
そんな次第で、私もほんの少しは、ほんの少しですが、
与謝蕪村という人を理解できるんじゃないかな、
そう思っています。

私は自分がついに無名の市井人のままに終わることを知っています。
でも、自分が心から愛する素敵な家族を持ち、
心から敬愛できる友人たちと親しみ、
写真、4種の楽器演奏を楽しみ、
数知れない音楽、美術等の芸術で心を温め、
偉大なギリシャ、中国、日本の古典たちに親しみ、啓蒙され、と、
生き甲斐にできる趣味を文字通りどっさり持ち、
日々朝から晩まで休むことなくエンジョイし、
5時間半ぐっしり熟睡して、瞬時に覚醒して、再び生活を始める、
そんな毎日。
誰も私のことを知らなくても、いっこうに気になりません。
私が私の知るべき人たち、愛すべき人たちを知って、
(その中にはブログを介して知り合った友人もいるのですから、
ブログ万歳、ですね)
その人たちと交わることができれば、
それで十分。

蕪村は自分の芸術家としての器を知っていたから、
自己評価と現実とのギャップにときに苦しんだこともあるでしょう。
こちらは、自己評価と現実とはぴたり一致して、
他人評価など「おとといお出で」状態なので、
いまさら自己改革もへちまもあったものじゃない。
ひらすらご機嫌で生きているわけです。

ネットを見ますと、有名人がどんどん亡くなっているという感じ。
でも、私は、人知れず、徹底的に長生きしてやるぞ、
もちろん妻と一緒に!
そう心に決めています。




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# by hologon158 | 2019-02-10 17:23 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

774.01 ホロゴン外傳253(2018年8月10日スーパーアンギュロン21㎜F3.4も奈良町に怒濤のごとく)1 夢にも思わぬ



メソポタミアでは、古代の粘土板が数多く発掘されて、
そこに刻まれた様々な文学が復活されています。
あんな互いに区別困難な楔形文字をよく読めるものですね。

その一つが「ウルの滅亡哀歌」です。
ウルはシュメールの古い都の一つ。
こんなものです、
([]内は私の印象です)

「エンリルはギビル(火と光の神)を助手として、
天の大暴風に呼びかけた。
天から雄叫びをあげる大暴風は、
大地で吼え立てて国を滅ぼす暴風は、
堤防を貫く裂け目のごとく制御しがたい悪い風は、
町の船々に襲いかかってひと飲みにしてしまう。
  [大津波を伴っていたのでは?]
彼はこれらをすべて天の土台に集合させた。 
  [北極から押し寄せたのでは?]
彼は暴風の目の前で火を放った。
荒々しい暴風とともに荒野の灼熱の熱さを放った。
雨をたっぷりと含んでいる雲のごとくに、
彼は火をたっぷりと降り注がせた。
  [もしかすると、彗星の落下も同時に起こったのでは?]
昼間の輝かしい光、良い光を彼はつかんだ。
国土には輝く太陽が昇らなくなり、
夕方の星のごとくぼんやりと輝くだけだった。
喜び、涼しさのある夜を南風が掴んだ。
そこで国土には輝く太陽は昇らなくなり、
夕方の星のごとくぼんやりと輝くだけだった。
喜びと涼しさのあるはずの夜を南風が掴んだのだ。
彼らの杯はほこりで覆われている。
黒頭たちの上を風が吹き抜けていった。

シュメールに罠がしかけられた。
国中で人々は防御壁を構築するが、
暴風はそれらをまとめて無にしてしまった。
どんな涙もその悪い風に願うことはできない。
あらゆるものの上を吹きすさぶ暴風は国土を打ち震わせた。
暴風は洪水のごとくに町々を破壊した。
国土を滅ぼし尽くす暴風は町に沈黙をすえつけた。
すべてを失わせてしまう暴風は禍をもたらしながらやってきた。
火のごとく焼き尽くす暴風は人々に空虚さを据え付けた。
エンリルが憎しみにまかせて命令を下した暴風は、
国土を切り刻む暴風は、
ウルの上に衣服のごとく覆い被さって、
リンネル(布)のごとくに広がった。
暴風はライオンのごとく勢いあふれて突進する。」

人間によるただの征服戦とは次元が違います。
天空そのものが襲いかかってきて、
その攻撃には津波、嵐、洪水、とさまざま天候激変が、
未曾有のスケールで一挙に襲いかかってきたことがわかります。
だから、これは神の怒りと分かったのです。
彗星の激突が巻き起こした地球の半ばを覆うような粉塵、
それに伴う天候異変が太陽の隠したのではないでしょうか?

