わが友ホロゴン・わが夢タンバール

52.33 ホロゴン外傳7「1989年8月パキスタン」33 経験でホロゴンを使えるか、考えてみました

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No.31で、山形さんから、実に鋭い、実に興味深い問題提起をいただきました。
「作為的な創造行為は一切しないと言っても、無意識のうちに、
今まで培った、構図やタイミングで撮っているようにしか見えない」写真を撮っているのでは?
とりあえず、私なりのお答えをさせていただいたのですが、
まだ十分意を尽くしていない感じで、あれこれ考えてみました。
まず、タイミングのことですが、
私は、この十数年、スナップは本来的には撮らなくなりました。
写真を撮るという意図でもって、写真を撮らないからです。
だから、ある人が来るのを見て、「よし、ここまで来たら撮るぞ」とは考えません。
それはスナップ。
でも、突然、眼前の光景が「面白い、撮るたい!」と感じる瞬間があります。
ホロゴンで撮る場合、そう感じる瞬間の被写体との距離は、
常に1メートル以内なのです。
それ以上離れたら、私が撮っているようなスナップ風の写真は撮れません。
人がぐーんと遠くに行ってしまうからです。
そうではなくて、袖擦り合うばかりの至近距離で、突然撮りたくなる、
その瞬間、めくら滅法撮る、それが私の今のやり方なのです。
だから、タイミングなんてありません。
でも、結果として、ちゃんと写るときがあるのです。
そのときは、ホロゴンのプレゼントと考えて、ありがたく頂戴します。
確かに、私は自分の経験で撮っています。
私が写真を本格的に始めたのは1979年、つまり、30年撮ってきたのです。
ローアマチュアで通してきたとはいえ、
その間撮ったフィルム本数は、モノクローム3600本(全部残しています)、
カラーはおそらく5000本ばかり(大半捨てました)、
その内ホロゴンで1400本を超えているのですから、
かなりの写真経験を積んだことは否定しません。
でも、以前に幾度か書いた理由で、ホロゴンではその経験がほとんど通用しないことが分かって、
私は、ただのど素人として、レンズに撮らせてもらって楽しむことにしたのです。
今回の写真は、85ミリで、タイミングを計って撮っています。
当時は、スナップ屋だったのですから。
カメラを手に提げて、なにするでもない風情でぶらぶらと歩き、
向こうから来る少年がここだと思う場所に来た瞬間、
突然、コンタックスRTSⅡを構えて、すでに予備的に合わせておいたヘリコイドをちょっと廻して、
ピントを合わせて、撮ったのです。
私は、ある程度の経験で、そのとき、どの広さで、また少年がどんな大きさで撮れるか、
分かっていたのです。
つまり、この写真は、私の狙い通り。
でも、110度の画角を持つホロゴンの場合、10センチ違っても、写る範囲は劇的に違うのです。
ある瞬間、腰に構えた15ミリで、どの範囲が写るかなど、少なくとも私には絶対予測不能なのです。
そんなことができる人がいるとは、私は思いません。
ウェストレベルで撮るので、ファインダーをのぞけない。
だから、距離の経験を重ねることもできません。
それなのに、ノートリミングを鉄則とすることに決めたのです。
これは、写真を始めたときからの、私のがんこな鉄則です。
なぜって、カルティエ=ブレッソンを心の師匠とする人間なのですから。
だから、私としては、こう申し上げたいのです、
「今まで培った、構図やタイミングで撮っているように」見えても、
少なくとも私の場合、そうではないのです。
では、なぜトリミングをしなくてよいのか?
私にはその理由は分かりませんが、一つ言えることがあります。
実は、ノーファインダー撮影は難しいものではないのです。
広角レンズで水平垂直を守って、一度、ウェストレベルで撮ってみてください。
像が正立するので、なぜか情景は至極真っ当に写ってしまい、
そうすると、トリミングなんかしなくてもよい感じになります。
一度、お試しください。
そうすれば、私がそんなに難しいことをやっているのではないことを納得していただけるはず。
by Hologon158 | 2009-02-27 18:29 | ホロゴン外傳 | Comments(0)