人々の滅亡の惨状が描かれた後で、
返し歌が書かれています、

「ああ、暴風たちが国土を一緒になって打ちのめしてしまった。
天の暴風が、雄叫びあげる暴風が、
国土に何日もとどまったあの悪い暴風が、
町町を破壊し尽くす暴風が、
家家を破壊し尽くす暴風が、
牛小屋を破壊し尽くす暴風が、
羊小屋を破壊し尽くす暴風が、
聖なるしきたりを麻痺させるあれが、
重々しい策謀を転覆させてしまったあれが、
国土に良い物を断ってしまったあの暴風が、。。。」

この哀歌は、古代に起こったシュメールの諸都市の滅亡が、
神の手による未曾有の天変地変であったことを報告しているようです。

地質学によれば、紀元前1万1000年前から7千万年前にかけて、
三度、北極の氷河壁が一気に崩れ、未曾有の高さの津波となって、
すべてを破壊しつつ南下したことが判明しています。
その都度、海位は何十メートルも跳ね上がって、
沿岸の諸都市と住民を一気に滅亡させてしまい、
丘陵、山岳部等の内陸の住民だけが残されたのです。
当時の文化、文明の主要拠点は一気に絶滅させられたのでしょう。

現代でも、今や北極も南極も異常な温度上昇にさらされているようです。
南極では、巨大な亀裂が氷原を真っ二つに切り離しつつあるとのことです。

何億年か何十億年か前に火星に大異変が勃発し、
地球に似た水の惑星だった火星から、
大気と水を一気に奪ってしまったと言われています。
つまり、天文学的規模で見ると、
太陽系も惑星たちも地表の生物を絶滅寸前に追い込むほどの異変を、
太古の昔に幾度も体験し、その事情は今も変わらないのかも知れません。

日本はとくに立て続けに破滅の危機にさらされています。
一番最近の災害は福島原発事故による原発汚染。
完全な言論封殺のおかげで、日本国民は原発事故は過去のものとなり、
福島県は復興しつつあると思いこんでいる方がほとんどのようです。
あなたもそうかも知れませんね。
本当にそうでしょうか?

第三原発でしたか、原子炉の爆発によって、
燃料棒が行方不明(おそらく原発外の地面のどこかに沈殿?)。
原発2基の屋上の設置された燃料庫内の使用済み燃料棒は、
現在取り出しが不可能となっていますが、
その理由は正規の位置に垂直に立っておらず、散乱しているため。
とくに、第三原発は悲惨です。ごらんになったように、
原子爆弾の爆発を思わせるキノコ雲を立ち上げて爆発したのです。
原子炉の真上に置かれていた使用済み燃料庫も爆発炎上したか、
そうでなくても冷却機能など消失してしまっているはず。
となると、使用済み燃料棒たちはどうなっているのでしょうか?
絶えず水で冷却しなければならないのに?
つまり、福島原発による汚染は今なお進行中なのです。

原発事故後2年ほどでしたか、
ある大学の専門家が汚染地図を作製して更新し続けました。
更新のサイクルは忘れましたが、汚染状況は刻々と拡大し続け、
関東一円、東京でも次第に深刻化を増していました。
私は絶えずAccessして、やきもきしていました。
そして、ある日、汚染地図はネットから消えました。
消えた理由は明らかですね。
かくして、日本は天下泰平の日々に戻りました。

でも、本当に泰平なんでしょうか?チェルノブイリでは、
広大な地域が無人化されました。
その地域に人々は戻ったでしょうか?
なぜ、福島原発は自然に問題解決されてしまったのでしょうか?
チェルノブイリほどの無人地帯がもうけられず、
福島県は復興したと言わんばかりですが、
本当に安全なのでしょうか?
放射能測定は高いビルの上にポールで高くした計器でされていると、
聴きました。
これじゃ、汚染など全然起こっていませんね。
原発行政を続け、東電等の原発会社を保護するためです。
政府、東電に為すすべはなく、現実になにもできていないのに、
国民は、頼りのないのは無事な証拠、とばかり、
日本繁栄、無事息災を決め込んでいる、というのが現状です。
現実には、汚染地域は、人間的時間で考える限り、
永遠に居住不能となったのに.....?

世界各国も、誰かがのたまわった「完全にコントロールされている!」
という妄言を信じたわけではありません。
密かにオリンピック開催地の汚染状況も調査していることでしょう。
でも、今更、選手派遣を中止するわけにはいきません。
原発汚染を理由に明示すれば、日本政府との摩擦は免れない。
他の中止理由など存在しない。
だとすると、短期間の選手派遣はさほどのダメージを残さないと、
これまた根拠なしに判断して、オリンピック派遣に踏み切っている、
そんなところでしょう。
「赤信号、みんなで渡れば怖くない」ポリシーです。
ただし、選手たちの危険負担の下に!

そんなところへ、南海トリュフ、硫黄島、阿蘇山、富士山等の火山大噴火、
各地の地震等の危機のどれかが起これば、
まさにエンリルの禍の再現となることでしょう。
火山灰は、全交通機関、原発等の発電所の機能停止、
水源地の汚染と水道への水の供給の停止を不可避的に発生させ、
生存の危機に陥った全国民への救援も当分の間、おそらく何週間か、
完全不能となってしまうのですから、
国民の90パーセントは死滅の危機に曝されるでしょう。

私の場合、まだ生まれたばかりの孫たちが居ますから、
せめてその子たちが寿命を全うするまでは起こらないでほしい、
そう祈るばかりです。

阪神大震災が起こってから、世界中が騒々しくなり、
にわかに地球規模での災厄の危険性が明らかになってきました。
若い頃、そんな未来が待っているなんて、
夢にも思わなかったのにねえ.........
民主主義社会が完全に消えて、独裁国家になるなんて可能性も、
夢にも思わなかったのにねえ.........?

でも、古代には少なくとも一度起こったらしいのです。
同じことがまた起こらなければ良いのですが.........



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# by hologon158 | 2019-02-07 12:43 | ホロゴン外傳 | Comments(0)

774.00 ホロゴン外傳252(2018年8月2キネタール50㎜F1.8が奈良町を堂々闊歩) おおどかに



私が7年ほど前に最後にチェックしたとき、
せいぜい平均数十人のアクセス数でしたが、
今や数人を除き、ほとんどの方が我がブログから撤退されたでしょう。
2019年に入って、私のブログはほぼ完全に日記となるましたが、
なんだか重荷を肩から下ろしたような、
軽やかな気分は気持ちいいものです。

退職後、すっかり金銭的余裕がなくなってしまい、
海外旅行はおろか、国内旅行もこの数年おさらばして、
もっぱら、奈良、大阪を中心としてロボグラフィ遍歴の日々。
そんな田舎ブログにおいでになる方はないので、
安心して、ローカル色豊かな店々のプレゼンテーション、
つまり、有り体に言えば、田舎くさい店飾りを、
飽きもせず幾度も幾度も撮りまくって、ブログに投稿。
それも、一記事の掲載写真量が段々と増えて行って、
今回など100枚。
仮にどんな方が来ても、この枚数では辟易して、
早々に撤退なさって、もう二度とおいでにならないでしょう。

クックの映画用レンズ、キネタール50㎜F1.8は、
戦前から戦後にかけてハリウッド映画界に名声を誇った、
スピードパンクロの後継機種と思われます。
私は37.5mF2レンズでキネタールに親しみ、
スピードパンクロ50㎜F2がついに我がものになる可能性がなくなったとき、
クックレンズの主戦投手の地位につくかと思われたのですが、
スピードパンクロ35㎜F2がどの地位を軽く奪ってしまいました。
こちらの方が玄妙なる描写で私の心を奪ったからです。
今でも、スピードパンクロ35㎜F2は、私の心の中では、
パンタッカー50㎜F2.3に次ぐ、第三のレンズ。
もちろんホロゴンが永遠の主役。

でも、今回、久しぶりにキネタール50㎜F1.8を使ってみて、
このレンズもやっぱり魔物らしい!
キネタール50㎜F1.8が私のレンズ中に第四位にのし上がることは無理。
ゾンネタール50㎜F1.1も居るし、マクロスイター50㎜F1.8も居ますから。
でも、これからは時々使ってあげることにしましょう。
硬く鋭いレンズ、そう思っていましたが、なかなかどうして、
玄妙幽玄の味わいも醸し出してくれることが分かったからです。




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# by hologon158 | 2019-02-03 18:36 | ホロゴン外傳 | Comments(2)